その日、上白沢慧音は永遠亭を訪れた。
正門にて、火急の用で八意永琳に面会したいという慧音の顔には焦りが滲んでいた。
慧音はてっきり追い返されるものと思っていたが、取り次いできた兎は何の質問もすることなく通してくれる。
永遠亭の長い廊下を兎に案内されながら、随分あっさり通してくれたものだと意外に思う。だが、 そちらの方が都合がいい。まさか取って食われることもないだろう。
応接間に通され暫く待つ。粗茶ですが、と言って出された緑茶は本当に渋かった。持ってきたのがよく見る詐欺兎だったので仕方ない。むしろ雑巾の絞り汁でないだけマシだろう。
渋茶をすすりつつ待つこと五分。待ち人八意永琳が部屋に入ってくる。
「ずいぶんと珍しい客人ね。不死人の話題ならお断りよ」
慧音が永遠亭に来る用事といえば十中八九、親友の藤原妹紅の事だ。そう思い永琳は先手を打ったのだが、あいにくとその予想は外れることになった。
「最近、村で眠りから覚めない人間が続出している。当人達の健康にはまったく問題がなかったにも関わらずだ」
永琳の目を見つめる慧音。その視線を冷ややかに見つめかえす永琳。
「だが被害者には意外な共通点があった。全員が寝る前に胡蝶夢丸を服用していたということだ」
――胡蝶夢丸。それは永琳が開発した精神薬の一種である。服用したものに悪夢等を意図的に見せることができる。売り出して以来噂が噂を呼び、今では妖怪だけでなく人間にもそのブームが広がっている。
特に害のあるものでもないし、中毒性もないので慧音は人里で売られる事も黙認していたのだが。
「此処に来てこの事件だ。他にも原因がないか探っては見たが他に共通点はない。というわけで一番怪しい製作者に真偽を問いただしに来た」
あくまでも慧音の口調は真面目で重い。
だが永琳の返答は慧音も予想だにしていないものだった。
「心外ね。私の薬は完璧よ。――――と言いたいところだけど、残念な事にこっちでも目下調査中よ」
永琳いわく、夢丸を飲んだものが目覚めないという噂をてゐから聞き、即座に調査を開始した。だが、薬そのものからはまったく問題が生じず、鈴仙に飲ませて実験してみたものの問題なく覚醒したという。
「……そうか。そちらでも原因はつかめていないのだな」
がっくりと肩を落とす慧音。よく見れば永琳もうっすらと目の下に隈ができている。それだけこの事件を重大に思っているのだろう。だが、疑問も残る。
永琳は月人であり厳密には人間ではない。立場的にはむしろ妖怪側である。その彼女が村人が覚醒しないというぐらいのことでここまで必死になるだろうか。――何か隠している。必死にならざるを得ないような事情が。そう、今の慧音を同じように。
「一体何を隠しているんだ? 人間が心配でそこまで必死になるほどお人好しでもなかったはずだが?」
図星を指され硬直する永琳。ため息をひとつ付く。
「あなたなら口外する事ないだろうから構わないわね。……実は姫も眠ったまま起きないのよ。そういうわけだから不死人は適当にあしらってもらえる? この事が知れると厄介だわ」
「いや、その心配はないぞ」
あまりの状況に乾いた笑いがこみ上げてくる。
「なにせ、妹紅も眠ったまま起きないのだからな」
永遠亭の寝室に輝夜と妹紅が並んで眠っている。
あの後、二人一緒のほうが都合がいいという永琳の言葉に従い、ここまで慧音が連れて来たのだった。
「やれやれ。こうしてみると仲良さげに眠っているのにな」
「そうね。でもこれはこれでなんだか落ち着かないわ。いがみあっている方が良いのかもしれないわね」
「後始末が大変なんだがな」
そっと襖を閉め、二人で笑いあうのだった。
「で、解決方法はあるのか?」
廊下を早足で歩きながら永琳に問う。
「ある事にはあるわ。少なくとも肉体的にはなんら問題がない。と、なると当人が目覚めたくないと願っているか。……第三者の介入かしら」
「あの二人が目覚めたくないなどと……。いや、案外あるのかもしれないな……」
慧音の表情が暗くなる。形は違えど不老不死たる妹紅と輝夜の苦悩は当人以外にはわかるまい。そんな慧音に永琳はフォローを入れる。
「さぁね。それは彼女達にしかわからないわ。本人からそう聞いたわけじゃないし、私達は最善を尽くすだけよ」
「……そうか、そうだな」
永琳は研究室に着くなり棚を漁り始める。慧音は入るのを躊躇い入り口で待つ。自分があくまで客である事を思い出したからだ。
「当人が目覚めたくないならこっちからたたき起こすしかないわ」
床下の棚に上半身を突っ込みながら喋る永琳。
「どうやってだ? 夢の中に入る方法なんて私は知らないぞ」
「ところがどっこい、あるのよねぇ」
自ら埃まみれになりながら取り出したのは二本の試験管。中には深緑色の液体。
「夢から目覚めたくないというなら、こっちも夢の中へ行って引きずり出せばいいのよ」
大座敷に並べられる眠ったままの妹紅と輝夜。周りでは兎達がてんやわんやと駆けずり回っている。
といっても並べられているのは水の入ったバケツやら、100tと書かれたハンマーだったりするのだが。しかし布団はなぜか四つ用意されている。
「師匠。準備整いました」
鈴仙が報告してくる。慧音には何がなにやらさっぱりだ。
「この胡蝶夢丸は特別性でね。寝る直前に見た物や人に関係した夢を見ることができるの。そして、人は寝ている間でも絶えず外界の情報を少なからずキャッチしている。その情報は夢に反映される事が多い」
永琳の説明も慧音にはさっぱりだ。歴史や過去の知識ならお手の物だが見知らぬ技術に関しては弱い慧音であった。
「要するに、私達が二人の夢を見て、姫達も私達の夢を見る。夢の情景を似たようなものにすれば、夢というものを共有することができるのよ」
「……よくわからんが、それしか方法はないのだな?」
「ええ、二人のイメージの刷り込みはウドンゲの狂視でやるわ。よろしくねうどんげ」
そう言って寝ている二人の腕に液状の胡蝶夢丸を注射する。その後、鈴仙が二人の瞼をこじ開け狂視で永琳と慧音のイメージを送り込む。
「終わりました師匠。あとは師匠と慧音さんですね」
二人で胡蝶夢丸を飲み、横になる。
「いい夢の中じゃ迂闊な行動は控えてね。まず私と合流することを心がけて。夢の中の情景は永遠亭にしておいたわ。地理は大丈夫ね?」
「わかった。まずはおまえを探すとするよ」
永琳の隣の布団に横になる慧音。
「じゃ、私の瞳を見てください。大丈夫、怖いことはありませんから」
とはいっても、慧音が狂気の瞳をまともに見るのに多大な勇気を必要としたのは言うまでもない。
ふと気がつけば廊下に立っていた。目覚める、というのが正しい描写なのだろうが、夢の中で目覚めるというのもおかしな話だ、などと考える慧音。
周りを見れば、赤い絨毯が敷き詰められ壁も絵画などで豪奢に飾られているた。紅魔館の廊下に近いだろうか。
夢は深層心理を映す鏡という。ならこの廊下は自分の頭の中の紅魔館だろうか。
「新しいお客様ですね。ようこそいらっしゃいました」
突然背後から声がかかる。慌てて振り向けば、そこには青をベースにしたメイド服を着た少女がいた。
「ようこそ、夢を彷徨う夢幻館へ。私はメイドの夢月を申しますわ」
「夢を彷徨う……?」
「ええ。この夢幻館は夢にしか存在できない館。眠っている方の意識を少しお借りして存在しています。まぁ強大な魔力があれば具現化することも可能ですが、そのような方は滅多におられませんので」
以前はとある妖怪と共存していたのだが、その妖怪が飽きてしまったらしく再び夢の世界を放浪そいているという。
その説明を聞いて慧音は合点がいった。おそらく眠ったまま目覚めないというのは、この館に捕らわれているからだろう。ならば話は早い。
「先ほど新しい客と言ったな。他に客がいるはずだ。胡蝶夢丸で眠ったままの村人や妖怪達がだ。その中に藤原妹紅と蓬莱山輝夜という者がいるはず。どういうつもりか知らないが解放してもらおう」
魔力を集中させ、銅剣を具現化し構える。だが、夢月は気にも留めない。
「落ち着いてください、お客様。まずはホールへご案内いたしますわ。お探しの方もそこにいらっしゃるでしょう」
そういって廊下の奥へ歩きだす。不信感は拭えないもののこの場で争うことに益はないと思い、慧音は少女の後を追った。
案内された大広間は混沌としていた。豪華なシャンデリアに内装。世が世なら貴族達の立食パーティにでも使われていただろう。
だが、今そこは大宴会の会場と化していた。人と妖怪が入り乱れ酒と食事に舌鼓を打っている。立食用と思われるテーブルは用意されているが、ほとんどは床に座り込んでいる。
「なんなんだ、ここは……」
あっけに取られる慧音をよそに、夢月はずんずん奥へ進んでいく。慌てて後を追う。
そこらじゅうで騒いでいる連中を見れば、見知った里の人間ばかりではない。どこぞの氷精や宵闇の妖怪までいる。そして、彼らはみな胡蝶夢丸で眠ったまま目覚めない村人であった。
「姉さん。新しい人を連れてきたわ」
広間の奥。畳が置かれた上で三人の少女が酒盛りをしていた。二人は良く見知った顔の輝夜と妹紅。残りの一人には慧音は思い当たりはなかったが、夢月の会話から彼女が姉なのだろう。
「あら、はじめまして。この夢幻館の主の幻月よ。おいしい食事にお酒もいっぱい用意してあるので、ゆっくりしていってね」
畳から立ち上がり優雅に一礼。それがあまりに自然だったので、思わず慧音も頭を下げる。
「あー、慧音じゃん。慧音もこっち来て一緒にのもー」
「ま、ハクタクと飲むのもまた一興よね」
幻月の側で飲んでいた妹紅と輝夜に引っ張り込まれる。目の前の置かれるなみなみと酒の注がれたコップ。
「妹紅。おまえ輝夜と一緒に飲むような仲だったか……?」
「え? あー……。気にしない気にしない! おいしいお酒とご飯があるのに弾幕ごっこなんてやってられないって!」
「そうそう。それこそ無粋の極みというものよ」
仕方なくコップの酒を呷る。
「いい飲みっぷりじゃない。ほらどんどんいこー」
空になったコップに幻月が酒を注いでくる。
周りに煽られるまま何杯か飲み干したところで制止の声がかかる。
「まったく、一緒になって宴会してちゃ意味ないでしょう……」
人ごみを掻き分け、やってきたのは八意永琳。やや頬が赤らんでいるのは酒でも飲まされたのか。
「人の事が言えたツラじゃないな。しかし、飲んでいてもどうしようもないというのには賛成だ。そういうわけだ。幻月といったな。すまないが妹紅を始め村人達は返してもらう」
幻月に向き直り慧音は言った。
「うーん。確かにあんまり引き止めておくのも気が引けるしー。けどもうちょっと楽しみたいしー」
「別にいいじゃないの姉さん。そろそろ潮時よ」
悩む幻月に夢月が助言する。
「というか、そもそもどんな目的があって姫達をここに引き止めているの?」
怪訝な顔で永琳が聞く。
「そんな何か大層な目的があるみたいな言い方しないで。何も企んじゃいないわよ」
やれやれといった風情の幻月。いつの間にかその後ろには夢月が控えている。
「さっきも言ったと思うけど、そもそもこの夢幻館は夢を彷徨う館。大体いつもは冬眠したりする妖怪の夢にお邪魔してるんだけど……」
「この時期は冬眠するスキマ妖怪も、夏眠する冬妖怪もいないからいつもは色んな人の夢を転々としてるの。ところが今年に限って急に夢幻館に迷い込んでくる人間が増えてねぇ」
夢月がため息を付く。
「で、これはちょうどいい暇つぶしねーというわけで大宴会になったの。これが真相」
単なる暇つぶしと聞いて慧音は脱力する。だが、まぁ平和的に解決できるならそがいい。
「そうか。それじゃいますぐに解放して……」
「それも面白くないわね。最後にこうクライマックスが欲しいわ。となればやることは一つよね」
すっと幻月が立ち上がる。視線の先には慧音と永琳。
「弾幕ごっこ。私達が相手してもいいんだけど、この館を維持するのに結構魔力消費してるのよ。というわけで代理がお相手するわ」
「代理だと?」
怪訝な顔をする二人。せっかく争いごともなく解決できるかと思えばこれだ。しかし、永遠亭でも屈指の実力を持つ永琳に、長年里を守り続けている慧音の二人に合う相手などここにいただろうか。
そしてふらりと立ち上げる幽鬼のような影。
「あなた達の相手はこの二人よ。あなた達が勝てばみんなを解放するわ。この二人が勝てばもうしばらく宴会は続けさせてもらうわ。さぁ始めましょう。今宵のメインディッシュは期待できそうだわ」
「妹紅!」「姫様!」
慧音と永琳の相手。それは無二の親友と永遠を共にする姫であった。
妹紅の焔を纏った拳を紙一重で避ける。
「やめろ妹紅! 私達が戦って何になると言うんだ!」
「何言ってるの慧音。これは夢。泡沫の夢。どうせなら現実じゃできない事をしたいってのが人情でしょ? それに、慧音とは戦ってみたかったんだよ。だいぶ前からね!!」
そう叫ぶ妹紅の顔に覚えがある。いつも輝夜と殺しあっている時の顔。心の底から楽しんでいるような狂気じみた表情。
「――隙ありぃ!!」
表情に気を取られている隙に妹紅が急接近。炎の蹴撃が振り下ろされる。
ああ妹紅と戦うくらいなら負けるほうがマシだ。そう思い覚悟を決める。が、妹紅の蹴りが慧音に叩きつけられることはなく。真横から高速で飛来した矢が妹紅を弾き飛ばす。
「まったく。あなたはここに何しにきたの。いざとなったらひっぱたいてでも目覚めさせるんじゃなかったの?」
その一言で我に返る慧音。妹紅が敵という事実に衝撃を受けすぎていたかもしれない。自分は妹紅を目覚めさせるために来たというのに。
永琳を顧みれば、弓を構え輝夜の弾幕を避けつつ合間に矢を番え放っている。輝夜本人は狙わずに周囲の宝具を狙っている。攻撃力を削ぐのが狙いだろう。その上でこちらにもフォローを回す辺りはさすがというべきだろう。
「ああ、すまない。すこし動転していたようだ。そうだな、殴ってでも連れ出さないといけないな!」
それを聞いて、鮮血に塗れながらも頭に刺さった矢を抜いて妹紅が哂う。
「その気になってくれて嬉しいよ慧音。さぁ思う存分やりあおうじゃないか!」
リザレクション。夢の中とはいえどもその能力は健在である。
「いくよ、火の鳥 -鳳翼天翔-!」
妹紅から放たれる弾幕と炎で形作られた火の鳥。それを身をよじって回避、そのまま突進して妹紅との間合いを詰める。
――野符「将門クライシス」
スペルカード発動。使うは近接戦用にアレンジした将門クライシス。
慧音の掌の中に現れるは一本の刀。平将門を討ち果たした平貞盛が使用していたという名刀小烏丸。妹紅が慌てて展開した符の弾幕を切り裂き、刀を振り上げる。しかし、刀は寸前で真横からの七色の弾に弾かれる。弾を放ったのは輝夜。向こうも連携は気にしているようだ。
慌てて間合いを取り永琳の横に並ぶ。
「あなた、いつもの半獣形態はどうしたの? ここは夢の中なんだから変身し放題じゃない」
「簡単に言ってくれるな、まったく。あれは本能に近いものなんだ。自分の意思でどうにかできるレベルじゃない。……ここに月でもあれば別だがな」
「つまり、月があれば大丈夫なのね。……じゃ少しの間、囮よろしく」
「な。ちょっと待て!」
言うだけ言って魔力の集中に入る永琳。何のことやらさっぱりわからない慧音。だが、永琳の集中と同時に、輝夜が表情を変えて突っ込んできたところを見ると、何か大掛かりなスペルなのだろうと推測する。ならば、何が何でも守り抜かねばならない。
永琳の周りに使い魔を配置して盾代わりにすると、前に出て輝夜と対峙。
邪魔者は去ね、とばかりに蓬莱の玉の枝から放たれる弾幕。それらを刀ではじき返す。だが、さきほどからの連続使用で、いかな名刀といえども限界。四発目を弾いた瞬間に叩き折れる。と、即座にスペル展開。
――倭符『邪馬台の国』
途切れることのないレーザーが輝夜の行く手を阻み、行動範囲を狭める。村の守護を第一とする慧音らしい防護に長けたスペル。だが。
――「パゼストバイフェニックス」
鳳凰へと変化した妹紅が慧音の背中に憑依。と同時に顕在。背後を取られた形になる。
慧音が振り向くよりも早く慧音の肩を掴み、逃げられないよう固定してスペルを発動させる。。
「フジヤマヴォル……」
――偽月『月読の密室天蓋』
妹紅のスペル発動に割り込んで、永琳のスペルが完成し展開される。
夢幻館の中世風の大広間が一瞬にして星空へと変化。その中央には燦然と輝く満月。
「ヴォルケイノ!!」
直後に妹紅のスペルが発動。慧音に集中する焔の魔力、そして爆裂。魔力の炎で燃え上がる慧音の体。
それを見て幻月が低く笑う。
「スペルはすごいけれど、間に合わなかったら意味がないわね。これで一人目。あなた一人でどこまでもつかしら?」
「あら。それはどうかしらね」
幻月よりもさらに低く永琳が哂う。
「何をバカな事を……なっ!?」
その時、慧音を包んでいた炎が爆散。その中から現れたのは雄雄しい二本の角を生やし沿い、深緑の衣に身を包んだ慧音。
「なるほど。半獣半人だったのね。あの月が覚醒の鍵と。やるわねぇ」
してやられたとばかりに偽の月を見上げる夢月。
当の慧音はわずらわしげにまだ纏わり着いている火の粉を尻尾で振り払っている。
その慧音の仕草に何か違和感が残る。永琳も何度か半獣形態を見ているが、半眼で何もかもが鬱陶しいとでもいいたげな表情は初めて見るものだった。
「け、慧音……?」
妹紅も普段とは違う慧音を疑問に思ったのか、思わず声をかける。
その時、慧音がすばやく動き、妹紅をいきなり殴り飛ばした。更に追撃でもう一発。頭を引っ掴んで壁にぶつける、引きずる、床に叩きつける。まさに猛獣というべき慧音の猛攻。
呆気に取られる輝夜と永琳。
それもそのはず。今まで慧音は半獣になったとしても性格までは変化していなかった。多少攻撃的にはなるものの性格は基本的には変化していなかった。なのにこの現状だ。別人と思われても仕方が無い。
「あぁ。直前の妹紅の攻撃で意識がトンでたのかもしれないわね」
あの状況は妹紅のスペルが早いか永琳のスペルが早いかの刹那の勝負だったのだ。慧音は満月を見ての覚醒と同時に意識が飛んだのだろう。
殴り飛ばされた妹紅は執拗な慧音の追撃にあい、すでにズタボロ。怪我が治っていないところを見るとリザレクションする体力すらないようだ。
妹紅が壁や床に叩きつけてられているため、当然大広間にいた宴会参加者達にも被害が及ぶ。大広間は阿鼻叫喚の坩堝と化した。
「さて、私はそろそろ目覚めましょうかね」
すべてをなかったことにして輝夜が帰ろうとする。
「おや? 姫、どちらへ行かれるのですか?」
自分だけ逃げようとしていた輝夜の肩を永琳がつかむ。顔は笑っているが目は笑っていない。
「先ほどはどうも。姫も弾幕ごっこで日々成長しているようでなによりですわ」
「そ、そう。成長してるんなら問題ないわよね。私は帰るのー! 放してえーりん!!」
もがく輝夜。だがどんな握力なのだろう。肩に置かれた手は一向に離れない。
「お・し・お・き・ですよ。――壺中の大銀河」
使い魔が形作る弾幕の壺の中に押し込められる輝夜。四方八方から弾幕に晒される。威力はさすがに弱めてあるが当たれば痛いことに変わりは無い。よって必死で避け続ける輝夜。
「痛い痛い! 助けてえーりん! いやあああ!!」
「ダメです。あと数時間はそのままで居てもらいますからね」
大広間の喧騒もなんのその。常にマイペースな二人であった。
「姉さん。どうする?」
「どうするも何も……」
大広間に置いて存在を忘れられたかの夢月幻月。今更もう勝負もなにもあったものではない。
「もう全員帰しちゃったほうがいいんじゃない?」
疲れた声で夢月がそう提案する。
「それもそうね。もう充分楽しんだわ。久しぶりに充実した日々だったしね」
幻月のかざした手から光が溢れ、その光に触れた者がこの場から薄れ消えていく。おそらく目を覚ましたのでこの場にいられなくなったのだろう。
「さて、私は疲れたから寝てくるわ。後片付けはよろしくね、夢月」
「え、それは聞いてないわよ姉さん!」
「メイドなんだからきりきり働きなさい。妹とて容赦なし」
「ひ~ん」
体が揺れる心地よい感覚。目を覚ますと竹林。誰かにおぶわれているようだった。
「あ、慧音起きた?」
自分を背負っていたのは妹紅だった。慧音の頭に今までの出来事が徐々に再生されていく。
「も、妹紅大丈夫か!? すまない。我を忘れて酷いことを……。それと村人や輝夜、永琳はどうなった? ちゃんと目を覚ましたのか!?」
「あーもう! 平気だって! みんな平気だから背中で暴れないで!」
背中で暴れられてはおぶっている方としては邪魔で仕方が無い。
「あ……す、すまない」
しゅんとする慧音。
「……私は永遠亭で目覚めたから村人はどうなったかわかんない。永琳の言うとおりなら皆目覚めてると思う。永琳は何時も通りだった。輝夜はなんか部屋の隅で怯えてたから燃した。あの永琳が止めなかったのが不思議だったけど。すっきりしたからいいや」
どうやら皆無事に夢から戻ってこれたらしい。一安心すると同時にやはり妹紅に対しては申し訳なく思う。
「……まぁなんていうか今回のは私も悪ノリしちゃったしね。お互い様ということで」
気配を察したのか妹紅がフォローを入れてくれる。
「そうだな。そうするか」
そういって妹紅の背中に体を預ける。いつもは瀕死の妹紅を自分がおぶって帰るのだが、今回は逆。
こういうのもたまにはいいか、と思い慧音は瞼を閉じた。
後日、村を見回っていた慧音は路上で胡蝶夢丸を売っているてゐを見かけた。
あなたも夢の世界でかわいい美少女姉妹と癒しの時間を過ごしませんか!? とかかれたのぼりを背負っている。
商魂たくましいな、と思う。だが、これであの姉妹ももう寂しがることはないだろう。
それにしても前回は事情が事情であったし、暴れてしまった謝罪もしていない。
やはりもう一度いって挨拶しなおしてくるべきだろうか。
そう思うと慧音の足は自然に動いていた。
「久しぶりだなてゐ。その胡蝶夢丸一錠もらえるか?」
夢の中へ、夢の中へ、行ってみたいと思いませんか~♪
夢幻姉妹はやはり夢魔でしょうか……
というかこの二人はネタにするほど設定g(幻月スパーク
取りあえず悪乗りは善くないと言う事で、ぐやもこに合掌(w