Coolier - 新生・東方創想話

Moon Duet ~立待月と紅い月

2006/05/27 20:54:08
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 位置的には3章と4章の間になりますが、完全に種明かし的な内容です。
 「Moon Duet」1~4を読んだ上でお楽しみください。
 蛇足と感じられる方もいるやもしれませんので、ご注意。




――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――







                      17



「レミィ。まだ起きてるわね。入るわよ」


 早寝早起きが自慢の友だが、朝日が昇る前から寝ていることは稀だ。
 ノックに反応が無いなどよくあること。
 どうせ彼女は来訪に気付きながらも返事をしていないだけだ。
 中に入って欲しくないなら態度で示す。そんな事は数えるほどしか無かったが。

 扉を開ける。
 …………そこには。


「あら、パチェ。いらっしゃい」


 天蓋つきの豪奢な寝台と。


「ちょっと汚れてるけど、こっちきて座りなよ」


 その寝台に、ぶち撒けたような大量の乾いた血と。


「すー」


 何故か主の寝台で、紅いシーツに包って安らかな寝息を立てる、血の海に負けじと紅い門番と。


「どうしたのパチェ?」


 これまた何故か、布の代わりに乾いた血だけを纏った親友、見た目どおりのスカーレットデビルという、意味の分からない組み合わせが存在していた。




 とりあえず硬直してみる。






「……ゆうべはおたのしみでしたね」

「わかる?」


 にやにやと笑いながらレミリア。
 知識人にして魔法使い。そんな存在にあるまじき事だが、パチュリーは何を言おうとしていたか完全に頭から抜けてしまっていた。
 言いたいこと。言わなければならないこと。
 いろいろあったはずなのに。
 たとえば。一番重要な、あの一言――――


「で、座らないの?」

「立ったままで良いわ……隣のそれは受容体? それとも増幅器?」

「え? これはただの供給器だよ」

「……それでこの惨状。咲夜が怒るよ?」

「主に美鈴をね」

「ああ。いつもの事ね」


 こんな軽口より。言わなければいけないのに。

 外の世界に飛ばされたルーミア。霊夢に追われ、とにかく逃げただけのルーミア。
 それが、適当に月に乗って飛ばされただけの、アリスとの邂逅。偶然だなんてありえない。

 いや、そもそもアリスが”外”にいた事、それ自体が既におかしい。
 月に”接続”した? そこまではわかる。
 けれど、本来そこにあるべき幻想郷の月に?

 思いながらも、パチュリーは雑談を続ける。


「あなたの好みの味じゃないと思ってたわ」

「まあね。喜んで吸われるようじゃ、まだまだよ」

「妖怪でも良いの?」

「私に畏れを抱いてくれるのなら」

「じゃあ、私も咲夜も駄目ね」

「咲夜は特別だよ」


 何を言っているんだ。一人脳内で自分を叱責する。
 パチュリーにとっては確認事項ですらない。こんな話は以前にもした。
 そんな事より。今は。

 パチュリー自身なら、たとえば間違えることもありえる。事実、送還直後に満月を見ても外の世界の月だとはわからなかったのだ。
 それは、単に引き篭もっていたために、普段見ていない月の見分けなんか付かなかった、ただそれだけ。
 視覚情報的には両者は同じものだ。いや、本質が同じなのだ。
 外の月は現実であり、幻想郷の月は幻想である、というだけの違い。
 そのような違い、余程しっかり視なければパチュリーにはわからない。

 けれど。アリスほどの幻視力を持つ魔法使いが、二つの月を見間違える?
 そんなはずが無い。
 アリスは、ほんの気紛れ、ただなんとなくで、月が間違って送還されることを見抜いたのだ。
 それは、つまり。つまり。


「まあ、血以外は美味しかったから良いわ」

「……どうコメントしろと?」

「あれ、珍しくノリが悪いよパチェ。ここは『じゃあ私も!』って飛び込んできなさいよ」

「いつからそんなキャラになったのよ私は」


 ……完全に気が削がれた。この吸血鬼は意図的にはぐらかしているのだろう。


「……久しぶりに面白いものも見れたし、帰るわ」

「えー、雑談だけなの? たまには一緒に寝ようよパチェ」

「門番と3人じゃ狭いわ。それに今日は忙しいから無理よ」


 踵を返す。
 とぼけるのなら構わない、と思った。
 けど。


「パチェ」


 足は止める。
 振り向かない。
 こんな時は振り向いたら話してもらえない。


「私の運命。私の”運命”は、無謀でも不可能でも、探索と探求を怠らない者の味方なんだよ」


 この親友は何を言いたいのだろうか。パチュリーは考える。
 間違っても、図書館に引き篭もってばかりいるパチュリーへの警告などではあるまい。
 そんなものは出会った頃に数百回は済ませた。


「……だからアリスなのか。
 ありえない行動、ありえない思考を、すればするほど――」

「私の『運命』は、そいつに味方する。そういう事よ」


 くっく、と低く笑うレミリア。


「味方、ねぇ。レミィの場合は巻き込んで面白がってるだけじゃない」

「光栄に思ってもらいたいよ」


 対するパチュリーの呆れ顔。


「あの娘も、パチェも、どうなのかしらね」

「咲夜は?」

「何を今更。あいつは私の一部じゃない」


 そうだったわね、とパチュリー。
 なるほどレミリアらしい言動。
 今もなお咲夜を貸してくれている事といい、恐らくは前夜からのこの行動といい、彼女はこの騒動を楽しんでいたのだ。

 ――――目的はそれか。
 ならば。何も後ろ暗いことは無かったのか。


「レミィ。ほんの少しで良いから力を貸して」

「何?」

「アリスの家の離れ。今も、月と”繋がってる”でしょう」

「気付くのが遅いよ」

「とんでもない大嘘吐きね、あの七色魔法莫迦は……」


 自力で帰るあてはある?
 今回もまた便乗するだけではないか。協力的だったわけだった。


「良いわ。最後の仕上げ、見てなさい」

「ちゃんと最後にしなさいよ」


 部屋を出る。

 扉を、閉めて。




「……つまり、レミィは誰の味方もしていない、か」


 彼女は、事態を面白い方向へ導いているに過ぎない。
 アリスを巻き込んだところで霊夢への切り札になどならず、事実として一方的に敗れている。
 知識をもたらし、時間稼ぎをしたに過ぎない。

 けれどアリスが介入していなければどうなったか?
 霊夢が、あっさりとルーミアを殺してしまったか。
 或いは前夜と同様に、咲夜とパチュリーの手助けで逃げ延びたか。
 そしてもし逃げ延びたとしても、同じ事を続けていれば霊夢はいつかルーミアに辿り着いてしまうのだ。
 パチュリーが一人幻想郷側からどんなに策を弄したところで同じこと。
 観客としては実に面白くない舞台になってしまうだろう。
 特に、事態の本質に気付かず、一人空回りしていたのでは。

 つまり。レミリアがやったのは、そういう事なのだった。
 私情で親友に手を貸すでもなく。
 秩序に則り異変の解決を早めるでもなく。
 単に、ギャラリーとして楽しめる展開を導いただけ。
 そこにアリスが選ばれたのは、レミリアが意図したわけではないのだろう。
 ありえない思考、ありえない行動ほど、引き寄せられる。
 ”外”に憧れ、人間に憧れる、魔法使い。
 なるほどありえない。少なくともパチュリーから見れば、ありえない。


「……しかも美鈴の力を使うほどの大規模な介入。という事は」


 ただでさえ強大なレミリアの能力。
 外の世界への干渉が難しかったのか?
 …………否。


「……特定個人に絞って能力を使えば、外への介入でもレミィ一人で充分のはず」


 けれど。
 無差別に、運命を、『可能性』をばら撒いたのだとしたら。

 誰が引っ掛かるともわからないように。


「誰が介入するか予めわかってたら、つまらないものね。そうでしょう、レミィ?」


 そう。それでも、それだからこそ、言わなければならなかった。
 でも、彼女は聞きたくないらしい。


「相変わらず。照れ屋で天邪鬼なんだから、レミィ。
 …………でも」


 彼女を知る者が見れば思わず我が目を疑うだろう、そんな柔らかい笑みを浮かべながら、薄暗い廊下を歩き始めるパチュリー。


「ありがとう」


 言ったら益々こみ上げてしまう。
 心なしか頬が熱い気もする。
 口許の笑みは、当分収まりそうもなかった。








                      18.9


「怖ッ!!」


 開口一番、パチュリーを見た瞬間のアリスの台詞だった。








 パチュリーは気付いていなかった。
 レミリアが、それだけの”可能性”を、世界にばら撒いたのなら。
 それもよりによって、他人に無い思考や行動こそ、運命に関わってしまうのなら。

 幻想郷最悪のスキマ妖怪。
 幻想郷最悪の魔砲使い。
 彼女達ならば、嬉々として登場するに決まっているのだった。

 そして勿論、”外の世界”最悪の、霊能サークルも。
 時間と空間を越えるなど、彼女達には造作も無いのだから…………。


「Moon Duet」、これにて本当の完結です。
お付き合いいただきありがとうございました。
MDFC
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コメント



0.1120簡易評価
21.90名前が無い程度の能力削除
運命を操れるからこそ先の読めない展開を求める、
そんなレミリアに同調と反発が綯い交ぜになった感情を抱きました

最後の2行を見たら脳内で少女秘封倶楽部が流れ出したのは内緒の方向で……