ゆらゆらと遠くで揺れる湖面を見ていた。
どこまでも広がる湖は、見ていて飽きる。
しかし、この仕事に飽きはこないのだろう。否、飽きる暇はありはしないのだろう。
戯れに、自慢の紅い髪を弄る。
ここは紅魔館。物騒さにおいては、事欠かない屋敷―――
* * *
「…侵入者が来たのね?」
詰所で休憩をしていた私は、部下からの報告を受け、門前へと急いだ。既に前衛隊は応戦に向かっているという。私は門前に立ち、侵入者を待つ。
侵入者の動きは止まらない。前衛隊の『気』の数が減っていくのが感じられる。思わず唇を噛んだ。今すぐにでも飛んでいって加勢したかったが、私が門を離れた隙に他の曲者に侵入されたら堪ったものではない。ここは静かに耐えるべきだ。
ややあって。
私の部下達を全て堕とし、侵入者がやってきた。ロングコートに身を包み、風になびく銀の髪。一体どんな強力な妖怪が来たのかと思っていたので、少し拍子抜けした。本来妖怪から感じるはずの妖気が感じられない。そう、侵入者―――彼女は、人間だった。
…しかし、よく考えてみれば、彼女はたった一人でこの紅魔館の門前までやってきたのだ。どんな理由でここまで来たのかは分からない。だが、只者で無い事だけは分かる。
彼女が、無傷だったから。
紅魔館警備隊である、私以下その部下達がただの人間に遅れをとる事はまず無い。だと言うのに、彼女は傷一つ負っていない。
背筋が粟立つ。
彼女はただの人間ではない。
言い知れぬ不安感に、迷わず『気』を練り、先制攻撃を行う。
「『芳華絢爛』っ!!」
夥しい数の気弾が侵入者へ向かう。それは牽制の意味もあった。まずは相手の出方を見て、対策を―――
「紅魔館って、ここかしら?」
「っっ!!?」
私の横から声がする。私の目の前には、誰も居ない。攻撃が空を切る。声の主は、少女。ぎこちなく首を動かして、見る。それは、ついさっきまで目の前に居たはずの侵入者…!
「くっ!」
思わず飛び退る。どんな方法を使ったのか分からないが、彼女は私の攻撃を避けた。やはり、普通の人間ではない。どうすれば………
「紅魔館って、ここかしら?」
その時、彼女が口を開いた。それは、先程と同じ言葉。
「確かにここは紅魔館よ。そして、私はここの門番」
気圧されない様に、努めていつもの口調で話しかける。
「あら、そうなの…。ねえ、ここを通してくれる?」
…やはり彼女はここに侵入するつもりらしい。
「それは出来ないわ」
当然、容認する事ではない。それが、私の務め。
「困ったわねぇ……ここに用があるんだけど」
「だから出来ないって言ってるでしょう?」
「用件も聞かないで追い返すの?」
「どうせ碌なもんじゃないわ」
「話を聞かない人は嫌われるわよ?」
「私は人間じゃない」
「言葉のあやよ」
限が無かった。…もういい。こんな事を話していても埒があかない。侵入者は、実力で排除する。
「『華想夢葛』っ!!」
先程と同じ、不意を突いた攻撃。これ以上、侵入者の相手をしている訳にはいかない!
「…全く…吃驚させないで頂戴?」
しかし、その攻撃はまたも外れ、再び彼女は私の横に佇んでいた。だが、これが狙い…!
「はあっ!」
そのまま素早く高速の拳撃を放つ。この攻撃自体の威力はあまり無いが、余程の事が無ければ見切られる事は無い。
ドカッ!
当たった! 侵入者はそのまま横に吹っ飛んでいく。間髪入れず、クナイを模した弾を放った。
きぃんっ!
「!」
しかし、それは途中で何かに弾かれた。それは、侵入者の放ったナイフだった。
「…ああ、痛い。もう近付かない様にしなくちゃ」
そうしている間にも、侵入者は体勢を立て直していた。
「そのまま帰ってくれればもっといいんだけど?」
「だから、それは無理」
「…でしょうね。あなたの頑固さは良く分かった。だから…」
「だから、何?」
「あなたを今日の夕飯にしてあげるっ!」
彼女は強い。だから私も手を抜かず、全力で闘う事にした。
* * *
びゅっ!
彼女の放つナイフが迫る。しかし、この程度のものなど、私は軽くかわせる。
「そんな攻撃っ……!」
ナイフをかわしながら、無数の気弾を浴びせる。しかし彼女もやるもので、最小限の動きで気弾の間を縫う様に避けている。
「………」
その時、彼女がくいっ、と指を動かした。何だ?
と思った時には、肩に鋭い痛みが走っていた。
「がっ!?」
慌てて肩口を見ると、そこには先程避けたはずのナイフが、ざっくりと刺さっていた。
「……!? っぐう……!」
ナイフを引き抜き、捨てる。流れ出す血を、治癒の気功で応急処置した。
「へえ…あなた、傷を治せるのね。厄介だわ」
あまりそうは思っていない様な表情で、私を見つめる侵入者。その手には、新しいナイフ。それで自分の肩をとんとんと叩いている。
「まあ」
とん。
ナイフが2本。
「門番からしてこうでもなければ」
とん。
ナイフが4本。
「ここが悪魔の館だなんて」
とん。
ナイフが8本。
「誰も思わないんでしょうけど」
とん。
ナイフが16本―――
「それでこそ、ここに来た甲斐があるというものかしら?」
―――びゅんっ!!
「!!」
私に迫りくる16本のナイフ。かわす事なら出来るだろう。しかし、またさっきの様になるかもしれない。
「破ァッ……!!」
私は構えを取り、集中する。『気』を鍛錬し、一旦体に集束。そしてそれを、周囲の空間に広げる―――
「ふっ!」
ナイフの背を裏拳で弾く。足で蹴り上げる。屈んで、すり抜けさせる。全てを、私の背面へと通過させる。
「………!」
まだだ。まだナイフは『死んでいない』。勢いが衰えたもの、そのままの勢いのもの。全てが私の後ろで空中に静止し、動きを変えている…!
「そういう事だったのっ…!」
私は素早く後ろを振り返り、私の体を串刺しにしようとするナイフ達に気弾を当てて、落としていった。
「全く…妙な技を使うのね」
振り向いて、侵入者の顔を睨む。侵入者の顔には、僅かに驚きの表情が混じっていた。
「あなた、後ろに目でも付いてるの? まるでナイフの軌道を予測して打ち落としたみたい。まさか振り返った一瞬で見切ったとでも?」
「そんな面倒をしなくても、私にはこれくらい出来るの」
もちろん種明かしなどする訳は無く、曖昧に答える。それよりも、私は侵入者の能力の方が知りたかった。
私の能力は、『気』を使う程度のものだ。それは弾に使うだけでなく、それを応用したものが先程使った『知覚の範囲を広げる事』だ。
予め『気』を練り上げて、網の目の様に自身の周囲に張り巡らせる。そうすると、その中に入ったものがどんな動きをするのかを、例え目を瞑っていても感じるようになる。
侵入者も、何かしらの能力を持っている事は間違いない。そうでなければ、急に現れたり、ナイフの軌道を変える、といった芸当など出来る訳がない。
…まあいい。こうなれば、能力を使われる前に倒しておくのが一番手っ取り早い……!
「『セラギネラ9』っ!!」
飛んでくるナイフを避けつつの攻撃。乱れ飛ぶ光弾。それをかわす侵入者。私は弾を盾にしながら、侵入者に近付いてゆく。距離を詰めながら、弾幕を打ちながら。
そして出来た、一瞬の間隙。
「そこかっ……!!」
ナイフと弾が相殺して、その瞬間動くものは、私と侵入者のみ。ありったけの速さで近付き、ありったけの強さで拳を打ち込み―――
「―――止まれ」
確かに、そう聞こえた。刹那、私の目の前に広がる光景。
360度。私を囲む、無数のナイフ。知覚した時には既に遅く、無情にも、それらは全て私向かって飛んでくる。
「『殺人ドール』―――」
背後から聞こえる侵入者の声が、やけに耳に残った。
「あああああああああああっっ!!!」
ちょっと待って。こんな量のナイフ、捌ききれない。当たったら、痛い。否、きっとそれだけじゃ済まない。死んじゃう。
そんな。
私、死―――
「うああああああああああああああああ――――――っっっ!!!!」
その時、私の中で何かが弾けた。
今まで鍛錬し、溜め込んでいた『気』が、一気に体から放出されていく。
赤、橙、黄、緑、青、藍、紫。
ことごとく放たれた気は極彩の煌きとうねりを以って、乱舞する。
ダンスのパートナーは、無愛想なナイフ達。一緒に踊って回りましょう。
今日は絶好のダンス日和。
光も湧き立つ、彩光乱舞―――
* * *
「………っはあ………はあ………あぁ………」
…結局。あの後力を使い果たした私は、彼女のナイフをもろに喰らって、無様にも地面に転がっていた。傷は深くはなかったが、もうこれ以上動く気力も無かった。
「まさかあの攻撃を凌ぎきるとはね」
空を見上げる私の上へ落ちる影。倒れている私を見下ろす侵入者の影だ。
「門番ですらこの強さ…この館を仕切ってる奴は、余程のものなのね」
「………安心、しなさい……私に勝ったくらいじゃ、お嬢様には勝てない…から………ごほっ………」
「…そう。それを聞いて安心したわ…」
そう言った彼女の口調は、何故か寂しげだった。
「おかしな人間ね……わざわざこんな所に、死にに来たって言うの…?」
「さあ、どうかしら…?」
彼女は、曖昧に微笑んだ。
「……まあ、いいわ。私には関係無い事だものね……。私は侵入者を止められなかった。ただ、それだけ………」
ふふ、と自嘲気味に笑う。ああ、私、負けたんだな。門番って、負けたらお払い箱なんだろうか?
「…ねえ、あなた何て言う名前なの?」
突然、彼女がそんな事を訊いてきた。
「そんなもの訊いて、どうするつもり…?」
「別に。ただ、気になっただけよ………いや、違うわね……そう、あなたの攻撃がとっても綺麗だったからよ」
「え……」
「あんなに綺麗な光景は久し振りに見たわ。だからせめて、あなたの名前だけでも教えて欲しいの。私の記憶に残る様に……」
そんな台詞、まるで彼女はこれから死にに行くみたいだった。だから私は、
「…教えられないわ」
と言った。
「あら…どうして?」
「どうしても、よ。もし、あなたがここから生きて帰ってこれたら、教えてあげる……」
「…そう」
私の言葉に彼女は一回頷くと、紅魔館へと向かっていった。
「あ、それと」
「?」
彼女は、最後に私の方に振り返って、こう言った。
「あなたのその紅い髪……『紅魔館』ってそういう意味だったの?」
もちろん私は、違うと答えた。
* * *
「…はあ」
周りに誰も居なくなった所で、私は大きい溜め息をついた。
「私、結構馬鹿ね…」
侵入者に帰ってこいだなんて、とても門番の台詞とは思えない。クビ決定かしら。もしクビになったら、どうしようかしら―――
「―――あ」
不意に、ある事を思い出した。ああ、気になる。こんな事なら、さっき聞いておけばよかった。
「彼女…名前、何て言うのかしら…?」
そんな下らない事を思いながら、私の意識は急速に眠りへと落ちていった―――
美鈴も良かったです。正統派美鈴、かっこいいですよ。
うっうっ、よがっだなぁ…。
頭の中に弾幕がよぎる~~(゜゜*
美鈴×咲夜さんも結構オイシイなぁと感じたりw
咲夜さんもアサシンめいててかっこいい。
ただ、結局のところ二人が戦うだけでストーリーに何の面白みもないのが残念。
萃夢想をそのまま文章にしたようで、少し味気ない。