「うっわ、もう2月? 間に合わないわ、どうしよう」
月夜の晩、暗い部屋でせっせと何かの準備をする少女の影。
祖先の時代より、ずっと小規模な異変のお話。
1月末の夜だった、私は窓をあけ、星空を眺めていた。青いジーンズに和服のような白いTシャツを身につけ、茶色のカーディガンを羽織っている。片手でマグカップを持ち、中に入っているのは緑茶、お茶請けは冷蔵庫にあったチーズ。こっそり紫について外界に行ったとき、一貫性のない文化だと笑われたことがある。でも私自身は別になんとも思ってないし、当代の幻想郷ではこれくらいのごった煮は当たり前なのだ。
「寒い、でも綺麗ね」 都会と違い、透き通った空気が星空をより鮮明にしている。
「ミカ、もうお風呂入って寝なさい」 お母さんの声だ。
「はーい、わかったよ」
お風呂に入る前にカレンダーをめくろう。べりべりっと音がして、新しく2月のカレンダーが現れる。
「もう次の月か、早いものね」
そう言ってもう一度夜空を見やる。
「ん?」
一瞬めまいがして、周囲が白く光ったような感じがした。あたりを見回すが、何も変な感じがしない。
「まいっか」
そのまま入浴して眠りに付く。
次の日、奇妙な事が起きていた。
「今日から2月・・・、あれ?」
カレンダーを見ると、「2月」ではなく、「1.5月」と書かれてある。
「お父さん、見て見て~、カレンダーがおかしいよ」
村で共同して結界維持の仕事をしている私のお父さんがカレンダーを見て、確かに変だと言った。
「う~ん、でもまあ、別に天変地異が起こったわけじゃないし」
お父さんはまだパジャマ姿で、歯ブラシをくわえてぼんやりとつぶやいた。年頃の娘の前で、もっとしっかりして欲しいものね。
「お父さん、そんなのん気なことを! いつまでも2月にならなかったら、いろいろ大変なことになるかもしれないでしょう、そんなだからいつまでも平結界作業員なのよ」
「じゃあ、どんな大変なことが起こるんだい」
「それは・・・。たとえば、節分が出来なくて鬼が怒ったり、それで人里を襲ってくるかもしれないし・・・」
「ははは、鬼なんてもう居ないだろう。お父さんが考えるに、誰かのいたずらじゃないのか」
お父さんはあまり気にしていないようだ。わたしも、そんなお父さんの気分が移ったのか、それなら大丈夫かもしれないと言う気になる。
神社に行く、おなかをすかせたルーミアが箸で茶碗を叩きながら私を待っていた。
「ミカー、遅いよ」
「はいはい、待ってて」
持参のおにぎりや、ポットに入れたみそ汁をルーミアに差し出す。
「はむはむ」
「美味しい?」
「うんっ」 満面の笑み。
ルーミアは昔は人を喰らう妖怪だった、最近は妖怪の趣向もかなり変化してきているが、それでも本気で人間を襲おうと思えば大変なことになる。だから、この島国では古来から、怒れる神を祭ることで災厄を防ごうとしたように、妖怪たちに食事や娯楽を振舞うことで、人間を襲わず、逆に守ってもらおうと人は考えた。そして、妖怪は伝承によれば神と同等とされるものも少なくない。結局、妖怪から人を守るうえでたどり着いた結論は、科学を使った兵器やスペルカードよりも、こうした関係作りだったようだ。
「ねえルーミア、今日から2月になるはずだったのに、カレンダーをめくってもならなかったのよ、何か知ってる?」
「月なんて意識したこと無いからわかんない、でも・・・」
ルーミアは天井を向いて右の人差し指を口に当て、うーんと首をかしげて考えた
「あ、そういえば」 頭の上に豆電球が灯ったみたい。
「なんか、ここへ来るときに、村全体の風景が変わっていたような感じ」
「どんな風に?」
「う~ん、なんだろう。わかんない、気のせいかも」
やっぱり気になり始めてきたぞ。
「自分の勘で何とかしたほうが良さそうね」
準備を整える。久しぶりの異変解決、真琴も誘おう。
不謹慎ながらわくわくしてきた。
「時間よ! 空間よ! この霧雨真琴の名において、この部屋のエントロピーを最小にせしめよ!」
魔法の森の一軒家にいくと、部屋の中で真琴が叫んでいる。なにかの魔法実験の最中らしい。
窓からのぞこうとしたとたん、部屋の中が黄色い光に包まれ、爆発音がした。思わず身を伏せる。窓がびりびりと震えたが、幸いガラスが割れて飛び散ることは無かった。
呆れてコンコンと窓を叩くと、気付いた真琴が窓を開け、やあ、と力なくつぶやいた。彼はいつもの黒いズボンに白のワイシャツ、そしてお決まりの黒のとんがり帽子といういでたちだ。
「なにやってたのよ」
「いやあ、整理整頓の魔法を試してたんだ」 頭を掻きながらてへへと笑った。
「普通に整頓すればいいじゃん」
「見てのとおり、ご先祖の代から受け継いだマジックアイテムとかも多いからね。まじめにやってたら寿命が尽きちまう」
部屋の中を見ると、素人目にみても年代物だとわかる書物や、得体が知れず、かつ何かの気やらオーラやらを放つ物体が所狭しと並んでいる。
「ねえ真琴、これとこれと、あとその本、付喪神になってるよ」 私は部屋に転がっていたプラスチック製の箱と、水晶玉と、古びた本を指差して言った。真琴は別に頼んでも居ないのに道具を説明しだした。
「ああ、そんな気配がしてたんだ。これは『ラプラス計算機』。1年後、世界がどうなっているかを計算させると、必ず正確な予測をはじき出すんだ。50年後に」
「意味ねぇー」
「そしてこっちのは、『祈りをささげると取り返しのつかないものを元通りにしてくれる水晶玉』。でも試しに割れた生卵を元に戻せと願ったら、その卵は元に戻ったんだけど、代わりに村中の卵がいっせいに割れちゃった」
「はあ、あの卵割れの異変、あんたが原因だったのね」 小さなため息がでた。
「ごめんごめん」
「あんまりびっくりしたんで、思わず『東方魂護我(とうほうたまごわれ)』と事件名をつけちゃったじゃない。でも、まあいいか。で、その本は?」
「良くぞ聞いてくれました。この家でもっとも古い魔道書、その名も『グリモワール・マリサ』だよ」
真琴は胸をはって答えた。よっぽどの宝物なのだろう。ちなみに、私の名づけた事件名に深い意味はない。
「もしかして、魔理沙さんの?」
「たぶん。中には古の魔法だけでなく、ちょっとした身の回りの出来事や事件、日記なんかも書かれている、歴史的な価値もある」
最後のはともかく、最初の二つはあまり役に立ちそうに無い。けれど、どの道具も真琴に愛着を感じているのは確かだ。
「今のみっつ、みんな真琴のことを大事に思っているようから大切にしてあげて」
「そうか、役にたたなそうなんだけど何だか捨てがたくて。まあ、こjこに在るのも何かの縁かもね。ところで用件は何、ミカがこっちに尋ねてくるなんて珍しいじゃないか」
「そのとおり、異変よ、いつまでたっても2月が来ないんだよ。真琴も手伝って」
「ミカん家も? 僕のを見てよほら」 真琴は自分の日めくりカレンダーを見せる。今日の日付は1.5月1日とあった。
「だから僕も調べてみようと思ったんだ」
私たちはその日1日、手分けして村中を飛んで歩き、多くの村人や妖怪に事情を聞いて回ったが、何一つ収穫は得られなかった。西日の射す村の広場で落ち合う。
「そっちはどうだった?」
「全然、みんな朝起きたらカレンダーの月が1.5月になってたけど、だれも気にしてないのよ、まあそのうち元に戻るだろうって」
「じゃあまた明日調べてみよう。今日はご苦労様」
二人は調査を切り上げて、それぞれの家に戻る。そんな二人を遠くから見つめる美鈴とアリス。
「アリスさん、いいんですか、教えてあげなくて」
「いいの、これは危険度も比較的低いし、それに異変解決は本来人間の仕事でしょ」
「でも、2月がいつまでたっても来ないとなると・・・」
「まあ、怒る奴もいるわね。今は見守ってあげましょ」
次の日、ミカがカレンダーを見ると、1.6月とあった。0.1月分経過している。神社にお茶を飲みに来た真琴に聞くと、自分のところは1.7月だったと言う。ひょっとして、放っておいても2月になるのかもしれないが、原因がわからないのは何だか落ち着かない。世の中到底知りえない事はいくらでもあるのだが、この度の異変は身近なところにその元凶があるように思えてならない。真琴は今日、村で使う魔法機械のメンテナンスを頼まれたので、調査は午後から再開することになった。私も神社の掃除や雪かきをしながら午前中を過ごす。
「今日はルーミアこないなあ」
ふとルーミアを思い浮かべて、彼女が昨日言っていたことを思い出す。
『なんか、ここへ来るときに、村全体の風景が変わっていたような感じ』
確かそう言っていた、最近村と村を結ぶ軽便鉄道の線路が伸びたから、そう見えただけなのだと思っていたし、今日神社へ空を飛んできたとき、特に違和感は感じなかった。でも永い月日を生きてきた妖怪だからこそ分かる事もあるだろう。ルーミアは何らかの変化を感じ取っていたのではないか。
昼食を終えると、仕事を片付けた真琴が神社にふわふわと飛んできた。彼に思いついたことを話すと、じゃあうんと高い空から村を見下ろしてみようということになった。
「ミカ~、ここまで上昇しなくても、なんか息が苦しい」
「そうかなあ?」
1000メートルぐらい上空だろうか、地上も寒いが、この高さになると冷たい風がさらに容赦なく吹き付ける。
「寒いよ~、高いよ~」
「チルノちゃんはいないよ、しっかりして」
「呼んだか?」 あっ、噂をすれば来た。
「わわっ風をふかさないで、落ちるぅ」
僕は必死に箒にしがみついていた。そんな僕を無視して談笑するミカたち。
「それでねー、その猫がすっごく可愛いんだよ」
「じゃあ孤児院のガキ共にもみせてやろうよ」
ミカは全てを受け流し、氷精チルノと談笑している。いくら博麗はあらゆるものに縛られない自由な存在だからと言って、物理的な寒さや強風まで平板化できるというのはいかがなものかと思う、でも今の僕には口にする余裕が無かった。
すぐそばを、烏天狗の親子が通り過ぎた。ものすごい高速で。
「私も大きくなったらママみたいな『じゃーなりすと』になるの」
通り過ぎたときの風で僕はとうとう箒から振り落とされる。
「うわああああああーミカー助けてー」
真琴が風にあおられて悲鳴をあげて落ちた。何を大げさな、私たちとっくに反重力装置を卒業したじゃない。自力で飛べるはずなのに・・・・・・、
はっ、もしかして彼、箒なしでは飛べなかったりする!?
「する!」
私はあわてて急降下する。地上300メートルのところでようやくキャッチ。
「大丈夫、しっかりして」
「ははは、助かった。ところで、何のためにここに来たんだっけ」 力なく笑う。
「えーと、そうだ。村全体を高いところから見てみようと真琴が言ったんじゃない」
「そうだった」
「また今度にしようか?」
「いや、もう大丈夫。」
箒を持ってきたチルノさんに礼を言って、またがり直し、村を俯瞰する。まだ震える手を励ましながら、リュックからポラロイドカメラを取り出し、村の上空写真を撮り、出てきた写真と実際の風景と見比べる。マーカーで何か印をつけた。その間もミカはチルノさんとのんきにおしゃべり。全く、彼女の神経を見習いたいよ。
「ビンゴ!」 と思わず僕は叫んだ。
「なにか解ったの」
「ほら、村のあちこちから魔法の力を感じるでしょ、こことか、そことか」
僕は眼下の村を指差した。ミカも、確かに不思議なエネルギーが点在しているのを感じる、と言った。
しかし・・・。
「でも、あれは人間と仲の良くない妖怪避けの結界とか、魔法機械の反応じゃないの」
「大部分はそうなんだけど、村の誰もいないはずの場所にも反応があるんだ」
僕はミかに印のつけられた写真を見せた。
「で、その地点を線で結ぶと、案の定魔法陣の形になる」
「これが今回の異変の原因ね」
「多分」
その後、僕とミカは手分けして、魔法の力の集積してそうなところを見つけ、地面に書かれていた小さな魔方陣を消したり、お札を剥がして回った。間違って敵対的な妖怪避けの結界まで壊してしまい、怒られたりもしたが、一週間ほどかかって、ようやく全ての不審な魔法を解くことが出来た。
次の日、カレンダーが1.9月になっていた。ミカはまだ心配そうだったけど、もう大丈夫だろう。
このまま2月が到来してくれれば文句なしだ。
異変発生から4日めの朝、起きてすぐにカレンダーを見て、仰天した。
「何よこれ!?」
カレンダーは1.91月とあった。二日目から三日目にかけて、1.5月から1.9月へと移り変わっていたのに、小数点第二位までつけて、何者かが、時の流れにしぶとく抵抗を試みているかのようだ。
「何故かしら、異変の術はもう消したはずなのに」
今日は非番だったので、ほかの神職を任された人が博麗の務めを果たしている。
それでもなんとなく巫女服を着て真琴の家に向かう。
真琴の家の方角で、どすんと大きな音が響いた。
その日、僕はミカより早く目が覚めた。外に強力な霊気を察知したからだ。魔道書と箒とスペルカードを持ち、パジャマ姿にトレードマークのとんがり帽子だけを被って外に飛び出した。
「何者だ!?」
「私は伊吹萃香、生粋の鬼だよ」
霊気の持ち主は、袖の破けたワンピースを着て、両手に鎖のついた鉄の腕輪をつけ、何よりも頭に付いた二本の角が際立っていた。こいつが異変の元凶か。僕の背中をひんやりしたものが走る。
こいつはそこらの雑魚妖怪とは明らかに違う、なんてこった、こいつは古代の神話級の存在じゃないのか、そんなのが大暴れしたら・・・。この村最大の危機だ。
「術を壊したのはあなたね、いや、もう一人居たようだな」
怖いけど、ものすごく震えが止まらないけど、ミカを巻き込みたくない。
「違う、僕一人でやったんだ。あなたの術のせいで、いつまでたっても2月にならなくて、みんなが迷惑してるんだ」
ぎろり、鬼が僕をにらむ。
「い、いや、でも暦が変わるくらいでは大したこと無いかもしれないけれど」
鬼の口から出た反応は以外だった。
「何勘違いしてるのかしら。いつまでたっても節分が来ないから何とかしようとしたんだよ」
節分が来ないから何とかしようとした!?
「えっ、もしかして、あの術は異変とは無関係? むしろ解決するための術だった?」
「当たり前だー。これで永遠に節分が来なかったら、人と私たちのつながりが無くなっちゃうじゃない」
涙声になって萃香は喚いた。鬼にとって、節分が来ないと言うことはよほどのショックらしい。
「ああもう、やってらんないわ」
鬼がやけになって思い切り拳を地面に叩きつける。腹の底に響く衝撃。僕は情けなくも、ぺたんと腰を抜かしてしまう。
空を見上げると、ミカが駆けつけてくる。非番なのに完全装備だ。萃香の覇気と恐怖で、僕はしばらく立ち上がる事が出来なかった。
その後、萃香を二人がかりでなだめつつ、事情を話した。
「なるほど、あなたたちも異変を解決しようと動いていたと言うわけね」
「そうです、あなたの術を壊したのは謝ります。どうかお許しを」
ミカがいつに無く丁寧な口調で鬼と話す。僕はミカもこんな話し方が出来たんだと妙に感心した。いつもアリスさんともルーミアさんともミカはタメ口で話す。彼女にこんな態度をとらせる鬼の実力とはどれほどだろうか。
「あなたたちが犯人じゃないって事はよおく分かった。しかし・・・」
僕が背後に気配を感じたときには、目の前に萃香の姿は無く、自分が鎖で縛られているのを発見した。
「な、何を!」
「私の術を壊した報いは受けてもらうわ」
いたずらっぽい笑顔で鎖で縛られた僕を肩に担ぐ。身動きできない。
「やめて! 真琴は悪くありません」
「この人間はさらっていくよ、いいこと現代博麗、これが本来の人と妖の関係。妖は人を襲い、人は妖を退治する、共存と馴れ合いは違うと知りなさい」
「どうしても・・・、どうしても真琴を連れて行くというの」
「だってそれがルールなのよ」
「そんな、あああ・・・」
ミカはその場にうなだれ、泣き崩れる。その姿が小さく、儚く見えて、水面に浮いた桜の花びらのよう。
いや、よくこんな状況で他人の観察なんかできるな。これも魔法使いの性か。ああ、僕も食べられちゃうのかな。
「だったら・・・」
ミカが顔をあげて言った。急に場の空気が変わった・・・?
「だったら何よ?」
さっきまで泣いていた少女とは別人の顔がそこにあった。
「妖は人を襲う、それだったら」
ああ、そうか。
「博麗ミカ、幻想郷の巫女として、あなたを祓います」
あれは 『博麗』 の顔だ。
私は右手で超振動お払い棒を握り、親指で起動スイッチを入れる。秒間何千か何百だったか忘れたが、微細な振動を繰り返し、岩をもバターのように切り裂く。
「そう言う表情、好きよ。やっぱり博麗の末裔ね」
萃香が自分の身体を、真琴ごと霧に変化させ、もやのように消えていく。
「待って!」
「安心して、捕って食おうなんて端っから考えちゃいないわ、あなたが異変を解決するまでの人質よ」
霧が徐々に希薄になっていく。
「それからこの子、勇気を振り絞って、あなたをかばおうとしたわ。頑張ってね」
霧が晴れると、魔法の森は何事も無かったかのように静まり返っていた。
「うぃ~、思い出すたびに腹立つ~」
ここはミスティア・ローレライの経営する夜雀亭。この妖怪の屋台で私は・・・・・・飲んだくれていた。
「あんの鬼娘めぇ」
「お客さーん、もうよしといたほうが・・・」
「うるさーい、もう一杯。こちとら先祖譲りの肝臓の持ち主よ、ヒック」
何でこうなったかと言うと、あの後、何日かかけて情報収集に走り回っているうちにこの屋台を見つけ、店主や客に聞き込みをしようとしたが店主は何も知らず、客も現れず、不憫に思ったミスティアに一杯いかがと勧められて飲んだら意外と飲める体質だと言うことに気付いたためである。
「異変、どうやって解決すればいいのかしら」
「お客さん、何か聞いたら教えるから元気出して」
「なんか聞いても、あんたみたいな鳥頭、すぐ忘れちゃうでしょ」
「ひどいこといわれた気がする」
「ごめん、言い過ぎた。真琴、会いたいよぉ~」
私は泣き上戸なのか、こんなことしている暇は無いはずなのに、でもどうしたらいいかまだ分からない。
この異変もいずれ解決して、真琴も帰ってきて、そういえばこんな時もあったねハハハ、なんて振り返る事が出来るのだろうか。
「お嬢ちゃん、ちょいとごめんよー」
客が入ってきた、二人連れで、二人ともサングラスにマスクをして、ロングコートを羽織っている。いかにも怪しい格好。人間の頭ぐらいの背丈をした自動人形が一体、二人のお供をしている。ご丁寧に人形も小さなマスクとサングラスをつけていた。
一人は金髪で、もう一人は赤い髪。どこかで見た様な気がする。
「もしかして、アリスと美鈴先生? でそれは上海人形?」
二人は一瞬表情がこわばったが、すぐに冷静さを取りつくろい、
「そんな人知らないわ、いや知らないぜ、なあアリ・・・・・・いや相棒よ」
「おほん、そうだな、そんなやつ知らん。ちなみにこいつは上海じゃなくて『香港の九龍人形』だ」
「シャンハ・・・・・・カオルーン」
飲み始めてしばらくたって、赤髪のほうの怪しい奴が言った。
「そういえば相棒よ、このへんで鬼が人間をさらったとかさらわなかったとか」
私はぎくりとした。怪しまれないように聞き耳を立てる。怪しんでいるのはこっちだが。
「そうそう、さらわれた人間の物らしい家があって、その庭に何かのノートが落ちていたんだぜ」
そういって、金髪のほうが一冊のノートを取り出して机に置き、棒読みのような会話を続けた。
「きっと、その人間の調査資料かなにかだろうよ」
「これを調べれば、なにか分かるかもな、例えば、異変とか」
「おっと、こんな時間だ、相棒よ、もう帰るぞ」
「お、おう」
「シャ・・・・・・カオルーン」
二人と一体は去っていった。ノートを椅子に置き忘れている。
「わざとらしい演技、でも、ありがと」
ノートの中身を読む、間違いなく真琴の字だ、異変発生の日からの経過が書きなぐられている。真琴もどうやら私が知りえた以上のことは分かってなかったらしい。
しかし、あるページが目にとまる。そこには村の簡単な地図と、同じ日のあちこちのカレンダーの月が何だったかを記してあった。
たとえば1日目、私の近所のカレンダーは1.5月だったが、他の家では1.4月だったり、1.6月だったりしている。
比較的2月に近い月と遠い月があるのは、その術だか魔法だかの効力が場所によって差があるという事。2月に一番遠い月の場所ほどよく効いているという事だろう。
2月へと進む時の流れで、一番往生際が悪い場所、つまり最後まで2月から離れたままの場所は・・・。
「ここって・・・。ははあ、オチが読めたわ」
私は村へと急いだ、もしかしたら今夜じゅうに解決できるかも知れない。
サングラスとコートを脱ぎ、アリスと美鈴、上海人形が一息つく。
「ふう、世話が焼けるわね、霊夢の時代ならこんな事しなかったわ」
「でも、あの二人ならもう大丈夫ですね」
「まあね、でもあの子たちにとってはすごい経験でしょうね」
「シャンハーイ(けっこう面白かった、またやってみたい)」
村を目指して、月明かりに照らされた竹林を飛んでいる。
こんな状況じゃなければのんびり月見酒といきたいところだ。
まるで幼いころに読んだ絵本、『おわらないよる』の登場人物になったかのようだ。確か、月を隠した犯人の隠れ家へ向かっている場面だっただろうか。
同じ『月の異変』でもこっちは意味が違うけど。
どこかから
「てめえら、三人とも金払えーーーーーーーーー」
という妖怪の絶叫がこだましたが、今はそれどころではない。
その場所は真琴の実家だった。真琴が今一人で暮らしているのは、魔法使いのしきたりだから。仮に別の事情があったとしても、彼自身が話そうとしない限り別に詮索する必要もないと思っている。
もう夜もふけたころだが、私は構わずその家の戸を叩く。
「あら、ミカさんじゃない。こんな時間に」
出てきたのは真琴のお母さん。きれいな銀髪を肩まで伸ばし、黒い髪留めがアクセントになっている。金髪の真琴とは対照的だ。そして彼女の周囲にはなぜかいつも、ひとつの霊魂がふわふわ浮かんでいる。
魔法の修行で一人暮らしを始めた真琴は元気か、困っていないかとしきりに問い掛けてくる。私は本当のことなど言えなかった。
「夜分すみません。博麗権限でちょっと上がらせてください」 厳密には、そんな権限などないのだけど。
彼女の周りをいつも漂っている白い霊魂を軽く押しのけて、二階へと続く階段を上がった。
部屋のドアを勢いよく開ける。明かりがついていて、カーペットに魔方陣が描かれている。
私は真琴を真似て、『ビンゴ!』と心の中でつぶやいた。
「お母さん、開けるときはノックしてって・・・・・・あっ、ミカさん!?」
中にいた少女、真琴の妹の真理歌ちゃんが怪訝な顔で私を見た。
お母さんに似たのか、やはり銀色の髪をもち、目に気合を入れると、かすかに半透明の霊魂が見える。
彼女も、連番で博麗をやっているが、その日は私より少ない。
「急でごめん、ちょっと聞きたい事があるんだけど」
後ろ手でドアを閉め、封印のお札を貼る。
「ああ、・・・・・・やっぱりばれちゃったわね」
少女は悪びれた様子もなく、肩をすくめて言った。
真琴の妹は、来るべきバレンタインデーにそなえて、取っておきのチョコレートを作ろうと思った。
でも、どんなチョコを作ろうかと悩んでいるうちに2月になってしまいそうになり、魔法で月を遅らせようとしたのだと言う。
「でも、もういいの、元に戻すわ」
「あんたのせいで真琴が鬼にさらわれたのよ!」
「もうお兄ちゃんならそこに居るわよ」
「なんだって?」
窓の向こうで、なじみの姿が浮かんでいた。
「もういいんだ、ミカ」
「真琴! 無事だったんだ」
「いやあ、萃香さん、あの鬼が『もうめんどくさいから帰っていい』と言われたんで。角磨きをさせられていたけどね。」
「まったく兄妹そろって、どんだけ心配かけたと思ってんのよ」
私は不覚にも涙を流しながら、お札でぺしぺしと真琴の頭を叩く。
「ミカ、ごめんよ。真理歌 お前も謝れ」
「ごめんなさい」
真理歌ちゃんは頭を下げ、それから魔方陣を解いた。真琴の家にあったのと同じ日めくりカレンダーが、ひとりでにパラパラとめくれだし、あっというまに2月を示す。多分、これで村中の暦が元に戻ったのだろう。
「あ~っ、もう13日になってる。どうしよう、まだどんなチョコ作るか考えてないのに」
「そのために2月を遅らせたんじゃないの?」
「術に熱心すぎて、考える暇がなかったの」
「自業自得だよ。僕は手伝ってやんないからなー」
彼女はどたどたと台所に駆け下りていった。窓から真琴が部屋に上がり、靴を脱いだ。
「まあでも、これで真理歌の魔法スキルは少しでも上達しただろう」
「妹のせいであんな目にあったのに、のん気だね」
「同じ魔法使いとして、成長してくれるのは嬉しい。どっちかっつーと、彼女は剣士なんだ、お母さんに習ってる」
「それはそうと、本当に真琴大丈夫だったの?」
「萃香さん、意外といい人で、お酒もくれたんだ、久しぶりに人間と関わりを持てたって、嬉しそうだった」
「人が散々駆けずり回っていたのに、心配して損した」
「そういうミカだって、僕を探す途中で飲んでたじゃないか」
「げっ、何で知ってるの」
「萃香さんといっしょに霧になって、見守ってたんだ。へへへ、あんなに泣いて僕を心配してくれてたんだね」
他人から見たら、私の顔はトマトのように真っ赤だったろう。
「真琴。表へ出ろ」
私はスペルカードを出す。真琴も、やれやれ、といいながら防御結界を張る。
外に出て、お仕置きの夢想封印を放つ。真琴の防御結界を削る。真琴も負けじとマスタースパークを撃つ。今夜はまだ眠れそうもない。明日に響かなければいいのだが。
「このー、乙女のプライバシーを覗くなんて、この変態」
「それからミカ、踏み倒しはいけないよ」
視界の片隅で、弾幕の一部が家に直撃した。何かが家の中から飛び出して、こっちに向かってくるなと思った瞬間。急に視界から姿が消え、後頭部に衝撃を感じ、意識が途切れた。
次の日、私たちはそろって真琴の実家で眠っていた。
「弾幕が家に当たって、それでお母さん怒っちゃって、ミカさんとお兄ちゃんをみねうちでしばき倒したってわけよ。神速で」
だそうだ。真琴のお母さんに謝ると、意外なほど快く許してくれた。ずっと引きずらないでいてくれるのはありがたい。敵に回したら怖いもんね。
朝ごはんを食べていったらどうかと言われたので、お言葉に甘えさせてもらう。
「ミカさん、美味しいかしら」
「すっごく美味しいです」
「おかわりしたかったら遠慮しないで、真琴もしっかり食べるのよ」
「はーい」
私と真琴、真理歌ちゃんで三人同時に返事。
「ねえ、ところであなた、チョコレートは結局どうしたの」
「うん、結局オーソドックスなハート型のチョコレートにしたの」
「それじゃあ、あんな術意味なかったんだな」
「ごめんね。でも魔法のいい練習になったわ」
「・・・・・・タフな妹さんね。それで、だれにチョコあげるの?」
「・・・・・・うん。今すぐ渡すことにするわ」
彼女は椅子をおりて、私の前に向き直ると、深呼吸して、
「ミカさん、私ミカさんの事が好きです。受け取ってください」
と、可愛らしいリボンや色紙で包まれた箱を両手で差し出した。
お母さんがみそ汁を吹いた。
真琴は『まあまあ、昔と違って、今は同性愛は今は珍しくないし』となだめるのが聞こえた。
昔も弾幕少女同士ではそれほどタブーではなかったらしい、とは真琴の説。
私は一応チョコを受け取り、真理歌ちゃんの頭をなでた。
「ありがとうございますっ」
「ということは、異変の元凶はミカ自身だった」
真琴がのん気にコメントを入れる。
でもこう言った感情は決して異変ではないし、まあいいじゃない、と思う。
アリスのような古参の妖怪に聞くと、昔はこんなものをずっと上回る異変が起きたらしい。
あの鬼の女の子もそういった存在なのだろう。
そんな昔の時代がちょっぴりうらやましいと思う。と同時に、この時代にもこの時代ならではの素晴らしさがあると信じたい。
何か忘れている様な気がしつつ、私は真理歌ちゃんに手を振っていったん家に戻る。
「節分来ねえええええええええ!!」
おわり
いや、このシリーズは一作目からいい感じですね。そろそろ兎や不死人やワーハクタクを期待しています。・・・おねがいしますよ~
アリスさんと美鈴さん、ちゃんとお金払いましょうよ。
ご近所の平和を守る少年少女探偵団って感じが良いですね。
カオルーンに笑ってしまった。
設定を公表してみては?
しかし、魔理沙と妖夢が…?
秀逸な落ちだと思いますw
それにしても霧雨家が杜絶するのかと思いきや(もちろん、性的な意味で)妹がいたとは…
霧雨家もこれで繁栄はするのですねw
そしてコメ見てやっと気が付きましたが、まさか魂魄の血が…wいいですねw夢がひろがりんぐw