冬。
すべてを白色の雪の結界に包み込む季節。純粋たる水晶のような氷の季節。
……そして来るべき春を待つ季節。
雪の舞い降りる幻想郷の空。私、レティ・ホワイトロックは妹分のチルノと共に何するでもなく漂っていた。
チルノはこの近くの湖を根城にする氷精。いつの頃からかなんとなく懐いてくれるようになった。気分屋で意地っ張りだが根は素直な子で、私にとっては可愛い妹、といった感じ。
で、今日もいつものようにただふらふらと空を舞う。特に何かするというわけではないが、それでもチルノといると飽きない。
「今日は一段と寒いわね」
どんよりした雲に覆われた空を仰ぎ見ながら、私はそんなことをつぶやいた。
今は1月。今が私たちにとって全盛期。まだこれから先しばらくチルノと一緒にいられる。それが私にとっては何より幸せだった。
「そうだね。雪もよく降るし、言うことないね」
チルノはそういってくるくると回る。それがなんとなくワルツでも踊っているかのように見えて、ちょっと微笑ましくなる。
「さて、今日は何しようか?」
くるくる回るのにも飽きたのか、チルノは私の側に下りてくる。
「そうね、今日は……あら?」
ふと遥か彼方に白い物を見た気がした。雪にまぎれてよくはわからなかったけど、雪ではない何か。
「ん、どしたのさレティ?」
「ん、向こうの方に何か見えたの」
「んー?」
私の指差した方を目を細めてみるチルノ。
「別に何もな……あれ?」
どうやらチルノにも私が見たものが見えたらしい。
「なんだろ、あれ。何か白いものだね」
「そうね」
「……行ってみようよ、何か面白いものかも」
「そうね。行ってみましょう」
別に何かすることがあるわけではない……そもそも私には何か目的があるわけじゃない。ならチルノのやりたいことに付き合うのも悪くない。私はチルノと共にその白い影を追って空を飛んだ。
どれほどその白い影を追っただろう。かなり距離は縮まり、その姿が視認できるまでに至った。
それは妖精だった。正確に言うと春の精。冬の精である私と似て非なる存在。
「何だ、妖精か」
チルノはつまらなそうにつぶやく。確かに、ただの妖精なら普段から飽きるほど見ている。別に珍しいものではない。
……だが春の精となれば話は別だ。春の精は春になったら出てくるもの。冬の精である自分とは決して同時にいることはない、そう思っていたから。
「ちぇ、何か面白いものかな、と思ってたけど、妖精ならどうだっていいや……って、レティ、どこ行くのさ?」
なぜか私はその妖精の方へ向かっていた。
なぜ、といわれても答えられない。なんとなくそうしたかったから、としか言えないだろう。
やがて向こうもこっちに気が付いたらしい。飛ぶのをやめてこっちを見ている。
「あなた、春の精でしょう」
私の問い……というより確認に、その春の精は黙ってこくん、と頷いた。
「私はレティ・ホワイトロック」
「私はリリーホワイト。……あなた、冬の精?」
ポツリ、と彼女はつぶやくように言った。小さく、儚げな、でもよく通る声。
「待ってよレティ」
チルノがあとから必死になって追いかけてくる。
「そうよ……あれはチルノ、氷精。まぁ私の妹分といったところ」
そこでチルノが追いつく。
「レティったら一人で先に行っちゃうんだもん。私置いてくなんて酷いよ……って、これ、ひょっとして春の精?」
「これって……今頃気付いたの?」
「うっ……そんなことないもん。最初からちゃんと春の精だってわかってたんだから!!」
顔を真っ赤にして向きになってそうまくし立てるチルノ。こういうところが子供っぽくて可愛いと思う。
「はいはい、そうね……で、あなたは何でここにいるの?まだ1月よ。春には早いんじゃなくって?」
「……春を、春を探してるの」
「春を探してる?」
「はい……」
彼女はそういって微かに笑みを浮かべた。
今はまだ1月。春はまだ遠い。それにもかかわらず、春を探しているとは。
「……なぜ春を探しているのか、聞いていいかしら?」
「みんなに春が……春が来たのを伝えるの」
相変わらず小さな、されど力強い声で、リリーホワイトはは答えた。
「春が来たのを……伝える?」
それだけ?それだけのためにこの春の精はこんな時期から春を探しているというの?
「ばっかじゃないの。春なんかまだまだ先じゃん。頭おかしいんじゃないの?」
「チルノ!」
自分でもなぜかわからないが、私はチルノを怒鳴りつけていた。
「それ以上言ったら、いくらチルノでも怒るわよ」
「で、でも……」
「……」
チルノは泣きそうな顔で黙り込んでうつむいた。ちょっと胸が痛んだ。
「でも、確かにまだ1月よ。春が来るには早いんじゃない?」
リリーホワイトはちょっと困ったような表情を浮かべた。でもすぐに笑みを浮かべ、
「いいんです。誰よりも早く春を見つけないといけないから」
「そう……」
それっきり黙りこむ二人。
どれくらい時間が経ったか。私は精一杯の笑みを浮かべ、
「春、見つけられるといいわね」
そう言った。
「はい」
リリーホワイトは満面の笑みを浮かべて頷き、ぺこり、とお辞儀をすると何処へともなく飛び去って行った。
「……レティ」
涙を目いっぱいに浮かべたチルノが私の袖を引く。
「……ごめん、怒鳴って悪かったわね」
私はチルノの頭をそっとなでてやった。
その冬、リリーホワイトともう一度会うことはなかった。
やがて2月も終わりになり、雪割草が咲き出す頃、私の季節は終わりを告げる。
「レティ、また帰ってくるよね」
「もちろんよ」
今にも泣き出しそうな顔のチルノを抱きしめ、私はそう告げた。
私は冬の精。春が来れば消え、また冬が来るのを待つ。そして冬が来ればまた現れる、それが自然の摂理。
「また冬には帰ってくるから、泣かないで」
「な、泣いてなんかないもん」
目をごしごしこすって、チルノは私を見上げる。こういうところは何年経っても変わらない。
ちょっと寂しいが、彼女とはしばしのお別れ。そっとチルノの頭をなでてあげる。
「それじゃ、また冬に、ね」
「うん……」
そっとチルノから離れ、自然の流れに身を任せる。
薄れゆく意識の中、チルノのことではなく、リリーホワイトのことを考えていた。
春を誰よりも早く見つけ、それをみんなに伝えるために降りしきる雪の中を飛んでいた春の精。
特に目的があるわけじゃない私と違い、明確な目的を持って生きている彼女に、憧れともいえる感情を抱いている自分。
また来年、あの時期になったら彼女と会えるだろうか。もし会えたなら……
「春は見つけられた?春が来たのを伝えられた?」
そう聴いてみたいと思いながら、眠りについた。
すべてを白色の雪の結界に包み込む季節。純粋たる水晶のような氷の季節。
……そして来るべき春を待つ季節。
雪の舞い降りる幻想郷の空。私、レティ・ホワイトロックは妹分のチルノと共に何するでもなく漂っていた。
チルノはこの近くの湖を根城にする氷精。いつの頃からかなんとなく懐いてくれるようになった。気分屋で意地っ張りだが根は素直な子で、私にとっては可愛い妹、といった感じ。
で、今日もいつものようにただふらふらと空を舞う。特に何かするというわけではないが、それでもチルノといると飽きない。
「今日は一段と寒いわね」
どんよりした雲に覆われた空を仰ぎ見ながら、私はそんなことをつぶやいた。
今は1月。今が私たちにとって全盛期。まだこれから先しばらくチルノと一緒にいられる。それが私にとっては何より幸せだった。
「そうだね。雪もよく降るし、言うことないね」
チルノはそういってくるくると回る。それがなんとなくワルツでも踊っているかのように見えて、ちょっと微笑ましくなる。
「さて、今日は何しようか?」
くるくる回るのにも飽きたのか、チルノは私の側に下りてくる。
「そうね、今日は……あら?」
ふと遥か彼方に白い物を見た気がした。雪にまぎれてよくはわからなかったけど、雪ではない何か。
「ん、どしたのさレティ?」
「ん、向こうの方に何か見えたの」
「んー?」
私の指差した方を目を細めてみるチルノ。
「別に何もな……あれ?」
どうやらチルノにも私が見たものが見えたらしい。
「なんだろ、あれ。何か白いものだね」
「そうね」
「……行ってみようよ、何か面白いものかも」
「そうね。行ってみましょう」
別に何かすることがあるわけではない……そもそも私には何か目的があるわけじゃない。ならチルノのやりたいことに付き合うのも悪くない。私はチルノと共にその白い影を追って空を飛んだ。
どれほどその白い影を追っただろう。かなり距離は縮まり、その姿が視認できるまでに至った。
それは妖精だった。正確に言うと春の精。冬の精である私と似て非なる存在。
「何だ、妖精か」
チルノはつまらなそうにつぶやく。確かに、ただの妖精なら普段から飽きるほど見ている。別に珍しいものではない。
……だが春の精となれば話は別だ。春の精は春になったら出てくるもの。冬の精である自分とは決して同時にいることはない、そう思っていたから。
「ちぇ、何か面白いものかな、と思ってたけど、妖精ならどうだっていいや……って、レティ、どこ行くのさ?」
なぜか私はその妖精の方へ向かっていた。
なぜ、といわれても答えられない。なんとなくそうしたかったから、としか言えないだろう。
やがて向こうもこっちに気が付いたらしい。飛ぶのをやめてこっちを見ている。
「あなた、春の精でしょう」
私の問い……というより確認に、その春の精は黙ってこくん、と頷いた。
「私はレティ・ホワイトロック」
「私はリリーホワイト。……あなた、冬の精?」
ポツリ、と彼女はつぶやくように言った。小さく、儚げな、でもよく通る声。
「待ってよレティ」
チルノがあとから必死になって追いかけてくる。
「そうよ……あれはチルノ、氷精。まぁ私の妹分といったところ」
そこでチルノが追いつく。
「レティったら一人で先に行っちゃうんだもん。私置いてくなんて酷いよ……って、これ、ひょっとして春の精?」
「これって……今頃気付いたの?」
「うっ……そんなことないもん。最初からちゃんと春の精だってわかってたんだから!!」
顔を真っ赤にして向きになってそうまくし立てるチルノ。こういうところが子供っぽくて可愛いと思う。
「はいはい、そうね……で、あなたは何でここにいるの?まだ1月よ。春には早いんじゃなくって?」
「……春を、春を探してるの」
「春を探してる?」
「はい……」
彼女はそういって微かに笑みを浮かべた。
今はまだ1月。春はまだ遠い。それにもかかわらず、春を探しているとは。
「……なぜ春を探しているのか、聞いていいかしら?」
「みんなに春が……春が来たのを伝えるの」
相変わらず小さな、されど力強い声で、リリーホワイトはは答えた。
「春が来たのを……伝える?」
それだけ?それだけのためにこの春の精はこんな時期から春を探しているというの?
「ばっかじゃないの。春なんかまだまだ先じゃん。頭おかしいんじゃないの?」
「チルノ!」
自分でもなぜかわからないが、私はチルノを怒鳴りつけていた。
「それ以上言ったら、いくらチルノでも怒るわよ」
「で、でも……」
「……」
チルノは泣きそうな顔で黙り込んでうつむいた。ちょっと胸が痛んだ。
「でも、確かにまだ1月よ。春が来るには早いんじゃない?」
リリーホワイトはちょっと困ったような表情を浮かべた。でもすぐに笑みを浮かべ、
「いいんです。誰よりも早く春を見つけないといけないから」
「そう……」
それっきり黙りこむ二人。
どれくらい時間が経ったか。私は精一杯の笑みを浮かべ、
「春、見つけられるといいわね」
そう言った。
「はい」
リリーホワイトは満面の笑みを浮かべて頷き、ぺこり、とお辞儀をすると何処へともなく飛び去って行った。
「……レティ」
涙を目いっぱいに浮かべたチルノが私の袖を引く。
「……ごめん、怒鳴って悪かったわね」
私はチルノの頭をそっとなでてやった。
その冬、リリーホワイトともう一度会うことはなかった。
やがて2月も終わりになり、雪割草が咲き出す頃、私の季節は終わりを告げる。
「レティ、また帰ってくるよね」
「もちろんよ」
今にも泣き出しそうな顔のチルノを抱きしめ、私はそう告げた。
私は冬の精。春が来れば消え、また冬が来るのを待つ。そして冬が来ればまた現れる、それが自然の摂理。
「また冬には帰ってくるから、泣かないで」
「な、泣いてなんかないもん」
目をごしごしこすって、チルノは私を見上げる。こういうところは何年経っても変わらない。
ちょっと寂しいが、彼女とはしばしのお別れ。そっとチルノの頭をなでてあげる。
「それじゃ、また冬に、ね」
「うん……」
そっとチルノから離れ、自然の流れに身を任せる。
薄れゆく意識の中、チルノのことではなく、リリーホワイトのことを考えていた。
春を誰よりも早く見つけ、それをみんなに伝えるために降りしきる雪の中を飛んでいた春の精。
特に目的があるわけじゃない私と違い、明確な目的を持って生きている彼女に、憧れともいえる感情を抱いている自分。
また来年、あの時期になったら彼女と会えるだろうか。もし会えたなら……
「春は見つけられた?春が来たのを伝えられた?」
そう聴いてみたいと思いながら、眠りについた。
おいしい作品でした。乙。
個人的にはガチ百合より、こうしたソフトとも呼べないくらいの匂わせ方が好きです。