「よーむー」
切り落とした枝がガサガサと騒がしい音をたてる中、幽々子様の間延びした声が私を呼ぶ。
さっき団子を出したので恐らく縁側で桜でも見ながら食べているのだろう。
門をぐるっと回って大河を模した枯山水を渡る。
「参りました」
「あら、よーむ・・・お庭の方は終わったの?」
「いえ、今しばらくかかります」
「そう。それはそれとして、よーむはこのお団子食べないのかしら?」
「先ほどいただきましたので。よろしければ幽々子様がお召し上がり下さい」
「あらそう?じゃあいただくわね」
幸せそうな顔をして団子をパクつくこのお方、西行寺幽々子様こそが私の主人だ。
普段はのんびりぼんやりフラフラしているが、強大なお力を持った方。
そして西行寺家の最後の当主。
尤も最後とは言え、幽霊となって鎮座しているのだから家が潰れる心配はない。
継ぐものもおらず、継がせる必要もない。
半人半霊の私としては、末永くこの方の元で庭師を勤めていきたいものと考えている。
「そう言えば今年はまだ神社でお花見をしてないわね」
「そうですね。紅魔館の者共は先週行ったと聞きましたが」
「よーむ、そういうことは早く知らせなさい。物事は何事も鮮度が大事よ」
「鮮度、ですか」
「早速準備なさい」
庭の仕事は帰ってからになるらしい。
脚立をしまって勝手へ走る。
肴は何が良かろうか。水羊羹があったはず、それでもいいか。
戸棚を開く・・・・・・ない。
桐の箱に入ったままの水羊羹12個入りがなくなっている。
それだけではない。先日買っておいた黒砂糖饅頭もワラビ餅も、非常食の堅焼き煎餅もなくなっている。
どうやら同時に買出しにも行く必要がありそうだ。
博麗神社には先客が居た。
私達にとっては相性の悪い客だった。
「あら、こんばんわ、死者の姫」
「珍しいお客さまね、不死の姫」
後ろにはいつぞやの薬師と兎もいる。確かに彼女達が神社に来るのは珍しい。
まぁ、この時期にここに来ると言えば花見しか理由はないだろう。
奥には御座も引かれて、瓶も何本か転がっている。
兎など既に目が真っ赤ではないか・・・元からか。
神社の桜はかなり大きい。
西行妖ほどではないが、大人が二人で手を広げたよりは広いだろう。
見上げると大量の花びらが覆いかぶさってくるように見える。
その多さに圧倒されないものはあるまい。
そして何よりここの桜は色が鮮やかだ。
普通桜の花というのは仄かに紅がかったピンクだ。
だがここの桜は寧ろ紅と言ったほうがいいくらい赤い。
紫の桜には罪深い人の霊が宿るというが、紅の桜にはどんな霊が宿るのだろうか。
一陣の風が吹き、桜の花びらが宙に舞う。
月の明かりに照らされた花びらが白い欠片となって夜空の闇に溶けていく。
桜の花びらが舞う様を花吹雪というが、なるほど、実際それは雪の降る様に似ていた。
その内の一枚が私の盃に舞い落ちた。
「花見酒ね」
隣で空を見上げていた幽々子様の声に首を傾げる。
花を見ながら飲んだら全て花見酒になるのではなかろうか。
幽々子様は私が悩んでいるのが可笑しかったらしい。
「月見酒が月を浮かべて呑むものなら、花見酒は花を浮かべて呑むものでしょ」
扇子で口を覆いながら教えて下さった。
しかし私には果たしてそれが正しいのかどうか判断が出来ない。
だが、まぁ幽々子様がそう仰るのだ。そうなのだろう。
従者は主人の言を疑うものではない。
「そいつの言うことを信じてるからあんたも成長しないのねぇ」
「あなた、てゐの格好の餌食になりそうね」
振り向くとあからさまに呆れた顔をした巫女と苦笑いした薬師が居た。
「どういうこと?」
「どうもこうも、そいつは月見酒に引っ掛けて言っただけよ。花を見ながら呑めばそれが花見酒」
・・・90°曲げた首を元に戻す。目の前には相変わらず扇子で口を覆い、微笑む幽々子様。
だが私は見逃さない。八の字に歪んだ眉が小刻みに震えている。
「幽々子様っ!」
「それにしてもここの桜は見事ね」
「妖怪やら死者やらを引き寄せなければねぇ」
ひとしきり文句を言い終わるとそんな会話が耳に入ってきた。
白玉楼の庭師としては自分が丹精込めて育てた桜も見て欲しいものだが、ここは顕界、あちらは幽界。
まして今目の前にいるのは老いず朽ちずを約束された、生きる者でありながら最も生き物から外れたもの。あちらに行くことはないだろう。
そもそも生きた人間が幽界へ出入りするのは宜しくない。
まぁ老後の、更に後の楽しみに取っておいてもらおう。
不死の薬師は・・・新聞記者が死んだら写真でも撮ってもらうがいい。
「そういえばウチでも結構綺麗に咲いているのよ。今度見に来ない?」
「永遠亭に?竹以外に植物なんてあったんだ」
「そうねぇ、知らなかったわね。でも遠慮しておくわ。桜が見事に咲いている病院なんて、下に何が埋まってるのか考えただけでぞっとしないわね」
「それが冥界の姫が言う台詞?」
幽々子様は笑っている。薬師も笑っている。
私と巫女は何だか仲間外れにでもされたかのような微妙な位置だ。
悔しいので無理に笑ってみる。
・・・片頬を歪めた、嫌な貌があるに違いない。
作り笑いを止め、横を見た。
巫女はどうしていたかというと、呑気に酒を呑んでいた。
私一人が変な奴みたいじゃないか。
「妖夢、桜はね、三度楽しめるのよ」
「また随分と唐突ですね」
幽々子様はいつになく真面目な顔をしていた。
私も座り直し、背筋を伸ばす。
「花が咲いた時と、散る時と、散った後と。散った後の花びらが風に踊るところまで楽しめるんだもの、贅沢な花よね」
閉じた扇子の先で花びらを受け、一瞬開いたその中に花びらを閉じる。
もう一度開けると、それは既に扇子の模様となっていた。
「桜は散るから美しいもの。満開を見るのではなくて、風に散る様をこそ楽しむもの。限りある儚さこそが美しい」
「ちょっと、人の台詞取らないでよ。折角きまってたのに」
「あら、同じ悩みを持つものとしては言っておかないと」
「あんたは兎も角、そっちの亡霊に悩みなんてあるの?」
無礼な巫女め、我が主君に対して何たる暴言。
しかし私も同じことを考えただけに非難は出来ない。
命拾いしたな。
「永いわねぇ」
「永いわよねぇ」
二人してため息をつく。
長いとは何のことだろう?
長い冬も終わったし、永い夜も終わった。
私の知る限り、幽々子様が長続きするものなどないのだが。
「貴女はまだいいじゃないの。姫が居るし」
「貴女にも例の妖怪がいるでしょう?亡霊になる以前からの付き合いって聞いたけど」
「紫だって永遠じゃないわ。妖夢もどれくらい長じるものか分からないし」
「なるほど、そういう悩みか」
霊夢がぽつりと呟いた。
ここまで言われたら私とて分かる。
永遠の生を持つものと永遠の死後を持つもの。
それはつまり世界となるということ。
「死んだ後に幽霊になってくれればいいのよね。ね、霊夢。未練を残して死んでみない?」
「冗談じゃないわ。巫女の亡霊なんて笑えないじゃない」
「あら、流行の最先端よ。今年の白玉楼のファッションはこれで決まりね。手始めによーむに着替えてもらおうかしら」
「そんなご無体な」
「まぁ巫女服が要るなら貸すわよ」
「あら、珍しく太っ腹ね。誰が食べ過ぎで太いって言うのよ」
「このままだと地獄にすら行けないらしいから一日に一つは善行を積むようにしたのよ。一日一善ね」
「一日一膳?そんなのお腹が空いて死んじゃうわ」
「あんた呑みすぎよ」
月光が翳った。雲が出てきたのだ。白銀の世界は一息で闇へと変貌する。
「月に群雲、花に風、か」
霊夢が誰に言うともなく呟いた。確かに興が削がれる。
月の光を受け白く光っていた桜の花は闇の中に埋もれている。
月が見えなければ花も見えないではないか。
「月はね」小さな、本当に小さな声で永琳は言った。
「太陽の光がなければ光ることは出来ない。その他者依存という在り方においてはあなたの主人と似ているかもしれないわね」
微笑みながら言ったその言葉は私にしか聞こえなかったに違いない。
だがしかし、幽々子様の在り方が月?
この薬師は目が節穴なのだろうか。それとも毒薬を嗅ぎすぎて頭がおかしくなったのか。
幽々子様ほど自ら光る存在もあるまい。自分中心の考え方を持ち、他人(主に私だが)を振り回す存在もあるまい。
故に幽々子様は太陽なのだ。
寧ろ月というなら私だろう。私は幽々子様を主人として存在している。
それ以外に私が私足りえる要素など無い。他者に依存しているのは私の方だ。
「姫も私も永遠、あなたの主人も永遠。死にながらにして生き続けるあなたはどうなのかしら?
死者に不死の薬を飲ませた事はないから興味あるわね」
「・・・お望みとあらばその永遠を断ち切りますが?」
「あら怖い。あなたの主人を慮っての事なのに」
彼女は再び微笑みながら兎達の方へ歩いていき、入れ替わるように幽々子様が飛んできた。
よほどお召しになったのか、飛び方がフラフラだ。元からか。
「よーむー、呑んでるー?」
「はい、頂いています」
「顔が青白いわね。幽霊みたいよ」
「幽々子様、呑みすぎです」
夜が白み始めた。東の雲は黒く染まり、山際にしがみついている。
幽界では決して聞くことのない鶏の鳴き声が聞こえる。幻想郷の夜明けだ。
「あぁ、結局今日も徹夜しちゃったわ。きっと今日も昼に魔理沙が来るのよ。私が休む暇なんてないじゃない」
「普段が休んでるようなものでしょ」
輝夜は悠然と空に浮かびながら言った。その背後に流れる一筋の光。
「あら妖夢、流れ星よ。お祈りしないと」
「流れ星って地上から空に飛ぶものでしたっけ?」
「星が流れたら流れ星よ」
「そもそも星かどうかも分かりませんが」
「じゃあ私は行くわね」
そう言い残して輝夜は飛び去った。
よく分からなかったが、「流れ星」の方向だと思う。永遠亭とは逆の方向だが、まぁ彼女にも用事があるのだろう。
例えば終わらない戦いとか。
「それじゃ私達も帰るわね」
「主人に付いていかなくていいの?」
「行っても仕方のないことだから。帰られたときの用意をしなくちゃ」
後に残される客は幽々子様と私のみ。
その幽々子様はと言うと輝夜の飛んでいった方向を眺めていた。
寂し気に見えるのは気のせいではあるまい。
「楽しそうねぇ」
主人の苦悩は従者の苦悩、主人の困難は従者の困難。
主人が憂えているというのに何を呆けているのか魂魄妖夢。
早々に己が責務を果たせ。
私は幽々子様の横にひざまづく。
「幽々子様。この魂魄妖夢、例え半身だけになろうとも常に幽々子様と共に在ります。どうかそのような寂しいお顔をなさらないで下さい」
言葉に出してようやく気付く。これは即ち私の願いだ。余程私は依存癖があるらしい。
幽々子様は一瞬キョトンとし、すぐに破顔した。
「ありがとう、妖夢・・・・・・私達も帰りましょうか?」
「はい、幽々子様」
「帰ったら朝ご飯作ってね」
「はい」
「それからお庭の掃除も」
「はい」
「それからそれから・・・」
良いのだ。寂しそうなお顔は見たくない。
幽々子様には常に笑っていて欲しい。
その為なら私は何でもしよう。これが私の望みなのだから。
私は魂魄妖夢。幽々子様の庭師。これからも末永くこの方の元で庭師を勤めていきたいものと考えている。
切り落とした枝がガサガサと騒がしい音をたてる中、幽々子様の
さっき団子を出したので恐らく縁側で桜でも見ながら食べているのだろう。
門をぐるっと回って大河を模した枯山水を渡る。
「参りました」
「あら、よーむ・・・お庭の方は終わったの?」
「いえ、今しばらくかかります」
「そう。それはそれとして、よーむはこのお団子食べないのかしら?」
「先ほどいただきましたので。よろしければ幽々子様がお召し上がり下さい」
「あらそう?じゃあいただくわね」
幸せそうな顔をして団子をパクつくこのお方、西行寺幽々子様こそが私の主人だ。
普段はのんびりぼんやりフラフラしているが、強大なお力を持った方。
そして西行寺家の最後の当主。
尤も最後とは言え、幽霊となって鎮座しているのだから家が潰れる心配はない。
継ぐものもおらず、継がせる必要もない。
半人半霊の私としては、末永くこの方の元で庭師を勤めていきたいものと考えている。
「そう言えば今年はまだ神社でお花見をしてないわね」
「そうですね。紅魔館の者共は先週行ったと聞きましたが」
「よーむ、そういうことは早く知らせなさい。物事は何事も鮮度が大事よ」
「鮮度、ですか」
「早速準備なさい」
庭の仕事は帰ってからになるらしい。
脚立をしまって勝手へ走る。
肴は何が良かろうか。水羊羹があったはず、それでもいいか。
戸棚を開く・・・・・・ない。
桐の箱に入ったままの水羊羹12個入りがなくなっている。
それだけではない。先日買っておいた黒砂糖饅頭もワラビ餅も、非常食の堅焼き煎餅もなくなっている。
どうやら同時に買出しにも行く必要がありそうだ。
博麗神社には先客が居た。
私達にとっては相性の悪い客だった。
「あら、こんばんわ、死者の姫」
「珍しいお客さまね、不死の姫」
後ろにはいつぞやの薬師と兎もいる。確かに彼女達が神社に来るのは珍しい。
まぁ、この時期にここに来ると言えば花見しか理由はないだろう。
奥には御座も引かれて、瓶も何本か転がっている。
兎など既に目が真っ赤ではないか・・・元からか。
神社の桜はかなり大きい。
西行妖ほどではないが、大人が二人で手を広げたよりは広いだろう。
見上げると大量の花びらが覆いかぶさってくるように見える。
その多さに圧倒されないものはあるまい。
そして何よりここの桜は色が鮮やかだ。
普通桜の花というのは仄かに紅がかったピンクだ。
だがここの桜は寧ろ紅と言ったほうがいいくらい赤い。
紫の桜には罪深い人の霊が宿るというが、紅の桜にはどんな霊が宿るのだろうか。
一陣の風が吹き、桜の花びらが宙に舞う。
月の明かりに照らされた花びらが白い欠片となって夜空の闇に溶けていく。
桜の花びらが舞う様を花吹雪というが、なるほど、実際それは雪の降る様に似ていた。
その内の一枚が私の盃に舞い落ちた。
「花見酒ね」
隣で空を見上げていた幽々子様の声に首を傾げる。
花を見ながら飲んだら全て花見酒になるのではなかろうか。
幽々子様は私が悩んでいるのが可笑しかったらしい。
「月見酒が月を浮かべて呑むものなら、花見酒は花を浮かべて呑むものでしょ」
扇子で口を覆いながら教えて下さった。
しかし私には果たしてそれが正しいのかどうか判断が出来ない。
だが、まぁ幽々子様がそう仰るのだ。そうなのだろう。
従者は主人の言を疑うものではない。
「そいつの言うことを信じてるからあんたも成長しないのねぇ」
「あなた、てゐの格好の餌食になりそうね」
振り向くとあからさまに呆れた顔をした巫女と苦笑いした薬師が居た。
「どういうこと?」
「どうもこうも、そいつは月見酒に引っ掛けて言っただけよ。花を見ながら呑めばそれが花見酒」
・・・90°曲げた首を元に戻す。目の前には相変わらず扇子で口を覆い、微笑む幽々子様。
だが私は見逃さない。八の字に歪んだ眉が小刻みに震えている。
「幽々子様っ!」
「それにしてもここの桜は見事ね」
「妖怪やら死者やらを引き寄せなければねぇ」
ひとしきり文句を言い終わるとそんな会話が耳に入ってきた。
白玉楼の庭師としては自分が丹精込めて育てた桜も見て欲しいものだが、ここは顕界、あちらは幽界。
まして今目の前にいるのは老いず朽ちずを約束された、生きる者でありながら最も生き物から外れたもの。あちらに行くことはないだろう。
そもそも生きた人間が幽界へ出入りするのは宜しくない。
まぁ老後の、更に後の楽しみに取っておいてもらおう。
不死の薬師は・・・新聞記者が死んだら写真でも撮ってもらうがいい。
「そういえばウチでも結構綺麗に咲いているのよ。今度見に来ない?」
「永遠亭に?竹以外に植物なんてあったんだ」
「そうねぇ、知らなかったわね。でも遠慮しておくわ。桜が見事に咲いている病院なんて、下に何が埋まってるのか考えただけでぞっとしないわね」
「それが冥界の姫が言う台詞?」
幽々子様は笑っている。薬師も笑っている。
私と巫女は何だか仲間外れにでもされたかのような微妙な位置だ。
悔しいので無理に笑ってみる。
・・・片頬を歪めた、嫌な貌があるに違いない。
作り笑いを止め、横を見た。
巫女はどうしていたかというと、呑気に酒を呑んでいた。
私一人が変な奴みたいじゃないか。
「妖夢、桜はね、三度楽しめるのよ」
「また随分と唐突ですね」
幽々子様はいつになく真面目な顔をしていた。
私も座り直し、背筋を伸ばす。
「花が咲いた時と、散る時と、散った後と。散った後の花びらが風に踊るところまで楽しめるんだもの、贅沢な花よね」
閉じた扇子の先で花びらを受け、一瞬開いたその中に花びらを閉じる。
もう一度開けると、それは既に扇子の模様となっていた。
「桜は散るから美しいもの。満開を見るのではなくて、風に散る様をこそ楽しむもの。限りある儚さこそが美しい」
「ちょっと、人の台詞取らないでよ。折角きまってたのに」
「あら、同じ悩みを持つものとしては言っておかないと」
「あんたは兎も角、そっちの亡霊に悩みなんてあるの?」
無礼な巫女め、我が主君に対して何たる暴言。
しかし私も同じことを考えただけに非難は出来ない。
命拾いしたな。
「永いわねぇ」
「永いわよねぇ」
二人してため息をつく。
長いとは何のことだろう?
長い冬も終わったし、永い夜も終わった。
私の知る限り、幽々子様が長続きするものなどないのだが。
「貴女はまだいいじゃないの。姫が居るし」
「貴女にも例の妖怪がいるでしょう?亡霊になる以前からの付き合いって聞いたけど」
「紫だって永遠じゃないわ。妖夢もどれくらい長じるものか分からないし」
「なるほど、そういう悩みか」
霊夢がぽつりと呟いた。
ここまで言われたら私とて分かる。
永遠の生を持つものと永遠の死後を持つもの。
それはつまり世界となるということ。
「死んだ後に幽霊になってくれればいいのよね。ね、霊夢。未練を残して死んでみない?」
「冗談じゃないわ。巫女の亡霊なんて笑えないじゃない」
「あら、流行の最先端よ。今年の白玉楼のファッションはこれで決まりね。手始めによーむに着替えてもらおうかしら」
「そんなご無体な」
「まぁ巫女服が要るなら貸すわよ」
「あら、珍しく太っ腹ね。誰が食べ過ぎで太いって言うのよ」
「このままだと地獄にすら行けないらしいから一日に一つは善行を積むようにしたのよ。一日一善ね」
「一日一膳?そんなのお腹が空いて死んじゃうわ」
「あんた呑みすぎよ」
月光が翳った。雲が出てきたのだ。白銀の世界は一息で闇へと変貌する。
「月に群雲、花に風、か」
霊夢が誰に言うともなく呟いた。確かに興が削がれる。
月の光を受け白く光っていた桜の花は闇の中に埋もれている。
月が見えなければ花も見えないではないか。
「月はね」小さな、本当に小さな声で永琳は言った。
「太陽の光がなければ光ることは出来ない。その他者依存という在り方においてはあなたの主人と似ているかもしれないわね」
微笑みながら言ったその言葉は私にしか聞こえなかったに違いない。
だがしかし、幽々子様の在り方が月?
この薬師は目が節穴なのだろうか。それとも毒薬を嗅ぎすぎて頭がおかしくなったのか。
幽々子様ほど自ら光る存在もあるまい。自分中心の考え方を持ち、他人(主に私だが)を振り回す存在もあるまい。
故に幽々子様は太陽なのだ。
寧ろ月というなら私だろう。私は幽々子様を主人として存在している。
それ以外に私が私足りえる要素など無い。他者に依存しているのは私の方だ。
「姫も私も永遠、あなたの主人も永遠。死にながらにして生き続けるあなたはどうなのかしら?
死者に不死の薬を飲ませた事はないから興味あるわね」
「・・・お望みとあらばその永遠を断ち切りますが?」
「あら怖い。あなたの主人を慮っての事なのに」
彼女は再び微笑みながら兎達の方へ歩いていき、入れ替わるように幽々子様が飛んできた。
よほどお召しになったのか、飛び方がフラフラだ。元からか。
「よーむー、呑んでるー?」
「はい、頂いています」
「顔が青白いわね。幽霊みたいよ」
「幽々子様、呑みすぎです」
夜が白み始めた。東の雲は黒く染まり、山際にしがみついている。
幽界では決して聞くことのない鶏の鳴き声が聞こえる。幻想郷の夜明けだ。
「あぁ、結局今日も徹夜しちゃったわ。きっと今日も昼に魔理沙が来るのよ。私が休む暇なんてないじゃない」
「普段が休んでるようなものでしょ」
輝夜は悠然と空に浮かびながら言った。その背後に流れる一筋の光。
「あら妖夢、流れ星よ。お祈りしないと」
「流れ星って地上から空に飛ぶものでしたっけ?」
「星が流れたら流れ星よ」
「そもそも星かどうかも分かりませんが」
「じゃあ私は行くわね」
そう言い残して輝夜は飛び去った。
よく分からなかったが、「流れ星」の方向だと思う。永遠亭とは逆の方向だが、まぁ彼女にも用事があるのだろう。
例えば終わらない戦いとか。
「それじゃ私達も帰るわね」
「主人に付いていかなくていいの?」
「行っても仕方のないことだから。帰られたときの用意をしなくちゃ」
後に残される客は幽々子様と私のみ。
その幽々子様はと言うと輝夜の飛んでいった方向を眺めていた。
寂し気に見えるのは気のせいではあるまい。
「楽しそうねぇ」
主人の苦悩は従者の苦悩、主人の困難は従者の困難。
主人が憂えているというのに何を呆けているのか魂魄妖夢。
早々に己が責務を果たせ。
私は幽々子様の横にひざまづく。
「幽々子様。この魂魄妖夢、例え半身だけになろうとも常に幽々子様と共に在ります。どうかそのような寂しいお顔をなさらないで下さい」
言葉に出してようやく気付く。これは即ち私の願いだ。余程私は依存癖があるらしい。
幽々子様は一瞬キョトンとし、すぐに破顔した。
「ありがとう、妖夢・・・・・・私達も帰りましょうか?」
「はい、幽々子様」
「帰ったら朝ご飯作ってね」
「はい」
「それからお庭の掃除も」
「はい」
「それからそれから・・・」
良いのだ。寂しそうなお顔は見たくない。
幽々子様には常に笑っていて欲しい。
その為なら私は何でもしよう。これが私の望みなのだから。
私は魂魄妖夢。幽々子様の庭師。これからも末永くこの方の元で庭師を勤めていきたいものと考えている。