東方盛夏譚~香霖堂~・前編
あまりにも長かった冬が過ぎ、一斉に咲き乱れた花も季節に合った物以外全て散る頃には、幻想郷は夏も盛りを迎えていた。
み―んみんみんみんみーん・・・・・
蝉の鳴き声が何処にいてもやかましいほどに響き渡る。
まるでこの幻想郷の夏は俺たちのものだと主張しているかのようだ。
あまりの騒がしさに、このうだるような暑さが増してくるような錯覚を覚えてしまう。
そんな日の昼下がり、一人の青年がその日初めての独り言を発してから、この物語は始まる。
「・・・全く。せっかくの読書の時間が台無しだな。」
深い森にひっそりとたたずむ古道具屋「香霖堂」の店主、森近霖之助は本の活字から視線を上げ、ポツリとぼやいた。
み―んみんみんみんみーん・・・・・
久しぶりの出物を読むときぐらい静かにして欲しいものだ。
まぁ、何年も暗い土の中に身を潜め、やっとのことで光差す地上に上がってきたのだ。
浮かれるのは無理もない。それに蝉はつがいとなり、子孫を残すのに必死なのだ。
彼らの営みに対して自分が文句を言うのは筋違いというものである。
大体彼らの住処であるこの森に、住居を構えた自分が悪いのだから・・・。
だが・・・
み―んみんみんみんみーん・・・・・
み―んみんみんみんみーん・・・・・
み―んみんみんみんみーん・・・・・
嗚呼やかましい。
幻想郷の住人とはいえ、霖之助も人の子なのである。五月蝿いものは五月蝿い。
「かといって窓を閉めるわけにもいかないし・・・。」
蝉の声もさることながら、暑さも尋常ではなかった。
店の傍らに掛けられた温度計の目盛は軽く30度を超えている。
陽光の遮られる森の中でもこうなのだから、日の照っている場所はどうなのかは考えたくも無い。
その上湿気もひどい。まるで自分の周りの空気が纏わりついてくるかのようだ。
メガネの蔓から、そしてあごの先端から汗が滴り落ちる。
始めのうちは手拭いで拭き取っていたのだが、手元にあった数枚は既に汗を吸いすぎて用を成さなくなってしまっている。
馬鹿らしくなったので今は流れるに任せたままだ。
当然、着物は頭から水を被ったかのようにびしょ濡れである。
汗がページに垂れないように本を読むのも、悪戦苦闘するうちにすっかり慣れてしまっていた。
「このままじゃ、体中の水分が全部出てしまうな。」
いい加減喉が渇いてきたので、カウンターの隅の甕に半分ほど溜めておいた水を湯飲みに注ぐ。
口の中を湿らせるように口に含むと、霖之助は途端に眉をしかめた。
自分の期待していたものとあまりにもかけ離れた感触に、思わず咳き込む。
「・・・ぬるい。」
早朝に井戸水から汲んできたそれは、この暑さによってぬるま湯になっていた。
生温さが喉に絡みつき、気持ちが悪い。
せめてこれが熱いお茶だったらなぁ・・・と霖之助はため息をつく。
暑い日には逆に熱いものを飲むといいと昔から言うが、今台所で火を起こすなんて愚の骨頂。こんな時に火を焚いたら数分を待たず自分は茹蛸になってしまう。
水風呂で汗を流そうかとも思うが、先日の残り湯は洗濯に使ってしまったし、また湯船に水を溜めるのも面倒だ。そんな気力なんてありゃしな
い。
最早本を読む気すら失せ、霖之助はカウンターに突っ伏した。
そしてどこか虚ろな目で店内を見渡す。
ある位置に来ると、ふと視線が止まった。
そこには彼の胸の高さほどある、扉のついた箱のようなものが置かれている。
「どうかしているな僕は。こんな時にコレの存在を忘れるなんて。」
うっかりとしていた自らを叱るように、ぴしゃりと額を打つ。
勢い良く立ち上がると箱に近づいていった。
取っ手のついている扉は上下に分かれていて、大きさは上が箱の三分の一、下が三分の二といったところか。
霖之助は上の扉を勢いよく開けた。
・・・ふわりと顔を包み込むように、箱の中から冷気が漏れ出してくる。
「ふう・・・これだけでも生き返った気分だな。」
しばらくこの心地よい涼しさを堪能していたい衝動に駆られるが、何とか振り払って一旦扉を閉める。
このまま開けっ放しにしたら、数刻も待たずに溶けてしまうだろう。
「しかし一週間近く経つというのに、まだこんなに残っているなんてね。」
不思議そうに首を傾げる。
箱の中には溶けて減ってしまっているが、大きな氷の塊が置かれていた。
扉は別々だが、箱の中は繋がっていて格子で区切られている。
氷はその格子の上に置かれ、箱の中全体を冷やす役目を果たしていた。
不思議なことに冷気は箱の外には全く漏れず、内部を冬のような寒さで満たすのだ。
しかし原理は分からない。それは彼の能力では知ることが出来ないのだ。
改めて箱に手を触れ、目を閉じて念じる。
すると霖之助の頭の中に、こんな言葉が浮かんできた。
名称:冷蔵庫
用途:食料品等の保存
これこそ幻想郷広しと雖も、唯一森近霖之助だけが持つ「未知のアイテムの名称と用途がわかる程度の能力」である。
この能力を持って生まれたが故に、彼は幼い頃から外の世界から流れてくる物品に興味を持ち、それが高じてこの香霖堂を開いたのだ。
ただこの能力の問題点は、用途は分かっても、使い方やその機能の原理などまでは理解することが出来ないこと。
まぁこれは、霖之助の知的好奇心を満たす原動力ともなっているわけだが。
・・・話を戻す。
幻想郷のゆったりとした時の流れとは違い、外の世界は目まぐるしい変化と流動を続けているらしい。
店を開いてから数十年、様々な物品を見てきたが、外の世界の物は幻想郷の技術の水準では想像も出来ないような用途のものばかりであった。
無論、この「冷蔵庫」もその一つである。
内部を冷やすのはあくまで氷であるが、冷気を魔術や式といった複雑な術式も使わず留めているのだ。
しかも木や石、そして鉄といったありふれた材料を合わせただけで、である。
そもそも何かの物品に魔術などの術式を定着させることは、魔法の中でも上級の部類に入る複雑な儀式と手順が必要となるはずなのだ。
魔術にも造詣が深い霖之助にとって、「冷蔵庫」は全く信じがたい代物であった。
と、そんなことを考えているうちに、冷気で引いた汗がまた吹き出してきた。
「おっと、いけないいけない。」
当初の目的を思い出し、再び冷蔵庫の扉を開けた。
数分後・・・
着物の胸元を大きくはだけ、氷水を飲みながら本を読む霖之助の姿があった。
足元には同じく氷水を満たした桶。彼はそこに脛まで足を突っ込んでいた。
おかげで汗はほとんど出ていない。
「夏の盛りに氷を使って涼をとる・・・これに勝る贅沢は無いな。」
その日何度目かの独り言を口にしながら、霖之助はどこか誇らしげにうなずいた。
夏場に氷の恩恵に浸ることは、普通ならば絶対に出来ない最高の贅沢ではあるまいか。
元々の用途は違うまでも、それを簡単に成し遂げることが出来る冷蔵庫に、そしてそれを作り出した人間の知恵というものに思わず乾杯したくなった。
まあ手にしているのは氷水で、氷を作ったのは人間ではないのだが。
霖之助はその時のことを思い出し、思わず苦笑する。
以前、湖の近くで大蝦蟇に飲み込まれ、ほうほうの体で逃げ出してのびてしまっていた氷の妖精を介抱したことがあった。
彼女は数刻で目を覚ました。
それは良かったのだが、大蝦蟇に飲み込まれたショックが抜け切らなかったのか、錯乱してもの凄い勢いで暴れだしたのだ。
(うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!!!寄るな触るなあっち行けー!!!!!やるかこのヤロかかって来いコノヤロー!!!!!!!!!!!)
来て欲しいんだか来て欲しくないんだかよくわからないことを叫びながら、彼女は店中を飛び回った。
棚に置いてあった品物を盛大に引っ掛けながら。
それだけには飽き足らず、彼女は持っていたありったけのスペルカードをご丁寧に乱発したのだ。
弾幕で品物は破壊されるわ、凍りつくわで店内は目茶苦茶になった。
霖之助も弾幕をよけ損ね、髪の毛が凍りついた。
そしてそこに運良く・・・
いや、運悪く・・・・・・
・・・・・・・これも違う。
・・・この言葉の方がぴったりであろう。
最悪なことに、いつものように不要な物を売りに霧雨魔理沙が香霖堂を訪れたのだ。
・・・その後の展開は推して知るべし。
彼女達はそのまま弾幕ごっこを始め、魔理沙の魔砲で店の片方の壁は跡形も無く消滅した。
無論その壁の前に置いてあった品物も原子の塵に帰った。
そしてかろうじて無事だった品物も、流れ弾幕の直撃を受けほとんどが破壊されてしまったのだった。
この時ばかりは温厚で知られる霖之助も烈火のごとく怒った。
普段は見られない彼の剣幕に押され、二人は弾幕ごっこを止めた。
・・・まあその時氷精はほとんど伸びてしまっていたが。
魔理沙は土下座して謝り、売りに来た物品を置いて、氷精を抱えて幻想郷で1,2を争うと言われるスピードで帰っていった。
数日後、人・・・いや妖怪づてに手に入れた新たな品物の整理と店の補修をしていると、例の氷精を連れた寒さの妖怪が現れた。
どうやら彼女はその氷精の保護者代わりであるらしい。
(この度はこの子がとんだ迷惑をかけたみたいで・・・すみません。)
レティと名乗った彼女は、チルノというらしい氷精の頭をぐいぐいと押さえつけて謝った。
その間、チルノは終始拗ねた様子だったが。
(お詫びと言っては何ですが、どうか納めて下さい。)
と、一抱えはある大きな氷を差し出した。
これから暑くなるだろうからこれで涼でもとってくれ、という配慮だったのだろう。
マジックアイテムも含めた数々の品物と、氷の塊。
普通だったらまるで割に合わない。
だが夏も近いこの時期に、冬をホームとする妖怪がこれほどの大きさの氷を作るのは大変な労力であっただろう。
賢い霖之助がそれに気付かないはずも無かった。
だから彼は笑顔でそれを受け取った。
季節外れの精一杯の贈り物を。
しばらく世間話を交わし、ぺこぺこと頭を何度も下げながらレティが帰ろうとした時、
彼女が止めるのも聞かず、チルノがだっと霖之助に向かって走ってきた。
近くまで来て、顔を上げて彼を見上げる。
しばらくもじもじとしながら顔を赤らめ、目をそらしてこう言ってきた。
(あの・・・あのさ・・・、あ・・・ありがと・・・・あと・・・ごめん。)
どこか正直になりきれないその様子はまさしく子供で、霖之助は吹き出しそうになるがどうにか堪える。
吹き出そうものなら、きっと怒り始めるに違いない。
幼い頃の魔理沙がそうであったように。
(もう怒っていないよ。丁度在庫の整理をする予定だったし、手間が省けた。)
そう言うとチルノは顔をパッと明るくした。まるで花が咲いたように。
(ホント!?)
(ああ、本当だよ。)
そう言うとニッコリと笑って元気良く、レティに追いつくために飛び上がった。
(何だかここって色々面白そうなものがあるから、また来るね!!)
(ははは、弾幕ごっこをしないなら大歓迎だよ。)
先ほどのしおらしい態度は何処へやら、百面相かと思えるほどの変わりようである。
そうして冬の精たちは、じゃれ合いながら帰っていった。
蛇足になるが、この時魔理沙が持ってきた物品が冷蔵庫であり、氷の保存に一役買ったのであった。
それ以来チルノは、いつもレティと二人で作るという氷塊を持って、ちょくちょく店に冷やかしに来るようになった。
時々品物を勝手にいじって落としたり壊したりするが、そこはご愛嬌である。
氷のある快適な生活の対価として考えるならば、いくらでもおつりが来る。
これのおかげで、カビや食べ物の傷みにも悩まされずにすんでいるのだ。
「・・・-りん・・・ねぇ!!こーりんってば!!」
ひょこっと、視界に今では見慣れた少女が顔を出す。
「うわっ!!」
突然のことに霖之助は仰け反った。
「・・・何だチルノか、驚かさないでくれよ。声ぐらいかけてくれれば良かったのに。」
「さっきから何度も何度も何度もなーんどもかけてたよ!なのにこーりんが全然気付いてくれないんだもん!!」
「あー・・・うっかりしていて気付かなかったよ。すまない。」
どうやら色々と回想にふけるあまり、チルノが来ていることに全く気付かなかったようだ。
全く、自分の集中力には良くも悪くも驚かされる。
何かに夢中になっているとそれに没頭し続け、周りの状況など何も見えなくなってしまうのだ。
魔理沙からも昔から注意されているのだが、一向に治らない。
「ふーんだ!!こーりんはそうやって私のこと無視するんだ?もう知らない!!」
そんな彼の性分をまだあまり知らないチルノは、すっかりヘソを曲げてしまっていた。
「ごめんごめん。考え事をしていて、本当にチルノが来たことには気づかなかったんだよ。気に障ったんだったら謝る。」
そういって頭を下げる。するとチルノは少し機嫌を良くしてくれた。
「じゃあ、何考えてたのか教えてよ。教えてくれたら許してあげる。」
「チルノのことを考えていたら、つい時間を忘れてしまってね。」
誤魔化しても何なので、霖之助は正直に答えた。
霖之助にとっては何気ない一言だったが、彼女にとっては必殺の一撃である。
ぼんっ!!と音を立てるかのようにチルノの顔が真っ赤に染まった。
「なっ、なっ、なっ・・・・・!!!!」
「どうしたんだいチルノ?顔が真っ赤だよ。」
「い・・・いや何でもない!!何でもないよ!!」
「そんなに赤くなっていて、何でも無い訳が無いじゃないか。もし熱でもあったら・・・」
慌てふためくチルノを押さえつけ、霖之助は彼女の額に手を当てる。
その瞬間チルノは身を震わせたが、彼の手が触れている間は目を瞑ってじっとしていた。
「・・・・」
「うーん・・・良くわからないなぁ・・・」
それもそのはず、彼女は氷精なのだから人間とは根本的に体温が違う。
しかし現にチルノの顔は赤い。体調が普通でないことは明らかなのだ。
「仕方が無い。チルノ、ちょっとごめんよ。」
霖之助は彼女の前髪をかき上げ、手を当てる以外の体温の計測を行おうとした。
額同士、要するにおでことおでこをくっつけるあのやり方である。
「~~~~~~~~~!!!ちょ・・・ちょっとちょっと!!」
「ほら暴れないで。少しの間だから。」
「だ・・・だからそういう問題じゃ・・・っ!!」
暴れるチルノに構わず、額を近づける霖之助。
互いの顔が触れ合うほどに近づくと、チルノは観念したのか目を瞑った。
そして・・・
二人の影が一つになろうとした・・・
その時・・・
「おーっす香霖、いるかー?この前のお詫びに来てやったぜー。」
その割にはどこか偉そうな口調で、霧雨魔理沙がやってきた。
その手には大振りのスイカが二つ。
「おーい、いないのかー?」
店の中を見回し始める魔理沙。
そして彼女の目がカウンターに向かう。
するとそこには
切なそうな表情で目を瞑ったチルノと正面から向き合い
彼女と触れ合いそうなほど顔を近づけた
森近霖之助の姿があった。
しかもこんな会話まで聞こえてくる。
「お願いだから・・・痛くなんか・・・しない・・・でよね・・・」
「大丈夫だよ。ほんの一瞬だから・・・」
その瞬間、
魔理沙の中でマスタースパークが火を吹いた。
霖之助が彼女の来訪に気付いた時には既に遅かった。
「おい・・・何・・・やってんだ・・・?」
煮えたぎる溶岩のように熱く、それでいて極北の氷山のように冷たいその声に、思わず霖之助の背筋に寒気が走る。
確かに涼を取りたいと思ってはいたが、これは寒すぎである。
「魔理沙・・・いつから・・・そこに・・・?」
「ああ・・・『お願いだから・・・痛くなんか・・・しない・・・でよね・・・』『大丈夫だよ。ほんの一瞬だから・・・』ってあたりからかな。」
・・・最悪のタイミングである。考えてみれば、誤解とはいえ言い訳のしようが無いほどの状況であった。
「魔理沙・・・頼むから話を聞いてくれないか?」
ほとんど覚悟を決めていたが、霖之助は必死の抵抗を試みる。
「いやホント驚いたぜ・・・まさか人格者を絵に描いたような森近霖之助殿に・・・幼女趣味があったなんてなぁ・・・」
全く聞き入れる様子の無い彼女は、淡々と、しかしぎりぎりと音が聞こえてきそうなほど軋んだ声を紡いでいく。
「いや・・・魔理沙・・・頼むから話を・・・」
「昔からの付き合いの私には・・・頭を撫でてくれたことも数えるほどしか無いってのに・・・うふっうふっうふふふふふふふ・・・・」
本格的にヤバい。
かつて封印されたはずの黒歴史までもが頭をもたげてきている。
「ねぇ・・・まだぁ?こーりん早くぅ・・・」
全く周りの状況が見えていないのか、チルノが(色々な意味で)とどめの一撃を放った。
ぶちり
魔理沙のナニカが切れる音が、霖之助にも聞こえた。
「魔理沙・・・話せば解る・・・」
「 問 答 無 用・・・死なない程度に・・・砕け散れ・・・っ!!」
夏の盛りに、弾幕地獄が幕を開けた。
~少女発砲中~
~男被弾中~
~幼女被弾中~
~店舗破損中~
~商品被弾中~
~偶然店に寄った門番被弾中~
~男と幼女逃亡中~
~少女追撃中~
~男説得中~
~少女聞く耳持たず発砲継続中~
~男再び被弾中~
~幼女反撃する暇すらなく気絶中~
~偶然店に寄った門番私の人生って一体何?とか思いつつ気絶中~
~男再び説得中~
~少女沈静化中~
その狂乱が静まる頃には、既に陽光の色には茜色が混ざっていた。
「・・・全く、早く言ってくれりゃ良かったんだ。」
「魔理沙・・・一体どの口で言っているんだ?」
「この口だが?」
「・・・もういい。」
縁側でスイカを齧りながら、そんな会話を交わす二人。
「うーん・・・・」
そうしているうちに、霖之助の膝の上でのびていたチルノが目を覚ました。
「気がついたかいチルノ?」
「え・・・あ・・・わ・・・!!こーりんっ!!」
慌ててがばりと起き上がるチルノ。
そして起き上がった先には、
「ようチルノ、やっと起きやがったか。」
彼女を気絶させた張本人がいた。
「香霖の膝枕なんか、私もやってもらったことなんか無いんだぞ。うらやましい奴め。」
「ぎゃあああああああ!!!デターーーーーーーーーーーー!!!!」
「おいおい失礼なヤツだな。まるで私が化け物みたいじゃないか。」
「化け物じゃなけりゃ怪物よ!!少しの間に二回も気絶させられるなんて思って無かったわ!!人間のくせに、どんな魔力してるのよ!!」
「花も恥らって逃げ出すようなうら若き乙女に向かって、何てこといいやがる。もっかい叩きのめされたいのか?」
魔理沙が少し凄んだ瞬間、チルノがもの凄い勢いガタガタ震え始めた。
「ゴメンナサイゴメンナサイモウニドトイイマセンユルシテユルシテ・・・・」
どうやらチルノの心にとって、先ほどの弾幕地獄は大蝦蟇の一件以上のトラウマになったらしい。
「二人とも止めなよ。それに魔理沙、君に全く反省の色が見えないのは気のせいかな?」
「う゛・・・ホント悪かったって。」
ばつが悪そうに顔をしかめる魔理沙。
「まぁ、幸いなことに店も品物もあまり壊れなかったからいいんだけどね。」
切ったばかりのスイカに目をやり、手にとってかぶりつきながら、霖之助は微笑む。
「まぁ、君が持ってきたスイカは二つ。今回のと前回の物の分として数えれば貸し借りは無しだ。」
「サンキュー香霖、それでこそ男ってもんだぜ。」
シャクリと音を立ててスイカを齧りながら、魔理沙は霖之助に向かってウィンクをした。
「さあ、チルノも一緒にスイカを食べよう。せっかく魔理沙が持ってきてくれたんだし。」
「・・・いいの?」
最初のうちはまごまごして手を出さなかったチルノだが、スイカの甘い香りに我慢できなかったのか、大振りのものを選ぶと両手で持って勢いよく食べ始めた。
「わぁ・・・甘―い!!」
輝くような笑顔を浮かべるチルノ。さっきまでの恐怖の残滓は全く無い。
この前もそうだったが、相変わらず変わり身が早い。見ていて気持ちが良くなるほどだ。
霖之助と魔理沙はそれを見て、思わず吹き出した。
「あ、何だよー!!何がおかしいって言うのよ!!二人して笑って!!」
「いや、何でもないよ。」
「気にするな、お前の能天気さに呆れてただけだ。」
「う・・・うるさいうるさーい!!」
その後も他愛も無い話や冗談を言い合いながら、三人並んで縁側でスイカを食べる。
種をどれだけ遠くまで飛ばせるか競って魔理沙が負け、チルノがそれをからかったせいで再び弾幕が飛び交いそうになったり、チルノが霖之助の服の中に氷を入れて驚かせると、それを見た魔理沙がチルノにゲンコツをかましたりして、ふざけあう。
チルノが昼に持ってきた氷は霖之助が入れた麦茶に浮かび、茶碗に汗をかかせている。
風鈴は時折思い出したように吹く微風に揺れ、涼しげな音を響かせる。
正にのどかというものを絵にしたような、夏の夕暮れの過ごし方と言えた。
だが流石に夏は夏、水を地面にまいた縁側であってもじわじわと汗をかいてくる。
スイカはもう食べてしまったし、氷もこれから先の生活を考えるとこれ以上は使うわけにはいかない。
「ふう・・・半袖でも汗が出てくるぜ・・・どうにかならないもんかね?」
団扇で顔を扇ぎ、服の胸元をバサバサとはためかせながら魔理沙が呟く。
「あたいもー・・・結構きつくなってきたー・・・」
チルノに至っては縁の下に潜りこんでしまっている。
「うーん・・・どうしたものかな・・・」
霖之助は男だから着物少しぐらいはだけても大丈夫だが、魔理沙やチルノのように女の子ではそうもいかない。
「・・・そうだ!!」
しばらく考え込んでいるうちに、彼の中に閃くものがあった。
「二人とも、待っていてくれないか?ちょっと探し物をしてくる。」
「ああ、別に構わんが・・・探し物って何だ?」
「それは見てからのお楽しみだよ。」
そう言って、霖之助はどこか嬉しそうに奥の物置に向かって歩いていく。
後には、魔理沙とチルノが残された。
あまりにも長かった冬が過ぎ、一斉に咲き乱れた花も季節に合った物以外全て散る頃には、幻想郷は夏も盛りを迎えていた。
み―んみんみんみんみーん・・・・・
蝉の鳴き声が何処にいてもやかましいほどに響き渡る。
まるでこの幻想郷の夏は俺たちのものだと主張しているかのようだ。
あまりの騒がしさに、このうだるような暑さが増してくるような錯覚を覚えてしまう。
そんな日の昼下がり、一人の青年がその日初めての独り言を発してから、この物語は始まる。
「・・・全く。せっかくの読書の時間が台無しだな。」
深い森にひっそりとたたずむ古道具屋「香霖堂」の店主、森近霖之助は本の活字から視線を上げ、ポツリとぼやいた。
み―んみんみんみんみーん・・・・・
久しぶりの出物を読むときぐらい静かにして欲しいものだ。
まぁ、何年も暗い土の中に身を潜め、やっとのことで光差す地上に上がってきたのだ。
浮かれるのは無理もない。それに蝉はつがいとなり、子孫を残すのに必死なのだ。
彼らの営みに対して自分が文句を言うのは筋違いというものである。
大体彼らの住処であるこの森に、住居を構えた自分が悪いのだから・・・。
だが・・・
み―んみんみんみんみーん・・・・・
み―んみんみんみんみーん・・・・・
み―んみんみんみんみーん・・・・・
嗚呼やかましい。
幻想郷の住人とはいえ、霖之助も人の子なのである。五月蝿いものは五月蝿い。
「かといって窓を閉めるわけにもいかないし・・・。」
蝉の声もさることながら、暑さも尋常ではなかった。
店の傍らに掛けられた温度計の目盛は軽く30度を超えている。
陽光の遮られる森の中でもこうなのだから、日の照っている場所はどうなのかは考えたくも無い。
その上湿気もひどい。まるで自分の周りの空気が纏わりついてくるかのようだ。
メガネの蔓から、そしてあごの先端から汗が滴り落ちる。
始めのうちは手拭いで拭き取っていたのだが、手元にあった数枚は既に汗を吸いすぎて用を成さなくなってしまっている。
馬鹿らしくなったので今は流れるに任せたままだ。
当然、着物は頭から水を被ったかのようにびしょ濡れである。
汗がページに垂れないように本を読むのも、悪戦苦闘するうちにすっかり慣れてしまっていた。
「このままじゃ、体中の水分が全部出てしまうな。」
いい加減喉が渇いてきたので、カウンターの隅の甕に半分ほど溜めておいた水を湯飲みに注ぐ。
口の中を湿らせるように口に含むと、霖之助は途端に眉をしかめた。
自分の期待していたものとあまりにもかけ離れた感触に、思わず咳き込む。
「・・・ぬるい。」
早朝に井戸水から汲んできたそれは、この暑さによってぬるま湯になっていた。
生温さが喉に絡みつき、気持ちが悪い。
せめてこれが熱いお茶だったらなぁ・・・と霖之助はため息をつく。
暑い日には逆に熱いものを飲むといいと昔から言うが、今台所で火を起こすなんて愚の骨頂。こんな時に火を焚いたら数分を待たず自分は茹蛸になってしまう。
水風呂で汗を流そうかとも思うが、先日の残り湯は洗濯に使ってしまったし、また湯船に水を溜めるのも面倒だ。そんな気力なんてありゃしな
い。
最早本を読む気すら失せ、霖之助はカウンターに突っ伏した。
そしてどこか虚ろな目で店内を見渡す。
ある位置に来ると、ふと視線が止まった。
そこには彼の胸の高さほどある、扉のついた箱のようなものが置かれている。
「どうかしているな僕は。こんな時にコレの存在を忘れるなんて。」
うっかりとしていた自らを叱るように、ぴしゃりと額を打つ。
勢い良く立ち上がると箱に近づいていった。
取っ手のついている扉は上下に分かれていて、大きさは上が箱の三分の一、下が三分の二といったところか。
霖之助は上の扉を勢いよく開けた。
・・・ふわりと顔を包み込むように、箱の中から冷気が漏れ出してくる。
「ふう・・・これだけでも生き返った気分だな。」
しばらくこの心地よい涼しさを堪能していたい衝動に駆られるが、何とか振り払って一旦扉を閉める。
このまま開けっ放しにしたら、数刻も待たずに溶けてしまうだろう。
「しかし一週間近く経つというのに、まだこんなに残っているなんてね。」
不思議そうに首を傾げる。
箱の中には溶けて減ってしまっているが、大きな氷の塊が置かれていた。
扉は別々だが、箱の中は繋がっていて格子で区切られている。
氷はその格子の上に置かれ、箱の中全体を冷やす役目を果たしていた。
不思議なことに冷気は箱の外には全く漏れず、内部を冬のような寒さで満たすのだ。
しかし原理は分からない。それは彼の能力では知ることが出来ないのだ。
改めて箱に手を触れ、目を閉じて念じる。
すると霖之助の頭の中に、こんな言葉が浮かんできた。
名称:冷蔵庫
用途:食料品等の保存
これこそ幻想郷広しと雖も、唯一森近霖之助だけが持つ「未知のアイテムの名称と用途がわかる程度の能力」である。
この能力を持って生まれたが故に、彼は幼い頃から外の世界から流れてくる物品に興味を持ち、それが高じてこの香霖堂を開いたのだ。
ただこの能力の問題点は、用途は分かっても、使い方やその機能の原理などまでは理解することが出来ないこと。
まぁこれは、霖之助の知的好奇心を満たす原動力ともなっているわけだが。
・・・話を戻す。
幻想郷のゆったりとした時の流れとは違い、外の世界は目まぐるしい変化と流動を続けているらしい。
店を開いてから数十年、様々な物品を見てきたが、外の世界の物は幻想郷の技術の水準では想像も出来ないような用途のものばかりであった。
無論、この「冷蔵庫」もその一つである。
内部を冷やすのはあくまで氷であるが、冷気を魔術や式といった複雑な術式も使わず留めているのだ。
しかも木や石、そして鉄といったありふれた材料を合わせただけで、である。
そもそも何かの物品に魔術などの術式を定着させることは、魔法の中でも上級の部類に入る複雑な儀式と手順が必要となるはずなのだ。
魔術にも造詣が深い霖之助にとって、「冷蔵庫」は全く信じがたい代物であった。
と、そんなことを考えているうちに、冷気で引いた汗がまた吹き出してきた。
「おっと、いけないいけない。」
当初の目的を思い出し、再び冷蔵庫の扉を開けた。
数分後・・・
着物の胸元を大きくはだけ、氷水を飲みながら本を読む霖之助の姿があった。
足元には同じく氷水を満たした桶。彼はそこに脛まで足を突っ込んでいた。
おかげで汗はほとんど出ていない。
「夏の盛りに氷を使って涼をとる・・・これに勝る贅沢は無いな。」
その日何度目かの独り言を口にしながら、霖之助はどこか誇らしげにうなずいた。
夏場に氷の恩恵に浸ることは、普通ならば絶対に出来ない最高の贅沢ではあるまいか。
元々の用途は違うまでも、それを簡単に成し遂げることが出来る冷蔵庫に、そしてそれを作り出した人間の知恵というものに思わず乾杯したくなった。
まあ手にしているのは氷水で、氷を作ったのは人間ではないのだが。
霖之助はその時のことを思い出し、思わず苦笑する。
以前、湖の近くで大蝦蟇に飲み込まれ、ほうほうの体で逃げ出してのびてしまっていた氷の妖精を介抱したことがあった。
彼女は数刻で目を覚ました。
それは良かったのだが、大蝦蟇に飲み込まれたショックが抜け切らなかったのか、錯乱してもの凄い勢いで暴れだしたのだ。
(うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!!!寄るな触るなあっち行けー!!!!!やるかこのヤロかかって来いコノヤロー!!!!!!!!!!!)
来て欲しいんだか来て欲しくないんだかよくわからないことを叫びながら、彼女は店中を飛び回った。
棚に置いてあった品物を盛大に引っ掛けながら。
それだけには飽き足らず、彼女は持っていたありったけのスペルカードをご丁寧に乱発したのだ。
弾幕で品物は破壊されるわ、凍りつくわで店内は目茶苦茶になった。
霖之助も弾幕をよけ損ね、髪の毛が凍りついた。
そしてそこに運良く・・・
いや、運悪く・・・・・・
・・・・・・・これも違う。
・・・この言葉の方がぴったりであろう。
最悪なことに、いつものように不要な物を売りに霧雨魔理沙が香霖堂を訪れたのだ。
・・・その後の展開は推して知るべし。
彼女達はそのまま弾幕ごっこを始め、魔理沙の魔砲で店の片方の壁は跡形も無く消滅した。
無論その壁の前に置いてあった品物も原子の塵に帰った。
そしてかろうじて無事だった品物も、流れ弾幕の直撃を受けほとんどが破壊されてしまったのだった。
この時ばかりは温厚で知られる霖之助も烈火のごとく怒った。
普段は見られない彼の剣幕に押され、二人は弾幕ごっこを止めた。
・・・まあその時氷精はほとんど伸びてしまっていたが。
魔理沙は土下座して謝り、売りに来た物品を置いて、氷精を抱えて幻想郷で1,2を争うと言われるスピードで帰っていった。
数日後、人・・・いや妖怪づてに手に入れた新たな品物の整理と店の補修をしていると、例の氷精を連れた寒さの妖怪が現れた。
どうやら彼女はその氷精の保護者代わりであるらしい。
(この度はこの子がとんだ迷惑をかけたみたいで・・・すみません。)
レティと名乗った彼女は、チルノというらしい氷精の頭をぐいぐいと押さえつけて謝った。
その間、チルノは終始拗ねた様子だったが。
(お詫びと言っては何ですが、どうか納めて下さい。)
と、一抱えはある大きな氷を差し出した。
これから暑くなるだろうからこれで涼でもとってくれ、という配慮だったのだろう。
マジックアイテムも含めた数々の品物と、氷の塊。
普通だったらまるで割に合わない。
だが夏も近いこの時期に、冬をホームとする妖怪がこれほどの大きさの氷を作るのは大変な労力であっただろう。
賢い霖之助がそれに気付かないはずも無かった。
だから彼は笑顔でそれを受け取った。
季節外れの精一杯の贈り物を。
しばらく世間話を交わし、ぺこぺこと頭を何度も下げながらレティが帰ろうとした時、
彼女が止めるのも聞かず、チルノがだっと霖之助に向かって走ってきた。
近くまで来て、顔を上げて彼を見上げる。
しばらくもじもじとしながら顔を赤らめ、目をそらしてこう言ってきた。
(あの・・・あのさ・・・、あ・・・ありがと・・・・あと・・・ごめん。)
どこか正直になりきれないその様子はまさしく子供で、霖之助は吹き出しそうになるがどうにか堪える。
吹き出そうものなら、きっと怒り始めるに違いない。
幼い頃の魔理沙がそうであったように。
(もう怒っていないよ。丁度在庫の整理をする予定だったし、手間が省けた。)
そう言うとチルノは顔をパッと明るくした。まるで花が咲いたように。
(ホント!?)
(ああ、本当だよ。)
そう言うとニッコリと笑って元気良く、レティに追いつくために飛び上がった。
(何だかここって色々面白そうなものがあるから、また来るね!!)
(ははは、弾幕ごっこをしないなら大歓迎だよ。)
先ほどのしおらしい態度は何処へやら、百面相かと思えるほどの変わりようである。
そうして冬の精たちは、じゃれ合いながら帰っていった。
蛇足になるが、この時魔理沙が持ってきた物品が冷蔵庫であり、氷の保存に一役買ったのであった。
それ以来チルノは、いつもレティと二人で作るという氷塊を持って、ちょくちょく店に冷やかしに来るようになった。
時々品物を勝手にいじって落としたり壊したりするが、そこはご愛嬌である。
氷のある快適な生活の対価として考えるならば、いくらでもおつりが来る。
これのおかげで、カビや食べ物の傷みにも悩まされずにすんでいるのだ。
「・・・-りん・・・ねぇ!!こーりんってば!!」
ひょこっと、視界に今では見慣れた少女が顔を出す。
「うわっ!!」
突然のことに霖之助は仰け反った。
「・・・何だチルノか、驚かさないでくれよ。声ぐらいかけてくれれば良かったのに。」
「さっきから何度も何度も何度もなーんどもかけてたよ!なのにこーりんが全然気付いてくれないんだもん!!」
「あー・・・うっかりしていて気付かなかったよ。すまない。」
どうやら色々と回想にふけるあまり、チルノが来ていることに全く気付かなかったようだ。
全く、自分の集中力には良くも悪くも驚かされる。
何かに夢中になっているとそれに没頭し続け、周りの状況など何も見えなくなってしまうのだ。
魔理沙からも昔から注意されているのだが、一向に治らない。
「ふーんだ!!こーりんはそうやって私のこと無視するんだ?もう知らない!!」
そんな彼の性分をまだあまり知らないチルノは、すっかりヘソを曲げてしまっていた。
「ごめんごめん。考え事をしていて、本当にチルノが来たことには気づかなかったんだよ。気に障ったんだったら謝る。」
そういって頭を下げる。するとチルノは少し機嫌を良くしてくれた。
「じゃあ、何考えてたのか教えてよ。教えてくれたら許してあげる。」
「チルノのことを考えていたら、つい時間を忘れてしまってね。」
誤魔化しても何なので、霖之助は正直に答えた。
霖之助にとっては何気ない一言だったが、彼女にとっては必殺の一撃である。
ぼんっ!!と音を立てるかのようにチルノの顔が真っ赤に染まった。
「なっ、なっ、なっ・・・・・!!!!」
「どうしたんだいチルノ?顔が真っ赤だよ。」
「い・・・いや何でもない!!何でもないよ!!」
「そんなに赤くなっていて、何でも無い訳が無いじゃないか。もし熱でもあったら・・・」
慌てふためくチルノを押さえつけ、霖之助は彼女の額に手を当てる。
その瞬間チルノは身を震わせたが、彼の手が触れている間は目を瞑ってじっとしていた。
「・・・・」
「うーん・・・良くわからないなぁ・・・」
それもそのはず、彼女は氷精なのだから人間とは根本的に体温が違う。
しかし現にチルノの顔は赤い。体調が普通でないことは明らかなのだ。
「仕方が無い。チルノ、ちょっとごめんよ。」
霖之助は彼女の前髪をかき上げ、手を当てる以外の体温の計測を行おうとした。
額同士、要するにおでことおでこをくっつけるあのやり方である。
「~~~~~~~~~!!!ちょ・・・ちょっとちょっと!!」
「ほら暴れないで。少しの間だから。」
「だ・・・だからそういう問題じゃ・・・っ!!」
暴れるチルノに構わず、額を近づける霖之助。
互いの顔が触れ合うほどに近づくと、チルノは観念したのか目を瞑った。
そして・・・
二人の影が一つになろうとした・・・
その時・・・
「おーっす香霖、いるかー?この前のお詫びに来てやったぜー。」
その割にはどこか偉そうな口調で、霧雨魔理沙がやってきた。
その手には大振りのスイカが二つ。
「おーい、いないのかー?」
店の中を見回し始める魔理沙。
そして彼女の目がカウンターに向かう。
するとそこには
切なそうな表情で目を瞑ったチルノと正面から向き合い
彼女と触れ合いそうなほど顔を近づけた
森近霖之助の姿があった。
しかもこんな会話まで聞こえてくる。
「お願いだから・・・痛くなんか・・・しない・・・でよね・・・」
「大丈夫だよ。ほんの一瞬だから・・・」
その瞬間、
魔理沙の中でマスタースパークが火を吹いた。
霖之助が彼女の来訪に気付いた時には既に遅かった。
「おい・・・何・・・やってんだ・・・?」
煮えたぎる溶岩のように熱く、それでいて極北の氷山のように冷たいその声に、思わず霖之助の背筋に寒気が走る。
確かに涼を取りたいと思ってはいたが、これは寒すぎである。
「魔理沙・・・いつから・・・そこに・・・?」
「ああ・・・『お願いだから・・・痛くなんか・・・しない・・・でよね・・・』『大丈夫だよ。ほんの一瞬だから・・・』ってあたりからかな。」
・・・最悪のタイミングである。考えてみれば、誤解とはいえ言い訳のしようが無いほどの状況であった。
「魔理沙・・・頼むから話を聞いてくれないか?」
ほとんど覚悟を決めていたが、霖之助は必死の抵抗を試みる。
「いやホント驚いたぜ・・・まさか人格者を絵に描いたような森近霖之助殿に・・・幼女趣味があったなんてなぁ・・・」
全く聞き入れる様子の無い彼女は、淡々と、しかしぎりぎりと音が聞こえてきそうなほど軋んだ声を紡いでいく。
「いや・・・魔理沙・・・頼むから話を・・・」
「昔からの付き合いの私には・・・頭を撫でてくれたことも数えるほどしか無いってのに・・・うふっうふっうふふふふふふふ・・・・」
本格的にヤバい。
かつて封印されたはずの黒歴史までもが頭をもたげてきている。
「ねぇ・・・まだぁ?こーりん早くぅ・・・」
全く周りの状況が見えていないのか、チルノが(色々な意味で)とどめの一撃を放った。
ぶちり
魔理沙のナニカが切れる音が、霖之助にも聞こえた。
「魔理沙・・・話せば解る・・・」
「 問 答 無 用・・・死なない程度に・・・砕け散れ・・・っ!!」
夏の盛りに、弾幕地獄が幕を開けた。
~少女発砲中~
~男被弾中~
~幼女被弾中~
~店舗破損中~
~商品被弾中~
~偶然店に寄った門番被弾中~
~男と幼女逃亡中~
~少女追撃中~
~男説得中~
~少女聞く耳持たず発砲継続中~
~男再び被弾中~
~幼女反撃する暇すらなく気絶中~
~偶然店に寄った門番私の人生って一体何?とか思いつつ気絶中~
~男再び説得中~
~少女沈静化中~
その狂乱が静まる頃には、既に陽光の色には茜色が混ざっていた。
「・・・全く、早く言ってくれりゃ良かったんだ。」
「魔理沙・・・一体どの口で言っているんだ?」
「この口だが?」
「・・・もういい。」
縁側でスイカを齧りながら、そんな会話を交わす二人。
「うーん・・・・」
そうしているうちに、霖之助の膝の上でのびていたチルノが目を覚ました。
「気がついたかいチルノ?」
「え・・・あ・・・わ・・・!!こーりんっ!!」
慌ててがばりと起き上がるチルノ。
そして起き上がった先には、
「ようチルノ、やっと起きやがったか。」
彼女を気絶させた張本人がいた。
「香霖の膝枕なんか、私もやってもらったことなんか無いんだぞ。うらやましい奴め。」
「ぎゃあああああああ!!!デターーーーーーーーーーーー!!!!」
「おいおい失礼なヤツだな。まるで私が化け物みたいじゃないか。」
「化け物じゃなけりゃ怪物よ!!少しの間に二回も気絶させられるなんて思って無かったわ!!人間のくせに、どんな魔力してるのよ!!」
「花も恥らって逃げ出すようなうら若き乙女に向かって、何てこといいやがる。もっかい叩きのめされたいのか?」
魔理沙が少し凄んだ瞬間、チルノがもの凄い勢いガタガタ震え始めた。
「ゴメンナサイゴメンナサイモウニドトイイマセンユルシテユルシテ・・・・」
どうやらチルノの心にとって、先ほどの弾幕地獄は大蝦蟇の一件以上のトラウマになったらしい。
「二人とも止めなよ。それに魔理沙、君に全く反省の色が見えないのは気のせいかな?」
「う゛・・・ホント悪かったって。」
ばつが悪そうに顔をしかめる魔理沙。
「まぁ、幸いなことに店も品物もあまり壊れなかったからいいんだけどね。」
切ったばかりのスイカに目をやり、手にとってかぶりつきながら、霖之助は微笑む。
「まぁ、君が持ってきたスイカは二つ。今回のと前回の物の分として数えれば貸し借りは無しだ。」
「サンキュー香霖、それでこそ男ってもんだぜ。」
シャクリと音を立ててスイカを齧りながら、魔理沙は霖之助に向かってウィンクをした。
「さあ、チルノも一緒にスイカを食べよう。せっかく魔理沙が持ってきてくれたんだし。」
「・・・いいの?」
最初のうちはまごまごして手を出さなかったチルノだが、スイカの甘い香りに我慢できなかったのか、大振りのものを選ぶと両手で持って勢いよく食べ始めた。
「わぁ・・・甘―い!!」
輝くような笑顔を浮かべるチルノ。さっきまでの恐怖の残滓は全く無い。
この前もそうだったが、相変わらず変わり身が早い。見ていて気持ちが良くなるほどだ。
霖之助と魔理沙はそれを見て、思わず吹き出した。
「あ、何だよー!!何がおかしいって言うのよ!!二人して笑って!!」
「いや、何でもないよ。」
「気にするな、お前の能天気さに呆れてただけだ。」
「う・・・うるさいうるさーい!!」
その後も他愛も無い話や冗談を言い合いながら、三人並んで縁側でスイカを食べる。
種をどれだけ遠くまで飛ばせるか競って魔理沙が負け、チルノがそれをからかったせいで再び弾幕が飛び交いそうになったり、チルノが霖之助の服の中に氷を入れて驚かせると、それを見た魔理沙がチルノにゲンコツをかましたりして、ふざけあう。
チルノが昼に持ってきた氷は霖之助が入れた麦茶に浮かび、茶碗に汗をかかせている。
風鈴は時折思い出したように吹く微風に揺れ、涼しげな音を響かせる。
正にのどかというものを絵にしたような、夏の夕暮れの過ごし方と言えた。
だが流石に夏は夏、水を地面にまいた縁側であってもじわじわと汗をかいてくる。
スイカはもう食べてしまったし、氷もこれから先の生活を考えるとこれ以上は使うわけにはいかない。
「ふう・・・半袖でも汗が出てくるぜ・・・どうにかならないもんかね?」
団扇で顔を扇ぎ、服の胸元をバサバサとはためかせながら魔理沙が呟く。
「あたいもー・・・結構きつくなってきたー・・・」
チルノに至っては縁の下に潜りこんでしまっている。
「うーん・・・どうしたものかな・・・」
霖之助は男だから着物少しぐらいはだけても大丈夫だが、魔理沙やチルノのように女の子ではそうもいかない。
「・・・そうだ!!」
しばらく考え込んでいるうちに、彼の中に閃くものがあった。
「二人とも、待っていてくれないか?ちょっと探し物をしてくる。」
「ああ、別に構わんが・・・探し物って何だ?」
「それは見てからのお楽しみだよ。」
そう言って、霖之助はどこか嬉しそうに奥の物置に向かって歩いていく。
後には、魔理沙とチルノが残された。
後半、そんな彼の更なる朴念仁ぶりに期待してます。
ま、いいか。
南無~~・・・・・
馬鹿っぽさよりも無邪気さが感じられてチルノが素直に可愛いと思えます