注意!
1:オリジナル設定、自分的解釈を含みます。ご注意ください。
2:先に拙作「ETERNAL TRIANGLE」を読む事をお勧めします。
それからしばらくの間、紫と藍は穏やかに暮らしていた。
幻想郷の中でも辺境の地に空き家を見つけ、そこを住処とした。
二人だけの、決して豊かとはいえない暮らしだが、確かな幸せがそこにある。
紫は藍を新たな式神とし、式の何たるかという事や人間と妖怪の事など、己の知る全てを藍に教えていった。
二人はまるで親子のように、時には友達のように、姉妹のように、幸せな時を積み重ねていく。
紫の重く悲しい過去は、彼女の心の中で少しずつ薄らいでいった。
「藍、今日はあなたの知らない世界に行ってみましょうか」
「私の知らない世界・・・ですか?」
「死と幻想の世界。俗に『あの世』とか『彼の世』などと呼ばれている所の事よ」
あの世、と聞いて藍が一歩退く。
「紫様・・・・・・私に死ね、と?」
「違うわよ。桜花結界を通らなくても『向こう側』に行く事はできるじゃない」
笑いながら紫はすき間を開く。藍はその意図を理解し、ため息一つとともに退いた一歩を元に戻す。
「死は消滅じゃない、って事を教えてあげるわ。さあ藍、入って」
藍に物を教える時の紫は、とにかく嬉しそうだった。
空間に亀裂が走る。亀裂は広がり、世界とすき間を繋ぐ。
そのすき間から、紫と藍が窮屈そうに出てきた。
「ふぅ・・・着いたわ」
「ここが・・・・・あの世・・・・」
「そう。生きてるうちに見る事はほとんどないでしょうから、しっかり見ておきなさい」
「長い石段・・・・・・それに・・・・こんな所で桜?」
「不思議でしょう?ここは下界以上に桜が咲き乱れる幽霊たちの楽園。死ぬ時に見るお花畑って言うのは
この桜の事を指すのかも知れないわね・・・」
藍に説明をしながら、紫も何か違和感を感じていた。前に一度だけ来た時と比べて何かが違う。
(・・・・・桜?)
そうだ、桜の樹が多いのだ。
草花と違い、樹はちょっと時が流れれば簡単に増えるというものではない。何者かが樹を持ち込んだとしか考えられない。
では、誰が?
見当もつかない事を考えながら石段を登っていく。藍が訝しげな顔をするが、紫にとってはそれどころではない。
『誰なんだろう』が頭の中で渦巻くが、それ以上の考えが出ない。恐らく誰にも分からないであろう謎を考えながら何となく歩き続け、
気がつけば空間の亀裂からずいぶん離れた所まで来てしまっていた。
「・・・ずいぶん遠くまで来ちゃったわね・・・・・そろそろ帰りましょうか」
少し増えた桜の樹は気のせいではない。だが自分の考えが及ぶ所でもないだろう。
偶然どこかの桜が神隠しにあい、偶然こんな所に来てしまっただけだろう。
とにかくこれ以上考えても埒が明かない。紫は今まで考えていた事をスッパリ切り捨てようと勢いよく振り返る。
振り向いた先には紫の後ろの方、ずっと遠くを見つめている藍がいた。
「どうしたの、藍」
「いえ・・・ずっと向こうの方に人影のようなものが見えたんです・・・・」
「人影?」
釣られて紫も後を見るが誰もいない。
「・・・いないじゃない」
「さっきまでいたんです。何か、私たちをずっと見つめているような感じで・・・・・」
「まあ、普通は生身の体でここに来る事などありえないんだし、私たちが珍しかったんでしょう」
ざあっ、と桜吹雪が舞う。
思わず顔を覆うが、その時桜の花びらの先には確かに『何か』が見えた。
「・・・あ・・・・・!?」
「あれが・・・あなたの見た人影?」
「多分・・・・・」
藍の言うとおり、それは人影に見えなくもない。ヒトの形をした亡霊がいてもおかしくないし、
紫の他にも生きながら生と死の境界に立つ人間がいないとも限らない。
ただ、紫も藍もその人影が何者なのか興味はあった。
「行きましょう」
「・・・紫様?」
「あの影が何者なのか、藍は興味ない?」
「・・・・あります」
「遅れないで!」
藍の返事を号砲として紫は飛んだ。歩くのでもすき間を使うのでもなく、飛んだ。
歩いていては追いつけない。すき間は開くまでに時間がかかる。ならば、全力で飛ぶのが一番手っ取り早い。
紫に置いて行かれないように、藍も全力で飛び出した。
影との差は一向に縮まらない。
紫が速く飛べば飛ぶほど、影も同じ速さで逃げ続ける。
すでに藍は大きく遅れている。全力で飛ぶ紫に藍が追いつけるはずがないのだが、それでも紫は影を追う。
終わりの見えない追いかけっこを続け、紫の頭の中は疑問符で埋め尽くされる。
私を誘ってるの?呼んでるの?
どこまで行くの?どこへ連れて行くの?
目的は何なの?なぜ私から逃げるの?
あなたは誰・・・?
不意に、目の前の景色が開けた。
無限に続くと思っていた石段は唐突に終わっていた。
石段の次には気が遠くなるほど広い庭。ここも桜が咲き乱れ、奥には微かに建物が見える。
広大な庭にはあまりにも似つかわしくない、寺を思わせる質素な建物。死と幻想の世界においてあまりに不自然な『現実』を思わせる存在。
そしてその奥には遠くから見てもすぐ分かるほど巨大な桜の樹。
「これは・・・」
紫はそれら全てに見覚えがあった。
「禅寺・・・桜・・・・西行寺・・・・・」
今までの記憶がフィードバックする。
消えた桜並木。
消えた西行寺家。
少し増えた桜の樹。
幻想の中の『現実』。
消えた西行寺家が、ここに。
「出来過ぎてる・・・・何もかも。もう偶然なんかじゃない」
―――『第二の人生に、幸福を』とあの時約束したから。
「・・・義理堅いのね」
―――肉体は魂に、禅寺は幽冥楼閣に。全ては不変のものに。
「ありがとう・・・」
―――ただし、本当の幸福はまだ訪れていない。
「・・・そうね、西行寺家が見つかっても幽々子がいるわけじゃないし」
―――ここから先は、自分の目で見た方がいい・・・
「言われなくても私は幽々子を探してみせるわ。その為に私は人間だって捨てたんだから」
―――・・・・・・・・・・・・
人間だった頃の記憶がよみがえる。
誰も間に入る事のできない、入る事を許さない、二人だけの幸せな日々。
あの日の桜を、禅寺を見つけ、別れの挨拶もせずに別れてしまった親友の顔を思い出す。
まだ見つける事はできないけど、いつか必ず探してみせる・・・
「待ってて、幽々子・・・」
「あなた、なかなか速いのね」
どこか気の抜けた声が、改めて決意を固めようとしていた紫の意識を引き戻す。
「ものすごい速さで追いかけてくるから同じ速さで逃げてみたんだけど・・・まさかついて来れるとはね」
「あ・・・・・あぁ・・・・・・・」
「しかも生身の体でこんな所に来るなんて」
「まさか・・・こんな所で・・・・・・逢うなんて・・・・・・・・・・」
『息を呑む』とはこの事を言うのだろう。突然の出来事に紫は吸った息を吐く事を忘れ、半開きの口で固まってしまう。
紫を翻弄し、石段の頂上まで彼女を誘い込んだ謎の影。昔と変わらぬ声で、姿で。
西行寺 幽々子がそこにいた。
「幽々子・・・あなた、どうしてここに・・・・・?」
「ここは死者が住まう所。生きながら来るあなたの方が珍しいわ」
「死者って・・・・・幽々子、あなた死んじゃったのね・・・・・・」
「一応私はここで亡霊とかやってるけど・・・・あなたにも一つ聞いていい?」
「さっきから言ってる『ゆゆこ』って、何?」
「・・・・・・・え?」
「『ゆゆこ』って、人の名前?誰かを探してるの?」
「やだ・・・何言ってるの?あなたが幽々子じゃないの」
「そう、私の名前『ゆゆこ』って言うんだ・・・それじゃあなたの名前も教えて」
幽々子の顔には驚きも感動も何もない。まるで初対面の人と話すように紫と話す。
感情のない微笑を浮かべ、その目に光は宿っていない。肉体は滅び、しかし魂はいまだ在るとしても、彼女の心は死んでいる。
今の幽々子は、そういう抜け殻のような顔をしていた。
あの日の紫と同じように。
(記憶を失ってる・・・?肉体から魂が離れたから?)
「幽々子思い出して!私よ、八雲 紫よ!」
「ゆかり・・・・・?」
「そうよ!いつもあなたと一緒にいた、八雲 紫!」
「ゆかり・・・ゆかりかぁ。あなたの名前は『ゆかり』なのね」
「そうだけどっ・・・・思い出して!昔の事を思い出して!」
紫は掌から赤と青の蝶を。1匹や2匹ではなく何十匹も飛び立たせる。
蝶は渦を巻いて飛び、まるで甘い蜜を見つけたかのように幽々子の周りを乱舞する。
蝶の形をした魂が幽々子から離れていけば、それに合わせて次々と蝶を送り出す。
辺りは桜が隠れてしまうほどの蝶で覆われ、その中に二人が閉じ込められる。
「きれい・・・・・・」
「ほら・・・この蝶は本来あなたが操るもの。死を操り、霊を呼ぶ。桜と共に生き、蝶と共に歩く。
あなたが死んでも何か変わるわけじゃない。桜も、蝶も、私も、あなただってここにいる」
ドームのように重なり合い二人を覆っていた蝶がざぁっ、と散っていく。
頭上にぽっかりと開いた穴から桜の花びらがひらひらと落ちてきた。
それはまるで狙い済ましたかのように、何となく差し出された幽々子の掌に乗る。
「桜・・・・・蝶・・・・・霊・・・・・」
「桜の・・・・歩き・・・・・蝶の・・・・霊・・・・・連れて・・・・」
「黒い蝶・・・死んで・・・・霊・・・死者の蝶・・・・・・黒い・・・・・黒い?」
幽々子の目に、光が宿る。
その微かな光に吸い寄せられるかのように、散っていった蝶のうち一匹が舞い戻ってくる。
「死者の黒い蝶・・・すなわち黒死蝶・・・・それを操る私は・・・・・・・私は・・・・・・・」
「そう、あなたは西行寺 幽々子」
「私は・・・・ゆゆこ・・・・・さいぎょうじ・・・・ゆゆこ・・・・・・・・・・」
幽々子の掌からも蝶が一匹飛び出した。
二匹の蝶はもつれ合い、絡み合いながら宙を漂い、天に昇っていく。
「幽々子・・・私の名前・・・・そしてあなたは、紫・・・・」
「・・・・幽々子?」
「久しぶりね、紫」
そこに言葉はいらなかった。無二の親友に再会できた、その事だけが心を埋め尽くす。
何が起こっていたのか理解していない幽々子の胸で紫はわんわん泣く。
幽々子は感情を吐露する紫を受け止め、少し落ち着いたら紫の手を引く。
「久しぶりに・・・・この桜の下を歩きましょ」
二人の後ろから再び蝶がついてくる。
あの幸せな日々が、少しだけ形を変えて二人の元に戻ってきた。
罔両『禅寺に棲む妖蝶』
魍魎『二重黒死蝶』
1:オリジナル設定、自分的解釈を含みます。ご注意ください。
2:先に拙作「ETERNAL TRIANGLE」を読む事をお勧めします。
それからしばらくの間、紫と藍は穏やかに暮らしていた。
幻想郷の中でも辺境の地に空き家を見つけ、そこを住処とした。
二人だけの、決して豊かとはいえない暮らしだが、確かな幸せがそこにある。
紫は藍を新たな式神とし、式の何たるかという事や人間と妖怪の事など、己の知る全てを藍に教えていった。
二人はまるで親子のように、時には友達のように、姉妹のように、幸せな時を積み重ねていく。
紫の重く悲しい過去は、彼女の心の中で少しずつ薄らいでいった。
「藍、今日はあなたの知らない世界に行ってみましょうか」
「私の知らない世界・・・ですか?」
「死と幻想の世界。俗に『あの世』とか『彼の世』などと呼ばれている所の事よ」
あの世、と聞いて藍が一歩退く。
「紫様・・・・・・私に死ね、と?」
「違うわよ。桜花結界を通らなくても『向こう側』に行く事はできるじゃない」
笑いながら紫はすき間を開く。藍はその意図を理解し、ため息一つとともに退いた一歩を元に戻す。
「死は消滅じゃない、って事を教えてあげるわ。さあ藍、入って」
藍に物を教える時の紫は、とにかく嬉しそうだった。
空間に亀裂が走る。亀裂は広がり、世界とすき間を繋ぐ。
そのすき間から、紫と藍が窮屈そうに出てきた。
「ふぅ・・・着いたわ」
「ここが・・・・・あの世・・・・」
「そう。生きてるうちに見る事はほとんどないでしょうから、しっかり見ておきなさい」
「長い石段・・・・・・それに・・・・こんな所で桜?」
「不思議でしょう?ここは下界以上に桜が咲き乱れる幽霊たちの楽園。死ぬ時に見るお花畑って言うのは
この桜の事を指すのかも知れないわね・・・」
藍に説明をしながら、紫も何か違和感を感じていた。前に一度だけ来た時と比べて何かが違う。
(・・・・・桜?)
そうだ、桜の樹が多いのだ。
草花と違い、樹はちょっと時が流れれば簡単に増えるというものではない。何者かが樹を持ち込んだとしか考えられない。
では、誰が?
見当もつかない事を考えながら石段を登っていく。藍が訝しげな顔をするが、紫にとってはそれどころではない。
『誰なんだろう』が頭の中で渦巻くが、それ以上の考えが出ない。恐らく誰にも分からないであろう謎を考えながら何となく歩き続け、
気がつけば空間の亀裂からずいぶん離れた所まで来てしまっていた。
「・・・ずいぶん遠くまで来ちゃったわね・・・・・そろそろ帰りましょうか」
少し増えた桜の樹は気のせいではない。だが自分の考えが及ぶ所でもないだろう。
偶然どこかの桜が神隠しにあい、偶然こんな所に来てしまっただけだろう。
とにかくこれ以上考えても埒が明かない。紫は今まで考えていた事をスッパリ切り捨てようと勢いよく振り返る。
振り向いた先には紫の後ろの方、ずっと遠くを見つめている藍がいた。
「どうしたの、藍」
「いえ・・・ずっと向こうの方に人影のようなものが見えたんです・・・・」
「人影?」
釣られて紫も後を見るが誰もいない。
「・・・いないじゃない」
「さっきまでいたんです。何か、私たちをずっと見つめているような感じで・・・・・」
「まあ、普通は生身の体でここに来る事などありえないんだし、私たちが珍しかったんでしょう」
ざあっ、と桜吹雪が舞う。
思わず顔を覆うが、その時桜の花びらの先には確かに『何か』が見えた。
「・・・あ・・・・・!?」
「あれが・・・あなたの見た人影?」
「多分・・・・・」
藍の言うとおり、それは人影に見えなくもない。ヒトの形をした亡霊がいてもおかしくないし、
紫の他にも生きながら生と死の境界に立つ人間がいないとも限らない。
ただ、紫も藍もその人影が何者なのか興味はあった。
「行きましょう」
「・・・紫様?」
「あの影が何者なのか、藍は興味ない?」
「・・・・あります」
「遅れないで!」
藍の返事を号砲として紫は飛んだ。歩くのでもすき間を使うのでもなく、飛んだ。
歩いていては追いつけない。すき間は開くまでに時間がかかる。ならば、全力で飛ぶのが一番手っ取り早い。
紫に置いて行かれないように、藍も全力で飛び出した。
影との差は一向に縮まらない。
紫が速く飛べば飛ぶほど、影も同じ速さで逃げ続ける。
すでに藍は大きく遅れている。全力で飛ぶ紫に藍が追いつけるはずがないのだが、それでも紫は影を追う。
終わりの見えない追いかけっこを続け、紫の頭の中は疑問符で埋め尽くされる。
私を誘ってるの?呼んでるの?
どこまで行くの?どこへ連れて行くの?
目的は何なの?なぜ私から逃げるの?
あなたは誰・・・?
不意に、目の前の景色が開けた。
無限に続くと思っていた石段は唐突に終わっていた。
石段の次には気が遠くなるほど広い庭。ここも桜が咲き乱れ、奥には微かに建物が見える。
広大な庭にはあまりにも似つかわしくない、寺を思わせる質素な建物。死と幻想の世界においてあまりに不自然な『現実』を思わせる存在。
そしてその奥には遠くから見てもすぐ分かるほど巨大な桜の樹。
「これは・・・」
紫はそれら全てに見覚えがあった。
「禅寺・・・桜・・・・西行寺・・・・・」
今までの記憶がフィードバックする。
消えた桜並木。
消えた西行寺家。
少し増えた桜の樹。
幻想の中の『現実』。
消えた西行寺家が、ここに。
「出来過ぎてる・・・・何もかも。もう偶然なんかじゃない」
―――『第二の人生に、幸福を』とあの時約束したから。
「・・・義理堅いのね」
―――肉体は魂に、禅寺は幽冥楼閣に。全ては不変のものに。
「ありがとう・・・」
―――ただし、本当の幸福はまだ訪れていない。
「・・・そうね、西行寺家が見つかっても幽々子がいるわけじゃないし」
―――ここから先は、自分の目で見た方がいい・・・
「言われなくても私は幽々子を探してみせるわ。その為に私は人間だって捨てたんだから」
―――・・・・・・・・・・・・
人間だった頃の記憶がよみがえる。
誰も間に入る事のできない、入る事を許さない、二人だけの幸せな日々。
あの日の桜を、禅寺を見つけ、別れの挨拶もせずに別れてしまった親友の顔を思い出す。
まだ見つける事はできないけど、いつか必ず探してみせる・・・
「待ってて、幽々子・・・」
「あなた、なかなか速いのね」
どこか気の抜けた声が、改めて決意を固めようとしていた紫の意識を引き戻す。
「ものすごい速さで追いかけてくるから同じ速さで逃げてみたんだけど・・・まさかついて来れるとはね」
「あ・・・・・あぁ・・・・・・・」
「しかも生身の体でこんな所に来るなんて」
「まさか・・・こんな所で・・・・・・逢うなんて・・・・・・・・・・」
『息を呑む』とはこの事を言うのだろう。突然の出来事に紫は吸った息を吐く事を忘れ、半開きの口で固まってしまう。
紫を翻弄し、石段の頂上まで彼女を誘い込んだ謎の影。昔と変わらぬ声で、姿で。
西行寺 幽々子がそこにいた。
「幽々子・・・あなた、どうしてここに・・・・・?」
「ここは死者が住まう所。生きながら来るあなたの方が珍しいわ」
「死者って・・・・・幽々子、あなた死んじゃったのね・・・・・・」
「一応私はここで亡霊とかやってるけど・・・・あなたにも一つ聞いていい?」
「さっきから言ってる『ゆゆこ』って、何?」
「・・・・・・・え?」
「『ゆゆこ』って、人の名前?誰かを探してるの?」
「やだ・・・何言ってるの?あなたが幽々子じゃないの」
「そう、私の名前『ゆゆこ』って言うんだ・・・それじゃあなたの名前も教えて」
幽々子の顔には驚きも感動も何もない。まるで初対面の人と話すように紫と話す。
感情のない微笑を浮かべ、その目に光は宿っていない。肉体は滅び、しかし魂はいまだ在るとしても、彼女の心は死んでいる。
今の幽々子は、そういう抜け殻のような顔をしていた。
あの日の紫と同じように。
(記憶を失ってる・・・?肉体から魂が離れたから?)
「幽々子思い出して!私よ、八雲 紫よ!」
「ゆかり・・・・・?」
「そうよ!いつもあなたと一緒にいた、八雲 紫!」
「ゆかり・・・ゆかりかぁ。あなたの名前は『ゆかり』なのね」
「そうだけどっ・・・・思い出して!昔の事を思い出して!」
紫は掌から赤と青の蝶を。1匹や2匹ではなく何十匹も飛び立たせる。
蝶は渦を巻いて飛び、まるで甘い蜜を見つけたかのように幽々子の周りを乱舞する。
蝶の形をした魂が幽々子から離れていけば、それに合わせて次々と蝶を送り出す。
辺りは桜が隠れてしまうほどの蝶で覆われ、その中に二人が閉じ込められる。
「きれい・・・・・・」
「ほら・・・この蝶は本来あなたが操るもの。死を操り、霊を呼ぶ。桜と共に生き、蝶と共に歩く。
あなたが死んでも何か変わるわけじゃない。桜も、蝶も、私も、あなただってここにいる」
ドームのように重なり合い二人を覆っていた蝶がざぁっ、と散っていく。
頭上にぽっかりと開いた穴から桜の花びらがひらひらと落ちてきた。
それはまるで狙い済ましたかのように、何となく差し出された幽々子の掌に乗る。
「桜・・・・・蝶・・・・・霊・・・・・」
「桜の・・・・歩き・・・・・蝶の・・・・霊・・・・・連れて・・・・」
「黒い蝶・・・死んで・・・・霊・・・死者の蝶・・・・・・黒い・・・・・黒い?」
幽々子の目に、光が宿る。
その微かな光に吸い寄せられるかのように、散っていった蝶のうち一匹が舞い戻ってくる。
「死者の黒い蝶・・・すなわち黒死蝶・・・・それを操る私は・・・・・・・私は・・・・・・・」
「そう、あなたは西行寺 幽々子」
「私は・・・・ゆゆこ・・・・・さいぎょうじ・・・・ゆゆこ・・・・・・・・・・」
幽々子の掌からも蝶が一匹飛び出した。
二匹の蝶はもつれ合い、絡み合いながら宙を漂い、天に昇っていく。
「幽々子・・・私の名前・・・・そしてあなたは、紫・・・・」
「・・・・幽々子?」
「久しぶりね、紫」
そこに言葉はいらなかった。無二の親友に再会できた、その事だけが心を埋め尽くす。
何が起こっていたのか理解していない幽々子の胸で紫はわんわん泣く。
幽々子は感情を吐露する紫を受け止め、少し落ち着いたら紫の手を引く。
「久しぶりに・・・・この桜の下を歩きましょ」
二人の後ろから再び蝶がついてくる。
あの幸せな日々が、少しだけ形を変えて二人の元に戻ってきた。
罔両『禅寺に棲む妖蝶』
魍魎『二重黒死蝶』
嗚呼、あんな電波な思いつきをこんな良い作品に仕上げて貰えるなんて…
色んな意味で感動を覚えてしまいました。ありがとう
そして
0005さんと名無しさんとの出会いに乾杯