今日も概ね平和な幻想郷。いつもの様に霊夢が境内の掃除をしていると、これまたいつもの様に魔理沙が空からやって来た。
「今日も掃除か? ご苦労な事で」
「他にする事、あんまり無いのよねぇ」
「成る程」
当たり前の様に言葉を交わす。何でも無い、友人同士の会話。
「ところで霊夢。鳥居の所に…」
「…ええ、そうなんだけど…遂一時間ほど前から……どうしようかしら」
「声くらい掛けてやったらどうだ?」
「しょうがないわね…」
二人はやれやれといった様子で鳥居を見る。そこには、一つの人影。本人は隠れているつもりなのかもしれないが、服の裾が思いっきりはみ出ている。そして、その服は二人にも見覚えのある人物のものだった。
「…アリス」
「………で……その後……これを………見せ………………………………………うひゃあっ!?」
何かをぶつぶつと呟いていたその人物の後ろから、声を掛ける。その声に驚いた人物は、思い切り飛び上がった。
「おはよう、アリス」
「あ、あ、ああ………お、おおおはよう、れ、霊夢………」
「奇遇ね。散歩でもしていたの?」
「え、あ、あ、うん。さ、散歩よ、散歩。偶然ここまで来ちゃって~」
どう聞いても苦し紛れの言い訳にしか聞こえなかったが、それはこの際無視する事にした霊夢であった。
「よかったら、お茶でもどう?」
「え………う、うん!」
千切れんばかりの勢いで首を縦に振るアリス。そんな彼女を見て、霊夢は苦笑した。
「今日は、霊夢に見せたいものがあるの」
「? 何?」
縁側でお茶を三人で飲んでいた時、アリスがそう切り出した。恐らく、今日神社に来ていたのはその為であろう。
「これ、なんだけど」
そう言って、鞄から何かを取り出すアリス。そしてそれを、自分の膝の上に乗せる。
「どう、かな?」
「………これって………」
アリスの膝の上に乗っているもの。それは、能天気な顔をした霊夢―――いや、霊夢を模った人形だった。
「霊夢の人形よ。細かい所まで、ほら、きちんと作り込んであるわ」
アリスは霊夢に霊夢人形の隅から隅まで見せる。アリスの言う通り、それは精巧に作られていた。
「どう? 結構自信あるんだけど……」
「え……ええ。上手く、出来てるんじゃない?」
当の霊夢本人は、戸惑っていた。いきなり自分そっくりの人形を見せられたら、そう思うのも無理は無いのかもしれないが…
「本当!? 嬉しい……!」
そんな霊夢の様子などお構いなしに喜ぶアリス。更に、霊夢の横では魔理沙が体を折り曲げて震えている。時折漏れる声が、笑いを堪えている事を如実に表していた。
「ちょっと、何笑ってるのよ魔理沙」
「っくく……いや、霊夢の反応、予想通りだなと思ってさ………はははははっ………」
「『予想通り』って何? 魔理沙、まさかあなた最初から知ってたの?」
「んー、まあなっ……ははっ……」
中々笑いから抜け出せない魔理沙に、アリスが代わって説明した。
「れ、霊夢、あのね…魔理沙は、この人形を作るのを手伝ってくれたの……ほら、この子の髪の毛…霊夢のを、魔理沙が持って来てくれたのよ…」
「……そうだったの」
ようやく落ち着きを取り戻した霊夢が、納得した様に頷く。
「それにしても…」
「…何?」
「そ・う・い・う・の・を・作・る・時・は・ま・ず・本・人・に・了・解・を・得・て・か・ら・に・し・な・さ・い・っ・!」
「あ、痛! 痛たた! ご、ごめんなさいっ…!」
霊夢はアリスのこめかみをグーで両方から小突き始めた。それを見ていた魔理沙の笑いは、益々止まらなくなった。
「見れば見るほど、よく出来てるわね…」
改めて人形を見る霊夢。本人も唸る程の出来栄えは、人形師の面目躍如と言った所か。
「そりゃあ、私が全面協力したからな」
胸を張る魔理沙。
「それだけじゃないのよ、この子は」
「まだ何かあるの?」
「うん…………さ、起きて、レイムちゃん」
「…何? 『レイム』って…」
「この子の名前。ほら、ちょっと待ってて…」
「え……」
アリスに言われるまま、レイムを見る霊夢。すると…
ぴょこ!
「うわ!?」
縁側に置かれていたレイムが、突然立ち上がった。そのまま、トコトコと歩き出す。そして、魔理沙に近付いたかと思うと、
「ムソーフイーン!」
ぽこ!
「あ痛!」
右手に持った大麻(おおぬさ)で、魔理沙をぽこぽこと叩き始めた。
「ムソーフイーン! ムソーフイーン! ムソーフイーン!」
ぽこ! ぽこ! ぽこ!
「あ! レイムちゃん、止めなさい!」
アリスは慌ててレイムを持ち上げる。上下に振られる大麻が空しく宙を切る。
「なんだよアリス…ちゃんと自分の人形くらい躾けておけよ?」
「ごめんなさい…普段はこんな事する子じゃないんだけど…」
少しうな垂れるアリス。その手の中で、誇らしげに「ムソーフイーン!」と叫ぶレイム…
「いい子ね、その人形」
「…え?」
不意に語りかけてきた霊夢の言葉に、きょとんとするアリス。
「私の気持ちを、代弁してくれたみたいだし」
霊夢はそう言って、魔理沙をちらと見やる。少し非難の籠もった目で。
「なっ…あ、いや、悪かったよ…勝手にお前さんの髪の毛を持ち出したりしてさ」
「全くよ。いつの間に……」
「そりゃあ、床に落ちてるヤツとかを、コツコツと」
「…アリス、レイムを貸して」
「はい」
「ムソーフイーン!」
「痛!」
再び魔理沙を叩き始めるレイム。しかし、叩く方も叩かれる方も、自然と笑みが零れていた。
「…それじゃあ、そろそろ私帰らなきゃ…」
「あら、もうそんな時間?」
霊夢が空を見上げると、既に陽が傾き始めていた。あれからアリスとレイムで遊んでいたら、知らぬ間に時が過ぎていたようだ。
「今度は、もっと堂々と遊びに来なさい」
「うん…」
「そ・れ・と」
「?」
「ちゃんとレイムに教えなさいよ? 『ムソーフイーン』じゃなくて、『夢想封印』だからね?」
「う、うん…」
「よし」
にこりと笑い、レイムの頭に手を置く霊夢。すると、レイムは「ムソーフイーン!」と叫んだ。
「…言ってる側からこの子は…」
「ごっ、ごめんなさい…でも、レイムちゃんも喜んでるみたいだし…」
「…そ。ま、いいわ。元気でね、アリス」
「うん! 霊夢も元気で!」
満面の笑みを浮かべ、アリスは宙に浮いた。そのまま手を振りながら、神社から遠ざかっていく。
「今日はありがとう…! とっても楽しかったわ…!」
「ふふ…」
嬉しそうに叫ぶアリスに、霊夢も手を振って答える。暫くして、アリスは視界から見えなくなった。
「~~~♪ ~~♪ ~~~~~♪」
アリスは上機嫌で家へと戻った。鼻歌を歌いながら、玄関のドアを開ける。そのままいつもの様にリビングの棚に陳列されている、自慢の人形達―――アリスの魔力が込められた、戦いのパートナーにもなる―――に挨拶をする。
「ただいま皆! いい子にしてた?」
人形達一体一体、軽く頭を撫でてゆくアリス。人形達は、アリスに触れられる度、カタカタと音を鳴らす。まるで嬉しがっている様に。
「皆、今日もいい子にしてたみたいね。さて、ご飯にしましょうか、レイムちゃん?」
「ムソーフイーン!」
アリスの肩に乗せられたレイムが、手を振って答える。
その日のアリスは、終始ご機嫌だった。自分の作った人形が霊夢に認められた事が、何より嬉しかったのだ。
「こら! 何やってるの…!?」
それから半月程経ったある日、お風呂から出て来たアリスは、人形の一体がレイムに妖弾を浴びせている光景に出くわした。
ヒュンッ! ヒュンッ!
「ムソーフイーン!」
元々攻撃手段を持って作られていないレイムは、人形の発射する妖弾をかわすだけだった。それでも何発かはレイムの体を掠め、床に焦げ目を作る。
「やめなさいっ…!」
がし、と人形の頭を掴み、その体に魔力を流し込む。『バチッ!』と電流の様な衝撃が人形の体に走り、大人しくなる。
「全く…どうしたっていうの?」
アリスの質問に、人形は答えない。勿論喋って反論する訳ではないのだが、アリスには人形達の言わんとする事が大体分かる。それによると、答える気は無いらしい。
「…他の皆は? 何か知ってる?」
しかし、どの人形も一様に無言。アリスは溜め息を吐き、人形を棚に置くと、レイムを抱き上げた。
「可哀想に……今綺麗にしてあげるからね……」
「ムソーフイーン!」
アリスはレイムを抱え、人形を作る工房に向かった。
その後、アリスが居なくなり照明の落ちたリビングに、人形達の不気味なざわめきが闇を伝わっていった―――
「え―――」
また暫く経ったある日、アリスが買い物を済ませ家に帰ってくると、リビングの棚から一体残らず人形達が消えていた。残っていたのは、魔力を込めずに作った普通の人形達と、アリスが抱えているレイムのみ。
「皆、何処…!?」
呼んでみたものの、近くに気配は無い。
「………!!」
急いでアリスは家中をひっくり返す様に人形達を探したが、遂に見つかる事は無かった。
「何処、行ったの…?」
テーブルに手をつき、荒い息を吐きながら途方に暮れるアリス。しかし、彼女はまだ諦めてはいなかった。レイムを抱え、外へ飛び出す。中に居ないのならば、外。単純だが、今はその可能性に賭けるしかなかった。
夜の森の闇を抜け、虚空へと駆け抜け、月に照らされ光る、複数の影。
それぞれの光無き瞳が睨下するのは、人形師と紅白の人形の姿。
「―――皆―――」
夜空に踊る人形達を、呆然と見上げるアリス。人形達は不規則に飛び交い、ある種の意志をアリスに放っていた。
―――敵意。
「どうして………?」
これまで人形達に並々ならぬ愛情を注いできたアリスにとって、理解し難い現象であった。
「皆! こっちにいらっしゃい…! ほら、そんな所に居ないで……!」
普通、人形を繰る場合は制御魔法等を用いるなりして、製作者の思いのままに操る事が人形遣いの常套手段であった。しかし、アリスはその手の方法を用いていなかった。アリスにとって、人形は大切な友達、パートナーだったからだ。その友達を制御する事にアリスは抵抗を感じ、敢えて人形の自由意志に任せていた。今までは、それで良かった。アリスが人形を大切にすれば、人形もそれに応じて共に動き、戦ってくれる。
だが、今回はそれが仇となっていた。
「きゃあっ……!!」
ドドドドッ!!
人形達が放つ妖弾の雨に晒されるアリス。妖弾はアリスの服を掠め、地面に降り注ぐ。魔術書を持って来なかったのと、はなから人形達に攻撃されると思っていなかったアリスは、咄嗟に反撃する事が出来なかった。
「どうしてっ…! どうしてよっ……!?」
必死に声を張り上げて、人形達と会話しようとするアリス。しかし―――
グオッ……!!
「!!!」
複数の人形が纏めて放った妖弾が空中で融合し、大きな一つの弾となる。それが、落ちてきた。
ドオーーーーーーン………!!
「ああああああっ………!!」
「ムソーフイーン―――………!」
「!!」
着弾の衝撃で、アリスは思わずレイムから手を離してしまった。直後の爆風が、アリスを繁みへと、レイムを遥か遠くへと吹き飛ばした。
「レイムちゃんっ……!」
慌ててレイムが飛んでいった方向を見る。しかし、もうその姿は見えない。
「どうしよう…! レイムちゃ――――――っっっ!!?」
その時。
アリスの頭に流れ込んでくる、無数の人形達の声。声無きモノ達の叫び。
―――ドウシテ。
―――ドウシテ。アノコバカリ。
―――イラナイ。ワタシタチハ。イラナイ。
―――カナシイ。ヒドイ。ヒドイ。イラナイ。カナシイ。イラナイ。ヒドイ。イラナイ。カナシイ。ヒドイ。ドウシテ。ヒドイ。アノコバカリ。カナシイ。ヒドイ。ドウシ イラナ カナ テ イ シイ アノコ ワタシタチハ カナシイ バカリ イラナイ ヒドイカナ シイ ヒ ドイ イラ ナ イ ヒ ドイ アノコ バカリ ヒドイワタ シタチハ カナシイ アノコバカ リヒドイ イラナ イワタ シタ チ ハア ノコ ハ イラナ イ ドウシ テ ド ウ シテ イラナ イイ ラナイカ ナシイカナシイ ヒドイ ヒドイヒ ドイヒドイ ヒドイヒ ドイヒド イヒドイヒ ドイヒドイ ヒドイ ヒドイ ヒド イ ヒドイヒドイヒド―――――――――
「――――――うああああああああああああああああっっっっっ………………!!!」
酷い頭痛に頭を抱えて地面にくず折れるアリス。人形達の嘆き、慟哭が呪となり、アリスを苛む。負の感情がアリスを圧し潰し、その力で涙が止め処無く溢れてくる。
「っ……ごめんなさいっ………ごめんなさいっっ………!!」
しゃくり上げ、地面に突っ伏し、上空の人形達にひたすら懺悔の言葉を繰り返す。
レイムを作り上げた嬉しさに、アリスは他の人形達への関心が薄れていた。勿論全く無くなった訳ではないが、それでも以前よりは確実に人形達と触れ合う時間は少なくなっていた。
(一人で居る事…置いていかれる事の寂しさは、分かっていた筈なのに……!)
人形達に同じ思いをさせてしまった。後悔の念がアリスを包み、その場から動けなくしていた。そこに、雨の様な弾幕が降り注いだ。
「………?」
霊夢は、物音で目が覚めた。境内に何かが落ちてくる音。最初は、博麗神社の神気―――もしくは祟り神の毒気―――に当てられた弱小妖怪が落ちただけだろうと思っていたのだが、少しして、居間からごそごそと音が聞こえる。―――物盗り?
不審に思った霊夢はこっそりと起き上がり、行灯を手に取って、こっそりと居間へ向かった。
「誰っ!?」
そして、勢い良く居間へ通じる襖を開け放つ。
「ムソーフイーン!?」
「!?」
一瞬、互いの目が合い、時が止まった。そして、霊夢が動き始めた時には、既に何かをその手に掴んでいたレイムが凄い勢いで、夜の森へと駆けて行く後ろ姿が視界の端に見えただけだった。
「…何…?」
ともかくレイム荒らされた箪笥を調べる霊夢。
「この引き出し……」
箪笥自体は滅茶苦茶に荒らされていたが、取られていたのは、一つだけだった。それは―――
「…さて、直接アリスに聞き出す必要がありそうね…」
そう一人ごちて、霊夢は眠い目を擦りながらレイムを追っていった。
「あっ…ぐっ……あああっ……」
アリスは地面にうずくまりながら、人形達の攻撃を一身に受けていた。一つ一つの攻撃力は大した事はないものの、それが断続的に続けば大きなダメージになり得る。反撃しようとすれば出来ない訳ではなかったが、今のアリスにそんな気力は無かった。
いや、少しでも人形達の悲しみが癒せるのならば、いっそ甘んじて攻撃を受け続け―――
「ムソーフイーン!」
「!」
その声に、体が自然に反応した。繁みから飛び出してきた、レイム。右手をぶんぶんと振り上げ、大麻の紙垂(しで)を風になびかせる。顔を上げ、人形達に向かって叫ぶ。
「ムソーフイーン!」
その時、人形達の攻撃が止んだ。しかし、それは単に攻撃目標がシフトしただけの事。
ドガガガガガガッ!
「レイムちゃんっ…!」
「ムソーフイーン!」
レイムに容赦無く襲いかかる、妖弾の雨霰。しかも人形達は段々と距離を詰め、至近距離からの攻撃も行いだした。
「ムソーフイーン! ムソーフイーン!」
人形達の攻撃を、必死にかわすレイム。しかし、かわし切れずに被弾する。小さな体がその衝撃に跳ね、奇妙なダンスを踊る。
「止めてっ……! 皆、止めてよぉっ……!」
傷だらけになりながらも決して動く事を止めないレイムを、アリスはどうにかして助けたかった。そう思い人形達に訴えても、聞き入れてくれない。アリスの叫びは、闇夜にただ吸い込まれていった。
「ムソーフイーン!」
バキィッ!
嫌な音を立てて、レイムの片足が砕けた。バランスを崩し、地面に仰向けに倒れるレイム。その周囲に、次々と人形達が集まってくる。
「ムソーフイーン…!」
レイムはじたじたと両手をばたつかせるが、起き上がる事が出来ない。そうこうしている内に、集まった人形達はゆらゆらとレイムの周囲を漂い始めた。そしてすぐに攻撃をする事はしなかった。まるで、いつでもレイムを壊せるのだと言いたげに。
「ムソーフイーン…!」
「レイムちゃ……!」
がんっ!
「あうっ!?」
急いでレイムを助けようとしたアリスだったが、人形の体当たりを喰らって再び地面に倒れた。
「レ、レイムちゃ………」
手を伸ばすが、届かない。アリスの表情が、諦めに変わる―――その、直前。
「…ムソーフイーン…!」
「!」
レイムが、懐から何か紙切れを取り出し、天に掲げた。そしてそれは、アリスにも見覚えがあった。
「霊夢の、御札……!?」
それを見た人形達もざわめきだした。その御札から発せられる力を感じ取ったのだろうか、慌てて動き出し、そして―――
ドドドドドドドドドドオオオオッッッ!!
「――――――!!」
今までで、一番激しい攻撃。もし喰らったら、レイムは完全に破壊される―――
「いやあああああああっっ………!!」
「―――ムソーフイーン―――!!」
レイムが叫び―――
「夢・想・封・印っ!!」
ゴオオオオオオオオオッッ!!!
光が、弾けた。
無数の光球が人形達を包み、爆発する。逃げ惑う人形達に喰らい付き、集束し、破壊する。
光の、パレード。
終わった時には、動いている人形は一体も居なかった。
「これが『夢想封印』よ…レイム」
そう言って、森の奥から霊夢が現れた。手には、レイムと同じ御札を持っている。
「あ……霊、夢……?」
「アリス、大丈夫?」
霊夢はアリスの手を取って、起き上がらせる。しかし、アリスは状況が把握出来ない。
「…あのね、アリス。レイムがうちの神社から霊符を持ち出したのよ」
「え……」
「何に使うのかと思って付いて行ってみれば…まさかこんな事になっていたなんてね」
動かなくなった人形達を見る霊夢。その中でただ一つ、
「……ムソー……フイーン……」
「…! レイムちゃん……!」
立ち上がり、レイムの下へと駆け寄るアリス。壊さない様に慎重に抱き上げ、涙を流す。
「ごめんね…! レイムちゃん……! ごめんねぇっ……! 皆ぁっ……!!」
「…ムソー…フイーン…」
その様子を見ていた霊夢はアリスに近付き、レイムの髪を撫でる。
「…霊夢…」
「馬鹿ね……いくら私の髪の毛を使っているからって…あなたに御札が使える訳ないじゃない…」
「………っ」
「…でも、あなたはアリスを助けようとしたのよね?」
「…ムソーフイーン…」
「レイムちゃん……」
ぼろぼろのレイムの体に落ちる、涙の雫。すると―――
「ムソー……フイーン……」
ぽふ…ぽふ……
「あ―――」
レイムがゆっくりと腕を振り、唯一殆ど無傷だった大麻がアリスの頬を優しく撫でる。
それはまるで、アリスの涙を拭っている様で。
「レイム…ちゃん……」
「……ムソー……フイーン……」
また涙が止まらなくなった。
「………ムソー………フイーン………」
ぽろ……
大麻が、地面に落ちた。
「……アリス……」
「………………………」
動かなくなったレイムを抱き、アリスもまた動かない。
「………うん、くよくよするのはもう、お終い」
と、不意にアリスが顔を上げた。
「…アリス?」
「ねえ霊夢…人形供養…出来る?」
「えっ…ま、まあ…出来るけど…」
「そう…それじゃあ…皆の事、お願いしてもいい?」
そう言って、あちこちに散らばる人形達を集めるアリス。
「皆には…悲しい思いをさせちゃった…ごめんね…」
慈しむ様に、丁寧に拾い上げる。
「はい、霊夢…後は宜しくね…」
「あっ…アリス…」
霊夢に人形達を託すと、霊夢が止める間も無く、アリスの姿は夜の闇へと融けて消えていった。
「こんにちわ、霊夢」
「あ、アリス…」
二日後、アリスが神社を訪ねて来た。霊夢は何も言わず、アリスを招き入れた。
「はい、お茶」
「ありがとう」
縁側に座り、二人でお茶を飲む。しかし、喋る事も無く、沈黙が場を支配した。
「………皆は………」
「えっ?」
「皆は、ちゃんと供養してくれた…?」
「え、う、うん」
「そう、良かった…」
霊夢の言葉を聞き、微笑むアリス。しかし、どこか寂しげな笑み。
「ねえアリス……あなた、もう人形は……」
「…大丈夫。あんな事はあったけど…やっぱり私、人形が好きだもの…」
「そう、良かった…」
「でも……もう、霊夢の人形は作らないよ……」
とさっ…
「えっ…? アリス…?」
突然、アリスが霊夢の胸に顔をうずめてきた。
「………もう………あんな思いをするのは…たくさんだからっ………」
そう言いながら、肩を震わせるアリス。
「だからっ……ごめんなさいっ……霊夢……今だけは、このまま………!」
「アリス…」
霊夢は、アリスを優しく抱き寄せた。
「うう……うわああ………ああああああああああああああっ………………………!!!」
アリスの涙が霊夢の服を濡らす。それでも、霊夢はアリスが泣き止むまでその胸を貸した。
「ねえアリス…これ、あげる」
「え…これ…」
暫くして泣き止んだアリスに、霊夢はある物を差し出した。それは、レイムが持っていた大麻。
「これだけは、無事だったからね」
「うん…」
霊夢から大麻を受け取るアリス。
「ありがとう…霊夢…」
「レイムにも、お礼言わなきゃね」
「そうだね……ありがとう…レイム……」
大麻を指で摘みながら、くるくると回す。
風にはためく紙垂を、アリスは微笑みながら見つめるのだった。
私はあなたの書く文が大好きです。
言葉で言い表せない
ムソーフイーン……
せつないね。
画面が滲むな・・・
大麻っていうからあれかと思ったww
愛情を注いで作ったアリスには特に。
守ろうとしたレイムに感動しました!!
ムソーフイーン