Coolier - 新生・東方創想話

永遠十六暗夜道行(ほわいとろっくあんやのみちゆき)

2004/01/25 10:36:57
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 向かい横丁、ひなびた長屋で、面つきあわせて唸るのは、年端もいかぬ小娘ふたり。
「どうにもお腹がすいていけない」
 と嘆くのは、得意の十進法も弱り気味の宵闇使い、瑠宮(るーみあ)。
「なんなら、氷でも食べる? いくらだってこしらえてあげるよ」
 と呑気に言うのは氷屋ちる乃(ちるの)、真冬なのに氷水をさらさら平らげ満足げ。
「あんたといっしょにするなー! ああ、ほっかほかで肉汁がじゅぷじゅぷ泡立ってる焼き立てのお肉が食べたい……」
「食べれば良いでしょ」
「お足がないのよっ……うー、怒鳴ったらまたお腹がすいたぁ……」
「ひょっとして、あんた莫迦でしょ」
 あんたに言われたくないっ、と叫ぼうとして、かろうじてこらえる瑠宮。
「まあ、お金が欲しけりゃ働くしかないんじゃあない? あたしみたいにさ。冬は商売あがったりだけど」
「商売……?」
「そぉそぉ。あそうだ、何ンなら永遠十六(ほわいとろっく)の姉御に紹介してもらったら? あの人、あちこちに顔が利くみたいだから」
「うぅ~ん……しょうがない、背に腹は代えられないし」
 そこで二人して、永遠十六のねぐらへ押しかけようという。
「話はわかったわ」
 永遠十六の零千(れてぃ)はちる乃たちの話を聞いてうなずき一つ。
 彼女は何の商いをしているかは誰も知らないものの、なぜか羽振りがよく恰幅も上々ときていて、近所の小者連中から慕われていた。
 押し出しのよい身を乗り出して瑠宮に言うには、
「それじゃ、瑠宮さん? あなた、何ができるのかしら」
「えーと、大食い」
「他には?」
「ええと、闇を扱う、とか」
「闇ねえ。それは何の役に立つの?」
「ええーと、昼間でも暗くできたり」
 ふむう、と零千、冷凍煙管からポンと冷凍煙草盆に冷凍灰を落とし、一考。
「わかったわ。瑠宮さん、あなた――闇屋をおやんなさい」
「は? 闇屋……?」
「それって、裏取引とかそういうのをやれってこと?」
「そうじゃないわ。名詮自性、闇そのものを売ればいいのよ」
「なんと」
「最近は夜でも街中は明々としているから、かえって闇が欲しいって輩もいるのよ。案外、いい稼ぎになるかも」


 半信半疑の瑠宮、されど他にてだてもないこととて、さっそく『闇売ります』のノボリを十文字に掲げ、街中をうろつこうという。
「えー、闇ー、闇よーい、良い闇ーー、宵闇よーーい……って、こんなの買い手がいるのかしら」
「へイッ、そこの十進法!」
 と彼女を呼び止めたのは、吸血療法で人気のある町医者・吸枯堂(すかーれっと)で働いている異人の女中、サッキャア・イッザァヨ。
「あ、どうも」
「ウチのお嬢が! オメーの売ってる闇ってのをご所望なんだゥィーア!」
「変な人に声掛けられちゃったねどうも」
 ともあれ銀髪の異人女中に連れられて吸枯堂まで行ってみると、さっそく主の恋観空(れみりあ)嬢の前に通されて商談。
「あなたは闇を売っているそうだけど」
「はあ。今日が初売りでして」
「そんなことはどうでもいいの。その闇は、日の光も防げるかしら」
「ええもちろん! お肌に塗れば、日焼け止めとしてもばっちり」
「結構ね。少しいただこうかしら」
「毎度ありー!」
 さっそく闇を売れた瑠宮、足取りも軽く市中を売り歩こうという。
「なんだ、なかなかチョロいわ。この調子で闇を売りまくって、ひと財産こしらえちゃおーっと」
 そんな甘い考えでぶらぶらしていると、やってきたのは全身真っ黒のいでたちの人影。
「あ、これはキーリーサーさん」
「オーウ、噂はホントだたゼ。アナタ、闇を売ってるてホントですかゼ」
 誰かと見れば、異国生まれの黒魔術師、マーリーサー・キーリーサー。
「ええまあ、バラ売りもしてます」
「そんなことはどうでもいいのゼ。ワタシ、闇欲しいゼ」
「はあ、いかほどにしましょう」
「そうね、三日分は欲しいのゼ。ワタシ黒魔術師だけど暗さが足りないって評判なのゼ。しばらくImageChangeしたいのゼ」
「はぁ、それじゃとりあえず三日分、九回分です。ちゃんと服用の心得を読んでくださいよ」
「おK、Oケーゼ。また頼むのゼー」
「毎度ありーー」
 たっぷり闇を売りさばいた瑠宮、ほくほく顔で
「ウフフッ、こんなボロい商売はないわ。こうなったらそのうち屋台、いやお店だって持てるんじゃないかしらん」
 と、ニコニコ顔でうろついていると、裏通りからこっそり出てきた人影ひとつ。
「――ご機嫌のようね」
「あっ……」
 思わず、瑠宮は顔をこわばらせた。
 というのは、頭巾を取ったその人物は知った顔で……できれば会いたくない顔であったから。
「紛盗道(まーがとろいど)……!」
「久しいわね、黒色の――」
 その少女、紛盗道の悪栗鼠(ありす)は薄笑いを浮かべた。
「その名で呼ばないでよ……私はもう」
「足を洗った、って言うこと?」
「そう――そうよ、私はちゃんと堅気の商売で食べていくんだからっ」
「へえ、そうなの。黒色の月光と呼ばれたあなたがねェ」
「く……っ」
 かつて、瑠宮はこの悪栗鼠と組み、盗賊ばたらきを行っていた。
 だがいろいろあって今は盗人稼業を廃業しているのだ。
「……あんた、島流しにあったんじゃなかったの?」
「フフッ、あんなところから抜け出すのは何でもないわ。身代わりに人形を置いてきたから」
(流石に……)
 七色の傀儡師、と呼ばれた腕は健在とみえる。
「何の用よっ?」
「ウフフッ、もし、あなたにまだその気があれば、また一緒にやっていこうかと思ったけど」
「そんなのっ」
「……その気はなさそうだから、諦めるわ」
「そ、そう」
「ただ」
「え?」
「流石にこのへんをうろついてるのは不味いから、高飛びしようと思ってるンだけど、私も娑婆に出てきたばかりで、手元不如意なの。一仕事して、元手にしようと思っているんだけどね」
 ニター、と意味ありげな笑い。
「手伝え、ってこと?」
「最後の仕事よ。どう? 昔のよしみで、ケジメをつけるってことで」
「っ、私は」
「ま、決心がついたら連絡して頂戴。これを預けておくから」
 と手渡されたのは伝書鳩人形。
「いい返事を、待ってるわ」
「…………」


(何が、ケジメよっ)
 路地裏へ姿を消した悪栗鼠を見送って、瑠宮は内心、罵った。
(私はもう堅気なんだからっ)
 と、再び闇売り行商を始めようとした、矢先。
「ヘーーイッ! そこの逆十字ッ!!」
「あ、吸枯堂さんとこの女中さん。ひょっとして、追加注文?」
「何抜かすだこのウロマヌケ野郎! テメーが売った闇のせいで! うちのお嬢が大変な目に遭ったんだッパー!」
「えっ!?」
「かねて太陽に興味があったお嬢は、闇で日光をさえぎられるのをこれ幸いとお天道様めがけて飛んで行ったール。おかげで、大気圏であやうく燃え尽きるところだったんだーワールド!」
「そ、そんなの、自業自得……」
「シャラッパー! いい事? こんどウチの敷居をまたごうものなら三分間クッキン!」
「ひいーっ」
 今にも三分間でクッキングされそうな気配に、瑠宮、泡を食って一目散。
「ああ、酷い目にあった。今度から取説に『大気圏は突破できません』とか書かなきゃダメ?」
 とぼやいていると、彼方から箒にまたがった黒い影がビヤッと飛来。
「あ、キーリーサーさん、闇の具合はどーですかー?」
「どーしたーもこーしたーもないのーゼ!」
 何故か怒り心頭なマーリーサー。
「自宅に三日分をまとめて使ったら、闇が濃くなりすぎて、邪霊や魔物は寄ってくるわ、近所から日照権の侵害だと訴えられるわ、しまいに魔界の神に後継者に指名されるわ、大ごとになってしまったのーダーゼー!」
「そ、そりゃあ、三日分もまとめて使うから」
「黙れゼ。もう二度とアンタの闇なんか買わないーゼ! 魔界に墜ちてしまーゼ!!」
 毒づいて、再び飛び去っていくマーリーサー。
(く、ううう)
 どいつもこいつも、ろくでもない奴らばかり。
 こっちに落ち度はないのに、勝手な真似をしてそれを売り手に押し付けくさる!
(やはり、消費者は取って食べるべき人類ッ)
 と、瑠宮がある決意を固めかけた、そのとき。
「――どうかしら? 商売は」
「あっ」
 急に呼び止められ、瑠宮は思わず声をあげた。
 声をかけてきたのは、かの永遠十六の零千。
「その、えーっと、まぁまぁ、です」
「そう? それなら、いいのだけど」
 微笑む永遠十六。
「闇というのは、悪い印象が強いけれど。私は、いいものだと思うわ」
「そう、ですか?」
「ええ。この世には、悲しいこと、醜いことがいっぱいある。それを隠してくれるのは、闇」
「――」
「その闇を扱うあなたは、自分の悲しみ、醜さを直視する強さを持たなくてはね」
「強さ」
「そうでなければ――」
「っ」
 北風が、吹いた。
「――闇に、取り込まれてしまうから」
 残ったのは、一陣の寒風。
 永遠十六の姿はない。
「…………」
 瑠宮は、懐の人形を握り締めていた。


「――覚悟が決まったようね」
 紛盗道の悪栗鼠は不敵に微笑み、古い仲間を見やった。
 ひとけのない川辺での再会。
「決まった」
「良かったわ。これで、私も心おきなく都会に高飛びできるから」
「それは」
「――ッ?」
 瑠宮の周囲の闇が、濃さを増していく。
「無理」
 濃密な闇が、あたりを支配していた。
「あんたを、ここで斃す」
「裏切る気、黒色の――」
「私は黒色の月光、じゃない」
 漆黒の大気を貫く、叫び。
「闇屋の瑠宮ッ!」
 続いて、銀光の一閃。
「ちっ」
 閃光をすんでで躱し、紛盗道は舌打ちした。
「浮世の水は甘いようね。でも」
 ふと、闇の中に、ぽっかりと浮かぶ七色の灯火。
「この人形に、見覚えはないかしら?」
「っ!」
 悪栗鼠が掲げているのは、瑠宮がよく知る者をかたどった人形。
「ち、ちる乃っ」
「そう、氷屋ちる乃、だったかしら? さあてお立会い。この人形が、ただの人形だと思うかしらァ~?」
「! まさか、彼女を――」
「そォ。か~んた~んだったわよ。『本塁打氷棒』十本あげるから一緒に来ない? って言ったらあっさりと、ね」
 と、ちる乃似の人形をぶらぶらと振り回す。
 その口元に溶けた氷菓子がまとわりついているように見えるのは、気のせいか――
「ひ、卑怯っ」
 『傀儡師』の本領!
「はっ。何言ってるンだか。私ら盗賊稼業に卑怯も貧乳もないわッ。さぁて、どうする? 堅気の世界のお友達が、痛い目に遭ってもいいのかなァ? ン? ンン?」
「く、う、う」
 潮が引くように、闇が消えていく。
 残されたのは、がっくりとひざまずいた、瑠宮。
「フフッ、そうそう。素直が一番、本塁打は四番。さっそく、お仕事といきましょうか?」
「う、うっ、うう」
「所詮、一度汚れた者は、ずっと裏通りを這いずって生きるしかないのよ。私も、あなたも、ね」
「……っ」

『それは』

『どうかしら』

「――ん?」
 悪栗鼠が、不審げに空を見上げた。
 夜空には煌々と星が瞬いており、雲ひとつない。
 にもかかわらず、
「雪?」
 それも、ただの雪ではない。
 見る間にそれは、大粒となり、降り積もり。
「なっ!?」
 たちまち、膝が埋まるほどの大雪に。
「これは――」

『春の罪は夏の雨が償い』

『夏の咎は秋の実りが報い』

『秋の過ちは冬の雪が清め』

『冬の迷いは春の風が晴らす』

 寒風とともに、雪花の片とともに。
 白妙の上っ張り、碧瑠璃の衣まとい。
 出で現われたるは、寒空をゆくもの。
「……永遠十六さんっ」
『この世はすべて移ろいゆくもの。たとえ春に罪を犯そうとも、夏に償えばいい』
 瑠宮の前に降り立ち、悪栗鼠を見据える永遠十六の零千。
『それをそうせず、一度の過ちゆえに自分を咎人とするのは――弱さ。逃げにすぎない』
「ッ」
『罪を悔い、かつ、新たに生きようとする強さがあれば、倖せになる権利はある』
『心弱き者。己を、認めなさい』
「く、くうっ!!」
 逃げ出そうとする悪栗鼠――だが、その足が雪に捕らわれ、一歩とて動けない。
「はっ、離せ! こいつがどうなってもいいの!?」
『その「ただの人形」がどうなろうと、知ったことではないわ』
「えっ!? で、でもっ」
『ちる乃は本塁打氷棒だけは食べないのよ――昔、五十本早食い競争をして、腹をくだしたから』
「っ!?」
「そ、そうなんですか」
「くううっ、こうなれば!」
 ちる乃人形を放った悪栗鼠が、手にした巻物を紐解こうとした、その刹那――
 ズブッ、ニュブブッ。
「んなっ!?」
 足元の雪が、あたかも沼のように彼女を吸い込んでいく。
『しばらく、常冬の国で頭を冷やしてくることね』
「ひいいいっ!?」
 ずにゅっ、にゅぶ、じゅぼぼぼっ。
『行って来なさい』
「―――っ!!」
 にゅぽりっ。
 この冬、紛盗道の悪栗鼠を見たのは、それが最後となった。
「こ、殺したの?」
『いいえ。はるか北の――一年中雪が溶けない国へ送ってあげただけ。いずれ、戻ってくるわ』
「よ、良かった」
 ふふ、と零千は笑った。
『闇屋、繁盛すると、いいわね』
「……うんっ」


「――えー闇ー、良い闇ーのー、闇ですよーい。新鮮、とりたて、ほやほやの闇ーー」
 今日も通りに元気に響く、闇屋瑠宮の売り口上。
「ヘイ十字手裏剣! ご所望って奴だビッチ」
「あ女中さん。もう買わないんじゃ?」
「しょうがないジャック。お嬢がどうしても欲しいと駄々無駄駄々と大変な騒ぎスクウェア」
「はあ。毎度ありーー」
「ハーイ。闇分けてほしいのゼ」
「あれキーリーサーさん、もう要らないんじゃ?」
「いや一度試したらなかなかこれがGoodTasteで忘れられないのゼ。まさしくヤミウチって奴なのダゼ」
「それ言うならヤミツキ」
 闇屋稼業、存外繁盛。


「まぁ、結果上等というやつね」
「ふぇ? はひがぁ?」
「何でもないわ」
 口いっぱいに『本塁打氷棒』を咥え、もひもひと食べているちる乃の姿に、苦笑交じりの零千。
 かつて彼女と零千が五十本早食い競争をしたのは事実で、結果、ちる乃が腹を下したのもまぎれもない事実。
 だが彼女はそんなことは綺麗さっぱり忘れたか、今も本塁打氷棒が大好物である。
「――本物だったら、まずかったかもね」
「はふぇ? なはひはぁ??」
 さらに数本を口に入れ、もひんがもひんがと食べているちる乃を見て、零千はにっこり微笑み、言ったのだった。
「たいしたことじゃ、ないわ」


向こう横丁の闇屋の娘
聖者に十字架妖魔に夜行
諸国大名は弓矢で殺す
闇屋の娘は目で殺す
永遠十六→とわ・とお・ろく→ほわいとろっく……無理がありますね。まぁそんなもんです。

零千の決めゼリフは『お雪なさい』にしようかと思ったけど止めときました。スカイハ~~イ♪
STR
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コメント



0.3250簡易評価
5.807-C削除
いやぁ面白かったw 咲夜さんが江戸っ子(?)にw 当て字もストーリーもナイス! 永遠十六カッコ良すぎ!
10.無評価ヨハン堂削除
STR様のSSは言葉のリズムがらしくって口に出すと心地いいですね。
ラストの都都逸「闇屋の娘は目で殺す」が気に入りました。
あと紛盗道(まーがとろいど)の当て字が最っ高。
32.50名無し削除
魔界の神だって?
34.70名前が無い程度の能力削除
名前の当て字から、言葉遊びまで
色々と遊びが見えて楽しめました
魔理沙さんが怪しすぎですが(笑)
64.70名前が無い程度の能力削除
新境地?
70.70名前が無い程度の能力削除
サッキャア・イッザァヨw
面白!
75.90名前が無い程度の能力削除
ほんと面白いわ、これw
配役もいいし、異人語りには噴いた
79.80名前が無い程度の能力削除
江戸っこwww