『むかーし、むかしのお話です。
山奥に大きな湖のある森があり、そこにはたくさんの妖精が住んでおりました』
☆
紅魔館が立つ島のある巨大な湖。
そこにはたくさんの妖精が暮らしていた。
湖の周りは木々茂る森に囲まれ自然が多い。
紅魔館に近寄るものはあまりいないため、湖が汚されることもない。
自然と共に在る妖精達にとって、この湖はまさに楽園なのだ。
そんな湖に住む妖精達を統制する妖精がいた。
名前はないが、他の妖精達から大妖精と呼ばれている彼女がそうだ。
他の妖精よりも強い力を持ち、多少頑丈な体を持つ。
別に統制するといっても何か困ったことがあったら相談を受ける、その程度でしかない。
そのうえ妖精が悩むことなどほとんど皆無のため、特にすることはない。
しかし、時にはその役目を果たさなければならないときもある。
☆
だいぶ日差しの強さが増し、初夏と言うにしても暑さが身にしみ始める早月も下旬。
早月が終われば水無月だ。
水無月は葵月とも呼ばれ、その名の如く山々森林の木々がその蒼さをいっそう増す。
今日も下手すれば精神まで溶かしてしまいそうな日差しが幻想郷に降り注いでいた。
日差しが苦手な妖怪でなくても、あまり外には出たくないほど良い天気。
そんな夏を目と鼻の先に向かえた日に、場違いな吹雪が湖を中心に吹き荒れていた。
犯人は言わずもがな――
「あーっはっはっはー」
高笑いをあげながら、氷精チルノは冷気をまき散らしていた。
何故かは知らないが――たぶんチルノだから?――時々こうして意味もなく吹雪を起こすのだ。
加減というものを知らないため、この気温は涼しいというよりも寒いと形容すべき代物だ。
「ちょっとー、やめてよー」
「寒いのきらーい」
陽気を好む妖精達にとって、この寒さと日差しを遮るブリザードはたまったものではない。
すぐさまやめるように抗議する妖精達。
しかしそんな声など聞く耳持たず、チルノは吹雪を止めようとしなかった。
「このくらいの寒さで文句を言ってたら冬は外で遊べないわよ」
今は冬じゃない、という文句も何処吹く風。
吹かせる風は自身の吹雪のみで充分と言わんばかりに、チルノの吹雪はいっこうに止まない。
困り果てた妖精達は、最後の手段に出ることにした。
☆
湖の畔に位置する大木の根元。
ぽっかりと穿たれた穴は、自然のドームを作り上げている。
そこは代々の大妖精が住まう妖精の祠――と呼ばれているかは定かではない。
チルノの所行に腹を立てた妖精達は、ここに集まっていた。
その目的はもちろん、ここに住む大妖精に抗議の申し立てをするためである。
「大妖精さまー、チルノちゃんがまた意地悪するんですぅ」
「助けてくださいー」
次から次へと押し寄せる妖精達の抗議の波に、大妖精は困り果てていた。
チルノがこうやって悪さをしでかすのは今に始まったことではない。
悪さと言っても、あまり頭がよろしくないのでそれほど危険なことにはならない為、
いつもは勝手に事が済むのを待っている。
しかし今回は流石に黙って見ていてはいられない状況だ。
「そうは言われても……」
大妖精の力は、妖精の少し上を行く程度。
それにチルノのように何か特別な能力をもっているわけでもない。
ようするに雑魚に毛が生えた程度の力しかないのだ。
チルノ相手にも返り討ちに遭うのが関の山だろう。
話で解決しようにも、相手がチルノである以上効果は薄い。
下手すれば弾幕ごっこに突入し、痛い目に遭う可能性がある。
むしろそっちのほうが限りなく可能性としては高い。
「大妖精さまぁ……」
うるうると泣きそうな瞳で大妖精に懇願する妖精達。
その威圧感にも等しい、彼女たちの哀れみを誘う視線に大妖精は言葉を詰まらせる。
「わ、わかったわ。ひとまずチルノちゃんの所に行ってみる。
みんなはこの洞穴で吹雪が止むのを待っててちょうだい」
「はぁーい」
大妖精は夏の日差しを遮り吹雪く悪天候の中に飛び出した。
内心あの妖精達の喧騒から逃れられてホッとしたのは事実である。
それにしても今日のチルノはやけに張り切っているらしい。
どこもかしこも氷と雪で覆われ、もはや初夏の欠片は微塵も感じられない。
いつもならせいぜい湖を凍らせようとして失敗する程度なのに。
まるで数ヶ月前に過ぎ去った冬が舞い戻ってきたようだ。
「冬、かぁ……」
遠い昔を思い出すように、大妖精は降り注ぐ白い花を見つめた。
★
むかーしむかしのお話です。
山奥に大きな湖のある森があり、そこにはたくさんの妖精が住んでおりました。
妖精達は陽気を好み、陰気を嫌います。
だから春が好きで、冬はあまり好きではありません。
そんな中、一人だけ冬が大好きな妖精がおりました。
冬好きの妖精は、他の妖精達から避けられていました。
ですが一人の妖精だけは冬好きの妖精とずっと友達でした。
だから冬好きの妖精も寂しくはありません。
ですが友達の妖精も、冬好きの妖精がどうして冬が好きなのか不思議でなりません。
そこで妖精は尋ねました。
「どうしてそんなに冬が好きなの」
冬好きの妖精は答えます。
「冬はとっても暖かくて、明るくて、優しいからよ」
尋ねた妖精はますます不思議になりました。
「どうして暖かいって感じるの。どうして明るいって見えるの。どうして優しいって思えるの」
冬好きの妖精は、にっこり笑って言いました。
「それはね。冬だからだよ」
☆
チルノは湖のど真ん中で、まだ吹雪を起こし続けていた。
その周囲に近づくものはいない。
紅魔館の住人達も、湖だけの異変なので気にしていないらしい。
それに日差しが遮られて、館の主はむしろ喜んでいるはずだ。
「チルノちゃん!」
吹雪に阻まれて中々声が届かない中、大妖精は張り裂けんばかりの大声でチルノの名を叫ぶ。
「あーたーいーは最強ー♪ 雪むーすめー♪」
同じく吹雪に阻まれてあまり聞こえないが、チルノは歌っているらしい。
夜雀にも似た独特の音程が吹雪に混じって聞こえてくる。
最近しょっちゅう夜雀たちとつるんでいるらしいから、感化されたのかもしれない。
「チルノちゃんっ」
「あーたーいーは……ん? なにさ、大妖精」
近くまで行ってようやく気づいてもらえた。
その頃には叫びすぎて大妖精の息は上がってしまっている。
肩で息をする大妖精に、チルノは別に大して心配する様子もなく答える。
「あのね、そのぉ……」
なかなか本題を切り出せない大妖精。
「なになに? もしかして大妖精も混ぜてほしい?」
「そういうことじゃないの。えっと、他のみんながね……」
「あー、あいつらかー」
チルノの眉根が嫌そうに寄せられる。
先程の小うるさい妖精連中のことを思い出しているのだ。
「うん……寒いの平気な妖精は少ないの。だから吹雪を止めてほしいって」
「無理ー。もうちょっとだから辛抱してなさいって言っといてよ」
その言葉に違和感を感じ、大妖精はそれを尋ねる。
「もうちょっと?」
「うん、もうちょっと……っ」
言葉尻に苦渋の表情を浮かべるチルノ。
それもそのはず、この夏を間近に控えたこの季節に、
冬の妖怪である彼女がここまで力を放出し続けるのはかなりの重労働のはずだ。
そこまで無理をして何をしようとしているのか。
「あたいはだいじょぶだから。大妖精ちゃんは帰ってて」
「う、うん……」
いつものチルノの様子からは考えられないほど真剣な言葉に、
大妖精はただうなずき従うほかなかった。
その場を離れてから、そういえば弾幕ごっこにならなかったなと、
後になって気づきホッとした。
★
ある日、冬の訪れにうんざりしていた妖精達は話し合いました。
冬をなくすことはできないものか、と。
そしてみんなで話して、みんなで決めて、神様にお願いすることにしたのです。
ただ一人、あの冬好きの妖精は猛反対しました。
しかしたった一人の意見でみなで決めたことを止めさせることはできません。
大妖精を中心に、妖精達は季節の神様達にお願いに行きました。
まず春の神様にお願いしました。
「春の神様お願いします。冬をなくしてください」
春の神様は言いました。
「私に冬はなくせません。冬の寒さは花を枯らします。夏の所に行きなさい」
それで夏の神様にお願いしました。
「夏の神様お願いします。冬をなくしてください」
夏の神様は言いました。
「俺に冬はなくせない。冬の暗さは日差しを弱める。秋の所に行くがいい」
次に秋の神様にお願いしました。
「秋の神様お願いします。冬をなくしてください」
秋の神様は言いました。
「僕に冬はなくせないよ。冬の厳しさは獣を鈍らせる。冬の所へ行くんだね」
仕方なく冬の神様にお願いしました。
「冬の神様お願いします。冬をなくしてください」
冬の神様は悲しそうに言いました。
「どうして冬をなくしたいの?」
妖精達を代表し、大妖精は答えます。
「冬は寒くて暗くて厳しいの。私達には耐えられません」
冬の神様はしばらく黙っていましたが、わかりましたと頷きました。
「今年の冬が最後です。来年から冬はなくなるでしょう」
☆
大妖精は洞穴に帰ってきた。
吉報を待っていた妖精達はすぐに大妖精を取り囲み、今か今かと期待の眼差しで見つめている。
しかし大妖精の答えは、期待していたものとは違うものであった。
「大妖精さまはチルノちゃんに甘過ぎです」
「そうですよー、もっとびしーって言ってもいいと思いますっ」
口々にそんなことを言う妖精達。
妖精の性格は基本天衣無縫。
ただし見方によっては自己中心ともとれる。
大妖精のような性格の方が希なのだ。
「そんなに甘いかなぁ……」
自分ではそうしている感はない。
だからこそこのように言われるのかもしれないが。
「そうですよ。紅い霧が出たときも、チルノちゃんの味方をして痛い目に遭ったじゃないですか」
そういえば、と大妖精は以前に起こった異変のことを思い出した。
紅い霧が幻想郷中を包み込み、日光を遮るという異変。
日光が遮断され、気温の低くなった所にチルノがここぞとばかりに遊びだしたのだ。
しかしその時間も長くは続かなかった。
異変に首を突っ込みにきた紅白巫女と白黒魔法使いがやってきたのである。
チルノは返り討ちにしようとしたが、その前に大妖精が、自分がどうにかするからと
彼女の味方を買って出たのだ。
しかし相手が悪すぎた。
チルノに勝てない大妖精が、その後すぐに異変を解決してしまうような
巫女や魔法使いに適うはずがない。
コテンパンにのされてしまったあの一件。
確かにチルノの味方を買って出る義理も理由もなかったのに。
「でもチルノちゃんも大妖精さまの話だと少しは聞く耳持つよね」
「あー、そういえば。もしかしてー、二人って何か変な関係とかだったりするんですか?」
「えーショックー。私大妖精さまのこと狙ってたのにー」
もはや言いたい放題である。
大妖精は普通の妖精ならば感じるはずのない頭痛に見舞われた。
そんな痛む頭の中で、大妖精はさっきチルノが言っていた言葉の意味を考えていた。
もうちょっと。
もうちょっとで何ができるというのだろうか。
それにその何かの為に起こされたと考えて良いであろうこの吹雪。
これだけ力を注ぐ事だから、かなり重要な事に違いない。
チルノだから重要といってもさほどそうでもないことかもしれないが。
なんにしても気になることは確かだ。
洞穴の外は、依然として吹雪いている。
★
そして最後の冬がやってきました。
冬好きの妖精は、もう一人の友達である冬の化身にこのことを伝えました。
友達の妖精もついてきて、一緒に話を伝えます。
もう来年からは冬が来ないと。
神様が決めたことだからどうにもできないと。
それを聞いた冬の化身は寂しそうな笑顔をうかべました。
そしてこう言ったのです。
「それじゃあ今年でさよならね」
冬好きの妖精は驚きました。
「どうして、冬がなくなってしまうから?」
冬の化身は頷きます。
「私は冬と一緒に生きてるの。冬が消えれば私も消える」
そうすると、冬好きの妖精は泣きながら言いました。
「冬が消えてあなたも消えるなら、私も一緒に消えてもいい」
それは駄目、と冬の化身は言いました。
その声はすごく怒っているように聞こえました。
「あなたが消えると悲しむ子がいるでしょう」
冬好きの妖精は友達の妖精を見ました。
その顔は悲しそうにゆがんでいます。
「駄目よ。私のことを悲しんでくれるのは嬉しいけど、同じ目に遭わせるのはいけないわ」
冬の化身の言葉は、とても大切な言葉です。
友達を泣かせてはいけないと、それは冬好きの妖精もよく分かっていることでした。
「……わかったわ。だったら私は必ず冬を元に戻してみせるから。
それが無理なら私が冬を作ってみせるからっ」
三人ともが泣きました。
冬の化身は何度も何度もありがとうと言いました。
「それじゃあいつか冬に会いましょう」
こぼれた涙は白い雪に落ち、小さな氷の粒になりまるで宝石のように輝きます。
二人の妖精は、冬の化身と約束しました。
いつか冬が戻ってきたら会いましょう、と。
そうして最後の冬は終わったのです。
冬の化身も姿を消しました。
☆
吹雪は三日三晩吹き荒れた。
すでに外の気温は零度を下回っているだろう。
早月にしては暑い日が続いていたが、ここまで寒くなられるのも困りものである。
「大妖精さまー」
「チルノちゃん、まだやってますよー」
チルノがここまで長く何かに集中するなんて事が、かつてこれまであっただろうか。
弾幕ごっこですらせいぜい保って三十分程度――だいぶ色をつけてだが――のチルノが、だ。
これはやはり何かおかしい。
流石に妖精達も文句ではなく心配の言葉を口にし始めた。
「大妖精さまぁ」
声の調子から察するに、早くチルノを止めろ、ではなく、止めてあげて、といったところだろう。
「わかったわ。もう一度行ってみる」
大妖精は再び吹雪の中へと飛び出していった。
完全に冬景色だ。
チルノの冷気に冷やされた空気は完全に冬の空気と化している。
いったい何をしようとしているのだろうか。
「今度はちゃんと話を聞かないと――っ、わぷっ」
慌てて走っていた――この吹雪で飛ぶのは危険なため――大妖精は、何かに顔をぶつけた。
しかしそのぶつけたものが柔らかかったため、怪我はせず済んだのは幸いである。
「あら、何処の誰かと思ったら」
顔をぶつけたものが口をきいた。
まあ生き物だから当然である。
白い帽子を被り、青いワンピースで身を包む。
髪も肌も白く、全身がまるで雪の結晶のよう容貌をしている。
「レティ……さん?」
会うはずのない人物の登場に大妖精は吃驚の色を隠せない。
レティ・ホワイトロックは完全に冬の妖怪だ。
チルノのように冬になると活発に動けるという類の妖怪ではなく、
レティは冬しか存在できない妖怪なのである。
だから初夏たるこの季節に、出会うことはまずないのだ。
ただしあの春が遅れてやってきた年は例外である。
「どうしてここに」
「うん、春眠していたんだけどなんだか急に外が寒くなったじゃない?」
「だから外に出てきたの?」
「うん、そう。今年はやけに春夏秋が短かったのね」
いやそうではない、と大妖精はチルノのことを話した。
するとレティは不思議そうに首を傾げる。
「ふぅん……あの子がこんな事をねぇ」
「心当たりはない?」
「ないわね~」
同じ寒冷系の妖怪といっても、二人はいっしょに行動したりはしないらしい。
やはり本人に直接聞くしかないか、そう思ったときだ。
これまで病む気配の無かった吹雪が突然止んだ。
それはもう何事もなかったかのように見事までにピタリと。
「あら止んでしまったわね」
「なんで……今までずっとだったのに」
今までずっと……?
まさか、という嫌な予感が脳裏をよぎる。
「チルノちゃんっ!?」
吹雪が止んだ、ということはチルノに何かあったと考えるのが当然だろう。
目的を完遂したのかもしれないが、そうとは限らない。
言い方は悪いが、対象はあのチルノなのだ。
大妖精はレティと共に、チルノがいるであろう湖へと急いだ。
★
冬がなくなり、妖精達は喜びました。
しかし冬好きの妖精の友達は喜びません。
最後の冬が終わったあの日から、冬好きの妖精が姿を消してしまったのです。
あれだけいなくならないと言ってくれたのに。
いなくなった妖精の家には、手紙が置いてありました。
そこには一言、「ごめんね」と。
妖精は一生懸命探しましたが、まったく見つかりません。
冬と一緒に消えたんだ。
仲間の妖精はそう言います。
大妖精も諦めなさいと言いました。
妖精は泣きました。
わんわん、わんわん泣きました。
いなくなった友達に、帰ってきてとずっとずっと泣きました。
☆
湖にやってきた大妖精は驚いた。
三日前はまだ湖だったものが、今や分厚いな氷の板で覆われている。
それだけチルノの放出した冷気が凄まじかったということだろう。
それで当の本人たるチルノはどうしているのだろうか。
「大妖精ちゃん、あそこあそこ」
レティが指さす先、そこにはチルノが氷の上に倒れている光景だった。
慌てて近寄る大妖精。
すぐに大丈夫かを確認する。
すー、すー、と規則正しい健康的な寝息が聞こえてきた。
「良かった……眠ってるだけだぁ」
ただ疲れただけだったらしい。
あれだけ長い間力を放出し続けたのだ。
チルノでなくても、倒れて当然の結果である。
「うー……冬ぅ、冬にするー」
寝言ではまだそんなことを言っている。
きっと夢の中ではまだ吹雪を起こし続けているのだろう。
「楽しそうな寝顔ね」
レティもその顔をのぞき込みほほえんだ。
「それにしても、どうしてチルノちゃんはこんなことをしたんだろう」
それだけが謎として残ったまま。
本人に聞こうにも、その本人が夢の中では起きるまで聞くことはできない。
「そういえばずっと昔にもこんな事があったわね」
「ずっと昔?」
大妖精は記憶の底から、似たような出来事が無かったか頑張って考えてみる。
妖精の頭は妖怪や人間に比べてよろしくはない。
それは記憶力も然りで、そう昔のことをずっと覚えることはできないのだ。
だからこそいつも陽気でいられるのかもしれない。
「あ……」
それでも大妖精は思い出した。
いつのことかはもはや思い出せないが、ずっと昔にも初夏に雪が降ったことがあった。
しかしそれを起こしたのは誰などの詳しい情報は完全に欠落している。
「チルノちゃんとも関係があるのかな……」
「さぁ、それは本人に聞いてみないと分からないわね」
「やっぱり起きるのを待つしかないのかぁ」
二人はチルノが起きるまで待つことにした。
★
冬がなくなって幾年が過ぎ去りました。
冬に眠らなくなり、花が咲かなくなりました。
冬に休まなくなり、日差しがずっと降り注ぐようになりました。
冬に鍛えられなくなり、獣はみんな怠けるようになりました。
冬の大切さが今頃になって気づいたとき、湖はすでに干上がった後でした。
木々はその緑を失い、妖精達の楽園はもう楽園とは呼べません。
大妖精は冬の神様の所に行ってお願いしました。
「冬の神様、もう一度冬を戻してください」
ですが冬の神様は首を横に振りました。
「あなた達は冬に耐えられないと言いました。戻してもまた
すぐになくなればいいと言い出すでしょう。だから戻すことはできません」
しかし大妖精は引き下がらずにお願いしました。
「ごめんなさい。冬の大切さがわかりました。だから冬を戻してください」
そう言う大妖精に、冬の神様は尋ねます。
「でしたら冬がどうして大切なのか、それを聞かせてください」
大妖精は答えられません。
冬の神様は、答えられるまではこのままです、と言って消えました。
妖精達は困りました。
冬が大切なものであることはわかりましたが、それが何故なのかがわからないのです。
みんなが困り果てる中、一人の妖精が言いました。
「冬好きの妖精なら分かるんじゃないかしら」
そうだそうだ、とみんなは言います。
しかし冬好きの妖精は何処にもいないのです。
妖精達は困り果てました。
そこに冬好きの妖精の友達の妖精がやってきて言ったのです。
「私が行きます」
妖精は冬の神様に言いました。
「冬を戻してください。冬は私達にとってとても大切なものなのです」
冬の神様は妖精に尋ねました。
「冬がどうして大切なのか、それを聞かせてください」
妖精はゆっくりと理由を話し始めました。
「冬は春と同じくらい温かく私達を癒やしてくれます。
冬は夏と同じくらい明るく私達を照らしてくれます。
冬は秋と同じくらい優しく私達を包んでくれます。
私はそのことをある子から教えてもらいました。
二度と冬がなくなれば良いなんて言わせません。
もちろん私も言いません。だから冬を戻してください」
☆
吹雪が止んで、隠れていた太陽が顔を出した。
初夏の日差しは、地上に積もった雪化粧を輝き照らす。
溶け始めた雪に太陽の光が反射して、まるで森全体が輝いているように見えた。
「うー……」
温かい光を顔に浴び、眩しそうに顔を歪めながらチルノが目を覚ます。
「あ、起きた?」
「大妖精……それに、なんであんたがここにいるのさ」
あんた呼ばわりされたレティは、苦笑を浮かべる。
「あら、てっきりあなたに呼ばれたと思ったんだけど」
「ほぁ? 呼んだ? 誰が」
「あなたが」
チルノを指さすレティ。
「あたいが?」
自分を指さすチルノ。
「んなわけないじゃーん」
「そうかもしれないわね。じゃあ大妖精ちゃんと交代」
大妖精の手の平と自身の手の平を合わせるレティ。
もう話は終わったことに気づき、今度は大妖精がチルノに尋ねた。
「ねぇチルノちゃん。どうしてこんなことをしたの?」
「こんなこと?」
「うん……倒れるまでずっと吹雪を起こして。それで目的は達成できた?」
大妖精の言葉に、チルノは腕を組んでなにやら考え出した。
嫌な予感が、呆れと共に脳裏をよぎる。
「目的なんてあったかなぁ」
やっぱりかーっ、と大妖精は心の中で絶叫した。
勿論シチュエーションは断崖絶壁の崖の上から夕日沈む海に向かって、だ。
「別にいいや。面白かったし」
「そうね。私も普段なら出てこられない季節に顔が出せて良かったわ」
レティは周囲に目を向けてほほえんだ。
雪に覆われているとはいえ、森の緑は冬よりも蒼く、
その影には寒さを耐え忍ぶ多くの動物たちの姿が見える。
冬しか知らないレティにとっては見ることのない光景だ。
「さぁて、そろそろ雪も溶けてきたし、私はまた春眠するわ」
空に浮かび上がるレティ。
その姿が次第に透明になっていく。
「じゃあまた冬になったら会いましょうね」
消える寸前、チルノはレティに向かって叫んだ。
「約束だかんねっ」
その言葉に、レティが嬉しそうに微笑んだように見えた。
しかし消える寸前だったので本当に笑っていたかはわからない。
それでもきっと笑っていた、そんな気がした大妖精だった。
きっと今年も良い冬が来る。
明るい夏が過ぎて、優しい秋が終われば、楽しい冬がやってくる。
今年もレティやチルノとたくさん遊ぼう。
「その前に夏ねっ」
大妖精は降り注ぐ日差しに向かって両手を挙げた。
夏も楽しく遊んで過ごそう。
★
妖精達の元に、再び冬が戻ってきました。
あの妖精はその働きが認められ、新しい大妖精になりました。
そんな冬が戻ってきた次の年の早月のある日。
戻ってきた冬が終わり春も過ぎ、夏に入ろうとしているそんな日に、突然雪が降り出しました。
これには妖精達もびっくり仰天。
すぐに大妖精の元に相談をする妖精達がやってきました。
大妖精はその原因を探るため、最初に雪が降り出した湖に行ってみました。
そこには見知らぬ女の子がいて、雪を降らしておりました。
その女の子は、妖怪なのに姿が妖精とよく似ています。
「ねぇどうして雪を降らせるの?」
大妖精は女の子に話しかけました。
すると女の子はこう答えます。
「あたいはここに冬を作るんだ」
また大妖精は尋ねました。
「どうして冬を作ろうとするの?」
女の子は答えます。
「約束したの。それが誰かは忘れたけどね。それより何より、あたいは冬が好きだから」
「でも冬はもう戻ってきたよ」
「あれ、そうなの?」
「うん、私が神様にお願いして冬を戻してもらったの」
「そっか、だったら冬を作る必要はないんだね」
「うん……」
話している内に、大妖精はすごく泣きたくなりました。
我慢しようとしても、あとからあとから涙が溢れて止まりません。
突然泣き出した大妖精に、女の子は慌ててしまいました。
「どうして泣くの?」
大妖精は泣きながら言いました。
「わからない。わからないけど嬉しいの。だから泣いちゃうの」
大妖精は凄く嬉しいのです。
何で嬉しいかはわからないけれど、嬉しいから泣くのです。
「あ、そうだ。あなたの名前を教えてよ」
女の子は大妖精に尋ねます。
大妖精は、自分は大妖精だと言いました。
そしてお返しに女の子に名前を聞きました。
女の子はにかっと笑いながら名乗ります。
「あたいの名前? あたいの名前は――――」
~終幕~
チルノ、いいなぁ。
お前は何時までも、幻想卿を暖かくするんだろう
だからお前は可愛いよチルノ。
チルノは確かにお馬鹿さんです。
ですがそれはただの馬鹿ではなく、馬鹿正直なだけではないかと。
正直すぎるが故に、他からは変に見えるのかもしれません。