Coolier - 新生・東方創想話

夏の幻想郷の涼み方

2006/07/07 09:49:07
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 ぎらぎらと照りつける陽射しを喜ぶのは、生い茂る草木と夏度の高い人妖ばかり。
 辟易するような暑さが幻想郷を包み込んでいた。
 幻想郷の住人達は、そんな夏を思い思いに過ごしている。

 (終了まで結構お時間かかりますので、その間にかき氷でもどーぞ)
































『チルノの場合』



「夏だーーー!」
 チルノが叫んだ。
「雨だーーー!」
 チルノが叫んだ。
「台風だーーー!」
 チルノが叫んだ。










 いきなりだが湖上は大荒れである。 雨がばしゃばしゃと水面を殴りつけ、風が湖面に大波を立てていた。
「どりゃーーー!」
 そんな台風のまっただ中で、⑨+⑨=⑨の公式――チルノがはしゃいでいる。
「うりゃーーー!」
 向かってくる雨粒やら何やら、やたらめったら凍らせまくっていた。
「負けるかーーー!」
 凍り付いた雨粒は、小さな宝石となって真下の湖面へと落ちていく。
「でりゃーーー!」
 宝石はかちかちに凍った湖面にぶつかり、ぱしーんと儚くも割れては水滴となって消えていく。
「うおーーー!」
 チルノが咆えた。
「あたいの方が台風より強いわーーー!」
 ごうごうと風が吹く中。
「やっぱあたいって最強nひでぶっ」
 大風に飛ばされてきた桜の枝に頭を打たれ、湖面へと落ちていく氷精の姿があったとか無いとか。






























『藤原妹紅の場合』



 おぼろが丑三つ時の満月を包んでいました。
 あやしい、あやしい月夜のこと。
 弱々しい月明かりを受けて立つ、ひっそりとした竹林がありました。
 竹林というよりは、竹森と書いたほうが正しい気がするくらい、たくさんの竹が生えた竹林です。
 そんな鬱蒼とした竹林は、一つの家を飲み込んでいました。
 建てられてからそれほど月日が経っていないような、真新しい木造の家。
 竹林の中にぽつんと建つそれは、周りの景色と同化していて、うっかりしていると気づかずに通り過ぎてしまいそうです。
 月明かりは竹に遮られ、竹の葉と葉の間からこぼれ落ち、その家の屋根に竹の葉の形をした影をいくつも落としていました。
 そんな家の門戸を、とんとん と叩く者がいます。










 とんとん とんとん とんとん



 薄暗い民家の中。
 寝床が一つ、真新しい畳の上に敷かれていました。
 その布団の中で、もぞもぞと何かが動いています。
 うーん と、苦しげにうなる声も聞こえます。



 とんとん とんとん とんとん



 がばっ
 と、布団がはねのけられ。
 寝床の上で、上半身だけを起こした少女がけわしい顔つきで辺りを見回していました。



 とんとん とんとん とんとん



 蓬莱に巻かれし者――藤原妹紅は怖い目で家の戸を睨んでいます。
 声を出さぬよう、音を立てぬよう。
 妹紅は静かに寝床から這い出ると、すっくと立ち上がりました。



 とんとん とんとん とんとん



「……こんな真夜中だ。 ろくな客じゃないね」
 妹紅は自分の耳でも聞き取れるかどうかわからないくらい、小さな声でつぶやきます。
 静かに、静かに戸へと近付きました。
 息を殺し、耳をそばだて、慎重に外の様子を窺います。



 とんとん とん



 するとどうでしょう。
 突然戸を叩く音が途切れてしまいました。
 外から聞こえるのは、竹の葉がさらさらと風に揺られる音だけ。
 妹紅は変な顔をしました。
 しばらく黙って外の音に耳を澄ませていましたが、変わった音は何も聞こえて来ません。
 妹紅は錠代わりのつっかえ棒を、音を立てないように慎重に外しました。
 そして重たそうな戸に手をかけ、



 がらららっ



 思い切って開けてみた先には、誰もいませんでした。
 目に映るのは黒い空と、風に揺られる竹林だけ。
 地面を見ても、訪問者の足跡すらありません。
 妹紅は変な顔を通り越して、気味が悪そうな顔をしました。
 そして外へと出て、家の周りを軽く一周してみます。
 念を入れて、誰かが潜んでいないか確認しているのでしょう。
 しかし家の周りには、あやしい人間の姿はおろか妖怪の影一つ見当たりません。
 妹紅は何度も何度も家の周りを飛び回り、用心深く辺りを調べましたが、どこにもあやしい所はありませんでした。
 異常が無いかをこれでもかと言うほど確認して、妹紅が再び家の中に入ったのは、拳一つ分も月が傾いた後のことでした。
 開けっ放しだった家の戸をぱしゃりと閉め、妹紅は軽く溜め息をつきます。
「……刺客でも無さそうだし、一体なんだったのかしら?」
 物憂げに呟く妹紅の額には一筋の汗が。
 夜だというのに、夏の暑さが和らぐ兆しはありません。
 とりあえずいきなり誰かに襲われる心配は無さそうでした。
 妹紅はもう一度安堵の溜め息をついて、寝床へと歩み寄ります。
 そこにはふかふかとした柔らかそうな布団が、主の帰りを待ちくたびれたようにだれーんと広がっていました。
 その柔らかい、至高の感触に包まれる自分の姿を想像してか、妹紅の瞼が重たそうに下がります。
 一度起こされてしまったとはいえ、まだ真夜中なのです。
 妹紅が眠たくなるのは当然のことでした。
「……おやすみ」
 誰に言うでもなく呟き、妹紅はごろんと寝床に転がり込みます。
 そしてわさわさと布団をたぐり寄せ、大きく深呼吸をしました。
 ごろんと一つ寝返りを打ち、ゆっくりと眠りに落ちて、いきません。
 何かいつもと違う感覚を覚えて目を開けます。
 妹紅の目の前、僅か五寸ばかり先で、艶のある長い黒髪の少女が気持ち良さそうな顔で眠っていました。






























「うわあああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁっっ」
 妹紅が金切り声を上げ、仰向けに座ったまま手と足をまるで虫のように動かして後ずさる。 どん とあっという間に背中が壁につき、妹紅は尚も距離を稼ぎたいのか立ち上がった。
「……もう、騒がしいわね」
 そう呟きながら、妹紅の目の前で至極ゆっくりと寝床から体を起こすのは、須臾に輝く永遠――蓬莱山輝夜であった。
 ごしごしと眠たそうに瞼をこすり、長い黒髪を手櫛で整えている。
「なな、な、なんでかぐ、かぐやお前私ちょ、なんでここっ!?」
「開いていた戸から入らせていただきました。 貴方を待ってたら眠たくなっちゃって……」
 口に手を当て欠伸をかみ殺し、狼狽する妹紅の問いに輝夜はのんびりと答えた。 どうやら二人の間の会話は成り立っているようである。 端からは非常にわかりにくいのだが。
「じゃじゃじゃあ何の用よ何のおおおおおおお!?」
「暇だから肝試しよ」
 ぽつりと呟く輝夜。
 そして会話は途絶えてしまった。 荒い息づかいだけが聞こえる。
 妹紅はしばらくの間黙り込み、胸を大きく上下させて深呼吸していた。
「……肝試し?」
 妹紅がオウム返しに聞いた。
「そう。 肝試し」










「……そっか。 それじゃあ肝試しには幽霊役がいないとね。 はらわたをかっさばいて恐怖を刻み込んであげる幽霊役が」
 そう呟いた妹紅の顔には、いつの間にか歪んだ笑みが浮かんでいた。 積もり重なった怨み辛みが皺のように浮き出た顔。 夜叉のように歪んだ笑顔。
 その顔を輝夜に向け、妹紅は尋ねる。
「どこから爪でえぐられたい?」
 その背中に火が灯る。 ぱらぱらと火の粉が散る。 炎を身に纏った不死鳥が、妹紅の背中でゆっくりと羽根を開き、
「この家、建て直したばかりみたいね」
 輝夜の声を聞いた瞬間、しゅぽん というなさけない音と共に、あっという間にしぼんだ。
 輝夜が続ける。
「大変だったでしょう? 一人で建てたの? いやまさかね。 あなた一人で建てたのならもっと適当に建てるものね」
 呟きながら、輝夜は懐から何かを取り出した。 それは色とりどりの玉が幾つも付いた、一振りのきらびやかな枝。
 それを見た妹紅が右手を伸ばす。
「いや待て輝夜」
「そんな家がまた燃えたり吹っ飛ばされたりしたら哀しいわよね。 そうしたらしばらく野宿なのかしら? 私だったら堪えられないわ。 そんな悲惨な目に遭うのは私じゃないけれど」
「待った。 話せばわかるきっとわかる。 ね? だから外に出よう広い所で話そう」
「ああ可哀想な地上人……きっと明日は全壊した家を前に、うなだれて地べたに座り込むのよ。 うん、きっとそう」
「わかったよーくわかった。 わかったから外に出よう。 今日はいい天気だし外でやり合うのも悪く無いでしょ幽霊役もあんたでいいからっ」
 悲鳴のような妹紅の言葉を最後に、会話は途切れた。
 妹紅は引きつった笑顔。 額に汗が浮かんでいる。
 輝夜はのほほんとした笑顔。 至って涼しげな顔。
 二人の間の空気は、まるで凍ってしまったかのように動かない。
「ええ」
 輝夜が短い沈黙を破り、一度大きく頷いた。
 そして続ける。
「外に出ましょうか。 狭いし」
 素直そうな顔で妹紅をうながす輝夜。 これは予想外だったのか、妹紅の方が怪訝そうな顔になってしまった。 ぽかーんと、電源の切れてしまった機械のように固まる妹紅。
 そんな妹紅を見て、輝夜はくすりと笑った。
「だって肝試しの肝は貴方。 肝はやっぱり――」
 素早く手に持っていた枝を振る。
 色とりどりの玉が弾み、辺りの空気が掻き乱される。
 妹紅が驚愕の表情を浮かべ、輝夜を全力で止めようと手を伸ばした頃には、
「冷やさないと面白くないもの」
 家の屋根は、まるで麦わら帽子が突風にさらわれるみたいに吹き飛んでいた。






























 深い、深い竹林がありました。
 竹の葉はそよ風に揺られ、さやさやとざわめいています。
 夜の空気はあたたかく、そして重たく沈んでいました。
 気怠い夜。
 突然、そんな重たい空気を、大木がねじ切れるような音と断末魔の悲鳴にも似た金切り声が吹き飛ばしました。
 風がごうごうと吹き抜けて、竹がヤジロベエみたいにぐらぐらと揺れて。



 そして竹林は再び静かになりました。
 ほんのわずかな間、どこかに逃げていた気怠い空気も、こそこそと竹林へと戻って来ます。
 深い、深い竹林は、何事も無かったかのように元通りになりました。
 そんな竹林に、無言の月が弱々しい光を落としていました。






























『霧雨魔理沙の場合』



 ごおーん。
 ごおーん。
 ごおーん。



 鐘の撞かれる重たい音が聞こえる。
 ふわりと、どこからか花の香りが漂ってくる。
 ここは幽界にある屋敷、白玉楼。
 その広大な庭を、幽霊達が小喧しくさざめきながら漂っていた。
 彼らの表情は、一度死んだ者とは思えぬ程に明るく、そして茶目っ気を含んでいる。
 彼らのさざめく声は鳥のさえずりのように白玉楼に響き渡る。



 ぴーちくぱーちくしなちくおほーつく。



 ……決して彼らはそんな風にさざめいていた訳では無いのだが、この際に置いてさざめきの内容を事細かに説明するのは面倒であるからして、この鳴き声を当てさせていただく。
 幽霊達は一瞥してわかるような浮かれっぷりであり、顔を合わせては、楽しそうに何事か話し込んでいた。
 彼らの顔には、まるで新しく買った玩具の包み紙を開ける子供のような、何かを心待ちにした笑みが浮かんでいる。



 ぴーちくぱーちくしなちくおほーつく。



 小喧しく騒ぎ立てながら、彼らは白玉楼一面に広がる桜並木の間をすり抜けていく。
 浮かれ過ぎて成仏でもしやしないかと、こちらの方が心配になってしまうような笑みを浮かべながら。
 何故、彼らはそんなにも浮かれているのか? 一体、何をそんなに心待ちにしているのか?



 ぴーちくぱーちくしなちくおほーつく。



 幽霊達の浮かれたさざめきを聞いても、はにかんだような笑みを見ても、答えは一向に浮かび上がらない。










 白玉楼の桜達は、その枝に柔らかな葉を茂らせていた。 まぶしい緑色。 春を象徴する薄紅色の花びらはとうに散り、一つも見当たらない。 今は夏なのである。
 それなのに、どこからか甘酸っぱい花の香りが漂ってくる。 それが桜の花の匂いでは無いということは、そもそも花が散ってしまっていることから明白であった。 すると、漂う香りの元は何なのか。
 その答えは割合と早くわかった。 
 まだ瑞々しい、摘み取られたばかりの花。
 かわいらしい桔梗の花が置かれていた。 それらは数本ずつ束ねられて、白玉楼の縁側、朱色の盆の上に載せられていた。 まるで星のような形の、青紫色の花を咲かせている。 ぴんと威勢よく花弁を開いている。 匂いの元はどうやらこれのようだった。
 そんな桔梗の花が、二つのぼた餅の間に挟まれた。
 あっという間に持ち上げられ、ぽいっと暗く大きな口の中に放り込まれた上、驚く間も無いまま白い歯に蹂躙される。



 ぱりぽり くしゃ むちゃ ぺちゃくちゃ

 むちゃ ぽり くしゃ むちゃ

 むちゃむちゃ ぱり くしゃ ぺちゃ

 ……ごくん。










 げぷー と、おくびの音。
「まったく悪食だな」
 白玉楼の縁側に座って呆れた顔で呟くのは、直線的に曲がる光――霧雨魔理沙だった。 魔理沙は膝の上に肘を立てて座っていた。 更にその上に頭を載せ、頬杖までついている。 行儀がよろしい、とは世辞にも言えない格好である。
 そんな魔理沙の横で、呑気に桔梗ぼた餅を楽しんでいるのは、無間の消化器官――西行寺幽々子であった。 口に含まれていた桔梗ぼた餅が飲み込まれ、ごくん と再び幽々子の喉が鳴る。
「結構おいしいのにー。 食用なのよ」
「嘘吐きは鯨のティアマトーみたいに舌を刺身にされるぜ」
「あらあら。 ……ん、あまーい。 舌を抜かれちゃったら味がわからないわね。 おいしいわー」
「食べるか喋るかどっちかにしたらどうだ」
 魔理沙は呆れながら頬杖を外した。 そして帽子を脇に置き、縁側にごろんと横になった。 寝転がったままぐーっと猫が背を伸ばすみたいに伸びをし、一つ深呼吸をする。
「……しかし、あの世は涼しくていいな。 顕界と足して1で割ればちょうどいいだろうに」
「あら。 それは面白そうね」
「ああ、そうだろう。 本気で受け取るなよ」
「えー。 私はいつでもマジメですわ」
 会話は絶妙な線で噛み合わない。
 魔理沙はどうにもやりにくそうな顔をした。 そして寝転がったまま、脇に置いたとんがり帽子を顔に載っけた。 アイマスクというよりは、防護マスクのように顔を覆うとんがり帽子。
「……ところで客人に茶の一杯でも出してもてなすのは、主の役目じゃないのか?」
 魔理沙が帽子で表情を隠したまま尋ねた。
 幽々子はああ、と一つ頷き、
「今日はお客人なのね。 てっきり客人以外だと思っていましたわ」
 さらりとした笑顔で答えた。
 言われた魔理沙の表情はというと、顔の上に載せられた帽子に隠れていて見えない。
「……親しき仲にも礼儀有り、という言葉は幽霊の間でも常識だろう?」
「私が飲むのと同じお茶と、普通の神社のお茶、どっちがいいかしら?」
 幽々子が魔理沙の非難をのらりくらりと交わすように尋ねた。
 魔理沙は顔を覆っていた帽子を脇にどける。 そして顎に手を当て、しばしの間むっつりとした顔で黙考する。
 ほんの少しばかり経った後、しずしずと幽々子に尋ねた。
「お前が飲むお茶って、毒じゃないだろうな」
「あら。 おいしいお茶ですわ」
「神社の茶を頼む」
 魔理沙は注文をつけた後、再び帽子で顔を覆い隠した。
 幽々子が頬に手を当て、少々大きい声で従者に注文をつける。
「よおーむー。 神社のお茶を一つと、いつものお茶をおねがーい」
 はーい、只今! と、屋敷の奥から大きな声が返って来た。
 そして何が面白いのか、くすくすと笑う幽々子。
 顔を帽子で隠して寝っ転がる魔理沙。



 白玉楼は今日も平穏である。 見た目の内は。






























『八意永琳の場合』



 水の流れる音が聞こえていた。 絶えること無く、飽くること無く、ちょろちょろと。 小さな小さなせせらぎの音は、小さな小さな滝壺に水が落ちることで生まれていた。 小さな断崖絶壁から真っ逆さまに落ちていく、僅かばかりの水。
 滝。 というよりは急須の口からこぼれる湯のようである。 本当に小さな小川。
 その水に手をかざし、流れを遮る者がいた。
「……冷たい」
 両の手をすすぎながら、尽きること無き疑問――八意永琳はこそばゆそうに呟いた。 彼女の肩に掛けられているのは小さな籠。 その中に納まっているのは、色とりどりの草花達だった。










 緩やかな傾斜のついた山の中。 広葉樹が点在しており、陽光を互いに取り合うことも無くのびのびと葉を広げている。 背の低い、緑色の柔らかそうな草が絨毯のように敷かれていて、例え転んでしまっても怪我一つしなそうに思われた。
 風が涼しげに木々を撫ぜてゆく。 木々はそんな風を独り占めしようと葉の付いた枝を伸ばすのだが、風はゆらりゆらりと、いとも簡単にそれから逃れてしまう。 そんな風に乗り、小鳥が飛んでゆく。 飛んで飛んで飛んで、朗らかに飛んで、そして地へと降り立つ。 そこにあったのは小さな小川だった。 その水を鳥は小さな口で飲み始める。
 澄んだ水が小川を流れていた。 水の中を大きな茶色の蛙が泳いでいる。 その茶色の蛙を、
「ぱくっと!」
 宵闇の無心――ルーミアが大口を開けて含んだ。 ぱくっと。










 この後の食事の描写について、普段の筆者ならば迷わず擬音語で表現しているところなのだが、この場合は余りにも生々しく洒落にならないので割愛させて頂く。
 ――とりあえずルーミアが食事した。
「おいしかったー」
 小川に突っ込んだ為にびしょぬれになってしまった顔。 それを服の袖で拭いながら、ルーミアは笑顔で呟いた。
 ぱあっと晴れた日の太陽みたいな微笑みである。
「おいしいなら何でもいいのかしら?」
 そんなルーミアの背後で声がした。
 彼女が振り向くと、
「まったく」
 そこには悩ましげに額に手を当てる永琳の姿があった。 眉間にシワを寄せ、沈痛な面持ちで佇んでいる。 永琳が何故そんな表情をしているのかがわからず、ルーミアは小首をかしげて尋ねた。
「どしたの?」
「無尾目ヒキガエル科、アズマヒキガエル。 貴方が食べた蛙の種類よ」
「へー」
「ブフォトキシンという毒が皮膚に含まれていてね。 主成分のブフォニンは神経を侵して幻覚作用をもたらし、ブフォタリンには強心作用などがあるの」
「そーなのかー」
「つまり、どういうことだかわかる?」
「全然」
 永琳が深い溜め息をついた。
 ルーミアは自らが言った言葉に違わず、全く意味がわかっていないように思える。 笑顔のまま小首をひねっていた。
「猫や犬でも食べないわよつまり毒があるってこと一歩間違えば心臓ばくばくで口から泡を吹いてのたうち回って死んでしまうかも知れないのよアズマヒキガエルはそれほど毒性が強くないから大丈夫かも知れないけれどそんな物をひょいひょいと口にしているといつかは――」
「おいしかったよ」
 ぱあっとした明るい笑顔で、永琳のお小言を遮るルーミア。
「……ま、まあ、おいしいらしいけど。 ヒキガエル」
「で、それは食べれるの?」
 ルーミアは永琳に向けて腕を突き出し、ぴんと人差し指をのばしていた。
 指し示す先は永琳の肩に掛けられた籠の中身。
 そこに納まりきらずに顔を覗かせている赤い花だった。
「ああ、これ? ホウセンカは食用にもなるわよ。 薬効もあってね。 漢方で去風、活血、鎮痛作用などがあるわ。 つまり薬の材料になるのよ」
「へー」
 関心ありげに頷きながら、ルーミアは永琳にすり足で近付く。 永琳は説明に夢中でそれに気が付いていない。
「それっておいしいの?」
「うーん、おいしいかどうかはわからないけれど――」
「ぱくっと!」
 突然の事。 ルーミアが顔を突き出してホウセンカの花をぱくっと飲み込もうとして。
 永琳がぱっと籠をどけた為、その先にあった岩に強かに顔面を打ち付けた。 がごっ と嫌な音がした。
「……痛いー」
「こらっ! 何でもかんでもいきなり食べようとしない!」
「痛いよおー」
「……う」
 だらだらと額から血を流して座り込み、上目遣いに永琳を見るルーミア。 その赤い瞳には溢れんばかりの涙を溜めている。
「痛いぃーーーー」
「ああもう。 少しは落ち着きなさい。 ……動かないで」
 永琳はしゃがみ込みながら、手足をぱたぱた振って暴れるルーミアの肩へと手を添えた。 裂傷の出来たルーミアの額に、ポケットから出した布を当てる。 白い生地に血がじわりじわりと染み込んだ。
「ちょっと染みるだろうけれど、我慢して」
「痛いーーーー」
「……いい? ちょっと痛いことするわよ」
「痛いよおお」
 了承は得られない。 永琳は深い溜め息をついた。 ルーミアはというと、相変わらず手足をぱたぱたさせている。 鼻筋をたらーっと血が伝っていく。
 永琳はうんざりとした顔で、服のポケットから小さな膏入れを取り出した。 蓋を開け、その膏をぺっとりと自らの指に塗ったくる。 そしてうんざり顔のまま、ルーミアの額にぐにゅっと塗ったくった。



「――!!!!!!!!!!!!!!!」
 









 猫が10tトラックに尻尾を轢かれてしまった時のような、若奥様が台所でゴキブリ達の団欒を盗み見てしまった時のような声が山々に響き渡った。
「――――!?@?!{!?!?1?!;;!?」
 思わず両耳を塞ぎ、音波超兵器の攻撃から逃れようとする永琳。
 しかしルーミアの悲鳴は止まらない。
 止まらない。
 止まらない。










 両手で塞いでいるにも関わらず入り込んでくる高音に、永琳の鼓膜が弾けそうになって気も狂うかと思われた時、泣き声はぴたりと止まった。



 いや、正確には止まっていなかった。 ひっく、ひっくとすすり泣く音。
 瞳からこぼれ落ちる水滴を、ルーミアが両手で乱暴に拭っていた。 静かにすすり泣いていた。
「……痛いい」
 こぼれ落ちた涙が服を湿らせていく。 額には汗が浮かび、膏と混じってどろどろになっていた。 かわいい顔も台無しである。
 永琳はいつの間にか歩み寄り、気づけばルーミアの肩に両手を載せていた。 悔恨の念がこもった声で、悲しそうな顔でささやく。
「……ごめんね。 痛かった? でも化膿するといけないから、しょうがなか――」
「ぱくっと!」
 ――速い。
 ルーミアは一瞬で永琳の脇をくぐり抜け、籠から飛び出していたホウセンカの花を口にくわえていた。
「な」
「いただきまーす」
 蛙の時とは違い、今度はきちんと食前の礼をとってから飲み込んだ。
 咀嚼もせずに一呑みである。 蛇の腹のようにうねる喉。
「おいしかったー」
 早々と食事を終えて、ルーミアが、ぱあっと太陽みたいに晴れた笑顔をつくった。
 先程の泣き顔がまるで嘘のような、いい笑顔である。 軟膏が塗ったくられた額も、今ではなんだかチャームポイントのようにも感じられる。
 何か口に入れられればそれで満足なのだろうか。 くるくると機嫌良さそうに踊り出すルーミア。
 そして、そんなルーミアの前でゆらりと立ち上がる永琳。
「一つ、教えてあげる」
「ん、何? 貴方は食べられるのかどーかとか?」
 声に気づいて踊りを中断し、呑気に呟くルーミア。 ぴくりと永琳の眉が動く。
「ホウセンカの花言葉よ」
「へー」
 そう呟いた永琳の顔は笑っていた。 余りの美しさに薄ら寒ささえ覚えるような微笑。
 はっきりと言うと殺意が滲んでいる。 よく見ると額に小さく血管が浮き出ている。
 そんな笑顔のまま、永琳は言葉を紡いだ。
「『私に触れないで』」
「ふぇ?」
 ふうっ と、永琳が深い溜め息をついた。 その顔はもう笑ってはいない。
 呆れたような視線をルーミアへと投げかけ、腕を組んで佇んでいた。
「ホウセンカの花言葉よ。 『私に触れないで』、どこかに行ってしまいなさい。 私が怒り出す前に」
「えー、もう食べられるの無いのー?」
「無いわ。 貴方を食べちゃうわよ?」
 そう言いながら一歩踏み込んでルーミアへと近付く永琳。 得も言えぬ威圧感がある。
「……ほら、どうするのか――」
「あはー。 食べられちゃったら大変だから帰るー」
 ふわりと宙に浮く。 そしてくるりと一回転すると、黒いスカートの裾がほろほろと揺れた。 にかーっと、晴れた日の太陽みたいな笑顔。 ルーミアはそんな笑顔を浮かべながら飛んでいってしまった。
 後にはぽつりと佇む永琳が一人。 再び、ふうっ と深く溜め息をつく。 今日何回目の溜め息だったろうか。 やがて永琳もまたどこへともなく歩いていき、その背中は見えなくなった。
 残されたのは清らかな小川と風に揺れる広葉樹達だけ。
 ちょろちょろと水の流れる音と、さやさやと葉が擦れる音が聞こえた。






























「よおーむー。 お餅無くなっちゃったー」
「はーい只今!」
「よおーむー。 お茶飲み終わったー」
「はーい只今!」
「よおーむー。 桜の枝が伸びすぎてるわー」
「はーい只今!」
「よおーむー。 次は鬼百合餅が食べたいなー」
「はーい只今!」
「よおーむ――」
「いい加減にしてください!」



『魂魄妖夢の場合』



 幻想郷中音速を越えて探し回った鬼百合の花を幽々子様に突き出しながら叫んだ。
 乱れた自らの白髪を整える間も無い。
「我が儘も度が過ぎてます幽々子様! ……勘弁してくださいー」
 ……ああ、我ながらなんと情けない声だろう。
 盆に載せた鬼百合を幽々子様が受け取ったのを確かめると、私はへたりと座り込んでしまった。
 足に力が入らない。 先々刻からずっと動きっぱなしなのである。 
「もう。 妖夢ったら――」
「ごめんなさいすいません休ませてください。 半霊を切腹させますので許してくださいお願いします」
 私の声を聞いて明らかに動揺している半身。 何やら汗を掻いて必死にぶんぶん体を振っているが、いやいやのサインだろうか。
「そういえば、半霊って美味しいのかしら」
「ああ調理しましょうかゆっくり休んだ後で」
 ぐったりと座ったまま情けない声で応える私。 半霊がだらだらと汗を掻きながら、ぶんぶんぶんぶん体を振っているのが見えたが見えなかった。 うん見えなかった。 今はとにかく休みたいのだ。
 ……だらしない私。
 でも本当に心身共に限界だ。 あと小半刻でいいから、寝たい。
「それにしても妖夢ったら。 さっきのは我が儘を言いたかったんじゃないのよ」
「……え?」
 我が儘じゃない、というのは――?
「『よおーむー。 貴方も一緒にお茶を飲まないー?』 って言いたかっただけなのにー」
 ……なんと。 幽々子様はこんな私に、ねぎらいの言葉をかけようとしてくれていた、のか?
 ……ああ。
 私は馬鹿で根性無しだ。
 そんなにも気持ちがこもった主の言葉を自らの薄汚い罵声で遮ってしまうなんて。 一介のしがない庭師に、身分のかけ離れたお嬢様がかけてくれようとしていた暖かいお言葉を、遮って、
「……幽々子様ぁ!」
「あら」
 私は居住まいを正し正座した。 肩の震えが止まらない。
「私が間違っておりました! ……この魂魄妖夢。 魂が砕け、体が朽ちようともお嬢様に付き従いたく存じます!」
「そういう言葉は軽々しく言っちゃ駄目じゃないのかしら」
「心から申しております! 幽々子様!」
「あらあら」
 私は言い終えると同時に頭を下げ、幽々子様に平伏した。 この主にどこまでもついていこう。 そう思えた。
 頭を下げている間、今までの幽霊達のさざめきが嘘のように消え、白玉楼は静かだった。
 幽霊達も気遣ってくれていたのだろうか。 しかし、お陰で私はこの感動の余韻にしばらくの間浸ることが出来た。
 心地いい。
 幽々子様と一緒ならばどこまでも行けるような気がした。
「妖夢。 面を上げなさい」
「はっ」
 幽々子様に言われ、私はすっと頭を上げた。
 綺麗で整った主のお顔が見える。
 幽々子様はその先は何も仰らない。
 ただ、静かに微笑んでおられた。
 私は出来うる限り凛とした顔でいようと心掛けていたのだが、堪えられなかった。
 なんだかおかしくなってしまったのだ。 口に手を当て、つい笑ってしまった。 本当に無作法なものである。
「……あはははは」
「ふふ」
 しかし笑いたかったのだ。
 幽々子様も微笑んでくれた。 私も笑った。
 なんだか幸せだった。
 ずっとこのまま、このまま時が止まってしまえば、










「邪魔して悪いが。 私の茶はまだか?」










 横に寝っ転がっていた魔理沙が呟いた。 表情は帽子で隠れていて見えない。
 私の体から血の気が引いていくのを感じた。






























『上白沢慧音の場合』



 険しい山道。 ここは冬だろうが春だろうが夏だろうが厄介な場所である。 傾斜がきつく、土質が悪い為にぬかるむ。 大雨が降った次の日などは酷いものだ。 土砂が崩れて道が潰れることなどざらだ。 辺りには数えきれぬほどの竹が乱立し、皆一様に泥塗れになっている。 それらに遮られ、地平線どころか太陽すら覗かない。
 そんな深い山奥にわざわざ私が赴く理由とは、今私の両手に抱えられている大きな西瓜(スイカ)にある。 この夏、里で一番にとれたこれを、妹紅に届けてやること。 それが理由だ。
 妹紅は甘い物が嫌いでは無かった。 この初物の西瓜を持っていってやれば喜ぶだろう。 行儀悪く大口を開け、西瓜にかぶりつくあいつの姿が目に浮かぶ。 脳裏に浮かんだその顔は、嬉しそうに笑っていた。
 そんな訳でさっきからえっちらおっちら西瓜を運んでいる。 重い。
 バランスを崩して幾度も転びそうになり、その度に足に力を込めて踏みとどまる。 力を込める度に足下の土がぬめる。 悪循環。 実に難儀である。
 しかし楽をしようと力を使って運びなどしたら、間違いなく西瓜は割れてしまうだろう。 そういう訳で辛抱してきつい山道を歩いている。
 この山は非常に複雑に入り組んでいて、飛んで行こうにも空からは妹紅の家がどこだか全くわからない。 竹の成長が早い所為だ。 竹はあっという間に生長していく。 一晩で、一日で、三日で。 その姿をあっという間に変えてしまうのだ。 一ヶ月なら尚更のことである。 山の形は変わってしまう。
 だから飛べない。 歩くしかないのだ。
 倒木を乗り越え、小川をまたぎ、大岩を飛び越す。 枝につまずき、苔に足を滑らせ、蒸し暑さに辟易とする。 
 そして私は目印の一つ、欅の大木を見つけた。 安堵感に頬が緩み、その根元へと辿り着くと思わず座り込んでしまった。
 冷たく湿った地面。 先日降った雨が抜けきっていないのだろう。
 懸命に葉を伸ばす欅の木だけは、私を迷わせる意地の悪い竹達に混じって道中の道案内を務めてくれていた。 頼もしかった。
 その幹を撫でてみる。 かさかさとして、随分と荒れていた。 しかし見上げた場所にある木の葉は生き生きとしており――大きく手を伸ばした里の子らを連想させる。 命をもたらす陽光を気持ちよさそうに、存分に浴びている。
 私は何とも言えない気持ちになった。
 こいつはたぶん、私と同じくらいの歴史を生きているんだろうなと。 ふとそう思ったのだ。
 ……私とこいつ、どっちが長く楽しく生きられるか、競争だな。
 いや。
 棺桶用の材木になるが早いか、棺桶に納まるが早いか。 かな?
 そんなことを心の中で呟きながら、私はいつの間にか笑っていた。 こんな馬鹿みたいなことを考えている私はおかしい。 本当に馬鹿みたいだ。
 笑いながら立ち上がった。
 西瓜を妹紅に届けてやろう。 きっと笑ってくれる。 きっと楽しい。
 もっともっと楽しく生きよう。 そう思った。
 さて、行くか。






























「……で、これは?」
「宇宙人がやって来てUFOに吸い取られたのさあはははははははははははははは」
 生気の抜けた笑い声が山々に響き渡る。
 がっくりと地面に膝を付け、天を仰いで笑うのは蓬莱に弄ばれし者――藤原妹紅。
「…………」
「あはははははは、あは、ふう」
 やがて笑い疲れたのか力が抜けきってしまったのか、前屈みに倒れそうになった体を両手で支えると、まるで試合に完敗して青春の一ページに苦い想い出を刻み込んだサッカー少年のようにも。 まあ見えないことはない。
 そんな妹紅の横で口が塞がらずに開きっぱなしなのは、地に根ざす血の英知――上白沢慧音である。
 彼女の目の前には、四角い升のように口を開けた民家があった。 屋根が風にでもさらわれたのかUFOにでも吸い取られたのか無くなっており、室内には落ちてからまだ間もない緑色の竹の葉が点在していた。
 ひゅうー と風が吹く。 竹の葉がざあざあと揺られて、落ち葉がひらひらと舞って。
 そしてその葉っぱの幾つかは、升のようになってしまった民家の口の中にするりと納まった。
 空は重たい鉛色。 やがては雨が降るのだろう。
 そんな天気の下、何かがどさりと地に落ちる音が聞こえた。
「……西瓜、食うか?」
「…………」
 乾いた大地の上を、緑と黒の縞模様が目に眩しい西瓜が転がっていく。
 返事は返って来ない。


 
 ぴー ひょろろろん



 と、鳶が退屈そうに鳴いていた。





























『西行寺幽々子の場合』



 手に持つ湯呑みは湯気を立てている。
「妖夢ったら抜けてるわねえ。 まだ矛には向いてないわ」
 その湯呑みを抱えながら呟くのは、桜色に舞い散る言の葉――西行寺幽々子。 彼女は先程顔を真っ青にして、宙を駆けていくような速さでお茶汲みに行った庭師を淡々と評した。 いや、実際に飛んでいったのであるが。
「正直者は崩れない。 だから盾がお似合いだ。 ……ってところか?」
 顔を帽子で隠したまま、一発屋な努力家――霧雨魔理沙は幽々子の呟きに応える。
「あら。 卵の入っていない茶碗蒸しの具を変えたみたいな答えね」
「あー? どういう意味だかさっぱりだな」
「前提を忘れて中身が無くなっているわ。 どこかが抜けている盾にはお茶を盛れない。 矛もまた然りよ」
「はあ? エスペラント語を話せここは幻想郷だ」
「nu, empiri/o mank/i.」
「私が悪かった日本語を話せ」
「はーい。 つまり妖夢はしばらく私に逆らえないのでした~」
「……主旨が変わった気がするが、わかりやすいな」
 そんな会話を微笑んだまま続ける幽々子。 帽子で顔を隠したまま続ける魔理沙。
「しかし、ここに来てから空気ばかり喰わされている気がするぜ。 腹が減った」
 両手を頭の後ろで組んで枕代わりにしている魔理沙が呟く。 思えば先程から散々な扱われようである。
 客人だったのかと平然と屋敷の主に言われ、その従者には空気のように扱われた挙げ句、すぐ横で時代劇の一挿話を切り抜いたような暑苦しいやり取りを見せ付けられ。
 それでいて怒り出す気にもならないのは、白玉楼が心地良く冷えているからだろうか。 かっかとのぼせる気にはなりそうにも無い。 心地良い風がそよいでいる。
「あら。 飢えを覚えている時に死ねば亡霊になれるかも知れないわよ。 一つ座興に死んでみない?」
「誰がほいほいと死ぬか」
「えー。 死ねば楽しいのにー」
「…………」



 ほー  ほけきょ



 と、鶯の鳴き声。 梅の木は天皇にでも持って行かれたのだろう。 残念ながら咲いていない。



 ぴーちくぱーちくしなちくおほーつく



 と、幽霊の鳴き声。 喧しいばかりで風雅さも何も無い。
 長い沈黙。
 声達に混じって今にも舌打ちの音が聞こえて来そうであった。
 しかし、魔理沙は堪えた。 ふうっと溜め息を一つ、幽々子に向けて魔砲ではなく愚痴を放つ。
「……まったく、幽霊共は偏屈で困るぜ。 充分涼めたし帰る」
「あら、折角妖夢にお茶だけじゃなくワラビ餅もつけるよう言いつけておいたのに」
「やっぱりしばらく居座らせてもらうことにする」
 帽子を被って立ち上がりかけたと思ったら再びごろんと横になる魔理沙。 ぽふっと顔に帽子を載せる。 端から見ていると忙しくてしょうがない。
「……あー。 しかし、腹が減っているせいか幽霊共の声がうざったらしく聞こえるな。 なんであんなに喧しいんだか」
 お祭り騒ぎが大好きであると皆から半ば当然の如く目される魔理沙が、忌々しそうに呟いた。 普段は一番騒がしい人間が言うと、なんとなく面白みが感じられる言葉ではある。
「あら、それは夏ですから」
「ん?」
 幽々子がのんびりと呟き、続ける。
「お盆が近いからよ。 ……幽霊達の里帰り。 あと少しですわ」
「ほう。 亡霊は未練を残して死んでも盂蘭盆会が楽しみなのか?」
「死後の生活も楽しいけれど、顕界に戻るもまた一興。 幽霊なんだから色々と楽しまなきゃ」
「そんなもんか」
「ええ」
 そこで会話は途切れた。
 魔理沙は顔に載せていた帽子を頭の上に移し、起きあがった。 縁側に座り直すと、両手を後ろでつっかえぼうにして空を仰ぐ。
 その視線の中央には、華やいだ幽霊達の姿があった。 彼らは本当に楽しそうに笑っていた。 家族や子孫達の姿を見るのが、そんなにも楽しみなのだろうか。
 魔理沙も、いつの間にか笑っている。 彼らの笑みが感染ったのかも知れない。 まあ、魔理沙が笑ったと一口には言っても、不敵で油断ならない笑み方のことを指すのだが。
 そんな風ににやりと笑う魔理沙の横で、幽々子がぼそりと呟く。
「……それに夏は事故も多くて仲間も増えるし」
「……あー? なんか言ったか?」
「いえ何も。 海難事故とか台風とか、遭難とかはアレよねえ」
「ん? まあ、アレだな」
「ええ、アレだわ。 未練たらたら」
「……未練を残して死んだら幽霊になる。 と言いたいのか?」
「そうそう」
「……本当か?」
「そうそう」
 こくこくと頷きながら微笑む幽々子。 怪訝そうな顔の魔理沙。 そのまま固まる空気。
 しばらくの間、静寂が辺りを柔らかに包んだ。
 それもぴゅううー と白玉楼を横切っていく涼しげな風に破られる。
「幽霊はわからんな。 山芋並に」
 魔理沙が憮然とした顔で言う。 その視線は、虚空に浮かんで何やら楽しげに話し合っている幽霊達へと向けられたままであった。
「掘り出すのが難しいわね」
 呑気な面持ちで、幽々子が返事をする。 










 白玉楼は今日も平穏である。 見た目の内は。
 やがて、ととととととととっ と、縁側を誰かが物凄い勢いで小走りする音が聞こえて、何やら必死に謝る庭師の声も聞こえた。
 幽霊達はやっぱり今日も平穏なのである。 見た目の内も。






























『博麗霊夢とアリス・マーガトロイドの場合』



 空という虚しい器に、黒く透き通った潮水が満たされている。 夜空。 頭上に広がる黒が世界を覆っていた。
 限りなく純度の高い闇の中に、まるで淡い真珠のように輝くものがある。
「星の洪水ね」
 それは数え切れない数の星達であった。 彼らは夜空を覆い尽くす黒の中で、儚さとは程遠い輝きを放っている。
「……あんた呟いてる暇があるなら願掛けでもしたらどう? ついでにお賽銭も投げ入れてくれると効果てきめん――」
「なんでそこで賽銭が出てくるのよ」
 神社の縁側に座ってそんな夜空を見上げるのは、形を模索する者――アリス・マーガトロイドだった。
 その横に座っているのは、閑寂で閑淑な巫女――博麗霊夢である。
 彼らは今にも星が零れてきそうな夜空を見上げ、呟く。
「神社に来たのに賽銭いれないなんて罰が当たるわよ」
「つまりこの神社のご神体は祟り神なワケね」
「いいから賽銭入れなさい御利益あるわよ」
「黙りなさいよこの生臭巫女」
 ロマンの欠片も無い。










 ふうっと霊夢が溜め息を一つ。 落胆したように瞳を閉じた姿は見目麗しい。
「どうしてこの神社はまともな参拝客が来ないのかしらねえ」
 その哀しげな呟きに対し、ふふっと小さく笑みをこぼすアリス。 その笑顔はあどけない。
「きっと呪われてるのよ」
「呪われてる神社なんて洒落にならないわ」
「そうねえ。 他の仕事の方が向いてるんじゃないの?」
「何よ? 巫女を辞めて妖怪退治屋でもやれって?」
「大して変わらないじゃないの」
「ああそうか。 それじゃ弁護士とか」
「税理士や医者や建築士や金融業者も含めて無理だと思うわよ。 政治家なんてどうかしら」
「……! その手があったわね」
「嘘に虚言に詭弁に演説。 得意分野でしょう?」
「ええ、いけるわね。 目指すは幻想郷のNo.1。 策謀家の貴方となら全てを掴めるわ」
 お前ら脱線し過ぎです。










「とまあ漫談はこれくらいにしまして」
「しまして」
 霊夢は言い終えると、両手に抱えた湯呑みを口へと運んでいく。
 アリスはというと、縁側に座りながら、何故か人形の裁縫を始めている。
 霊夢は湯呑みに口を付け、その適度に苦い中身をすする。
 アリスはちくちくちくちく人形のスカートのほころびを直している。
 霊夢は湯呑みと急須の中の茶が空になったことに気づき、襖を開けて部屋の奥へと消える。
 アリスはちくちくしゅっしゅっと人形の服のボタンを付け直している。
 霊夢が戻って来る。 縁側に座り直し、こぽこぽと湯呑みに茶を注ぐ。
 アリスがへくしゅっと、かわいらしいくしゃみをする。
 霊夢は湯気の立つ湯呑みを両手で口に持っていき、それをすする。
 アリスはちくちくちくちく人形の服の袖を縫っていく。
 霊夢は湯呑みから口を離すと、ふうっと一つ溜め息をつく。
 アリスはちくちくちくちく人形のほころびをいい加減次に進んでくださいよお願いしますから(書き殴ったような歪んだ字)










「……そう言えば、あの竹」
 突然、裁縫をしていたアリスが口を開いた。
 霊夢は心当たりがあるのか、ああ、と頷く。
「出しておこうと思ってね」
 境内の片隅の土に、小さな竹が刺さっていた。 青々としたそれには幾枚かの色紙が結ばれている。
 小さな竹に、人々の願いを込めた五色の短冊の花が咲いていた。
「そう言えば七夕だったわね」
「そうよ。 一年は短いようで長いんだから、ゆっくり味わわないと」
「……霊夢の辞書にも味わうなんて言葉があったのね」
「辞書? そんなのあったとしても要らないから売ってるわね。 きっと」
 そんな会話を涼しげに交わす二人。
 空には煌びやかに光る天の川が腰を据えていた。
 織姫と彦星。
 今日は互いに想い合う彼らが、一年にたった一度だけ会えるとされる幻想的な日なのである。
「そう言えば魔理沙のお願いは、『私と私以外の奴等の願いが円周率と同じ確率で叶え』だったかしら」
「何よそれ」
「どこぞの鬼は『宴会』の二文字だったし、『これを見ている貴方! 新しい知識を詰め込まねば時代に乗り遅れてしまうかも知れませんよ!? 一寸先は闇。 その闇を見通す為にも文々。新聞を購読しませんか?』とか天狗が小さな短冊に虫眼鏡でも無いと読めないような字を書いていくし」
「私だったら『特に無し』、かしらね。 貴方は?」
「『お茶 食料 賽銭 その他なんでも歓迎』」
 地の文でフォローする気が起きなくなってまいりました。










「そうだ、七夕って昔はもうちょっと違う伝説だったって聞いたんだけれど」
 アリスが尋ねた。
 世界は平和になった。
「ええ、そうね。 ……確かたなぼた伝説」
 霊夢が応える。
 棚からダイナマイト。
「棚機女伝説よ。 人間の癖に節句のことも覚えられないの?」
 アリスがチョップ。
 端午の節句十六段返し。
「うるさいわねえ、今思い出したとこよ。 ……確か巫女が船に乗って温羅という鬼を退治しに行く話」
 霊夢が浴びせ蹴り。
 紅白から生まれた紅白太郎。
「なんでそんな話と結びつくのよ。 しかも微妙に混じってるし」
「ほっといてよ。 くだらん神話伝説の類なんて覚えていてもしょうがないわ」
「巫女が言うべき台詞じゃないわよそれ」
「うるさい! そんなこと覚えるよりは明日のご飯なのよ!」
「……(哀れみの視線)」
「決めた。 私の七夕の願いは、『変な人妖が神社から消え去りますように』」
「ちなみに短冊は7月6日までに飾らないといけないらしいわ」
「……神仏が頼れないってのなら、実力でやるしかないわね」
「巫女が言う台詞じゃないわねえ」
「うっさい陰険女!」
「何よ生臭巫女!」
 地の文を挟む隙間も無く、何やら乱闘始めました。










 夜空に星が輝いている。 その煌めきはまるで川の流れのように、途絶えることが無い。
 その星の一つ一つは誰の願いを聞き入れ、そして叶えたのか? それは知る由も無く。
 神社の夜は(物が砕ける音で騒がしく、)ゆっくりと更けていく。






























『リリカ・プリズムリバーとルナサ・プリズムリバーの場合』



 じー がちゃがちゃ ざーざー ぷーー



「はーい姉さん、突然ですが問題があります」
「何?」
「我が家がとても蒸し暑いことであります」
「はあ」
「そこで姉さん」
「?」
「いい水着があるんだけれど――」
「却下」
「まだ全部言ってない~」
「どうせろくな事はない。 着ない」
「ちぇー。 幻想の音になりつつある『うはうは』だとか『ぽかーん』だとか録りたかったのに」
「誰に言わせるんだか」
「ん、家の周りに潜ませておいた人達に」
「な」
「ほらほら、そんなにぎゅーっと窓にへばりついても下にはいないよ。 お約束の場所だし」
「じゃあ二階か」
「残念でしたー。 二階にもいませんー」
「じゃ、じゃあキッチンの洗い場の下の収納スペース」
「ぶー。 そこも外れ」
「それじゃ屋根裏!」
「はっはー。 違います」
「むう。 ならばソファの中!」
「ざーんねん。 そういう意表を突くとこでもありません」
「じゃあどこよ。 まったく」
「答えは姉さんが水着を着ないのを見越していたので、そんな人たちは初めっから忍ばせていないのでした」
「…………」
 









 どごっ










「さ、桜の花がくるくるへにょらー……。 姉さん拳骨は痛いよ酷いよぅ~」
「よぅ~ って誰が悪いと思ってるの! まったくあなたはもう少し悪戯の加減というものを」
「――てーか、説教中に悪いけれど実はそろそろ時間が差し迫って参りました」
「なに? 時間? どういうことよそれ――」
「らららーん。 今回の幻想郷ラジオはプリズムリバー邸からお送りしましたー。
 皆さんそれでは御機嫌よう。 次回も、サービスサービスぅ!」



 じー ざーざー がちゃ ぷつん










 納涼者の統計。

 肝を試して涼んだ者一名。
 肝を試されて涼んだ者一名。
 あの世に行って涼んだ者一名。
 薬草取りに行って追い剥ぎに遭って涼めなかった者一名。
 そーなのかーと万年心中涼しげな者一名。
 音速を超えたり客人に脅かされたりして涼んだ者一名。
 仲良く西瓜割りをして涼んだ者一名。
 従者や客人をからかって涼んだ者一名。
 寒い漫才で涼ませようとした者二名。
 慌てふためく姉を見て涼んだ者一名。
 ⑨一名。
 霊夢とアリスの話やらプリズムリバーの話やらを書いて寒気を覚えた者一名。


 
 総数十三名。 夏の幻想郷(とその他)の涼み方。

 (注:読み終わっても涼しくなる保証は無いのでやんすよ。)

あおのそら
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コメント



0.1300簡易評価
7.70翔菜削除
このほのぼの具合は好きだわー
10.80某の中将削除
『訪問作法』をふと思い出してしまう独特のテンポがたまりません。
相変わらず不思議なセンス漂う二つ名もいい感じのスパイス。
幻想郷の日常は、きっとこんな風に違いない。
21.無評価あおのそら削除
読んで下さったみなさん、毎度言ってますが本当にありがとーですw
コメントに返信させていただきます。

>翔菜さん
暑さに負けてしまったのか、ひと味もふた味も足らなくなり、
結果的にほのぼのしてしまった気がしてなりません。 むきゅー。

>某の中将さん
二つ名を考えている時が一番楽しかったりします(笑)
もっともっと話を考えるのを楽しくせねばいけないなと思案中。
31.100名前が無い程度の能力削除
エスペラント語を話せるとはさすがゆゆ様。



ほのぼのまったり。