千年ほど前、幻想郷には一人の歌聖が訪れていた。
その歌聖の歌はそれはもう美しいものであった。
東西南北、季節、人情、その歌聖はありとあらゆる事柄を歌にして謳っていた。
歌聖は自然を愛し死ぬまで旅してまわったという。
その事は幻想郷の古い文献にも記されており、
その歌聖、見事に優れたり、
とある。
そして歌聖はこの幻想郷で幽明境を分かつ。
そう『死』の到来である。
そのこともこの古い文献に記されている。
「富士見の娘、西行妖満開の時、幽明境を分かつ、その魂、白玉楼中で安らむ様、西行妖の花を封印しこれを持って結界とする。願うなら、二度と苦しみを味わうことの無い様、永久に転生することを忘れ、永遠の時を過ごすことであろう」
と。
歌聖は自分の死期を悟ると、己の願い通り最も見事な桜の木の下で永遠の眠りについた。
それからだ。
この桜が人を死に誘うようになったのは……………。
それと同時にその桜は最も美しく桜が満開した。
その美しさにより多くの人を魅了し、多くの人がその桜の木元で永遠の眠りについた。
それから千年余り経った。
「お嬢様!」
まだ咲ききらない桜を眺めて散歩している時、そこに妖夢からの声がかかった。
「どうしたの?」
少々焦っているようなので手っ取り早く用件を聞くことにする。
「これを…………」
と、懐から取り出したのはボロボロになった一冊の本だった。紐で閉じてあり、この本がいかに古いのかは一目瞭然だった。
「なに? これ」
その本を受け取るとぱらぱらとめくって内容を確認する。
無論、そこには文字のみが列なっている。読解不可能な文字で。
「父上の書架を整理していたら出てきまして、読んでみると幽々子様のことが書いてあったもので。一応、幽々子様に渡しておこうと思いまして」
一般人にしては解読不可能の文字さえも、幽々子にとっては平仮名を読むのと同等に、読むのは簡単だ。
それは妖夢も同じことである。
「あ、ここです」
とあるページに至ったところで、指摘する。
そこにはこう書かれていた。
『幽々子譲はまだ何も知らぬ。何も知らぬが故あの笑顔を私に向ける。一体、真実を知るや否やどんなお顔をされることであろうか。その真実に徐々に気付かせるために妖夢を遺したわけだが、幽々子譲は気付いてはくれるだろうか? 上記の事を記し、ここで筆を置く事にする』
と。
「どういう意味なの?」
もちろん意味が分からなかった。
知らないこと、一体それはなんなのだというのか…………。
「すみません、お嬢様。私にもさっぱりです」
「でも、ここに貴方の名前も、書いてあるわよ?」
と幽々子はとある一行を指差す。
「何で書かれているんでしょうねぇ」
「わからないの?」
はい、と即答。
「それではお嬢様、そろそろ日も暮れてきたことですし戻りましょう」
「そうね」
最後にと思い、桜を見上げた。
そこには、満開を見せたことが無い西行妖の姿があった。
次の日。
幽々子は昨日の本に少し興味を持ち、調べるために書架を漁っていた。
さまざまな本があり、懐かしさを感じさせる本まである。
もちろん今はその感傷に浸っている時では無い。
「まだ、何かしら手がかりがあるのだと、良いのだけれど………」
どうもそれらしい書籍は見当たらない。
もう半分以上見てみたが、全てからぶりだった。
「ふう、少し、疲れたわ」
もう三時間以上を通して本を見てる。
幽霊であるはずの幽々子が疲労を覚えるのは、それほどにまで疲れる作業だったのだ。
一息つく。
ちょうどそこに手にお盆を持った妖夢が襖を開けて入ってきた。
「どうですかお嬢様? 何か見つかりましたか?」
お盆の上に置かれたお茶を、幽々子に渡す。
幽々子はお茶を受け取ると地面に正座の態勢をとった。
お茶を飲む上の礼儀だ。
「ありがとう、妖夢」
そして一口飲む。
お茶は程よい熱さで美味しかった。
「何も見つからないわ。もしかしたら、ここの書架には無いのかもしれない」
正直、本当にそう思った。
「そうですか…………」
後一時間程この作業を続け、見つからないなら止めてしまう予定だった。
別段この作業には意味のない事だ。やらなければならない事では無い。
最後のお茶を飲み干した。
「それではお嬢様。私はお庭の手入れをしてきますので、何かあればすぐさまお知らせください。すぐに駆けつけますので」
「ええ。お茶、美味しかったわ、妖夢」
ありがとうございます、そう妖夢は言うと部屋を去った。
一人の部屋の時の静寂が戻る。
「さて、始めますか」
立ち上がり、改めてその書架を見る。
相変わらず大量の書籍だ。優に千冊は超えているだろう。
やる気が殺がれて行く気がする。
それでも幽々子は作業を再開した。
まずは一冊と手に取った書籍の名前は『西行妖歌聖譚』と書いてある。
一頁一頁とめくっていくうちに、幽々子の表情が変わった。
「見つけた」
そう、とうとう探していた者を見つけたのである。
幽々子は頁を読み進む。
ほとんどは怪奇譚だが、所々にこの幻想郷をテーマにした怪奇譚もある。
その中のある頁に書かれていたこと、
「富士見の娘、西行妖満開の時、幽明境を分かつ、その魂、白玉楼中で安らむ様、西行妖の花を封印しこれを持って結界とする。願うなら、二度と苦しみを味わうことの無い様、永久に転生することを忘れ・・・」
というところに興味が湧いた。
忘れ、の後からは黒ずんでおり、読むことは出来ない。
西行妖が満開しないのはこの為だったのだ。
「なるほどね…………」
そういうことか。
もう春が近い。
幽々子はついでだと思いこの西行妖を満開、つまり西行妖の封印を解く、とこの時心に決めた
封印を解くということは必然的に西行妖に眠っている何者かが復活すると考えた。
その上、満開で無い桜は後、西行妖だけだ。
ここで満開させない意味がない、幽々子はそう思った。
死に誘う事しかできない彼女が初めて死者を復活させようとしたのだ。
だがこの為には幻想郷の『春』を集めなければならなかった。
しかし、もう、幻想郷には『春』が無かった。
他の桜を満開させていたために、もともと狭い幻想郷の『春』は尽きてしまったのだ。
そこに、僅かの春を持った人間が訪れるとは誰も予想してなかった。
そして、残りの春を手に入れるために闘うこととなる。
――――――身のうさを思ひしらでややみなまし
そむくならひのなき世なりせば――――――
その歌聖の歌はそれはもう美しいものであった。
東西南北、季節、人情、その歌聖はありとあらゆる事柄を歌にして謳っていた。
歌聖は自然を愛し死ぬまで旅してまわったという。
その事は幻想郷の古い文献にも記されており、
その歌聖、見事に優れたり、
とある。
そして歌聖はこの幻想郷で幽明境を分かつ。
そう『死』の到来である。
そのこともこの古い文献に記されている。
「富士見の娘、西行妖満開の時、幽明境を分かつ、その魂、白玉楼中で安らむ様、西行妖の花を封印しこれを持って結界とする。願うなら、二度と苦しみを味わうことの無い様、永久に転生することを忘れ、永遠の時を過ごすことであろう」
と。
歌聖は自分の死期を悟ると、己の願い通り最も見事な桜の木の下で永遠の眠りについた。
それからだ。
この桜が人を死に誘うようになったのは……………。
それと同時にその桜は最も美しく桜が満開した。
その美しさにより多くの人を魅了し、多くの人がその桜の木元で永遠の眠りについた。
それから千年余り経った。
「お嬢様!」
まだ咲ききらない桜を眺めて散歩している時、そこに妖夢からの声がかかった。
「どうしたの?」
少々焦っているようなので手っ取り早く用件を聞くことにする。
「これを…………」
と、懐から取り出したのはボロボロになった一冊の本だった。紐で閉じてあり、この本がいかに古いのかは一目瞭然だった。
「なに? これ」
その本を受け取るとぱらぱらとめくって内容を確認する。
無論、そこには文字のみが列なっている。読解不可能な文字で。
「父上の書架を整理していたら出てきまして、読んでみると幽々子様のことが書いてあったもので。一応、幽々子様に渡しておこうと思いまして」
一般人にしては解読不可能の文字さえも、幽々子にとっては平仮名を読むのと同等に、読むのは簡単だ。
それは妖夢も同じことである。
「あ、ここです」
とあるページに至ったところで、指摘する。
そこにはこう書かれていた。
『幽々子譲はまだ何も知らぬ。何も知らぬが故あの笑顔を私に向ける。一体、真実を知るや否やどんなお顔をされることであろうか。その真実に徐々に気付かせるために妖夢を遺したわけだが、幽々子譲は気付いてはくれるだろうか? 上記の事を記し、ここで筆を置く事にする』
と。
「どういう意味なの?」
もちろん意味が分からなかった。
知らないこと、一体それはなんなのだというのか…………。
「すみません、お嬢様。私にもさっぱりです」
「でも、ここに貴方の名前も、書いてあるわよ?」
と幽々子はとある一行を指差す。
「何で書かれているんでしょうねぇ」
「わからないの?」
はい、と即答。
「それではお嬢様、そろそろ日も暮れてきたことですし戻りましょう」
「そうね」
最後にと思い、桜を見上げた。
そこには、満開を見せたことが無い西行妖の姿があった。
次の日。
幽々子は昨日の本に少し興味を持ち、調べるために書架を漁っていた。
さまざまな本があり、懐かしさを感じさせる本まである。
もちろん今はその感傷に浸っている時では無い。
「まだ、何かしら手がかりがあるのだと、良いのだけれど………」
どうもそれらしい書籍は見当たらない。
もう半分以上見てみたが、全てからぶりだった。
「ふう、少し、疲れたわ」
もう三時間以上を通して本を見てる。
幽霊であるはずの幽々子が疲労を覚えるのは、それほどにまで疲れる作業だったのだ。
一息つく。
ちょうどそこに手にお盆を持った妖夢が襖を開けて入ってきた。
「どうですかお嬢様? 何か見つかりましたか?」
お盆の上に置かれたお茶を、幽々子に渡す。
幽々子はお茶を受け取ると地面に正座の態勢をとった。
お茶を飲む上の礼儀だ。
「ありがとう、妖夢」
そして一口飲む。
お茶は程よい熱さで美味しかった。
「何も見つからないわ。もしかしたら、ここの書架には無いのかもしれない」
正直、本当にそう思った。
「そうですか…………」
後一時間程この作業を続け、見つからないなら止めてしまう予定だった。
別段この作業には意味のない事だ。やらなければならない事では無い。
最後のお茶を飲み干した。
「それではお嬢様。私はお庭の手入れをしてきますので、何かあればすぐさまお知らせください。すぐに駆けつけますので」
「ええ。お茶、美味しかったわ、妖夢」
ありがとうございます、そう妖夢は言うと部屋を去った。
一人の部屋の時の静寂が戻る。
「さて、始めますか」
立ち上がり、改めてその書架を見る。
相変わらず大量の書籍だ。優に千冊は超えているだろう。
やる気が殺がれて行く気がする。
それでも幽々子は作業を再開した。
まずは一冊と手に取った書籍の名前は『西行妖歌聖譚』と書いてある。
一頁一頁とめくっていくうちに、幽々子の表情が変わった。
「見つけた」
そう、とうとう探していた者を見つけたのである。
幽々子は頁を読み進む。
ほとんどは怪奇譚だが、所々にこの幻想郷をテーマにした怪奇譚もある。
その中のある頁に書かれていたこと、
「富士見の娘、西行妖満開の時、幽明境を分かつ、その魂、白玉楼中で安らむ様、西行妖の花を封印しこれを持って結界とする。願うなら、二度と苦しみを味わうことの無い様、永久に転生することを忘れ・・・」
というところに興味が湧いた。
忘れ、の後からは黒ずんでおり、読むことは出来ない。
西行妖が満開しないのはこの為だったのだ。
「なるほどね…………」
そういうことか。
もう春が近い。
幽々子はついでだと思いこの西行妖を満開、つまり西行妖の封印を解く、とこの時心に決めた
封印を解くということは必然的に西行妖に眠っている何者かが復活すると考えた。
その上、満開で無い桜は後、西行妖だけだ。
ここで満開させない意味がない、幽々子はそう思った。
死に誘う事しかできない彼女が初めて死者を復活させようとしたのだ。
だがこの為には幻想郷の『春』を集めなければならなかった。
しかし、もう、幻想郷には『春』が無かった。
他の桜を満開させていたために、もともと狭い幻想郷の『春』は尽きてしまったのだ。
そこに、僅かの春を持った人間が訪れるとは誰も予想してなかった。
そして、残りの春を手に入れるために闘うこととなる。
――――――身のうさを思ひしらでややみなまし
そむくならひのなき世なりせば――――――
一体何がそう思わせたのかわからない(汗