その日、博麗霊夢は布団から起きあがれずにいた。
体がだるく、頭がぼぅっとする。手足を動かすことが億劫に感じ、呼吸も荒い。吐く息も、どことなく熱を帯びているように思える。
「うー」
気付けのためにと半身を起こして軽く頭を振ってみると、却って気が遠くなるような痛みが脳に響き渡った。
肩や首筋が外気にさらされ寒気を感じる。火照る体とは正反対に、ぞくぞくとするのがまた気色悪い。
「だーめだ。風邪ひいたー」
霊夢はそうつぶやくと起きあがることを放棄して、また布団の中に体を仕舞いこんだ。
「おーい霊夢、居ないのかー?」
霧雨魔理沙は住居の入り口から顔を覗かせ声をかけてみた。いつもなら境内で掃き掃除をしている巫女の姿が今日は見えなかったため、住居のほうを覗きに来たというわけである。
掛けた声に対しての反応は無い。が、しかし誰かが中に居るような居ないような気配はある。
「ここは一つ、入ってみるしかないぜ」
勝手知ったる人の家。邪魔するぜ、と声を掛けた魔理沙は、とりあえず霊夢の寝室へ向かってみることとした。
「れーいむー ホントにいないのか……っておい大丈夫か霊夢」
「あー まーりさー 丁度よかったそこのちり紙取って頂戴」
寝室で魔理沙が発見したのは、真っ赤な顔と潤んだ瞳でこちらを見ながら、布団から手を出して鼻声でちり紙を所望する巫女の姿だった。
「風邪か……」
「風邪ねー」
ちり紙を渡しながら、魔理沙は床についている霊夢を見やった。普段とは違った、熱にうかされてぼぅっとしている状態。吐く息も熱を帯びて、病人特有の不健康な甘い香りが辺りに漂う気がした。
「存外と酷そうな風邪だぜ。起きあがるのも無理か」
「そうねー まぁ寝ていれば治るわよ」
「とてもそうは見えないぜ」
手渡したちり紙で鼻を拭い、また布団に潜り込みながら返事する霊夢の横で、魔理沙は一寸思案し、次の言葉を発した。
心なしかうれしそうなのはおいといて。頬が一寸上気しているのもおいといて。どういうわけか口元がにやりとしているのはおいといて。
「ここは一つ、看病するしかないぜ」
「まずは着替えないといけないぜ。寝汗は体によくないぜ」
手桶に、ぬるま湯と手拭いを用意してきた魔理沙が云う。
「うー だるぃなぁ。まぁいいわ。ありがと。着替えるから一寸出て行ってくれる?」
「いやいやいやいや病人が余計な体力を使うことはないぜ」
にじり。
「いやだからそんな嬉しそうに手桶持ってこちらに来られてもって真逆!」
「ささささぁこの魔理沙ちゃんに全てを! 全てをゆだねるといいぜ!」
すぱこーん!
「……心遣い、感謝するわ。手桶を置いてさっさと出てって頂戴」
病床の身なれど博麗の符力は衰えてないぜ。流石だぜ。自分の頭に刺さった博麗の符の存在を感じながら、魔理沙は仰向けに倒れた。
「さてお次は、栄養を採らないといけないぜ!」
台所でエプロンを付けて張り切る魔理沙。
「まりさー 料理の腕……は兎も角として、ウチの調理用具の使い方って分かるの?」
博麗神社の台所は勿論和風。釜戸に薪をくべて米を炊く。料理云々以前に、西洋魔女である魔理沙がその使い方を知っているかのほうが疑問であった。
「大丈夫。知識としては識ってるぜ。魔法使い魔理沙ちゃんを甘くみるんじゃないぜ」
「ならいいけど……」
「最悪、薪と壷さえあればなんとかなるぜ。ぐるぐるかき混ぜるぜ」
「いやそれなんか違うし」
「とにかく、病人はおとなしく寝てるといいぜ。出来上がりをお楽しみにしてるといいぜ」
一抹の不安を抱えつつも霊夢は布団に戻り、台所の様子を少しでも知ろうと聞き耳を立てていた。
さてと、まずはこれを……
うぁ 逃げるな待て!
ごりごりごりごり
あーあ
…………
……
ぐしゃっ!
どぉん
マスタースパーク!
「ますたーすぱーくっ!?」
物騒を通り越した物音に慌てて霊夢が体を起こしたとき、出来たぜー、と丁度魔理沙が顔を覗かせた。
見ると手には、出来たての粥が一膳用意されている。
「とりあえず一寸やわからめに、海苔や梅は適当に使わせてもらったぜ。魔理沙ちゃん特性梅粥を召し上がってほしいぜ」
……そこにあったのは、至極普通な粥であった。真っ白な粥の真ん中にちょこんと乗せられた梅肉が食欲をそそる。体がだるくて食欲もなく、朝から何も口にしていなかった霊夢だったが、思い出したかのように空腹を感じた。
「ありがとう……頂くわ魔理沙」
でも、マスタースパークって。
それは知らぬが華、だぜ。
額から一筋の汗を垂らしながら、魔理沙はそっぽを向いてそう答えたのだった。
「ふぅ。随分と調子が良くなってきたわ」
食後のお茶を啜りながら、半身を起こした霊夢はそうつぶやいた。魔理沙の作ってくれた粥は課程は兎も角、味の方は至極上等。一口毎に作ったものの心がこもっているのが分かる、良い料理だった。食べ終わるのを見計らって摺り下ろした林檎を持ってきてくれたのもポイントが高い。
病気のときは、とかく食欲がわかないものであるが、食べなければ元気になれない。一人きりで居たのであれば食事の用意をすることも億劫であったであろうから、ここは魔理沙に感謝である。
「ご馳走様、魔理沙」
そう霊夢はにっこりと微笑んだ。
「お粗末様、だぜ。作った甲斐があったってもんだぜ」
その笑顔だけでな、とは口に出さない魔理沙。さて、と用を成し終わった食膳を台所に持って行く。
「んー、そろそろ起きあがれそうね。今日はお勤めを休んじゃったから、今から少しでもやっておこうかな……」
「駄目だぜ。風邪は治りかけが肝心だぜ。とりあえず熱を測ってみることにするぜ」
部屋に戻ってきた魔理沙は、食膳の代わりに小さく細長い、硝子製の棒状のものを持っていた。見ると所々に目盛りが入っている。
「もう熱も引いてると思うんだけどなぁ」
自分では大丈夫だと思っていても、実際は大丈夫どころではないことが多々ある。体温計はその点について嘘を吐かないため、ある意味霊夢は苦手だった。
それは、大丈夫だと思いこみたいだけだぜ。とお見通しの魔理沙。手にした体温計を軽く振り、熱を測る準備をしている。
「さて、測るぜ。えーと体温の測り方は確かお尻に」
「いや違うそれ違う」
「ちちち違わないぜ? 直腸のほうが正確に体温を測ることができるんだぜ? 三~五センチほど挿入して三分程度が適当だぜ? よし理論武装は完璧だ」
にじり。
「どこがよ! というかだからどうして嬉しそうなのよ! あとその手つきは何!?」
思わず、布団をたぐりよせて胸元を隠してしまう霊夢。
「ささささぁこの魔理沙ちゃんに全てを! 全てを
すぱこーん!
「……自分で測ります」
博麗の符が頭に刺さってまた仰向けに倒れる魔理沙から体温計をさっさと奪い取ると、口にくわえて霊夢は布団に潜り込んだ。
後日。
「いやー、風邪って人に移すと治るって本当かもね」
「うー」
魔法の森にあるこじんまりとした小屋。すっかり元気になった霊夢と、対照的に赤ら顔でうなりながらベッドに伏せる魔理沙が居た。
「まぁ何はともあれ元気になれたのも魔理沙のお陰だし、今日は私が看病してあげるわよ」
「うー」
「とりあえず着替えなきゃねー ほら手拭いは何処?」
「うー」
「病人食も作ってあげるわ。大丈夫料理は出来る方だからたぶん」
「うー」
「あぁ、熱も測らないとねー 体温計体温計。しっかり正確に測らないとねー」
「さ……」
あーこれはあのときの魔理沙の気持ち一寸だけわかるかも、と普段の二割五分増し程度にやっぱり妙に嬉しそうな霊夢に向かい、魔理沙は声を掛けた。
「ん、どうしたの魔理沙」
「最近……こういうプレイも、あり?」
すぱこーん
とりあえずこの符は照れ隠しと受け取っておくぜ、と訳の分からない勝手解釈をしながら意識が薄れていく魔理沙は、馬鹿なこと云っていないで今日は一日ついていてあげるから、という霊夢の言葉だけで幸せいっぱいだったりした。
体がだるく、頭がぼぅっとする。手足を動かすことが億劫に感じ、呼吸も荒い。吐く息も、どことなく熱を帯びているように思える。
「うー」
気付けのためにと半身を起こして軽く頭を振ってみると、却って気が遠くなるような痛みが脳に響き渡った。
肩や首筋が外気にさらされ寒気を感じる。火照る体とは正反対に、ぞくぞくとするのがまた気色悪い。
「だーめだ。風邪ひいたー」
霊夢はそうつぶやくと起きあがることを放棄して、また布団の中に体を仕舞いこんだ。
「おーい霊夢、居ないのかー?」
霧雨魔理沙は住居の入り口から顔を覗かせ声をかけてみた。いつもなら境内で掃き掃除をしている巫女の姿が今日は見えなかったため、住居のほうを覗きに来たというわけである。
掛けた声に対しての反応は無い。が、しかし誰かが中に居るような居ないような気配はある。
「ここは一つ、入ってみるしかないぜ」
勝手知ったる人の家。邪魔するぜ、と声を掛けた魔理沙は、とりあえず霊夢の寝室へ向かってみることとした。
「れーいむー ホントにいないのか……っておい大丈夫か霊夢」
「あー まーりさー 丁度よかったそこのちり紙取って頂戴」
寝室で魔理沙が発見したのは、真っ赤な顔と潤んだ瞳でこちらを見ながら、布団から手を出して鼻声でちり紙を所望する巫女の姿だった。
「風邪か……」
「風邪ねー」
ちり紙を渡しながら、魔理沙は床についている霊夢を見やった。普段とは違った、熱にうかされてぼぅっとしている状態。吐く息も熱を帯びて、病人特有の不健康な甘い香りが辺りに漂う気がした。
「存外と酷そうな風邪だぜ。起きあがるのも無理か」
「そうねー まぁ寝ていれば治るわよ」
「とてもそうは見えないぜ」
手渡したちり紙で鼻を拭い、また布団に潜り込みながら返事する霊夢の横で、魔理沙は一寸思案し、次の言葉を発した。
心なしかうれしそうなのはおいといて。頬が一寸上気しているのもおいといて。どういうわけか口元がにやりとしているのはおいといて。
「ここは一つ、看病するしかないぜ」
「まずは着替えないといけないぜ。寝汗は体によくないぜ」
手桶に、ぬるま湯と手拭いを用意してきた魔理沙が云う。
「うー だるぃなぁ。まぁいいわ。ありがと。着替えるから一寸出て行ってくれる?」
「いやいやいやいや病人が余計な体力を使うことはないぜ」
にじり。
「いやだからそんな嬉しそうに手桶持ってこちらに来られてもって真逆!」
「ささささぁこの魔理沙ちゃんに全てを! 全てをゆだねるといいぜ!」
すぱこーん!
「……心遣い、感謝するわ。手桶を置いてさっさと出てって頂戴」
病床の身なれど博麗の符力は衰えてないぜ。流石だぜ。自分の頭に刺さった博麗の符の存在を感じながら、魔理沙は仰向けに倒れた。
「さてお次は、栄養を採らないといけないぜ!」
台所でエプロンを付けて張り切る魔理沙。
「まりさー 料理の腕……は兎も角として、ウチの調理用具の使い方って分かるの?」
博麗神社の台所は勿論和風。釜戸に薪をくべて米を炊く。料理云々以前に、西洋魔女である魔理沙がその使い方を知っているかのほうが疑問であった。
「大丈夫。知識としては識ってるぜ。魔法使い魔理沙ちゃんを甘くみるんじゃないぜ」
「ならいいけど……」
「最悪、薪と壷さえあればなんとかなるぜ。ぐるぐるかき混ぜるぜ」
「いやそれなんか違うし」
「とにかく、病人はおとなしく寝てるといいぜ。出来上がりをお楽しみにしてるといいぜ」
一抹の不安を抱えつつも霊夢は布団に戻り、台所の様子を少しでも知ろうと聞き耳を立てていた。
さてと、まずはこれを……
うぁ 逃げるな待て!
ごりごりごりごり
あーあ
…………
……
ぐしゃっ!
どぉん
マスタースパーク!
「ますたーすぱーくっ!?」
物騒を通り越した物音に慌てて霊夢が体を起こしたとき、出来たぜー、と丁度魔理沙が顔を覗かせた。
見ると手には、出来たての粥が一膳用意されている。
「とりあえず一寸やわからめに、海苔や梅は適当に使わせてもらったぜ。魔理沙ちゃん特性梅粥を召し上がってほしいぜ」
……そこにあったのは、至極普通な粥であった。真っ白な粥の真ん中にちょこんと乗せられた梅肉が食欲をそそる。体がだるくて食欲もなく、朝から何も口にしていなかった霊夢だったが、思い出したかのように空腹を感じた。
「ありがとう……頂くわ魔理沙」
でも、マスタースパークって。
それは知らぬが華、だぜ。
額から一筋の汗を垂らしながら、魔理沙はそっぽを向いてそう答えたのだった。
「ふぅ。随分と調子が良くなってきたわ」
食後のお茶を啜りながら、半身を起こした霊夢はそうつぶやいた。魔理沙の作ってくれた粥は課程は兎も角、味の方は至極上等。一口毎に作ったものの心がこもっているのが分かる、良い料理だった。食べ終わるのを見計らって摺り下ろした林檎を持ってきてくれたのもポイントが高い。
病気のときは、とかく食欲がわかないものであるが、食べなければ元気になれない。一人きりで居たのであれば食事の用意をすることも億劫であったであろうから、ここは魔理沙に感謝である。
「ご馳走様、魔理沙」
そう霊夢はにっこりと微笑んだ。
「お粗末様、だぜ。作った甲斐があったってもんだぜ」
その笑顔だけでな、とは口に出さない魔理沙。さて、と用を成し終わった食膳を台所に持って行く。
「んー、そろそろ起きあがれそうね。今日はお勤めを休んじゃったから、今から少しでもやっておこうかな……」
「駄目だぜ。風邪は治りかけが肝心だぜ。とりあえず熱を測ってみることにするぜ」
部屋に戻ってきた魔理沙は、食膳の代わりに小さく細長い、硝子製の棒状のものを持っていた。見ると所々に目盛りが入っている。
「もう熱も引いてると思うんだけどなぁ」
自分では大丈夫だと思っていても、実際は大丈夫どころではないことが多々ある。体温計はその点について嘘を吐かないため、ある意味霊夢は苦手だった。
それは、大丈夫だと思いこみたいだけだぜ。とお見通しの魔理沙。手にした体温計を軽く振り、熱を測る準備をしている。
「さて、測るぜ。えーと体温の測り方は確かお尻に」
「いや違うそれ違う」
「ちちち違わないぜ? 直腸のほうが正確に体温を測ることができるんだぜ? 三~五センチほど挿入して三分程度が適当だぜ? よし理論武装は完璧だ」
にじり。
「どこがよ! というかだからどうして嬉しそうなのよ! あとその手つきは何!?」
思わず、布団をたぐりよせて胸元を隠してしまう霊夢。
「ささささぁこの魔理沙ちゃんに全てを! 全てを
すぱこーん!
「……自分で測ります」
博麗の符が頭に刺さってまた仰向けに倒れる魔理沙から体温計をさっさと奪い取ると、口にくわえて霊夢は布団に潜り込んだ。
後日。
「いやー、風邪って人に移すと治るって本当かもね」
「うー」
魔法の森にあるこじんまりとした小屋。すっかり元気になった霊夢と、対照的に赤ら顔でうなりながらベッドに伏せる魔理沙が居た。
「まぁ何はともあれ元気になれたのも魔理沙のお陰だし、今日は私が看病してあげるわよ」
「うー」
「とりあえず着替えなきゃねー ほら手拭いは何処?」
「うー」
「病人食も作ってあげるわ。大丈夫料理は出来る方だからたぶん」
「うー」
「あぁ、熱も測らないとねー 体温計体温計。しっかり正確に測らないとねー」
「さ……」
あーこれはあのときの魔理沙の気持ち一寸だけわかるかも、と普段の二割五分増し程度にやっぱり妙に嬉しそうな霊夢に向かい、魔理沙は声を掛けた。
「ん、どうしたの魔理沙」
「最近……こういうプレイも、あり?」
すぱこーん
とりあえずこの符は照れ隠しと受け取っておくぜ、と訳の分からない勝手解釈をしながら意識が薄れていく魔理沙は、馬鹿なこと云っていないで今日は一日ついていてあげるから、という霊夢の言葉だけで幸せいっぱいだったりした。