第1楽章:瀟洒な従者のプレリュード
「ごほ、ごほっ、けほっ」
その日、パチュリーは風邪をひいた。
基本的に虚弱体質な上に、夜更かしで体力が落ちきっていたのだろう。いともあっさり風邪をひいたあげく、おまけにこじらせてしまった。おかげで治癒魔法すら使う事もできない。
とりあえず咲夜が早く気付いて(無理やり)寝かせたため、大事には至ってないのだが。
「え~っと、悪性の風邪も一発で治す治療薬の作り方は、って、ちょっと!」
「何をやっておられるんですかパチュリー様。安静にしてなくては治りませんよ」
ベッドの上でいつも持っている本を開いて薬の作り方を調べようとしたパチュリーだったが、ページを開くより速く横から咲夜に取り上げられた。
「そもそも風邪に特効薬はありません。とりあえず安静にして、体力の回復を待つのが一番の治療法なんですから」
「そんなこと言われなくてもわかってるわ」
「本当にわかっていらっしゃいますか?」
疑いに満ちた目で見る咲夜に、パチュリーもジト目で見返す。
「わかっておられるのならよろしいんです」
内心、子供かあんたは、とか思いつつも、まぁ事を荒立てないように口には出さず、咲夜は引き下がる。
「……でも本がないと心細いわ」
布団で半分顔を隠し、怯えた子供のような不安げな表情で咲夜の方を見るパチュリー。
「大丈夫ですよ。本はなくても退屈はしませんよ、きっと」
「なによそれ、何か心当たりでもあるの」
「いいえ、予感です」
くすり、と笑みを浮かべる咲夜。もっとも、表情は「予感ではなく確信です」と語っていたが。
第2楽章:赤い月のパヴァーヌ
「パチェ、具合はどうかしら?」
咲夜と入れ替わりにレミリアが入ってきた。
「こほっ、あんまり芳しいはとは言えないわ」
少し辛そうな表情で答えるパチュリー。
「パチェは体が強くないんだから、もっと体調管理に気を使わないと」
「そうね、せめてレミィくらい強ければ考えずに済むのに」
「何言ってるの。私だって病弱っ娘よ?」
そう言って二人でくすくす笑う。
「なんだ、まだ笑えるくらいの元気はあるのね」
「それくらいはできるわ。それに、親友の前でむすっとしてるのもあれでしょう?」
「そんな気は使わなくてもいいの。親友の前なら普通にしてなさいよ」
「まったくもってごもっとも。そんな事もわからなくなってるなんて、熱で頭が回ってないのかしら、私」
「かなりひどいみたいね。湖の氷精でもつれてこようかしら?」
「それはいい考えかも」
そう言ってまた二人でくすくすと笑う。
「ああ、安心した。パチュが風邪こじらせた、と咲夜から聞いた時は、ひょっとしたら喪服がいるんじゃないかって本気で心配したけど、この分ならすぐよくなるわね」
「何を心配してるのよ。でもまぁ、心配してくれたのは嬉しい」
「うれしいからってあんまり世話かけさせないでよ……ふぁあ」
レミリアが小さなあくびをこぼした。
「安心したら眠くなったわ。私はそろそろ寝るわね」
「何、朝早くに帰ってきたとは聞いたけど、ひょっとして昨日から寝てないとか?」
「まぁ、ね。それじゃ、お休み、パチェ」
「お休み、レミィ」
第3楽章:門番と氷精のコンチェルト
「パチュリー様、失礼します」
レミリアがパチュリーの部屋を去ってから1時間ほどして、門番の紅美鈴が入ってきた。
「馬鹿、離せってば!!この誘拐犯!!」
……訂正。正確には門番の紅美鈴がバタバタ暴れる氷精のチルノを担いで入ってきた、だ。
「……なにそれ?」
「はぁ、お嬢様が『湖の氷精を捕まえてパチュリーのところへつれて行って』とおっしゃったのですけど」
「はぁ?何よ、レミィのあれって本気で言ってたの?」
パチュリーは頭を抱える。
「ああもう、そんなことはどうだっていいから帰らせてよ!」
ムキー、とばかりにさらに暴れるチルノ。
「……帰ってもらったら?」
「……そうですね。でも、せっかく来てもらったんだし」
「来たくて来たんじゃないわよっ!!」
ギヤーギャーわめきちらすチルノには取り合わず、美鈴はパチュリーの額にタオルをのせる。そしてチルノの手を引っ掴み、タオルの上から当てた。
「あ、冷たい……」
ひんやりとした感触はパチュリーの熱でほてった頭を心地よく冷してくれた。微妙にボーッとした頭がすっきりする。
「……ありがと、大分良くなったわ」
「そう言ってもらえると嬉しいです」
「私は嬉しくも何ともないっ!!」
「ごめんね、門番が無理矢理連れてきたみたいで、ええと……」
「チルノよ、チルノ」
「チルノ、本当にありがとう」
「ふ、ふん、今回だけは大目に見てあげるわ」
ちょっと照れたようにそっぽを向くチルノ。なんとなく微笑ましくなってパチュリーはくすり、と笑った。
第4楽章:人形遣いのアンプロンプチュ
美鈴とチルノが去ってからしばらく経つ。パチュリーは空腹を覚えた。
「そう言えば朝から何も食べてなかったわね」
普段なら1日1食と言うことはざらなのだが、それは単に本を読むのに夢中で食事をするのを忘れてたからに他ならない。
咲夜でも呼ぼうかと思っていたところに、ドアをノックする音。
「どうぞ」
「失礼するわね」
「あなた……」
入ってきたのは、アリスだった。意外な人物の登場に、少し驚くパチュリー。
「風邪ひいたんですって?」
「え、ええ。でもなんであなたがここに?」
「本当は図書館に用事があったのだけど、あなたが風邪ひいて寝込んでるって聞いて、予定を変更して見舞いに来たって訳……食欲はある?」
「お腹は空いてるけど、食欲はあんまり……」
「でしょうね。でもリンゴくらいは食べられるわよね?」
そう言ってアリスはバスケットからリンゴと果物ナイフを取り出す。そしてパチュリーの返事を待たずに皮をむき出す。
「器用なのね……」
「まぁ、ね。人形師ですから、細かい作業には慣れてるし……」
「そう……で、あなたはリンゴの皮を何メートル伸ばすつもり?」
すでにリンゴの皮は床に付いてとぐろを巻きつつあった。
「……ごめん、緊張してつい」
「緊張?」
「ほら、私今まであんまり友達とかいなかったから、こういう時何言っていいかわかんなくて……何話そう、変なこと言ったらどうしよう、とかつい考えちゃって……ああ、そうだ」
おもむろにバスケットの中かをゴソゴソ探り出すアリス。
「これ、作ってみたわ」
「これ……私?」
それは人形。パチュリーそっくりの人形だった。
「私、こんなに目付き悪かったっけ?」
「……ごめん、気に障った?」
「ううん、そんなことないわ。ありがとアリス。大事にするわ」
「そう言ってくれると嬉しいわ」
そのあとリンゴを食べながら、お互いのことを話した。どこかぎこちなかったけど、それはそれでパチュリーにとってはとても楽しい時間だった。
第5楽章:悪魔の妹のラプソディー
アリスが帰って、パチュリーは少しうとうとしていた。夢うつつの中、ドアの開く音がする。
「誰?」
パチュリーはベッドから身を起こした。その目の前に何かが突きつけられる。
「え……何?」
それが魔力を収束して作られた剣であることに気付くまで、やや時間がかかった。
「レ、レーヴァテイン……妹様、何を……」
「動かないでよ」
パチュリーは身じろぎすらできないまま、フランドールを見つめた。その表情からは何を考えているのか読み取れない。何か魔法を使うにも風邪気味で体力の低下した現状ではそれもままならないし、そもそもこの間合いではスペルを唱えるより早くフランドールのレーヴァテインがパチュリーを切り裂くのは目に見えている。
しばしの沈黙。やがてフランドールが口を開く。
「パチュリーは魔理沙のことどう思っているの?」
まったく予想外の質問。
「な、いきなり何を……」
「答えてよ!!」
突きつけられたレーヴァテインがわずかにパチュリーに近づく。
「……魔理沙は……魔理沙は友達よ」
「嘘」
さらにレーヴァテインが近づく。魔力が髪をチリチリと焼く。
「パチュリーも魔理沙の事が好きなんでしょう!?」
「そ、それは……って、まさか妹様……」
パチュリーの無言の問いに、フランドールはパチュリーを睨み付ける事で肯定した。
そう、フランドールは霧雨魔理沙に好意を抱いている。パチュリーと同じくらいに……。
フランドールは真剣な目をしていた、ならそれなりの態度で答えなければならない。パチュリーはフランドールの目を見つめ返した。
「ええ、好きよ、私は魔理沙の事が好き」
「そっか……」
フランドールはレーヴァテインを振り上げ……そして振り下ろした。無駄だとは知りつつもとっさに手で身をかばうパチュリー。
だが、レーヴァテインはパチュリーに届くことはなかった。
ギリギリの所で魔力光は消え去っていた。
「できないよ、パチュリーを壊すなんて」
床に座り込んでポツリと呟くフランドール。
「魔理沙のことは好きだけど……好きだけど、でもパチュリーを壊しても、魔理沙は私を見てくれないもん」
「妹様……」
「……だけどあきらめない」
きっ、とパチュリーを見据える。
「絶対魔理沙に振り向いてもらうんだ」
「そう……でも私も負けるつもりはないわ」
「勝負、だよ」
そういってフランドールは笑うと、ぱたぱたと走って部屋を飛び出していった。
「……妹様も魔理沙と出会ってちょっと変わったのかしら」
緊張から開放されたとたん、睡魔が襲ってきて、パチュリーは再びまどろみの中に落ちていった。
第6楽章:魔法使いのセレナーデ
それからどれほど経っただろうか。夢うつつの中、再びドアの開く音がして、ベッドの脇に人の気配。パチュリーは閉じていたまぶたを開いて気配の方に目をやった。
「起こしちまったか?」
「魔理沙、来てくれたんだ」
そこにいたのは霧雨魔理沙。パチュリーが誰よりも待ち焦がれていた人。
「本当はもっと早く来るつもりだったんだが、ちょっとばかり手間取ってな」
「手間取ったって何を?」
「薬だよ。風邪が治るわけじゃないけど症状の緩和くらいの役には立つはずだぜ?」
そう言って小さな薬瓶を取り出す。茶色の瓶の中には何やらどろりとした液体が入っている。
「ありがとう、魔理沙」
薬瓶を受け取り、中の液体をくいっと飲み干す。
「……苦い。これ、原料はなんなの?」
「秘密だぜ」
「秘密って……そういう事言われるとすっごく気になるわ」
「企業秘密だよ。それなりの物もらわないと教えられないな」
「そう……じゃぁこれでどうかしら?」
そう言うやいなや、パチュリーは身を起こし、ベッドに腰掛けていた魔理沙に口付ける。熱で思考力が鈍っていたか、ひょっとすると媚薬の類か何かが薬に入っていたのかもしれない。それぐらい、大胆な行為を何の躊躇もなくできてしまった。
「わっ、何するんだよパチュリー」
「これで教えてくれるかしら?」
「……貰い過ぎだな、こりゃ。それと……苦い」
顔をしかめる魔理沙。それでも頬を赤らめてまんざらでもなさそうだ。
「まぁ教えるのはかまわないんだがな、その前に」
「その前に?」
「おまえら、覗き見してるのは分かってるぜ?」
魔理沙がそう言うと同時に、ドアが開いて咲夜、レミリア、美鈴、チルノ、アリス、フランドールがぞろぞろと姿をあらわす。
「あら、ばれてた?」
「そりゃそれだけぞろぞろしてれば気配で勘付くって」
肩をすくめる魔理沙。
「それもそうね……でも、まぁなんと言うか、ご馳走様」
「お粗末さま……お代は命でいいぜ、メイド長?」
「どうしましょうお嬢様?」
「食い逃げしておきなさい、咲夜」
「食い逃げは犯罪だぜ、お嬢様?」
「しょうがないわね、美鈴、代わりに払っておいて」
「な、な、な、何で私なんですか?」
急に振られ慌てる美鈴。
「あ、そうだ、この氷精を質草に……」
「何であたしなのさ!」
で、やや離れたところではアリスとフランドールが
「私もいつか霊夢と……」
「パチュリーずるい。私だって魔理沙と……」
とか言ってたりするのだが、パチュリーにはそんな様子など聞こえてなかったりする。顔を真っ赤にして頭まで布団をかぶっていたから。
(まさか、あんなところを見られるなんて見られるなんて)
いまさらながら、なんて大胆なことをしたのだろう、と恥ずかしさのあまり顔から火が出そうだった。
(でも)
さっきの魔理沙の唇の感触を思いだして
(早く良くなってもう一度、今度は苦くないのをしてあげたいな)
とも思うのであった。
最終楽章:病弱少女のフィナーレ
「パチュリー様、もう大丈夫ですか?」
「ええ、すっかり良くなったわ」
あれから3日。パチュリーの風邪もすっかり治った。
「でも治りかけが肝心なんですから、あまり無理をなさらぬように」
「あなたに言われなくてもわかってるわよ」
ジト目で咲夜を見る。
「本当にわかっていますか?」
「何、その『実はぜんぜんわかっていないんでしょう?』とでも言いたげな目は?」
「気のせいですよ……そんなことより、たまには外に出られてはいかがです?」
「は?何で外に……」
何を馬鹿なことを、とでも言いたげなパチュリーに、意味ありげな笑みを浮かべる咲夜。
「霧雨魔理沙が風邪を引いたそうでして」
「魔理沙が?」
「きっとあの時パチュリー様に風邪をうつされたのかと思われますが……」
「うっ」
あの時とは言うまでもなく、魔理沙とキスをしたときのことだろう。
「しょうがないわね……薬でも持って見舞いに行ってあげなきゃね」
やれやれ、という表情を見せながらも、やはりどこかうれしそうなパチュリーであった。
「ごほ、ごほっ、けほっ」
その日、パチュリーは風邪をひいた。
基本的に虚弱体質な上に、夜更かしで体力が落ちきっていたのだろう。いともあっさり風邪をひいたあげく、おまけにこじらせてしまった。おかげで治癒魔法すら使う事もできない。
とりあえず咲夜が早く気付いて(無理やり)寝かせたため、大事には至ってないのだが。
「え~っと、悪性の風邪も一発で治す治療薬の作り方は、って、ちょっと!」
「何をやっておられるんですかパチュリー様。安静にしてなくては治りませんよ」
ベッドの上でいつも持っている本を開いて薬の作り方を調べようとしたパチュリーだったが、ページを開くより速く横から咲夜に取り上げられた。
「そもそも風邪に特効薬はありません。とりあえず安静にして、体力の回復を待つのが一番の治療法なんですから」
「そんなこと言われなくてもわかってるわ」
「本当にわかっていらっしゃいますか?」
疑いに満ちた目で見る咲夜に、パチュリーもジト目で見返す。
「わかっておられるのならよろしいんです」
内心、子供かあんたは、とか思いつつも、まぁ事を荒立てないように口には出さず、咲夜は引き下がる。
「……でも本がないと心細いわ」
布団で半分顔を隠し、怯えた子供のような不安げな表情で咲夜の方を見るパチュリー。
「大丈夫ですよ。本はなくても退屈はしませんよ、きっと」
「なによそれ、何か心当たりでもあるの」
「いいえ、予感です」
くすり、と笑みを浮かべる咲夜。もっとも、表情は「予感ではなく確信です」と語っていたが。
第2楽章:赤い月のパヴァーヌ
「パチェ、具合はどうかしら?」
咲夜と入れ替わりにレミリアが入ってきた。
「こほっ、あんまり芳しいはとは言えないわ」
少し辛そうな表情で答えるパチュリー。
「パチェは体が強くないんだから、もっと体調管理に気を使わないと」
「そうね、せめてレミィくらい強ければ考えずに済むのに」
「何言ってるの。私だって病弱っ娘よ?」
そう言って二人でくすくす笑う。
「なんだ、まだ笑えるくらいの元気はあるのね」
「それくらいはできるわ。それに、親友の前でむすっとしてるのもあれでしょう?」
「そんな気は使わなくてもいいの。親友の前なら普通にしてなさいよ」
「まったくもってごもっとも。そんな事もわからなくなってるなんて、熱で頭が回ってないのかしら、私」
「かなりひどいみたいね。湖の氷精でもつれてこようかしら?」
「それはいい考えかも」
そう言ってまた二人でくすくすと笑う。
「ああ、安心した。パチュが風邪こじらせた、と咲夜から聞いた時は、ひょっとしたら喪服がいるんじゃないかって本気で心配したけど、この分ならすぐよくなるわね」
「何を心配してるのよ。でもまぁ、心配してくれたのは嬉しい」
「うれしいからってあんまり世話かけさせないでよ……ふぁあ」
レミリアが小さなあくびをこぼした。
「安心したら眠くなったわ。私はそろそろ寝るわね」
「何、朝早くに帰ってきたとは聞いたけど、ひょっとして昨日から寝てないとか?」
「まぁ、ね。それじゃ、お休み、パチェ」
「お休み、レミィ」
第3楽章:門番と氷精のコンチェルト
「パチュリー様、失礼します」
レミリアがパチュリーの部屋を去ってから1時間ほどして、門番の紅美鈴が入ってきた。
「馬鹿、離せってば!!この誘拐犯!!」
……訂正。正確には門番の紅美鈴がバタバタ暴れる氷精のチルノを担いで入ってきた、だ。
「……なにそれ?」
「はぁ、お嬢様が『湖の氷精を捕まえてパチュリーのところへつれて行って』とおっしゃったのですけど」
「はぁ?何よ、レミィのあれって本気で言ってたの?」
パチュリーは頭を抱える。
「ああもう、そんなことはどうだっていいから帰らせてよ!」
ムキー、とばかりにさらに暴れるチルノ。
「……帰ってもらったら?」
「……そうですね。でも、せっかく来てもらったんだし」
「来たくて来たんじゃないわよっ!!」
ギヤーギャーわめきちらすチルノには取り合わず、美鈴はパチュリーの額にタオルをのせる。そしてチルノの手を引っ掴み、タオルの上から当てた。
「あ、冷たい……」
ひんやりとした感触はパチュリーの熱でほてった頭を心地よく冷してくれた。微妙にボーッとした頭がすっきりする。
「……ありがと、大分良くなったわ」
「そう言ってもらえると嬉しいです」
「私は嬉しくも何ともないっ!!」
「ごめんね、門番が無理矢理連れてきたみたいで、ええと……」
「チルノよ、チルノ」
「チルノ、本当にありがとう」
「ふ、ふん、今回だけは大目に見てあげるわ」
ちょっと照れたようにそっぽを向くチルノ。なんとなく微笑ましくなってパチュリーはくすり、と笑った。
第4楽章:人形遣いのアンプロンプチュ
美鈴とチルノが去ってからしばらく経つ。パチュリーは空腹を覚えた。
「そう言えば朝から何も食べてなかったわね」
普段なら1日1食と言うことはざらなのだが、それは単に本を読むのに夢中で食事をするのを忘れてたからに他ならない。
咲夜でも呼ぼうかと思っていたところに、ドアをノックする音。
「どうぞ」
「失礼するわね」
「あなた……」
入ってきたのは、アリスだった。意外な人物の登場に、少し驚くパチュリー。
「風邪ひいたんですって?」
「え、ええ。でもなんであなたがここに?」
「本当は図書館に用事があったのだけど、あなたが風邪ひいて寝込んでるって聞いて、予定を変更して見舞いに来たって訳……食欲はある?」
「お腹は空いてるけど、食欲はあんまり……」
「でしょうね。でもリンゴくらいは食べられるわよね?」
そう言ってアリスはバスケットからリンゴと果物ナイフを取り出す。そしてパチュリーの返事を待たずに皮をむき出す。
「器用なのね……」
「まぁ、ね。人形師ですから、細かい作業には慣れてるし……」
「そう……で、あなたはリンゴの皮を何メートル伸ばすつもり?」
すでにリンゴの皮は床に付いてとぐろを巻きつつあった。
「……ごめん、緊張してつい」
「緊張?」
「ほら、私今まであんまり友達とかいなかったから、こういう時何言っていいかわかんなくて……何話そう、変なこと言ったらどうしよう、とかつい考えちゃって……ああ、そうだ」
おもむろにバスケットの中かをゴソゴソ探り出すアリス。
「これ、作ってみたわ」
「これ……私?」
それは人形。パチュリーそっくりの人形だった。
「私、こんなに目付き悪かったっけ?」
「……ごめん、気に障った?」
「ううん、そんなことないわ。ありがとアリス。大事にするわ」
「そう言ってくれると嬉しいわ」
そのあとリンゴを食べながら、お互いのことを話した。どこかぎこちなかったけど、それはそれでパチュリーにとってはとても楽しい時間だった。
第5楽章:悪魔の妹のラプソディー
アリスが帰って、パチュリーは少しうとうとしていた。夢うつつの中、ドアの開く音がする。
「誰?」
パチュリーはベッドから身を起こした。その目の前に何かが突きつけられる。
「え……何?」
それが魔力を収束して作られた剣であることに気付くまで、やや時間がかかった。
「レ、レーヴァテイン……妹様、何を……」
「動かないでよ」
パチュリーは身じろぎすらできないまま、フランドールを見つめた。その表情からは何を考えているのか読み取れない。何か魔法を使うにも風邪気味で体力の低下した現状ではそれもままならないし、そもそもこの間合いではスペルを唱えるより早くフランドールのレーヴァテインがパチュリーを切り裂くのは目に見えている。
しばしの沈黙。やがてフランドールが口を開く。
「パチュリーは魔理沙のことどう思っているの?」
まったく予想外の質問。
「な、いきなり何を……」
「答えてよ!!」
突きつけられたレーヴァテインがわずかにパチュリーに近づく。
「……魔理沙は……魔理沙は友達よ」
「嘘」
さらにレーヴァテインが近づく。魔力が髪をチリチリと焼く。
「パチュリーも魔理沙の事が好きなんでしょう!?」
「そ、それは……って、まさか妹様……」
パチュリーの無言の問いに、フランドールはパチュリーを睨み付ける事で肯定した。
そう、フランドールは霧雨魔理沙に好意を抱いている。パチュリーと同じくらいに……。
フランドールは真剣な目をしていた、ならそれなりの態度で答えなければならない。パチュリーはフランドールの目を見つめ返した。
「ええ、好きよ、私は魔理沙の事が好き」
「そっか……」
フランドールはレーヴァテインを振り上げ……そして振り下ろした。無駄だとは知りつつもとっさに手で身をかばうパチュリー。
だが、レーヴァテインはパチュリーに届くことはなかった。
ギリギリの所で魔力光は消え去っていた。
「できないよ、パチュリーを壊すなんて」
床に座り込んでポツリと呟くフランドール。
「魔理沙のことは好きだけど……好きだけど、でもパチュリーを壊しても、魔理沙は私を見てくれないもん」
「妹様……」
「……だけどあきらめない」
きっ、とパチュリーを見据える。
「絶対魔理沙に振り向いてもらうんだ」
「そう……でも私も負けるつもりはないわ」
「勝負、だよ」
そういってフランドールは笑うと、ぱたぱたと走って部屋を飛び出していった。
「……妹様も魔理沙と出会ってちょっと変わったのかしら」
緊張から開放されたとたん、睡魔が襲ってきて、パチュリーは再びまどろみの中に落ちていった。
第6楽章:魔法使いのセレナーデ
それからどれほど経っただろうか。夢うつつの中、再びドアの開く音がして、ベッドの脇に人の気配。パチュリーは閉じていたまぶたを開いて気配の方に目をやった。
「起こしちまったか?」
「魔理沙、来てくれたんだ」
そこにいたのは霧雨魔理沙。パチュリーが誰よりも待ち焦がれていた人。
「本当はもっと早く来るつもりだったんだが、ちょっとばかり手間取ってな」
「手間取ったって何を?」
「薬だよ。風邪が治るわけじゃないけど症状の緩和くらいの役には立つはずだぜ?」
そう言って小さな薬瓶を取り出す。茶色の瓶の中には何やらどろりとした液体が入っている。
「ありがとう、魔理沙」
薬瓶を受け取り、中の液体をくいっと飲み干す。
「……苦い。これ、原料はなんなの?」
「秘密だぜ」
「秘密って……そういう事言われるとすっごく気になるわ」
「企業秘密だよ。それなりの物もらわないと教えられないな」
「そう……じゃぁこれでどうかしら?」
そう言うやいなや、パチュリーは身を起こし、ベッドに腰掛けていた魔理沙に口付ける。熱で思考力が鈍っていたか、ひょっとすると媚薬の類か何かが薬に入っていたのかもしれない。それぐらい、大胆な行為を何の躊躇もなくできてしまった。
「わっ、何するんだよパチュリー」
「これで教えてくれるかしら?」
「……貰い過ぎだな、こりゃ。それと……苦い」
顔をしかめる魔理沙。それでも頬を赤らめてまんざらでもなさそうだ。
「まぁ教えるのはかまわないんだがな、その前に」
「その前に?」
「おまえら、覗き見してるのは分かってるぜ?」
魔理沙がそう言うと同時に、ドアが開いて咲夜、レミリア、美鈴、チルノ、アリス、フランドールがぞろぞろと姿をあらわす。
「あら、ばれてた?」
「そりゃそれだけぞろぞろしてれば気配で勘付くって」
肩をすくめる魔理沙。
「それもそうね……でも、まぁなんと言うか、ご馳走様」
「お粗末さま……お代は命でいいぜ、メイド長?」
「どうしましょうお嬢様?」
「食い逃げしておきなさい、咲夜」
「食い逃げは犯罪だぜ、お嬢様?」
「しょうがないわね、美鈴、代わりに払っておいて」
「な、な、な、何で私なんですか?」
急に振られ慌てる美鈴。
「あ、そうだ、この氷精を質草に……」
「何であたしなのさ!」
で、やや離れたところではアリスとフランドールが
「私もいつか霊夢と……」
「パチュリーずるい。私だって魔理沙と……」
とか言ってたりするのだが、パチュリーにはそんな様子など聞こえてなかったりする。顔を真っ赤にして頭まで布団をかぶっていたから。
(まさか、あんなところを見られるなんて見られるなんて)
いまさらながら、なんて大胆なことをしたのだろう、と恥ずかしさのあまり顔から火が出そうだった。
(でも)
さっきの魔理沙の唇の感触を思いだして
(早く良くなってもう一度、今度は苦くないのをしてあげたいな)
とも思うのであった。
最終楽章:病弱少女のフィナーレ
「パチュリー様、もう大丈夫ですか?」
「ええ、すっかり良くなったわ」
あれから3日。パチュリーの風邪もすっかり治った。
「でも治りかけが肝心なんですから、あまり無理をなさらぬように」
「あなたに言われなくてもわかってるわよ」
ジト目で咲夜を見る。
「本当にわかっていますか?」
「何、その『実はぜんぜんわかっていないんでしょう?』とでも言いたげな目は?」
「気のせいですよ……そんなことより、たまには外に出られてはいかがです?」
「は?何で外に……」
何を馬鹿なことを、とでも言いたげなパチュリーに、意味ありげな笑みを浮かべる咲夜。
「霧雨魔理沙が風邪を引いたそうでして」
「魔理沙が?」
「きっとあの時パチュリー様に風邪をうつされたのかと思われますが……」
「うっ」
あの時とは言うまでもなく、魔理沙とキスをしたときのことだろう。
「しょうがないわね……薬でも持って見舞いに行ってあげなきゃね」
やれやれ、という表情を見せながらも、やはりどこかうれしそうなパチュリーであった。