「やー!」
「ヤー!」
お嬢様と咲夜さんが両手を挙げて現れました。
あぁ、お嬢様が、まぶしい笑顔で無邪気に微笑む、開いたお口の小さな八重歯が、可愛く存在感を主張してる。
咲夜さんは咲夜さんで、なんて瀟洒な無表情。
やる気満々の『ヤー』を表現した体いっぱいの躍動感と表情のミスマッチが完璧です。
気がつくと私はお嬢様がいつも紅茶を飲んでいるテラスにいて、丸いテーブルをお二人と囲んでいました。
門番の休憩時間で自室に戻る途中だったのに。
私が不思議に思ってきょろきょろしていると、咲夜さんがヤーのポーズのまま明後日の方を向いて口笛を吹いてました。
チャラららららーん♪
これは、よく聞く手品のテーマ、さりげないヒントのつもりでしょうか……咲夜さん。
よく事体の飲み込めてない私を置いてきぼりにして、今日もこの素晴らしき紅魔館の日常は幻想を紡いでいくのでした、まる。
お嬢様はティーカップを持って、紅茶を飲んでいました。
上品な香りが漂って、きらきらと輝く紅の雫がお嬢様の小さなお口に吸い込まれていく。
ティーカップが離れて、んふぅ、と漏れた微かな吐息を、白くて細いお嬢様の指が受け止め、戯れに握り締める。
そして、長いまつげをやや伏せて、気だるげにお嬢様はおっしゃいました。
「世界中が紅茶で浸されたらいいのに」
なにを突然言い出しますか。
「お嬢様、それは困ります、今夜のお食事はカレーですのに」
「いいえ咲夜、確かにカレーと紅茶が混ざったら、強い香りが喧嘩するわ。でもね、私たちの深い紅に混ざりし黄の光は、禍々しい月の朱に染まるわよ」
「でもお嬢様、ただでさえ少食なのに、カレーはいつも無理してお代わりなさるじゃありませんか」
「だって……だって咲夜のカレー美味しいもの。それに、もし紅茶が世界を浸してごらんなさい。私は吸血鬼よ、流れる水は渡れない。だから、飲むしかありえない。その日の訓練を今まで怠らなかっただけのこと」
「そういう運命ですのねお嬢様」
「じゃじゃじゃじゃーん♪」
…………。
「そういう『運命』ですのねお嬢様」
「じゃじゃじゃじゃーん♪」
………………え? あれ? 何で二人ともそこで止まってこちらを見るんですか?
何かを期待するその表情は何でしょう!?
ガタン! と音を立てて、咲夜さんが立ち上がる。
そんな瀟洒にあるまじきまねするなんて、わざとに決まってます。
怒られる!? ひぃと体を縮める私。
「美鈴、ごめんなさいね、あなたに紅茶を淹れるのを忘れていたわ」
「だめね、咲夜」
あれ?
いつの間にか用意された、紅花模様のティーカップに紅茶が注がれてしまいました。
磁器の滑らかな曲線に、紅くキラキラと光が踊り、かすかな薔薇の香りを含んだ豊かな芳香が立ち昇る。
そう言えば、いつもはお嬢様が独りで紅茶を飲んでいるのに、今日は私も、そして咲夜さんも紅茶が用意されている。
私がその事を不思議に思い、首をかしげると、お嬢様が全て分かってるという表情で
「たけやぶやけた」
とおっしゃいました。意味なんて無いんだと思います。思いたい。
「咲夜、デザートが欲しいわ。ケーキを持ってきて」
「はい、ここに」
パッと目の前にイチゴのショートケーキが出てきました。
勿論私の分もありますよ。
何故、私はもてなされているのですか?
夢? 私が自分の頬を引っ張ると、お嬢様と咲夜さんも悔しさいっぱいの表情で、お互いの頬をつねりだすし……。
「美鈴、あなたが疑問に思うのも無理ないけれど、これが夢に思えて?」
夢なら覚めて欲しいのですが。
「美鈴、私とお嬢様の事は気にせずに、せっかく用意したケーキを食べて」
ハイ……お二人がそうおっしゃるならば。
フォークでケーキを切り分けて、恐る恐る口に運びました。
香りも質感も極普通、ぱくりと口を閉じたなら、クリームのふわふわあまあまがほんわかと体中に染み渡りました。
すごく美味しい!
嬉しくて、お二人に感謝しようと視線を上げると、なぜか目の前直ぐ近くにお二人の顔がありまして、指で両目の端を押さえていました。
「上ーがり目」
「下ーがり目」
ぐるーっとまわして?
「「お茶目さん♪」」
照れながらお互いのおでこをつつきあう二人でした。
頬をほんのり染めて流し目でこちらを窺うお嬢様のお顔を、私は咀嚼も忘れて見入ってしまいました。
ケーキをほおばったままでいると、二人はやはり何かを期待した目で私を見つめてきます。
えーっと……新手の苛めなのですか?
わたしを動揺させて、ぼろを出したら責めるのでしょうか、私試されてる!?
それとも、私魅了されてる!?!? いまさらそんなこと……意味無いのに、あれ、でも?
「やー!」
「ヤー!」
って、またヤーが来た!?
お嬢様が万歳の体勢から、勢いよくフォークをイチゴに突き立てました。逆手持ちでした。
哀れなイチゴはフォークの当たり所が悪く跳ね上がり、ゆっくりとテーブルの中央へ落ちていく。
「あ」
咲夜さんが、声を上げ、
「うん」
お嬢様が頷いたなら、
「「あうんの呼吸」」
お嬢様はいつの間にか咲夜さんにお嬢様抱っこされていて、こぼれ落ちそうになったイチゴを口まで運んでもらっていました。
「咲夜、スプーンの先が分かれていてよ?」
「夢みたいです」
うっとりしてるのはナゼですか!?
「やー!」
「ヤー!」
連続!?
二人は一度パッと離れてから、再び咲夜さんがお嬢様の下へ近寄って
「お嬢様、魔理沙がまた現れたようです。どうしましょう?」
魔理沙さんの気配は感じないですよ
お芝居?
「門番の、足元に咲いた可憐な白い花に血をやる事で、それは背徳の実をつけるでしょう」
「どちらかが死ぬと、そう言う意味ですか?」
お嬢様は答えずに目を伏せると、突然両手を勢いよく回し始めました。
「私がバーン、紅魔館の門番紅美鈴だモン、魔理沙バーン! 何度モン何度モン来てもバーン、紅魔館には絶対に入らせない門!」
おぜうさま……それ、もしかして私のマネデスカ?
「いーっひっひっひ! 俺様が魔理沙! 乙女泥棒はお前のハートも盗るんだぜ?」
咲夜さんまで……。実は魔理沙さんが嫌いですか?
「もう既に、あなたは私の大事なものを盗んでいきました」
「ま、まだ盗んでないぜ。濡れ衣だぜ」
「想いばかりが膨らんで、現実を見失っているのね。人から奪った錯覚はあなたの足枷となり、既に腐り始めている。ならば、せめてここ血を流すことで、純心な足元の白花に、夢、見させて浄化されなバーンだ門!!」
お嬢様、そんな満足げな顔なさって、かっこいいこと言ったつもりでしょうが、意味不明です。
「それなら、その花に血を分けるのは門番、お前の方だ!」
「あ、それは困る門。ぐりぐりぐりっと、これでその心配は無い門」
お嬢様は、足元をぐりぐりと踏みつける動作をなさいました。
って、白花踏み潰してる!?
「な、なんてむごい事を、たとえ血を吸い忌み嫌われようと、白花の生まれ持った性に罪は無いというのに!?」
あれー、私が悪者の流れですかー?
「文句があるなら拳で語る門?」
「望むところだ! マスタースパーク!! びびびびびびびびびびびびびびびびびびびびび」
ビームが出てる音は止めましょう咲夜さん
「そんなもの、叩き落してやる! ……あっちゃー。もう、どうしようもないわ、マスタースパークに敗れたり!」
負けたの!?
って、咲夜さんがお嬢様の耳になにやらヒソヒソと、え、間違ったからもう一回?
「そんなもの、叩き落してやる! アチョー! もう、どうってことないわね、マスタースパーク敗れたり!」
何もかもが違う。テヘッて可愛く微笑んでも誤魔化せてませんお嬢様。
「くはぁ」
咲夜さんが耐え切れず、血を吐くパントマイム。
「グデグデにヤラレタ!」
ホントにグデグデだ!
血の代わりに飛び散らせた紅茶が、お嬢様の足元に降り注ぎました。
「あ、すごい、つぶれた白花が紅く染まって元気になっていく門」
「膨らんで真っ紅な実をつけたぜ!」
あー、魔理沙役が生きてたぜー。
咲夜さんがぱちんと指を鳴らすと、テーブルの上に、クランベリーが乗せられていました。
「というわけで、紅の実です」
「これは、一際紅いわね。咲夜、どうしてかしら?」
「きっと、門番に踏みつけられた恨みつらみが、宿敵の血によって復活したことで濃縮されているのかと存じます」
「まさに」
「ええ」
「背徳の実ー!」
「背徳のミー!」
二人でくるっと回って、
「「背徳のユー!!」」
二人で一粒の実を摘まんで私の口の前まで運びます。
このシチュエーションで私に食べろとおっしゃいますか?
って、はい、分かりましたよぅ。
あ、あーーん……あ、でも普通に美味しい。
そんな私の様子をお二人はまじまじと見つめて、納得したようにうんと頷きました。
やっぱり、新手の苛めでしょうか。
「ヤー!」
「やー?」
「ヤーヤー」
「ィゃぁぁぁああああーーーーーーー」
発展形来た!?
「お嬢様! 台所にゴキブリが出ました!」
「想像して御覧なさい、ゴキブリが背中いっぱいに張り付いた……」
「ぃゃぁぁぁぁああああああ」
「紅美鈴」
ぃゃぁぁぁぁああああああーーーーーー!!
「ほのぼのデスね」
「そのまま、湖に沈んでくれたら、笛吹く男も真っ青の大活躍よ」
「でもお嬢様、それでは門は誰が守るのでしょう?」
「ゴキブリでも役に立つかしら?」
「カブトムシのほうが見た目にも安心です」
「ミヤマクワガタとか好きだったのよね」
「ヘラクレスですかお嬢様?」
「ネプチューンよ咲夜」
「ジャングルに響く猛虫の雄たけび!」
虫は叫びませんよ。
「月夜にきらめく甲殻類の羽ばたき!」
どちらかというとそれらは海老ですお嬢様。
「見たい?」
「聴きたい?」
「「歌い! 鯛!!」」
お二人は、頭上の空間を揃って指差されました。
鯛すら宙に浮かぶ中、私は湖に沈んだまま投げっぱなしなんですね。
「さて、今週もむしむしU(うー)の時間がやってきたわ」
歌関係ないですよ。
「私が、司会進行のレミリアと」
「回答者の十六夜咲夜です」
「それじゃ、第一問いくわよ?」
「ピンポーン! 答えはレミリアお嬢様ね!」
「正解! 問題は、紅き悪魔といえば私レミリア、カリスマといえば私レミリア、では可愛くて強い理想のお姉さまと言えば? でした」
あーー。確かにそうだと思いますが。
「次、第二問!」
「ピンポーン! 答えは私、十六夜咲夜ですわ」
「正解! 問題は、瀟洒で完璧といえば十六夜咲夜、時を支配するクールビューティーといえば十六夜咲夜、では、優しくて気がきいて、上司にあるいは従者にしたいナンバーワンといえば? でした」
ハイ、ソウダオトモイマスォヨ?
「次、第三問!」
「ピンポーン! 答えは紅美鈴ですね?」
「正解! 問題は……」
えーっと。ちょっとドキドキです。
「美鈴、あなたが考えて言いなさい」
はい、強くて健気で可愛い門番、紅美鈴ちゃんです♪ って虐めだぁぁぁぁぁぁぁ
「美鈴、泣かないで」
「そうよ、やるならもっと堂々とノリ突っ込みしなさい」
笑いを堪えながら慰められても惨めなだけです。
咲夜さんは私の肩に手を乗せて、そのまま突然に、肩の上で片手逆立ちを始めました。
お嬢様が手を叩いて喜んでいるぅぅ。
「美鈴、あなたの肩掴みやすくて良いわね」
「咲夜、その芸術なまでの肩に掴みやすいだけでは失礼よ。その肩は、回せば爽快、投げれば遠投、ガッチリ頼れて、しっとり美鈴なのよ。野花も恥らう、うまみやかな曲線なのよ」
「失礼しましたお嬢様、ごめんなさいね美鈴。咲夜ちゃん超はんせー」
そんな微妙なところ褒めてないで、降りてください。
あとその言い方は止めたほうが良いと思います咲夜さん。
でも、咲夜さんは相変わらず私の肩の上で逆立ちしながら言いました。
「もしも私が、ミスティアだったら!」
「あら、美鈴、肩の上に小鳥がとまっているわ。動物に好かれるなんて、美鈴ってば優しいのね」
「ピヨピヨ」
はい?
「もしも私が、リグルだったら!」
「あら、美鈴、肩の上に蛍がとまっているわ。美鈴の肩ってば、きっと甘いのね……」
「ピカピカ」
「ジュルリ」
お嬢様の場合、ペロリと唇を舐める仕草は怖いです。
「もしも私が、チルノだったら!」
「あら、美鈴、肩の上にバカがとまってるわ。なんだかとってもバカらしいわね」
「バーカバーカ」
何でしょう、この耐え難い屈辱感。
「もしも私が、十六夜咲夜だったら……」
「ええと……美鈴、あの、言いにくいんだけど、肩に……咲夜がとまっているわ……。ごめんなさい! 私が紅魔館の主でもこれ以上は無理よ!!」
え? え?
「……ぃざょぃ」
「ひぃぃぃ」
ひぃぃぃておぜうさま……?
「………ぃざょぃ……ぃざょぃ……ぃぃざょぃぃざょぃぃざょぃざょぃ」
あの、咲夜さん?
「さくやぁぁぁぁぁぁ♪」
「やー♪」
ィヤーーーーーー!! って飛んだ!?
クルクル!
シュタッ!
「「あうんの呼吸!!」」
「お嬢様にお姫様抱っこされるなんて……私……」
「咲夜、前髪が枝毛ていてよ?」
「多いほうがいいと思いました」
「ならば時を止めるのよ!」
「時をですか?」
「ナイフの原理」
「!? つまり、一本目をお嬢様が視界に捉えた瞬間時を止めて、位置をずらして二本目としてお見せすれば」
「そう、髪の毛が二倍に見えるわ」
お嬢様は抱きかかえた咲夜さんの銀色の御髪を、小さな手でさらさらとすくいながら言ってます。
「そうすれば、こんなに綺麗な髪を傷めずに量を増やせるわ」
「お嬢様には敵わないですね」
それから咲夜さんは、なにやらじっとこちらを見つめてきました。
私の顔……じゃなくて視線はもう少し下でしょうか。
一瞬、咲夜さんの表情が、地獄に仏を見たかのように明るくなりました。
けれど、お嬢様が哀しそうに首を振ります。
咲夜さんはそれに酷くショックを受けたようで、ハンカチを取り出して瞳を拭いだしました。
お嬢様はポンポンと優しく頭に手を載せながらおっしゃいます。
「それは、数が増えても駄目なのよ」
「運命って過酷ですね」
「悪魔だからね」
よく分かりませんが口出ししないのが正解のような気がします。
しかし、私があまりにも呆然としていたためでしょう、いつの間にかテーブルについて優雅にお茶を飲んでいる二人が全くもって困って無い表情でこくこくと頷き合われました。
「「クマッたクマッた」」
そんな餌に私が……ハッ、今私は何を言いかけたのでしょう!?
「美鈴が一人、古典的トラップに取り残されているわ」
「お嬢様、そろそろ種明かしをしたらどうでしょうか。このままでは美鈴の呆けたおでこでこんにゃくが茹で上がります」
っていつの間に乗せてある!? 熱いし、アツッ、アツッ!
「味噌田楽がいいわ咲夜」
「毎月30日は味噌の日だそうです、お嬢様。残念ながらもう過ぎてしまいました」
「あら、そう。それじゃぁ今日は何の日なの?」
「今日ですか……確か……」
あのー、このこんにゃくどうしたらいいですかー?
「すみません、お嬢様、今日が何の日か忘れてしまいました。大切な日だったように思うのですが」
「それもしょうがないわね。だって、咲夜がまだここに来る前の話ですもの」
「あ、お嬢様、本当は知ってて聞いたんですね?」
「試すようなまねして悪いわね。悪魔だからね」
「運命って過酷ですね」
とりとめも無い会話してるところ大変申し訳ないのですが、
このこんにゃく、もったいないから私が食べてしまっていいでしょうか?
「そこで問題よ咲夜! むしむしU(うー)第二回目の時間だわ」
無視されてるのは私ですよ。はむはむ、むぎゅ、あ、美味しいです。
今日はなんだか食べてばかりのような気がします。
「問題、今日は何の日かあててみなさい」
「ポコペン!」
「はい、咲夜答えて」
「あれは、二年前の今日だったと思います。お嬢様のお目覚めが遅いので、失礼とは思いましたが寝室へと許可なしに立ち入りました。すると、お嬢様と、パチュリー様がお二人で御一緒に激しく……」
「あぁ、あれは、パチェが良いねと言ったから」
「今日はランバダ記念日!!」
「魔が差したのよ」
「悪魔ですものね」
「パチェには悪いことしたわ、あの後一週間寝込んだのよね」
「運命って過酷ですね」
はぁ、冷めちゃったけど、それでも咲夜さんの淹れてくれた紅茶は美味し……って熱!
咲夜さん、飲んでる途中で入れなおすのはどれだけ驚きに情熱を損なわない類の瀟洒ですか。
「それじゃ、第二問、今日は何の日か当ててみなさい」
「バカボン!」
「はい、咲夜そこでボケて」
「ハイ、十六夜咲夜、7歳、趣味はー、ゆで卵の殻と白身の間の薄い膜をナイフで綺麗にはがす事です!」
「…………、ってなんでゆ、ゆで卵なのよ!」
あ、お嬢様無難なほうに逃げた。そのせいかツッコミが弱いですね。
「第三問、今日は何の日か当ててみなさい!」
余計なちゃちゃ入る前に進めましたねお嬢様。
「数の子!」
「はい、咲夜答えて」
すでにボタンを押した音でもなんでもないですが。
「にしんの子供ですわ」
そうですね。
「悔しいけど、正解よ。海、懐かしいわね」
「昔、ここが結界に閉ざされる前は海へ出かけたりしていたんですか?」
「私の紅い悪魔の名前の由来は、海の怪物に由来しているの」
そんなバカな。
「でも、流れる水は苦手では……まさかそれが原因で?」
「あんなに紅く染まるなんて、思いもしなかったのだもの。咲夜、私にだってトラウマの一つや二つあるわ」
「知りませんでしたお嬢様、海産物の話題はもう口にしません」
「いいのよ咲夜。でも、わがままを言わせて貰うなら、世界中が紅茶の海だったらいいのに」
「その心は海産物撲滅でしたか」
「運命わーすでに発動しているのー。このままだと近いうちに本当に幻想郷は紅茶の海よ。運命を変えられるのは誰かしらね?」
あのー、そろそろ門番の仕事に戻ってもいいでしょうか?
休憩時間も終わってしまいそうです。
あ、あと私この紅茶なら好きですよ。
「やー!」
「ヤー!」
やあ。
「上司が働かなくて良いと言うのに部下は仕事させろと言う」
「仕事にしか生きがいを見出せないのでしょうか」
「古き時代の父親の背中を、今風に可哀想と言い切ることは簡単ね。けれど、働く喜びを真に理解する彼らの幸せを、はたして私たちに量ることが出来て?」
「咲夜7歳だから分かりません」
「まるで、スパゲティだと思って思いっきりすすっても何故か口に入ってこない。よく見たら細い穴が開いてました、マカロニじゃん、くらい詰まらないオチね」
「お嬢様、パスタをすするのはお行儀が悪いです」
「ハッ、夜の王たるこの私が、パスタすするのに誰に遠慮する必要があるというのかしら?」
「……すぱ王でしょうか?」
「誰それ?」
「クラシカルダンディな紳士のように思います」
「おひげは勿論?」
「「アルデンテ!!」」
ヤー、やー、やー。
私がなんとなくお嬢様たちの真似して相槌を打ってみると、お二人は急に、憑き物が落ちたかのようにおとなしくなりました。
「咲夜、美鈴の反応が冷たいわ」
申し訳ありませんお嬢様。でも、もう交代の時間なんですよ。
行ってもよろしいでしょうか?
「門番なんて、いまどきここに来るのは魔理沙たちくらいじゃない。どうせ入ってくるのだから今くらい開けておいても構わないわよ」
でもお嬢様、それでも、門番が私の仕事なんです。
生意気言って本当に申し訳ありませんが、用事が無いならこれで。
「待ちなさい、美鈴。あなたは何故、そこまで門番にこだわるの?」
何故って……そっか、なぜでしょう。
改めて問われると直ぐに言葉にならなくて、こんな当たり前の事を口にするために、今までのたくさんの思い出が頭の中をめぐりました。
やっぱり、好きだから。です。
お嬢様が、咲夜さんが、紅魔館の皆が大好きで、ここで暮らせるのが私の幸せです。
私は不器用だから、気の効いた恩返しなんてできません。
でも、与えられた仕事が大好きな場所を守ることなら、これほどやりがいの在る仕事なんて他に無いですよ。
たまに、力が足りない事もありますが。
それがちょっとだけバツが悪かったので、くるっと回ってから胸を張ってみました。
少しはサマになったでしょうか?
お二人は、呆然とした様子で私を見つめています。
あれ、失敗した?
「敵わないわね」
「本当ですねお嬢様」
お嬢様が指をパチンと鳴らすと、突然私の周りに山のような花の山が現れました。
驚き戸惑う私に、咲夜さんが白い紙で包装された一輪の真っ赤な薔薇を差し出してきました。
あのー……やー?
「それはもう良いわ。それよりも、今日が何の日かまだ言ってなかったわね。美鈴は覚えているかしら?」
お嬢様にそう問われましたが……えーっと……私の誕生日……ではないですし。
「バカね。あなたの大好きな門番の日よ。今日は、あなたに始めて紅魔館の門を任せた日だわ」
え、えー、えーーーーーーーー!!
でも、なんで、どうして?
「ここが大好きなのは、何もあなただけじゃないのよ?」
咲夜さんは、あきれたように、けれど優しい瞳でそう言ってくれました。
「今のここがあるのは、美鈴、あなたのおかげでもあるわ。紅魔館の主として、気まぐれで感謝されても迷惑かしら?」
そんなこと! そんなことありません!
どうしよう、きゅーって、胸が暖かくなる。
やだ、涙がでちゃいそう……。
私は、恥ずかしくて嬉しくて、思い切り頭を下げて言いました。
ありがとうございます!!
「あ、いい笑顔……」
顔を上げた私を見てお嬢様がつぶやいた一言は、死ぬほど恥ずかしかったけれど、私の宝物にしようと思いました。
それにしても、あのよく分からないノリは何だったんですか?
最初、意地悪されてるのかと思いましたよ。
「意地悪? 違うわ。あれはコントというものよ。パチェが外の世界が詳しくのってる本を見つけてね。ああいうのが外では流行っているらしいわ」
「ですが、お嬢様と私でいくらネタをやっても、あなたはくすりとも笑ってくれなかったけれど」
「そうね、それだけは少し悔しいわね」
あー、そういう事でしたか。
私にはちょっと難しくて分かりませんでした。
ごめんなさい、せっかく私のためにやってくださったのに。
「別に良いわ。簡単に攻落されるようでは門番は失格だしね」
「美鈴はどんなネタなら笑ってくれるのかしら?」
「布団が吹っ飛んだ、とかかしらね咲夜」
「まさか、いくら美鈴でもそんな駄洒落じゃ……え、あれ?」
ちょ……お嬢様……ふとんが……ふっとんだって……
アハハハハハハハハハ!! 何それ可笑しいです。
お嬢様天才! すごい! アハハハ!
「お嬢様、フランドール様が何処にいらっしゃるかご存知ですか?」
「フランドールなんてシランドール」
ヒィィィ、シランドールって、フランドールお嬢様だからシランドールって……!!
「パチュリー様が大好きなのは本です、では門番はだれでしょう」
「紅(ホン)ね?」
本に紅!!、本に紅、本紅本紅、だめ、裏返るっ、面白すぎ、アハハハハハハハハ!!
「駄洒落好き……」
「やってられないわね、戻るわよ咲夜」
「はい」
アハハハ、ヒィィィ、アハハハ……アハ、アハ……あれ、お嬢様? 咲夜さん? あれ?
あれー?
あれー?
読んでる途中はなんかもう…なんだこれww
たぶん困惑度は美鈴と同じレベルくらいに上がっていたはず。
コント終了後のアレも、
美鈴と同じくらい感動した気がする。
最後だけは美鈴とリンクできませんでした。
今いい感じに思考が迷ってます。ご馳走様でした
非常に面白かったです
>フランドールなんてシランドール
目からうろこが落ちた
お陰様でテンションとか血糖値とか、その他諸々が上がりました。
そして同時に、何かすごいモノが音を立てて崩れていった気が致します。敬具。
つまり困崩開驚ですね?
いい感じに咲夜さんとお嬢様のテンションがハイでした。
けどめーりん、微妙にありそうでないから君には期待を抱けるよ?
やー!
ヤー!
そのハイテンションにすっかりノックアウトですw
やー!
ヤー!