注)結構前、私がSSを書き始めた頃に書いた作品です、作品集で言うとその26位になります。ですので色々と読みにくかったりするかもしれません、お読みになる際はその点をあらかじめご承知下さるととてもありがたいです。
作戦零『ヴワルの護り』
「さっくり貰っていくぜ」
「させないわ」
ヴワル魔法図書館でにらみ合う二人の少女、そのうち、黒白の方がここに所蔵されている貴重な魔導書を狙って、最近よく現れる悪い虫(?)、黒い悪魔こと霧雨魔理沙である。
一方、彼女の目の前に立ち塞がる紫の方がこの図書館の主、パチュリーだった。そして、本棚の影からパチュリーを応援しているのが小悪魔、この三人が、毎度毎度紅魔館を恐怖のどん底へと陥れているトラブルメーカーズであった。
「パチュリーさま!頑張ってください!!」
「ええ、頑張るわ。魔導書は渡さない」
「ちゃんとお代は払うぜ、マスタースパーク!!」
「あなたのそれはお代じゃないわ、レイジトリリ…げほげほ」
早速とばかりに弾幕を放つ黒白に対し、パチュリーは張り切って防御弾幕を張ろうとするが、詠唱の途中で咳こむ。
「パチュリーさま!?」
小悪魔が慌てて近寄ろうとした瞬間、魔理沙のマスタースパークが炸裂した。
「持ってかないでーげほごほ」
「持ってくぜ」
白い閃光がパチュリーを吹き飛ばした。そして、彼女が止めようとする間もなく、黒白は本日の『戦果』を手に図書館からの離脱を図る。
「待ってください!図書館の貸し出し規則は守ってください!!あなたのやっていることは強奪ですよ!!」
そんな黒白の前に、果敢にも立ちふさがる魔法図書館の司書、小悪魔。力の差は歴然としていたが、そんなことなど気にせず、小悪魔は立ち塞がった。しかし、そんな彼女に対し、魔理沙はしれっと答えた。
「強奪じゃないぜ、無理矢理借りてるだけだ」
「それを強奪って言うんです!あなたはろくに本も返さないじゃないですか!!その本を置いて速やかに…」
「じゃあな」
「きゃっ!?」
魔理沙は小悪魔の警告を聞き流すと、たちまち増速して図書館の扉をぶち抜き、離脱していった。
「うう…パチュリーさまぁ、申し訳ありません…」
加速中の魔理沙に吹き飛ばされ、ぼろぼろになって謝る小悪魔に、パチュリーは優しげな笑顔を見せる。
「いいわ、あなたのせいでは…う~ん」
「パチュリーさま!?」
次の瞬間音もなく倒れる彼女に、小悪魔が駆け寄った…
紅魔館医務室
「また貧血ですか?パチュリー様」
魔理沙と交戦後、ふらっと倒れたパチュリーは、小悪魔に連れられて医務室にやってきていた。途中で二人を見つけた咲夜が手当てする。
「ええ、不覚だったわ。今日は貴重な魔導書が5冊、根こそぎやられたわ」
「うう~申し訳ありませんパチュリーさま、私が不甲斐ないばっかりに…」
凹む小悪魔にパチュリーはあくまでも優しかった。
「だからあなたのせいではないわ、でもどうにかしたいものね。咲夜、あなたはどうにかできないの?」
「はい、私もどうにかしたいのは山々なのですが、来襲されるとレミリアの護衛につかなければならないですし、ヴワル魔法図書館のほうに来たのだと判ってからでは間に合わないんですわ」
パチュリーの額に濡れ布巾を置きながらため息をつく咲夜に、パチュリーもまたため息をつきながら答える。
「やれやれね、せめて私の体調がもう少しよければね」
そう、パチュリーの攻撃力は本来かなりのものである。満月でさえなければ、咲夜はおろかレミリアですら一歩譲るであろう。
だが、彼女の体調がよいなどという状況は一月の内に一回あるかないかなのであって…つまり魔理沙襲撃時に体調がよいなどという可能性は非常に低いのだ。
いくら強力な戦闘力を誇っていても、それが発揮できなければ意味がないのである。
こうして、黒白…こと霧雨魔理沙が初めてここヴワル魔法図書館に来襲して以来、魔法図書館の防衛線はいともたやすく突破され、その蔵書は次々と黒白に強奪されることとなったのである。
紅魔館廊下
「うう~私がなんときゃしなきゃ!パチュリーさまの為に!!」
さて、その病弱文学少女、パチュリーに仕える小悪魔は、蔵書防衛に燃えていた。敬愛するご主人さまの為、愛と勇気と豪胆の規範を示すのだ!
しかしスペルカードすら持たない彼女と、火力では幻想郷最強クラスのファイナルマスタースパークを持つ魔理沙とでは勝負にならない。いつもいつも魔理沙邀撃に上がっては撃ち落とされる…というよりは、大体の場合、魔理沙が気がつかない内に箒の風圧で撃墜(?)されているのだ。
「でもどうしよう…むむ…」
悩む小悪魔…そして…
「よし、図書館で資料探しよ!あの黒い悪魔をこれ以上野放しにはできないわ!!」
彼女がたどりついたのは、いかにも彼女らしい結論だった…
ヴワル魔法図書館
ごそごそ…
「う~ん、関係ありそうなのはこのあたりか…よ~し」
大量の本に囲まれる小悪魔、彼女はなかなかの速度でそれらを読み進めていく。
「どの本でも相手を撃退するのに出てくるのは『待ち伏せ』ね。なるほどなるほど…」
うんうんと頷きながら本を読み進める小悪魔…と、図書館の扉が開いた。
「あっ、パチュリーさま!もういいんですか、歩いても?」
入ってきたのはさっきまで医務室へいたパチュリーだった。彼女を見て小悪魔が駆け寄る。
「ええ、大丈夫よ、問題はないわ。ところであなたは何を調べているの?」
いつもと変わらぬ(青白い)表情で小悪魔に話しかけるパチュリー。そんな彼女に、小悪魔は浮かぬ顔をしながら言った。
「はい、どうにかあの黒いのを積極的にやっつける方法がないかと…」
「なるほどね、何かいいのはあった?」
「『待ち伏せ』っていうのがが効果的みたいです」
「うーん、『待ち伏せ』ね」
「はい!奇襲して相手がパニックに陥っている内にやっつけるんです!!」
さっきとはうって変わって得意満面で言う小悪魔、そんな彼女を見て、パチュリーは一抹の不安を覚えてこう言った。
「ところであなたはどんな本を読んでいたの?」
「あ、こういうのです」
小悪魔の目の前に並ぶのは、三国志演技,水滸伝,史記…以下ずら~と並ぶ古代中国モノ。
「あ、あのね小悪魔、こういう本は大体事実を誇張したりして…」
ただでさえ悪い顔色をますます悪くしていいかけるパチュリーだったが…
「外の世界の本で知識を付けた我々の勝利は間違いなしですよっ!」
「そ…そうね」
得意満面の小悪魔には、結局何も言うことができなかったのだった。
作戦一『アンブッシュ(待ち伏せ)』
紅魔館門前
「邪魔だぜ」
「邪魔してるんだから当たり前よ!」
いつもどおりの紅魔館門前の光景、美鈴と黒白が炎天下でにらみ合う。次の瞬間黒白は先制攻撃を放った。
数え切れないほどの星が美鈴に迫り、その周囲に突き刺さった。
「普通の人になんてことすんのよ!!」
「普通の人だから成敗してやるぜ」
辛うじて被弾を免れた美鈴が抗議したが、そんなことには構わぬとばかりに黒白が言う。
「あんたどういう教育受けたのよ!!」
傍若無人との表現が相応しい彼女の言動に、美鈴が言った瞬間、黒白のマスタースパークが放たれた…
「また咲夜さんのナイフの標的にされる~!!」
「そいつは気の毒だぜ」
飛びながら叫ぶ美鈴に、ちっとも気の毒じゃなさそうに魔理沙が言う。
「誰のせいなのよ~!!!」
美鈴は紅魔館に声だけを残して飛び去って(飛ばされて)いった。あれだけ元気ならばすぐに復活できるだろう…
さて、今やこの戦闘の轟音は、紅魔館の警鐘だった。
従来、紅魔館に進入しようとする人妖は、ほぼ門番である紅美鈴により撃退されていたのだが、最近はその防衛線を『いともたやすく』突破する人妖が増え(黒白のとか紅白のとか)、美鈴の防戦は単なる警鐘扱いになってしまっていた。尚、それにともない彼女の待遇が急速に悪くなったのは言うまでもない。
ヴワル魔法図書館
「パチュリーさま!来ましたよ!!」
先の戦闘の爆発音を聞きつけた小悪魔が意気軒昂な様子で言う。
「ええ、そのようね」
「早速待ち伏せですよ!!」
「ええ…」
張り切る小悪魔を見ながら、気乗りはしないが…とパチュリーは思いながら、本棚の影に身を潜めた。
「さてと、今日は何の本を貰おうかな~♪」
美鈴を難なく撃破した魔理沙は全速で魔法図書館を目指す。さすがに魔理沙といえどもパチュリーと咲夜に挟撃されると苦戦は必至である、咲夜が出てくるまでにごっそり本をいただいていくのだ。
「魔理沙接近!迎撃せよ!迎撃せよ!!」
紅魔館のメイド達に魔理沙迎撃指令が出される。精鋭として幻想郷に名高い紅魔館の防衛部隊である。
「お、いっぱい上がってきたぜ。面倒だから強行突破だぜ!!」
「咲夜さんが来るまでの時間を稼ぐのよ!全員突撃ー!!」
「おー!!」
侵入者を撃退せんと一騎当千のメイド達が突進してくる。
「ブレイジングスター!!」
「きゃっ!?」
「わわっ!!」
「きゃー!!」
一方、魔理沙は全速を出すと同時に、いちいち相手をするのは面倒だとばかりにラストワードを発動した。紅魔館のメイド達は、並の人妖ならば瞬殺できる実力の持ち主達であったが、魔理沙の攻撃の前には、箒に近づくことさえできずに撃墜されていった。
「よし、着いたぜ!!」
ヴワル魔法図書館の扉に達した魔理沙は、躊躇せずに突き破る。図書館内に大音響が響き渡った。
「来ましたよ!パチュリーさま!!」
「そのようね」
本棚の影でひそひそ話をする二人…
「よーし、黒い悪魔め!今日こそは目にもの…え!?」
射程に捕らえたとばかりに立ち上がった小悪魔、だが…
「増速だぜ!!」
二人が飛び出そうとした瞬間に増速する魔理沙。
「あ…あ~!!」
魔理沙は二人の目の前を一瞬の間に飛び去った。小悪魔の無念の叫びがその後を追いかけていった。
「…やられたわ」
「う~」
凹む二人、そして、パチュリーがせめて背後から一撃をと立ち上がろうとした瞬間、魔理沙の起こした風が遅れて到達し、本棚を傾かせる。
喜劇のスイッチが入った…
「え?」
「パっパチュリーさまぁー!!」
巨大な本棚が、その主へと牙を向けた…
「むきゅ~」
「パチュリーさま!大丈夫ですか!?今助け…重い~!?」
あっけなく本棚の下敷きになり気絶する主を見て、辛うじて難を逃れた小悪魔が必死に本棚をどかそうとするが、力及ばず本棚はピクリとも動かない。
「わ~んパチュリーさまぁ~」
どうしようもなく泣き出す小悪魔…と、そこへやってきたのは…
「どうしたんだ?」
にっくき魔理沙であった。小悪魔は彼女を指差し叫ぶ。
「あっ!あっ!!黒い悪魔~!!!」
「人を家庭内害虫みたく呼ぶもんじゃないぜ」
そんな小悪魔に苦笑いする魔理沙。
「あなたなんて黒い悪魔で十分です!いっつもいっつも本を借りたまま返さないでパチュリーさまを困らせ…ってパチュリーさまぁ~!!」
「ん?あの紫もやしが下敷きになってるのか?」
ようやく潰されたパチュリーの事を思い出す小悪魔と、それを見て本棚を覗き込む魔理沙。
「パチュリーさまは紫もやしなんかじゃないです!この黒い悪魔!!」
「はぁ、とろい奴だぜ。よっと」
魔理沙は小悪魔の罵詈雑言を無視すると、あっさり魔法で本棚を持ち上げた。
「パっパチュリーさまぁ~」
気絶しているパチュリーを揺さぶる小悪魔。
「う…う~ん」
それにこたえるかのように、パチュリーが目を覚ました。
「わ~んパチュリーさまぁ」
「え、あ、何があったの?」
小悪魔に抱きつかれるが、自分の身に何が起こったのかわからないパチュリー。
「えっと…」
そんな主に小悪魔が説明しようとしたが…
「お前が、突然倒れてきた本棚の下敷きになってたのを私が助けたんだぜ。感謝してほしいぜ」
魔理沙が割り込む。
「って、本棚倒したのはあなたじゃないですか!」
無意味な言い争いが始まろうとしていたが、黒白の一言がそれを終わらせた。
「っていう訳で、これは救助代に貰っていくぜ」
笑う魔理沙、手には魔導書が三冊。
「あっあっあ~!!」
「じゃ」
再び叫ぶ小悪魔をしり目に、魔理沙はたちまち加速して図書館から離脱した。
しばらくたって…
「うう~またやられました~」
荒らされまくった図書館で落ち込む小悪魔。だが主の方は落ち込んでなどいなかった。
「そうね、でも次回はあの黒白の好き放題になんてさせないわ」
「その意気ですパチュリーさま!」
いつになくやる気のパチュリー、そんな彼女を小悪魔が頼もしげに見つめる。
「あの黒白を倒すには…これよ!」
自信満々にパチュリーが懐からとりだしたのは、『これであなたもベトナムコンサン、ブービートラップの正しい設置方法』と書かれた本だった。
「わーパチュリーさま。がんばりましょう!」
「頑張るわ」
「ところでブービートラップって何ですか?」
「要するに罠よ…多分」
と…盛り上がる二人を扉の影から見守る二つの人影があった。
「パチュリー様、片づけなどをやらされるのは私達なのですが…」
呟いたのは、毎回毎回荒らされた図書館の片づけ(しかも大半がパチェの仕業)をさせられている咲夜であった。
「いいじゃない咲夜、あの黒白が来てからパチュリーは明るくなったわ」
一方、そんな咲夜にこう言ったのはレミリアである、レミリアは言葉を続ける。
「あの二人には好きにやらせましょう、積極的に行動するパチェなんて初めて見るわ。咲夜、あなたも『今までどおり』手出しをしてはだめよ。友人としてパチェにはもう少し積極的に動けるようになって欲しいの」
「わかりました、レミリア様がそう仰られるのであればそうします。片づけにはあの中国を使いましょう、最近たるんでいるようですので」
「そうね、こんなにも簡単に人妖を進入させるとはなってないわ。今度フランの遊び相手にでもなってもらいましょう」
「そうですね、私のナイフ投げも動く標的がいると助かるんですよ」
恐ろしいことを平然と話す二人、美鈴が居たのならばこう言ったであろう。「私は一生懸命やっいていますよ~!あいつらが強すぎるんです~!!」と、だがここに居ない美鈴にはどうしようもなかった。
まぁ話したところで「言い訳とは見苦しいわね」と言われるのがオチだろうが…
作戦二『ブービートラップ』
「小悪魔、入口の方は?」
「はい!できました。パチュリーさま、術式のほうはどうですか?」
「できたわ、あとはあの黒白が来たら発動させるだけ」
「これで完璧ですね!パチュリーさま!」
「ええ、完璧ね。ここは『小悪魔の園』と名付けようかしら」
「えっ本当ですか!?嬉しいです~」
「ええ、あなたは頑張ってくれたしね」
「ありがとうございます!」
汗を拭きながらも満足げな表情で話し合う二人、二人はここ五日ばかり、日がな一日中図書館にこもり、図書館をトラップだらけにしていたのである。それもただのトラップばかりではない、パチュリーの魔法トラップも各所に配置され、侵入者を阻まんとしている。ちなみに昨日などは…
トントン
「パチュリー様、お疲れさまです。お茶をお持ちしました」
お盆に3つ(内一つは自分の分)のお茶とお茶菓子を乗せた咲夜が扉を叩く…が返事がない。中からはトンテンカンテンという音ばかり。
「(作業に夢中で気がつかないのかしら?後かたづけのことも考えていただけると助かるのですけど…)」
そう思いながら、咲夜はもう一度扉を叩き図書館内へと入った。
「パチェリー様、入りますよ?」
「あ!咲夜さま、入っては…」
もう一度扉を叩き入ってきた咲夜を見て、小悪魔が止めようとするが…
「きゃっ!?」
いきなり咲夜の目の前へと振り子式に飛んでくる丸太…竹槍設置済み。彼女は間一髪横にとびのくが、お茶の方はさすがに守りきれず床に落下する。
「一体何が…えっ!?」
辛うじて難を逃れた咲夜だが、今度は床の感覚がなくなり落ちてゆく。
「時間を…止まらない!?」
咲夜は時を止めようとするが、何かに妨害されているらしく能力は発動しない。次の瞬間、咲夜の腰に衝撃が加わった。
「いたた…」
したたかに腰を打ち付け顔をしかめる咲夜、瀟洒ではない…
しかも…
「咲夜さま!上!!」
叫ぶ小悪魔に咲夜は上を見る…と
「はい?」
「はう…」
咲夜の頭上から落下する巨大金だらい…よりにもよってこんな攻撃で、完全で瀟洒なはずのメイド長はあえなく気絶した。
「咲夜さま、大丈夫ですか?」
咲夜が意識を回復した時に目にしたのは、心配そうに覗き込む小悪魔の顔であった。
「え、ええ、一体どうなっているの、ここ?」
開口一番咲夜が言った。一見なんの変哲もないこの図書館だが、ただならぬ雰囲気が周囲に漂っていた…
「はい!パチュリーさまと私の自信作です!でも運がよかったですね咲夜さん、まだ落とし穴には竹槍を設置していませんでしたし、落下物も、最終的に設置予定の竹槍をぎっしり植えた木板じゃなくて、暫定的な巨大金だらいでしたし…」
得意満面に説明する小悪魔、一方咲夜の顔色は真っ青である。
「…そういえば私の時止め能力が通用しなかったんだけど?」
おそるおそる聞く咲夜に、小悪魔は楽しそうに答える。
「はい!パチェリーさまの術式で、現在この図書館内では特殊能力は使えないようになっています♪あの黒い悪魔も歩いて入ってこざるをえません。丁度今テスト中だったんですよ」
陽気に言う小悪魔に対し、咲夜は非常に疲れた顔をしてこう言った。
「もう帰ります…」
だが、立ち上がった咲夜を見て小悪魔が慌てて言う。
「咲夜さま!そこを歩いちゃ…」
かち…
「かち…?」
足下で不穏な音を感じた咲夜は、急いで足をあげようとしたが遅かった。
「きゃ~!!!」
一瞬の後、叫ぶ事など決してないだろうと、紅魔館の全住人に思われていたメイド長の絶叫が、図書館に響き渡った。
咲夜の踏みつけた床には、ねずみ取りの凶悪バージョンが設置済みであり、彼女の足を釘が一杯に植え付けられた二枚の板ががぶっと挟みこんだのだ。
「痛…痛い…」
それでも悲鳴をすぐに我慢するあたり、咲夜の努力は大したものだったのだが…
「咲夜さま!そこに寄りかかっては!!」
激痛のあまり本棚に寄りかかろうとした咲夜を小悪魔が止める。
「え…」
咲夜が本棚によりかかると、本棚が突然二つに割れ咲夜を挟み込もうとしてきた。
「咲夜さま危ないっ!」
「きゃっ!?」
小悪魔があわてて咲夜の手を引き、反対側に倒れ込む。後ろでは本棚がまるで生きているかのようにガブガブとやっていた。
「あそこにはパチュリーさまの魔法トラップが仕掛けてあるんですよ。挟み込まれたら圧死確実です!まぁ暫定なので追っかけてはこないんですが。本当に運がいいですね咲夜さま、あの凶悪ねずみ取りにだって、明日には毒を塗っておく予定だったんですよ?メディスンさまからとっておきをいただくことになっているのです」
咲夜を立ち上がらせながら、次々と恐ろしい事を言う小悪魔に、咲夜は痛みも吹き飛び呆然とした。いつの間に図書館が戦場になってしまったのか…後かたづけの時には多数の殉職者…いや戦死者、を覚悟しなければならないかもしれないと咲夜は思った。
「ええと、帰るにはどうすればいいのかしら?」
一瞬の思考の後、足に噛みついたトラップに顔をしかめながら、それでも『瀟洒に』言う咲夜。早くこれを外したいのだが、咲夜と小悪魔の力ではピクリとも動かなかったのだ。
「はい、地図をお渡ししますから、赤線で書かれた順路に沿って歩いていってくださいね」
「(扉まで10mもないのに地図が必要だなんて…)」
小悪魔は鉛筆でたどたどしく書かれた『トラップ配置図』を咲夜に手渡した。その地図には、図書館のほぼ全域にわたって、トラップの配置が示されていた。
「それではお気をつけて、順路からは『絶対に』外れないでくださいね」
「ええ…」
頼まれたって外れるものかと思いながら、咲夜は扉を目指す…と
「小悪魔、昨日玄関あたりに『飛び上がり地雷』っていうのを仕掛けておいたから、地図に書き足しておいてね」
パチュリーの声…
「「え」」
咲夜と小悪魔の声が重なる。次の瞬間…
「きゃっ!?」
咲夜の真下の床が突然持ち上がり咲夜を天井に叩きつけた。
「あう…」
情けない声を上げて落下し始める咲夜、が、喜劇はこれで終わらない。
「きゃっ!?」
続いてやはり天井から振り子式に飛んできた丸太が咲夜を直撃し、そのまま館外へとはじき飛ばす。咲夜は廊下の壁に叩きつけられ、ずるずると床に崩れ落ちた。
「さ…咲夜さま~!!」
小悪魔の悲鳴が図書館にこだました。
咲夜が医務室へと連れ出されてからしばらくして…
「あのーパチュリーさま」
「何かしら?」
「『飛び上がり地雷』って図解と何か違う気がするんですけど」
「そうなの?まぁ面白いからいいわ」
「そうですね♪」
被害に遭った咲夜の事などすっかり忘れて笑いあう二人。
ちなみに、咲夜はメイド達によって医務室に運ばれたが、意識を取り戻すやいなや「『図書館への入室はこれを固く禁ず』という指示を徹底しなさい!」と言ったそうである。
また、その後「もう例えレミリア様に図書館に行くよう言われたって、図書館になんて絶対に行くもんか」と呟いていたというのがもっぱらの噂であった。
さて、話を現在に戻す。
「パチュリーさま、トラップ、もうちょっと追加しませんか?」
「そうね、私もそれを考えていたところなの」
調子に乗る二人、かくてヴワル魔法図書館は、文字通り足の踏み場もないほどのトラップ地獄となってしまったのである。
作戦三『ヘックセンケッセル(魔女の大鍋)』
数日後…
「ここは通しません!」
「通るぜ、マスタースパーク!!」
「また咲夜さんのナイフがぁ~!!」
出会い頭のマスタースパークで吹き飛ばされる美鈴、魔理沙襲来である。
「さてと、いつも通り図書館で本を借りるぜ」
魔理沙は呟くとヴワル魔法図書館に急行する。
しかし、不思議なことに今日はメイド達が上がってこない。
「遠足にでもいったのか?バナナはおやつにはいるのか?」
魔理沙はお気楽思考で勝手に想像すると、図書館にむかって飛行を続ける。
しかし、勿論メイド達は遠足に行ったわけではない、咲夜が「侵入者が来たのならおとなしく図書館に通しなさい、それが一番の抵抗よ」と厳命していたのである。ちなみに、この命令は美鈴には伝えられていなかった…警報役の悲しき宿命である(それでも罰として咲夜のナイフの標的にされる…)。
「邪魔するぜ」
箒に乗ったまま図書館に侵入する魔理沙、が…
「何だぁ~!?」
たちまち箒が飛行能力を喪失し、それによって落下する魔理沙、美鈴の『警鐘』により、既にパチュリーが対魔法術が発動させていたのだ。そして…
「いてて…うわっ!?」
ぶっ飛んできた竹槍装備の丸太から飛び退く魔理沙。
「わっと!?」
今度は避けた先で落とし穴に落ちそうになる魔理沙、とっさに飛び退いたが、覗き込むと下には竹槍がぎっしり植えられている。
「穴だらけにはなりたくないぜ…」
唖然とする彼女…と
「うわっ!?」
落とし穴の頭上から、竹槍のぎっしり生えた板が落下してくる。魔理沙『本体』はとっさに避けて無事だったのだが、お気に入りの帽子が餌食となった。
「あああ…」
と、落胆した彼女がよろめいて本棚にもたれかかる。そうすると…
「うわっ!」
突然本棚が口を開き(?)襲いかかってきた。
「冗談きついぜ!!あっ」
今度はうっかり手放した箒が本棚の餌食となる。
「特注なんだぜ…」
大ショックを受け、立ちすくむ魔理沙の前に、パチュリーと小悪魔が現れ、自信満々に言う。
「今日は負けないわ」
「そうです!」
「図書館を魔女の大鍋にしやがって~!」
「だって魔女だし」
苦々しそうに言う魔理沙に、しれっと答えるパチュリー。いつもとは正反対である。
「よ~し、ならここを魔女鍋にしてやるぜっ!!」
だが、一瞬ののちにいつもの調子を取り戻した彼女を待っていたのは、悲劇と喜劇のブレンドであった…
「ふぎゃ!」
魔理沙を『食べようと』接近してきた本棚を避けた拍子に、彼女は『飛び上がり地雷』を踏みつける。あとはお決まりのコースである。
図書館に軽快な音が響き、しばらくして気を失って廊下に崩れ落ちる黒白魔法使いの姿があった。
「やったー!大勝利です!!」
「やったわ」
喜ぶ二人、後は魔理沙を捕獲して本を取り返すのだ。だが事はそう簡単には進まなかったのだ…
「パチュリーさま、術式の解除をお願いします」
「わかったわ、え~と解除の呪文はこれね。…げほごほげほ」
「パチュリーさま!?」
詠唱の途中でせき込むパチュリー、そして…
「え…」
がたがたごとごとと図書館中に不気味な音が響きわたる。
「まずいわ…げほごほ…魔法が…げほ…暴走して…げほほほ」
「え…」
せき込むパチュリーと青ざめる小悪魔。ここからが本当の喜劇の幕開けだった…
「あ~!!」
パチュリーに魔法をかけられた本棚や本が、次々と扉から館外に出始めた。
「まずいわ…う~ん」
「パチュリーさま!?」
そこで貧血を起こし(念のため言っておくが自責の念にかられたのではない)倒れるパチュリー、これで事態収拾の目処はたたなくなった。
十分後
「きゃー!!」
「わー!!」
「何事ですか!騒々し…え!?」
メイド達の悲鳴を聞きつけ、部屋から出てきた咲夜、あの魔理沙も今頃酷い目に遭って少しは懲りるだろうと、内心ほくそえんでいたのだが…(実際酷い目に遭っている)、それがまさか自分たちの方にも来るとは思ってもいなかった。
そして、その咲夜の目の前に広がっているのは阿鼻叫喚の地獄絵図であった。あちらこちらでメイド達が本に噛みつかれて(!?)悲鳴を上げている。
もし本棚に囓られれば、即時昇天ヴァルハラ行き片道切符発行が確定するのだろうが、幸いにも本棚は動きが鈍重で、被害者はまだいないようだ。
「これは一体…」
何が起きたのかと言いかけて、咲夜は全てを察した。だが、ひとまず元凶追及よりも現状への対策が急務である。
「各員こちらへ集合!密集体型で本を撃ち落とします!!負傷者を医務室へ!!」
テキパキと指示を出す咲夜であるが…
「医務室は化け本に占領されています!」
「負傷していないメイドの方が少ないです!負傷者を後送してはここを守り切れません!!」
「敵増援接近!10…20…30…数えきれず!!」
状況は悪いようだ。
図書館になんか行くものかと思っていたのに、図書館のほうからこっちに来るなんて…と咲夜は思ったが、今はそんなことを考えている暇はなかった。
「ここを突破されてはこの先はお嬢様の部屋、お嬢様に怒られる。各員は本を迎撃、大物は私と…美鈴!」
「はい~」
咲夜の呼びかけにナイフだらけで現れる美鈴…理由は言わずもがなであろう。
「もっとしゃきっとしなさい!ここであれらを食い止めるのよ!」
「は…はい~って何ですか咲夜さんあれ!?」
咲夜の激励に、美鈴はどうにか復活するが…目の前の惨状を見てたちまち呆然とする。だが咲夜はそんなことには構っていられなかった。
「説明は後よ!攻撃開始!」
「わー!」
「きゃー!!」
手に手に武器を取り(といっても箒やモップ)化け本達を応戦するメイドと、弾幕で大物を狙う咲夜&美鈴。だが、撃墜しても撃墜しても、次から次へと押し寄せる化け本や化け本棚に後退を強いられていった。ヴワル魔法図書館の蔵書数は伊達ではないのである。
ちなみに、交戦の最中、館の反対側で光線と、続いて身体中を本に噛みつかれながらも、必死の逃走を図る魔法使いの姿が見受けられたが、気にする(余裕のある)者などいなかった。
「咲夜、これは何事かしら?」
口調はのんびりしているが、内心の驚きを隠せない様子でレミリアが言った。ついにレミリアの部屋付近にまで戦線は後退させられていたのだ。
「はい、申し訳ありません。おそらくパチュリー様のしわざかと…」
「でしょうね」
半ばあきれ顔で言うレミリア、少々の騒ぎは覚悟していたのだが、まさかこれほどとは思っていなかったのだ。
「で、どうするの?」
「はい、パチュリー様がこの暴走を止めて下さるまで、なんとか食い止めないと…」
「はぁ、手伝うわ」
「申し訳ありません…」
この日の『戦闘』は、パチュリーが復活するまでの約3時間に及び、死者こそ居なかったものの、咲夜を含む全メイドの72%が負傷、建物,家具調度類の壊滅的損害という結果で幕を閉じた。ちなみに、パチュリーと小悪魔は、この術式を発動する魔法陣の中に居たので無事であった。
あるメイドの日記には、この日の出来事がこう記されている。「紅魔館は魔女の大鍋だ、誰も他人を救えない。その中で我が方のメイド達は次々と囓られていった…」と。
翌日、紅魔館のレミリアの部屋
「そう言うことで図書館内の全てのトラップは即時撤去、いいわね」
「…わかったわ」
先の騒ぎで大損害を受けた紅魔館、こうなってはレミリアも図書館のトラップ群を放置しておくわけにはいかなくなり、パチュリーを呼んで撤去させる事にした。
パチュリーにしても、あれほどの大暴走をさせてしまうと、さすがに断ることができなくなり、館内のトラップ群の撤去を開始した。
…本人がやるわけではないのだが。
ヴワル魔法図書館
「あのー咲夜さん、この先のトラップ撤去は…」
「まだよ、だからあなたに先に行かせるんでしょうが」
不安そうに言う美鈴と、さも当然の事のように返す咲夜。
「ひどいですよ~」
「さっさと行きなさい!さもなくば後ろからナイフを投げるわよ!!」
「わ~行きます行きます!!」
レミリアにヴワル魔法図書館のトラップ撤去を命じられたメイド達であったが、咲夜をはじめうかつに踏み込みたくはなかった。そこで投入されたのは『懲罰』と称して連れてこられた門番美鈴である。度重なる弾幕勝負と、咲夜の標的役を務めた美鈴は、この程度のことでは死ぬまいと思われたのである。
尚、パチュリーによる魔法解除は完全ではなく(当人がどこにどれくらい仕掛けたか忘れてしまったため)、そこら中に化け本棚や化け本の残党が潜んでいた。物理トラップは地図で確認できるが、魔法トラップ(無機物に意志を与えるタイプ)は、トラップ自体が移動してしまうので場所は確認できない。
「あわわっ!」
がぶがぶとやりながら突然美鈴に襲いかかる化け本棚。そして、彼女が襲われたのを見た咲夜達は、一斉に化け本棚に攻撃を開始する。
「今です!一斉攻撃!!」
「痛い!私にも当たって…」
「ひるむな!攻撃!!」
「わー!!」
まとめて攻撃され、悲鳴を上げる美鈴であったが、咲夜は構わず攻撃を続ける。
「咲夜さん!私にも刺さってます!ナイフ刺さってますって~!!」
「名誉の負傷よ、喜びなさい」
「そんなぁ~、名誉なら何かご褒美を…休暇とか」
上目遣いに咲夜を見る美鈴、それに対して咲夜は…
「あれほどざるな警備をしておいて、解雇されないだけましだというのに図々しいわね。仕方がないわ、あなたに役職名をあげる。門番から昇格よ」
「え、本当ですか?…メイド長補佐とか上級門番とか?」
ダメもとで言ってみたら案外好感触だったので笑顔の美鈴、訳のわからない役職を勝手に創る。
「ええ、もっと素敵よ。『被害担当官』って言うの。どうかしら?」
にっこり笑ってナイフを取り出す咲夜。
「あ…あうあう」
一方美鈴は恐怖にガタガタと震えている。
「それに今回は大サービス、『標的官』の役職もつけてあげるわ。精励しなさいね」
「はい…」
もはや逃れ得ぬ事を知った美鈴は、おとなしくならざるを得なかった…。
咲夜達は美鈴を先頭に立て前進を続ける。
「メイド長!この先には『小悪魔のハエとり器』なるものが設置されているそうです」
地図を見ていたメイドが咲夜に言った。
「どういうものか解説は?」
「ありません」
「わかったわ、美鈴!行きなさい」
「やっぱり~!あの~行かないとかって言ったら…」
「…」
黙ってナイフを取り出す咲夜。
「判りました!行きます!!是非とも行かせていただきます~!!!」
「きゃ~!!」
美鈴の悲鳴が館内に響き渡る頃、図書館の最奥部ではパチュリーと小悪魔により、次回の作戦計画が練られていた。
「いいところまではいったんですけどねー、パチュリーさま」
「そうね、目標はほぼ達成できたのだけど紅魔館の被害が大きすぎたわね」
厄介な後始末は咲夜達に任せ、うんうんと唸る二人。
「う~ん、とすると大規模な攻撃は外に出てっていうことですか?」
「ええ、そうなるわね…それよ!『攻撃こそが最大の防御なり』とか『攻勢防御』とかいう記述をどこかで読んだわ。ここで戦うとどうしても図書館(及び紅魔館)に被害が出るし、外で戦うべきね」
やる気満々で言うパチュリー、だが小悪魔はパチュリーの体調を心配する。
「でもパチュリーさま、お体のほうは…」
「ええ、具合の良いときに出れば大丈夫よ(滅多にないけど)。攻撃側はいつどこに攻め込むかを自由に選択できる。今度はこっちからあの黒白の家に出向いて、一気に本を取り返しましょう!」
「そうですね、もう本を強奪する気がなくなる位にごっそりとやっちゃいましょう!」
意気軒昂な二人、その背後ではまた美鈴の悲鳴が響いていた。
作戦五『サーチアンドデストロイ(索敵撃滅戦)』
数日後、未だ復旧の槌音響く紅魔館から、勇躍出撃するパチュリーと小悪魔の姿があった。
「パチュリーさま、黒い悪魔の家は何処かわかりますか?」
「大体しか判らないわ、ひとまずあいつの住む森に向かうわ」
「はい、パチュリーさま」
パチェリーは外出など念頭になく、飛行魔法が使えないので(浮遊くらいはできるが)徒歩での出撃である。
魔理沙の住む森に向かい進撃する二人。一方、紅魔館ではレミリアが二人が飛びさるのを見送っていた。
「咲夜、準備はできた?」
「はい、いつでも出られます」
日傘に帽子、マスクにサングラスと、強力な対日光防御を施したレミリア、友人パチュリーが本当に久しぶりに外出するのだ、放っておけるわけがない。
「いくわよ」
「はい」
簡潔な二人の会話、咲夜の方は、内心「パチェリーさまと黒白の対決には、もう関わりたくないのだけど」と思っていたのだが、レミリアが出るとあらばこちらも放ってはおけなかった。
しばし時が過ぎ…
「パチュリーさま、上空から偵察してきます」
「気をつけてね」
森の外縁部に達した二人、小悪魔が上空から偵察する。
「え~と、あれね」
魔理沙の住む深くて暗い森、とならば、上空からであっても、魔理沙の家は本来容易には発見できないはずなのだが、目視で確認できるほどの結界が張られていた。こうなっては見つからないはずはない。
これは魔理沙が『逃げも隠れもしない』と考えている証であるが、これがパチュリー達にとっては天佑となった。
「あっちですパチュリーさま!」
小悪魔はパチュリーのもとに戻り報告する。
「わかったわ、行きましょう」
パチュリー達は、森の深奥部にある、魔理沙の家へ向け前進を開始した。
一方、二人を追走するレミリア&咲夜は…
「暑いわね」
「それじゃあ仕方ないですよ」
「はぁ、脱ぎましょう」
『完全装備』の影響で蒸されているレミリア、日の光すらほとんど届かない森の中に入ると、これ幸いとばかりに装備を脱ぎ捨てる。
「レミリア様…帰りのことも考えてくださいね」
装備を拾い集めながら咲夜が苦笑する。一方レミリアは別段気にする風もなくこう答えた。
「いいわ、夜に帰るから」
「なるほど」
まったくもって正当な理由である。咲夜は頷いた。
「それにしても魔理沙もよくこんな所に住む気になるわね」
「そうですね。日の光すらほとんど差し込みませんもの」
「それは私にとっては便利なのだけど…さすがにここまでだと気も滅入るわ」
そんなことを言う吸血鬼。
「そうですね、虫とかも多いですし…虫除けを持ってくるべきでしたわ。レミリア様の柔肌が虫に囓られるなど…ぞっとしますもの」
「ありがとう咲夜、ん?そろそろね…」
二人が話している内に(もちろん小声である)、パチュリー達は魔理沙邸に到達した。この期に及んでも、二人は尾行されている事に気づかない。
「咲夜、パチュリーが倒れるまで手出しはなしよ」
「ええ、私は構いませんがレミリア様はよろしいのですか?」
てっきり共同であの黒白を攻撃するのだと思っていた咲夜は、少し意外そうな顔をする。
「ええ、それがパチュリーの為なのよ。それにあの小さな小悪魔の為でもあるわ」
「…レミリア様、何かたくらんででおいでですか?」
何かを察した咲夜が言った。それにレミリアは答える。
「たくらむなんて人聞きが悪いわね、でもそうよ。私は紅魔館の主、紅魔館が住みやすい所であるように、いつも『たくらんで』いるの」
「それならば放っておきますわ。でも倒れたら助けに行くんですよね」
「ええ、もちろんよ」
確認するように言った咲夜にレミリアは答える。そろそろ二人は攻撃態勢に入ろうとしていた。
「かなり強力な結界だわ」
結界を見たパチュリーが言った。
「破れますか?パチュリーさま」
「問題ないわ、小悪魔、あなたはさっき言った通り上空待機よ」
「はい、パチュリーさま。ですがパチュリーの方は…」
大丈夫ですか?と言いかけた小悪魔にパチュリーが答えた。
「大丈夫よ、行きましょう」
小悪魔が空中に待避したのを見るとパチュリーはスペルカードを発動させた。
「ロイヤルフレア」
直後、大爆発とともに結界が破壊され、魔理沙邸(より強力な結界により覆われている)に激震がはしる。
「なっ何だ!?」
魔理沙はちょうど昼寝の最中だったのだが、強烈な目覚ましを喰らうことになってしまった。ひとまず、新調した帽子を掴み外に出てくる魔理沙。
「誰だ…と思えば紫もやし、お前外に出ても大丈夫なのか?」
意外な侵入者を見て、怒る前に驚く魔理沙。
「私は外に出られないわけじゃないわ、必要がないから出ないだけ。今日は久しぶりに外に出る必要ができたの」
「へぇ、どういう必要なんだ?」
わかっていてとぼける魔理沙に、パチュリーが言った。
「あなたが持っていった本…返して貰うわ」
「好きにはさせないぜ」
「それ、こっちのセリフよ」
じっとにらみ合う二人、二人はほぼ同時に仕掛ける。
「マスタースパーク!!」
「ロイヤルフレア」
遠回しなことが嫌いな魔理沙と、体調のいい内に勝負をつけたいパチュリー、二人はいきなり強力なスペルカードをぶつけあった。二つの弾幕がぶつかったあたりでは凄まじい爆発が起こり、森が吹き飛ぶ。
「さすがはパチュリー様ですわ、あのマスタースパーク相手に一歩も譲らないなんて…」
「ええ、体調が良いときのパチェには私だってかなわないわ。満月の時ならわからないけど」
パチュリーの後ろで観戦していた咲夜とレミリアは、額を寄せ合って話した。
「攻撃力はほぼ互角、パチュリー様勝てるとよろしいのですが」
「…もうどちらでもいいのだけれど」
「え?」
意外なレミリアの言葉に驚く咲夜。
「さてと、お互い第二撃を放つみたいね」
咲夜の疑問を無視して言うレミリア。
「これで終わりだぜ」
「あなたがね」
「マスタースパーク!!」
「ロイヤルフレア!」
再び起こる大爆発、周囲の森は焦土と化すが、二人には傷一つついていない、全くの互角である。
「やるじゃん」
「負けないわ」
そして一歩も引かない二人は、再度の攻撃を準備した。
「レミリア様?」
「何?咲夜」
「先ほど仰られた『負けてもいい』というのは一体どういう意味なのでしょう?」
「そのままの意味よ咲夜、ここでパチェが勝っても負けてもかまわないの。目的は既に果たしたわ」
「そうですか」
これ以上は言っても無駄だろうと感じた咲夜は、再び戦場に目を戻した。
「いくぜ、ファイナルマ…!!」
…スタースパークと叫ぼうとした魔理沙の頭上から弾幕が降り注ぐ。
「なっ…何だぁ!?…げ」
魔理沙に通用するような弾幕ではなかったが、それでも驚いて動きが止まる、その瞬間パチュリーの渾身の一撃が炸裂した。
「賢者の石」
「ふぎゃっ!?」
大音響とともに舞い上がる土埃…と魔理沙。
しばらくしてパチュリーの頭上から降下してきたのは小悪魔だった。
「やりましたね、パチュリーさま」
「ええ、やったわ」
「いてて…二対一とはフェアじゃないぜ」
喜び合う二人と、よろよろと立ち上がる魔理沙。
「相手の具合が悪いときに来る方がフェアじゃないわ」
そう言うパチュリーに、魔理沙はあきれてつっこみを入れる。
「…お前が具合がいい時なんてどれくらいあるんだよ」
「たまにはあるわ。さぁ本を返して貰うわよ」
それを聞き流すと、パチュリーはずずいとばかりに言う。
「ちぇっ、まあいいさ。こっちが負けたんだ、結界は解くから好きにしやがれ。すぐに取り返すけどな」
「あの本は元々ヴワル魔法図書館の蔵書です!」
不敵に笑う魔理沙とふくれる小悪魔。
「細かいこと気にすんなよ」
「気にします!」
「小悪魔、それはいいから本を回収しましょう」
「はい、パチュリーさま!」
「持ってかないでぇ~」
「うるさいわ」
「黙っていて下さい」
後ろで泣き真似をする魔理沙をよそに、パチュリーと小悪魔は屋内に入った。
「何なの、コレ?」
「…さすがは黒い悪魔のすみかです」
「最後のはひどいぜ」
想像以上の散らかり具合の魔理沙邸、混沌としたその状況に、二人は呆然と立ちすくむ。
「…探すのには骨が折れそうね」
「そうですねー」
後ろからついてきた魔理沙は無視し、二人は悩む。
「私にもどこにあるのか判らないぜ」
「バカね」
「自慢になりません」
後ろで自慢げに言う魔理沙の言葉は、あっさり切り捨てられた。
「いいわ、同じくらいの価値の魔導書をカタに貰っていきましょう」
「はい、パチュリーさま」
「お…おい」
「敗者に発言権はないわ」
「です」
「ちぇっ」
あっさり引き下がる魔理沙、いさぎはよいのである。
そして、本の回収(現物を回収できたのは半分も無かったが…)を終えた二人は魔理沙邸を後に、紅魔館に向け歩き始める。
「今日は楽しかったぜ、また勝負だぜ」
「こっちは面倒なだけよ、面倒だから嫌だわ」
「ちぇっ、面白くない奴だぜ」
後ろから声をかけてきた魔理沙を軽くあしらうと、パチュリー達は森の中へと消えていった。
「お疲れさまね」
「何だ、見てたのか?」
さて、二人が視界から消え去ると、レミリア達が魔理沙の前に現れた。
「え…レミリア様、これは一体…」
何か妙な会話に戸惑う咲夜に、レミリアは微笑して言った。
「くす、咲夜もまだまだね。言ったでしょう『目的は既に果たした』って、パチュリーは久しぶりに自分から行動して、あまつさえ外に出たのよ。それにパチュリーと小悪魔の絆も深くなったわ。パチュリーも、これからは本漬けの生活から少しは脱却できるでしょう」
「ということは?」
「ああ、つまり私達はグルだったんだ、まぁ私の方は趣味も兼ねてたんだけどな。おかげでけっこう楽しめたぜ」
「紅魔館の警備体制も随分向上したし、適度な騒ぎというものはなかなか大切なのよ」
「…あうあう」
呆然とする咲夜、口をぱくぱくさせている。
「最後に咲夜の瀟洒じゃない姿も見られたしね」
そしてレミリアは意地悪げに言った。
「あ…そんなことはありませんわ。私はいつでも瀟洒です」
我にかえり体勢を立て直す咲夜、しかしそんな咲夜を二人は笑って見つめていた。
突き抜けるような青空、その下をパチュリーと小悪魔は紅魔館に向け歩く。
「パチュリーさま、本重たくないですか?」
「大丈夫よ、小悪魔こそ大丈夫?」
「はい!全然大丈夫ですよ」
お互いを気遣いながら二人は歩く、そしてパチュリーがぽつりと言った。
「たまには外で本を読むのもいいかもしれないわね。小悪魔、今度お弁当を頼むわ」
「え…はい!」
青空の下、二人はてくてく歩いていく。のんびりのんびり、緩やかに流れる時間を楽しむようにして…
『おしまい』
作戦零『ヴワルの護り』
「さっくり貰っていくぜ」
「させないわ」
ヴワル魔法図書館でにらみ合う二人の少女、そのうち、黒白の方がここに所蔵されている貴重な魔導書を狙って、最近よく現れる悪い虫(?)、黒い悪魔こと霧雨魔理沙である。
一方、彼女の目の前に立ち塞がる紫の方がこの図書館の主、パチュリーだった。そして、本棚の影からパチュリーを応援しているのが小悪魔、この三人が、毎度毎度紅魔館を恐怖のどん底へと陥れているトラブルメーカーズであった。
「パチュリーさま!頑張ってください!!」
「ええ、頑張るわ。魔導書は渡さない」
「ちゃんとお代は払うぜ、マスタースパーク!!」
「あなたのそれはお代じゃないわ、レイジトリリ…げほげほ」
早速とばかりに弾幕を放つ黒白に対し、パチュリーは張り切って防御弾幕を張ろうとするが、詠唱の途中で咳こむ。
「パチュリーさま!?」
小悪魔が慌てて近寄ろうとした瞬間、魔理沙のマスタースパークが炸裂した。
「持ってかないでーげほごほ」
「持ってくぜ」
白い閃光がパチュリーを吹き飛ばした。そして、彼女が止めようとする間もなく、黒白は本日の『戦果』を手に図書館からの離脱を図る。
「待ってください!図書館の貸し出し規則は守ってください!!あなたのやっていることは強奪ですよ!!」
そんな黒白の前に、果敢にも立ちふさがる魔法図書館の司書、小悪魔。力の差は歴然としていたが、そんなことなど気にせず、小悪魔は立ち塞がった。しかし、そんな彼女に対し、魔理沙はしれっと答えた。
「強奪じゃないぜ、無理矢理借りてるだけだ」
「それを強奪って言うんです!あなたはろくに本も返さないじゃないですか!!その本を置いて速やかに…」
「じゃあな」
「きゃっ!?」
魔理沙は小悪魔の警告を聞き流すと、たちまち増速して図書館の扉をぶち抜き、離脱していった。
「うう…パチュリーさまぁ、申し訳ありません…」
加速中の魔理沙に吹き飛ばされ、ぼろぼろになって謝る小悪魔に、パチュリーは優しげな笑顔を見せる。
「いいわ、あなたのせいでは…う~ん」
「パチュリーさま!?」
次の瞬間音もなく倒れる彼女に、小悪魔が駆け寄った…
紅魔館医務室
「また貧血ですか?パチュリー様」
魔理沙と交戦後、ふらっと倒れたパチュリーは、小悪魔に連れられて医務室にやってきていた。途中で二人を見つけた咲夜が手当てする。
「ええ、不覚だったわ。今日は貴重な魔導書が5冊、根こそぎやられたわ」
「うう~申し訳ありませんパチュリーさま、私が不甲斐ないばっかりに…」
凹む小悪魔にパチュリーはあくまでも優しかった。
「だからあなたのせいではないわ、でもどうにかしたいものね。咲夜、あなたはどうにかできないの?」
「はい、私もどうにかしたいのは山々なのですが、来襲されるとレミリアの護衛につかなければならないですし、ヴワル魔法図書館のほうに来たのだと判ってからでは間に合わないんですわ」
パチュリーの額に濡れ布巾を置きながらため息をつく咲夜に、パチュリーもまたため息をつきながら答える。
「やれやれね、せめて私の体調がもう少しよければね」
そう、パチュリーの攻撃力は本来かなりのものである。満月でさえなければ、咲夜はおろかレミリアですら一歩譲るであろう。
だが、彼女の体調がよいなどという状況は一月の内に一回あるかないかなのであって…つまり魔理沙襲撃時に体調がよいなどという可能性は非常に低いのだ。
いくら強力な戦闘力を誇っていても、それが発揮できなければ意味がないのである。
こうして、黒白…こと霧雨魔理沙が初めてここヴワル魔法図書館に来襲して以来、魔法図書館の防衛線はいともたやすく突破され、その蔵書は次々と黒白に強奪されることとなったのである。
紅魔館廊下
「うう~私がなんときゃしなきゃ!パチュリーさまの為に!!」
さて、その病弱文学少女、パチュリーに仕える小悪魔は、蔵書防衛に燃えていた。敬愛するご主人さまの為、愛と勇気と豪胆の規範を示すのだ!
しかしスペルカードすら持たない彼女と、火力では幻想郷最強クラスのファイナルマスタースパークを持つ魔理沙とでは勝負にならない。いつもいつも魔理沙邀撃に上がっては撃ち落とされる…というよりは、大体の場合、魔理沙が気がつかない内に箒の風圧で撃墜(?)されているのだ。
「でもどうしよう…むむ…」
悩む小悪魔…そして…
「よし、図書館で資料探しよ!あの黒い悪魔をこれ以上野放しにはできないわ!!」
彼女がたどりついたのは、いかにも彼女らしい結論だった…
ヴワル魔法図書館
ごそごそ…
「う~ん、関係ありそうなのはこのあたりか…よ~し」
大量の本に囲まれる小悪魔、彼女はなかなかの速度でそれらを読み進めていく。
「どの本でも相手を撃退するのに出てくるのは『待ち伏せ』ね。なるほどなるほど…」
うんうんと頷きながら本を読み進める小悪魔…と、図書館の扉が開いた。
「あっ、パチュリーさま!もういいんですか、歩いても?」
入ってきたのはさっきまで医務室へいたパチュリーだった。彼女を見て小悪魔が駆け寄る。
「ええ、大丈夫よ、問題はないわ。ところであなたは何を調べているの?」
いつもと変わらぬ(青白い)表情で小悪魔に話しかけるパチュリー。そんな彼女に、小悪魔は浮かぬ顔をしながら言った。
「はい、どうにかあの黒いのを積極的にやっつける方法がないかと…」
「なるほどね、何かいいのはあった?」
「『待ち伏せ』っていうのがが効果的みたいです」
「うーん、『待ち伏せ』ね」
「はい!奇襲して相手がパニックに陥っている内にやっつけるんです!!」
さっきとはうって変わって得意満面で言う小悪魔、そんな彼女を見て、パチュリーは一抹の不安を覚えてこう言った。
「ところであなたはどんな本を読んでいたの?」
「あ、こういうのです」
小悪魔の目の前に並ぶのは、三国志演技,水滸伝,史記…以下ずら~と並ぶ古代中国モノ。
「あ、あのね小悪魔、こういう本は大体事実を誇張したりして…」
ただでさえ悪い顔色をますます悪くしていいかけるパチュリーだったが…
「外の世界の本で知識を付けた我々の勝利は間違いなしですよっ!」
「そ…そうね」
得意満面の小悪魔には、結局何も言うことができなかったのだった。
作戦一『アンブッシュ(待ち伏せ)』
紅魔館門前
「邪魔だぜ」
「邪魔してるんだから当たり前よ!」
いつもどおりの紅魔館門前の光景、美鈴と黒白が炎天下でにらみ合う。次の瞬間黒白は先制攻撃を放った。
数え切れないほどの星が美鈴に迫り、その周囲に突き刺さった。
「普通の人になんてことすんのよ!!」
「普通の人だから成敗してやるぜ」
辛うじて被弾を免れた美鈴が抗議したが、そんなことには構わぬとばかりに黒白が言う。
「あんたどういう教育受けたのよ!!」
傍若無人との表現が相応しい彼女の言動に、美鈴が言った瞬間、黒白のマスタースパークが放たれた…
「また咲夜さんのナイフの標的にされる~!!」
「そいつは気の毒だぜ」
飛びながら叫ぶ美鈴に、ちっとも気の毒じゃなさそうに魔理沙が言う。
「誰のせいなのよ~!!!」
美鈴は紅魔館に声だけを残して飛び去って(飛ばされて)いった。あれだけ元気ならばすぐに復活できるだろう…
さて、今やこの戦闘の轟音は、紅魔館の警鐘だった。
従来、紅魔館に進入しようとする人妖は、ほぼ門番である紅美鈴により撃退されていたのだが、最近はその防衛線を『いともたやすく』突破する人妖が増え(黒白のとか紅白のとか)、美鈴の防戦は単なる警鐘扱いになってしまっていた。尚、それにともない彼女の待遇が急速に悪くなったのは言うまでもない。
ヴワル魔法図書館
「パチュリーさま!来ましたよ!!」
先の戦闘の爆発音を聞きつけた小悪魔が意気軒昂な様子で言う。
「ええ、そのようね」
「早速待ち伏せですよ!!」
「ええ…」
張り切る小悪魔を見ながら、気乗りはしないが…とパチュリーは思いながら、本棚の影に身を潜めた。
「さてと、今日は何の本を貰おうかな~♪」
美鈴を難なく撃破した魔理沙は全速で魔法図書館を目指す。さすがに魔理沙といえどもパチュリーと咲夜に挟撃されると苦戦は必至である、咲夜が出てくるまでにごっそり本をいただいていくのだ。
「魔理沙接近!迎撃せよ!迎撃せよ!!」
紅魔館のメイド達に魔理沙迎撃指令が出される。精鋭として幻想郷に名高い紅魔館の防衛部隊である。
「お、いっぱい上がってきたぜ。面倒だから強行突破だぜ!!」
「咲夜さんが来るまでの時間を稼ぐのよ!全員突撃ー!!」
「おー!!」
侵入者を撃退せんと一騎当千のメイド達が突進してくる。
「ブレイジングスター!!」
「きゃっ!?」
「わわっ!!」
「きゃー!!」
一方、魔理沙は全速を出すと同時に、いちいち相手をするのは面倒だとばかりにラストワードを発動した。紅魔館のメイド達は、並の人妖ならば瞬殺できる実力の持ち主達であったが、魔理沙の攻撃の前には、箒に近づくことさえできずに撃墜されていった。
「よし、着いたぜ!!」
ヴワル魔法図書館の扉に達した魔理沙は、躊躇せずに突き破る。図書館内に大音響が響き渡った。
「来ましたよ!パチュリーさま!!」
「そのようね」
本棚の影でひそひそ話をする二人…
「よーし、黒い悪魔め!今日こそは目にもの…え!?」
射程に捕らえたとばかりに立ち上がった小悪魔、だが…
「増速だぜ!!」
二人が飛び出そうとした瞬間に増速する魔理沙。
「あ…あ~!!」
魔理沙は二人の目の前を一瞬の間に飛び去った。小悪魔の無念の叫びがその後を追いかけていった。
「…やられたわ」
「う~」
凹む二人、そして、パチュリーがせめて背後から一撃をと立ち上がろうとした瞬間、魔理沙の起こした風が遅れて到達し、本棚を傾かせる。
喜劇のスイッチが入った…
「え?」
「パっパチュリーさまぁー!!」
巨大な本棚が、その主へと牙を向けた…
「むきゅ~」
「パチュリーさま!大丈夫ですか!?今助け…重い~!?」
あっけなく本棚の下敷きになり気絶する主を見て、辛うじて難を逃れた小悪魔が必死に本棚をどかそうとするが、力及ばず本棚はピクリとも動かない。
「わ~んパチュリーさまぁ~」
どうしようもなく泣き出す小悪魔…と、そこへやってきたのは…
「どうしたんだ?」
にっくき魔理沙であった。小悪魔は彼女を指差し叫ぶ。
「あっ!あっ!!黒い悪魔~!!!」
「人を家庭内害虫みたく呼ぶもんじゃないぜ」
そんな小悪魔に苦笑いする魔理沙。
「あなたなんて黒い悪魔で十分です!いっつもいっつも本を借りたまま返さないでパチュリーさまを困らせ…ってパチュリーさまぁ~!!」
「ん?あの紫もやしが下敷きになってるのか?」
ようやく潰されたパチュリーの事を思い出す小悪魔と、それを見て本棚を覗き込む魔理沙。
「パチュリーさまは紫もやしなんかじゃないです!この黒い悪魔!!」
「はぁ、とろい奴だぜ。よっと」
魔理沙は小悪魔の罵詈雑言を無視すると、あっさり魔法で本棚を持ち上げた。
「パっパチュリーさまぁ~」
気絶しているパチュリーを揺さぶる小悪魔。
「う…う~ん」
それにこたえるかのように、パチュリーが目を覚ました。
「わ~んパチュリーさまぁ」
「え、あ、何があったの?」
小悪魔に抱きつかれるが、自分の身に何が起こったのかわからないパチュリー。
「えっと…」
そんな主に小悪魔が説明しようとしたが…
「お前が、突然倒れてきた本棚の下敷きになってたのを私が助けたんだぜ。感謝してほしいぜ」
魔理沙が割り込む。
「って、本棚倒したのはあなたじゃないですか!」
無意味な言い争いが始まろうとしていたが、黒白の一言がそれを終わらせた。
「っていう訳で、これは救助代に貰っていくぜ」
笑う魔理沙、手には魔導書が三冊。
「あっあっあ~!!」
「じゃ」
再び叫ぶ小悪魔をしり目に、魔理沙はたちまち加速して図書館から離脱した。
しばらくたって…
「うう~またやられました~」
荒らされまくった図書館で落ち込む小悪魔。だが主の方は落ち込んでなどいなかった。
「そうね、でも次回はあの黒白の好き放題になんてさせないわ」
「その意気ですパチュリーさま!」
いつになくやる気のパチュリー、そんな彼女を小悪魔が頼もしげに見つめる。
「あの黒白を倒すには…これよ!」
自信満々にパチュリーが懐からとりだしたのは、『これであなたもベトナムコンサン、ブービートラップの正しい設置方法』と書かれた本だった。
「わーパチュリーさま。がんばりましょう!」
「頑張るわ」
「ところでブービートラップって何ですか?」
「要するに罠よ…多分」
と…盛り上がる二人を扉の影から見守る二つの人影があった。
「パチュリー様、片づけなどをやらされるのは私達なのですが…」
呟いたのは、毎回毎回荒らされた図書館の片づけ(しかも大半がパチェの仕業)をさせられている咲夜であった。
「いいじゃない咲夜、あの黒白が来てからパチュリーは明るくなったわ」
一方、そんな咲夜にこう言ったのはレミリアである、レミリアは言葉を続ける。
「あの二人には好きにやらせましょう、積極的に行動するパチェなんて初めて見るわ。咲夜、あなたも『今までどおり』手出しをしてはだめよ。友人としてパチェにはもう少し積極的に動けるようになって欲しいの」
「わかりました、レミリア様がそう仰られるのであればそうします。片づけにはあの中国を使いましょう、最近たるんでいるようですので」
「そうね、こんなにも簡単に人妖を進入させるとはなってないわ。今度フランの遊び相手にでもなってもらいましょう」
「そうですね、私のナイフ投げも動く標的がいると助かるんですよ」
恐ろしいことを平然と話す二人、美鈴が居たのならばこう言ったであろう。「私は一生懸命やっいていますよ~!あいつらが強すぎるんです~!!」と、だがここに居ない美鈴にはどうしようもなかった。
まぁ話したところで「言い訳とは見苦しいわね」と言われるのがオチだろうが…
作戦二『ブービートラップ』
「小悪魔、入口の方は?」
「はい!できました。パチュリーさま、術式のほうはどうですか?」
「できたわ、あとはあの黒白が来たら発動させるだけ」
「これで完璧ですね!パチュリーさま!」
「ええ、完璧ね。ここは『小悪魔の園』と名付けようかしら」
「えっ本当ですか!?嬉しいです~」
「ええ、あなたは頑張ってくれたしね」
「ありがとうございます!」
汗を拭きながらも満足げな表情で話し合う二人、二人はここ五日ばかり、日がな一日中図書館にこもり、図書館をトラップだらけにしていたのである。それもただのトラップばかりではない、パチュリーの魔法トラップも各所に配置され、侵入者を阻まんとしている。ちなみに昨日などは…
トントン
「パチュリー様、お疲れさまです。お茶をお持ちしました」
お盆に3つ(内一つは自分の分)のお茶とお茶菓子を乗せた咲夜が扉を叩く…が返事がない。中からはトンテンカンテンという音ばかり。
「(作業に夢中で気がつかないのかしら?後かたづけのことも考えていただけると助かるのですけど…)」
そう思いながら、咲夜はもう一度扉を叩き図書館内へと入った。
「パチェリー様、入りますよ?」
「あ!咲夜さま、入っては…」
もう一度扉を叩き入ってきた咲夜を見て、小悪魔が止めようとするが…
「きゃっ!?」
いきなり咲夜の目の前へと振り子式に飛んでくる丸太…竹槍設置済み。彼女は間一髪横にとびのくが、お茶の方はさすがに守りきれず床に落下する。
「一体何が…えっ!?」
辛うじて難を逃れた咲夜だが、今度は床の感覚がなくなり落ちてゆく。
「時間を…止まらない!?」
咲夜は時を止めようとするが、何かに妨害されているらしく能力は発動しない。次の瞬間、咲夜の腰に衝撃が加わった。
「いたた…」
したたかに腰を打ち付け顔をしかめる咲夜、瀟洒ではない…
しかも…
「咲夜さま!上!!」
叫ぶ小悪魔に咲夜は上を見る…と
「はい?」
「はう…」
咲夜の頭上から落下する巨大金だらい…よりにもよってこんな攻撃で、完全で瀟洒なはずのメイド長はあえなく気絶した。
「咲夜さま、大丈夫ですか?」
咲夜が意識を回復した時に目にしたのは、心配そうに覗き込む小悪魔の顔であった。
「え、ええ、一体どうなっているの、ここ?」
開口一番咲夜が言った。一見なんの変哲もないこの図書館だが、ただならぬ雰囲気が周囲に漂っていた…
「はい!パチュリーさまと私の自信作です!でも運がよかったですね咲夜さん、まだ落とし穴には竹槍を設置していませんでしたし、落下物も、最終的に設置予定の竹槍をぎっしり植えた木板じゃなくて、暫定的な巨大金だらいでしたし…」
得意満面に説明する小悪魔、一方咲夜の顔色は真っ青である。
「…そういえば私の時止め能力が通用しなかったんだけど?」
おそるおそる聞く咲夜に、小悪魔は楽しそうに答える。
「はい!パチェリーさまの術式で、現在この図書館内では特殊能力は使えないようになっています♪あの黒い悪魔も歩いて入ってこざるをえません。丁度今テスト中だったんですよ」
陽気に言う小悪魔に対し、咲夜は非常に疲れた顔をしてこう言った。
「もう帰ります…」
だが、立ち上がった咲夜を見て小悪魔が慌てて言う。
「咲夜さま!そこを歩いちゃ…」
かち…
「かち…?」
足下で不穏な音を感じた咲夜は、急いで足をあげようとしたが遅かった。
「きゃ~!!!」
一瞬の後、叫ぶ事など決してないだろうと、紅魔館の全住人に思われていたメイド長の絶叫が、図書館に響き渡った。
咲夜の踏みつけた床には、ねずみ取りの凶悪バージョンが設置済みであり、彼女の足を釘が一杯に植え付けられた二枚の板ががぶっと挟みこんだのだ。
「痛…痛い…」
それでも悲鳴をすぐに我慢するあたり、咲夜の努力は大したものだったのだが…
「咲夜さま!そこに寄りかかっては!!」
激痛のあまり本棚に寄りかかろうとした咲夜を小悪魔が止める。
「え…」
咲夜が本棚によりかかると、本棚が突然二つに割れ咲夜を挟み込もうとしてきた。
「咲夜さま危ないっ!」
「きゃっ!?」
小悪魔があわてて咲夜の手を引き、反対側に倒れ込む。後ろでは本棚がまるで生きているかのようにガブガブとやっていた。
「あそこにはパチュリーさまの魔法トラップが仕掛けてあるんですよ。挟み込まれたら圧死確実です!まぁ暫定なので追っかけてはこないんですが。本当に運がいいですね咲夜さま、あの凶悪ねずみ取りにだって、明日には毒を塗っておく予定だったんですよ?メディスンさまからとっておきをいただくことになっているのです」
咲夜を立ち上がらせながら、次々と恐ろしい事を言う小悪魔に、咲夜は痛みも吹き飛び呆然とした。いつの間に図書館が戦場になってしまったのか…後かたづけの時には多数の殉職者…いや戦死者、を覚悟しなければならないかもしれないと咲夜は思った。
「ええと、帰るにはどうすればいいのかしら?」
一瞬の思考の後、足に噛みついたトラップに顔をしかめながら、それでも『瀟洒に』言う咲夜。早くこれを外したいのだが、咲夜と小悪魔の力ではピクリとも動かなかったのだ。
「はい、地図をお渡ししますから、赤線で書かれた順路に沿って歩いていってくださいね」
「(扉まで10mもないのに地図が必要だなんて…)」
小悪魔は鉛筆でたどたどしく書かれた『トラップ配置図』を咲夜に手渡した。その地図には、図書館のほぼ全域にわたって、トラップの配置が示されていた。
「それではお気をつけて、順路からは『絶対に』外れないでくださいね」
「ええ…」
頼まれたって外れるものかと思いながら、咲夜は扉を目指す…と
「小悪魔、昨日玄関あたりに『飛び上がり地雷』っていうのを仕掛けておいたから、地図に書き足しておいてね」
パチュリーの声…
「「え」」
咲夜と小悪魔の声が重なる。次の瞬間…
「きゃっ!?」
咲夜の真下の床が突然持ち上がり咲夜を天井に叩きつけた。
「あう…」
情けない声を上げて落下し始める咲夜、が、喜劇はこれで終わらない。
「きゃっ!?」
続いてやはり天井から振り子式に飛んできた丸太が咲夜を直撃し、そのまま館外へとはじき飛ばす。咲夜は廊下の壁に叩きつけられ、ずるずると床に崩れ落ちた。
「さ…咲夜さま~!!」
小悪魔の悲鳴が図書館にこだました。
咲夜が医務室へと連れ出されてからしばらくして…
「あのーパチュリーさま」
「何かしら?」
「『飛び上がり地雷』って図解と何か違う気がするんですけど」
「そうなの?まぁ面白いからいいわ」
「そうですね♪」
被害に遭った咲夜の事などすっかり忘れて笑いあう二人。
ちなみに、咲夜はメイド達によって医務室に運ばれたが、意識を取り戻すやいなや「『図書館への入室はこれを固く禁ず』という指示を徹底しなさい!」と言ったそうである。
また、その後「もう例えレミリア様に図書館に行くよう言われたって、図書館になんて絶対に行くもんか」と呟いていたというのがもっぱらの噂であった。
さて、話を現在に戻す。
「パチュリーさま、トラップ、もうちょっと追加しませんか?」
「そうね、私もそれを考えていたところなの」
調子に乗る二人、かくてヴワル魔法図書館は、文字通り足の踏み場もないほどのトラップ地獄となってしまったのである。
作戦三『ヘックセンケッセル(魔女の大鍋)』
数日後…
「ここは通しません!」
「通るぜ、マスタースパーク!!」
「また咲夜さんのナイフがぁ~!!」
出会い頭のマスタースパークで吹き飛ばされる美鈴、魔理沙襲来である。
「さてと、いつも通り図書館で本を借りるぜ」
魔理沙は呟くとヴワル魔法図書館に急行する。
しかし、不思議なことに今日はメイド達が上がってこない。
「遠足にでもいったのか?バナナはおやつにはいるのか?」
魔理沙はお気楽思考で勝手に想像すると、図書館にむかって飛行を続ける。
しかし、勿論メイド達は遠足に行ったわけではない、咲夜が「侵入者が来たのならおとなしく図書館に通しなさい、それが一番の抵抗よ」と厳命していたのである。ちなみに、この命令は美鈴には伝えられていなかった…警報役の悲しき宿命である(それでも罰として咲夜のナイフの標的にされる…)。
「邪魔するぜ」
箒に乗ったまま図書館に侵入する魔理沙、が…
「何だぁ~!?」
たちまち箒が飛行能力を喪失し、それによって落下する魔理沙、美鈴の『警鐘』により、既にパチュリーが対魔法術が発動させていたのだ。そして…
「いてて…うわっ!?」
ぶっ飛んできた竹槍装備の丸太から飛び退く魔理沙。
「わっと!?」
今度は避けた先で落とし穴に落ちそうになる魔理沙、とっさに飛び退いたが、覗き込むと下には竹槍がぎっしり植えられている。
「穴だらけにはなりたくないぜ…」
唖然とする彼女…と
「うわっ!?」
落とし穴の頭上から、竹槍のぎっしり生えた板が落下してくる。魔理沙『本体』はとっさに避けて無事だったのだが、お気に入りの帽子が餌食となった。
「あああ…」
と、落胆した彼女がよろめいて本棚にもたれかかる。そうすると…
「うわっ!」
突然本棚が口を開き(?)襲いかかってきた。
「冗談きついぜ!!あっ」
今度はうっかり手放した箒が本棚の餌食となる。
「特注なんだぜ…」
大ショックを受け、立ちすくむ魔理沙の前に、パチュリーと小悪魔が現れ、自信満々に言う。
「今日は負けないわ」
「そうです!」
「図書館を魔女の大鍋にしやがって~!」
「だって魔女だし」
苦々しそうに言う魔理沙に、しれっと答えるパチュリー。いつもとは正反対である。
「よ~し、ならここを魔女鍋にしてやるぜっ!!」
だが、一瞬ののちにいつもの調子を取り戻した彼女を待っていたのは、悲劇と喜劇のブレンドであった…
「ふぎゃ!」
魔理沙を『食べようと』接近してきた本棚を避けた拍子に、彼女は『飛び上がり地雷』を踏みつける。あとはお決まりのコースである。
図書館に軽快な音が響き、しばらくして気を失って廊下に崩れ落ちる黒白魔法使いの姿があった。
「やったー!大勝利です!!」
「やったわ」
喜ぶ二人、後は魔理沙を捕獲して本を取り返すのだ。だが事はそう簡単には進まなかったのだ…
「パチュリーさま、術式の解除をお願いします」
「わかったわ、え~と解除の呪文はこれね。…げほごほげほ」
「パチュリーさま!?」
詠唱の途中でせき込むパチュリー、そして…
「え…」
がたがたごとごとと図書館中に不気味な音が響きわたる。
「まずいわ…げほごほ…魔法が…げほ…暴走して…げほほほ」
「え…」
せき込むパチュリーと青ざめる小悪魔。ここからが本当の喜劇の幕開けだった…
「あ~!!」
パチュリーに魔法をかけられた本棚や本が、次々と扉から館外に出始めた。
「まずいわ…う~ん」
「パチュリーさま!?」
そこで貧血を起こし(念のため言っておくが自責の念にかられたのではない)倒れるパチュリー、これで事態収拾の目処はたたなくなった。
十分後
「きゃー!!」
「わー!!」
「何事ですか!騒々し…え!?」
メイド達の悲鳴を聞きつけ、部屋から出てきた咲夜、あの魔理沙も今頃酷い目に遭って少しは懲りるだろうと、内心ほくそえんでいたのだが…(実際酷い目に遭っている)、それがまさか自分たちの方にも来るとは思ってもいなかった。
そして、その咲夜の目の前に広がっているのは阿鼻叫喚の地獄絵図であった。あちらこちらでメイド達が本に噛みつかれて(!?)悲鳴を上げている。
もし本棚に囓られれば、即時昇天ヴァルハラ行き片道切符発行が確定するのだろうが、幸いにも本棚は動きが鈍重で、被害者はまだいないようだ。
「これは一体…」
何が起きたのかと言いかけて、咲夜は全てを察した。だが、ひとまず元凶追及よりも現状への対策が急務である。
「各員こちらへ集合!密集体型で本を撃ち落とします!!負傷者を医務室へ!!」
テキパキと指示を出す咲夜であるが…
「医務室は化け本に占領されています!」
「負傷していないメイドの方が少ないです!負傷者を後送してはここを守り切れません!!」
「敵増援接近!10…20…30…数えきれず!!」
状況は悪いようだ。
図書館になんか行くものかと思っていたのに、図書館のほうからこっちに来るなんて…と咲夜は思ったが、今はそんなことを考えている暇はなかった。
「ここを突破されてはこの先はお嬢様の部屋、お嬢様に怒られる。各員は本を迎撃、大物は私と…美鈴!」
「はい~」
咲夜の呼びかけにナイフだらけで現れる美鈴…理由は言わずもがなであろう。
「もっとしゃきっとしなさい!ここであれらを食い止めるのよ!」
「は…はい~って何ですか咲夜さんあれ!?」
咲夜の激励に、美鈴はどうにか復活するが…目の前の惨状を見てたちまち呆然とする。だが咲夜はそんなことには構っていられなかった。
「説明は後よ!攻撃開始!」
「わー!」
「きゃー!!」
手に手に武器を取り(といっても箒やモップ)化け本達を応戦するメイドと、弾幕で大物を狙う咲夜&美鈴。だが、撃墜しても撃墜しても、次から次へと押し寄せる化け本や化け本棚に後退を強いられていった。ヴワル魔法図書館の蔵書数は伊達ではないのである。
ちなみに、交戦の最中、館の反対側で光線と、続いて身体中を本に噛みつかれながらも、必死の逃走を図る魔法使いの姿が見受けられたが、気にする(余裕のある)者などいなかった。
「咲夜、これは何事かしら?」
口調はのんびりしているが、内心の驚きを隠せない様子でレミリアが言った。ついにレミリアの部屋付近にまで戦線は後退させられていたのだ。
「はい、申し訳ありません。おそらくパチュリー様のしわざかと…」
「でしょうね」
半ばあきれ顔で言うレミリア、少々の騒ぎは覚悟していたのだが、まさかこれほどとは思っていなかったのだ。
「で、どうするの?」
「はい、パチュリー様がこの暴走を止めて下さるまで、なんとか食い止めないと…」
「はぁ、手伝うわ」
「申し訳ありません…」
この日の『戦闘』は、パチュリーが復活するまでの約3時間に及び、死者こそ居なかったものの、咲夜を含む全メイドの72%が負傷、建物,家具調度類の壊滅的損害という結果で幕を閉じた。ちなみに、パチュリーと小悪魔は、この術式を発動する魔法陣の中に居たので無事であった。
あるメイドの日記には、この日の出来事がこう記されている。「紅魔館は魔女の大鍋だ、誰も他人を救えない。その中で我が方のメイド達は次々と囓られていった…」と。
翌日、紅魔館のレミリアの部屋
「そう言うことで図書館内の全てのトラップは即時撤去、いいわね」
「…わかったわ」
先の騒ぎで大損害を受けた紅魔館、こうなってはレミリアも図書館のトラップ群を放置しておくわけにはいかなくなり、パチュリーを呼んで撤去させる事にした。
パチュリーにしても、あれほどの大暴走をさせてしまうと、さすがに断ることができなくなり、館内のトラップ群の撤去を開始した。
…本人がやるわけではないのだが。
ヴワル魔法図書館
「あのー咲夜さん、この先のトラップ撤去は…」
「まだよ、だからあなたに先に行かせるんでしょうが」
不安そうに言う美鈴と、さも当然の事のように返す咲夜。
「ひどいですよ~」
「さっさと行きなさい!さもなくば後ろからナイフを投げるわよ!!」
「わ~行きます行きます!!」
レミリアにヴワル魔法図書館のトラップ撤去を命じられたメイド達であったが、咲夜をはじめうかつに踏み込みたくはなかった。そこで投入されたのは『懲罰』と称して連れてこられた門番美鈴である。度重なる弾幕勝負と、咲夜の標的役を務めた美鈴は、この程度のことでは死ぬまいと思われたのである。
尚、パチュリーによる魔法解除は完全ではなく(当人がどこにどれくらい仕掛けたか忘れてしまったため)、そこら中に化け本棚や化け本の残党が潜んでいた。物理トラップは地図で確認できるが、魔法トラップ(無機物に意志を与えるタイプ)は、トラップ自体が移動してしまうので場所は確認できない。
「あわわっ!」
がぶがぶとやりながら突然美鈴に襲いかかる化け本棚。そして、彼女が襲われたのを見た咲夜達は、一斉に化け本棚に攻撃を開始する。
「今です!一斉攻撃!!」
「痛い!私にも当たって…」
「ひるむな!攻撃!!」
「わー!!」
まとめて攻撃され、悲鳴を上げる美鈴であったが、咲夜は構わず攻撃を続ける。
「咲夜さん!私にも刺さってます!ナイフ刺さってますって~!!」
「名誉の負傷よ、喜びなさい」
「そんなぁ~、名誉なら何かご褒美を…休暇とか」
上目遣いに咲夜を見る美鈴、それに対して咲夜は…
「あれほどざるな警備をしておいて、解雇されないだけましだというのに図々しいわね。仕方がないわ、あなたに役職名をあげる。門番から昇格よ」
「え、本当ですか?…メイド長補佐とか上級門番とか?」
ダメもとで言ってみたら案外好感触だったので笑顔の美鈴、訳のわからない役職を勝手に創る。
「ええ、もっと素敵よ。『被害担当官』って言うの。どうかしら?」
にっこり笑ってナイフを取り出す咲夜。
「あ…あうあう」
一方美鈴は恐怖にガタガタと震えている。
「それに今回は大サービス、『標的官』の役職もつけてあげるわ。精励しなさいね」
「はい…」
もはや逃れ得ぬ事を知った美鈴は、おとなしくならざるを得なかった…。
咲夜達は美鈴を先頭に立て前進を続ける。
「メイド長!この先には『小悪魔のハエとり器』なるものが設置されているそうです」
地図を見ていたメイドが咲夜に言った。
「どういうものか解説は?」
「ありません」
「わかったわ、美鈴!行きなさい」
「やっぱり~!あの~行かないとかって言ったら…」
「…」
黙ってナイフを取り出す咲夜。
「判りました!行きます!!是非とも行かせていただきます~!!!」
「きゃ~!!」
美鈴の悲鳴が館内に響き渡る頃、図書館の最奥部ではパチュリーと小悪魔により、次回の作戦計画が練られていた。
「いいところまではいったんですけどねー、パチュリーさま」
「そうね、目標はほぼ達成できたのだけど紅魔館の被害が大きすぎたわね」
厄介な後始末は咲夜達に任せ、うんうんと唸る二人。
「う~ん、とすると大規模な攻撃は外に出てっていうことですか?」
「ええ、そうなるわね…それよ!『攻撃こそが最大の防御なり』とか『攻勢防御』とかいう記述をどこかで読んだわ。ここで戦うとどうしても図書館(及び紅魔館)に被害が出るし、外で戦うべきね」
やる気満々で言うパチュリー、だが小悪魔はパチュリーの体調を心配する。
「でもパチュリーさま、お体のほうは…」
「ええ、具合の良いときに出れば大丈夫よ(滅多にないけど)。攻撃側はいつどこに攻め込むかを自由に選択できる。今度はこっちからあの黒白の家に出向いて、一気に本を取り返しましょう!」
「そうですね、もう本を強奪する気がなくなる位にごっそりとやっちゃいましょう!」
意気軒昂な二人、その背後ではまた美鈴の悲鳴が響いていた。
作戦五『サーチアンドデストロイ(索敵撃滅戦)』
数日後、未だ復旧の槌音響く紅魔館から、勇躍出撃するパチュリーと小悪魔の姿があった。
「パチュリーさま、黒い悪魔の家は何処かわかりますか?」
「大体しか判らないわ、ひとまずあいつの住む森に向かうわ」
「はい、パチュリーさま」
パチェリーは外出など念頭になく、飛行魔法が使えないので(浮遊くらいはできるが)徒歩での出撃である。
魔理沙の住む森に向かい進撃する二人。一方、紅魔館ではレミリアが二人が飛びさるのを見送っていた。
「咲夜、準備はできた?」
「はい、いつでも出られます」
日傘に帽子、マスクにサングラスと、強力な対日光防御を施したレミリア、友人パチュリーが本当に久しぶりに外出するのだ、放っておけるわけがない。
「いくわよ」
「はい」
簡潔な二人の会話、咲夜の方は、内心「パチェリーさまと黒白の対決には、もう関わりたくないのだけど」と思っていたのだが、レミリアが出るとあらばこちらも放ってはおけなかった。
しばし時が過ぎ…
「パチュリーさま、上空から偵察してきます」
「気をつけてね」
森の外縁部に達した二人、小悪魔が上空から偵察する。
「え~と、あれね」
魔理沙の住む深くて暗い森、とならば、上空からであっても、魔理沙の家は本来容易には発見できないはずなのだが、目視で確認できるほどの結界が張られていた。こうなっては見つからないはずはない。
これは魔理沙が『逃げも隠れもしない』と考えている証であるが、これがパチュリー達にとっては天佑となった。
「あっちですパチュリーさま!」
小悪魔はパチュリーのもとに戻り報告する。
「わかったわ、行きましょう」
パチュリー達は、森の深奥部にある、魔理沙の家へ向け前進を開始した。
一方、二人を追走するレミリア&咲夜は…
「暑いわね」
「それじゃあ仕方ないですよ」
「はぁ、脱ぎましょう」
『完全装備』の影響で蒸されているレミリア、日の光すらほとんど届かない森の中に入ると、これ幸いとばかりに装備を脱ぎ捨てる。
「レミリア様…帰りのことも考えてくださいね」
装備を拾い集めながら咲夜が苦笑する。一方レミリアは別段気にする風もなくこう答えた。
「いいわ、夜に帰るから」
「なるほど」
まったくもって正当な理由である。咲夜は頷いた。
「それにしても魔理沙もよくこんな所に住む気になるわね」
「そうですね。日の光すらほとんど差し込みませんもの」
「それは私にとっては便利なのだけど…さすがにここまでだと気も滅入るわ」
そんなことを言う吸血鬼。
「そうですね、虫とかも多いですし…虫除けを持ってくるべきでしたわ。レミリア様の柔肌が虫に囓られるなど…ぞっとしますもの」
「ありがとう咲夜、ん?そろそろね…」
二人が話している内に(もちろん小声である)、パチュリー達は魔理沙邸に到達した。この期に及んでも、二人は尾行されている事に気づかない。
「咲夜、パチュリーが倒れるまで手出しはなしよ」
「ええ、私は構いませんがレミリア様はよろしいのですか?」
てっきり共同であの黒白を攻撃するのだと思っていた咲夜は、少し意外そうな顔をする。
「ええ、それがパチュリーの為なのよ。それにあの小さな小悪魔の為でもあるわ」
「…レミリア様、何かたくらんででおいでですか?」
何かを察した咲夜が言った。それにレミリアは答える。
「たくらむなんて人聞きが悪いわね、でもそうよ。私は紅魔館の主、紅魔館が住みやすい所であるように、いつも『たくらんで』いるの」
「それならば放っておきますわ。でも倒れたら助けに行くんですよね」
「ええ、もちろんよ」
確認するように言った咲夜にレミリアは答える。そろそろ二人は攻撃態勢に入ろうとしていた。
「かなり強力な結界だわ」
結界を見たパチュリーが言った。
「破れますか?パチュリーさま」
「問題ないわ、小悪魔、あなたはさっき言った通り上空待機よ」
「はい、パチュリーさま。ですがパチュリーの方は…」
大丈夫ですか?と言いかけた小悪魔にパチュリーが答えた。
「大丈夫よ、行きましょう」
小悪魔が空中に待避したのを見るとパチュリーはスペルカードを発動させた。
「ロイヤルフレア」
直後、大爆発とともに結界が破壊され、魔理沙邸(より強力な結界により覆われている)に激震がはしる。
「なっ何だ!?」
魔理沙はちょうど昼寝の最中だったのだが、強烈な目覚ましを喰らうことになってしまった。ひとまず、新調した帽子を掴み外に出てくる魔理沙。
「誰だ…と思えば紫もやし、お前外に出ても大丈夫なのか?」
意外な侵入者を見て、怒る前に驚く魔理沙。
「私は外に出られないわけじゃないわ、必要がないから出ないだけ。今日は久しぶりに外に出る必要ができたの」
「へぇ、どういう必要なんだ?」
わかっていてとぼける魔理沙に、パチュリーが言った。
「あなたが持っていった本…返して貰うわ」
「好きにはさせないぜ」
「それ、こっちのセリフよ」
じっとにらみ合う二人、二人はほぼ同時に仕掛ける。
「マスタースパーク!!」
「ロイヤルフレア」
遠回しなことが嫌いな魔理沙と、体調のいい内に勝負をつけたいパチュリー、二人はいきなり強力なスペルカードをぶつけあった。二つの弾幕がぶつかったあたりでは凄まじい爆発が起こり、森が吹き飛ぶ。
「さすがはパチュリー様ですわ、あのマスタースパーク相手に一歩も譲らないなんて…」
「ええ、体調が良いときのパチェには私だってかなわないわ。満月の時ならわからないけど」
パチュリーの後ろで観戦していた咲夜とレミリアは、額を寄せ合って話した。
「攻撃力はほぼ互角、パチュリー様勝てるとよろしいのですが」
「…もうどちらでもいいのだけれど」
「え?」
意外なレミリアの言葉に驚く咲夜。
「さてと、お互い第二撃を放つみたいね」
咲夜の疑問を無視して言うレミリア。
「これで終わりだぜ」
「あなたがね」
「マスタースパーク!!」
「ロイヤルフレア!」
再び起こる大爆発、周囲の森は焦土と化すが、二人には傷一つついていない、全くの互角である。
「やるじゃん」
「負けないわ」
そして一歩も引かない二人は、再度の攻撃を準備した。
「レミリア様?」
「何?咲夜」
「先ほど仰られた『負けてもいい』というのは一体どういう意味なのでしょう?」
「そのままの意味よ咲夜、ここでパチェが勝っても負けてもかまわないの。目的は既に果たしたわ」
「そうですか」
これ以上は言っても無駄だろうと感じた咲夜は、再び戦場に目を戻した。
「いくぜ、ファイナルマ…!!」
…スタースパークと叫ぼうとした魔理沙の頭上から弾幕が降り注ぐ。
「なっ…何だぁ!?…げ」
魔理沙に通用するような弾幕ではなかったが、それでも驚いて動きが止まる、その瞬間パチュリーの渾身の一撃が炸裂した。
「賢者の石」
「ふぎゃっ!?」
大音響とともに舞い上がる土埃…と魔理沙。
しばらくしてパチュリーの頭上から降下してきたのは小悪魔だった。
「やりましたね、パチュリーさま」
「ええ、やったわ」
「いてて…二対一とはフェアじゃないぜ」
喜び合う二人と、よろよろと立ち上がる魔理沙。
「相手の具合が悪いときに来る方がフェアじゃないわ」
そう言うパチュリーに、魔理沙はあきれてつっこみを入れる。
「…お前が具合がいい時なんてどれくらいあるんだよ」
「たまにはあるわ。さぁ本を返して貰うわよ」
それを聞き流すと、パチュリーはずずいとばかりに言う。
「ちぇっ、まあいいさ。こっちが負けたんだ、結界は解くから好きにしやがれ。すぐに取り返すけどな」
「あの本は元々ヴワル魔法図書館の蔵書です!」
不敵に笑う魔理沙とふくれる小悪魔。
「細かいこと気にすんなよ」
「気にします!」
「小悪魔、それはいいから本を回収しましょう」
「はい、パチュリーさま!」
「持ってかないでぇ~」
「うるさいわ」
「黙っていて下さい」
後ろで泣き真似をする魔理沙をよそに、パチュリーと小悪魔は屋内に入った。
「何なの、コレ?」
「…さすがは黒い悪魔のすみかです」
「最後のはひどいぜ」
想像以上の散らかり具合の魔理沙邸、混沌としたその状況に、二人は呆然と立ちすくむ。
「…探すのには骨が折れそうね」
「そうですねー」
後ろからついてきた魔理沙は無視し、二人は悩む。
「私にもどこにあるのか判らないぜ」
「バカね」
「自慢になりません」
後ろで自慢げに言う魔理沙の言葉は、あっさり切り捨てられた。
「いいわ、同じくらいの価値の魔導書をカタに貰っていきましょう」
「はい、パチュリーさま」
「お…おい」
「敗者に発言権はないわ」
「です」
「ちぇっ」
あっさり引き下がる魔理沙、いさぎはよいのである。
そして、本の回収(現物を回収できたのは半分も無かったが…)を終えた二人は魔理沙邸を後に、紅魔館に向け歩き始める。
「今日は楽しかったぜ、また勝負だぜ」
「こっちは面倒なだけよ、面倒だから嫌だわ」
「ちぇっ、面白くない奴だぜ」
後ろから声をかけてきた魔理沙を軽くあしらうと、パチュリー達は森の中へと消えていった。
「お疲れさまね」
「何だ、見てたのか?」
さて、二人が視界から消え去ると、レミリア達が魔理沙の前に現れた。
「え…レミリア様、これは一体…」
何か妙な会話に戸惑う咲夜に、レミリアは微笑して言った。
「くす、咲夜もまだまだね。言ったでしょう『目的は既に果たした』って、パチュリーは久しぶりに自分から行動して、あまつさえ外に出たのよ。それにパチュリーと小悪魔の絆も深くなったわ。パチュリーも、これからは本漬けの生活から少しは脱却できるでしょう」
「ということは?」
「ああ、つまり私達はグルだったんだ、まぁ私の方は趣味も兼ねてたんだけどな。おかげでけっこう楽しめたぜ」
「紅魔館の警備体制も随分向上したし、適度な騒ぎというものはなかなか大切なのよ」
「…あうあう」
呆然とする咲夜、口をぱくぱくさせている。
「最後に咲夜の瀟洒じゃない姿も見られたしね」
そしてレミリアは意地悪げに言った。
「あ…そんなことはありませんわ。私はいつでも瀟洒です」
我にかえり体勢を立て直す咲夜、しかしそんな咲夜を二人は笑って見つめていた。
突き抜けるような青空、その下をパチュリーと小悪魔は紅魔館に向け歩く。
「パチュリーさま、本重たくないですか?」
「大丈夫よ、小悪魔こそ大丈夫?」
「はい!全然大丈夫ですよ」
お互いを気遣いながら二人は歩く、そしてパチュリーがぽつりと言った。
「たまには外で本を読むのもいいかもしれないわね。小悪魔、今度お弁当を頼むわ」
「え…はい!」
青空の下、二人はてくてく歩いていく。のんびりのんびり、緩やかに流れる時間を楽しむようにして…
『おしまい』
>名無しな程度の能力様
活躍というか暴走している気はしないでもないのですが(こらこら)そう言って頂けてとても嬉しいです。
>SETH様
パチェの魔法は危険が一杯、しかし不思議と誰も死なないのです
ご指摘ありがとうございます。確かに言われてみると不自然ですね…どうしても、私にはキャラの違いを出すときに、独特の言葉遣いに頼りすぎてしまう傾向があるようです。
以後の物語では、もう少しそういったところにも気をつけていこうと思います。