Coolier - 新生・東方創想話

少女幻想 ~Necro Phantasista~ (1)

2004/01/08 04:57:37
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注意!
1:オリジナル設定、自分的解釈を含みます。ご注意ください。
2:先に拙作「ETERNAL TRIANGLE」を読む事をお勧めします。










春。桜が咲き乱れ、命が芽生える季節。
桜の樹のトンネルの中を二人の少女が歩いている。
一人は美しい白い毛皮を持つ狐を、一人は赤と青に輝く黒い蝶を連れていた。

「今年も見事に咲いたわね」
「ええ、今年は満開だわ」

二人は普通の人間。だが、真に普通の人間ではない。二人とも人知を超えた能力を持っているのだ。
例えば金髪の少女が連れている狐や桃色の髪の少女が連れている蝶・・・これも、そういう能力の一環だった。

「あんまり桜がきれいだから、彼の世の亡霊たちもはしゃいでるわ」

赤い蝶を撫でながら桃色の髪の少女が笑う。この蝶は、蝶のようであって本物の蝶ではない。
彼女が触れているのは肉体を放棄した生命・・・・・霊体なのだ。
普通の人には見えない霊体を見る事ができ、それを操る―――それが彼女、西行寺 幽々子の能力だった。


「なかなか楽しそうね・・・でも、この子も嬉しそうにしてるわ。白(パイ)、おいで!」

金髪の少女の声に応え、足元を歩いていた狐が少女の体を駆け上がり肩に停まる。
普通の人にはよく馴れたペットにしか見えないだろう。だが、これも『人知を超えた能力』なのだ。

「式にも季節の移り変わりが分かるの?」
「私は式に意志を持たせてるから。もっとも、この白は狐の姿しか取れないから会話はできないけど・・・」
「ヒト型の式を打てばいいのに・・・」
「そのうち考えてみるわ」

この白い狐も本物の狐ではない。限られた者だけが使役できる一種の鬼神、式神。
金髪の少女、八雲 紫は式神を使役する能力を持っているのだ。

この二人は、生まれながらこのような異能力を持ち合わせている。
そのため小さい頃から周りの人間から恐れられ、能力を隠さない限り誰もまともに接してくれない。
だが異能力を持つ二人は惹かれ合い、いつしか無二の親友となっていた。
この二人には自分たち以外に友達がいない。だが、それでも構わなかった。
上辺だけの『友達』を名乗る百人よりも本音を語り合える一人の方がいい・・・二人ともそう思っていたのだ。


「きれいな桜・・・いつまでもこんな春が続いてくれたらいいのにね」
「そうね・・・だけど、桜はその命を一瞬のうちに使い果たすから美しいのよ。中途半端にきれいな花をずっと咲かせるより、
 ほんのわずかな時間だけでも最高に美しく咲き乱れる・・・・・桜はそれを選んだんでしょうね」

幽々子が『命』という言葉を使うと妙な説得力を生む。
生きた『命』だけでなく死んだ後の『命』まで見る事ができてしまう能力・・・
命を、生と死を、永く見つめ続けてきた幽々子だからこそ持ち得る説得力だ。

「そうか・・・じゃあ満開の桜は来年までお預けね」
「来年はヒト型の式を期待してるわよ」


桜のトンネルの中で、二人は来年も、再来年も、ずっと同じ桜を見ようと誓いを立てた。



「そうだ紫、この後私の家に来・・・・・」

「ぁっ・・・・・・・」

幽々子の言葉をかき消すように強い風が吹いた。
桜の花びらも吹雪どころかブリザードのように吹き荒れ、視界が奪われる。
その中で、幽々子は紫の微かな悲鳴を耳にしていた。

「・・・紫!?」

何が起こったのか分からない。だが何かが起こっている。
幽々子は蝶を何匹も召還し、辺りにばら撒いた。

「紫を探して!」

たったこれだけの命令で、蝶の姿をした霊体はひらひらと彷徨いだす。幽々子自身も自分の目で紫を探す事を忘れない。

この桜のトンネルで、自分たち以外に歩いている者はいなかった。誰かが隠れていたとしてもその気配を全く感じないわけがない。
紫が悪戯でどこかに隠れているとしても、この世と彼の世を行き来できる霊体から逃れる事はできない。
・・・・・・つまり。
紫は誰かに攫われたわけでもなく、どこかに隠れたわけでもなく、この世でも彼の世でもない『どこか』に行ってしまったのだ。

だがそれでも幽々子は認めない。どこかに紫はいると信じ、ずっと探し続けた。
探し続けて探し続けて、足が棒のようになるまで。
泣き続けて泣き続けて、涙が涸れ果てるまで。

そして泣いて泣いて泣き腫らした末、幽々子はようやく悟った。
紫はこの世でも彼の世でもない、全く違う世界に入ってしまったのだと。
いわゆる『神隠し』にあってしまったのだと・・・










赤。黒。人の腕。目玉。それが、紫のいる世界の全てだった。
赤が毒々しくて目に悪い。
黒が赤の毒々しさを引き立てている。
どこからともなく無数の腕が何度も絡みつき、どこかへ引っ張っていこうとしている。
無数の目玉にじろじろ見られ、どの方向も見る事ができない。
だから、紫は体を丸めて目を閉じてじっと耐えるしかなかった。
息は続くようだからすぐに死ぬという事もないだろうが。

「ここ・・・・・どこなんだろう・・・・何があったんだろう・・・・?」

あの時、確かに幽々子と並んで歩いていた。
幽々子が何か話しかけてきた、と思った瞬間、『誰もいるはずのない』後ろから手を引っ張られた。
とっさに悲鳴を上げれば幽々子がそれに気付いたかも知れないが、あの時はパニックで息を飲む行動が先に出てしまった。
おまけに強い風が吹き荒れていたようで、叫んだとしてもその声が届いたかどうかは分からない。
だがもう済んだ事、ifはあくまでもifでしかない。ここがどこなのかを明らかにし、どうしたらいいかを考えなければならない。


ここは『この世』?
そうとは思えない。この世界にある物はたった4つだけ、世界というよりは空間だ。


ならば『彼の世』?
そうとも思えない。何故なら自分の体はまだ暖かい、死んだのなら体は冷たくなり透けて見えるだろうから。


ならば・・・ここはどこ?
この世でも彼の世でもない中途半端な世界。夜でも昼でもない閉ざされた空。生も死も分からない空間。
どちらともいえない、中途半端な境界線の上・・・・

境界?


「・・・そうだ!そういえば幽々子の黒死蝶、この世と彼の世を行き来できるんだった・・・私が突然いなくなったから探し回ってるはずよね・・・・
 でも黒死蝶が飛んでこないという事は・・・やっぱり・・・・・」

そう。ここは、境界。


「この世でも彼の世でもない・・・世界のすき間・・・そうか、やっぱり私・・・・・」

そう。これは、神隠し。



八雲 紫は、神隠しにあったのだ。










世界のすき間の中で、紫はあまりにも無力だった。
食べ物も飲み物もない。安心して眠るための布団もベッドもない。孤独を紛らわす事ができるモノもない。
孤独を紛らわすため式神『白』を何度も呼ぼうとしたが、ことごとく失敗に終わった。
二つの世を行き来する黒死蝶ですら入って来れない領域である、普通の式神など入って来れるはずがない。
思い切り叫べばもしかしたら誰かが気付くかも知れない・・・と安直に思い、まるで狂ったように叫び続けてもみた。
普段出さないような金切り声。喉の奥から搾り出す、声というよりは空気の振動。死に物狂いで助けを呼ぶ。
狂ったように叫び続け、叫び続けているうちに本当に気が狂いそうになってきたので途中でやめたが、それでも何も起こらなかった。

ここはどこなのかは何となくだが分かった。だがどうしたらいいかが分からない。
逃げ出したくてもその方法が思いつかない。だからと言ってこの空間で生き延びる事など不可能だろう。
結局のところ、今の彼女にできるのはただじっとしている事だけだった。


「お腹・・・空いた・・・・・・・」


紫の口数はかなり少なくなってきている。ここに来てどれくらい時間が経つだろうか。
夜も昼も来ない世界。時計もなく、時間の感覚などとっくに消し飛んでいるが、
口数が少なくなるまで飲まず食わずでいるという事は少なくとも三日は経っているだろう。
意識もなくなりかけているなら一週間程度経っているかも知れない。

「幽々子・・・・・白・・・・・助けて・・・・・・」

朦朧とする意識の中で呟くのは『お腹空いた』とこの『助けて』ばかり、しかしその声は決して誰にも届かない。
そんな事は分かっている。だが、それでも可能性があるなら信じたかった。誰かの助けが来る事を、ここから生きて出る事を・・・


「嫌だよ・・・こんな所で死ぬなんて・・・・こんな形で死ぬなんて・・・・・・幽々子・・・・・」

生と死を見つめ続けてきた幽々子と接しているうちに、紫も生と死に興味を持ち始めていた。
生とは何か?死とは何か?死の先にあるものは何か?何をもって生と死を分かつのか?

だが、何の前触れもなく死を迎えるのは嫌だ。やり残した事がこの世に山ほどある。

幽々子とはもっと永く一緒にいたかった。あの桜を毎年見たかった。
白ともずっと一緒にいたかった。ヒト型の式を打ってもう一人分賑やかに過ごしたかった。
他にも、やりたい事はいくらでもある。それこそ数え切れないほどに。
だからこそ、こんな所で死ぬのは嫌なのだ。紫は涙を流し、しかし声を上げることなくすすり泣きしていた。
その涙はこの世の全てへの未練、幽々子とは二度と会えないだろうという絶望、何もできない自分への怒り。

そして、死への恐怖だった。



ガシリ。

―――また、腕が生えてきた。私の腕を、脚を掴んでいる。振り払うだけの力は残っていない。



ガシリ。

―――胸を抱えられた。腹を抱えられた。首根っこを掴まれた。もう逃げられない。



ズ、ズ、ズ・・・・・・

―――後ろにゆっくり引っ張られていく。どこへ連れて行くのだろう?



トプン・・・

―――手が『何か』の中に入った。粘っこい水?生暖かい空気?分からない。
―――でも関係ない。どうせ逃げられないし、もう私は永くないだろうし。



ズ、ズ、ズ・・・

―――背中も『何か』の中に入った。続いて脚、頭も。
―――息苦しさはない。ならここは水の中じゃない、じゃあ、どこ?



ゴボン・・・

―――体が完全に『何か』に飲み込まれた。もしかして、食べられる?
―――やめて。こんな死にかけの人間なんて、食べても美味しくないよ・・・



痛くも、痒くも、怖くも、悲しくもない。そのかわり、嬉しくも、楽しくもない。
あるのは体が沈み行く感覚、黒く染まる視界、薄れ行く意識。


―――そうか、私、もう死ぬんだ。

―――三途の川も、お花畑も、本当はないのね。さっきから何も見えないし。

―――幽々子、ごめんね。死んで幽霊になったら会いに行くから。

―――白、こんな主人だけど許してね。あなたにも絶対会いに行くわ。


―――本当に、本当に・・・・・・



―――本当に、ごめんね。そして・・・・・・




―――さよなら・・・・・・・・・・

























見渡す限りの石段。乱れ咲きの桜。ふらふらと漂う蝶。
久しぶりに見る、景色らしい景色。
問題があるとするなら、ここがどこか分からない事。自分が死んだのかが分からない事。

蝶の色合いには見覚えがある。
アゲハチョウのような黒い体、ぼんやりと輝く赤と青の光。
触れればたちまちの内に散ってしまいそうな、しかしだからこそ美しい、儚げな光。

そう、これは黒死蝶。


「・・・・ここは・・・・・・」

黒死蝶がいるということは、ここは少なくとも世界のすき間ではない。
だが、そこに幽々子がいない限り『この世』で黒死蝶を見る事は絶対にない。

おそらく、ここは『彼の世』。


「・・・・・死んじゃったのかな、私」


世界のすき間で『何か』に飲み込まれた時、全ての感情が消えていく感じがした。
眠気にも近い感じ・・・これが『死ぬ』という事なんだとその時感じた。

では、自分は本当に死んだのだろうか?
体は軽く、頭もスッキリしている。まるで思い切り眠った後の朝のように。
少し前まであれほど辛い思いをして涙を流していたのが嘘のようだ。


「死んじゃったから身も心もきれいになった、って事かな・・・?」

―――違う。まだ生きている。


「生きてる・・・?死にかけてたのに、生き返ったの?」

―――生と死の境界を潜り抜け、ここは『彼の世』の一歩手前。


「『彼の世』の一歩手前・・・やっぱり死にかけてるんじゃない」

―――もう一歩、人間と妖怪の境界を越えていかなければ、ここから出る事はできない。


「・・・そうか。私、まだ人間なんだ・・・・・・」

―――だが、その境はきわめて曖昧。境は簡単に越えられる。


「私に妖怪になれ、と?」

―――その通り。生きたいのなら。



紫はずっと独り言を呟いていた。
だが彼女には聞こえている。彼女にだけ聞こえる声と話をしている。
その声の主が何者なのかは詮索しないし、彼女自身全く驚いていない。
まるで、ずっと昔からその声が聞こえていたかのように、その声を全て受け入れていた。
事情を知らない他者がこれを見れば危険な少女にしか見えないだろうが、これでも紫なりに必死なのだ。


「人として死ぬか妖怪として生きるか・・・・・・どうしたものかしら」

死は消滅ではない、と紫は考える。
今まで蝶の姿をした魂をいくつも見てきたし、例えば怨念という形で心が力を遺していく例も知っている。
自分が死んでも魂は残るだろうし、その反面空虚な生を送る例もあるという事も知っている。
だが、それでも生とは確かな『存在』であり、死は消滅ではないという彼女の持論は確かなものではない。
そしてもう一つ、どの姿で幽々子に会いに行くのか。『人の魂』として行くべきか、『ヒトの姿をした妖怪』として行くべきか。
これが彼女を悩ませている原因だった。



「・・・・辛いわね・・・・・・」

辛い決断だった。究極の二択とはこういう事を指すのかも知れない。
だが、紫の決心は固まっていた。妖怪として生きて行こう、と。
死にたくないから生きるのではない。幽々子には蝶の形をした魂ではなく『八雲 紫』の姿を見てほしいから。
彼女が死ぬまで、今の姿をずっと見ていてほしいから。
彼女が死ぬまで、彼女の姿をずっと見ていたいから。


誰から習ったわけでもないのに自然と手が伸び、前に掌をかざす。そして念じる。


「世界よ、開け・・・・・・」

―――世界よ、開け。


「全ての境を、我が手に・・・・・・」

―――全ての境を、我が手に。


「全ての生を、幻想に・・・」

―――全ての生を、幻想に。


「全ての死に、幻想を・・・・・・」

―――全ての死に、幻想を。


「我が全ては・・・結界に・・・・・・・・・」

―――我が全ては、結界に。




紫を飲み込んだ世界のすき間が、再び彼女の目の前に姿を現した。



罔両『八雲 紫の神隠し』

結界『生と死の境界』

『人間と妖怪の境界』
「ETERNAL TRIANGLE」の例の部分をピックアップしたモノです。
あっちの話では弾幕結界までキッチリやってるので、こっちもそのつもりで考えてます。

オリジナル設定とか自分的解釈とか、これからも出そうですがご容赦ください。
とりあえず紫は「式を打つ程度の能力を持つ人間」だったと自分的解釈。
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コメント



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1.30マグ削除
こういう世界観もアリだと思います。ZUN氏が描く幻想郷とは違った幻想郷にこれからも期待。
4.80珠笠削除
…鳥肌が立ちました。