にぎにぎ…にぎにぎ…にぎ…
「ふぅ、これで十個か…ふむ、だが皆が食べる事を考えると事を考えると最低でもこの倍は必要だな」
私はおにぎりを握る手を休め、額の汗をぬぐいながら呟いた。目の前にはおにぎりが山を作り、その出番を待っている。
そう、今日は私と、そして里の子ども達が待ちに待った遠足の日なのだ。
私…こと上白沢慧音は半獣だ。だが、里の皆は中途半端な私を受け入れてくれている。
私はそんな皆の気持ちに報いるべく…そして何よりそんな大切な皆とその生活を守るために、いつからか里を妖怪達から守るようになっていた。
そしてそんなふうにして長い時を過ごし、今は『先生』として里の子ども達に様々なことを教えている。
私が今教えている子は三人、一番年上で、精一杯『お姉さん』をしている瑞穂と、やんちゃな不二、そして、最近教えるようになった最年少の桜だ。
皆、いたずらもすれば転んで泣いたり居眠りをしたりする困った連中だが、心根は優しい。
たぶん、あいつらの優しさを一番よく知っているのは私だろう。半獣である私に、それを知ってなお「けいねせんせー」と言ってなついてくれているのだ。
人間好きの変な妖怪だとか言われようが、私がいつも人間の側に立ち、里を守るのはそんな人間の優しさに触れたからだった。
いかんいかん妙な方向に思考が行ってしまった。あの子達の事となると、どうしても私は感情に引きずられてしまうな。
私は気を取り直すと、止まっていた手を動かしだした。
今はやっと朝日が顔を出しはじめた位の時間だが、それでも出発の時間まではあと一刻と少しといった所だ。
おかずはもうできているが、おにぎりを詰めたり、その他身支度をして集合場所まで歩いていく時間を考えると少々急がなければならなかった。
にぎにぎ…にぎにぎ…
「これで一七個、瑞穂が四個、不二は五個は食べそうだな、そして桜は…同じ大きさなら三個が精一杯か」
頭の中で必要なおにぎりの数量を計算した私は、精一杯大きな口でおにぎりをほおばるであろう桜の様子を想像して思わず微笑んだ。
ちなみに、目の前には小さめに握った四個のおにぎりが並んでいる。おにぎりを握っていて、桜は自分が三個しかないと怒るだろうと気がついて三個分の米で四個作ったのだ。さて、自分のおにぎりが小さいと気づいた時と、自分の分と桜の分の個数が違うと気づいた時、果たしてどちらが激しく怒るだろうか?
桜はいつもいつも必死に二人についていこうとする、背伸びをしたい年頃なのだろうな。面倒を見るときに大変なのは大変だが、そういうところまで可愛く見えてしまうのはなぜだろうかな?
「さてと、私の分は四個あれば十分だから皆の分と合わせて一七個…あと四つだな」
私は、そう呟くと『最後の一人分』にとりかかった…
「皆元気か?」
「「「は~い」」」
学校…と言っても、話に聞く外の世界にあるような大層なものではなく、空き家に少し手を加えただけなのだが…の前に集まったやんちゃな三人組は、私が呼びかけると元気一杯に答えた。
「ははは、返事で元気なのはよくわかった。さぁお弁当だ、落とさないようにな」
もうすでに表情が漢字だの歴史だのを習っているときとは全く違う、目が輝いているとはまさにこのことだな。
いつも頑張ってそれらを教えている私は、少々複雑な思いを抱きながら、皆にお弁当を配った。
さて、私がわざわざ自分でお弁当を作ったのは、もし子ども達に自分でお弁当を用意するように言ったなら、どうしてもそれぞれの家の貧富の差が出てしまうからだ。
不二や桜の家は里の中では富裕な方だが、瑞穂の家は先代が病弱だったせいで、食事の時にも米に粟や稗が混じっていた。着ている服もよく見るとつぎはぎだらけだ。学校も家事や農作業の手伝いで休みがちだった。
子ども達も、将来はそういうことを気にしてしまう時があるかもしれない、だが、少なくとも今はそんな下らないことを気にして育ってほしくはなかった。そして、願わくば未来も…
「けいねせんせー?おべんとほしいの」
「ん?ああ、すまんすまん」
一瞬思考がとんでしまった私は、不思議そうに見つめる桜の視線に気がつき、慌てて謝って弁当を手渡す。
「けいねせんせー、とうとうボケたのがっ!?」
こっちは不二だ、ちなみに最後の『がっ!?』は私に叩かれた声だったりもする。
「って~」
頭を押さえてうずくまる不二、失礼な奴だな、私はそんなに強く叩いてはいないぞ?
「不二くんじごーじとくなの」
「不二、あなたはいっつも一言余計なのよ」
桜が昨日覚えたての四文字熟語で、瑞穂はいつも通りため息をつきながら不二に言う。両方とも同感だ、まったく。
「さぁ行くぞ、疲れたら無理せず言うんだぞ」
「「は~い」」
私たちは元気いっぱい歩き出す、目指す所は大人の足ならば歩いて一刻ほどの所にある小さな山、月ケ城山だった。
「おっ置いてくなよ~」
と、後ろから不二の声と当人が追って来た。
置いていかれるのがいやなら、泣き真似をやめてとっとと歩くんだ、やれやれ。
さて、今日は雲一つない青空…とまではいかないが、薄曇りで雨の心配はあまりないだろう。むしろ、歩くには暑すぎず寒すぎずちょうどいい天気といえるかもしれない。
前々からてるてる坊主を量産しておいたのが奏功したようだ。
私は、我が家の軒先にずらっと並んだてるてる坊主群を思い出しながら、子ども達に合わせてゆっくりと歩いた。
里の大人達には、三人は私がしっかりと守るからと言って遠足の許しを得ているし、万一に備えて、里の守りは楽園の困窮巫女、霊夢に依頼してきた。私が留守の間に里に何事もなければ、報酬として米を一俵やると言ったら、狂喜乱舞して引き受けてくれたので多分大丈夫だろう。むしろ『過剰防衛』で周囲の妖怪が被害を蒙らないかが心配なくらいだった。
前々から計画していたこの遠足は是非にも成功させたかった。いつも勉強を頑張っている…とはなかなか言い切れないか、まぁそこそこ頑張っている不二と桜、そして家事と勉強、そして農作業までこなしている瑞穂へのご褒美として。
そして実はあと一つ、この遠足には目的があるのだが、それはもうしばらく歩かなくては達成できるかわからないな。
私は少しとんだ思考を戻し、ゆっくりと歩いていった。
「おいっ、あれ何だ?」
「こ…怖いの~」
さて、しばらく歩き、私たちが森の中へと入ったときだった。
手に木の枝を持ち、それをぶんぶんと振り回しながら元気一杯先頭を進んでいた不二と桜が不意に足を止め、私に駆け寄ってきた。側にいた瑞穂も私の手をぐいっと握る。
妖怪か何かか?この辺りにはあまり出ないかったはずだが、それでも危険なことがあるといけないと、私は二人が視線を向けた方向を見た。すると…
「遠足…友達…みんなでおでかけ…」
「…」
そこには、何やらぶつぶつと呟きながら、木の陰からこっちを羨ましそうにのぞき見る、見覚えのある人影があった。
こいつは…さびしんぼうの人形遣いだな。
強烈な願い…というか羨望と嫉妬が入り混じった視線を感じ、思わず鳥肌が立ってしまった。
そうか、そういえばあいつはこの森の近くに住んでいたな。
無意識のうちに思い出さないようにして…もとい思い出すのを忘れていたのだが、私一人の時ならばともかく、子ども達と一緒では教育上よろしくないので、悪いが見て見ぬふりをさせてもらおう。
「大丈夫、怖くない怖くない、別に目を合わせたりしなければ襲われたり取り憑かれたりはしないさ、さぁ先を目指そう」
「「「は~い」」」
私の言葉に安心したのか元気一杯に答える三人を見て、私は再び歩き出す。
「あ…」
その時、何か寂しそうな声が聞こえたのだが…すまんな、今はこの子達が優先なんだ。
私は心の中で『彼女』に謝りながら先を目指して歩いていった…
さらにしばらく進み、森との境目の小川を渡ると、やがて眼前には野原が広がった。初夏に咲く花々が諸所に咲き、心が和む。
「さて、みな少し休もうか」
そう私が言うと、三者三様の言葉が返ってきた。
「まだ歩けるぜ!」
「わたしもなの!」
「はい、ちょっと休みたいです」
元気一杯の不二と、息が上がりつつも意地になっている桜、そして瑞穂は…多分桜の体調を心配してだな、当人はさほど疲れているようには見えないし…
私は袋から『秘密兵器』を取り出した、昨日の晩作っておいた柏餅が8個だ。
子ども達の視線が吸い寄せられたのを確認した私は、十分な間をおいてこう言った。
「さぁ、おやつにしようか」
「「「は~い」」」
元気な三人の返事、効果は抜群だ、さすがは秘密兵器。私は、三人の反応を見て満足げに柏餅を三人に手渡した。
「もいしーまぁ」
「もうまのー」
「不二、桜、話すか食べるかどっちかにしなさいよ」
もぐもぐとやりながら話す不二と桜に、瑞穂が注意する。
仲良く柏餅をほおばる三人の、実に微笑ましい光景。私も柏餅をぱくつきながら、それでも万が一に備えて周囲を警戒していた。
この辺りは比較的平穏な所ではあるのだが、それでも子ども達を引率する責任上、不慮の事態には最大限警戒していなければならないのだ。
「ん?」
その時だった、何やら怪しい気配を感じた私は視線をそちらに向けた。
「誰だ?」
子ども達を背後にかばうように位置をずらし、その『気配』に声をかける。
私の声に応じて、耳が出てくる…耳?
「ちょっと!怪しい者じゃないわよ。このかわいいてゐちゃんになんて事言ってくれるのよ」
「十分怪しいじゃないか」
耳に続いて出てきたのは見覚えのあるふてぶてしい顔…最近方々で悪さをしているらしい永遠亭の兎詐欺師だった。
子ども達に危険はないだろうが、怪しさは十二分、ついでに教育上『非常に』よろしくないのでとっとと追っ払うことにしよう。
「今はこの子達の面倒を見るのに忙しいんだ、悪いが消えてくれないか」
「ちょっとちょっと、そんなこと言わないで、耳寄りな情報…きゃ!?」
私の言葉に、何やら口上を述べようとしたらしい兎詐欺師の言葉が途中で途絶える。
「うわっこの耳本物だぜ本物」
「かわいいのー!!」
「二人とも!可哀想でしょ!!」
「そー言ってみずほ独り占めする気なの、ずるいのー」
「そーだぜ!ずるいぜ!!」
瞬間的に子ども達に取り囲まれるてゐ、耳だのしっぽだのを引っ張られてもみくちゃにされている。両耳を握られて…なるほど『耳寄りな状況』だな。
私が冷静に状況を分析している間にも、てゐの災難は続く。
「や…やめっ!ストップ!!あんたも黙ってないで止めて~!!」
てゐは悲鳴をあげるが、その悲鳴に応じる者はいない、二人を止めるふりをして瑞穂まで頭をなでている。私…?まああいつもたまには痛い目に遭った方がいいだろうからな。
「あっあんたこいつらにどういう教育してるのよ~!!」
しばらくして、どうにか子ども達の包囲を抜け出したらしいてゐは、そんな捨て台詞を私に投げつけ、自慢の快速でぴょんこぴょんこと逃げ出していった。
まぁこれであいつも少しは…懲りないだろうなぁ。
私は、ほうほうのていで逃げる彼女の姿を見ながら苦笑していた。
「逃げちゃった~」
「あ~あ」
「二人が乱暴にするからよ」
「みずほずるいのー自分だってなでてたくせにー」
「そうだぜ」
「わっ私は別に…」
おっと、私がため息をつく間に、何やら子ども達のほうでもめているらしいので、あいつは放っておいて先を目指すことにしよう。
「ほらほら、出発だぞ。早くしないと目的地までたどり着けないぞ」
「あっは~い」
「はいなのー」
「ちぇっ」
私の言葉に三人は口げんかをやめ、再び歩き出す。
なんだかんだいって、いつのまにか瑞穂を真ん中に右に不二、左に桜が並び、仲良く歩き出していた。
さて、野原を抜け、小さな林に入ったところで私は足を止め周囲を見回す。さてと、『あいつ』は来ているだろうか?
「けいねせんせー?どうしたの?」
「ん、ちょっとな」
私は不思議そうに尋ねる桜にそう言うと、再び周囲を見回した…いた。
木によりかかるようにこちらを見ている少女、妹紅だ。
「妹紅、来てくれたか」
私はそう言いながら妹紅に歩み寄る。
「あっあのね、あんたね…」
そのとたん彼女はぐいっと私の手を引っ張り引き寄せると、小声で文句をつけてきた。
「遊びに行くとは聞いたけど、あんな連中が一緒だったなんて一語たりとも聞いてないわよ!」
「うむ、あいつらが来るとは確かに言っていないが、来ないと言った覚えもないぞ」
「へっ屁理屈を~」
ぷんすかとばかりに怒る妹紅に私はこう言った。
「だってこうでもしないとお前は来てくれないだろう?」
「当たり前じゃない…あんな連中…」
妹紅は黙る、彼女の言いたいことはよくわかった。人であって人でない自分、そんな自分は『人』とは関われない、関わりたくないと思っているのだろう。
「だがお前はそのまま生きていくつもりなのか?この先もずっと…」
「わ…私は」
なおも躊躇う妹紅に、私はこう言った。
「まぁ今日一日、皆と歩いてみろ。長い長い一生のたった一日だ、別にいいだろう」
「…今日だけだからね」
しばらく妹紅は考えるように腕を組むとそう言った。
これで今日のお出かけメンバーは全員そろった。
私は、なおも迷っているらしい妹紅を引っ張り、皆に紹介した。
「私の友人の妹紅だ、今日は皆と一緒に歩いていく。よろしく頼む」
私の言葉に子ども達が応じた。
「こんにちわなのー」
「うっす!」
「よろしくお願いします」
「こら妹紅」
沈黙したままの妹紅を私は小突いた。
「よっよろしく」
視線をさまよわせながらようやく一言絞り出す妹紅、やれやれ。
「さぁ、再び出発だ」
「「「おー!!」」」
「…」
元気な返事と沈黙一つ、まぁ最初はこんなものか。ついてきてくれただけでも今日は十分だ。
仲間を一人増やし、私たちは再び歩き出した。
さて、この道をもう少しだけ歩いたところに小さな沼がある。いつもはこの沼の主の大ガマがのんびりと暮らしているだけのはずだが…
「えっと…自縄自爆って言うのが自分で自分を縛って爆発する…こと?」
「自縄自縛っていうのは、墓穴を掘るっていうのと似た意味で、要は自分で自分の首をしめることだよ」
「うむ、8割正解じゃな。微妙に意味が違うが大体同じだ」
「バケツで穴を掘る?」
「…」
「…」
性悪な妖怪なんぞがいないかと、私が木々の切れ間からこっそり沼をのぞき見ると、そこには何やら目の前で青空教室を開いている三人(?)の妖怪&妖精がいた。大ガマは前から見かけているがあとの二人は見たことがないな。
私は三人に見つからないように木々の間からのぞき見た。
それにしても…
「つ…つまり自縄自爆はバケツで穴を掘れば助かるっていうことでしょ!わかるわよそれ位!あたいは天才なんだから!!」
「む…むう」
「あううう…」
頭を抱える二人の側で一人だけ元気一杯な小さいのは…あれ?そういえばどこかで…
そう、思い出した。以前新聞に出ていたいたずら者の妖精とそれを懲らしめた大ガマだ。もう一人は知らないが、見たところいたずら者の妖精の友達兼保護者といったところか。 大方、あの大ガマが妖精の馬鹿さ加減に呆れて、青空教室を開いてやったというところだろうな。
「なかなか微笑ましい光景だな」
私は呟いた。
二人は、苦労しているように見えて、どことなくやんちゃな孫、妹の成長を見守るような満足げな表情をしていた。
彼らの邪魔にならない内に、とっとといなくなるとするか。
妖精達のほんわか具合が伝染した私は、振り向こうとして…固まった。
「ねぇねぇ、あの小さい子お馬鹿さんなの?」
「そうだな、馬鹿っぽいな」
「そうだね、多分不二と同じ位は…でもそういうことは素直に聞いちゃだめよ桜」
「は~い」
「おい、そっちこそ素直な顔して言うなよ瑞穂!」
「しっ!聞こえるでしょ」
不思議な光景を興味津々といった面持ちで青空教室を眺める子ども達、妹紅は…ああ、なにやら仲間に加わりたそうな表情で後ろに手持ちぶさたに立っているな。もうちょっとか…
じゃなくて!
「こらお前達!のぞき見はしちゃだめだろう!!」
私は教師の威厳をもって子ども達に言い、直後に失言に気づく。
「でも…」
「一番最初にのぞいたのは…」
「慧音だね」
「なのー」
直後に絶妙な連携で私に反論する四人、さすがはいつも一緒にいるだけあるな、この四人は…四人?
「あー!!」
私は思わず叫んだ。そしらぬ顔でいる私の友人、さりげなく批判に加わっているんじゃない!!
子ども達に加わろうとするその気持ちは嬉しいが…だが…なにもこんな時に加わらなくてもいいじゃないか…
私はがっくりと膝をついた。途端に子ども達が駆け寄ってくる。
「けいねせんせー大丈夫?」
「ごめんなさい、ちょっと言い過ぎました」
「せんせー、人間たまには間違いくらいするぜ。気を落とすなよ」
うう…子ども達に心配をかけるなんて私は教師落第だ…
「いや、いいんだ。うん、私が悪かった、でもあの子らも頑張って勉強しているんだから邪魔しちゃ悪いだろう。先を急ごう」
気をとりなおした私は、そう言うとさらに先を目指し歩きはじめた。
背後には口笛なんぞを吹いている友人の姿、むむ…腹立つなぁ。
妹紅は、私たちとつかず離れずといった距離でついてくる。
子ども達はさっきのには気づかなかったようだが、さりげなく妹紅が会話に混じってくれたのは嬉しい。
この調子なら、もしかしたらこの遠足が終わるとき位には、子ども達と話位してくれるようになってくれているかもしれないな。
一時の腹立ちも収まり、そんな事を考えながら歩いていると袖をくいっと引っ張られた。相変わらず不二と桜は先を進んでいるから、隣にいるのは瑞穂だ。どうしたんだろう?
「ん…?どうし…」
そう思った私が、瑞穂に返事をしかけた時、機先を制して瑞穂が口を開いた。落ち着いた瑞穂の声が私の耳に届いた。
「きっと大丈夫ですよ、あの人、なんだかんだ言ってこっちをちらちらと見ていますから。多分もうちょっとしたらお友達になれると思います」
「瑞穂…」
言い終わり、再び前に向けられた瑞穂の顔は、いつもよりもちょっとだけ大人びて見えた。
いつもいつも子ども子どもと思っていたが、いつの間にか成長していたのだな。私はそう思うと、少し寂しく、そしてとても嬉しかった。
大人の目線からばかり見ていると子どもはいつまでも子どものように見えるが、しかし、その内面は大人が気づかない内にしっかり成長している。
隣を歩く瑞穂を見ながら、『先生』は子どもを教えると同時に自分も教えられる。その意識が大切なのだろうと私は思った。
前の二人も、そして妹紅もこの会話には気づかないようだった。森の木々の中、私たちの隊列は目的地を目指す…
さて、朝里を出て、休み休みとはいえ一刻近くは歩いただろうか?私たちは山道をのんびりと歩いていた。
いや、正確にはのんびり歩かざるを得ない状況になったといったところか…
「桜疲れたのー」
「てっぺっんまだかよー」
そう、前半無駄に元気に歩いていた不二と桜が、へろへろになりながら私の両手を握って歩く。
「二人とも調子に乗ってはしゃぐからよ、もう」
「うー」
「うるせーなー」
瑞穂の苦言にも、二人はうらめしそうな顔を向けるばかりだ。
やれやれ、不二もだが…桜はかなりきつそうだな。
「桜、ほらおぶされ。不二は…男の子だろう、もうちょっと我慢しろ」
「やったのー!」
「えー、差別だぜそれ」
私が屈んで背を向けると、桜の歓喜の叫びと、不二の怨嗟の声が聞こえてきた。
「なぁ、俺ものっけてくれよけいねせんせー」
続いて懇願…にしてはちょっと偉そうな声が聞こえてくる。
「不二、桜は女の子で年下なんだからあなたは我慢しなさいって」
「えー!ずるいぜ桜ばっかり」
不二を瑞穂がたしなめるが、不二の方はどうにも納得いかないらしい。瑞穂が大人になってきたと思ったのだが、こいつはまだまだ子どもだな。
まぁいいところは沢山あるのだが…
私が不二の措置に悩んでいたとき、不意に妹紅が隣に出てきて言った。
「よければ私におぶさる?」
「お…おい妹紅」
意外な妹紅の言葉を聞いて、私は驚き言いかけたが、私が言い終わらない内に不二がはしゃいで言う。
「ありがとう、妹紅ねぇちゃん!」
「あ…うん」
不二の言葉で、妹紅の頬が心なしか薄く染まった気がする。子ども達といるときにはまだ無口だが、それでも私は嬉しいぞ妹紅。
さて、妹紅の言葉を聞いて、さっきまで『疲労』を強調し続けていた不二は『元気一杯』に妹紅に飛び乗る。まったく、仕方がない奴だな。
だけどまぁ妹紅の方も仲間に入るきっかけを探していたのかもしれないな、妹紅の照れと楽しさが混じったような表情に免じて、今日は勘弁してやるか。
山頂を目指して『3つの』人影は登り続ける。
「もうちょっとなのー!!」
「こら暴れるな!」
山頂が近づき、背中の桜がはしゃぐ。足場が悪いところでは暴れられるのは少々怖いのだが…
「もういいぜ妹紅ねぇちゃん、ありがとっ!!」
「えっ!?ちょっ…」
その時、突然不二が妹紅の背中から降りると駆けだした。妹紅が慌てている間に、不二は一気に目前の山頂まで駆け上がる。
「へっへへー!一番乗り!!みんな早くこいよっ!!」
山頂からこっちを向いて手を振る不二、本当に仕方がない奴だな。
「ずるいのー!!けいねせんせーも急いでほしいの」
「不二、まったくもう!!」
桜と瑞穂が揃って口をとがらせる。私はため息を一つつくとゆっくり最後の坂道を登っていった。
しばしの後、不二に追いついた私たちは、頂上にある巨大な岩に登った。いつの間にか雲一つない青空が頭上に広がり、眼下には普段私たちがいる里が小さく見えた。
「すげーぜ!!」
「なのー」
不二と桜は大はしゃぎだった。普段里から出ることのない子ども達だ、よほど物珍しかったのだろう。
私は子ども達の笑顔を見ながら、とても満足していた。
「本当に来た甲斐がありましたっ!ありがとうございます慧音先生」
そしてたった一人、瑞穂はこっちを向くと丁寧にお辞儀をしてくれた。とたんに残りの二人も慌ててこっちを振り向き口々に言う。
「わっ私もありがとうでしたのー」
「俺もだぜ俺も!!ありがとうせんせー!!」
「いっいや、私は…別に礼を言われようと思ってしたわけではないし…」
礼を言われることなど何も考えていなかった私は、大あわてになる。よくできた子というのも時に困りものだな。
私が瑞穂の成長ぶりに苦笑していた時だった。不意に妹紅が呟くように私に言った。
「慧音、あんたは真面目すぎよ。ほら、みんなが素直にお礼を言ってるんだから受けたほうがいいって」
「あ…いや」
思わぬ方向からの援護射撃によろめく私に、子ども達が追い打ちをかける。
「そーだぜ慧音せんせー。妹紅のねーちゃんの言う通りだぜ」
「そーなのー言うとおりなのっ!!」
「そうですよ」
「あ…いや、どういたしまして」
照れながら言った私を見て、四人は微笑む、そして…
「腹減ったー!」
「おなかすいたのー」
「ぺこぺこです」
「慧音弁当早くだしなよ、持ってるんでしょ」
感動のシーンが台無しだ…
「こら、二人とも、ご飯はみんな一緒でしょう」
「はいなの…」
「ちぇっ」
さて、私の袋から取り出されたのは妹紅と私の分の弁当だ。不二と桜はもう結びをほどこうとして瑞穂にたしなめられている。
「みんな用意はできたか?」
「「「「はーい!」」」」
私の言葉に応える子ども達…ともう一人。この声は素なのかそれともわざとなのか…
と、まぁそれはさておき楽しい楽しい食事の時間だ。
「いただきます」
私は両手をあわせてお辞儀をする。
「いっただきまーす!」
「いただきますなのー!!」
「いただきます」
「…いただきます」
四者四様の言葉で昼食が始まった…
「ものままごやきもいしーま」
「もうまもー」
「もぁあもうめまむくっまんままらもうぜんめ」
口いっぱいに食べ物を詰め込んで言う不二と桜…そして妹紅、よくお互いに意思の疎通ができるな。
そんな三人に瑞穂がつっこみを入れた。
「あの…不二に桜に妹紅さん。ご飯を食べるか話すかどっちかにしなさ…してください」
「そういう時は命令口調でいいんだ瑞穂、ついでに一発ぶんなぐってやるともっといい」
「あのね慧音…」
やれやれ、いつまでたっても子どもだな妹紅は。私は目の前でふくれっ面でいる妹紅を見ながらそう思っていた。
私と妹紅がふざけあっている時、突如として風が吹いて黒い影が眼前へと現れた。小石や小枝が私たちに吹き付けられる。
「何者だ!?」
私はとっさに子ども達を背中に庇うと、顔を手で覆いながら『それ』に言った。妹紅も瑞穂に抱きつく不二と桜を横目に見て、臨戦態勢に入っていた。
「いやいや失礼しました。なにやら本日は皆さんで遠足に出かけるとの情報がありまして、時にはほのぼの記事も紙面によいかと伺ったのです」
砂埃が収まり、私が『それ』を確認したとき、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「お前は…いつぞの新聞記者じゃないか」
そう、いつだったか、私が学校を開く直前に取材に来た新聞記者だ。確か名前は…
「こんにちわ、文々。新聞の敏腕記者、射命丸文と申します」
元気に私たちに挨拶する彼女に、私は警戒態勢を解くと、怯える子ども達と警戒する妹紅に言った。
「こいつは取材中に襲ってくるような奴じゃない。安心しても大丈夫だ」
私の言葉に四人はちょっと安心したようだ、張りつめた空気が幾分緩む。
「はい、慧音さんは私のことをよくわかってらっしゃいますね。取材中に私は相手を襲ったりすることは絶対にありません。情報提供者や、取材対象を襲うなんて新聞記者の風上にも置けないじゃないですか。繰り返しますが私はそんなこと絶対にしませんよ」
私の言葉を聞いて『絶対』を連呼する彼女は、続いてメモを取り出すと私にこう尋ねた。
「ところで慧音さん、本日は学校行事としての遠足だそうですが、なぜ妹紅さんも一緒なのですか?」
さて…単刀直入に来たな、さぁどう答えるか…そうだ。
「ん…ああ、こいつは我が校唯一の登校拒否児でな。どうにか皆と馴染めるようにと今日の遠足に無理矢理引っ張り出してきたんだ」
後ろで渋面を作る妹紅と、くすくす笑っている子ども達がおもしろい。
「あーなるほど、確かに登校拒否児って雰囲気ですからね。それでその計画は成功したんですか?」
私は後ろで
「何笑ってるのよ!」
「知らないのー」
「気のせいだぜ」
「そうそう、気のせいです」
「むきー!!」
「「「あははっ」」」
とかやっている四人を見ながらこう言った。
「それは見ての通りだよ。ところでそろそろ帰り支度をしなければならないんだ、悪いが…」
「はい、では最後に写真を一枚よろしいですか」
新聞記者は話が早くて助かるな。私はすっかりこっちの事を忘れて、後ろでわいわいとはしゃいでいる皆を見て言った。
「ああ、好きなだけ撮ってくれ」
「はい、ありがとうございます。それでは本日はご協力ありがとうございました。文々。新聞明日の朝刊をお楽しみに、それでは失礼します」
「ああ、では」
彼女は、写真を一枚撮ってそう言うと軽やかに空中へ舞い上がっていった。見送る私の視界で、見る間にその姿が小さくなり…やがて消える。
「さぁみんな、弁当は食べたか?そろそろ帰るぞ」
「はーい」
「え、ちょっと待てよー!!」
「まだなのまだなの」
「あんたせっかちすぎるよ、きっと老けるのが早…ったー!?」
「そういうお前はいつまでたっても成長してないだろう。ほら、ふざけてないで早く食べろ」
私は失礼なことを言ってきた妹紅の頭を小突き、さっさと自分の荷物を詰める。
がんばって食べる瑞穂以外の三人…ふむ、桜もちゃんと全部食べられたようだな。大きさの違いにも気がつかなかったようだし。
しばらくして…
皆残りも食べ終わったようだしそろそろ発つか。私は満足げな表情をしている皆の様子を見て立ち上がった。
「みんな、帰るぞ。下り坂では走ったりしたらだめだ、気をつけて歩くんだぞ」
私はそう言うと、ゆっくりと里を目指し歩き出した。
徐々に傾きつつあるお日様を頭上に眺めつつ、私たちは無事に山を降り、里への帰路を急いでいた。
もはや危険な坂道などはないし、性悪な妖怪がよく出没する森も通過したが、子ども達は何をしでかすかわからない。
私は周囲と、そして子ども達に注意を払いつつ先を目指す。
しかし、まもなく里に入ろうかという野原で、視界に楽しげにお茶会を開く二人組が入ってきた。あの二人は…
「妹紅、大丈夫だと思うが念のため子ども達を頼む」
「うん、任せて」
私の言葉に妹紅はどんと胸を叩く。
「けいねせんせー?」
「何かあったのか?」
「しっ、静かにしなきゃだめよ、不二、桜」
「ああ、頼んだぞ瑞穂」
「はい、慧音先生」
緊張した雰囲気を感じて不安そうな不二と桜を瑞穂に任せ、私は迂回路を探す。
「よし、こっちの草むらから行くぞ、みんな静かにな」
後ろでこくりと頷く子ども達を見ながら、私は慎重に前へと進む。あいつらは確か紅魔館の魔女とその従者、紅魔館の人妖は幻想郷の妖怪に非常に恐れられていると聞く。
以前にも私はその主らとの交戦でやられたし、あの時には里を襲わなかったとは言っても、今子ども達を襲わないとは限らない。
妹紅と私の二人ならどうにか勝てるかもしれないが、それでも子ども達がいる以上危険はなるべく避けたかった。私はゆっくりと草むらを移動する。
道から離れると、身の丈を越えるような草が生い茂り、私たちの姿を隠してくれた。
私たちは離れないようにしっかりと手をつなぎあい、一列縦隊でゆっくりと前進する。
もうちょっとで森に入る…私がそう思って一瞬気を抜いたときだった。
「わっ!?」
「えっ!?」
突然目の前に現れた人影、私は叫びそうになり思わず両手で口を押さえた。見ると相手も同じことをしている。
…ってこいつは!?
「…誰かと思えばいつぞやのワーハクタクじゃない、驚かせないでよね」
先に交戦した紅魔館の主レミリア!?隣にはよく見ると咲夜もいる。最悪だ。
「…子ども達と妹紅には指一本触れさせない!」
今度は負けない…せめて妹紅と子ども達が逃げる時間くらいは稼いでみせる!
私は子ども達を庇いつつ、臨戦態勢に入った。
「妹紅!子ども達を頼む!!」
私はそう言って背後を見るが妹紅は動かず…かわりに言った。
「慧音、待ちなよ」
「な…妹紅こいつらは話が通じる相手じゃないぞ。それにまだ里に入らないうちに子ども達だけで逃がすわけには…」
だが、私の言葉を聞いて、妹紅と、そして眼前の二人まで苦笑いをしている。なぜだ?
「はぁ、はやとちりは相変わらずね。言っておくけど私はあんたらに手を出すつもりなんてかけらもないわ。今はそれより重要なことがあるんだから」
「何?」
そう言って別な方向に視線を向けるレミリア、その先には…あの二人が?
「ええ、お嬢様は覗きの最中ですの。わざわざパチュリー様達をストーキングなさらずとも、この私がいくらでもさせて差し上げますのに」
そして、そう言うなりほうっとため息をつく従者、教育上甚だよろしくないなこいつは。子ども達の健全な成長を妨げそうだ。
「黙りなさい咲夜、しかも時を止めまでして私をストーキングしてきたあんたに、ストーカー呼ばわりされたくないわ」
…何やら様子が妙だな。私は状況がつかめず沈黙する。
「ほら、こいつらには敵意はないわ。あんたは真面目すぎるのよ、もうちょっと心に余裕を持ったほうがいいわ」
む…妹紅にたしなめられてしまった。しかも当を得た表現に、私は反論できない。
「そういうことよ、私はあの二人が突然何かに襲われたりしないように『心配して』見ているの。あんたらが騒ぐと気づかれちゃうじゃない。とっとと静かに立ち去りなさい」
従者の頭を小突きながらそう言ったレミリアに、私は戸惑いながら森へと向かう。無論、後方への警戒は怠らなかったが、結局二人からの攻撃はなかった…
「色々あったがもうすぐだな」
「そうだね」
「はい」
私たちは森を抜け、里への最後の道のりへと入った。私の背中では桜が、そして妹紅の背中では不二が、それぞれ満ち足りた表情で寝息をたてている。
私と妹紅、そして瑞穂も、満足した疲労感で自然と口数が少なくなっていた。私たちの視界には、すでに里が入っていた。
「慧音、私はそろそろ戻るよ。ここまで来たらもう大丈夫だろうしさ」
その時妹紅はそう言って立ち止まった。そうか、まだ里には入りたくないか…まぁ仕方がないだろう。
「妹紅さん、今日は楽しかったです。今度また遊んでくださいね」
その時、不意に瑞穂が口を開く。
「瑞穂…ありがとう。ま、気が向いたらね」
その言葉に応じた妹紅の声は、ぶっきらぼうだけどちょっと嬉しそうだった。
「…私たち三人組は人間だろうがそれ以外だろうが、お友達になってくれる人なら大歓迎です。今日はありがとうございました」
ぺこりんと頭を下げる瑞穂に、私と妹紅は慌てて顔を見合わせる。
「慧音!?あんた言ってたの!?」
「い、いやまさか!妹紅が…言うわけないな」
無様に慌てる私たちに、瑞穂はにっこり笑ってこう言った。
「子どもの武器は勘なんですよ、いい人と悪い人を見分けたり…いろいろな事にとっても役に立ちます。大人の人って経験から色々考えますけど、私たちはそれがない分勘が鋭いんです」
…私たちより十分大人っぽいじゃないか!?下手したら面倒を見ているつもりが逆に面倒をみられかねないぞ。末恐ろしいな瑞穂は…
「それじゃあ慧音先生、妹紅さん、そろそろこのあたりで。ほら、里からお迎えも来ていますし」
さて、そんな私たちの様子を見ていた瑞穂は、微笑みながら里の方を指し示した。
向こうからは私たちを見つけたらしい親たちがやってくる。子どもを想う親の気持ち、本当にいいな人間は。
「じゃあここで解散にしようか、ほら桜、不二起きなさい」
「ん…ん?」
「んぁ、げ、もう着いちまったのかよ!?」
目をこすりながら起きる桜と、妹紅の背中から飛び降りるなり悔しがる不二。
「ほらほら、二人ともちゃんとするんだ。最後はしっかり挨拶して終わるぞ」
私はそう言うと子ども達を整列させる。
「みんな、今日は楽しかったか?」
「「「はーい!!!」」」
元気な子ども達の返事に、思わず私の表情が緩む。だが最後はちゃんと締めくくらないとな。私は表情を引き締めると言った。
「今日はお疲れ様、明日は学校はお休みだからゆっくり休むこと。ただし、明後日までに今日の感想を作文にして持ってくるんだぞ」
「「「はーい!!!」
やれやれ、普段の宿題もこれくらいやる気を出してくれると嬉しいのだが…まぁ今日はよしとしよう。
私は最後に妹紅と目を合わせると同時に言った。
「「みんなさようなら」」
「「「さようならー!!!」」」
そして返ってくる子ども達の元気な声、よかった、今日の遠足は大成功だ。
「妹紅ねーちゃん、また遊ぼうなっ!!」
「ずるいのー私先なのー!!」
「こういうのは年上からなんだぜ!」
「じゃあ私からね」
「げっ瑞穂!?」
「ずるいのー!違うのー!!私先なのー!!!」
「わかったわかった、みんな一緒に遊ぼう。それならいいだろ」
「はいなのー!」
「約束だぜ!破ったら針千本な」
「そうですね」
「ちょっと…」
わいわいと騒ぐ子ども達と妹紅を見ながら、私は心から満足していた。
遠足を終えて、子ども達と親たちを見送った後、私と妹紅は、近くにある屋台へと足を運んだ。
本当は親たちから食事に誘われていたのだが、今日は妹紅ともう少し話したかったのだ。
「私は八本な、妹紅はどうする?」
「同じでいいよ」
「じゃあミスティア、十六本頼むぞ。あとお冷を一つづつ」
「毎度ありがとー!!」
私の注文を聞いて、店主の夜雀はすぐに八目鰻を焼き始める。たちまち周囲に香ばしい香りが漂いだした。
焼きたての八目鰻に舌鼓をうちながら、私と紅はのんびり話す。
「慧音、本当に楽しそうだね。なんだかんだいって、今日の遠足で一番はしゃいでいたのは慧音でしょ」
「ははは、ばれていたか。そうだよ、私が一番楽しい時間は子ども達と…そして妹紅、お前と話している時間なんだ」
我ながら恥ずかしい事を口走っている気がするが、まぁ酒のせいにしておこう。
「それに子ども達を『教えている』ように見えて、慧音も色々と教えられているみたいね」
「ああ、そうだな。確かに私たちの生きてきた年を考えれば、あいつらの経験してきた事はたかがしれているはずだ。だけど…だからこそ私たちが思いもよらないことに感動して、そして気がつくことがあるんだよ」
「確かに…ね」
そう、瑞穂の言葉を借りるのなら、経験のなさを勘で補っている子ども達は、だからこそ物事の真実を見ることができる。
貧富の差、種族の差…そんな下らない事に子ども達を囚われるように『成長』させるのは、むしろ大人の側なんだろう。
「どうだ妹紅、今度学校にこないか?妖怪にも色々いるように、人間にも色々なのがいる。死なない人間がいたって、それを避ける人間がいたって、だけどそれを受け入れる人間もいるんだ。今日それがわかっただろ」
しばらく時間をおいてから私は口を開いた。
私の言葉に妹紅はちょっと照れながらこう言った。
「そうだね、私は『学校』っていうものは経験していなかったけど…だけどあんな仲間がいるんなら行ってもいいかもね。…約束も果たさないといけないし」
そんな妹紅に私は言う。
「よし、決まりだ、じゃあこれから私の事は『慧音先生』と呼ぶように!」
「な…こら慧音!」
「ほらほら、『先生』をつけないと廊下に立たせるぞ~」
「むきー!!調子にのるな~!!!」
「ちょっと、お客さん~」
ふざけあう私たちを見て、本当に喧嘩をしているとでも思ったのか店主の泣きそうな声が聞こえてくる。ちょっとふざけすぎたか。
「あ、いやいや冗談なんだ。大丈夫、喧嘩じゃないさ、な、妹紅」
「そうそう、私と慧音が喧嘩なんてするわけないじゃない」
「あ…ごめんねー、今日はお客さんが少なかったから喧嘩なんてされたらますます困るなーとか思っちゃったの。最近親を亡くした小鳥たちの面倒もみはじめたのに…」
よく見ると、ミスティアの周囲にはぱたぱたと飛び回る小鳥の姿が見えた。森の小鳥たちのために色々と頑張っているという話は聞いていたが、そんなことまでし始めたのか…
「…お代だ、釣りはいらないよ」
「私からも…」
「えっ!?こんなに!本当にありがとー!!!これでこの子達の巣が作れるよ!!」
私と妹紅はかなり多めにお代を渡す、ミスティアの喜ぶ顔が印象的だった。
「それにしてもなんで今日はこんなにお客が少ないんだ?いつもはそれなりに賑わっているだろう?」
「そうそう、食中毒でも出したの?」
しばらくしてそう言った私たちに、頬を膨らませてミスティアは答えた。
「失礼ねーこう見えても衛生には本当に気をつけているわ。今日は里の周辺でやたらと通りすがりの妖怪が撃ち落とされてるせいでみんな出歩かなくなって、本当に商売上がったりなの」
ため息をつくミスティアを見て、私はあることに気がつく。
「まさか…」
「ん、どうしたの慧音?」
妹紅が私を見る、と、その時里の方向から断続的な爆発音が聞こえてきた…
「里が!?」
直後、里の上空で赤い火の玉が発生したかと思うと、こっちにむかって突っ込んでくる!?
だんだんと大きくなった『火の玉』は、やがてぼろぼろになった少女の姿になり、すぐにその姿が大きくなってくる。
「わっどけー!!!」
「屋台がー!?」
普通の魔法使いと、夜雀の怒号と悲鳴が交錯した…直後、爆発音。
「いたたた…」
「大丈夫か?」
屋台は無事だった、黒白の魔法使いがとっさに進路を変えたのだ。幸い、それが奏功して彼女も近くの藪につっこみ、怪我は小さくてすんだ。
屋台を避けてくれたお礼と言って夜雀が貸してくれた長椅子で、私は魔法使いを手当てする。
ある程度手当てが済んだところで、彼女は口を尖らせた。
「霊夢の奴無茶苦茶だぜ、里の上空を通りかかったら『今日からここは飛行禁止区域よっ!!危険な妖怪と人間は立ち入り禁止』とか言って突然弾幕を放ってきやがったんだ。私が危険だなんて失礼な奴だぜ」
「はぁ、すまんな、多分それは私のせいだ」
そう、すっかり忘れていたが、里の守りを彼女に任せたままだった。早く止めてこないと…
「と、いうわけで失礼させてもらうよ。妹紅、今度学校でな」
「え…あ、うん?」
「おい慧音、私のせいっていったいどういう…」
「すまんがそれは今度説明するよ、これ以上被害人妖が増えないうちにどうにかしないと…」
「あ、ああ」
わけがわからずきょとんとする三人を横目に、私は里へと駆け出した。
やれやれ、遠足に夢中になるあまり、大事なことを忘れているなんて…子ども達を教育する前に、自分をどうにかしないとな。
私はそう思いながら里へと急いでいった…
『おしまい』
追記
翌日の文々。新聞紙面より
『今日のほんわか幻想郷①~里の学校で遠足、登校拒否児を学校に~』
先日、つきぬけるような青空のもとで、里の学校では初となる遠足が行われた。
引率の上白沢先生(半獣)によれば、この遠足には登校拒否児であるMさん(人間)を学校へと連れ出す目的があったとのことであるが、Mさんはすでに同級生とじゃれあっており(写真)、上白沢先生の満足げな表情からもこの遠足が成功裏に終わったことが伝わってきた。
近年、頭のおかしい人妖が増えつつあるここ幻想郷で、このような素直な子ども達の姿を見ることができるのは、数少ない希望材料と言えるかもしれない。(射命丸文)
次回のほんわか幻想郷は、『夜雀、孤児となった小鳥の為に孤児院を開設』の予定です。
『里の上空に飛行禁止区域?被害者多数』
先日、里の上空を飛行中の人妖が無差別に撃墜されるという事件が起きた。
被害にあった霧雨さん(人間)の話によれば、加害者は博麗神社の巫女博麗霊夢氏(人間)のようであるが、攻撃してきた原因は全く不明である。
かくいう私もその被害を受けた一人であるが、平和に里の上空を飛行中、突如無警告で攻撃を受けた。
霧雨さんの話では、「きっと食料に目がくらんだんだぜ」ということであったが、どのような理由にしろ、自由であるべき幻想郷に勝手な飛行禁止区域を作るのは許されることではなく、早急な謝罪と戦闘行動の中止を要求したい。(射命丸文)
「ふぅ、これで十個か…ふむ、だが皆が食べる事を考えると事を考えると最低でもこの倍は必要だな」
私はおにぎりを握る手を休め、額の汗をぬぐいながら呟いた。目の前にはおにぎりが山を作り、その出番を待っている。
そう、今日は私と、そして里の子ども達が待ちに待った遠足の日なのだ。
私…こと上白沢慧音は半獣だ。だが、里の皆は中途半端な私を受け入れてくれている。
私はそんな皆の気持ちに報いるべく…そして何よりそんな大切な皆とその生活を守るために、いつからか里を妖怪達から守るようになっていた。
そしてそんなふうにして長い時を過ごし、今は『先生』として里の子ども達に様々なことを教えている。
私が今教えている子は三人、一番年上で、精一杯『お姉さん』をしている瑞穂と、やんちゃな不二、そして、最近教えるようになった最年少の桜だ。
皆、いたずらもすれば転んで泣いたり居眠りをしたりする困った連中だが、心根は優しい。
たぶん、あいつらの優しさを一番よく知っているのは私だろう。半獣である私に、それを知ってなお「けいねせんせー」と言ってなついてくれているのだ。
人間好きの変な妖怪だとか言われようが、私がいつも人間の側に立ち、里を守るのはそんな人間の優しさに触れたからだった。
いかんいかん妙な方向に思考が行ってしまった。あの子達の事となると、どうしても私は感情に引きずられてしまうな。
私は気を取り直すと、止まっていた手を動かしだした。
今はやっと朝日が顔を出しはじめた位の時間だが、それでも出発の時間まではあと一刻と少しといった所だ。
おかずはもうできているが、おにぎりを詰めたり、その他身支度をして集合場所まで歩いていく時間を考えると少々急がなければならなかった。
にぎにぎ…にぎにぎ…
「これで一七個、瑞穂が四個、不二は五個は食べそうだな、そして桜は…同じ大きさなら三個が精一杯か」
頭の中で必要なおにぎりの数量を計算した私は、精一杯大きな口でおにぎりをほおばるであろう桜の様子を想像して思わず微笑んだ。
ちなみに、目の前には小さめに握った四個のおにぎりが並んでいる。おにぎりを握っていて、桜は自分が三個しかないと怒るだろうと気がついて三個分の米で四個作ったのだ。さて、自分のおにぎりが小さいと気づいた時と、自分の分と桜の分の個数が違うと気づいた時、果たしてどちらが激しく怒るだろうか?
桜はいつもいつも必死に二人についていこうとする、背伸びをしたい年頃なのだろうな。面倒を見るときに大変なのは大変だが、そういうところまで可愛く見えてしまうのはなぜだろうかな?
「さてと、私の分は四個あれば十分だから皆の分と合わせて一七個…あと四つだな」
私は、そう呟くと『最後の一人分』にとりかかった…
「皆元気か?」
「「「は~い」」」
学校…と言っても、話に聞く外の世界にあるような大層なものではなく、空き家に少し手を加えただけなのだが…の前に集まったやんちゃな三人組は、私が呼びかけると元気一杯に答えた。
「ははは、返事で元気なのはよくわかった。さぁお弁当だ、落とさないようにな」
もうすでに表情が漢字だの歴史だのを習っているときとは全く違う、目が輝いているとはまさにこのことだな。
いつも頑張ってそれらを教えている私は、少々複雑な思いを抱きながら、皆にお弁当を配った。
さて、私がわざわざ自分でお弁当を作ったのは、もし子ども達に自分でお弁当を用意するように言ったなら、どうしてもそれぞれの家の貧富の差が出てしまうからだ。
不二や桜の家は里の中では富裕な方だが、瑞穂の家は先代が病弱だったせいで、食事の時にも米に粟や稗が混じっていた。着ている服もよく見るとつぎはぎだらけだ。学校も家事や農作業の手伝いで休みがちだった。
子ども達も、将来はそういうことを気にしてしまう時があるかもしれない、だが、少なくとも今はそんな下らないことを気にして育ってほしくはなかった。そして、願わくば未来も…
「けいねせんせー?おべんとほしいの」
「ん?ああ、すまんすまん」
一瞬思考がとんでしまった私は、不思議そうに見つめる桜の視線に気がつき、慌てて謝って弁当を手渡す。
「けいねせんせー、とうとうボケたのがっ!?」
こっちは不二だ、ちなみに最後の『がっ!?』は私に叩かれた声だったりもする。
「って~」
頭を押さえてうずくまる不二、失礼な奴だな、私はそんなに強く叩いてはいないぞ?
「不二くんじごーじとくなの」
「不二、あなたはいっつも一言余計なのよ」
桜が昨日覚えたての四文字熟語で、瑞穂はいつも通りため息をつきながら不二に言う。両方とも同感だ、まったく。
「さぁ行くぞ、疲れたら無理せず言うんだぞ」
「「は~い」」
私たちは元気いっぱい歩き出す、目指す所は大人の足ならば歩いて一刻ほどの所にある小さな山、月ケ城山だった。
「おっ置いてくなよ~」
と、後ろから不二の声と当人が追って来た。
置いていかれるのがいやなら、泣き真似をやめてとっとと歩くんだ、やれやれ。
さて、今日は雲一つない青空…とまではいかないが、薄曇りで雨の心配はあまりないだろう。むしろ、歩くには暑すぎず寒すぎずちょうどいい天気といえるかもしれない。
前々からてるてる坊主を量産しておいたのが奏功したようだ。
私は、我が家の軒先にずらっと並んだてるてる坊主群を思い出しながら、子ども達に合わせてゆっくりと歩いた。
里の大人達には、三人は私がしっかりと守るからと言って遠足の許しを得ているし、万一に備えて、里の守りは楽園の困窮巫女、霊夢に依頼してきた。私が留守の間に里に何事もなければ、報酬として米を一俵やると言ったら、狂喜乱舞して引き受けてくれたので多分大丈夫だろう。むしろ『過剰防衛』で周囲の妖怪が被害を蒙らないかが心配なくらいだった。
前々から計画していたこの遠足は是非にも成功させたかった。いつも勉強を頑張っている…とはなかなか言い切れないか、まぁそこそこ頑張っている不二と桜、そして家事と勉強、そして農作業までこなしている瑞穂へのご褒美として。
そして実はあと一つ、この遠足には目的があるのだが、それはもうしばらく歩かなくては達成できるかわからないな。
私は少しとんだ思考を戻し、ゆっくりと歩いていった。
「おいっ、あれ何だ?」
「こ…怖いの~」
さて、しばらく歩き、私たちが森の中へと入ったときだった。
手に木の枝を持ち、それをぶんぶんと振り回しながら元気一杯先頭を進んでいた不二と桜が不意に足を止め、私に駆け寄ってきた。側にいた瑞穂も私の手をぐいっと握る。
妖怪か何かか?この辺りにはあまり出ないかったはずだが、それでも危険なことがあるといけないと、私は二人が視線を向けた方向を見た。すると…
「遠足…友達…みんなでおでかけ…」
「…」
そこには、何やらぶつぶつと呟きながら、木の陰からこっちを羨ましそうにのぞき見る、見覚えのある人影があった。
こいつは…さびしんぼうの人形遣いだな。
強烈な願い…というか羨望と嫉妬が入り混じった視線を感じ、思わず鳥肌が立ってしまった。
そうか、そういえばあいつはこの森の近くに住んでいたな。
無意識のうちに思い出さないようにして…もとい思い出すのを忘れていたのだが、私一人の時ならばともかく、子ども達と一緒では教育上よろしくないので、悪いが見て見ぬふりをさせてもらおう。
「大丈夫、怖くない怖くない、別に目を合わせたりしなければ襲われたり取り憑かれたりはしないさ、さぁ先を目指そう」
「「「は~い」」」
私の言葉に安心したのか元気一杯に答える三人を見て、私は再び歩き出す。
「あ…」
その時、何か寂しそうな声が聞こえたのだが…すまんな、今はこの子達が優先なんだ。
私は心の中で『彼女』に謝りながら先を目指して歩いていった…
さらにしばらく進み、森との境目の小川を渡ると、やがて眼前には野原が広がった。初夏に咲く花々が諸所に咲き、心が和む。
「さて、みな少し休もうか」
そう私が言うと、三者三様の言葉が返ってきた。
「まだ歩けるぜ!」
「わたしもなの!」
「はい、ちょっと休みたいです」
元気一杯の不二と、息が上がりつつも意地になっている桜、そして瑞穂は…多分桜の体調を心配してだな、当人はさほど疲れているようには見えないし…
私は袋から『秘密兵器』を取り出した、昨日の晩作っておいた柏餅が8個だ。
子ども達の視線が吸い寄せられたのを確認した私は、十分な間をおいてこう言った。
「さぁ、おやつにしようか」
「「「は~い」」」
元気な三人の返事、効果は抜群だ、さすがは秘密兵器。私は、三人の反応を見て満足げに柏餅を三人に手渡した。
「もいしーまぁ」
「もうまのー」
「不二、桜、話すか食べるかどっちかにしなさいよ」
もぐもぐとやりながら話す不二と桜に、瑞穂が注意する。
仲良く柏餅をほおばる三人の、実に微笑ましい光景。私も柏餅をぱくつきながら、それでも万が一に備えて周囲を警戒していた。
この辺りは比較的平穏な所ではあるのだが、それでも子ども達を引率する責任上、不慮の事態には最大限警戒していなければならないのだ。
「ん?」
その時だった、何やら怪しい気配を感じた私は視線をそちらに向けた。
「誰だ?」
子ども達を背後にかばうように位置をずらし、その『気配』に声をかける。
私の声に応じて、耳が出てくる…耳?
「ちょっと!怪しい者じゃないわよ。このかわいいてゐちゃんになんて事言ってくれるのよ」
「十分怪しいじゃないか」
耳に続いて出てきたのは見覚えのあるふてぶてしい顔…最近方々で悪さをしているらしい永遠亭の兎詐欺師だった。
子ども達に危険はないだろうが、怪しさは十二分、ついでに教育上『非常に』よろしくないのでとっとと追っ払うことにしよう。
「今はこの子達の面倒を見るのに忙しいんだ、悪いが消えてくれないか」
「ちょっとちょっと、そんなこと言わないで、耳寄りな情報…きゃ!?」
私の言葉に、何やら口上を述べようとしたらしい兎詐欺師の言葉が途中で途絶える。
「うわっこの耳本物だぜ本物」
「かわいいのー!!」
「二人とも!可哀想でしょ!!」
「そー言ってみずほ独り占めする気なの、ずるいのー」
「そーだぜ!ずるいぜ!!」
瞬間的に子ども達に取り囲まれるてゐ、耳だのしっぽだのを引っ張られてもみくちゃにされている。両耳を握られて…なるほど『耳寄りな状況』だな。
私が冷静に状況を分析している間にも、てゐの災難は続く。
「や…やめっ!ストップ!!あんたも黙ってないで止めて~!!」
てゐは悲鳴をあげるが、その悲鳴に応じる者はいない、二人を止めるふりをして瑞穂まで頭をなでている。私…?まああいつもたまには痛い目に遭った方がいいだろうからな。
「あっあんたこいつらにどういう教育してるのよ~!!」
しばらくして、どうにか子ども達の包囲を抜け出したらしいてゐは、そんな捨て台詞を私に投げつけ、自慢の快速でぴょんこぴょんこと逃げ出していった。
まぁこれであいつも少しは…懲りないだろうなぁ。
私は、ほうほうのていで逃げる彼女の姿を見ながら苦笑していた。
「逃げちゃった~」
「あ~あ」
「二人が乱暴にするからよ」
「みずほずるいのー自分だってなでてたくせにー」
「そうだぜ」
「わっ私は別に…」
おっと、私がため息をつく間に、何やら子ども達のほうでもめているらしいので、あいつは放っておいて先を目指すことにしよう。
「ほらほら、出発だぞ。早くしないと目的地までたどり着けないぞ」
「あっは~い」
「はいなのー」
「ちぇっ」
私の言葉に三人は口げんかをやめ、再び歩き出す。
なんだかんだいって、いつのまにか瑞穂を真ん中に右に不二、左に桜が並び、仲良く歩き出していた。
さて、野原を抜け、小さな林に入ったところで私は足を止め周囲を見回す。さてと、『あいつ』は来ているだろうか?
「けいねせんせー?どうしたの?」
「ん、ちょっとな」
私は不思議そうに尋ねる桜にそう言うと、再び周囲を見回した…いた。
木によりかかるようにこちらを見ている少女、妹紅だ。
「妹紅、来てくれたか」
私はそう言いながら妹紅に歩み寄る。
「あっあのね、あんたね…」
そのとたん彼女はぐいっと私の手を引っ張り引き寄せると、小声で文句をつけてきた。
「遊びに行くとは聞いたけど、あんな連中が一緒だったなんて一語たりとも聞いてないわよ!」
「うむ、あいつらが来るとは確かに言っていないが、来ないと言った覚えもないぞ」
「へっ屁理屈を~」
ぷんすかとばかりに怒る妹紅に私はこう言った。
「だってこうでもしないとお前は来てくれないだろう?」
「当たり前じゃない…あんな連中…」
妹紅は黙る、彼女の言いたいことはよくわかった。人であって人でない自分、そんな自分は『人』とは関われない、関わりたくないと思っているのだろう。
「だがお前はそのまま生きていくつもりなのか?この先もずっと…」
「わ…私は」
なおも躊躇う妹紅に、私はこう言った。
「まぁ今日一日、皆と歩いてみろ。長い長い一生のたった一日だ、別にいいだろう」
「…今日だけだからね」
しばらく妹紅は考えるように腕を組むとそう言った。
これで今日のお出かけメンバーは全員そろった。
私は、なおも迷っているらしい妹紅を引っ張り、皆に紹介した。
「私の友人の妹紅だ、今日は皆と一緒に歩いていく。よろしく頼む」
私の言葉に子ども達が応じた。
「こんにちわなのー」
「うっす!」
「よろしくお願いします」
「こら妹紅」
沈黙したままの妹紅を私は小突いた。
「よっよろしく」
視線をさまよわせながらようやく一言絞り出す妹紅、やれやれ。
「さぁ、再び出発だ」
「「「おー!!」」」
「…」
元気な返事と沈黙一つ、まぁ最初はこんなものか。ついてきてくれただけでも今日は十分だ。
仲間を一人増やし、私たちは再び歩き出した。
さて、この道をもう少しだけ歩いたところに小さな沼がある。いつもはこの沼の主の大ガマがのんびりと暮らしているだけのはずだが…
「えっと…自縄自爆って言うのが自分で自分を縛って爆発する…こと?」
「自縄自縛っていうのは、墓穴を掘るっていうのと似た意味で、要は自分で自分の首をしめることだよ」
「うむ、8割正解じゃな。微妙に意味が違うが大体同じだ」
「バケツで穴を掘る?」
「…」
「…」
性悪な妖怪なんぞがいないかと、私が木々の切れ間からこっそり沼をのぞき見ると、そこには何やら目の前で青空教室を開いている三人(?)の妖怪&妖精がいた。大ガマは前から見かけているがあとの二人は見たことがないな。
私は三人に見つからないように木々の間からのぞき見た。
それにしても…
「つ…つまり自縄自爆はバケツで穴を掘れば助かるっていうことでしょ!わかるわよそれ位!あたいは天才なんだから!!」
「む…むう」
「あううう…」
頭を抱える二人の側で一人だけ元気一杯な小さいのは…あれ?そういえばどこかで…
そう、思い出した。以前新聞に出ていたいたずら者の妖精とそれを懲らしめた大ガマだ。もう一人は知らないが、見たところいたずら者の妖精の友達兼保護者といったところか。 大方、あの大ガマが妖精の馬鹿さ加減に呆れて、青空教室を開いてやったというところだろうな。
「なかなか微笑ましい光景だな」
私は呟いた。
二人は、苦労しているように見えて、どことなくやんちゃな孫、妹の成長を見守るような満足げな表情をしていた。
彼らの邪魔にならない内に、とっとといなくなるとするか。
妖精達のほんわか具合が伝染した私は、振り向こうとして…固まった。
「ねぇねぇ、あの小さい子お馬鹿さんなの?」
「そうだな、馬鹿っぽいな」
「そうだね、多分不二と同じ位は…でもそういうことは素直に聞いちゃだめよ桜」
「は~い」
「おい、そっちこそ素直な顔して言うなよ瑞穂!」
「しっ!聞こえるでしょ」
不思議な光景を興味津々といった面持ちで青空教室を眺める子ども達、妹紅は…ああ、なにやら仲間に加わりたそうな表情で後ろに手持ちぶさたに立っているな。もうちょっとか…
じゃなくて!
「こらお前達!のぞき見はしちゃだめだろう!!」
私は教師の威厳をもって子ども達に言い、直後に失言に気づく。
「でも…」
「一番最初にのぞいたのは…」
「慧音だね」
「なのー」
直後に絶妙な連携で私に反論する四人、さすがはいつも一緒にいるだけあるな、この四人は…四人?
「あー!!」
私は思わず叫んだ。そしらぬ顔でいる私の友人、さりげなく批判に加わっているんじゃない!!
子ども達に加わろうとするその気持ちは嬉しいが…だが…なにもこんな時に加わらなくてもいいじゃないか…
私はがっくりと膝をついた。途端に子ども達が駆け寄ってくる。
「けいねせんせー大丈夫?」
「ごめんなさい、ちょっと言い過ぎました」
「せんせー、人間たまには間違いくらいするぜ。気を落とすなよ」
うう…子ども達に心配をかけるなんて私は教師落第だ…
「いや、いいんだ。うん、私が悪かった、でもあの子らも頑張って勉強しているんだから邪魔しちゃ悪いだろう。先を急ごう」
気をとりなおした私は、そう言うとさらに先を目指し歩きはじめた。
背後には口笛なんぞを吹いている友人の姿、むむ…腹立つなぁ。
妹紅は、私たちとつかず離れずといった距離でついてくる。
子ども達はさっきのには気づかなかったようだが、さりげなく妹紅が会話に混じってくれたのは嬉しい。
この調子なら、もしかしたらこの遠足が終わるとき位には、子ども達と話位してくれるようになってくれているかもしれないな。
一時の腹立ちも収まり、そんな事を考えながら歩いていると袖をくいっと引っ張られた。相変わらず不二と桜は先を進んでいるから、隣にいるのは瑞穂だ。どうしたんだろう?
「ん…?どうし…」
そう思った私が、瑞穂に返事をしかけた時、機先を制して瑞穂が口を開いた。落ち着いた瑞穂の声が私の耳に届いた。
「きっと大丈夫ですよ、あの人、なんだかんだ言ってこっちをちらちらと見ていますから。多分もうちょっとしたらお友達になれると思います」
「瑞穂…」
言い終わり、再び前に向けられた瑞穂の顔は、いつもよりもちょっとだけ大人びて見えた。
いつもいつも子ども子どもと思っていたが、いつの間にか成長していたのだな。私はそう思うと、少し寂しく、そしてとても嬉しかった。
大人の目線からばかり見ていると子どもはいつまでも子どものように見えるが、しかし、その内面は大人が気づかない内にしっかり成長している。
隣を歩く瑞穂を見ながら、『先生』は子どもを教えると同時に自分も教えられる。その意識が大切なのだろうと私は思った。
前の二人も、そして妹紅もこの会話には気づかないようだった。森の木々の中、私たちの隊列は目的地を目指す…
さて、朝里を出て、休み休みとはいえ一刻近くは歩いただろうか?私たちは山道をのんびりと歩いていた。
いや、正確にはのんびり歩かざるを得ない状況になったといったところか…
「桜疲れたのー」
「てっぺっんまだかよー」
そう、前半無駄に元気に歩いていた不二と桜が、へろへろになりながら私の両手を握って歩く。
「二人とも調子に乗ってはしゃぐからよ、もう」
「うー」
「うるせーなー」
瑞穂の苦言にも、二人はうらめしそうな顔を向けるばかりだ。
やれやれ、不二もだが…桜はかなりきつそうだな。
「桜、ほらおぶされ。不二は…男の子だろう、もうちょっと我慢しろ」
「やったのー!」
「えー、差別だぜそれ」
私が屈んで背を向けると、桜の歓喜の叫びと、不二の怨嗟の声が聞こえてきた。
「なぁ、俺ものっけてくれよけいねせんせー」
続いて懇願…にしてはちょっと偉そうな声が聞こえてくる。
「不二、桜は女の子で年下なんだからあなたは我慢しなさいって」
「えー!ずるいぜ桜ばっかり」
不二を瑞穂がたしなめるが、不二の方はどうにも納得いかないらしい。瑞穂が大人になってきたと思ったのだが、こいつはまだまだ子どもだな。
まぁいいところは沢山あるのだが…
私が不二の措置に悩んでいたとき、不意に妹紅が隣に出てきて言った。
「よければ私におぶさる?」
「お…おい妹紅」
意外な妹紅の言葉を聞いて、私は驚き言いかけたが、私が言い終わらない内に不二がはしゃいで言う。
「ありがとう、妹紅ねぇちゃん!」
「あ…うん」
不二の言葉で、妹紅の頬が心なしか薄く染まった気がする。子ども達といるときにはまだ無口だが、それでも私は嬉しいぞ妹紅。
さて、妹紅の言葉を聞いて、さっきまで『疲労』を強調し続けていた不二は『元気一杯』に妹紅に飛び乗る。まったく、仕方がない奴だな。
だけどまぁ妹紅の方も仲間に入るきっかけを探していたのかもしれないな、妹紅の照れと楽しさが混じったような表情に免じて、今日は勘弁してやるか。
山頂を目指して『3つの』人影は登り続ける。
「もうちょっとなのー!!」
「こら暴れるな!」
山頂が近づき、背中の桜がはしゃぐ。足場が悪いところでは暴れられるのは少々怖いのだが…
「もういいぜ妹紅ねぇちゃん、ありがとっ!!」
「えっ!?ちょっ…」
その時、突然不二が妹紅の背中から降りると駆けだした。妹紅が慌てている間に、不二は一気に目前の山頂まで駆け上がる。
「へっへへー!一番乗り!!みんな早くこいよっ!!」
山頂からこっちを向いて手を振る不二、本当に仕方がない奴だな。
「ずるいのー!!けいねせんせーも急いでほしいの」
「不二、まったくもう!!」
桜と瑞穂が揃って口をとがらせる。私はため息を一つつくとゆっくり最後の坂道を登っていった。
しばしの後、不二に追いついた私たちは、頂上にある巨大な岩に登った。いつの間にか雲一つない青空が頭上に広がり、眼下には普段私たちがいる里が小さく見えた。
「すげーぜ!!」
「なのー」
不二と桜は大はしゃぎだった。普段里から出ることのない子ども達だ、よほど物珍しかったのだろう。
私は子ども達の笑顔を見ながら、とても満足していた。
「本当に来た甲斐がありましたっ!ありがとうございます慧音先生」
そしてたった一人、瑞穂はこっちを向くと丁寧にお辞儀をしてくれた。とたんに残りの二人も慌ててこっちを振り向き口々に言う。
「わっ私もありがとうでしたのー」
「俺もだぜ俺も!!ありがとうせんせー!!」
「いっいや、私は…別に礼を言われようと思ってしたわけではないし…」
礼を言われることなど何も考えていなかった私は、大あわてになる。よくできた子というのも時に困りものだな。
私が瑞穂の成長ぶりに苦笑していた時だった。不意に妹紅が呟くように私に言った。
「慧音、あんたは真面目すぎよ。ほら、みんなが素直にお礼を言ってるんだから受けたほうがいいって」
「あ…いや」
思わぬ方向からの援護射撃によろめく私に、子ども達が追い打ちをかける。
「そーだぜ慧音せんせー。妹紅のねーちゃんの言う通りだぜ」
「そーなのー言うとおりなのっ!!」
「そうですよ」
「あ…いや、どういたしまして」
照れながら言った私を見て、四人は微笑む、そして…
「腹減ったー!」
「おなかすいたのー」
「ぺこぺこです」
「慧音弁当早くだしなよ、持ってるんでしょ」
感動のシーンが台無しだ…
「こら、二人とも、ご飯はみんな一緒でしょう」
「はいなの…」
「ちぇっ」
さて、私の袋から取り出されたのは妹紅と私の分の弁当だ。不二と桜はもう結びをほどこうとして瑞穂にたしなめられている。
「みんな用意はできたか?」
「「「「はーい!」」」」
私の言葉に応える子ども達…ともう一人。この声は素なのかそれともわざとなのか…
と、まぁそれはさておき楽しい楽しい食事の時間だ。
「いただきます」
私は両手をあわせてお辞儀をする。
「いっただきまーす!」
「いただきますなのー!!」
「いただきます」
「…いただきます」
四者四様の言葉で昼食が始まった…
「ものままごやきもいしーま」
「もうまもー」
「もぁあもうめまむくっまんままらもうぜんめ」
口いっぱいに食べ物を詰め込んで言う不二と桜…そして妹紅、よくお互いに意思の疎通ができるな。
そんな三人に瑞穂がつっこみを入れた。
「あの…不二に桜に妹紅さん。ご飯を食べるか話すかどっちかにしなさ…してください」
「そういう時は命令口調でいいんだ瑞穂、ついでに一発ぶんなぐってやるともっといい」
「あのね慧音…」
やれやれ、いつまでたっても子どもだな妹紅は。私は目の前でふくれっ面でいる妹紅を見ながらそう思っていた。
私と妹紅がふざけあっている時、突如として風が吹いて黒い影が眼前へと現れた。小石や小枝が私たちに吹き付けられる。
「何者だ!?」
私はとっさに子ども達を背中に庇うと、顔を手で覆いながら『それ』に言った。妹紅も瑞穂に抱きつく不二と桜を横目に見て、臨戦態勢に入っていた。
「いやいや失礼しました。なにやら本日は皆さんで遠足に出かけるとの情報がありまして、時にはほのぼの記事も紙面によいかと伺ったのです」
砂埃が収まり、私が『それ』を確認したとき、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「お前は…いつぞの新聞記者じゃないか」
そう、いつだったか、私が学校を開く直前に取材に来た新聞記者だ。確か名前は…
「こんにちわ、文々。新聞の敏腕記者、射命丸文と申します」
元気に私たちに挨拶する彼女に、私は警戒態勢を解くと、怯える子ども達と警戒する妹紅に言った。
「こいつは取材中に襲ってくるような奴じゃない。安心しても大丈夫だ」
私の言葉に四人はちょっと安心したようだ、張りつめた空気が幾分緩む。
「はい、慧音さんは私のことをよくわかってらっしゃいますね。取材中に私は相手を襲ったりすることは絶対にありません。情報提供者や、取材対象を襲うなんて新聞記者の風上にも置けないじゃないですか。繰り返しますが私はそんなこと絶対にしませんよ」
私の言葉を聞いて『絶対』を連呼する彼女は、続いてメモを取り出すと私にこう尋ねた。
「ところで慧音さん、本日は学校行事としての遠足だそうですが、なぜ妹紅さんも一緒なのですか?」
さて…単刀直入に来たな、さぁどう答えるか…そうだ。
「ん…ああ、こいつは我が校唯一の登校拒否児でな。どうにか皆と馴染めるようにと今日の遠足に無理矢理引っ張り出してきたんだ」
後ろで渋面を作る妹紅と、くすくす笑っている子ども達がおもしろい。
「あーなるほど、確かに登校拒否児って雰囲気ですからね。それでその計画は成功したんですか?」
私は後ろで
「何笑ってるのよ!」
「知らないのー」
「気のせいだぜ」
「そうそう、気のせいです」
「むきー!!」
「「「あははっ」」」
とかやっている四人を見ながらこう言った。
「それは見ての通りだよ。ところでそろそろ帰り支度をしなければならないんだ、悪いが…」
「はい、では最後に写真を一枚よろしいですか」
新聞記者は話が早くて助かるな。私はすっかりこっちの事を忘れて、後ろでわいわいとはしゃいでいる皆を見て言った。
「ああ、好きなだけ撮ってくれ」
「はい、ありがとうございます。それでは本日はご協力ありがとうございました。文々。新聞明日の朝刊をお楽しみに、それでは失礼します」
「ああ、では」
彼女は、写真を一枚撮ってそう言うと軽やかに空中へ舞い上がっていった。見送る私の視界で、見る間にその姿が小さくなり…やがて消える。
「さぁみんな、弁当は食べたか?そろそろ帰るぞ」
「はーい」
「え、ちょっと待てよー!!」
「まだなのまだなの」
「あんたせっかちすぎるよ、きっと老けるのが早…ったー!?」
「そういうお前はいつまでたっても成長してないだろう。ほら、ふざけてないで早く食べろ」
私は失礼なことを言ってきた妹紅の頭を小突き、さっさと自分の荷物を詰める。
がんばって食べる瑞穂以外の三人…ふむ、桜もちゃんと全部食べられたようだな。大きさの違いにも気がつかなかったようだし。
しばらくして…
皆残りも食べ終わったようだしそろそろ発つか。私は満足げな表情をしている皆の様子を見て立ち上がった。
「みんな、帰るぞ。下り坂では走ったりしたらだめだ、気をつけて歩くんだぞ」
私はそう言うと、ゆっくりと里を目指し歩き出した。
徐々に傾きつつあるお日様を頭上に眺めつつ、私たちは無事に山を降り、里への帰路を急いでいた。
もはや危険な坂道などはないし、性悪な妖怪がよく出没する森も通過したが、子ども達は何をしでかすかわからない。
私は周囲と、そして子ども達に注意を払いつつ先を目指す。
しかし、まもなく里に入ろうかという野原で、視界に楽しげにお茶会を開く二人組が入ってきた。あの二人は…
「妹紅、大丈夫だと思うが念のため子ども達を頼む」
「うん、任せて」
私の言葉に妹紅はどんと胸を叩く。
「けいねせんせー?」
「何かあったのか?」
「しっ、静かにしなきゃだめよ、不二、桜」
「ああ、頼んだぞ瑞穂」
「はい、慧音先生」
緊張した雰囲気を感じて不安そうな不二と桜を瑞穂に任せ、私は迂回路を探す。
「よし、こっちの草むらから行くぞ、みんな静かにな」
後ろでこくりと頷く子ども達を見ながら、私は慎重に前へと進む。あいつらは確か紅魔館の魔女とその従者、紅魔館の人妖は幻想郷の妖怪に非常に恐れられていると聞く。
以前にも私はその主らとの交戦でやられたし、あの時には里を襲わなかったとは言っても、今子ども達を襲わないとは限らない。
妹紅と私の二人ならどうにか勝てるかもしれないが、それでも子ども達がいる以上危険はなるべく避けたかった。私はゆっくりと草むらを移動する。
道から離れると、身の丈を越えるような草が生い茂り、私たちの姿を隠してくれた。
私たちは離れないようにしっかりと手をつなぎあい、一列縦隊でゆっくりと前進する。
もうちょっとで森に入る…私がそう思って一瞬気を抜いたときだった。
「わっ!?」
「えっ!?」
突然目の前に現れた人影、私は叫びそうになり思わず両手で口を押さえた。見ると相手も同じことをしている。
…ってこいつは!?
「…誰かと思えばいつぞやのワーハクタクじゃない、驚かせないでよね」
先に交戦した紅魔館の主レミリア!?隣にはよく見ると咲夜もいる。最悪だ。
「…子ども達と妹紅には指一本触れさせない!」
今度は負けない…せめて妹紅と子ども達が逃げる時間くらいは稼いでみせる!
私は子ども達を庇いつつ、臨戦態勢に入った。
「妹紅!子ども達を頼む!!」
私はそう言って背後を見るが妹紅は動かず…かわりに言った。
「慧音、待ちなよ」
「な…妹紅こいつらは話が通じる相手じゃないぞ。それにまだ里に入らないうちに子ども達だけで逃がすわけには…」
だが、私の言葉を聞いて、妹紅と、そして眼前の二人まで苦笑いをしている。なぜだ?
「はぁ、はやとちりは相変わらずね。言っておくけど私はあんたらに手を出すつもりなんてかけらもないわ。今はそれより重要なことがあるんだから」
「何?」
そう言って別な方向に視線を向けるレミリア、その先には…あの二人が?
「ええ、お嬢様は覗きの最中ですの。わざわざパチュリー様達をストーキングなさらずとも、この私がいくらでもさせて差し上げますのに」
そして、そう言うなりほうっとため息をつく従者、教育上甚だよろしくないなこいつは。子ども達の健全な成長を妨げそうだ。
「黙りなさい咲夜、しかも時を止めまでして私をストーキングしてきたあんたに、ストーカー呼ばわりされたくないわ」
…何やら様子が妙だな。私は状況がつかめず沈黙する。
「ほら、こいつらには敵意はないわ。あんたは真面目すぎるのよ、もうちょっと心に余裕を持ったほうがいいわ」
む…妹紅にたしなめられてしまった。しかも当を得た表現に、私は反論できない。
「そういうことよ、私はあの二人が突然何かに襲われたりしないように『心配して』見ているの。あんたらが騒ぐと気づかれちゃうじゃない。とっとと静かに立ち去りなさい」
従者の頭を小突きながらそう言ったレミリアに、私は戸惑いながら森へと向かう。無論、後方への警戒は怠らなかったが、結局二人からの攻撃はなかった…
「色々あったがもうすぐだな」
「そうだね」
「はい」
私たちは森を抜け、里への最後の道のりへと入った。私の背中では桜が、そして妹紅の背中では不二が、それぞれ満ち足りた表情で寝息をたてている。
私と妹紅、そして瑞穂も、満足した疲労感で自然と口数が少なくなっていた。私たちの視界には、すでに里が入っていた。
「慧音、私はそろそろ戻るよ。ここまで来たらもう大丈夫だろうしさ」
その時妹紅はそう言って立ち止まった。そうか、まだ里には入りたくないか…まぁ仕方がないだろう。
「妹紅さん、今日は楽しかったです。今度また遊んでくださいね」
その時、不意に瑞穂が口を開く。
「瑞穂…ありがとう。ま、気が向いたらね」
その言葉に応じた妹紅の声は、ぶっきらぼうだけどちょっと嬉しそうだった。
「…私たち三人組は人間だろうがそれ以外だろうが、お友達になってくれる人なら大歓迎です。今日はありがとうございました」
ぺこりんと頭を下げる瑞穂に、私と妹紅は慌てて顔を見合わせる。
「慧音!?あんた言ってたの!?」
「い、いやまさか!妹紅が…言うわけないな」
無様に慌てる私たちに、瑞穂はにっこり笑ってこう言った。
「子どもの武器は勘なんですよ、いい人と悪い人を見分けたり…いろいろな事にとっても役に立ちます。大人の人って経験から色々考えますけど、私たちはそれがない分勘が鋭いんです」
…私たちより十分大人っぽいじゃないか!?下手したら面倒を見ているつもりが逆に面倒をみられかねないぞ。末恐ろしいな瑞穂は…
「それじゃあ慧音先生、妹紅さん、そろそろこのあたりで。ほら、里からお迎えも来ていますし」
さて、そんな私たちの様子を見ていた瑞穂は、微笑みながら里の方を指し示した。
向こうからは私たちを見つけたらしい親たちがやってくる。子どもを想う親の気持ち、本当にいいな人間は。
「じゃあここで解散にしようか、ほら桜、不二起きなさい」
「ん…ん?」
「んぁ、げ、もう着いちまったのかよ!?」
目をこすりながら起きる桜と、妹紅の背中から飛び降りるなり悔しがる不二。
「ほらほら、二人ともちゃんとするんだ。最後はしっかり挨拶して終わるぞ」
私はそう言うと子ども達を整列させる。
「みんな、今日は楽しかったか?」
「「「はーい!!!」」」
元気な子ども達の返事に、思わず私の表情が緩む。だが最後はちゃんと締めくくらないとな。私は表情を引き締めると言った。
「今日はお疲れ様、明日は学校はお休みだからゆっくり休むこと。ただし、明後日までに今日の感想を作文にして持ってくるんだぞ」
「「「はーい!!!」
やれやれ、普段の宿題もこれくらいやる気を出してくれると嬉しいのだが…まぁ今日はよしとしよう。
私は最後に妹紅と目を合わせると同時に言った。
「「みんなさようなら」」
「「「さようならー!!!」」」
そして返ってくる子ども達の元気な声、よかった、今日の遠足は大成功だ。
「妹紅ねーちゃん、また遊ぼうなっ!!」
「ずるいのー私先なのー!!」
「こういうのは年上からなんだぜ!」
「じゃあ私からね」
「げっ瑞穂!?」
「ずるいのー!違うのー!!私先なのー!!!」
「わかったわかった、みんな一緒に遊ぼう。それならいいだろ」
「はいなのー!」
「約束だぜ!破ったら針千本な」
「そうですね」
「ちょっと…」
わいわいと騒ぐ子ども達と妹紅を見ながら、私は心から満足していた。
遠足を終えて、子ども達と親たちを見送った後、私と妹紅は、近くにある屋台へと足を運んだ。
本当は親たちから食事に誘われていたのだが、今日は妹紅ともう少し話したかったのだ。
「私は八本な、妹紅はどうする?」
「同じでいいよ」
「じゃあミスティア、十六本頼むぞ。あとお冷を一つづつ」
「毎度ありがとー!!」
私の注文を聞いて、店主の夜雀はすぐに八目鰻を焼き始める。たちまち周囲に香ばしい香りが漂いだした。
焼きたての八目鰻に舌鼓をうちながら、私と紅はのんびり話す。
「慧音、本当に楽しそうだね。なんだかんだいって、今日の遠足で一番はしゃいでいたのは慧音でしょ」
「ははは、ばれていたか。そうだよ、私が一番楽しい時間は子ども達と…そして妹紅、お前と話している時間なんだ」
我ながら恥ずかしい事を口走っている気がするが、まぁ酒のせいにしておこう。
「それに子ども達を『教えている』ように見えて、慧音も色々と教えられているみたいね」
「ああ、そうだな。確かに私たちの生きてきた年を考えれば、あいつらの経験してきた事はたかがしれているはずだ。だけど…だからこそ私たちが思いもよらないことに感動して、そして気がつくことがあるんだよ」
「確かに…ね」
そう、瑞穂の言葉を借りるのなら、経験のなさを勘で補っている子ども達は、だからこそ物事の真実を見ることができる。
貧富の差、種族の差…そんな下らない事に子ども達を囚われるように『成長』させるのは、むしろ大人の側なんだろう。
「どうだ妹紅、今度学校にこないか?妖怪にも色々いるように、人間にも色々なのがいる。死なない人間がいたって、それを避ける人間がいたって、だけどそれを受け入れる人間もいるんだ。今日それがわかっただろ」
しばらく時間をおいてから私は口を開いた。
私の言葉に妹紅はちょっと照れながらこう言った。
「そうだね、私は『学校』っていうものは経験していなかったけど…だけどあんな仲間がいるんなら行ってもいいかもね。…約束も果たさないといけないし」
そんな妹紅に私は言う。
「よし、決まりだ、じゃあこれから私の事は『慧音先生』と呼ぶように!」
「な…こら慧音!」
「ほらほら、『先生』をつけないと廊下に立たせるぞ~」
「むきー!!調子にのるな~!!!」
「ちょっと、お客さん~」
ふざけあう私たちを見て、本当に喧嘩をしているとでも思ったのか店主の泣きそうな声が聞こえてくる。ちょっとふざけすぎたか。
「あ、いやいや冗談なんだ。大丈夫、喧嘩じゃないさ、な、妹紅」
「そうそう、私と慧音が喧嘩なんてするわけないじゃない」
「あ…ごめんねー、今日はお客さんが少なかったから喧嘩なんてされたらますます困るなーとか思っちゃったの。最近親を亡くした小鳥たちの面倒もみはじめたのに…」
よく見ると、ミスティアの周囲にはぱたぱたと飛び回る小鳥の姿が見えた。森の小鳥たちのために色々と頑張っているという話は聞いていたが、そんなことまでし始めたのか…
「…お代だ、釣りはいらないよ」
「私からも…」
「えっ!?こんなに!本当にありがとー!!!これでこの子達の巣が作れるよ!!」
私と妹紅はかなり多めにお代を渡す、ミスティアの喜ぶ顔が印象的だった。
「それにしてもなんで今日はこんなにお客が少ないんだ?いつもはそれなりに賑わっているだろう?」
「そうそう、食中毒でも出したの?」
しばらくしてそう言った私たちに、頬を膨らませてミスティアは答えた。
「失礼ねーこう見えても衛生には本当に気をつけているわ。今日は里の周辺でやたらと通りすがりの妖怪が撃ち落とされてるせいでみんな出歩かなくなって、本当に商売上がったりなの」
ため息をつくミスティアを見て、私はあることに気がつく。
「まさか…」
「ん、どうしたの慧音?」
妹紅が私を見る、と、その時里の方向から断続的な爆発音が聞こえてきた…
「里が!?」
直後、里の上空で赤い火の玉が発生したかと思うと、こっちにむかって突っ込んでくる!?
だんだんと大きくなった『火の玉』は、やがてぼろぼろになった少女の姿になり、すぐにその姿が大きくなってくる。
「わっどけー!!!」
「屋台がー!?」
普通の魔法使いと、夜雀の怒号と悲鳴が交錯した…直後、爆発音。
「いたたた…」
「大丈夫か?」
屋台は無事だった、黒白の魔法使いがとっさに進路を変えたのだ。幸い、それが奏功して彼女も近くの藪につっこみ、怪我は小さくてすんだ。
屋台を避けてくれたお礼と言って夜雀が貸してくれた長椅子で、私は魔法使いを手当てする。
ある程度手当てが済んだところで、彼女は口を尖らせた。
「霊夢の奴無茶苦茶だぜ、里の上空を通りかかったら『今日からここは飛行禁止区域よっ!!危険な妖怪と人間は立ち入り禁止』とか言って突然弾幕を放ってきやがったんだ。私が危険だなんて失礼な奴だぜ」
「はぁ、すまんな、多分それは私のせいだ」
そう、すっかり忘れていたが、里の守りを彼女に任せたままだった。早く止めてこないと…
「と、いうわけで失礼させてもらうよ。妹紅、今度学校でな」
「え…あ、うん?」
「おい慧音、私のせいっていったいどういう…」
「すまんがそれは今度説明するよ、これ以上被害人妖が増えないうちにどうにかしないと…」
「あ、ああ」
わけがわからずきょとんとする三人を横目に、私は里へと駆け出した。
やれやれ、遠足に夢中になるあまり、大事なことを忘れているなんて…子ども達を教育する前に、自分をどうにかしないとな。
私はそう思いながら里へと急いでいった…
『おしまい』
追記
翌日の文々。新聞紙面より
『今日のほんわか幻想郷①~里の学校で遠足、登校拒否児を学校に~』
先日、つきぬけるような青空のもとで、里の学校では初となる遠足が行われた。
引率の上白沢先生(半獣)によれば、この遠足には登校拒否児であるMさん(人間)を学校へと連れ出す目的があったとのことであるが、Mさんはすでに同級生とじゃれあっており(写真)、上白沢先生の満足げな表情からもこの遠足が成功裏に終わったことが伝わってきた。
近年、頭のおかしい人妖が増えつつあるここ幻想郷で、このような素直な子ども達の姿を見ることができるのは、数少ない希望材料と言えるかもしれない。(射命丸文)
次回のほんわか幻想郷は、『夜雀、孤児となった小鳥の為に孤児院を開設』の予定です。
『里の上空に飛行禁止区域?被害者多数』
先日、里の上空を飛行中の人妖が無差別に撃墜されるという事件が起きた。
被害にあった霧雨さん(人間)の話によれば、加害者は博麗神社の巫女博麗霊夢氏(人間)のようであるが、攻撃してきた原因は全く不明である。
かくいう私もその被害を受けた一人であるが、平和に里の上空を飛行中、突如無警告で攻撃を受けた。
霧雨さんの話では、「きっと食料に目がくらんだんだぜ」ということであったが、どのような理由にしろ、自由であるべき幻想郷に勝手な飛行禁止区域を作るのは許されることではなく、早急な謝罪と戦闘行動の中止を要求したい。(射命丸文)
ほのぼのがとても良い作品でした
的は射るものだ、先生。
あと、たまにはアリスのことも思い出してあげてくださいw
あとはアリスの扱いがもうちょっと……(汗
追記の文々。新聞もいい味出してますね
冒頭部、読点を句点に換えたほうが読みやすいところが見受けられたかな
アンタもいい年なんだから少しは子供達を見習ってjすあうすfだあf;、z!!!!!……(『なぜか』背後から現れた『誰か』により頭を叩き割られて死亡)
次はアリスも仲間にいれてあげてください
あと、ご意見の多かったアリスについてまとめて…アリスファンの方ごめんなさい、でも、次回以降もこんなキャラのまま登場かと…
尚、結構前から『さびしんぼうの人形遣い(仮称)』というアリス主役のSSを書いているのですがなかなか進みません、でもアリスの事は決して忘れているのではないのですよ?
>一人目の名前が無い程度の能力様
詳しく書きたいのはやまやまだったのですが、某紅い館から脅迫…もとい忠告文が来たので割愛させていただきました。
>二人目の名前が無い程度の能力様
私は、一番恐ろしいのも…そして優しいのも人間だと思っています。子どもが将来どう育つか…それは当人の心と、そして何より周囲の人間の関わり方育て方にかかっていると思いますね。
そう考えると、人間というのは妖怪よりも遥かに不気味な存在かもしれません。
>三人目の名前が無い程度の能力様
その森には、それ以来何人かで入ると「友達~おでかけ~」という不気味な声が聞こえてくるとの怪談が生まれたそうです。
>四人目の名前が無い程度の能力様
やはり教育上よろしくないと先生は判断したのでしょう。触らぬ神に祟りなしというやつです。
>五人目の名前が無い程度の能力様
>ほのぼのがとても良い作品でした
そう言って頂けると嬉しいです。是非今度遠足に連れて行って上げてください。だけど家は教えちゃだめですよ、どこまでもついて来ますので(え?)
>六人目の名前が無い程度の能力様
ええ、復旧の目処はたっておりませんのでご了承下さい。いつの間にこんなキャラクターに…と私自身悩んでおります。
>七人目の名前が無い程度の能力様
仰る通りで『当を得た』の間違いです。修正いたしました、ありがとうございます。
>某の中将様
のほほん…いい響きですね、私も大好きです。
>SETH様
恐るべしは食への執念ですね、ターミネーターのように(食物をよこせと)迫ってくる霊夢を想像して慄然としました。
>変身D様
ほんわかした話を目指している私としてはとても嬉しいです。子どもたちが成長した時も、慧音との仲はきっと今のままでしょう。
>八人目の名前が無い程度の能力様
>みすちー健気だよみすちー
私は、みすちーは健気に頑張るイメージがあります。そして、これからもそんな感じの物語を書きたいなーと思っています。頑張るみすちーってなんか好きなのですよ。
>九人目の名前が無い程度の能力様
みすちー屋台は『ほのぼの0円キャンペーン』の実施中です。是非とも一度お立ち寄り下さい。
>十人目の名前が無い程度の能力様
>追記の文々。新聞もいい味出してますね
これは、毎回楽しんで書いております、そう言っていただけると嬉しいです。
また、ご指摘を受けて冒頭部を若干見直しました。ありがとうございます。
>思想の狼様
同感です、ではっ!(殺気が迫っている気配を感じ、急速離脱)
>十一人目の名前が無い程度の能力様
う~ん、慧音の性格上子どもたちと一緒に連れて行くことはないでしょう。でも、今周囲の妖怪に声をかけて遠足計画を練っているらしいですよ?
>とらねこ様
>純粋な子供たちがいつまでものびのびと暮らしていけるといいですね。
私も同じ想いです。でも、きっとあの三人なら大丈夫だと思います。
以上、長文失礼いたしました。尚、お礼は型にはまってしまうので冒頭と最後のでまとめてということでご了承下さい。
皆さん本当にありがとうございました、それではまた次回作で。
ご感想ありがとうございます!それにしてもどうして霊夢がこんな危険なキャラクターになったのか…自分でも不思議なのです(おいおい)。
あなたはしにました
>あふぅぁ様
あなたの勇気を称えます。あなたの活躍は幻想郷の歴史に永遠に語り継がれるでしょう…と、やろうとして諦めた人が言っていました。
ほのぼのしてして心温まる話ですね。
楽しめました。
お返事遅れましたorz
ご感想ありがとうございますww
>>家に帰るまで遠足です。
慧音はこの日家に帰れなかったそうです…(某撃墜事件の後始末)