その出来事は、夏バテ顔の魔理沙がふと呟いた一言から始まった。
「……そういえば、レティってこういう時期何処にいるんだ?」
こういう時期――その日は夏の盛りで、間違いなく今年一番の暑さの日だった。
場所は博霊神社。その社殿の奥にある住居の縁側でのこと。
「……何処から連想したのかもの凄く分かり易いわね」
魔理沙と同じく暑さに疲れた顔の中、ほんの少し呆れた目をしながら霊夢は手にしていたイチゴ味カキ氷を見、一口――一転、もの凄く幸せそうな顔をする。
「あなたの方がよっぽど分かり易いけど」
氷塊を凄まじい速度で動くナイフで削りながら器に移していくのが咲夜で――ここまでの3人がこの場にいる人間だった。
あまりの暑さに霊夢が仕事もせずに潰れていた所に、魔理沙が『神社の周りの林なら多少涼しいと思って』と登場、しかしまったく涼しくなくて霊夢と同じ状態になり、そこに咲夜が救世主のように氷とシロップを持ってを持って登場。
『お嬢様の希望でカキ氷というものを作りました。あまりモノですがどうですか』
これが、現状だったりする。
魔理沙は言葉を続ける。
「いや、だって気にならないか? あいつ冬になると何処からともなく現れるけど夏の間どこにいるんだよ? この暑さの中で生きていけてるのか?」
「どっかで越冬、じゃない、超夏?でもしてるんじゃないの」
「そんなことが出来る場所が幻想郷の中にあるのか?」
「ないわね」
「だろうな。あったら私も行ってる」
「んじゃあ熊とかよろしく冬眠みたいに夏の間はどっかで寝てるんじゃないの?」
「いや、それならそれでその場所が何処だか気にな、」
「あーもーっ、どうしてこの暑い中物事考えようとか思えるのかしらねっ、しかもそれをやわらげてくれるカキ氷という至高の存在を目の前にしてっ! いいから大人しくしてなさい、わたしは大人しく粛々と一口一口このカキ氷の冷たさを味わいたいのっ!」
「いやお前こそ暑さで視野狭窄になってるぞ。話を聞け」
少し危ない目をした霊夢としっかり目をあわせ、少し間を開けてから魔理沙は述べる。
「わたしはな、こう考えたんだ――」
「アイツがいれば涼しいんじゃないのか、或いはあいつのいる場所は涼しいんじゃないか、と」
時間の流れを遅らせるような密度の濃い沈黙が二人の間に落ちた。
静寂はない。辺りの林からの煩いくらいの蝉の声に、咲夜が氷を削る音、それに時折吹く生ぬるい風がそれでも涼しげな風鈴の音を鳴らし、沈黙を埋める。
そのまま、数秒。
咲夜がもう一つのカキ氷を作り終え、メロンシロップをかけ、魔理沙の隣に置くまで沈黙という時間は緩やかに流れ。
「それだっ!!」
「だろっ!?」
霊夢と魔理沙が声を上げながら同時に立ち上がることで盛大に破られた。
「そうよっ、どうして今まで気付かなかったんだろっ、暑いなら涼しくすればいいのよ、涼しくするには涼しいやつを連れてくればいいのよっ」
「眠っているってことはいつか起きるってことだっ、それが今だっていいよなっ、つーか自分ひとりで涼しいところにいるなんて許せねぇっ、引きずり出して恩恵にあずかってやるっ!!」
「カキ氷、溶けますよ」
既に正気でない二人に咲夜は冷静に伝える。当然、二人はこの場で唯一冷静な咲夜に責めるような、というより明らかに殺意の混じった視線を向け、
「ちなみに、お二人にあと二杯ずつほど食べてもらえるだけは氷あると思いますが」
『………』
沈黙したまま視線を交わすと、大人しくもとの場所に座りカキ氷を食べ始めたのだった。
「……夏にこそ ものの儚さ 分かりけり」
「……一見深そうだが実はカキ氷の涼しさが一瞬で過ぎ去ったことへの感慨だと知ってると笑うことすら出来ないな」
「ほっといてよ」
そんな言葉を交わしつつ、魔理沙と霊夢の二人はいつもの勘で目的地なく飛んでいた。
勿論、健全にも太陽の日が燦々と降り注ぐ中をである。汗を大量に流し、目に凶悪な光を宿しながら早くも後悔し始めてる二人だ。
「いつもの勘、で飛んでるはいいんだが――こっちは紅魔館の方じゃないのか? わたしとしては冬眠ならぬ夏眠とかするとするなら山の頂上近くの穴倉の中とかそういうのじゃないかと思うんだが――ああそういえば聞いたことがあるぞ、涼しいそうだな、鍾乳洞。年中氷があったりして。むしろそれを探そうやはり」
「こらこら進路を変更するな二重の意味で戻って来ーい、んな簡単に見つかるものじゃないからあれ。そもそもこの幻想郷でそういう場所の話聞いたことないからこうしてレティ探してるんでしょうが――いやだからこそ見つければ独り占め? というかレティも見つければ独り占めの一石二鳥? 独り占めのためには魔理沙が邪魔?」
後半を魔理沙に聞こえないように呟き、2秒程沈思してからはっと我を取り戻す霊夢。
色々な意味で臨界値を超えそうな二人だった。
「とか言ってるうちに見えてきたな、紅魔館――この湖を渡、」
言葉と共に、少し後ろを飛んでいた霊夢に向けられようとしていた魔理沙の視線が中途半端な位置で止まる。
視線の先には――湖、そのほとり。人間の目には微かに人影らしきものが見える程度だが、魔法により視力強化を行っている魔理沙にはよく見えた。そこにいる人影が何をしているのかよく見えた。
人影は、名をチルノという。
人影は、
桶に氷を浮かべた水を入れて足を突っ込み涼んでいた。
魔理沙はとめていた視線を動かし、霊夢を見た。
その視線に宿る不穏な光に霊夢は一瞬眉を顰めたが、魔理沙が顎先でさしたその人影を確認すると瞳に同じ光を宿らせた。
二人が、自然と並んで飛ぶ。
そして同時に互いを見て視線を交わすと、口元を僅かに上げて笑みらしきものを浮かべる。
次の瞬間、
二人は音速を超えた。
「ぎにゃあああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!」
唐突に自分の周囲に咲いた弾幕にチルノはあまり上品ではない悲鳴を上げながら湖方向へ吹き飛ばされる。数度水面を跳ねた後派手な水しぶきを上げながら水中に没する。
珍しくチルノが大人しくしていた為平穏だった湖のほとりは今、一瞬にしていつも以上に不穏一杯の砂埃に覆い尽くされ――しばらくして、それが晴れると、
「はぁ……極楽極楽」
「癒されるな……やっと人間に戻れた気がするな」
あれだけの爆撃の中何故か無事だった桶に足をひたして極上の顔をする二人がいた。
「ってマテやこらあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!!」
水面から飛び上がりつつチルノが叫ぶ。
「あ、何? まだいたの?」
「私達はもう涼しさを存分に楽しんでいる。お前に用はない」
「あんた等が用なくてもあたしにはあるのっ、っていうかなにっ、人のこと問答無用で吹き飛ばしておいてその態度っ! ふざけてんのっ!?」
「いたって真面目だが」
「そーよ、わたし達は涼の探求者なのよー」
「どこの探求者が人のことふっ飛ばしてその場所ぶん取るってーのよっ!」
「チルノ――お前は知らないだろうがな、世の中には臨機応変と言う言葉がある。超法規的措置という言葉が在る。今回はそれらが適応され得る状況。つまりそういうことだ」
ほんの少し難しい言葉の並んだ魔理沙の言葉に、うっと怯んで身を引くチルノ。
「む、難しい言葉並べて誤魔化そうとしたってそうは行かないんだからねっ」
「そーそー、はー、しあわせぇ~」
「どっちに頷いてるのよ霊夢、そっちじゃないだろ」
「あー、そーねー、でももうどうでもいいわ、しばらくは。のんびりでいいの」
「まぁ、そうだな。あんなヤツは放っておこう」
「――あんた達、暑さで頭がおかしくなってるわね? いーわ、冷やしてあげるっ!」
チルノの周囲に冷気で形作られた弾幕が展開する――しかし、この熱気の中である所為かその展開範囲、弾数、弾の大きさともに通常よりも小さい。
先程からいつものように元気な声を上げているチルノだったが、好きで悪戯せずに大人しくしていたわけではないのだ。この暑さの中余分に冷気を振りまくような真似が出来なかったからこそ砂漠で砂に潜る生物の如く桶に浸かっていたのだ。
しかし、
それが、どうしたというのだ。
「キーッ! こっ、なっ、くっ、そぉぉぉぉぉぉっっっ!!!!!!!」
展開範囲を絞り込み弾幕の密度を上げる。対象は――無論桶に足を浸して呆けている二人。本来ならば横にほんの二歩動くだけで避けられてしまう弾幕範囲だが、今ならばあの二人は避けない。この状況でもいつも以上の回避不可能な弾幕の形成が可能――
「いっけええええええぇぇぇぇぇぇっっっ!!!」
弾幕、解放。
狭い志向性を持った冷気の塊が涼気に呆けている二人に殺到し、
「ねぇ、そういえばさ」
「ん?」
それに対し二人は、ちょっとした雑談ついでのようにそれぞれの動作で軽く手を振るい、
急速展開された二人の弾幕にチルノの弾幕は易々と弾かれた。
「―――」
チルノは呆然とすることしか出来ない。彼女の手によって確かな攻撃性を持たされていた冷気は既に解放され、二人の周囲を漂う涼気となっている。
周囲との温度差に生じる霧。
その向こうからの、
発する主の見えぬ、声。
「――チルノってさ、妖精なわけじゃないか」
「そうだね」
「その上悪戯好きじゃないか」
「そうだね」
「妖精ってのはさ、ハロウィンの日にお菓子を集めるんだよな。trick or treat!って」
「そうだね」
「違っ、なんか違っ、それすっごい狭い見識だしっ――ああなんか先を聞くのが怖いんだけどっ、逃げていいかなっ!」
などと聞きつつも答えを待たずに逃げようとするチルノの周囲に密な弾幕が現出する。チルノは小さな悲鳴を上げて目を瞑るが――弾幕は宙に固定されたまま、動き出すことはない。
霧の向こうからの、声は続く。
「いつも悪戯ばかりしている妖精は、きっと毎日ハロウィン気分なんだろうな」
「そうだね」
「いつも悪戯ばかりしているってことは、お菓子を貰えない可愛そうな妖精なんだろうな」
「そうだね」
「でも悪戯される側はたまったもんじゃないよな」
「そうだね」
「――流儀に則って、仕返しされるべきだよな」
「――そうだね」
言葉と同時に、風が吹く。
チルノの冷気によって生じていた霧が晴れ――その向こうから、再び二人の姿が覗く。
その瞳に、宿る光を見た瞬間、
「―――」
チルノは見たことのない鬼の像を幻視すると共に自らの死期を悟った。
「trick or cool!」
「ひあっ」
霊夢の叫び、チルノの短い悲鳴と同時にチルノの周囲に展開していた弾の一つが動く。チルノの頬を掠めるようにして過ぎ、背後の弾幕にぶち当たって誘爆する。
チルノの全身に衝撃、しかし大した怪我は負わない――これはそのための攻撃ではない。
「trick or cool!」
魔理沙が叫ぶと同時に同じように弾幕の一つが動き、チルノの太ももを掠めて背後へ、誘爆する。しかしやはり大した攻撃ではなく、
そう、これは、
ただただ、チルノをいたぶるための攻撃。
「ちょっ、待っ、」
「trick or cool!」
「trick or cool!」
「trick or cool!」
「trick or cool!」
誘爆、誘爆、誘爆、誘爆。
「いや、いや、いーやあああああぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!」
「trick or cool!」
「trick or cool!」
「trick or cool!」
「trick or cool!」
誘爆、誘爆、誘爆、ちょい誤爆。
チルノの髪が焦げる。
「いーやーっ、分かった、分かったからぁっ!!!」
頭を抱えて体を丸めて体を掠める弾と誘爆の衝撃から身を守っていたチルノは、自分の力を弾幕にはせず二人の周囲に展開――二人の周囲に、程よく薄まった冷気が涼気として満ちる。
「はぁ……すずしぃー……」
「いいことをした後のクーラーはたまらないなぁ……」
「ううううぅぅ――言いたいことありすぎて頭の中パンクしそうだけど、どうしたらいいのか分かんなくて涙とか止まらないけどっ、もういいでしょっ、涼しくなったでしょっ、だから早く私を解放してよっ!!」
「――何を言っている?」
「――っ」
鬼の瞳の魔理沙に一睨みされてチルノはすくみ上がる。反射的に後ろに下がりそうになったのを辛うじて堪え、自ら弾幕の中に突貫することだけは避ける。
魔理沙は、むしろ静かな声で告げる。
「お前、これまでどれだけの悪戯をしてきたと思っているんだ? わたしが知らないと思っているのか? ――いやまったく興味もなく知らないが」
「正直だね魔理沙っ!?」
「でもやってきたことは変わらなーい事実ー……大人しくお縄につきなさい?」
「ぁ、ううぅぅぅ、お縄につく、ってぇ?」
完全に怯えきった目から涙をぼろぼろ流すチルノに、二人は笑顔で答える。
『とりあえず死ぬまでわたし達に冷気を提供しなさい』
「いやああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっ!!!!」
チルノの悲鳴交じりの泣き声は、それから数時間の間湖畔に響き続けた――
「――思わぬところで時間をとったわ。お陰で冷静になって当初の目的を思い出せたけど」
「チルノが使い物にならなくなったから次の目標を探してるとも言うがな」
再び二人は湖面の上を少々正気を取り戻した瞳で見据えながら飛んでいた。
ちなみにチルノは二人のいた湖畔で桶に浮かんで伸びている。水桶に浸けられているのはほんの少し残っていた二人の理性の賜物だ――全身の痙攣ぐあいがたまらなく痛ましく、しばらくは再起不能だろうことが容易に窺える状態でだったが。
「チルノにもーちょっと耐久力があればレティ見つけなくてもよかったんだけどなぁ」
「所詮大した能力を持ってない妖精風情、ってとこだろう。まぁ、一時は安らぎを得られたし価値がないということもないんじゃないのか?」
なかなか素敵な言葉を交わしている二人だが、これは暑さに脳をやられているためである。おそらく。多分。
「っと、そうこうして紅魔館に到着、となってしまったが――霊夢、お前の勘はなんていってるんだ?」
「んー、どうにも――こっちの方だって気はするんだけれど、曖昧で掴みづらい。やっぱり何かに篭ってるのかしら?」
「建物とかに入ると掴みづらくなるのか?」
「そりゃあね。壁とかが厚ければ厚いほど掴みづらくなったりもするわ」
「あー、やっぱりあれか。お前のは電波か何かなのか。ゆんゆんなのか」
「――ここであなたをぶち倒してわたし一人で涼みに行ってもいいんだけど?」
「――人ん家の前で何をぎゃあぎゃあやってるのよ」
声は、飛んでいた二人の側面から唐突に沸いて出た。
同時に動きを止め、視線をそちらにやる。そこに浮かぶ姿は、
「ようやく日の光が弱くなって、多少は涼しくなってきたと思ったから急ぎの魔法の材料探しに出てきたのに――どうして暑苦しい人間と魔法使いがここにいるのかしら?」
パチュリー・ノーレッジ。
いつも通りの無表情ながら、その瞳には冷たい怒りが宿っており、それが影響を及ぼしたかのように周囲は冷気で満ちていて、
違った。
パチュリーは、自分の周囲に五十cm台の氷塊を浮かべて漂わせていた。
「………」
「………」
「なに? わたし、あなた達にどんな目にせよ見つめられる趣味はないんだけど」
「お前――なんだ、その氷?」
「見て分からないの? 氷そのものよ、水の固体」
「ちっがぁう!! どうしてんなものをしかも5つも自分の周囲に浮かべるなんて贅沢な真似してんのかって言ってるんだっ」
「暑いからに決まってるじゃない」
「……殺そう」
それまで黙っていた霊夢は呟きと同時にお札を取り出し弾幕展開。
しかしパチュリーはその行動を予測していたらしくそれぞれの弾を紙一重で避わしていく、周囲の氷塊にも避わさせていく。
全ての回避を終え、再び二人に向けた視線には――当然ながら先程より明確な冷たい怒り。
「……なんのつもりかしら?」
「そりゃこっちの台詞だ。人が汗水たらして暑さ避ける方法探してるってのに堂々とそんな贅沢な真似しやがって――」
「そうなの?」
「そうなんだよっ!!」
「なら大人しくわたしの状況に嫉妬してると言えばいいのに。どうして自分が正しく相手が間違っているという論調を前に出してしまうのかしらね、自分の醜い本性見せるだけなのに――まぁ素直になったところでわたしもあなた達に素直になる義理はないけど」
「……殺そう」
再び霊夢の弾幕展開、パチュリーの的確な回避動作。
「……どうしてもやるのね?」
「当然」
既に目がイッてる霊夢に続いて魔理沙も臨戦態勢に入る。パチュリーはため息を一つつき、自分の周囲に配置してあった氷を自らの背に隠すように移動させると。
「――炎よ」
純然たる高温の塊を弾幕と化し二人に向けて放った。
「ちょまっ――っ」
焦った声を発しつつも弾幕を完全に回避しきる魔理沙。しかしすぐにその顔が歪む。それは当然――あまりの暑さに。
「ま、待てパチュリーっ!! お前こんな暑い日に炎の魔法なんか使うな反則だろうがっ!!」
「知らないわ。このくらい涼しいものよ」
「そりゃお前はそれだけ氷背においときゃ涼しいだろうよっ、だがこれまで暑い中にいた人間がそんなの浴びせられ続けたら、」
「そうなるんでしょうね」
「……そう?」
パチュリーの言葉に一瞬理解不能に陥る魔理沙だったが、はっと何かに気付いた様子で背後を振り返る。
そこには、
「……うは~、うはははははははははは~」
今にも頭から湯気を上げんばかりに顔を真っ赤にした霊夢がふらふらと宙を漂っていた。
「うあーっ! 霊夢ーっ!! って別にいつも通りだろあれ」
「……素敵な友情関係ね、あなた達」
パチュリーは、非常に珍しくも口元に小さな笑みらしきものを浮かべながら再び自らの眼前に炎の弾幕を形成する。
「――待て。お願いだから待ってくれ。話し合えば分かる。弾幕だけが手段なんて悲しすぎると思わないか人という字は片方が片方に全体重を預けて出来てるんだぞっ」
「わたし、あなた達と一切話し合いをした記憶がないんだけど――というか、いつも弾幕で語られてねじ伏せられていた気がするわね。あまりそういうことに興味ないんだけれど、たまには――仕返しっていうのもいいと思わない?」
「まぁそれはそうだが。たまにと言わず毎日だって――いや待て、だから待てって!!」
魔理沙の誠意(?)ある呼びかけ空しく、
「さようなら、お馬鹿さん達」
パチュリーは高温の弾幕を放ち、魔理沙と霊夢の意識を完全に刈り取ったのだった。
「――はっ」
「気付かれましたか?」
ベッドから跳ね起きた魔理沙に平坦な声をかけたのは、彼女が眠っていたベッドの脇で花瓶の中の花をいじっていた咲夜だった。
反射的に周囲を見回す。部屋の内装を確認して――
「――ここは、紅魔館か?」
「ええ。その客間。パチュリー様が捨て行ったあなた達を回収したのはわたしです」
「ああ、それは助かっ、」
「あなた方のようなモノが前に転がっているようでは紅魔館の清掃が行き届いてないと主張するようなものですから」
「……それは感謝する必要も貸しだと思う必要もないってことだよな?」
「自分の目的を達成しただけなのでそんなものはいりません」
「そーかい……」
多少疲れた瞳を咲夜に向けてから、魔理沙はもう一度部屋の中を視線で辿る。
「――もう一つのベッドに使われていた形跡があるな」
「仰るとおりで。きっと想像どおりでもあって、先程まで霊夢さんが寝ていらっしゃいました」
「今は?」
「『レティが近い気がする』と起きてすぐ飛び出していかれました」
その言葉を聞くと同時に魔理沙もベッドから飛び出す。
「お待ちください」
「待ってられるかっ、あいつ一人でいい目、」
「ご案内いたしますので」
「だからなっ、あいつが一人で行ったら――は?」
「だから」
咲夜は、魔理沙が言葉をかみ締めるのを待つようにしっかりと間を開けてから。
「ご案内いたしますから」
もう一度、そう言った。
その前に立ったのは3人――うち2人はただ呆然とするしかなかった。
場所は、紅魔館の地下。そこにその巨体を鎮座させているのは、
冷蔵庫。
サイズからすると、冷蔵コンテナ、と表した方がいいかもしれない。
「――なぁ、霊夢」
「なに……わたし、今何も聞きたくないんだけど?」
「咲夜曰く、最近紅魔館で使用されている氷は全部この中から取り出されたものらしいぞ」
「聞きたくないって言ってんでしょっ!!」
「わたす達が出てくる前に食べたのも、」
「あーあーあーあーっ!!」
後ろで騒ぐ二人をよそに咲夜は何の迷いもなく冷蔵庫の扉を開ける。
その中から噴出してくる冷気、そして、
「……あれ? 皆さんおそろいでどうしたんですか?」
暢気な、冬の忘れ物レティ・ホワイトロックの声。
霊夢と魔理沙の本日の探し人は、穏やかな笑みを浮かべてぱりぱりと凍った本を読んでいた。
「つまりは、こういうことです――わたしが持ち込んだ氷を見てレティのことを思い出し、レティがいる場所に行けば涼しさを満喫できるだろうとあなた達は考えた。けれどその時点で一つ、わたしがどうしてこんな大きな氷を持ってくることが出来たのかを考えるべきだったんです。そうすれば、わたしがレティの行方を知っているだろうことにもすぐたどり着けたでしょうに」
「わざわざ解説して蒸し返すなよ――というか、お前が一言わたし達に言えば済んだ話じゃないのか?」
「別に聞かれませんでしたから」
「――というかわざと黙ってたな?」
「聞かれなかったからだと言っているじゃありませんか。確かに、いつも人の館に乗り込んできて物品を持ち去っては突入の破壊跡は残して去っていく職業魔法使いに恨みがあったりお嬢様のすることにいちいち口出しする職業巫女に恨みがあったりしないとは言いませんが」
「――わかった、喧嘩売ってるんだな、お前は?」
「あ、ちなみにあの冷蔵庫のようなもの、実際は冷蔵庫というより『冬保存庫』という感じになっています。パチュリー様の特別性で、レティ様から出る冷気だけでなく『冬の要素』も外への漏れ出しが防がれてます。レティ様は『冷気』の中に存在するのではなく『冬』の中に存在する方ですから。ただそういった魔法含みの装置はデリケートになるのであまり派手に暴れられるとこの夏の涼をとる手段がなくなるかと――わたしとしてもお嬢様がカキ氷に飽きるくらいまでは維持したいと思っているんですが」
「――レティ、お前そんなとこに閉じ込められていやだよなっ!?」
「はえ?」
唐突なふりに一瞬理解不能を顔に浮かべたレティだったが、すぐに意味を咀嚼したらしく笑顔で答え。
「別にそんなことありませんけど~。ここの人、わたしが退屈しないように色々なもの用意してくれますし……ところでこの人、大丈夫なんですか?」
「この人?」
レティは自分の足元を指差す。
と、そこには、
小さく身を丸めてがたがたと震えながらも何故か幸せそうな表情をしている霊夢がいて。
「……寒い、いや涼しい……こんなに涼しい場所は初めてよ、絶対、絶対ここから出ないんだからね、あんな暑い場所になんて戻らないんだからね……ああ、なんか眠たくなってきた、大きな川も見えるわ……」
「さっきから黙ってると思ったら……そうまでして涼しくなりたかったのかよお前」
呆れた顔の魔理沙が霊夢に歩み寄る――まだ霊夢が倒れている位置まで数歩あるが、もうその位置で涼しいというより寒い。
「多分、もうちょっと涼しくなってから、もうちょっと涼しくなってからってやっているうちにそうなったんでしょうね――下手に我慢強い上にめんどくさがりだから」
咲夜の方も魔理沙と同じような呆れ顔で霊夢に歩み寄っていく。
先ほどまでちりちりと一触即発な空気を発していた魔理沙と咲夜だったが、互いに同じタイミングで霊夢から相手へと視線を上げると、
笑い合い。
「……こいつと同じようにはなりたくねぇな」
「そうね」
結局――これが、今回のちょっとした事件の顛末となった。
「……で?」
「はい、なんでしょうかお嬢様」
「……どうしてこいつらはわたしの館に入り浸ってるのかしら?」
紅魔館の庭先。よく整えられた芝生の上には、パーティ用の大きなテーブルが一つ出されていて。
レミリアの眼前、その周囲には、霊夢、魔理沙、チルノ、パチュリー、小悪魔、更にはフランドールと――なかなかの面子が顔を揃えていた。
テーブルの上には、切り出された数多の西瓜がその峰を揃えて並んでいる。また好評のカキ氷も健在だ。そして、
その中央には、周囲に冷気を振りまき夏の熱気を追い払っている巨大な氷。
「あれは咲夜がわたしとパチェとフランのために用意したものだったのに――」
「すみません、いつの間にか虫がわくように集まってて」
「まぁ、仕方ないわ。あいつらそういう奴等だもの」
レミリアは、それぞれに涼気を楽しんでいる面々の姿を咲夜と共に見て回る。
「んー♪ 今年の西瓜の出来はいいね、よく冷えてるしっ」
「というか霊夢、お前にこれ持ってきた里の人間、お前見て怯えてなかったか?」
「気にしない気にしなーい♪ それだけわたしの霊験が高まってるって事でしょう」
「チルノにも、チルノにもーーっ!!!」
「あーはいはい。ほれほれほれっ」
「わぷっ、口から吐き出した種ぶつけな、わぷぷっ!」
いつもの嬌態を演じる3人の横で、唐突に沸きあがるぐしゃっ、と何かのつぶれる音。
見ると、フランドールが手元にあった西瓜を一個丸ごと手の中で潰している。
「――フラン様、西瓜はそうやって食べるんじゃありません」
「え? こうばしゃっ、ってつぶしてその汁を堪能するんじゃないの? ちょっと脆いけど人間の頭つぶした時みたいで楽しいわ」
「あちらに切り出したものがありますのでそれをかじるように食べるのです――ほら、手が汚れてるじゃないですか。こんな食べ方するからこうなるんです。ダメですよ」
「はーい」
一緒に面々の様子を見て回っていた咲夜がフランの世話のため離脱するが、レミリアは歩を緩めない。そのまま、賑やかさにかろうじて引っかかるような端の席にいるパチュリーの元へ向かう。
「……賑やかね」
「そうね」
まず交わされた言葉はそれだけ。
そのまま一分以上の沈黙。
「……パチェ、あなたどうしてここにいるの?」
「涼しいから。それ以上でも以下でもないわ」
「図書館でも十分涼しいでしょ?」
「たまには外に出ないとあなたみたいに本当に日の下に出られなくなりそうだから」
「そ」
そして、再び、黙。
今度のそれは、更に長く。このままレミリアかパチュリーが立ち去るまで続くかに思われたが、
「――レミリア。あなた、人間が書いた『青い鳥』って話は知ってる?」
パチュリーが、真っ直ぐにレミリアを見つめながらその沈黙を破る。
「唐突ね――読んだことはないけれど大まかな話なら。二人の子供が幸せの青い鳥を探てに旅をする童話で、その青い鳥ってその二人が旅立った家で見つかるんでしょ?」
「そう。ラストは知ってる?」
「だから、自分の家で青い鳥が見つかったよ、幸せは身近なところにこそあるものなんだよー、で終わりじゃないの? まぁ人間らしく回りくどい物語表現だと思うけど」
「まぁ、大体そうなんだけれど――本当のラストでは、その青い鳥は逃げ出してしまうの。どこかへ行ってしまうの。『どなたか、もし鳥を見つけたら、ぼくたちに返していただけませんか? いずれしあわせになるには、ぼくたちには青い鳥が必要なんですよ……』主人公の子供がそう観客に語りかけて物語は終る」
「――また、もう一段階上に回りくどいな」
「そうね。でも夏の日にさらされた氷が溶けてしまうように『青い鳥』で示唆されることも確かなことだわ――わたし達の青い鳥は、いつまでわたし達のそばにいるのかしら?」
そういって、何処か冷めた、諦めたような視線を遠くに投げたパチュリーに、
レミリアが返した反応はこうだった。
「……ぷっ」
「―――」
「ぷっ、ぷふっ、はははははははははははっ、似合あわねぇっ!!! パチェ、似合わねぇっ!!! はははははははははははははっっ!!!」
パチュリーは無言のまま非難の視線をレミリアに向ける。
「ん? なんだその目は? 笑うなつー方が無理だろ、いつもクールぶってる裏でんな不安抱えてたりするわけだ。あはははははははははっ!!」
「不安がってなんかいないわ。ただ事実を認識していただけ」
「それが嫌だとは思ってたんだろう?」
「……レミリア、悪いけど黙ってくれない?」
「ぷくくくっ、無理ぃっ、無理だって、あはっ――まぁ確かにな、人間のん十倍ん百倍長生きしてるわたし達だって死なないわけじゃないし、変わらないわけじゃない。同じものはその一瞬一瞬にしかなく、必ず変わり続けていく。だから今あるものが先にもある続けるなんて保証はない。でもな」
「だからこそ今を存分に楽しむんだろうが」
ああ、と。
笑顔のまま断言したレミリアにパチュリーは、口の中だけで吐息を漏らす。
「それにな、わたしとしてはその『青い鳥』ってヤツはまた別の解釈が出来ると思うぞ。幸せってーのは、そんな『青い鳥』みたいなしっかりとした形のあるもんで、『青い鳥』の主人公の子供達は逃がしちゃったがその気になれば籠に閉じ込めてしっかりとした世話で長く飼い続けることだって出来るってことだ。幸せをそのままにしておきたいなら、籠に閉じ込めてしっかり世話をする。逃げたんならぶん捕まえてそうする。それで幸せは長続き、万事解決じゃないか」
「……そうね」
全くその通りだと、パチュリーは心の奥底で思う。
――夏に涼気を求めてちょっとお出かけ、けれどその答えがすぐ側にあったと気づいて、な大騒ぎした二人は、今はもう別の騒ぎの中にいる。パチュリーはそんな騒ぎを見つめながら――
「……ほんと、騒がしいわね」
小さく、決して騒ぎの中に届かないように小さく、呟く。
「お前も入ったらどうだ?」
「冗談きついわ。わたしはここで眺めてるわよ」
「そうか。ならわたしもそうしよう」
本日もまた、幻想郷は晴天にて暑く。
真夏の強い日の光の下、幻想郷の確かな現実は今日もまた動き続けている。
エミリアになってるし
暑さで暴走気味な霊夢がこえーです
咲夜さんは霊夢や魔理沙にはフランクに話しますし、パチュリーはレミリアの事レミィっていいますよ。あとチルノの一人称はあたい(orあたし)だし、レミリアの喋り方も…。
まあ、東方作品や文花帖(本)等を参考に、と。