Coolier - 新生・東方創想話

第一回・蓬莱祭

2006/06/15 05:43:02
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 端的に言おう。


「姫、永遠亭の資産が心許ないのですが」
「どうして?」
「……やはり、私の診療所だけでは収入がおぼつかず……」
 ため息混じりにつぶやく従者に、ふっ、と姫は笑った。
「何だ、そんなこと」
「……そんなこと?」
「永琳。あなたは天才。ならば、私が言いたいことにも気づいているのではないかしら?」
 その黒瞳が目の前の相手を見据える。
 彼女はしばし、逡巡し、考えを巡らした。頭の中に無限に広がっていくそれの中から選択肢を一つつかみ取り、それを端緒として答えを拾い上げる。
「――つまり」
「ええ、そう」
「お金がないのなら」
「お金を落としてくれるように仕向けるだけ」
「……なるほど」
「うふふ……それに当たって多少の出費は必要でしょうけど、その程度なら何とでもなるのではない?」
「ええ……まだまだ、何とでも」
「それならばいいじゃない」
 何やら怪しい密談状態である。障子の向こうに必殺の文字を掲げる人間が現れないのが不思議なくらいの『黒い会議』っぷりに、たまたま、その前を通りがかった善良なうさぎの少女がびくっと背筋を震わせたというエピソードもあったりするのだが。
「では、姫。この八意永琳、持てる叡智の全てを駆使して、永遠亭の財源を……」
「ええ……期待しているわ。あなたのその力量に」
 ははーっ、と頭を下げる女。
 ……そもそも、これほどまでに黒い会話をしておきながら、その実、全く中身の伴わない単語の羅列というのも珍しい。

 ともあれ、この日をもって、しばらくの間、この屋敷――永遠亭が実質的に立ち入り禁止になったことは付け加えておこう。



「ねぇ、そこな天狗。一つ聞いていい?」
「はい、何でしょうか」
 縁側に座ってお茶を頂いている天狗の記者――射命丸文は、首だけを後ろに向けて訊ねた。そこには、お茶請けのおせんべいを持って現れた、この神社の巫女の姿。ちなみに、今日は普段の巫女服ではなく、どこか活動的な少女を想起させるような衣装を身にまとっていた。彼女曰く『紫にもらったの』だそうである。ミニスカノースリーブというのは、なかなかこの彼女に似合っていた。
「何でさ、うちに毎回毎回新聞を投げ込んでいくの?」
 購読料は払ってないわよ、と彼女は言った。
「それはわかっています。何せ、霊夢さんの赤貧具合かつ清貧っぷりは幻想郷に広く知れ渡り、今では誰もが霊夢さんが一日を水と木の根で過ごしていることは知っていますよ」
「そこまで落ちぶれてねぇやこんちくしょう」
 でも半分事実なのよね、と彼女は涙する。
 彼女――霊夢の肩を、ぽんぽん、と文が叩いた。
「いっそのこと、妖しい商売始めます? 確か、昔は、神社の巫女というのは娼婦のような仕事も……」
「断固お断り」
「それは残念。いい顧客がいるのですが……」
 ずず~っと、文はお茶をすする。とんでもないことを、そのお茶の一口で胃の中に流し込んだつもりらしかった。
「第一、この神社に来てくれる参拝客が、ちゃんと浄財を投げ込んでいってくれれば……」
「参拝客、ですか」
 がらんと広く開けた石畳の上を、ひゅう~、と風が渡っていく。辺りを見回しても、人っ子一人見受けられない。
「……年中こんな感じなんだもん。いじいじ」
「……せっかくですから、もう少し、ご寄付します」
 あまりと言えばあまりな霊夢の哀れっぷりが涙を誘ったのか、文がポケットからさらに硬貨を数枚取り出して賽銭箱の中に放り込んだ。困窮街道一直線の霊夢が、たとえ知り合いであるとしても、他人にお茶を出すことなんて滅多にない。それにお茶菓子がつけばなおさらだ。にも拘わらず、文が歓待されているのは、こうしてお賽銭を入れたからだったりするのだが、ともあれ。
「まぁ、先の質問に答えますとですね。私の新聞をもっと広く知ってもらうためには、ある程度、先行投資が必要だと思ったんです。口コミで広まることを期待するなら、それに対価を求めてはいけないかな、って」
「……ふぅん」
「まぁ、それに、私は霊夢さんに惚れています。どこへ行こうとも、あなたの後ろ、そしてあなたの周りには事件がつきまとう。新聞記者として、これほど心引かれる存在はいません」
「……まぁ、ありがとうと言っておくわ」
 ほめられたのかそうでないのか、いまいちわからず、首をかしげながら霊夢は返した。
「で? 今回の号外は何なの」
「はい。実はですね――」
 ばさっ、と音を立てて紙面を広げる。
 指先でそれをなぞり、これです、と文が言った。
「永遠亭でお祭り開催……?」
「はい。先日、鈴仙さんが『宣伝してください』って情報を持ち込んできたんです」
「ふぅん……」
 ここを離れたところにある竹林。その中に、ひっそりと佇む和風建築の家屋。俗世から切り離された、一種浮き世じみたものを感じさせるそれが、永遠亭。霊夢にしてみれば、それなりに知り合いのいる『厄介事の巣窟その三』くらいの認識である。
 ちなみに、その一は紅魔館、その二は白玉楼なのは言うまでもない。
「それでですね、これは面白そうだ、と思って特集を組んでみたんです」
 これからあちこち回らないと、と自分の傍らに置いた号外の束をぽんと叩く。
「霊夢さんもどうですか? きっと楽しいと思いますよ」
「いいわよ、私は。それに、祭りを楽しむにはお金が必要だからね」
「……どうして、こう俗物的なんでしょう……?」
「お黙り」
 ぴしゃりと言うのだが、霊夢の頬を伝う雫を、その時、文は見逃さなかったという。
「けれど、イベントとかもやるみたいですよ。そちらの方に参加費用はいらないそうで」
「イベント?」
「そうですねぇ。特に楽しそうなのは、レミリアさんを舞台に招いての特別魔法少女ショーとか」
「またかよ」
「あと、情報は不確定ですけど、我慢大会とか、そういうありきたりなものもやるそうです。大食い大会とか」
「……大食い大会?」
 ぴくっ、と霊夢が反応を見せた。その耳が、一気に感度を増す。それこそ、一キロ先に落ちた針の音すら聞き分けそうなくらいに。
「ほら、お祭りの定番じゃないですか。その他に、お祭り終了後は送り火をたいてダンス大会とかも……って……霊夢さん?」
「……大食い……大食い大会……食いだめ……」
「あ、あの~……?」
「文」
「は、はい。……って、何か呼び捨てで呼ばれるのは……」
「情報ありがとう。感謝する」
 がしいっ、と肩を掴まれた。
 その時の気持ちを、文は後にこう述懐す。
『あの時は、マジで食われるかと思いました。ええ、物理的に』
「参加決定!」
「そ、そうです……か。あの……それじゃ、お茶、ごちそうさまでした……」
「おー。またなー」
 何かよけいなことを教えてしまったかも。
 文は、ふわりと、逃げるように――実際、逃げたのだが――空に舞い上がった文はそんなことを思ったのだった。もちろん、世の中には、後の祭り、や、後悔先に立たず、という言葉があるのを忘れてはいけないだろう。

 以前、永遠亭の主である蓬莱山輝夜が『月の珍品』を紹介する博覧会のようなものを開いたことがあった。正直、どこぞの魔法使いなどとは違って、そういうものにはあまり興味のなかった彼女であるが、会場で配られたおもちの列に何度も並び直して食べるだけ食べた、あの時の記憶を忘れることは出来なかったという。
 つまり。
 霊夢にとって、祭りというのは――その中で開かれる、いわゆる『食事』系のイベントは、言ってみれば命を繋ぐための材料の一つでもあるのだ。そこまで食うに困っているわけではないが、なぜか霊夢の知り合いは金持ちが多い。彼女たちの豪華な食卓に招かれると情けなさで涙がこぼれてくるほどなのである。一膳一汁一菜生活なめるなちくしょう、と夢想封印展開したこともある。
 その彼女が、半ば、言ってみればおこぼれ的に豪華な食事を堪能できる。しかも、お代は無料。これに参加しなければ博麗の巫女ではない。彼女は、それを常々、心の奥底から信じ込んでいた。
 だからこそ、その日に向けて作戦を立てるのは忘れない。
 最も効率よく、そして最も美味しく食事をするためにはどうしたらいいか。空っぽの食器をテーブルの上に並べ、むなしさに涙がちょちょぎれそうになりながらも修練を積んだ。こういうイベントには、大抵『優勝者には祝福を』という常識がある。賞金になるのか賞品になるのか、いずれにせよ、あの永遠亭が開催するものである。まさか、せこさ爆発座布団一枚ということはないだろう。そう思って、彼女はまだ見ぬ希望に胸を躍らせる。永遠亭の財源がつきかけていることなど、今の彼女には関係のない事実なのだ。
 戦いだ。
 そう。これは戦いなのだ。
 そして、それに勝利することが自分に課せられた責務であり、博麗の巫女としての職責。それを全うしなくて、何が巫女か。
 彼女の瞳に炎が点る。燃え上がる闘志が霊夢に宿り、さながら金色になりそうな勢いで、彼女はその日を待ち続けたのだった。


 そして、イベント当日。
 第一回蓬莱祭と名付けられたその祭りは、文の宣伝効果やその他諸々の要素が重なって、やたら大勢かつ顔見知りが訪れる結果となった。
「いい? ウドンゲ。それにてゐ」
「はあ……」
「はい」
「私たちがやるべき事は、このイベントを成功させること。それ以外にはいらないわ」
「永琳様ー、サギっていいー?」
「ダメ」
「ぶー」
「……てゐ……あなたね……」
 何気なくとんでもないことをさらっと言った腹黒うさぎに顔を引きつらせる鈴仙。
 それはともあれ。
「勝利を、この手に」
 差し出された永琳の手に二人(二匹?)の手が重ねられた。ちなみに鈴仙はこの段階で、『私、何やってるのかなぁ』と思っていたが、それを口に出すとやばそうなので黙っていた。
「永琳様~、お客さんが集まり始めましたよ~」
「あらあら。それじゃ、開催ね。
 さあ、二人とも。行くわよ」
 先ほどまでのカリスマたっぷりの姿はどこへやら。いつもの『お姉ちゃん』モードに戻った永琳がぱたぱたと歩いていく。その後ろ姿を見ながら、てゐがつぶやく。
「永琳様、二重人格?」
「……私に聞かないで」

 永遠亭全部を使ったイベント。
 一言で言うのは簡単だが、それを本気で実行しようとすると、屋敷の中で迷子になるものが出てしまう。下手したら、そのまま迷って野垂れ死に。それほど、この永遠亭という空間は広い。伊達にそのような名前を冠しているわけではないのだ。
 だから、今回の祭りに当たって解放されたのは、その中でもごく一部の空間である。しかし、ごく一部と言っても、博麗神社の敷地を丸ごと三つほど使ったくらいの広さはある。
「あれ? 紫は?」
「紫さまは、ちょっと用事があるのでな」
「ふぅん……珍しい」
 板張りの廊下を歩いていた霊夢は、たまたま偶然、見知った顔を見つけて声をかけていた。金毛白面九尾の妖狐は、そのそばに自分の式を連れて歩いていたところ、後ろから声をかけられて振り向き、話に興じている。
「ところでさ、藍。私、お腹空いてるんだけどね」
「……私におごれというのか?」
「いんや、言わない。我慢してるのよ」
「……念のために聞いておくが、何日食べてない?」
「ちゃんと食べてるわよ。ただ、極限までコントロールしてるだけ」
 伊達に結界の巫女はやってないわ、と不敵に笑う霊夢。何やら、そこには怨念じみた執念が感じられ、思わず藍も後ずさる。
「ねぇ、藍さま。あれ欲しい」
「ん?」
 後ろから、くいくい、と服の袖を引っ張られて振り向く藍。その視線の先には、愛娘と言って相違ないねこみみ少女、橙が物欲しそうな顔でいた。彼女の視線が向く先へ目をやると、そこでは、
「はーい、魔法の吸血鬼ヴァンパイア☆レミちゃん、蓬莱バージョンフィギュアの販売でーす。二百体のみの限定販売となっておりますー」
 と、なぜか小悪魔が店開いていた。
 その店先には、『魔法少女レミリアちゃんよ☆』なフィギュアがずらり。ちなみに、今回の衣装は和服だ。ただし、動きやすそうにアレンジがなされており、見た感じ、お祭りに来てはしゃいでいる子供、と言う感じがする。
「何やってんの……小悪魔……」
「ああ、霊夢さん。いかがですか、限定版フィギュア」
「値上がりの予定は?」
「それをこの場では」
 にこやかに霊夢の追求をかわす小悪魔。以前、レミリアがデビュー(?)した際に販売された限定版フィギュアは、その後の博麗神社の財源を非常に潤してくれたため、霊夢はすでにフィギュアを手にとって品定めを始めていた。
「霊夢さんには、特製の『お子様は禁止よ』バージョンの販売も出来ますが」
「何それ」
「和服は下着をつけません」
「なるほど」
 その一言で即座に意味を察した霊夢がうなずいた。なお、お値段、そちらの方が千円ほど高い。
「しかし、よくレミリアがこんなものを作るのを許しているわね」
「商品販売戦略を練るのは、主に私の役目ですから。出来上がった商品はパチュリー様にご検討頂いた上でレミリア様に見てもらっています」
「へぇ」
「この頃は、レミリア様もやる気満々ですからね。新しいアクションと衣装が出来たので、あちらの方で記念撮影をやってますよ」
 あちら、で小悪魔が指さしたのは、そこからいくらも歩かない所。そこに、『レミちゃんファンクラブ』との旗がはたはたと揺れていた。
「魔法少女にとって、撮影は責務ですから」
 よく見れば、客の整理に当たっているのは咲夜であるようだった。
「……なるほど」
 さすがは紅魔館。侮れない。色々と。
 色んな意味で畏怖を覚えた霊夢は、とりあえず、フィギュアを十体ほど購入して袋に詰めてもらう。これで、後一ヶ月ほどすれば、現在の困窮状態はある程度解消されることだろう。
「ああ、すまないが、これを一つ」
「はい。五千円になります」
「わーい。藍さま、ありがとう」
「女の子はお人形さん遊びが好きですからね~」
 ……と、言う割りには、この店先を覗きに来るのは『女の子』にはとても見えない連中ばかりだったりするのだが。
 霊夢はそこを後にして、何やら人の集まっている空間へと足を運んだ。
「あら、霊夢じゃない」
 脱力しそうになった。
 もう何か色んな意味で全てを投げたくなった。でも我慢した、私は我慢したぞ!
「レ、レミリア……な、何か……絶好調ね……」
「うふふ、そうかしら」
 どうやらお気に入りであるらしかった。
 やたらと誇らしく言う彼女は、お立ち台――という以外、どう表現のしようもない――からひょいと降りて霊夢の方へと歩み寄ってくる。永遠亭お祭りバージョンフィギュアと同じような格好をした彼女は『どうかしら』とポーズをとってみせた。
 腕の角度、足の角度、スカートのなびき方、顔の向き、さらにはライトまで計算された、まさに完璧な姿だった。
「に、似合ってる……わよ」
「ふふふふ、当然よ。このレミリア・スカーレットがちょっと本気になれば、この程度」
 おほほほほ、と笑う彼女。
 ……違う。何か違う。私の知ってるレミリアが変わっていく……。
 何やら言いしれない虚脱感を覚えている霊夢は、ふと、咲夜を見た。こっそりハンカチで目元をぬぐっていた。
「何をしているの、レミィ。撮影は終わりよ。そろそろ舞台が始まるわ」
「ああ、そうね。
 それじゃあね、霊夢。また後で逢いましょう。ほら、咲夜、急ぐわよ」
「はい、お嬢様。
 霊夢、またね」
「……どうぞお好きなように……」
 こちらもやる気満々のパチュリーに呼び出され、彼女と一緒にレミリアが歩いていく。「台本の調整はどうなっているの?」「ダメね、最後の部分が間に合わなかったわ」「そう。アドリブで何とかするわ」「さすがはお嬢様」などという会話を交わしながら、彼女たちが去っていく。何か遠い世界に旅立っていく友人を見送るような、そんな感じがして霊夢はため息を一つ。
 ともあれ、それを気にしないことにして、彼女はまた屋敷の中を歩き始めた。あっちこっちにうさぎ達が店を出している。それに混じって、見慣れた連中も。
「……お?」
 そこに、場違いな屋台があった。
 屋台を営業の場所としている輩など、霊夢には一人しか心当たりがいない。
「どう、もうかってる?」
「霊夢さんみたいにツケをする人ばかりじゃないですからねー」
 やっぱりミスティアだった。
 営業許可書、なるものを軒先に下げながら、今日も軽快に串焼きを焼いている。そして、その場の客というのが。
「つまりですね、小町! 私が言いたいのは、あなたのサボりぐせに関してなのですよ! 聞いてますか、聞いてませんね、聞いてませんね、むきー!」
「ああ、聞いてます! 聞いてますから落ち着いてください、四季さまー!」
「ええ、どうせ私はちびですよ! ないちちですよ! 何か偉そうですよ! 最弱ラスボスとか言われましたよ! でも、でもですね! 私は閻魔なんだぞー、偉いんだぞー!」
 もはや、誰であるかは言うまでもないだろう。
「……何、この惨状」
「いやぁ、閻魔様、お酒には、あんまり強くないみたいでさぁ」
「おー、霊夢ー」
「……萃香」
「萃香さんが『このお酒、美味しいよ』って勧めたら一発ですよ」
 ひょこっと顔を出した萃香は、いつもの赤ら顔で串焼きを横手からかすめ取った。にも拘わらず、ミスティアは何も言わない。よく見ると、屋台の酒は、全て萃香が提供したようだった。
「あっはっはー。まぁ、あれだ。酒は楽しく飲むのが一番!」
「あたいが楽しいと思ってんのかい!?」
「何ぃー! 何ですって小町ー! 私と飲む酒が楽しくないと言うのですかー!」
「い、いえいえ、楽しいです、楽しいですからスペルカードはご勘弁を!」
「酒乱だったのねー」
 みたいですよ、とミスティア。彼女も慣れたもので、それに動じることなく、慣れた手つきで串焼きをひっくり返す。
「ねぇねぇ霊夢ー、お酒飲んでかないー?」
 ぷはぁ、とアルコールくさい息を吐きながら、萃香。私はいいわ、と霊夢はそれを断った。アルコールも含めて、よけいなもので、今から腹を膨らますわけにはいかないのだ。
「第一、第一ですねぇ! そもそも小町が連れてきたんじゃないですかー! たまには仕事を忘れて遊びましょう、って! ええ、ええ、私は働き過ぎですよ胃痛ですよストレスですよ抜け毛ですよ! それでも一生懸命頑張ってるのー! 聞いてる、小町!?」
「……はい、聞いてます」
「よーしよしよし。店主ー、お酒もういっぱーい!」
「はいよ。でも、映姫さん、そろそろやめといた方がいいんじゃないですかね?」
「あんだとー! この映姫さまに文句があるっていうのかー!」
「いやいや、そうじゃないですよ。ただね、うちらもさ、ほら、酒の飲み過ぎは体に悪いですから」
「……うーむ、手慣れた奴め……」
「みすちーの店はねぇ、飲みやすいんだぁ。値段もそんなに高くないしさぁ」
 屋台に頬杖突いて、萃香がご機嫌で言葉を続ける。彼女にしてみれば、酒を飲める、それだけで幸せなのにプラスして、最近ではこういう盛り場も出来たのだ。のんべにとってみれば、それはとても嬉しいことなのだろう。
「しっかしまぁ、映姫は酒乱の上に絡み酒か。最悪ね」
「まぁ、それもまた酒のたしなみ方の一つだよ。こうやって暴れるのもストレス解消になるんだからいいんじゃない?」
 そう言うものの見方もあるわね、と霊夢。
 もっとも、巻き込まれる側としてはたまったものじゃないが。
「つまりねぇ、小町! あんたは大きいの! 大きすぎるの! それが問題なのっ!」
「う~……なんかものすごく関係ないことに思えるような……」
「私だってねぇ……私だってねぇ、頑張ってるのよぉ! ああ、でも、魔法少女はロリっ娘がいいわねぇ……ひっくっ……」
 さすがは酔っぱらい。会話の前後が全くかみ合ってない。はぁ、とため息をついた小町は、ミスティアから勧められた串焼きをかじった。
「小町~……」
「うわっ。ど、どうしたんですか」
 のそっ、と映姫が小町の背中に覆い被さった。両者の身長があまりにもかけ離れているため、そうしていると、お姉ちゃんに甘える妹という感じがする。
「美味しそうなもの食べてるじゃないですか~……私にもよこしなさい、ほら、あ~んしてますから」
「あ、あ~んって……」
「あ~ん!」
「……はい、どうぞ」
「まぁ……お幸せに?」
「そうかねぇ? これからどっか行くの?」
「あっちこっち見て回ろうかと思ってね」
「霊夢さんが狙ってる大食い大会は、受付に遅れたら参加できませんよ。気をつけて」
「ありがと。気をつけるわ」
「いえいえ。それじゃ、次回に、またごひいきに」
 粋な仕草で頭を下げるミスティアに、わかったわ、と返して阿鼻叫喚渦巻く屋台を後にする。なるほど、あの閻魔様も苦労してたのね、と彼女を気遣いながら、今度酒でも持っていってやろうかしら、などと考えつつ、彼女の足は動いていく。

 ――さて。

「おっまっつりっ、おっまつっりっ♪」
 羽をぱたぱたと動かしながら永遠亭の中を楽しそうに飛び回っている少女が一人。ふわふわの金髪、七色の羽、言うまでもなくフランドール・スカーレットである。どうやら、今回の魔法少女ショーはレミリアの独壇場であるらしい。
「フ、フランドール様ー、お待ちくださーい!」
 彼女のお目付役としてついてきたメイド達が人波の向こうに置き去りになっている。こういう、混雑した場所では子供の身軽さに勝てる大人はいないのである。
「あっ、何これー」
 興味の向くところへと、あっちへふらふらこっちへふらふら、典型的なお祭り時の子供の仕草そのままだ。
 その足が向く先の店主は「いらっしゃい、お嬢ちゃん」と彼女を快く出迎える。
 ――と。
「うきー! また失敗ー!」
「チルノちゃん、力任せはダメだよ」
「ふんっ! こうなったら、あたいの力で一面氷に……!」
「それは反則でしょ!」
 などというにぎやかな声が聞こえてくる。
 何があるのかな、と興味の引かれるまま、フランドールがぱたぱたとそちらに歩み寄った。そこでは、氷の精が、何やら水に浮かんでいるゴム風船のようなものを前に地団駄を踏んでいる。その隣では、大人びた、おっとりしたお姉さん風の妖精がため息をついていた。
「ねーねー、何やってるのー?」
「ん? 何よ、あんた」
「何してるの?」
「見たらわかるじゃん。水風船つってるの!」
 水の張られた容器の中にぷかぷかと浮かぶ色とりどりのゴム風船。それを、興味津々の眼差しで見つめながら、へぇー、とフランドールは声を上げた。
「どうやってやるの?」
「んっと……これの、ここ。これを風船のわっかのところに引っかけてつり上げるの」
「でも、これ、紙で出来てるよ? 破れちゃわない?」
「水に濡れないようにうまくやるのよ」
「そうなんだー」
「お嬢ちゃん、一回やってみる?」
「やるー!」
 無料でいいからね、と店主のうさぎが彼女に釣り針を渡した。よーし、と腕まくりしたフランドールが、一番自分の気の向くものに視線を定め、一気に、えいっ、とつり上げた。
「やったぁ!」
「げぇーっ……一発成功じゃん……。すごいね、あんた」
「チルノちゃんが強引すぎるんだよ」
「ぶぅ」
「やったやったぁ! これ、もらっていいの!?」
「いいよ。持って行って遊んでね」
「わーい」
 うきうき笑顔のフランドールが、早速、受け取った水風船をためつすがめつしている。しかし、どのように使うのかわからず、隣の少女――チルノに「どうやって遊ぶの?」と訊ねた。
「ここに指を引っかけて、こうやって」
「へぇー、これ、おもしろーい」
「あんた、結構やるじゃん。名前、なんてーの? あたいはね、チルノ」
「フランはね、フランドールっていうの。フランドール・スカーレットだよ」
「スカーレット……って……げげっ!」
 チルノが顔色を変えて、ずざっ、と後ろに下がった。
 彼女にしてみれば、紅魔館の連中は、ある意味、鬼門なのである。いたずら好きの妖精にとっては、そのいたずらがいたずらとして通用しない連中は苦手としているのだ。もっとも、懐いている相手に限っては違うのだが。
「スカーレットって……あの、何だっけ? レミリア? あいつの知り合い?」
「うん。レミリアお姉さまは、フランのお姉さまだよ」
「そうなの。初めまして、フランドールちゃん」
「はじめましてー」
「ちゃんとあいさつが出来るのね。えらいえらい」
「えへへー」
 頭を優しくなでなでしてもらって、にこにこ笑顔のフランドール。こう言うところを見る限りでは、本当に可愛らしい子供なのだが。
 ――その一方、チルノはというと、何やらぶつぶつとつぶやいていた。
「つまり……へぇ~……」
 どうやら、何か悪巧みを考えたらしい。
「よーっし、フランドール。あたいとあそぼ!」
「うん、いいよ」
「あっちにね、面白いゲームが出来るのがあるの。一緒に行こうよ」
「いいよー」
 二人、手を繋いで走っていく。その後を、大妖精が『全くもう』と言わんばかりの顔で見つめていた。長年、チルノの世話をしていると、彼女が何をしようと考えているのか、一発でわかるらしい。
 さて、その二人がやってきたのは射的である。チルノが事細かにルールを説明して、早速、フランドールがコルク銃に弾を詰め込み、景品を狙う。
 ――のだが。
「あれ?」
 ぱこん、と飛び出したコルクが空中で何かに当たったように弾かれた。店の店主は、こちらの様子には気づいていない。おかしいな、と思いつつ、またフランドールがコルクを撃つ。再び、今度は全くあさっての方向に飛んでいって別の客の顔を直撃した。
「くっくっく……」
 笑いをこらえるチルノ。その指先がちょんと動くと、フランドールの撃つコルクの弾道が変わる。
 ――要するに、これがチルノのいたずらだ。嫌がらせと言って相違ないだろう。
 空中の水滴を凝結させて、小さな小さな氷の塊を生み出しているのである。それがコルクに当たって弾道がそれる。あまりにも小さな水滴であるため、目にはほとんど見えないという、何とも子供っぽい手法の嫌がらせなのである。
「ぶぅー! 何これ、全然あたんなーい!」
 ばんっ、と使っていたコルク銃を台の上に戻して別のを手に取る。そして、もう一度、狙いを定めて撃つのだが。
「あいたっ!」
 ぱこんっ、と撃ったコルクが自分に跳ね返ってきた。
 それが額に当たり、うー、と泣きべそをかくフランドール。普段、こんな状況になった場合、周りが全力で彼女のご機嫌取りをするのだが、この場にはそういった類のものはいない。
「やーい、へたっぴー」
 横手からチルノが囃し立てた。フランドールの瞳にじわっと涙が浮かぶ。
「フラン、へたっぴじゃないもん! これが悪いんだもん!」
「でも当たらないじゃん」
「そんなことないもん! ちゃんと当たるもん!」
「じゃ、当ててみせてよ」
 意地になって、フランドールがコルク銃を撃つのだが、やっぱりそれは当たらない。店主の方もこっちに気づいて「ちょっと見せて」と彼女の使うコルク銃を受け取るのだが、それには、もちろん、何の問題もない。首をかしげる店主のうさぎが、小さなため息をついた。
「ごめんね、お嬢ちゃん。意地悪するつもりはないのよ」
「うぅ~……」
「どれ、何が欲しいの? 言ってごらん」
「……え?」
「欲しいのあげるよ。だから、泣きやんで」
 あっ、とチルノが声を上げる。店主のよけいな心遣いは、彼女にとってみれば大層邪魔なものであるだろう。しかし、その一言でフランドールは機嫌を直したのか、「あれ!」と景品を指さした。
「また遊びに来てね」
 店主に送り出されて、フランドールは受け取った景品をにこやかに見つめている。チルノはと言うと、面白くなさそうな顔をしていた。せっかくいたずらしてたのに、という顔だ。そして、大妖精が、こら、と叱りつけようとした時、
「はい」
「……何これ」
「美味しいよ」
 フランドールが受け取ったのはキャラメルである。その中から一つ、キャラメルを取り出して口の中に放り込み、さらに一つ、それをチルノに渡そうとしている。
「え? な、何でよ。あんたが取ったんだから……」
「でも、あれの使い方、教えてくれたのチルノちゃんだもん。お姉さまが、『お世話になった人には、ちゃんとありがとうを言いなさい』って」
 だから、と。
 渡されたそれをじっと眺めていたチルノは、そっとそれを受け取って、口の中に放り込んだ。じんわりと、甘さが口の中に広がっていく。
「お姉さんも、はい」
「ありがとう、フランドールちゃん」
「美味しいね」
 小さなため息が一つ。
「……ごめん」
「何?」
「ううん、いいよ。
 ねぇ、フランドール。あっちにも色々あるんだよ、面白いの。ついてきてよ」
「うん!」
 二人の様子を見送る大妖精は、ほっと、内心では胸をなで下ろす。
「もう」
 手のかかる子達なんだから、と。
 つぶやいて、「早くー」と呼んでくる二人に「はーい」と彼女は応えたのだった。


 そして、その時がやってくる。
「本日の蓬莱祭にお越しになってくれた皆様、ありがとうございました」
「え、えー……こ、今回は……って、何で私までこんなことやってるんだよ、輝夜!」
「あら、あなたが『お前になんて負けるか』って言い出したのでしょう?」
「何だと!」
「あらあら、二人とも。この場は収めて」
「妹紅、大人げないぞ」
 会場。
 それは、永遠亭の一角に作られていた。いくつもの豪勢なテーブルと椅子が並ぶ中に『参加者』達が腰掛けている。すでにその瞳は、この先のものに対する期待とわずかな緊張で満たされていた。
「本日のお祭りのメインイベントを開催したいと思います。皆さん、ご用意はよろしいかしら?」
「もちろーん!」
 答えるのは、無論、霊夢である。 
 では、と輝夜が大きく手を振った。
「第二回、蓬莱食い倒れ大会を開催しまーす!」
 ばしゅー、とスモークがたかれ、何やら豪勢なBGMが流れ出す。
「本日のイベントのメイン、この食い倒れ大会に参加する勇者達に敬意を表し、我々も最大限の貢献を致したいと思います!」
「ゆ、優勝者には……えっと、賞金と米俵一俵、秘蔵の永遠亭酒一斗……」
「妹紅、声が小さいぞ」
「あーもーっ! と、とにかく、頑張れば見返りがあるってことだよ!」
 なぜか、輝夜と一緒に司会に立っている妹紅が顔を真っ赤にして声の限りに叫んだ。普段から、真面目人間(と思われる)である妹紅には、こういうはめを外した祭りというのの中心に立つのは苦手であるらしかった。
「……何で私が参加してるのかしら」
「そういえばそうよね。何でなの、アリス」
「いや、何か魔理沙が『任せた』って……」
「では、参加者の紹介を致します!」
 勢いよく、輝夜が叫ぶ。
「まずは、人間代表! 赤貧の結界巫女、博麗霊夢!」
「誰が赤貧の結界巫女だ!」
「続けて、魔法の森代表! 友達いないツンデレ、アリス・マーガトロイド!」
「あんたケンカ売ってるの!?」
「紅魔館代表! 疑惑の中心、十六夜咲夜!」
「……殺す」
 どう考えても、彼女たちを敵に回しているとしか思えないノリで、輝夜のセリフは続く。と言うか、誰か止めろ、と妹紅は永琳達を見るのだが、なぜか彼女たちは何もする様子がなかった。ついでに言えば慧音もである。
「そして白玉楼代表、半人半霊半ねこの庭師、魂魄にゃん夢!」
「……何、妖夢。あんたのその格好……」
「幽々子様にぃ~……」
 ねこみみ、しっぽ、ついでに肉球という珍妙な格好の妖夢がる~と涙した。しかし、霊夢の興味はすぐにそれから薄れたのか、本来、この場に座っているであろうものを探す。すぐに、ギャラリーの中にその姿を確認することが出来た。
 言わずとしれた、冥界の食いしんぼ姫、西行寺幽々子。
「何であいつが参加してないのかしら……?」
 それはごく自然な成り行きで考えつくことであった。あの色気より食い気娘が、タダでお腹一杯食事が出来るこのイベントに飛びつかない理由がないのだ。霊夢の視線に気づいたのか、にっこりと、扇で口許を覆ったまま、幽々子が瞳で微笑んだ。
「……これは負けてられないわね。パチェ、小悪魔」
「準備は出来ているわ、レミィ」
「こちらも」
「咲夜ぁぁぁぁぁぁぁっ!」
「は、はい?」
「かもんっ!」
 何ですか? と席を立って、ギャラリーの中の魔法少女へと歩み寄る咲夜。
 その彼女に、レミリアは言った。
「変身しなさい」
「……はい?」
「白玉楼に、幽々子ばかりにいい格好はさせていられないでしょう!」
「え、えっと……」
『こぁちゃんのお着替えボックス』なる試着室のようなものをごろがらごろがらと引っ張ってくる小悪魔と、どう見てもファッション雑誌にしか見えないものを広げているパチュリー。自分がどんな目に遭わされるか、彼女たちを見て、咲夜は確信したらしい。
 結構です、と彼女はそれを断った。そして、言う。
「それならば、改めてお見せしましょう!」
 またもやどこかから取り出される、謎のかわいい魔女っ娘ステッキ。彼女はそれを振りかざし、叫んだ。
「へーんしーん!」
 かっ、と光が弾ける。ピンク色の鮮やかな光とお星様のエフェクトが会場を舞い、やがてその中から着飾ったメイド長が現れる!
「魔法のメイド、まじかる☆咲夜ちゃん、見参っ!」
「……うっわぁ。」
「あ、あれは……」
 その、あまりにもな『イタタタタ』ぶりに顔を引きつらせる霊夢とアリス。その気持ち、わからんでもない。だが、ギャラリーは『おおーっ!』とどよめいた。
「あ、あの、伝説の魔法少女が!」
「カメラ、カメラもってこい!」
「メイド長、素敵ですわーっ!」
 ……ってな具合である。
「それでは最後の参加者! 永遠亭代表、みんなのいじられっこ、鈴仙・優曇華院・イナバーっ!」
 輝夜の一言と共に。
「ム、ムーンラビットパワー、メイクアーップ!」
 と言う声が響き、ぱっとスポットが当たった。そして、最後の挑戦者の空席に、すたっ、と舞い降りてくるセー○ー戦士……もとい、ラビット戦士。
「……ウドンゲ、あんたも苦労してるのね」
「鈴仙さん……いつか一緒に飲みましょうね……」
 ねこみみようむがるーと涙しながら、もう色んな意味でアレな格好の鈴仙にコメント。
 何というか、大食い大会と言うよりは色物アイドル勢揃いという感じである。
「それでは、皆様に至福の時間を提供してくれる料理人の皆様をご紹介致します……。えっと……こ、今回のイベントに当たり、永遠亭の総力を結集して集めた、食の饗宴で……ございます。そ、それでは、どうぞー!」
 もう半ば以上やけくその妹紅が叫ぶ。
 どうやら、その料理人達の入場口であるらしい入り口部分に引かれていたカーテンが、さっと開けられた。
「食を極めたもの達が集う料理界において、四つの柱を支える猛者たちの入場です!
 最初にご紹介するのは、四天王の一人、『フラワーキッチン』風見幽香ーっ!」
「はい!?」
 霊夢が声を上げる。
「続けて、四天王で最も凶暴かつ絶対の戦いを心がけてきた『破壊者』魅魔ーっ!」
「魔理沙が助手としてついてるってどういうこと!?」
「さらに、この人の料理で涙しないものはいない、『ドリーマー』神綺ーっ!」
「アリスちゃーん、ママ、頑張るわねー」
 がたん、とアリスが椅子から転げ落ちた。
「そして、四天王を統べる頂点、『全てを極めしもの』八雲紫ぃーっ!」
「……に、にゃんの騒ぎにゃんですか、これは……」
「とどめにっ! 四天王に属さず、あらゆるランクにも所属せず! しかし、その実力は料理界随一との誉れ高い『料理界の龍』! 紅! 美鈴ーっ!」
 うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!
 怒濤のごとき喚声。それはそうだろう。料理界最強と言われた四天王が一堂に会することなど、まずあり得ない。しかもそれが、このようなイベントを担当するのだ。たとえ、どれほどの実力を持つ料理人でも、彼女たちの姿を垣間見るだけで数多の歳月をかけるというのに――(霧雨魔理沙談)。
「それでは、この皆々様方による食の饗宴! スタートでございますーっ!」
「……輝夜、お前、こういうの好きなのか?」
「あらあら」
「いや、似合ってるぞ」
 かーん、とてゐがゴングを鳴らす。
 さあ、料理開始(バトルスタート)だ!

「さあ、それでは、久しぶりに私の腕前を披露させてもらうわね」
 幽香の両手が踊る。その先に握られた無数のスパイスと食材、そして数多の料理器具が刹那の間に色をなし、形をなし、料理を作り出す。
「まずは前菜、サラダで勝負!」

「さあ、山盛りのサラダが出て参りました! しかし、そこに使われている食材はどれも一級品! 加えて、あの幽香が調理したもの、うまくないはずがないっ!」
「に、にんじんが……美味しいですぅ~……」
 とろけた顔の鈴仙が、美しく彩られたサラダの中から様々な食材を取りだして口に運ぶ。ただのサラダではない。一瞬だけ湯通しがされていたり、また、絶妙に火であぶってあったり、さらには香辛料、隠し味のソースなど、どれもが絶妙な配置でセットされている。
 うまくないわけがない!

「それじゃ、私も頑張るわよー」
 おっとりとしていながら、しかし、神綺の手つきも一級品。
 次から次へと、素早く料理を生み出していく。一品作られるごとに、おお~、と会場からは声。
「アリスちゃ~ん、ママ、頑張ってるわよ~」

「続けて登場、お母さんの愛情がたっぷりこもった卵焼き!」
「た、ただの卵焼きなのにっ……! な、何で!? 何でなの!? 涙が、涙が止まらないっ!?」
 一口しただけで口の中に広がるほのかな甘みとあったかさ。それはまるで、母に甘えていた自分を思い出すような――そんな心が胸の中に浮かんでは消えていく。思い出が走馬燈の如く駆け抜けていく。
 涙を流すな!? 不可能!

「さてさて、周りの連中に負けるわけにはいかないよ、魔理沙!」
「はい!」
「あんたの奥義、見せてやりな!」
「了解しました、魅魔さま! 奥義、スターダストレヴァリエ・流れ斬りーっ!」
 ずががががっ、と魔理沙の両手が翻る。あろうことか、片手に三本もの包丁を同時に持っての乱れ斬りだ。空中に舞い上がった食材が一瞬の間に解体され、たたたたんっ、とリズムよくキッチンの上に並んでいく。
「さあ、こいつで仕上げだよ!」
 弟子に栄光を掴ませつつ、しかし、自分の腕前を披露することは忘れない。
 だんっ、と魅魔の手から飛び出した皿が参加者達のテーブルへと並べられる。

「くっ……魚料理……! これは、ただ炒めただけではないわね!」
 フライパンの上から飛び上がった魚たちが皿の上で舞い踊るのを、咲夜はこれまでに見たことがなかった。
 故に、皿の上に並べられたそれらは、まさに絶対だった。彩り鮮やかな野菜と魚との共演。しかも、どれもが『私はうまい!』と自己主張をしていた。
「こ、こんな……! 魚の中にほのかな甘みが!? バカな、これは塩漬けのはず!?」
 そう。
 うまい食材を使えばまずくなる要素はない! あとはいかに、料理人が、その食材を生かすか!

「みんな、ノリにノっているようね。これは、私も負けてはいられない」
 熱く燃え上がる空間の中、一人、氷のように冷たい笑みを浮かべながら紫の手が動いた。
 まさに一瞬。
 ただ、それは皿と調理器具の上をなでただけに見えた。だが、その次の瞬間には、あまりにも美しい肉料理がそこに並んでいた。もはや、何をしたのか、理解不可能。

「お、美味しい……こ、こんにゃに美味しいお料理が作れるにゃんてっ……!」
 にくきゅうな指先で器用に箸を持ちながら妖夢が感涙した。
 舌の上に肉を載せる。すると、比喩ではなしに肉が溶けていくのだ。口中一杯に広がる肉の甘みとうまみに、もはや涙しか出てこない。
 火の通り方、調理の仕方、味付け、そして皿の上における配置まで全てが完璧だ。これほどのものを作れる実力は自分にはない。それが悔しかった。ここまで美味しいものが出来上がるのだ。食材というものは。
 我、魂魄妖夢! 己の未熟を痛感せり!

「それでは、私も頑張りますよー」
 美鈴の前で盛大に炎が噴き上がった。
 その上に置かれた中華鍋の上で、ざっ、と食材が舞う。一つ一つがきらきらと輝くその姿は、まさに『料理』という言葉にふさわしい。次から次へと、調理が進められていく。彼女の腕が、何本にも増えたかのように錯覚させるほど、その手際にそつはない。

「ご飯がっ! ご飯が美味しい! まさに食いだめの時間よこれがーっ!」
 美鈴によって作られたそれを口の中にかきこみながら、霊夢が泣いていた。そして思いっきり叫んでいた。
 この時のためにお腹を減らしてきたよかった。つましい食生活を続けてきてよかった。
 なぜならば!
 全ての料理の味がよくわかる! 舌の上の細胞一つ一つが彼らの言葉を聞いている! 体が震える、魂が燃え上がるっ!
「うまいぞぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」

「永琳殿」
「あらあら?」
「これは……大食い大会だったはずだが」
「何だか美食大会みたいになってしまいましたねぇ」
 あらあら、と永琳。
 どうやら、選んできた料理人達に、ちょっと問題があったらしい。彼女たちの作る料理はうますぎるのだ。大食い大会などと言う下賤な場に使うべきではなかったかもしれない。それほどまでに、彼女たちが作るそれは、人の心を虜にする。
「だけど、食事というのは食べてもらうことが前提ですから。いいんじゃないかしら」
「それもそうか」
 これも立派なご飯時。
 ならば、どんな場においても彼女たちは食事を楽しみ、料理人達は料理という行為そのものを楽しむだろう。
 そこに第三者的な意思は不要なのだ。

「花びらスープ、受けてみなさいっ!」

「家庭料理の定番、肉じゃがよ~」

「魔理沙、そいつを客の前に出してやりな」
「はいっ! 伊勢エビ姿作り、食の心型っ!」

「私は究極を目指してきたわ。故に、料理もまた究極っ!」

「皆さん、お腹一杯食べていってくださいね~」



 参加しておけばよかった、とギャラリーが悔し涙を流すほどの食の饗宴は、二時間ほど続き、終わりを迎えた。勝者はいない。誰もが、提供された料理に満足し、もはや勝負などどうでもよくなってしまったのだ。
「霊夢、どうだった?」
「お前ら最高っ!」
 片づけが始まった頃、訊ねてきた魔理沙に、霊夢はもんのすごい笑顔で親指を立てたという――。


 さて。
「終わってみれば、収支は大体とんとんね~」
「あの、師匠。とんとんって……?」
「プラスもマイナスも予想通り。その上で、収入があんまりなかったっていうことよ」
「ええっ!?」
「でも、少なからず、うちの財源は潤ったから。またやりましょうね」
「もちろんよ、永琳!」
 すぱーん、と永琳の部屋の障子を開き、輝夜が宣言した。
「次回はもっと素晴らしい趣向を考え出さなくてはね! この永遠亭を預かるものとして!」
「姫、その意気ですよ」
「……で、結局、あのイベントは何のために……?」
『暇つぶし』
 うあ、と。
 即答されて、鈴仙は呻いたのだった。



 なお、これは余談であるが。


「パチェ、魔法少女ショーにプラスして美鈴の食事を好きなだけ、というバイキング形式の祭りは受けるかしら」
「それよ、レミィ」
「では、私は広報活動に入りますねー」


「紫さま、先日の料理に関してなのですが」
「あら、どうしたの。藍」
「久方ぶりに、紫さまに挑戦者が」
「あら、まぁ。それはそれは……。ちょうどいいわ、橙を立会人に加えなさい。彼女もまた、立派な料理界の修羅として歩んでもらうために」
「御意」


「妖夢ぅ~、私たちもぉ、楽しいことをするわよぉ~」
「ええっ!? また私、あんな格好しないといけないんですか!?」
「それにプラスしてぇ、そうねぇ、西行妖記念祭ってどうかしらぁ」
「その心は?」
「特になしぃ」
「……やっぱり」


「ねぇ、夢子ちゃん。魔界でもね、楽しくお祭り~って……」
「何ボケたことぬかしてやがりますか神綺さま」
「いたたたたたっ! 髪の毛が抜けちゃう~!」


「魅魔」
「何だい、幽香」
「ここは一つ、私たちの対決ショーというのはいかが?」
「はんっ、そいつは面白いねぇ」


 と言う具合に、その『蓬莱祭』の余波は、これからしばらく、この世界そのものに残ることになるのだが――。

「フランドールー、遊びにきたよー」
「チルノー、あそぼあそぼー」

 と、その場で仲良くなったちびっこ二人には、あんまり関係ないことだった。


終劇









「と言う夢を見たの、どう思う? 蓮子」
「何なの? それ」
「……さあ」
「まぁ、つまり、メリーはお腹が空いているってことね。いやん、もう。そんなにお腹が空いてるならわたしを食べてー」
「冗談はたいがいにしときなさい」
「ぐふぅっ!? み、みぞおちをえぐるようなボディーブロー……い、痛いっ、愛が痛いっ!?」
「うふふふふ。寝言は寝てからよ?」
「つまり枕を並べてもおっけーってことね?」
「うふふふふ?」
「……すんませんごめんなさいわたしがわるうございましたメリー様」
例のシリーズ終了を記念して、こちらに投稿してきたコメディものの設定を一度まとめてみたらこんなんなりました。以下に列挙。

1:炎の料理人シリーズ
2:医療相談所&八意えーりん(17歳)
3:魔法のメイド&吸血鬼☆
4:ねこみみようむ

では、次回、魔法少女☆分がたっぷり入った紅魔祭(仮称)でお会いしましょう。



――という夢を見たのだけど、どう思う? 蓮子
――魔法少女メリーちゃん?
――いいわね……それ。
――………………え?
haruka
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コメント



0.5340簡易評価
2.100名状しがたい程度の存在削除
 今までの総決算、心行くまで愉しませていただきました
 最高の料理人達による食い倒れ大会、次回の予定をお教え願いたい(出る気満々)
3.70翔菜削除
色々と微笑まし過ぎw

>差し出された永琳の手に二人(二匹?)の手が重ねられた。
二匹よりは二羽でないかなぁ、と。兎ですし。
14.90無銘削除
さて、レミィのあれは売れたんだろうか・・・
15.90名前ガの兎削除
で、二回目の前売り券はいつ発売ですか?
16.80アティラリ削除
第二回は一体どうなるのだろう(ゴクリ)
17.90SSを見る程度の能力削除
ひさびさに良いものが見れました。
25.90名前が無い程度の能力削除
チルノフランコンビが微笑ましいなぁ…
とりあえず第二回の登場に期待します
31.100名前が無い程度の能力削除
割れんばかりの拍手をっ!!
笑わしてくれるじゃねぇかwwwwwwwwww
33.100名前が無い程度の能力削除
もうサイコーですよ♪
34.90CCCC削除
ちょっ、紅魔館'sぶっ飛びすぎwww
第二回蓬莱祭も紅魔祭も楽しみにしてます。
40.100紫音削除
先生! 魂魄にゃん夢のフィギュアはどこで売ってますか!?(逝け)

・・・それはさておき、楽しませていただきました。色々と最高です。続きも期待しています。


・・・さて、紅魔祭(仮称)の前売り券発売日はチェックしておかねば・・・
47.100名前が無い程度の能力削除
とにかく笑わせてもらいました。ええいろんな意味で。
紅魔祭もお待ちしております。

・・・あんたは最高だ!
56.無評価名前が無い程度の能力削除
疑惑の中心吹いた、しかし違和感感じないのは何故なのかw
57.100名前が無い程度の能力削除
点数付け忘れた…orz
65.80ちょこ削除
>『暇つぶし』
ですよねw?
68.100名前が無い程度の能力削除
チルノ×フラン…。こいつぁ…いい。
74.80変身D削除
か、過去シリーズが総収支とは豪華スギマス!
あと、咲夜さんの魔法少女は痛くない、多分(w
81.90草月削除
誰も言ってないから言わせてもらうが……蓮子がんばれ超がんばれ。
82.100bia削除
いや・・・。ね。微笑ましすぎて死にそうなんですよ・・・。とても楽しいです。
次回作も期待して待ってます。

出来ればイタイ姿の(魔法少女の)えーりんも切に希望!!(無理?
109.100時空や空間を翔る程度の能力削除
正しくあんたは最高だー!!
111.100名前が無い程度の能力削除
チルノ・フランいいね!
126.90名前が無い程度の能力削除
チルノフランいいなー
140.100名前が無い程度の能力削除
れみぃの人形を全て買わせていただきますね☆