「……それで? 私の所に来た訳?」
「…ああ」
「………」
ここは、博麗神社。その中にある居間で、霊夢と式神二人が向かい合っていた。
「主人を放って家出なんて、酷い式神もいたものね」
「………」
「まあ、寝床を貸すぐらいなら私は構わないわよ」
「本当!?」
橙が思わず前のめりになる。
「でも、食料は殆んど渡せないわよ。ウチだって裕福じゃないんだから」
「分かっているよ…迷惑は掛けない」
「もちろんよ」
こうして藍と橙は、博麗神社に居候する事になった。
* * *
久し振りに起きると、二人の式神が居ない事に紫は気付いた。
「…どこに行ったのかしら?」
まあ、普段食っちゃ寝の生活なので、殆んど顔を会わせる事は無いのだが。そう思い、紫は再び横になった。
再び起きると、やはり二人は居なかった。
「…お腹、空いたわ」
何か作って貰おうかと思ったが、誰も居ない。
仕方が無い。そう思い、再び横になった。
* * *
「ねえ…藍様…」
「…何だ? 橙…」
「紫様…大丈夫かなあ…?」
「大丈夫さ。あの方がいくら無精でも、私達が居なくなれば、自分の事は自分でするだろう」
「……うん……」
* * *
「………………………」
あれから、一週間が経った。相変わらず、二人は居ない。
「………どうして………」
誰も居ない居間を眺めながら、理由を考えてみる。………よく、分からない。
「………………うっ」
よく、分からないのに。涙が出てきた。一度出てしまえば、止まらなかった。堰を切った様に溢れてくる涙を拭こうともせず、紫は呆然とするだけだった。
「………痛っ」
紫は慣れない包丁を使った為、また指を切った。これで何回目だろうか。数えてもしょうがないと思い、とにかく目の前の料理に専念する。二人が居ないのだから、家事は全て自分でやらなければならなかった。
「………………」
少し失敗して黒くなった料理を口に運ぶ。見た目通りの味に、目の前の景色が歪む。勿論、味だけの所為ではなかった。
どのくらいの時間を一人で過ごしたのか。あの時から、どのくらいの時間を泣いて過ごしたのか。よく分からないが、これだけは分かった。
「私は…捨てられたのね………」
自分の式神に見捨てられるなんて、そんな滑稽な事があるだろうか。紫は、自分の愚かさを悔いた。
「お願い、帰ってきて………」
その言葉に応える者は、居なかった。
* * *
「………」
神社の縁側に座り、空を見上げる藍。その前で、境内を掃除しているのは、橙。
「お茶、飲む?」
「ああ…ありがとう」
その横に座り、お茶を勧める霊夢。
「熱っ」
「ぼーっとしてるからよ」
舌を軽く火傷した藍を、霊夢がたしなめる。
「まあでも助かるわ、労働力が増えて。おかげで私は暇ですけど」
「……」
霊夢のお喋りを聞きながら、お茶を啜る藍。
「お掃除、終わったよ」
「ご苦労様。はい、お煎餅あげる」
「わーい」
箒を投げ捨て、霊夢の元へ駆け寄る橙。
「こら橙。ちゃんと箒を片付けて、手を洗ってからだぞ」
「あ、はーい」
藍の言葉を聞き、橙は神社の裏へと箒を片付けに行った。
「ふう…」
「しっかりしてるのね、あなたって」
小さな溜め息をついた藍に、霊夢は話しかける。
「…そうだな。ウチには紫様も居るからな…」
「……ねえ、あなた達。もう主人の所に戻る気は無いの?」
「………」
「今頃どうなっているかしらね、あのすきま妖怪は」
霊夢はお茶を啜りながら、空を見上げる。対して藍は、俯いている。
「…紫様は、私達が居なくても充分やっていける……それくらいの力はあるお方だよ」
「そう………じゃあ、どうしてあなた達を使っている訳?」
「!」
「あーあ、私も式神欲しいなぁ。そうすれば、こんな感じに楽出来るんだけど……」
縁側に寝転がりながら、霊夢が呑気に言う。
「やっぱり、主人に楽をさせる為だけに式神が居るのか…?」
「…そう思っている輩もいるかもね………でも、あなた達の主人はどうだった?」
「…!」
藍を、真正面から見据える霊夢。
「よく考えてみなさい。これ以上は私が関わる事じゃないからね……」
「………………」
「藍様ぁ~終わったよ~。……って、あれ?」
神社の裏から戻ってきた橙は、その場の雰囲気に首を傾げた。
「………………………」
その夜。床に就いた藍は、今日の霊夢の言葉を反芻していた。
『あなた達の主人はどうだった?』
藍は、紫の事を思い出す。いつものほほんとしていて、とても強い力の持ち主とは思えなくて。でも、それでも―――
「…藍様…」
「橙…起きてたのか」
横で眠っていたはずの橙が、藍の方に顔を向けている。いつの間にか起きていた様だ。
「ねえ……藍様……」
「ん…? 何だ…?」
「やっぱり、心配だよ…紫様…」
そう言って、藍へ近付く。
「…橙が心配する事じゃない。いいから、早く寝るんだ…」
「でも…藍様も、ほんとは心配なんでしょう…?」
「………」
「藍様と一緒に居られるのはとっても嬉しいけど……やっぱり何か、ちょっと違うの……」
「…橙…」
「私の幸せは…明るい家で、温かいごはんを食べて、藍様、紫様……皆で一緒に楽しく笑い合える、そんな一日……」
「………………」
「一回……戻ってみようよ……『私達』の家に……」
「橙…お前、何でそこまで………」
「え………? だって、私達、『家族』でしょ………?」
「………………!!!」
* * *
「…痛っ」
また指を切った。もう指は包帯だらけである。それでも以前よりは減った方だが。
「………はあ………」
少し焦げた料理を持って、食卓に向かう。そして、台所を出た時―――
ごとっ
食器を、落とした。うっかりしていた訳ではない。紫の目の前に、
「………紫様」
「紫様ぁ………」
目を潤ませた式神と、既に顔をくしゃくしゃにして泣いている式神。
藍。
橙。
「あ…あなた、達………」
気が付くと、紫もまた、泣いていた。
「…紫様っっ!!」
「紫様ぁっ………!!」
二人が、紫の胸に飛び込んできた。紫は何も言わずに、二人を抱きしめた。
「申し訳ありませんっ…!! 紫様っ……!!」
「ううっ…ぐすっ………紫様ぁっ……紫様ぁっ………!!」
胸に顔をうずめ、泣きじゃくる二人。紫はそんな二人を見ながら、こみ上げる嬉しさに、泣いた。
「二人共ごめんなさい……随分と苦労をかけてしまっていたのに、全然気付かなかったんだもの………二人が出ていくのは当然よね…」
自分がもっとしっかりしていれば、二人に愛想を尽かされなくてすんだかもしれない。今更のように、紫は自分を恥じた。
「…そんな。私達は…」
「………いいのよ、藍。こうして戻ってきてくれただけでも、嬉しいわ」
「紫様…」
紫はそう言って、藍の頭を撫でる。藍は少し赤くなり、俯いた。
「藍様…いいなあ…私も…」
「ああ、そうね。ごめんなさい、橙」
この子にも、苦労をかけた。心の中で謝りながら、藍と同じ様に頭を撫でる。
「あれ…? 紫様…手、怪我してる……」
「え、あ…これは」
思わず、言葉に詰まった。まさか自分が料理下手(と言うより、家事全般下手)だという事を、橙は知らないのだろうか。…多分、知らないのだろう。
「…ちょっと、料理をしてて………」
段々と小さな声になってゆく。少し、いや、かなり恥ずかしい。
「………ふふ、何だか、私と同じだね」
「…え? 橙、そうなの?」
「うん。橙も料理は得意じゃないんだ」
「へえ…そうだったの………………………ふふ、うふふ………」
「ぷっ………あはは………」
おかしな事に、笑いがこみ上げてくる。そうして、紫達は皆でしばらく笑いあった。久し振りの、笑顔だった。
こうして、再び八雲家に二人の式神が帰ってきたのだった。
さて、その後の八雲家の暮らしはと言うと………
「紫様、ここにあった饅頭、知りませんか?」
「ふえ? ふぃらふぁいふぁよ」
「…紫様、ちょっと、口を開けて下さい」
「………」
さっ(スキマ
「あっ………逃げないで下さい…」
し~ん
「はあ………しょうがないなぁ………」
あまり変わっていないとか。
それでも、藍の顔に浮かぶのは、呆れ顔に微笑みが混じったものだった。
まあGJです。
…紫んが野垂れ死ぬような展開だったら…なんて嫌な想像はしましたが(汗
藍が橙のことをどれだけ大切にしているかは伝わってきましたが、
二人が戻ろうと思った理由がちょっと弱いかな(?)と感じました。
紫にところに戻ろうとする動機がちょっと不自然に感じられたかな。
だが式神2人の萌えぶりはガチ。
・・・・スイマセン・・・
聞くだけヤボでした・・・
スイマセン・・・
聞くだけヤボでした・・・