Coolier - 新生・東方創想話

優雅に噴かせ、凱風快晴

2006/06/28 13:22:52
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―――ご注意のお願い―――
*微エロが混じっている気がします。おっぱいという単語に嫌悪感を持たれる方は*
*申し訳ないのですがご遠慮をお願いします。*
*とても長いです。良く睡眠をとった上、お茶とおかしをご用意してお読み頂く事を*
*お勧め致します。*





























 ちちちち……と。小鳥のさえずりが聞こえてくる。

 人里から離れた竹林の奥。
 柱となって射し込む朝日の光に、妹紅は全身を差し出した。ゆっくりと温まる。

 まだ眠気は晴れず、その両目はとろんと垂れていた。だがやがて大きく口を開けて
あくびをし、景気付けと言わんばかり、
「んんんっ」
 思いっきり背伸びをする。両手を頭の上で組み、ぐっと天を突く。

 その動きに合わせて、フジヤマと呼ぶに相応しい乳房が自己主張。
 服の中からぐぐぐっと押し上げて、その大きさや形を可能な限り克明に表現する。
 まるで、「俺はここだぁ!」と回避に成功したド○ンの如く激しいアピール。

 あ……いけない! あまりに激戦を繰り広げるからシャイ○ングがオーバーヒートしちゃう!


 ぶちっ! ぶちぶちっ!


 ―――シャツのボタンが上から三つ程、耐え切れず宙に飛ばされる。

 それは藪の奥に落ちて消えて、二度と妹紅の前に姿を見せる事は無かった。


 ボタンが落ちた辺りと、大きく開いたシャツから見える自分の胸元、双方を交互に
見つめて……妹紅は大きくため息を吐いた。













『優雅に噴かせ、凱風快晴』














「―――も、妹紅?」
 上白沢慧音がやって来たのは、まだ太陽が最大まで昇りきらぬ程度の時刻。

 その時妹紅は上半身サラシのみで、脱いだ上着に針を通している最中であった。

「うひゃあ慧音!? は、入ってくるなら一声かけてよ!」
 慌てて上着を落とし、両手で胸を隠す。けっこうなボリュームで大変ヨロシイと思います。
 何がって? それは各自解釈で察してください。

「す、すまない」
 慧音も顔を赤くしながら視線を外した。同性ではあるが、やはり見るのも見られるのも
恥ずかしいものだったり。


 ともあれ、近くにあったものを適当に羽織る妹紅。もう良いよと合図を送ると、やっと
慧音も視線を戻す。


「さ、裁縫か」
「う、うん……ボタン取れちゃって……」
「出来たのだな、裁縫なんて」
「馬鹿にしないで……と言いたいところだけど。もう何回指を刺したか」

 バツが悪そうに、頭をかいて笑う。
 それを見て、慧音もふっと笑い返した。

「仕方ない女子だ。たしなみがなってないぞ」
 言いながら靴を脱ぎ、居間に上がる。

「前時代的ですよ、けーねさん。女が全て炊事と針を操れるというのは」
 すぐ近くに立つ慧音を見上げて、ぷっと頬を膨らませる妹紅。

「それは出来ない者の言い訳だな。どれ、貸してみろ」
 妹紅が落とした上着を、ひょいと取り上げる。
「……なんだ、ボタンが取れただけか。不器用だなぁ」
 やれやれとため息を吐く。
「五月蝿い、貴族はこんな事しない」

 ぷいっとそっぽを向く妹紅に苦笑して、慧音は針山から、糸の通った針を一本抜いた。
 予備のボタンに糸を通し、ちくちくと……器用に取り付ける。
 その見事さに、拗ねていた妹紅も思わず視線を戻し、見惚れた。
「お、お、おおー」
 針が動くたびに声を上げる。

 数回の発声後に針は止まり、慧音は結び目をしっかりつけてから、歯で糸を切った。
「ほら終わった。着てみてくれ」
「はーい」
 上着を受け取り、物陰へ。ごそごそと着替える音が聞こえる。慧音はそちらから視線を
外して、自分が入ってきた玄関に顔を向けた。

「―――そうだ、妹紅」
 物陰の向こうに呼びかける。
「なーにー?」
 物陰の向こうから返事。

「最近、この辺りで変わった事がなかったか?」
「変わった事? うーん、特に何かあったって事は、無いと思うけど。どうしたの?」
「里に妖怪が出てな。既に何人か犠牲者が出ている。そいつはとても素早くて、私の
注意を掻い潜って人を襲うんだ」
「慧音をやり過ごすなんて、中々やるわねぇ」
「あと数日で満月の夜だから、それまでは里の歴史を隠してやり過ごしているが……
この状態では住人が里の外に出られないし、行商人も招き入れられない」

 ふぅっと、ため息をつく慧音。

 足音がしたので振り返ってみる。物影から、着替え終わった妹紅が出てきていた。
「ありがと慧音、ばっちりだ」
 嬉しそうに笑い、妹紅が礼を言う。
「ついでに針の使い方を教えてやろう。ボタン一つも付けられないでは情けないからな」
「はいはい、ありがたくご教授賜りますよ……あ、でも、ちょっと待ってくれない?」
「ん? どうした?」
「実はちょっとさ……出かけなきゃいけないんだよ」
 申し訳なさそうに、頭を掻く。
「珍しいな、お前が出かけるなんて……どこへ行く気だ? 何なら付き合うが」

 慧音がそう言うと、妹紅はこれまたバツの悪そうな顔をして、何かを言い淀む。
 その内、ぼそりと、
「―――永遠亭に、ちょっと、ね」

 それを聞くと、慧音の表情が僅かに曇った。

 竹林の奥、妹紅と同じ不死の人間である蓬莱山輝夜が住む屋敷、永遠亭。
 明けない夜の事件以来、ほんの少しだけ改善されつつある妹紅と輝夜の関係だが、
未だ互いに憎しみ合い、数ヶ月に一度はごっこではない本気の弾幕合戦を行っている。

 その輝夜の元に行くという事の意味は、考えるまでも無く、一目瞭然であろう。

 だが、そんな考えを表情に出す慧音を見て、慌てて妹紅は両手を振って
「ああ、違う違う。今日は輝夜に用なんて無いんだ」
 と、言った。

「じゃあ、一体何の為に永遠亭へ行くのだ?」
 慧音が首を傾げる。
「な、何でもない。本当に些細な用事なのよ、本当」
 必死に弁明するが、どうしたって信じられない。大した理由も無ければ誰かと
会おうともしない妹紅が。それも、よりにもよって宿敵の住まう邸に。
 そこに大した理由が無い訳が、それこそ無いではないか。
 ―――だが、これほど言い難いと訴えている妹紅に、強引に話させるのも、それは
それで慧音のモラルに反する。

「―――妹紅」
「な、なに」
「危ない事をやろうとはしていないな?」
「へっ? あ、それは、うん……」
「……なら良い。深く聞かない事にする」

 それだけで、慧音は話を切り上げた。
 最初はその急な引き方に、あっけにとられていたが、やがて妹紅は慧音の真意を
察して、
「ありがとう、慧音」
 にっこり笑った。
「あ、改まって礼など言わなくても良い。それより、行くなら早く行ってこい」
 やや頬を赤くして、慧音がぶっきら棒にそう突っ返した。
「慧音は?」
「遅くはならんのだろう? 夕飯を作って待っているよ」
「やった! 久しぶりに美味いものが食べられる」
「やれやれ……大したお貴族様だ」

 満面の笑顔で手を振り出て行く妹紅を、
 やれやれと苦笑する慧音が、手を振りながら見送った。











 永遠亭に着いたのは、まだ昼食には少し早い頃の事。
 太陽はほぼ真上へと昇る。鬱蒼と生い茂る植物に普段なら遮られる日光も、この時だけは
竹林の土を照らしてくれる。そんな大地の上に、妹紅は降り立った。

「御免ー」
 何度か戸を叩き、声をかける。

 程なく中から足音が聞こえてきた。
 近付いてくる。

「はーい、お待たせしまし……うぁっ!」
 中から出てきたのは、輝夜と同郷出身で狂気を操る、鈴仙・優曇華院・イナバ。
 妹紅を見た瞬間に悲鳴をあげて引いた。

「そんな、あからさまに嫌な顔をされると、流石に良い気分じゃないなぁ……」
 特に怒った様子は無く、妹紅は頬を掻きながら苦笑する。
「ご、ごめんなさい、まさか妹紅さんだとは思わなくて……」
 鈴仙は素直に頭を下げた。輝夜とは憎しみ合う仲なれど、その従者(ペット)にまで
怨恨がある訳では、もちろん無い。
 最近どっと増えた知り合い(人も妖怪も含む)が催す宴会に参加すれば、輝夜とは
ケンカするものの、鈴仙等とは気軽に話し合う。鈴仙が輝夜に対する愚痴をぽろりと漏らせば、
妹紅はその肩を叩き「解る解るわ」と答える。それくらいの仲ではあった。

「姫はまだお休み中ですけど、起こしてきましょうか」
 妹紅を中に招きいれながら、鈴仙が言った。

「なんだ、あいつまだ寝ているのか。何てずぼらな生活しているんだか」
「輝夜様ですからねぇ……仕方ないと諦めていますよ、みんな」
「良く我慢出来るものだねぇ……よいしょ、お邪魔するよ」
 履物を脱いで揃え、玄関に上がる。
「どうぞ。じゃ、姫様を起こしてきますね」
「そのまま永遠に眠らせておきなさい。何なら私が止め刺してあげるわ」
「屋敷を壊さない程度にお願いしますね」
「善処するけど、今日は、輝夜はどうでも良いんだ」

 それを聞いて、鈴仙は止まった。
 妹紅が輝夜以外に用事など……珍しい以上に珍しい。。

 こちらの目的が不明で、どうしたら良いか悩みフリーズした鈴仙に、
「永琳は居るかい?」
 妹紅は、目的の相手を告げた。




 永琳の研究室は地下にある。取り揃えたる数百種の薬剤中には、日光で変質してしまう
タイプも数多く、その為である。
 いざ研究が始まると、永琳はここから殆ど出てこない。入り用や食事は弟子である鈴仙に
ここから頼み、ここに持ってきてもらう。
 因みに空調は完璧だし、トイレに風呂に洗濯機まで完備されていて、最低限生活するには
まったく困らない。魔法で作ったミニ氷室まで存在し、中には良く冷えた飲み物も揃えて
あったりする。月の頭脳と称された天才は、やる事なす事そつなく完璧。

 そんな、良く冷えた牛乳を飲みながら、永琳は、先程調べた妹紅のデータを書き綴った
カルテに目を向けている。
 対面には、同じく差し出された牛乳を手に持った妹紅。

「……そもそも、蓬莱の薬ってやつは」
「ん?」
 コップから口を離さず、カルテから目も離さず、永琳は声だけで返事をする。
「服用した人間を、永遠にそのままにしておくものじゃなかったのか?」
「……ふむ、それは間違ってるわ、藤原妹紅」
 飲み干したグラスを机の上に置いて、やっと永琳が顔を向けた。
「服用した状態が永遠に保たれるなら、この先強くなる事も、賢くなる事も出来ないわ。
そもそもモノを記憶するのだって、脳の変化があるからなのよ。永遠に何も変わらない
という事は、それは純粋な『死』以外にありえないの」
「つまり、この体も変化はするって事?」
「そう。変化イコール生って事。で、蓬莱の薬は『不死』の薬。変化を止める薬では
決してないわ」

 永琳は立ち上がり、空のグラスを持って、壁に取り付けられた小さなドアを開けた。
 そこがミニ氷室の入り口で、中から牛乳の入ったビンを取り出し、グラスに注いだ。
「……あんたが牛乳好きだとは、知らなかったわ」
「あら、健康にも良いし成長も促進させて、しかも美味しいこの飲み物を嫌う理由が
どこにあって?」
 飲む? と、ビンを差し出されるが、妹紅は右手を軽く振って断った。

「つまり、私のこの体は、成長したって事なのか?」
 腰に手を当ててぐいっと飲む永琳に訊ねた。
「そうねぇ……成長と言えない事も無いんだけど」
 自分の椅子に戻って、再びカルテに目を向ける。
「さっきも言ったけど、私達の体は変化するの。もっともそれは、その人が元来持つ
成長力の度合いによるけど」
「どういう事?」
「蓬莱の薬は、服用した体にとってプラスになる変化だけ受け付けるの。例えば身長や
筋力、脳等の成長は可能だけど、老化や肥満、肉体の欠損等はキャンセルする」
「そりゃ、何とも女の子には嬉しい薬だ」
「頑張りました」
 むんと胸を張る永琳。妹紅が知っている仲間内でもかなり大きい部類に入る。これに
挑める相手となると、慧音以外では亡霊嬢とどこぞの門番、あと宴会で一度会った事のある
三途の川の渡し守……とか言ってた奴。それと……


「だから、私のこの胸は、成長したって事なんだろ?」
 ……妹紅自身である。

 朝方に上着のボタンを豪快に飛ばして、自分の胸が大きくなっている事に気が付いた。
 いやそれ以前にも、もしかしたら大きくなってるかなぁと思った事も、確かにあった。
 だが蓬莱人は肉体の変化など永遠に無いと思っていたから、今日まで服の寸法も合わせずに
いたのだが。どうやらそれは間違いだったらしい。
 しかし単純に「成長した」と言うだけなら、何故か目の前の天才は歯切れが悪かった。

「……成長したと単純に言うなら、胸以外に身長やその他にも変化があるはずなのよ。
でもデータを見る限り、変化したのはその胸囲だけ」
「私の元のデータなんて解るのか?」
「ウチの姫と戯れて、粉々になったアナタの一部を持ち帰ってあるから、間違いないわ」

 ―――知らなかった。って言うか、持ち主に何の断りも無く持ち帰るな。
 あいやそれ以前に、人の体の一部をナチュラルに拾って保存してるとか、色々どうなのさ。

 言いたい事は沢山あったが、どれ一つも妹紅の口からは発せられなかった。
 なにせ相手は八意永琳。こちらの常識は通用しないし向こうの常識も理解出来はしない。
 問答は、無用なのだ。妹紅はため息一つ吐くことによって、全ての言葉を封じ込めた。

「ああもう、一体何なのよ八意永琳。私の体に何が起きたのか、解りやすく、簡単に、短く、
そして本当の事を教えろ」
 ややいらつきながら、妹紅が早口で言った。

「じゃあ簡素に結論を言えばね。アナタの体は外部からの刺激によって、ある器官が
必要な分だけ、アナタの成長力の範囲で『成長』したのよ」
「……は?」


「もっと簡単に言えばね。アナタが頻繁に白沢あたりと乳繰り合ってるから、その分
女としての特徴が強調されたって事よ」
 何の躊躇も無く、さらりと永琳は言い切った。


「―――なっ」

「元々アナタは胸が大きくなる体質だったんでしょう。蓬莱の薬で成長は止まっているけど
さっきも言った通り必要があれば体は変化するわ。この成長具合だと一週間に数回……」
「なああああああああっ!?」
 妹紅の顔が、一気に赤く染まりきった。耳まで。
 ついでにヒートアップが行き過ぎて、妹紅の頭から彼女の中に住む不死鳥が
『戦か!? 俺の出番か!?』
 と、勘違いして体半分ほど外に出てきてしまった。必死に辺りを見回して敵を探している。
「あーもー、こんなところで鳳翼天昇しないで。薬品が駄目になっちゃうじゃないの」
 いたって冷静に、永琳は降りかかる火の粉を払って、近くにあった薬品を遠ざける。その後に
妹紅の頭から生えた火の鳥を無理矢理ぐぐっと『お前か!? お前が敵kうわ何をするやめr』
押し込んで元に戻してやった。
「ち、ちちちちちちち乳繰り合ってなんかっ!」
 両手をばたばたと忙しなく動かしながら、妹紅がしどろもどろに答える。
「違うの?」
「ち、が……」
「あらそう? じゃあ原因が解らないし、私も対処のしようが無いわねぇ」
「うっ……!」

 妹紅は真っ赤な顔のまま俯いてしまった。

「……で?」
 意地悪な笑みを浮かべながら、永琳が近くに寄ってそれだけ訊ねる。

「……シテル……」
 風の凪ぐ音のようなか細い声で、ぽそり答える妹紅。

「どれくらいの頻度で?」
「……イッシュウカン ニ……」
「うん」
「……1カイ、クライ……」
「あらあら、お盛んねー」
「~~~ッ!!」

 羞恥に、妹紅の顔は真下を向いてしまった。自分のもんぺをぎゅっと握って耐えている。
 永琳はふと、ああ姫様が妹紅に気を向ける理由が解るわ~……などと、自分の主と酷く
共感を覚えた。この藤原妹紅という人間は、非常にからかい甲斐があるのである。それはもう
弟子の鈴仙に負けないくらい。こんな風に比較される鈴仙の普段にも同情を禁じ得ない
気がしますが。

 何か妹紅が必死に「だって慧音が!」とか、「満月の夜は強引だし!」とか言っているが、
永琳は全部聞いていなかった。天才の知識にそんな瑣末事は必要無いのである。

「で、アナタは胸が大きくなるのが嫌なの?」
 まだわいわい言う妹紅を強引に無視して、永琳は話を主軸に戻した。その華麗なスルーに
思わず妹紅もクールダウン。天才はやる事なす事そつなく完璧。
「だって……何か、恥ずかしいじゃない……えっちっぽいし……」
 服の上からもしっかり見て取れる膨らみを両手で隠しながら答えた。
「ぽい、じゃなくて、えっちよね、実際」
「んガッ―――」
「はいはい、一々不死鳥出して反応しない、しない」
 またも妹紅の頭から生えた不死鳥を押し戻す。ちゃんと耐熱手袋はしてますよ、さっきから。
 天才は(ry

「しかし贅沢な悩みよね。世の中には大きくしたくて悩む女性がいっぱい居るというのに」
 誰とは言わないが。
 腕を組んでそう言う永琳は、無意識に自分のお胸を寄せて上げております。
 ここに誰とは言えないダレカサンが居たら、きっと怒りでわなわな震えていたでしょう。

「出来るなら分けてあげたいわ……で、どうなのさ」
 妹紅は件のダレカサンを確実なビジョンで思い描きつつも、それは表に決して出さず問う。
「そうねぇ……豊胸薬ならいくつか作った事もあるけど……貧胸薬は流石にないわ~……」
「ひんきょうやくって、また凄い名前付けたな……」
「まぁ面白そうだし、いいわ、ちょっと研究してみましょう」
 カルテを机の上に置いて、永琳はにっこり微笑んだ。その何と、神々しくて頼りになって
ちょっぴり意地悪でそこはかとなくエロスな事か。笑顔一つでここまで色々思わせる人も
珍しい。彼女以外だと、幻想郷でも最強に困ったちゃんなスキマ妖怪あたりか。
 でも総合すると『胡散臭い』の一言で表現出来てしまえたりする。

 ただ普通の人間ではない妹紅にとっては、永琳だけが唯一の希望だったりするので。
「よろしく頼むよ……」
 そう言うしか無かった。それくらい、大きくなる自分の胸が嫌だった。



 ―――何かを、思い出しそうになるから。
 胸が締め付けられるような、何かを。



「じゃあ数日後にまた来て頂戴。あ、それまでチチクリマンボはなるべく禁止ね」
「だからっ!」
『どこだ!? 燃やして良いのはどいつなんだ妹紅!?』

 チチクリマンボって、幾らなんでも古過ぎますよ師匠……









 家に着いたのは、日もとっぷり暮れてしまった頃。
 夕日は殆ど竹林に差し込まない。薄暗く不気味な雰囲気を醸し出している。
 妹紅が自力で作り上げた一軒家がそこに存在する。一所に留まらず旅をしていた頃から
簡易的に家を作る術を覚えていって、少しずつ不便、不満を解消しつつ、幾百年。
 今では見た目こそ悪いものの、ちゃんと生活するのに支障が無い程度に家を築く事が
出来る。乱雑に重ねられた壁板の景観も、慣れてしまえば愛着が湧く。
 因みに家具等は慧音が揃えたものだ。妹紅自身は屋根と壁さえあればそれ以上は
望まなかった。それに……この家を作った当時は、ここにも長く住む気が無かったのである。
 だが現在、今まで住んだ家の中では一番長く居る。理由はもちろん、慧音であり、輝夜であり、
その他の人や妖怪、である。

 いつもの癖で、無言のまま入り口の戸を開ければ、
「おかえり妹紅。ただいまくらい言って入ってこい」
 どこから取り出したか、割烹着なぞ着込んだ慧音が、台所から声をかけてきた。
「ただいま慧音。それ何か見覚えあるな」
 指差しながら言う。
「前に私が、お前にあげたものだよ。一回も着た形跡が無かったがな」
「料理なんて精々、狩ってきた猪か釣ってきた魚を焼くだけだからねぇ」
「不精者め」
 やれやれとため息をつく慧音の後ろに立って、妹紅は肩越しにその手元を覗き込んだ。
「わ、良い匂い! まだ? これまだ出来ないの?」
「もうちょっとだ。ちゃぶ台を綺麗に拭いて待ってなさい」
「了解ー」
 子供のように振舞って喜ぶ妹紅に苦笑しつつ、慧音はおたまで鍋の中身を少しだけ
取り出して味見する。うん、と満足そうに頷いた。




「あぁ食った食った。すこぶる満足」
 ぐでっと大の字に寝転がる妹紅。
「こら、そんな所で横になるな。牛になるぞ」
 慧音が食器を片付けながら言った。
「蓬莱人、如何にしようが、太らない」
「五七五調で言ったって、行儀が悪い事はするな」
 とは言え、それ以上咎める事もせずに、慧音は食器を持って洗い場へと向かっていく。

 やがて水と、かちゃかちゃ食器同士がぶつかる音が聞こえてくる。
 辺りには人も獣も妖怪も居ない。家の中はとても静かで、妹紅は聞こえてくる音を
極自然に受け取りながら、今日の出来事をゆっくり思い出していた。

「そういや」
 ふと思い出して、妹紅が洗い場へ声をかける。
「ん?」
 向こう側から声だけで返事する慧音。
「里に妖怪が出るんじゃなかったの? もう夜も更けてきたけど」
「朝も言ったが、今は里の歴史を隠している。妖怪が寄って来ても、中に居たのでは
解らないからな」
「ふーん……って……え?」

 何かに気が付いて、妹紅はがばっと起き上がった。情報が断片的で憶測も入っている為、
答えを導き出すのが難しい。
「待って慧音。それって、あんた暫く里に戻れないって事じゃ」
よって、問いながら辻褄を合わせていく事にする。
「まあ、そうなるな」
 相変わらず声だけの返答。
「で、今の時間にここに居るって事は、今日は泊まっていくのよね?」
「う、うむ、そうなる……かな」
 ちょっと声が小さくなった。どんな表情でそう言ったかは見えないが、想像は出来る。
 きっと頬が赤い。
「今日明日で終わりそうな問題じゃないし……もしかして、それまでここで過ごすつもり
……とか」
 恐る恐る、一番恐れている事を口に出してみた。

 ぴたりと返答が止まる。

 やがて、台所から慧音が顔を出した。何かちょっと泣きそうになっている。
「わっ!? け、慧音!?」
 びっくりして呼びかけてみると、既にぐずってますよ慧音さん。
「す、すまない……わたし、妹紅の迷惑も考えずに、勝手に……」
「わ、わ、わ、慧音泣かないでっ! そういう意味じゃないから!」
 慌てて立ち上がり駆け寄る。
「わたし、てっきり、妹紅なら受け入れてくれるだろうって、勝手に思い込んで……」
「そ、そりゃ別に構わないよ! う、うん、いくらでも居てよ!」
「……ほんとうに?」

 必殺、涙の上目遣い発動。
 妹紅思わず鼻血噴出。

「大マジですっ! 私が慧音を邪魔に思う訳が、無いじゃないですか!」
 物凄い勢いで何度も何度も頷いた。鼻血がウェーブを作りながら飛んでいく。
 慧音にかからない様にしてあげているあたり、妹紅マジ紳士。
 ん、淑女? 淑女はこんな事しない。いや紳士もしないけど。

 そんな妹紅の鼻血ショーをじぃっと見つめていた慧音が、やがてやっと微笑んで、
「ありがとう……妹紅」
 ふわりと、抱きついた。
 胸が胸に当る。むにょむにょり。
 耳に吐息が当る。くすぐったい。
 妹紅の顔のすぐ横で、まだぐすぐすが止まらない。

 永琳の言葉が脳裏に蘇る。

 我慢だ妹紅。我慢だ妹紅。今朝からかわれたばかりじゃないか。って言うか、これは
ちょっと健全じゃないですよ。退廃的ですよ。デカダンですよ。何でフランス語。
 なんて妹紅の必死な抵抗は、
「―――もこう……」
 耳元で囁かれた切ない呼びかけであっさり鎮圧された。

「け、けいねーッ!」
「あ、妹紅、そんなに焦らないで……」



 かくて、今宵、妹紅の家から明かりが消えたのでした。

 チチクリマンボ、チチクリマンボ、ウッ♪





 ホゥホゥと……フクロウの鳴き声だけでは、竹林の静寂を打ち破る事は出来なかった。








「……3センチあっぷ」
「……」
「……言ったのに」
「ば―――!」

 幾日か後。言われた通りやって来た妹紅の胸囲を測ってみたら、永琳は
やれやれとため息一つ。

「しかし、これは何と言うか、良く育つわねぇ」
 もにゅっと揉んでみた。
「あんっ」
「……」
「……」
「しかも感度良好っと……」
「書くなーッ!!」
 永琳の持っていたペンを叩いて落とした。



 血液検査、身体測定。その後、試作したという薬を手渡されて飲んだ。飲み易いように
フルーツ味にしてくれたとの事だが、改良するなら喉に粘りつくこのドロドロを何とかして
欲しいと思う。



「うむ……駄目ね」
 少し間をおいてから永琳が呟く。

「駄目なの」
 検査の為、上半身はサラシのみの妹紅が聞き返す。

「任意の細胞を任意の量だけ喰う微生物なんだけど、蓬莱の薬に異物とみなされちゃったわ」
「うげっ、やなもの飲ませるなよ……」
 げぇっと舌を出して、嫌悪に表情を染めた。
「改良すべき点は山ほどあるわね……」
「まずあの粘り気を何とかして」
「そんなの二の次よ」
 妹紅の切なる申し出は、カルテから微かにも目を離さない永琳に、かなりの距離分
届かなかった。やれやれとでっかいため息。この分では胸が小さくなる日は遠そうだ。
 って言うか、大きくなる可能性の方が高い。何たって、慧音が毎日家に居るのだから。

 慧音と言えば、彼女の『歴史を食べる程度の能力』が有効ではないかと、妹紅も最初に
気が付いた。しかし胸云々は隠して要点だけ説明してみると、慧音は首を横に振る。

 曰く、「歴史を食べるも創るも、それは私の力が相手より大きく勝っていればの話なんだ。
例えばこの能力を使って、今すぐ輝夜や永琳を消してみろと言われても出来ない。ある程度
力を持った者の築いた歴史には、流石に、容易く干渉出来たりはしないんだよ」との事。
 確かに、それが出来るのなら、慧音は幻想郷において『神』に等しい存在であろう。
 出来ないから彼女の存在は、人間の横に居ても良い大きさなのだろうと、思った。


 などと数日前の思い出を脳裏に浮かべていると。
 どたどたと慌しい足音が聞こえてくる。妹紅も永琳も、近付いてくる足音に反応して
入り口のドアを見つめた。
 やがてバタンと勢い良く開き、

「聞いたわよ妹紅!」
 蓬莱山輝夜が入ってきた。

 後ろに控える鈴仙が両手を合わせ、必死に謝っている。
 妹紅もそれを見て大体の事情を察した。一応輝夜には、自分が何故永琳に会っているか
秘密にしておいてくれと頼んではあったのだが。輝夜がその気になれば、鈴仙と交わした
約束なぞ大した防御力を持ちはしない。

「まったく気が小さいものね! ほんのちょっと胸が大きくなっただけでおたおたと……」
 と、妹紅の胸をまじまじと見つめる輝夜。言葉が詰まる。両手で隠そうとしているが、
ばっちりはみ出してこぼれんばかりのそれに、釘付けとなった。
「……」
「何だよ、ジロジロ見るな」
「……ま」
 輝夜がわなわなと震え出す。

「ま?」


「負けるものかぁぁぁぁッ!!」

 急に叫ぶ輝夜の目尻には、うっすら涙がきらりと光る。後ろに居た鈴仙のヨレヨレ兎耳を
むんずと掴み、
「いたたっ! 姫いたいですイタイです!」
「ちょっと私の相手をなさい! 兎はスネーク並に性欲を持て余してるんでしょう!」
「それどこのエロ本から得た知識ですか! 痛い痛いとりあえず離してくださいー!」
「イナバー! どこにいるのー! あなたもこっちに来なさいー!」
 ずるずると引き摺って、来た道を来た時以上に喧しく帰っていった。

「……いいの? あれ」
 妹紅が永琳に向き直って訊ねる。
「いいんじゃない?」
 何事も無かったかのように、再び永琳はカルテに目を落とした。
「いや、あんたの弟子がよ。可哀想じゃないの?」
「ああ……ウドンゲね……」
 ふとその名を口にした永琳は、何故か遠い目で妹紅の後ろ辺りを見つめながら、静かに
カルテを置いた。
「―――ああ言ってもやっぱり兎でね……スイッチ入れちゃうと、もうね……」
 今まで見た事の無い、永琳の弱々しい微笑み。

 何があったんだか知らないが、鈴仙、あなどれねぇ……
 妹紅の頬を一筋、嫌な汗が流れる。
 次から接する時はちょっと間を置こう……そう決めた。

「あ、えっと……で、結局どうなの?」
 大分話の趣旨がずれてしまったのに気が付いたので、軌道修正する。
「体格の減少が、蓬莱の薬にマイナスだと認識させない方法を、考えなくちゃいけないわ」
「それは難しいの?」
「あなたに『姫とケンカするな』って言い聞かせるような感じかしら」
「―――不可能じゃないかなソレ……もう上着いい?」
 右手をひらひらさせる永琳。
 それを「どうぞ」という意味と解釈して、妹紅は上着に袖を通した。
「ま、時間はたっぷりあるんだし。ゆっくり研究していくわ」
「あー……まぁ……頼むわ……」
「じゃあ、今日はもういいわ。また数日経ったら来てみて頂戴」
 そう言う永琳は、すでにペンを走らせて何かの公式を組み立てている。見送る気は無いらしい。
 その姿に多少の心強さと、次からまた変なの飲まされたり注入されたりするんだろうなぁ……
という思いを同時に抱いて、妹紅は静かに研究室を出た。





 外に出てみれば、もう既に辺りは暗い。まだ日が完全に落ちた訳では無いが、
深い竹林の奥であるここは、既に夜の帳に包まれたようだった。
 妹紅は自分から少し離れた前方に、大きさが自分の顔と同じくらいの火玉を精製。視界を
照らして、ゆっくり帰路を歩いていた。
 時折竹の合間から空が見える。
 ふと見上げてみれば、蒼く大きな満月。
 慧音が普段の「人間寄り」から「妖怪寄り」になる夜。その力は増して並みの妖怪ではとても
太刀打ち出来ぬ、ワーハクタクの本領を発揮する。今夜こそ里を襲う妖怪も退治されるだろう。
 つまり彼女との同棲生活も今日で終わり。安心すると同時に、言い表せぬ寂しさも感じる。

 考えてみれば、これだけ長く誰かと一緒だったのは、実に久しぶりだと気が付いて。
 妹紅は物思いにふける―――

 ―――久しぶりどころの話では無かった。
 そんな日は、はるか千年にも近い過去の話だ。
 大きな屋敷に住んで、不自由無く有限の命を謳歌していた頃。

 あまり会えなくて、会ってもろくに話が出来なかったけど……好きだった、父様。
 父様は私の事をあまり好いてはくれなかった。子供心にそれは感じていたし、
今思い出してもそうだと確信出来る。


 そうだ。

 何かを思い出しかけていたんだ。

 この胸の所為で……




 いつも一緒に居てくれて、
 悲しくて泣いた時、優しく抱いてくれた……


 母様を。




 蓬莱人となり、誰からもバケモノと恐れられて。生まれ育った故郷を去らねば
ならなかった、あの日。
 最後まで見送ってくれたのは母様だけだった。
 着物と食料とお金を渡してくれた。最後にぎゅっと強く抱いてくれた。

 その胸の温かさ、感触が、今の自分のそことまったく同じなのだ。

 当時に、あまりに辛くて、寂しくて、悲しくて……思い出すなと何度も自分に
言い聞かせて、そして―――いつの間にか本当に忘れていた。

 それから色々あった。本当に色々と。何度死んだだろうか。終わりの来ない飢えと
気が狂いそうになる程の時間を戦った事もある。自分を喰らいに来た妖怪を、逆に
喰った事さえある。
 正体が解ると、人は近くに居る事さえ嫌って、武器を持って追い立てた。
 その度に流れて止まらなかった涙が、「またか」というため息に変わったのは、
いったい何時からだったか……

 ただ、確かに解る事が二つある。
 ここに来て慧音と輝夜に出会ってから、それらを全て忘れていたという事。
 そして―――





「―――おかあさぁぁんッ!」
 不意に聞こえた叫び声に、妹紅の意識が戻ってきた。
 すぐ近くから聞こえた気がする。人の、幼い少女のような声。悲鳴。
 気配を探る。人の居ない竹林では、その気配を探す事など、妹紅ほどの力があれば
容易い事。すぐに感知した。そこへ向かって走る。
 藪を払い竹の壁を割り裂き、時折地を蹴って加速しながら飛んだ。長い髪がふわりと舞う。

 体を丸めて竹薮に突入する事数回。

 ―――見つけた。

 居たのはやはり少女。それを庇うように抱く母親。
 襲い掛かるは、漆黒の狼に似た妖怪。吠えながら飛び上がって喰らい付こうとしている。
 妹紅が右手拳を握り上体を捻った。拳からは瞬時に炎が上がり燃え盛る。
 向かう速度を緩めず、なお大地を蹴って加速し、親子のすぐ横を飛び抜く。
 少女が何事かと顔を上げてみた瞬間。

 「でりゃあッ!!」
 炎の拳で妖怪の顔面を殴りつけた。じゅうっと肉が焼ける音がして、妖怪は回転しながら
吹き飛んでいった。竹薮の向こうに消えていく。


「……ふぅ」
 殴りつけたままの姿勢で静止していた妹紅。吹き飛んだ妖怪が何も反撃してこないのを
確認してから、緊張を解いてすっと立ち上がった。
 後ろを振り返る。
 少女と母親は抱き合って、恐る恐る妹紅を見つめていた。
「……そんなに警戒しないで。私は人間だよ」
 そう言うと、母親は「えっ」と驚く。だが完全に信用は出来ないようで、その緊張を
すぐ解く事はしなかった。それも当たり前の行動だろうと思い妹紅は気にしない。
「それよりこんな時間に、こんな所に居たら、そりゃ喰ってくださいと言っているような
ものじゃないか。何をしているのさ」
「それは……」

 母親が何かを言いかけた、その時。
『グルルル……!』
 低く唸る声が後ろから聞こえた。親子はそちらを見て小さな悲鳴をあげる。
 妹紅が振り向くと、
「……へぇ……まだやる気か」
 顔面を半分焦がしながら、怒りを露わにする妖怪がそこに居た。
 今にも飛び掛ってきそうな殺気を感じる。

 妹紅の両手に再び炎が宿った。

 しかし妖怪はまったく怯えない。

「……逃げな」
「―――えっ?」
 妹紅の小声は燃え盛る炎の音の所為で上手く聞こえなかった。母親が聞き返す。
「あんたらがそこに居たら戦えないんだよ。早く逃げろ」
 妖怪から一時も目を離さず、今度は語気荒く言い放つ。
 視線を外したら必ず襲ってくる。そうだとはっきり解るほど、敵の殺意は剥き出しだ。

 妹紅の戦術(弾幕)である『炎』は、攻撃力やその範囲に特色が集約される。周囲への
被害や手加減といった方には絶対的に向かない。
 今、スペルカードでも発動させようものなら、目の前の妖怪はおろか後ろの親子まで
消し炭にしてしまう。
 そういう意図を込めて、妹紅は右腕に宿らせた炎を、一瞬激しく燃え上がらせた。

 それを見た母親は、一瞬の躊躇の後、意を決する。
 娘を抱き上げこの場から遠ざかろうと動き出す―――


『グオォォン!』
「きゃあぁぁっ!」
「なっ―――?」


 後方からの悲鳴に妹紅が振り返る。

 がくりと膝を折る母親が見えた。必死に娘を抱いて守ろうとするその姿の向こうに

「ッ! もう一匹居たのか!」

 灰色の毛色以外はまったく同じ姿の、狼に似た妖怪が一匹。
 鋭利な爪で母親の背中を切り裂いていた。鮮血が飛び散る。

 妹紅が走った。続いて、先程まで対峙していた黒の方が、注意の逸れた妹紅に向かって
襲い掛かろうと動く。灰色も母親にとどめを刺そうと大口を開けて牙を見せた。
 全員がその親子に向かって移動する形となる。
 母親は娘をしっかり抱いて動かない。半ば気を失っているようだ。

 ならばと、妹紅は左手でスペルカードを取り出し構える。

 「『滅罪』正直者の死!」

 宣言と同時に、右手に宿っていた炎がさらに温度を上げて光となった。その筋を親子もろとも
妖怪に向けて、巨大な剣のように薙いだ。
 親子は動かない。妖怪はびくりと体を竦ませ後方に飛び退く。

(―――かかった)
 妹紅がにやりと笑う。

 両者の動きの違いが、このスペルの攻撃目標を識別する分かれ道。光の剣は親子を何事も無く
素通りし、逆に引いた妖怪に迫って体毛を焦がした。ギャアアと悲鳴をあげる。

 だが、

「ッ!」
 妹紅の顔に苦痛の色。後ろから迫っていた黒色が妹紅の右腕に噛み付いたのだ。
 光の剣の動きが歪み、灰色は全身を焼かれる寸前で逃げ延びた。
「この、よくもッ!」
 噛み付かれた右腕を炎上させる。熱に圧されて黒色が口を離した瞬間に、妹紅は体を捻り
左足で回転蹴りをあびせた。ぎゃうんと悲鳴を上げて吹き飛ぶが、空中で体勢を立て直し
くるりと舞って着地する。その横に灰色が並び、二匹で唸り威嚇する。


 ……まずいな。
 妹紅の頬を嫌な感触の汗が流れた。


 この二匹……知能は低く弾幕を張る能力は無さそうだが、とにかく素早い。
 そして本能なのか、連携をとって攻撃してくる。片方に集中すればもう片方が死角を突いてくる。
 広範囲に弾幕を展開すれば、確実にこの親子まで焼き殺してしまう。それ以前に母親の方は
はやく医者に見せないと命にだって関わりかねない。
 自分が足止めをして二人を逃がすか? 傷付いた母親と幼い少女では逃げ切るのにも時間が
かかるだろうし、ヘタをすれば別の妖怪に喰い殺されてしまう。ここは人が殆ど立ち入らぬ
竹林の奥、そして今は妖が跳梁跋扈する闇の時間なのだ。

 状況は最悪に近かった。

 どうするか。二人を救いこの窮地を脱するには……手が足りない。



 ―――ならば救い手は得られないか?
 丁度今夜、里を襲う妖怪の出現にそなえて近くに待機している、心強い身内が居るではないか。
 そう……今の妹紅にとって、唯一身内と呼べる存在……上白沢慧音が。

 里の近くまで逃げられれば、慧音が気付いてくれるかもしれない。
 ならば、すべき事は決まった。


 考えが纏まった頃、妹紅の右腕の傷も完治していた。生憎破れた衣服は元に戻らないが。
 妹紅は少しずつ後退し、妖怪は少しずつ前進する。距離が変わらぬまま、妹紅は親子の
すぐ近くまでやって来た。

 少女の震える声が聞こえる。

「ごめんなさい……わたしが、かってに家から出たから……!」
「……お前が里を出たから、母親が探しに来たのか」
 少女は妹紅の方を見ずに、こくりと頷く。
「慧音が里を封印したろ? 何で出たんだ?」
「……おねえちゃん、慧音さまをしってるの?」
「あー……ああ、まぁね」
 自分が里の守り人である慧音と知り合いであると知ると、少女は少しだけ警戒を解いて
妹紅を見上げた。まだ涙は止まっていないが、震えた声ながら話し始める。

「……あのね、今日はね……おとうさんが帰ってくる日だったの」
「お父さん?」
「おとうさんは遠いところで働いてて、今日帰ってくるはずなの」
「……それで?」
「でも慧音さまが里を隠しちゃったから、おとうさん帰ってこれないんだって……」
「……だから里を出て、お父さんに会いに行ったのか」

 妹紅が言うと、少女は小さくうんと頷いて見せた。

「……お父さんの事、好きか?」
 妹紅が訊ねた。
 少女は大きく頷いて見せた。

 妹紅は、意識が薄らいでいる母親を少女から無理矢理離し、片手で背負う。
 そして空いたもう片方の手で、少女を自分の胸に抱いた。
 少女は目を見開いて驚く。

「絶対、お父さんに会わせてやるよ。だから私を信じてぎゅっと目を瞑って、しっかり
しがみ付いて」
 そう優しく語りかけ、静かに、少女の頭を二度三度撫でた。

 びっくりして固まっていた少女だが、やがて全身から力を抜いて、妹紅の胸に顔を埋める。

「……おかあさんと、おなじ感じがする」
 小さく呟いたのが聞こえた。


 ―――まったく……
 嫌だ嫌だと思っていたモンが、変なところで役立ってくれて……

 妹紅は思わず、笑ってしまった。




 黒と灰色の妖怪は、そんなやりとりをしていた妹紅達に、少しずつではあるが寄って来ていた。
 しかしその差は、今やお互いの射程距離の中であった。
 二匹は既に、いつでも飛びかかれるよう構えている。
 反対に妹紅は、左手で背負った母親を支え、右手で胸元に少女を抱えている。こう密着しては
とても戦える状態ではない。
 二匹はそれを本能で悟り、夜空に響く二重咆哮をあげて走り出した。

 妹紅が右足を高く上げる。それがまたも、激しく燃え盛る炎を纏う。
「っでぇぇぇいッ!!」
 その足を、叫びと共に振り下ろし大地に叩き付けた。
 それを爆心地として、炎が波となって広がる。波は薄く温度は低く、妖怪の皮膚を焼く程度にも
ならなかったが、目眩ましの役目は良く果した。二匹の妖怪は炎に気を取られこちらから完全に
注意を逸らしている。

 妹紅は躊躇無く、二匹に背を見せて大地を蹴った。


 鬱蒼と茂る竹を掻い潜り、全身に擦り傷を負いながらも、出来得る最高速を維持しつつ
里の方へと直走る。
 竹林の上空を飛べればもっと楽だし、何よりも速度も出せるのだが、それは幻想郷に
馴染みの深い連中から総出で止められていた。何故駄目なのかは、誰の口からも語られないが。

 後方に気配を感じる。
 音が聞こえる。足音、竹を薙ぎ倒す音、荒い呼吸音、唸り声。
 もう追い付いて来た。いや、目眩ましの効果は十二分あったのだ。あの俊足の妖怪をここまで
引き離せたのだから、幸運と言って良い。

 ちらりと右手側を見た。黒色がまったく同じ速度で走っていた。
 左手を見る。灰色がまったく同じ速度で走っていた。

 囲まれた。これを本能でやっていると思うと、妹紅は口汚い言葉の一つも吐き掛けたくなる。
 呼吸を乱すだけと知っているから、ぐっと我慢するが。

 左手側灰色が飛び掛る。止まったら進む道を遮られるし、右に避ければ黒色の餌食となる。
 妹紅は飛び上がり、右足の突きで灰色の攻撃を牽制した。噛み付こうとしていた顎の下に
抉り込み、そのまま自分の体を回転させて、右側の黒色目掛けて放り投げる。
 飛んできた灰色を難なく避け、今度は黒色が攻め入る。回し蹴りの直後で体勢が整わない
妹紅の頭目掛けて、前足の爪を振り下ろす。
 胸元の少女をぐっと自分の胸に強く抱いて、妹紅は上半身をぐっと後ろに逸らした。
 爪は空いた空間を裂く。切っ先が妹紅の頬を浅く切り裂いた。赤い線がピッと走る。
 構わない。歯を喰いしばり、逸らした上半身を思い切り引き戻した。
目の前に浮いた黒色の脇腹に、思い切り頭突きを入れた。首の力でそのまま真下に持って行き
大地に叩きつける。

 その次の瞬間、
「ッ!? あぅっ!」
 妹紅が苦痛の声を漏らした。灰色が追い付いていたのだ。右足に噛み付き、牙を肉に
食い込ませている。だくだくと激しく流れ出る鮮血。脳を支配するほどの激痛。
 思わず両手を離しそうになる。だが妹紅は大声で吠え、その脳から発する命令を遮断した。
 胸元の少女の存在を確かめるように、再度強く抱く。少女は言われた通り目を瞑り
必死に妹紅へしがみ付いていた。

「あああぁぁぁ……がああぁぁぁぁーッ!」
 咆哮と共に、噛み付かれた妹紅の足が燃え上がる。しかし灰色は牙を抜かない。

 根競べをする気か……妹紅はにやりと笑った。

 妹紅の右足から噴出する炎は、激しさを増して止まらない。噛み付いた灰色の体毛が
燃え上がるが、それでも離す気は無さそうだ。
 炎は既に妹紅の防御力を超え、自身の肉すら焼いている。灰色の顔面も既に、死傷と
言って良いレベルまで焼けていた。
 生きているのか、かすかに残った本能が喰い付いているだけか。


 妹紅は苦痛に慣れている。もっと酷い痛みを味わった事だってある。
 痛みを認識してなお痛みと生きている人間と、本能に従うだけの畜生妖怪と。
 背負うものの有無、そも根競べなぞ成立しないのだ。


 灰色が牙を抜いた。


 その隙見逃さず。
 妹紅はぐらりとよろける灰色の頭を、その激しく燃え盛る炎を纏いし左足で、

「私の勝ちだ! こんちくしょぉぉぉぉ!」

 踏み潰した。それは真っ黒な霧のように四散する。
 残された体もばたりと倒れて、徐々に黒い砂へと変わっていった。



 黒こげになった右足は、もうどんな意思にも反応しない。精々杖の代わりになるか
それすらにもならないか、そんな状態であった。
 再生するにしても時間がかかる。
 大汗を掻き、苦しそうに息をする妹紅。
 その前に立つもう一匹の妖怪、黒色の狼に対しての余力は、残っていなかった。
 向こうもそれは感付いているようで、やや警戒しながらもゆっくり迫ってくる。

 もう妹紅は動けない。
 少女を逃がすにしても、背負った母親の方はどうすることも出来そうに無い。





 少女を走らせ、スペルカードを発動。
 妖怪も母親も燃やし尽くす……そんな選択肢が脳裏を過る。





 ―――母様、母様と、
 胸の痛みと泣いた疲れで、気を失うように眠り、夜を明かす。
 そんな思いをするのは……私だけでもう十分だ―――

 この子を抱いて、本当に安心させてあげられる場所は、
 背中の母親の胸以外、ありはしないのだから。




 意を決し、妹紅は胸元の少女を見た。
 少女は目を開け、妖怪ではなく別の場所を見つめていた。



「……何を見ている?」
 小さな声で、妹紅が訊ねる。

「うさぎさん……」
 呟きで答える少女。

「……兎だって?」
 少女が見つめるそこを探してみるが、兎も犬も妖怪も見当たらない。
「いたの! まっしろなうさぎさんが、じーってわたしを見てたの!」
 少女が妹紅の胸から顔を離し、その目を見つめながら叫んだ。

 ―――真っ白な兎?
 そもそも、この辺りに住む兎は、全てあいつらの関係じゃないか……



 ―――まさか……


「……確かに見たんだな?」
「えっ?」
「真っ白な兎」

「うん」
 少女は迷う事無く頷いた。


 妹紅は再び、少女の頭を胸の中に抱いた。少女は素直に従い、またぎゅっと目を瞑る。


 兎が居たという場所を見据えて。

 黒色が吠えて飛び掛った。
 同時に妹紅はその場所へと飛んだ。右足はばきばきと音を立てて崩れていく。
 構わない。引き摺って壊しながら前へと進む。
 先程まで妹紅が居た場所に黒色が降り立つ。顔を向けて標的を追う。
 低く構える。唸り声。よだれが垂れる。
 妹紅は見ない。聞かない。その何も無い竹薮の奥、暗闇に向かって、右足が完全に
崩れるまで進む。

 そして……右足は限界を超えた。
 重心がずれて妹紅は倒れた。少女を守る為に肩から落ちる。


「お……おねえちゃん?」
 不安げに見上げる少女。

 妹紅はまず少女を、胸元から離した。
「えっ……」
 続いて、背負っていた母親も降ろした。ぐったりしているが、まだ生きている。
 確認した後、妹紅は少女を見て、そして

「大丈夫だ……じっとしてるんだぞ」
 にっこり、微笑んだ。

 そして視線を、妖怪に向ける。
 目の前の黒色と同じ四足で這って、ゆっくりと近付いていく。
 妖怪と同じ目線で。両者はにらみ合った。

 妹紅の両手に炎が宿る。

 ―――灰色を葬った時と同じ戦法を考えていた。
 即ち、抱きついて諸共炎上する。周囲に被害を出さずこの窮地を脱する最終手段。
 灰になっても、数日でまた生き返るだろうから。
 ただ……見ているあの少女には、過去何度もあったように、人と見てもらえなく
なるだろう……けれど。




 黒色が構える。
 妹紅も構える。



 どこに噛み付く?
 喉か? 手足か? どこだって良い。どこを千切られても死にはしない。
 後は抱きついて、意識が無くなるまで焼け続ければ良い。
 痛みと死に恐れなぞ無い。またバケモノ呼ばわりされる事も構わない。











 動く。
 黒い狼が走り出す。





 来る。
 妹紅が両手を広げ、構える。





 飛ぶ。
 妹紅を飛び越えて、


 「なッ!?」
 親子の元へ。



 足が動かない。ここから弾幕を放てば親子諸共。
 手段が無い。
 親子を助ける手段が無い。
 あの子の涙を止める手段が無い。
 憎しみと狂気で手に入れたこの力は、人を一人も救う事も出来ないのか。




 「やめろーーーッ!!」
 妹紅が叫ぶ。どうする事も出来ずただ叫ぶ。






 大口が開く。唾液が飛び散る。
 まっすぐ、少女の喉笛目掛けて―――









 火花が散った。妖怪は障壁に弾かれて落ちる。

「あっ―――」



 親子を包むように、長い巻物が開けて展開していた。それが淡い光を放ち
障壁を生んでいる。
 見覚えがある巻物だった。
 最近も妹紅の家で、何か書き込まれていくのを見ていた。

「……けい……」
「妹紅ッ!」

 妹紅がその名を呼ぶ前に、親子後方の闇から姿を現す。

 満月の光を浴びて、頭に二本の角を生やした―――ワーハクタクの慧音。


「妹紅、無じ……」
「慧音ッ!」
 慧音の言葉を遮って、妹紅はスペルカードを構えた。
 その先に居るのは先程吹き飛ばされた妖怪、黒色の狼。立ち上がって逃げ出そうと
していた。
 一目全てを確認し、慧音は自分がすべき事を直に理解した。巻物をさらにもう一つ
追加して開き、障壁を強固にする。


「『蓬莱』!」

 妹紅が宣言する。その背に不死鳥が出現し羽を広げた。
 辺りに大量の、大きな火の粉を撒き散らす。
 慧音の元にやって来る火は、その力で歴史を書き換えられ『無かった』事に。


「凱風快晴……」

 妖怪が妹紅から発せられる力を恐れ、完全に背を向ける。
 妹紅の両足元から炎が走った。円を描くように燃え上がって妖怪の逃げ道を
完全に遮断する。
 黒色は左右に首を振り抜け道を探す。だがこの時点で体感できる熱から、
これ以上の接近そのものが死であると、本能で理解する。
 そして残された手段は一つと……妹紅の方にゆっくりと振り返った。

 挑発するように、妹紅が笑う。

 黒色の狼は意を決した表明の様に、全力で一つ吠えた。
 そして最大速をもって妹紅へ肉迫する。









(お前等のお陰で、色々思い出してしまった……)






(でもお前等のお陰で、色々吹っ切る事も出来た……)







(……だからこれは、私からの全力の礼だ)







(受け取って……幻想郷の土になれ!)












「フ・ジ・ヤ・マ―――ヴォルケイノーーーッ!!」












 不死鳥が鳴き、その口から巨大な火球が放たれた。
 それは衝撃と熱で大地を抉り、竹薮を炎上させ、一直線に妖怪へと飛ぶ。
 速度と破壊力どちらからも、この妖怪が逃れる術など、完全に無し。


 大爆発が起こった。
 炎はうねりを起こしながら上昇し、真っ黒な煙を生み続ける。
 衝撃波が周囲の竹をへし折った。見る見る竹林の一角に何も無い空間が出来上がる。


 その様、まさに富士の大噴火。
 自然が起こす究極の破壊。あらゆる生命を根絶する灼熱の大爆発。







 慧音の巻物が一つ、燃え上がって瞬時に灰となった。
 そしてもう一つの方にも火がつく……その時に、妹紅はスペルを強制終了した。



 あれほど燃え盛っていた炎は直ちに消え去り、上昇した辺りの温度も急激に下がる。



 爆心地には何も残っていない。全ての命を根絶された土しか存在してない。
 炭も灰も。何かが居たという痕跡すら。




 唯一。
 全てが夢の中での出来事かと思える様な。
 そんな静寂だけが、残っていた―――









 やがて夜が明ける。

 妹紅は、封印が解かれた里の中、小さな病院の外に生える木に背を預けて
ぼぅっと空を眺めていた。太陽が徐々に昇る様を。
 炭となって崩れかけていた右足は、すでに完全復元している。先も言った通り
服は元に戻らないので、細い右足は太股の辺りまで外気に晒されたままだ。

「―――妹紅」
 後ろから呼びかけられて、妹紅は顔だけ動かし視線を向ける。
 再び人間寄りに戻った慧音が、帽子を手に持って立っていた。いま病院を出たところだと
その様を見て理解した。
「……どうなの?」
 視線を空に戻して、妹紅はそれだけ聞いた。
 慧音はゆっくり近付いて、妹紅のすぐ隣に立つ。そして、同じ空を眺めた。
「大丈夫だ、母親の命に別状は無い。1週間も療養すれば退院出来るそうだ」
「そう―――」
「ありがとう妹紅、あの二人を助けてくれて。それに、里を襲う妖怪もきちんと退治出来た」
「ん……やっぱりアレが件の妖怪だったの」
「ああ」
「そう」

 それっきり。
 二人は黙ったまま、やっと山間から離れた太陽を見つめ続けた。
 少し眩しい。二人とも目を細めている。




「―――慧音」
 不意に、妹紅が口を開いた。
 慧音は黙ったまま、視線を太陽から妹紅に移す。

 妹紅もまた、太陽から視線を慧音に移した。
 そして、




「いつも一緒に居てくれて、ありがとう」
 微笑んだ。




「な、なんだ急に改まって……」
 慧音の顔が朱色に染まり、視線が下に落ちた。
「戦ってる最中にさ、色々考えちゃったのよ。色々……そしたらさ、こうやって
接してくれるのは、慧音だけだって思っただけ」

 それを聞いて、慧音は下げていた視線を戻す。

「妹紅……」
「あはは、違うよ慧音。悲しいんじゃない。本当に、一緒に居てくれるあなたに
ありがとうって言いたくなっただけよ」
 妹紅は笑う。ただその笑顔には、どういても隠せない影がある事、慧音はちゃんと
見抜いていた。

「……礼など言うな。私はこれからも、ずっとお前と一緒に居るつもりだぞ」
「……うん」


 そして、再び静寂。
 二人がまた空に視線を戻すと、すでに太陽は直視出来ぬほど光を発していた。






 ゆっくり、二人は並んで、里を出ようとしていた。
 とりあえず妹紅の服をどうにかする為、竹林の家に戻るのである。

 慧音がふと、足を止めた。
 数歩先に行ってから、妹紅がそれに気付く。足を止めて慧音を見ると、彼女は
出てきたばかりの里の入り口をじっと見つめていた。
「慧音?」
 不思議に思った妹紅が、側に寄ってみると、

「妹紅、お前が言った先程の言葉は、どうやら間違っていたみたいだぞ」
 慧音はにやりと笑って、正面を指差した。

 妹紅はその指示に従って視線を向けてみる。

「おねぇちゃーーーんっ!」

 あの少女が、元気良く手を振っていた。
 もう片方の手は、隣に立つ見知らぬ男と繋がっている。おそらく、あれが少女の
父親……だろう。優しそうな父親は、深々と頭を垂れて、礼の意思を表した。

「……なんで……」
 妹紅は信じられないという顔で、それを見つめている。
「命の恩人だ、礼が言いたかったのだろう」
 当然だろうと、慧音はため息を吐く。
「だって、私はあの子の前で……」
「お前や私を恐怖して、拒絶する人間は沢山居るさ。この里にだって勿論居る。
……でも、ああやって全て受け入れてくれる人間だって居るのさ。
だから私は……人間が好きなんだ」
「……」

「妹紅は、人間全てが嫌いか?」
 慧音が微笑む。答えなど聞くまでも無いといった表情だった。


 ―――そうだ。
 突然、理解した。


 あの日。

 母様が最期に抱いてくれた、あの時。
 母様は何も言わなかった。だから、抱かれた胸の温かさしか憶えていない。

 それが、母様の、最期の言葉だったんだ。

 人の温かさを忘れるなという。
 愛に満ちた、最高の贈り物だったのだ―――





「ほら、妹紅」
 慧音の言葉に、妹紅はハッと意識を戻す。
「手を振り返してやれ」
 相変わらず笑顔の慧音。きっと彼女は、妹紅の考えている事を殆ど察知している。
 ちょっとだけ悔しかった。
 だけど、それ以上に嬉しかった。


 大きく手を振り返した。
 妹紅の表情は、今日の天気と同じくらい晴れやかな笑顔。
 ただ、ほんのちょっとだけ、目尻に涙を浮かべていた。

「また来てねー! おっぱいの大きなおねえちゃーん!」
「ぶっ!?」
 妹紅は慌てて手を止め、両手で胸を隠した。
 向こうで父親が必死に頭を下げて謝罪している。少女はそれを不思議そうに見つめていた。


「―――くくくっ……あはははははは」
 堪えきれず慧音が笑い出す。心底愉快そうに。
「け、慧音! 笑うな!」
「あははは……す、すまん。しかし……くくっ、子供は正直だなぁ」
「……」
 恨みの篭った目で慧音を睨む。流石に慧音も笑うのを止めて、
「あ、済まない……気にしていたのか?」
 そう、訊ねた。



 じぃっと慧音を睨んでいた妹紅だが、やがて、



「んーん……別に……気にしてはいないよ」




 ふっと、優しく笑って見せた。









 ~終~




























 ~蛇足~


「……さらに3センチあっぷ?」
「……」
「……好きねぇ」
「違うっ!」
「違うの?」
「ち……違わないけど違うっ!」

 数日後の永遠亭で。
 妹紅は相変わらず永琳にからかわれていた。
 因みに今日の実験も失敗。妹紅は相変わらずたゆんなままだ。

 と、いつか聞いた事がある、どたどた騒がしい足音が聞こえてきた。
 妹紅も永琳も、足音が近付く入り口のドアを黙って見つめる。

「あなたの乳伝説も今日までよ、妹紅ッ!」
 大方の予想通り、入ってきたのは輝夜だった。すごくげっそりしているのは
気のせいだろうか。蓬莱人は体がマイナスに傾く事は無いと言っていたし。
 後ろに控えている鈴仙の肌つやが異様に良いのも、きっと気のせいだろう。
「あれからイナバと、激しくて熱くてちょっぴり痛い猛特訓を積んだわ!」
「何の特訓だよ……それより輝夜」
「何かしら」
「お前……あの日、余計な事したろ」

 妹紅が睨む。輝夜は明後日の方向を見つめて何食わぬ顔。

「私は、最近この辺りが物騒だと聞いたから、イナバ(てゐ)に偵察を命じただけよ」
「ふぅん……何が目的さ」
「目的? ……それはもう、あなたが悔し涙を流す様を肴に、一杯やりたいだけよ!」

 輝夜は叫んで、纏った着物を脱ぎ捨てた。
 姫らしく豪快にスパーン! である。ドロワーズオンリーになった。
 姫は着物の下にドロワーズ穿いていたのですね。びっくりです。邪道です。

「さあ永琳! 測りなさい! ズパッと測りなさい!」
 そう言って、慎ましやかな胸をムンと差し出す。見た感じ全然成長していないが。
「はぁ、じゃあ、失礼しますね」
 そう言って、永琳はメジャーを取り出す。いそいそと輝夜の体格を調べ始めた。
 妹紅は黙ってそれを眺めている。

「ッ! こ、これはーーー!?」
 突然、永琳が叫び声をあげた。驚いて目を見開く妹紅。
「どう永琳! どうなの永琳!」
「ひめ……これは奇跡です!」
「言っちゃって! 私が起こした奇跡の軌跡を言っちゃってえーりん!」
 右腕を「ンッ」と上げて、力強く振り下ろす輝夜。


「姫はお痩せになりました!」
「……え?」
 永琳は感動のあまり涙を流している。
 輝夜は目が点になって、口を丸く開けたまま止まっていた。


「まさか蓬莱の薬を上回るダイエット方法があったなんて! これは医学の新たな
一歩が始まりますよ! まさに奇跡です」
「……おっぱいは?」
「2センチ減ってます」

 輝夜が凍りついた。カタカタと音を立てて震えだす。

「……ぷっ」
 吹き出す妹紅。

「な、笑ったわね! この妖怪『牛チチ淫乱女』!」
「だ、誰が牛チチ淫乱女だ! この『淫乱骨だけ女』!」
「言うに事欠いて骨だけと申したか!」
「言ったがどうした!」

「―――決まっているでしょう?」
「―――上等だ」

 輝夜は半裸のまま、入ってきたドアから外に出て行った。
 妹紅もそれに続いて行く。

「……まぁ、何だかんだ言って、姫も妹紅を気にかけていたって事よね」
 開けっ放しのドアを見つめて、永琳が、そう呟いた。




 今日は久しぶりに、永遠亭の修繕をしなければならなそうだ。















 非常にどうでも良い事であるが。
 後日調べたところ、鈴仙の胸が2センチほどアップしていた。

 その時、輝夜がとった行動は―――ご想像にお任せ致します。




 ~おっぱい~




まずは、こんなに長くてアフォな当SSをお読みくださって
ありがとうございました!
そしてこの作品を書く上で、多大にセクハラかましてしまった
日間氏、隈氏のお二人に、この場を借りて深く謝罪申し上げます。
正直スマンカッタ。

かなり長くなってしまったのは、もう、豆蔵何も考えずに
わっひゃーとか言いながらキーボード叩いた結果で御座います。
『数ある運命~』から何も成長していませんネ……
そんな訳で、勢いで書き殴った箇所もあり、そこは大いに反省すべき
点として次回に生かします。

最後にもう一度、読んでくださってありがとうございましたー!
そしてお目汚し、失礼致しました。
豆蔵
[email protected]
http://www.geocities.jp/oityang/
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コメント



0.5560簡易評価
8.70名前が無い程度の能力削除
おっぱい!
9.80じょにーず削除
おっぱいのはんぶんは やさしさでできてるんだね
11.70変身D削除
おっぱいは母性の象徴なんだなあと改めて認識させて頂きましたです(礼
あと唐突に「おっぱいは~のモノなんやで~」とか言う歌が脳裏をよぎっt(ry
16.60おやつ削除
不死鳥が良いですw
でもかっこエロイもこたんはもっといいです
19.80某の中将削除
蛇足、来るぞ来るぞと思っていたらやっぱりあってニヤニヤがとまりません(笑)
でも妹紅がしっかりかっこよかったので佳し!
21.90削除
文字通り乳繰り合ってますねwwwwww

ところで最初に「まさか妊娠!?」と思ったのは俺だけか?
22.70翔菜削除
わはは、シリアスとバカの両面でおっぱいを使うとはなぁ、参ったぜ( ´∀`)σ)´Д`)
32.70ABYSS削除
おっぱい!おっぱ(ry

日々、女性の乳房には夢と希望と漢の浪漫が詰まっていると宣言してはばからない私のツボにクリーンヒットでございました。
色々と言いたいことはありますが一言で表すとおっぱいっていいですね!
いいおっぱいでした。ありがとうございます。
35.100世界爺削除
俺には、
これを、
入れることしか、
出来ない。
36.100SETH削除
心はひとつ!おっぱいは4つ!
38.70名前が無い程度の能力削除
おっきいもこうもたまにはいいね!!
43.100名無し参拝客削除
私も、コレを入れることしか出来ない

もーこう!もーこう!!
46.無評価削除
セクハラかまされつつ質問に答えたのに、そのネタが全く使われてなくてびっくりです
でも良かったです。今度たゆんなもこたん描きますね。
47.100ぐい井戸・御簾田削除
何このステキ幻想郷。「数ある運命」から成長してない?いやいや。
さらに面白く成長されてますよ!具体的には3センチあっぷ!
49.70削除
点数入れ忘れました(´・ω・`)
53.100真十郎削除
次回作におっぱいの期待を込めて
60.80名前が無い程度の能力削除
ああ、いいおっぱいじゃないか・・・
貧乳派の俺にもこの妹紅はガツンと来たぜ
67.80名前が無い程度の能力削除
あまりのいいおっぱいに俺のフジヤマがヴォルケイノしそうです!><
71.70bernerd削除
いやいや、完成されたこのスタイルには毎回してやられます、上手いです……
72.100王様になれない程度の能力削除
見事だと思いました。
自分は、母娘を助けるところあたりが特に好きです。
で、少女の『「また来てねー!(以下略)』で吹きましたw
78.100名前が無い程度の能力削除
お っ ぱ い は よ い も の だ

86.100名前が無い程度の能力削除
これはひどい


いいぞもっとやれ
88.100袴田削除
シリアスとギャグの絶妙なバランスは健在ですね!
おっぱい!
90.90コイクチ削除
良いおっぱいでした。
91.100削除
愛には2つありまして。
与える愛と奪う愛。妹紅と慧音は互いに与え合い、鈴仙と輝夜は奪い合ったけど鈴仙の方が強かったと。

おっぱいには愛が詰まっているというお話だね!
97.90平社員削除
んで重要なのは不死鳥は、乳繰り合ってるシーンを見ているor理解しているのかだ。
98.100名前が無い程度の能力削除
うん、イイネ
100.90無銘削除
何はなくともとりあえずは・・・いわなくてもわかるね?ん?
103.100煌庫削除
うんまぁ、言いたいことは色々あるんだよ?だけどね、まぁ一つにまとめようと思うんだ。
おっぱい!
113.100名前が無い程度の能力削除
ぱーふぇくと!
115.70名前が無い程度の能力削除
ここはなんだか桃色の幻想郷ですね。だがそれがいい


でも、ごめんね。どうしても言いたい事が一つだけ。
妹紅の鳳凰、実は首から上が存在しないんだ。
ごめんね。お母さん設定厨でごめんね。
117.80名前が無い程度の能力削除
いいおっぱいをありがとう
131.100時空や空間を翔る程度の能力削除
_  ∩
( ゚∀゚)彡おっぱい!おっぱい!!大きい~おっぱい!!
 ⊂彡 
136.100名前が無い程度の能力削除
乙                                                                              牌
137.90名前が無い程度の能力削除
ちょっと輝夜姫に求婚してくる
145.90名前が無い程度の能力削除
  ∩
( ゚∀゚)彡おっぱい!おっぱい!
 ⊂彡 
150.100名前が無い程度の能力削除
おっぱい!おっぱい!