幻想郷は今日も快晴だった。
辺りの木々には新芽が顔をのぞかせている。
先日までこの世界を閉ざしていた白銀の結晶達は、その身をある物は大気へと
ある物は地面へと移してゆき、昼下がりの穏やかな日差しは、何者に平等に降り注いでいた。
そんな中に黒い衣装に身をやつした金髪少女の姿があった。
「ふゎ~ぁ、まったくもって眠いぜ。」
霧雨魔理沙、(本人曰く)普通の黒魔法使いである。
彼女は愛用の魔法のホウキに乗り、その身を春風に任せていた。
「こうも暖かいと、頭の回転が鈍ってしょうがないな。」
しかしその表情はこの天気ほどは晴れわたっていない様である。
単純に眠いから、というのもあるのだが。
「それでも、あれだけは納得いかないぜ。理論からいって説明がつかないからな。」
どうやら研究に関する事で煮詰まってしまっているようだ。
内容は丹の生成に関する研究、昨年の秋より取り組んできたテーマであった。
「理論体系にのらない例外があるだなんて、今までの理論が間違っていたとでもいうのか?」
空を飛びながらブツクサもの言う様は、傍から見れば明らかに異質であった。
それは魔理沙の癖のようであるが、当の本人は気がつくはずも無い。
辺りには相変わらず春の風、暖かなこの空間は今の魔理沙にとって不快以外の何者でもなかった。
「あ~納得いかねぇぜ、イライラしてくるな、これは。」
たまりかねた魔理沙は近くに居た妖精どもに憂さ晴らしをはじめた。
ある物はマジックミサイルで焼却し、またある物はスターダストレヴァリエで夜空の星へと変えた。
それを繰り返すこと1時間
「ふぅ、ひとまずストレス解消は出来たかな?」
当面の精神の安定を確保した魔理沙は、博麗神社で休憩をすることにした。
「あら、魔理沙。今日は一日中こもって実験じゃなかったの?」
神社の巫女、博麗霊夢は慣れた手つきで二人分のお茶を入れてきた。
「ああ、一段落したからちょっと気分転換にな。」
気晴らしで来た、とは言えなかった。魔理沙は茶を受け取ると縁側に腰掛けた。
「そうなの、私はてっきりお手上げ状態でストレス解消に来たのかと思ったわ。」
「あははそんな筈はないぜ?」
魔理沙は否定はしたものの、既に読まれているのでは、と思っていた。
「でも今日は暖かくなったわね。やっと春を満喫してる実感がわくわ。」
霊夢は湯飲みを片手に境内を眺める。周囲の桜は咲き誇り、時折吹き抜ける風に花びらが舞う。
「ああ……たしかに春だな。」
そんな風景に魔理沙も溶け込もうとしたが、やはりどこか踏ん切りがつかないようだった。
やはり引っかかるのは研究のことが頭から離れないからだろう、
少なくとも本人はそれが一番の原因と見ているようであった。
「なぁ霊夢、霊夢には悩みってあるのか?」
「え、何を突然。魔理沙らしくもないことを。」
きょとんとした表情で霊夢は魔理沙を見た。
しまった、魔理沙は無意識にでた言葉に慌てて取り繕いを入れた。
「いや、こないだアリスの奴が『悩みなんてないわ!』なんて断言するもんだからさ、ちょっと気になってな。」
「へぇ、アリスが………。」
霊夢はアリスがそう断言するところを想像し、ちょっと笑いそうになった。
「んで、どうなんだ?霊夢には悩みとかあるのか?」
「そ~ね、悩みを探さなきゃいけないことが今一番の悩みの種かしら?」
そう答えると湯飲みを口元に寄せて茶をすする。その表情はいつもの霊夢そのものだった。
意図していない解答に魔理沙は渋い顔をしていた。
そうしている間にも春風は縁側を優しく駆け抜けていく。
「そうか、そうくるか。」
「ええ、いちいち悩んだって何も始まらないからね。そういうことは無理に考えないようにしてるわ。」
「なるほどねぇ………。」
妙に納得させられる答えに魔理沙は思わず腕組み頷いていた。それもそうかも知れない。
悩むだけで解決のための行動を起こさない事が、非生産的であるということは自覚していたからだ。
「悩むくらいだったらこの春の日差しを満喫した方がいいもの。」
「そっちですか。」
急に緊張感を失わせるような答えを出した霊夢に、魔理沙は思わず吹き出してしまった。
「こんな良い天気、そうあったものじゃないわよ。魔理沙もほら、悩むよりもこのまま日向ぼっこしない?」
「あ~、いきなり話が飛んだな。」
「今日は気分転換するつもりで、一日のんびりしていったらどうかしら?」
「ま、別に一日ぐらい実験止めても変わらないからな。そうさせてもらうぜ。」
魔理沙は縁側に帽子を置くと、そのまま縁側の板の間に寝転んだ。
午後の穏やかな陽が全身に降り注ぎ、心地よい。
それを見ていた霊夢はくすっと笑みを浮かべた。
こうして博麗神社での時間は、いつもと何も変わらず過ぎていった。
幻想郷が茜色につつまれ、魔理沙は神社を離れ自宅への帰路についていた。
遠くの山並みに紅い大きな太陽が沈んでゆく。それを背に魔理沙は飛ぶ。
その後の霊夢との雑談でいまの悩みについて打ち明けていたものの、結局のところ解決には至っていなかった。
「ん~、今日はこれでよしとするか。多くは望まないようにしないとな。」
悩みについてはまた明日以降じっくり検討することにした。
人に相談はしたものの、結局何をするにも自分で考えることが必要だ、そう認識していた。
「とにかくじっくり解決策を見つけなきゃな。」
日中は暖かった風も流石に夜ともなると冷たく感じる。
家路を急ごうとした魔理沙ではあったが
「問題と解決の境界、解いて見せましょうか?」
すきま妖怪、八雲紫が正面に現れた。いつものようにすきまに跨り、手には扇と日傘だ。
見た目だけからは感じられないが、禍禍しいプレッシャーを感じる相手だった。
「ふふふ、あなたは気がついていない。何が悩み事なのか分かっている、ということに。」
「悩みがあるヤツなら、気がついていないほうがおかしいだろ?」
「いいえ、そうではないわ。あなたが気がついていないのは、悩み事が分かっているなら解決法も既に分かっているという事よ。」
魔理沙は額に汗をかいていた。普段の彼女ならいつでも余裕を残しているものだが、紫には全て見透かされているようで、やりにくい相手だという印象を抱いていた。
「どういう意味だ?」
不気味に微笑む紫に魔理沙は問い掛けた。
対する紫は扇を開いて遠くの山並みを見つめながら話しを続けた。
「悩み事を人に話せる時点で既に整理はついているということよ。あとはどうしたいか、その一歩が踏み出せないだけ。」
そう言い終わると魔理沙の周りを回り始めた、視線は山並みへと向けたまま。
「全然読めねぇな、その考えは。」
魔理沙は正直困惑していた。確かに自分は霊夢に悩みを打ち明けた。
しかしその場では悩みは解決出来なかった。そう、こうしたいというモノがみえなかったのだ。
魔理沙が考え込んでいる間にも、周囲の風景は茜色から漆黒へと色を変えていった。
「結局のところ、一つの視点・基準で物事を把握しようとすることが悩みを生むのよね。」
「それは見方を変えろ、ということなのか?」
「そう、基準はあくまでも基準。基準が変わればモノも変わるわ。勿論境界も。」
紫はそう言い終わると魔理沙に向き直った。
意外にも魔理沙はその瞳に深く吸い込まれそうになっていた。
「く……でもそれじゃあ何も語れないし、何も意味をなさないぜ。」
そう魔理沙は切り返した。何かを基準にしない限り、ある事象を表現することや理解することなど不可能だと感じていたからだ。
「それは一つの基準に固執するからよ。それでは他のことは見えないわ。」
「やっぱりお前の言っていることは分からないな。」
張り詰めた空気が重くのしかかる。この議論は収束へと向かう気配を見せない。
「そろそろ私は帰るぜ。これ以上はどうやら無駄だろうからな。」
「そのまえに…………これで試してみる?」
紫がそう言うと強い波動が放たれた。明らかにやる気である。
「やっぱり結局こうなるのか!」
「行くわよ……罔両ストレートとカーブの夢郷」
魔理沙はマジックアイテムに手を伸ばし戦闘態勢に入った。
二人のいる空間は力のぶつかり合いにより力場を形成、夜だというのに紫色に染まっていった。
紫から高速菱弾が広がったかと思うと、急激な方向転換と共に魔理沙を囲んだ。
しかも時々刻々と形状を変え魔理沙の挙動を制限する。
「くっ、挟み込みかよ!」
紫は間髪いれず紅い大玉を射出し始めた。空間の自由度を制限された魔理沙は焦っていた。
「ふふふ、これを札を使わずに抜けられれば、なにか判るかもね。」
不適に笑う紫。なおも弾を出しつづけ、機を伺いながらのレーザー射出も始めた。
絶え間なく降り注ぐ殺意、一撃目はなんとか避けきることが出来た。
「くそっ、こんなことで何が判るってんだ!」
そう思った瞬間、魔理沙の脇を菱弾が掠めた。後半身ずれていたら直撃だっただろう。
「今のは危なかったぜ……しかし、今のに反応できていないってことは、ヤバいな。」
己の油断こそ最大の敵、それが弾幕ごっこである。
なおも増加し続ける弾幕密度に、空間を徐々に削り取られていく。
魔理沙は口に出す余裕もなく、突破口を模索していた。
これを抜けるにはどうしたら良い?
しかし、弾幕を見切ろうと考察を重ねれば重ねただけ正解が見えなくなる。
足掻けば足掻いただけ生から遠ざかる。魔理沙にはそんなようにさえ思えていた。
こんな所で殺られるのはゴメンだ。
死の意識を振り払うかのように大玉を捌く。
しかし弾に対する注意レベルは低下しており、幾度となくニアミスを繰り返した。
またそれが精神の消耗を招き、悪循環へと陥っていく。
くっ、明らかに立ち遅れが出てきている。このままでは………。
緑色の籠の中、紅い大河の激流に浮かぶ一本の枝、流れに飲まれればその先に待つは………。
絶望が心を支配しそうになるが、それでも一筋の光を求め考えを巡らす。
こんな時霊夢だったらどうするだろうか。
多分「そこに隙間があるから通るだけよ」とか言うんだろうな。
自分にはそんな単純な風には考えられそうに無い。
余裕の無い時に何を考えているんだ、そう魔理沙は自分を嘲笑しようとした。
しかしその刹那
そう、そんな単純な風に………単純!?
一瞬にして世界が変わった。
私はいままで難しく考えすぎていたんだ。
一気に全部を捌こうとするから……全体を一度に処理しようとするから見切りが遅れるんだ。
ならば、各瞬間ごとに必要最低限の弾道予測と回避行動をとれば!
系の全体を捉えようと複雑化してみていたモノを、簡単な要素の重ねあわせとして捉えることを試みたのだ。
直ちに周囲に気を配り、弾幕の認識を全空間から各成分へと切り出す。
菱弾、これは紫の動きを時間差でトレースしている……ゆえに紫の動きを覚えておけば格子の形状も予測可能。
大玉は挟み込みだか、間隔は一定なため道が出来るかどうかのスイッチングは周期的。危険度は見た目ほどはない。
レーザーは紫の正面には射出されてこない。つまり紫の斜めに出る事がない限り脅威にはなり得ない。
そしてこの情報を継ぎ合わせることで解は見えた。
「そうか、こういうことか!」
何かを見極めたかのように隙間を縫っていく魔理沙。そこに先ほどまでの迷いはない。
時には大胆に、そして時には繊細に大玉を潜り抜け紫へと迫っていく。
「これが私の答えだ、紫!」
「ふふ、じゃあここまでね。」
そう言い終わると、紫はスペルカードを解除した。
途端にあの重苦しかった空気も抜け、周囲にはもとの星空が広がっていた。
「これで判ったでしょ?基準なんていくらでもある、見方さえ変えれば解決法なんてすぐ見つかる。」
紫は顔色一つ変えずに魔理沙に語りかけた。
「ああ、見方を変えることはできた。ただそれが怖かった、ということか。」
「そう、一度扱い慣れた基準を動かすことには力がいるの。動かしたくないと心のどこかで思うから、それが悩みを生むのよ。」
紫は何気なく扇を閉じた。その一言一言には、言葉では表せない重みがある。
「基準なんて相対的でしかない。だからその領域や隙間も相対的に考えて初めて決まる物なのよ。勿論可能性もね。」
「なるほどな、そういうことか。」
魔理沙はなんとも晴れ晴れとした表情で紫と向き合っていた。そこには先ほどまでの悩み・不安は微塵もない。
「今日はありがとうな、紫。基準なんていくらでもあるという事を私に気がつかせてくれたからな。」
「あら、私はただあなたが通りかかったから、少しだけちょっかいを出しただけよ。ただの気まぐれだわ。」
紫は平然と答えた。いつもの不敵な笑みをたたえながら。
「いや、そういうことにしといてくれ。んじゃ、今日はこの辺で失礼するわ。」
そう言うと魔理沙は家へと帰っていった。今夜はよく眠れることだろう。
一人残された紫はというと
「気まぐれ、それも結局は当人の主観、基準なのよね。」
そう言いながら夜空の散歩を楽しむのだった。
辺りの木々には新芽が顔をのぞかせている。
先日までこの世界を閉ざしていた白銀の結晶達は、その身をある物は大気へと
ある物は地面へと移してゆき、昼下がりの穏やかな日差しは、何者に平等に降り注いでいた。
そんな中に黒い衣装に身をやつした金髪少女の姿があった。
「ふゎ~ぁ、まったくもって眠いぜ。」
霧雨魔理沙、(本人曰く)普通の黒魔法使いである。
彼女は愛用の魔法のホウキに乗り、その身を春風に任せていた。
「こうも暖かいと、頭の回転が鈍ってしょうがないな。」
しかしその表情はこの天気ほどは晴れわたっていない様である。
単純に眠いから、というのもあるのだが。
「それでも、あれだけは納得いかないぜ。理論からいって説明がつかないからな。」
どうやら研究に関する事で煮詰まってしまっているようだ。
内容は丹の生成に関する研究、昨年の秋より取り組んできたテーマであった。
「理論体系にのらない例外があるだなんて、今までの理論が間違っていたとでもいうのか?」
空を飛びながらブツクサもの言う様は、傍から見れば明らかに異質であった。
それは魔理沙の癖のようであるが、当の本人は気がつくはずも無い。
辺りには相変わらず春の風、暖かなこの空間は今の魔理沙にとって不快以外の何者でもなかった。
「あ~納得いかねぇぜ、イライラしてくるな、これは。」
たまりかねた魔理沙は近くに居た妖精どもに憂さ晴らしをはじめた。
ある物はマジックミサイルで焼却し、またある物はスターダストレヴァリエで夜空の星へと変えた。
それを繰り返すこと1時間
「ふぅ、ひとまずストレス解消は出来たかな?」
当面の精神の安定を確保した魔理沙は、博麗神社で休憩をすることにした。
「あら、魔理沙。今日は一日中こもって実験じゃなかったの?」
神社の巫女、博麗霊夢は慣れた手つきで二人分のお茶を入れてきた。
「ああ、一段落したからちょっと気分転換にな。」
気晴らしで来た、とは言えなかった。魔理沙は茶を受け取ると縁側に腰掛けた。
「そうなの、私はてっきりお手上げ状態でストレス解消に来たのかと思ったわ。」
「あははそんな筈はないぜ?」
魔理沙は否定はしたものの、既に読まれているのでは、と思っていた。
「でも今日は暖かくなったわね。やっと春を満喫してる実感がわくわ。」
霊夢は湯飲みを片手に境内を眺める。周囲の桜は咲き誇り、時折吹き抜ける風に花びらが舞う。
「ああ……たしかに春だな。」
そんな風景に魔理沙も溶け込もうとしたが、やはりどこか踏ん切りがつかないようだった。
やはり引っかかるのは研究のことが頭から離れないからだろう、
少なくとも本人はそれが一番の原因と見ているようであった。
「なぁ霊夢、霊夢には悩みってあるのか?」
「え、何を突然。魔理沙らしくもないことを。」
きょとんとした表情で霊夢は魔理沙を見た。
しまった、魔理沙は無意識にでた言葉に慌てて取り繕いを入れた。
「いや、こないだアリスの奴が『悩みなんてないわ!』なんて断言するもんだからさ、ちょっと気になってな。」
「へぇ、アリスが………。」
霊夢はアリスがそう断言するところを想像し、ちょっと笑いそうになった。
「んで、どうなんだ?霊夢には悩みとかあるのか?」
「そ~ね、悩みを探さなきゃいけないことが今一番の悩みの種かしら?」
そう答えると湯飲みを口元に寄せて茶をすする。その表情はいつもの霊夢そのものだった。
意図していない解答に魔理沙は渋い顔をしていた。
そうしている間にも春風は縁側を優しく駆け抜けていく。
「そうか、そうくるか。」
「ええ、いちいち悩んだって何も始まらないからね。そういうことは無理に考えないようにしてるわ。」
「なるほどねぇ………。」
妙に納得させられる答えに魔理沙は思わず腕組み頷いていた。それもそうかも知れない。
悩むだけで解決のための行動を起こさない事が、非生産的であるということは自覚していたからだ。
「悩むくらいだったらこの春の日差しを満喫した方がいいもの。」
「そっちですか。」
急に緊張感を失わせるような答えを出した霊夢に、魔理沙は思わず吹き出してしまった。
「こんな良い天気、そうあったものじゃないわよ。魔理沙もほら、悩むよりもこのまま日向ぼっこしない?」
「あ~、いきなり話が飛んだな。」
「今日は気分転換するつもりで、一日のんびりしていったらどうかしら?」
「ま、別に一日ぐらい実験止めても変わらないからな。そうさせてもらうぜ。」
魔理沙は縁側に帽子を置くと、そのまま縁側の板の間に寝転んだ。
午後の穏やかな陽が全身に降り注ぎ、心地よい。
それを見ていた霊夢はくすっと笑みを浮かべた。
こうして博麗神社での時間は、いつもと何も変わらず過ぎていった。
幻想郷が茜色につつまれ、魔理沙は神社を離れ自宅への帰路についていた。
遠くの山並みに紅い大きな太陽が沈んでゆく。それを背に魔理沙は飛ぶ。
その後の霊夢との雑談でいまの悩みについて打ち明けていたものの、結局のところ解決には至っていなかった。
「ん~、今日はこれでよしとするか。多くは望まないようにしないとな。」
悩みについてはまた明日以降じっくり検討することにした。
人に相談はしたものの、結局何をするにも自分で考えることが必要だ、そう認識していた。
「とにかくじっくり解決策を見つけなきゃな。」
日中は暖かった風も流石に夜ともなると冷たく感じる。
家路を急ごうとした魔理沙ではあったが
「問題と解決の境界、解いて見せましょうか?」
すきま妖怪、八雲紫が正面に現れた。いつものようにすきまに跨り、手には扇と日傘だ。
見た目だけからは感じられないが、禍禍しいプレッシャーを感じる相手だった。
「ふふふ、あなたは気がついていない。何が悩み事なのか分かっている、ということに。」
「悩みがあるヤツなら、気がついていないほうがおかしいだろ?」
「いいえ、そうではないわ。あなたが気がついていないのは、悩み事が分かっているなら解決法も既に分かっているという事よ。」
魔理沙は額に汗をかいていた。普段の彼女ならいつでも余裕を残しているものだが、紫には全て見透かされているようで、やりにくい相手だという印象を抱いていた。
「どういう意味だ?」
不気味に微笑む紫に魔理沙は問い掛けた。
対する紫は扇を開いて遠くの山並みを見つめながら話しを続けた。
「悩み事を人に話せる時点で既に整理はついているということよ。あとはどうしたいか、その一歩が踏み出せないだけ。」
そう言い終わると魔理沙の周りを回り始めた、視線は山並みへと向けたまま。
「全然読めねぇな、その考えは。」
魔理沙は正直困惑していた。確かに自分は霊夢に悩みを打ち明けた。
しかしその場では悩みは解決出来なかった。そう、こうしたいというモノがみえなかったのだ。
魔理沙が考え込んでいる間にも、周囲の風景は茜色から漆黒へと色を変えていった。
「結局のところ、一つの視点・基準で物事を把握しようとすることが悩みを生むのよね。」
「それは見方を変えろ、ということなのか?」
「そう、基準はあくまでも基準。基準が変わればモノも変わるわ。勿論境界も。」
紫はそう言い終わると魔理沙に向き直った。
意外にも魔理沙はその瞳に深く吸い込まれそうになっていた。
「く……でもそれじゃあ何も語れないし、何も意味をなさないぜ。」
そう魔理沙は切り返した。何かを基準にしない限り、ある事象を表現することや理解することなど不可能だと感じていたからだ。
「それは一つの基準に固執するからよ。それでは他のことは見えないわ。」
「やっぱりお前の言っていることは分からないな。」
張り詰めた空気が重くのしかかる。この議論は収束へと向かう気配を見せない。
「そろそろ私は帰るぜ。これ以上はどうやら無駄だろうからな。」
「そのまえに…………これで試してみる?」
紫がそう言うと強い波動が放たれた。明らかにやる気である。
「やっぱり結局こうなるのか!」
「行くわよ……罔両ストレートとカーブの夢郷」
魔理沙はマジックアイテムに手を伸ばし戦闘態勢に入った。
二人のいる空間は力のぶつかり合いにより力場を形成、夜だというのに紫色に染まっていった。
紫から高速菱弾が広がったかと思うと、急激な方向転換と共に魔理沙を囲んだ。
しかも時々刻々と形状を変え魔理沙の挙動を制限する。
「くっ、挟み込みかよ!」
紫は間髪いれず紅い大玉を射出し始めた。空間の自由度を制限された魔理沙は焦っていた。
「ふふふ、これを札を使わずに抜けられれば、なにか判るかもね。」
不適に笑う紫。なおも弾を出しつづけ、機を伺いながらのレーザー射出も始めた。
絶え間なく降り注ぐ殺意、一撃目はなんとか避けきることが出来た。
「くそっ、こんなことで何が判るってんだ!」
そう思った瞬間、魔理沙の脇を菱弾が掠めた。後半身ずれていたら直撃だっただろう。
「今のは危なかったぜ……しかし、今のに反応できていないってことは、ヤバいな。」
己の油断こそ最大の敵、それが弾幕ごっこである。
なおも増加し続ける弾幕密度に、空間を徐々に削り取られていく。
魔理沙は口に出す余裕もなく、突破口を模索していた。
これを抜けるにはどうしたら良い?
しかし、弾幕を見切ろうと考察を重ねれば重ねただけ正解が見えなくなる。
足掻けば足掻いただけ生から遠ざかる。魔理沙にはそんなようにさえ思えていた。
こんな所で殺られるのはゴメンだ。
死の意識を振り払うかのように大玉を捌く。
しかし弾に対する注意レベルは低下しており、幾度となくニアミスを繰り返した。
またそれが精神の消耗を招き、悪循環へと陥っていく。
くっ、明らかに立ち遅れが出てきている。このままでは………。
緑色の籠の中、紅い大河の激流に浮かぶ一本の枝、流れに飲まれればその先に待つは………。
絶望が心を支配しそうになるが、それでも一筋の光を求め考えを巡らす。
こんな時霊夢だったらどうするだろうか。
多分「そこに隙間があるから通るだけよ」とか言うんだろうな。
自分にはそんな単純な風には考えられそうに無い。
余裕の無い時に何を考えているんだ、そう魔理沙は自分を嘲笑しようとした。
しかしその刹那
そう、そんな単純な風に………単純!?
一瞬にして世界が変わった。
私はいままで難しく考えすぎていたんだ。
一気に全部を捌こうとするから……全体を一度に処理しようとするから見切りが遅れるんだ。
ならば、各瞬間ごとに必要最低限の弾道予測と回避行動をとれば!
系の全体を捉えようと複雑化してみていたモノを、簡単な要素の重ねあわせとして捉えることを試みたのだ。
直ちに周囲に気を配り、弾幕の認識を全空間から各成分へと切り出す。
菱弾、これは紫の動きを時間差でトレースしている……ゆえに紫の動きを覚えておけば格子の形状も予測可能。
大玉は挟み込みだか、間隔は一定なため道が出来るかどうかのスイッチングは周期的。危険度は見た目ほどはない。
レーザーは紫の正面には射出されてこない。つまり紫の斜めに出る事がない限り脅威にはなり得ない。
そしてこの情報を継ぎ合わせることで解は見えた。
「そうか、こういうことか!」
何かを見極めたかのように隙間を縫っていく魔理沙。そこに先ほどまでの迷いはない。
時には大胆に、そして時には繊細に大玉を潜り抜け紫へと迫っていく。
「これが私の答えだ、紫!」
「ふふ、じゃあここまでね。」
そう言い終わると、紫はスペルカードを解除した。
途端にあの重苦しかった空気も抜け、周囲にはもとの星空が広がっていた。
「これで判ったでしょ?基準なんていくらでもある、見方さえ変えれば解決法なんてすぐ見つかる。」
紫は顔色一つ変えずに魔理沙に語りかけた。
「ああ、見方を変えることはできた。ただそれが怖かった、ということか。」
「そう、一度扱い慣れた基準を動かすことには力がいるの。動かしたくないと心のどこかで思うから、それが悩みを生むのよ。」
紫は何気なく扇を閉じた。その一言一言には、言葉では表せない重みがある。
「基準なんて相対的でしかない。だからその領域や隙間も相対的に考えて初めて決まる物なのよ。勿論可能性もね。」
「なるほどな、そういうことか。」
魔理沙はなんとも晴れ晴れとした表情で紫と向き合っていた。そこには先ほどまでの悩み・不安は微塵もない。
「今日はありがとうな、紫。基準なんていくらでもあるという事を私に気がつかせてくれたからな。」
「あら、私はただあなたが通りかかったから、少しだけちょっかいを出しただけよ。ただの気まぐれだわ。」
紫は平然と答えた。いつもの不敵な笑みをたたえながら。
「いや、そういうことにしといてくれ。んじゃ、今日はこの辺で失礼するわ。」
そう言うと魔理沙は家へと帰っていった。今夜はよく眠れることだろう。
一人残された紫はというと
「気まぐれ、それも結局は当人の主観、基準なのよね。」
そう言いながら夜空の散歩を楽しむのだった。
また、展開も起伏が無く平べったい気がします。
コンセプトは明確なのでもう少し内容を練った方がよかったかもしれませんね。
魔理沙のこういう面をかかれる人は少ないので、新鮮で良かったと私は思います。
もっともな事は言えませんがね(笑)
少し気になった点は、紫がやけに親切だなと思ったことくらい。些細な違和感ですけどね。