Coolier - 新生・東方創想話

Moon Duet(2)

2006/05/22 10:06:13
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 光はとうに消えている。
 それでも霊夢は動かない。閉じた目も当然開かない。
 既に三時間はこうして立ち続けていた。

 光の、眼球への直撃は免れている。
 霊夢お得意の勘ではない。読んでいたからだ。
 ルーミアが自分の意図を、何の躊躇も無く”妖怪退治”をしてしまうことを知れば、即座に逃げ出すだろう。
 そして彼女の能力。逃げるならああいった手を使ってくる、それは最初からわかっていた。
 ならば対処も簡単。目を瞑って光を凌ぎ、視力に頼らず火力で押しつぶしてしまえば良い。
 勿論、霊夢だからこそ可能な手でもある。
 瞼の上から瞳を焼くほどの光の爆発の中で相手の気配を探知し、弾幕に絡め取るなど………。

 ルーミアは応戦すべきだったのだ。
 たとえ敵わなくとも、少しずつ疲弊する結果になろうとも。
 最初から逃げるための手しか打たなかった、それが敗因。

 もっとも、霊夢は霊夢で予想外の手出しに追撃を阻まれた。
 誰かが見ている感覚はあった。邪魔が入ることも予測していた。
 けれど、まさか見知った相手のスペルが、”スペルだけ”が来るなど、一体どう想像しろというのだ。
 周囲には濁流に濡れて使い物にならなくなった、大量の御札。
 正直物悲しい。一枚書き上げるのにどれだけの手間がかかると思っているのか。


「……そろそろ良いか」


 ようやく戻ってきた視力。
 もう間もなく空は白み始める時間だろう。


「どっちにしても今日は無理だわ」


 元より追いつけると思ってはいない。
 探すにしても一旦幻想郷側の神社に戻り、ルーミアのいる場所へ直截出向いた方が早いだろう。

 問題は、相手にしている連中にも同じような事が出来る、ということだったが。
 相手はあの空間湾曲メイドだ。何処にいようが関係なく手を出してくるに違いない。


「帰って寝よ」


 結界に干渉する準備をする。
 結界の基点、或いはこちら側の博麗神社へ行けば、霊夢ならば結界に触れただけで幻想郷へ渡ることができる。
 逆を言うならどちらとも遠い場所から幻想郷に入り込むには、咲夜のように直截的に空間に穴を開けるしか普通はありえない。
 大結界は何処にでもあるが、何処にでも見えているわけではないのだ。

 勿論、霊夢では咲夜のように大規模な空間干渉はできない。
 したがって、何処にでもあるはずの大結界を無理矢理に視認して直截触れる以外、帰る手段は無いのだった。


「なかなか見えないわね。まだ目が焼けてるのかしら」


 この調子では神社に帰る頃には朝になりそうだった。


「吸血鬼みたいな生活になっちゃうわ」


 彼女は、無理をしない。
 今見えないのなら、とりあえずは待つ。
 待っても見えないのなら、霊夢には最初からそれがわかるのだ。








                      6


 跳んだ。飛んだ。駆けた。翔けた。
 無駄に妖気を撒き散らす事も気にせず、光の炸裂を推進力に何処へともなく疾駆した。
 数分で霊力が底を尽き、そこからは普通に飛んだ。
 闇と星の世界から美しい青い闇に変わり、東の空が色付いて、ようやく飛ぶのをやめた。

 逃げ切れた、と身体は言っている。もう休んでも良い。
 けれど、怖い。少しでもあの場所から遠くへ行きたい。
 すっかり疲れた身体を引き摺って、休めそうな場所を探し歩くことにした。
 着地したのは森の中。かなり深い。昼間でも暗いだろう。
 今日の寝床くらいは確保しなければならない。
 霊夢がどう追撃してくるかはわからないが、これだけの距離を開けた以上、少なくとも数時間の猶予はある。
 その間に寝ておかなければ。霊力は空になったままだ。
 けれど、何処か安心できない。
 森の中で寝るなんていつもの事なのに、怖くて仕方ない――――


「霊夢、本気だった」


 考えるな、と頭のどこかは警鐘を鳴らしている。
 けれど、疲れた身体でこうして闇雲に歩いていれば、嫌でも頭の中はさっきの事でいっぱいになる。


「仲直り、できないのかな」


 幻想郷の妖怪は、多かれ少なかれ博麗神社に、彼女に惹かれる。
 ルーミアも例外ではない。
 宴会があれば魔理沙に引き摺られて連れていかれ、弾幕があれば鑑賞したり巻き込まれたり、霊夢と遊ぶのは楽しかったはずだ。
 人間にも妖怪にも優しい霊夢。
 けれど、あの分け隔て無い優しさ、誰にでも同じように接する彼女のあの態度。あれは――――




「あれ?」


 何かが思いつきそうになった所で。
 唐突に、目の前にそれが現れた。


「……家?」


 奇妙な建物だった。
 小屋のようでもあり、それにしてはしっかりとした造りであり。
 平屋で洋風。物置のような雰囲気なのに、しっかり玄関もある。
 そして何より奇妙な事は。


「この家……知ってる?」


 少なくとも見たことがある。あるはずだ。
 ルーミアに外の世界の知識など無い。そもそも、ここが結界の外なのだとは霊夢に言われるまで気付きもしなかった。
 したがって、当然ここが何処なのかはルーミアにもよくわかっていなかったが、この場所、正確にはこの家には間違いなく見覚えがある。
 外に来るのは初めてだ。となれば、幻想郷の中で見たのか。
 気のせい、か……?

 玄関を叩く。
 返事は無い。
 無人の廃屋、というにはなんとなく生活臭はしているが、その割に物置の気配もやっぱり拭えない。
 人の気配も、無い。

 当然扉には鍵がかかっている。
 鍵穴から”闇”を侵入させてみた。
 闇の腕で扉を内側から撫で回す。
 いたって普通の鍵。今すぐにでも内側から開けられる。
 どうする。


「……昨夜より危険なことは無いよね」


 闇を部分的に硬質化し、三つ付いていた鍵を、捻った。
 かちり、という金属音が、三つ響く。


「お邪魔しまーす……」


 扉を、開ける。
 ――――瞬間。


「ひっ!?」



 冷たい、空気。
 冷たい、闇。
 毒々しい、香り。
 それ以上に、濁った気配。


(やばい、かな……)


 けれど、今更。
 鍵を開けてしまった時点で、後戻りできない。なんとなく、直感でそう思う。


 覚悟を決めて、踏み込む。
 綺麗に整理され、埃ひとつ落ちていない廊下。
 部屋は生活的な配置をしていない。やはり単なる物置か何かか。

 ひとつの部屋を開けようと、扉に手をかける――――
 その瞬間。

 ばたん。

 と、玄関が閉まった。
 恐る恐る振り向く。
 誰もいない。


「……風の所為、風の精」


 そんなわけはない。


「えっと、お邪魔してます……」


 部屋の、扉を。
 開ける。




      大量の、様々なイキモノのブヒンが、瓶の中で薬漬けにされて部屋中に飾られていた。




 全力で扉を閉める。
 駄目だ。こんな所にいてはいけない。
 見覚えがあるわけがない。こんな所知らない。知ってたら自分が怖い。
 ここは、どう考えても自分の領域じゃない。

 視界の広さを恨んだ。闇を感じ取る力を恨んだ。
 部屋は暗かった。だから一瞬で全てが見えてしまった。
 小動物の丸ごとの死体。昆虫標本らしきもの。
 目玉。内臓。手。足。
 それも、鳥に獣に、人間に、そして、


「妖怪の死体……」


 まずい。逃げよう。
 そう思って、踵を返そうとした、その時。




「何処から来たのかしら。可愛らしい妖怪さん」




 肩に。
 手を、置かれた。







                      7


「お待たせしました。パチュリー様」


 霊力を消耗したので数時間休憩します、と咲夜が退室したのが五時間前。
 すぐにレミリアに事の次第を報告し、咲夜を貸してもらう許可を貰ってきた。
 その後は遠見の術に関する資料や魔導書をかき集め、更には手持ちのスペルカードで遠隔起動に向いていそうなものを選び。
 合成魔法や、切り札である日・月の魔法の遠隔起動ができるかどうか試し、失敗し。
 とりあえず今できることが終わった、と思った瞬間に咲夜は現れた。
 相変わらず登場からして瀟洒だ。本当に寝てくれていたのか疑問になる。


「霊力の補充は万全?」

「はい」

「じゃあルーミアを探して。
 霊夢の速度ではルーミアに追いつけないでしょうから、幻想郷側へ戻った後にルーミアの居場所へ直截現れるはず」

「わかりました」


 即座に”穴”を開ける咲夜。魔法を起動するパチュリー。
 水晶球に火が点り、映像が映し出される――――


「あれ?」

「変ですね」


 暗い。
 しかもルーミアの発する闇による暗さではなく、屋内にいる。


(何処かの家にでも入り込んだのかしら? あまり人目に付くと余計に紅白を刺激するのだけど……)


 ルーミアはソファのような椅子の上、毛布に包まって眠っている。
 穏やかな寝顔。心底安心しているような。

 そして、その隣に。


『あ、遅かったじゃない?』


 思い切りこちらを、咲夜の開けた”穴”を直視して。
 七色の人形使い、アリス・マーガトロイドが椅子に座って、”こちらを見ていた”。







                      8


「久しぶりね、二人とも。そんな所に穴を開けてどうしたの?」


 ルーミアを起こさないように小声。けれどパチュリー達には充分に聞こえているはずだ。
 あの魔法は知っている。喉の弱いパチュリーでも声の伝達が可能なように、人妖の声に対しては随分と感度が良かった記憶がある。


『アリス? 珍しい奴を珍しいところで見かけたわね……』

『遂に我慢できなくなって外へ買出しといった所でしょう。人形の事になると意地汚いですね』

『それとも単に幻想郷から逃げ出したのかしら?』

「あんた達、この子の恩人に対して随分な態度ね……」


 とはいえ幻想郷の住人にはやたらと失礼な奴が揃っているので気にするほどでもない。
 というか魔理沙辺りに比べれば大したことはない。


「ルーミアが起きると困るからついてきなさい。あっちで話をしましょ」


 立ち上がり、隣の部屋へ移動する。
 ついてくると言っても、あちらは穴の位置を変えるだけ……
 と思ったら、穴はそのままに魔法だけがついてきた様子。
 警戒されてるのかしら、と声には出さず呟いて、アリスは腰掛ける。


『まず聞きたいのだけど。貴女は敵ではないわね』

「勿論。むしろある意味で味方とも言えるわ」

『そこは”外”のはずなんだけど、どうして貴女がそこに?』

「詳しく説明すると長いけど……昨日、幻想郷の月が二つになったでしょ?」

『……ええ、知ってるわ』


 またパチュリーか、と、今度は聞こえるように呟くアリス。
 動揺する気配は伝わってこなかった。


「この建物、私の家の離れなんだけどね。以前から”外”には興味があったから、色々試していたのよ。結界破りとか」

『具体的には?』

「建物の幻想度を下げる魔法とか」


 呆れる気配が漏れてくる。
 それはそうだ。いくら博麗大結界が”幻想”を封じ守る結界だと言っても、結界内の存在が幻想でなくなったところで結界から出られるわけがない。
 そもそも、そのための魔法、などと。
 魔法とは、即ち幻想だというのに。


『……まあ良いわ。それで、成功したの?』

「私の力では今のところ成功してないわね。だから、便乗させてもらったのよ」

『……月に”乗った”のね』

「そういう事」


 つまりアリスは、パチュリーが行った”月を送還する術”に便乗して、月ごと建物を外の世界へ転送したのだった。
 といっても、アリスがした事は月に”接続した”だけ。
 ”糸”を用いて月と繋がっただけなのだった。


「何の実験か知らないけど、悪ふざけも程ほどにしときなさいよ。今度はパチュリーが霊夢に消されちゃうわよ」

『忠告はありがたく聞いておく。それでアリス。ルーミアをどうするつもり?』

「別に。寝床と食事を提供しただけよ」


 どうやらパチュリーは、アリスがルーミアに協力的だという事が余程意外らしい。


『今度は便乗して帰るつもりだとか?』

「そんな事しなくても帰るあてはあるの。時が来れば自力で帰れるわ」

『……この期に霊夢に一泡吹かせようと企んでる』

「この期じゃなくても企んでるってば」

『私との取引かしら』

「ん? そんな事はしないわよ」


 アリス、笑みを浮かべて一言、


「パチュリーが悔しがる顔を見られるのは楽しみだけどね」


 黙ってしまうパチュリー。
 涼しげな顔で続きを待つアリスに、咲夜が話しかけた。


『じゃあアリス、私達に協力はしてくれるかしら』

「もうしてるじゃない。最終目的はルーミアを無事帰らせる事で良いんでしょ」

『ええ。そちら側に一人協力者がいれば色々と助かるわ』

「関係成立ね。とりあえず詳しい状況を聞かせてほしいのだけれど、良いかしら。パチュリー?」


 パチュリーは不機嫌そうだったが。


『……魔法のレシピ以外なら何でも答えるわ』







                      9


 お互いの情報を交換し合い、ルーミアが目を覚ますまでそれぞれ休憩しておくことにした。
 アリス曰く、


『霊夢なら確実に寝てるわよ。
 ああなったあいつは万全の状態じゃないと絶対に出てこないから、少なくとも午後までは余裕がある。それどころか夜まで寝てるかもね。
 それにここは分断されてても魔法使いの家よ?
 色々と防御魔法は施してあるから、いくら霊夢でも直截攻めて来るのは無理ね。
 相手が霊夢である以上、時間が経てば場所の感知くらいはされると思うけど』


 との事だったので、とりあえず夕方までパチュリーは寝ることにした。
 咲夜も休憩、との事だったが、このメイドは溜まった仕事を片付けそうな気もする。


 そうして、夏の日差しが夕日に変わる少し前。


「揃ったかしら」


 パチュリーの呼びかけに。


『あ、おはよーパチュリー』

『こっちは準備万端よ』


 金髪コンビの元気な返事。
 隣の咲夜は無言で頷く。
 奇妙な組み合わせになったものだった。


「とりあえず、霊夢を撃破するわ」


 宣言。
 ルーミアを幻想郷に帰還させるのは、どんな方法であれ手間がかかると結論付けた。
 それにアリスの言う”家ごと帰る手”に便乗しても構わない。パチュリーは半分くらいそちらも期待している。
 まずは、確実に襲ってくる霊夢をどうにかする事。
 これこそが目下最大の障害だ。


『じゃあ、一番霊夢との付き合いが長い私から提案するわ』


 アリス。


『霊夢の気配探知と直感は神業よ。予知能力に近いわね。
 でも、霊夢本人がイメージとして捉えられない、簡単に言うなら全く想像してない対象には”なんとなく危ない”程度の予知しか働かないのよ。
 パチュリー。昨夜、霊夢にはスペルカードで攻撃したのよね?』

「そうね」

『そのスペル、霊夢は見たことあるかしら』

「ある。初めて会った時、一番最初に使った符よ」

『だったら……間違いなく霊夢はパチュリーの存在を意識してるはず。
同時に、パチュリー一人ではこちら側に干渉できるはずがない事もわかってるから、咲夜の存在もね』


 ひと呼吸置いて。


『つまり私の存在はまだ霊夢に感知されてない。今なら、私が霊夢を奇襲できる』


 普段ならば絶対に使わないような手を、アリスは事も無げに言い放った。




 具体的なアリスの策はこうだった。
 アリスの離れから出、可能な限り離れておく。
 ルーミアと霊夢を接触させ、戦闘させる。
 その際、咲夜とパチュリーが最低一度以上、”本人とわかるような攻撃で”ルーミアを援護する。
 そして、霊夢が勝負を決めに来た時に、アリスが霊夢を奇襲する。


『確かにそれなら可能性は高いわ。私達を霊夢に強く意識させて、彼女の直感の方向性をこちらに向けてしまう、か……』

「問題はルーミアね。ルーミアと霊夢の実力差を少しで良いから縮める方法が欲しい」

「あ、それなら良い手があるよ」


 それまではそーなのかーと相槌を打つ程度だったルーミアが、初めて自分の意見を出した。


「アリス、私のリボン緩められる?」

「リボン?」


 ルーミアの紅いリボン。
 試しに触ってみる、と。


「痛ッ……なんて封印よ、これ」

「無理かなぁ……」

「いいえ……強引にやるわ。解くのは無理だと思うけど……」


 霊力を指に集中し、リボンを丁寧に引くアリス。
 彼女の得意とする魔法は精密操作。この手の封印を初見で解くのは一応得意技の部類に入る。
 封印の式を見極め。読み取り。
 高度な封印は縦糸と横糸のように複雑に織られた式で縫い上げられている。
 一枚の布を、一本一本の糸に選り分けるような複雑な作業。
 人形師の指先は、こんな所でも役に立つ。


「ふー……一応、かなり緩めたけど。
 ここから先はちゃんとした設備か、長い時間が無いと私には無理よ」

「ありがと、アリス。これだけ開放できれば大丈夫だよ」

『……ルーミア、そのリボンは?』

「ずっと前にかけられた封印だよ。自分じゃ取れないのよねー、これ」


 封印のリボンは、中途半端に髪に残った状態に留まっている。
 久しぶりに開放されたのだろう。自分の手の中で黒い炎を弄ぶルーミア。


「うん、好調。多分、昨日のスペルくらいなら避けきることもできるし、正面から潰せるかも」


 完全に解いたらどんな力になるのだろう、とアリスは思う。
 そっちに興味が行きそうだが、今は目先の問題だ。


『じゃあ作戦も決まったし、こちらからは一旦切るわ。仕掛ける時間だけ決めて』

「三時間後くらいね。日が沈んで、完全に夜になったら即。
 勿論私とルーミアは日が暮れる前にここを出ておく。
 出るのがあまり遅くなると、ルーミアがこの手の隠れ家にいることに霊夢が勘付くわ。
 そうなったら即座に見つかってしまうわね。”可能性”に気付いた時点で霊夢の直感は何倍も研ぎ澄まされるから。
 多分、この離れの結界くらいは見破られるわ」

『わかった。最後にルーミア、プレゼントよ』


 と、”穴”が突如拡がり、数枚の御札がばらばらと落下してきた。


『私の普段使っている月符と、急ごしらえだけど闇符よ。使って』

「ありがとう、パチュリー!」

「それじゃ、三時間後に。咲夜は霊力を回復させておいてね」

『言われるまでもないわ。じゃあ』


 ふ、と穴が消える。
 さて、と立ち上がるアリス。


「それじゃ少し時間もあるし、お茶にしましょ」

「うん!」


 人を喰う妖怪とは思えない、人畜無害な笑顔。
 それを躊躇い無く殺しに来る霊夢。
 という事は、状況次第で霊夢は自分をも殺せるのだろうか。
 周囲には余裕ありげに振舞いながら、アリスはいまだ様々な策を、可能性を、探り続けていた。

 そう。
 霊夢は、そう簡単に攻略できる相手ではない。
 長い付き合いから、四人の中では誰よりもアリスにはわかっているのだった。








                      10


「ルーミア、良いかしら?」

『うん。いつでも良いよ』


 アリスの離れから相当な距離を稼いで、ルーミア。その傍に咲夜の穴を配置する。
 準備が終わったところで、パチュリーは遠見の範囲を全開にした。
 もし霊夢が見つかれば、逆に霊夢は見られている事に必ず気付く。
 あとは勝手に釣れるだろう。


「……変ね」

『どうしたの?』

「いないのよ。何処にも」

『寝てるのかなぁ……』

「それは少し楽観的過ぎるわ。日が沈んでからもう一時間経つ。そろそろ人目にも付かないと思うのだけど」


 考える。隣では咲夜も、穴を維持しながら考え込んでいる。
 かなり広いはずの森が、殆ど隅々まで把握できるほどの知覚範囲。
 霊夢ほどの勘ならば、てっきりこの森くらいには到達していると思っていたのだが――――
 いや。ならば。


「まさか……!」


 珍しく取り乱した、パチュリーの声。


「ルーミア。あれは何処にいる?」


 この場ではアリスの名を出すことは禁止してある。
 彼女はいわば切り札。霊夢には存在の可能性さえ悟られてはならない。
 けれど。パチュリーの予想が正しいのなら。


『えっと、空のずっと高い所にいるって言ってたけど……』


 ルーミアが言い終わる前に、穴の位置を急上昇させる咲夜。
 追ってくるルーミアの気配。


「やられましたね……!」

「まったく、本当に人間かしら、あの巫女は!」

『でも、さっき別れる前に聞いたら幻視で見える範囲にはいないって言ってたよ!?』

「距離なんか関係ないわ。あいつの直感を四人全員甘く見てた!」


 断言する、パチュリー。


「あの紅白、何処で気付いたのか知らないけど……先に切り札を潰す気よ!!」





このSS。
東方というよりターミネーターっぽい気がしてきました(ぁ

では続きにて。
MDFC
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