どんな世界にも『年』という概念がある限り、それは遍く訪れる。
新年。元日。
祝うにしろ祝わないにしろ、それはどこにでもやってくる。ここ幻想郷も例に漏れず、今年も新しい年になった。
「………」
しゃっ、しゃっ、と小気味良い音が境内に響く博麗神社。いつもの様に、そして多分これからも続く、紅白の巫女が境内を掃除する音。その顔は、どこか期待半分、諦め半分―――いや、二対八かもしれない―――である。
「はあ、」
この時期、神社という建物はそれなりに人が来る通例となっている。中には勿論閑散とする所もあろうが、殊、博麗神社に至ってはそれが顕著な様だ。
「…一応、用意はしてあるんだけど」
いつもよりちょっとだけ多めに用意された御神籤、御札、絵馬、その他諸々。用意するに越した事は無いが、活用されないのも毎年の事。それでも毎年微かな期待を抱いて用意する辺り、巫女としての性かもしれない、と霊夢は考えた。
「うおーい、霊夢~」
この言葉も、いつもの事。散々人のおせち料理を食べて、参拝もせずに帰る黒い魔女の―――
「え?」
今年は、違った。魔理沙の乗る箒の柄の部分に、二つの人(?)影が紐でぶら下げられている。その影を唖然として見ている霊夢の前に、魔理沙は悠々と降り立った。
「メリークリスマス………じゃないな。あけましておめでとう、だぜ」
「―――あ。お、おめでとう」
魔理沙に挨拶を返しながらも、霊夢の視線は箒にぶら下げられた二つの人(?)物に釘付けであった。よく見ると、それは―――
「あーうー…藍様ぁ………」
「魔理沙ったら……私を縛り付けて、愛の逃避行? うふふ………」
妙に萎れている式神と、妙に顔が赤い魔女。二人は綺麗に紐でぐるぐる巻きにされていた。
「………で? この二人、どうしたの?」
「あはは、いつも何度でも参拝客の居ない博麗神社にお年玉…と言う訳で、参拝客二名様追加だぜ」
「……どうやって持って来たの?」
「この式神は、正月早々から炬燵で丸くならずに外を跳び回ってたからな、水ぶっかけて連れてきた。パチュリーは私の巧みな話術で」
「…そう、もういいわ」
頭を抱え、溜め息を吐く霊夢。何故だか、妙に疲れた。
「こらこら、呆れるなよ。…おせちも、持って来たぜ?」
「………」
「今年も宜しくって事で、一緒に食うか?」
そう言って魔理沙が差し出したのは、何段にも重ねられた、重箱。
「…それはいいけど、こんなに食べられないわよ? そこの二人を入れても…」
「大丈夫だ。直に、増えるぜ?」
「?」
魔理沙の言葉に、首を傾げる霊夢。その疑問は、直後に感じた強い妖気から察する事が出来た。
「ちぇーーーーーーーーーーーん!!!」
凄まじい勢いで飛んで来た、橙の主人。 境内に着いた頃には、すっかり肩で息をしていた。
「お……お前…か………ぜー………橙を……はー………返……せ………」
「まあ落ち着け。おせちでも食べて落ち着け」
「な………何ぃ……?」
「ほら橙、お前も食うか?」
魔理沙は、橙に煮魚を差し出した。
「わーい、もぐもぐ」
「ちぇ…橙……」
「そういうで、一緒にどうだ?」
「………」
一名追加であった。
「ところで、紫はどうした?」
「………寝正月だ」
「なるほどよくわかった」
その後、パチュリーを探して追いかけてきた紅魔館の面々も加え、博麗神社の元日としては異例の人数による、大新年会が催される事となった。
「………ふう」
神社の大客間で騒いでいる皆を横目に、霊夢は縁側へと一人赴き、腰を下ろした。朝から始まった新年会は、名を改め宴会と化している。料理が無くなったら咲夜が時を止めて調達してきたり、各々が様々な芸を披露したりで、中々に終わる気配を見せない。
「霊夢」
空を見上げて少しぼんやりしていると、後ろから声を掛けられた。魔理沙だった。
「…ん、何? 皆は?」
「相変わらずだぜ、五月蠅いくらいだ」
「そう…」
はあ、と白い息を吐く。心なしか、憂いを帯びた表情で、その息の行く先を見つめた。
「…迷惑、だったか?」
「……え? 何で?」
そんな霊夢の様子を見て、魔理沙が申し訳なさそうに聞く。
「いや、霊夢があんまり楽しそうじゃなかったからさ……」
「…そんな事」
「ほら、いっつも正月って言っても、結局私くらいしか来ないじゃないか…だから、今年くらいは賑やかにしてやろうかと思ったんだけど……」
頭を掻きながら、少し俯く魔理沙。
「…違うわよ、魔理沙」
「え…?」
「ちょっと驚いただけよ。いつもは魔理沙しか居ないのに、急にこんなに増えちゃって……だから、魔理沙は悪くないわ」
「…霊夢…」
「でも…」
「?」
「今、この時は二人だけの方がいいかなー、なんて…」
「………霊夢」
体にもたれかかって来る霊夢を、魔理沙は優しく受け止めた。
「ところで魔理沙。一応元日には魔理沙以外のお客も来るのよ?」
「…嘘。誰だよ?」
「んー…何かね、眼鏡を掛けてる男の人。毎年来てる割に、幻想郷じゃ見た事ないのよねぇ…誰かしら?」
「………さあ?」
ともあれ、幻想郷は今年も平和な幕開けとなった。
まぁ最後の落ちサイコー!