Coolier - 新生・東方創想話

妖精大戦争〈Ⅲ〉

2006/07/07 09:12:13
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『永遠亭の神宝盗まれる』

 ○月□日、妖精軍団による二度目の襲撃が起こった。場所は広大な竹林に佇む永遠亭。紅魔館に続き、幻想郷でも随一の実力者達が集う永遠亭までもが妖精に敗北した。紅魔館で妖精が奪った魔導書によって、妖精達の力は飛躍的に上がっていたらしい。永遠亭の全戦力をもってしても防衛で手一杯だったと戦闘の指揮を取っていた一人、鈴仙・優曇華院・イナバ(兎)は語る。
 この襲撃によって永遠亭が被った被害は、なんと蓬莱山輝夜の難題として使われていた五つの神宝。新難題を開発してからは宝物庫の中に大切にしまわれていたのだが、それが今回妖精達に狙われたのだ。しかしここで幾つか謎が浮上する。妖精達は宝具の存在をどこで知ったのか。そして厳重にしまわれていたはずの宝物庫の鍵をどのようにして開けたのか。屋敷の中には永琳と輝夜しか残っていなかったにも関わらず、妖精達はまんまと宝具を盗み出した。
 紅魔館事件の時といい今回といい、いささか妖精達の仕業というだけでは片のつかない部分が多く見られる。私が思うに妖精達には協力者がいるはずだ。それが誰なのかは目下捜索中だ。そもそも妖精達がこのような襲撃を始めたことも気に掛かる。
 謎だらけの今回の異変。私は記者として真相をどこまでも突き詰めていく所存である。

(文責 射命丸 文)


 ☆


 紅魔館に続いて永遠亭までもが被害を受けた。
 この短期間の間に、幻想郷でも実力者の集まる2カ所が揃って敗北したのだ。
 これはもはや尋常ならざる異変である。
 幻想郷の各地では、妖精達の襲撃に備えて着々と準備が進められているが、
 それもどれだけの効果があるのか、あまり期待はできない。
 あちらからの襲撃に為す術がないのであれば、後はこちらから先手を打つしか道はないのだ。


 その為にもまずは最低でも妖精達の本拠地を見つけ出さなければならない。





『妖精大戦争〈Ⅲ〉~争いの行き着く先~』





 妖精達のいない空を一筋の線を描いて飛ぶ影が一つ。
 雲を裂いて、猛スピードで飛ぶ魔理沙はとある場所へと向かっていた。
 その顔にはいつもの彼女が醸し出す不敵さは感じられない。
 手には今朝配られたばかりの文々。新聞。
 まったく興味のない対象でしかなかったのだが今は状況が状況だ。
 実際紅魔館襲撃の際、その場に居合わせた彼女だからこそ、今回の異変の重大性に気がついていると言える。
 ただし本気で危機感をもっているかどうかは定かではない。
 魔理沙が異変解決に乗り出すのは、あくまでも個人的な理由のため。
 誰かのために、という奉仕的動機で動くことはまず考えにくい。
「あいつはいるかな、っと」
 目的地上空にたどり着いた魔理沙は下を見る。
 発見。目立つ格好をしているからすぐにわかる。
 降下地点確認。こういうときは特に精度が冴える。
 目下突撃。ぎりぎりに避けられる程度に全力で。
「突撃マリさん登場だぜーっ!!」
「煩い」
「ぐはっ」
 魔理沙のおでこに、見事クリーンヒットする竹箒の柄。
 予想外の突撃をするつもりが、逆に予想外のカウンターを喰らってしまった。
 箒から転がり落ち、額を押さえて転げ回る魔理沙。
「っっっっっっっ!」
「あら、魔理沙。来てたの」
 さも何もなかったように振る舞う紅白の衣装に身を包んだ少女。
 この博麗神社の巫女、博麗霊夢はいつものように境内をまったりと掃除している。
 それもいつものように“することがないから”やっているだけだ。
「それで今日はなんの用かしら」
 自分が突いたことを詫びも心配もせず、ただ淡々と用件だけを聞く。
 普段通りの対応だが、今日は若干そっけなさが増している。
 どうやら虫の居所が悪いようだ。
 だからといって気を利かして帰るような魔理沙ではない。
「実はな」
 魔理沙は手に持っていた新聞紙を広げて見せた。
 それは今朝方配られたばかりの、永遠亭襲撃の記事が書かれたものだ。
「……それが何なのよ」
「何って……それだけか?」
 霊夢は特に何も反応を示さず、やはり淡々と返すだけだ。
 掃除を終えたのか、それとも他にすることができたのか、霊夢は母屋へと歩き出す。
 魔理沙は慌ててその後を追いかけた。
「なぁなぁ、本当に何とも思わないのか?」
 しつこく食い下がろうとしない魔理沙に、霊夢は次第に苛立ちを覚えはじめた。
 それを知っての行動なのか、魔理沙はさらに問い詰める。
「なぁー、なぁー」
 霊夢爆発まで後五秒。
 4……3……2……1……


「博麗霊夢は居るかあーっ」

 がす

「きゃんっ!?」

 再び見事に額を突く霊夢の箒。
 突かれた相手は赤く張れた額を押さえて悶え転げる。
 あれを自分も喰らったのかと思うと、今更ながらにぞっとする。
「あら小町、来てたの」
 魔理沙がやってきたときと同じ反応を示す霊夢。
 本当に今日は虫の居所が悪いらしい。
「来てたの、じゃない!」
 いつも映姫に叩かれているからだろうか、すぐに起き上がり反撃する小町。
 だが霊夢は無視して歩を進める。
「今日のあいつは機嫌が悪いんだ。下手に刺激しない方が良いぜ」
 魔理沙は同じ額に日の丸を刻まれた者として忠告する。
 だが対する小町は慌てた様子で霊夢の後を追っていく。
「それどころじゃないんだよっ」
「だから何よ」
 肩を掴まれ、強引に振り向かされた霊夢は明らかに怒っていた。
 しかし小町はその様子に怯むことなく、しっかりと目を見据えている。
 魔理沙と違って真剣なその様子に、霊夢も少しは聞く気を持ったらしい。
「とりあえず母屋まで来て。立ち話は疲れるわ」


 そういうわけで居間に通された魔理沙と小町。
 目の前には出がらしで淹れられた薄めの緑茶が置かれている。
「じゃあ一人ずつ用件を聞くわ」
 ただし、と霊夢は付け加える。
「聞く価値のないことだと私が判断したらその場で即刻打ち切るからそのつもりで」
「それは横暴だぜ」
 文句を垂れる魔理沙に、睨むような視線を向ける霊夢。
「あなたの話は最初から聞く気がなかったのよ。ついでに聞いてあげるって言ってるんだから、
 それを棒に振るような発言はやめておくことね」
「本当にどうしちまったんだ。全然らしくな――」
 再び向けられたその視線に、魔理沙も降参の意思を示すように手を挙げた。
 気まずい空気が流れ、小町も魔理沙も自分からは発言できなくなっている。
 ここは霊夢が何か言わなければ、話を先に進めることはできないだろう。
「それじゃあ」
 しばらくしてようやく霊夢の口が開いた。
「まずは魔理沙の話から聞こうかしら」
 霊夢に促され、魔理沙は再びあの新聞を机に広げた。
 文の文章と共に掲載されている写真には襲撃の直後の生々しい光景が写されている。
「紅魔館に続いて永遠亭までが妖精に襲われた。これは二人とも知ってるよな」
 魔理沙の言葉に頷く霊夢と小町。
 というかこの事件を知らない者の方がいないだろう。
「実際に相手をした私だから言えることなんだが、これはとっても危険だ」
 魔理沙がこれ、と称するのは勿論妖精達のことだ。
「そこで私は決意した!」
 ばん! と机を叩いて立ち上がる。
 そしてそのままの熱い調子で魔理沙は続ける。
「このまま妖精を野放しにして良いのかっ、いいや否だ!」
「はい終了ー」
 終了の合図代わりに御祓い棒を振る霊夢。
 もちろん魔理沙はすぐに異を唱えた。
「なんでだ! 本題はこれからなのにっ」
「この異変を解決しようって言うんでしょ」
 ずばり本題を指摘されて、言葉を詰まらせる魔理沙。
「その上理由は自分勝手とくれば話を聞く気も起きないわね」
「なっ、なーにを、根拠もなく……」
 そのどぎまぎした様子を見せるのは、自分からそれが図星だと白状しているのと同じだ。
 そんな様子を見た霊夢はさらに呆れの色を強くする。
「異変解決に乗り出すならもっと早くても良かったわよね?」
 疑問符をつけた語尾だが、明らかに断定に聞こえる。
「あなたが異変解決に乗り出すのはそれが目的じゃない。あなたにとってその目的は手段。
 本当の目的はこれなんじゃないの?」
 びしり、と霊夢が指差したのは、魔理沙が持ってきた新聞の紙面。
 そこには参考として掲載されている五つの宝具の写真。
 霊夢の指摘はずばりその通りだった。
「ずっと欲しがっていたものね」
「いや~、まぁ、その……あはははは」
 それ以上は何も言い返せず、魔理沙は黙ってしまう。
 ようやく静かになったトラブルメーカーを横目に、霊夢はもう一人の話を聞くことにした。
「それじゃあ次はあなたね」
 魔理沙が騒いでいる中、大人しく座っていた小町に霊夢は話しかける。
「それにしてもなんだ、今日はお前まで様子が変だぜ?」
「煩い、あなたは黙ってなさい」
 だが魔理沙が言ったことももっともなことだった。
 小町といえば陽気でマイペースな三途の川の渡し守。
 大人しい女の子というイメージは、いつもの彼女からは想像できない。
「戯れ言は終わったわ。なんとなくあなたの話は真面目に聞いておいた方が良いと思って後に持ってきたんだけど……用件は?」
「実は……」


「映姫様が行方不明なんだよ」



 ☆


 永遠亭の襲撃が収まった後、大妖精は慧音の庵で三晩を過ごした。
 最初は断ったのだが、どうせ妹紅の手当もするからということで押し切られたのだ。
 怪我はなかったのだが精神的に一番参っているのは彼女だと気付いた慧音が気を遣ってくれたらしい。
 だが大妖精はすぐに庵を出て行った。
 これ以上仲間を見過ごしておくわけにはいかないのだ。
 それに今なら妖精側は紅魔館、永遠亭で負った傷がまだ完治していないだろう。
 次の襲撃まではまだ猶予があるはずだ。
 その間に、なんとしてでも仲間達の居場所くらいは突き止めておかなければ。


 ――ということで、慧音達の元を飛び出してきたはよいものの全くもって宛がない。
 紅魔館襲撃後も一週間近く探し回っていたのだが、足取りすら掴むことができなかった。
 なんの手がかりもなく飛び回るだけでは、また力尽きて落ちてしまう。
 今度は慧音のように助けてくれる者が現れるとは限らないのだ。
「……やっぱり私だけじゃ無理なのかな」
 大妖精として、妖精の不始末は自分がつけるべきと、彼女は責任を感じていた。
 しかし一人で解決するには大きすぎる事態である。
 所詮は大妖精も一妖精に過ぎないということだ。
 ここは誰かに手伝ってもらうのが妥当だろう。
 だが大妖精の知り合いで手伝ってくれそうな者は……。
「やっほー、大妖精じゃん」
 ふよふよと浮いていた大妖精の背後から、彼女の名を呼ぶ元気な声。
 その声に聞き覚えのあった大妖精は勿論振り向く。
 振り向いたと同時に右頬ほ掠め飛んでいく氷塊。
 髪の毛が数本、はらりと切れ落ちていく。
「えーっと……チルノちゃん?」
「あっははははっ、ナイスコントロールっ」
 自分で自分を褒めていれば世話はない。
 なんの予告もなく氷の塊を投げつけてくるのは友達の氷精チルノ。
 正確には妖精とは異なり妖怪の類である彼女だが、妖精達には顔が知られている。
「チールーノーちゃーん?」
「うわわ、ごめんごめん。やりすぎた」
 反省しないチルノに、大妖精は怒ってみせる。
 てへへ、と舌を出して笑って誤魔化すチルノ。
 その笑顔を見ていると、怒る気も失せてしまう。
「それで何をしていたの?」
 無邪気に聞いてくるチルノに、大妖精は少し顔を曇らせながら答えた。
「えっとね……みんなを探してたんだ」
「みんな?」
「うん……って、チルノちゃんは知らないの?」
「何が?」
 まさかここまで大きな規模になった異変を知らない者がまだいたとは。
 大妖精も思わずぽかんとしてしまう。
 だがしかしチルノなら、それも有り得ると思ってしまうのが彼女なのだ。
「本当の本当に知らないの?」
「だから何さ」
 チルノはむぅと頬を脹らせる。
 どうやら自分の知らないことで話を進められているのが気に障ったらしい。
「あ、えっとね……」
 長い付き合いである大妖精はすぐにチルノの感情に気付き説明をする。
 チルノはそれを相づちを打ちながら真剣に聞いてくれた。


「成る程。あいつ等が怒って妖怪達を襲ってるんだ」
 チルノらしい解釈の仕方に、一抹の不安を覚える大妖精。
 下手に結論づけられて、楽しそうだから自分も混ざるなどと言われると非情に不味い。
「あのね、それはとても悪いことなの。それでみんなを探してるんだけど……」
「ふぅん……。まあ妖精のくせに生意気だよね」
 どうやら最悪の事態は免れたらしい。
「じゃあ、あたいも手伝ったげる」
「え?」
 突然の申し出に大妖精は返事ができなかった。
 そこまで頼もうとは考えていなかったのだ。
 だがこれはチャンスである。
「手伝ってくれるの?」
「探せば良いんだよね。大妖精の仲間達を」
「うんっ」
 仲間が一人増えただけで、とても心強くなる。
「で、どこにいるのさ」
 がくりとうなだれる大妖精。
 わからないから探す、という概念がまず先立ってないらしい。
「えっとね……」
 大妖精は再び説明をすることにした。


 ☆


 博麗神社の裏手にある霊夢が住む母屋。
 そこにいるのは住人である霊夢、そして招かれざる客たる魔理沙と小町。
 そして今、小町の衝撃発言で客間は静まりかえって――
「ふ、あははははっ」
 吹き出したのは魔理沙だ。
 笑われた小町は憤りを露わにする。
「何がおかしいのさっ」
「い、いや、あの閻魔様が行方不明って言われてもなぁ……ふっ、くくく」
 そんなことを言われても冗談にしか聞こえない。
 四季映姫・ヤマザナドゥは見た目こそ少女だが、それでも立派な神様の一人なのだ。
「あの几帳面で真面目で融通の利かない映姫様が、あたいに一言も残さずにいなくなるのはおかしいんだよっ」
「それで私に何を相談しに来たわけ?」
 霊夢は魔理沙とは違って笑いを漏らすことはなく、調子を崩すことはなかった。
「映姫様はどこかに出掛けるにしても、まずは仕事を一段落させてから出掛けるんだ」
「それが途中のままだったと」
 首を縦に振る小町。
 彼女が裁きを受ける魂を映姫の元に連れて行ったとき、
 仕事の最中のまま放り出された机だけが残っていたという。
「確かに……それはおかしいわね。それで?」
「あたいは誘拐されたんじゃないかって」
 それを言うと、また魔理沙が笑いを堪えはじめた。
「ゆ、誘拐って……確かに小さいけど、くくくっ」
「あなたもいい加減小さい方でしょうがっ」
「あぐっ」
 御祓い棒で頭を殴られ笑いを止められる。
 霊夢は再び話を続けようと小町を促す。
「誘拐の証拠とか手がかりとかは?」
 今度は首を横に振る。
「そういうのは何も……でも映姫様が仕事も途中でいなくなるなんて絶対おかしいんだよ」
「それで私に犯人なり、閻魔様なりを探すのを手伝って欲しい、と」
 小町の言いたいことは分かった。
 だがなんの手がかりもなく、誘拐かどうかもわからないのでは手の打ちようがない。
「せめて目星があれば良いんだけど」
「目星ならあるさ」
 小町は机の上に広げられたままの新聞を指差す。
「まさか……妖精に?」
「今何か起こって、一番怪しいのはこいつ等だ」
 だが映姫ともあろう者が、妖精如きに誘拐などされるだろうか。
 どんなに数が多くても、映姫なら上手くあしらうことも可能なはずだ。
 そもそも妖精が映姫をさらう理由がわからない。
 妖精達は何らかの目的をもって襲撃を行っている。
 もし映姫行方不明にも妖精達が関与しているならば、そこには何らかの意図があるはず。
 しかしそこに思い当たる節がないのだ。
「閻魔様は妖精達と何か接点があるとか、妖精に関係する道具を持っていたりとかは?」
「あたいの知る限りだとそれはないね」
 それでは尚のこと妖精の仕業とは思えない。
 そういえば、と霊夢はあることに気付く。
「あなたが閻魔様の部屋に入ったとき、仕事中の机しかなかったのよね?」
「そうだよ。書類と閻魔帳がそのままにされた机だけ」
「床とかに散らばっていたりとかは?」
「……そういえば部屋は綺麗だったような」
 やはり、と霊夢は自分の勘が正しかったことに頷く。
「妖精達が現れて襲ってきたのなら反撃するはずよね」
 しかし部屋にはその跡は残っていなかった。
 さらに話を聞くと、そんな跡はどこにもなかったと小町は言った。
「やっぱり妖精の仕業じゃないわね」
「じゃあ誰が映姫様をっ」
 小町の問いには答えることができない。
 しかし霊夢は薄々勘づき始めていた。
 妖精の凶暴化、閻魔様の蒸発、そしてもう一つ――不愉快の原因。
 それらが意味することに。
「とりあえずお茶でも飲んで、事が動くのを待ちましょう」
「何を悠長なっ」
 怒りを露わにする小町だが、霊夢は意に介さず薄めの緑茶をすする。
 そして深緑の水面を見つめながら、自身にも言い聞かせるように呟いた。
「焦っても仕方がないわ……事はなるようにしかならないんだもの」


 ☆


 大妖精はチルノの後を追って飛んでいた。
 どうにか妖精達を探したいという意図を伝えたまでは良かったが、
 すると何故かチルノはついてこいと言い出したのだ。
 そして今に至るのだが、どこに向かっているのかさっぱり見当がつかない。
 とりあえずチルノの後を追っているのだが。
「ねぇ、チルノちゃん」
「何ー?」
「どこに向かってるの?」
「んー……たぶんそろそろだと思うんだけどね」
 チルノの目的がさっぱりな大妖精は、そらに頭の上に疑問符を浮かべる。
 そんな大妖精をよそに、チルノはきょろきょろと地上を見回す。
 その時目的のものを見つけたらしく、チルノの目線が一点で止まる。
「おーいっ」
 ぶんぶんと手を振って、相手に自分の居場所を教える。
 大妖精もその視線の先を見てみると、薄暗い森の中にぼんやりと光る光体が見えた。
 チルノが手を振っているのもその光体に対してだ。
「誰かと思ったらチルノか」
 光体の正体は頭に触覚という特異な容姿をした少女。
 その特徴から虫族の妖怪だとわかる。
「あんたの方からやってくるなんて珍しいね。また弾幕ごっこで勝負でもしにきた?」
「そうじゃないわ。ちょっと手伝って欲しいことがあるのよ」
 チルノが頼み事をしてくることが珍しかったのか、リグルは首を傾げる。
「手伝って欲しいことって?」
「妖精の居場所が分からないから探すの」
 そうだよね、と大妖精の確認の視線を送るチルノ。
 まあ簡単に言えばそういうことだ。
 凄く軽い問題のように扱われているが、チルノにとってはそもそもその程度の事なのだろう。
「うーん……これから仲間と虫の地位向上のための話し合いがあるんだけどなぁ」
 素直に承諾せず、返答を渋るリグル。
 そんなリグルの様子に、チルノは苛立ちを露わにする。
「そんなのどうだっていいじゃん! さくっと探せば良い話じゃないのっ」
 簡単に見つからないから苦労しているのだという大妖精の意図は伝わっていなかったようだ。
 それともチルノの頭がそれだけ簡単な構造なのかもしれないが。
「どうでも良い事じゃないわよ、私達蟲にとってはとても大事な事なんだからっ」
「蟲なんてあたいの冷気でイチコロじゃないのさっ」
「何よ、あんたの氷くらいで私達がやられるわけないわっ」
「やる気?」
「そっちがその気ならね」
 飛び上がって弾幕ごっこを始めようとするチルノとリグル。
 大妖精は慌ててそれを止めに入った。
「わわ、二人ともやめてよー」
 そんなことをしている場合じゃないでしょう、という瞳で訴える大妖精。
 さすがにチルノも友人のそんな視線に気付かないほど馬鹿ではない。
 チルノの戦意が消え失せたのを見て、リグルの方も戦意を消失させた。
「あれー、こんな所でなにしてるのー?」
 そこへ間延びした呑気な声が3人の耳に届いた。
 聞き覚えのあったチルノとリグルは同時にその声のした方を向く。
 そこにいたのは真っ黒の球体。
 そこだけ光が切り取られたように真っ暗な闇が浮かんでいる。
 こんな芸当ができる妖怪は彼女くらいなものだ。
「ルーミア、相変わらず見えてないね」
「その声はリグルだね」
 こちらから見えていないなら、あちらからも見えていないということだ。
 闇の妖怪であるルーミアの周りはいつもこのように闇で覆われている。
「ね、ねえ、ルーミアちゃん。もう少し光を入れて私達からルーミアちゃんの姿が
 見えるようにしてくれない? 私もルーミアちゃんの姿が見えないし」
「大ちゃんもいたの? ……眩しいの嫌なんだけどなー」
 そうは言いつつ、少しだけ闇の球体が薄くなった。
 おかげでルーミアの金髪と赤いリボンが見えるようになる。
 着ている服は黒いためその辺りはまだあやふやだが。
「それで何してたの?」
 ようやく話が進みだした。
「これからみんなで妖精探そうって話になってるの」
「へーそーなのかー」
「ちょっと待って! 私はまだ行くなんて一言も……」
 抗議するリグルを無視して、チルノとルーミアは行く気満々だ。
 リグルが恨めしそうな目をしているのを、大妖精は苦笑を浮かべて見ていた。
「おなじみが集まってどうしたのよ」
 さらにそこへまた一匹妖怪がやってきた。
 背中の羽をぱたぱた動かしながら、飛んでくるのは夜雀の怪。
 幻想郷で八目鰻の屋台を経営しているミスティア・ローレライだ。
 今は昼間で非番のため散歩でもしていたのだろう。
 夜雀だからって昼間行動しないとは限らない。
 やってきたミスティアに、大妖精は簡単に事の次第を説明した。
「ふぅん……暇だから私も手伝ってあげるよ」
「本当?」
 ミスティアの申し出に大妖精は顔を綻ばせる。
 自分一人ではできなかったことも、これだけ集まればどうにかなりそうな気がする。
 そしてそれはきっと気のせいだけでは終わらないだろう。
 確証はないけれど、頼もしい笑顔を浮かべる皆を見ているとふとそう思うのだ。
「だから私は行くって言ってな――」
 ずいとリグルに顔を近づけるミスティア。
 虫と鳥という間柄のためか、リグルは顔に冷や汗を掻く。
「行くわね?」
「……いきます」
 これは力関係を利用した立派な脅迫である。
 ミスティアが離れても、リグルはまだ体の震えを押さえようとしていた。
 あまりにもな光景だが、ミスティアが冗談半分で言っているのは皆分かっている。
 冗談半分ということは残りの半分はどうかは知らないが。
「それでまずは何処に行く?」
「それなんだけどね。みんなが協力してくれるなら手分けした方が良いと思うの」
 大妖精は妖精軍団について詳しい説明をした。
 理解できる者がこの中にいるかどうかは定かではないが、皆それ相応に受け止めているようだ。
「慧音さんがね。探すにしても、難しいかもしれないって言っていたの」


 大妖精は慧音の所を離れる前に、彼女とこのことについて話をしていた。
 そもそも大妖精と慧音が出会ったのも、大妖精が仲間を捜している途中のことである。
 大妖精がまた仲間を探しに行く、と伝えると慧音は眉根を寄せて難しい色を見せた。
「探すのは良いが目星はあるのか?」
 手がかりはない。
 だが探すしか方法はないのだ。
 すると慧音は、また別の可能性を懸念した方が良いと言った。
「妖精が力をつけた以上、中には特殊な力を身につけた者がいてもおかしくはない。
 もしくはそれに準ずる力を持った者が協力者にいるとも考えられる」
「どういうことですか?」
「妖精達は情報通の天狗達にも見つかっていないと聞く。
 只単にどこかで隠れ潜んでいるだけではないかもしれないということだ。
 もし姿や気配を隠すような力を持ったものが妖精側にいるなら、探すのはより困難になる」
 特殊な力を持った者が相手になるだけで、難易度はぐっと上がる。
 しかし、
「でも……見つけて話をしたいんです」
 実際に攻撃をされても尚、大妖精はまだ仲間を信じているのだ。
 そんな彼女を縛り付けておけるはずがない。
「わかった、止めはしない。ただし無理はするな。もし協力してくれる仲間がいるなら
 迷わず助けを請うことだ。一人じゃできないことも仲間がいればあるいは、な」
 それを聞いた大妖精は、礼を言うと世話になった慧音の家を後にした。


「――ということなんだけど」
 ほとんど慧音の受け売りのまま話した大妖精。
 わかったようなわかってないような、微妙な顔を浮かべる四人。
「要するに見つければ良いのよっ」
「そーなの?」
 チルノの強引な締めくくりにルーミアが素直に疑問符を浮かべる。
 そういう単純な問題ではないと、どこかで理解しているのだろう。
「とりあえず大妖精が言っていたとおり手分けして探すしかないんじゃない?」
 リグルの言葉に場の全員が頷いた。
 特殊な力を持った相手がいようといまいと、彼女たちにできるのは探すことだけ。
 仮に本当に特殊な力を持つ者がいたとして、それをどうこうできる者はこの中にはいないのだ。

 頼りになるのかわからないバカルテットが協力してくれる事になった大妖精。
 だが彼女にとってはこの上なく頼もしい存在であった。


 ☆


 その頃の博麗神社。
 小町はここにいても仕方がないと、自身で映姫を探しに帰って行った。
 残っているのは霊夢と魔理沙の二人だけだ。
 いつもなら揃えば騒がしい二人なのだが、今はどちらもしゃべらない。
 霊夢は何をするでもなくただお茶を飲んでいるだけだし、
 魔理沙は魔理沙で持参の魔導書を寝転がって読んでいる。
 どれくらいそうした時間が過ぎたかさだかではない。
 先に痺れをきらせて言葉を発したのは、霊夢の方だった。
「いつまでいるつもりよ」
 自分から話しかけているが、つれない言葉を向ける。
「気が向くまでだな」
 そんな霊夢の対応にも慣れた魔理沙はいつもの調子で返した。
 もう何を言っても無駄だと判断したのか、霊夢は怒りも殴りもしない。
「そういやあのスキマ妖怪はどうしたんだ?」
 魔理沙はふと思い出した妖怪の存在を尋ねる。
 もちろん彼女がここに住んでるわけはないことくらい承知のこと。
 だが何かと霊夢に突っかかるため、彼女が知っているかもしれないと考えたのだ。
 スキマ妖怪こと八雲紫も動いていないのだろうか。
「わからないわ」
「ん?」
「どこにいるかわからないって言ったのよ」
 それもそうか、と魔理沙は頷く。
 そもそも神出鬼没で気まぐれでしかやってこない奴の居場所など把握できるはずがない。
 自分にも出してくれた茶を飲みながら、魔理沙はどうやって宝具を手に入れるかについて思案し始めた。
 紫がいれば楽に手に入れられるとも思ったのだがそれも無理らしい。
 また次の手を考えなくてはならない。
 アリスでも誘って強引に奪ってしまうのが手っ取り早いだろうか。
 そんなことを考えながら、霊夢と魔理沙の時間は過ぎていく。


 博麗神社はまだ平和である。


 ☆


 死んだ後、迷える魂が行き着く場所が幻想郷にはあるという。
 正確には幻想郷と近い位置にあるもう一つの世界。
 死者の世界である冥界、その世界そのものを庭とする屋敷がそこには建っている。
 その名は白玉楼。
「で、なんでそこに向かうわけ?」
 隣を飛ぶチルノが尋ねてくる。
 その問いに対して大妖精は、また慧音から聞いた話をそのまま伝えた。
「あそこなら簡単には入れないし、広い空間もあるから大勢が隠れるにはもってこいだろうって」
「そっか、はくぎょくろうって広いのね」
 彼女なりには納得してくれたらしい。
 二人のやり取りからもわかるように、彼女たちは今冥界白玉楼へと向かっている。
 飛んでいるのは大妖精とチルノの二人だけ。
 残り三人はまた別の目的地を目指している。
 ひとまずは慧音から教えてもらった怪しい場所を尋ねることにしたのだ。
 その他の場所は、リグルの虫とミスティアの雀たちに手伝ってもらっている。
「でさ、こっちであってるの?」
「うん。目印を教えてもらったから」
 大妖精は慧音から教えてもらった目印を探しながら飛んでいる。
 妖精にもわかりやすい目印を選んでくれたらしく、今のところ迷ってはない……はずである。
「あ、アレだね。あの鈴蘭畑が次の目印だよ」
 見えてきた目印にほっとする大妖精。
 実はいささか自信がなかったりしたわけだ。
 しかし鈴蘭畑が近づくにつれ、二人はそこに奇妙な違和感を抱き始めた。
 それは上空まで来たとき確信に変わる。
「ねぇ鈴蘭畑ってこんなに黒かったっけ?」
「うぅん……そんなはずないよ」
 二人が見下ろす視線の先。
 そこは大量の鈴蘭が咲いているはずの花畑。
 毒性の強い鈴蘭の群生地を好んで訪れる者は少なく荒らされることは
 ほとんどなかった場所なのに、今は見るも無惨に焼け野原になっている。
 あまりにも無視できない光景に、大妖精とチルノはそこへ降りてみることにした。
「酷いね」
 たとえ毒花であろうとも、花が焼けているのを見るのは悲しいことだ。
 それにしても一体何があったというのだろうか。
 ここ最近は雷が落ちるような大雨は降っていないはずだから自然に起きた火事というわけではないだろう。
「むーっ! んーっ!」
 その時何者かが呻く声がどこからともなく聞こえてきた。
 突然の出来事に驚く大妖精。
「ち、チルノちゃ~ん……」
「な、なーに、ビビってんのさ」
 そういうチルノも顔が笑っていない。
「んんーっ!」
 また聞こえる不気味なうなり声。
 おそるおそるその声のする方へ近づいてみる。
 するとそこには、ツタやら何やらでぐるぐる巻きにされた白い筒が転がっていた。
 不気味な声の正体があっけないものだと知って、ホッとする二人。
 だがその白い筒は怒気を孕んだようにうなり続ける。
「もしかして助けろって言ってるのかな」
「んー、むー」
 そうだと言うかのように反応する筒。
「とりあえず解いてみたら?」
 かなり頑丈に巻かれていたツタを、二人がかりでなんとか解く。
 そしてようやくツタが解けると、布にくるまれていた中身が姿を露わにした。
「あー……ずっとこのままかと思ってびっくりしたわ」
 中から出てきたのは、赤い服を着た可憐な美少女。
 人間のようだがそうではない。
 彼女の関節は球体で剥き出しになっている。
 それは彼女が人間をもして作られた人形であることの証拠だ。
「あら誰が助けてくれたのかと思ったら、いつぞやの氷精じゃない」
「そういうあんたは毒人形ね」
「チルノちゃん、知り合いなの?」
 大妖精が知らないのも無理はない。
 以前幻想郷中に花が咲き溢れた異変の際、チルノはこの動く人形と出会っているのだ。
 メディスン・メランコリーという名のこの人形は、ここ鈴蘭畑の毒を活動源としている。
 だから彼女がここにいるのはなんら不思議なことではない。
 ただし簀巻きにされていたことを省けばの話である。
「どうしてそんなことしていたのさ」
 チルノの問いに、メディスンはみるみるその顔を怒りに染める。
 助かったことに安堵していたのが、そもそもの原因を思い出したらしい。
「どうもこうもないわよっ、全部あなた達妖精の所為なんだからっ」
「それって……」
「まったく、何が人形と妖精の地位向上を共に目指しましょう、よ!」
「その話、詳しく聞かせてくれませんか?」
 真剣な瞳を向けてくる大妖精に、メディスンは少したじろぐ。
 しかしすぐに元に戻ると、詳しい話を聞かせてくれた。



 メディスンはいつものように鈴蘭畑で遊んでいた。
 人形の地位向上のために、時折永遠亭に出向いては永琳達と交流したりもするが、
 それもいつもいつもというわけではない。
 まずはどうすれば自分のように意思を持った毒人形ができるのか、それを知らねばならない。
 毒を知るには毒と共に。
 花の異変が解決し、鈴蘭畑も前ほどの規模はなくなったが、それでもここが特異な場であることに変わりはない。
 永琳達の助けもあって、毒の花畑は咲き誇り続けている。
 今日も毒を集めてはそれを色々試してみる。
 人形に作用する毒の使い方が分からなくても、それは新しい技として利用できるので無駄にならないのだ。
 そんな試行錯誤を繰り返しているメディスンの元へ、珍しい客が尋ねてきた。
「メディスン・メランコリーだね」
「なんだ妖精か。なんの用よ?」
 横目でちらっと見るだけの反応を返すメディスン。
 妖精が馴れ馴れしく話しかけてくることが、あまり面白くないのだ。
「相変わらず成果が出るか分からないことを続けて居るみたいだけど……」
 その発言に、メディスンは濃縮した毒霧を集めて脅す。
「どうやら毒まみれにされたいようね」
「それは勘弁。今日は争うためにやってきたんじゃないんでね」
 この妖精はつかみ所がない。
 妖精にしてはなかなか口が達者だし、裏で何かを企んでいるように思える。
「じゃあなんの用なのよ」
「お互いの利益になる情報を持ってきた、と言ったら?」
「利益、ですって?」
 気にならないと言えば嘘になる。
 ただこの妖精は信用がおけないのも事実だし、何より妖精と同レベルに扱われているのは許し難いことなのだ。
 しかしその利益云々によって本当に良い話かもしれない。
 それを確かめる方法は一つ。
「話だけなら聞いてあげるわ」
「それはなにより」
 妖精は笑みを浮かべると、永遠亭にあるという宝具の話を持ち出した。
 それについてはメディスンも知っている。
 永遠亭に出入りしている内に話してもらったことがあるのだ。
「あれがあれば不思議な力を使うことができるようになるんだ。それを使って、
 私達は妖精の地位を向上させようと考えている。勿論情報をもらった代価として、
 あなたもその力を使ってもらって構わない。あなたが求めていることも、
 この力があれば叶うかもしれないよ?」
 その為に宝物庫の場所を教えて欲しいと妖精は申し出た。
 確かにあの永遠亭の宝具であれば、摩訶不思議な力を有していてもおかしくない。
 だがそれは永遠亭から宝具を盗み出すということだ。
 そんなことをしてもしばれたら、二度と永遠亭には顔が出せなくなる。
 それを話すと、妖精は
「宝具は全て私達が所持するし、他言は無しだ。後々問題になったら面倒だからね。
 私達はか弱い妖精なんだから。面倒事は極力避けるようにしてるんで」
「そう……それなら」
 メディスンは教えてしまったのだ。



「――で、騙されたんだ」
 メディスンはその直後妖精達に襲われた。
 なんと火を使う妖精がいたらしく、この焼け野原もその妖精の仕業らしい。
 毒の源が断たれ、力が十分発揮できなくなったメディスンは袋だたきにあった。
 後は大妖精達が見ての通りである。
「メディスンさんはその後みんながどこに向かったか分かりますか?」
 知らないわよ、と言うようにそっぽを向けるメディスン。
「そんな奴ほっといて、さっさと妖精を探しに行くわよ」
「何、あなた達あの妖精達を探してるの?」
 メディスンはずっとあの状態のままだったため、今幻想郷で何が起きているのかわかっていないらしい。
 大妖精が簡単にあらましを説明すると、メディスンはまた怒りを露わにした。
「あいつらぁっ。私を利用するだけ利用したのか……」
 メディスンはわなわなと拳を振るわせて、その怒りの大きさを示す。
 かと思えば、次の瞬間こんなことを言い出した。
「私も探すわ」
「え、でも……」
「このままだと私の癪が収まらないのよっ」
 強引ではあるがメディスンという道連れができた大妖精一行は再び白玉楼へと進むことにした。


 一方その頃リグルとミスティア、ルーミアの三人は――――


 ☆


「本当にこっちであってるんでしょうね」
 先頭を飛ぶミスティアに、リグルは不満げな口調で話しかける。
「うんうん、大丈夫~♪ みんなで迷えば怖くない~♪」
「だから迷っちゃ面倒でしょうが」
「そーなのかー」
 歌ってばかりいるミスティアと、それにつっこむリグル。
 そしてそんな二人のやり取りを面白そうに見つめるルーミア。
 この三人は先程からずっとこんな調子だった。
 今彼女たちが向かっているのは幻想郷と外界の狭間と言われるマヨヒガ。
 ここには幻想郷でも指折りの実力者である八雲紫とその式が住んでいる。
 屋敷自体の広さは中の上くらいだが、問題はその屋敷を取り囲む森だ。
 一度迷えば出られないと言われる迷いの森。
 一同はそこを目指して飛んでいるのだが……。
「着く前に迷ったら元も子もないじゃないーっ」
「だーいじょうぶー、大丈夫ー♪」
 かなり不安を残しつつ、仕方なく着いていくリグル。
 ここで逃げたら、一生ミスティアと自然の理における関係でいなければならなくなる。
 そんな気がしてならないのだ。
 そもそも何故ミスティアが先頭を行っているのか。
 それはミスティアがマヨヒガの場所を知っているから、という理由だった。
 リグルとルーミアは知らないため、こうして後を追っているのだが。
(でもミスティアだからなー。鳥頭で忘れっぽいし)
 自分自身もそこまで物覚えが良い方ではないことを棚上げしてリグルはそんなことを考えていた。
 こんなことならチルノ達の方に着いていくべきだったと今更ながらに思う。
「ねー、あれ何かな」
 ルーミアが何かを見つけたらしく、ふよふよと飛んでいく。
 その先には一軒の屋敷が建っていた。
「……もしかして、ここ?」
 森の上空を飛んでいたなとは気付いていたが、まさかすでに迷いの森の圏内に入っていたとは。
 ならばもっと早くに言ってくれれば良かったものを、と考えながらリグルはルーミアの後を追った。
 ミスティアはマイペースに歌を歌いながらそれに続く。
「ごめんくださーい」
 玄関前で大声を上げるルーミア。
 これではまるで友達の家に遊びに来た子供そのものである。
「ちょっ、妖精達がここを占拠していたらどうするのよ」
「そーなのか?」
 しかし中からはそんな気配は感じられない。
 杞憂であることに安堵するリグル。
「いったい誰だ」
 突如玄関が開かれ、安心していたリグルは心臓が縮こまる思いをした。
 現れたのは金色の九尾をもつ狐妖怪の式、八雲藍。
 理知的できりりとした顔つきと目つきが印象的な女性だ。
「なにやら珍しい顔ぶれが揃っているようだが、マヨヒガになんの用だ」
「なんの用、って……」
「妖精達はいないのかしら」
 単刀直入に物申すミスティア。
 さっさと聞いてしまうのが手っ取り早いのは確かだ。
「妖精? ああ、お前達は妖精を探しにここまで来たのか」
 こくこくと頷く三人。
 だが藍はすまなさそうに頭を下げた。
「すまんな。この辺りで妖精は見ていないし、近づいてきた気配もない」
 空振りであったことに肩を落とす三人。
 だがそう簡単に見つかるくらいなら、すでに足取りは掴まれていることだろう。
 三人はひとまず帰ることにする。
 そこへ玄関の奥からほんわかしたやる気のない声と共に、別の人物がやってきた。
 それを見たミスティアが驚愕の声を上げる。
「なんであんたがここにいるのーっ!」


 ☆


 リグル達がマヨヒガに着いた同時刻。
 メディスンを加えて三人となった大妖精達も白玉楼の入り口へとたどり着いていた。
 雲の上にある桜花結界。
 この巨大な結界扉を抜けた先が冥界白玉楼に繋がっている。
「まだ上まで飛べば乗り越えられるんだよね」
 なんだか簡単な結界の攻略法だが、これしか方法はない。
 ここにいる誰もが結界を破る力など持ち合わせてはいないのだからしょうがない。
 勿論この突破法も慧音から伝授されたものだ。


 桜花結界の先には果てが見えないほど広い庭が広がっていた。
「ひゃあ~、ひっろー」
 チルノも驚きのあまり素直に感嘆の声を漏らしている。
 メディスンも目を瞬かせているところを見ると驚いているのだろう。
 しかし広いだけではない。
「すごく静かだね……」
 見渡す限り白い砂と木々しかない。
 それ以外には何も見えず、音もない。
「冥界ってこんなに静かなんだね」
「静かすぎて耳が痛い~」
 出した声がそのまま溶けていく。
 それだけ音のない空間が目の前に広がっているのだ。
「生き物は大変ね」
 人形であるメディスンには静かすぎて耳が痛いという感覚はないらしい。
「こんなつまんないところ、妖精もいないんだし帰ろうよー」
 妖精どころか魂達の影も形も見えない。
 まったく気配もないし、チルノの言うとおりここは外れなのだろうか。
「まだ探してもないのに帰るつもり?」
 妖精達の所行の怒り心頭のメディスンはそうそう簡単には諦めることができないようだ。
 この光景を見ても、まだ探そうという姿勢を崩さないのは前向きというか往生際が悪いというかだが。
 だが困ったのは大妖精だ。
 帰ろうというチルノと、帰らないというメディスンの間で板挟みとなっている。
「大妖精っ、こんな奴のワガママ聞かなくていいからさっさと行こう」
「何よ、その子が一番妖精達を見つけたいんじゃないの?」
 どちらの意見も最もだ。
 だがどちらの意見に賛成しても、二人は喧嘩を始めるだろう。
 いったいどうすれば事を荒立てずに済ませられるだろうか。
 そんな事を考えていた時、静寂に支配されていた白玉楼に何者かの足音が響いた。
 大妖精も他の二人も歩いていない。
「誰っ」
 今まで気配もなかったのに、どこから現れたのかわからない。
 いったい誰だ。
 三人が振り向いた先、そこには二振りの刀を携えた少女が立っていた。


 ☆


 成り行きで屋敷の中に案内されたリグル達。
 ミスティアはおそるおそるといった感じにリグルの後ろを歩いている。
 それは藍よりも先頭を歩く人物が原因だった。
「ねぇミスティア。そこまで警戒しなくても大丈夫なんじゃないの?」
 リグルが尋ねると、ふるふると首を横に振るミスティア。
 こんな彼女を見たことは今まで一度としてなかった。
「でもどうしてあんたがここにいるのよ?」
 それに関してはリグルも不思議に思っていた。
 その質問をされているのは、桃色の髪を揺らしながらふわふわと歩くお嬢様。
 本来なら白玉楼にいるはずの西行寺幽々子その人である。
「別に不思議な事じゃないわ。私は紫の友人だもの」
 そう言われれば違和感ないのだが、どこか様子がおかしい。
 どこがどうおかしいのかは分からないが、なんとなく以前にあったと時とは何か異なるのだ。
「それより藍ー、お昼ご飯はぁ?」
 本人はいたっていつもと変わらない行動をとっている。
「ご飯だ、ご飯だー」
 ルーミアは便乗して昼ご飯を馳走になるつもりらしい。
 ご飯の一言でもはや当初の目的は頭から抜け落ちてしまったのだろう。
「ひっ、ご飯っ、焼き鳥っ!?」
 ミスティアは過去のトラウマが蘇ったのか、余計錯乱状態に陥ってしまった。
 鳥頭なのだから、忘れてしまえばいいのにとリグルは思う。
「忘れる……か。そういえば何か忘れているような」
 あ、とリグルは永夜異変の夜に幽々子と初めて出会ったときのことを思い出した。
 あのときは幽々子の他にもう一人いたはずだ。
 幽々子よりも背の低い白髪の少女。
 何かにつけて切って事を解決しようとする半分人間半分幽霊の妖夢という少女。
「ねぇ、斬り潰すって言ったあの子はいないの?」
 幽々子の足が突然止まる。
 後ろを歩いていたルーミアがその背中にぶつかった。
 そして幽々子は先程までのほわわんとした雰囲気から一変して、悲しげな口調で一言呟いた。
「妖夢なら……ここにはいないわよ」


 ☆


「なーんだ。誰かと思ったら妖夢か」
 びっくりして損した、とチルノは笑う。
 だが大妖精は現れた魂魄妖夢を怖いと感じていた。
 この小柄な少女のどこに恐怖を感じるのか。
 それはすぐに身を以て知ることになった。
「ねーねー、ここに妖精って来てんの?」
 無遠慮な態度で、話しかけようとチルノが近づいていく。
 すると妖夢の手が楼観剣と白楼剣に伸ばされ――
「離れなさいっ」
 メディスンが怒鳴ったのと、大妖精がチルノを押し倒したのはほぼ同時。
 そして妖夢が刀を振るったのもその直後のことだった。
 もの凄い剣風が起こり、その一撃にどれだけの力が込められていたかが窺い知れる。
 そしてそれだけの力を込めたということは、その分容赦がなかったということ。
 いきなりの攻撃にチルノは憤慨する。
「何さっ、いきなり斬りつけてくるなんて」
 侵入者として見なして斬りかかってくるならまだしも、なんの前口上も予告もなく、
 ただ突然に斬りかかってくるとはどういう了見なのだろうか。
 しかし妖夢はその言葉に答えることなく、さらに次の一撃を放とうと刀を構えた。
 大妖精に押し倒されたままなので、妖精二人はすぐには動くことはできない。
「あーもうっ、世話が焼けるんだから」
 一人自由なメディスンは毒霧を発生させ、妖夢の周りに取り憑かせた。
 その効果で、妖夢の動きが大きく鈍る。
「ありがとう」
 その間に大妖精とチルノも体勢を立て直す。
 明らかに様子がおかしい妖夢に、困惑する一同。
 だがただ困惑しているだけでは、このままだと刀の錆にされかねない。
 大妖精が感じた恐怖はこれだったのだ。
「なんで妖精を探しに来たのに、半幽霊の剣士に追い回さなければならないのよ!」
「そんなのあたいが知るわけないじゃん!」
 毒霧を出しても制限できるのは動きまで。
 妖夢の剣技が持つ威力までは消すことはできない。
「いったん逃げる?」
「そうしたいのはやまやまだけど入り口からどんどん離されてるわよ」
「逃げるなんてさいきょーのあたいがすることじゃないわっ」
 そう言いながらすでに三人は広い庭を逃げ回っている。
 殺気を放ちながら近づいてくる妖夢。
 いったい何が彼女をこうまで変えてしまっているのか。
「もしかすると操られているのかも」
 メディスンは、あのように変貌した人間を見たことがある。
 それは何を隠そう自身が操った人間だ。
 もし操られているのならばその操り手がどこかにいるはず。
 だがそのような姿は見あたらないし、気配も――
「ねぇ、こんなにたくさんの気配、さっきからしてた?」
 ふるふると首を横に振る大妖精とチルノ。
 三人は足を止めおそるおそる後ろを振り向いた。


 彼女たちが見たのは目の前一杯に広がる妖精の群れ。
 そして彼女たちが一斉に弾幕を放とうとしている光景だった。


「うそでしょーっ」
 メディスンが悲鳴をあげるが、こんな急なことに対応ができるはずがない。
 それに相手は妖精だけではない。
 妖精の大群に加えて、様子のおかしい妖夢もいる。
 三人だけでは絶対に勝つことはできない。
 いや、まずは勝つことよりも無事にここから脱出することを考えなければ。
 しかしそれすらもこの状況下では難しい。
「愚かな侵入者ですね。ここに来なければまだ無事でいられたのに」
 群れの中から、数匹の妖精が前に歩み出る。
 その中に大妖精は知った顔を見つけた。
「ようやく見つけた」
「はぁ……やっぱり貴方とは決着をつけなければならないようですね」
 全ての始まりはこの妖精が演説していたあの日。
 もし皆をあそこで説得できていたなら。
「みんながやっているのは悪いことよっ」
 あのとき言えなかった思いをありったけ込めて大妖精は叫んだ。
 それを聞いた妖精達の間にどよめきが起こる。
「どうしてですか?」
「だってみんなが困っているじゃない」
「我々はずっと困らされてきたんですよ?」
「その為だったら、人から物を奪ったり、操ったりしても良いのっ?」
 言って妖夢を指差す。
 妖夢が操られているのなら、もう妖精の仕業としか考えられないだろう。
「我々が操っていることを見抜くとはね」
「うふふ、少しはマシに考えられるようになったんじゃない?」
 大妖精が話している所へ別の妖精がやってくる。
 どことなく高飛車な印象を受ける妖精だ。
 彼女の手には永遠亭から奪った神宝ブリリアントドラゴンバレッタが握られている。
「あなたは……」
「私があの子を操ってるのよ、私が身につけた力でね」
 やはり特殊な力を持つ妖精が現れていたらしい。
 だがその力をこんなことに使っていいはずがない。
「……もう良いでしょ。もう妖精を馬鹿にする人なんていないよ」
 大妖精は涙をこぼしながら呟いた。
 もう仲間達が誰かを傷つける所など見たくない。
 もう仲間達が傷つく所など見たくない。
「どうして妖精が偉くなくちゃいけないの? みんなで楽しく遊んで暮らせれば……それだけじゃ駄目なの?」
 その涙に、言葉に、妖精達が次々と攻撃の態勢をやめていく。
「あんた等ね、妖精より大妖精の方が偉いのよ。その大妖精を泣かせて良いと思ってるの?」
 チルノの言葉にその数はさらに増える。
 やはり大妖精の存在は妖精達にとって大切なものであることは変わっていないのだ。
 見れば妖精達は全員が戦意を失っている。
 それを見たリーダー格の妖精は怒り言葉を放った。
「貴方達は何もわかっていませんね。今妖精が立ち上がらなければ、人妖達の
 驕り高ぶりは進む一方だということを……」
 だがそんなことを言われても、妖精達は困惑するばかりだ。
 元々の目的は妖精の地位向上。
 だがこれだけ自分たちの驚異を思い知らしめたのだ。
 その目的はすでに果たされた言ってもよい。
「……そうですか。どうやら貴方達の力を借りるのもここまでのようですね」
 妖精は残念そうに呟くと、側にいた妖夢を操っている妖精に目配せをした。
 合図を送られた妖精は口の端をあげて不敵な笑みを浮かべる。
「まさかっ」
 妖夢は腰の刀を抜き構える。
 しかしその相手は大妖精達ではなかった。
「みんな、逃げてーっ」
 その瞬間、妖夢の刀が振るわれた。
 剣風が向かう先は妖精の群れ。
 突然の攻撃に何体かはまともに食らってしまう。
「あいつ等、仲間を攻撃させた!?」
 まさかそこまでする奴らだとはチルノも思っていなかった。
 喧嘩をして弾幕ごっこになるということはチルノにもあるが、こんな風に攻撃を仕掛けたりは絶対にしない。
「最初からあの数匹の妖精が仕組んだことだったみたいね」
「そんな……」
 皆は利用されていただけだというのか。
 いやそれだけでは納得のいかない所もあるが、形だけ見ればそういうことになるだろう。
 それならば、尚のこと早い内に止められなかったことが悔やまれる。
「何ぼーっとしてんのさっ、早くどうにかしないとあたい等までやられるよっ」
 チルノの言葉に状況を思い出す大妖精とメディスン。
 すでに妖夢は次の攻撃に入ろうとしている。
「毒符「神経の毒」!」
 まとまった毒霧が妖夢を囲み、その動きを制限する。
 今の内に妖精達を逃がそうと大妖精は群れに駆け寄った。
「そうはさせません」
 五匹の妖精から放たれる弾幕。
 自分だけでなく群れ全体に向けられている。
 これでは自分もろともみんなもやられてしまう。
「凍符「マイナスK」ーっ!」
 突如もの凄い冷気が弾幕を包み込む。
 そして次の瞬間にはになんと全ての弾幕が凍り付いてその動きを封じられていた。
「へっへーん、あたいの冷気はあんた等の弾幕だって凍らせられるんだからねっ」
 いつの間にそんな力を身につけていたというのだろう。
 だが今は成長したチルノの力に感謝しなければ。
「くっ……」
 まさかこのような方法で邪魔をされるとは考えていなかったのだろう。
 妖精の顔が悔しさで歪む。
「さぁ、みんな今の内に逃げてっ」
 大妖精の指示に従い妖精達は次々と白玉楼を出て行く。
 凍った弾幕が溶け始めたときには、半数以上の妖精が逃げ終えた後だった。
 後は残りの妖精と共に自分たちもここから脱出するのみである。
 しかし、これによって五匹の妖精を怒らせてしまったのは言うまでもない。
 本気になった彼女たちは神宝を取り出した。
「まさかここまでされるとは思いませんでした。その報いはきっちりと受けてもらいますよ!」
 先程の弾幕はチルノのおかげでなんとか対抗できたが、今度はそうはいかない。
 神宝による攻撃まで凍らせることができるとは思えないのだ。
 チルノもうげげ、という表情を浮かべておりそれを裏付けている。
「毒霧に紛れて逃げる?」
 メディスンがそう申し出たが、すぐさま却下だ。
 毒霧で身を隠せても、その毒でやられてしまっては意味がない。
 そんな芸当ができるのは毒で動いているメディスン本人くらいなものだ。


「蒼い光に向かって走って!!」


 今にも攻撃が放たれようとした刹那、突如として響き渡る声。
 大妖精達も相手の妖精達も困惑する。
 するとさらに次の瞬間周囲がいきなり暗くなった。
 まだ暗くなるにはほど遠い時間だったはず。
 皆が慌てていると、大妖精の目にぼんやりと蒼い光の玉が映った。
「なんなんですかこれはっ」
 妖精達はきょろきょろと周囲を見回している。
 どうもこちらの姿が見えていないようだ。
「早くっ」
 再び聞こえるさっきと同じ声。
 ここは信じるしかない。
「みんな、あの光に向かって走って!」
 何がなにやらわけのわからぬまま、一同はその光を目印にして全速力で走った。
 妖精達はまだこちらを探して、弾幕をむやみやたらに撃っている。
 だが当てずっぽうな攻撃なのでこちらに飛んできても避けるのは容易い。
 そうこうしているうちに、突如視界が光に包まれた。
 冥界を抜けて幻想郷に戻ってきたのだ。
「抜けたーっ」
「安心するのは早いと思うけどね」
 バンザイと両手を挙げるチルノに、メディスンは冷静なつっこみをいれる。
 確かにここにいてはすぐに追いつかれることだろう。
 すでに白玉楼を脱出した妖精達も各地に戻ったようだし、自分たちもとりあえず離れるのが先決だ。
「そういえばさっきの声はいったい……」
「もう、置いてくわよっ」
 チルノに急かされ、まずはその場を離れることにする。
 背後にそびえる冥界がどんどん離れていった。


 ☆


 白玉楼から離れた場所まで飛んできた大妖精達三人。
 誰も後を追ってきていないことを確認すると、ようやく安堵の息をつくことができた。
「はぁ……助かった」
 仲間もこれで襲撃には参加しなくなるだろう。
 後はあの五匹の妖精をどうにかしたいところだが、彼女たちの力は最早自分にはどうにもできない。
 巫女にでも相談したら助けてくれるだろうか。
 他にも当たれるだけ当たって相談してみよう。
 皆、妖精達に痛い目に遭わされているから私怨で手伝ってくれるかもしれない。
「どうやら成功したみたいね」
 大妖精の背後からリグルの声が聞こえてきた。
 振り向くとリグルの他にミスティアとルーミアもいる。
 どうやらマヨヒガの探索が終わって合流するために来たのだろう。
 だがそれにしては何かがおかしい。
「あ、リグルちゃん……どうして白玉楼の方から飛んできたの?」
 大妖精達の背後、というのは白玉楼へ続く方向なのだ。
 マヨヒガとは別方向である。
「私達白玉楼から戻ってきたんだよ」
 ルーミアの言葉にチルノが笑う。
「うっそだー、あそこには妖精とか妖夢がいて攻撃してくるのに」
「うん、だから助けてあげたでしょ?」
 ルーミアも笑顔で答える。
 あっはっはっ、と二人揃って大笑い。
 どちらもよくわかっていないらしい。
「ねぇ、どういうこと?」
 こっそりとリグルに尋ねる大妖精。
 するとリグルはマヨヒガでの出来事と、白玉楼で皆を助けた種明かしをしてくれた。


 ★


「あの子がいないってどういうこと?」
 幽々子の言葉の意味が分からず、リグルは尋ね返した。
「妖精に持って行かれたのよ」
 それがどういう意味かはまたわからない。
 だが妖精という言葉にリグルは反応する。
「それって……妖精の居場所を知ってるってこと?」
「それ以上は私から話そう」
 幽々子はあまり触れられたくなさそうだったところに、藍が口を挟む。
「永遠亭を襲撃する前に、妖精達は白玉楼を襲っていたんだ」
 紅魔館襲撃後、妖精達は白玉楼を襲っていたと藍は話す。
 しかしそんなこと文々。新聞には書かれていなかったはずだ。
 それは白玉楼では殆ど戦いが行われていなかったことが関係している。
 幽々子と妖夢という強者が二人もいるのに、それはどういうことなのか。
「妖夢が妖精の力で操られてしまったらしい。そのまま幽々子様は返り討ちにあったそうだ。
 傷ついた幽々子様がここまで逃げてきてね。目を覚ましたのが昨日のことで、
 私も何があったのかを聞くことができたのは、そのときなんだ」
「そうだったんだ……それで妖精達は今どこにいるのよ」
「まだ白玉楼じゃないか?」
 その言葉にリグルは大妖精達の事を思い出した。
 もしまだ妖精達が白玉楼にいるのなら彼女たちが危ない。
「わかった、ありがとう」
 未だ怯え続けているミスティアと、ご飯が食べられなくなり頬を膨らませるルーミアの背を押しマヨヒガを後にする。


 ――予定だったのだが。


「そういえばどうやって出れば良いんだっけ?」
 マヨヒガとはその名の如く、一度迷えば二度と出られないと言われる場所。
 行きはいつの間にか着いていたからよかったものの、それでは帰り道がわからない。
 今は一刻の猶予もないというのに。
 そんな困るリグル達に、藍が助け船を出してくれた。
「しょうがないな。橙」
 名を呼ばれ、藍の式としてこの屋敷で暮らしている猫又少女が現れた。
「なんですか?」
「こいつ等をマヨヒガの外まで案内してやってくれ」
 橙はその理由が分からないようだったが、藍の頼みということもあり承諾しくれた。

 橙の案内に従って飛び去るリグル達。
 それを見ながら藍は誰に対してでもなく呟いた。
「紫様。あのような者達まで動いているのですよ。あなたは何をしているのですか……」



 白玉楼に着いたとき、すでに事態は悪い方に進んでいた。
 大量の妖精が白玉楼から出てきたかと思うと、中では大妖精達が危機に陥っている。
 幸い相手はこちらの存在に気がついていない。
 なんとかここから逃がす手助けができればそれでいい。
 こちらには歌で人を惑わす程度の能力と闇を操る程度の能力、そして蟲を操る程度の能力が揃っている。
 あまり攻撃的ではない能力だが、こういうときには役に立つ。
 まずはルーミアが辺り一帯を暗くする。
 さらにミスティアの夜雀としての特性で敵の妖精達を鳥目にする。
 夜雀の中でも力のあるミスティアに掛かれば人間以外も鳥目にすることくらい可能なのだ。
 後は目印になる蟲の光で皆を導けば良い。
 鳥目の相手に見えにくいように蒼い光を選んで。


 これが白玉楼大脱出戦の詳細である。


 ☆


 妖精軍団は事実上壊滅した。
 しかしまだ全てが解決したわけではない。


「一杯食わされたねぇ」
 とたんに静かになった白玉楼。
 ライフスプリングインフィニティを所持する妖精がおどけた口調で呟いた。
 ここにいるのは彼女を含めて6人。
「それにしても、あの大妖精さまがここまで頑張るとは計算外だな」
 サラマンダーシールドを所持する妖精はため息混じりだ。
「私達の居場所も割れちゃったしね」
 ブリリアントドラゴンバレッタを持つ妖精も苦笑を浮かべている。
「……急ぎ計画遂行」
 ブディストダイアモンドを抱える妖精は淡々と告げる。
 それが向けられているのは蓬莱の玉の枝を持ったリーダー格のあの妖精だ。
「わかっています。ようやく準備は整いましたから」


「我々の目的を達成するのはもうすぐです」


 ~つづく~
    
お待たせしました第三話です。
ちょうど折り返しということで物語は結末へ向けて動き出します。
今回はようやく妖精達にも能力がつきました。詳しい設定等は次回していきますよ。

ラスト辺りのミスティアの鳥目設定ついては個人解釈が入っています。
『人間を鳥目に』というのが原作なんですが、ゲーム中ではレミリアや紫にも
効いているので、こういうことに。

ちなみにバカルテットというのはお絵かき板の【5523】喜栄座さんのイラストに
触発されています。いつか使いたいなと思っていたのをここで使用。
若干ルーミアの扱いがひどいかもしれませんが、そこはご勘弁願いたく。

後二話。今回は一週間以上掛かってしまいましたが、次回はもう少し早く公開したいところです。
あと少しお付き合いくださいませ。
雨虎
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コメント



0.1040簡易評価
1.80名前が無い程度の能力削除
予定どうりに事が運んでいるように見えて、実は突発的な
自体には弱かったりするのはやはり妖精。最もここまで来ると、煽動していた
連中が本当に妖精なのかどうか怪しくなって来ますが。
そろそろ奇襲の衝撃から幻想郷の住人が立ち直る時期、今後が楽しみです。
4.100hima削除
いよいよ物語の核心ですか!楽しみです!

どうでもいいですけど、妖精強くなったままってことは
次巫女さんが動くとき、なんか素晴らしそうだw
16.無評価雨虎削除
コメント、評価ありがとうございます。
簡単ですがコメントへのレスをば。

>そろそろ奇襲の衝撃から幻想郷の住人が立ち直る時期
そうですね。次回は『結(前編)』ということで、これまで
喰われ気味だった住人達がようやく動き出します。
ご期待に添える彼女たちが描けるよう努力しますっ

>次巫女さんが動くとき、なんか素晴らしそうだw
毎度コメントありがとうございます。
次回はようやく霊夢も動きますよ。
素晴らしいかどうかは、できあがってのお楽しみということでw

引き続き評価、感想、ご意見お待ちしております。
18.80ハンド削除
とても面白いです、自分も巫女さんの活躍を期待してます!
19.無評価雨虎削除
>とても面白いです、自分も巫女さんの活躍を期待してます!
あえいがとうございます。
霊夢の活躍は皆さん期待されているようですね。
うぅむ、頑張らねば夢想封印されそうw
21.80aki削除
黒幕妖精(仮名)ってチルノみたいな奴なんでしょうか…?
いわゆる突然変異というやつ。
往々にしてこういう輩は居場所や素性が知れないことが怖い。
その片方がバレてしまった以上、彼らはどんな行動を取るのか…。
次回も楽しみにしてます。

個人的には霊夢が動くかどうかよりも紫が気になりますね。あと映姫とか。
22.無評価雨虎削除
>黒幕妖精(仮名)ってチルノみたいな奴なんでしょうか…?
さて、どうでしょう。その点に関しては最終回がネックになるかと。
>個人的には霊夢が動くかどうかよりも紫が気になりますね。あと映姫とか。
この二人はあからさまな伏線ですw
さてそれぞれに何をしているのか……
24.無評価名前が無い程度の能力削除
前回に続き誤字と思われる物などを

>妖精達いない空を
妖精達のいない空を

>あたらからも見えていないということだ
あちらからも見えていないということだ

ではないかと