なぜ他者の能力を真似できるのか、と問われれば、
鏡魔だから、としか答えようがない。
なぜそうするのか、と問われれば、
そういう風にしか生きられないから、としか答えようがない。
「どうだった?」
と、嫌味のない明るい声で言ったのは、その背に奇妙な翼を持つ吸血鬼の少女。
フランドール・スカーレットだ。
「負けたよ。これで全戦全敗だな」
フランドールが声をかけたのは、ほの赤い白髪と緑色の瞳を持つ鏡魔の少女。
本来の姿の、ミラー・エバネセントだった。
少女たちが居るその場所は、茫漠とした空間だった。
地面は一枚の鏡で出来ており、それが、どこまでもどこまでも続いている。
空は曇った銀色をしており、その向こうに何があるかは全くの不明だった。
その場に『在る』のは、フランドールとミラーと、
「終わりまでに一回ぐらいは勝てるといいね。―――じゃ、次の手を指して」
場の片隅――あるいは中央――に置かれた白いテーブルと、
テーブルの上のチェス盤だけだった。
「……。とんでもない手を指すものだ」
チェス盤を覗き込みながらミラーが言う。
フランドールが指した手は、定石とも奇手とも呼べない、いうなれば狂手だった。
出会った直後からずっと。
ミラーとフランドールはこの場でゲームをしていた。
―――それは電源が必要なものもあれば、不必要なものもあった。
単独でするものもあれば複数でするものもあった。
道具が必要なものも不要なものも、面白いものもつまらないものも、あった。
多様なそれらに共通しているのは、ただゲームであるという事のみ―――
別に何かを賭けていたわけではない。何かの考えがあったわけでもない。
ただ、何となくだ。
(……この一手。返すのは簡単だが……)
いまフランドールたちがしているのはチェスだ。
それは盤面にて己が軍勢を操り動かし、知勇を尽くして勝利を求める頭脳勝負。
体力も反射神経も視覚も要らず、ただ考える頭さえあれば出来るゲーム。
フランドールの能力の出る幕は無い、ミラーにとって実に好ましいものだった。
……だが。
何もかもを破壊する力を持つフランドールは、やはりここでも破壊を実行した。
ルールに従い一手を指しただけで、ゲームの流れを破壊したのだ。
「……良ければ一つ聞かせてくれ。何故こう打った?」
それは王(キング)を追い詰めるための一手ではなかった。
フランドールはその一手で王手(チェック)をかけることが出来たのに、
しかしそうしようとはせず、流れが壊れる=変わる一手を選んだ。
それは何故なのか、とミラーは問うている。
「これでは自分が勝ってしまう」
勝ちたくないわけではない。そうした理由が知りたいだけだ。
フランドールの答えはシンプルだった。
「何故? そりゃ簡単、こうしたほうが面白そうだったからよ」
「ほう?」
にっこり笑って言うフランドールに、ミラーは相槌を打って続きを促す。
「きゅきゅーっとやれば一発だけど、それじゃあつまらないでしょ?」
「……」
さて、フランドールはチェスのことを言っているのかどうか―――。
「……聞くまでも無い。どうかしているな」
まったく自分はどうかしている、とミラーは心の中で呟いた。
フランドールは相手を弄るのが好き、というわけではない。
気分しだいでは一発で終わらせる、というかそもそも相手と付き合いすらしない。
――その代わり、気が向いたときはとことんまでやるのだが――
まったくもって気まぐれな、いや、自由な思考回路をしている。
そんな思考回路でもなければ、こうしてミラーと遊んではいないだろう。
ミラーはフランドールをさらったのだ。
ミラーは責められて嫌われて壊されて当然な相手なのだ。
なのにフランドールは普通に会話している。くれている。
その圧倒的能力を揮おうとせずに。
―――それは何故だ?
フランドールに言わせれば、そのほうが面白いから、なのだろう。
「……本当に、あなたたちは自由だな」
憧れと自嘲が混ぜこぜになって表へ出ているミラーの言葉に、
「そう?」
フランドールは不思議そうな顔をして答えた。
「そうとも」
―――言いながら、ミラーはフランドールの狂手に平凡な一手で返し、
「……そろそろ、終わりにしようと思うんだよ」
「ふうん」
聴いているのかいないのか、フランドールは盤面を見ながら相槌を打つ。
ミラーはそれに構わず続けた。
「『コイン』も残り少ない。彼らはもうそこまで来ている。宣言も済ませてしまった。
……潮時というやつだな」
フランドールの視線は盤面に釘付けだった。
「だから。最後はひとつ、派手にやろうと思うのだが―――」
そこでミラーはフランドールの顔を両手でぐっと掴み、己の顔へと向き合わさせて、
「一緒にやってくれるかな?」
「オーケイ」
フランドールは即答し、ついでに一手を指した。
「――――――」
目覚めを誘う声ほどうっとうしいものはない。
(うるせえなあ)
彼はそう思った。
思ったが、特に行動はしない。
「……すけ。起きな―――」
だが声の主はそれを許してはくれなかった。
声を掛けつつ彼の体を揺すぶり、頬を叩き、何が何でも目覚めさせようとしてきた。
こりゃ起きるべきか、と彼はぼやけた頭で思ったが、しかし眠気には逆らえず、
「あともうちょい……」
声の主の行動を止めるために彼は言い、己の言ったことを一秒で忘れる。
眠りという快楽の前では、何もかもは色あせるもの―――
「駄目ね。しょうがない……」
ああ、諦めてくれるのか、と彼が思った直後だ。
最高に耳障りな音が彼の耳元で炸裂した。
「―――ッ!」
彼はたまらず跳ね起きて、―――現状を認識する。
「……お?」
彼が寝ていた場所は、明鏡の大地と曇銀の空を持つ、寂寞とした空間。
彼―――東方仗助は、その名前と共に自分がどこに居るのかを思い出す。
「やっと起きたか」
後ろから放たれたその声は、聞き覚えのあるものだった。
仗助が振り向くと、そこには仗助の思い浮かべたとおりの顔が―――
「咲夜さん!」
立ち上がりつつ耳から耳栓を取り出している、十六夜咲夜が居た。
「おはよう。―――良かったわ、これ以上の目覚ましを実行せずに済んで」
少しばかり傷を負っていたが、その物腰に変わりはなかった。
―――目覚まし、という咲夜の言葉をきっかけに、仗助はそれに気付く。
よく見てみると。
咲夜の足元の鏡には、鋭い何かで引っ掻いたような傷跡があった。
どうやら先ほどの騒音は、咲夜が地面をナイフで引っ掻いて起こしたものらしい。
「……今のスゲえうるさい音、咲夜さんの仕業っスか」
「そうだけど」
何か? と、咲夜は平然とした顔で言う。
―――これは鏡像(にせもの)じゃあないな、と仗助は確信した。
「じゃ、とりあえずッ」
仗助はクレイジーダイヤモンドを使い、咲夜の傷を治した。
「お。―――ありがと」
……ある者の内に疑問が存在するのなら、
その近くに居る者の内にも疑問が存在するのは当然のことだ。
「さて、ここは何処だと思う?」
仗助が問うたように、咲夜が問うた。
「……さあ。どこっスかね~?」
辺りを見ながら仗助が言う。
……その目に映るのは、果ての無い鏡の大地。
このような場所が『外』の世界にあるはずはない。
――幻想郷にはあるかもしれないが、しかしここの雰囲気は幻想郷とは異なる――
「幻想郷のどっかとか?」
違うとは思っていたが、それでも仗助は言ってみる。
「それはないわね。幻想郷だったら、もう少し『花』があるでしょ」
即答された。気持ちいいくらいの一刀両断だった。
「じゃあやっぱ、ここはアイツの……」
と言いかけて、仗助は聞きそびれている事に気がついた。
「つーか、咲夜さんはどうやってここに?」
「扉を開けたらここに出て、そしてあんたが倒れてた」
すると、仗助は咲夜に運ばれてここに居るわけでなく、
ミラー(第三者の可能性もあるが、しかし小さい)によってここに運ばれたのだろう。
……仗助の意識が途切れる直前の記憶は、少女姿のミラーとの会話だ。
傷の痛みに耐えながら話したそれは、頭へしっかりと―――
「……んん?」
いつの間にか、その痛みが無くなっていた。
仗助は体のあちこちに手を当て、傷の具合を探ってみる。
―――全て完治していた。
むしろ、傷を受ける前よりも体調が良かった。
仗助はクレイジーダイヤモンドを動かし、二度三度空を打つ。
(……!)
誰にでもたまにある、奇妙なほど体調がいい日。
その日の動きと同じ動きだった。
まるで『生命のガソリン』でも注ぎ込まれたかのように、体に力が漲っている。
仗助は咲夜を見て、
「咲夜さんが傷の手当てを?」
「―――私が見つけた時には傷なんて無かったけど?」
咲夜が嘘をつく理由は無い。自然治癒するほどの時間が経ったとは思えない。
ならば、誰か/何かが仗助に干渉をしたと考えるしかなかった。
(……。まっ、治ったんならそれでいいか)
何かの企みにせよ、偶然にせよ、治癒は素直にありがたい。
「これなら、いつ戦いになっても大丈夫だぜ」
この先、戦いになることは間違いない。……それが何時になるかは相手次第だが。
「今までのパターンなら、そろそろあれが出てくる頃かしらね。
……いい加減ラスボスにお出まし願いたいものだわ」
仗助の独り言へ返すように咲夜が言った、その時である。
「―――と、ここは……?」
「……ただっ広いとこじゃのー」
仗助たちの立つ場の近く、地面から数メートルほどの高さに出現した鏡から。
赤い髪の少女―――紅美鈴と、体格の良い老人―――ジョセフ・ジョースターが、
共に現れ出でた。
「ありゃあ、美鈴さんと―――じじい!」
「……ラスボスじゃないのが来たか」
美鈴の姿を認めた咲夜が、平静な声で言った。
「あ、咲夜さん。と、仗助さんも―――」
二人に気付いた美鈴は鏡から離れ、空中を滑るようにして二人へと近づいた。
ジョセフもそれに伴い、二人と二人は四人となる。
「いや、その前にひとつ聞いておきたいんじゃがね。……本物かな?」
この仗助たちはミラーが化けているのではないか、とジョセフは疑念を顕わにした。
もっともである。
ミラーが演技を放棄すればともかく、真剣に演技をすれば普通は偽者と判らない。
見た目も能力も、まさしく鏡へ映したかのように真似る事が出来るのだから。
「確かにそう考えるのは妥当なことだわ。お互いに。……ところで誰?」
咲夜の問いに答えたのは、
「あー、親父です。おれの。名前はジョセフ・ジョースター」
仗助だった。おやまあ、と咲夜は呟き、
「なら、一発で判別できる方法があるわね」
「え?」
疑問を浮かばせた仗助をスルーして咲夜はジョセフに向かい、
「仗助という名前には、どういう意味があるの?」
難問を放つ。
親ならば、子の名前の意味を承知していて当然―――
ではあるが、当然ではないケースも当然ある。
ジョセフのように。
……ジョセフはろくに漢字を読めない。料理名ですら間違うほどだ。
仗助に仗助という名前をつけたのも、ジョセフではない。
なにせ仗助が十六歳になるまで、ジョセフは仗助の存在すら知らなかった。
が。
「仗は守る、護衛するなどという意味。助は尽力して助けるという意味じゃ。
……誰かを守れる男になれと、そういう願いが篭っているんじゃろう。……きっと」
ジョセフは答えた。
それを見て、咲夜は理解する。
相手の知識ではなく、輝きを知るために咲夜は問うた。
ミラーが知識によってその言葉を放つことは出来ても、その目だけは出来まい。
―――それは、父親の目だった。
「……これは本物じゃあないかね」
咲夜が言う。
主に名を与えられたものとして、感じ取るところがあった。
―――名前には意味がある。
名に意味を付加するのは名付け手の思い。そして、
「……ええ」
名を持つものの精神だ。
意味と心で編まれた絆を真似る事など、ミラーには出来はしない―――。
「では、あとはフランドール様を取り戻すだけですね」
互いの了解が終わり、美鈴が取り纏めるように言った。
いや、事実それは取り纏めている。
合流は完了し、敵の目的も認識している。ならば後は―――
「自分を倒すだけだな」
決着をつけるだけだ。
ミラー・エバネセントはそこに居た。
四人から七歩ほど離れた鏡の大地の上に、両の足で立っている。
その足は誰かを真似たものではなく、緑の瞳を持つ少女の、すなわちミラー自身の足だ。
「―――ようこそ、鏡の世界の最深部へ」
そう言うミラーの瞳にあるのは、
奥の手(ラストリゾート)も無く未踏の地に立つ者と良く似た緊張。そして興奮だ。
放置すればほどなく自滅する気もするが、そうするわけにもいかない。
「……フランドール様は何処?」
言ったのは咲夜だ。その手には既にナイフが握られている。
咲夜の使命はフランドールを連れ戻す事。
それを果たさない限り、主に合わせる顔は無い。
「そこさ」
ミラーは地面を指し示した。
……鏡(じめん)には、曇銀の空以外は何も映っては―――居た。
鏡の中の空を、一人の少女が飛んでいた。
酷く捻じ曲がった枝に様々な宝石の葉をつけたような、翼とは思えぬ翼を持つ少女だ。
そのような翼を持つのは、幻想郷広しといえでもただ一人―――
フランドール・スカーレットだけだ。
鏡に映るもの、すなわち鏡像は、鏡の外に実像があって始めて出来上がるもの。
鏡の中で飛ぶものは、鏡の外で飛ぶものの映りこみに過ぎない。
ゆえにフランドールは、
(―――居ない)頭上へ視線を走らせた咲夜が気付く。
ミラーたちの上方に居るはずだが、居ない。
居ないはずはないというのに、見つからないわけがないというのに―――
(ということは……)咲夜は思考を巡らせ、
ミラーたちの下方、地面(かがみ)の向こう側ではフランドールが飛んでいる。
自らの下方を目指して。
「この向こうか!」理解。
―――鏡という仕切りを体当たりで破壊しながら、
フランドールはミラーたちの立つ場へと登場した。
……誰かが行動すれば、それに誰かが反応するのは当然のこと。
フランドールが壊した鏡は、
猛獣的勢いで辺りに破片を撒き散らす、という反応行動を実行。
それには指向性も継続性も無かったが、殺傷性だけは充分にあった。
だから美鈴はそれから味方を守るために大気を繰り、咲夜は空間を操り、
仗助はクレイジーダイヤモンドで防御し―――と、それぞれのやり方で反応対処する。
その結果、無事に済んだ。
負傷という変化は無く、立ち位置の変更も無く、
変わったのはフランドールの座標と、フランドールが壊した地面だけだ。
―――言われなければ、そこに穴があるとはまず気付くまい。
穴の向こうには頭上と同じ曇銀の空間が広がっており、
つまり見た目的にはフランドールが穴を開ける前とほとんど変わりがなかった。
破片の嵐が過ぎ去った今となっては、
穴の存在を見る者に知らせるのは地面と穴の境目しかない。
ミラーと四人のあいだに開いたその穴の上で、
「おまたせ」
と、空に静止してフランドールが言った。
まるで何事も無かったかのように―――いや、事実何事も無かったのだろう。
フランドール的には。
「……お迎えに上がりましたよ、フランドール様。とっとと屋敷に帰りましょう」
体は無傷、しかし精神的には疲労しながら、咲夜が言う。
「嫌ー。せっかくの状況なんだから、気が済むまで遊びたい」
「屋敷でならお気が済むまで遊びに付き合います。美鈴と仗助が」
「ちょっ」「あの」
美鈴と仗助の声を無視して咲夜は続ける。
「……お嬢様も心配なさっていますよ」
「あいつが? どーかなー。運命が判るんなら心配する理由はないよね?」
疑わしげに言うフランドール。そこに、ジョセフが声を掛けた。
「いや、お嬢さん。家族を心配しないものなどおらんよ。
たとえ運命が判っていても、相手の力を信じていても、じゃ」
「そういうもの?」
「そういうものさ」
と、フランドールに答えたのはミラーだった。
緊張と興奮はそのままに、いつのまにやら冷えた覚悟が瞳に加わっていた。
フランドールに気を取られていたため、咲夜たちはその瞳に気付かず―――
「今、実例を見せよう」
間に合わない。
直径一メートルほどの、大きな丸鏡。
それがジョセフの頭上に現れ、音も無く下方へと移動した。
その鏡面(なか)にジョセフを丸ごと飲み込みながら。
……ジョセフが立っていたのは仗助・咲夜・美鈴よりも後ろ。最後尾だ。
「ぬ―――!?」
ゆえに丸鏡は目撃できず、ジョセフが声を放った時には既に手遅れとなっていた。
ジョセフは丸鏡に飲み込まれ、丸鏡は現れたときと同様に唐突に消えた。
「! じじい!」「―――しまった……!」
振り返り、声を上げたのは仗助と美鈴だ。
咲夜は既に攻撃を開始していた。
―――その攻撃対象はミラーである。
フランドールという火薬箱をつつくのは論外。
現在のフランドールはまだ発火していない。ならば、ミラーに向かうのは必然だ。
「美鈴ッ! 援護を!」
咲夜は目前の穴を回り込むように動きつつナイフを投げ、
ミラーへの接近を試みる。
「……」
当然、ミラーは迫るナイフをかわそうとする―――はずだったが。
実際のミラーはかわそうともせず、ただ迫るナイフを見つめていた。
(―――あれは鏡像なのか?)
咲夜はちらりとそう考えるが、その正否を確かめる事は叶わない。
ナイフはミラーに届く寸前で爆発したからだ。
派手に、唐突に、賑やかに、理不尽に。跡形も残さずに。
ナイフは爆発霧散した。
……咲夜のナイフに爆発機能は付いていない。美鈴にも仗助にもそんな能力は無い。
だが、そんな事が出来る力には心当たりがある―――
「……ちっ!」
咲夜は足を止めずに舌打ちを一つ。
どうなったのかは解っている。どうすればいいかも解っている。
ただ、これからどうなるのかだけが解らない―――。
「……あなたの相手を務めるのは自分ではない」
無傷のミラーが、誇るでもなく言った。
それは当然、いまナイフを爆発させたのはミラーではなく―――
「わたしわたし。私は今ここで、咲夜と遊びたいの。
―――気が触れるほどキツく! 気が済むまで済むまで済むまで!!」
素晴らしい笑顔でそう言い放つ、フランドール・スカーレットだった。
フランドールの思考に、もはやこれまでのいきさつは存在していない。
ただ、己の内を駆け巡る血流(ちから)を、どうにかする事だけを考えている。
フランドールの思考に、既にミラーは存在していない。
ただ、己の内を駆け巡る血流(しょうどう)を、どうにかする事だけを考えている。
フランドールの思考に、最初からブレーキは存在していない。
ただ、己の内を駆け巡る血流(しこう)を、どうにかする事だけを考えている。
だから壊しだから喋りだから動きだから、
「行くよ?」
フランドールは咲夜に弾を撃つ。
星のように丸く、独特の輝きを持つ、直径三十センチ前後の光球。
フランドールはそれを己の力で四十発ほど作り、咲夜に向けて一斉に撃ち出す。
その軌道は風の影響を受けていない雨のように真っ直ぐで、
その色は一発一発――紫・藍・青・緑・黄・橙・赤――異なっており、
そしてその速度は、目で追える程度のゆっくりとしたものだった。
大きさと数を無視すれば虹色の雨のようにも思えるその弾群は、
しかし雨のように恵みをもたらすものではない。
フランドールは『ありとあらゆるものを破壊する程度』の能力を持つ。
故にフランドールの作り出したその弾は、純粋な破壊エネルギーそのものだ。
それはフランドールにとっては小手調べでしかない代物だったが、
しかし咲夜にとっては己の切り札より危険なものだ。
ナイフでそれを打ち消すことは叶わず、直撃すれば確実に破壊されるだろう。
咲夜が。
だから咲夜は『焦らず』それを回避する。
(……前2、横1、斜め4、後ろ1……)
軌道は単純速度はほどほど。落ち着いていけばまず当たる事はない。
ダッシュ・ステップ・ローリング。
―――回避のために時間は止めない。
ここで『力』を使う程度の力量なら、どのみち咲夜に未来は無い―――
回避した弾は地面に激突、その地を破壊し穴を開け、その向こうに飛び去る。
一つ二つ三つ、七つ八つ九つ―――
穴の直径は弾と変わらないが、しかし数が数なために厄介だ。
動きの範囲が制限されるし、穴に落ちれば咲夜は―――
「落ちちゃうよねえ。どこまでも!」
言って、フランドールは己の左手を指揮者のように振る。
すると―――
フランドールが撃ち出し、咲夜に回避されて地面の向こうに去った弾。
そのことごとくが行く手を変え、己がやって来た方向へと進み始めた。
―――元とはほんの少しだけ角度を違えて。
咲夜は弾の帰還に気付かない。
……この時点で、咲夜の立つ辺りの地面は蜂の巣のごとく穴だらけになっていた。
今すぐ崩れ落ちるような事はないが、しかしそれは危ういバランス。
舞い戻ってきた弾が崩せるほどの、脆い脆いハニカム構造だ。
弾が戻ってきたその時、咲夜は穴の地帯から脱出しかけていた。
戦場の変更を制限するものは無い以上、不利な戦場から撤退するのは当然。
だが、それは少しばかり遅い。
「―――おっと!」
「精巧勢向星虹の成功(スターボウ・ブレイク)! 掴まる蜘蛛の糸は無いよ!」
地面を破壊し突き抜けながら、色とりどりの光球群が空に舞い上がる。
光球は咲夜に当たる事なく空の果てに去っていたが、
しかし当たるよりも厄介な結果を咲夜にもたらした。
帰還した光球たちは、行きの時とは少しだけその進む角度を変えている。
行きに開けた穴を通らない、そんな都合のいい角度にと。
……行きに開けた穴を通らないという事は、
穴の開いていない部分、すなわち地面に体当たって新たな穴を作り出すという事。
古い穴は四十個。新たな穴も四十個。
合わせて八十、それだけあれば―――穴が輪(わ)を描くのは不可能ではない。
穴という点で作られた、いびつな形の輪。
その輪は一つの穴の縁だった。
小さな穴がいくつも連なり輪を描けば、輪の内側部分を支える物は下にしか無く。
下に支える物が無ければ、輪の内は一つの大穴となる―――
(……)
咲夜は輪の内側に居た。
「どうするの咲夜? 落ちる? 跳ぶ?」
輪の内側の地面が沈み込み、咲夜の全身に落下感が襲い掛かる。
咲夜の現在位置から輪の外側まではほんの四歩。
しかしその四歩を行くまでに、地面の落下距離は咲夜の跳躍限界を超える。
このまま時が動けば。
「いいえ。落ちませんし跳びませんよ―――」
そう、時間を止めれば危機を脱する事は容易なことだ。
時間を止めれば地面は落下できず、ゆえに咲夜は輪の外へとたどり着ける。
―――だが、咲夜は時間を止めない。止める理由など無い。
「蜘蛛の糸より頼もしいものが、ここにあるのですからね」
咲夜は言って、その手を掴む。
咲夜を助けるために伸ばされた、美鈴の手を。
―――美鈴は大気を操り、空を翔けて咲夜の元へと参上した。
ただ一本の勝利への道を行くために、飛べない咲夜の翼となるために―――
咲夜の体にかかるのは、落下感とも浮遊感とも違う―――飛翔感。
それは落下や浮遊の感覚とは違い、人の心を『飛翔』させるものだった。
―――飛んでいる。
その事実に少しだけ爽快な気分になりながら、咲夜は美鈴に言う。
「……何をするかは判ってるわね?」
「上へ。フランドール様を引きつけ、決着を」
答える美鈴は、既に上昇を開始していた。
「よし。……さあて! 望み通り気を済ませてさしあげますよ、フランドール様!」
「きゃっほう! 気の抜けるような真似はしないでよねー!」
フランドールが美鈴たちを追って上昇を開始するのを見て、
(これで一安心―――)
と、咲夜は思う。
下のミラーの存在を忘れたわけではないが、しかし咲夜はそう思う。
なぜなら下には、頼りになる奴が居る―――
「空が似合うな」
と、空へと昇っていくフランドールたちを見て、ミラーは独りごちる。
―――独り言はそれで終わり。次の言葉は、他者へと向けられた。
「……では、こちらも始めるとするか」
言って、ミラーは向き直る。
フランドールと咲夜がやりあっている隙に己へと接近した、東方仗助に。
ミラーと仗助の間に横たわる距離は数歩。クレイジーダイヤモンドの射程よりも長い。
「……じじいはどうなった」
能面のような顔で、恐ろしいほど冷たく硬い声で、仗助が言う。
気の弱いものなら一目で気圧されるほどの、パワーのある態度だった。
だが、気の弱いものはそもそも戦いを挑んだりはしない。
「さて? 海の底か火山の中か。はたまた空の果てか―――」
ミラーは平然とした顔で、声で答え、
「……自分をブチのめせば判るかもな?」
思うさま仗助を挑発した。
だがその挑発に意味は無い。……憧れの対象への侮辱すら、今の仗助には無意味だ。
「じゃあそうさせてもらうぜ。
どんな傷だろうとよぉ~、きっちり治してやっからよー。
……あっさりくたばるんじゃねえぞッ! コラァ――ッ!」
なぜなら、既に仗助はとことんまで挑発されている。
……『この状態』こそミラーの狙い。望み。だから、
「あっさり終わるつもりは無い! 治してもらうつもりも無い! 自分はここで―――!」
空では技と魔法の戦いが始まり。地では鏡とスタンドの戦いが始まり。
その影響で彼らの運命は加速し、終わりへと驀進する。
……終わりまでは、あと少し。
終わりを先延ばすことは出来ても、終わらなくすることは出来ない。
誰でさえ。何でさえ。
日常も非日常も、いつかは終わる時が来る。
……だから、どのように終わるか、というのは何よりも重大で重要なことだ。
予定の満了によって見事に終わることもある。
唐突な告死によって不完全に終わることもある。
諸般の事情によって終わりを先延ばしにさせられ、全てが台無しになることもある。
―――見事な終わりを迎えられるものは、数少ない。
悪い流れが、誤った判断が、不足した何かが、良い終わりを破壊する。
だからという訳でもないが、フランドールはそろそろ終わりにしようと決めた。
その鏡世界の空を飛ぶのは、一人の人間と二人の妖怪、そして幾多の光球だ。
フランドールは弾幕による遊戯を望んだ。
咲夜と美鈴はそれを受け入れる他は無かった。
数の上では(今のところ)二対一。
遊戯方法の決定手段が多数決なら咲夜たちの望みが優先されるだろうが、
しかし決定手段の決定権利はフランドールにある。
有無を言わせず己の趣味に付き合わせるだけの、力を持っている。
―――まあ、咲夜たちがフランドールの決定に従ったのは、
そのほうが自分たちに有利になるからであるのだが。
フランドール・スカーレットはありとあらゆるものを破壊する力を持つ。
先ほど咲夜のナイフを破壊したのもその力によるものだ。
その力の射程範囲は、フランドールが認識できるところまで。
その力の発動条件は、フランドールの意思ひとつ。
その力の威力限界は、最低でも隕石を破壊できる程度。
まったくもってデタラメな能力だ。
……フランドールがそう望めば、咲夜たちを一撃で破壊するなんて簡単な事である。
しかしフランドールはそうしない。
フランドールはあくまでも間接的に動き・遊ぶ。
ルールがあればそれに従い、相手が居れば台無しにはしない。
(ただし、いつ気まぐれを起こすとも知れないが)
そこに、咲夜たちの勝機があった。
「ねえ咲夜、パシフィストボーナスでも狙ってるの?」
フランドールの声が、光球を掻き分けて空を渡り行く。
それはフランドールから遠くに位置する咲夜たちへと完全に届いた。
「―――右上方に空間、半秒留まり落下……!」
届きはしたが咲夜たちは返事をしない。
そうするだけの余裕が、無い。
―――空を埋め尽くすように放たれた、数えるのも嫌になるほどの破壊の光球。
それは定数という規則(パターン)と乱数という規則(ランダム)を使い分け、
壁にも悪魔にも邪魔されることなく空の間を動き回った。
触れれば一撃で命が終わるその弾の群れを、
咲夜たちは一瞬たりとも惑うこと無くかわしていく。
美鈴が気を操って空を動き、咲夜は美鈴に掴まりながら美鈴に指示を出す―――
弾幕回避の巧拙を分けるのは、避け手の判断にかかる時間の多寡だ。
いま安全な場所はどこか。次はどこに身を置けばよいのか。
それを見極めるのが早ければ早いほど、弾幕回避は上手に・余裕を持って実行される。
……判断速度が回避の成否を決めるのは、通常の攻撃でも同じことだ。
しかし弾幕回避は通常回避とはまったく異なる判断センスを必要とする。
弾幕は空間を占領するものであるゆえに。
弾幕は時に伴いその姿(カタチ)を変えるものであるゆえに。
―――だからこそ、咲夜の能力は弾幕回避に何よりも有効なのだ。
「ここで停止、正面に空間が出来たらそこに―――!」
咲夜は美鈴に告げる。
判断というよりは反射の領域、ゼロに近い極短時間で、
次に身を置く場所を、いま安全な位置を、次から次へと指示していく。
今この場にある弾幕は高速なもの。
判断する時間などろくに有りはしない。
回避動作を実行する時間しか、有りはしない―――
……回避動作を実行するのに必要な時間は、
判断に掛かった時間+動作そのものに掛かる時間だ。
回避動作の実行に掛かる時間が長ければ長いほど、回避は失敗しやすくなる。
―――動作そのものに掛かる時間には大した個人差は無く、
判断に掛かる時間は実に個人差が激しい。
ある者が一瞬で判断する事例を、
またある者が十秒掛けても判断できない。なんて驚くほどの事でもない。
避け手が回避に失敗するわけは、以下の二つが大勢を占める。
ひとつ、判断が間違っている。
ふたつ、判断に掛かる時間が長すぎる。
……考えるのに充分な時間さえあれば、
良く回避を失敗する者でも意外なほどかわしてみせるものである。
しかし、その『充分に考える時間』が現実には無い。
迫り来る攻撃は思考の時間と能力を削り取り、ゆえに不十分な判断で動作を実行。
上手くかわせれば次の攻撃でさらに思考時間/能力を削られ、
かわせなければハイ終わり。
やり直しなんて出来はしない。コンティニューなんてありはしない。
だから咲夜は時間を止める。
―――能力の発動に伴い、時間に縛られている全ての物が動きを止めた。
音も色も風も光球も美鈴もフランドールも。ミラーも仗助も。運命も。
(右・下・上)
ただ、咲夜だけがそこで動いていた。
美鈴の手に掴まり、頭だけを動かしていた。
―――現在の状況で時を止めても、大した事は出来ない。
ナイフは光球に阻まれフランドールにまで届かないし、
位置を変えるには美鈴が自分の意思で動く必要がある。
出来るのは、せいぜい辺りを見る事だけ。
―――だがそれでいい。
咲夜は見る。咲夜は見る。咲夜は見る。咲夜は見る。
現在の光球の位置を見て、今どう動くべきかを判断する―――
そして時間は動き出す。
「―――右斜め下の空間に!」時が動き出すのと同時に、咲夜は指示の言葉を放つ。
美鈴はそれに従い動き、破滅の光球を回避した。
……咲夜が時を止めていたのは、一秒にも満たないわずかな時間だ。
そのような短時間では判断がどうしても不完全になるが、しかしそれはしょうがない。
それより長くすれば『力』の消費は膨大なものになる。
―――弾幕は常にその姿を変えるため、
二秒前の正答は現在の誤答と化す。
だから、何度も何度も何度も何度も何度も何度もこまめに時を止めて判断する事こそ、
「まず低速で後退、前方を弾が交差しはじめたら全力で上昇、そして―――」
時間を稼ぐための唯一の手段だった。
「……」
美鈴は咲夜に従い、無駄口を叩かず動く。ひたすらに、ひたすらに。
いかなる判断がなされていても、その判断を活用する動きが無ければ意味が無い。
咲夜は判断をする事は出来るが、空を自在に動く事は出来ない。
……正確に言えば、自在に動く事は出来るのだが、そのためのコストが高すぎる。
空間を操作すれば空を動くのは簡単だ。
しかしそれはそのために『力』を使い続けることになる。
『力』が身に溜まり行く速度よりも、速く。
それはゴールの見えないマラソンを、止まらない出血を抱えて走り続けるようなもの。
無事に終わる可能性は、どうしようもないほど低い。
そこで美鈴の出番だった。
美鈴の飛行は―――ありていに言えば咲夜よりも燃費が良い。
咲夜ほどに効率よく判断出来るわけではないが、しかしそれは問題ではない。
咲夜よりも効率よく飛べることが重要なのだ。
……互いに不足した力を補い合うのは自然なこと。
咲夜の判断+美鈴の動作。
このシチュエーションでフランドールと対決するならば、それは正しくベストの選択。
「……全力停止!」
―――全身に目が付いているかのように、咲夜と美鈴は空の光球をかわし続ける。
フランドールは、それを「良し」と思い。
同時に、それ以外を「悪し」と思った。
……咲夜たちは攻撃を仕掛けてこないのである。
まったく。一度も。どれほどの隙を見せても。
咲夜はフランドールに攻撃をせず、ただ指示をするだけだ。
美鈴はフランドールに攻撃をせず、ただ動くだけだ。
(……それってどういうこと?)
フランドールは考える。
まさか咲夜たちが唐突に平和主義者(パシフィスト)になったわけではあるまい。
主義というものは継続貫徹しなければ意味が無いものだ。
「てゆーか、平和主義者(パシフィスト)って柄じゃないよね」
光球を操作して咲夜たちを追い立てながら、フランドールはひとり呟く。
咲夜も美鈴も、基本は夜に生きるものたちだ。
夜を翔ける者(ナイトストライカー)に平和主義は似合わない。
「なら―――ああそっか」
力を溜めて、『好機(チャンス)』を待っているだけか。
と、フランドールは正解を弾き出した。
そう、咲夜たちは、好機を待っていた。
ナイフより大きく、気弾よりも威力ある、光輝という『好機(チャンス)』を―――
―――仗助は『好機(チャンス)』を待たない。
待てばそのまま押し切られるだけだと判っていた。
だから、攻撃する。
「ドラアッ!」
相手の攻撃に先んじて繰り出される、クレイジーダイヤモンドの拳の一撃。
それは相手――ミラーの作り出した鏡像――を完膚無きまでに打ち砕いた。
打ち砕いたからこそ、仗助は傷ついた。
「……ぐうッ!」
仗助の拳に、腕に、足に、切り傷が刻まれ、熱い痛みが傷をなぞり走る。
少し立ち位置が違っていれば、その痛みは目を走っていた事だろう。
……血が、出来た傷を埋めるように溢れ出した。
別に相手の攻撃を受けたわけではない。
仗助の攻撃が決まったその時、
仗助狙いの攻撃を放っていたのはただひとつの鏡像のみ。
――それは、クレイジーダイヤモンドを映したものだった――
そしてその鏡像は、仗助の攻撃によって攻撃の形を保てないほどに砕かれた。
……ならば傷つく理由は無い、と考えるのは早計だ。
攻撃対象が対象なら、傷つく理由はある。攻撃手段が手段なら、傷つく理由はある。
「『人型発破』、とまではいかないが―――中々にキクだろう?」
ミラーが誇るように言った。
砕かれた鏡像の居た位置からやや離れた場所に、本来の姿のミラーは立っていた。
「何せあなたの威力をその身に受けた撃ち返し弾だ」
そう。
仗助に傷をつけたのは鏡像の攻撃ではなく、鏡像そのものだ。
―――砕かれた鏡像は砕かれた勢いで鏡の破片を撒き散らし、近くのものを傷つけた。
己を砕いたクレイジーダイヤモンドを、その近くに居るしかなかった東方仗助を。
だがその傷の深さは、
「……どうってことはねーな。この程度じゃネズミだって仕留めらんねーぜ」
仗助は真実を言う。
以前仗助はクレイジーダイヤモンドのパワーで自身を殴り飛ばした事があるが、
――媒体の違いがあるとはいえ――それよりも遥かに痛くなかった。力が弱かった。
仗助の体に刻まれた傷は、浅い。
……そんな事、見れば解る。
「確かに。砕かれた分だけ、散逸した分だけ、拳の威力は失われている。
あなたを一撃で仕留めるほどの威力は無い。―――だが、連発されたらどうだ?」
ミラーは言って、自身の前―――すなわち自身と仗助の間に鏡像を作り出す。
それは先ほどと同じ、クレイジーダイヤモンドを映したものだ。
その鏡像を砕くのは、先ほどと同じように簡単な事だろう。
仗助に砕かせるために作られた物なのだから。
砕かれて飛ぶ。
それは攻撃(アクション)ではなく反応(リアクション)である動作だ。
物を傷つける動作である事には変わりがないが、反応である事が仗助への枷となる。
攻撃に反応するのは簡単でも、反応に反応するのは難しい。
相手の反応は己の攻撃の直後に実行されるものであり、
攻撃/反応を実行したあとには、どうしても隙が発生するからだ。
……クレイジーダイヤモンドの射程限度は一メートル弱。
クレイジーダイヤモンドで鏡像を砕いた場合、
一メートル弱しか鏡像との距離が無いわけである。
人並の身体能力しか持たない仗助に、その距離から来る鏡の破片を回避するのは難しい。
―――鏡像の反応を防ぐ方法は無いこともない。
それは誰にでも出来、道具も何も要らない、とても簡単な方法だ。
鏡像を砕かなければいい。
そうすれば反応は起きない。
たとえ鏡像が自壊して破片を飛ばしてきても、それは反応ではなく攻撃に堕している。
ならば反応は出来る。
―――しかしそうすれば、鏡像を無視すれば、相手の攻撃は仗助に向かい続けるだろう。
ミラーの映し出す鏡像は、
対象の動きに合わせて動く真っ当な鏡像(もの)ではなく、独りでに動く魔鏡像だ。
それを砕かずに突破してミラーに迫るのは、難しい。
「さあ、どうする東方仗助?」
ミラーが鏡像を指で示しながら、仗助に告げる。
「このタイプの鏡像はすぐに壊れて力の真似率もいまいちだ。
が、その代わりに『力』の消費量が低い。あまりに砕かずに居れば次を作り出すぞ。
―――どうにかする策はあるのか?」
「……ねーよ」
ここに居るのが十六夜咲夜なら、時を止めて鏡像の反応を無力化するだろう。
それ以前に、遠距離から鏡像を砕いて余裕を持って破片を回避するだろう。
仗助にある力は、触れる事で壊し・治す力だけ。
……この場合、治す力は意味を為さない。鏡像を治しても反撃を受けるだけだ。
他に治して意味のあるものも、無い。
ミラーが選択した戦法と仗助は、実に相性が悪かった。
「そんなもんは必要ねえ……!」
だからといって諦める理由(わけ)は無い。
―――頭上の空では咲夜たちとフランドールがやり合っている。
ここで仗助が倒れれば、ミラーは上へ向かいロクでもない事を実行するだろう。
ジョセフを鏡で呑んだように。
……それが仗助を奮わせる理由。戦わせる理由。
理由がある限り、動きが止まる事は無い―――
仗助は己の前の鏡像へと、力強い足取りで近づき、
「―――この程度で止まると思ってんのかッ!」
射程に入ると同時にクレイジーダイヤモンドで打ち砕く。
当然。
飛び散った鏡像の破片は仗助に新たな傷を付けた。が、しかしそれは全て浅手。
傷ついたのは、腕と肩と腹だけだ。
―――飛散する事が判っているなら、あらかじめ急所を守っておくのは当たり前。
だから歩みは止まらない。
痛みも出血も無視し、仗助はミラーを目指して歩き―――
「あんま調子こくんじゃねーぜッ! ミラー・エバネセントッ!」
怒りを露わにして、吼える。
仗助が勝つためには、ミラーに近づくしかない。
どんな手段を使ってでも。どんな代価を支払おうとも。
近づいてクレイジーダイヤモンドの拳を直撃させるしか、勝つ方法は無い。
……それは至難の業だ。
弾幕も必殺技も、人を超えた身体能力も切り札となる道具も持たない仗助。
弾幕も必殺技も身体能力も道具も、『映し出せる』ミラー。
どちらが有利かは言うまでも無い。
「ドラララッ!」
新たに現れた鏡像を打ち砕き、体に三度目の傷を受けながら、仗助は進む。
―――有利とか不利とか、そういう事を仗助は考えては居なかった。
ただ、ミラーをブチのめす事だけを考えていた。
そのためならば、傷も、流血も、苦難も距離も弾幕も破壊も鏡像も何もかも。
克服してみせると、決めている。
「すぐにそこまで行くからよ~、動くんじゃーねえぜーッ!」
進みながら言う仗助に、ミラーは新たな鏡像を作りながら、
「動くな、と言われて動かない奴はあまり居ないな」
仗助から距離を取る。
空では時を止めながら時を待ち、敵を引きつけ。
地では切り裂かれながらも砕き、敵を追いかけ。
そのように、戦いは停滞した。
……いつまでもそのような状態が続くはずもない。
停滞とはいうものの、実際には動いてはいる。精神が、肉体が、力が。
ならば、精神に、肉体に、力に。疲労という変化が起きるのは当然のこと。
―――最初に変化したのは、フランドールだった。
「飽きた」
というフランドールの言葉と共に、空を舞っていた全ての光球が消滅した。
一瞬で、一斉に、一切の痕跡を残さずに。
空は銀色が覇権を取り戻し、過去の平穏を復活させた。
それに呼応し美鈴は動きを止め、咲夜は言葉を放つ。
「―――もうお仕舞いですか、フランドール様?」
咲夜の物腰には僅かの疑念も安堵も無く、どこまでも自然体だった。
美鈴も、顔に疲れの色が出ていたが、しかし緩んではおらず。
フランドールが次に何をしでかそうとも、二人は惑う事なく対応出来る―――。
「お仕舞いね」
フランドールが笑って言った。
それは恐ろしく、それは作り物ではない、それは可愛らしい、
「―――弾幕は」
少女の笑みであった。
現在位置は空の半ば。相対距離は十メートル少し。
フランドールを見上げる位置に、咲夜たちは居る。
「弾幕が終わりなら―――次はお茶ですか?
……しまった、ティーセットは持ってきてない。……美鈴、持っている?」
「え。いや、普通は持ってきませんて」
―――中々にとぼけた言動だが、
しかし咲夜はフランドールを挑発するためにそうしているのではない。
素で言っている。
……咲夜には、そういう天然としか言い様の無いところがあった。
フランドールには、それとよく似ているがしかし違う、普通ではないところがある。
「空でお茶を飲むのも悪くないかもね。今度試してみようっと。
―――遠距離戦の次は接近戦に決まってる!」
フランドールは言うと同時、咲夜たちを目指して空を翔けた。
鳥よりも、風よりも、月よりも速く。
「……!」
やばい、と美鈴は声にならない声を出す。
―――『吸血鬼』の身体能力は、人間は元より大抵の妖怪をも上回る。
接近は予想していたとはいえ、対処の厳しい事柄であることに変わりは無い。
「U.N.オーエンキーック!」
フランドールの放った両足蹴りを、美鈴は気の膜を使って受け止め―――
「……あぐっ!」
しかし無駄。人間の蹴りを喰らった犬のように、軽々と弾き飛ばされた。
そこにもはや見るべきものは無し。
フランドールは美鈴への興味を無くし、急速停止して辺りを見回しつつ、
「さあて咲夜は!?」言う。
弾き飛ばされた美鈴の傍に咲夜は居ない。蹴りを決めた時には既に居なかった。
今はどこに―――?
「ここですよっ」
声がしたのはフランドールの背後。
その声に反応し、咄嗟にフランドールは翼を一打ちして前へ動き出す、が。
「後ろの応援ー!?」
背後の相手―――十六夜咲夜と距離を取ることは叶わない。
咲夜はフランドールの首に腕を巻きつけ、
「応援じゃなくて邪魔ですわ」
あらかじめ懐から取り出しておいた注射器を、フランドールの首筋に突き立てた。
―――人間は、身体能力では吸血鬼には敵わない。
力で勝てず、速さで勝てず、タフさで勝てず、翼(きば)に勝てず。
策も無く正面からぶつかり合えば、人間の敗北は確定している。
―――だが、特殊能力では対抗できる。
咲夜は時を止める事でフランドールの背後に回りこみ、
―――道具を使えば、対抗できる。
七曜の魔女―――パチュリー・ノーレッジより授けられた、
吸血鬼を押さえ込むための、つまりは対フランドール用の道具(くすり)を使用した。
フランドールのように危険な力を持ち、
危険な行動パターンを持つ相手を『なるべく』傷つけずに止めるには。
薬を使うのが一番だ。
相手を麻痺させるものを、思考をぼやけさせるものを―――夢を見せるものを。
それは、咲夜にとって手馴れた事であった。
今までフランドールが暴走するたび、咲夜はそうしてきた。
レミリアが、美鈴が、紅魔館の面々が、そうしてきた。
……いっそ、一思いにやってしまえば全ての憂いは無くなるだろう。
だが同時に、何よりも大切な物を無くしてしまうだろう。
レミリアはそのような運命を望むほど―――劣化してはいない。
だからこそ。
「痛たた、やめてよ咲夜!」「ええ、やめます。終わったらね」
咲夜は主の意思を承り、フランドールに相対する。
(一本目、完了―――)
咲夜は中身が空になった注射器をフランドールの首筋から離し、次の注射を準備した。
が、フランドールがそれをうかうかと見過ごしてくれるはずもなく。
「ああもう! じゃあ終わらせてやる―――!」
フランドールは咲夜を突き放した。
正確に言えば、咲夜が手を放さずにはいられないようにした。
一度そうなってしまったのなら、もはや時を止めても意味は無い。
咲夜の言葉も道具も、全て届く前に破壊されて意味を無くしてしまう。
……一秒前は時の終わりよりも遠く、咲夜には時を逆回しにすることは出来ぬ。
だから咲夜はフランドールから手を放し、空にその身を投げ出し―――
「……わっと! 五体満足(だいじょうぶ)ですか、咲夜さん?」
体勢を整えて接近してきていた美鈴に、抱き留められた。
「今のところは。……すぐに大丈夫じゃあなくなりそうだけど」
それを見て、咲夜は言う。
―――それに少女の色は無く、ただ青の輝きだけがあった。
それに少女の面影は無く、ただ破滅の印象だけがあった。
それはフランドールだった。
フランドールは咲夜の手から逃れえるため、自身を一つの弾へと変えた。
その身に触れた何もかもを破壊する、破壊の光弾に。
弾を生み出し弾幕を編む、青く輝く光の球に。
注入された毒を無効化するため、体を再構成した。
―――それは咎人を奇妙な果実(ストレンジフルーツ)に変える法魔の魔法。
相手がフランドールの姿を、対処法を探している内に、
魔法の弾は状況を破壊し破壊し破壊し破壊し破壊し破壊し破壊し破壊し破壊し―――
そして誰も居なくなるのだ。
―――誰も居なくさせるために。
フランドールだったその弾は、咲夜たちを目指してゆっくりと動き出した。
そのスタイルは追尾。
『力』という燃料が切れるまで、獲物を狙う獣のように静かに厳しく追い続けるもの。
油断すれば、一撃で全てを奪われる。
「……予定とはちょっと違っちゃったけど、まあこれでもいいか」
というのに、言う咲夜には焦りは無い。迷いは無い。
「これで勝ちは決まったも同然、ですか」
美鈴にも無い。
……咲夜のナイフも薬も、今のフランドールには通用しない。
……美鈴の気弾も打撃も、今のフランドールには通用しない。
咲夜の『力』も美鈴の『力』も今までの回避動作によって消耗しており、残り少ない。
だが、負ける理由は無かった。
「こっちはね」
言いながら、咲夜は己たちの下、鏡の大地で戦うものへ視線を向ける―――
下では、
「―――ぐぶう……!」
仗助の敗北が決まりかけていた。
―――鏡像の破片を浴びせられながら、いくつもの傷を受けながら、
仗助はミラーに接近し、クレイジーダイヤモンドのラッシュを放った。
その様を受け手側から喩えるなら、
超一流のハンマー投げ選手が全力で放り投げた金剛石(ダイヤモンド)製ハンマー。
それが、群れを成して襲い掛かってきたようなもの。
その迫力は凄まじく、威力などは言うまでも無い。
マトモに喰らえば、ミラーはここでコンティニューせざるを得なくなっていただろう。
―――だが、距離を詰められた程度で負けるほど、ミラーはぬるくはない。
クレイジーダイヤモンドの拳を受けたのは、やはり鏡像だった。
それは至近の仗助に対するためミラーが作り出した、
三体のクレイジーダイヤモンドの鏡像のひとつ。
……拳を受けた鏡像は破砕し、一体分の破片を仗助へ浴びせかけ。
それと同時、二体分の打撃が仗助へと放たれた。
仗助が受けたのは破片による傷、そして打撃による傷だ。
一体はかろうじてガードが間に合ったが、もう一体の分の打撃は駄目だった。
「―――げほ……!」
鏡像の打撃が入ったのは胸だ。
仗助は呻きと咳の混合物を喉から迸らせつつ、打撃に従い吹き飛ばされる。
バランスを崩し地面に転がり、転がり滑り滑り滑り―――
そして止まったのは、フランドールが先ほど弾で開けた大穴の手前だった。
仰向けの仗助は、その頭を半ばまで穴に突き出させながら『それ』を見た。
「……さて東方仗助。まだ向かってくる気力はあるか?」
一歩たりとも動かずに言うミラーへ、仗助は身を起こしつつ答える。
「げほっ、……当然、あるぜ……」
まだ戦える。鏡像の打撃で受けたのはその程度のダメージだった。
体は動き、心は折れていない。ならば動ける―――
「ならば来い!」
「嫌だね。―――ドラララララッ!!」
仗助は、クレイジーダイヤモンドで己の立つ部分の鏡面を破砕する。
……鏡面はそうあっさり砕けるほど脆いものではなかったが、
そこはフランドールが開けた穴のすぐ隣だったため、常よりも楽に砕けた。
―――足場を砕けば結果は一つ。
下に、落ちるのみ。
「な!?」
鏡面の破片と共に落下していく仗助を見て、ミラーは驚愕の声を上げた。
そうする理由が解らなかった。
飛べない仗助がそんな真似をすれば、待ち受けるのは落下死という結末のみ。
クレイジーダイヤモンドの能力を活用すれば舞い戻る事は出来ようが、
しかしそうするならば、何故わざわざ―――
(離れなければいけない理由があった……!?)
ミラーがそう思い当たったのと、『それ』が舞い降りてきたのはほぼ同時だった。
『それ』は、
上で戦っていた咲夜&美鈴と、咲夜たちを追尾する青い光球(フランドール)である。
「これが狙いか、東方仗助……!」
己と同じ高さに在る咲夜たちを見てミラーが言う。
そう。下へやって来る『それ』を、仗助は見ていた。ミラーに吹き飛ばされた時に。
(落ちる事で、あえて危機から遠ざかるか―――)
落ちている時間と舞い戻る時間、それは足しても一分に満たないだろうが、
しかし問題は無い。
咲夜たちは、咲夜たちを追う青い光球(フランドール)は、既にミラーへ迫っていた。
ミラーは鏡の大地、大穴より十歩ほど離れた位置に居る。
咲夜と美鈴はミラーと同じ高さで動いている。ミラーを目指して。フランドールと共に。
それが示すのは一つの事実―――
「……次の自分の相手は『あなたたち』、か」
咲夜と美鈴とフランドールに向けられたその言葉は、
しかし音が小さすぎたために相手には届かない。
―――届いたところで、反応は無かっただろうけれど。
咲夜と美鈴はミラーなどどこにも居ないかのように空を動き、
フランドールはそれを追いかけて空間を埋めてゆく。
青色の光球で。少なく見積もっても三桁は確実な、幾つもの破壊弾で。
……フランドールという弾幕は対象を差別しない。
追いかけるものはただひとつ、己から逃げる咲夜と美鈴だが、
壊すものは、己に触れるもの全て・分け隔てなく。
「く……!」
ゆえにミラーは足を動かし、迫るフランドールの光球から身を遠ざける。
移動するために呼んだ鏡を光球に壊されながら一歩、
顔をかすめる光球に背筋を冷たくしながら二歩、
咲夜の放ったナイフに足を傷つけられつつ三歩。
そうして目指すのは、ひとつの方向―――ひとつの場所。
「よし!」たどり着いた。
ミラーは迷わず、そこへ―――
時間切れだった。
「おっと」
咲夜はそれを見て、放ちかけたナイフを握りなおし攻撃をキャンセルする。
それ―――先ほどフランドールが空けた大穴の近くの、仗助が拡大した部分。
そこへ、ミラーが跳びこむ光景だ。
……何のために、などは考えるまでも無い。
フランドールの破壊から逃れるため、
そして落下中/上昇中の仗助を襲撃するために決まっている。
それを解っていたが、しかし咲夜たちはミラーを追わない。
「……後は仗助任せか」
「咲夜さん、そろそろです―――」
フランドールの始末がある。
飛翔するロケット花火は星に届かず地に落ちる。
空を飛ぶための力、すなわち火薬(ねんりょう)がすぐに底をつくからだ。
飛行機が飛ぶのにも人間が走るのにもランプが辺りを照らすのにも、
全て燃料がいる。
今のフランドールも、『力』という燃料で動いていた。
―――そのフランドールの燃料が、そろそろ底をつこうとしている。
「美鈴、右・前・左・右斜め前!」
踊るように、駆けるように、泳ぐように。
速度を上げた青色の光球を、
そしてそれの生み出す色とりどりの光球を、咲夜たちはかわし続ける。
そうする事で、フランドールの燃料を削る。
見れば解るが、今のフランドールの状態は普通ではない。
その普通ではない状態を維持するために、フランドールは『力』を使っている。
『力』というのは使えば失われるものだ。
燃料(ちから)が無くなれば、燃料で動くものはその動きを止める。
時間切れだった。
―――これといった前触れも無く、空を埋める光球が消滅した。
全て。斉しく。燃料の尽きた灯火のごとく。
そして光球と入れ替わるかのように、空の一点にフランドールが現れた。
フランドールは、外面的には消える前と何一つ変わってはいない。
しかし内面的には変わっていた。でなければ、
「―――終わりにするか」
時間を稼いだ意味が無い。
フランドールが今居るのは、咲夜の投げたナイフが届かぬ位置だ。
そこで、フランドールは次の攻撃のための準備をしていた。
―――準備、といっても大したものではない。
力を吸って力を集めて力を纏めて。尽きた『力』を補充する。ただそれだけ。
ほんの、数秒で終わる行為だ。
絶大な隙がある、行為だ。
咲夜たちはその隙を知っていた。
―――フランドールの隙は、大きかったが短かった。
咲夜と美鈴が全力で攻撃しても、フランドールを仕留めきる事が叶わぬほどに。
近づいて薬を使用する事も――通常では――叶わぬほどに。
対していたのが咲夜でなかったら、フランドールは己の意を通していただろう。
咲夜が時を止める事が出来なかったのなら。
瞬間的な隙(もの)を、永遠の隙(もの)とする。
時を止めるとはそういうことだ。
(ちぇっ)
己の在る領域から『力』を集めながら、フランドールは自身の敗北を悟っていた。
いや、それよりも前に悟っていた。
先ほどの攻撃で仕留められなかった時点で、負けは確定していたのだ。
だがフランドールは『力』を吸い集める。
万が一に期待したわけではない。意地を張りたいわけでもない。
「どうでした?」
何がどうなのか、などとは言わない背後からの咲夜の声に。
「まあまあ」
フランドールは、己の内に入り込む薬を感じながら答えた。
そして、薬の作り出した眠りの海に意識を墜落させつつ―――
集めた分の『力』を破壊し、『力』の破片の弾幕を作り出す。
そうしたほうが、楽しいと思った。
―――落ちる。
飛ぶこと無く落ちる。止まること無く落ちる。向かうためにミラーは落ちる。
向かう先は、落ち始めたその時から見えている。
鏡の大地の欠片に立つ、東方仗助は。
「―――」
縦は一メートル弱、横も一メートル弱。形は歪な四角形。
そんな小さな足場。
そこで、仗助はミラーを見上げていた。
その顔に落ちてくるミラーに対する驚きは無い。ただ、純然たる闘志がある。
(もうすぐだ……)
ミラーが仗助の表情を解す事が出来るのは、
ミラーの視力が良いというのもあるが、
基本的にはそれだけ互いの距離が狭まっているという事である。
ミラーは落下している。
何かを蹴りつけて加速するわけでもなく、鏡を使って移動するわけでもなく、
ただ引力に身を任せている。
ならば、先行して落下した仗助に追いつくはずはないのが道理である―――が。
それは仗助が落ち続けていた場合の話だ。
仗助は、己の立つ足場をクレイジーダイヤモンドの能力で直した。
だから足場は元通りになろうとして上へ向かった。仗助を乗せたまま。
ミラーが予想したとおり。
直ろうとする足場は、己の落下軌道をなぞるように上へと昇り、
仗助が何をしても途中でその軌道は変わらない。再び落下することは無い。
ミラーは足場の落下軌道を見極めてから落ちた。
だからミラーと仗助がぶつかり合うのは当然であり。逃れえないことであり。
「行くぞ―――!」
「来やがれ……!」
互いが望んでいることだった。
ミラーが取れる選択肢は、色々とあった。
力を分散して無数の(数を増やした分だけ出来の悪い)鏡像を作り出すことも、
気合を入れてロードローラーを映し出す事も、
止めることも、逃げ出すことも、出来た。
……いかに選択肢があろうとも、選択できるのは一つだけだ。
ミラーが選んだのは。単純で、簡単で、安易で、
「ダイヤモンドを砕くのは、やはりダイヤモンドが相応しい―――!」
もっともよいと感じた選択肢。
ミラーは己の前にクレイジーダイヤモンドを映し出す。
まさしく光速で現れたそれ、その瞳にある輝きは、ダイヤなのか鏡なのか。
それを見やる仗助は、どのような選択肢を採るのか―――
言うまでもない。
仗助はクレイジーダイヤモンドを己の内から現出させ。
その拳を、落ちてくるミラーとミラー・クレイジーダイヤモンドに向けて。
選択、実行。
「ドラララララララララララ―――!!」
「『クレイジーダイヤモンド』ッ!!」
―――ぶつかり合う拳と拳。
此度のクレイジーダイヤモンドの鏡像は、先ほどの鏡像のようにやわではなかった。
拳を叩き込んでも、その拳は砕けない。
―――弾ける音と血。
仗助のクレイジーダイヤモンドの拳は相手の拳に傷をつけるが、
しかしそれは相手の拳も同じ。
相手に傷をつけるたび、仗助の拳にはダメージが溜まっていく。
―――止まる体。
仗助は上を見つつ、上から掛かる衝撃で足場から落ちないように足に力を込め、
ミラーは鏡像のクレイジーダイヤモンドの後ろで、
下から来やる衝撃によって、空中に浮く。
―――回転する思考。
相手と拳を打ちあいながら、隙を窺いあった。
相手の拳を砕きながら、己の拳を砕かれないことを目指した。
相手を打ち倒す事で手に入るものを、求めた。
―――終わる動き。
同じ行為をする両者。その勝者と敗者を分けたのは能力ではなく、運でもなく。
位置の差だった。
二人が拳を交わしている間も、足場は止まること無く動いていた。
終点、足場のあるべき場所に向かって。上に向かって。
上昇する物の上に在る、仗助とミラー。
より終点に近いのは、仗助の上に位置するミラーだ。
だからミラーは、
「がッ―――!?」
『そこ』に足をぶつけた。
『そこ』とは、先ほどまでミラーが立っていた鏡の大地である。
……足場は己のあるべき場所、すなわち鏡の大地に直ろうとして動いていた。
ゆえに、直る直前の足場は鏡の大地に最接近している。
足場から半端にはみ出た位置に居れば、鏡の大地の裏面に体が当たるのは当然だった。
仗助のほうを向いていたのが仇となった。
ミラーは迫る裏面に気付かず、思うさま足先をぶつけ―――
痛みに気をとられ/鏡像のクレイジーダイヤモンドの動きが止まり/打撃を喰らい
破砕。
―――足場が、鏡の大地の己のあるべき場所に収まったとき。
ミラーは仗助のクレイジーダイヤモンドに胸ぐらを掴まれ、動きを封ぜられていた。
「……まいったな。全て計算ずく、か?」
神妙な顔でミラーは問うが、仗助は無視。
「もう一度聞くぜ。じじいはどうなった」
底冷えのする声で、ミラーに言う。
ミラーは進退窮まった。
何かしらのアクションを起こそうとすれば、その前に仗助に叩き潰されるだろう。
反撃どころか、脱出すらもままならない。そんな実感があった。
(まだ、燃え尽きてすらいないというのに―――)
思いは無駄。ミラーに、その戒めから抜け出すことは不可能だ。
ミラーの力だけでは。
―――それは運命の導きか、はたまた悪魔の計算外か。
フランドールの最終破壊が実行されたのは、ちょうどその時であった。
仗助たちの背中側、百メートルほど離れた場所で、それは起こった。
閃光。轟音。衝撃。震動。
それらが一度に発生する、何かが。
その音も光も衝撃も震動も生命の危機を感じるほどの強度(レベル)であり、
仗助はそれに気を取られざるを得なかった。
「―――なんだ!?」
仗助は反射的に後ろを向こうとして、
―――ミラーを掴むクレイジーダイヤモンドの力が弱まった。
(チャンスッ!)
ミラーはその隙を逃さない。
体を振って無理やりに手から逃れ、その代償に服を引き裂かれつつ後ろへ。
後ろの、先ほどフランドールが開けた穴へ、全力で跳び込む。
跳び込む先に満ちているのは水ではなく空間なので、跳び込んでも音は無い。
その代わり、受け止めてもくれないが。
―――下へ落ちながら、ミラーは見る。
鏡の大地にいくつも走った大きなヒビを。ヒビの開始点にある大穴を。
ミラーと同じように落下している、鏡の大地の破片群を。
(……崩壊するな、あれは)
ミラーはそう思った。
―――現在、ミラーは落ちている。
先ほど咲夜を助けた美鈴のように、ミラーをぱっと助けてくれる相手は居ない。
『力』は戦いによって消費され、完璧に底を突いている。
鏡の一枚すら出す事も出来ない。
休めば『力』は回復するが、しかし休む暇などあるはずもなかった。
今ミラーが落ちている、空と同じ曇銀の空間に底が無いわけではなく、
このまま行けばミラーは空間の底にぶつかって死ぬ―――
というのにミラーが思った事は、鏡の大地が崩壊するというただそれだけだった。
それは別に現実から目を背けているわけではない。
自分の未来を考えなかったわけでもない。諦めたわけでもない。
なんとかする手段があったから、そう思っただけなのだ―――
「手間が省けて好都合、ということにしておくか」
言うミラーの右手のひらには、いつのまにやら一枚の硬貨が握られていた。
それはハート型をした、アルバムCDサイズの硬貨だ。
色は百円玉のような銀色で、
片方の面には整った人の横顔(プロファイル)が、
もう片方の面には、面いっぱいに小さな0と1の数字が刻まれていた。
どうにも目立つ外見の物である。
が、しかしそれは他者の目には捉えられない物だ。
それを見るものがスタンド使いか、特殊な能力の持ち主でない限りは―――。
その硬貨はスタンドだった。
妖怪としての力で映した他者のスタンドではない。
ミラー・エバネセントという生命が持つ、個有のスタンドだった。
『硬貨(コイン)』。
それが、ミラーが名づけた己のスタンドの名前だ。
コインの能力はシンプルである。
硬貨を埋め込んだ対象に『動くための力』を与える、というもの。
壊れかけの機械に使えばその機械は普通に動くようになり、
瀕死の生命に使えば、その生命は生きるための力を取り戻す。
―――仗助のクレイジーダイヤモンドと似たタイプの力であるが、
あちらが元の状態(すうち)に戻すのに対し、こちらは状態に一定数を加算する。
という違いがある。
クレイジーダイヤモンドを万能の修理器具とするなら、コインは万能の燃料だ。
……コインを無傷のものに使えば、
コインの『動くための力』がそのものの『動くための力』へストレートに加算され、
全体的なパワーアップを果たす。
……だが、コインは対象の限界を突破させるわけではない。
燃料切れの車にコインを使用しても、走れるのは地面のみ。空は飛べない。
死者にコインを使っても、死者が生き返ることはない。
あくまでも対象の力に由るのである。
東方仗助の傷が治ったのも、コインによって自己修復機構がフル稼働した結果だ。
―――リタイアしかけた仗助の傷を治したように。
ミラーはコインを使用する事によって、此度の難事に対処してきた。
難事とは敗北だ。
……敗北して傷つかないわけが、力が失われないわけが無い。
一度の敗北で一度のコイン使用。
それこそ、ミラーが今ここに居るために支払った代価だ。
レミリアに負けてコインを使用し力を得て、
咲夜に負けてコインを使用し力を得て、
美鈴&ジョセフに負けてコインを使用し力を得て、
仗助に負けてコインを使用し力を得て、
(―――残りは四枚)
得たものをことごとく消費して。
ミラーは、今回もコインを使用する。
「……」
手中の硬貨を、ミラーは己へと埋め込み―――
無制限に使用できる切り札(ボム)が無いように、
ミラーのコインも無限に使用できるわけではない。
コインの能力を発動できるのは、埋め込んだ硬貨の枚数回だけだ。
……能力の使用対象に一枚分の『動くための力』を受け渡すと、
硬貨は最初から無かったかのように消えて無くなり、どこにも戻らない。
それこそ、権利と交換で手元から失われる貨幣のように。
ミラーが現在持っている硬貨は四枚。今埋め込んだ分を引くと三枚。
硬貨の即時補充は不可能だ。
たった一枚作り出すのにも、年単位の時間が必要なのである。
―――それを、ミラーはここで使い切ることにした。
ミラーは最初の硬貨を己の体に埋め込んだ直後、二枚目の硬貨を手中に現出させ、
迷うことなく二枚目を体に埋め込み、すぐさま三枚目を手中に現出。
三枚目を体に埋め込み、最後の硬貨を手中に現出。
最後の硬貨を体に埋め込み―――
準備完了。
「……よし」
静かに呟くミラー。その外見に何一つ変化は無い。変化したのは内面だけだ。
嵐のように、弾幕のように、銀河のように。
硬貨四枚分の『力』が、ミラーの中で渦を巻いていた。
炎よりも熱く、今にもミラーを壊しそうなほど激しく、音楽のようなリズムを持って、
やれ。
とミラーに訴えている。
「よし……!」
言われるまでもない。言うまでもない。やらないわけが、ない。
ミラーは己の力を―――
己の力を解除し、息をつく。
「―――ふう」
意識を失ったフランドールをしっかりと抱きかかえ、
咲夜はその顔にかすかな、しかし確かな安堵を浮かべて呟いた。
「物が少ないと被害も少なくていいわね」
鏡の大地には、大小無数のヒビがあちらこちらに走っていた。
鏡の大地には、先ほどフランドールが開けた穴よりも二回りは大きな穴が開いていた。
鏡の大地は崩壊しかけていた。
それは、いま咲夜に抱えられているフランドールの仕業だ。
―――咲夜に追い詰められ、もはやこれまで、と悟ったフランドールは、
とんでもない置き土産をこの場に残していった。
それは『力』そのもの。
周囲の空間から自身の内に集めた『力』を破壊することによって、
フランドールは『力』そのものを飛散する弾幕に仕立て上げた。
……フランドールを中心とした半径数十メートルに『力』の弾幕嵐が吹き荒れ、
鏡の大地を壊し、美鈴を吹き飛ばし、仗助の気を引き付けた。
弾幕嵐の発動していた時間は一秒足らずだったが、
それより少しでも長ければ鏡の大地は即座に崩落していただろう。
そんな弾幕嵐の中心に居た咲夜、そしてフランドールが助かったのは、
咲夜の能力による結果だ。
時を止め+空間を捻じ曲げて、綱渡りじみた冒険を幾つも突破した結果の無事終了。
その結果を手繰り寄せるのは容易な事のはずもない。
が、咲夜はへばる事なく、
(さて、次は―――)
と思考を巡らせていた。
咲夜の使命はあくまでもフランドールを連れ戻すこと。
ミラーの撃破は使命に含まれてはいない。
けれど、次にどうするべきか、と考えれば、出てくる答えは。
「ただひとつ、だわ」
フランドールを抱えたまま、咲夜はナイフを取り出して戦いの準備をする。
二度とこのような真似が出来ないように、鏡に刻んでおかなくてはなるまい。
敗北というものを。
―――それはある種の敗北だった。
その存在が思考からひと時でも消えた瞬間、ミラーは逃れ去った。
「……!」
ミラーを取り逃した事を知っても、しまったなどと思う暇は仗助には無かった。
仗助は、吹き飛ばされてきた美鈴を受け止め、その傷の手当てに思考を集中させる。
美鈴の意識は健在だったので、傷が治るとすぐに、
「……あの鏡魔は次はどこから来ると思います?」
仗助の背中側に回って、己の背と仗助の背を合わせつつ言った。
「……そうっスね~」
体を打ち砕かれても平然とした顔で再出現するあのミラーが、
砕かれてもいないのに再び現れないはずも無い。
警戒するのは当然の事だった。
「下に落ちていったんだから下から―――と見せかけて上から仕掛けてくる」
言って、仗助は上に顔を向ける。
「では私はその裏、下から仕掛けてくるほうに賭けます」
言って、美鈴は下に顔を向ける。
―――どちらも、当たりといえば当たりで、外れといえば外れだった。
ミラーは上下から仕掛けてきた。
最初に変化したのは下だ。
鏡の大地へ縦横に走ったヒビ。それが延長/深化し―――
鏡の大地が崩壊した。
まさしく鏡の砕ける音を立てて大地が割れ、互いに互いを支える事が不可能になった。
ならば当然大地は揃って下を目指す、はずだったが。
しかし起こったのは異様。
……鏡の大地の破片群は、ゆっくりとしたスピードで上へ向かっていた。
変化は止まらない。
破片群が上へ動き始めたのと同時に、上から落ちてくるものがあった。
それは直径八メートルはあろうかという巨大な丸鏡。
表にも裏にも鏡面を持つその大きな鏡は、見ようによっては硬貨のようにも見える。
―――丸鏡が下に落ちる。破片群が上へ向かう。
それらの軌道は重なり合っており、どちらも動きの止まる気配は無い。
ゆえに、衝突は必至。
破片の上に居る者、破片の近くに居るものはダメージを受ける―――
はずだったが、結局のところ衝突することは無かった。
バラバラだった破片群が、
上へと動きながら土星の輪のような形を取り始めていたからだ。
大小様々の鏡片で出来た不揃いの輪。
鏡片の高低も近遠もバラバラな、弾幕のような輪の足場。
その輪の中央へ、丸鏡が水平にはまり込んだ。
それを待っていたかのように、丸鏡も破片群も動きを止め、空中に静止した―――。
美鈴も咲夜も仗助も、それを黙って見ていたわけではない。
止められなかっただけだ。
通常打撃・修復打撃は無効力であり、ナイフ・気弾は無駄だった。
鏡には、攻撃への対処が為されていたのである。
それは『力』を多大に消費することであったが、しかし有効なものだった。
―――準備を整え、
「……グレート……」「うわ……」「……おやまあ」
意表を突くために。
『これが、連続コインの力だ―――』
エコーのかかった声でそう言うミラーの姿は、先ほどまでと大幅に変わっていた。
それを一言で表すなら、胸像だ。
何千、何万枚もの鏡の板で出来ている、全長十メートルはあろうかという胸像。
それが丸鏡の上に載っていた。鏡の中から身を現していた。
『ボスというのは大きいものだと創成期(アンドアジェネシス)から決まっている。
ふふふ、どうかな?』
柱のように太い両腕を組んで――その胸像には腕があった――言う胸像のミラー。
「珍妙だわ。……同じ巨大化にしてもあれはもっと可愛げがあったなあ」
数ヶ月前に知り合った鬼の娘を思い出しながら言う咲夜。
その立ち位置は、胸像の斜め前の破片、その一つ。
『伊吹萃香のことか。……あちらは鬼でこちらは鏡だからな。違うのは当然だ』
胸像は人を模したものだったが、
口も鼻も耳も毛も無く、服も肌色もミラーの面影も無かった。
ただ緑に光る二つの眼と、人の輪郭と、鏡の皮膚だけがある。
『……鏡がいつもいつも正確に対象を映すとは限らない。
鏡が歪んでいれば、像もまた歪むもの―――』
ミラーはその声に自嘲を乗せ、
『そう、これがミラー・エバネセントだ……!』
吐き出す事で開き直った。
―――ロケットのように、花火のように。
自分という存在(もの)を見る者へ刻み込んでやる。
そうミラーは思い、動く。―――だから初撃は緩やかに。
『打って据えろ、隠者の杖(ハーミット・ワンド)!』
胸像の周囲の大気が揺れ、『何か』が、輪の上を凪ぐように動いた。
『何か』が何であるのかは仗助にも咲夜にも判らない。
何故なら、それは眼に見えない物だった。
その形はまさしく杖、その在り方はまさしく隠者。
ツタのように長く、大木のように太い杖が、
鏡の力によって他者の視線から覆い隠されて振るわれたのだ。
それが目指すのは輪上の三人。
咲夜は胸像の斜め前、仗助と美鈴は胸像の正面に居る。
―――眼に見えない攻撃に対処するのは、実に難しいもの。
二回、三回と受ければともかく、一回目で対処するのは至難の業だ。
ふさわしい力でも持っていない限りは。
「……」
美鈴は大気の動きでその位置を、動きを知る。
(長さ・普通以外、太さ・普通以外、材質・実体有り―――胸像から生えている!)
その『何か』が何であるかを見切る。
「―――」
そして踏み込み、砲丸を打ち出すようにして拳を近づく『何か』に当て、
「破ッ!」
打撃轟音。
―――それは大気をも打ち据える一撃。
打たれた大気は血を流したかのように――ほんの一瞬だけ――紅く染まり、
『……むッ!』
『何か』は軌道を上に逸らされ、無効化された。
―――その時既に咲夜は攻撃を実行していた。
咲夜はフランドールを抱えている。接近戦は問題外だ。
だから、ナイフを十本ほど投げた。
そのナイフに特に『力』は使用していない。
まずは様子見、胸像のミラーの力を確かめる―――
(……さあどうする、ミラー・エバネセント?)
ミラーにナイフが届いたのは、美鈴が『何か』に打撃を決めて逸らした直後。
ミラーがナイフを処理したのは、
『―――寄せて集めろ、大気の杯(エアー・カップ)……!』
ミラーにナイフが届いた直後だ。
大気の流れは、大気の中を行く物に影響を与える。
物が流れに影響を与える事はまずないが、流れが物に影響を与えるのは確実だ。
弱ければ弱いなりに。強ければ強いなりに。
(……大気『も』使う?)
ミラーの周りに出現した、猛烈な大気の流れ。美鈴はそれに感づいた。
しかし打撃を放った直後ゆえ、干渉することは出来なかった。
故にその動きを邪魔するものは無い。
―――ミラーの周りに出現した大気の流れは、言うなれば迷路だった。
入り込んだ者の行く手を塞ぎ、誘導し、指定した場所に向かわせる、道。
咲夜の力という燃料を利用できないナイフ群に、それを射抜く威力は無く。
ナイフは一点に寄せ集められ―――
『圧して鋳潰せ、金剛石の硬貨(ダイヤモンド・コイン)!』
胸像の両拳で殴られ、固められ、一枚の円盤となった。
それは紙幣の薄さと硬貨の硬さを併せ持つ、直径一メートルほどの銀貨(やいば)だ。
……ただ投げつけただけでも、それは十分に強力だっただろう。
元がナイフなだけはあって、その鋭さはお墨付き。
円盤にとっては人の体などクリームのようなものだ―――
当たれば。
ミラーがその円盤を投げつけようと思っている相手は、咲夜だ。
(お返しをしなくてはな)
だが。
咲夜たちが立つ輪という足場には、避けられるほどの縦横がある。
そして十六夜咲夜は時を止める事ができる。
普通に円盤を投げたところで、普通に回避されるのがオチだ。
だからミラーはそれなりの対策をした。
円盤よりも先に、足場を動かしたのである。
現在輪となっている破片群の足場と、己の在る丸鏡を。
現在の形になった時と同じように、その変化に音は無く、止める手立ても無い。
―――現在の形になった時と違うのはその形を変える速度だ。
いまの変形は先ほどの変形よりも遥かに高速だった。
咲夜たちがロクに反撃行動を取れないほどに。
―――滞りなく輪は棒となり、迷うことなく丸鏡は棒の先にくっついて。
上から見れば完璧な『!』の形が出来上がり。
丁度よいロケーションになったので、
『銀の刃をお返しするよ、十六夜咲夜!』
ミラーはその腕で円盤を投げつけた。
狙いは咲夜だ。
いま咲夜が居るのは、棒となった輪の先端、ミラーからはもっとも近い位置。
美鈴は咲夜の居る棒の先端とは反対側の先端、ミラーからはもっとも遠い場所に。
そして仗助は、棒の半ば、咲夜と美鈴の中間に居る。
居る、というか居ざるをえないようにミラーは足場を動かした。
円盤は足場の上、人の腰の高さを水平に飛び、高速で咲夜に迫った。
……棒状となった足場の長さは三十メートル程度であり、
その横幅は人間二人が並べるかどうか、という程度。
つまり、投げつけられた円盤に対処する方法は、
「あげたのだから返さなくて結構!」
―――咲夜は時間を止め。
空を飛んで横か上に回避するか、
―――転がるようにして、フランドールと共に円盤の下へ滑り込み。
力技で受け止めるか、
―――時間凍結を解除しつつ、咲夜は円盤を全力で蹴りつける―――
足場の外側に弾き飛ばすかしかない。
穏やかに走る自転車が小石を踏みつけてもどうという事はないが、
猛烈な勢いで走る自転車が小石を踏みつければ、時として自転車は空に舞う。
この時起こったのはまさにそれだ。
咲夜の蹴りは円盤の軌道を変え、足場の外側へと向かわせる事に成功した。
誰も居ない、何も無い空間にと遠ざかる円盤を、咲夜は見る。
……そして、
『いいや。どうあっても受け取ってもらう』
戻り来る円盤を、咲夜は見る。
円盤が戻ってきた訳は、空に現れた鏡によってだ。
行く手に現れた鏡の中に円盤は入り込み、
すぐ近くの空にある、咲夜へと向けられている鏡から現れ出でた。
その速度を減じるどころか、加速して。
……それを認識できるのなら、それがいくら加速しようとも咲夜に速度負けは無い。
「……それじゃあここに置いといてもらおうかしら」
地に這ったまま時を止め、フランドールを抱えて移動を―――
しようとして。果たせない。
(―――やってくれる)
眼に見えない『何か』が、咲夜の動きを邪魔した。
その『何か』は蔦のように咲夜の手足に絡みつき、移動を封じていた。
「隠者なら隠者らしく干渉するんじゃあない……!」
当然咲夜はナイフを使い、その『何か』―――『隠者の杖』を断ち切ろうとするが、
しかし失敗。
咲夜のナイフでは『隠者の杖』には刃が立たなかった。
切れ込みを入れることは出来るものの、それはほんの僅か。
時間を限界まで停止しても、一箇所断ち切ることが出来るかどうか―――
「……無理だわ」
それを理解したので、咲夜は時止めを解除した。
空に止まっていた円盤が一瞬で往時の速度を取り戻し、咲夜に迫る。
咲夜の動きは封ぜられたまま。円盤を回避するスキマなどは無かった。
―――だが咲夜は焦らない。念仏も唱えない。
諦めていないからだ。望みがそこにあるからだ。
「そうそう好きにはやらせねーぜ……!」
東方仗助が、円盤に向かって跳び掛かっていたからだ。
美鈴が『隠者の杖』に対応し、咲夜が胸像のミラーにナイフを投げたとき。
仗助は、動かずに状況を見ていた。
それは自身の能力の性質・向き不向きを熟知していたからであり、
胸像のミラーの攻撃に対応するためであった。
……猪のように突撃しても意味は無い。カウンターパンチを決められるだけだ。
それで敗北しても、コンティニューは出来ないのだ。
だから仗助は静かに、目立たぬように時を待ち―――
咲夜が円盤攻撃を仕掛けられているとき、ノーマークとなった。
地に倒れたままの咲夜に襲い掛かる円盤。
それを見た仗助は迷わず円盤を目指して走り、跳び、
「クレイジーダイヤモンド!」
己のスタンドで打ち砕き、『直す』。
―――円盤は、元である十本のナイフに戻り、足場に落ちて乾いた音を立てた。
それに少しばかり遅れ、仗助も無事足場に着地する。
……その光景を見たミラーは、己の感情の火が燃え上がるのを感じた。
『いいコンビネーションだ―――』
その声に含まれていたものは、憧憬か、嫉妬か。あるいは両方か。
ミラー自身にもそれは判らなかった。
考える暇が無かった―――美鈴が、上空から攻撃を仕掛けようとしていたからだ。
『そう、そうでなければ纏めて相手取る意味がない……!』
ミラーは対空攻撃を放つため、まだまだ余裕のある『力』を瞳に集め―――
戦いは、ミラー有利に進んだ。
大きさというアドバンテージがミラーにはあった、
コイン四枚分の『力』がミラーにはあった。
足場を思い通りに動かす権利がミラーにはあった。
鏡像(にせもの)を扱う能力が、ミラーにはあった。
それでミラー有利に進まなければ、嘘だ。
……戦いはミラー有利に進んだ。
だがそれは、あくまでもミラーが肉体的優位に立っているというだけであり、
精神的優位に立っているというわけではなかった。
美鈴の大気弾に瞳の光線で対抗しながら、ミラーは思った。
(流石だな/懸命だな)
咲夜の時止めと空間操作に邪魔をされながら、ミラーは思った。
(手慣れている/底が見える)
仗助のスタンドに攻撃を無効化されつつ、ミラーは思った。
(成長している?/限界だろう?)
全体としては押しながら、ミラーは思った。
(ああ、やはり/何故、自分には)
『力』が底を突き始めているのを感じながら、ミラーは思った。
(美しい)
―――戦いは、ミラー有利に進んだ。
そしてそれは、一撃で終わった。
湾曲した鏡で出来た、直径八十センチほどの球体。
それが、自身の内よりナイフを撃ち出していた。
空中に浮かび、歩くような速度であちらこちらに動きつつ。
くるくると回りながら、ただの一瞬もナイフを途切れさすことなく―――
『動き刻め、時計の剣(クロックソード)』
創造主であるミラーの敵を刻むため、稼動していた。
その球体、『時計の剣』には、大人の拳が入るほどの穴がふたつ存在した。
それは時計の長針と短針のように、ひとつはゆっくりと、ひとつはせっかちに、
球体の上を――球体自身の回転とは関係なく――動いている。
その二つの穴から、ナイフは真っ直ぐに・銃弾めいた速度で撃ち出されていた。
何発も、何十発も、何百発も、何千発も。途切れることなく、線のように。
……それは確かに恐ろしい物ではあったが、対処できない物ではなかった。
ナイフは真っ直ぐにしか飛ばず、途中で向きを変えることは無い。
つまり、穴の前に立たなければナイフの餌食となることは無いわけであり―――
敵対者は穴の動きを見極めて、球体に己の攻撃を叩き込めば良かった。
言うは易し、行うは難し。
などとは言うが、しかし行為の完了したあとは難度の高低など意味を成さぬものだ。
意味があるのは行為の結果、すなわち未来のみ。
―――クレイジーダイヤモンドのラッシュを喰らった『時計の剣』は、
あっさり砕かれ空に消え去った。
ミラーが作った『時計の剣』は三個。今砕いたので三個目だった。
よって、とりあえずの危機は去り、足場には一時の平穏がやってきた。
……勝利への道は見いだされては居なかったが。
今現在の足場は、扇形になっていた。
ミラーの乗る丸鏡は扇の元に位置しており、
ミラーに近づけば近づくほど、足場は狭くなっていく具合だった。
もちろんその形は、ミラーの気分しだいで変わるものだった。
だから、
「生かすも殺すも気分しだい、か。……冗談じゃねーぜ」
愚痴が出るのは当然といえた。
ミラーを撃破すれば、この戦いは終わる。
だから、仗助たちはミラーの撃破を目指して動いていた。
動いてはいたが、辿り着けなかった。
―――ミラーが足場を動かす事によって距離を操ったからだ。
空を飛べるものも飛べないものも、地形には影響を受ける。
美鈴にとって足場という地形は攻撃・移動の邪魔をする壁であった。
足場の動きは高速的確。コースを制限されれば攻撃威力は減ずるもの。
咲夜は仗助は、己の立つ足場が動けばそれに付き合うしかなかった。
足場の動きは縦横無尽。コースが失われれば移動することは叶わない。
それに加えて、今のミラーには胸像のスケールに相応しい攻撃力と防御力があった。
『隠者の杖』、『大気の杯』、『金剛石の硬貨』、『時計の剣』、という手段が、
鏡像という力が、あった。
まったくもって難敵である―――。
仗助が三個目の『時計の剣』を撃破した直後。
その難敵が、光線を放った。
光線は人の指ほどの太さしかないものであったが、しかし数が多かった。
一ダースはあろうかという光線がミラーの全身より放たれ、
まるで走査するかのごとく、ゆっくりとねぶるように足場の上を動いたのである。
「危ねえっ……!」
もしかしたら、光線に当たっても問題は無いかもしれない。
だが、それに賭けるのはあまりにも分が悪い。
―――仗助は足場全体をめぐる光線を避けつつ、考える。
(さーて、何かいい手はないかな……)
ミラーに勝つための策を。
―――そのための策は、頭の中からではなく、外からもたらされた。
空を飛べたら、と仗助は思いつつ動き、走り、跳び、光線を避け、
そして着地を失敗して転んだ。
「でえっ!」
全身に痛み。特に膝が痛く、どうも移動に支障が出そうな予感があった。
しかしそれ以上に気をかけるべきは光線である。
光線は仗助のすぐ近くにあり、仗助にと向かっていた。
だから当然、仗助が立ち上がる前に、光線は仗助に襲い掛かる―――
「……!」
はずだったが、光線は来なかった。
―――空を見れば、そこには彩色。
美鈴が、大気を使って光線を防いでいた。
それを見ながら、仗助は身を起こす。
スタンドを動かすための力も、体を動かすための力も、限界が来ていた。
今転んだのもそのせいだ。
それを理解しながら、仗助は立ち上がり、
数十メートルの先――仗助は今、扇の端に居た――に居るミラーを見て呟く。
「……そろそろビシィーッと決めねーとな」
「そうねぇ」
その相槌を打ったのは、いつの間にか仗助の隣に立っていた十六夜咲夜だ。
「とっとと終わらせて、フランドール様をベッドに運ばないと」
相変わらず咲夜に抱えられたフランドールは、傷一つ無くすやすやと眠っていた。
―――美鈴に対しているミラーを見ながら、咲夜が言った。
「この状況を終わらせるための手があるんだけど。やってみる?」
気負いの無い、自然な声だった。
「ほほ~。どんな手ッスか?」
「私が道を開いて、あんたがあれを殴る。それだけ」
「シンプルな手っスね~。複雑すぎて出来ない奴より余程いい。……出来るかな」
仗助が、自身の膝を見ながら言う。
先ほどの転倒で打ち付けた膝が、ストライキの準備を始めているようだった。
まだ走ることは出来ようが、道程半ばでストライキを実行されたなら―――終わりだ。
「いや、ここから動く必要は無いわ」
「?」
顔に疑問符を浮かべ、仗助は咲夜を見る。
「道はすぐそこに開くから」
咲夜は言って、仗助の目の前の空間を指で示した。
―――ミラーは美鈴を『隠者の杖』で空に弾き飛ばし、
そこに、胸像の手で引っ掴んだ足場を投げつけてぶち当てた。
美鈴はきりもみしながら上方へ吹き飛び、数秒もの隙をさらす。
……結果だけを言えばそうなるが、
そこに読み合いと引っ掛け、反応勝負があったことは言うまでも無い。
(これで邪魔は無くなった―――)
美鈴の隙は美鈴自身の隙であり、その向こうに居る仗助と咲夜の隙である。
美鈴に対処していたため、放置せざるを得なかった二人に攻撃をする。
と、ミラーは決め、二人を見た。
仗助と咲夜は一箇所に固まっていた。
二人はお互い近い場所に居て、同じ位置で動かずに居た。
―――何かを企んでいる。
見ないでもそれは判った。ならば、深く考えるまでもない。
(接近させるのも、するのも嫌だ。だったら―――)
選んだ手は光線だ。
ミラーは光線を放つため、力を内からかき集める―――そうして行動の邪魔をす
その邪魔をされた。
『―――!?』
ミラーは驚愕しか出来なかった。
防ぐ事も、かわす事も、反撃する事も、考える事も出来はしなかった。
それは高速で連続で大威力で全体的な、スタンドによる打撃。
(これは―――、クレイジーダイヤモンド―――!?)
ミラーは、胸像体の『内側』を殴られていた。
(そうか、十六夜咲夜の力は―――)
己の目の前の空間を殴りつけるクレイジーダイヤモンドを見て、
ミラーは攻撃のからくりを見抜き、そして―――
空間を操作し、ミラーの在る空間と、自分たちの目の前の空間を繋ぐ。
咲夜の提示した案は、そういうものだった。
「……つまりおれにワープをしろと?」
「違う。……説明するの面倒だわ。
私が合図をしたら、クレイジーダイヤモンドで自分の目の前を思いきり殴る。いい?」
一本のナイフで、複数の軌跡を同時に描く。
それはナイフが本来通る空間と、
ナイフを通させたい空間を混合操作(ディレクション)する事によって実現する技だ。
咲夜はそれを、ナイフではなくクレイジーダイヤモンドで実行しようとしていた。
クレイジーダイヤモンドの拳が届く限界点、すなわち目の前の空間と、
その拳を真に届かせたい場所、すなわちミラーの居る空間を混合させることによって、
距離も相手の攻撃(という防御)も、何もかもを無効化して勝つために。
―――そのやり方に解決不能な問題は無い。
距離が遠かろうと得物が違かろうと、基本(りくつ)は変わらない。
「三秒。それが限度よ」
『力』の消費量は変わるが、しかしそれは解決可能な問題だ。
「私が空間を操作していられる三秒以内に、胸像(あれ)を行動不能にする―――」
ただそれだけの、問題だ。
「……キツいっスねえ~」
仗助が、引きつった笑みを浮かべて言う。
―――スタンドを動かすための力は、まだまだ回復してはいなかった。
はたして咲夜の期待通り、ミラーを行動不能に出来るかどうか……?
迷い、躊躇う仗助に、咲夜は当たり前の事を言うかのような落ち着いた顔で。
「出来るでしょ?」
―――効いた。
その一言はどんな薬よりも、能力よりも、仗助を賦活した。
スタンドを動かす力とは、精神力の事である。
使い手の精神力が続く限り、スタンドは動く。
スタンドを動かす力が回復していないとは、仗助の精神が疲弊していたという事だ。
―――精神というものは、誰かの一言で弱りもすれば、強まりもする。
疲弊していた仗助の精神は、咲夜の一言で癒された。
仗助の力を疑わないその態度が、それに応えねばなるまいと仗助を奮わせた―――。
もはや迷いは無い。
咲夜の言葉に、仗助は不敵に笑って答えた。
「……当然っスよ! 一発ビシィーッ! と決めて見せますぜ!」
―――問題は無い。後は、実行するだけだった。
「三」
咲夜の声が、時を告げる。
「二」
仗助は遠方のミラーを見据え、拳に力を込めた。
「一」
美鈴が、『隠者の杖』で吹き飛ばされ―――
「今!」
そして、力が発動した。
名前は物を型に嵌める。
無名の弾幕は、名前を得る事によって一つの物語(スペルカード)となり。
無名の人間は、名前を得る事によって一つの存在(プレイヤー)となる。
―――名付ける事で、名づけ親(ゴッドファーザー)はそれを理解しようとする。
(……『クレイジーディレクション』……!)
ミラーは己の内側を殴られながら、攻撃されながら、その攻撃に名前を付けた。
そして痛みに震えつつ理解した。
(は、これ…は駄目だ…!)
咲夜の『力』が底を突くまで、この攻撃が止まる事は無いと。
攻撃を喰らっている最中に、『力』を振るう余裕などありはしない。
(……さ、仗―――が――咲―――)
ただ思考することで、意識を手放さないように努力することしか出来なかった。
―――終わりは宇宙の果てのように遠く。
しかし、時の過ぎ行く速度は光よりも速く。
ミラーが終わるよりも前に、攻撃は終わった。
『―――ぐ』
痛みは続いた。
……ミラーの体には縦横無尽にヒビが入り、左腕は半ばから折れて失われていた。
その姿は歴史の重みに耐えられなかった像のごとし。
他者でも一目でそれと知れるほどのダメージをミラーは受け、力を失った。
今にも意識が吹き飛ばされそうな痛みをミラーは得て、戦意を失った。
けれども。
(まだ、まだ、まだ、まだ……!)
力は残っていたし、戦意も残っていた。
……もはや『コイン』は残っていない。だがそれで得た力は残っている。
その目には、力が残っている。
『……今が、チャンスというやつだ!』
ミラーへの攻撃が終わったということは、咲夜の『力』が底をついたということ。
ならばミラーの攻撃は、咲夜によって防がれる事は無い。
ならば、仗助に防がれない攻撃を放てば、的確に狙えば―――
『勝つ……!』
それは、来る場所を理解していなければ避けることの出来ないもの。
それは、一撃で相手を打ち倒せるもの。
それは、
『鏡魔として―――!』
光。
ミラーがその瞳から撃ち出した二条の光線。
それは真っ直ぐに咲夜と仗助へ向かった。
射線を遮るものは無い。光線を止められるものは無い。
虹色の輝きを持つその光線は、まさしく光速で二人にたどり着き、
そしてミラーに戻ってきた。
『……。ああ、なるほど。既に自分は詰んでいたのか』
それにミラーが気がついたのは、
光線が己のヒビから入り込み、内側を破壊した後だった。
―――光線を反射したのは、先ほどミラーが吹き飛ばした美鈴だった。
美鈴は吹き飛ばされつつ、
大気の屈折率を操作する事で身を隠し、そして仗助と咲夜の元にたどり着き、
これまた大気の屈折率を操作する事で光を反射する領域を作り出した。
ミラーに食らったダメージを、抱えながら。
ミラーへの光線の命中を確認した美鈴が、
力の制御を止めて血塗れの姿を現し、そして倒れるところを見ながらミラーは。
『終わり、だな』
能力の解除を始めた。
―――空には月。
そして、地には人と妖怪。
森である。
夜の静かな空気に満ち、柔らかな月の光が葉の間から射している森―――。
そこに、一人の少女が倒れていた。
倒れつつ、少女は空の月を見て言った。
「いつの間にか、月が本物に戻っているな。
……ああ、やはり本物の輝きは、偽物よりも余程いい―――」
少女の名はミラー・エバネセントという。
「……ここは本当に『本物』?」
ミラーにそう尋ねたのは十六夜咲夜だ。
仰向けに倒れているミラーのすぐ横に、咲夜はフランドールを抱えて立っていた。
咲夜のすぐ近くには仗助がおり、そして美鈴が居た。
仗助は美鈴の怪我をクレイジーダイヤモンドで治療しているところだった。
―――胸像のミラーが撃破された瞬間、
戦場空間を埋め尽くす光の洪水がミラーからほとばしり、
そして気付くと咲夜たちはその森に居た。
……そこがミラーの映し出した幻像でないとは言い切れない場所に。
「神かけて本物だよ。……あの月の輝きは、自分には映し出せないものだ」
ミラーが、地に倒れたまま起き上がる事なく答えた。
起き上がらないのは、そうしたいからではなくそうせざるを得ないからだ。
ミラーの全身に、触っただけで崩壊してしまいそうなほどのヒビが走っていた。
特に両の足などは、ヒビによって体と分断されていた。
それが、敗北の代償だ。
「……現状では偽物すら映し出せないが」
そのような状態で普通に喋れるのはさすがに妖怪、というところであったが、
しかしそれはそのまま生存できるという事には繋がらない。
ミラーの顔には死相があった。
「……いやはやまったく。自分が、鏡の理屈によって負けるとは」
言いながら、ミラーは瞳を動かして美鈴を見た。
丁度そのとき治療が終わり、美鈴は仗助へ感謝の意を示し、自力で立ち上がる。
「なんとも皮肉。―――と、そうだ」
死ぬ前にやらなければいけないことを思い出し、ミラーは己の能力を発動する。
前触れ無く、森に鏡が現れた。
それは家屋の扉ほどの大きさの鏡だ。
その鏡は姿見のように仗助の前に立ち、そしてその中にあるものを見せた。
ものとは―――ジョセフの姿だ。
「じじい…!」
鏡の中のジョセフは最初は横を向いていたが、
声によって仗助に気付き、仗助のほうへと歩きだして―――鏡を通り抜け、
森の土を踏んだ。
「……どうやら、ケリが着いたようじゃな?」
全員を見て、ジョセフが言う。
「誰も欠けてしまう事なく」
その脳裏によぎるのは、戦いによって失った戦友たちの姿か。
―――偽者には出せない重みある表情を、ジョセフはしていた。
「これで良し、だ」
そのミラーの呟きに反応し、ジョセフがミラーを見て、言った。
「ミラーさん。あんた、『理解』―――いいや、『納得』出来たかな?」
それは敵対者に向けるにはあまりにも不似合いな、
幼い孫に語りかける祖父のように、穏やかで優しい声だった。
「ああ。……悔いは無い―――」
答えるミラーの声はそれと同じくらい静かなものだったが、しかしその瞳は違った。
ミラーは、涙を流していた。
声にも顔にも涙の影響を出す事なく、
ただ滾々と湧き出る泉のように、涙を流していた。
敗北し、この森の地面に倒れたときからずっと。
嬉しいから泣く、悲しいから泣く、悔しいから泣く、美味い水を飲んだから泣く。
涙の理由はさまざまである。
そして、一つの理由によってのみ涙が流されると決まっているわけでもない。
ミラーの涙は、嬉しさが四、悔しさが六、というところだった。
「何もかも理解できたよ。納得できたよ。
―――そう。あなたたちの強さの源は、その力ではなくその心。
能力だけを映したところで、勝てるはずもない―――」
……心中の嵐を噴出すように、涙を流しながらミラーが言う。
「どこまで行っても所詮は借り物、七光り(かりもの)、二次創作(かりもの)……!
勝てるわけが、ない」
ミラーは思い出す。ここまでの戦いを。
咲夜の覚悟(いきかた)を、美鈴の覚悟を、ジョセフの覚悟を、仗助の覚悟を。
自分の敗北(いきかた)を。自分の敗北を。自分の敗北を。自分の敗北を。
だから泣く。
その美しさは本物であると。
……ミラー・エバネセントが憧れた輝きは二つ。
ひとつは有事に見せる機転の源、すなわち諦めない心の強さ。
もうひとつは、
「望めば世界を支配できる力を持ちながら、穏やかに生きていける心の強さ。
何故それほど偉大な力を持ちながら、そうまで普通に生きていけるのか―――
力に振り回されず生きていけるのか。
それを、理解したかった」
境界を操る力。時間を操る力。魔法を操る力。死を操る力。
破壊する力、治す力、飛ぶ力、萃める力、幻想を創る力。
それらは、どれもこれも強力すぎるほど強力な能力たちだ。
小人が持てば悪を成すことしかせず、大人が持ってさえ不善を成す力だ。
そんな能力を持ちながら、その持ち主が普通に暮らしていけるのは―――
力の持ち主が『本当に』強いからだ。
強いから、心に弱さを持っていないから、力に振り回されない。
力を使わない事の大切さを知っている。
「見ているだけじゃ実感出来なかったそれを、理解できたよ」
「……馬鹿だね」
言ったのは、薬が切れて目覚めたフランドールだった。
「そんなのを理解したければ、普通に話をすればよかったのにさ」
咲夜は慌てず注射器を取り出し、フランドールに打つ。
フランドールは大人しくなった。
……相手が起きていようといまいと、その言葉は止まらない。
「ああ、そうだな。自分は馬鹿だ」
そこのところを理解したからミラーは泣く。
「馬鹿すぎる」
……ミラーの命は、今にも尽きようとしていた。
胸に負った敗北の傷によって。
それは自業自得。ミラーの心の弱さが招いた事跡。悪を成したことへの罰。
だから恨むつもりは無い。
「―――ああ。最後に、あなたたちに言っておかないと」
「……」「……」「―――」「…………」
無いから、そうしようと思った。
「迷惑を掛けて、申し訳ありませんでした」
そこで頭を下げられるものなら下げていただろうが、
あいにくと今のミラーにそのような余裕は無かった。
ミラーは月を見ながらそう言って、そして言い終わると瞳を閉じた。
これ以上の無様を晒さぬように。
―――ここまでの長広舌には、死への恐怖を紛らわす意味もあった。
どうも、死後は地獄行きの予感がしたのである。
そんなだから、ミラーは『それ』に気付かない。
―――それまでミラーの言葉を黙って聞いていた仗助が、
無言でミラーに近づき、しゃがみこんだ。
ミラーはその動きに気付かない。意識はこの時ほとんど消えかかっていた。
「―――」
かけられた言葉さえ、捉えられないほどだった。
……ミラーが己の意識を完全に取り戻したのは、『それ』より数秒の後。
(あれ?)
意識を取り戻したのは、
偶然でもミラーに秘められた力によるものでもなく、傷が塞がれた事による。
クレイジーダイヤモンドが、ミラーを治したのだ。
「……」
ミラーは目を開けた。
仗助が、ミラーを見ていた。
どんな目をしているのかは、自身の涙のせいで判らない。
……仗助が己の怪我を治した理由を、ミラーはすぐに思い当たる。
怪我で死ぬほど弱っている相手をブチのめすのは、とても後味の悪い事だ。
しかし、怪我を治すなどして相手が戦える状態になれば―――
「正当だ。……あなたにはそうする権利がある」
今のミラーに戦う力は無い。
怪我が治っても、能力を揮うための『力』まで回復したわけではなかった。
バイクに譬えて言うならば、車体は直せてもガソリンまでは直せない。からだ。
……『力』まで治ったとしても、戦うつもりは無かったが。
ミラーは、寝転がったまま己のブチのめされる時を待った。
―――が、しかしその時は来なかった。
仗助はミラーの顔から死相が失せたのを見て取ると、すかさず立ち上がり、
「咲夜さん、ここはどこっスかね~」
辺りを見回しながらそう言った。
「さあ? ……美鈴、ちょっと上に行って見てきてくれない?」
咲夜は仗助のその行動を咎めるでもなく、美鈴を向いて言う。
「はい」
―――理解不能だった。
「それでいいのか、十六夜咲夜」
涙を拭って立ち上がりながら、ミラーが言う。
「別に。フランドール様さえ戻ればそれでいいわ。
……また遣り合いたいと言うのなら、お相手するだけですわ」
咲夜は面倒くさそうにそれへ答えた。
「というか、それは仗助に聞いたら?」
もっともだった。
というわけでミラーは仗助を見て、
「……自分が攻撃を再開したら、どうするつもりだ」
仗助は、ミラーを見返しながらそれに答えた。
「それより先にクレイジーダイヤモンドを叩き込む。……やるってんならな~」
「……何か自分から聞き出したいことでもあるのか?」
「ねえよ」
「……じゃあ、何故治した?」
仗助はそこでミラーから視線を外し、
「なにも死ぬ事はねー。そう思っただけだぜ」
―――それは、この世で最も優しい力。
それに、ミラーは負けたのだ。
「……その精神に、完敗、だ」
それは、秋の夜のことだった―――
日常は続いていく。
たとえどれほどの事件が起ころうと、それによってどれほどの変化が起ころうと。
残酷なまでに、日常は続いていく。
事件に関わったものたちはそれぞれの日常に回帰し、
変化したものはその変化に適応し、新たな日常を開始する―――
日常より強いものは、ない。
「平和だ……」
―――仗助は、道行く人々を眺めながらそう呟いた。
己の住む町、
杜王町の駅前にあるカフェ――名を『ドゥ・マゴ』という――のテラスで。
己のあるべき日常の中で。
……本当に、平和だった。
試験に追われているわけでもなければ厄介な事件が起こっているわけでもない。
体の具合に問題は無く、精神にも疲労は無い。
言う事無しというやつだ。
「……」
言う事は無かったので、仗助は黙ってコーヒーをすすった。
―――そうしてコーヒーを味わえるのも、無事に日常へと戻ってこられたからだ。
鏡像ではない、本物の生きる場所へと。
……仗助がミラーのことを考えながら、己の左側にある道をぼんやり見ていると、
「ここ、相席させてもらってよろしい?」
視界の外からそんな声がした。
別に嫌ではなかったので、
「どーぞ」
と声の主を見もせずに仗助は答え、そのまま道を眺めていた。
掛けられた声に聞き覚えがあることへ気付くまで。
「……ありゃ、咲夜さん?」
気付いて目の前を見れば、そこには十六夜咲夜が座っていた。
「反応遅いなあ」
咲夜はいつものメイド服ではなく、
生成りのシャツにシックなカーディガン、青のジーンズという出で立ちだった。
そして、咲夜の隣の椅子には大きな紙袋が置いてあった。
その紙袋はもちろん仗助のものではないから、それは咲夜の物だろう。
「まあいいわ。ここのお勧めは何?」
咲夜が、最初からそこに居たかのような顔で言う。
仗助のほうも、特に気にせずそれに答えた。
「コーヒーっス」
「ふむ」
とつぶやき、咲夜はやって来た店員に注文を告げる。
「コーヒー。それとクロワッサン」
「かしこまりました」
店員が去ると、ほんの少しの沈黙。
……その沈黙を切り裂き、最初に口を開いたのは咲夜だった。
「最近どう?」
「ぼちぼちってところでスねー。……そっちはどうスか?」
「まあいつもと同じね。あれが居る分少し楽だけど」
咲夜はそこで一度言葉を切り、
「あれが居る分だけ事件が増える。だからトントン」
「……ここに居るのもそのせいだったり?」
「まあね」
椅子に置かれた紙袋には、事件を解決するために必要なものが詰まっていた。
「お待たせしました―――」
そして、店員が注文したものと共に戻ってきた。
咲夜はカップを口に運び、
「あら美味しい」
顔をほころばせた。
―――穏やかな時間ほど、時が流れ行くのは速いもの。
長く続いて欲しい時間ほど、早く終わるもの。
「じゃあね」
と、咲夜が言って去った時には、既に夕方が差し迫っていた。
仗助は伸びをしつつ、考える。
「さて、これから何をするかな―――」
日常は続いていく。
春も夏も秋も冬も、変化の後も、何が無くなった後も。
そこに命がある限り、意思がある限り。
日常は続いていく―――
鏡に映し出せない、偉大なるものは。
東方(ひがしかた)鏡魔行
~ The Great Ragtime Show ~ 完
日常は続いていく。
たとえどれほどの事件が起ころうと、それによってどれほどの変化が起ころうと。
残酷なまでに、日常は続いていく。
事件に関わったものたちはそれぞれの日常に回帰し、
変化したものはその変化に適応し、新たな日常を開始する―――
日常とは、もっとも強い幻想である。
―――秋の風は涼やかで、日差しは穏やかだった。
もう少し時が経てば風は冷水のごとくになり、道行く者の敵となるだろうが、
今は頼もしい味方だった。
「……さて、どうするか」
選択を助けてくれるものではなかったが。
―――独り言のようにそう言ったのはミラーだ。
その姿は誰を映したものでもない、本来の少女姿だった。
「ちょっと、そこ退いてくれない?」
ミラーに言ったのは、巫女装束の娘。
ミラーが今居る場所、博麗神社。そこの巫女を務める博麗霊夢である。
「ああ、すまない」
ミラーは言って、己の立ち位置をずらす。
それと入れ替わりに霊夢の使う箒が地面に触れ、動き、塵芥を集めてゆく。
―――それを数秒ほど見て、ミラーは空に視線を移した。
青い。
「……さて、どうするか?」
生きるという事は行動するという事だ。
物を思い、環境に対し、飯を喰らい、眠り・働き・考え・他者と関わる。
行動を積み重ね、時間という河を泳いでいく。
その意思が続くかぎり。
終わるはずだったミラーの意思は、終わる事なく今もある。
人の優しさによって。人の厳しさによって。
―――だから、ミラーは彼らのために行動をしようと決めた。
借りは返さなくてはならない。爽やかに生きたいのならば。
戦いの終わりから今日に至るまでの一週間あまりを、
ミラーは紅魔の館で使い走りとして過ごした。
……密度の濃い日々だった。
ミラーは実験台となり、メイドとなり、遊び道具となり、門番となり、
戦いという非日常では判らない少女たちの一面を、その日々で認識した。
だからこそ。
どうするか、とミラーはここで呟くのだった。
「……」
借りを返し終わった後は、どうするか、と。
選択肢は多い。
西方に向かうのもいい、月面を目指すのもいい、魔界に旅立つのもいい。
このまま幻想郷に留まるというのも一つの手だ。
―――選択肢が存在するのは、いまだ意思が続いているからこそ。
助けられたからこそ。
だからこそ。
肌に風を感じ、瞳に光を感じ、
世界が、自分が、生きている事を感じるのだ。
ミラーが、呟いた。
「―――ああ。生きるのは楽しいなあ」
「当たり前でしょ」
そっけなく霊夢が言った。
それは確かにそっけなかったが、しかし不快にはならないものだった。
「そんな当たり前の事も判らない馬鹿なのさ、自分は―――」
霊夢を見ず、ミラーが爽やかな声で言う。
ふうん、と気の抜けた声を霊夢は漏らし、
「あんた、さっきから『どうするか』って言ってたわね? 何度も。
せっかく神社に来たんだから、お賽銭のひとつも入れてみたら?」
「……。コイン一枚でいいか?」
―――硬質の音が神社に響く。
それは、ミラーが賽銭箱に硬貨を投げ入れた音だ。
『本物』の百円玉を、一枚。
ミラーが入れたのは、それっぽっち。
―――とはいえ、コイン一枚の価値は人によって大幅に変わる。
ミラーにとってその一枚の価値は、
「よし、決めた」
どこかへ向かうために必要な勇気と同じ程度だった。
ミラーは賽銭箱に背を向け、掃除をしている霊夢に近づき、言った。
「ありがとう。そしてさようなら、博麗霊夢」
「さようなら。……ところであんた誰?」
「ミラー・エバネセント」
ミラーは答え、神社の出口に向かって歩き出した。
奇妙な冒険が終わっても、非常識な日常は続いていく。
もちろん、その日常だっていつかは終わるだろう。
終わらないものなんてこの世には無い。
良いことも悪いことも、いつかは終わる。
だが、終わったあとには残る物がある。
未来への遺産というものが。
「……自分は、何を残せるだろうか―――?」
良いものを残したい、とミラーは思った。
もちろん、未来の事は判らない。
この身は未来を見通す鏡ではなく、ただ鏡像を映すだけのもの。
だが問題は無い。
全力で生きるだけだ。終わった時、後悔しないように。
「……まずは今日を生きるとするか」
ミラーは、軽やかな足取りで紅魔館への道を行く。
「いざ、倒れ逝くその時まで―――」
万人に忘れ去られても。
時の流れによって、無かった事にされても。
きっと誰かは覚えている。
そこに生きたものの事を。
「そう、どこまで行っても所詮は借り物、七光り(かりもの)、二次創作(かりもの)。
ならば、借り物ではないものを、いつかは―――」
その幻想を。
鏡魔行
~ Girl's Bizarre Adventure ~
PUSH START……
引き込まれ、朝から一気に読んでしまいました。
一歩間違えるだけで劇薬となりかねないこの要素を全て用いるだけでなく、
見事に消化したその技量と、迷わず実行に移せる黄金の精神に感服しました。
次回も楽しみにしております。
その疲れが気持ちいいくらい。
でも、ところどころ変なルビ(でいいのかよくわからんが)
つけるのはどうかと思う。物語でスペルカードとか
二次創作でかりものはいいと思うけど
名付け親にゴッドファーザーは場にそぐわなくない?
ちょっとあれって思った。
あぁー・・・。設定が・・・。
細かい設定なんてキニスンナとか思います(もちろん違和感がすくないほどいいのは言うまでも無いですが)
そういう意味で非常に楽しめました。きちっとしたクロスオーバーは好きなので+30しておきます。
流石だぜ、続きを期待!
だが、その心は鏡自身のもの……神主の魂を、二次創作者は模倣しているのではないのだ。
それを理解するには、たしかに、ミラーの行動は正しい。まったくもって真っ向正面、まじりっけなしの最高手段。それを書き上げるのもまた、同じく。
ゆえにあなたは正しい。黄金の精神とは、恐らくそれを成しえる力なのだろう。
少しエピローグの一文が露骨に感じたので20点マイナスで。
んー、読み終わった。これこれ。細かい突っ込み所があろうとも、最後まで読みきらせるパワーと愛情。また読めて幸せでした。
万華鏡に砕けた光が無限の道筋を持つように、無限の道筋があなたの作品にあらんことを。
しかし、上手いのだが……前作・前々作と比べると何か微妙に方向性が違うような?
ともあれ、ぜひともまた新たな物語を紡ぎだしていただきたいものです。
あと、細かい文句を付けるならば、某ギャングさん+スタンドとオリキャラさんの『スタンド』はちょっと駄目なんじゃないかと。
某ギャングさんは本人も関係者も出演してないのに突然ババーンと登場してもらっても「誰てめぇ?」状態だし、ミラーさんは東方側の出身なんだからスタンド『硬貨(コイン)』でなく「○○の程度の能力」と表現してもらいたい。
二次創作作家さんの精神を体現していると思いました。
もし幻想郷にやってきたのが露伴やジョルノ辺りだったら結末が変わっていただろう……いや、紅魔からのストーリーも大きく変わっていた筈だ。
そしてカフェ、ドゥ・マゴからの展開は……まさにスタンドも月までぶっ飛ぶこの衝撃!これが、あの活躍の秘密だったのかッ!!
個人的には、前作の妖々夢の方が好みでしたが(特に妖夢や幽々子を絡めてくるところとか)、この物語にも良さがありました。
最後まで一気に読ませていただきました。これからも頑張ってください。
・・・次はどんな作品になるのかな。
東方の結界のこととか、
仗助のクレイジーダイヤモンドは小さいとはいえ威力は変わらないバッドカンパニーのライフルやバズーカの一斉射撃を
正面からラッシュで一発も被弾せずに弾きまくってるんだけどな。とか
つーか前回も併せてこれだけ何度も時が止まればいい加減承太郎が動くだろ、とか
細かいはまだかなりあるが、やはり面白いし完結させてることは凄いのでこの点数。
グレイト
素晴らしい物語を有り難う
SSのままでもすばらしいがこれを漫画でも読みたい!と思えるくらいにすばらしい。
これを1回目に読んだとき実はジョジョを知らずに読んでいたが面白かった。
ジョジョを知ってから読んだらさらに楽しめた。
自分に画力があれば是非に描きたいと思えてしまう。