いったい何がいけなかったのだろうか。アリスは自分に問う。
最初はほんの些細な悪戯心だったはず。しかしそれが原因で命の危機にさらされているのはなぜだろう。
……しかし答えは出ない。
それより、今は目の前の状況を何とかしなくてはならない。自分が生み出した忌まわしい存在を処分しないと……アリスは自分に殺意を向けているそれに意識を戻した。
「これでよし、と」
アリスの人形工房。最近曰く付きの人形の収集に凝っているアリスは、それが高じて自分で人形を作るようになっていた。ここはそれのためにあつらえた、いわば彼女の隠れ家である。
今回作成しているのはほぼ等身大の人形。それも限りなく人型の生物に近いもの。見ただけではそれが人形だと気付くものなどいないであろう。
……そしてそのモデルとなったのは
「……こうやって見ると、なんだか気恥ずかしいものがあるわね」
それはアリス本人をモデルとしていた。細かいところに差異はあるかもしれないが、言われない限りは気付かないであろう、と製作した本人が自負するくらいそっくりな人形。
「後は中枢部に魔力を込めれば完成、と」
魔道書を開き呪文の詠唱を開始する。魔力の粒が人形に集まり、渦を巻く。人形を中心に描かれた魔方陣が光を放ち……人形の瞼が開いた。
「うん、成功だわ」
満足げにつぶやくアリス。
「さて、これの性能実験の標的は……」
アリスの脳裏に一人の人間……霧雨魔理沙の憎らしげな顔が浮かぶ。
「やっぱりあいつしかいないかしら」
以前から何かと衝突することの多い黒い魔法使い。やはり彼女が最初の標的として一番妥当だろう、とアリスは一人頷いた。
「見てなさい霧雨魔理沙。今度こそは目に物見せてくれるわ」
「ほう、それは楽しみだな」
「!!」
突然背後から声をかけられ、アリスは飛び上がらんばかりに驚いた。
「な、何であんたがここにいるのよ!」
アリスは振り向いて背後にいた人物……他ならぬ霧雨魔理沙……を睨み付けた。
「さて、何でだろうな」
ニヤリ、といやらしげな笑みを浮かべる魔理沙。
「ま、そんなことはどうだっていいじゃないか。それより……これが新作の人形かい?こりゃまたよくできてるじゃないか」
「褒めても何もでないわよ」
「端から期待してないぜ。しかし、モデルに自分を使うってのはいささかナルシズムが過ぎるんじゃないか?」
「ほっときなさいよ。私の勝手でしょう!?」
「そうだな。でも私がモデルじゃなくってよかったぜ。自分とやりあうなんてぞっとしないからな」
そう言いながら魔理沙はアリス人形の頬をペチペチと叩いた。
と、アリス人形の手がすっと持ち上がる。
「お?」
次の瞬間、その手がものすごい勢いで振り下ろされる。
「うわっ!!」
とっさに飛びのいたおかげで命中だけは免れたが、バランスを崩した魔理沙は床に尻餅をついていた。
「いい度胸だ。ちょうどいい退屈しのぎにはなりそうだぜ」
「ちょっと待ってよ」
「何だよ。いまさら止める気かい?もともと私とやり合わせるために作ったんじゃないのか?」
「それはそうなんだけど……私まだこの人形を動かしてないわ」
「は?そりゃどういう意味だよ」
「この人形の中枢部にはまだ命令を与えてないの……えっ!?」
突如人形は人間には到底真似のできない動きで飛び掛ってきた……魔理沙ではなく、アリスの方に。
「きゃあっ!!」
とっさに避けようとして足がもつれたアリスは床に無様に倒れこんだ。それが幸いしたのかアリス人形の腕はさっきまでアリスの頭があった位置をなぎ払う。
「やれやれ、親に手を上げるような悪い子供にはお仕置きが必要じゃないか?」
そう言って魔理沙はアリス人形に向けて魔力弾を放つ。が、それはいともあっさり人形に回避された。外れた魔力弾は工房の石の壁に小さな穴を開けた。
「ちょっと魔理沙、あんた私の工房を壊すつもり!?」
「ほぅ、人形のくせにやるじゃないか。まぁそうでないとやりがいがないかな?」
「人の話を聞きなさいよ!!」
アリスの抗議の声を聞き流しつつ、魔理沙は立て続けに魔力弾を連射する。その数7つ。だが、そのすべてをアリス人形はわずかな動きで回避する。
「……こいつはちと手こずるかもな」
「あのね、この人形は空気の流れを察知して自動的に回避行動を取るように設計してあるの。そんな攻撃何度撃ってもかわされるわよ」
「お前、何でそういう余計な機能を人形につけるかな……なら」
懐からスペルカードを取り出す魔理沙。
「ちょっと待ちなさいよ魔理沙!!あんたまさかここでスペルカードを使うつもり!?」
「ああ、これなら回避できないだろう?」
「馬鹿も休み休み言いなさいよ。そんなことしたらこの工房が壊れるじゃない!!」
「安心しな、マスタースパークだから半壊で済むぜ?」
「そういう問題じゃないっ!!ああもう、あんたに任せた私が馬鹿だったわ。『白亜の露西亜人形』!」
アリスがスペルカードを使用する。アリス人形の周囲に人形が召喚され、一斉に魔力弾を放つ。四方八方から放たれた魔力弾はこの工房内では回避できない……そのはずだった。
だがアリス人形はそれをまったく予備動作もなくジャンプして回避。そのまま天井を蹴って魔理沙に襲い掛かる。
「このっ!!」
上段から振りかぶる腕を箒でガッキと受け止める魔理沙。びきっ、という音と共に箒の柄に亀裂が入る。
「ああもう、これでこの箒は使えなくなったじゃないか。しかもこのままじゃ埒があかないし……とりあえずここはひとつ戦術的撤退といくか」
「それは単に逃げるって言うんじゃないの?」
「何なら玉砕覚悟で特攻するかい?」
「御免こうむるわ」
そういうと同時に二人は部屋の扉を開けて逃げ出し……もとい、戦略の再構築を始めるのだった。
「で、具体的な案はまとまった?」
工房の廊下を走りながらアリスは横を走る魔理沙に尋ねる。
「いや、全然だな。そういうお前さんこそどうなんだよ?」
「……思いつかないわ」
「使えない奴め……停止コードとか自爆装置とかないのか?」
「暴走することは考慮に入れてないからないわよ……次はつけておくわ」
「次があれば、な。ところで……」
魔理沙はちらり、と後ろを振り返って
「ターミネーターアリスとの距離がだんだん狭まってるぜ」
「そりゃあっちは疲れないから……で、そのターミネーターアリスってなんなのよ」
「気にするな。なんとなくそういうフレーズが浮かんだだけだ」
「……あんた余裕そうね」
「そう見えるか?」」
「見える」
「じゃそういうことにしといてくれ」
相変わらず軽口を叩く魔理沙。だがそこにはかすかに焦りの色が浮かんでいた。
それからしばらく無言で走り続ける二人。だがいいアイデアが浮かぶどころか、ターミネーターアリスとの差は徐々に縮まるばかり。
「……雨か」
不意に魔理沙がつぶやく。
「何よ、急に」
「いや、どうも外は雨みたいだな、と思ってな」
確かに雨音のようなものが聞こえる。しかも結構降っているようだ。
「それがどうしたって言うのよ。そんなことよりこの状況を……」
「何とかなるかもしれないぜ?」
魔理沙がニヤリ、と笑みを浮かべる。先ほど見せた焦りの色はもうない。いつもと変わらない余裕たっぷりの表情。
「どうするのよ?」
「あいつを外に出す」
「外に出してどうしようって言うのよ。そんなことしてもあいつが有利になるだけよ?」
「まぁ見てな」
そう言って魔理沙はラストスパートを掛けるマラソン選手のごとく一気に加速する。アリスもそれにつられて足を速める。
玄関の扉が見えた。距離はあと10m。5m。3m。1m。
「あっ!」
そこでアリスは何かに蹴つまづいた。前のめりに倒れこむアリス。
振り返ると今にもアリスを踏みつけようとするターミネーターアリスの姿。とっさにアリスは足を振り上げた。
それが幸いしたらしい。ターミネーターアリスはそれを回避しようとして……そのまま魔理沙が開け放った扉から外に飛び出していた。
「やっぱりな」
声のする方にアリスは目をやる。土砂降りの雨の中、魔理沙がターミネーターアリスを見つめていた。
「雨が降ってくれて助かったぜ」
ターミネーターアリスは雨の中でもがいていた。
……いや、正確には雨を「回避」しようとしていた。
「なに、あれ?」
「奴は空気の動きを読んで回避行動をする、そうだろ?」
「ええ」
「それが奴の仇となったんだよ。奴は雨を攻撃だと判断して回避しようとしている。もちろんこの雨じゃ全部を避けることは不可能だろ」
「それはそうね」
「で、工房で奴に触ったときに気づいたんだが、あいつの材質は木だ」
「だから?」
「木は水を吸って重くなる。お前さんが奴に服を着せていたおかげでさらに動きは鈍ってる」
魔理沙は懐からスペルカードを取り出した。
「今なら、避けれない……『マスタースパーク』!!」
魔理沙の手元から閃光が迸り、ターミネーターアリスを包み込んだ。
閃光が消えた後には……ターミネーターアリス「だったもの」が残っていた。
表面を覆っていたコーティングや服は焼け落ち、地肌の木が露出している。それも黒く焼け焦げ、ほとんど炭化していた。
右腕は肘から、左腕も手首からもげていた。それはすでに人形ではない。人型の炭の塊だった。
ターミネーターアリス「だったもの」はしばらくふらふらしていたが、やがてがっくり膝を着き、ぬかるむ地面に崩れ落ちた。
「終わった……の?」
呆然と呟くアリス。
「ああ、どうにかな……くちゅん!」
意外とかわいらしいくしゃみをする魔理沙。
「うう、土砂降りの雨に濡れて体が冷えちまったぜ」
「しょうがないわね、今すぐ風呂を沸かすわ」
「しょうがないっておまえなぁ……誰の所為でこうなったと思ってるんだ?本来なら子供の不始末は親が責任取るものだぜ?」
「わかってるわよ……その……ありがとう、魔理沙」
「……まぁ今日のところは大目に見てやるか。でも貸し1、な」
なんだかんだ言って魔理沙もほっとしている様子だった。
暖炉に火を入れ、着替えを用意し、魔法で温めたお湯を湯船に張る。
「やれやれ、魔理沙に一泡吹かせるどころか逆に助けられるなんて……」
厨房で温かいスープを作りながら、アリスはため息を漏らす。
「まぁ仕方ないか。今回ばかりは私の責任だし」
自分を納得させるように呟く。と、背後で扉の開く音。
「なに魔理沙、もう上がったの……」
振り向いたアリスは恐怖に顔を引きつらせた。行動不能だと思われたターミネーターアリスがそこに立っていた。
「まだ中枢部が生きてる?」
あわてて呪文を詠唱しようとしたが、間に合わない。飛び掛ってきたターミネーターアリスにいともたやすく押し倒されてしまった。
「魔理沙っ!!」
助けを求めて叫ぶが、どうやら魔理沙はまだ風呂から上がってないらしい。
折れた左手の切っ先がアリスを突き刺そうと力を込めてくる。アリスは死を覚悟した。
(何で、何でこうなったのかしら)
なぜかそんなことを冷静に考えてしまう。
その答えがなんなのかはわからない。だが、今やるべきことは別にある。
(本来なら子供の不始末は親が責任取るものだぜ?)
先ほどの魔理沙の言葉が脳裏をよぎる。
「わかってる……わかってるわよ」
自分が作り出したものの始末は自分でつけなくてはならない。なら……
「『首吊り蓬莱人形』!!」
スペルカードを発動させる。ターミネーターアリスの背後に人形が召喚され、魔力弾を打ち出す。もちろんターミネーターアリスも回避行動を取ろうとする。
「だめよ。悪い子にはお仕置きしなきゃね?」
アリスはターミネーターアリスの腕をしっかりと握り締めた。その所為でターミネーターアリスは逃げられない。そして……
魔力弾はターミネーターアリスの中枢部のある頭部を正確に打ち抜いた。
それと同時にターミネーターアリスの体から力が抜け、今度こそ完全に活動を停止したのだった。
最初はほんの些細な悪戯心だったはず。しかしそれが原因で命の危機にさらされているのはなぜだろう。
……しかし答えは出ない。
それより、今は目の前の状況を何とかしなくてはならない。自分が生み出した忌まわしい存在を処分しないと……アリスは自分に殺意を向けているそれに意識を戻した。
「これでよし、と」
アリスの人形工房。最近曰く付きの人形の収集に凝っているアリスは、それが高じて自分で人形を作るようになっていた。ここはそれのためにあつらえた、いわば彼女の隠れ家である。
今回作成しているのはほぼ等身大の人形。それも限りなく人型の生物に近いもの。見ただけではそれが人形だと気付くものなどいないであろう。
……そしてそのモデルとなったのは
「……こうやって見ると、なんだか気恥ずかしいものがあるわね」
それはアリス本人をモデルとしていた。細かいところに差異はあるかもしれないが、言われない限りは気付かないであろう、と製作した本人が自負するくらいそっくりな人形。
「後は中枢部に魔力を込めれば完成、と」
魔道書を開き呪文の詠唱を開始する。魔力の粒が人形に集まり、渦を巻く。人形を中心に描かれた魔方陣が光を放ち……人形の瞼が開いた。
「うん、成功だわ」
満足げにつぶやくアリス。
「さて、これの性能実験の標的は……」
アリスの脳裏に一人の人間……霧雨魔理沙の憎らしげな顔が浮かぶ。
「やっぱりあいつしかいないかしら」
以前から何かと衝突することの多い黒い魔法使い。やはり彼女が最初の標的として一番妥当だろう、とアリスは一人頷いた。
「見てなさい霧雨魔理沙。今度こそは目に物見せてくれるわ」
「ほう、それは楽しみだな」
「!!」
突然背後から声をかけられ、アリスは飛び上がらんばかりに驚いた。
「な、何であんたがここにいるのよ!」
アリスは振り向いて背後にいた人物……他ならぬ霧雨魔理沙……を睨み付けた。
「さて、何でだろうな」
ニヤリ、といやらしげな笑みを浮かべる魔理沙。
「ま、そんなことはどうだっていいじゃないか。それより……これが新作の人形かい?こりゃまたよくできてるじゃないか」
「褒めても何もでないわよ」
「端から期待してないぜ。しかし、モデルに自分を使うってのはいささかナルシズムが過ぎるんじゃないか?」
「ほっときなさいよ。私の勝手でしょう!?」
「そうだな。でも私がモデルじゃなくってよかったぜ。自分とやりあうなんてぞっとしないからな」
そう言いながら魔理沙はアリス人形の頬をペチペチと叩いた。
と、アリス人形の手がすっと持ち上がる。
「お?」
次の瞬間、その手がものすごい勢いで振り下ろされる。
「うわっ!!」
とっさに飛びのいたおかげで命中だけは免れたが、バランスを崩した魔理沙は床に尻餅をついていた。
「いい度胸だ。ちょうどいい退屈しのぎにはなりそうだぜ」
「ちょっと待ってよ」
「何だよ。いまさら止める気かい?もともと私とやり合わせるために作ったんじゃないのか?」
「それはそうなんだけど……私まだこの人形を動かしてないわ」
「は?そりゃどういう意味だよ」
「この人形の中枢部にはまだ命令を与えてないの……えっ!?」
突如人形は人間には到底真似のできない動きで飛び掛ってきた……魔理沙ではなく、アリスの方に。
「きゃあっ!!」
とっさに避けようとして足がもつれたアリスは床に無様に倒れこんだ。それが幸いしたのかアリス人形の腕はさっきまでアリスの頭があった位置をなぎ払う。
「やれやれ、親に手を上げるような悪い子供にはお仕置きが必要じゃないか?」
そう言って魔理沙はアリス人形に向けて魔力弾を放つ。が、それはいともあっさり人形に回避された。外れた魔力弾は工房の石の壁に小さな穴を開けた。
「ちょっと魔理沙、あんた私の工房を壊すつもり!?」
「ほぅ、人形のくせにやるじゃないか。まぁそうでないとやりがいがないかな?」
「人の話を聞きなさいよ!!」
アリスの抗議の声を聞き流しつつ、魔理沙は立て続けに魔力弾を連射する。その数7つ。だが、そのすべてをアリス人形はわずかな動きで回避する。
「……こいつはちと手こずるかもな」
「あのね、この人形は空気の流れを察知して自動的に回避行動を取るように設計してあるの。そんな攻撃何度撃ってもかわされるわよ」
「お前、何でそういう余計な機能を人形につけるかな……なら」
懐からスペルカードを取り出す魔理沙。
「ちょっと待ちなさいよ魔理沙!!あんたまさかここでスペルカードを使うつもり!?」
「ああ、これなら回避できないだろう?」
「馬鹿も休み休み言いなさいよ。そんなことしたらこの工房が壊れるじゃない!!」
「安心しな、マスタースパークだから半壊で済むぜ?」
「そういう問題じゃないっ!!ああもう、あんたに任せた私が馬鹿だったわ。『白亜の露西亜人形』!」
アリスがスペルカードを使用する。アリス人形の周囲に人形が召喚され、一斉に魔力弾を放つ。四方八方から放たれた魔力弾はこの工房内では回避できない……そのはずだった。
だがアリス人形はそれをまったく予備動作もなくジャンプして回避。そのまま天井を蹴って魔理沙に襲い掛かる。
「このっ!!」
上段から振りかぶる腕を箒でガッキと受け止める魔理沙。びきっ、という音と共に箒の柄に亀裂が入る。
「ああもう、これでこの箒は使えなくなったじゃないか。しかもこのままじゃ埒があかないし……とりあえずここはひとつ戦術的撤退といくか」
「それは単に逃げるって言うんじゃないの?」
「何なら玉砕覚悟で特攻するかい?」
「御免こうむるわ」
そういうと同時に二人は部屋の扉を開けて逃げ出し……もとい、戦略の再構築を始めるのだった。
「で、具体的な案はまとまった?」
工房の廊下を走りながらアリスは横を走る魔理沙に尋ねる。
「いや、全然だな。そういうお前さんこそどうなんだよ?」
「……思いつかないわ」
「使えない奴め……停止コードとか自爆装置とかないのか?」
「暴走することは考慮に入れてないからないわよ……次はつけておくわ」
「次があれば、な。ところで……」
魔理沙はちらり、と後ろを振り返って
「ターミネーターアリスとの距離がだんだん狭まってるぜ」
「そりゃあっちは疲れないから……で、そのターミネーターアリスってなんなのよ」
「気にするな。なんとなくそういうフレーズが浮かんだだけだ」
「……あんた余裕そうね」
「そう見えるか?」」
「見える」
「じゃそういうことにしといてくれ」
相変わらず軽口を叩く魔理沙。だがそこにはかすかに焦りの色が浮かんでいた。
それからしばらく無言で走り続ける二人。だがいいアイデアが浮かぶどころか、ターミネーターアリスとの差は徐々に縮まるばかり。
「……雨か」
不意に魔理沙がつぶやく。
「何よ、急に」
「いや、どうも外は雨みたいだな、と思ってな」
確かに雨音のようなものが聞こえる。しかも結構降っているようだ。
「それがどうしたって言うのよ。そんなことよりこの状況を……」
「何とかなるかもしれないぜ?」
魔理沙がニヤリ、と笑みを浮かべる。先ほど見せた焦りの色はもうない。いつもと変わらない余裕たっぷりの表情。
「どうするのよ?」
「あいつを外に出す」
「外に出してどうしようって言うのよ。そんなことしてもあいつが有利になるだけよ?」
「まぁ見てな」
そう言って魔理沙はラストスパートを掛けるマラソン選手のごとく一気に加速する。アリスもそれにつられて足を速める。
玄関の扉が見えた。距離はあと10m。5m。3m。1m。
「あっ!」
そこでアリスは何かに蹴つまづいた。前のめりに倒れこむアリス。
振り返ると今にもアリスを踏みつけようとするターミネーターアリスの姿。とっさにアリスは足を振り上げた。
それが幸いしたらしい。ターミネーターアリスはそれを回避しようとして……そのまま魔理沙が開け放った扉から外に飛び出していた。
「やっぱりな」
声のする方にアリスは目をやる。土砂降りの雨の中、魔理沙がターミネーターアリスを見つめていた。
「雨が降ってくれて助かったぜ」
ターミネーターアリスは雨の中でもがいていた。
……いや、正確には雨を「回避」しようとしていた。
「なに、あれ?」
「奴は空気の動きを読んで回避行動をする、そうだろ?」
「ええ」
「それが奴の仇となったんだよ。奴は雨を攻撃だと判断して回避しようとしている。もちろんこの雨じゃ全部を避けることは不可能だろ」
「それはそうね」
「で、工房で奴に触ったときに気づいたんだが、あいつの材質は木だ」
「だから?」
「木は水を吸って重くなる。お前さんが奴に服を着せていたおかげでさらに動きは鈍ってる」
魔理沙は懐からスペルカードを取り出した。
「今なら、避けれない……『マスタースパーク』!!」
魔理沙の手元から閃光が迸り、ターミネーターアリスを包み込んだ。
閃光が消えた後には……ターミネーターアリス「だったもの」が残っていた。
表面を覆っていたコーティングや服は焼け落ち、地肌の木が露出している。それも黒く焼け焦げ、ほとんど炭化していた。
右腕は肘から、左腕も手首からもげていた。それはすでに人形ではない。人型の炭の塊だった。
ターミネーターアリス「だったもの」はしばらくふらふらしていたが、やがてがっくり膝を着き、ぬかるむ地面に崩れ落ちた。
「終わった……の?」
呆然と呟くアリス。
「ああ、どうにかな……くちゅん!」
意外とかわいらしいくしゃみをする魔理沙。
「うう、土砂降りの雨に濡れて体が冷えちまったぜ」
「しょうがないわね、今すぐ風呂を沸かすわ」
「しょうがないっておまえなぁ……誰の所為でこうなったと思ってるんだ?本来なら子供の不始末は親が責任取るものだぜ?」
「わかってるわよ……その……ありがとう、魔理沙」
「……まぁ今日のところは大目に見てやるか。でも貸し1、な」
なんだかんだ言って魔理沙もほっとしている様子だった。
暖炉に火を入れ、着替えを用意し、魔法で温めたお湯を湯船に張る。
「やれやれ、魔理沙に一泡吹かせるどころか逆に助けられるなんて……」
厨房で温かいスープを作りながら、アリスはため息を漏らす。
「まぁ仕方ないか。今回ばかりは私の責任だし」
自分を納得させるように呟く。と、背後で扉の開く音。
「なに魔理沙、もう上がったの……」
振り向いたアリスは恐怖に顔を引きつらせた。行動不能だと思われたターミネーターアリスがそこに立っていた。
「まだ中枢部が生きてる?」
あわてて呪文を詠唱しようとしたが、間に合わない。飛び掛ってきたターミネーターアリスにいともたやすく押し倒されてしまった。
「魔理沙っ!!」
助けを求めて叫ぶが、どうやら魔理沙はまだ風呂から上がってないらしい。
折れた左手の切っ先がアリスを突き刺そうと力を込めてくる。アリスは死を覚悟した。
(何で、何でこうなったのかしら)
なぜかそんなことを冷静に考えてしまう。
その答えがなんなのかはわからない。だが、今やるべきことは別にある。
(本来なら子供の不始末は親が責任取るものだぜ?)
先ほどの魔理沙の言葉が脳裏をよぎる。
「わかってる……わかってるわよ」
自分が作り出したものの始末は自分でつけなくてはならない。なら……
「『首吊り蓬莱人形』!!」
スペルカードを発動させる。ターミネーターアリスの背後に人形が召喚され、魔力弾を打ち出す。もちろんターミネーターアリスも回避行動を取ろうとする。
「だめよ。悪い子にはお仕置きしなきゃね?」
アリスはターミネーターアリスの腕をしっかりと握り締めた。その所為でターミネーターアリスは逃げられない。そして……
魔力弾はターミネーターアリスの中枢部のある頭部を正確に打ち抜いた。
それと同時にターミネーターアリスの体から力が抜け、今度こそ完全に活動を停止したのだった。
あと最後、せっかく復活(じゃない)したのに少しあっけないかも…?