――永遠とも言える刻の中で、幾多の星の始まりと終わりを見てきた。
終わりを見続ける事に疲れ果てた時、永遠に輝く星を見つけた。
私は、その星を守りたいと思った――
「本当に行くのか? 妹紅」
「くどいよ慧音。あの輝夜が刺客じゃなく、招待状を送りつけて来たんだ。興味も出るさ」
私の隣を歩く少女は私の問い掛けに、確かな意志の篭った声ではっきりと答えた。
「とはいえ、罠の可能性が高いぞ」
我ながら神経質すぎる気もするが、ありえる可能性は全て考慮する。
「その時は、何時も通り殺し合うだけさ」
妹紅の浮かべる笑みは、まるでそうなる事を期待しているかのようだった。
「それに、その時は慧音が守ってくれるんだろ? だったら心配ない」
「なっ!?」
妹紅の私を信頼しきっている表情と言葉に、顔が赤くなるのを自覚する。
「そ、それは当たり前だ! ……そうだな今夜は満月だ、お前には指一本触れさせはしない」
満月の光が道を照らす中、目的地である永遠亭が見えてきた。
「姫。お客様をお連れいたしました」
月から来たという兎。たしか、鈴仙と言う名前だったか……に案内され、月に照らされた庭が見える広間に通された。
「ご苦労様。イナバ」
この邸の主、蓬莱山 輝夜は広間の真ん中に静かに座っていた。その周りには、無数の料理と酒。どう見ても酒宴の準備にしか見えない。
「どう言うつもりだ輝夜?」
妹紅が問う。それに対して輝夜は、
「見ての通り宴の準備よ。それがどうかした?」
「どうかした? じゃ無い。どう言う風の吹き回しだ? というより、何が目的だ」
少し戸惑うような妹紅の声。当然だ、今まで殺し合って来た相手に酒宴に誘われれば警戒もする。そういう私も戸惑いを隠せずにいた。
「一度、貴方と飲んでみたかっただけ。それに、そっちの白沢が心配してるような毒は入ってないわよ。宴の席でそんな無粋な真似はしないわ」
むう、表情を読まれたか? 輝夜の真意を読もうとするがわからない。
「心配は要らないよ、慧音。毒を飲んだ程度で私が死ねるもんか」
たしかに妹紅や私が毒でどうにかなるとは思えないが……。迷う私を置いて妹紅はさっさと席についていた。慌てて妹紅に続く。
「で? 理由は教えてもらえるんだろうな?」
「千年も殺し合って来たのだから、一度くらいはこういう事があっても良いんじゃないかしら?」
「千年に一度の宴か。……いいだろう、私も宴の席で争うような無粋はしないさ」
輝夜の真意は解らないが、争う意志が無いのなら私も異存は無かった。
どこか張り詰めたような、お互いを牽制し合う雰囲気の中、宴が始まった。
会話も無く、ただ静かに酒を飲み、料理をつまむ。
鈴仙をはじめとする兎達が引切り無しに空いた皿を片付け、新しい料理や酒を持ってきていた。
豪華でないが手の込んだ料理に、私達3人ともそれなりに酒が進んでいた。
しばらくすると、酔いが回り始めたのか、それとも沈黙に耐えられなくなったのか、妹紅が口を開いた。
「まさか、お前と酒を飲む日が来るとはな……」
「あら、迷惑だった?」
苦笑を洩らす妹紅に、輝夜はすまし顔で尋ねる。
「別に迷惑ではないが……」
妹紅は少し考えこみ、続けた。
「この宴を開いた理由は、あの人間たちか?」
あの人間たち――輝夜たちを倒し、輝夜の刺客として妹紅を倒しに来た連中か……
「面白い連中だったでしょう?」
輝夜は楽しそうに、くすくすと笑う。
「ああ、肝試しを怖がらない人間は初めてだよ」
妹紅も苦笑を返す。
「そうね、それも理由の一つ。隠れ住む必要がなくなったんだもの、色々な事をやってみたいと思っただけよ」
「それでこの宴か? 今までの事を水に流そうとでも言うのか?」
「こちらに非が無いのに、水に流すも何も無いでしょ?」
平然と言う輝夜の言葉に、私の中の何かが切れた。
「妹紅をこんな体にしておいて、何を言う!」
怒鳴り詰め寄るが、輝夜は気にも留めず杯を傾けている。
「落ち着けっ!」
妹紅が宥めてくるが、酔いもあり、私は止めることが出来なかった。
私の反応がおかしいのか、輝夜は口元を袖で隠し笑っている。
「蓬莱の薬を使ったのは妹紅よ。私には関係ないわ」
「妹紅を侮辱するのなら、私にも考えがあるぞ」
「あら、どうするのかしら?」
輝夜が笑う。
「後の事を考えなければ、お前の永遠を喰らい尽くす事もできるんだぞ!」
「そう、それは怖いわね」
私の言葉に怯えた様子も無く、輝夜は平然と笑う。
さっきから、輝夜の笑いが気に障る。
「なら、千年の間暇つぶしに付き合ってもらったお礼として、妹紅の体を元に戻してあげましょうか?」
……なに?
「そんな事が……できるのか?」
本当に出来るのなら……
「さあ?」
輝夜ははぐらかすように肩をすくめる。
「でも、その必要は無いわね」
輝夜が楽しそうに笑う。
「どうしてだ?」
「だって、貴女がいるんだもの」
輝夜の言葉に思考が止まった。
輝夜が言っている意味が判らない。
輝夜の真意が判らない。
「それは、どういう……」
「あら、貴女の力なら妹紅の体を元に戻せるんじゃなくって?」
私の能力で、妹紅の体を……?
呆然とする私を見て、輝夜が笑う。
「ああ、それは出来ないわよね。だって、妹紅が居なくなったら貴女、独りぼっちだもの」
妹紅が居なくなる……?
「わ、私は……」
呆然とする私を見て、輝夜が楽しそうに笑う。
「折角手に入れた『永遠に生きる人形』を、手放せる訳がな……」
――バン!
妹紅が床を踏みつけた音で、輝夜の言葉が途切れた。
「輝夜、その位にしておけ」
怒りをかみ殺した言葉と共に、妹紅の背中から炎の翼が吹き上がる。
「それ以上言ったら……本気で殺すぞ」
「妹紅……」
妹紅が私のために怒りを表してくれている……
そんな妹紅を前にすると、輝夜の言葉に揺らいだ自分が恥ずかしくなってくる。
恥ずかしくて、情けなくて……
気付いたときには……
「おい、待て。慧音!」
妹紅の静止も聞かず、私は部屋から飛び出していた……
部屋から逃げ出した私は周りも見ずに廊下を走り、角を曲がると同時に人とぶつかってしまった。
「す、すまない」
転んで正気に返った私の前にいたのは、輝夜の従者である永琳だった。
「廊下を走るのは危ないわよ」
永琳は起き上がりながらそう言うと、私に向けて手を差し伸べる。
「すまない……」
私は礼を言うと、その手に縋り起き上がった。
「大分、姫にやられたみたいね」
立った私の目を見て、永琳が呟いた。
まるで見ていたかのような言葉に、何も言えなくなる。
「そろそろかしら……」
永琳はそう呟くと、近くに居た兎に声をかけた。
「てゐ、四季の間で酒宴の準備をやり直して」
頷き駆けて行く兎を見送ると、また私の目を覗き込む。
「姫の悪い癖だから余り気にしないで。それより、妹紅が心配するから戻った方がいいわね」
そう言うと、薬箱を持ち、私が逃げてきた方へと歩いて行く。
「一つ、教えて欲しい」
私は永琳の背中に声をかけた。
「さっき、輝夜が妹紅の体を元に戻せると言っていたが……」
永琳は立ち止まり、だが振り向かずに私の質問を聞いてくれている。
「本当に、そんな事が可能なのか?」
「何も変わらない永遠は、心を蝕む病になるわ」
永琳は、こちらに視線を向け言う。
「この意味、貴方なら判ると思うけど?」
その言葉に眼を閉じて、妹紅と出会う前を思い出してみた。
永い時間人を守り続け、時の移り変わりを見続けた日々。
人を守り、人の誕生と死を見続け、刻の流れに取り残される。
自分だけが変わらないという現実に怯え、人との触れ合いを放棄する。
触れ合う事の無い心は、自分という存在を希薄にする。
自分という存在が、ただ人を守るだけの『モノ』と錯覚する。
その『モノ』は、人を守る事以外の思考を放棄する。
思考を放棄した『モノ』は永遠という闇に囚われる。そして、刻に心を蝕まれていく。
「私に治せない病は無いわ」
刻という牢獄から解放される……
「それが蓬莱を殺す薬?」
「そうね。でも、貴女には必要ないわね」
「え?」
「だって、貴女と妹紅は時の病には罹っていないもの」
「そう……なのか?」
「ええ。貴方達はバランスが取れているから、安心なさい」
私は永琳の言葉の意味を考えながら、再び歩き出した永琳の後を追った。
「な!?」
永琳と共に部屋に戻った私は、中を覗き絶句してしまった。
焦げ付いた部屋。ぶちまけられた料理。ひっくり返された皿。そして、部屋の中央に座り込む妹紅と輝夜。
二人とも、ボロボロで煤だらけになっていた。
「やっぱりね……」
「え?」
永琳は呟くと、持っていた薬箱を部屋の隅で焦げ倒れていた鈴仙に手渡し、輝夜に声をかける。
「姫、四季の間に着替えと酒宴の用意が出来ております」
「分かったわ」
輝夜はそう言うと、私に目もくれず部屋から出て行った。
「大丈夫か!? 妹紅」
部屋から出て行く輝夜とすれ違うように、慌てて妹紅の元に駆け寄る。
「す、すまない……お前を守ると約束したのに……」
「気にするな」
「だが……」
「あいつの言った事なんか、気にするな」
「え?」
一瞬、妹紅の言った事が理解できなかった。
「昔はどうであれ、今はお前が居る」
「私が……?」
「慧音に出会えた。だから、今の私が居る」
妹紅が私を必要としてくれている?
「だからこの体を怨んではいない」
そう言って、妹紅は私に微笑みかけてくれた。
思い出した。この微笑みは、私を『モノ』から『慧音』に戻してくれた微笑だ。
私が人を守るだけの『モノ』ではなく、人と共に歩いて行く勇気をくれた微笑だ。
妹紅が居てくれたから、今の私が居る。
妹紅や里の皆が私を必要としてくれるから、私は上白沢慧音として生きていける。
何となく、永琳が言ったバランスの意味が解った気がした。
「姫が迷惑をかけたわね」
永琳が私達に近づき声をかける。
「貴女の所為では……」
「ああ、本当に迷惑だよ」
私の言葉を遮るように、妹紅が永琳の言葉を肯定した。
「幾らなんでも、そんな言い方は」
「良いんだよ。どうせこうなる事が解っていたんだから」
妹紅の言葉に、永琳は苦笑を洩らした。
「ええ、そうね。期待はしたかしら」
「で? これに何の意味があったんだい?」
「姫もたまには、外の空気を受けないとね」
「はっ。つまり、私はカンフル剤ってところか」
妹紅は呆れた様に笑い飛ばした。
つまり、これが輝夜にとっての薬?
「よかったら、また来て欲しいわね」
「喧嘩しにかい?」
「ええ、喧嘩をしに」
永琳は静かに微笑む。
「妹紅。出来れば、私はまた来たい」
そして、この薬師と色んな事を話してみたい。
永遠の時間を主と共に歩き、守ってきた彼女と。
これからの、永遠と呼べるかもしれない道程を、妹紅や里の皆と一緒に歩いてゆくために。
「……分かった。また来てやるよ」
私のお願いに、妹紅は呆れたように肩を竦め、約束してくれた。
「ありがとう」
私たちの言葉に永琳は嬉しそうに微笑んだ。
「――さて、宴を再開しましょう。今度は喧嘩は無しで」
――永遠に輝く星を見つけた。
その星を守りたいと思った。
でも、それは星ではなく、
私の心と世界を照らす
まんまるの 月――
終わりを見続ける事に疲れ果てた時、永遠に輝く星を見つけた。
私は、その星を守りたいと思った――
「本当に行くのか? 妹紅」
「くどいよ慧音。あの輝夜が刺客じゃなく、招待状を送りつけて来たんだ。興味も出るさ」
私の隣を歩く少女は私の問い掛けに、確かな意志の篭った声ではっきりと答えた。
「とはいえ、罠の可能性が高いぞ」
我ながら神経質すぎる気もするが、ありえる可能性は全て考慮する。
「その時は、何時も通り殺し合うだけさ」
妹紅の浮かべる笑みは、まるでそうなる事を期待しているかのようだった。
「それに、その時は慧音が守ってくれるんだろ? だったら心配ない」
「なっ!?」
妹紅の私を信頼しきっている表情と言葉に、顔が赤くなるのを自覚する。
「そ、それは当たり前だ! ……そうだな今夜は満月だ、お前には指一本触れさせはしない」
満月の光が道を照らす中、目的地である永遠亭が見えてきた。
「姫。お客様をお連れいたしました」
月から来たという兎。たしか、鈴仙と言う名前だったか……に案内され、月に照らされた庭が見える広間に通された。
「ご苦労様。イナバ」
この邸の主、蓬莱山 輝夜は広間の真ん中に静かに座っていた。その周りには、無数の料理と酒。どう見ても酒宴の準備にしか見えない。
「どう言うつもりだ輝夜?」
妹紅が問う。それに対して輝夜は、
「見ての通り宴の準備よ。それがどうかした?」
「どうかした? じゃ無い。どう言う風の吹き回しだ? というより、何が目的だ」
少し戸惑うような妹紅の声。当然だ、今まで殺し合って来た相手に酒宴に誘われれば警戒もする。そういう私も戸惑いを隠せずにいた。
「一度、貴方と飲んでみたかっただけ。それに、そっちの白沢が心配してるような毒は入ってないわよ。宴の席でそんな無粋な真似はしないわ」
むう、表情を読まれたか? 輝夜の真意を読もうとするがわからない。
「心配は要らないよ、慧音。毒を飲んだ程度で私が死ねるもんか」
たしかに妹紅や私が毒でどうにかなるとは思えないが……。迷う私を置いて妹紅はさっさと席についていた。慌てて妹紅に続く。
「で? 理由は教えてもらえるんだろうな?」
「千年も殺し合って来たのだから、一度くらいはこういう事があっても良いんじゃないかしら?」
「千年に一度の宴か。……いいだろう、私も宴の席で争うような無粋はしないさ」
輝夜の真意は解らないが、争う意志が無いのなら私も異存は無かった。
どこか張り詰めたような、お互いを牽制し合う雰囲気の中、宴が始まった。
会話も無く、ただ静かに酒を飲み、料理をつまむ。
鈴仙をはじめとする兎達が引切り無しに空いた皿を片付け、新しい料理や酒を持ってきていた。
豪華でないが手の込んだ料理に、私達3人ともそれなりに酒が進んでいた。
しばらくすると、酔いが回り始めたのか、それとも沈黙に耐えられなくなったのか、妹紅が口を開いた。
「まさか、お前と酒を飲む日が来るとはな……」
「あら、迷惑だった?」
苦笑を洩らす妹紅に、輝夜はすまし顔で尋ねる。
「別に迷惑ではないが……」
妹紅は少し考えこみ、続けた。
「この宴を開いた理由は、あの人間たちか?」
あの人間たち――輝夜たちを倒し、輝夜の刺客として妹紅を倒しに来た連中か……
「面白い連中だったでしょう?」
輝夜は楽しそうに、くすくすと笑う。
「ああ、肝試しを怖がらない人間は初めてだよ」
妹紅も苦笑を返す。
「そうね、それも理由の一つ。隠れ住む必要がなくなったんだもの、色々な事をやってみたいと思っただけよ」
「それでこの宴か? 今までの事を水に流そうとでも言うのか?」
「こちらに非が無いのに、水に流すも何も無いでしょ?」
平然と言う輝夜の言葉に、私の中の何かが切れた。
「妹紅をこんな体にしておいて、何を言う!」
怒鳴り詰め寄るが、輝夜は気にも留めず杯を傾けている。
「落ち着けっ!」
妹紅が宥めてくるが、酔いもあり、私は止めることが出来なかった。
私の反応がおかしいのか、輝夜は口元を袖で隠し笑っている。
「蓬莱の薬を使ったのは妹紅よ。私には関係ないわ」
「妹紅を侮辱するのなら、私にも考えがあるぞ」
「あら、どうするのかしら?」
輝夜が笑う。
「後の事を考えなければ、お前の永遠を喰らい尽くす事もできるんだぞ!」
「そう、それは怖いわね」
私の言葉に怯えた様子も無く、輝夜は平然と笑う。
さっきから、輝夜の笑いが気に障る。
「なら、千年の間暇つぶしに付き合ってもらったお礼として、妹紅の体を元に戻してあげましょうか?」
……なに?
「そんな事が……できるのか?」
本当に出来るのなら……
「さあ?」
輝夜ははぐらかすように肩をすくめる。
「でも、その必要は無いわね」
輝夜が楽しそうに笑う。
「どうしてだ?」
「だって、貴女がいるんだもの」
輝夜の言葉に思考が止まった。
輝夜が言っている意味が判らない。
輝夜の真意が判らない。
「それは、どういう……」
「あら、貴女の力なら妹紅の体を元に戻せるんじゃなくって?」
私の能力で、妹紅の体を……?
呆然とする私を見て、輝夜が笑う。
「ああ、それは出来ないわよね。だって、妹紅が居なくなったら貴女、独りぼっちだもの」
妹紅が居なくなる……?
「わ、私は……」
呆然とする私を見て、輝夜が楽しそうに笑う。
「折角手に入れた『永遠に生きる人形』を、手放せる訳がな……」
――バン!
妹紅が床を踏みつけた音で、輝夜の言葉が途切れた。
「輝夜、その位にしておけ」
怒りをかみ殺した言葉と共に、妹紅の背中から炎の翼が吹き上がる。
「それ以上言ったら……本気で殺すぞ」
「妹紅……」
妹紅が私のために怒りを表してくれている……
そんな妹紅を前にすると、輝夜の言葉に揺らいだ自分が恥ずかしくなってくる。
恥ずかしくて、情けなくて……
気付いたときには……
「おい、待て。慧音!」
妹紅の静止も聞かず、私は部屋から飛び出していた……
部屋から逃げ出した私は周りも見ずに廊下を走り、角を曲がると同時に人とぶつかってしまった。
「す、すまない」
転んで正気に返った私の前にいたのは、輝夜の従者である永琳だった。
「廊下を走るのは危ないわよ」
永琳は起き上がりながらそう言うと、私に向けて手を差し伸べる。
「すまない……」
私は礼を言うと、その手に縋り起き上がった。
「大分、姫にやられたみたいね」
立った私の目を見て、永琳が呟いた。
まるで見ていたかのような言葉に、何も言えなくなる。
「そろそろかしら……」
永琳はそう呟くと、近くに居た兎に声をかけた。
「てゐ、四季の間で酒宴の準備をやり直して」
頷き駆けて行く兎を見送ると、また私の目を覗き込む。
「姫の悪い癖だから余り気にしないで。それより、妹紅が心配するから戻った方がいいわね」
そう言うと、薬箱を持ち、私が逃げてきた方へと歩いて行く。
「一つ、教えて欲しい」
私は永琳の背中に声をかけた。
「さっき、輝夜が妹紅の体を元に戻せると言っていたが……」
永琳は立ち止まり、だが振り向かずに私の質問を聞いてくれている。
「本当に、そんな事が可能なのか?」
「何も変わらない永遠は、心を蝕む病になるわ」
永琳は、こちらに視線を向け言う。
「この意味、貴方なら判ると思うけど?」
その言葉に眼を閉じて、妹紅と出会う前を思い出してみた。
永い時間人を守り続け、時の移り変わりを見続けた日々。
人を守り、人の誕生と死を見続け、刻の流れに取り残される。
自分だけが変わらないという現実に怯え、人との触れ合いを放棄する。
触れ合う事の無い心は、自分という存在を希薄にする。
自分という存在が、ただ人を守るだけの『モノ』と錯覚する。
その『モノ』は、人を守る事以外の思考を放棄する。
思考を放棄した『モノ』は永遠という闇に囚われる。そして、刻に心を蝕まれていく。
「私に治せない病は無いわ」
刻という牢獄から解放される……
「それが蓬莱を殺す薬?」
「そうね。でも、貴女には必要ないわね」
「え?」
「だって、貴女と妹紅は時の病には罹っていないもの」
「そう……なのか?」
「ええ。貴方達はバランスが取れているから、安心なさい」
私は永琳の言葉の意味を考えながら、再び歩き出した永琳の後を追った。
「な!?」
永琳と共に部屋に戻った私は、中を覗き絶句してしまった。
焦げ付いた部屋。ぶちまけられた料理。ひっくり返された皿。そして、部屋の中央に座り込む妹紅と輝夜。
二人とも、ボロボロで煤だらけになっていた。
「やっぱりね……」
「え?」
永琳は呟くと、持っていた薬箱を部屋の隅で焦げ倒れていた鈴仙に手渡し、輝夜に声をかける。
「姫、四季の間に着替えと酒宴の用意が出来ております」
「分かったわ」
輝夜はそう言うと、私に目もくれず部屋から出て行った。
「大丈夫か!? 妹紅」
部屋から出て行く輝夜とすれ違うように、慌てて妹紅の元に駆け寄る。
「す、すまない……お前を守ると約束したのに……」
「気にするな」
「だが……」
「あいつの言った事なんか、気にするな」
「え?」
一瞬、妹紅の言った事が理解できなかった。
「昔はどうであれ、今はお前が居る」
「私が……?」
「慧音に出会えた。だから、今の私が居る」
妹紅が私を必要としてくれている?
「だからこの体を怨んではいない」
そう言って、妹紅は私に微笑みかけてくれた。
思い出した。この微笑みは、私を『モノ』から『慧音』に戻してくれた微笑だ。
私が人を守るだけの『モノ』ではなく、人と共に歩いて行く勇気をくれた微笑だ。
妹紅が居てくれたから、今の私が居る。
妹紅や里の皆が私を必要としてくれるから、私は上白沢慧音として生きていける。
何となく、永琳が言ったバランスの意味が解った気がした。
「姫が迷惑をかけたわね」
永琳が私達に近づき声をかける。
「貴女の所為では……」
「ああ、本当に迷惑だよ」
私の言葉を遮るように、妹紅が永琳の言葉を肯定した。
「幾らなんでも、そんな言い方は」
「良いんだよ。どうせこうなる事が解っていたんだから」
妹紅の言葉に、永琳は苦笑を洩らした。
「ええ、そうね。期待はしたかしら」
「で? これに何の意味があったんだい?」
「姫もたまには、外の空気を受けないとね」
「はっ。つまり、私はカンフル剤ってところか」
妹紅は呆れた様に笑い飛ばした。
つまり、これが輝夜にとっての薬?
「よかったら、また来て欲しいわね」
「喧嘩しにかい?」
「ええ、喧嘩をしに」
永琳は静かに微笑む。
「妹紅。出来れば、私はまた来たい」
そして、この薬師と色んな事を話してみたい。
永遠の時間を主と共に歩き、守ってきた彼女と。
これからの、永遠と呼べるかもしれない道程を、妹紅や里の皆と一緒に歩いてゆくために。
「……分かった。また来てやるよ」
私のお願いに、妹紅は呆れたように肩を竦め、約束してくれた。
「ありがとう」
私たちの言葉に永琳は嬉しそうに微笑んだ。
「――さて、宴を再開しましょう。今度は喧嘩は無しで」
――永遠に輝く星を見つけた。
その星を守りたいと思った。
でも、それは星ではなく、
私の心と世界を照らす
まんまるの 月――
ついでに、輝夜にとっての妹紅も、自分を退屈という病から救ってくれる存在だったならば……。
いろいろ面白くなる余地のあるSSでした。今後に期待します。
あと、
>「この意味、貴方なら判ると思うけど?」
前後の二人のやり取りは、やや不自然なものを感じました。
慧音が妹紅を個人としてしか見ていないのならこれでもいいと思うけど…
もし少しでも守るべき人間としてみているなら、相手方の言葉も聞かず結果のみを取り一方的にそれを糾弾する行為を『人と共に歩いて行く』というのだろうか…
どちらかと言えばそれこそ『人を守るだけのモノ』ではないだろうか、と思った。
初作品とのことで次回作に期待します。