...It continues from “Madel the scarlett key”
(マデルの紅鍵より)
――私は飛翔した。
火が讃え、水が永れ、木々が慄いた。
金を打ち砕き、焦土を散らし駆け巡る。
日は沈み、月が闇を照らす。
私は全ての存在の頂点に君臨する。
誇り高き唯一の存在だ。
その事に満足していたはずだった。
今日も皆が私に跪き顔を伏せ、忠誠を誓う。
敬意を以って従うモノ、畏怖を以って従うモノ。
誰も私の眼を見つめることなど出来やしないのだ。
独りで私は夜の空を駆け抜ける。
館の生活は退屈だから、外に刺激を求めた。
何かが足りない。
一体それが何なのか分からない。
力も、富も、名誉も兼ね備えた皇女。
それに不満が有るわけが無い。
しかし、どこか満たされていない感覚に陥る。
下等な妖怪を一手の元に葬り去る。
醜い、弱い。
誰もが私の力に逆らうことは出来なかった。
目の前の魔女が私を見つめていた。
決して眼を逸らさない、命知らずな度胸の持ち主だ。
だが彼女も知るだろう、私の圧倒的な力を。
そして他の者と同様の末路を辿るのだ。
彼女の手から火球の群れが放たれる。
なんと貧弱な弾幕か、私の接近はそんなものでは妨げられない。
高速で目の前に立ち、一刀の元叩き伏せる。
しかしその目論見は、彼女の必死の防幕で留められる。
だが、余裕だ。
決して私が負ける訳が無い。
その度胸ある眼も、半端な強さごと全て打ち砕いてくれる。
水。
水が私の視界に写る。
水は私――吸血鬼という種族の弱点であった。
彼女が気づけばの話だが、私に一矢報いるには水しかない。
そしてその最後のあがきを真っ向から潰してやろうではないか。
彼女が詠唱すると、背後から水が迫ってきていた。
面白い事をしてくれる。
死角から弱点の攻撃、精一杯必死な状況で良く思いついた。
これ以上の行動は無いだろう。
だが、私には効かない。
そう、絶対なる存在の私には届く敵など誰もいない。
いつまでも。
何故?
何が起きた?
どうして私はこうなっている?
勝ちを確信していた。
その直後、背後からの彼女の魔術の直撃を受けていた。
この私が?
こんな事が、こんな馬鹿な事が。
いや、負けた訳ではない。
私は生きている、倒れてはいない。
だがこの状態でこれ以上の戦闘が出来るだろうか。
ここまでやられたのは生まれて初めてだ。
戸惑いと焦りが襲う。
彼女は私より強かったのか?
向かった先にはもう私の敗北しか残されていないのか?
そんなことは許されない、私は負ける訳には行かない。
彼女は強い。
私の『敵』だからだ。
弱い。
弱すぎる。
信じられない。
強力な魔術に体が耐え切れず、苦しみもがき、倒れている。
どうしょうもなく弱い。
簡単に、彼女を殺して決着を付けることが出来る。
そんな彼女が、そんな存在がどうして
私を恐怖しない?
なんだ、そんなことか。
彼女も私と同じなのだ。
誰よりも優れ、対等な者は居ない。
誰も、近付こうとしない。
そう。
私達なら互いにこの孤独を分かり合える筈だ――
いつだって少女は独りだ。
――パラパラ
少女には安息の時は無い。
いつだって周りの者に気を許さない。
皆が敵であり、邪魔な存在でしかないのだ。
――パラパラ
少女にとって一番心が休まる時は本を読んでいるときだ。
これこそが至福であり唯一の趣味である。
しかし決して楽しいというわけではなかった。
――パラパラ
本を読んでいる時は、何も嫌な事を考えなくて済んだ。
喧騒に巻き込まれることも無く独りの世界に入り、
ただただ安らげる静謐なる時間に浸かるのだ。
――パラパラパラパラ
「…………」
少女は手当たり次第に本を読んでいた。
無我夢中で読んでいた。
このヴワル魔法図書館には少女独りだった。
「…………」
“賢者の石”。
そこにはそれを実践できるだけの知識が詰まっていたのだ。
ついに少女は最終目標を間近に向かえたのだ。
「…………ねぇ」
「……ぇ?」
少女がふと手を止め本から目を離すと、紅い悪魔がそこに立っていた。
突然の登場に慌てふためきながらも、咄嗟に臨戦態勢を取る。
「いつからそこに居たの、……不意打ちがしたかったのかしら?」
悪魔は見るからに呆れた表情をした後、ニヤつきながらこう言った。
「ずっと居たんだけど、お前は本を読むと人が変わるのね」
「…………!」
「昨日とはまるで違う、面白いヤツね」
無防備な醜態を晒してしまったことに恥を感じ、少女は憤りを覚えた。
悪魔をキッと睨みつけ、詠唱準備を始めた。
「そう警戒しない、こんなところで殺り合う程野暮じゃないわ。
さっさと“賢者の石”でもなんでも完成させて、それまで待ってやるから」
「一体何が目的なの?」
「ただの気まぐれ」
少女には悪魔の思惑が皆目検討付かなかった。
しかしあんな大きな屋敷の、“誇り高いお嬢様”のことだ、
互いに万全の状態で再戦してこちらを殺そうとしているのだろう、
少女はそう考えると、悪魔の相手をするのを止め再び没頭した。
「……良くやるわねぇ」
実は悪魔の様子も昨日とは変わっていたのだが、それに気づく事は無かった。
§ § §
あらゆる金属は“水銀”と“硫黄”によって構成される。
“硫黄”は万物の能動因であり可燃性の物質であり、
“水銀”は万物の受動因であり流動性の物質である。
これらは単体では一貫性が無く、また相反する物質なため調和することが出来ない。
その双方の完全なる純粋な物質を以ってして、完全な調和に成功したとき、
金属の頂点である“金”の中のさらに頂点ともいうべき“賢者の石”が完成するのだ。
今まで少女は卑なる硫黄と水銀の抽出しか出来なかった。
しかしこのヴワル魔法図書館のあらゆる資料を食事も睡眠も無しに読み続けた。
そしてついに純なるモノの抽出に成功したのだった。
少女は興奮して調和の実験を何度も、それこそ数日間において何千と繰り返した。
それなのに一度たりとも成功することは無かった。
「駄目……どうやっても混ざらない、一体何が足りないというの?」
幾多の魔法使いの最終目標は、遂げた者はいまだ居ない。
少女は絶望を感じた、“賢者の石”は所詮理論上の幻想の産物でしか無かったのだ。
練成は不可能だ。
「大分参ってるわねぇ、また倒れるよ」
今日も悪魔は見に来ていた。
少女には何が面白いのか分からないが、視線を気にせず集中していた。
時折質問を投げかけられることもあった。
『いつから魔女をやってるの?』
『その本はどのくらい使ってるの?』
『今まで妖怪をどのくらい倒してきたの?』
少女は何一つ答えなかった。
どんな者でも自分以外は『敵』なのだ、気を許す事は無い。
『金属が必要なの? ウチには優秀なアレがいるからすぐ準備できるよ』
頼みもしないのに、屋敷のメイドを使い必要なものを調達した。
少女としてはとても助かったが、礼を言うことも無かった。
ぐぅ
「………くくっ、ははははは、魔女も腹が減るのね」
「……っ!」
「ここに来てから全然食事を取ってないでしょう。
睡眠すら取ってたとは思えない、慣れてても限度があるよ。
丁度いい、折角だから今日はここでお前と一緒に食事をしよう」
悪魔はメイドにすぐさま食事の準備をさせ、目の前に二人分用意させた。
「遠慮なく食べるといいよ、それとも血が欲しければ用意するけど」
「……私は吸血鬼じゃないわ」
ニヤつきながら悪魔が見つめる。
何か反応を返すといつもこうなるので、少女は非常にやりにくかった。
良い匂いが鼻をつく。
ぐぅ、再びお腹がなった。
やはり背に腹は変えられないのだ。
少女は仕方なく、宿以来の食事を口にした。
美味しい。
あまりの美味しさに勢い良く食が進んでいく。
「よっぽど不味いものでも食べてきてたのかしら?」
悪魔が可笑しそうに言うのも気にならず、黙々と食べていた。
最近食べた宿の不味い料理と比較するべくもなく美味しい。
こんな美味しい食事は生まれて初めてだった。
一体どうしてこんなに違うのだろうかと考えた。
少女はその答えに気づいた。
『塩』だ。
『塩』があるから美味しいのだ。
あの料理には塩が無かった、だからどうしょうもなかった。
これには『塩』がある。
そのおかげで食材を無駄なく調和させ、見事な料理にしているのだ。
「塩……そうか、分かったわ!」
「? 塩がどうしたの?」
「塩よ、塩が足らなかったのよ!」
「あら、今まで塩の無い料理でも食べてたのね、そりゃ不味い」
『塩』。
『塩』とは万物の一貫因であり不燃性にして固体である唯一の要素。
何の変哲も無い『塩』だが、水銀と硫黄とも並ぶべく重要な要素を持つ物質である。
そう、固体の塩とのそれぞれの結合を以ってすれば、
水銀と硫黄は結果的に混ざり合うことが可能になるのではないだろうか。
「出来る、出来るわ……これなら完成させることができる!」
「へ、どうしたの?」
「ありがとう、さっそく取りかかるわ!」
「あ……」
テーブルマナーを無視した突然の離席、そして勢い良く再度実験の準備を始めた。
すでに自身の世界に入り込んでおり、少女に悪魔の声が届くことは無かった。
「まあいいか……」
悪魔は戸惑う自身を落ち着け、そっとその場を後にした。
§ § §
息を呑む。
固唾を飲んでその結果を待っていた。
器の中にはれっきとした可燃性と流動性を持つ個体が生まれていた。
「虹色の石……これが“賢者の石”なのね」
ついに完成してしまった。
誰もが完成させたことの無い、幻想でしかなかった物質。
究極の物質を完成させてしまった。
終わったのだ、少女にはもう何もすることは残っていない。
少女は“賢者の石”を片手に、ゆっくりとヴワル魔法図書館を出る。
まさに悪魔という存在が持つに相応しい、禍々しいオーラを持った吸血鬼が居た。
「おめでとう、完成したようね」
「ええ、お陰様で」
「さて、礼を要求するわけじゃないけれど、そろそろ殺り合いましょう。
流石に退屈になってきてね、ここらで決着を付ける時よ」
「いいわ、もう悔いも無い。
――ただ私が貴女に負ける気はないわ!」
ひゅぅ、と悪魔が口を鳴らし間合いを取る。
魔女と吸血鬼の喜遊――殺し合いがこれから始まるのだ。
§ § §
少女は詠唱した――“フォレストブレイズ”――
少女が好んで使う先手の一手、火球の群れが悪魔を襲う。
前回とは違い場の風を支配することで不変な動きを以って対処を困難とした。
「……ふん、今度は小手調べでは無さそうね。しかしまだまだ甘すぎる!」
悪魔は眼にも留まらぬ動きでそれらを全て捌いた。
しかし悪魔が少女に近付くことも同時に容易ではなかった。
(いつでも冷静に接近を防ぐ準備は出来ているようね、どうするか……)
(一度でも相手の動きを止めることが出来れば勝てる筈だけど……さて)
お互いに隙を見せず、一歩も譲らぬ弾幕合戦が繰り広げられていた。
少女は己の体力に気をつけながら魔術を繰り返した。
長期戦になってしまっては少女に勝ち目は無いのだから、
魔力に余裕があるうちに勝負に出なければいけない。
少女は詠唱した――“ウインターエレメント”――
空気中の水分を操り、相手の軸に合わせ足元から水柱を吹き上げた。
吸血鬼の弱点である水さえ触れれば相手の足止めが可能となる。
前回のように湖が無いため威力は大いに不足だが、それでも充分な魔術だ。
「見え見えすぎる!」
吸血鬼はすぐさま突進してきた。
あの水柱は質量からも追いかけさせることは出来ずその場で噴出するのみ。
それを理解したうえで、さらに迷い無く突進してきた。
少女は詠唱した――“エメラルドメガリス”――
巨大な質量を持った多数の魔力をいっぺんに展開させ、逃げ道を無くした。
「……背水の陣というやつかしら」
悪魔の後ろには水柱が構えており、後退することは不可能だった。
それでも焦ることなく隙間を縫って飛び抜けた。
「知っている? どんなものにも抜け道は必ず用意されているの。
仕組まれたその道に来た者を用意した罠で一網打尽にできるからよ」
悪魔がその声に気づき振り返ると、眼前には竜巻のようなものが迫っていた。
「くっ……」
崩れていた体勢は、引きこまれるようにその竜巻に触れさせられ回避が出来なかった。
悪魔は必死の抵抗で力を腕に集め、防御して耐えることで精一杯だった。
少女はそれを確認すると、すかさず質量を持った攻撃で畳み掛けた。
悪魔は一度触れられたがために、回避を許されず防戦一方になってしまったのだ。
(これほどとは……抜け出さなければこのままでは防御しきれない!)
悪魔が機会を窺い少女をじっと見ていた。
そして少女が詠唱を始めたのを確認すると、ぐっと構えた。
悪魔がじっと待つと、少女の体が隠れるほどの火球が発生し向かってきた。
(これさえ防げば眼前の相手には一瞬で間合いを詰めることができる……っ)
悪魔は力を振り絞り、その火球をガードした。
かなりの魔力が込められたそれは強力で、被弾の衝撃に耐えられたのは幸運だったかもしれない。
(私の勝ちだ!)
悪魔はきっと前を睨みつけ、爪を構えて心臓を狙い突進をしようとした。
しかし少女の姿は前に無かった。
(しまった、今の火球は囮かっ……!)
気づいたときにはすでに遅い、悪魔の死角――上方から迫っていた居た少女は、
悪魔の防御を壊す最後の詰めを、竜巻をぶつけた。
「ぐぅぅぅ……っっ!」
ついに耐えきれなくなった悪魔が、竜巻にやられ身動きを完全に止められ無防備になる。
「――チェックメイト」
少女は詠唱した――“サイレントセレナ”――
「……ぐぐ、ギ…アアアァァァァァァァァァ!!!」
月の光の魔力を媒介にした魔術が無防備な悪魔に降り注ぐ。
抜け出すことも出来ず、断続的な光線を浴び続けもがき苦しんだ。
「今宵は美しい月ね、こんな素晴らしい夜も貴女には味方しなかった」
その攻撃が止むと、悪魔はその場に倒れこんだ。
しかし今回は少女は倒れていない、少女は純粋な勝利を得たのだ。
元々この勝負の決着には少女にとってはなんの意味も成さない。
少女が勝利したところで、つまらない人生が延びるだけなのだから。
少女がゆっくり歩き悪魔に近寄る。
しかし悪魔の体から出るオーラに身の危険を感じ咄嗟に飛びのいた。
「……流石に……タフね」
完全に叩き込んだというのに、悪魔はまだ僅かながら余力があった。
ゆっくり起き上がると、構えて臨戦態勢を取る。
「でももう私の勝ちは決まったわ。
私の方も後一つは強力な魔術を打つ余力は残してる。
そう、貴女はもう詰んでいるのよ」
「……やってみなければ分からないわね、油断しないことよ」
少女はうんざりした。
もう結果は分かりきっているのだ、意味のない勝負だ。
(結局この悪魔も、他の者と同じ……。
邪魔で、無価値でどうでもいい。
“先生”もこの悪魔も、全く同じ。
皆何も変わらない、私の邪魔をしてくるだけ)
少女は厳かに、最後の詠唱を始めた。
「面白そうね、私も混ぜてよ」
突然の乱入者の登場に二人は驚き振り向いた。
そこには悪魔と似た姿をした、もう一人の悪魔が立っていた。
「フラン!? どうしてこんなところに!」
「レミリアお姉様酷いわ、私を閉じ込めておいて楽しいことは独り占め」
双子の悪魔“フラン”は大げさなそぶりで悲しそうに表現する。
少女は“フラン”の目を見て理解した。
この悪魔は完全にイカレている、“レミリア”とは全く違うことを。
「あの魔女面白そうだね、私が今から遊んであげる」
「辞めなさい、貴女のオモチャではないわ!」
「ふふふ……少しは楽しませてくれるかなあ」
少女が見た笑みの中で、これほどまでに恐ろしい笑みは無かった。
“フラン”は手に魔力を集め瞬時に巨大な剣を作り出した。
ありえない魔力の質と構成の力に少女は驚きを隠せなかった。
その一瞬の戸惑いが命取りになった。
「何をしているの!」
“レミリア”の声に気づいたときはすでに遅かった。
少女の前に巨大な剣が振り下ろされ、回避は不可能であった。
何が起きたのか把握するのに少女は時間を要した。
自分は攻撃を体に受けた。
でもその攻撃の元は“レミリア”からだった。
しかしその攻撃が与えた衝撃は些細なものだった。
“フラン”の攻撃を“レミリア”は受けていた。
本当ならば少女が喰らっていたのだ。
そう、レミリアが少女を突き飛ばさなければ――
「貴女、何故こんな……」
「…………」
少女が問いかけるも、“レミリア”は意識を失っており返事はなかった。
「あれぇ、お姉さま。どうして邪魔をするの?
いやだなぁ……私はただこの魔女と目一杯遊びたいだけなのに」
“フラン”は独り愉快にケタケタと笑う。
少女は倒れた“レミリア”を背に立ち上がると、
本を片手に振り返り、その“フラン”を睨み付けた。
「……“フラン”と言ったかしら?」
「ええそうよ、はじめまして魔女さん」
「私は手加減されるのは嫌いなの。
もちろん私が相手に手加減するのも好きじゃないわ」
冷たい言葉で淡々と言い放つ。
「何故なら私達のやってる事は遊びじゃない、真剣な勝負だったのよ。
それに貴女は水を差した、非常に不愉快、消えてちょうだい」
少女は最後の術式を完成させ、詠唱を終えた。
――「ロイヤルフレア」――
「た……た、太陽……」
少女は全ての魔力を集中させ、上に極大の光熱の玉が生成する。
あまりにも大きいそれは“フラン”に回避する術も無く包み込んだ。
吸血鬼には克服できない最大の弱点『太陽』を作り出したのだ。
あっけない、その一瞬では叫び声すらあげることはなかった。
「弱点さえ見つければどんな者にでも勝てるわ」
“レミリア”に使うはずだったその大魔術は“フラン”に放たれた。
少女の陰に倒れている“レミリア”はそれを浴びることは無かったのだ。
「くっ……げほっげほっ……」
少女の体に限界が来た。
最後の力を振り絞ったその魔術の反動が一気に襲い掛かったのだ。
立ってる余力も無く、手で地面を押さえ体を支えた。
砂利の音が耳に付く。
真後ろから生まれたその音は、“レミリア”の目覚めを意味した。
「どうしたの、殺さないの? “レミリア”」
少女は振り向きもせずに言い放つ。
「こんなの無効に決まってる、さっさと屋敷に戻って休むわ。
――もちろん、お前もね」
「ふざけないで!」
静まり返ったその空間に緊張が走る。
少女は感情を露に、全ての不満を目の前の相手にぶつけた。
「私は……貴女の『敵』なのよ!
それなのにどうして……トドメを刺さないの!?
二度と挑まれることも無いよう殺して、終わりでいいじゃない!
どうして……『敵』を助けたり……賢者の石だって……」
ぽたり。
少女の目からは涙が溢れていた。
それに気づいた少女はハッとするが、勢いが止まることはなかった。
地面についた手で拭う気力もなく、とめどなくぽたぽた滴る水滴。
苦しい胸を抑え必死に声を絞り出した。
「不愉快なのよ……っ、何が面白いのよ。
どうして私に構うのよ、私は……私は……っ」
――少女には友達が居ない。
それは少女にとっては当然の事だと認識していた。
少女は自身が人に好かれるほどの魅力が無いと思っていた。
だから理解に苦しんだ。
何故“先生”が自分を気にかけてくれたのかまるで分からなかった。
得体の知れない感傷が残るだけで、とても心苦しかった――
「どうしてだって?」
悪魔は少女を真っ直ぐ見つめた。
その眼は禍々しい存在とはかけ離れた、純真無垢の瞳だった。
そっと眼を閉じて、想う。
少女が必要な存在であることを、悪魔は改めて強く心に想う。
「お前は私が見つけた唯一の“
「と、
「万全の状態で決着を付けたい気持ちも有る。
でもそれは最期を意味する、そんなに結果を急くこともない。
お前とはこれからも楽しくやっていきたいわ」
「…………」
少女は何も理解できなかった。
『敵』なのに。
『友達』じゃないのに。
どうしてこんな関係が成立するのか。
運命がめぐり合わせた二人は、完全な敵同士であった。
調和することのない魔女と吸血鬼は友達にはなり得ない。
だから二人は好敵手になった。
友達では無いのだから慣れ親しむことはこれからも無い。
互いに自らを高め、その成果をぶつけ合う。
互いの真剣な想いがぶつかりあう。
そんな中でも遊ぶことも、休むことも、有り得るのだろう。
互いの邪魔をしない、いつでも二人は敵同士なのだ。
少女は焦りすぎた。少女は真面目すぎた。
理屈が先行し、自然に溢れる感情を認めることが出来なかった。
気づけばそれはすぐにでも掴めたものを、
自らが理解出来ないがために拒絶してきてしまっただけなのだ。
少女は可笑しくてたまらなくなって腹の底から笑い声をあげた。
(マグレガー・メイザース……今なら貴方の教えが身に染みます)
少女は“先生”であった彼を、一人の男として認めることが出来る。
今なら出来る、少女は心の中でありったけの敬意を評した。
「『パチュリー・ノーレッジ』」
少女はそう告げた。
敬愛すべき彼から授かったその名を。
悪魔は口元に笑みを浮かべそれに応えた。
「『レミリア・スカーレット』よ、これからよろしく」
少女には友達が居ない。
それでも、虚しい想いが生まれることはもう無いだろう。
§ § § § §
長い話を終え、レミリアはゆっくり紅茶を飲み一息ついた。
「なるほど、お二人はそれから共に歩み、仲良くなっていったのですね」
「そういうことね」
午後の紅茶の時間、新人のメイド――咲夜が訪ねた一言から始まった。
『お二人はいつご友人になったのですか?』
二人は種族としては敵対関係でありながらも、長い友情関係を築き上げていた。
咲夜に限らず、誰しもが不思議に思って当然の事だった。
「さて私は寝るわ。おやすみなさい咲夜」
レミリアは手を振って、咲夜の世話を断ると独りでその場を立ち去った。
後に残されたのは咲夜と、ずっと本を読んでいたパチュリーである。
二人の思い出話をレミリアが語り尽くす中、パチュリーは何の反応も示さなかった。
そのためにどうしても聞くことが出来なかった咲夜は、思い切って今尋ねることにした。
「パチュリー様、お聞きして宜しいでしょうか」
「何?」
「パチュリー様の趣味は、今でも本を読むことなのですよね」
「ええ、そうよ」
「お嬢様はパチュリー様にとって本当に必要な方なのですか?」
「いいえ」
パチュリーは即答した、咲夜は少し考えてさらに問いかけた。
「パチュリー様は独りでも寂しくないんですか?」
「ええ」
「お嬢様はパチュリー様が居ないと寂しいと思います」
「レミィはそうでしょうね」
「パチュリー様は今幸せなのですか?」
「さあ?」
「パチュリー様……貴女は今、仮に亡くなられたとしても悔いはないのですか?」
「どうでもいいわね」
表情一つ変えず淡々と呟くパチュリーに、
咲夜はそれ以上何も聞くことができなくなった。
レミリアがパチュリーの事を好いているのは確実だと理解できた。
でもパチュリーからレミリアへの好意は全く感じられない。
どうしてこんな二人が今までやってこれたのか不可解極まりなかった。
「分かりました、それでは失礼します」
咲夜は振り返りその場を歩いて立ち去ると、
かすかに聞こえるような声でパチュリーが咲夜に一言投げかけた。
振り返ると相変わらず本を読んでおり、顔が隠れていて表情すら見えない。
ただ、その一言は確かに咲夜の耳に入った。
すると咲夜の気分は高揚し、可笑しい気持ちを抑えられず笑みが浮かぶ。
ただの照れ隠しにも聞こえうるその言葉は、本当は重い意味を持った言葉だ。
何も楽しめなかった少女が、この世に溢れる素晴らしい可能性に気づく。
少女がそう変われたのは独りの悪魔と出会えたからに他ならない。
今でも少女には、それが理屈では説明できない事実であることに、
どうしても納得することができないのだろう。
それでも確かに存在するこの奇妙な縁が、
少女をいつまでも包み込み生きてこさせたのだ。
「なんとなく、長生きしたくなったのよ」
生きる力はあっても、生きる目的が無ければそれは苦痛かもしれません。
生きる事に魅力を感じさせてくれる人が隣に居るとしたなら、
それがどんな理由であれ、それは紛れも無く友であり、幸福な事なのでしょうね。
あと各所に散見された知識がとても凄味。いや、美味。
彼女たちはきっと、幸せだとかそういうものを考慮していなく、全部が全部自分のことだけで完結していて、相手のことを考えていないのに、それが相手のためになった。
不確かな友愛は、曖昧な理由にしかならないのに、それでも確固たる繋がりを維持している二人が、とてもまぶしく見えました。
素晴らしかったです。良い作品、ありがとうございました。
最後に思った単語は友情でした。
人間には真似できない。
ただ一つ申し上げるならば、チェックメイトから逆転は不可能です。
チェックメイトとは、逆転うんぬん以前に駒を動かす事さえ許されない完全敗北なのです。
ただのチェックなら逆転の可能性は有りますが。
チェスを御話に組み込むのなら最低限のルールはお調べした方が。
申し訳ございません、完全にボケてました。
あまりにも恥ずかしいので後日修正させていただきます。
とても力強くカッコイイ文章だと思いました。二人の描かれ方がまた痺れます。
それにしても、食卓を豊かにし、そして二人をつなぐ塩とは何か。
足りないものが満たされる出会い、環境、あるいは運命だといってもこのレミリアなら気持ちよく納得できて素敵ですね。
>駄文さん
そんな綺麗な事まで考えていなかった……っ(ぇ。
素晴らしく美しい解釈に勿体無い評価が本当に有り難いです。
>ABYSSさん
良いモノを伝えられたようで良かったです、
こちらこそありがとうございました。
>名前の無い方
友情。これからも美しく熱い友情をパチェレミで表現していきたいです。
>名前が無い方
お早い指摘本当に有難うございました。
今度は面白く穴のないものを披露できるよう頑張ります。
>MIM.Eさん
賢者の石の練成理論は、『パラケルススの三元素』論によるものです。
錬金術はどうも同時に哲学めいた思想に基づいたものが見受けられ興味深い。
そこで今回のように料理であり、友情に当てはめて
面白い物語が展開できそうだと思った次第です。
今回も皆様大変有難うございました、
次回も精一杯頑張りますのでよろしく御願いします。
パチュリーがパチュリーっぽくてかっこいい!
なぜか後編より前編に誤字とか多いです直してー。
しかし燃え尽きたフランさんは何処にw
パチュリーがロイヤルフレアを放ったシーンが脳裏に浮かんで堂々と放つ風格漂うパチュリーに惚れたりする事は無いがカッコイイとは言う。
それとは別に素晴らしい友情のお話に乾杯。