Coolier - 新生・東方創想話

館の番人(下)

2006/06/12 07:23:40
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「拳にかけても阻ませていただきます」
その言葉とほぼ同時に、咄嗟に交差させた腕ごと全身を赤い光弾が打ち、美鈴の身体は背後の
石壁に叩きつけられた。
「くはっ!」
「あら、少し強すぎたかしら。館が傷ついちゃ困るわよね」
あどけない笑いに総毛立ちながらも、美鈴は壁から身を引き剥がした。
前動作すらなしに、何というでたらめな魔力か。
「悪魔の行く手を邪魔するなんて無礼この上ないね。
さっさとどきなさい、私はこの館が気に入ったの。ここの主には私がなってあげる」
「そうは行きません。館が認めない限り、どうあってもお帰りいただきます」
力で押し入ろうとする者が主であるものか。
地面をどしんと踏みしめて、美鈴は自らの使える限りの気を大地と大気から吸い上げ、練り上
げた。拳から白い湯気が立ち上がる。
「へえ、威勢だけは良いわね。あなた、名前は?聞いておいてあげるわ」
「美鈴です」
言いながら、二人の身体が空へ昇って行く。
館を傷つけたくないと言う点では二人の意は一致していたから。
「そう、それが墓に刻む名前ね」
そして、その言葉と同時に、十を超える魔弾が美鈴目掛けて放たれた。

美鈴は手に力を集中させて、弾を正面から打ち落とすのではなく内側から叩くようにして次々
と弾いた。しかし、弾かれた弾は隼のように軌道を転じて再び彼女へと襲い来る。
「無駄よ。その弾はあなたに命中する運命なのだから」
くすくすと笑う声を聞きながら、美鈴は動じることなく何度も何度も弾を打って逸らし、少し
づつ魔力を削って行った。
と書けば簡単だが、高速で飛来する十以上の弾の動きを全て認識しつつ、多方向からの時間差
攻撃全てに対応しなければならないのだから、おそるべき奮戦だった。
一つ目は右拳で、下から上に。二つ目は左掌で、左から右に。
その二つ目を右肘で更に打ち、反動で身体を上方に引き上げて三つ目の左足の直撃を回避。
使うのは手と腕だけ、足は宙を大地のごとくして、重心を中心にどっしりと踏ん張り、足りな
い力を少しでも補う。四つ目は…
目まぐるしく拳と魔弾が激突する度に、紅と虹が激しく鬩ぎ合う。
空は花火のごとき光の乱舞に彩られ、爆音と衝撃波が大気を揺るがす。

九つ目の弾が風の咆哮と共に力尽きた時、少女は少し距離を開けて、次を追加しようと右手を
挙げた。
その次の瞬間、背後に弾いていた最後の弾をあえて受け、その勢いを加えて前方に美鈴は飛んだ。
だが、吸血鬼の魔力は絶大で、その一撃が届くよりもなお早く新たな弾、いや、今度は槍が美
鈴の進路を捉えていた。
その真紅の槍は非常識なまでの力で、受けてしまえばその魔力の炸裂によるダメージは測り知
れなかった。
もはやタイミング的に回避は不可能…のはずだった。しかし手ごたえはなく、少女は驚いた。
その原因を確認して、更に大きな驚きでさすがの悪魔も一瞬次の動きを忘れた。
とんでもないことに、美鈴は右の手刀でためらいなく己の左腕を切り落とし、さらに身をひね
ることで、紙一重の隙間で槍の脇をすり抜けていたのだ。こんな乱暴な手段があったものか。
七色の光が煌き、頬への激しい衝撃が少女を後方に吹き飛ばした。
それだけでは消えきらない反動を逃がしつつ後方へ飛び、美鈴は切った腕をキャッチして切り
口に繋ぎ合わせる。妖怪の再生力と気の治癒力を全開にすれば、腕くらいはさほどかからずに
くっついてしまう。

しかし、くっつくのを待つ暇もなく、彼女は上空に舞い上がって、体勢を立て直した吸血鬼の
少女を見下ろし、手を曲げて招いた。
「遠距離なんてまだるっこしいですよ…来(ライ)、小娘(シャオニャン!)!」
顔を殴られたことに加えて、この挑発。少女は目を細め、凄絶な笑みを浮かべて長い爪を出した。
これで誘いを断るなど、屈辱以外の何ものでもない。
どうやら、まんまと誘い込まれてしまったようだ。

元々の魔力量があまりに大きいのだから、接近戦より遠距離戦の方がより美鈴には勝ち目がない。
純粋に能力の違いならば、格闘戦を本領とするこの吸血鬼においては接近戦の方が両者の能力
の開きが実は大きい。
しかし、一定以上近づききってしまえばパワーとスピードは活かしにくいものであり、遠距離
戦より埋め合わせのしようはあるのだ。
もっとも、プライドの高い吸血鬼のこと、そうと知って遠距離戦をしていたわけではない。
本気で相手にするほどのこともない、吹けば飛ぶ小物だと思っていたから無造作に魔力をぶつ
けていただけだ。
相手が接近戦に自分を誘いたがっているのを知って、かえって彼女は興がっていた。

「その言葉、大陸出か…この私を小娘呼ばわりとはね。度胸があるのか、単なる馬鹿なのか」
にいと笑った少女の姿がぶれ、瞬間移動でもしたかのような速さで美鈴に接近して神鳴のごと
き双撃を放つ。
しかし、美鈴はそれと同時に一歩前に踏み込んでいた。
見えていたからではない、読んでいたからだ。
自分の能力に絶対の自信を持っている相手だから、正面から粉砕に来る、と。
「?!」
懐に入り込んだことで、打点はずれて少女の爪ではなく腕の付け根が美鈴に当たる。
むろん、それでは威力など出はしない。
その腕を勢いのまま引きながら、美鈴は少女の腹部へ右拳を叩き込む。
エネルギーの円の運動で猛烈に振り回された少女の身体を、美鈴は眼下の、門の外の大地へと
投げつける。そして、それと同時に気を展開し…出鱈目な立ち直りの早さでの次の一撃を辛う
じて右腕で受けていた。

気を糸のように身体から周囲に放出しておけば、糸に触れる存在を感知し、位置と動きのタイ
ミングを把握出来る。
彼女の「気を使う程度の能力」ゆえに、少女の一撃を防御することは可能だった。
しかし、タイミングさえ読めれば防御は万全などと考えている愚か者は、虎や熊の爪の前に身
をさらしたことなどあるまい。防御をなお打ち砕く純粋な暴力がこの世には存在する。
「くっ…!」
「ふふ、よく受けたね。久しぶりに楽しくなりそうだ」
爪ではなく腕の内側の部分を止めたはずの美鈴の腕は、しかし骨も軋まんばかりの衝撃を味わ
っていた。
何という馬鹿力、そして何という気迫。
何より、それを使いこなす眼前の吸血鬼の双眸の何という深さ。
知性と結び付いた暴力など、もはや災害だ。

「いやぁあああああっ!」
だが、なお失われない気迫で美鈴は左拳を少女の空いた腹部目掛けて叩き込む。
それは少女の右手であっさり掴み止められるが、同時に右腕が受けた左手の内側をすべり、手
刀を鎖骨へと叩きつける。
衝撃で掴まれた手の力が緩んだ瞬間、左手を内側からひねって、回し込むように逆に少女の手
首を掴みとって極め、右掌を今度は心臓の上へと叩き込む。
「ぐうっ…!」
後方へ吹き飛ぶ少女の身体を追いかけ、間合いを保つ。密着することで相手の動きを限定し、
大技を繰り出す余裕を与えないのだ。
しかし、少女がばんと開いた漆黒の翼が風を巻き起こし、美鈴の動きを阻む。
何事もなかったように体勢を整えて、少女は心底楽しそうに笑った。
「へえ、これが話に聞いた拳法ってやつか。面白い技術ね、少し学んでみてもいいかもしれないな」
少女には、傲慢とさえ見えるほどの余裕があった。そして、それは正しいと美鈴は知っていた。
このまま行っては、彼女は負ける。
今の所は一動作ごとに全身の気と妖力を爆発させることで何とか打ち合えているが、それは、
例えるならば、貯水池の水を一気に放出して河の流れと拮抗させるようなもので、無理矢理
の出力増加で消耗は異常に早く、しかも元々の貯蓄量でも遥かに及んでいない。
身体が耐え切れずに自壊するのが先か、それとも力を使い切って墜ちるのが先か。
もしかしたら、少女の魔性の闘争本能と知性が美鈴の手の内を全て暴くのが先かも知れなかった。

ならば、道はただ一つだった。
そして、チャンスは少女が愉しみに警戒を緩めているその時しかなかった。
気を読む力は、すなわち機を読む力。彼女はその瞬間に絶頂に達していた機をけして逃しはしなかった。
「はいやぁあっ!」
雷光のごとき見切りがたい一撃を待つことはなく、彼女は再び攻撃を仕掛けた。
その目の奥に見慣れないものを認め、少女は笑みを消して迎え撃つ。
(…そうだ、この目は!)
見慣れないそれが何であるかに気づき、彼女は戦慄、すなわち闘争の快感を覚えた。
それと全く同時に、突進して拳を構えていた美鈴の胸の間で何かが光る。
それは呪符、すなわちスペルカード。

「食らいなさいッ…極彩『彩光乱舞』!」
「うそ、この至近距離でっ…?!」
こんな特攻は少女の行動の選択肢には存在しない。だからこそ、完全な不意打ちだった。
余裕で受け止めてやるはずだった拳の一撃が、二人を包んで吹き荒れる虹色の気の嵐にすり替わる。
「くぅうっ…!」
体勢を立て直そうと、筋が軋むほどの力をこめて翼を動かし、少女は嵐に抗った。
そして、その眼前で美鈴が手に二枚目の呪符を構えた。その胸は、呪符発動の力の爆発で心臓
まで深々とえぐれていた。しかし、一途さからの並外れた集中ゆえに苦痛を感じることもなく、
あらかじめ「こうする」と決めた行動を、ただ反射的に彼女は続けていた。
「極光『華厳明星』!」
ぴったりと密着したまま、両手を突き出すように叩き付けられる二枚目の呪符。
嵐の中心に光球が生まれ、美鈴と少女を更に呑み込んだ。
(お願い、もう一撃だけ…保って!)
再びの反動でちぎれ飛びそうな腕をここが先途と突き出し、右拳に握り込んでいた呪符に美鈴
は命じた。
「三華『崩山彩極砲』!」
その呪符は、自らの構成の通りに周囲の気を高速で吸い集めて使い手の全身へと送り込んだ。
そう、呪符で生まれた虹の嵐と光球の気も全て。
自分が生み出した気とは言え、スペル二つ分以上の気など呼び込むだけで彼女の能力の精一杯
だった。だから、コントロールなどもちろん無理だ。しかし、それで充分。
彼女の身体という堰が少しでも持ちこたえさえすれば、力の流れはより抵抗のない方向に流れ
る…彼女の体の外へ。
「覇ぁあーーーーッ!」
空「気」を足場にだんと足を踏み込み、両腕を開くように少女の腹部へ双撑掌。
そこから身体を沈ませ、くの字に折れた少女の身体を更に鉄山靠で打ち上げる。
一撃ごとに気が爆発し、反動で打点が潰れ、暴走する気で血管と筋肉が裂けて行く。
そして、落ちて来る少女に拳を押し当てて渾身の発剄。
吸い込んでいた気への抵抗をやめ、インパクトの瞬間に全身から解放。
全部を拳から放出とは行かないが、多くが通りやすい経絡を通って手足に集中した。
とてつもない威力が炸裂し、すぐに右腕が力に耐え切れず肘までもって行かれる。物凄まじい
反動で空中に踏みとどまっていることさえ出来ない。踏ん張った足がまるで支えにならない。
これが、彼女の持ち得る最高威力の一撃。これで倒せなければどうやっても勝てはしない。歯
を食いしばって、可能な限りの力を吸血鬼の側へ流す。
しかし、ほどなく意志の力も限界に達して、足場の感触がふいと消失した。

「がっ…!」
短い呻きを残して少女が吹き飛んで行く先を見届ける余力さえもはやなく、美鈴はそのまま後
方へ吹き飛ばされて地面へ墜落した。
ごり、と鈍い音がして激痛で意識が覚醒した。どうやら着地で肩の骨が砕けたようだ。
全くの幸運だった。妖怪の骨格とは言え、高空から高速で落下しておいて、首や全身でなかっ
たのだから。
まあ、どちらでも実はそれほど違いはなかったのだが。
自らのスペルで抉られ、内から裂かれた傷は、再生の追いつかない紛れもない致命傷だった。
程なく意識がぶつりと切れるだろう。
しかし、それでも彼女はまだ死の安寧に身を委ねるわけには行かなかった。
館を守りきったことを確認しなくては、死ぬに死ねなかったからだ。
鉛のような眠気にしばらく抵抗した後、彼女の意識はどうにか浮上した。
確認しなければならない。守りきってさえいれば、彼女が死んでも、たぶんまた新しい管理者
が呼ばれて来るだろう。
筋肉は断裂して動かず、支える骨もあちこち砕け、気の糸で自分の身体を操り人形のように無
理矢理に動かして、長い間をかけてよろよろと彼女は起き上がり、重い瞼を開けた。

「ふふ、お目覚め?」
そして、絶望した。紅色の悪魔は、満身創痍ながらも眼前で健在だった。
「あ、ああ…」
眺めている内にも、傷がとてつもない早さで癒えていく。
倒し切れなかった以上、吸血鬼の再生力は深手もすぐに回復してしまう。
もはや美鈴の完全な負けだった。
悪魔は彼女を見下ろしながら、笑って告げた。
「ずいぶん待たせてくれたね。さ、上がって来なさい。続きをするわよ」
「え…?」
待った、という言葉に激しく違和感があった。この悪魔はきっと、意識を失った敵を待つより
も殴って起こすだろう。それで永遠に起きないようならそれまで、だ。
眉を寄せて考え込むと、少女はやや苛立たしげに続けた。
「早くなさい。そこじゃ、せっかくの花畑が台無しになるじゃない。
今のあなたの血だけでも花にはちょっと強過ぎるっていうのに」
「えっ…」
飛び上がる力などはあるわけもなく、美鈴は弱弱しく周囲を見回した。
そこは確かに、花畑の只中だった。
「…花のために待っていて下さったんですか?」
思わず間の抜けた声が出るのを抑えられなかった。すると、少女は呆れたように告げた。
「当たり前でしょう。私は貴族、美しいものを保護するのは生得の権利であり義務だわ。
まして、これから自分が治めようと言う場所なのに」
発された言葉には、紛れもなく生まれながらの王者の誇りと威厳とがあった。
その姿も品格に満ちて更に美しく、美鈴さえ改めて目を奪われた。
傲慢であっても、少女にはその傲慢に見合うだけの正当な権威があったのだ。
その瞬間、その眼前に、淡い光と共に紅玉の鍵が出現した。
「…あら?何かしら」
「!」
確かめずとも美鈴には判った。それは、固く閉ざされている館主室の鍵だと。
館は、少女を主として認めたのだ。
別離の運命が心を打ち砕く。力が抜け、意識が暗くなる。張り詰めていたものが切れ、もはや
死は間近だった。

いや、最期の仕事が残っている。美鈴は崩れ落ちるように片膝をつき、頭を下げた。
「あら?」
「お帰りなさいませ、ご主人様。この館は忘れ去られ幻想に入ってより、ずっと定めの主の帰
還を待ち続けておりました。そして、今あなたを主と認めました。もはや、この館は貴方様の
ものです」
「ふーん」
少女は、半分満足げで、半分不満げだった。せっかくのお楽しみを中断された形だからだろう。
「私は、今までこの館をただ預かり、守っていただけのもの。もはや役目は終わりました。
館の中で主に手向かいました罪、どうぞ存分にお裁き…を」
力がぶつっと切れ、美鈴はそのまま地面に突っ伏した。
もはや、小指を動かす力とて残っていなかった。
正直この館に心残りはあった。彼女が大事に世話をして来た、想い出の宿る花畑を置いて行き
たくはなかった。
それでも、この主なら花はせめて大事にしてくれるだろう。
一度死んでいた身、これ以上は高望みだ。そう考えて少しだけ安らぎ、彼女は目を閉じかけた。
すると、身体がぐいと持ち上げられた。どうやらお裁きか、と彼女は思った。
しかし、少女がしたのは、いきなり美鈴の唇をこじ開けて、そこに何かを流し込むことだった。
すると、光の点でしかなかった意識がいきなり膨れ上がった。
身体が凄まじい快感とばらばらになりそうな苦痛に挟まれて、悲鳴を上げようと開いた口から
は声も出せない。
「あ、あああああああああっ!!!」
絶叫と共に身体がびくんと跳ね、心臓がどんと脈打った。
ぷつぷつと音を立てるように、身体が蘇って行くのが判った。
「な、何…をッ…!」
跳ね起き、身体をぎゅうっと抱き締めながら彼女は訊いた。
「馬鹿ねえ、勝手に死なないでちょうだい。
この領地に付属していたのなら、あなたも私のものよ。
あなた気に入ったから、まだ死なせてなんかあげないわ」
少女は言って、血のあふれ出す自らの手首をぺろりと舐めた。
「ち、血をっ…?!」
美鈴は驚いた。眼前の少女は、どうやら彼女に自らの血を与えたらしい。
吸血鬼の血は濃縮された生命力と魔力の固まり、確かに瀕死の妖怪さえ黄泉返らせることが可
能だろう。
しかし、吸血鬼は滅多なことで己の高貴な血を他者に与えたりはしないはずだった。

「あなたは妖怪なのにまるで人間のよう。
あんな後先考えない攻撃を、あなたは恐れながらではなく、当然のこととして実行した。
死ぬことを畏れず、それどころか死をただの道具として使った。
そんな不遜が出来るのは、人間並みの愚か者だけ。人間のような妖怪なんて、こんな珍しくて
面白いものはそうはないわ。だから、私の僕になりなさい。美鈴」
それは何とも徹底的に傲慢で、そして愛情に満ちた物言いだった。
美鈴は再び片膝をつき、
「分かりました。なら、どうぞお好きにお使いください。ええと…」
「そう言えば名乗りはまだだったわね。レミリアよ。レミリア・スカーレット」
「はい、レミリア様」
頭を垂れて恭順の意を示した。いつの間にか、少女の夜のごとき峻厳な魅力に彼女も魅了され
ていた。この主に仕えてあの花畑の傍にいられるのなら、そう悪いことではない。
皆のところに行きたいとも思うが、生きて供養を続けることで、皆がより心安らかに冥界で暮
らせるだろうことを思えばそれは断念できた。
それに、こちらで皆を覚えているもののある限り、彼岸の皆もまた帰って来られるのだ。
いつか会えることもあるだろう。
「うん、ちょうど良かったわ。これから、外の世界で待ってる妹と友人を連れに戻らなきゃな
らないの。私が帰るまでしっかり館を守りなさい。あれだけの愚直な忠義ならば安心して任せられる。
ただし、勝手に死なないこと」
「はい!」
「あ、でも、行く前に着替えようかな。服がぼろぼろだわ。館の中、服くらいあるでしょ?」
「あ、はい。案内しましょう」
「いいわ、別に。ついでに少し探索したいし」
「そうですか」
「あ、忘れるとこだった。これから、あなたを門番長及び園丁に任命するよ」
「え?」
あまりにも唐突な言葉に、美鈴は固まった。
「真面目に職務を行っていた執政には、王から褒賞を与えるのが当然でしょ?
それに、あの畑はあなたの意思がこもり過ぎて、あなたがいないともう世話はうまく出来そうにない」
じわじわと、美鈴の胸に喜びがこみ上げて来る。それは、まさに望外の待遇だった。

「あと、私は使用人にはスカーレットの名をあげるの。王の僕たる自覚を忘れないようにね。
だから、あなたは…美鈴・スカーレットかしら」
「ちょ、ちょっと待ってください」
喜びがいきなり台無しだった。いくら何でもその響きはおかしい。妙だ。みょんに過ぎる。
「何?」
レミリアはきょとんとした顔だった。彼女にしてみれば、当たり前のことを言っただけなのだ。
疑問を持たれる余地は無い。
「え、あ、その…私の生まれですと、名は姓の後に来る作法でして」
内心冷や汗をかきながら、美鈴はひきつった笑顔で言い繕う。
「あら、そう?じゃ、スカーレット・美鈴かしら」
それもまずい。
よくは判らないが、響きどうこう以前に魔法少女にでもなってしまいそうな感じでいけない。
魔法少女とは何かは判らないが。
「そ、そうですね…で、でもですね」
「でも?」
無駄な手間を取られて、レミリアは早くも不機嫌そうだった。これから先は、かなりの度胸が
いる。その時、ふと閃いた考えがあった。
「スカーレットとは、真紅。その半分、紅の文字だけをいただけたらと思うんです…私は、真
紅と呼ばれるには色が混ざりすぎていますから。私は七色の紅、お嬢様のような純粋で澄んだ
真紅にはけしてなれません」
レミリアは少し考え、そしてに、と笑った。
「わざわざ文句を言ってまでこだわるなんてね。いいわ、今は機嫌がいい。
それに、変わり者のあなたが面白いのだから、特別に許してあげる。
べに美鈴でいいの?それともくれない美鈴?」
「…。…いえ、故郷の思い出のために、読み方はせめて紅(ほん)美鈴にしようかと思います」
「ふーん。少し地味すぎる気もするけど、まあいいわ。一度認めたのだし」
首を傾げ、レミリアは館の中に姿を消した。

「…紅美鈴、か」
口の中で何度かその名前を転がしてみて、美鈴は微笑んだ。
その響きは悪くなかった。何か、欠けたものが埋まったような感じがしてしっくり来た。
そして、改めて周囲をぐるりと見回した。
彼女がずっと手入れして来て、すっかり馴染んだ、愛する風景。
そこで、彼女はこれからもずっと働いて行けるのだ。それは、とても満足なことだった。

それから時は流れ、そのずっと後のこと。
「確か、このお花は去年の今日に植えたんだったわよね。ふふ、初めてのお誕生日おめでとう」
ちょんちょんと小さなつぼみを突つき、美鈴は屈託なく笑った。
風が吹き、花が嬉しそうにそよぐ。そんな光景を窓から見て、メイド長は首をひねった。
「つくづく珍しい妖怪ね。あれが門番長で本当に役に立つのかしら」
「そうねえ。私はあの子を門番長として任命はしても、期待なんてしてないわよ」
「あら、お嬢様」
「完璧な門番でなくてもいい。力が足りないようなら、他の者が助けを出せばいいことよ。
完璧な門番なんてやらせたら、あの子は勝手に壊れてしまうもの」
「職務であるなら、玉砕してでも職場を守るべきではないんですか?」
咲夜の言葉に、レミリアはため息をついた。
「はあ…その辺り、あなたも一度躾ける必要があるようね。
いい、あなた達は私の持ちものなのよ。私の許可なしに壊れていいわけないでしょう。それは
裏切りに等しいわ。それに、代わりの人員なんて探したら、結局面接の手間を取られるのは私。
迷惑じゃない」
「はあ」
「だから、あの子の役目は客を選り分けること。
馬鹿は、害毒とそうでないものを見分けるのは天才的だから。
例え、本人は見分けたことに気づいていなくともね。
そして、あの子が害毒を見分けたなら、必要なら手伝ってやりなさい。
一度きりで終わられても困るのよ。あの子は、守ることを『続ける』のが自分の今の義務であ
ることを忘れがちだから」
「一部判りませんが…要は、頼りないからフォローしてやれってことですね?」
「そうね、おおむね間違ってないわ」
一種の狂気のごとき純粋過ぎる義務感や忠誠心は、連続使用の面で言えば頼りない部分がある。
少しくらい主に迷惑をかけてもいいのだ。最終的により大きな迷惑をかけられるより、小さな
迷惑の内に止めておくのが一番よい。
「まあ、確かにもったいないくらい見てて面白い妖(ひと)ですし」
「あら、そう言うあなたも十分見てて面白い人材じゃない」
「そうでしょうか?」
「肝心なところで抜けてるあたりが特にね」
「…そうでしょうか」

「門番長、ご馳走できましたよ」
「特大ケーキも焼き上がりましたぜ」
「メイド長監視部隊によると、全然気付いてないらしいです」
「ええ、ありがとう。今行きますから。仕上げにロウソク立てなくっちゃね」
賑やかな部下達に呼ばれて駆け出す幸せそうな彼女を、小さな紅い花の群れは風に揺れながら
見送っていた。
花園の中央にあるその群れは、美鈴より先にこの館に芽吹いて、初めに美鈴を外へ呼び出した
花々。それらは、美鈴がかつて植えた花々の種から生まれたもの達だった。
育ててくれた彼女への花々の想いは境界を越え、その身に背負っていた民の残した想いを種に
託して幻想の地へと送り届けていたのだ。
彼らは、今の美鈴の姿にとても満足していた。
そして、共に日々を楽しんで、これ以上なく幸福だった。

ここは紅魔館。
約束された真紅の女王が帰還し、沢山の人妖で賑やかな場所。
その館をせっせと手入れしているのも、もう一人ではない。
人と妖怪が大量に集い、彼岸の住人も楽しむほどに幸せな場所だ。
そして遠からず、新たな楽しみが来訪する。
女王の気まぐれによって、二人の人間と弾幕と共に…


→Continue to Touhou Koumakyou…



傲慢れみりゃー万歳。
あと、美鈴の強さはとにかく第一に根性、第二に根性、第三に忠誠で、妖力よりも闘志で相手を圧倒するタイプだと思い込んでいるのですが、どうでしょう。


というわけで、我慢強く読み終わってくださった皆様、本当にありがとうございました!
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コメント



0.2700簡易評価
14.80aki削除
や、面白かったです。
美鈴の苗字の辺りは異常なまでに説得力があって、うむ、素晴らしい。
ひどい扱いを受けている人物の待遇が上がるとそれだけで嬉しくなります。
まさに『捏造設定万歳』!
18.70おやつ削除
捏造万歳!w
良い美鈴で最高でした。
これからも美鈴は頑張って欲しいです。
あくまで無理せず、気楽にね。
28.70K-999削除
咲夜さん。上辺だけでは駄目だ! 心の眼(まなこ)を開いて感じるんだ!(意味不明)
31.90名前が無い程度の能力削除
めーりん!めーりん!
がんばれ、めーりん!

摸造設定とは思えぬちゃんとした設定土台がすばらしい。
34.90名前が無い程度の能力削除
これはかっこいい捏造美鈴ですね
38.80跳ね狐削除
捏造だって面白ければ、無理がなければ良いんです!
格好いい美鈴でした!
47.70名前が無い程度の能力削除
れみりゃ様バンザーイ!!ヽ(´ワ`)ノ めーりんンザーイ!!ヽ(´ワ`)ノ
格好いい美鈴を見ると、やはり嬉しいですね。
52.90時空や空間を翔る程度の能力削除
真紅の花・・・・名前は何でしょうね・・・・・・
そして花言葉は・・・・・・・・
ちっと気になります・・・・・。

でも・・・素敵な名前なのでしょうね。
そして花言葉も・・・・・・・・・
60.無評価名前が無い程度の能力削除
お嬢様・・・        すごく・・・カリスマです・・・