―人界と幻想郷を分かつ「博麗大結界」。普段は誰にも知られること無く、ただそこに在って両界を隔てていた。だが、ある時…―
chapter1 結界の前で
日記を書いていた。まるで珍しい物を見せびらかして自慢するように、彼女は筆を執っていた。
「忘れないうちに、しっかり書き留めておかないとな。こんな体験、一生に一度あるか無いかだもんな。」
彼女の名は、霧雨魔理沙。幻想郷で、黒魔法を操る魔法使いだ。
数日前のことだった。
魔理沙はいつものように、博麗神社へ遊びに出かけた。どんな手段で霊夢をからかおうか考えながら。
神社に着き、いざ霊夢をからかおうとしたが、霊夢はそこには居なかった。
「あれ?霊夢が居ない。厄介事でもあったかな。…何やら嫌な気配がするぜ。」
彼女は気配のする方へ向かった。向かった先は、神社の周りを囲む森の中だった。
「何だ、ここは?光が縦に走ってるぜ。」
彼女が見たものは…スキマだった。博麗大結界が破れて出来たものだった。
「…そうか、これが人界との境界なのか。何で破れているんだ?霊夢のやつ、このこと知ってんのかなぁ…。」
だが、そんなことはどうでも良かったのであった。それより今の彼女には…
「向こうの世界には妖怪とかが居ない、人間だらけの世界なんだよな…行ってみるか、人界とやらに。」
人界がどういうところなのかを知りたい、という好奇心の方が強かった。彼女は勢いよく、スキマの中に飛び込んでいった。
「ふう、着いたぜ。…何だ、いきなり違う場所に出るかと思ったら、さっきと同じ森の中か。まあ、ただ分けてるだけの結界だから、当然のことなんだが。」
ふと、後ろを振り返ると、先程まであったはずのスキマが、跡形もなく消え失せていたのだった…。
「おいおい、そりゃないぜ。帰り道は無しかい。このままこっちの世界で生きろっていうのかい。
パチュリーからもらってきた錬金術の本が、こんなところで役に立つとはな。これで金には困らないだろう。」
彼女は錬金出来るだけの金を生成し、森を抜けて町へ向かったのであった。
chapter2 人界の町中にて
一夜明け、朝日が昇った。いつも幻想郷で見る夜明けと、変わりなかった。
彼女はまず、服装を変えるところから始めた。人界では、ゴスロリは奇異な服だからだ。そして、彼女には狙いがあった。
「とりあえずスーツを着ておけば、探偵のフリぐらいは出来るかな?」
すっかりスーツ姿になった彼女は、大都会の中へ繰り出していった。人界を知るには、人ごみの中に揉まれるのが最も良い方法だと考えたからだ。
見渡す限りの人、人、人…
「何だってこんなに人が集まるんだ?一体何があるんだ?」
彼女は大きな通りに差し掛かった。目の前を大きな塊が大量に横切っている。
「まったく危なっかしいなぁ…そうか、これが車か。どうやら都会には、人だけじゃなくって物まで集まるようだな。」
さらに詳しく町を見てまわる為に、列車に乗ることにした。人界では、人が空を飛ぶのはタブーなのだ。
「こっちの人間は、本当に誰も空を飛べないんだな。」
彼女はゆっくりと乗り場へ向かった。耳元では、発車ベルとアナウンスが響いていた。
「何だってこうも慌しいのかね?もっとゆっくり出来ないものか。」
彼女は列車に乗ると、窓から見える景色を観た。林立するビルディング、ひしめきあう工場の数々…。どれも幻想郷に無いものばかりだった。
「なるほど、これが会社とか工場とかいうものか。わざわざ家からこんな物に乗って、こんな所まで行って働いて何が楽しいのかね。」
彼女は列車を降りた。向かった先は百貨店だった。
「ひゃ―、服やら食いモンやらがみんな揃ってるぜ。こっちの人間は、何でも金で買う生活をしてるのか?」
ふと、彼女の目線が止まった。その先にあった物は、インスタントラーメンだった。
「熱湯3分、便利なもんだ。是非ともあっちの世界にも広めたいものだな。」
彼女は百貨店を出ると、その足で都会をあとにした。
日が傾いてきたので、彼女はとある廃墟に身を寄せることにした。
「何でこっちの人間は、こんなにあくせくしてるんだ?」
彼女がぶち当たった疑問はこれだった。
「インスタントラーメンみたいな便利が物が売れるのは、時間が無いからだ。メシを作る時間まで割いて働く必要があるのかね。」
彼女は答えを見つけられぬまま、眠ってしまった。
chapter3 もう1つの博麗神社
夜が明け、目を覚ますと、彼女は結界のある森の中へ向かった。相変わらず結界は閉ざされたままだった。
彼女は結界を開こうとするが、彼女の力ではびくともしなかった。
仕方なく町へ戻る途中、踏跡のはっきりとした小道に出くわした。
「ん、何だい、ちゃんとした道があるじゃないか。…もう都会はこりごりだ。今日は森を歩き回ることにしよう。」
彼女は小道を辿った。辿った先には鳥居があった。
「こんな森の中に神社があるとは。博麗神社みたいに誰も来なさそうだな。」
そう言って彼女は鳥居を凝視した。驚くことに「博麗神社」と書いてあるではないか。
「あれ?それじゃ、ここは幻想郷か?そんなことはねぇな。どこにも結界なんて無いし…人界の方にもう一つ、別の博麗神社を造ったのか。」
彼女は鳥居をくぐり、境内へと入っていった。境内には、紅白の装束に身を包んだ巫女が、掃除をしていた。
彼女は巫女に話し掛けた。巫女はそれに応えた。
「ほう、こっちの神社にも巫女が居るのか。」
「あら、珍しいわね。こんな偏狭な所に来るなんて。こっちのって、どういう意味かしら?」
「いや、何でもないんだ。この辺りを歩き回ってるだけでね。」
「ふーん、どんな用事で?」
「探偵としての仕事さ。」
彼女はそう言い訳した。だが、巫女には彼女の嘘が通用しなかった。
「あなた探偵じゃないわね…今、あなたの正体を当てて見せるわ。」
「それはどうかな?ぴったり当てても何もあげられる物はないぜ?」
「そうね…魔女ってとこかしら。」
「惜しいなぁ。魔女っていうと、妖怪や悪魔が魔力を身につけた者をいう言葉だから、私みたいに人間が魔力を身につけているのは『魔法使い』と言わないと駄目なんだぜ。」
「魔女という種族があるのですね…幻想郷って、本当に奥が深い世界ね。」
巫女から発せられたその一言に、彼女は凍りついた。
「…幻想郷を知ってるのか?」
「ええ、先代から、『この神社は結界を張る時に新たに建立したものだ』と聞いております。いろいろお話をお聞かせ願いませんでしょうか?」
「私の住む世界の話をしろというのかい?構わないがその前に、あんたの住む世界の話をしてくれないか?
なぜこの世界は、特に都会というところでは、皆あくせくしているんだ?」
「まあ、簡単に言えば、自然を忘れているからかしらね。あなたも見てきたことでしょう、高層ビルや工場を。自然を忘れている証拠よ。」
「話が突飛だぜ。」
「すぐに分かるわ。自然を忘れるって事は、人間が何でも一番だ、人間が偉いんだ、という妄想を生んでしまうのよ。人間なんて、自然の円環のほんの一部分にしか過ぎないのにね。」
「そういえばそうだぜ。人間も一応、他のものに食われる立場にあるぜ。」
「そうやって、社会の近代化が始まっていった。自然を無視した開発、あらゆる物を売る経済活動。すべては快楽と利益の為に。愚かな話ね。」
「まったくだな、何でも金で買えるなんて、おかしな話だよな。」
「そうやって、裁縫も料理も出来ない人が増えていく…仕事をすることしか能のない人が増えていく。そして人は、更なる快楽を求め、出来る事を無くしていく。悪循環の繰り返し。自然のなすがままにすれば、既製品を売ろうなんて考えは生まれてこないのにね。」
「インスタントラーメンとかがその例えかな?あくせくするのは、利益を得るために仕事をするからなんだな?」
「そういうこと。何でもお金で買えるということは、お金が無くてはいけない、ということになるわ。お金を得る手段として、人は仕事に熱心になる。…本当は、仕事をした報酬として利益やお金があるのに、これでは主客転倒だわ。大体今の経済活動がおかしいのよ。原始的な経済活動は物々交換で、そこに利益は生じなかったはず。なのに、どうして今は物を渡すだけで利益が生じるのかしら。自然のなすがままにすれば、通貨なんて卑しい物は生まれないのに。」
「なるほど…疑問は解決したが、相当勉強してんだな?」
「ま、それだけ私が自然と一体になって生活してるからよ。」
「つくづく頭が下がるぜ。よし、約束だ。私の住む世界について、話すことにしよう。」
そう言うと、彼女は巫女に、幻想郷がどんな世界かを話した。
「正に私の理想とする世界だわ。いつか行ってみたいな。」
「妖怪に取って食われるぜ?」
「そうでしょうね、私には妖怪を祓うだけの力は無いわ。でも、人並み外れた能力は持っているわ。
あなたを幻想郷の人だと区別し、あなたの正体を見抜いた力をね。」
「…勘じゃなかったのか。」
「私の先祖は博麗一族の遠戚で、私もその血を引いて、神仙術らしき力を使えるみたいなの。
もっとも私の苗字は博麗じゃないし。」
「ほう、あんたも博麗一族の血縁か。」
巫女は一旦、社の中へ入っていった。戻ってきた時には、手に何かを持っていた。
「あなたと会えてよかった。幻想郷についての理解を深めることも出来ましたし。これはお礼のしるしです。手土産にもなりますよ。」
巫女が手渡してきたのは、みくじだった。
「こんなのあっちの博麗神社で飽きるほど引いたってのに…。末吉か、初めて見るなぁ。」
「あら、幻想郷ではそんなに珍しいのかしら?」
「いや、あっちの巫女の都合で入れてないだけだ。本当に努力の嫌いな子でね…。っと、そろそろこの辺で失礼するぜ。」
「あの…何かの縁かもしれません。もう二度と会えないかもしれません。名前をお聞かせ願いませんでしょうか?」
「名乗る程の者でもないのだが…私の名前は、霧雨魔理沙。悪を懲らしめる少女探偵…に、なりすました魔法使いだ。」
「霧雨 魔理沙…素敵な名前ね。私の名前は、さやか。また会えると良いですね。」
「ああ、結界が明日も閉じていたら、今日と同じ時間に来るぜ。」
そう言って、彼女は小道を逆に辿っていった。巫女はそれを姿が見えなくなるまで、見守っていた。
chapter4 いざ還らん、幻想郷へ
一夜明け、彼女はまた、結界のある森の中へ向かった。
「やったぜ、スキマがあるぜ!これで帰れるぜ。」
だが、一つ問題があった。スキマが小さくて、そのままでは通ることが出来ないのだ。彼女は身につけていたすべての呪文を唱えたが、スキマがこれ以上開くことはなかった。
諦めかけていたその時、突然あたり一面に稲光が走り、スキマが大きく開けた。
「しめた、やったか!?」
次の瞬間、スキマから何者かが現れたのだった。
「ふう、どうにか着いたみたいね…魔理沙!」
「霊夢!私を探しに来たのか?」
「もちろんよ。さ、帰りましょう。スキマが閉じる前に。」
「OK。後で事の経緯を説明してくれよな。」
真相はこうだった。
数日前、突然神社のまわりから、妖気が消えた。霊夢がその原因を探ってみたら、神社の森にスキマが出来ていた。このスキマをつくった犯人を探すために、神社を留守にしていた時に、魔理沙が訪ねて来て、スキマを見つけて入って行ってしまった、ということだった。
スキマをつくった犯人は、あらゆる境界を操れる妖怪だった。霊夢が犯人を見つけ、スキマを閉じさせたのは丁度、魔理沙がスキマをくぐっていった後のことだった。
そのことに気付いた霊夢は、自らの力で結界を破り、魔理沙を助けに行った、ということだった。
「よし、これで書き終わりっと。」
魔理沙は日記を書き終えた。人界で経験したことが、びっしりと書かれていた。
日記の最後は、こう綴られていた。
「私、霧雨魔理沙は、もう一度、人界の博麗神社で巫女をしているさやかに会うことが一生の夢だぜ。」
―博麗大結界は、今日も人界と幻想郷を分かつ―
chapter1 結界の前で
日記を書いていた。まるで珍しい物を見せびらかして自慢するように、彼女は筆を執っていた。
「忘れないうちに、しっかり書き留めておかないとな。こんな体験、一生に一度あるか無いかだもんな。」
彼女の名は、霧雨魔理沙。幻想郷で、黒魔法を操る魔法使いだ。
数日前のことだった。
魔理沙はいつものように、博麗神社へ遊びに出かけた。どんな手段で霊夢をからかおうか考えながら。
神社に着き、いざ霊夢をからかおうとしたが、霊夢はそこには居なかった。
「あれ?霊夢が居ない。厄介事でもあったかな。…何やら嫌な気配がするぜ。」
彼女は気配のする方へ向かった。向かった先は、神社の周りを囲む森の中だった。
「何だ、ここは?光が縦に走ってるぜ。」
彼女が見たものは…スキマだった。博麗大結界が破れて出来たものだった。
「…そうか、これが人界との境界なのか。何で破れているんだ?霊夢のやつ、このこと知ってんのかなぁ…。」
だが、そんなことはどうでも良かったのであった。それより今の彼女には…
「向こうの世界には妖怪とかが居ない、人間だらけの世界なんだよな…行ってみるか、人界とやらに。」
人界がどういうところなのかを知りたい、という好奇心の方が強かった。彼女は勢いよく、スキマの中に飛び込んでいった。
「ふう、着いたぜ。…何だ、いきなり違う場所に出るかと思ったら、さっきと同じ森の中か。まあ、ただ分けてるだけの結界だから、当然のことなんだが。」
ふと、後ろを振り返ると、先程まであったはずのスキマが、跡形もなく消え失せていたのだった…。
「おいおい、そりゃないぜ。帰り道は無しかい。このままこっちの世界で生きろっていうのかい。
パチュリーからもらってきた錬金術の本が、こんなところで役に立つとはな。これで金には困らないだろう。」
彼女は錬金出来るだけの金を生成し、森を抜けて町へ向かったのであった。
chapter2 人界の町中にて
一夜明け、朝日が昇った。いつも幻想郷で見る夜明けと、変わりなかった。
彼女はまず、服装を変えるところから始めた。人界では、ゴスロリは奇異な服だからだ。そして、彼女には狙いがあった。
「とりあえずスーツを着ておけば、探偵のフリぐらいは出来るかな?」
すっかりスーツ姿になった彼女は、大都会の中へ繰り出していった。人界を知るには、人ごみの中に揉まれるのが最も良い方法だと考えたからだ。
見渡す限りの人、人、人…
「何だってこんなに人が集まるんだ?一体何があるんだ?」
彼女は大きな通りに差し掛かった。目の前を大きな塊が大量に横切っている。
「まったく危なっかしいなぁ…そうか、これが車か。どうやら都会には、人だけじゃなくって物まで集まるようだな。」
さらに詳しく町を見てまわる為に、列車に乗ることにした。人界では、人が空を飛ぶのはタブーなのだ。
「こっちの人間は、本当に誰も空を飛べないんだな。」
彼女はゆっくりと乗り場へ向かった。耳元では、発車ベルとアナウンスが響いていた。
「何だってこうも慌しいのかね?もっとゆっくり出来ないものか。」
彼女は列車に乗ると、窓から見える景色を観た。林立するビルディング、ひしめきあう工場の数々…。どれも幻想郷に無いものばかりだった。
「なるほど、これが会社とか工場とかいうものか。わざわざ家からこんな物に乗って、こんな所まで行って働いて何が楽しいのかね。」
彼女は列車を降りた。向かった先は百貨店だった。
「ひゃ―、服やら食いモンやらがみんな揃ってるぜ。こっちの人間は、何でも金で買う生活をしてるのか?」
ふと、彼女の目線が止まった。その先にあった物は、インスタントラーメンだった。
「熱湯3分、便利なもんだ。是非ともあっちの世界にも広めたいものだな。」
彼女は百貨店を出ると、その足で都会をあとにした。
日が傾いてきたので、彼女はとある廃墟に身を寄せることにした。
「何でこっちの人間は、こんなにあくせくしてるんだ?」
彼女がぶち当たった疑問はこれだった。
「インスタントラーメンみたいな便利が物が売れるのは、時間が無いからだ。メシを作る時間まで割いて働く必要があるのかね。」
彼女は答えを見つけられぬまま、眠ってしまった。
chapter3 もう1つの博麗神社
夜が明け、目を覚ますと、彼女は結界のある森の中へ向かった。相変わらず結界は閉ざされたままだった。
彼女は結界を開こうとするが、彼女の力ではびくともしなかった。
仕方なく町へ戻る途中、踏跡のはっきりとした小道に出くわした。
「ん、何だい、ちゃんとした道があるじゃないか。…もう都会はこりごりだ。今日は森を歩き回ることにしよう。」
彼女は小道を辿った。辿った先には鳥居があった。
「こんな森の中に神社があるとは。博麗神社みたいに誰も来なさそうだな。」
そう言って彼女は鳥居を凝視した。驚くことに「博麗神社」と書いてあるではないか。
「あれ?それじゃ、ここは幻想郷か?そんなことはねぇな。どこにも結界なんて無いし…人界の方にもう一つ、別の博麗神社を造ったのか。」
彼女は鳥居をくぐり、境内へと入っていった。境内には、紅白の装束に身を包んだ巫女が、掃除をしていた。
彼女は巫女に話し掛けた。巫女はそれに応えた。
「ほう、こっちの神社にも巫女が居るのか。」
「あら、珍しいわね。こんな偏狭な所に来るなんて。こっちのって、どういう意味かしら?」
「いや、何でもないんだ。この辺りを歩き回ってるだけでね。」
「ふーん、どんな用事で?」
「探偵としての仕事さ。」
彼女はそう言い訳した。だが、巫女には彼女の嘘が通用しなかった。
「あなた探偵じゃないわね…今、あなたの正体を当てて見せるわ。」
「それはどうかな?ぴったり当てても何もあげられる物はないぜ?」
「そうね…魔女ってとこかしら。」
「惜しいなぁ。魔女っていうと、妖怪や悪魔が魔力を身につけた者をいう言葉だから、私みたいに人間が魔力を身につけているのは『魔法使い』と言わないと駄目なんだぜ。」
「魔女という種族があるのですね…幻想郷って、本当に奥が深い世界ね。」
巫女から発せられたその一言に、彼女は凍りついた。
「…幻想郷を知ってるのか?」
「ええ、先代から、『この神社は結界を張る時に新たに建立したものだ』と聞いております。いろいろお話をお聞かせ願いませんでしょうか?」
「私の住む世界の話をしろというのかい?構わないがその前に、あんたの住む世界の話をしてくれないか?
なぜこの世界は、特に都会というところでは、皆あくせくしているんだ?」
「まあ、簡単に言えば、自然を忘れているからかしらね。あなたも見てきたことでしょう、高層ビルや工場を。自然を忘れている証拠よ。」
「話が突飛だぜ。」
「すぐに分かるわ。自然を忘れるって事は、人間が何でも一番だ、人間が偉いんだ、という妄想を生んでしまうのよ。人間なんて、自然の円環のほんの一部分にしか過ぎないのにね。」
「そういえばそうだぜ。人間も一応、他のものに食われる立場にあるぜ。」
「そうやって、社会の近代化が始まっていった。自然を無視した開発、あらゆる物を売る経済活動。すべては快楽と利益の為に。愚かな話ね。」
「まったくだな、何でも金で買えるなんて、おかしな話だよな。」
「そうやって、裁縫も料理も出来ない人が増えていく…仕事をすることしか能のない人が増えていく。そして人は、更なる快楽を求め、出来る事を無くしていく。悪循環の繰り返し。自然のなすがままにすれば、既製品を売ろうなんて考えは生まれてこないのにね。」
「インスタントラーメンとかがその例えかな?あくせくするのは、利益を得るために仕事をするからなんだな?」
「そういうこと。何でもお金で買えるということは、お金が無くてはいけない、ということになるわ。お金を得る手段として、人は仕事に熱心になる。…本当は、仕事をした報酬として利益やお金があるのに、これでは主客転倒だわ。大体今の経済活動がおかしいのよ。原始的な経済活動は物々交換で、そこに利益は生じなかったはず。なのに、どうして今は物を渡すだけで利益が生じるのかしら。自然のなすがままにすれば、通貨なんて卑しい物は生まれないのに。」
「なるほど…疑問は解決したが、相当勉強してんだな?」
「ま、それだけ私が自然と一体になって生活してるからよ。」
「つくづく頭が下がるぜ。よし、約束だ。私の住む世界について、話すことにしよう。」
そう言うと、彼女は巫女に、幻想郷がどんな世界かを話した。
「正に私の理想とする世界だわ。いつか行ってみたいな。」
「妖怪に取って食われるぜ?」
「そうでしょうね、私には妖怪を祓うだけの力は無いわ。でも、人並み外れた能力は持っているわ。
あなたを幻想郷の人だと区別し、あなたの正体を見抜いた力をね。」
「…勘じゃなかったのか。」
「私の先祖は博麗一族の遠戚で、私もその血を引いて、神仙術らしき力を使えるみたいなの。
もっとも私の苗字は博麗じゃないし。」
「ほう、あんたも博麗一族の血縁か。」
巫女は一旦、社の中へ入っていった。戻ってきた時には、手に何かを持っていた。
「あなたと会えてよかった。幻想郷についての理解を深めることも出来ましたし。これはお礼のしるしです。手土産にもなりますよ。」
巫女が手渡してきたのは、みくじだった。
「こんなのあっちの博麗神社で飽きるほど引いたってのに…。末吉か、初めて見るなぁ。」
「あら、幻想郷ではそんなに珍しいのかしら?」
「いや、あっちの巫女の都合で入れてないだけだ。本当に努力の嫌いな子でね…。っと、そろそろこの辺で失礼するぜ。」
「あの…何かの縁かもしれません。もう二度と会えないかもしれません。名前をお聞かせ願いませんでしょうか?」
「名乗る程の者でもないのだが…私の名前は、霧雨魔理沙。悪を懲らしめる少女探偵…に、なりすました魔法使いだ。」
「霧雨 魔理沙…素敵な名前ね。私の名前は、さやか。また会えると良いですね。」
「ああ、結界が明日も閉じていたら、今日と同じ時間に来るぜ。」
そう言って、彼女は小道を逆に辿っていった。巫女はそれを姿が見えなくなるまで、見守っていた。
chapter4 いざ還らん、幻想郷へ
一夜明け、彼女はまた、結界のある森の中へ向かった。
「やったぜ、スキマがあるぜ!これで帰れるぜ。」
だが、一つ問題があった。スキマが小さくて、そのままでは通ることが出来ないのだ。彼女は身につけていたすべての呪文を唱えたが、スキマがこれ以上開くことはなかった。
諦めかけていたその時、突然あたり一面に稲光が走り、スキマが大きく開けた。
「しめた、やったか!?」
次の瞬間、スキマから何者かが現れたのだった。
「ふう、どうにか着いたみたいね…魔理沙!」
「霊夢!私を探しに来たのか?」
「もちろんよ。さ、帰りましょう。スキマが閉じる前に。」
「OK。後で事の経緯を説明してくれよな。」
真相はこうだった。
数日前、突然神社のまわりから、妖気が消えた。霊夢がその原因を探ってみたら、神社の森にスキマが出来ていた。このスキマをつくった犯人を探すために、神社を留守にしていた時に、魔理沙が訪ねて来て、スキマを見つけて入って行ってしまった、ということだった。
スキマをつくった犯人は、あらゆる境界を操れる妖怪だった。霊夢が犯人を見つけ、スキマを閉じさせたのは丁度、魔理沙がスキマをくぐっていった後のことだった。
そのことに気付いた霊夢は、自らの力で結界を破り、魔理沙を助けに行った、ということだった。
「よし、これで書き終わりっと。」
魔理沙は日記を書き終えた。人界で経験したことが、びっしりと書かれていた。
日記の最後は、こう綴られていた。
「私、霧雨魔理沙は、もう一度、人界の博麗神社で巫女をしているさやかに会うことが一生の夢だぜ。」
―博麗大結界は、今日も人界と幻想郷を分かつ―