無駄なほどに広い庭に、枝を剪定する音が規則正しく響く。
半死半生(微妙な表現だ)の庭師、魂魄妖夢は二本の愛刀を鋏代わりに枝切りに精を出していた。
妖夢はひとしきり不揃いな枝を切り終えると、近くの庭石に腰掛けて息を吐く。
どうもここ暫く、日々の仕事に身が入らない。
ちょっと疲れてるのかな、と思いもしたが、どうも体調が原因では無さそうだ。
上手く表現できないが、胸の奥に何かが燻っているかのような、なんとも捉えようの無い感覚に襲われている。
こんなことではいけない。まだまだ私は未熟者……と、気を入れ直して妖夢は腰を上げようとしたが――
「妖夢と用務は似ているわね。つまりこれは、妖夢は白玉楼の用務員という暗示だったのよ!」
な、なんだってー! という反応は半ばテンプレ化しているため割愛させて頂く。
「それに、ほら。これ、紫がスキマから拾ってきた外の世界の動物図鑑。見て見て、ヨウムって名前の鳥がいるわよ」
“外国の鳥”という見開きを妙に自慢げに見せ付ける呑気な亡霊、西行寺幽々子がいつの間にやらそこにいた。
ヨウム……じゃなかった、妖夢の胸の奥で何かがチクリと疼く。
「ああ本当だ凄いですね感動です。何か御用でしょうか?」
「反応が淡白だわ。ショック! あっ、用事っていうのはね……」
「はあ」
「ねえ妖夢、お腹減ったわ何かない?」
「幽々子さま、お昼はさっき食べたでしょう」
何故かアドリブな五七五でやり取りをする冥界主従。これぞ幽雅。
「もう、妖夢のいけずー」
「そんなにお腹が減ったなら、台所の戸棚にお饅頭がありますから。それを召し上がって下さい」
「あら、いつの間にお饅頭なんて」
「先日、永琳さんから永遠亭オリジナルブランド計画の試作品を頂きまして」
「……変な薬とか入ってない?」
「試しに一つ食べてみましたが、美味しかったですよ。人畜無害な普通のお饅頭です」
「それじゃあ早速ー」
るんたった、といった感じで去っていく幽々子。
その背中を見送りながら、妖夢は深い溜息を吐くのだった。
……なんだろう、このイライラ感。こんなことではいけない。明鏡止水、明鏡止水の心意気よ!
そう自分に言い聞かせながらも妖夢は無意識のうちに抜刀し、真横に生えていた大木を一瞬にして斬り刻んでいた。
その数日後。難しい表情で庭仕事に奮闘する妖夢のもとに、チャランポランな姫君がまたも歩み寄ってきた。足は浮いているが。
「妖夢、ちょっと相談が……」
「なんでしょう?」
幽々子はやけに深刻な表情である。
「これが食べてみたいの」
そう言って懐から雑誌を取り出すと、妖夢に差し出した。見たところ観光ガイドブックのようだが……
「何でしょうか……フカヒレ?」
「そう、フカヒレ。なんでも、外の世界にいる大きな魚の鰭なんだって。美味しそうじゃない?」
「でも、食べてみたいって……こんなもの、どこから調達すれば良いんですか」
「それを考えるのが妖夢の腕の見せ所でしょ?」
「その本だって、また紫さまから頂いたのでしょう? 外の世界に詳しい紫さまに聞けば良いのでは」
「うーん、確かにそうなんだけど」
「そうなんだけど?」
「そこまでするの、めんどいじゃない。私は食べるのが専門」
なんたる物臭。この女はまったくもって食うことしか考えていないのだろうか。
妖夢の胸の奥が、またしてもキリキリと疼いて――
――ふいに周囲が一切の無音となった。
胸の奥の疼きとともに、今までに聞いてきた幽々子の我侭が思い出される。
「エベレスト山頂の空気を吸ってみたい」……一人で登れよ。
「西行妖を切り出して私の等身大モデルを作ってみたい」……胸の部分だけ削り取ってやる。
「モビルスーツを操縦したい」……また無理難題か! 厄介なヤツだよ! 幽々子は!!
「スタンド使いになりたい」……WRYYYYYYYY!
「ラピュタを発見したい」……見ろ、人がゴミのようだ!
他にも、挙げていけばきりが無い。
……くだらない事ばかり。
いつもそうだ。この人はどうでも良い思いつきで人を翻弄する。
私はいつもいつもそれを聞き入れて、叶えられるはずも無い願い事のために東奔西走するのだ。
本当に生真面目ね、そんなんじゃいつか禿げちゃうわよ? とか何とか、皆にからかわれて……。
そうだ、きっと私はこの人にバカにされているんだ。
最初から実現できないことを分かっていて、困る私を見て楽しんでいるに違いない。
なんて陰湿な! ああもううんざりだ。うんざりですよ私は! 日本人ウソばかり!
こんな人のたわ言を聞き入れているくらいなら、一日中桜の枝でも切っていたほうがまだ生産的だ。
春を集めてくれって言われたときだって、最初から無理だろうと思っていたんだ。
お札をぶつけられたり魔砲で焼かれたり、ナイフで磔にされたり……散々な目にあった。
私はこのままで良いんだろうか。いや、良いはずがない。
目を覚ますのよ妖夢。唯々諾々と話を聞き入れるだけの存在であってはならない!
「…………」
「じゃあそういうことで、宜しくね妖夢。フカヒレ楽しみにしてるわよー」
「……わかりました。ですが、その為にはいくらか手間がかかります。少々お時間を頂きたいのですが」
「どれくらい?」
「お昼過ぎまでで、結構です」
「早くしてねー」
……この時点で、既に妖夢は頼まれたブツを調達するつもりなど毛頭も無かった。
胸の奥で疼いていたものの正体を、ようやく掴んだからである。
憑き物が取れたかのような表情で、妖夢は白玉楼を後にした。
ようやく私は己の胸中を悟った。私は今日を境に生まれ変わるのだ。レボリューション妖夢!
なにがフカヒレだ。いつも食うことばかり考えおってからに。
そんなに腹が減っているなら、そこらへんの池で釣った魚の鰭でもしがんでいれば良い。
幽々子さまのたわ言を聞く必要など、欠片ほども存在していなかった。私は長年なにをやっていたのだろう。一
々あの人の言うことを真に受けて、馬鹿正直もいいところだ。今までの己の従順振りが恥ずかしい。
子供じゃあるまいし、自分の感情にもっと正直に、そして冷静になるべきだった。まったく、
泣きたくなるほど私は幼稚だった。自分を見つめ直さねばならない。これから何を為すべきなの
かが、今の私にははっきりと分かる。反逆だ。あの人は世の中をナメている。
すでに心は決まった。――西行寺幽々子、誅すべし!
従者が静かに覚醒の時を迎えたことなど露知らず、幽々子は美食ガイドブックを広げて夢想に浸っていた。
――主従関係崩壊へ向けて、カウントダウンが始まったことも知らずに。
「寝たまま本を読むにはどのような姿勢が適しているか」について真剣に検討を始めた幽々子が155パターンめの姿勢に入った頃、妖夢が戻ってきた。
「……ただいま戻りました」
「ああ、おーうあああっああえ」
「幽々子さま、これから例のブツをくれてやりますので、そのけしからん大口の中のお煎餅をどうにかして下さい」
「ああ、おっおあっええ」
急いで食べかけの煎餅を3枚まとめて飲み込んだ幽々子は、期待を込めた表情で妖夢を見つめる。
「で、妖夢。フカヒレはどこ?」
「…………」
「まさか見つからなかったとか……」
「いえ、ご安心を。これですよ」
そう言って、妖夢は投げやりな仕草でどこからともなく何かを投げてよこした。
ブツは重々しい軌道を描いて宙を舞い、ちゃぶ台をひっくり返して落下する。
さらにびちびちと激しい音を立ててのた打ち回り、畳を濡らしつつブツは幽々子に這い寄っていく。
「よ、妖夢」
「はい、なんでしょうか」
「これは何かしら」
「怠惰な上に無知ですね。サメですよ」
びちびち、びちっ。がたた!(箪笥の角に尾を打ち付けている)
「私が頼んだものと違うようなんだけど……」
「そうですか? 紫さまとスキマ釣りをしたところ、かかったのがその魚です。紅魔館の図書館で調べてみましたが、フカヒレのもとになるのは
その魚に間違いありません。パチュリー館長もそう言っていました。さっさとむしゃぶりついて下さい、犬のように」
「よ、妖夢」
「はい、なんでしょうか」
「何故か口調と現状から、私に対する敵意みたいなものがそれとなく感じられるんだけど」
がっ、がっ、がっ!(口の中に湯飲みが入ったらしく、頭を激しく振っている)
「怠惰で無知なわりには、余計なところで敏感ですね。お察しの通りですよ」
「え――」
「もうあなたの適当な思いつきに付き合うのはうんざりです。本日限りで、私は庭師その他の職を辞めさせて頂くことにしました。白玉楼を出ます」
「よ、妖夢」
「はい、なんでしょうか」
「これは何かしら」
「怠惰で無知なわりには余計なところで敏感かと思いましたが、結局のところ鈍感ですね。辞表ですよ」
“この支配からの卒業です 魂魄妖夢”と毛筆で荒々しく書かれた和紙を、震える手で持ち上げる幽々子。
がっ、がっ、……ガッ!(どこからともなく聞こえた「めるぽ」という囁きに、反射的に噛み付いたようだ)
「いやいや、妖夢。冗談は良いから……ちゃんとしたフカヒレも、本当は隠してるんでしょ?」
「冗談ではない!」
「いやいや妖夢――」
「うるさい」
「え……」
カッと目を見開き、般若の如き形相で妖夢は叫んだ。
「私は庭師をやめるぞ幽々子ォーッ!」
「よ、妖夢っ」
「気安く呼ぶなっ!」
「みひぃ!」
「私は今より、怒り(と溜まったストレス)に身を任せる修羅となる。その名も――――無限の超高速非行隊!」
「妖夢ひとりで隊なの?」
「無粋な突込みを。積年の怨み、今こそ清算すべき時……切る斬るキルKILLッ! 斬って貴様の首を獲る!」
般若の如き形相そのままに、愛刀を手に幽々子に踊りかかる妖夢。下克上の縮図である。
「いやあっ!」
反射的に能力を発現させる幽々子。死に誘うという物騒な内容であったが、「もう妖夢は半分死んでるし、別にいいかな」と思ったのだろう。
だが妖夢は、目にも止まらぬ速さで死蝶を斬り捨てた。
「効かぬ」
「ええっ!?」
「私の忠誠心など、既に死んでいる……斬ッ!」
「いやぁーっ!」
普段のおっとりとした動きはどこへやら。幽々子は倒れたちゃぶ台とサメを神速で飛び越え、白玉楼から飛び去っていった。
「逃がすかぁ! あやまれ! 私と世の中に対してあやまれ!」
二人が去った白玉楼。
幽々子の自室には、倒れたちゃぶ台と食べかけの煎餅、読みかけの美食ガイド、そして……
激しくのたうちまわるサメが残された。
魂魄妖夢、一世一代の反抗期の始まりである。
――――――――――
怒れる修羅と化した妖夢の凶刃から逃れようと、幽々子はマヨヒガにある八雲家の戸を叩いた。
紫のそばにいれば、なんとなく安全なのではないかと思ったからである。特に根拠は無い。
「凶暴と従順の境界」でも弄ってもらえば、妖夢も落ち着きを取り戻してくれるかもしれないが……そんな都合の良いものがあるだろうか。
「急にごめんなさいね、紫」
「あらあら……いきなり幽々子一人で訪ねて来るなんて、珍しいわね。妖夢は一緒じゃないの? 昼前にいきなりスキマ釣りに来たけど」
妖夢の名に、思わずどきりとする。
反抗期に入った妖夢に斬られかけて、怖くなって逃げてきました……と言うのは何だか恥ずかしかったので、幽々子は適当にお茶を濁すことにした。
「うん、いやその……なんとなくね。紫たちの顔が見たくなったから……妖夢は何だか忙しそうだったし」
「ふーん、嬉しいこと言ってくれるじゃないの。会おうと思えば、いつだって会えるのに。まあ立ち話もなんだし、上がってちょうだいな」
「お邪魔しまーす」
特に追求されなかったことに一安心して、幽々子は藍が出してくれたお茶を啜り始めた。
一方その頃、魔法の森の上空では。
「南無阿弥陀仏! 南無阿弥陀仏ゥ!」
「僧なのかー」
「私の前を飛ぶんじゃないっ!」
「ほ、ほぎー!」
――哀れな通りすがりの宵闇が、標的を追う超高速非行隊(隊員:一人)にはね飛ばされていた。合掌。
さて、ルーミアが超高速(以下略)にはねられてから数分後のことである。
売れない小道具屋の店主・森近霖之助は、店の裏口にいつも置いてあった自転車が消えていることに気が付いた。
「あれ? おかしいな。確かにここにあったはずなんだが……」
自分の記憶違いかと思って周囲に目をやってみたものの、どこにも自転車は見当たらない。
さてはまた魔理沙辺りが持ち出したのか、などと考える。彼女は箒で空を飛べるわけだし、わざわざ自転車など漕がなくても良さそうなものだが。
だが、伊達と酔狂で生きているような彼女のこと。何を考えて何をするか、霖之助には全く予想もつかない。
「ま、用が済んだら返してくれればそれで良いかな」
そう結論付けた彼は、再び店番とは名ばかりの読書に戻った。
――彼は知らない。魔理沙よりも更に厄介な人物が、猛スピードで自転車を漕ぎ去っていったことを。
マヨヒガでは何とものどかに時間が流れ、幽々子と紫はお茶を飲みつつまったりとしていた。
傍らでは藍と橙もまったりしている。
ああ、とても平和だわ……やっぱり私の日常はこうでないと。妖夢が豹変して私に襲い掛かってきたのも、きっと白昼夢とかに違いないわ。
あまりに穏やかな空気にあてられたのか、幽々子がさり気なく現実逃避を始めたその時。
橙に膝枕をしながらニコニコしていた藍が、ピクリと耳を動かした。
「……ん?」
「どうしたの、藍」
「いえ、何か鈴のような音が聞こえたもので」
「鈴? 私には聞こえないけど……」
「気のせいでしょうかね。チリンチリーン、といった感じの音が聞こえるのですが」
藍と紫が耳を澄ましてみたものの、そのような音が聞こえてくる様子は無い。
「まあ、藍は私よりも耳が良いけれど。気のせいじゃないかしら?」
「そうでしょうか……あっ、でもまた聞こえましたよ。先ほどよりも近いように思いますね」
――――ィーン。チリーン……
「あっ、私にも聞こえたわ。だいぶ近づいてきたわね」
幽々子が顔を上げてそう言った、次の刹那。
「ぱらりらぱらりらァーッ!!」
チリンチリーン!
居間の壁を突き破り、いかにも安っぽいママチャリに乗った修羅が姿を現した。
「ちょ、ちょっとどうしたの妖mグサッ」
吹き飛んだ壁の破片が額に突き刺さり、紫は呆気なく昏倒。完全な不意打ちであった。
跳ね飛ばされたちゃぶ台が3回転半して宙を舞い、呑気に眠っていた橙の尻尾の付け根に落下。
痛みとショックで、橙は飛翔毘沙門天をしつつ障子を突き破る。
そんな二人の様子を見て動転した藍はうっかり熱いお茶を膝にこぼしてしまい、畳の上をブリッジの姿勢でのた打ち回った。
その間、わずかに5、6秒の出来事。
ママチャリ一台の登場によって、マヨヒガの平和はあっさりと崩壊した。
ひっくり返ったちゃぶ台の奥でへたり込んでいる幽々子に、愛車“一念無量号”(ついさっきそう名付けた)から軽やかに降り立った妖夢が歩み寄る。
「いけないなあ幽々子……こんなところにいたなんて……パパ心配しちゃったよ」
「ひぃッ」
刃物をギラつかせながら我が子に歩み寄る父など、そうはいないだろう。そもそもパパって誰。
ザッ。
ザッ。
ザ、ガタタ、ゴロゴロ……(転がっていた紫を足蹴にしてどかした)
「さあ、良い子だからこっちにおいで。パパと白玉楼に帰ろうね……」
「ひいぃ、ひぃぃ……!!」
「何をそんなに怯えているのかな?」
「よ、よよよ妖夢……何故ここにいるとわかったの!?」
「ん? パパは幽々子のことなら何だって知ってるよ」
「わ、分かったわ。私が悪かったから、一緒に帰りましょう」
「物分かりの良い子は好きだよ。さあ、こっちへおいd」
「――華胥の永眠っ!」
姑息な手段とは思ったが、生き残るためには必要なときもある。幽々子は妖夢の言葉に従うふりをして、いきなりスペルを放った。
妖夢は箪笥やら何やらを薙ぎ倒し、居間の奥へと吹き飛んでいく。
「――や、やった!?」
立ち上がってすぐさま逃げようとする幽々子だったが……
吹き飛んだ襖の下から、嗤うような声がした。
「――おイタはいけないなぁ、全く……」
「そ、そんな……近距離であれを受けても平気だなんて」
「一緒に白玉楼へ帰ろうね。帰ってじっくり話し合おう。良い子だから……帰ろうねっつってんだろオラァ!」
叫びとともに放たれた剣閃は、思わず首をすくめた幽々子の帽子を景気良く一刀両断した。
「制裁っ……! 私を怒らせた幽々子……制裁……ッ!!!」
血走った瞳で一気に距離を詰めようとする妖夢。だが、そこに思わぬ救いの手が差し伸べられる。
幽々子の足元に突如スキマが出現し、幽々子を呑み込んだのだ。
「あいたた……幽々子、逃げるのよ。出来るだけ遠くへ……」
一瞬意識を取り戻した紫が、友のために出した助け舟であった。
「うう、いたた……」
紫、再びダウン。彼女はいわゆる「いじられポジション」ではなかったので、額に壁の破片が刺さるといった展開には不慣れだったようだ。
邪魔が入ったせいで標的を取り逃がした妖夢は、苛立たしげに気を失った紫を睨み付けた。
「余計な真似を……この年増め、こうしてやる!」
懐からペンを取り出した妖夢は、紫の顔に「肉」という字を書き込む。
たった一文字にも関わらず、書かれた者に深い敗北感と精神的な傷を刻み込む、呪いの刻印である。
「取り逃がしたか。くそっ、イラつくぜぇー!!」
腹いせに絶叫すると、再び妖夢は盗んだバイク……じゃなかった、ママチャリで走り出した。
「ぱらりらぱらりらー!」
――――――――――
スキマに呑み込まれて吐き出された先は、紅い館の前であった。幽々子はフラフラとした足取りで門へと歩み寄る。
今はとにかく、身を隠せる場所が欲しかった。自分を逃がしたあとの紫たちの身が心配だが、彼女の行為を無駄にしないためにも無事に逃げおおせなくてはならない。
素直に妖夢に謝って話し合ってはどうかと思われるが、ここで二人があっさり和解しても何だか盛り上がりに欠ける。細かいことは気にしないで頂きたい。
門の前で小鳥に餌をやっていた美鈴が、幽々子に声をかけた。
「おや、あなたは確か冥界の」
「突然でごめんなさい。館のご主人に、話を通してほしいの……」
「これはまた唐突ですね。何かあったのですか? 話の内容にもよりますが」
「つ、辻斬りに追われているの。しばらく匿ってもらえないかと思って」
まるで時代劇のような台詞に、美鈴は驚いた。
「うーん……そう言われても、まだお嬢様は寝ているし。ちょっと待っていて下さいね」
館へと向かった美鈴の背中を見送りながら、無意識のうちに幽々子は門柱の影に身を滑り込ませるのだった。
さて、それから少しして。美鈴は咲夜とともに戻ってきた。咲夜もまた、幽々子の突然の訪問に少々驚いているようである。
「あなたがここへ来るのは宴会騒ぎの時以来ね。今日はどうしたの?」
「辻斬りというか、ひとり暴走族というか……物騒な人に追われているの。しばらく匿ってもらえないかしら」
「辻斬りとは、なんとも古い単語ね……。何か物騒な騒ぎにでも巻き込まれたの?」
「それが、その……えーっと……」
「話せないような理由では、悪いけど門を通すわけにはいかないわね」
「その辻斬りというのが、妖夢なのよ」
「えっ?」
「今こうして立ち話をしている間にも、私を探してうろつき回っているに違いないわ。見つかったら殺されちゃうのよ!」
「……殺されるもなにも、あなたはもう死んでるじゃないの」
呆れたような表情で息を吐く咲夜。
「まあ、何だか事情がありそうね。取り敢えず話を聞きましょう」
「ありがとー……」
「それでは咲夜さん、後のことはお願いしますね。私はここにいますから、何かあったら声をかけて下さい」
「了解よ」
客室へ通された幽々子は、妖夢に追われることになった顛末を咲夜に話した。
「……というお話だったのサ」
「ふーん……それって、あなたが妖夢に愛想を尽かされたってことにならないかしら」
ぐさっ! ゆゆこは 30の せいしんてきダメージをうけた!
「今まであなたの妙な要求を真面目に聞き入れてきたけれど、堪忍袋の緒が切れたとも考えられるわね」
ぐさっ! ゆゆこは 40の せいしんてきダメージをうけた! ゆゆこは どうよう している!
「辞表まで出したっていうのが、何より雄弁に心境を物語っているわね」
「うう……」
「私だって、この館のことで何も思うところが無いわけじゃないけど。妖夢はあなたと二人きりなわけだから、色々と溜まってたんじゃないかしら」
「ううう……」
「それにほら、あの子は生真面目じゃない。ストレス発散とかも上手くできなさそうだし」
「やっぱり、そうかしら……」
「あなたたち二人の付き合いに関しては私があれこれ口出しできる事でもないけど、ちゃんと話し合ったほうが良いと思うわ」
そう言い終えると、咲夜はちびちびと紅茶を啜った。
幽々子はというと、俯き加減で正面に置かれたカップの中の液面を見つめている。
「つまり、まとめて言うと」
「ええ」
「私が悪い、と」
「その通りね」
つうこんの いちげき! ゆゆこの りせいが みだれる!
「庭師とはいったい……うごごごご!」
「!?」
「あっ、ごめんなさい。少し取り乱してしまったわ。そうね、ちゃんと謝って話し合うわ」
「そ、そう。なら良いんだけど」
「でも、私から謝るにしても問題があるのよね」
「それはどういう?」
「妖夢が……溜まりに溜まったストレスのせいか、すごく凶暴化しているのよ」
「まあ、普段からそこそこ物騒ではあるわね。刃物を振り回すとか」
「それならあなただって物騒だわ。刃物を投げつけるとか」
「刀とナイフじゃ危険度が違うわ。あっちの方が長いでしょ?」
「そういうものかしら。でも、今の妖夢は本当に危ないの。なにせ八雲一家を10秒足らずで全滅させたんだから……」
「……それは本当に物騒ね」
そこまで凶暴だとは思ってもいなかったので、咲夜は少なからず驚いた。
「そこまで物騒な展開になって、マヨヒガは無事だったの?」
「……居間が壁を突き破られて、崩壊したわね」
「あなたを匿うぐらいは良いけれど、館を壊されたらお嬢様が黙っちゃいないわ。私たちの家でもあるし」
「うーん……」
「もう隠れていないで出て行って、妖夢にすぐ謝ったら良いんじゃないかしら。そうすれば、周りへの被害も未然に防げるわよ」
「そうは言うけど、あそこまで怒ってると声をかけるのも怖いわ。許してもらえるかどうか……」
「そこは土下座するくらいの勢いで」
「うーん……」
あれこれ言いつつも、案外親身になって幽々子の話を聞く咲夜。このまま穏やかに「ごめんなさい→和解」ルートに向かうのだろうか。
「まあ今すぐここにいると気付かれることもないでしょうし、じゃあこうしましょう。
図書館の奥に未整理の蔵書をしまってあった部屋があるから、そこに隠れたら?」
「えっ、いいの?」
「あそこなら人目につきにくいし、今は空っぽのはずよ。ちょっとパチュリー様に話をしてみましょう」
「……それで匿って欲しいと、そういうことね」
相も変わらず薄暗い魔法図書館。机に向かって何やら書き物をしていたパチュリーは、手を休めることなく咲夜と幽々子の話に耳を傾けた。
「そうなんです。ただ隠れているだけですから、パチュリー様に何かご迷惑がかかるということは無いと思いますが」
「そう……まあ、何もしないなら別にいいわよ。もしここに追っ手が来ても、奥の部屋にはなかなか気付かないでしょうし。良いわ、ごゆっくり」
「良かったわね、これで隠れ家確保よ」
「ありがとう。何とお礼を言っていいか……」
ぺこぺこと、咲夜とパチュリーに頭を下げる幽々子。異常事態のせいか、どこか腰の低いキャラが板に付きつつあるようだ。
「あ、その代わりに交換条件があるわ」
「えっと、何かしら?」
「あなたの家はそこそこ大きいのよね? 書庫とか、あるかしら」
「ええ。私はあまり入らないけど……」
「じゃあ、そこに歴史書か辞典の類があったら1冊頂けないかしら。あの世の本というのは貴重だから」
「本1冊で良いならお安い御用よ」
こうして完全に交渉成立。幽々子は小悪魔に案内されて、最も奥に位置する物置へと向かった。
幽々子が物置に潜んでから、かなりの時間が経った。
小悪魔が「一応これをどうぞ」と置いていった小さな時計は、間もなく夜の8時半を告げようとしている。
パチュリーが暇潰しにと渡してくれた小説も、あらかた読み終えてしまった。
妖夢はどこにいるのだろう。ここにいることが気付かれたりしていないだろうか。
もしかしたら、私を探し回るのに疲れていったん白玉楼に戻ったのかもしれない――などと考える。
思えば、今日はまったく大変な一日だ。
慣れない逃亡・潜伏といった行動に気を揉んだせいか、少し疲れてしまったようだ。
物置などと呼ばれてはいるが、この部屋はそこそこ広く掃除もしっかりされている様子が窺える。
「何だか眠くなってきちゃった……一休みしようかしら」
ふわあ、と小さく欠伸をすると、ころんと横になる。
部屋のドアに鍵がかけられているか確認してから、幽々子は瞳を閉じた。
「結局、妖夢来ないわね」
「騒ぎが少なくて済むなら良いじゃないですか」
「まあそうよね」
――夜の10時。
日々の雑務を終えてひとっ風呂浴びた咲夜や美鈴たちが、腰に手を当てて牛乳を飲んでいた時のこと。
突如、交代で見回りをしていたメイドの一人が血相を変えて駆けてきた。
「た、たた大変です!」
「どうしたの? そんなに慌てて」
「妙な出で立ちの女がいつの間にか敷地内に侵入して、窓ガラスを割り始めたんです!
今、見回りの皆で取り押さえようとしてるんですが、異常なまでに素早くて」
「妙な出で立ちの……? もしかして」
「はあ」
「刀を持ってたりした?」
「はい。奇声を発しながら刀を振り回してます」
咲夜は「やれやれ」と言うような顔をした。
「――――来たみたいね、辻斬りが」
「悪い子はいねがぁー! 幽々子はいねがぁぁ! ヒョウッ」
奇声を発しながら、高速で駆けつつ窓ガラスを割っていく妖夢。「修羅の血」並みの速さである。
見回りのメイドや門番たちが取り押さえようと奮闘するが、そんな彼女らをあざ笑うかのように妖夢は破壊活動を続行する。
「多感な若者はッ! 無性に校舎の窓ガラスを割ったりしたくなる時期があるぅ! Sweet Sixteen!」
言っていることがおかしい。
「そこまでよ、妖夢」
「……せっかくお風呂に入ったのに、また汗かきそうだなぁ」
と、そこへ颯爽と咲夜が登場。美鈴もついてきたようだ。
妖夢は破壊活動の手を休めると、二人を睨み付けた。
「あぁ!? 何だお前ら。お前らに用は無い……ここに幽々子を匿ってるだろ! お前らアレか。悪の勢力に加担する悪魔崇拝者か。悪は滅びよォ!」
「何故ここにいると思うの?」
「先に永遠亭にガサ入れして来たが……あの女の姿はどこにもなかったッ。あの引きこもりどもも役立たずな……くそっ! しょおー!」
永遠亭の皆様、お気の毒です。今頃、廃屋になっていなければ良いが……。
気になった咲夜は、一応尋ねてみることにした。
「永遠亭の皆に何をしたの?」
「ここではとても言えないようなことをしてやったわ! あの胸のデカい薬屋……良い気味だはぁッ! 詳しいことを知りたければこのアドレスをクリック!」
「…………ッ!(知りたい。是非知りたい!)」
「咲夜さん、ここは冷静に。相手を刺激しては、何をされるか分かりません」
「えっ? ええ、分かってるわ」
咲夜は一度深く息を吸うと、再び妖夢とのコミュニケーションを試みる。
「たしかに彼女は今ここにいるわ。あなたと話をして、ちゃんと謝りたいと……」
「夜討ち朝駆けは兵法の基本だ。だから夜に来た! すごいだろ!」
「……咲夜さん、このヒト話聞いてないですね」
ダメだこの人。美鈴は妖夢とのコンタクトを早々に諦めた。
そもそも、吸血鬼の館に夜討ちをかける時点で戦略を誤っている。
「妖夢、落ち着いて話を聞いて。まずは破壊活動をやめましょう。話し合うのはそれからよ」
「妖夢? その名は既に過去のもの……私は無限の超高速非行隊だ!」
「な、何を言っているの?」
「これ以上無駄な問答を続けるようなら……斬るもやむなし」
「……咲夜さん、これ以上窓を割られるのも困りますよ」
「そうねえ……。じゃあもう、図書館から直接ここへ幽々子に来てもらいましょう」
「……ほう、図書館か(ぼそ)」
「そうですね、それが良いです」
「ねえ妖夢、今からここへ――――あら?」
ついさっきまでそこに立っていたはずの妖夢の姿は、もはや影も形もなかった。
「もしかして、勝手に図書館に行っちゃったんじゃ」
「……なんか、まずい展開?」
「ですね」
「さっさと時間を止めて、その間に縛り上げれば良かったのかしら」
「いえ、私は最初から咲夜さんはそうするものとばかり思ってたんですけど」
「…………あ」
「…………」
「あの……美鈴……ごめんなさい」
「いえ、誰にでもうっかりする事はありますよ。げ、元気出して下さい」
瀟洒なわりには、咲夜はどこか抜けていた。
それも、わりかし肝心なところで。
落ち込む咲夜の肩をぽんぽん叩く美鈴のそばを、生ぬるい風が吹き抜けていく。
――そのころ白玉楼では、幽々子の自室に置き去りにされていたサメが完全に干乾びていた。
――――――――――
「ちょっと眠くなってきたわね……コーヒーを淹れて貰えるかしら?」
「はい、ただ今。あまり無理はなさらないで下さいね」
「……ええ、わかってるわ」
パチュリーは書き物の手を休めると、ふと机の上の置時計に目をやった。午後10時10分になろうかというところである。
今日の魔術書の編纂はなかなかにはかどった。白玉楼の庭師が調べ物に来たのは珍しかったが、今日の目立った出来事というとそれくらいだろうか。
咲夜から聞いた話では、何やら幽々子と一悶着起こしているようだが……。サメについて調べていったが、何に使ったのだろうか。
けたたましい音を立てて扉が開いたのと、小悪魔がコーヒーを持ってきたのはほぼ同時であった。
「はい、コーヒーをお持ち致しましたy「チリンチリンたのもぉーう!!」
「だっ、誰!?」
「ここに西行寺幽々子を匿っているな? 早急に身柄の引渡しを願いたい!」
「あー……えーっと、いらっしゃい。まず図書館では静かに。それから、自転車から降りて」
「パチュリーさま、確かこの方はお昼前にも来ましたよね?」
「ええ。でも、今の彼女は普段の彼女ではないわ。よく見てみなさい、あの様子を」
パチュリーの言葉を受けて、小悪魔は妖夢を注視した。
「早く出せ……幽々子を出せ……ッ」
「目が血走っていますね。怖いです」
「早くしろぉぉぉ!」
「刀を握った手が震えていますね」
「ああ……早くぅ……早くああおあ@おお愛してるおああ私は魂魄妖夢です愛してない白玉楼の庭師をやっておりました私はとても生真面目で愛してる」
「更には、うわ言まで口走っていますね」
小悪魔の言葉に頷きながら、パチュリーは先を促す。
「その通り。では、それらの観察結果から得られる結論は?」
「そうか、わかりました。彼女は――」
「――――薬物中毒ですね!」
ぱちぱちぱち。パチュリー拍手。妖夢は勝手にヤク中にされてしまった。
「そう、ばっちりよ。私のパートナーに相応しい観察眼ね」
「お褒めに預かり光栄です」
「おい……幽々子を……」
「しかし、この幻想郷に薬物中毒が……急いで警察に電話を」
「パチュリーさま、幻想郷に警察はありましたっけ?」
「いや、その……早く幽々子を……」
「同居人がヤク中なんて、それは逃げ出したくもなるわよね」
「気の毒ですね」
「あの……話を聞いて……」
「それにしても、あっさりここへ来たわね。咲夜たちが適当に誤魔化してくれるんじゃなかったのかしら」
「館で何か起きたんでしょうか」
「まあ、ここで暴れられても困るし、さっさと引き渡しましょう」
「そうですね。一番大事なのは館内の平和です」
図書館コンビは、思いのほか非情だった。なにげに妖夢をスルーし続けている点もテクニカルである。
泣きそうな顔になっている妖夢。額に巻かれた“怨敵誅殺”のハチマキも、どこか悲しげな印象を抱かせる。
「あの……ここに西行寺幽々子という方はいらっしゃるかと……会わせて頂けると嬉しいんですが……」
妖夢は随分と卑屈になりつつあった。実に情緒不安定である。
「ああごめんなさい、確かにいるわよ。奥の部屋にいるから、案内するわね」
「さっさとしろぉ!」
「立ち直り早いわね」
「はあ。では、行きましょうか」
もし妖夢が本に危害でも加えたら困る、ということで、パチュリーも同行することにした。
迷路のような書架の間を幾度も潜り抜け、3人は幽々子が隠れている物置の前までやってきた。
小悪魔やパチュリーでなければまず確実に道に迷うであろうほどの複雑な道のりである。
血走った瞳で息を荒らげている妖夢を、2人はチラチラと観察していた。
「ハァァ……フゥゥ……」
「落ち着いて。さあ、この部屋よ」
パチュリーは物置のドアをノックした。
「あなたのとこの庭師が来たわよ。今は比較的落ち着いているようだから、ドアを開けてもらえないかしら?」
……返事は無い。
と書くと「ただの屍のようだ」と続けたくなるのが人情ではあるが、部屋の中の人物は既に死んだあとである。
試しにドアに手をかけてみたが、鍵がかかっているようだ。
「もしもし? 聞こえてる?」
……返事は無い。
「おい」
「……何かしら?」
「本当にここにいるんだろうな?」
「ええ、いるわよ」
「ならば何故返事をしない?」
「……入ってから数時間経っているし、寝ているのかも」
「ならばドアごとKILL!」
「それはやめてちょうだい」
小悪魔はそんな二人の問答を聞きつつ心配そうにしていたが、ふと思いついたのかこう言った。
「あの……その半身を隙間から滑り込ませて、鍵を開けることはできないんですか?」
「ああ、それは良い――――ってそんなまだるっこしい事やってられるか! そんな事してる内に逃げられたらどうする!
アフターザカーニバルだろうがぁ! SHIT!」
「きゃっ!!」
苛立ちが頂点に達したのか、突如妖夢は抜刀して小悪魔に斬りかかる。
咄嗟のことに彼女は反応できない。小悪魔の頭上で、死兆星がひときわ強い輝きを放った! 次回「二代目司書現る」にご期待くだs
「あぶないっ……チェストォー!」
――肌身離さず分厚い魔道書を持ち歩いていることが幸いした。
使い魔の危機に、反射的に身体を動かすパチュリー。
懐から本を抜き出すフォーム、グリップ角度の素早い変化、振りかぶる角度とスピード、そして思い切った振り下ろし。
その動作のいずれもが、まさに一流と呼ぶに相応しい切れ味であった。
神速で振り下ろされた魔道書のカドは、殺人的な加速度と威力を伴って妖夢の頭部に吸い込まれた。
「え!? えひゃい!!」
うら若き乙女にあるまじき悲鳴を上げて、妖夢は崩れ落ちる。
手から愛刀を取り落とし、うつ伏せに倒れてピクリとも動かなくなった。
怒りに燃える修羅「無限の超高速非行隊」、紫もやしに敗れる!
(●魂魄妖夢 : ○パチュリー・ノーレッジ KO勝ち……魔道書のカド)
「パ、パチュリーさま……」
「もう大丈夫よ。賊は撃退したわ」
「し……死ぬかと思いました……」
床にへたりこんだ小悪魔を、そっと抱き起こすパチュリー。
「これで多少はマトモになるでしょう。――あら?」
倒れた妖夢は一向に動く気配を見せない。
パチュリーは妖夢が取り落とした白楼剣と楼観剣を手繰り寄せると、鞘の先っぽで妖夢をチョンチョンと突ついた。
……動かない。妖夢の上では、ドクロの形になった半身が力なく漂っている。
「ちょっと強くやりすぎたかしら」
「でも、さっきのは正当防衛ですよ。先に襲ってきたのはこの人ですから」
「そうね、そうよね」
会話を続けて自己の正当性を再確認しつつ、妖夢の頭を鞘で小突きまくるパチュリー。何気に外道だ。
かっくんかっくんと、キクラゲリボンを付けた頭が心もとなさげに揺れる。
「……ほんとに死んじゃったのかしら」
「ど、何処に埋めましょう!?」
何気に危険な発言をする小悪魔。小さくたって悪魔なのだ。
サスペンス劇場が始まってから20分ごろのような会話を二人が始めたとき、いきなり物置のドアが開いた。
外開きのドアだったため、開いたドアがもろに妖夢の頭にぶつかり鈍い音を立てる。
そのせいで、首がいささか個性的な方向に曲がってしまった。
――――あ、今のでトドメさした。
無言のうちにアイコンタクトを交わした二人は、何処からともなく黒い麻袋を取り出すと妖夢を詰め込もうと作業を始めた。
「あ、あの……何をしてるの? 二人とも」
眠たげな表情で呑気に声をかけてきた幽々子を、パチュリーと小悪魔はキッと睨み付けた。
間近には、中途半端に死体が詰められた麻袋。まさに凶悪犯の風格が漂っている。
「どうしたの、そんな怖い顔して」
「出てくるのが遅いわこのボケ!」
再び魔道書のカドが唸りを上げる。だが、幽々子はのらりくらりとした動きでそれをかわした。
「ちっ」
「何があったの、いったい……あら、そこにいるのは妖夢!?」
麻袋の口からはみ出した頭を見て、思わず驚きの声を上げる幽々子。
妖夢は完全に白目を剥き、口の端からはだらしなく舌がはみ出ている。実に凄惨な逝き様であった。
「ひっ、し……死んでる!」
「殺すつもりはなかったのに……この女がいけないのよ!」
「誤解しないでください。パチュリーさまは私を助けようとして――」
「こんな所を見られたからには、あなたも生かしてはおけないわ。ここで死んでもらうわよ!」
「いやあああああッ!」
♪ちゃちゃちゃっ、ちゃちゃちゃっ、ちゃーらー!
「…………って、あなたはもう死んでるんだったわね」
サスペンス劇場な流れから戻り、溜め息をつくパチュリー。
幽々子も一息つくと、二人に状況の説明を求めた。
「いったい私が寝てる間に、何があったの?」
「やっぱり寝てたのね。仮にも逃亡中だっていうのに、図太いというか大物というか……」
呆れつつも、パチュリーと小悪魔は今までの出来事を幽々子に語って聞かせた。
――――――――――
「なるほど、そんな事が……迷惑かけちゃったみたいね。ごめんなさい」
「まったくよ、もう」
「しかし一向に妖夢が目を覚まさないわね。これはもう本当にダメかも知れないわ」
案外さらっと言ってのける幽々子。
「さらっと言うけど、良いの? その、反抗期中とはいえあなたの家族に手荒な真似をしてしまって……」
「妖夢から斬りかかってきたという話だし、それなら正当防衛だわ。それに」
白目を剥いたままの妖夢ヘッドをちょんちょんと突つく幽々子。
「半人半霊が零人一霊になるだけのこと。私たちにとってはさほど大きな差じゃないわ……それに殴られたショックで記憶を失っていれば、
もう付け狙われることもないでしょうし。私ってツイてるわ」
散々妖夢を怒らせる原因を作っておいて、結局謝らない。まさに外道!
「取り敢えず、妖夢をここに置き去りにするわけにはいかないわね。責任を持って私が預かります」
パチュリーから白楼剣と楼観剣を受け取った幽々子が、妖夢入りの麻袋を引きずって去ろうとした瞬間。
麻袋が、怪しげな光を放ち始めた。
「!? これはいったい――」
麻袋が放つ光は次第に強くなり、目を開けていられないほどに強くなっていく。
「うおっ、まぶしっ」
3人は堪えきれずに目を閉じた。図書館は光に包まれ――――
「ふう、驚いちゃった。今のはいったい何?」
恐る恐る目を開けた幽々子が見たのは、愕然とした表情で背後を指差しているパチュリーたちの姿だった。
よほど驚いているのだろう、指先がぷるぷると震えている。
一体何事かと振り向いた幽々子の目に、恐ろしい光景が飛び込んできた。
「――――民たちよ、よく聞きなさい。今こそ世界を浄化するために万人が普遍的な愛に目覚めるべき時なのです。アガペーに目覚めなさい」
彼岸を渡り切ったと思われていた妖夢が、釈迦の如き光を纏って立ち上がっているではないか。
しかも暴れまわっていた時とは、発言が180度以上異なっている。
背後の後光は、よく見ると円形に変化した半身であった。
「よ……妖夢がまた狂った……!」
「狂っているのは貴女方のほうです。さあ、今すぐ穢れた欲望を捨て去るのです。解脱せよ人民。さすれば悪魔的宇宙人の侵略から逃れ、
光輝く楽園へと召される選ばれし神の子となるでしょおー」
「も、もう私のこと怒ってないの?」
「怒り? そのような凡俗な感情とは、私はすでに無縁の身。結局アレですね、誰かを困らせるのがちょっと楽しかっただけなんですよね。
構って欲しいんですか? 実に幼稚です。幼稚朝駆けは兵法の基本。幼稚な貴女には、もはや怒りさえも湧いてきません。アガペー」
言葉の端々に、棘が見え隠れしている。ちょっと待て、怒りなんて凡俗な感情だと言ってなかったか。
パチュリーと小悪魔はこの超展開に頭が付いてこないのか、呆然と二人のやり取りを眺めているだけである。
「何を言ってるのかよくわからないけど、取り敢えず白玉楼に帰りましょう」
「……誰に向かって物を言っているのです? 貴女はいまラピュタ王……じゃなかった、神の前にいるのですよ」
「か、神!?」
「神と聞いて歩いて来ました」
最近、魔界神はあちこちで引っ張りだこだ。
「あ、歩いてお帰り!」
動揺している幽々子たちだったが、お約束へのリアクションは忘れない。魔界神は大人しく去っていった。
「真の救済が成されるその時まで、神は一人でいい……誰にも邪魔はさせませんよ。さあ、もっと我を崇めよ。バルス!」
そう言い放つと、妖夢は指先から怪しげな光を乱射し始めた。
光によって、書架や積み本が吹き飛ばされていく。
「神の御前であるぞー。くらえ滅びの言葉だー!」
「ああっ、何するのよ! 神だか何だか知らないけど、図書館に危害は加えないで!」
妖夢に向けて、パチュリーがセントエルモピラーを放つ。
怪しい光と火炎が飛び交う光景を見つめて、幽々子と小悪魔は引き返せない境地にまで自分たちが踏み込んでしまったことを悟った。
「ああ、春を集める前に戻りたい……」
繰り広げられる死闘をよそに、現実逃避に走る幽々子。元はと言えば彼女が諸悪の根源のようにも思われるのだが……。
小悪魔は泣きながら、見えざる何かに向けて祈り続けていた。
「もうイヤ……頭がおかしくなりそう! 誰か止めて……私たちを助けて……」
祈る小悪魔の前では、「蔵書の背表紙に“18禁”と書き込んで回る」というみみっちい攻撃に出た妖夢をパチュリーが羽交い絞めにして殴り続けている。
か細い身体で必死にマウントポジションを取り、髪を振り乱しつつ魔道書のカドで一心不乱に殴打を続けるその姿はまさにアニマルだ。
「誰か……助けて……!」
小悪魔の必死の願いは、唐突に“あの人”に届いた――――
「天知る地知る我知る人知る。どなたか私を呼びましたか?」
「あ、あなたは一体?」
「しがない閻魔です。私に助けを求めたのはあなたですか」
「は、はい。あの人を止めてください!」
小悪魔が指差した先では、マウントポジションを取り返した妖夢がパチュリーの魔道書にも“18禁”と書き込んでいた。
「……なんです、あれは。はて、どこかで見たような……」
「か、神です」
「神?」
「何が何だかわかりませんが、本人がそう言ってるんです」
「……自己申告制の神様ですか。まるでどこかの新興宗教ですね……よろしい、彼女は私が何とかしましょう」
「本当ですか! お願いします!」
「まあ私が来たからには、大船に乗ったつもりでいて下さい。ビシッと決めてきますから」
小柄な女性はそう言い放つと、つかつかと妖夢に歩み寄った。幽々子は呆然とした様子で、それを見つめている。
「そこの神とやら」
「ハイ、神です」
妙に良い姿勢で返事を返す妖夢。その下ではパチュリーがもぞもぞと蠢いている。
「今すぐ、組み伏せている彼女を解放しなさい。そこのあなたもこちらへ」
そう言って、女性は手に持った杓で幽々子を指した。
のろのろとした足取りで、指示に従う幽々子。
「見たところ、一連の騒ぎの元凶はあなたたちのようですね」
「ハイ、神です」
「ああ、春を集める前に戻りたい……」
会話になっていない。
「私も長時間この魔空間にいたら疲れそうなので、さっさと済ませます」
「ハイ、神です」
「グダグダになってきたこの話に、適当なオチをつけること。それがあなたたちに出来る善行よ」
「ハイ、神です。アガペー」
「春を集める前に……って、えっ、私も? 私も悪いの? 話し合いましょう! ね? ちょっと待っ」
八雲一家を10秒足らずで全滅…
この言葉に凄い迫力を感じました。永琳がどうなったのかも気になります。
ちなみに幻想郷にも警察はいるのです。
OK、ブラクラゲット
神綺さま(´・ω・)カワイソス
こんなオチもつけずに終ってしかも笑えるSSは初めてですよ(www
々
子
泣
か
す
続きかかないの?!続きは書かないの?
苦情は一切受け付けてない、KILLって、ちょっ
話し合いましょう! ね? ちょっと待っ
うん、この作品ならそれが正しいのでしょう。
こう、最終的に主従の愛再確認、といった王道より、こっちの方が相応しい感じですな。
しかし何よりヘタレだったメイド長に萌えた
誰もわからないよそんなマニアックなの!
第一作で「オチが弱かった」とのご指摘を受けたことを教訓に、最後まで突っ走った話を書こうと心掛けました。その結果、このようなひどく荒んだ世界が広がってしまったわけですが……。
各所に仕込んだ小ネタなどへのお言葉、とても嬉しいです。
「イカレてる」「ひでぇ話だ」……そんな言葉こそが、痴態の限りを尽くした妖夢への何よりの供養となるでしょう(ぉ
それではまた、お目にかかれることを祈って。
本当に有難うございました。
是非永遠亭サイドもみたいです。
うおっまぶしっ
私は逃げ遅れたようで…
妖夢が素敵過ぎます!
ワロスwwwwwwwwwwwwwwwwww
こいつはヤバイぜ!
確かにこれって効き目絶大ですよねぇ…(遠い目
やべぇwwwwwwwwwwwwwwwナニコレwwwwwwwwwww
「庭師とはいったい……うごごごご!」
やべぇwwwwwwwwwwwwwwwナニコレwwwwwwwwwwwネオユユコwwwwwww
あとフカヒレの名産地に住んでた者の経験としてサメは乾くと匂います。
腹いてえwwwwwwwwww
つーか笑うなというのが無理wwwww
だが、それがいい
みょんこのままなの!?ねえ!?wwwwwwwwwww
「庭師とはいったい……うごごごご!」←ちょwwwww俺の有らん限りの青春wwwwww
なんか他にも色々やめてしまってる妖夢に乾杯!
白玉楼、アンモニア臭が染み付いちゃってますね