Coolier - 新生・東方創想話

見上げれば帚星

2006/06/18 12:01:27
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 人間が住む郷。
 その一角に、けして大きくはないが民家にしては大きめの古びた屋敷が建っていた。
 門前には大小様々な壺やら石やら正体不明の物体やらが、なんの規則性も無しに並べられている。
 端から見ればゴミ屋敷にも見えるが、そこはれっきとした店だ。
 店にしては売ろうという意思があまり見えないが、そこに店主の性格が伺える。
 申し訳程度に飾られた看板が、唯一店であるということを示していた。


 その看板に書かれた店名は――――


 ☆


 庭先に植えたアジサイの葉から、雨粒がしたたり落ちる。
 今日は朝から雨だ。
 縁側から見える梅雨の景色に、彼はため息をついた。
 動きやすいように短く切っただけの黒髪、そして口元には無精ひげ。
 面倒くさがりな性格がよくわかる。
 がっしりとした体格ではないが、ひょろりともしていない。
 程良い肉付きと背丈に、飄々とした雰囲気の顔。
 彼の性格がそのまま体を構成しているのではないかと思える容貌だ。
「あー……雨だねぇ」
 口から漏れるのは気怠そうな息と言葉。
 やる気が微塵も感じられない。
「もぅ! もうすぐ開店時間ですよ」
 そんな夫を叱咤するように、彼女は彼の背を叩く。
 まったく容赦のない一撃が見事に決まり、彼は声にもならない声を上げた。
 妻はぐうたらな夫とは対照的に顔つきがしっかりしている。
 加えて、縁なしの眼鏡をかけることによりその印象はさらに際立つ。
 黒のカチューシャでまとめている金糸の髪はウェーブ掛かっており、
 彼女が異国の血を継いでいることが窺い知れる。
 背丈は夫よりも低いが、彼女の凛とした立ち居振る舞いは、そのような差など気にさせない。
「雨だからってお店がお休みになるわけじゃないんですからね」
「いやぁ、雨じゃお客さんも来ないだろう」
 へらへらと笑う夫に、再び叱咤の一撃を加える妻。
 彼等の間では日常茶飯事のやり取りである。


 この対照的な二人は、その郷では有名な夫婦として知られていた。
 そんな彼等が経営するこの古道具店。
 しかし日用品として利用できるものは、そのうちの半分にも満たない。
 殆どは得体の知れない物品ばかりで、いったい誰が買うのか疑問に思われる。
 それに売ろうとしているのかいないのか、陳列方法はすべてばらばら。
 値札も貼られておらず、店主の気まぐれで値段は決められるそうだ。
 そんなだからまず客はいない。
 そこに加えて店主は面倒くさがりな性格ときたものだから、目が当てられない。
 唯一の救いは、彼の妻はそうでもないということ。
 定期的に店内を掃除し、まだ売ろうという意思が伺える。
 だがしかし、この女性にも問題があった。


 開店時間になり、戸口を開く。
 雨が降っているので、外に出せる物は少ない。
 まずは溢れかえる物を客が物色しやすいように整理しなければならない。
 足の踏み場もないなど、店として言語道断である。
 それをするのは大概妻の方で、夫は別に手伝う風でもなくただそれを見ているだけ。
 しかし口は出す。
「おいおい、片付けているんだよね」
「えぇ……そうですよ」
 物を動かして、置く。
 また動かして、置く。
 それを見ながら、夫は呆れるように呟いた。
「だったらなんでさっきより散らかっているんだい」
 夫の言葉に、彼女はふるふると肩を振るわせる。
 泣きそうなのではなく、むしろ怒りによるものだ。
 しかしながら、夫の言いたいことも至極当然に感ぜられる。
 それだけ彼女の片付け方には問題があるのだ。
 物を動かして、置くだけ。
 整理整頓という概念が欠落しているかのように、まったくもって物は片付かず、
 どちらかというとさらに酷くなりつつある。
 しかしそれを自分の所為だとは決して認めない妻。
「あなたが集めてきた物の数が多いからではありませんか?」
 いやぁ、ははは、と夫は笑う。
 その笑顔に誤魔化されるほど、付き合いの浅い仲ではない。
 妻の一撃本日三度目をもらいながらも、夫はその笑顔を絶やさない。
「まったく……」
 そこで初めて夫も重い腰を上げ、開店準備を手伝い始めた。
 集めて捨てない夫。
 片付けられない妻。
 二人は互いの短所を補い合いながら、この店の経営を行っている。


 開店時間を一刻ほど過ぎて、ようやく店として機能する程度まで整理が済んだ。
 これはいつものことなので、こちらが本当の開店時間と言えるかもしれない。


 ☆


 開店してからしばらく経った頃。
 雨もだいぶ小雨になり、外を歩く人の数も増えてきた。
 しかし店に入ってくる者はいない。
 そもそもこの郷に住んでいる者は、この店を利用しない。
 その店に自分たちが使える物がないと分かっているからだ。
 それでも夫婦は毎日のように店を開ける。
 それは少なくとも、客が訪れるからだ。
 そうでなければ、とっくの昔に店を畳んでいる。
「今日も客はすっからかんだね」
 物だけがごっさり積み重なっているのに、閑散とした印象を受けるのは、やはり人気がないからだ。
 それなのに店主は落胆する様子をまったく見せない。
 商売根性逞しいどころか、むしろ貧弱すぎる。
「はぁ……捨てるに捨てられないものばかりだから、こうして売っているのに」
 そんな夫の代わりに落胆のため息をつく妻。
 捨てられない理由。
 それはこの道具達には、大小少なからず“曰く”が付属しているからだ。
 適当に捨てて、九十九神にでも変化したらどうなることか。
 妖怪跋扈が当然の幻想郷としても、無闇に妖怪の数を増やしてはいけない。
 人間と妖怪のバランスを、不用意に崩してはならないのである。
 だからこうして捨てずに、売り物として置いてあるのだが、
 曰く付きだとわかっていて、誰が好き好んで買おうとするだろうか。
 いや、中にはそういった物好きもいるが、生憎この郷にはそのような奇特な住人はいない。
 だから客が少ない――当然のことである。
「当然じゃなくて、それなら売れる工夫をするべきでしょう」
 物を処分したい妻は、そんな売る気のない夫を叱咤する。
「そもそも売れる品物じゃないんだから、何をしても無駄さ」
 しかし、夫はのらりくらりとそれを交わす。
 客のいない店内には、二人のいつものやり取りだけが響いていた。
「相変わらずだな」
 そこに曰く付きの物でも買える奇特な客がやってきた。
 客がやってきたことで、妻の顔に喜びの色が浮かぶ。
 現金だね、という夫の呟きを無視しながら妻は客に歩み寄る。
「いらっしゃいませ……って、あらこれはまた珍しい」
 妻はその客が見知った顔だとすぐに気がつく。
 なにぶん客の数が少ないため、一度来た客の顔は覚えているのだ。
 やってきたのは蒼い服に四角形の帽子が特徴的な白髪の美しい女性。
「久方ぶりだな。元気にしているか? まぁさっきの様子だと、その心配はないようだが」
「お恥ずかしい限りですわ。でも本当に久しぶりですね。慧音さん」
 店主の妻との談笑に花を咲かせるのは、幻想郷でも指折りの知識人、上白沢慧音。
 ハクタクと人間のハーフであり、人間と交流が深いという珍しい妖怪である。
 その慧音だが、この郷とは山を挟んで随分離れた場所に居を構えているため、
 ここにやってくるのはごく希なことなのだ。
 以前にやってきたのは確か一年か一年半くらい前のことである。
「おや、慧音さん」
「ご店主、息災で何よりだ」
 店の奥から出てきた店主に、慧音は礼儀正しくお辞儀をする。
 店主もお辞儀を返して、人の良い笑みを浮かべた。
「それで、今日は何をご所望ですかね?」
 店主の言葉に、慧音はすまなさそうに答える。
「いや、買いたい物があるわけじゃないんだ。実は先日貴方達の娘と知り合いになってな」


 慧音は久しぶりにこっちの郷まで見回りに来た。
 妖怪の被害が人里にまで及ばないように、彼女は時折こうして見回っているのだ。
 しかしこの郷は妖怪の住処である森やら山やらには離れた場所にあるため、
 あまり心配はない、とやってくる頻度も少ないのである。
 今日はそんな数少ない見回りの日なのだ。
 そんなとき、ふとこの店の看板が目に入った。
 其処に書かれていた店名を見て、ある人物のことを思い出したのだ。
 ふと好奇心が疼いた、とでもいうべきだろうか。
 それで慧音は、特に用はないのだが店に顔を見せたのである。


「どうぞ、粗茶ですが……」
「いや、こちらこそご厚意に甘えさせてもらって」
 いつの間にか客間に通され、茶などを振る舞ってもらっている慧音。
 一度は断ったのだが、店主達のどうしてもという言葉にやむかたなく甘えることにした。
 茶菓子と共に出された緑茶は良い具合に味が染み出ている。
 雨降りの中を飛んできて冷えた体を、芯から温めてくれる。
「娘は、元気でしたか」
 湯飲みを置いて、店主は慧音に尋ねた。
 その顔には穏やかな笑みが浮かんでいるし、声にも抑揚がないため、
 彼がどのような感情を込めて聞いているのかは慧音にはわからない。
 ただし、子を思う親として彼が聞いていることだけはわかった。


 彼等の娘は、もうずっと彼等の前に姿を現してはいないのだ。


 彼等夫婦の間には、一人の娘がいる。
 正確には、いた、が正しい表現だ。
 死んだわけではない、今も生きている。
 しかし彼等が実際にそれを確認したことはない。
「もう何年になりますか」
 それは彼女がこの家を出て行ってからの年数を聞いた慧音の言葉。
 店主は指を折りながら、その年数を数える。
「あの子が五歳の頃に出て行きましたから……今年でちょうど十年ですね」
 そんなに、と慧音は呟いた。
 この話を初めて聞いたときは、本当にまだ生きているのか疑ったくらいだ。
 誰か他の人間と暮らしているのならまだしも、人目を避けてたった一人で
 暮らしているというのだから、慧音がそう思うのも無理はない。
 幼い少女が一人で生きていけるほど、この幻想郷は易しくないのだ。
「まぁ……彼女なら大丈夫か」
 初めて慧音がその娘と出会ったのは、あの永夜異変の当日。
 魔法使いと共に行動していたから、最初は人外の類と勘違いした。
 それは彼女が人外の類以上に、人ならぬ力を持っていたことも関係しているが。
 実際に出会った今だからこそ、彼女なら一人で暮らしていても平気だろうと言える。
「それにしても、彼女がご店主達の娘だったとは」
「妻によく似て器量は良いでしょう。あの金髪は人間の中では特徴的だ」
「たしかに……見た目は良いな」
 あの性格ではせっかくの持って生まれた魅力も、女性としては使えないだろう。
 慧音は笑って誤魔化し、それを口にはしなかった。
 何せ目の前にいるのは、当人の親なのだから。
「相変わらず暴れ回っているようですね」
「知っているのか……会ったことは?」
 それに関しては首を横に振る店主。
 彼は風の噂に聞くだけで、やはり娘には一度も会っていないのだという。
 その理由を尋ねると、店主は徐に告げた。
「あの子にはあの子の生き方があります。私達とは違うあの子だけの生き方を。
 今もその道を歩んでいることが分かれば、特に会いたいとも思いません」
 時々、慧音のように幻想郷の事情に詳しい客が来ては話をしてくれるから、
 それで消息も分かるから、と付け加える。
「確かに、彼女は有名だからな」
 苦笑を浮かべながら慧音は思い出す。
 強力な妖怪達と互角に渡り合う力を持ち、いろんな所に首を突っ込む彼等の娘。
 妖怪の間でも、その名はだいぶ浸透している。
 博麗神社の貧乏巫女と良い勝負だ。
「その様子だと良い意味でも、悪い意味でも、と言ったところかしら」
 茶菓子を持ってきた店主の妻も苦笑を浮かべている。
 彼女の性格は昔から変わってないのだろう。
「なかなか面白い人間だとは思ったが」
 明るくて活発、と言えば聞こえは良いが、本質はひねくれ者で負けず嫌い。
「でもあれはあれで、ちゃんと女の子っぽいところはあるから憎めないんだけどね」
「そういうものなのか……」
 慧音からすると、お世辞にもそうとは思えない。
 付き合いが浅いこともあるのだが、少し会っただけでは彼女にそんな印象をうけることはまずない。
 よく一緒にいる紅白巫女や人形遣いなら、もしかするとそう感じることもあるのかもしれないが。
「まぁ、なんにしても元気で過ごしていることが分かって良かったわ」
「そうだね」
 顔を見合わせて笑い合う二人を見て、慧音の口元にも笑みが浮かぶ。
 兎にも角にも、自分の話が二人を安心させたことで、慧音は話して良かったと思えた。



「それでは、失礼するよ。随分ご馳走にあずからせてもらった。ありがとう」
 律儀に謝礼の言葉を口にし、お辞儀する慧音に夫婦は笑って答える。
「いやいや、これくらい何でもないですよ。こちらこそ、話を聞かせてもらって
 楽しかった。また来てくださいね」
「また会ったら、娘によろしく伝えてくださいな」
 店先まで見送りに出てきてくれた二人に、再度礼を返す慧音。
 その視線が、暦表を捉える。
 日付の感覚にはあまり頓着しない幻想郷の住人にはあまり必要のないものだ。
 だが歴史を考える上で、時計と暦は重要なものとなる。
 そこに書かれている今日の日付を見て、慧音はあることを思い出した。
 慧音の書庫を物色しにきた彼女に、たまには実家に顔を見せたらどうだ、と言った記憶がある。
 うまく誤魔化されてしまったが、慧音は親に対する感謝の気持ちを、ある慣習の話を交えながら話して聞かせた。
(そういえば今日は……。あいつは覚えているんだろうか)
 真面目に聞いているようには見えなかったから、それはないかとため息を漏らす。
 と、慧音の視線と店主達の視線がかち合った。
 いつまでもここにいては店主達が中へ戻れないと気がつく。
 傘を差し、雨の降る空へと飛び上ると、慧音は自分の庵へと戻っていった。


 ☆


 昼食の後、お茶で一息つく店主。
 慧音が帰ってからは、また客のいない店に逆戻りし、暇をもてあましている。
 いつものことなので、気にする様子も見せない。
「やっぱりお前の淹れるお茶は格別うまいな」
「私以外が淹れるお茶なんて飲んだこともないくせに」
 食器を片付けながら妻は答えた。
 その顔には、言葉とは裏腹に笑みが浮かんでいる。
 ゆったりとした時間を過ごす二人。
 とても開店中とは思えない。
 しかしこれがこの店の日常風景だ。
「それにしてもあの子は相変わらず、なんだねぇ」
 彼が言うあの子とは、勿論彼等の娘のことだ。
 時々耳に聞く噂は、いつもあの子の武勇伝――もとい暴れっぷりばかり。
 昔から好奇心旺盛で、何にでも首を突っ込みたがる性格だったが、
 それは年月を重ねても落ち着くことを知らないらしい。
 慧音も話している途中に何度も苦笑を漏らしていたから、やはり相変わらずなのだろう。
 しかし彼等は実際に会ったことはない。
 だから彼女が各地で有名になっても、どのような姿でどのように暮らしているのかは、
 彼等にはわからないのである。
 そんなもの会えばすぐに分かろうものだが、会おうとしないのだから分かるはずがない。
 だからといって、けして会いたくないわけではない。
 ただ会いに行っても、彼女の方が顔を出そうとしないだろう。
 そういう性格であることを、親である彼等は一番知っている。
 だから彼女が家から出ていくことも承諾したし、会いにも行かないでいる。
 いつか会いに来てくれることを待っているのだ。
 かつて同じようにこの家を出て行った彼が、時々顔を見せてくれるように。


 そのとき、二人以外の声が居間まで届いた。
「こんにちは」
 店先から若い男の声が聞こえてくる。
 今日はいつになく来客が多いらしい。
 多いと言っても今のところ二人だが。
「おや、噂をすれば……というやつだね」
 その声にはとても良く聞き覚えがあった。
 二人の顔には自然と笑みが浮かぶ。
「どうも、久しぶりです」
 二人の前に顔を見せたのは、眼鏡をかけた青年だ。
 当たり前のように店の奥にある居間へとやってきている。
 それを二人は咎めたりはしない。
 むしろ茶を出すなどして、来てくれたことを歓迎している。
「やぁ、そっちは繁盛しているのかい」
 店主の言葉に、青年は困ったように笑った。
 たぶん彼を知るものでもあまり見ることのない、彼にしては珍しい表情だ。
 それだけこの夫婦が、彼にとって心を許せる相手であるということなのだろう。
「先生も人が悪い。ここと変わらないことくらい分かっているくせに」
 店主のことを先生と呼ぶこの青年。
 名は森近霖之助。
 人里と森との中間に「香霖堂」という店を構えている。
 かつてはこの夫婦が経営する店で修行を積んでいたこともある。
 だから店主を「先生」と呼び、冗談を言い合えるほど仲がよいのだ。
「この前来たのは三ヶ月くらい前だったかな」
「そうですね。それくらいになると」
 霖之助は客としてくるときもあるが、大半の場合はそうではない。
 ただし遊びに来ているわけでもなく、れっきとした仕事で来ているのだ。
「それで今日はどんな代物を持ってきたのかな」
 霖之助は腰につけた鞄から、一巻きの巻物を取り出した。
 かなり古い物らしく、黄ばみが激しい。
 霖之助は何も言わずにそれを店主へ差し出した。
 ふむ、とそれを受け取りながら思案する店主。
「……成る程、これはまた面白い“呪い”だね」
 その言葉の持つ仰々しさを微塵も感じさせない口調に、霖之助はホッした表情を見せた。
 霖之助の目が捉えたその巻物の用途、本来ならば“記録を残す”とでも見えるだろうが、これは違う。
 “見立て”が終わったらしい店主は、巻物を机に置きながら説明する。
「どうやらこれを読んだ者の言葉を奪う程度の呪いのようだね」
 程度、というにはいささか危険すぎるように思えるが、
 彼から言わしてみれば「命を奪わないのならその程度だよ」ということらしい。
「解呪できますか」
 霖之助の質問に、難しい顔を浮かべるどころか苦笑を浮かべる店主。
「その為にここへ持ってきたんだろう?」
 店主は妻にその巻物を渡す。
 受け取った妻は霖之助に微笑を浮かべると、
「それじゃあ少し待っててくださいな」
 そう言い残し、居間を後にした。


 残された二人は、とりあえず茶を啜る。
「いつもいつもすみません」
 礼を言う霖之助に、店主は手の平を振って答える。
「いやいや、これくらいしか私達にはできないからね」
 これくらいしか――というのは、彼等の副業のこと。
 本来は曰く付きの道具を適当に販売する道具屋であるが、それ故に呪いの憑いた道具とも縁がある。
 呪いとは他の曰くとは異なり、誰かが故意に仕掛けるトラップだ。
 先天的に付属する曰くとは別物で、彼等はそれを解呪――つまり外す力を持っていた。
 曰くなど無い方が売れるに決まっている。
 霖之助は、時々呪いが掛けられているであろうアイテムを、解呪してもらうために、
 こうして元師匠である彼等の元を訪れるのだ。
 彼等――特に妻の方だが――には特殊な力があり、それを利用しているのだという。
 何にしても、霖之助には「未知のアイテムの名称と用途がわかる程度の能力」しか
 持ち合わせておらず、こうして誰かに頼むほかないのだ。
 知り合いの巫女に解呪を頼もうものなら、法外な報酬をふんだくられる可能性が高く、
 それならば昔のよしみで、格安で解呪してくれるこの店まで来る方が得策というものである。
 それにこの夫婦には、また別の用で会いに来る目的があった。
「あぁそういえば、今日は慧音さんが来てね」
「慧音……上白沢慧音のことですか?」
 慧音のことは霖之助も知っている。
 物を買わない常連達から、人間を守り人間に慕われる半人半獣がいると話に聞いた。
 以前取材ついでに号外を幾つも置いていった天狗少女の新聞でも紹介記事があった気がする。
 その慧音という女性がここに来たのだそうだ。
「その彼女から娘の話を聞いてね。君の所にも相変わらずにやってくるのかい」
「はは、まあ彼女は昔からまったく変わってませんよ」
 そうか、と呟く店主の顔はどこか穏やかに見える。
 霖之助は時々やってきては、彼等の娘の話をするのが恒例となっていた。
 そのたびに二人はとても嬉しそうに微笑むのだ。
「でも先生達から受け継いだ癖だけは直して欲しいと思いますけどね」
「蒐集癖も相変わらずか……」
「似たもの親子、ですからね」
 霖之助の言葉に、店主の笑みが苦笑に変わる。
 娘の蒐集癖は親である自分に原因があるのが分かっているからだ。
 生まれた時から好奇心をそそられる物が、周囲に溢れていた。
 そんな環境で育った彼女が、興味を持ったものを集めたがるのも分かる気がする。
 気はするのだが……。
「いつまでもツケというのは……ははは」
 話していると乾いた笑いが漏れてくる。
 霖之助の脳裏に、これまでに持って行かれた品々の姿が浮かんでは消えていく。
 香霖堂の物を勝手に「借りて」いくのは店主たる霖之助からしてみれば、
 商売あがったりなので、やめてもらいたいと常々思っていることだ。
 被害に遭っているのは香霖堂だけではないそうだし、困ったものである。
「うーん……でも、人に言われて正すような子じゃないからねぇ」
 変わってないのなら尚更だろうなぁ、と店主は本気で考え込む。
 そんな師匠の姿を見ていた霖之助は思わず吹いてしまった。
「そこまで悩んでもらう必要はないですから」
 そういえば、と霖之助はあることを思い出した。
 それはいつもと同じ時間が流れるはずだった、ある日に起こった奇怪な出来事。
 少なくとも霖之助にとっては、奇々怪々な事件といえる。


 ☆


 それはつい先日のこと。
 香霖堂のドアがやや乱暴に開かれ、いつものように彼女はやってきた。
 おーす、という少女には似つかわしい挨拶と共に。
「今日は何を持って行く気だ?」
 もはや「いらっしゃい」という迎える相手ではない。
 半ば呆れ気味に出迎えると、相手は心外だとでも言いたげに眉根を寄せた。
 持って行ってるんじゃない、借りているだけだ、といういつもの言い訳を口にしながら店内を物色し始める。
 これは今日も何か持って行く気だな、と霖之助は注意しながらそれを見ていた。
 彼女は集めるだけ集めて使わないから、物の価値を平坦化させる。
 なのに持って行くときは決まって価値の高い物を選ぶから始末に負えない。
 草薙の剣が家に転がっているなどどう考えてもおかしいものが、彼女の家にはゴロゴロしているのだ。
 もう一人、勝手に物を持って行く知り合いもいるが、そっちは使うから持って行く。
 だが今物色している彼女は、使わなくても持って行く。
 父親の蒐集癖を悪い形で受け継いでしまったらしい。
 そんなことを考えながら様子を見ていた霖之助の耳に、彼の名を呼ぶ声が届いた。
 どうやらその彼女に呼ばれているらしい。
「なんだ? 商品の値段が知りたいのかい」
 そんなことあるはずがないのは承知の上で霖之助は尋ねた。
 欲しい物はすべて持って行く彼女が、値段を聞くという選択をするはずがないのだ。
 だがしかし、
「あぁ、そうだぜ」
 彼女の答えは霖之助を吃驚させるに充分なものだった。
「何を……企んでいるんだ」
 本気でそう問い詰めてしまう霖之助。
 物を持って行かれるのは確かに困ることではあるが、それ以上に何か企まれている方が
 よほど困ることになるだろう。
「別に……何も」
 その逡巡がかなり気になる。
 どう考えても「別に何も」という風ではない。
 霖之助の訝しむ視線に、少女は怒気を孕ませながら怒鳴る。
「それより!」
 彼女は霖之助の前に、手に持っていた懐中時計を差し出した。
 どうやらこの商品の値段を知りたいということらしい。
 霖之助はずっと訝しみながらも、その値段を教えた。
 すると今度は、ごそごそとエプロンのポケットを漁りだしたかと思うと、
 そこから何枚かの紙幣を取り出し、さらにはそれを差し出してきたではないか。
 ここまでくると、かなり気味が悪くてしょうがない。
「お、おい……本当にどうしたんだ。まさか頭でもぶつけて人格が変わってしまったんじゃ」
「さっきから失礼だぜ。私は私のままだ」
 口を尖らせて怒っているところを見ると本気のようだ。
 霖之助は、彼女と彼女の持っている紙幣を交互に見比べながら、おそるおそるといった感じでそれを受け取った。
「そんなに欲しいなら持って行けばいいと思うんだが」
 いつもの彼女ならそうしているだろう。
 だが今回に限ってそれをしない。
 何か理由があると思われるがまったく見当が付かない。
「持っていったり、もらったりしたら意味がないんだ。お金だってちゃんと働いて稼いだ、綺麗な金だぜ」
「そこまで言うなら……もらっておくよ。毎度あり」
 腰の鞄に売上金となった紙幣をしまいながら答える霖之助。
 しかしその顔を見れば、まだ納得していないということがありありと見て取れる。
 少女はそんな霖之助を気にすることなく、買う物を買うとさっさと店を出て行ってしまったのだ。


 ☆


「って、ことがありまして」
 実の親である店主なら、何か気付くことはあるかもしれない。
 十年も会っていなくても、親というものは子というものを誰よりも知っている存在だ。
 その知識ではない、経験と絆による感覚からこの不可解な行動の謎を
 解き明かしてくれるかも知れないのである。
「霖之助君は、それを意外だと受け取った……そういうことだね」
 しばしの思案の後、店主が告げた一言目がそれだった。
 直接的な解答でないことに、少しだけがっかりしつつも霖之助はそれに答える。
「え、えぇ。いつもの彼女からは考えられない行為ですよ」
 すると店主は目を閉じて、口元をほころばせながら静かな笑みを見せた。
「それは……きっとあの子なりのけじめなんだろう」
「けじめ、ですか」
 確かに道理に曲がったことをしたくないという意思が、あのときの言動からは伺えた。
 しかし、何のためにそんなことを言ったりしたのかは不明のままである。
 わざわざ働いて金を手に入れて、それできちんと物を買っていく。
 当たり前のことかもしれないが、彼女を当たり前と同じに捉えては痛い目を見る。
 今までそうだったし、これからもそれは変わらないだろう。
 そんな彼女だからこそ、先日の言動が不可解に感じられるのだ。
「あの子はひねくれ者だけれど、自分の考えに対して曲がったことはしないんだ」
 だからきちんと精算して物を買っていったのも、何らかの考えがあるからに違いない。
 店主言葉の後にそう続けた。
「そういうものなんですかね」
「そういうものなんだよ」
 そこへ店主の妻から解呪が終わったとの呼び声が掛かる。
 どうやら今日の話はここで終いらしい。
「なんだかわかったようでわかりませんでしたけど、気にするな、というのはよくわかりました」
 困ったように笑う霖之助に、店主は穏やかな笑みを向けながら言う。
「そうしてもらえると助かるよ。これからも娘のこと頼むよ」
 その頼みに対して、霖之助は頷きを返して自身の意思を伝えた。


 ☆


 霖之助を見送ると、すでに夕日が沈みゆく時間になっていた。
 長く降り続いていた雨も止み、雲の切れ間は大きくなっている。
 妻は台所で夕餉の支度の最中だ。
 トントン、とリズミカルにまな板を叩く包丁の音と味噌汁の良い匂いが食欲をそそる。
 男は、次第に蒼を混じらせる空を見ながら、店じまいのために外に出していた品物を片付けていた。
 今日も売れはしなかったが、来客が来てくれたおかげで退屈せずに済んだ。
 それに今日はやけに娘のことを話してくれる人ばかりが来た。
 ふと脳裏を娘の笑顔がよぎる。
「不安は感じていないんだけどね」
 しかし心配は尽きることがない。
 いくら紅魔館の吸血鬼や冥界の亡霊嬢と渡り合えるまでに成長したといっても、
 娘はいつまでたっても彼の娘であり続けるのだ。
 それは彼が死ぬまで彼の中では変わらない。
「いつかは……大きくなった姿を見せてくれる日が来るんだろうか」
 十年経ってもまだその兆しはなく、相変わらずという話を聞くたびにその日は遠いと感じる今日この頃。
 男はこの日誰にも見せなかった、寂しげな表情を浮かべた。
 それを見ているのは、夕日が山間に沈みだす頃に姿を見せた一番星だけ。
 さぁ、星も出だしたし片付けてしまおうか。
 男がそう思って作業を再開しようとしたときだった。

 どすん――と鈍い音を立てて、空から何かが降ってきたではないか。
 もう少し落下点がずれていたら、男の脳天を直撃していたことだろう。
「誰だい。こんな悪戯をするのは」
 言いながら、その落ちてきた物を拾い上げる。
 それは紙で幾重にもくるまれた“何か”であった。
 中身が分からないのだから、そうとしか表現できないのは当然だ。
 男は“何か”が何であるのかを確かめるために、その包装を丁寧に剥いでいく。
 過剰包装よろしく、それはかなりの量の紙で厳重に包まれていた。
「これは……」
 男の手に残った包みの中身。
 それはなんてことはない、ただの懐中時計だった。
 呪いは掛かっていないが、何らかの強い思念を感じ取る。
 それはとても温かで優しく、それでいてとても強く幸せを願った思念。
 身につけやすい懐中時計にそれを込めたということは、相手の日々の幸せを願っているということだろう。
 何よりも価値のある“誰かへの想い”が詰められた品のようだ。
 一体誰が、と男は足下の包み紙に目線を落とす。
 その中に一枚だけ他とは異なる物を見つけた。
「おや、他の紙と混じってしまったようだね」
 男は足下に散らばる、時計をくるんでいた包み紙の中から一枚を取り上げる。
 本来はこれも時計と共に包まれている側のものだったのだろう。
 しかし包んでいる途中に他の紙と一緒くたになってしまったのだ。
 その紙には文字が書かれており、どう見ても手紙と思われる。
 男はそれに目を通し、そして目を開かせた。
 そこに書かれていたのはたった一言。


『十年分のありがとうだぜ』


 男の口元に笑みが広がる。
 差出人も宛名も何もない手紙と懐中時計を握りしめ、男は空を仰ぎ見た。
 見上げた先には一筋の帚星。
 美しい弧を描いて、星空を切り裂き白い線を残す。
 男は、その軌跡が消えるまでただじっとそれを見つめていた。
 完全に見えなくなると、店の前に出していた看板を最後にしまい、戸口を閉めた。


 彼が片付けた看板。
 そこに書かれたこの店の店名、それは――――『霧雨魔法店』


 ~終幕~

  
今日は父の日、ということで書いてみましたがいかがでしたでしょうか。
正式な男キャラが香霖しかいない東方世界で、父の日を題材にするには
やはり私設定キャラを出すしかなかったのですが。

誤字脱字文法間違い納得のいかない点等ございましたら、ぶつけてください。

追伸:東方の父であるZUN氏に日頃の感謝の気持ちを込めて。
雨虎
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1.70名前が無い程度の能力削除
素直に渡さないところに魔理沙らしさを感じました。
和ませてもらいました
3.60翔菜削除
あぁ、この魔理沙は何か違うようで、けれど魔理沙らしいと感じさせてくれる。
4.60aki削除
まず懺悔を。
すんません。初めの二人をアレだと思ってました。
金髪の妻とか金髪の妻とか金髪の妻とか。
全ては初めの一行を見落としていた私めのミスです。

前のお二方同様、確かに魔理沙らしいと感じました。
…さて、親父殿になにをしてやろうかな。
16.無評価雨虎削除
ご意見ありがとうございます。
簡単にですがレスをば。

>魔理沙らしい
そう感じていただけて、とても嬉しいです。
最高の褒め言葉を、皆様ありがとうございます。

>初めの二人をアレだと思ってました。
さて、どのように思われたのでしょうか(ニヤリ)
名前を出していないので、そのように思われても仕方ないですね。
18.70某の中将削除
こーりんにけーね、人里が絡むとかなりの比率で登場するこれらの組み合わせはとても自然なのですけど、+魔理沙という展開はちょっと新鮮かも。
でも意地っ張りな魔理沙は魔理沙らしいと思います。どうせちょっとしたらこーりんにはばれるんだろうになあ。
21.無評価雨虎削除
>どうせちょっとしたらこーりんにはばれるんだろうになあ。
そして指摘したところにスターダストレヴァリエ
→香霖堂半壊、と。
23.60名前が無い程度の能力削除
この両親なら魔理沙ができてもおかしくない、そんなお二方。
魔理沙が魔理沙らしく生きているのもこの両親あってと思いました。

でも片付けれないところは引き継がなくてもいいと思(母の一撃
24.無評価雨虎削除
>でも片付けれないところは引き継がなくてもいいと
魔理沙はラーニングが得意ですから!
26.70名前が無い程度の能力削除
『蒐集癖+片付け下手=普通の魔法使い』と言う事か!