幻想郷の冬の夜。
身を切り裂くような寒さと全てを覆い隠すような闇が辺りを支配し、しかし空には雲一つなく月と星が輝いている。
空を見上げた者の目がよければ、それこそ塵のように小さな星の瞬きすら見つけられるだろう。
そしてそんな光と闇と静寂の中、『彼女』はやって来た。目指す先は紅色の館。
「・・・・・・お邪魔するぜ」
いつもなら派手に空からやって来るが、夜ばかりはそうは行かない。
変に騒いでここの住人たちが目を覚ましたら面倒な事になる。歩いて近付くのが一番だ。
「待って下さい」
闇の向こうから声が聞こえる。館のはるか手前で待ち伏せをする者など、『彼女』の知る限り一人しかいない。
「こんな時間に何の御用ですか?魔理沙さん」
「お前こそこんな日まで門番の仕事とは大変だな、中国」
魔理沙、と彼女は呼ばれた。それは彼女の名前、幻想郷に住む数少ない人間の一人、霧雨 魔理沙。
そして中国と呼ばれた相手はこの館の門番だったりする。もちろん中国というのは本名ではないが。
「門番ですから仕方ないですよ・・・って、本当に何しに来たんですか?みんな眠ってますけど」
「起きてる奴もいるだろ?例えばお嬢様とか妹姫とか」
「レミリアお嬢様でしたらフランドール様、咲夜さんと一緒に神社へお出かけですが?」
「あ、いや、私が用があるのはそいつらじゃないんだが」
「・・・・じゃあパチュリー様?」
門番の一言に魔理沙はうなずく。
「ちょっと借りてくぜ」
「『借りてくぜ』って・・・パチュリー様はまだ眠ってますけど」
「今日だけだって。どうしても今日じゃなきゃ駄目なんだ」
門番に事情を話してみる。少なくとも、彼女なら察してくれるだろうという自信が魔理沙にはあった。
話を聞いた門番は難しい顔をし、腕を組み、うんうん唸りながら考え込む。
そして何らかの結論に至ったか、難しい顔を元に戻し顔を上げる。
「・・・・・・分かりました。今回だけ、本当に今回だけ特別です。でもこの事は秘密ですよ?」
「話が分かるじゃないか中国。恩に着るぜ」
「行くなら早く行って下さい。お嬢様たちが帰って来る前に・・・」
門番に急かされ、一つ小さくうなずいて魔理沙は歩くペースを少し速める。
だんだん見えなくなっていく背を見送りながら、門番は小さくため息をつきながらも表情は明るかった。
「大丈夫よね・・・お嬢様たちも同じ目的でお出かけしたんだし」
白い息を吐きながら空を見上げる。もう、空が白み始めていた。
「・・・っくちゅん!」
小さなクシャミ一つを合図に、『彼女』は目覚めた。
おかしい。暖かいベッドの中にいるはずなのにクシャミだなんて。
部屋の中だというのに風が吹いていてこんなに寒いなんて。
ベッドで眠っているはずなのに背中が痛いなんて・・・
『彼女』のそういう疑問は、眠い目が開いた時全て消えてなくなった。
「・・・部屋の中・・・・じゃない・・・・?」
「よっパチュリー、いいタイミングでお目覚めだな」
「・・・・魔理沙・・・・・・?」
パチュリー、と彼女は呼ばれた。それは彼女の名前、この館に住む魔女、パチュリー・ノーレッジ。
ベッドで眠っているかと思いきや何枚もの毛布に包まれ、まるでミノムシのようになっている。
そしてパチュリーの横には魔理沙がいた。
パチュリーと魔理沙は知らない仲ではない。思いついた疑問を手当たり次第にぶつけていく。
「えっと・・・状況がよく分からないんだけど・・・・・ここ、どこ?」
「紅魔館の屋根の上」
「・・・何でこんな所に?」
「私が連れて来たんだよ」
「いや、そうじゃなくて・・・・・・」
次の疑問をぶつけようとした矢先、激しく咳き込んで言葉が止まる。病弱な彼女にとって外の寒さは体に優しくない。
それでもどうにか落ち着き、出かかった疑問をもう一度出す。
「・・・そうじゃなくて・・・・どうやって連れて来たか、じゃなくて理由を聞きたいの。こんなに外は寒いのに・・・」
「もう少し我慢したら分かるぜ、あっちの方を見てみな」
魔理沙が指差す方をしぶしぶ向いてみる。
空からは闇色がすっかり抜け落ち、彼方に見える山の稜線は橙色に染まっている。
まるで夕焼けのように神々しい金色の光。パチュリーがこういう物を見るのは初めてだ。
「きれい・・・・・・」
「さあ、もうすぐだ」
「・・・・・だけど、ただ陽が昇るだけでしょ?見ようと思えば毎日見る事ができるじゃない・・・・・・・」
「今日だけは特別なんだよ。そうでなきゃ私だって家で寝てるぜ」
何が特別なの・・・・と聞こうとしたが、陽の光がそれを阻む。
そしてその光を見たパチュリーは言葉を失った。
明るい。眩しい。神々しい。これは間違いなく太陽の光。
いつも図書館に引きこもっているパチュリーにとって太陽は決して見慣れているとは言えないが、
それにしても太陽がこんなきれいな光を放つとは知らなかった。
「す・・・・・すごい・・・・・・・」
「初日の出は初めてだろ?よく見とけよ」
「初日の出・・・これが・・・・・」
「うん・・・・・やっぱり初日の出を見ないと一年が始まった感じがしないんだよな。
今年はお前の所のお嬢様たちも博麗神社に見に行ってるんだぜ、初日の出」
「・・・魔理沙も紅白の所で見てればよかったのに」
「それだとお前、絶対初日の出見ないだろ?お前にもこれを見せたかったんだ」
「・・・・・お節介さん」
素っ気なく切り返すが、パチュリーは微笑んでいる。
きれいな物をきれいと言える、純粋な子どものような顔だった。
「・・・・でも、ありがとう・・・」
「Happy New Year 、パチュリー」
「Happy New Year 、魔理沙」
「今年も幸せな一年になるといいな・・・」
「幸先はいいみたいよ」
毛布を広げて魔理沙を引き込む。もう少し距離を縮めて、寄り添って見る初日の出。
早起きは三文の徳、たまには外に出るのも悪くない。新年早々、パチュリーのちょっとした発見だった。
身を切り裂くような寒さと全てを覆い隠すような闇が辺りを支配し、しかし空には雲一つなく月と星が輝いている。
空を見上げた者の目がよければ、それこそ塵のように小さな星の瞬きすら見つけられるだろう。
そしてそんな光と闇と静寂の中、『彼女』はやって来た。目指す先は紅色の館。
「・・・・・・お邪魔するぜ」
いつもなら派手に空からやって来るが、夜ばかりはそうは行かない。
変に騒いでここの住人たちが目を覚ましたら面倒な事になる。歩いて近付くのが一番だ。
「待って下さい」
闇の向こうから声が聞こえる。館のはるか手前で待ち伏せをする者など、『彼女』の知る限り一人しかいない。
「こんな時間に何の御用ですか?魔理沙さん」
「お前こそこんな日まで門番の仕事とは大変だな、中国」
魔理沙、と彼女は呼ばれた。それは彼女の名前、幻想郷に住む数少ない人間の一人、霧雨 魔理沙。
そして中国と呼ばれた相手はこの館の門番だったりする。もちろん中国というのは本名ではないが。
「門番ですから仕方ないですよ・・・って、本当に何しに来たんですか?みんな眠ってますけど」
「起きてる奴もいるだろ?例えばお嬢様とか妹姫とか」
「レミリアお嬢様でしたらフランドール様、咲夜さんと一緒に神社へお出かけですが?」
「あ、いや、私が用があるのはそいつらじゃないんだが」
「・・・・じゃあパチュリー様?」
門番の一言に魔理沙はうなずく。
「ちょっと借りてくぜ」
「『借りてくぜ』って・・・パチュリー様はまだ眠ってますけど」
「今日だけだって。どうしても今日じゃなきゃ駄目なんだ」
門番に事情を話してみる。少なくとも、彼女なら察してくれるだろうという自信が魔理沙にはあった。
話を聞いた門番は難しい顔をし、腕を組み、うんうん唸りながら考え込む。
そして何らかの結論に至ったか、難しい顔を元に戻し顔を上げる。
「・・・・・・分かりました。今回だけ、本当に今回だけ特別です。でもこの事は秘密ですよ?」
「話が分かるじゃないか中国。恩に着るぜ」
「行くなら早く行って下さい。お嬢様たちが帰って来る前に・・・」
門番に急かされ、一つ小さくうなずいて魔理沙は歩くペースを少し速める。
だんだん見えなくなっていく背を見送りながら、門番は小さくため息をつきながらも表情は明るかった。
「大丈夫よね・・・お嬢様たちも同じ目的でお出かけしたんだし」
白い息を吐きながら空を見上げる。もう、空が白み始めていた。
「・・・っくちゅん!」
小さなクシャミ一つを合図に、『彼女』は目覚めた。
おかしい。暖かいベッドの中にいるはずなのにクシャミだなんて。
部屋の中だというのに風が吹いていてこんなに寒いなんて。
ベッドで眠っているはずなのに背中が痛いなんて・・・
『彼女』のそういう疑問は、眠い目が開いた時全て消えてなくなった。
「・・・部屋の中・・・・じゃない・・・・?」
「よっパチュリー、いいタイミングでお目覚めだな」
「・・・・魔理沙・・・・・・?」
パチュリー、と彼女は呼ばれた。それは彼女の名前、この館に住む魔女、パチュリー・ノーレッジ。
ベッドで眠っているかと思いきや何枚もの毛布に包まれ、まるでミノムシのようになっている。
そしてパチュリーの横には魔理沙がいた。
パチュリーと魔理沙は知らない仲ではない。思いついた疑問を手当たり次第にぶつけていく。
「えっと・・・状況がよく分からないんだけど・・・・・ここ、どこ?」
「紅魔館の屋根の上」
「・・・何でこんな所に?」
「私が連れて来たんだよ」
「いや、そうじゃなくて・・・・・・」
次の疑問をぶつけようとした矢先、激しく咳き込んで言葉が止まる。病弱な彼女にとって外の寒さは体に優しくない。
それでもどうにか落ち着き、出かかった疑問をもう一度出す。
「・・・そうじゃなくて・・・・どうやって連れて来たか、じゃなくて理由を聞きたいの。こんなに外は寒いのに・・・」
「もう少し我慢したら分かるぜ、あっちの方を見てみな」
魔理沙が指差す方をしぶしぶ向いてみる。
空からは闇色がすっかり抜け落ち、彼方に見える山の稜線は橙色に染まっている。
まるで夕焼けのように神々しい金色の光。パチュリーがこういう物を見るのは初めてだ。
「きれい・・・・・・」
「さあ、もうすぐだ」
「・・・・・だけど、ただ陽が昇るだけでしょ?見ようと思えば毎日見る事ができるじゃない・・・・・・・」
「今日だけは特別なんだよ。そうでなきゃ私だって家で寝てるぜ」
何が特別なの・・・・と聞こうとしたが、陽の光がそれを阻む。
そしてその光を見たパチュリーは言葉を失った。
明るい。眩しい。神々しい。これは間違いなく太陽の光。
いつも図書館に引きこもっているパチュリーにとって太陽は決して見慣れているとは言えないが、
それにしても太陽がこんなきれいな光を放つとは知らなかった。
「す・・・・・すごい・・・・・・・」
「初日の出は初めてだろ?よく見とけよ」
「初日の出・・・これが・・・・・」
「うん・・・・・やっぱり初日の出を見ないと一年が始まった感じがしないんだよな。
今年はお前の所のお嬢様たちも博麗神社に見に行ってるんだぜ、初日の出」
「・・・魔理沙も紅白の所で見てればよかったのに」
「それだとお前、絶対初日の出見ないだろ?お前にもこれを見せたかったんだ」
「・・・・・お節介さん」
素っ気なく切り返すが、パチュリーは微笑んでいる。
きれいな物をきれいと言える、純粋な子どものような顔だった。
「・・・・でも、ありがとう・・・」
「Happy New Year 、パチュリー」
「Happy New Year 、魔理沙」
「今年も幸せな一年になるといいな・・・」
「幸先はいいみたいよ」
毛布を広げて魔理沙を引き込む。もう少し距離を縮めて、寄り添って見る初日の出。
早起きは三文の徳、たまには外に出るのも悪くない。新年早々、パチュリーのちょっとした発見だった。