稗田阿求です。
私は阿礼乙女の約九代目として生まれた使命を持っておりまして、日々九代目に相応しき乙女になるべく修行を積んでおるのです。
九州の窮地に建てられた九尺二間の厩舎で産まれ落ちた折には九重の天を汲々と仰いでいたことを覚えております。
九歳からは九地で九九や九法を習い始め、他にも九派や九科、ことさら九星術に関しては急性を期して叩き込まれました。
九夏にはペットの九官鳥を引き連れ九社へ参り、お灸に励む皆さんへ急須で給茶致します。
つい早急も修行だということで、休暇に旧家から支給されたたこ焼きを九牛の如く喰っておりました。
ついぞ、たこは八本足でないかと言うことさらな糾問を旧知の仲である旧友へくってかけてみたところ、『お前の足と足せば十本だろう』と激昂されました。
なるほどなあ九里安泰。
さて、そんな私ではありますが、先日、まことに穏やかならぬ噂を聞き及びまして。
なんと今現在の私が給地としておりますこの幻想郷で、九尾の狐が目撃されたとのことであります。
金毛九尾の狐といえば九の字を冠する幻獣中で究極とも並ぶ神格を有していると話し伝えられておりまして、真に極する九代目を志している私としては居ても立ってもおられません。
というわけで私、九尾の狐を求するがあまり旧家を飛び出してきて参りました。
余りにも性急な旅路故、出家の折、給仕の者からは、困窮する我が家、阿求が帰ってくるまでどう保てばいいのか。と糾問攻めにあいましたが、なに、心配は要りませぬ。
もし私が九尾の狐を発見し連れ帰ってくれさえすれば、貧困など物の価値ではありません。
九尾を研究し尽くし使いこなしたとすれば、旧年から続く薄給を覆す起死回生の救打となりましょう。
家を飛び出してきた私のすることといえばただ一つでありまして、とにかく歩き回ります。
歩いて、歩いて、歩いて、ともすれば阿呆の球戯とさえ思えるほど歩くのです。
何、もちろん私は阿呆でありませぬからして、当然の如く打算がございます。
まっこと僥倖でありますことに、私は一度目にしたものを悠久の間忘却せぬという能力を有しております。
でありますからして、私の場合、闇雲に歩き回るだけでしても、その間の風景を覚えておきさえすれば、目的に関するヒントが得られることが多いのです。
という趣旨に準じて歩き回っていましたところ、道に迷いました。
あれぇ。
こんなはずではありませぬ。先ほどから何か勝手が違うのです。
即急に今まで歩いてきた道筋を思い起こしてみれども、何故か風景が飛び飛びであります。
急な急斜面を登っていたと思えば、次の記憶では急流に掛かった橋梁を渡っております。また次を思い起こしてみれば丘陵の頂上であり、また次は幻想郷の境地を歩んでおりました。
まるで無限の螺旋回廊を悠久に跋扈しているかのようであります。
私、冷静でありますからして、ここへきて闇雲に歩き回るようなまねは致しません。
冷静に冷静に、依然読んだ文献の端から端を思い出してみるのです。
いきなり飛び出した子供がよくわからないうちに道へ迷い元からいなかったかのように消えてしまう現象。
ああ、これはとても神隠しでありますね。
というわけでこの阿求、現在神隠しにあっている模様です。
よくよく考えて見ますと、風景が突然切り替わる折にはいつも視界の隅にスキマらしきものが存在していたように感じます。道理であります。
そして私の目の前に見えるのは老朽した旧家の如き和式平屋建ての建物。
「迷い込んだら最後、二度と戻れないわ」
門前では二又の猫が人語を語っておりますが、二又では全く問題になりませぬ。少なくとも九の約数である三又程度は分かれていて欲しい所なのであります。
このままどこぞとも知れぬ風景を眺めているのも耐久力を要される事柄でありますから、私、戸を叩いて中の住人を呼び出してみることに致します。
済みません、急な話で申し訳ないのですがどなたかいらっしゃいますか。
「あ、紫様ー。ちょうど良いところに人間が迷い込んできましたよ。ごはんにしましょうか」
戸を開き出てきたのは、真っ白な割烹着に金毛が美しい九尾の狐でありました。
驚天動地であります。早急にふんじばり旧家へ連れて帰らねばなりませぬ。
私、懐から荒縄をとりいだしたりまして、狐へ向かって叫びます。
やあやあそこの金毛九尾。母の八代目には猪八戒を調伏し、祖母の七代目では七聖獣を捻じ伏せた阿礼乙女が九代目、この稗田阿求が参ったぞ。安穏と平伏し窮屈な縄に颯爽とつかれるがいい。
「なんかまた変な人間が……。紫様ー……え? いらないですか?」
九尾は疲れた顔で私のほうに目線をくれ、やはり疲れた口調で言い放つのであります。
「あー……運がよかったね。あっちのスキマから出られるから、さっさと家に帰りなさい」
いやいや、九尾をてなづけるまでは一片たりとも帰る気などありませぬ。
「ほら、私が十秒数えているうちに出て行かないと、私があんたを食べちゃうよ」
ははは! なにを戯言を!
この阿求、九から先の数など数えたことも無いわ!!
「疲れる……」
と呟いた九尾は急に私の襟首を掴み、片手で持ち上げました。
足のつかぬ私は手足をじたばたと振るばかりで抵抗も出来ませぬ。
「はーい、お疲れ様ー」
ぽぉんと放り投げられた私は球である地球の法則に従い、なす術も無くスキマへと落ちていくのであります。
これはいけない。
このままでは余りにも情けないことこの上なく感じます。旧家の給仕らに顔向け仕様がありませぬ。
空中にて重力に引かれながら、私は必死で九尾に向かって叫ぶのです。
せめて名前を。
金毛九尾、現在の真名を教えて頂けましたならば。
それだけで私は満足であります。
「八雲藍よー」
それを聞いた私の感想はただひとつ。
九尾なのに八雲ってがっかり。
☆
次に私が目を覚ましますと、飛び出てきた旧家その一室、布団の上でありました。
側に居た給仕の者が心配そうに私を見つめております。
そんなに心配そうな顔をしなくてもよろしいのです。
実は私、ついに九代目として九尾の狐にお会いしてきたのであります。
調伏こそ叶いませんでしたが、真名を聞きだすことに成功致しました。
真名さえあれば後はどうにでもなりましょう。
九尾の流れる金毛、美しげな顔、まつ毛の数まで数えられるほど克明に覚えております。
ああ、一度見たものを忘れぬこの能力、これほど愛おしいと想ったことはありませぬ。
聞きなさい給仕の者。
かの金毛九尾、やつの真名は――
……。
…………。
…………あれ。
ところで給仕の者、私はどのくらい寝込んでいましたでしょうか。
「十日十晩です」
ははぁ、それは道理であります。
この阿求、見たことは悠久期間記憶に残そうとも、
聞いたことは九日しか覚えておれませぬ故。
きゅーきゅー言ってる姿が、超絶可愛いw
外見と能力の設定くらいしか解らない阿求さん。一体どんな子なんでしょうねぇw
九にこだわりすぎだよ阿求さんwwww
愛で空が落ちてくる。むしろ藍で。助けてアトラス。
不覚にも激しく笑ってしまった故、100点をつけようかとも思いましたが…ねぇw
ま、「急な急斜面」あたりを糾弾して減点したという急ごしらえな理由でもつけておきますかw
……いえ、自分としての評価は百点なんですけど、なんてーかこうこの作品ならばやっぱしこの評価かなぁ、と。
・・・そしてやはりこの得点をつけてしまうあたり、私もすっかりその電波に毒されているようです。いやお見事。
きゅっきゅきゅきゅー♪
やはり名前に⑨の文字があるせいなのか……
あきゅういち♪ あきゅうに♪ あきゅうさん――
面白かったです。九に拘るあたりがとても。
お見事です、GJ。
あのね、きゅーたろーはねー?
9990点になったら止めよう。
さっき50点入れちゃったからこの点数で
誰か、⑨⑨車呼んであげて。