Coolier - 新生・東方創想話

紅魔嫉妬に狂ふこと

2003/12/26 02:02:18
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 ――暗く、黴臭い紅魔館の地下に495年。
 
 私はこの隠遁生活を誰に強いられるわけでもなく495年もの間続けている。かといって自分の意志
でこんな所にいるわけでもない、特に外に出ようとも思わないだけだ。
 この辺りが少々気がふれているという私の所以なのかもしれない。何せ地下での生活を495年も続
けてきたのだから。世間で言うところの常人から見ればこんな生活は狂気の沙汰だろうけれど、この生
活は私にとって正常以外の何物でのない。
 というか、この狭い地下室の中で正常と異常について考えること自体が実に愚かしい。この地下室だ
けが私の世界である以上、私がこの世界においての生ける法律。そう、ここでは私の在りようは常識で
あり、ここより外は非常識なのだ。つまり、私は正常だということ。
 この私の独自の認識のせいか、紅魔館の住人はあまり地下室に降りてくることはない。それは皆私を
恐れてのことかしら? でもそれは少し考えすぎかな。

 第一この館の住人は幾ら私の魔力が未知数であっても、その位で縮こまるほど柔な住人じゃない。私
の知る限り3人しかいないし、しかも各々とびきり腕が立つ。
 一人は私のお姉様、その力は運命さえも操る。実際どのくらいの融通が利くのか分からないけれど。
 一人はお姉様抱えのメイド咲夜、人間の身でありながら時を操り空間すら歪めることが出来るほど。
 一人はお姉様が何十年か前に知り合ったという魔女パチュリー。何が出来るのかは私にはよく分から
ない。けど、内に秘めている魔力は私にもひけをとらない。器が病弱なせいで真価を発揮できていない
せいなのだと思う。

 パチュリーのことで私がほかに知っているのは、私のいる地下室への入り口を魔力で何重にもロック
をかけているということ。お姉様に頼まれたのかしら? 数百年前に一度癇癪を起こして紅魔館の大半
を消滅させてしまったことが未だに尾を引いているのかもしれない。だから地下室の入り口に魔力で錠
をされたって別に気にはならないのだけれど。
 似たように、咲夜も時を操って、まるでかのダイダロスの迷宮のように地下室の空間を捩じ曲げて私
が外に出ることを防いでいるみたい。くすくす、そんなことをしなくても私は外に出る気なんてないの
に。私にはお姉様さえ傍に居てくれればそれですべてが満たされるのだから。

 くすん、でも最近そのお姉様が私にあまり会いに来なくなっちゃった…。
 咲夜から聞いた話だと、何でもごく最近に人間の知り合いが出来たとか。そういえば一週間ほど前に
屋敷が騒がしかったの、今思えばその人間がやって来ていたせいなのね。あの日食事を持ってきた咲夜
が傷だらけだったのもそのときは気にも止めなかったが、なるほどそういうこと。
 とにかく、その人間とお姉様は一悶着起こした後に親しい間柄になったのだろう。お姉様が最近よく
お屋敷から出るのもその人間に会いに行っているからに違いない。

 そうか、それでお姉様は最近私に冷たいのね。…だったら、その人間を私の能力で消してしまえば、
お姉様も元通り私に接してくれるようになるかもしれない。私はお姉さまのことが好き。偶にしか会い
に来てくれなくても大好きなの。
 きっとお姉さまはその人間に毒されてしまったのね。お姉さまと私、吸血鬼の食事は人間の血だと咲
夜から聞いたわ。いわば、お姉様は食糧と友人として付き合っていることになる。咲夜のようにお姉様
の手足となって動いてくれるには申し分ないけど、食糧を友人として扱うなんてもっての他…。
 だから、私がその人間に分からせてやらないといけない。くすくす、でも分かる前に消し炭になっち
ゃうかもしれないけど…。この私のレーヴァテインで…。

 …さっそく私は皆が寝静まったであろう屋敷から外へ出ることにした。幸いにして今日はお姉さまも
例の人間に会いに行くことはせず、館の内部にいるようだった。
 私は自分の有り余る膨大な魔力から自分の分身を作り、本来私がいるはずの地下室にそれを置いた。
そして、私が動いていることが紅魔館の住人に気取られないよう、分身に自分の魔力の気配を残す。事
を成し終えるまで私が紅魔館に存在するという証明してくれていればそれでいい。
 続けて、レーヴァテインを使って咲夜の作り出した空間の捩れを断ち切る。『ありとあらゆるものを
破壊する程度の能力』を有している私には造作もないことだ。その気になれば幻想郷自体を消滅させる
ことも可能だろう。もちろん、そんなことはしないし、する理由もないのだけれど。
 空間の歪みが無くなった地下室を進み、パチュリーが魔錠しているドアもやはり音も無く消滅させる。
しかし、少し派手にやりすぎたせいかドアの向こう側の回廊から部屋までがレーヴァテインで焼け焦げ
てしまっていた。私の能力は何でも壊せる代わりに再生の類は一切出来ない、これでは私が紅魔館を脱
したことがバレてしまうが、要は今だけ私の脱出を気取られずに、例の人間を消すことが出来ればそれ
でいいのだ。

 ――数百年ぶりに地下室の外に出たのでどこが紅魔館の出口かが分からなかった。ついでに紅魔館の
内装がひどく懐かしく感じられたが、生憎と今はそんなものを楽しんでいる余裕は無かった。日が昇る
前にケリを着けなければ私の生命に関わる。吸血鬼には何かと弱点が多い。
 そういうわけで時間もないし、出口を探すのが面倒くさかったのでレーヴァテインで紅魔館の適当な
壁を溶解し、どろどろに溶けてぽっかりと空いた穴から私はサッと館の外に出た。495年にして初め
て目にする幻想郷の広大さ。あまりの広さに思わず圧巻したけれど、やはりそれも今はどうでもよかっ
た。今の私の目的はたったひとつだけ。

 確か、咲夜は幻想郷にある唯一の神社にその人間が住んでいると言った。とても辺鄙なとこにある神
社だと。場所は正確には分からないけれど、その巫女の霊力の形跡は館に残っていた。ならそれをトレ
ースして神社の位置を逆探知すればいい。

 …1
 ……2
 ………3

 ああ、分かったわ。あっちの方角…。ちょうど紅魔館の門がある向きを真っ直ぐ…。
 レーヴァテインを携え、自慢の七色の羽で宙を浮こうとするやいなや、ふいに何者かの気配が近くで
した。どうやら門の方からこっちに向かって来ているらしい。

 「誰? こんな時間に紅魔館に何か用? 侵入者さん?」

 抑揚の効いた声で私に何やら言ってきている。初めて見る私の知り合い以外だった。
 「くすくす、私は初めから館の中にいたわ」
 何を馬鹿な!? という表情を知り合い以外のソレは浮かべたが、やがて納得したかのようにそいつ
は言った。
 「…そのお姿は、まさか、お嬢様の妹様? ああ、これはとんだ失礼をしました…。まさか妹様が館
から出て来られるとは思ってもみなく。あっ、申し遅れました。お初にお目にかかります、私、紅魔館
の門番を仰せつかっております紅………」
 皆まで言わせることもせず、私は瞬時に握り締めていたレーヴァテインをそいつに叩きつけた。けど、
相手も中々出来る奴だったらしく、ふいの一撃にも関わらず直撃には至らなかった。それでも結構いい
部位に当たったのか、盛大に紅魔館の庭を火達磨になりながら吹っ飛んでいき、彫像に激しくぶつかっ
た後昏倒した…。
 「おやすみ♪」
 追撃して息の根を止めることは可能だったけど、今はあんなのに構っている暇は無い。さて、早いと
ころ神社に行こうかしら…。

 いざ飛び立とうとするとき、また何者かの気配を感じた。館の方からではなかったけど、気配自体は
かなり遠いところからこっちに向かっているようだった。それも神社の方角から…。
 思わず私はにやりとする。だってその気配はついさっきトレースした霊力と全く同質のものだったか
ら。獲物が向こうからやって来ているのだ。これは手間が省けるというもの。
 くすくす、だったら紅魔館でケリをつけてやるのも面白いかもしれない。…ああ、何だか無性に興奮
してきたわ。これが人間を殺すということなのかしら。…うふ、うふふふ。
 
 私はそうと決めると紅魔館の方へ戻っていった。さっき壊した壁から館の内部に入る。
 中に入ると、そこにはもう見慣れたメイド服を着ている人間がいた。
 
 ――メイド長の、十六夜咲夜。


 *

 「地下にお戻りください、フランドール様。今ならレミリア様も紅魔館を破壊したことについてはお
咎めにはならないそうです――」
 こうして食事を届ける以外で、直に対峙することは初めてだろう。いつもは無邪気に笑っているだけ
なのに、今のフランドール様の殺気はなんだ? たぶん今下手なことをすれば間違いなく殺される。
 「あら咲夜、ごきげんよう。私は今人を待っているの、地下へは戻れないわ」
 人? フランドール様に知り合いなどいただろうか? もっとも、私も紅魔館には何百年も住んでい
るわけではないので、フランドール様に、私とレミリア様、パチュリー様以外に知り合いがいるかいな
いかの裏を取る術はないのだけれど。
 「人…ですか? それは一体…?」
 私の問いにフランドール様は軽い笑みを返した。とてもゾッとする。ただ笑っているだけなのにこん
なにも体が震える…。
 「咲夜も知っている人よ。だから、邪魔しないで」
 ――殺される、と思った。私は瞬時に時間を止めるとフランドール様から距離を取った。
 時間にして数秒後、私が元いた位置の床はどろどろに溶かされ、周りの壁は剣風で半壊していた。
 「うふふ、咲夜は時間を止めるのがじょーずね。じゃあこれならどーかしら?」
 無邪気にフランドール様はそう言うと、あたり一面に七色の弾幕を張る。
 「それは…」
 フランドール様の力はこれまで見たことも無かったが、まさかこれほどとは…。これはたぶん、いや
確実にレミリアお嬢様の力を凌いでいる?
 「スターボウブレイクよ。色を確認したときにはもう遅い」
 確かに遅かった。亜光速で迫り来る弾幕を人間の身でかわしきるには無理がある。
 「プ、プライベートスクウェア!!」
 被弾する寸前でのところで辺りの空間に結界を張る。これによってフランドール様のスペルの威力も
死ぬはずだ。
 「あらあら、流石は咲夜、一筋縄ではいかないわね。でもね? 私にはそんなちっぽけな攻撃は全く
効かないの。それに咲夜はそんな高等なスペルを連発できるほどの力は持っていない。でも私は違う、
この無尽蔵にある魔力で幾らでもスターボウブレイクを放つことが出来るわ! さぁ、あと何秒その命
が持つかしら?」
 さも何でもないことのように言うと、言葉通りまた辺り一面に七色の弾幕が張られる。これはヤバ過
ぎる展開だ。
 「くっ、パーフェクトスクウェア!」
 とにかく時を止めている間に逃げ回るしかない。このままでは魔力の相対量で押し切られ、そして死
ぬだけだ。それだけは避けなければならない。私にはまだレミリアお嬢様を見守り続ける義務がある。
 私は止まっている何秒かの間に必死でフランドール様の死角に逃げ込む。そして、これ以上の被害を
抑えるために紅魔館一帯の空間を捻じ曲げる、紅魔館を一つの無限回廊に変えたのだ。これで暴走気味
のフランドール様の魔力も紅魔館より外部に被害を及ぼすことも無いだろう。
 
 ――あらあら、これじゃ空間の歪を断ち切りのに骨が折れるわね。いつも地下室だけにかかっている
スペルとは大違い。流石は咲夜ね、うふ、うふふふふふ―――

 無限回廊と化した紅魔館にフランドール様の笑い声が響く。生きているという心地がまったくしなか
った。とにかく、私の役目はこれで終わり。私は空間の檻となった紅魔館にフランドール様を事態が終
息するまで閉じ込め続けておかなくてはならない。
後はパチュリー様にフランドール様の魔力を抑えてもらい、その間隙をついて事態の沈静化を図る必
要がある。
 
私は時間を止めつつ、殺されないようにフランドール様から傍から離れていった。


 *

――くすくす、咲夜は逃げてしまったようね。
 どうやら初めは私を上手く諭すつもりで接触を図ったみたいだけど、それが無理と分かった途端に、
私を空間に閉じ込めるという作戦に変更してきたのね。
 確かにこれはちょっとやっかい。地下室にかかっていた術者の意思とは切り離されたタイプのスペル
とは違い、術者の意思によって働いているタイプの結界のようだった。これは術者本人に解かせるか、
さもなくば術者を殺すかしないと、力押しで破壊するのはちょっと難しい。
 でも、もともと私は例の人間を紅魔館で待つことにしたのだから、閉じ込められようと何ら問題は無
い。おそらくこの結界は外部の者を締め出す類のものではないはずだから、逆に都合がいい。これで百
パーセント例の人間は逃げられない。一度蜘蛛の巣にかかった虫が決して蜘蛛から逃れることが出来な
いように。うふ、うふふふ…。
 
 何だかすべてが私の思惑通り動いているような気がしてならない。これでお姉様の心も私に戻ってく
ることだろう。後は例の人間がここへくるのを待つばかりだ。
 
 ――カツン

 と、ふいに廊下に靴の音が響いた。この歩き方は……レミリアお姉様だわ。

 
 *

 気のふれている妹が数百年ぶりにとんでもないことをしでかしている。理由は何だったかもう忘れて
しまったが、確かあのときも今みたいに紅魔館がぐちゃぐちゃになってしまった。
 この子は昔からそうだった、何か自分の気に入らないことがあると後先考えずに思ったことを実行に
移す。あまりにも気持ちが純粋過ぎて、自分の考えることすべてが正しいと誤解しているのだ。
 私は妹に言う。
 「――フラン、一応聞いておくけれど、地下に戻る気はないのかしら?」
 つい冷たい口調で話をしてしまうのは私の悪い癖なのだと思う。何やら思い詰めている妹を宥めるの
には適さなかったかもしれない。
 「お久しぶりね、レミリアお姉様。今日だけは幾らお姉様の頼みでも聞けないわ。私、人を待ってい
るのよ」
 言葉ぶりからして紅魔館の人間ではありえない。とすると一体誰のことを指しているのか。
 「フランが? 誰を?」
 そう聞くと妹はくすくすと笑い出す。
 「…何か、おかしい?」
 「…だって、お姉様も咲夜と同じ事をお聞きになるから。…私が待っているのは、お姉さまの知って
いる人よ」
 私の知っている人? それを待つためにこのような蛮行を働いたと言うのだろうか? それはともか
くとして、一体誰のことを…。
 ――ああ、そういえば今日は夜中に霊夢がうちにやって来るのだったわ。一緒に星を見に行こうって
約束した。でも、そうだとしてもどうして妹が霊夢を待つ道理があるというのか? お互いに関わりあ
う機会など無かったはずなのに…。
 「それは霊夢のこと? でもどうしてあなたが霊夢を待っているの…?」
 妹は答えない。
 「…フラン?」
 すると、妹は満面の笑みを浮かべながら言う。
 「くすくす、そう、レイムって名前なのね。やっと名前が分かったわ、それじゃあお姉様はしばらく
おやすみしててね」
 
 このときほど495年間共に生きてきた妹の顔を怖いと思ったことはなかった。


 *

 ――いけないいけない。少し興奮しちゃっていつもより強くスペルを放っちゃった。
 どうにかレミリアお姉様を殺すことなくおやすみしてもらうことが出来たわ。お姉様、今日までお姉
様がお友達だと思っていた人間は最初からいなかったのよ。お姉様が明日目を覚ましたらすべて元通り
ね、そしたら偶には私に会いに来てね。うふ、うふふふ…。

 ――あら?

 私の魔弾に倒れ伏したお姉様をよく見ると額から血が流れていた。殺さないまでもやっぱり強く打ち
込み過ぎていたらしい。
 その額から流れ落ちる血を見て私はついさっきまでとは違う胸の昂ぶりを感じていた。何だか、無性
にこの額からしたたる紅い血を嘗めてみたいと思ったのだ。
 私は吸血鬼でありながらこれまで人間の血を直に吸ったことは無い。でも、嘗めとるくらいなら私に
でも分かる。私は生まれて初めて人間のものではないけれど、生血を自分のこの舌で嘗め取った。
 食事をしてこれほど美味しいと思ったのは495年生きてきて初めてかもしれない。お姉様のルビー
のようにすら見える紅い血はそれほどに甘美な味わいだった。
 しばらくそうしていると姉の額の傷は吸血鬼の並外れた再生力により、傷があったという痕跡すら残
さず綺麗さっぱりと消えた。
 私は顔についた血を手で拭う。手にべったりと血糊がついた。鏡があったらどんなに自分の顔が汚れ
ていることだろう。自分のその顔を頭で想像したらおかしくなってくすくすと笑った。

 笑いに興じていると、またまた気配を感じた。紅魔館にいる住人は3人、とすると残るはパチュリー
に違いない。レイムの霊力の気配はまだ紅魔館には程遠い。
 私は顔をなお拭いながら、空間の捩れた廊下の角を曲がってくる魔女を見た。

 今日は病弱そうには見えなかった。


 *

 正直これほどの魔力を有しているとは思ってもみなかった。あまりにも強大過ぎて眩暈をしそうなほ
ど。並の使い手であるならば対峙しただけで心臓麻痺を起こしてしまうだろう。100年魔女をやって
きたけれど、今日だけは戦慄を隠し切れない。咲夜が殺されなかったのが奇跡に等しい。
 「妹様、矛を収める気はありませんか?」
 自分で言っておいてなんだが、そんな気はない…だろう。門番は半殺しの憂き目にあい、咲夜は時間
を止める能力がなければ間違いなく殺されていた。レミィに至っても半ば油断していたとはいえ、一撃
のもとに意識を失わせている。
 ここまでしているのだから、もう彼女の行動を止め得るものなどもはや何もないだろう。従って、今
私が言ったことなど意味を持たないのは分かっている。でも、言わずにはおれなかった。
 「みーんなおんなじこと言うのね。うふふ、今日は元気そうね♪ 何十年ぶりかしら?」
 今日は確かに喘息の調子もいいけれど、それでもまともにやりあって妹様には勝てる気がしない。で
も、たとえ勝てる見込みがなくとも、私はレミィに託された使命を全うしなければならない。
 私は自分の持つグリモアの中で最も高位なものを開く。私の唱え得るスペルの中で最上級のものを唱
えていく。手荒な真似は嫌いだけど、今はそんなことを言える状況ではない。
 「サイレントセレナ!」
 月の光のように柔く美しい弾幕だが、殺傷力は並のスペルを遥かに凌ぐ。もちろんこの程度では妹様
の魔力を抑えることなど到底出来はしないだろう。あくまでこれは繋ぎ。
 「問答無用ってわけ? うふふ、咲夜は時間を止めることでこれを防ぐことができたけど、それが出
来ないあなたはどうやって逃げ切るのかしら?」
 あ、あ、あ、妹様が何でもないように放つ七色の弾幕。それが私のサイレントセレナとどんどん相殺
してゆく、いえ突き抜けてくる。威力の相当をサイレントセレナのおかげで殺しているとはいえ、かす
っただけでも死んだとは思えない威力だった。ならば…その弾幕をすべて飲み込むしかない。
 「ロイヤルフレア!!」
 あらゆるものを焼き尽くす宇宙の炎。それは、仮令亜光速で動く妹様の弾幕とて例外ではない。その
証拠に、妹様から放たれる色鮮やかな弾幕はすべて私のロイヤルフレアに飲み込まれていった。でも、
妹様は自分のスペルを潰されたことなんて気にも止めていない様子だった。それどころか、とても楽し
そうな表情をしている。私にはそっちの方が恐かった。
 「知識と経験さえあれば、魔女の身でも宇宙の炎を喚び起こすことが可能なのね。でも、私の魔界の
炎には一歩及ばない」
 そこで妹様の振るうは魔剣レーヴァテイン。私は目の前で信じられない光景を目にした、ありとあら
ゆるものを焼き尽くすはずの太陽を一刀の元に叩き切ったのである。そして周りは逆に魔界の炎に飲み
込まれていく。
 「…まさか、太陽を切るなんて…」
 次元が違い過ぎる。レミィも人が悪い、こんなに力の差があったらどうにもならない。
 「レミリアお姉様から聞いていない? 私は『ありとあらゆるものを破壊する程度の能力』を持って
いるの。あなたが出す程度の太陽なら、私の持つ膨大な魔力で簡単に押し切れるわ!」
 どおりで…。つまるところ、私では端から勝ち目がないということに相違ない。それでも、私はレミィ
に託された使命『妹様の魔力を可能な限り消耗させること』を見事やり遂げなければならない。
 「うふふふ、そろそろ万策尽きたかしら?」
 妹様は軽快にステップを踏む。このまま何もしなければ殺されるのは必死だ。
 「まだよ、これが最後。火水木金土符『賢者の石』!!!」
 私のありったけの魔力を込めて放つ、妹様への最後の切り札だった。この目を覆うような弾幕は実は
ただのカモフラージュ。ここで爪を誤ったら後はない。
 「…な~んだ、つまんないの。こんなスペルじゃレーヴァテインも破れないよ~?」
 しめた、私の仕掛けには気付いていないらしい。このまま妹様が私を軽視していれば私の賭けは成る!!
 「…妹様、錬金術の極意は何だと思います?」
 「金を作ることだったかしら? それが、なに?」
 それは、違う。それはあくまでも比喩に過ぎない。本当は―――
 「妹様、それは違います。本当は無機物から有機物を、すなわち生命体を人の手で産み出すことにあ
ります」
 妹様は術中に嵌った。私は自分の周りに放った無数のダミー弾幕から次々と人工生命体を産み出していく。
その数はゆうに百を超える。一体一体が私とまではいかないでも、かなりの魔力を有している。
 私がこのスペルを自主的に解くか、死ぬか、魔力が尽きてしまわない限り、それこそ無限にそれらは生成されていく。
今日ほど体調がよくなければおそらくこんな高等なスペルを唱え切ることは出来なかったろう。
 「―――っ、まさかこんなことを狙っていたなんて…」
 流石の妹様もこれには難色を示したらしい。何せ一体一体を屠るのにもそこそこの魔力は使うから。
 ――後は、レミィを妹様から引き離し、意識が戻るまでの間どこかに逃げ遂せなくてはならない。そ
れには二回ほど空間転移する必要がある。少々苦しいがそれくらいなら出来ないことはないだろう。
 「…もう、鬱陶しいなぁ。それじゃぁ、フォーオブアカインド」
 ――この方は、何でもありなのか。妹様は4体に分身したかと思うと、手際よく私の産み出した人工
生命体たちを粉砕していく。もちろん私も負けず劣らず魔力の消耗を引き換えとして次々と人工生命体
を創り出す。今はお互いがただ潰しあっているだけだから、私とレミィが脱出するまでは何とか持つはずだ。
 それに、自分の複製体を魔力で3体も出すということは、それだけの魔力の消耗を意味している。
図らずも思うように事が運んだので私はほくそ笑む。
 「…それでは妹様、私の役目はこれで終わりです」
 と言い、私は瞬時に妹様の近くに横たわっているレミィの前に空間転移する。
 「…なっ」
 人工生命体を潰すことに躍起になっていた妹様もこれには泡を食ったらしい。その表情はとても興味
深いものだったが、今は逃げることが先決。
 「――では」
 殺される寸でのところで私は何とかレミィと共に空間転移に成功した。


 *

 ――ああ、むしゃくしゃする。結局パチュリーは何をしたかったのかしら? 私からお姉様を引き離
すためだけにやってきたというの? どうして? なんで? 私は別にお姉様を殺そうだなんて思って
いるわけではないのに。
 
 ――ああ、そうか。きっとパチュリーもお姉様を私に横取りされると思ったんだわ。うふふふ、じゃ
あ、パチュリーもレイムを殺した後に始末してしまわないといけないわ。今までは同じ紅魔館に住んで
いたから我慢していたけれど、私からお姉様を横取りしようだなんて考えは是正しなきゃ。
 
 ――くすくす、そうよ。この館には私とお姉様さえいればそれでいいの。咲夜もパチュリーもいらない。
どこに隠れているのか知らないけれど、見つけ次第目にも見せてやる。それから、この気味の悪い木偶人形たちも―――。
 私は忌まわしいパチュリーが残していった、人工生命体とやらを沸いてくる度に粉微塵にしていく。
 原子すら残すことのないように。

 ――と、先程から続く戦闘の最中には気付かなかったが、どうやらレイムが紅魔館に到着したらしい。
うふふふ、ついに、来た。もはや、今だけは咲夜もパチュリーもどうでもいい。早く、私からお姉様を
奪った人間を殺してしまわないともう収まりがつかない。
  
 ――私は、それからしばらくの間けたけたと笑っていた。


 *

 「…お嬢様は?」
 息も絶え絶えに咲夜は言う。
 「…大丈夫。ただ気を失っているだけよ」
 私はそう答える。
 「…そう、ならいいのですけれど。そういうパチュリー様は大丈夫なのですか?」
 大丈夫ではない。傷自体は大した事はないけれど、消耗した魔力によって及ぶ被害の方が甚大だ。
 きっと明日からしばらく重い喘息に悩まされるだろう。もちろん、明日が来ればの話だけれど。
 「…なんとか、ね」
 余計な心配をさせないようにそう答えた。
 「それより――」
 私は二の句を繋ぐ。
 「どうして妹様が急にあんなことをしでかしたか、咲夜は分かる?」
 咲夜はさも申し訳なさそうに答える。
 「おそらく、私がフランドール様に博麗霊夢のことについて話して差し上げたのが問題だったのでは
ないかと…」
 「…霊夢? あの紅白の人間?」
 意外な人物が出てきたものだ。
 「はい、先週のあの一件からレミリアお嬢様と親しくなられまして。それで、最近レミリアお嬢様が
あまりフランドール様に構ってられませんでしたし…。もしかしたらそのことが原因でフランドール様
は、博麗霊夢に嫉妬というか、そんな気持ちを抱いたのではないでしょうか?」
 なるほど、あの思い込みの強さなら、咲夜の推論もあながち間違ってはいないだろう。
 「…たぶんその線で間違いないわね。それにしても、このままでは不味いわ。レミィが早いところ目
覚めてくれないと、咲夜と私が命を賭けて成した策が無駄になってしまう。もう私には妹様と正面きっ
て渡り合うほどの余力は残っていないし、あなたの時を止めるような高度なスペルは人間の身では体に
負担が懸かりすぎる。仮に、二人がかりで行ったとしても勝ち目はないわ」
 八方塞だ。このまま時間が過ぎれば、妹様の消耗した魔力も回復し、私たちが勝てる見込みは万に一
つなくなる。
 「…パチュリー様、ひとつだけアテが御座います」
 アテなんて、そんなものがあるのだろうか?
 「…どういうこと?」
 「実は今日、その博麗霊夢が紅魔館に来るのです。時間的にもう来ている頃だとは思うのですが…」
 咲夜の言いたいことの意味が分かった。
 「…つまり、私たちの代わりにあの紅白を妹様と戦わせるというの?」
 「はい。このままレミリアお嬢様がお目覚めになられなければ、どちらにせよ私たちは死ぬことにな
るでしょう。それならば――」
 「でも咲夜、紅白はあなたと同じ人間よ? それこそ勝ち目なんてない、無駄死によ」
 「お言葉ですがパチュリー様、博麗霊夢は人間の身でありながら、私どもに打ち勝ち、運命すら操る
ことの出来るレミリアお嬢様を倒したほどの者です。可能性がないとは言い切れません」
 人間を信じることを諦めたはずの咲夜が認めるほどの人間。それがあの紅白、博麗霊夢という巫女。
確かに、あれには魔女である私ですらも勝てなかった。もしかすると、あるいは…。
 「…分かったわ、咲夜。でも、私はあの紅白をむざむざ殺させるようなことはしたくない。今の私を
倒すことが出来ないようなら、私はすぐにでもあの子を紅魔館から追い出すわ。…いいわね?」
 「はい。パチュリー様のお望みのままに――――」
 そう最後に咲夜は言い残すと、憔悴しきった顔をして眠りについた。よほど疲れていたのだろう。
 でも、それは私も同じ。
 「おやすみなさい、咲夜。風邪だけは引かないようにね」
 私は重い腰を起こすと、無限回廊と化している紅魔館に迷い込んだ紅白とコンタクトを取るため、
空間転移をした。


 *
 
 妹様がまだ紅白に接触を図っていないのが幸いした。何とか私が紅白の力を試す程度の時間は取れる
だろう。私の残る魔力は、サイレントセレナ、ロイヤルフレア、賢者の石、を軽く一発ずつ放てる程度
にしか残っていない。
 それでも、前回私が不調だったときとは比べ物にならないほどの威力をそれぞれが持っている。この
程度を乗り越えられないようでは紅白は間違いなく妹様に殺される。
 私は人工生命体を製造するスペルを解除する。目の前の紅白との戦いに備えるために。

 「また来たの?」
 「また来たの」
 紅白が一言だけ返事をする。
 「今日は、喘息の調子もよいから、とっておきの魔法を見せてあげるわ!」
 
 さあ、あなたの力を見せてみなさい。そして、妹様を―――――





初投稿です。

一応霊夢の紅魔卿EXステージが始まる前のエピソードを書いたつもりですが、
乱暴な言葉遣いや、公式設定との相違点があったりして、人によっては大いに
不快に思ったりすることと存じます(;´Д`)

あと、読みにくかったりもするかもしれませんが、そういう点に目をつぶって
読んでいただければ幸いであります。
オサキ狐
[email protected]
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コメント



0.2290簡易評価
1.500005削除
GJ!まさに東方紅魔『狂』って感じでした。
各キャラの視点を上手く組み合わせていて、読んでて引き込まれました。
それにしても、みんな強くカッコよく描かれてるなぁ・・・
2.50すけなり削除
気付いてたら終わっていた、感じに読み終わる事が出来ました。<br>
若干読みにくいところもありますが、読ませてくれますね。Good
3.40妄想録の人削除
確かにレミリア様が紅魔館に居たりパチュリーが雨を降らせていなかったり
色々と相違点がありますがそれ以上に圧倒的なフランドールの存在感と異常が
読んでいて伝わってきました。本当は48点くらい付けたいです。
4.50削除
読んでるうちにどんどんのめり込んでいって、とても面白かったです。
特にラスト直前の繋ぎが凄くスムーズで良かったです。
相違点と言われても、自分はほとんど気になりませんでした。
改めて妹様達を再認識する事が出来たと思います。
素晴らしいSSをありがとうございます。
5.40名無しで失礼します削除
カッコイイ系で久々に読まされました。後日でもなぞりでもなくてEX前っていうのもいい感じですね。
6.50蒼也削除
妹様と咲夜が対峙した時の雰囲気とか凄くいい感じでした。
個人的にパチュリーが最高。通常そんなに重要な役どころにならないだけに新鮮です。
7.20使削除
んー、文章に無駄が多いですね。あともう少し展開に勢いが欲しいところ。
8.30BYK削除
EX前という着目点が良かったです。上手く書けてますよー。
…オリジナルを持ってないので、実際のEX前の展開は知らないんですが(汗
9.無評価オサキ狐削除
レスして下さった皆さん、自分の拙い文章を読んでくださってどうも有難う御座いました。特に使さんのレスは次回へのいい励みになります。また機会がありましたらぜひ批評してくださいませ。
10.50勇希望削除
私的には、文章の無駄さが逆に良い味を出してるようにも感じられます。
また、視点の切り替えがスムーズに行っている点も好印象です。
オリジナルな発想点も素晴らしい(賢者の石とか)
今後の参考にさせていただきます。