「こんにちはー。あの、霊夢さんいますか?」
「いないわよだから帰れ」
「今、私の目の前にいる紅白の巫女は誰でしょうか?」
「幻。ほら、幻想郷って言うじゃん」
さっさっ、とほうきをかけながらそんなことを言う彼女に、やってきた銀髪おかっぱ娘――妖夢はしばし沈黙した。
沈黙が続く。夜よりもなお静かなその沈黙の中、ぽつりと、妖夢はつぶやく。
「現実逃避するの、もうやめましょうよ……」
「うっさいこんちくしょー」
さすがにその決め技には耐えられなかったのか、他人のふりを装っていた彼女――霊夢は、泣きながら陰陽玉放り投げたのだった。
「あ、どうも……」
「言っておくけど、出がらしだからね」
「ええ、まぁ、それは重々承知しています」
「……その言葉に、ものすごく腹立つものを覚えるわ」
結局、あの後、妖夢を招き入れることになり、彼女と一緒に卓を囲みながらのお茶となった。出されるものの中身は決まっているため、あえて妖夢も、彼女の客に対するもてなし方については何も言わない。お茶が出てくるだけまだマシなのだ。
ずー、とそれを一口してから、
「それで、あの、これが幽々子様からの書状なのですが」
「白やぎさんに食べさせていい?」
「お気持ちはすごくよくわかります。でも、受け取ってもらわないと、私があの方に何をされるか……」
「……あんた、ほんと、多難な人生歩んでるのね」
「……わかります?」
本当に苦労の連続なんですよ、としくしく涙する妖夢。そんな彼女について思うところがあるのか、強く生きるのよ、と霊夢は彼女の肩を叩いて慰めて、差し出された書状の中身に目をやる。
「……西行妖記念祭……ねぇ」
「蓬莱祭、紅魔祭と続いて、次はうちだー、って……」
「気持ちはわからんでもないけど……参加したくないなぁ」
過去、どっちもろくな目に遭わなかったため、その日々を思い出すと涙が出てくる。あの後、幻想郷の存在意義を尋ねに全国行脚の旅に出ようとして魔理沙に止められたものだ。そもそも、結界守の仕事放り出そうとしたのだから当たり前かもしれないが。
「そんで……なになに?」
「何か、皆さんで集まって、お酒とお食事を、っていうのがコンセプトのパーティーみたいです」
「……まぁ、結構普通ね」
少なくとも、魔法少女乱舞祭りよりは、とつぶやく霊夢。
「でも、それだけじゃ終わらないわよね?」
何せ、主催者が幽々子だ。あの、幻想郷トラブルメーカーランキングで常に上位キープの輩が、ただ集まってご飯を食べましょう、なんてことを言い出すはずがない。可能性としてはなくもないのだが、その確率は米粒よりも小さいのは間違いなかった。
「まぁ……多分……」
「多分、って……」
「今のところ、私にもわからなくて。教えてくれないんですよ、幽々子様が」
「また何を企んでるのやら……」
「一応、書状は、ここの他にも魔理沙さんの所とか、紅魔館、永遠亭、あと、映姫さんの所にも出しに行け、って」
「ふぅん……」
また、厄介な連中が集まるものだ、と思いつつも、自分の知り合いにはそもそもまともな連中の方が少ないことを思い出して、霊夢は目頭押さえた。
「……まぁ、わかったわ。あんたに免じて、ちゃんと参加しに行く。その代わり、美味しいご飯、お願いね」
「はい。
それじゃ、私はこの辺でおいとまさせてもらいます。まだ、あちこち回らないといけないから」
「頑張ってね。何なら、漬け物持ってく?」
「いえ、霊夢さんの貴重なカロリーを横取りするほど、私もまだ鬼畜外道に堕ちてはいません」
「ケンカ売っとんのかおのれは」
「そ、それではこれでっ!」
半分以上、キレ気味の霊夢の言葉に恐れをなしたのか、顔を青くして妖夢が空の彼方に飛んでいく。
彼女を見送り、霊夢は小さくため息をついた。そして、改めて手元の書状にじっくりと視線をやって――そしてつぶやく。
「今度こそ、まともなお祭りでありますように」
それは、巫女が、初めて心から願った願い事だったかもしれない。
そして、案外あっさりとお祭り当日はやってきた。
いつものように冥界への入り口を生きたまま飛び越えるという、ある意味では暴挙を侵しながらやってくるのは白玉楼。どこまでも続いているかのように見える平坦な世界を飛んでいけば、視界の彼方で『お祭りへようこそ ばい幽々子』なんて横断幕がはたはたと踊っているのが見えた。妙に達筆だったので、恐らく妖夢に書かせたんだろうな、と思いながら霊夢はその間をくぐって降りていく。
「ずいぶん集まってるのね」
「お前が遅いんだよ、霊夢」
「うっさいなぁ。今までが今までなんだから警戒するのが当たり前でしょうが」
「そうよね、霊夢! 私、間違ってないよね!」
「間違ってない、あんたは間違ってないわよ、アリス!」
「……何かお前ら、妙な友情が芽生えてないか?」
がしっ、と肩を組み、だー、と無意味な涙流しながら確認する二人の友情――というか、切ない現実のいとま。
それを理解できない魔理沙は、やれやれだぜ、と肩をすくめてみせた。
さて、その場に集まったのは、いつものメンツである。妖夢が書状を届けた全員が、ここに集まっているのだろうと言うことはわかる。普段は家の中にこもっていて出てこないものまでいる辺り、やっぱり今回の祭りも一筋縄ではいかないのだろうな、と予想することが出来た。
会場として指定されたのは、幽々子と妖夢が使っている広い屋敷である。今はまだ、当主が出てきていないためか、招待されたもの達は中庭に集まって騒いでいる状態だ。ただ、よく見れば、何名かは姿が見えなかったりする。
「皆さぁん、ようこそぉ」
その時、ゆ~ったりの~んびりと、間延びしたセリフを紡ぎながら、西行寺家の当主が現れる。
「本日はぁ、このぉ、白玉楼主催ぃ、西行妖記念祭にぃ、集まっていただけてぇ、とぉってもぉ、感謝してるわぁ」
「えーい、妖夢だ、妖夢を出せー! お前のまったりした話し方はいらいらするんだよっ!」
魔理沙がいきなり叫ぶ。その気持ち、わからんでもなかった。
「まあまあぁ、そんなにぃ、慌てないでぇ」
「もらえる何とかはもうけが少ないって言うわよね」
「言うわねぇ」
そうは言うのだが、やはり幽々子のまったり具合に関しては、魔理沙の言い分が正しいのも否定できない。
縁側に現れた幽々子は、何が楽しいのか、『うふふふぅ』なんて笑いながら、ばっ、と扇を広げてみせた。
「ではぁ、本日のぉ、パーティに入る前にぃ」
「何かやんの?」
「いつでもぉ、空腹はぁ、最高のぉ、スパイスって言うでしょぉ。
だからぁ、西行妖記念としてぇ、面白い余興を考えたのよぉ」
題してぇ、と霊夢の問いに、その扇で自分の背中側をびしっと示す。すると、その演出のためなのか、隠れていた妖夢が苦労しながら何かを引っ張り出してきて、頭上へと掲げた。
そこには、このように書かれている。
「『西行妖記念白玉楼大運動会』……」
「そういうわけでぇ、みんなでぇ、いっぱいぃ、運動してぇ、汗を流してぇ、お腹を減らすわよぉ」
「あんた汗かかないでしょうが」
霊夢のキレのいいツッコミなど何のその。元からこちらの言うことなどに聞く耳持たないタイプの奴であることはわかっていたが、しかしこうまで軽々とスルーされるとやるせないものがあるらしい。何よ、とぶつくさつぶやく霊夢を尻目に、ようやく、妖夢が前に出てきた。
「えっと、ルールは簡単。複数の競技で、皆さんで互いに競い合い、最も高い得点を得たチームが優勝です」
「優勝すると何があるんだ?」
「特に何もありませんけど、幽々子様から賞金のプレゼントが」
「ほう」
賞金、の一言に霊夢の瞳の色が変わる。魔理沙が『よけいなことを言わなきゃよかった』と早くも後悔しているようだった。
「え、えっと、競技種目は、以下の四つです。
一つ、クロスカントリー。二つ、格闘パン食い。三つ、爆弾鬼ごっこ。四つ、勝ち抜き弾幕格闘。以上です」
「……えーっと……」
「ねぇ、魔理沙……私の聞き間違いかな? すごく物騒な単語がいくつも並んでいたような気がするんだけど……」
顔を引きつらせるアリスの言葉に、目深に帽子をかぶり直す魔理沙。どうやら、彼女もこれから起こるであろう修羅場を予想しているようだった。
「チームわけをします。こちらにくじ引きを用意しましたので、お一人ずつ、順番にくじを引いてください」
「さあ、みんなで楽しく遊ぶわよぉ」
とても楽しく遊べるような種目ではないと思うのだが、多分に、それは気にしてはいけないのだろう。
さて、くじ引きの結果、チームが決まることになった。
まず、
「そんじゃ、まぁ、よろしく」
「ええ、こちらこそ」
霊夢、魔理沙、咲夜、アリスの四人チーム。期せずして、通称『主人公チーム』と呼ばれることとなる。プラス一にしようぜ、と魔理沙が冗談でよけいなことを言って「上海、蓬莱、行きなさい!」とクロスボンバー仕掛けられたのはご愛敬だ。
続いて、
「やれやれ。何なのかしら、このメンツは」
「あらあら」
「うふふぅ、お手柔らかにぃ、お願いするわねぇ」
「と言うか、幽々子さんも参加するのですか」
レミリア、永琳、幽々子、映姫の、通称『ボスチーム』。なお、輝夜であるが、「そんな面倒なことはしていられない」とすでに観客モードである。故に、くじ引きの場に永琳が並んだのだが、逆に考えてみるとこちらの方がよかったのかなー、と、後ほど、誰もが思ったとか。
さらに、
「えっと……皆さん、よろしくお願いします」
「一緒に頑張ろうね、妖夢ちゃん」
「うーん……四季さまと敵対かぁ……。何かおっかないねぇ……」
「まぁ、妥当な人選だろうさ」
妖夢、鈴仙、小町、藍の通称『従者チーム』。いつも主より一歩引いたところで頑張っている(一名微妙)面々だが、その実力は、この場に集まった連中に負けていない。面白い勝負を見せてくれることだろう。
最後に、
「わーいわーい、お祭りお祭り運動会ー!」
「楽しそうー! 頑張ろー!」
「……ったく。何で私らが子守せにゃならんのだ」
「まあまあ」
みんなと遊べると言うことではしゃぎまくりのフランドール、橙に、慧音に引っ張ってこられた妹紅と、パチュリーが参加を辞退したため、急遽数あわせで連れてこられた美鈴の、通称『連合チーム』。EXボスが二人も混じっているという強力な布陣だが、果たして二面と三面ボスの実力がどれほどのものか、興味深いメンツである。
「そして、司会は私たちと言うことか」
「妥当な所ね」
なぜか、くじ引きの箱には『司会』という文字が書かれたものも含まれていて、それを引いたのは慧音と幽香だった。二人は司会者席に腰掛けて、場の様子を確認していたりする。
「そして、皆さんの勇姿を撮影するのは、私、射命丸文です!」
やたら気合いの入ったポーズでかっこつけて宣言する文。片手に持ったカメラが実にまぶしい。
なお、先の輝夜に加え、紫やてゐなどと言ったメンツも観戦組である。BGM担当は、もちろん、プリズムリバー姉妹だ。
「それじゃ、くじ引きでチームも決まったところで、出場選手の決定をしてもらおう」
場の進行役は、どうやら慧音に移ったらしい。
彼女の言葉に従って、それぞれのチームが円陣を組んでぼそぼそと作戦会議を始めた。
~少女会議中~
「とりあえず、この種目……どれもこれも、いまいち内容が判然としないわね」
「そうね……これはかなり不利よ」
「でも、この……クロスカントリーだっけ? これは聞いたことがあるわ」
「さすがね、都会派魔術師」
「確か、徒競走みたいなものよ。とにかく早くゴールインできればいい、って」
「そんなら、私の出番だぜ」
ふっふっふ、と不敵に笑い、魔理沙。
「そうね……。足の速さなら、あんたに勝てるのはこの中にはいないし」
ぐるりと一同を見つめて、霊夢。
「それじゃ、残りの三つ……格闘パン食い……」
「私が出るわ。食べ物のかかった勝負なら負ける気はしないもの」
「……霊夢、あなた、苦労してるのね」
「霊夢……お腹が空いたら、いつでも来なさい。ご飯くらいなら、いくらでもおごってあげるから……」
「安い同情すんなちくしょー」
アリスと咲夜がマジ泣きしながら霊夢の肩を叩く。ぶんぶんと、手にした祓え串振り回して霊夢が暴れたが、それも彼女の日頃の生活のたまものなのだろう。ある意味、実に哀れと言えば哀れだった。
「じゃあ、残りは……」
「弾幕格闘……は、咲夜さん、お願いしていいですか?」
「あら、どうして?」
「私、正直、格闘……って苦手だし」
ほら、以前の宴会騒ぎの時の、とアリスが口に出すと、ああ、と咲夜は手を叩く。
「そうね。それなら任せてもらいましょう」
「じゃ、爆弾鬼ごっこか……。何か、この中で一番デンジャラスな響きだけど……とりあえず、頑張るわね」
「まず、パン食いは幽々子に任せるとして」
誰からも異議が出ないことを確認してから、レミリアが、渡された種目表を見つめる。
「一体どんなことをする競技なのかしら。さっぱり想像がつかないわ」
「私もです。初めて耳にするものばかりで……」
「あらあら。
とりあえず、クロスカントリーは知っているけど……それ以外がさっぱりですね」
「どんな競技なの?」
「マラソン、水泳、それから自転車だったかしら。その三つで、順位を競うものなの」
ふむ、とレミリアが腕組みする。
しばしの沈黙の後、
「よし。わたしがその『くろすかんとりぃ』とやらに出るわ」
「よろしいのですか? 吸血鬼は泳げないのでは……」
「なぁに、いざとなったら、手段はあるもの」
「じゃあ、残りの……爆弾鬼ごっこは私が担当しようかしら」
「では、私は格闘技ですか。了解しました」
「大丈夫なのぉ?」
幽々子の言葉に、ふっ、と映姫が笑う。
幽々子の心配ももっともだ。映姫は体が小柄で、どう見ても格闘には向いていそうもない。レミリアもそうだろうと言われてしまうかもしれないが、彼女の吸血鬼としての身体能力は、すでにかつての宴会騒ぎの時に証明されている。だが、映姫は未知数。競技を兼任することが出来ればいいのだが、あいにく、幽々子の決めたルールで『競技には、一人一つのみの参加』があるため、そういうわけにもいかない。
「大丈夫です。こう見えて、昔は、運動会のザナちゃんと呼ばれていました」
「いまいちよくわからないけど……そんなに自信があるのなら任せるわ」
「お任せを」
「あらあら。うふふ」
「えっと……クロスカントリーに、藍さん、いいですか?」
「ああ、構わないよ。これは足の速さを競うものなのだろう?」
「ええ、そうらしいです。よく知っていますね」
「紫様についていれば、変な知識が嫌でも入ってくるからね」
なるほど、と妖夢がうなずく。
「となると、残り三つかい……誰がどれに出ようかねぇ」
「私はどれでもいいですけど……」
「あ、私も……」
「それなら、妖夢には弾幕格闘に出てもらおう」
そんな見事な得物を背負っているんだからな、との藍の言葉に、照れくさそうに頬をかく妖夢。そうしていると、本当に子供らしくてかわいいのだが、悲しいかな、彼女の実態は、藍をもある意味では上回る苦労人だったりする。
「そんなら、あたいは爆弾鬼ごっことやらでも担当しようかねぇ。何か物騒な響きだしさ」
「あの、それなら私が……」
「いいっていいって。こういうことは、この小町姐さんに任せておきな」
どん、と自分の大きな胸を叩いて、太く頼りがいのある笑みを浮かべる小町。姉御肌の彼女の言葉に、はい、とうなずいて、「じゃ、私はパン食い頑張ります」と鈴仙が耳をひょこひょこさせた。
「あっさり決まりましたね。せっかくですから、残りは作戦会議にしましょう」
「そうだな。頑張ろう」
「あいよ」
「はい」
「ねーねー、めーりんめーりん。フランは何すればいいの?」
「めーりんおねーちゃん、橙は何ー?」
「ああ、えっと……妹紅さん、どうしましょう?」
「私は知らないよ」
と、内心、ほっと胸をなで下ろしている妹紅は、手にした競技種目の書かれた紙に視線をやる。
「とりあえず、このクロスカントリーっての? こいつには足の速い奴が出た方がいいんじゃない?」
「あ、じゃあ、橙が出るー」
「どうしてですか?」
「慧音に聞いたことがあるんだよ。この種目」
へぇ、と美鈴が声を上げた。
「んで……パン食い……ねぇ」
妹紅の視線は、美鈴の帽子を引っ張っているフランドールへ。
どんな種目かはわからないが、『格闘』と怪しい名前の付いていることから物騒なものであることは間違いないだろう。しかし、残り二つよりは確実に安全性は高い――妹紅はそう見たらしい。
「そんじゃ、パン食いはちびっこ、あんただ」
「うん、頑張るー!」
「で、私は爆弾鬼に……美鈴、あんた、格闘でいい?」
「いいですよ」
「ちびっこに危なそうな競技は任せらんないからね」
そうですね、と微笑む美鈴に、さすがだね、と彼女はうなずいた。
「妹紅さん、優しいですね」
「よしてよ。私は単に、勝利を追求してるだけ。こんな訳のわからないものだけどさ、勝てないよりは勝てた方が楽しいでしょ」
「そうですけど……私はちょっと怖いかな。咲夜さんとかお嬢様に怒られそうで」
「そっちのちびっこが味方だろ?」
わいわい騒いでいるちびっこ二人を指さし、妹紅。二人とも、完璧に美鈴に懐いている。さすがは、色んなところでちびっ子に好かれているだけはある彼女の人徳だった。
「……そうですね」
「んじゃ、頑張ろうや。最低、三つは勝つよ」
「ええ」
~少女会議終了~
「それじゃ、選手が決まったようだから、ルールの説明をするぞ」
一同を睥睨し、慧音が宣言する。
その隣に腰掛けていた幽香が、けだるげに、だがどこか色気の漂う仕草で立ち上がる。
「ルールは簡単。要は勝ったものが勝者。
ポイントは、一位が百点、二位が五十点、三位、二十点、四位は0点ね」
「競技における他選手の妨害は自由。ただし、スペルカードの使用は禁止だ。弾幕も、一部競技を除いて禁止とする」
えー? という声が一部から上がるが、慧音は当然無視。
「試合における制限時間も特になし。ダウンして競技を続行できなくなればリタイアと見なす」
ダウンしてしまうほどの種目というのが、果たして『競技』と言うのかどうかはわからないが、この場にそれについてツッコミを入れる人間はいなかった。
「その他、一切の判断はこちらに従ってもらうから。私たちのジャッジに文句つけたら即刻退場。よろしい?」
横暴ー、などという声が上がるが、幽香もそれを当然無視。
「それじゃ、競技を始める。まずはクロスカントリーからだ。
出場選手はスタートラインに並んでくれ」
一体いつの間に用意されたのか、白線が横に一本、引かれていた。その左右に、『スタート』という文字の書かれた看板を持って、幽霊達がふわふわ浮いている。
そこへ、主人公チームから魔理沙、ボスチームからレミリア、従者チームからは藍、そして連合チームから橙が並ぶ。
「わぁ、藍様とだ。一緒に頑張ろうね」
「あ、ああ」
内心、『橙と一緒だと!? 勝つわけにいかないじゃないか……』と苦悩したりもするのだが、それはともあれ。
「まず、スタートは徒競走から始める。ここからスタートして、十キロ先にある目印に到着したら、そこから二キロの遠泳だ。そして、泳ぎ終わったものから、そこにある自転車に乗ってこちらに戻ってきてくれ」
「ふっふっふ……負けないぜ?」
「こちらこそ。箒に乗れないあなたなんて、わたし達の敵ではないわ」
それでは位置についてー、と慧音が声を上げる。全員が、各々、スタートダッシュの姿勢を取った。
「スタート!」
号砲代わりに弾幕を打ち上げ、ぱぁん、とそれが弾けると同時に四人が一斉に駆け出す。当然だが、いくらスタートダッシュを決めようとも、体力的にスペックが落ちる魔理沙がのっけから出遅れる。
「じゃ、文どの。実況中継は頼んだぞ」
「お任せ下さい!」
レッツゴー! と彼女が飛んでいく。
「うふふ、やっぱり遅れたわね。魔理沙が。わたしの敵は、あの式神二人といったところ」
前を行く式神ペアは、やっぱり速かった。さすがは、飛翔系スペルで数多のプレイヤーを苦戦させただけの実力者である。
だが、この試合、先に慧音はこう言った。
『対戦相手の妨害は自由』
――と。
「うふふふふ。吸血鬼は卑怯でなんぼ!」
突然、デーモンロードウォークで藍の背後から体当たり食らわせる。
「ぐふぁっ!?」
予想してなかった背後からのタックルに態勢崩し、ずざー、と顔面から地面に突っ込む藍。
「おーほほほほ、ごめんあそばせー」
「待てー!」
「こ、こら! 化け猫風情が、吸血鬼に何するのよっ!」
「藍さまにひどいことするなー!」
「ええいっ、離れなさいなっ!」
怒った橙が飛びかかり、レミリアがもたつく。そこへ、復帰した藍が華麗なるドロップキックを決め、げふぅっ、とレミリアが遙か後方に向かって吹っ飛んでいった。
「へっ、やっぱりだぜ」
その惨状を予測して、わざと走る速度を上げない魔理沙が、折しも、飛んできたレミリアを落ちていた空き缶ぶつけて撃墜し、彼女を、とどめとばかりに踏みつけて走っていく。
「こ、こんのぉぉぉぉーっ!」
顔に魔理沙の靴跡つけて、復帰してぶちキレたレミリアが突っ走る。後ろから突撃してくる彼女の攻撃を魔理沙は回避。目標をその先の式神ペアに変更したレミリアが、さらに速度を上げて、藍の背中めがけて凄まじいスーパー頭突きを叩き込んだ。
「くぉっ!?」
「ああっ、藍さまー!」
のっけからレースは大荒れである。まぁ、むしろ、これこそが正しい風景だという気もするが、ともあれ。
「皆さーん、気をつけてくださいねー」
「何に気をつけろって!?」
藍と橙に代わり、先頭を走るレミリアが、空から撮影をしつつ、実況中継している文に振り向く。
「そこから障害物ゾーンですよー」
「え?」
直後。
「ひにゃぁぁぁぁぁぁっ!?」
明らかにオーバーテクノロジーなのだが、地面に埋め込まれていた地雷を踏んでレミリアが青空めがけてすっ飛んでいく。
「な、何という危険な……」
レミリアに先に行ってもらってよかったかもしれない、と内心、安堵のため息をもらす藍。
だが、
「のぐはぁっ!?」
一体どこから飛んできたのか、巨大な丸太に真横から殴りつけられて、こちらも吹っ飛んでいく。
「藍さまー! ふにゃっ!?」
足下から、がちょん、と言う音を立ててとらばさみが顔を出し、しっぽ挟まれてもがく橙。
「ふはははははー! 果報は寝て待てだぜー!」
罠で三人がまとめてノックアウトしたところで悠々と走っていく魔理沙。
飛んでくるありとあらゆる攻撃を華麗にグレイズし、その先に見える『遠泳コーナー』へと向かって突っ走る。
「……これはまた……」
広い湖が、そこにはあった。冥界ってのは風光明媚なところだぜ、と感心しつつ、
「なぁ、天狗。どうやって泳いで渡るんだ?」
「そこにある水着に着替えてくださいとのことです」
「どれどれ?」
一体いつの間に用意されていたのか、脱衣かごと水着があった。そこから一つを取り出し、沈黙。
「……ハイレグビキニ……?」
「みたいですね」
「……着替え?」
「生着替えです」
シャッター構え、文。
「消し飛べぇぇぇぇぇぇっ!」
「はーっはっはっは! 私のジャーナリスト魂、その程度の攻撃で打ち消されはぴぎゃあっ!?」
罠ゾーンに向かって回避した文を、地面から飛び出したわさびの塊が直撃して撃墜する。
「……ちぃっ! 追いつかれるわけにはいかん! 恥はかきすてだぜっ!」
ばっ、と服を脱いで、そこに置かれていたハイレグビキニに着替えて湖の中へ飛び込んでいく。なお、その中継映像を見て(どうやって中継しているかは、素敵な隙間通信のおかげ)アリスが鼻血噴いてぶっ倒れたが、気にしてはいけません。
「ええいっ、遅れたわ!」
地雷の爆発に巻き込まれて、なお立ち上がってきた不屈の闘志の持ち主、レミリアが続いて水着に手を伸ばす。
スク水。
「……………………」
紺の地に白の名前ワッペンが貼り付けられていて『れみりゃ』と書かれている。
「……誰よ用意したの……」
沈黙するが、とにかく、ここで足止めを食ってはいられない。気合いを入れて服を脱ぎ――中継映像、一旦中止。条例に引っかかります――、幼女スク水吸血鬼というスタイルになったレミリアは、とうっ、と水の中へと身を躍らせる。無論、吸血鬼が水に弱いのは当たり前。
なので、
「ああっ、卑怯だぜ、レミリア!」
「何とでも仰いなさいな! 勝てば正義!」
「ぶぎゅ!」
ばさばさと水の上を飛行していくレミリア。確かに卑怯だが、『泳げ』とは慧音は言ったが『水の中を』とは言ってない。空を泳ぐというのも戦法の一つである。
律儀に水の中を泳いでいく魔理沙に、さっきのお返しとばかりに、スク水ヒップボンバーを叩き込み、息継ぎの邪魔して水中へと叩き込んでから、悠々とレミリアは進んでいく。
「ほら、橙、急いで」
「うー、うー」
こちらは、さらに一歩遅れて式神ペア。甲斐甲斐しく、橙をワンピースの水着に着替えさせてから、藍も水着に手を伸ばす。
『な、何ぃぃぃぃぃぃっ!?』
観戦しているメンツから声が上がった。
優雅にさらされた裸身。大きく盛り上がった胸、くびれた腰、魅惑的なラインを描くヒップ。まさに熟成された大人の肢体を、『これ水着? ひもじゃないの?』なV字型水着に包み、いざ、水中へダイブ! 橙は水が嫌いなため、レミリアと同じように湖の上を飛んでいく。
「うふふ、一番乗りだわ」
こちら、一足先に湖を渡りきったレミリア。置かれていた自転車に飛び乗って、華麗にこぎ出そうとするのだが、
「ふにゅっ!」
そのまま転倒する。
「……よく考えたら、わたし、こんなものに乗ったことがなかったわ」
視線をやって、自分でも乗れそうなものを探す。
視線の先には三輪車。
「……………仕方ないわっ!」
もはや吸血鬼の威厳台無しだが勝てばそれでいいのである。かくして、幼女スク水吸血鬼は三輪車という偉大なる武器を手に入れて往復の復路についた。
続いて到着したのは藍と橙。藍はそのまま、水の滴る、ほぼ全裸な格好で大人用自転車(ママチャリ)に飛び乗り、「橙、来なさい!」と彼女を後ろに乗せる。
「主婦の買い出しパワー、今こそ見せてくれる!」
宣言と同時、土煙すら巻き起こしてレミリアの後を追いかけた。さすがはおさんどんとしてマヨヒガで過ごしているだけのことはある。藍の自転車の前かごには、なぜか『バーゲンセール』のチラシが入っていた。
「ちくしょう……遅れたぜ。だが、ここで取り返す!」
ようやく湖を渡りきり、魔理沙はスポーティーなスポーツタイプの自転車に乗って突っ走る。
「いっくぜー! ブレイジングスター、自転車ばーじょーん!」
ひたすらかっこ悪い上に、ただ全力でペダルをこぐだけという生活感あふれる移動方法すらかっこよくしようとするその姿勢には恐れ入るが、いやはや、人間、思いこみというのは強いものだ。藍すら上回る速度で加速し、突っ走っていく。
「みっつけたぁー!」
前を行く三輪車レミリアとママチャリ藍を捉え、魔理沙が叫ぶ。
「ああっ、藍さま、後ろからきたー!」
「ふん! 速度が命のバーゲン勝負! この私が負けると思うかっ!」
言うなり、足下の小石を後ろに向かって蹴り飛ばす。宙を飛んだそれを、魔理沙は華麗にグレイズして回避すると、お返しとばかりに空き缶拾って投げ返してきた。それを橙が空中キャッチ、再び投げ返す。
「おほほほほ、そうやってやっていてくれると助かるわ! っていうか、これ、もっとスピードでないの!?」
無理ですお嬢様。
「……あ。」
どっごぉぉぉぉぉん、と再び地雷が爆発。
徒競走部分の半分は障害部屋なので、またもや罠復活である。ひるひるひる……ぼて、と地面に倒れふし、黒こげでぴくぴくしてるレミリアを無視する形でママチャリとスポーツバイクが駆け抜けていく。
「どけぇっ、藍! お前に私の前を走らせはしないぜっ!」
「卵がお一人様一パック五十円、牛乳一本三十円! 乳製品が格安だぁぁぁぁっ!」
「藍さま、橙、卵ケーキ食べたい」
「お手伝いしてくれたら買ってあげるよ」
「わーい」
「ええいっ! 生活感あふれる式神めっ!」
このままでは勝てないことを悟ったのか、魔理沙が一発逆転の賭に出た。
前を行く藍に向かって可能な限り加速し、次の瞬間、
「食らえっ! マリサァァァァキィィィィィックッ!!」
どこぞの正義の味方ばりのジャンプキック!
それは突っ走る藍の後頭部を見事に捉えた。
「ぐはぁっ!?」
「藍さまー!?」
自転車から落下し、地雷原に消える藍。自転車を乗っ取り、そのまま魔理沙が突っ走る。
「ゴールだぜーっ!」
さすがに魔理沙でも、橙に対しては容赦もするのか、彼女を乗せたままゴール。一位、魔理沙、二位、橙、という結果が下された。
――それからややしばらくして、きこきこと三輪車こいで戻ってきたレミリアが三位、「バーゲンにこの私が負けた……バカな……」と自分を見失いかけている藍が四位という運びで、まず、一種目終了である。
「魔理沙、よくやったー!」
「はっはっは! どうだ、私の力は! はーっはっはっは!」
「魔理沙のビキニ……ビキニ魔理沙……はぅっ!」
『シャンハーイ!?』
「ちょっと、大丈夫!?」
ない胸張って威張る魔理沙に、鼻血出してぶっ倒れるアリス。主人公チームは悲喜こもごもである。
「藍さま、泣かない泣かないー」
「……橙、よかったね。二位で」
「藍さん、頑張りましたよ。次のパン食いで私が取り返します!」
「あらあら。かわいいわね、レミリアちゃん」
「ほっときなさいな! こうなったら、紅魔館に帰って自転車の練習してやるんだから!」
頭をなでなでされて、むきーっ、と真っ赤になって暴れるレミリア。その気持ち、わからないことはない。
「いやぁ、なかなか白熱した戦いだったな、幽香どの」
「本当ね。さすがはあの面々。反則技なんて当たり前ね。スペルカード封印ルールでよかったわ」
「全くだ。
ところで、あの水着の出所はご存知か?」
「永琳」
「あ、やっぱり」
「あらあら。まあまあ。うふふふふ」
現在得点
主人公チーム:100
ボスチーム:20
従者チーム:0
連合チーム:50
「では、第二回戦を開始する!」
「うっしゃー!」
一番気合いの入っているのは、やっぱり霊夢だった。
試合会場は、一辺が十メートル四方の狭いリングの上である。その中央に、一抱えもある巨大メロンパンがお皿に載って置かれていた。
「本来はフランスパンなのだが、参加者のことを考えて、急遽、メロンパンに変更になった」
「美味しいわよね、メロンパン。私も好きよ。
でも、こういう場で食べるには、なかなか難しいところがあるかしら」
参加している面々は、霊夢、幽々子、フランドール、鈴仙。いずれも互いに一歩も引かない剛の者達だが、その彼女たちが全力で戦えば、当然、メロンパンはあっさりと砕け散るだろう。柔らかく、ふかふかに作られたそれは、一口すれば天上の味が襲いかかってくる。それ故に、最後のひとかけらまでを堪能しなくてはいけない。
この勝負、勝つためにはメロンパンのことも考えなければいけないのだ。
「では、試合開始!」
かーん、とゴングが鳴らされる。同時に、四人が中央の皿に向かって殺到した。
「めろんぱーんっ!」
宣言と同時に霊夢が手を伸ばす。だが、その瞬間、鋭く扇が彼女の前に突き刺さる。
「ちぃっ!」
「もらったわぁ!」
扇を『花○扇!』とばかりに投げつけ、それを獲得した幽々子が、ぱくりと一口。
「うふふぅ、美味しいわねぇ……って、あらぁ?」
「幽々子さん、それはもらいますっ! 今回の勝負、私は負けられないっ!」
動きの鈍い幽々子の背後に回り込み、手刀で彼女の手からメロンパンを叩き落とす。すかさず左手でキャッチ、空中をくるりと回って着地し、一口ぱくり。
「メロンパン、フランが食べるー!」
「ちっ!」
飛びかかってくるフランドールの突進を回避、さらにもう一口を口にしようとしたところで、今度は霊夢からの攻撃!
「させるかぁぁぁぁっ!」
飛んでくる針を回避したところで、鈴仙の手からメロンパンがこぼれ落ちる。それをすかさず、空中でフランがキャッチした。
「いただきまーす」
満面の笑みでぱくり。おいしーい、とにこにこするフランドール。とにかく心和む笑みだが、事、それは周囲のものをほんわかさせることは出来ても、修羅達をほんわかさせることは出来なかった。
「たぁっ!」
「わっ! あ、あぶな……!」
「いただきぃーっ!」
「うわーん、フランのメロンパンー!」
大人げなさ全開である。
振り下ろした祓え串でフランドールを下がらせ、そこに足引っかけて彼女を転ばせてメロンパンを奪い取る霊夢。転ばされたフランドールは、むぅーっ、とほっぺた膨らませて、メロンパンを取り返しに走る。だが、俊足の身のこなしでそれを回避した霊夢は、ざっ、と構えを取った。
「ふふふふ……甘い、甘いわね。あんたら」
足下に、お皿取り出してきてメロンパンをセット。
「こういう勝負の鉄則は、邪魔者全てを片づけてからゆっくりと頂くものなのよ!」
「道理だな」
「道理ね」
「そうやって勝利した奴、多いだろうな」
「でしょうねぇ」
何だかよくわからないところで感心している慧音達はさておき。
「くっくっく……! スペルカード封印だろうが何だろうが、私はかぁつっ!」
勝利宣言出してくれた霊夢。その彼女めがけて、背後から、気配を消して鈴仙が飛びかかった。だが、
「甘いっ! 博麗秘奥義っ!」
「しまっ……!」
「スカートめくりぃぃぃぃっ!」
「っきゃぁぁぁぁぁっ!?」
ばさぁっ、と鈴仙の超ミニスカをまくりあげ、その下のしましまを観衆の前に見せつけてから、さらに霊夢がとどめを刺す。
「あぁぁぁぁぁぁんどっ!
下のものげぇぇぇぇぇぇっと!」
「いやぁぁぁぁぁっ!?」
すぱぁぁぁぁぁんっ、とそれをはぎ取り、くっくっく、と笑う霊夢。
「残念だったわねぇ……。博麗四千年の秘奥義の前では、あんたの絶対領域なんて紙の盾よ」
「うわぁぁぁぁん、返してくださいよぉぉぉぉ」
ぺたりとへたり込み、泣き出す鈴仙。当たり前だが。
「だが断る!」
「……外道」
その有様には、味方陣営からも非難の声が上がるほどの羅刹っぷりだった。顔を引きつらせる魔理沙のつぶやきが聞こえたのか、彼女の方に、鈴仙からはぎ取った布が放り投げられる。
「う~……!」
「ダメねぇ……この勝負ぅ、このままじゃぁ、私たちに勝つ手段はないわぁ」
「どうしたらいいのかな?」
「簡単よぉ。三人でぇ、まずは霊夢を倒すのぉ。勝負はそれからよぉ」
「はーっはっはっは! かかってこい、未熟者どもっ! 博麗の巫女が、全て、結界の隙間に逆落とししてくれるっ!」
「霊夢……もしかして、今までのストレス解消してる……?」
その外道っぷりに、思い当たることでもあったのか、つぶやくアリス。これまでがこれまでの毎日だったため、よっぽど鬱屈したものがあったのだろう。悪役全開ばりばりのセリフを吐く霊夢に、それを思って、アリスはそっと涙した。
「行くわよぉ!」
「あの、私、ぱんつ……!」
「ウドンゲ、私の使う?」
「そんな黒くて透けててしかも隠すべき場所がほとんどないのはいりませんっ!」
「あらあら。残念」
などというきわどい会話もあったりしたが、ともあれ。
「えーいっ!」
フランが素早さを生かし、上空から霊夢に飛びかかる。幽々子は後ろに下がり、鈴仙が前に突っ走って、鋭く回し蹴り。もちろん、絶対領域なので文のカメラにすらそれを収めることはできなかった。
二人の同時攻撃を華麗にさばき、反撃を繰り出そうとする霊夢。だが、そこへ、幽々子の追撃が放たれる。
「これならどうかしらぁ!」
放たれる無数の蝶の舞い。一つ一つに威力などはないが、それでも霊夢の目をくらます役には立つ。
「あれはありなの?」
「カードじゃないからな」
と言うことで、ルール上も許可だ。
「くっ!? 視界が遮られて……!」
「フランちゃん!」
フランドールが、えいっ、と霊夢の両足に飛びついた。
ぐらりと霊夢がバランスを崩す。だが、さすが博麗の巫女、倒れない。しかし、鈴仙が捨て身の攻撃に出る!
「とーっ!」
飛び上がり、思いっきり、お尻で押しつぶすヒップアタックだ。だが、目測誤りぱんつはいてない股間で叩きつぶす事になってしまったが、当初の目的を達成することは出来たらしい。
ごきんっ! とやたら痛そうな音が響く。そろそろと、腰を上げた鈴仙の下で、霊夢は完璧に白目になっていた。
「……少し……やりすぎ?」
「……大丈夫……だよ」
フランドールも顔を引きつらせるほどのノックアウトぶりだったが、ともあれ。
「さあ、勝負再開ですよ、幽々子さん!」
「残念ねぇ」
「……え?」
「うふふふふぅ」
「あーっ! ひきょー、ひきょー!」
鈴仙とフランドールをけしかけておいて、幽々子はその隙にメロンパンを手に入れていた。それをぽいと上に放り投げ、
「ごちそうさま」
ぱくりと一口で食べてしまう。
「ゆ、幽々子さん、それはないですよー!」
「あらあらぁ? 勝負はぁ、いつでも弱肉強食よぉ」
「ぶー!」
言っていることは間違ってないのだが、何とも腹黒い発言である。と言うか、今時、こんな卑怯なことは誰もやらないだろう。何せ、この場にいるもの達のほとんどが、大抵、腹の中に一物抱えているからだ。それなのに、幽々子の発言を信じてしまったのは、単純に、鈴仙が単純であり、フランドールが素直なよい子だったためだろう。
「試合終了ー! 勝者、西行寺幽々子!」
「鈴仙どのとフランドールちゃんには、同じく二位ということで五十ポイントずつ進呈しよう」
というわけで、負け犬は霊夢だけとなったのだった。悪鬼羅刹道を突っ走った結果の報われない末路だったが、それについて同情する言葉を口にするものはいなかったのだった。
現在得点
主人公チーム:100
ボスチーム:120
従者チーム:50
連合チーム:100
「では、続いて、第三戦に入るぞ」
慧音の宣言を受けて、選手達が舞台の上に上がる。主人公チームからはアリス、ボスチームから永琳、従者チームから小町、そして連合チームから妹紅だ。
「ルールは簡単、この爆弾が爆発したらアウト。その時、爆弾を持っていたものが0点」
「それ以外の順位は、ダウンしたものから順番を決めていくわ」
『……ダウン?』
何やら物騒な言葉に、一同、顔に疑問を浮かべる。ただ一人、「あらあら」と笑っているのがいたが、それはともあれ。
「うむ。爆弾は、リングの上にダウンしたものを自動的に追尾して装着されるようになっている。つまり、これを受け渡すには、誰かを地面に押し倒す必要があるというわけだ」
その爆弾の片隅に『ゆめみん謹製』という文字があったりするのだが、そもそもゆめみんって誰なので特に気にする必要はない。
「では、爆弾の装着者はじゃんけんで決めてもらおう」
何やら漂う不穏な空気。そもそも爆弾って何、なので誰もが必死の表情を浮かべている。ただ一人、余裕で、やっぱり「あらあら」笑っているのがいたりもするが、それもともあれ。
『じゃーんけーん、ぽんっ!』
「えー!? 私ー!?」
何というか、やっぱり負けるのはアリスだった。
「よし、アリス殿だな。ほらいけー」
「ほらいけって何!? ぎゃー、何か背中にくっついてきたー!」
嬢ちゃん、よろしく頼むぜ、と言わんばかりにでっかい爆弾がアリスの背中にのさっとのしかかる。引っ張っても取れない辺り、一体どういうもので作られているのか非常に気にかかる。
「じゃ、試合開始よ。制限時間はなし、爆弾爆発時点で順位が決まらない場合、延長戦に入るわ」
容赦ないセリフでルールを告げる幽香の一言に、全員の表情が引き締まった。
「では、開始だ!」
かーん、とゴングが鳴り響く。
「とりあえず、逃げた方が良さそうだな……」
妹紅は一人、冷静に状況を判断し、制限時間いっぱいまで逃げ回ることに決めたらしい。ダウンしなければアリスの敗北は確実。そうして、一人ずつ蹴落としていけば、少なくとも、体力は消費してもえらい目に遭わなくてすむと考えたらしい。
……のだが。
「のわぁっ!?」
「おーっと、ごめんごめん。手が滑っちまったよ」
『刃物は危ないので、刃を潰したものを用意しました』と渡された、彼女が普段持っている鎌と全く同じ形状をした代物で殴りかかってくる一撃をぎりぎりで回避し、小町をにらみつける。
「てめえ……!」
「はん、ちょこまか逃げ回るのはあたいの信条じゃないんでね。藍やら鈴仙やらの分は、姐さんが頑張らせてもらおうじゃないかい」
「上等だ、ぶっつぶす!」
――冷静ではあるのだが、一度ヒートアップすると歯止めが利かないのがもこたんの欠点である。
「あらあら」
「う~、永琳さーん、これ何とかしてくださいよー」
「そう言われても。これも勝負ですから」
「な、なら、永琳さん、お覚悟を!」
人形達を操って永琳に攻撃を仕掛けるアリス。ちなみにスペルカードを使わなければ、どんな攻撃しようが自由なのでルール上は何の問題もない。
「あらあら、まあまあ」
「くっ……当たらない!?」
のらりくらりと攻撃を回避する永琳。実におっとりして見えるのだが、その実、全てが紙一重。完全にアリスの攻撃を見切っている証拠だった。
「私の実力で、爆発までに永琳さんにダメージを与えることは不可能……!」
素早く状況を判断。視線を変える。
その先では、小町の連続攻撃を回避しつつ、もこたんフィンガーやもこたんパンチを繰り出している妹紅の姿。
「あっちね!」
攻撃目標変更。
アリスの操るドール達が、一斉に横から妹紅に襲いかかる。
「何っ!?」
突然の不意打ちに彼女の足が止まった。その刹那、小町の大回転の一撃が、妹紅の脇腹をえぐる。
「うぐっ!?」
「はっはぁ! 取ったよっ!」
さらに追撃で、柄の部分で一撃。
たまらず、妹紅が地面に倒れ伏す。その瞬間、アリスの背中から『あばよ、嬢ちゃん。楽しかったぜ……』と言わんばかりに爆弾が離れ、妹紅の背中に装着。
「くっ……!」
妹紅の顔色が変わる。
「おっと、こいつぁ面白いことになったじゃないかい」
妹紅の力は、いわずとしれた不死鳥の炎。当然、爆弾には中身に火薬が詰まっているので、火気厳禁だ。一同、爆弾がどういうものなのかはわからないが、少なからず『爆発って言うくらいだから火はやばいだろ』と思ってはいるようである。
「しまった……!」
「さあ、まず一人脱落だよ!」
「ごめんなさい、妹紅! でも、これも私の命の為なの、だから大人しく死んでちょうだい!」
「勝手なことぬかすなっ!」
二人が間合いを取り、妹紅のヒートアップした頭に冷や水がかけられる。
彼女の視線は、そのまま、左手は頬、右手でその左手を支えながら、あらあら笑っている女へ。
「ちょうどいい、輝夜の従者ってことで、日頃の恨みを返させてもらう!」
「あらあら?」
妹紅がすかさず、永琳に飛びかかった。
その突進を回避しきれず、まともに正面から受けてしまう。しかし、
「な、何ぃっ!?」
その絶対峡谷は、その程度の衝撃で打ち破ることは出来なかった。むしろふにょんという感じで優しく受け止められ、妹紅の顔が困惑に満ちる。
「あらあら。お母さんのおっぱいが恋しいの?」
「そんなわけあるかっ!」
顔を真っ赤にして永琳から離れる。ダメだ、こいつは苦手だ。っていうか、何か倒しづらい!
次なる目標を探して、妹紅の視線が彷徨う。当然、一番最初に攻撃を仕掛けてきたということで恨み万端整っている小町へと。
「おや、あたいに来るかい。いいさ、きな、お嬢ちゃん!」
鎌を構え、かっこよく決める小町へ、妹紅が攻撃を仕掛けた。
別段、力を使わなくとも近接格闘術の心得があるのか、素早い拳打からの回し蹴りで小町を下がらせる。
「うーむ……妹紅の奴、いつの間に戦闘スタイルをアルティメットにしたんだ?」
「乱暴ねぇ。でも面白いからあり」
「はん! この程度で、この小町姐さんが……!」
刹那、
「きゃんっ!?」
ずるっ、と足を滑らせ、場外へ落下。その瞬間、ぱちん、と妹紅の背中から爆弾が外れて小町の背中に移動。
「ああ、言い忘れていたが、場外はダウンと見なすぞ」
「なっ……! そいつを早くいいなよ!」
「よっし、妹紅ふっかーつ!」
「ちぃっ! あたいは負けるわけにゃいかないんだよっ!」
姉御肌の死神が叫び、リングに復帰する。
「ぼさっとしてんじゃないっ!」
「きゃあっ!?」
試合の様子を、半ば観戦していたアリスへと鎌を振るう。その一撃を慌ててよけて、アリスが後ろへと下がった。
「あ、危ないじゃないっ! 上海、蓬莱、オールレンジ攻撃よ!」
二つの人形に命じて、さながら『行け、ファン○ル!』のように攻撃を仕掛けるアリス。人形達が、手におもちゃの剣を持って小町へと襲いかかる。
「ちぃっ、しゃらくさい真似をしてくれるじゃないか!」
「甘い、懐ががら空きだぁっ!」
まず最初に小町を蹴落とすつもりなのか、妹紅が続いて攻撃を仕掛ける。大きく開いた彼女の懐へと飛び込み、体重と体格差を覆す当て身を繰り出した。その一撃をもろに受け、小町が大きくたたらを踏む。そこへ、蓬莱人形の『蓬莱昇○拳』がヒット。彼女が上空へと吹っ飛ばされる。
「よくやったわ、蓬莱! 日頃、練習をしていた成果が出たわね!」
一体どんな練習だそれは、と外野全員が内心でツッコミを入れた。蓬莱人形はアリスのお褒めを受けたことが嬉しかったのか、くねくねと身をよじっていたりする。
まぁ、それはともかくとして。
「……くっ……!」
二人からの攻撃を連続で受けた上、いよいよ爆弾の爆発まで間がなくなってきたこともあって小町の表情に焦りの色が浮かぶ。
ただ一人、ほとんど攻撃を仕掛けられず、余裕の表情でいる永琳を横目で見て、ふっ、と小町が笑った。
「いいさ……かかってきな、嬢ちゃん達! この小野塚小町、一世一代の大技を見せてやろうじゃないかい!」
「面白い! まず一人脱落させてやるっ!」
「行きなさい、上海! あなたの必殺、『上海ブリーカー』を見せるのよっ!」
妹紅が突進を仕掛け、上海人形と蓬莱人形が見事な連携を持って小町へと躍りかかった。当然、アリスもそれを見ているだけではなく、かつて『蹴リス』と呼ばれた腕前を発揮するべく、さながら一条の彗星のようになってジャンプキックを放った。
三方向からの一斉攻撃。さすがの小町もこれはよけられないと、誰もが思った。
――しかし!
『なっ……!?』
「あ、あらあら?」
その瞬間、小町の姿が消える。
目標を見失い、妹紅とアリス、ついでに上海達は、その先でのんびりとしていた永琳に向かって突っ込んでしまった。三人がもみくちゃになって舞台の上に倒れ伏し、一体どこに隠れていたのか、再び姿を現した小町の背中から爆弾が三人の方へと向かっていく。
「タイムリミットだ!」
その宣言の後、爆弾が、『短かったけど、楽しい人生だったぜ。お前ら、最高だ』と言わんばかりに大爆発を起こした。
「よっしゃー! あたいの勝利だよっ!」
一人、勝利宣言をする小町の傍ら、爆発に巻き込まれたアリスに妹紅、永琳が目を回している。実に見事な、彼女の一人勝ちである。
「あ、あれは……!」
「な、何ですって――――――っ!? 知っているの、慧音――――――っ!」
「ああ……! あれこそ、かつて、たった一人で戦乱の世に飛び込み、ありとあらゆる敵将の首を討ち取ったと言われる伝説の武将、『出鬆殺厨』が操ったと言われる秘奥義『播椅把娃邪摩唖』!
まさか、あの秘奥義を操ることが出来る人物がこの幻想郷にいたとは……!」
額に『大往生』と書いた慧音のよくわからない解説に、全員、無意味に納得。と言うか、誰もそれに反論する権利を持ち得ないのがこの解説の利点である。
「あの~……この場合、二位から四位までの順位はどうなるんでしょう?」
「うむ。それについては、一度も爆弾を背負わなかった永琳殿が二位、じゃんけんに負けはしたものの、その後、爆弾を背負っていないアリス殿が三位で、最下位が妹紅だ」
「なるほど」
めもめも、とメモ帳に記載する文。その間に、気絶している三人を、それぞれのチームのメンバーが回収していった。
「小町さん、さすがですよー!」
「これで勝負は振り出しに戻ったわけだなっ!」
「姐さん、この魂魄妖夢を、どうか弟子にぃっ!」
などという、実に心温まる風景もあったりしたのだが、それは横にのけておこう。
現在得点
主人公チーム:120点
ボスチーム:170点
従者チーム:150点
連合チーム:100点
「それでは、第四戦を始めよう」
ほぼ、全員がスタートラインに並び直したと言ってもいい状況の中、慧音が宣言する。
一歩抜き出たボスチームが有利かと思われるが、試合の結果如何では、どのチームにも優勝の可能性がある、まさに白熱したラストバトルの戦端が開こうとしていた。
「この勝負……意地でも負けられないわね」
ナイフを持ち、咲夜が敵対する全てのものを見据える。その視線は熱く激しく、いつもの沈着冷静なメイド長の姿はどこにもない。
「久方ぶりの実戦ですね……血が騒ぎます」
念入りに準備運動をしている映姫。一同の中で、最も戦闘力に劣ると思われるのだが、そこには些かの不安すら感じさせない何かがあった。
「ふぅ~……!」
一人、目を閉じ、精神統一をしている美鈴。現在、一番出遅れている連合チーム最後の選手として、同時にチームからの期待を一身に受け、この勝負、負けられないと思っているのだろう。
「この勝負……必ずや。皆さんのためにも!」
戦いの中、傷ついていった仲間達のために剣を取る妖夢。そこには普段の庭師としてのみょんな雰囲気はなかった。そこにあるのは、剣を手にする一人の武士(もののふ)の姿である。
「用意は出来たかしら?」
試合会場は、これまで競技が行われてきた会場をさらに大きくしたものだ。一辺が百メートルはあるだろう。加えて、地面からの高さが、およそ五メートル。周囲からの邪魔が入らないように配慮された代物である。
「勝負の内容は簡単。相手を倒せばそれで終わりよ」
「勝ち抜き弾幕格闘だからな。スペルカードを使わなければ、弾幕の使用もありだ」
慧音の言葉に、ぎらつく視線を見せる一同。
「では、これが最終戦となる! 各自、決して悔いの残らない戦いを!」
BGMが激しいものへと変わった。メルラン主導のそれを受け、嫌でも試合会場のボルテージは高まっていく。
周囲からの声援を受けながら、四人の猛者が前に出る。
「なお、試合会場には各種の武器を取りそろえさせてもらったわ。渡されたものが壊された、あるいは武器を使いたい人はそこから武器を取るように」
幽香からの最後のルール説明を受け。
「それではぁっ!
勝ち抜き弾幕格闘ぉぉぉぉぉっ! レディィィィィ・ゴォォォォォォッ!」
一体いつ装着したのか、つけていたアイパッチを外してマイク片手に小指を立てて、慧音が宣言する。同時に、鋭くゴングが鳴り響いた。
「勝負は……」
咲夜の視線が妖夢に向く。
「よってたかって一人を、というのは性に合わないわ」
「こちらも」
同じく刃物を武器とする二人が対峙する。
「あちらもそのつもりのようだし。事実上の予選会と行きましょう」
「ええ……お覚悟を!」
「それはこちらのセリフ」
未熟者に己の分を教えてあげる、とばかりに咲夜が斬りかかる。
「あちらも始まったようですね」
「ええ。映姫さん、手加減はしません」
「どうぞ、どこからでも。かつて、運動会のザナちゃんと言われた実力、お見せしましょう」
そもそも『勝ち抜き弾幕格闘』なんぞという種目がある運動会があるのか果てしなく疑問だが、とりあえず美鈴はツッコミを入れずに映姫へと襲いかかった。
「はぃぃぃやぁっ!」
鋭く踏み込んでの、貫くような横蹴り。映姫でなくとも、その一撃を受ければ確実に戦闘不能になるほどの一発を、彼女は後ろに小さく飛び、同時に手に構えた杓で蹴りを受け止める。
「なっ……!?」
「残念でしたね。その程度で、この四季映姫・ヤマザナドゥにダメージを負わせようなど、笑止千万!」
刹那、彼女の小柄な体が美鈴の懐に入り込み、右手が吸い込まれるようにその脇腹へと突き刺さる。もんどり打って吹っ飛び、激痛をこらえ、美鈴が立ち上がる。
「おや……今ので大丈夫なのですか。閻魔拳奥義、『刺突』を受けて平気とは……さすがですね。小町なら三日は寝込むのですが」
「……マジ?」
「……マジ」
あの一撃を食らったことがあるのか、顔を引きつらせる小町。一体どれほどの威力なのか想像したくもない。
「では、早く終わらせてしまいましょう。無駄な苦痛を与えることは、それこそ私のポリシーに反します」
「あまりバカにしないでくださいね……。私だって……!」
「あなたでは、私に勝てません!」
まさに一瞬。
踏み込みからの打・突・蹴を受けて、美鈴が再び膝を突く。そこへ、閻魔拳奥義の一つ『昇竜杓』を食らって、空へと吹き飛ばされる美鈴。
「なお、場外はそのままダウンを意味する」
慧音の一言を受けて、必死に会場の縁に手をかけ、しがみつき、何とか舞台の上へ。そんな彼女を、憐れみのこもった瞳で見つめながら、映姫はつぶやいた。
「さすがです……。やはり、あなたは色々と素晴らしい人材のようだ」
「……お褒めにあずかり光栄です」
「ですが、私も負けるわけにはいきません。『ザナちゃんがいたから勝てたよ』という、私の輝かしい歴史に泥を塗るわけには参りません!」
果たして輝かしいのかどうか、とことん疑問だが、それをツッコんでいられる余裕は、今の美鈴にはなかった。
「食らいなさい! 閻魔拳奥義っ! ヤマザナドゥゥゥゥゥ・ボンバァァァァァッ!」
叫びと同時に、未だ、足が止まったままの美鈴に鋭い一撃が打ち込まれる。
「とぁぁぁぁーっ!」
蹴り、連打、そして強烈な、下段から上段へと跳ね上げるような蹴りで美鈴の体が浮き上がる。
「エンマハァァァァァンドスマァァァァァッシュッ!!」
どごぉっ、という鈍い音が響いた。アリスやフラン、橙と言ったもの達が目を閉じ、耳を思わず塞ぐほどの一撃は、強烈な爆裂をともなって美鈴に大ダメージを与える。
「ぐっ……ぐぅっ……!」
しかし、それでも美鈴はダウンしなかった。直撃の瞬間に、気を使ってバリアでも形成したのだろうか。腹部を押さえながら、ゆっくり、ゆっくり、ふらつきながら起きあがる。
「ま……まだっ……!」
「……くっ! これでもダメなのですか……!」
映姫は、驚愕と同時に畏怖を抱く。この奥義を放った際、小町が一ヶ月近く寝込んでしまったために封印してきた禁忌だったのだ。それなのに、美鈴は立った。今、目の前にいる女は確実にしとめておかなければ危険。倒さなくてはいけない相手。ここで必ず、撃破!
「ならば……!」
片手に持っていた杓をさらに増やし、両手でそれを構える。
「これで……!」
杓を二つ、つなぎ合わせ、さながら鋭い槍か棒のように振り回し、叫ぶ。
「天よ地よ火よ水よ、我に力を与えたまえ……!」
その叫びを聞いて、小町が思わず声を上げる。
「まずいっ! 美鈴、逃げろーっ! いくらあんたでも、四季さまのそれを食らったら……!」
だが――!
「とぁぁぁぁぁぁっ!」
一歩、遅かった。
鋭く回転しながら繰り出される連続での杓の攻撃は、もはや見切ることすら出来ない。なすすべなく、映姫のなすがままに攻撃を受け、美鈴の体がずたずたになっていく。
「はぁっ!」
とどめの一撃、と言わんばかりの鋭い蹴り。
「運命両断杓っ!」
追いすがり、杓を突き刺し、
「ツインエンマァァァァァァァァッ!!」
雷鳴の如く猛る、上下の連続攻撃。
見事にそれがヒットし、ついに、美鈴が大きく吹き飛ばされ、試合会場へと沈んだ。
「これぞ……全ての罪を裁く一撃なりっ! 成敗っ!!」
何やらかっこいいエフェクト共に宣言する映姫の言葉通り、美鈴は起きあがってこなかった。
「な……なんて強さ……!」
「あんなの反則だぜ……! 四季映姫・ヤマザナドゥ……奴は何者なんだ!?」
レミリアすら恐れおののき、魔理沙が声に隠しきれない恐怖をにじませる。
ぴくりとも動かない美鈴へと、試合の撮影をしていた文が近づいていく。彼女は、この勝ち抜き弾幕格闘においてはレフェリーのような役目も背負っているのである。
ダウンを確認し、美鈴の敗北を宣言しようとした――まさにその時!
「なっ……!?」
おぉぉぉぉーっ! と、会場全部から喚声が響き渡った。
全身に無視できない傷を負いながら、美鈴が立ち上がったのだ。鋭く光る両の瞳が映姫を見据える。その背後に立ち上る金色のオーラに、思わず、彼女が足を引く。
「ようやく……エンジンがかかってきました……!」
ふらつく足で立ち上がり、
「ですが、私の力では、どうやら映姫さんに丸腰で挑むのは厳しいものがあるようですね……!」
そうつぶやくと、「無茶しないでください」とタオルを投げようとする文を制止し、静かに武器を取る。
「何も……素手だけが拳法ではないことを教えて差し上げます……! この、我が奥義の一つでっ!」
構えたのは一本の棍だ。それだけで、今の『運命両断杓ツインエンマ』に立ち向かうというのだろうか。観客からは『もうやめて』という悲鳴すら上がっている。しかし、美鈴は一歩も引かなかった。立ち上るオーラは、その圧力を増すことはあっても萎えることはない。じりっ、と映姫が足を後ろに下げる。
「こんな……! この私が気圧されている……! こんな圧倒的なプレッシャーを与えてくるとは……!」
映姫の頬に、汗が一筋。
相手から発せられる、正体不明の気迫を前に足が出ず、映姫が攻めあぐね、美鈴がじりじりと距離を詰める。相手が持つ棍の射程に入ればまずいと思ったのか、映姫はそのたびに後ろに下がる。だが、舞台の後ろは青空だ。もう下がれないところまで足を引いてしまい、映姫は舌打ちした。
「いいでしょう……運動会のザナちゃんの力、改めて見せてあげましょう!」
再び、ツインエンマの構えに入る映姫。
一瞬の間の接近。その素早さは、あの文にすら目を見張らせるほどだ。現に、これほどの速度で突進されたら、指が追いつかず、あらゆるプレイヤーが撃墜されるだろうと言うことは目に見えている。
しかし、美鈴は違う。彼女は――!
「奥義っ!」
右足を軸にし、棍を両手で保持しながら大回転! さながらコマのように鋭く回る彼女の攻撃半径に、映姫の足が止まらず、突き進んでしまう。
「何ぃっ!?」
突き出した杓が弾き飛ばされ、その勢いは一切損なわれず、美鈴の構えた棍が映姫の脇腹を直撃した。小柄故に筋肉もついておらず、おまけに体重も軽いため、面白いくらいに映姫の体は宙を飛び、舞台へと叩きつけられる。
「ぐっ……い、今のは……まさか……!」
うめき、起きあがる映姫。
「今の技は……一体……!?」
「ああ……あれこそ、まさに『牡胡鷲柘須舳寫婁』!」
「ま、まさか……それは……!」
「かつて、お互いの全てをかけた戦において、自らの大将を守るため、武器を手に取り、獅子奮迅の戦いでもってありとあらゆる敵を撃破した武将、『護騨蔚素諏鵡』の奥義……!
接近してくる全てのものを、自らの体を軸とした棍の回転で弾き飛ばす、無敵の奥義だ。それを手にした彼の実力は、まさに一騎当千。故に、彼と相対するものは、必ず、相手が武器を手に出来ないように棍を見るなり場外へと投げ捨てた……それ以外に防ぐ方法がなかったと言われる、幻の技だっ!」
ドォォォォォォーンッ!! という強烈なエフェクトと共に慧音の解説が炸裂する。一体どんな状況下において使われた奥義なのか、いまいち判然としないが、あの様子を見る限りでは、まさに『奥義』と言うにふさわしい攻撃であるのは間違いないだろう。
「我が奥義を打ち破ることが出来たものはいません! さあ、映姫さん、ギブアップしてください!」
「そういうわけにはいきません! この、運動会のザナちゃんが、決して負けることなどあってはならないのです!
そして、敵を前にして後ろに引くことなど言語道断! さあ、次で勝負を決めますっ!」
倒れても、彼女は負けなかった。
映姫が美鈴に向かって走る。だが、勝敗は明らかである。美鈴の奥義、『牡胡鷲柘須舳寫婁』の前には彼女の奥義は通用しない。故に、何か物理的な攻撃か弾幕でそれを止めるしか出来ないのだが、完全なグレイズ属性がついた美鈴の奥義に弾幕は通用せず、結局、体でどうにかするしかない。
しかし――、
「ぃやぁぁぁぁぁっ!」
裂帛の気合いと共に、牡胡鷲柘須舳寫婁で動きを止められた映姫の体めがけて棍が突き出された。その一撃は鋭く映姫の体をえぐり、そのまま、場外へとはじき出す。
「四季さまぁーっ!」
落下してくる映姫の足下へ小町が駆け寄り、見事にキャッチ。彼女の腕の中で、映姫は気を失っていた。だが、口許にはかすかな笑み。まるで、『強い相手と戦えてよかった……』と言っているかのようだった。
「はぁぁぁぁ……! 破ぁっ!」
闘気を払い、美鈴が吼える――。
予選(仮)ラウンド
勝者:美鈴
「せいっ!」
振り下ろされる剣が宙を切り裂き、空を薙ぐ。その鋭い一撃を、咲夜は後ろに一歩下がる程度の小さな動きでよけ、右手に持ったナイフを逆手に構えると、そのまま真下から跳ね上げるように振り上げる。それを、妖夢は左手に抜いた短剣で受け止め、両者の間合いが離れた。
「さすがね。伊達に剣を構えてはいないということ」
体の割りには力もあり、素早さもある。体力も充分で、二本の長ものを振り回している割りには、今のところ、彼女に体力の低下は見られない。対する咲夜は、ナイフというリーチの短い得物を構え、どうするか、攻め方を考えているようだった。
牽制とばかりにナイフを投擲。それを妖夢は軽々とよけ、爆発的な踏み込みで咲夜の懐へと駆け、鋭く長剣を突き出す。岩すら貫くような一撃を、咲夜はよける。メイド服の布地をかすめ、剣は彼女の後ろへと駆け抜けていく。
「本来の得物と違うものを持っているというのにね」
「たとえいかなるものであろうとも、この魂魄妖夢、剣を扱うことに関してなら負けはしない!」
「面白い……」
咲夜の口許に、小さな笑み。
わずかな間合いを置いて、彼女は走った。
地面を這うように会場を駆け抜け、まさしく地面すれすれからナイフを振り上げる。それを妖夢が、上から長剣で出迎える。体格差を考えても、上下の勢いの差から考えれば咲夜が打ち負けるであろうことは目に見えている。
だが、そこで咲夜が戦法を変えた。
逆手に持ったナイフのつばで、一瞬、妖夢の剣を受け止める。相手と刃をあわせず、その表面を滑るようにして受け止めたのだ。そして、刹那の瞬間、妖夢の動きが止まる。それを見逃さず、彼女は剣の軌道から身をかわし、手にしていたナイフを落とした。妖夢の体が勢いのままに流れていく。
「はっ!」
鋭い膝蹴りが妖夢のみぞおちを貫く。しかし、それで彼女がダウンするはずもなく、剣を落とすことすらなく後ろへ下がると、わずかに腹部を押さえて呻く。
「受け止められない攻撃なら、軽く攻撃の軌道を逸らしてやるだけ」
「その通り……さすがですね。戦闘巧者の肩書きは伊達ではないと言うことか……」
力がないものの戦い方は熟知しているわ、と言わんばかりに、新たに手の中にナイフを生み出し、咲夜が笑う。妖夢は、今度は戦い方を変えるのか、今まで振り回していた長剣を鞘に収めると、左手に持った短剣だけで攻撃を仕掛けてきた。
全身を使って、回転とバネを利用した連続攻撃は、見た感じでは咲夜の物まねである。故に、咲夜もそれを軽々とさばくのだが、そこに妖夢の作戦があった。
「見えた!」
咲夜のナイフが妖夢の剣とかち合い、弾かれる。そこで咲夜は回避行動に出るのだが、その瞬間、確実に胴体ががら空きになる。凄まじい洞察力と動体視力でそれを見て取った妖夢は、刹那の間に短剣の柄を腰から引き抜くと、それを右手に持って、左手で振るった剣の勢いを載せて咲夜の腹部へと叩きつける。
「ちっ……!」
折しも、肝臓部分にそれが直撃した。息の詰まるような攻撃に、咲夜の顔が苦痛に染まる。普通ならそこでダウンするところだが、回避行動に移っていたのが幸いしたのだろう。幾分、威力が減殺されていたため、一撃必殺というわけにはいかなかったようだ。
だが、それでも無視出来ないダメージを刻まれ、彼女もまた、足をふらつかせながら後ろへと。
「あなたの実力……高く買うわ。どう? 紅魔館のメイド部隊に入らない?」
「お断りします。私の居場所は、いつまでも、ここ、白玉楼と幽々子様のおそばです」
「そう……ふられちゃったようね」
ならば、と。
彼女の目つきが、再び鋭くなる。
「お互い、次で決戦と行きましょう?」
「ええ……望むところです」
再び長剣を引き抜き、両手に剣を構えての二刀流で妖夢が襲いかかった。
今度は、体をコンパクトに使い、左手の短剣で咲夜の動きを制限しながら、右手の長剣で一撃を加えてくる。いくら刃を潰してあるとはいえ、どちらも、食らえば人間の体なら大けがは免れない。故に咲夜はそれを必死で回避しながら、時折、反撃を繰り出していく。
しかし、今度は確実に妖夢の方に勢いがあった。元より、攻める方と受ける方、どちらに攻撃の威力があるかと言えば、圧倒的に前者である。
手にしたナイフを叩き落とされ、あるいは弾かれ、咲夜が劣勢になっていく。その凄まじい戦いをぱしゃぱしゃと撮影していた天狗が、たまたま、妖夢の放った剣の颶風に巻き込まれて飛ばされていったが、それほどの威力を維持しながらも、妖夢は咲夜の動きを警戒することを忘れない。相手は何を仕掛けてくるかわからないのだ。だから、こちらが圧倒的優勢であるからと言って、気を抜けば、それこそ一瞬で勝負が覆されるだろう。
「ならば!」
彼女の足が爆音を立てる。
舞台を形成する石畳を踏み抜かんばかりに強く地面を叩き、前に出た妖夢の一撃が咲夜の顔のすぐ近くをかすめていった。それでも、剣のまとう凄まじい気迫が咲夜のダメージとなったのか、彼女は顔をしかめて後ろに下がる。
そのまま、妖夢の真横に回り込もうと、咲夜が地面を蹴った。
「させる……!」
振り向き――、
「っ!?」
妖夢が目を見張った。
眼前に、ナイフが迫っていた。ぎりぎりでそれを回避し、しかし、バランスを崩してたたらを踏む。
「くっ……!?」
咲夜が手にしているのは、たった一本のナイフのみ。それなのに、今、どこからナイフを投げてきたのか、皆目見当もつかなかった。
「何を……!」
声を上げるが、次の瞬間。
「わっ!?」
今度は妖夢の右側面からナイフが襲いかかってきた。
バカな! 彼女は困惑する。
スペルカードの使用は禁止されている。咲夜が、いかに勝つためとはいえ、こういった場でルールを破ることは考えられなかった。しかし、これはどう考えても、彼女の時間操作能力に伴う、あらぬ方向からのナイフ攻撃である。過去、これで苦戦させられたことがあるため、その特性については理解しているつもりだった。
「どうやって……!」
次から次へと、ナイフが妖夢の体をかすめていく。
困惑が最高潮に達した瞬間、彼女の足がもつれた。その瞬間を見逃さず、咲夜の鋭い右横蹴りが妖夢のあごを捉えた。がつんっ、という鈍い音と共に、ゆっくりと、妖夢の体が仰向けに倒れていく。
「こ……んな……!」
「何ですって……!?」
しかし、妖夢は倒れなかった。
ふらつきながらもぐっと踏ん張り、右手の剣を杖代わりに地面を踏みしめる。荒い息を吐き、鋭い視線で咲夜をにらみつけ、彼女はその場に立っていた。
「……バカな」
普通、あんな攻撃を受ければ、まず、人間の意識は保っていることは出来ない。よしんば耐えても脳しんとうを起こし、まともに立つことすら出来なくなるはずだ。
それなのに、妖夢は、決して咲夜を視界から外さず、にらみ据えている。凄まじい闘気だった。まさに一介の剣士として、何としても負けるわけにはいかないと、そう誓っているのだろう。
「こんな事で……!」
「さすがね……魂魄妖夢。
でも、残念だけれど、あなたの負けよ」
咲夜の小さな言葉と共に、新たなナイフが妖夢の額を捉えた。それが決め手となったのか、ゆっくりと、妖夢が膝を落とす。
――その時、初めて彼女は気づく。
「なる……ほど……。そう言う戦い方も……ありですか……」
地面に落ちたナイフ達。
それらが、咲夜が投げた、あるいは互いに干渉を受けたナイフのぶつかり合いによって、空中を飛び交う瞬間を、彼女は見たのだ。
「勢いは、それほどないけれど、目くらまし程度には使えるでしょう?」
「これを見越して……私に攻撃を仕掛けていた……と?」
「言った通り、力のないものの戦い方は熟知しているわ」
「……お見事」
前のめりに倒れ、ダウンする妖夢。
剣を持ったものは、決して仰向けには倒れない。それを意地でも貫き通した、一人の少女剣士に、咲夜はこの時、最大限の敬意を表したという――。
予選(仮)ラウンド
勝者:咲夜
妖夢が文によって場外へと運び出され、ついに試合会場には二人の猛者が残るのみとなった。
「久方ぶりの勝負といったところかしら」
「ええ……お互い、満身創痍のようですが、それでも私は負けられません」
「同じく」
奥義『牡胡鷲柘須舳寫婁』を持つ美鈴か、それとも、ナイフを我が身のように扱う咲夜か。
どちらが勝ってもおかしくない試合の火ぶたが切って落とされる――その瞬間、美鈴が、手にしていた棍を床へと落とし、それを場外へと蹴り出した。
「あら、手加減してくれるの?」
「いいえ。相手にあわせて操る武器を変えるのも、また、私の信条です」
「下らない仏心を出せば、それ相応の報いがあると言うこと――それを知りなさい、美鈴!」
両手に構えたナイフを武器に、咲夜が美鈴へと迫る。振り下ろされるそれを、彼女は紙一重でよけた。よけきれなかった髪の何本かが斬られて宙を舞う。接近状態になったことで、美鈴がすかさず反撃に出る。繰り出される、凄まじい破壊力の鉄拳を、咲夜はぎりぎりで回避。その一撃は頬をかすめたが、それほど小さな動きで攻撃を回避することに終始しなければ、彼女自身、勝てないとわかっているのだろう。
なおも咲夜と美鈴の間合いが縮まる。繰り出される、咲夜の蹴りが美鈴に襲いかかる。彼女はそれを左手で受け止め、相手の勢いを生かして後ろへと飛んだ。
咲夜が手にしたナイフを振るう。空を切り裂き、飛んでくるそれを、美鈴は一歩も動かず、
「破っ!」
放たれる、強烈な気合いだけで撃墜した。空中で何かの壁に当たったかのように、次々にナイフが地面へと落ちていく。
「くっ……!」
その気合いの衝撃波が、威力と勢いを衰えさせないまま、咲夜の体を叩く。滝の勢いを受けたかのような、猛烈な破壊力だった。彼女の足が、衝撃を受け流すために後ろに下がる。
しかし、そこに追撃が入る。
「轟!」
激烈と言っても過言ではない爆風が、咲夜を吹き飛ばす。
無論、これは風ではない。美鈴の腕から放たれた、気の衝撃波だ。たまらず、咲夜がダウン。そこへ、美鈴がさらに追い打ちをかける。
「りゃあぁぁぁぁぁっ!」
気合いを吐き出し、飛び上がった彼女の足が、一撃で舞台の石畳を木っ端微塵に打ち砕く。巻き上がる建材が彼女の姿を、確実に咲夜の視界から覆い隠した。
立ち上がり、迎撃に備える咲夜。しかし、彼女の反射速度を上回る速度で、美鈴が建材の中から飛び出し、左手を咲夜の胸に突き当てる。どすん、という、殴ったという単語を想像させることの出来ない重たい音。
「ぐっ……げほっ……!」
咲夜が胸を押さえ、激しく咳き込んだ。あまりのダメージのためか、動くこともままならないらしい。
「つ……つええ……」
「嘘……あれ、三面ボス……? マジで……?」
魔理沙と霊夢が戦慄するほど、美鈴の実力は圧倒的。誰が、あの情けない門番っぷりを、今の美鈴から想像するだろうか。
「悔しいのだけど、事、格闘技に関してなら、彼女は紅魔館でもトップクラスじゃないかしら」
「じゃ、じゃあ、萃夢想の時は手加減していたとでもいうのか!?」
「バランス調整よ」
よくわからないことをしたり顔で言うレミリア。その表情には、今、畏れの色がある。自分の力に絶対の自信を持っている彼女が、今、美鈴を前に畏怖を覚えているのだ。
「ふ……ふふっ……さすがよ、美鈴……。
だけど……ね。私だって……!」
最後の力を振り絞り、咲夜が立ち上がる。
「負けられない!」
ナイフを上空へ放り投げ、さらには足下に落としたそれを美鈴に向かって蹴りつけ、自身もまた、二本のそれを持って走る。
美鈴の頭上から、放たれたナイフが鋭く降り注ぐ。上下から飛び来るナイフの群れを、しかし、美鈴は全く恐れない。
「破ぁぁぁぁ……!」
その攻撃を、彼女はよけない。よけずとも、ナイフのほとんどが威嚇であることがわかっているのだ。それで動きを制限し、確実に、咲夜の持つ二本の本命が相手にとどめを刺すためのものであると。
だから、彼女の視線は咲夜の動きに固定される。
変幻自在のトリッキーなステップで、美鈴を翻弄するかのように左右に揺れ動き、直後、目にもとまらぬ速度で前方へと突っ込んでくる。さながら、彼女が分身したように見える動きだった。
だが――、
「捉えたぁぁぁぁぁっ!」
咲夜のナイフをかいぐくり、美鈴が初めて前に出る。
ずしん、という凄まじい音が響き渡る。
「砕っ!」
弓のように引き絞られた右腕が、咲夜の胴体へと吸い込まれる。力も流れも勢いも、全てを殺さないままに放たれた一撃は、見事に彼女へとクリーンヒットした。直後に響く爆音が、その威力のすさまじさを物語る。
吹っ飛ばされた咲夜は、受け身を取ることもできず、舞台へと叩きつけられ――、
「ああっ!」
そのまま、場外へ転がり落ちる。文が慌てて受け止めようとするのだが、わずかに遅い。その下で観戦していたもの達が、「彼女を受け止めるのよ!」と声を上げる。
だが、直後、美鈴もまた舞台から飛び降り、空中で見事に咲夜をキャッチすると、鋭く体を振って、足から大地へと着地した。まさに、『傷ついたヒロインを助けるヒーロー』を地でいくその姿に、周囲から拍手が惜しみなく浴びせられる。
「うーむ。勝者が残らない戦いになってしまったが――」
「まぁ、言う必要もないでしょう」
「うむ。
勝ち抜き弾幕格闘、これにて終戦とする! 勝者、連合チーム、紅美鈴っ!」
慧音の鶴の一声と共に拍手がわき上がった。それを受けながら、美鈴は、そっと「咲夜さん、ごめんなさい」とその耳元につぶやいたのだった。
「で、結果発表だが――」
慧音が、手にした順位表を見ながら、一同を睥睨する。
そこには、勝ち抜き弾幕格闘で負傷したものを除く面々が集まっている。彼女たちの視線を受けながら、こほん、と一つ咳払い。
「まず、優勝からいこう」
「優勝は……」
だららららららららら、というドラムロール。たっぷりとじらしたその後で、幽香が宣言する。
「連合チーム! 獲得ポイント、三百点!」
「……へ?」
やったーっ! とフランドールと橙が飛び上がる。妹紅が、やれやれ、と言わんばかりに笑い――霊夢が首をかしげた。
「ち、ちょっと待ってよ。連合チームって、確か、第三戦まで百点……」
「うむ、そうだが?」
「最高得点は百点でしょ? なのに、何で……」
「この勝ち抜き弾幕格闘は、少々、ポイントが特殊でな。
優勝チームの得点が三倍、準優勝チームが二倍、そしてそれ以外が得点なしなんだ」
「……って……」
「ことは……」
「一位が連合チーム、三百点。続いて、主人公チームの二百四十点。次にボスチームの百七十点があって、最後が従者チームの百五十点ってこと」
幽香の、実にわかりやすい解説には、霊夢も口を挟むことが出来なかったらしい。
賞金なしかー、とどこか清々しくそれを諦め、上げていた腰を下ろす。
「では、優勝賞品の授与を行う。妹紅、前に出ろ」
「はいはい」
「やったやったー! ゆーしょーゆーしょー!」
「勝ったねー」
優勝の意味を、絶対に理解してないと思われるフランドールと橙が嬉しそうにはね回る中、妹紅の手に、慧音から優勝賞品として賞金が渡される。その中身はどれほどの額なのかはわからないが、それでも霊夢は変な行動を起こすことはなかった。
「今回のイベント、結構まともじゃん」
そういう結論が、彼女の中にあったからなのだろう。
スポーツというのは、かくも、人の心に清々しいものを与えてくれるものなのだ。
「それではぁ、みんなのぉ、お腹もぉ、適度に減ってきたところでぇ」
幽々子が立ち上がり、ばっ、と奥義を翻す。
「お待ちかねのぉ、ご飯タイムよぉ!」
待ってましたー! と一同が手を叩く。
そして、舞台は、にぎやかな宴会へと突入していくのだった。
「咲夜さん、お怪我は大丈夫ですか?」
「あら、美鈴。
……全く、手加減してよね」
あいたたた、と辛そうに笑いながら、咲夜が布団の上に体を起こす。
外からは、にぎやかな宴会の声が聞こえていた。その騒ぎを聞きつけてやってきた萃香が――居場所が掴めなかったので、妖夢が招待状を渡せなかったのだ――『飲み比べしよー!』と酒飲みパーティーを別個に始めてしまったため、凄まじいらんちき騒ぎになっているのである。
歌う奴、踊る奴、中には脱ぐ奴もいたりして収拾がつかなくなっている。そんな中を、妖夢や藍などといったもの達が、甲斐甲斐しく給仕をしたりして、宴会が始まってから、すでに三時間。
「ごめんなさい。やっぱり、ああ言う場で手加減するのは失礼だと思って……」
「その通りなんだけどね。
にしても、さすがに痛かったわよ。最後のは」
それはわかってます、としゅんとなる美鈴。あの後、咲夜の手当をした永琳に『やりすぎよ』とこっぴどくしかられたのである。
それで、今に至るまで、咲夜は布団の上に横にならざるをえなかったというわけだ。
「あの……立てますか?」
「ん、もう大丈夫」
包帯が少し痛々しいが、彼女は微笑んでメイド服に袖を通すと、美鈴の介添えを借りて立ち上がる。
「ああ、お腹が空いたわ」
「はい。私もお料理には参加しました。一杯食べてくださいね」
「もちろん」
よかった、と微笑む美鈴。
そんな彼女に、そっと、咲夜はつぶやく。
「……次、負けないからね」
「もちろんです。私だって」
「ほんと、格闘技なら強いんだから。もっともっと弾幕バトルも強ければよかったのにね」
「それを言わないでくださいよ……もう」
少しだけ照れくさそうに笑う美鈴のほっぺたをつまんで、咲夜が声を上げて笑った。
「おっ、ようやく主役がそろったぜー」
「咲夜ー、こっち来なさいなー。お酒が美味しいわよー」
「美鈴さーん、おかわりー」
宴会会場は大にぎわい。収拾がつかないくらいにまでやかましい状態になっていた。そんな中、咲夜は『また後でね』と美鈴を送り出してレミリアの元へ。美鈴は、『続きはまた今度』と優しくささやいて、大皿に料理を載せてやってきた妖夢と入れ違いに屋敷の中へと歩いていく。
「次こそは負けられません。そうですね、小町」
「そうですねぇ。っつか、四季さま。技の練習台に、あたいを使うの、やめてくださいね?」
「巻きわらでは感覚が掴めないのですよ」
「……」
奥義を二つも美鈴に破られたことを根に持っているのか、ふっふっふ、と笑う映姫。当分、小町の災難は続きそうである。
「本当に、パチェも来ればよかったのに」
「そうですわね」
「さくやー、じゅーすー」
「はい、ただいま」
美鈴もこっちにいらっしゃーい、と料理を持ってやってきた美鈴へと、レミリアが声をかける。そういうわけにも、と遠慮がちに微笑む美鈴と、咲夜にジュースをもらってにこにこ笑顔のフランドール。そんな彼女たちを見て、やれやれ、と咲夜も笑う。
「ねぇ、紫さま」
「何かしら」
「橙も、今度はもっと頑張って、藍さまと一緒に優勝するね」
「ええ、頑張りなさい。今度は私も参加しようかしら。
どう? 藍」
「え? 何ですか?」
「何でもないわ」
八雲一家も、今日は平和だ。橙が、ぱくぱくと料理を頬張り、「次は頑張る!」と紫に語って聞かせる姿は実に微笑ましい。そんな彼女たちに首をかしげ、藍が屋敷の奥へと引っ込んでいく。
「あの、師匠。一ついいですか?」
「あら、なぁに?」
「……何で私のぱんつ返してくれないんですか?」
「あらあら」
「いや、あらあら、じゃなくて……」
「いい? 因幡。しっかり、この黒を……」
「アイ・マム!」
「って、何するつもりよてゐぃぃぃぃっ!」
「お前ら、ほんとにぎやかだな。酒くらい黙って飲めないのかよ」
「なぁに、酒というのは騒がしく飲むものだ」
「慧音まで……ったく」
無意味にやかましい永遠亭組。当然、鈴仙はいぢられ役で、誰もそれを止めようとせず、むしろ囃し立てるのが関の山。あらあら笑っている約一名が、とにかく印象的な風景だ。
「次こそは優勝したいぜ。なぁ、霊夢」
「んあ? 何か言った?」
「霊夢……少し、落ち着いて食べたら?」
「全くね。料理というものをまるで理解してないわ。無粋ですこと」
「うっさーいだまれー」
こちらは、それなりににぎやかな霊夢に魔理沙、アリス、幽香の混成組。霊夢が次から次へと料理を平らげ、次から次へと新しい料理が運ばれてくる。そんな彼女を笑いながら、幽香が酒をたしなみ、魔理沙とアリスは「野球拳勝負だぜ!」と怪しいゲームを始めている。
「ねぇ、妖夢ぅ」
「は、はい。何ですか? 幽々子様」
「大成功だったわねぇ」
「……まぁ、否定はしません」
一人、酒をたしなむ西行寺家当主の言葉に、その従者は笑顔で返す。こういう忙しさなら、いつでも歓迎ですよ、という笑みだった。もちろん、それが後ほど、容赦のない幽々子のわがままを生むことになるのだが――。
「当面は、それはまた別の話かしらねぇ」
プリズムリバー達の演奏が、そして、にぎやかな宴会の声が響き渡る中。
咲かない西行妖の傍らで、いつまでも、にぎやかな花が咲き続けていたのだった。
「いないわよだから帰れ」
「今、私の目の前にいる紅白の巫女は誰でしょうか?」
「幻。ほら、幻想郷って言うじゃん」
さっさっ、とほうきをかけながらそんなことを言う彼女に、やってきた銀髪おかっぱ娘――妖夢はしばし沈黙した。
沈黙が続く。夜よりもなお静かなその沈黙の中、ぽつりと、妖夢はつぶやく。
「現実逃避するの、もうやめましょうよ……」
「うっさいこんちくしょー」
さすがにその決め技には耐えられなかったのか、他人のふりを装っていた彼女――霊夢は、泣きながら陰陽玉放り投げたのだった。
「あ、どうも……」
「言っておくけど、出がらしだからね」
「ええ、まぁ、それは重々承知しています」
「……その言葉に、ものすごく腹立つものを覚えるわ」
結局、あの後、妖夢を招き入れることになり、彼女と一緒に卓を囲みながらのお茶となった。出されるものの中身は決まっているため、あえて妖夢も、彼女の客に対するもてなし方については何も言わない。お茶が出てくるだけまだマシなのだ。
ずー、とそれを一口してから、
「それで、あの、これが幽々子様からの書状なのですが」
「白やぎさんに食べさせていい?」
「お気持ちはすごくよくわかります。でも、受け取ってもらわないと、私があの方に何をされるか……」
「……あんた、ほんと、多難な人生歩んでるのね」
「……わかります?」
本当に苦労の連続なんですよ、としくしく涙する妖夢。そんな彼女について思うところがあるのか、強く生きるのよ、と霊夢は彼女の肩を叩いて慰めて、差し出された書状の中身に目をやる。
「……西行妖記念祭……ねぇ」
「蓬莱祭、紅魔祭と続いて、次はうちだー、って……」
「気持ちはわからんでもないけど……参加したくないなぁ」
過去、どっちもろくな目に遭わなかったため、その日々を思い出すと涙が出てくる。あの後、幻想郷の存在意義を尋ねに全国行脚の旅に出ようとして魔理沙に止められたものだ。そもそも、結界守の仕事放り出そうとしたのだから当たり前かもしれないが。
「そんで……なになに?」
「何か、皆さんで集まって、お酒とお食事を、っていうのがコンセプトのパーティーみたいです」
「……まぁ、結構普通ね」
少なくとも、魔法少女乱舞祭りよりは、とつぶやく霊夢。
「でも、それだけじゃ終わらないわよね?」
何せ、主催者が幽々子だ。あの、幻想郷トラブルメーカーランキングで常に上位キープの輩が、ただ集まってご飯を食べましょう、なんてことを言い出すはずがない。可能性としてはなくもないのだが、その確率は米粒よりも小さいのは間違いなかった。
「まぁ……多分……」
「多分、って……」
「今のところ、私にもわからなくて。教えてくれないんですよ、幽々子様が」
「また何を企んでるのやら……」
「一応、書状は、ここの他にも魔理沙さんの所とか、紅魔館、永遠亭、あと、映姫さんの所にも出しに行け、って」
「ふぅん……」
また、厄介な連中が集まるものだ、と思いつつも、自分の知り合いにはそもそもまともな連中の方が少ないことを思い出して、霊夢は目頭押さえた。
「……まぁ、わかったわ。あんたに免じて、ちゃんと参加しに行く。その代わり、美味しいご飯、お願いね」
「はい。
それじゃ、私はこの辺でおいとまさせてもらいます。まだ、あちこち回らないといけないから」
「頑張ってね。何なら、漬け物持ってく?」
「いえ、霊夢さんの貴重なカロリーを横取りするほど、私もまだ鬼畜外道に堕ちてはいません」
「ケンカ売っとんのかおのれは」
「そ、それではこれでっ!」
半分以上、キレ気味の霊夢の言葉に恐れをなしたのか、顔を青くして妖夢が空の彼方に飛んでいく。
彼女を見送り、霊夢は小さくため息をついた。そして、改めて手元の書状にじっくりと視線をやって――そしてつぶやく。
「今度こそ、まともなお祭りでありますように」
それは、巫女が、初めて心から願った願い事だったかもしれない。
そして、案外あっさりとお祭り当日はやってきた。
いつものように冥界への入り口を生きたまま飛び越えるという、ある意味では暴挙を侵しながらやってくるのは白玉楼。どこまでも続いているかのように見える平坦な世界を飛んでいけば、視界の彼方で『お祭りへようこそ ばい幽々子』なんて横断幕がはたはたと踊っているのが見えた。妙に達筆だったので、恐らく妖夢に書かせたんだろうな、と思いながら霊夢はその間をくぐって降りていく。
「ずいぶん集まってるのね」
「お前が遅いんだよ、霊夢」
「うっさいなぁ。今までが今までなんだから警戒するのが当たり前でしょうが」
「そうよね、霊夢! 私、間違ってないよね!」
「間違ってない、あんたは間違ってないわよ、アリス!」
「……何かお前ら、妙な友情が芽生えてないか?」
がしっ、と肩を組み、だー、と無意味な涙流しながら確認する二人の友情――というか、切ない現実のいとま。
それを理解できない魔理沙は、やれやれだぜ、と肩をすくめてみせた。
さて、その場に集まったのは、いつものメンツである。妖夢が書状を届けた全員が、ここに集まっているのだろうと言うことはわかる。普段は家の中にこもっていて出てこないものまでいる辺り、やっぱり今回の祭りも一筋縄ではいかないのだろうな、と予想することが出来た。
会場として指定されたのは、幽々子と妖夢が使っている広い屋敷である。今はまだ、当主が出てきていないためか、招待されたもの達は中庭に集まって騒いでいる状態だ。ただ、よく見れば、何名かは姿が見えなかったりする。
「皆さぁん、ようこそぉ」
その時、ゆ~ったりの~んびりと、間延びしたセリフを紡ぎながら、西行寺家の当主が現れる。
「本日はぁ、このぉ、白玉楼主催ぃ、西行妖記念祭にぃ、集まっていただけてぇ、とぉってもぉ、感謝してるわぁ」
「えーい、妖夢だ、妖夢を出せー! お前のまったりした話し方はいらいらするんだよっ!」
魔理沙がいきなり叫ぶ。その気持ち、わからんでもなかった。
「まあまあぁ、そんなにぃ、慌てないでぇ」
「もらえる何とかはもうけが少ないって言うわよね」
「言うわねぇ」
そうは言うのだが、やはり幽々子のまったり具合に関しては、魔理沙の言い分が正しいのも否定できない。
縁側に現れた幽々子は、何が楽しいのか、『うふふふぅ』なんて笑いながら、ばっ、と扇を広げてみせた。
「ではぁ、本日のぉ、パーティに入る前にぃ」
「何かやんの?」
「いつでもぉ、空腹はぁ、最高のぉ、スパイスって言うでしょぉ。
だからぁ、西行妖記念としてぇ、面白い余興を考えたのよぉ」
題してぇ、と霊夢の問いに、その扇で自分の背中側をびしっと示す。すると、その演出のためなのか、隠れていた妖夢が苦労しながら何かを引っ張り出してきて、頭上へと掲げた。
そこには、このように書かれている。
「『西行妖記念白玉楼大運動会』……」
「そういうわけでぇ、みんなでぇ、いっぱいぃ、運動してぇ、汗を流してぇ、お腹を減らすわよぉ」
「あんた汗かかないでしょうが」
霊夢のキレのいいツッコミなど何のその。元からこちらの言うことなどに聞く耳持たないタイプの奴であることはわかっていたが、しかしこうまで軽々とスルーされるとやるせないものがあるらしい。何よ、とぶつくさつぶやく霊夢を尻目に、ようやく、妖夢が前に出てきた。
「えっと、ルールは簡単。複数の競技で、皆さんで互いに競い合い、最も高い得点を得たチームが優勝です」
「優勝すると何があるんだ?」
「特に何もありませんけど、幽々子様から賞金のプレゼントが」
「ほう」
賞金、の一言に霊夢の瞳の色が変わる。魔理沙が『よけいなことを言わなきゃよかった』と早くも後悔しているようだった。
「え、えっと、競技種目は、以下の四つです。
一つ、クロスカントリー。二つ、格闘パン食い。三つ、爆弾鬼ごっこ。四つ、勝ち抜き弾幕格闘。以上です」
「……えーっと……」
「ねぇ、魔理沙……私の聞き間違いかな? すごく物騒な単語がいくつも並んでいたような気がするんだけど……」
顔を引きつらせるアリスの言葉に、目深に帽子をかぶり直す魔理沙。どうやら、彼女もこれから起こるであろう修羅場を予想しているようだった。
「チームわけをします。こちらにくじ引きを用意しましたので、お一人ずつ、順番にくじを引いてください」
「さあ、みんなで楽しく遊ぶわよぉ」
とても楽しく遊べるような種目ではないと思うのだが、多分に、それは気にしてはいけないのだろう。
さて、くじ引きの結果、チームが決まることになった。
まず、
「そんじゃ、まぁ、よろしく」
「ええ、こちらこそ」
霊夢、魔理沙、咲夜、アリスの四人チーム。期せずして、通称『主人公チーム』と呼ばれることとなる。プラス一にしようぜ、と魔理沙が冗談でよけいなことを言って「上海、蓬莱、行きなさい!」とクロスボンバー仕掛けられたのはご愛敬だ。
続いて、
「やれやれ。何なのかしら、このメンツは」
「あらあら」
「うふふぅ、お手柔らかにぃ、お願いするわねぇ」
「と言うか、幽々子さんも参加するのですか」
レミリア、永琳、幽々子、映姫の、通称『ボスチーム』。なお、輝夜であるが、「そんな面倒なことはしていられない」とすでに観客モードである。故に、くじ引きの場に永琳が並んだのだが、逆に考えてみるとこちらの方がよかったのかなー、と、後ほど、誰もが思ったとか。
さらに、
「えっと……皆さん、よろしくお願いします」
「一緒に頑張ろうね、妖夢ちゃん」
「うーん……四季さまと敵対かぁ……。何かおっかないねぇ……」
「まぁ、妥当な人選だろうさ」
妖夢、鈴仙、小町、藍の通称『従者チーム』。いつも主より一歩引いたところで頑張っている(一名微妙)面々だが、その実力は、この場に集まった連中に負けていない。面白い勝負を見せてくれることだろう。
最後に、
「わーいわーい、お祭りお祭り運動会ー!」
「楽しそうー! 頑張ろー!」
「……ったく。何で私らが子守せにゃならんのだ」
「まあまあ」
みんなと遊べると言うことではしゃぎまくりのフランドール、橙に、慧音に引っ張ってこられた妹紅と、パチュリーが参加を辞退したため、急遽数あわせで連れてこられた美鈴の、通称『連合チーム』。EXボスが二人も混じっているという強力な布陣だが、果たして二面と三面ボスの実力がどれほどのものか、興味深いメンツである。
「そして、司会は私たちと言うことか」
「妥当な所ね」
なぜか、くじ引きの箱には『司会』という文字が書かれたものも含まれていて、それを引いたのは慧音と幽香だった。二人は司会者席に腰掛けて、場の様子を確認していたりする。
「そして、皆さんの勇姿を撮影するのは、私、射命丸文です!」
やたら気合いの入ったポーズでかっこつけて宣言する文。片手に持ったカメラが実にまぶしい。
なお、先の輝夜に加え、紫やてゐなどと言ったメンツも観戦組である。BGM担当は、もちろん、プリズムリバー姉妹だ。
「それじゃ、くじ引きでチームも決まったところで、出場選手の決定をしてもらおう」
場の進行役は、どうやら慧音に移ったらしい。
彼女の言葉に従って、それぞれのチームが円陣を組んでぼそぼそと作戦会議を始めた。
~少女会議中~
「とりあえず、この種目……どれもこれも、いまいち内容が判然としないわね」
「そうね……これはかなり不利よ」
「でも、この……クロスカントリーだっけ? これは聞いたことがあるわ」
「さすがね、都会派魔術師」
「確か、徒競走みたいなものよ。とにかく早くゴールインできればいい、って」
「そんなら、私の出番だぜ」
ふっふっふ、と不敵に笑い、魔理沙。
「そうね……。足の速さなら、あんたに勝てるのはこの中にはいないし」
ぐるりと一同を見つめて、霊夢。
「それじゃ、残りの三つ……格闘パン食い……」
「私が出るわ。食べ物のかかった勝負なら負ける気はしないもの」
「……霊夢、あなた、苦労してるのね」
「霊夢……お腹が空いたら、いつでも来なさい。ご飯くらいなら、いくらでもおごってあげるから……」
「安い同情すんなちくしょー」
アリスと咲夜がマジ泣きしながら霊夢の肩を叩く。ぶんぶんと、手にした祓え串振り回して霊夢が暴れたが、それも彼女の日頃の生活のたまものなのだろう。ある意味、実に哀れと言えば哀れだった。
「じゃあ、残りは……」
「弾幕格闘……は、咲夜さん、お願いしていいですか?」
「あら、どうして?」
「私、正直、格闘……って苦手だし」
ほら、以前の宴会騒ぎの時の、とアリスが口に出すと、ああ、と咲夜は手を叩く。
「そうね。それなら任せてもらいましょう」
「じゃ、爆弾鬼ごっこか……。何か、この中で一番デンジャラスな響きだけど……とりあえず、頑張るわね」
「まず、パン食いは幽々子に任せるとして」
誰からも異議が出ないことを確認してから、レミリアが、渡された種目表を見つめる。
「一体どんなことをする競技なのかしら。さっぱり想像がつかないわ」
「私もです。初めて耳にするものばかりで……」
「あらあら。
とりあえず、クロスカントリーは知っているけど……それ以外がさっぱりですね」
「どんな競技なの?」
「マラソン、水泳、それから自転車だったかしら。その三つで、順位を競うものなの」
ふむ、とレミリアが腕組みする。
しばしの沈黙の後、
「よし。わたしがその『くろすかんとりぃ』とやらに出るわ」
「よろしいのですか? 吸血鬼は泳げないのでは……」
「なぁに、いざとなったら、手段はあるもの」
「じゃあ、残りの……爆弾鬼ごっこは私が担当しようかしら」
「では、私は格闘技ですか。了解しました」
「大丈夫なのぉ?」
幽々子の言葉に、ふっ、と映姫が笑う。
幽々子の心配ももっともだ。映姫は体が小柄で、どう見ても格闘には向いていそうもない。レミリアもそうだろうと言われてしまうかもしれないが、彼女の吸血鬼としての身体能力は、すでにかつての宴会騒ぎの時に証明されている。だが、映姫は未知数。競技を兼任することが出来ればいいのだが、あいにく、幽々子の決めたルールで『競技には、一人一つのみの参加』があるため、そういうわけにもいかない。
「大丈夫です。こう見えて、昔は、運動会のザナちゃんと呼ばれていました」
「いまいちよくわからないけど……そんなに自信があるのなら任せるわ」
「お任せを」
「あらあら。うふふ」
「えっと……クロスカントリーに、藍さん、いいですか?」
「ああ、構わないよ。これは足の速さを競うものなのだろう?」
「ええ、そうらしいです。よく知っていますね」
「紫様についていれば、変な知識が嫌でも入ってくるからね」
なるほど、と妖夢がうなずく。
「となると、残り三つかい……誰がどれに出ようかねぇ」
「私はどれでもいいですけど……」
「あ、私も……」
「それなら、妖夢には弾幕格闘に出てもらおう」
そんな見事な得物を背負っているんだからな、との藍の言葉に、照れくさそうに頬をかく妖夢。そうしていると、本当に子供らしくてかわいいのだが、悲しいかな、彼女の実態は、藍をもある意味では上回る苦労人だったりする。
「そんなら、あたいは爆弾鬼ごっことやらでも担当しようかねぇ。何か物騒な響きだしさ」
「あの、それなら私が……」
「いいっていいって。こういうことは、この小町姐さんに任せておきな」
どん、と自分の大きな胸を叩いて、太く頼りがいのある笑みを浮かべる小町。姉御肌の彼女の言葉に、はい、とうなずいて、「じゃ、私はパン食い頑張ります」と鈴仙が耳をひょこひょこさせた。
「あっさり決まりましたね。せっかくですから、残りは作戦会議にしましょう」
「そうだな。頑張ろう」
「あいよ」
「はい」
「ねーねー、めーりんめーりん。フランは何すればいいの?」
「めーりんおねーちゃん、橙は何ー?」
「ああ、えっと……妹紅さん、どうしましょう?」
「私は知らないよ」
と、内心、ほっと胸をなで下ろしている妹紅は、手にした競技種目の書かれた紙に視線をやる。
「とりあえず、このクロスカントリーっての? こいつには足の速い奴が出た方がいいんじゃない?」
「あ、じゃあ、橙が出るー」
「どうしてですか?」
「慧音に聞いたことがあるんだよ。この種目」
へぇ、と美鈴が声を上げた。
「んで……パン食い……ねぇ」
妹紅の視線は、美鈴の帽子を引っ張っているフランドールへ。
どんな種目かはわからないが、『格闘』と怪しい名前の付いていることから物騒なものであることは間違いないだろう。しかし、残り二つよりは確実に安全性は高い――妹紅はそう見たらしい。
「そんじゃ、パン食いはちびっこ、あんただ」
「うん、頑張るー!」
「で、私は爆弾鬼に……美鈴、あんた、格闘でいい?」
「いいですよ」
「ちびっこに危なそうな競技は任せらんないからね」
そうですね、と微笑む美鈴に、さすがだね、と彼女はうなずいた。
「妹紅さん、優しいですね」
「よしてよ。私は単に、勝利を追求してるだけ。こんな訳のわからないものだけどさ、勝てないよりは勝てた方が楽しいでしょ」
「そうですけど……私はちょっと怖いかな。咲夜さんとかお嬢様に怒られそうで」
「そっちのちびっこが味方だろ?」
わいわい騒いでいるちびっこ二人を指さし、妹紅。二人とも、完璧に美鈴に懐いている。さすがは、色んなところでちびっ子に好かれているだけはある彼女の人徳だった。
「……そうですね」
「んじゃ、頑張ろうや。最低、三つは勝つよ」
「ええ」
~少女会議終了~
「それじゃ、選手が決まったようだから、ルールの説明をするぞ」
一同を睥睨し、慧音が宣言する。
その隣に腰掛けていた幽香が、けだるげに、だがどこか色気の漂う仕草で立ち上がる。
「ルールは簡単。要は勝ったものが勝者。
ポイントは、一位が百点、二位が五十点、三位、二十点、四位は0点ね」
「競技における他選手の妨害は自由。ただし、スペルカードの使用は禁止だ。弾幕も、一部競技を除いて禁止とする」
えー? という声が一部から上がるが、慧音は当然無視。
「試合における制限時間も特になし。ダウンして競技を続行できなくなればリタイアと見なす」
ダウンしてしまうほどの種目というのが、果たして『競技』と言うのかどうかはわからないが、この場にそれについてツッコミを入れる人間はいなかった。
「その他、一切の判断はこちらに従ってもらうから。私たちのジャッジに文句つけたら即刻退場。よろしい?」
横暴ー、などという声が上がるが、幽香もそれを当然無視。
「それじゃ、競技を始める。まずはクロスカントリーからだ。
出場選手はスタートラインに並んでくれ」
一体いつの間に用意されたのか、白線が横に一本、引かれていた。その左右に、『スタート』という文字の書かれた看板を持って、幽霊達がふわふわ浮いている。
そこへ、主人公チームから魔理沙、ボスチームからレミリア、従者チームからは藍、そして連合チームから橙が並ぶ。
「わぁ、藍様とだ。一緒に頑張ろうね」
「あ、ああ」
内心、『橙と一緒だと!? 勝つわけにいかないじゃないか……』と苦悩したりもするのだが、それはともあれ。
「まず、スタートは徒競走から始める。ここからスタートして、十キロ先にある目印に到着したら、そこから二キロの遠泳だ。そして、泳ぎ終わったものから、そこにある自転車に乗ってこちらに戻ってきてくれ」
「ふっふっふ……負けないぜ?」
「こちらこそ。箒に乗れないあなたなんて、わたし達の敵ではないわ」
それでは位置についてー、と慧音が声を上げる。全員が、各々、スタートダッシュの姿勢を取った。
「スタート!」
号砲代わりに弾幕を打ち上げ、ぱぁん、とそれが弾けると同時に四人が一斉に駆け出す。当然だが、いくらスタートダッシュを決めようとも、体力的にスペックが落ちる魔理沙がのっけから出遅れる。
「じゃ、文どの。実況中継は頼んだぞ」
「お任せ下さい!」
レッツゴー! と彼女が飛んでいく。
「うふふ、やっぱり遅れたわね。魔理沙が。わたしの敵は、あの式神二人といったところ」
前を行く式神ペアは、やっぱり速かった。さすがは、飛翔系スペルで数多のプレイヤーを苦戦させただけの実力者である。
だが、この試合、先に慧音はこう言った。
『対戦相手の妨害は自由』
――と。
「うふふふふ。吸血鬼は卑怯でなんぼ!」
突然、デーモンロードウォークで藍の背後から体当たり食らわせる。
「ぐふぁっ!?」
予想してなかった背後からのタックルに態勢崩し、ずざー、と顔面から地面に突っ込む藍。
「おーほほほほ、ごめんあそばせー」
「待てー!」
「こ、こら! 化け猫風情が、吸血鬼に何するのよっ!」
「藍さまにひどいことするなー!」
「ええいっ、離れなさいなっ!」
怒った橙が飛びかかり、レミリアがもたつく。そこへ、復帰した藍が華麗なるドロップキックを決め、げふぅっ、とレミリアが遙か後方に向かって吹っ飛んでいった。
「へっ、やっぱりだぜ」
その惨状を予測して、わざと走る速度を上げない魔理沙が、折しも、飛んできたレミリアを落ちていた空き缶ぶつけて撃墜し、彼女を、とどめとばかりに踏みつけて走っていく。
「こ、こんのぉぉぉぉーっ!」
顔に魔理沙の靴跡つけて、復帰してぶちキレたレミリアが突っ走る。後ろから突撃してくる彼女の攻撃を魔理沙は回避。目標をその先の式神ペアに変更したレミリアが、さらに速度を上げて、藍の背中めがけて凄まじいスーパー頭突きを叩き込んだ。
「くぉっ!?」
「ああっ、藍さまー!」
のっけからレースは大荒れである。まぁ、むしろ、これこそが正しい風景だという気もするが、ともあれ。
「皆さーん、気をつけてくださいねー」
「何に気をつけろって!?」
藍と橙に代わり、先頭を走るレミリアが、空から撮影をしつつ、実況中継している文に振り向く。
「そこから障害物ゾーンですよー」
「え?」
直後。
「ひにゃぁぁぁぁぁぁっ!?」
明らかにオーバーテクノロジーなのだが、地面に埋め込まれていた地雷を踏んでレミリアが青空めがけてすっ飛んでいく。
「な、何という危険な……」
レミリアに先に行ってもらってよかったかもしれない、と内心、安堵のため息をもらす藍。
だが、
「のぐはぁっ!?」
一体どこから飛んできたのか、巨大な丸太に真横から殴りつけられて、こちらも吹っ飛んでいく。
「藍さまー! ふにゃっ!?」
足下から、がちょん、と言う音を立ててとらばさみが顔を出し、しっぽ挟まれてもがく橙。
「ふはははははー! 果報は寝て待てだぜー!」
罠で三人がまとめてノックアウトしたところで悠々と走っていく魔理沙。
飛んでくるありとあらゆる攻撃を華麗にグレイズし、その先に見える『遠泳コーナー』へと向かって突っ走る。
「……これはまた……」
広い湖が、そこにはあった。冥界ってのは風光明媚なところだぜ、と感心しつつ、
「なぁ、天狗。どうやって泳いで渡るんだ?」
「そこにある水着に着替えてくださいとのことです」
「どれどれ?」
一体いつの間に用意されていたのか、脱衣かごと水着があった。そこから一つを取り出し、沈黙。
「……ハイレグビキニ……?」
「みたいですね」
「……着替え?」
「生着替えです」
シャッター構え、文。
「消し飛べぇぇぇぇぇぇっ!」
「はーっはっはっは! 私のジャーナリスト魂、その程度の攻撃で打ち消されはぴぎゃあっ!?」
罠ゾーンに向かって回避した文を、地面から飛び出したわさびの塊が直撃して撃墜する。
「……ちぃっ! 追いつかれるわけにはいかん! 恥はかきすてだぜっ!」
ばっ、と服を脱いで、そこに置かれていたハイレグビキニに着替えて湖の中へ飛び込んでいく。なお、その中継映像を見て(どうやって中継しているかは、素敵な隙間通信のおかげ)アリスが鼻血噴いてぶっ倒れたが、気にしてはいけません。
「ええいっ、遅れたわ!」
地雷の爆発に巻き込まれて、なお立ち上がってきた不屈の闘志の持ち主、レミリアが続いて水着に手を伸ばす。
スク水。
「……………………」
紺の地に白の名前ワッペンが貼り付けられていて『れみりゃ』と書かれている。
「……誰よ用意したの……」
沈黙するが、とにかく、ここで足止めを食ってはいられない。気合いを入れて服を脱ぎ――中継映像、一旦中止。条例に引っかかります――、幼女スク水吸血鬼というスタイルになったレミリアは、とうっ、と水の中へと身を躍らせる。無論、吸血鬼が水に弱いのは当たり前。
なので、
「ああっ、卑怯だぜ、レミリア!」
「何とでも仰いなさいな! 勝てば正義!」
「ぶぎゅ!」
ばさばさと水の上を飛行していくレミリア。確かに卑怯だが、『泳げ』とは慧音は言ったが『水の中を』とは言ってない。空を泳ぐというのも戦法の一つである。
律儀に水の中を泳いでいく魔理沙に、さっきのお返しとばかりに、スク水ヒップボンバーを叩き込み、息継ぎの邪魔して水中へと叩き込んでから、悠々とレミリアは進んでいく。
「ほら、橙、急いで」
「うー、うー」
こちらは、さらに一歩遅れて式神ペア。甲斐甲斐しく、橙をワンピースの水着に着替えさせてから、藍も水着に手を伸ばす。
『な、何ぃぃぃぃぃぃっ!?』
観戦しているメンツから声が上がった。
優雅にさらされた裸身。大きく盛り上がった胸、くびれた腰、魅惑的なラインを描くヒップ。まさに熟成された大人の肢体を、『これ水着? ひもじゃないの?』なV字型水着に包み、いざ、水中へダイブ! 橙は水が嫌いなため、レミリアと同じように湖の上を飛んでいく。
「うふふ、一番乗りだわ」
こちら、一足先に湖を渡りきったレミリア。置かれていた自転車に飛び乗って、華麗にこぎ出そうとするのだが、
「ふにゅっ!」
そのまま転倒する。
「……よく考えたら、わたし、こんなものに乗ったことがなかったわ」
視線をやって、自分でも乗れそうなものを探す。
視線の先には三輪車。
「……………仕方ないわっ!」
もはや吸血鬼の威厳台無しだが勝てばそれでいいのである。かくして、幼女スク水吸血鬼は三輪車という偉大なる武器を手に入れて往復の復路についた。
続いて到着したのは藍と橙。藍はそのまま、水の滴る、ほぼ全裸な格好で大人用自転車(ママチャリ)に飛び乗り、「橙、来なさい!」と彼女を後ろに乗せる。
「主婦の買い出しパワー、今こそ見せてくれる!」
宣言と同時、土煙すら巻き起こしてレミリアの後を追いかけた。さすがはおさんどんとしてマヨヒガで過ごしているだけのことはある。藍の自転車の前かごには、なぜか『バーゲンセール』のチラシが入っていた。
「ちくしょう……遅れたぜ。だが、ここで取り返す!」
ようやく湖を渡りきり、魔理沙はスポーティーなスポーツタイプの自転車に乗って突っ走る。
「いっくぜー! ブレイジングスター、自転車ばーじょーん!」
ひたすらかっこ悪い上に、ただ全力でペダルをこぐだけという生活感あふれる移動方法すらかっこよくしようとするその姿勢には恐れ入るが、いやはや、人間、思いこみというのは強いものだ。藍すら上回る速度で加速し、突っ走っていく。
「みっつけたぁー!」
前を行く三輪車レミリアとママチャリ藍を捉え、魔理沙が叫ぶ。
「ああっ、藍さま、後ろからきたー!」
「ふん! 速度が命のバーゲン勝負! この私が負けると思うかっ!」
言うなり、足下の小石を後ろに向かって蹴り飛ばす。宙を飛んだそれを、魔理沙は華麗にグレイズして回避すると、お返しとばかりに空き缶拾って投げ返してきた。それを橙が空中キャッチ、再び投げ返す。
「おほほほほ、そうやってやっていてくれると助かるわ! っていうか、これ、もっとスピードでないの!?」
無理ですお嬢様。
「……あ。」
どっごぉぉぉぉぉん、と再び地雷が爆発。
徒競走部分の半分は障害部屋なので、またもや罠復活である。ひるひるひる……ぼて、と地面に倒れふし、黒こげでぴくぴくしてるレミリアを無視する形でママチャリとスポーツバイクが駆け抜けていく。
「どけぇっ、藍! お前に私の前を走らせはしないぜっ!」
「卵がお一人様一パック五十円、牛乳一本三十円! 乳製品が格安だぁぁぁぁっ!」
「藍さま、橙、卵ケーキ食べたい」
「お手伝いしてくれたら買ってあげるよ」
「わーい」
「ええいっ! 生活感あふれる式神めっ!」
このままでは勝てないことを悟ったのか、魔理沙が一発逆転の賭に出た。
前を行く藍に向かって可能な限り加速し、次の瞬間、
「食らえっ! マリサァァァァキィィィィィックッ!!」
どこぞの正義の味方ばりのジャンプキック!
それは突っ走る藍の後頭部を見事に捉えた。
「ぐはぁっ!?」
「藍さまー!?」
自転車から落下し、地雷原に消える藍。自転車を乗っ取り、そのまま魔理沙が突っ走る。
「ゴールだぜーっ!」
さすがに魔理沙でも、橙に対しては容赦もするのか、彼女を乗せたままゴール。一位、魔理沙、二位、橙、という結果が下された。
――それからややしばらくして、きこきこと三輪車こいで戻ってきたレミリアが三位、「バーゲンにこの私が負けた……バカな……」と自分を見失いかけている藍が四位という運びで、まず、一種目終了である。
「魔理沙、よくやったー!」
「はっはっは! どうだ、私の力は! はーっはっはっは!」
「魔理沙のビキニ……ビキニ魔理沙……はぅっ!」
『シャンハーイ!?』
「ちょっと、大丈夫!?」
ない胸張って威張る魔理沙に、鼻血出してぶっ倒れるアリス。主人公チームは悲喜こもごもである。
「藍さま、泣かない泣かないー」
「……橙、よかったね。二位で」
「藍さん、頑張りましたよ。次のパン食いで私が取り返します!」
「あらあら。かわいいわね、レミリアちゃん」
「ほっときなさいな! こうなったら、紅魔館に帰って自転車の練習してやるんだから!」
頭をなでなでされて、むきーっ、と真っ赤になって暴れるレミリア。その気持ち、わからないことはない。
「いやぁ、なかなか白熱した戦いだったな、幽香どの」
「本当ね。さすがはあの面々。反則技なんて当たり前ね。スペルカード封印ルールでよかったわ」
「全くだ。
ところで、あの水着の出所はご存知か?」
「永琳」
「あ、やっぱり」
「あらあら。まあまあ。うふふふふ」
現在得点
主人公チーム:100
ボスチーム:20
従者チーム:0
連合チーム:50
「では、第二回戦を開始する!」
「うっしゃー!」
一番気合いの入っているのは、やっぱり霊夢だった。
試合会場は、一辺が十メートル四方の狭いリングの上である。その中央に、一抱えもある巨大メロンパンがお皿に載って置かれていた。
「本来はフランスパンなのだが、参加者のことを考えて、急遽、メロンパンに変更になった」
「美味しいわよね、メロンパン。私も好きよ。
でも、こういう場で食べるには、なかなか難しいところがあるかしら」
参加している面々は、霊夢、幽々子、フランドール、鈴仙。いずれも互いに一歩も引かない剛の者達だが、その彼女たちが全力で戦えば、当然、メロンパンはあっさりと砕け散るだろう。柔らかく、ふかふかに作られたそれは、一口すれば天上の味が襲いかかってくる。それ故に、最後のひとかけらまでを堪能しなくてはいけない。
この勝負、勝つためにはメロンパンのことも考えなければいけないのだ。
「では、試合開始!」
かーん、とゴングが鳴らされる。同時に、四人が中央の皿に向かって殺到した。
「めろんぱーんっ!」
宣言と同時に霊夢が手を伸ばす。だが、その瞬間、鋭く扇が彼女の前に突き刺さる。
「ちぃっ!」
「もらったわぁ!」
扇を『花○扇!』とばかりに投げつけ、それを獲得した幽々子が、ぱくりと一口。
「うふふぅ、美味しいわねぇ……って、あらぁ?」
「幽々子さん、それはもらいますっ! 今回の勝負、私は負けられないっ!」
動きの鈍い幽々子の背後に回り込み、手刀で彼女の手からメロンパンを叩き落とす。すかさず左手でキャッチ、空中をくるりと回って着地し、一口ぱくり。
「メロンパン、フランが食べるー!」
「ちっ!」
飛びかかってくるフランドールの突進を回避、さらにもう一口を口にしようとしたところで、今度は霊夢からの攻撃!
「させるかぁぁぁぁっ!」
飛んでくる針を回避したところで、鈴仙の手からメロンパンがこぼれ落ちる。それをすかさず、空中でフランがキャッチした。
「いただきまーす」
満面の笑みでぱくり。おいしーい、とにこにこするフランドール。とにかく心和む笑みだが、事、それは周囲のものをほんわかさせることは出来ても、修羅達をほんわかさせることは出来なかった。
「たぁっ!」
「わっ! あ、あぶな……!」
「いただきぃーっ!」
「うわーん、フランのメロンパンー!」
大人げなさ全開である。
振り下ろした祓え串でフランドールを下がらせ、そこに足引っかけて彼女を転ばせてメロンパンを奪い取る霊夢。転ばされたフランドールは、むぅーっ、とほっぺた膨らませて、メロンパンを取り返しに走る。だが、俊足の身のこなしでそれを回避した霊夢は、ざっ、と構えを取った。
「ふふふふ……甘い、甘いわね。あんたら」
足下に、お皿取り出してきてメロンパンをセット。
「こういう勝負の鉄則は、邪魔者全てを片づけてからゆっくりと頂くものなのよ!」
「道理だな」
「道理ね」
「そうやって勝利した奴、多いだろうな」
「でしょうねぇ」
何だかよくわからないところで感心している慧音達はさておき。
「くっくっく……! スペルカード封印だろうが何だろうが、私はかぁつっ!」
勝利宣言出してくれた霊夢。その彼女めがけて、背後から、気配を消して鈴仙が飛びかかった。だが、
「甘いっ! 博麗秘奥義っ!」
「しまっ……!」
「スカートめくりぃぃぃぃっ!」
「っきゃぁぁぁぁぁっ!?」
ばさぁっ、と鈴仙の超ミニスカをまくりあげ、その下のしましまを観衆の前に見せつけてから、さらに霊夢がとどめを刺す。
「あぁぁぁぁぁぁんどっ!
下のものげぇぇぇぇぇぇっと!」
「いやぁぁぁぁぁっ!?」
すぱぁぁぁぁぁんっ、とそれをはぎ取り、くっくっく、と笑う霊夢。
「残念だったわねぇ……。博麗四千年の秘奥義の前では、あんたの絶対領域なんて紙の盾よ」
「うわぁぁぁぁん、返してくださいよぉぉぉぉ」
ぺたりとへたり込み、泣き出す鈴仙。当たり前だが。
「だが断る!」
「……外道」
その有様には、味方陣営からも非難の声が上がるほどの羅刹っぷりだった。顔を引きつらせる魔理沙のつぶやきが聞こえたのか、彼女の方に、鈴仙からはぎ取った布が放り投げられる。
「う~……!」
「ダメねぇ……この勝負ぅ、このままじゃぁ、私たちに勝つ手段はないわぁ」
「どうしたらいいのかな?」
「簡単よぉ。三人でぇ、まずは霊夢を倒すのぉ。勝負はそれからよぉ」
「はーっはっはっは! かかってこい、未熟者どもっ! 博麗の巫女が、全て、結界の隙間に逆落とししてくれるっ!」
「霊夢……もしかして、今までのストレス解消してる……?」
その外道っぷりに、思い当たることでもあったのか、つぶやくアリス。これまでがこれまでの毎日だったため、よっぽど鬱屈したものがあったのだろう。悪役全開ばりばりのセリフを吐く霊夢に、それを思って、アリスはそっと涙した。
「行くわよぉ!」
「あの、私、ぱんつ……!」
「ウドンゲ、私の使う?」
「そんな黒くて透けててしかも隠すべき場所がほとんどないのはいりませんっ!」
「あらあら。残念」
などというきわどい会話もあったりしたが、ともあれ。
「えーいっ!」
フランが素早さを生かし、上空から霊夢に飛びかかる。幽々子は後ろに下がり、鈴仙が前に突っ走って、鋭く回し蹴り。もちろん、絶対領域なので文のカメラにすらそれを収めることはできなかった。
二人の同時攻撃を華麗にさばき、反撃を繰り出そうとする霊夢。だが、そこへ、幽々子の追撃が放たれる。
「これならどうかしらぁ!」
放たれる無数の蝶の舞い。一つ一つに威力などはないが、それでも霊夢の目をくらます役には立つ。
「あれはありなの?」
「カードじゃないからな」
と言うことで、ルール上も許可だ。
「くっ!? 視界が遮られて……!」
「フランちゃん!」
フランドールが、えいっ、と霊夢の両足に飛びついた。
ぐらりと霊夢がバランスを崩す。だが、さすが博麗の巫女、倒れない。しかし、鈴仙が捨て身の攻撃に出る!
「とーっ!」
飛び上がり、思いっきり、お尻で押しつぶすヒップアタックだ。だが、目測誤りぱんつはいてない股間で叩きつぶす事になってしまったが、当初の目的を達成することは出来たらしい。
ごきんっ! とやたら痛そうな音が響く。そろそろと、腰を上げた鈴仙の下で、霊夢は完璧に白目になっていた。
「……少し……やりすぎ?」
「……大丈夫……だよ」
フランドールも顔を引きつらせるほどのノックアウトぶりだったが、ともあれ。
「さあ、勝負再開ですよ、幽々子さん!」
「残念ねぇ」
「……え?」
「うふふふふぅ」
「あーっ! ひきょー、ひきょー!」
鈴仙とフランドールをけしかけておいて、幽々子はその隙にメロンパンを手に入れていた。それをぽいと上に放り投げ、
「ごちそうさま」
ぱくりと一口で食べてしまう。
「ゆ、幽々子さん、それはないですよー!」
「あらあらぁ? 勝負はぁ、いつでも弱肉強食よぉ」
「ぶー!」
言っていることは間違ってないのだが、何とも腹黒い発言である。と言うか、今時、こんな卑怯なことは誰もやらないだろう。何せ、この場にいるもの達のほとんどが、大抵、腹の中に一物抱えているからだ。それなのに、幽々子の発言を信じてしまったのは、単純に、鈴仙が単純であり、フランドールが素直なよい子だったためだろう。
「試合終了ー! 勝者、西行寺幽々子!」
「鈴仙どのとフランドールちゃんには、同じく二位ということで五十ポイントずつ進呈しよう」
というわけで、負け犬は霊夢だけとなったのだった。悪鬼羅刹道を突っ走った結果の報われない末路だったが、それについて同情する言葉を口にするものはいなかったのだった。
現在得点
主人公チーム:100
ボスチーム:120
従者チーム:50
連合チーム:100
「では、続いて、第三戦に入るぞ」
慧音の宣言を受けて、選手達が舞台の上に上がる。主人公チームからはアリス、ボスチームから永琳、従者チームから小町、そして連合チームから妹紅だ。
「ルールは簡単、この爆弾が爆発したらアウト。その時、爆弾を持っていたものが0点」
「それ以外の順位は、ダウンしたものから順番を決めていくわ」
『……ダウン?』
何やら物騒な言葉に、一同、顔に疑問を浮かべる。ただ一人、「あらあら」と笑っているのがいたが、それはともあれ。
「うむ。爆弾は、リングの上にダウンしたものを自動的に追尾して装着されるようになっている。つまり、これを受け渡すには、誰かを地面に押し倒す必要があるというわけだ」
その爆弾の片隅に『ゆめみん謹製』という文字があったりするのだが、そもそもゆめみんって誰なので特に気にする必要はない。
「では、爆弾の装着者はじゃんけんで決めてもらおう」
何やら漂う不穏な空気。そもそも爆弾って何、なので誰もが必死の表情を浮かべている。ただ一人、余裕で、やっぱり「あらあら」笑っているのがいたりもするが、それもともあれ。
『じゃーんけーん、ぽんっ!』
「えー!? 私ー!?」
何というか、やっぱり負けるのはアリスだった。
「よし、アリス殿だな。ほらいけー」
「ほらいけって何!? ぎゃー、何か背中にくっついてきたー!」
嬢ちゃん、よろしく頼むぜ、と言わんばかりにでっかい爆弾がアリスの背中にのさっとのしかかる。引っ張っても取れない辺り、一体どういうもので作られているのか非常に気にかかる。
「じゃ、試合開始よ。制限時間はなし、爆弾爆発時点で順位が決まらない場合、延長戦に入るわ」
容赦ないセリフでルールを告げる幽香の一言に、全員の表情が引き締まった。
「では、開始だ!」
かーん、とゴングが鳴り響く。
「とりあえず、逃げた方が良さそうだな……」
妹紅は一人、冷静に状況を判断し、制限時間いっぱいまで逃げ回ることに決めたらしい。ダウンしなければアリスの敗北は確実。そうして、一人ずつ蹴落としていけば、少なくとも、体力は消費してもえらい目に遭わなくてすむと考えたらしい。
……のだが。
「のわぁっ!?」
「おーっと、ごめんごめん。手が滑っちまったよ」
『刃物は危ないので、刃を潰したものを用意しました』と渡された、彼女が普段持っている鎌と全く同じ形状をした代物で殴りかかってくる一撃をぎりぎりで回避し、小町をにらみつける。
「てめえ……!」
「はん、ちょこまか逃げ回るのはあたいの信条じゃないんでね。藍やら鈴仙やらの分は、姐さんが頑張らせてもらおうじゃないかい」
「上等だ、ぶっつぶす!」
――冷静ではあるのだが、一度ヒートアップすると歯止めが利かないのがもこたんの欠点である。
「あらあら」
「う~、永琳さーん、これ何とかしてくださいよー」
「そう言われても。これも勝負ですから」
「な、なら、永琳さん、お覚悟を!」
人形達を操って永琳に攻撃を仕掛けるアリス。ちなみにスペルカードを使わなければ、どんな攻撃しようが自由なのでルール上は何の問題もない。
「あらあら、まあまあ」
「くっ……当たらない!?」
のらりくらりと攻撃を回避する永琳。実におっとりして見えるのだが、その実、全てが紙一重。完全にアリスの攻撃を見切っている証拠だった。
「私の実力で、爆発までに永琳さんにダメージを与えることは不可能……!」
素早く状況を判断。視線を変える。
その先では、小町の連続攻撃を回避しつつ、もこたんフィンガーやもこたんパンチを繰り出している妹紅の姿。
「あっちね!」
攻撃目標変更。
アリスの操るドール達が、一斉に横から妹紅に襲いかかる。
「何っ!?」
突然の不意打ちに彼女の足が止まった。その刹那、小町の大回転の一撃が、妹紅の脇腹をえぐる。
「うぐっ!?」
「はっはぁ! 取ったよっ!」
さらに追撃で、柄の部分で一撃。
たまらず、妹紅が地面に倒れ伏す。その瞬間、アリスの背中から『あばよ、嬢ちゃん。楽しかったぜ……』と言わんばかりに爆弾が離れ、妹紅の背中に装着。
「くっ……!」
妹紅の顔色が変わる。
「おっと、こいつぁ面白いことになったじゃないかい」
妹紅の力は、いわずとしれた不死鳥の炎。当然、爆弾には中身に火薬が詰まっているので、火気厳禁だ。一同、爆弾がどういうものなのかはわからないが、少なからず『爆発って言うくらいだから火はやばいだろ』と思ってはいるようである。
「しまった……!」
「さあ、まず一人脱落だよ!」
「ごめんなさい、妹紅! でも、これも私の命の為なの、だから大人しく死んでちょうだい!」
「勝手なことぬかすなっ!」
二人が間合いを取り、妹紅のヒートアップした頭に冷や水がかけられる。
彼女の視線は、そのまま、左手は頬、右手でその左手を支えながら、あらあら笑っている女へ。
「ちょうどいい、輝夜の従者ってことで、日頃の恨みを返させてもらう!」
「あらあら?」
妹紅がすかさず、永琳に飛びかかった。
その突進を回避しきれず、まともに正面から受けてしまう。しかし、
「な、何ぃっ!?」
その絶対峡谷は、その程度の衝撃で打ち破ることは出来なかった。むしろふにょんという感じで優しく受け止められ、妹紅の顔が困惑に満ちる。
「あらあら。お母さんのおっぱいが恋しいの?」
「そんなわけあるかっ!」
顔を真っ赤にして永琳から離れる。ダメだ、こいつは苦手だ。っていうか、何か倒しづらい!
次なる目標を探して、妹紅の視線が彷徨う。当然、一番最初に攻撃を仕掛けてきたということで恨み万端整っている小町へと。
「おや、あたいに来るかい。いいさ、きな、お嬢ちゃん!」
鎌を構え、かっこよく決める小町へ、妹紅が攻撃を仕掛けた。
別段、力を使わなくとも近接格闘術の心得があるのか、素早い拳打からの回し蹴りで小町を下がらせる。
「うーむ……妹紅の奴、いつの間に戦闘スタイルをアルティメットにしたんだ?」
「乱暴ねぇ。でも面白いからあり」
「はん! この程度で、この小町姐さんが……!」
刹那、
「きゃんっ!?」
ずるっ、と足を滑らせ、場外へ落下。その瞬間、ぱちん、と妹紅の背中から爆弾が外れて小町の背中に移動。
「ああ、言い忘れていたが、場外はダウンと見なすぞ」
「なっ……! そいつを早くいいなよ!」
「よっし、妹紅ふっかーつ!」
「ちぃっ! あたいは負けるわけにゃいかないんだよっ!」
姉御肌の死神が叫び、リングに復帰する。
「ぼさっとしてんじゃないっ!」
「きゃあっ!?」
試合の様子を、半ば観戦していたアリスへと鎌を振るう。その一撃を慌ててよけて、アリスが後ろへと下がった。
「あ、危ないじゃないっ! 上海、蓬莱、オールレンジ攻撃よ!」
二つの人形に命じて、さながら『行け、ファン○ル!』のように攻撃を仕掛けるアリス。人形達が、手におもちゃの剣を持って小町へと襲いかかる。
「ちぃっ、しゃらくさい真似をしてくれるじゃないか!」
「甘い、懐ががら空きだぁっ!」
まず最初に小町を蹴落とすつもりなのか、妹紅が続いて攻撃を仕掛ける。大きく開いた彼女の懐へと飛び込み、体重と体格差を覆す当て身を繰り出した。その一撃をもろに受け、小町が大きくたたらを踏む。そこへ、蓬莱人形の『蓬莱昇○拳』がヒット。彼女が上空へと吹っ飛ばされる。
「よくやったわ、蓬莱! 日頃、練習をしていた成果が出たわね!」
一体どんな練習だそれは、と外野全員が内心でツッコミを入れた。蓬莱人形はアリスのお褒めを受けたことが嬉しかったのか、くねくねと身をよじっていたりする。
まぁ、それはともかくとして。
「……くっ……!」
二人からの攻撃を連続で受けた上、いよいよ爆弾の爆発まで間がなくなってきたこともあって小町の表情に焦りの色が浮かぶ。
ただ一人、ほとんど攻撃を仕掛けられず、余裕の表情でいる永琳を横目で見て、ふっ、と小町が笑った。
「いいさ……かかってきな、嬢ちゃん達! この小野塚小町、一世一代の大技を見せてやろうじゃないかい!」
「面白い! まず一人脱落させてやるっ!」
「行きなさい、上海! あなたの必殺、『上海ブリーカー』を見せるのよっ!」
妹紅が突進を仕掛け、上海人形と蓬莱人形が見事な連携を持って小町へと躍りかかった。当然、アリスもそれを見ているだけではなく、かつて『蹴リス』と呼ばれた腕前を発揮するべく、さながら一条の彗星のようになってジャンプキックを放った。
三方向からの一斉攻撃。さすがの小町もこれはよけられないと、誰もが思った。
――しかし!
『なっ……!?』
「あ、あらあら?」
その瞬間、小町の姿が消える。
目標を見失い、妹紅とアリス、ついでに上海達は、その先でのんびりとしていた永琳に向かって突っ込んでしまった。三人がもみくちゃになって舞台の上に倒れ伏し、一体どこに隠れていたのか、再び姿を現した小町の背中から爆弾が三人の方へと向かっていく。
「タイムリミットだ!」
その宣言の後、爆弾が、『短かったけど、楽しい人生だったぜ。お前ら、最高だ』と言わんばかりに大爆発を起こした。
「よっしゃー! あたいの勝利だよっ!」
一人、勝利宣言をする小町の傍ら、爆発に巻き込まれたアリスに妹紅、永琳が目を回している。実に見事な、彼女の一人勝ちである。
「あ、あれは……!」
「な、何ですって――――――っ!? 知っているの、慧音――――――っ!」
「ああ……! あれこそ、かつて、たった一人で戦乱の世に飛び込み、ありとあらゆる敵将の首を討ち取ったと言われる伝説の武将、『出鬆殺厨』が操ったと言われる秘奥義『播椅把娃邪摩唖』!
まさか、あの秘奥義を操ることが出来る人物がこの幻想郷にいたとは……!」
額に『大往生』と書いた慧音のよくわからない解説に、全員、無意味に納得。と言うか、誰もそれに反論する権利を持ち得ないのがこの解説の利点である。
「あの~……この場合、二位から四位までの順位はどうなるんでしょう?」
「うむ。それについては、一度も爆弾を背負わなかった永琳殿が二位、じゃんけんに負けはしたものの、その後、爆弾を背負っていないアリス殿が三位で、最下位が妹紅だ」
「なるほど」
めもめも、とメモ帳に記載する文。その間に、気絶している三人を、それぞれのチームのメンバーが回収していった。
「小町さん、さすがですよー!」
「これで勝負は振り出しに戻ったわけだなっ!」
「姐さん、この魂魄妖夢を、どうか弟子にぃっ!」
などという、実に心温まる風景もあったりしたのだが、それは横にのけておこう。
現在得点
主人公チーム:120点
ボスチーム:170点
従者チーム:150点
連合チーム:100点
「それでは、第四戦を始めよう」
ほぼ、全員がスタートラインに並び直したと言ってもいい状況の中、慧音が宣言する。
一歩抜き出たボスチームが有利かと思われるが、試合の結果如何では、どのチームにも優勝の可能性がある、まさに白熱したラストバトルの戦端が開こうとしていた。
「この勝負……意地でも負けられないわね」
ナイフを持ち、咲夜が敵対する全てのものを見据える。その視線は熱く激しく、いつもの沈着冷静なメイド長の姿はどこにもない。
「久方ぶりの実戦ですね……血が騒ぎます」
念入りに準備運動をしている映姫。一同の中で、最も戦闘力に劣ると思われるのだが、そこには些かの不安すら感じさせない何かがあった。
「ふぅ~……!」
一人、目を閉じ、精神統一をしている美鈴。現在、一番出遅れている連合チーム最後の選手として、同時にチームからの期待を一身に受け、この勝負、負けられないと思っているのだろう。
「この勝負……必ずや。皆さんのためにも!」
戦いの中、傷ついていった仲間達のために剣を取る妖夢。そこには普段の庭師としてのみょんな雰囲気はなかった。そこにあるのは、剣を手にする一人の武士(もののふ)の姿である。
「用意は出来たかしら?」
試合会場は、これまで競技が行われてきた会場をさらに大きくしたものだ。一辺が百メートルはあるだろう。加えて、地面からの高さが、およそ五メートル。周囲からの邪魔が入らないように配慮された代物である。
「勝負の内容は簡単。相手を倒せばそれで終わりよ」
「勝ち抜き弾幕格闘だからな。スペルカードを使わなければ、弾幕の使用もありだ」
慧音の言葉に、ぎらつく視線を見せる一同。
「では、これが最終戦となる! 各自、決して悔いの残らない戦いを!」
BGMが激しいものへと変わった。メルラン主導のそれを受け、嫌でも試合会場のボルテージは高まっていく。
周囲からの声援を受けながら、四人の猛者が前に出る。
「なお、試合会場には各種の武器を取りそろえさせてもらったわ。渡されたものが壊された、あるいは武器を使いたい人はそこから武器を取るように」
幽香からの最後のルール説明を受け。
「それではぁっ!
勝ち抜き弾幕格闘ぉぉぉぉぉっ! レディィィィィ・ゴォォォォォォッ!」
一体いつ装着したのか、つけていたアイパッチを外してマイク片手に小指を立てて、慧音が宣言する。同時に、鋭くゴングが鳴り響いた。
「勝負は……」
咲夜の視線が妖夢に向く。
「よってたかって一人を、というのは性に合わないわ」
「こちらも」
同じく刃物を武器とする二人が対峙する。
「あちらもそのつもりのようだし。事実上の予選会と行きましょう」
「ええ……お覚悟を!」
「それはこちらのセリフ」
未熟者に己の分を教えてあげる、とばかりに咲夜が斬りかかる。
「あちらも始まったようですね」
「ええ。映姫さん、手加減はしません」
「どうぞ、どこからでも。かつて、運動会のザナちゃんと言われた実力、お見せしましょう」
そもそも『勝ち抜き弾幕格闘』なんぞという種目がある運動会があるのか果てしなく疑問だが、とりあえず美鈴はツッコミを入れずに映姫へと襲いかかった。
「はぃぃぃやぁっ!」
鋭く踏み込んでの、貫くような横蹴り。映姫でなくとも、その一撃を受ければ確実に戦闘不能になるほどの一発を、彼女は後ろに小さく飛び、同時に手に構えた杓で蹴りを受け止める。
「なっ……!?」
「残念でしたね。その程度で、この四季映姫・ヤマザナドゥにダメージを負わせようなど、笑止千万!」
刹那、彼女の小柄な体が美鈴の懐に入り込み、右手が吸い込まれるようにその脇腹へと突き刺さる。もんどり打って吹っ飛び、激痛をこらえ、美鈴が立ち上がる。
「おや……今ので大丈夫なのですか。閻魔拳奥義、『刺突』を受けて平気とは……さすがですね。小町なら三日は寝込むのですが」
「……マジ?」
「……マジ」
あの一撃を食らったことがあるのか、顔を引きつらせる小町。一体どれほどの威力なのか想像したくもない。
「では、早く終わらせてしまいましょう。無駄な苦痛を与えることは、それこそ私のポリシーに反します」
「あまりバカにしないでくださいね……。私だって……!」
「あなたでは、私に勝てません!」
まさに一瞬。
踏み込みからの打・突・蹴を受けて、美鈴が再び膝を突く。そこへ、閻魔拳奥義の一つ『昇竜杓』を食らって、空へと吹き飛ばされる美鈴。
「なお、場外はそのままダウンを意味する」
慧音の一言を受けて、必死に会場の縁に手をかけ、しがみつき、何とか舞台の上へ。そんな彼女を、憐れみのこもった瞳で見つめながら、映姫はつぶやいた。
「さすがです……。やはり、あなたは色々と素晴らしい人材のようだ」
「……お褒めにあずかり光栄です」
「ですが、私も負けるわけにはいきません。『ザナちゃんがいたから勝てたよ』という、私の輝かしい歴史に泥を塗るわけには参りません!」
果たして輝かしいのかどうか、とことん疑問だが、それをツッコんでいられる余裕は、今の美鈴にはなかった。
「食らいなさい! 閻魔拳奥義っ! ヤマザナドゥゥゥゥゥ・ボンバァァァァァッ!」
叫びと同時に、未だ、足が止まったままの美鈴に鋭い一撃が打ち込まれる。
「とぁぁぁぁーっ!」
蹴り、連打、そして強烈な、下段から上段へと跳ね上げるような蹴りで美鈴の体が浮き上がる。
「エンマハァァァァァンドスマァァァァァッシュッ!!」
どごぉっ、という鈍い音が響いた。アリスやフラン、橙と言ったもの達が目を閉じ、耳を思わず塞ぐほどの一撃は、強烈な爆裂をともなって美鈴に大ダメージを与える。
「ぐっ……ぐぅっ……!」
しかし、それでも美鈴はダウンしなかった。直撃の瞬間に、気を使ってバリアでも形成したのだろうか。腹部を押さえながら、ゆっくり、ゆっくり、ふらつきながら起きあがる。
「ま……まだっ……!」
「……くっ! これでもダメなのですか……!」
映姫は、驚愕と同時に畏怖を抱く。この奥義を放った際、小町が一ヶ月近く寝込んでしまったために封印してきた禁忌だったのだ。それなのに、美鈴は立った。今、目の前にいる女は確実にしとめておかなければ危険。倒さなくてはいけない相手。ここで必ず、撃破!
「ならば……!」
片手に持っていた杓をさらに増やし、両手でそれを構える。
「これで……!」
杓を二つ、つなぎ合わせ、さながら鋭い槍か棒のように振り回し、叫ぶ。
「天よ地よ火よ水よ、我に力を与えたまえ……!」
その叫びを聞いて、小町が思わず声を上げる。
「まずいっ! 美鈴、逃げろーっ! いくらあんたでも、四季さまのそれを食らったら……!」
だが――!
「とぁぁぁぁぁぁっ!」
一歩、遅かった。
鋭く回転しながら繰り出される連続での杓の攻撃は、もはや見切ることすら出来ない。なすすべなく、映姫のなすがままに攻撃を受け、美鈴の体がずたずたになっていく。
「はぁっ!」
とどめの一撃、と言わんばかりの鋭い蹴り。
「運命両断杓っ!」
追いすがり、杓を突き刺し、
「ツインエンマァァァァァァァァッ!!」
雷鳴の如く猛る、上下の連続攻撃。
見事にそれがヒットし、ついに、美鈴が大きく吹き飛ばされ、試合会場へと沈んだ。
「これぞ……全ての罪を裁く一撃なりっ! 成敗っ!!」
何やらかっこいいエフェクト共に宣言する映姫の言葉通り、美鈴は起きあがってこなかった。
「な……なんて強さ……!」
「あんなの反則だぜ……! 四季映姫・ヤマザナドゥ……奴は何者なんだ!?」
レミリアすら恐れおののき、魔理沙が声に隠しきれない恐怖をにじませる。
ぴくりとも動かない美鈴へと、試合の撮影をしていた文が近づいていく。彼女は、この勝ち抜き弾幕格闘においてはレフェリーのような役目も背負っているのである。
ダウンを確認し、美鈴の敗北を宣言しようとした――まさにその時!
「なっ……!?」
おぉぉぉぉーっ! と、会場全部から喚声が響き渡った。
全身に無視できない傷を負いながら、美鈴が立ち上がったのだ。鋭く光る両の瞳が映姫を見据える。その背後に立ち上る金色のオーラに、思わず、彼女が足を引く。
「ようやく……エンジンがかかってきました……!」
ふらつく足で立ち上がり、
「ですが、私の力では、どうやら映姫さんに丸腰で挑むのは厳しいものがあるようですね……!」
そうつぶやくと、「無茶しないでください」とタオルを投げようとする文を制止し、静かに武器を取る。
「何も……素手だけが拳法ではないことを教えて差し上げます……! この、我が奥義の一つでっ!」
構えたのは一本の棍だ。それだけで、今の『運命両断杓ツインエンマ』に立ち向かうというのだろうか。観客からは『もうやめて』という悲鳴すら上がっている。しかし、美鈴は一歩も引かなかった。立ち上るオーラは、その圧力を増すことはあっても萎えることはない。じりっ、と映姫が足を後ろに下げる。
「こんな……! この私が気圧されている……! こんな圧倒的なプレッシャーを与えてくるとは……!」
映姫の頬に、汗が一筋。
相手から発せられる、正体不明の気迫を前に足が出ず、映姫が攻めあぐね、美鈴がじりじりと距離を詰める。相手が持つ棍の射程に入ればまずいと思ったのか、映姫はそのたびに後ろに下がる。だが、舞台の後ろは青空だ。もう下がれないところまで足を引いてしまい、映姫は舌打ちした。
「いいでしょう……運動会のザナちゃんの力、改めて見せてあげましょう!」
再び、ツインエンマの構えに入る映姫。
一瞬の間の接近。その素早さは、あの文にすら目を見張らせるほどだ。現に、これほどの速度で突進されたら、指が追いつかず、あらゆるプレイヤーが撃墜されるだろうと言うことは目に見えている。
しかし、美鈴は違う。彼女は――!
「奥義っ!」
右足を軸にし、棍を両手で保持しながら大回転! さながらコマのように鋭く回る彼女の攻撃半径に、映姫の足が止まらず、突き進んでしまう。
「何ぃっ!?」
突き出した杓が弾き飛ばされ、その勢いは一切損なわれず、美鈴の構えた棍が映姫の脇腹を直撃した。小柄故に筋肉もついておらず、おまけに体重も軽いため、面白いくらいに映姫の体は宙を飛び、舞台へと叩きつけられる。
「ぐっ……い、今のは……まさか……!」
うめき、起きあがる映姫。
「今の技は……一体……!?」
「ああ……あれこそ、まさに『牡胡鷲柘須舳寫婁』!」
「ま、まさか……それは……!」
「かつて、お互いの全てをかけた戦において、自らの大将を守るため、武器を手に取り、獅子奮迅の戦いでもってありとあらゆる敵を撃破した武将、『護騨蔚素諏鵡』の奥義……!
接近してくる全てのものを、自らの体を軸とした棍の回転で弾き飛ばす、無敵の奥義だ。それを手にした彼の実力は、まさに一騎当千。故に、彼と相対するものは、必ず、相手が武器を手に出来ないように棍を見るなり場外へと投げ捨てた……それ以外に防ぐ方法がなかったと言われる、幻の技だっ!」
ドォォォォォォーンッ!! という強烈なエフェクトと共に慧音の解説が炸裂する。一体どんな状況下において使われた奥義なのか、いまいち判然としないが、あの様子を見る限りでは、まさに『奥義』と言うにふさわしい攻撃であるのは間違いないだろう。
「我が奥義を打ち破ることが出来たものはいません! さあ、映姫さん、ギブアップしてください!」
「そういうわけにはいきません! この、運動会のザナちゃんが、決して負けることなどあってはならないのです!
そして、敵を前にして後ろに引くことなど言語道断! さあ、次で勝負を決めますっ!」
倒れても、彼女は負けなかった。
映姫が美鈴に向かって走る。だが、勝敗は明らかである。美鈴の奥義、『牡胡鷲柘須舳寫婁』の前には彼女の奥義は通用しない。故に、何か物理的な攻撃か弾幕でそれを止めるしか出来ないのだが、完全なグレイズ属性がついた美鈴の奥義に弾幕は通用せず、結局、体でどうにかするしかない。
しかし――、
「ぃやぁぁぁぁぁっ!」
裂帛の気合いと共に、牡胡鷲柘須舳寫婁で動きを止められた映姫の体めがけて棍が突き出された。その一撃は鋭く映姫の体をえぐり、そのまま、場外へとはじき出す。
「四季さまぁーっ!」
落下してくる映姫の足下へ小町が駆け寄り、見事にキャッチ。彼女の腕の中で、映姫は気を失っていた。だが、口許にはかすかな笑み。まるで、『強い相手と戦えてよかった……』と言っているかのようだった。
「はぁぁぁぁ……! 破ぁっ!」
闘気を払い、美鈴が吼える――。
予選(仮)ラウンド
勝者:美鈴
「せいっ!」
振り下ろされる剣が宙を切り裂き、空を薙ぐ。その鋭い一撃を、咲夜は後ろに一歩下がる程度の小さな動きでよけ、右手に持ったナイフを逆手に構えると、そのまま真下から跳ね上げるように振り上げる。それを、妖夢は左手に抜いた短剣で受け止め、両者の間合いが離れた。
「さすがね。伊達に剣を構えてはいないということ」
体の割りには力もあり、素早さもある。体力も充分で、二本の長ものを振り回している割りには、今のところ、彼女に体力の低下は見られない。対する咲夜は、ナイフというリーチの短い得物を構え、どうするか、攻め方を考えているようだった。
牽制とばかりにナイフを投擲。それを妖夢は軽々とよけ、爆発的な踏み込みで咲夜の懐へと駆け、鋭く長剣を突き出す。岩すら貫くような一撃を、咲夜はよける。メイド服の布地をかすめ、剣は彼女の後ろへと駆け抜けていく。
「本来の得物と違うものを持っているというのにね」
「たとえいかなるものであろうとも、この魂魄妖夢、剣を扱うことに関してなら負けはしない!」
「面白い……」
咲夜の口許に、小さな笑み。
わずかな間合いを置いて、彼女は走った。
地面を這うように会場を駆け抜け、まさしく地面すれすれからナイフを振り上げる。それを妖夢が、上から長剣で出迎える。体格差を考えても、上下の勢いの差から考えれば咲夜が打ち負けるであろうことは目に見えている。
だが、そこで咲夜が戦法を変えた。
逆手に持ったナイフのつばで、一瞬、妖夢の剣を受け止める。相手と刃をあわせず、その表面を滑るようにして受け止めたのだ。そして、刹那の瞬間、妖夢の動きが止まる。それを見逃さず、彼女は剣の軌道から身をかわし、手にしていたナイフを落とした。妖夢の体が勢いのままに流れていく。
「はっ!」
鋭い膝蹴りが妖夢のみぞおちを貫く。しかし、それで彼女がダウンするはずもなく、剣を落とすことすらなく後ろへ下がると、わずかに腹部を押さえて呻く。
「受け止められない攻撃なら、軽く攻撃の軌道を逸らしてやるだけ」
「その通り……さすがですね。戦闘巧者の肩書きは伊達ではないと言うことか……」
力がないものの戦い方は熟知しているわ、と言わんばかりに、新たに手の中にナイフを生み出し、咲夜が笑う。妖夢は、今度は戦い方を変えるのか、今まで振り回していた長剣を鞘に収めると、左手に持った短剣だけで攻撃を仕掛けてきた。
全身を使って、回転とバネを利用した連続攻撃は、見た感じでは咲夜の物まねである。故に、咲夜もそれを軽々とさばくのだが、そこに妖夢の作戦があった。
「見えた!」
咲夜のナイフが妖夢の剣とかち合い、弾かれる。そこで咲夜は回避行動に出るのだが、その瞬間、確実に胴体ががら空きになる。凄まじい洞察力と動体視力でそれを見て取った妖夢は、刹那の間に短剣の柄を腰から引き抜くと、それを右手に持って、左手で振るった剣の勢いを載せて咲夜の腹部へと叩きつける。
「ちっ……!」
折しも、肝臓部分にそれが直撃した。息の詰まるような攻撃に、咲夜の顔が苦痛に染まる。普通ならそこでダウンするところだが、回避行動に移っていたのが幸いしたのだろう。幾分、威力が減殺されていたため、一撃必殺というわけにはいかなかったようだ。
だが、それでも無視出来ないダメージを刻まれ、彼女もまた、足をふらつかせながら後ろへと。
「あなたの実力……高く買うわ。どう? 紅魔館のメイド部隊に入らない?」
「お断りします。私の居場所は、いつまでも、ここ、白玉楼と幽々子様のおそばです」
「そう……ふられちゃったようね」
ならば、と。
彼女の目つきが、再び鋭くなる。
「お互い、次で決戦と行きましょう?」
「ええ……望むところです」
再び長剣を引き抜き、両手に剣を構えての二刀流で妖夢が襲いかかった。
今度は、体をコンパクトに使い、左手の短剣で咲夜の動きを制限しながら、右手の長剣で一撃を加えてくる。いくら刃を潰してあるとはいえ、どちらも、食らえば人間の体なら大けがは免れない。故に咲夜はそれを必死で回避しながら、時折、反撃を繰り出していく。
しかし、今度は確実に妖夢の方に勢いがあった。元より、攻める方と受ける方、どちらに攻撃の威力があるかと言えば、圧倒的に前者である。
手にしたナイフを叩き落とされ、あるいは弾かれ、咲夜が劣勢になっていく。その凄まじい戦いをぱしゃぱしゃと撮影していた天狗が、たまたま、妖夢の放った剣の颶風に巻き込まれて飛ばされていったが、それほどの威力を維持しながらも、妖夢は咲夜の動きを警戒することを忘れない。相手は何を仕掛けてくるかわからないのだ。だから、こちらが圧倒的優勢であるからと言って、気を抜けば、それこそ一瞬で勝負が覆されるだろう。
「ならば!」
彼女の足が爆音を立てる。
舞台を形成する石畳を踏み抜かんばかりに強く地面を叩き、前に出た妖夢の一撃が咲夜の顔のすぐ近くをかすめていった。それでも、剣のまとう凄まじい気迫が咲夜のダメージとなったのか、彼女は顔をしかめて後ろに下がる。
そのまま、妖夢の真横に回り込もうと、咲夜が地面を蹴った。
「させる……!」
振り向き――、
「っ!?」
妖夢が目を見張った。
眼前に、ナイフが迫っていた。ぎりぎりでそれを回避し、しかし、バランスを崩してたたらを踏む。
「くっ……!?」
咲夜が手にしているのは、たった一本のナイフのみ。それなのに、今、どこからナイフを投げてきたのか、皆目見当もつかなかった。
「何を……!」
声を上げるが、次の瞬間。
「わっ!?」
今度は妖夢の右側面からナイフが襲いかかってきた。
バカな! 彼女は困惑する。
スペルカードの使用は禁止されている。咲夜が、いかに勝つためとはいえ、こういった場でルールを破ることは考えられなかった。しかし、これはどう考えても、彼女の時間操作能力に伴う、あらぬ方向からのナイフ攻撃である。過去、これで苦戦させられたことがあるため、その特性については理解しているつもりだった。
「どうやって……!」
次から次へと、ナイフが妖夢の体をかすめていく。
困惑が最高潮に達した瞬間、彼女の足がもつれた。その瞬間を見逃さず、咲夜の鋭い右横蹴りが妖夢のあごを捉えた。がつんっ、という鈍い音と共に、ゆっくりと、妖夢の体が仰向けに倒れていく。
「こ……んな……!」
「何ですって……!?」
しかし、妖夢は倒れなかった。
ふらつきながらもぐっと踏ん張り、右手の剣を杖代わりに地面を踏みしめる。荒い息を吐き、鋭い視線で咲夜をにらみつけ、彼女はその場に立っていた。
「……バカな」
普通、あんな攻撃を受ければ、まず、人間の意識は保っていることは出来ない。よしんば耐えても脳しんとうを起こし、まともに立つことすら出来なくなるはずだ。
それなのに、妖夢は、決して咲夜を視界から外さず、にらみ据えている。凄まじい闘気だった。まさに一介の剣士として、何としても負けるわけにはいかないと、そう誓っているのだろう。
「こんな事で……!」
「さすがね……魂魄妖夢。
でも、残念だけれど、あなたの負けよ」
咲夜の小さな言葉と共に、新たなナイフが妖夢の額を捉えた。それが決め手となったのか、ゆっくりと、妖夢が膝を落とす。
――その時、初めて彼女は気づく。
「なる……ほど……。そう言う戦い方も……ありですか……」
地面に落ちたナイフ達。
それらが、咲夜が投げた、あるいは互いに干渉を受けたナイフのぶつかり合いによって、空中を飛び交う瞬間を、彼女は見たのだ。
「勢いは、それほどないけれど、目くらまし程度には使えるでしょう?」
「これを見越して……私に攻撃を仕掛けていた……と?」
「言った通り、力のないものの戦い方は熟知しているわ」
「……お見事」
前のめりに倒れ、ダウンする妖夢。
剣を持ったものは、決して仰向けには倒れない。それを意地でも貫き通した、一人の少女剣士に、咲夜はこの時、最大限の敬意を表したという――。
予選(仮)ラウンド
勝者:咲夜
妖夢が文によって場外へと運び出され、ついに試合会場には二人の猛者が残るのみとなった。
「久方ぶりの勝負といったところかしら」
「ええ……お互い、満身創痍のようですが、それでも私は負けられません」
「同じく」
奥義『牡胡鷲柘須舳寫婁』を持つ美鈴か、それとも、ナイフを我が身のように扱う咲夜か。
どちらが勝ってもおかしくない試合の火ぶたが切って落とされる――その瞬間、美鈴が、手にしていた棍を床へと落とし、それを場外へと蹴り出した。
「あら、手加減してくれるの?」
「いいえ。相手にあわせて操る武器を変えるのも、また、私の信条です」
「下らない仏心を出せば、それ相応の報いがあると言うこと――それを知りなさい、美鈴!」
両手に構えたナイフを武器に、咲夜が美鈴へと迫る。振り下ろされるそれを、彼女は紙一重でよけた。よけきれなかった髪の何本かが斬られて宙を舞う。接近状態になったことで、美鈴がすかさず反撃に出る。繰り出される、凄まじい破壊力の鉄拳を、咲夜はぎりぎりで回避。その一撃は頬をかすめたが、それほど小さな動きで攻撃を回避することに終始しなければ、彼女自身、勝てないとわかっているのだろう。
なおも咲夜と美鈴の間合いが縮まる。繰り出される、咲夜の蹴りが美鈴に襲いかかる。彼女はそれを左手で受け止め、相手の勢いを生かして後ろへと飛んだ。
咲夜が手にしたナイフを振るう。空を切り裂き、飛んでくるそれを、美鈴は一歩も動かず、
「破っ!」
放たれる、強烈な気合いだけで撃墜した。空中で何かの壁に当たったかのように、次々にナイフが地面へと落ちていく。
「くっ……!」
その気合いの衝撃波が、威力と勢いを衰えさせないまま、咲夜の体を叩く。滝の勢いを受けたかのような、猛烈な破壊力だった。彼女の足が、衝撃を受け流すために後ろに下がる。
しかし、そこに追撃が入る。
「轟!」
激烈と言っても過言ではない爆風が、咲夜を吹き飛ばす。
無論、これは風ではない。美鈴の腕から放たれた、気の衝撃波だ。たまらず、咲夜がダウン。そこへ、美鈴がさらに追い打ちをかける。
「りゃあぁぁぁぁぁっ!」
気合いを吐き出し、飛び上がった彼女の足が、一撃で舞台の石畳を木っ端微塵に打ち砕く。巻き上がる建材が彼女の姿を、確実に咲夜の視界から覆い隠した。
立ち上がり、迎撃に備える咲夜。しかし、彼女の反射速度を上回る速度で、美鈴が建材の中から飛び出し、左手を咲夜の胸に突き当てる。どすん、という、殴ったという単語を想像させることの出来ない重たい音。
「ぐっ……げほっ……!」
咲夜が胸を押さえ、激しく咳き込んだ。あまりのダメージのためか、動くこともままならないらしい。
「つ……つええ……」
「嘘……あれ、三面ボス……? マジで……?」
魔理沙と霊夢が戦慄するほど、美鈴の実力は圧倒的。誰が、あの情けない門番っぷりを、今の美鈴から想像するだろうか。
「悔しいのだけど、事、格闘技に関してなら、彼女は紅魔館でもトップクラスじゃないかしら」
「じゃ、じゃあ、萃夢想の時は手加減していたとでもいうのか!?」
「バランス調整よ」
よくわからないことをしたり顔で言うレミリア。その表情には、今、畏れの色がある。自分の力に絶対の自信を持っている彼女が、今、美鈴を前に畏怖を覚えているのだ。
「ふ……ふふっ……さすがよ、美鈴……。
だけど……ね。私だって……!」
最後の力を振り絞り、咲夜が立ち上がる。
「負けられない!」
ナイフを上空へ放り投げ、さらには足下に落としたそれを美鈴に向かって蹴りつけ、自身もまた、二本のそれを持って走る。
美鈴の頭上から、放たれたナイフが鋭く降り注ぐ。上下から飛び来るナイフの群れを、しかし、美鈴は全く恐れない。
「破ぁぁぁぁ……!」
その攻撃を、彼女はよけない。よけずとも、ナイフのほとんどが威嚇であることがわかっているのだ。それで動きを制限し、確実に、咲夜の持つ二本の本命が相手にとどめを刺すためのものであると。
だから、彼女の視線は咲夜の動きに固定される。
変幻自在のトリッキーなステップで、美鈴を翻弄するかのように左右に揺れ動き、直後、目にもとまらぬ速度で前方へと突っ込んでくる。さながら、彼女が分身したように見える動きだった。
だが――、
「捉えたぁぁぁぁぁっ!」
咲夜のナイフをかいぐくり、美鈴が初めて前に出る。
ずしん、という凄まじい音が響き渡る。
「砕っ!」
弓のように引き絞られた右腕が、咲夜の胴体へと吸い込まれる。力も流れも勢いも、全てを殺さないままに放たれた一撃は、見事に彼女へとクリーンヒットした。直後に響く爆音が、その威力のすさまじさを物語る。
吹っ飛ばされた咲夜は、受け身を取ることもできず、舞台へと叩きつけられ――、
「ああっ!」
そのまま、場外へ転がり落ちる。文が慌てて受け止めようとするのだが、わずかに遅い。その下で観戦していたもの達が、「彼女を受け止めるのよ!」と声を上げる。
だが、直後、美鈴もまた舞台から飛び降り、空中で見事に咲夜をキャッチすると、鋭く体を振って、足から大地へと着地した。まさに、『傷ついたヒロインを助けるヒーロー』を地でいくその姿に、周囲から拍手が惜しみなく浴びせられる。
「うーむ。勝者が残らない戦いになってしまったが――」
「まぁ、言う必要もないでしょう」
「うむ。
勝ち抜き弾幕格闘、これにて終戦とする! 勝者、連合チーム、紅美鈴っ!」
慧音の鶴の一声と共に拍手がわき上がった。それを受けながら、美鈴は、そっと「咲夜さん、ごめんなさい」とその耳元につぶやいたのだった。
「で、結果発表だが――」
慧音が、手にした順位表を見ながら、一同を睥睨する。
そこには、勝ち抜き弾幕格闘で負傷したものを除く面々が集まっている。彼女たちの視線を受けながら、こほん、と一つ咳払い。
「まず、優勝からいこう」
「優勝は……」
だららららららららら、というドラムロール。たっぷりとじらしたその後で、幽香が宣言する。
「連合チーム! 獲得ポイント、三百点!」
「……へ?」
やったーっ! とフランドールと橙が飛び上がる。妹紅が、やれやれ、と言わんばかりに笑い――霊夢が首をかしげた。
「ち、ちょっと待ってよ。連合チームって、確か、第三戦まで百点……」
「うむ、そうだが?」
「最高得点は百点でしょ? なのに、何で……」
「この勝ち抜き弾幕格闘は、少々、ポイントが特殊でな。
優勝チームの得点が三倍、準優勝チームが二倍、そしてそれ以外が得点なしなんだ」
「……って……」
「ことは……」
「一位が連合チーム、三百点。続いて、主人公チームの二百四十点。次にボスチームの百七十点があって、最後が従者チームの百五十点ってこと」
幽香の、実にわかりやすい解説には、霊夢も口を挟むことが出来なかったらしい。
賞金なしかー、とどこか清々しくそれを諦め、上げていた腰を下ろす。
「では、優勝賞品の授与を行う。妹紅、前に出ろ」
「はいはい」
「やったやったー! ゆーしょーゆーしょー!」
「勝ったねー」
優勝の意味を、絶対に理解してないと思われるフランドールと橙が嬉しそうにはね回る中、妹紅の手に、慧音から優勝賞品として賞金が渡される。その中身はどれほどの額なのかはわからないが、それでも霊夢は変な行動を起こすことはなかった。
「今回のイベント、結構まともじゃん」
そういう結論が、彼女の中にあったからなのだろう。
スポーツというのは、かくも、人の心に清々しいものを与えてくれるものなのだ。
「それではぁ、みんなのぉ、お腹もぉ、適度に減ってきたところでぇ」
幽々子が立ち上がり、ばっ、と奥義を翻す。
「お待ちかねのぉ、ご飯タイムよぉ!」
待ってましたー! と一同が手を叩く。
そして、舞台は、にぎやかな宴会へと突入していくのだった。
「咲夜さん、お怪我は大丈夫ですか?」
「あら、美鈴。
……全く、手加減してよね」
あいたたた、と辛そうに笑いながら、咲夜が布団の上に体を起こす。
外からは、にぎやかな宴会の声が聞こえていた。その騒ぎを聞きつけてやってきた萃香が――居場所が掴めなかったので、妖夢が招待状を渡せなかったのだ――『飲み比べしよー!』と酒飲みパーティーを別個に始めてしまったため、凄まじいらんちき騒ぎになっているのである。
歌う奴、踊る奴、中には脱ぐ奴もいたりして収拾がつかなくなっている。そんな中を、妖夢や藍などといったもの達が、甲斐甲斐しく給仕をしたりして、宴会が始まってから、すでに三時間。
「ごめんなさい。やっぱり、ああ言う場で手加減するのは失礼だと思って……」
「その通りなんだけどね。
にしても、さすがに痛かったわよ。最後のは」
それはわかってます、としゅんとなる美鈴。あの後、咲夜の手当をした永琳に『やりすぎよ』とこっぴどくしかられたのである。
それで、今に至るまで、咲夜は布団の上に横にならざるをえなかったというわけだ。
「あの……立てますか?」
「ん、もう大丈夫」
包帯が少し痛々しいが、彼女は微笑んでメイド服に袖を通すと、美鈴の介添えを借りて立ち上がる。
「ああ、お腹が空いたわ」
「はい。私もお料理には参加しました。一杯食べてくださいね」
「もちろん」
よかった、と微笑む美鈴。
そんな彼女に、そっと、咲夜はつぶやく。
「……次、負けないからね」
「もちろんです。私だって」
「ほんと、格闘技なら強いんだから。もっともっと弾幕バトルも強ければよかったのにね」
「それを言わないでくださいよ……もう」
少しだけ照れくさそうに笑う美鈴のほっぺたをつまんで、咲夜が声を上げて笑った。
「おっ、ようやく主役がそろったぜー」
「咲夜ー、こっち来なさいなー。お酒が美味しいわよー」
「美鈴さーん、おかわりー」
宴会会場は大にぎわい。収拾がつかないくらいにまでやかましい状態になっていた。そんな中、咲夜は『また後でね』と美鈴を送り出してレミリアの元へ。美鈴は、『続きはまた今度』と優しくささやいて、大皿に料理を載せてやってきた妖夢と入れ違いに屋敷の中へと歩いていく。
「次こそは負けられません。そうですね、小町」
「そうですねぇ。っつか、四季さま。技の練習台に、あたいを使うの、やめてくださいね?」
「巻きわらでは感覚が掴めないのですよ」
「……」
奥義を二つも美鈴に破られたことを根に持っているのか、ふっふっふ、と笑う映姫。当分、小町の災難は続きそうである。
「本当に、パチェも来ればよかったのに」
「そうですわね」
「さくやー、じゅーすー」
「はい、ただいま」
美鈴もこっちにいらっしゃーい、と料理を持ってやってきた美鈴へと、レミリアが声をかける。そういうわけにも、と遠慮がちに微笑む美鈴と、咲夜にジュースをもらってにこにこ笑顔のフランドール。そんな彼女たちを見て、やれやれ、と咲夜も笑う。
「ねぇ、紫さま」
「何かしら」
「橙も、今度はもっと頑張って、藍さまと一緒に優勝するね」
「ええ、頑張りなさい。今度は私も参加しようかしら。
どう? 藍」
「え? 何ですか?」
「何でもないわ」
八雲一家も、今日は平和だ。橙が、ぱくぱくと料理を頬張り、「次は頑張る!」と紫に語って聞かせる姿は実に微笑ましい。そんな彼女たちに首をかしげ、藍が屋敷の奥へと引っ込んでいく。
「あの、師匠。一ついいですか?」
「あら、なぁに?」
「……何で私のぱんつ返してくれないんですか?」
「あらあら」
「いや、あらあら、じゃなくて……」
「いい? 因幡。しっかり、この黒を……」
「アイ・マム!」
「って、何するつもりよてゐぃぃぃぃっ!」
「お前ら、ほんとにぎやかだな。酒くらい黙って飲めないのかよ」
「なぁに、酒というのは騒がしく飲むものだ」
「慧音まで……ったく」
無意味にやかましい永遠亭組。当然、鈴仙はいぢられ役で、誰もそれを止めようとせず、むしろ囃し立てるのが関の山。あらあら笑っている約一名が、とにかく印象的な風景だ。
「次こそは優勝したいぜ。なぁ、霊夢」
「んあ? 何か言った?」
「霊夢……少し、落ち着いて食べたら?」
「全くね。料理というものをまるで理解してないわ。無粋ですこと」
「うっさーいだまれー」
こちらは、それなりににぎやかな霊夢に魔理沙、アリス、幽香の混成組。霊夢が次から次へと料理を平らげ、次から次へと新しい料理が運ばれてくる。そんな彼女を笑いながら、幽香が酒をたしなみ、魔理沙とアリスは「野球拳勝負だぜ!」と怪しいゲームを始めている。
「ねぇ、妖夢ぅ」
「は、はい。何ですか? 幽々子様」
「大成功だったわねぇ」
「……まぁ、否定はしません」
一人、酒をたしなむ西行寺家当主の言葉に、その従者は笑顔で返す。こういう忙しさなら、いつでも歓迎ですよ、という笑みだった。もちろん、それが後ほど、容赦のない幽々子のわがままを生むことになるのだが――。
「当面は、それはまた別の話かしらねぇ」
プリズムリバー達の演奏が、そして、にぎやかな宴会の声が響き渡る中。
咲かない西行妖の傍らで、いつまでも、にぎやかな花が咲き続けていたのだった。
やってくれる
今回の内容には安心しました。
自身がないのですが、トライアスロンでは?クロスカントリーだとスキーになる気が…。違っていたらスミマセン。
内容についてはギャグもレースもバトルも大満足でした。最後は妖夢(with刃挽きの日本刀×2)対美鈴(with青龍刀)の、日本剣術-中国武術兵器術対決が見たいなーと思っていたんですが咲夜さんで充分に楽しめました。棍もチンミを彷彿とさせるいい感じの描写だと思いました。
>彼と相対するものは、必ず、相手が武器を手に出来ないように棍を見るなり場外へと投げ捨てた
棒を捨てないでくれと懇願した挙句あっさりと捨てられた事を思い出した。
へ、変態秘奥義・地獄のジェットトレイン…ッッ!!
さて次回のお祭りはやはり三途の川でしょうか?
藍さまは主婦の鑑だなwww
それと、ラン・スイム・バイクの三種目を行う競技はトライアスロンですよ。
なつゲーで蹴りハメしまくって嫌われたのを思い出すなぁ
大運動会の定石ですね。相手を全てリタイアさせてから一人でゴールorクリア。
これ最強。
ゆゆこ様が、喋り方でただの頭の弱い子にしか見えません
あと、『爆弾鬼ごっこ』と聞いて爆弾を持った萃香、もしくはキモけーねに追い掛け回される競技だと思ったのは私だけでしょうk(ミッシング
そして映姫は清水
ザナちゃんの活躍ッぷりを!
いや、マジで楽しませてもらいました。
最優秀選手賞は「美鈴さん」に
最優秀外道賞には「霊夢さん」に決まりましたー。
はい、皆さん拍手~~。
第二回を期待してます!
和んだり、笑ったり、萌えたり、燃えた。さいっこうでした!
第二回があることを信じてる。
まぁ、何はともあれGJでしたw
だがそれがいい!!