『せっきょうしない閻魔さま』
(確かに私は暇だった……それは認めよう)
自分の家、玄関のドアを開けた格好そのままで、霧雨魔理沙は「うん」と頷いた。
朝から空には重い雲。やや薄暗い今日と言う一日の事。
博麗神社に行ったら、霊夢は妖怪退治の仕事なのか、珍しく外出していた。
紅魔館ではパチュリーが、具合が悪くて寝込んでいた。知らなかったから見舞いの用意も
出来なかった。しかし手ぶらで行くのは仕方なしとしても、帰りに荷物が増えていたのは
魔理沙の魔理沙足る所以だろうか。伊達じゃない。でもついさっき全部読み終わっている。
アリスは新しい人形を作るのに夢中で、家の外から呼びかけても応答無し。勝手にお邪魔して
真後ろから声をかけても無反応だった。仕方ないから何冊か本を失敬して帰ってきた。全部読み終わった。
伊達じゃない。
そんなこんなで、普段こんな時にやっている暇つぶしの類は、偶然全部出来なくなって
しまったのである。
さてこれは困ったと、魔理沙はベッドの上でゴロゴロしながら頭を悩ませた。
こんな時に限って、やりたい実験も研究も無い。いや、まだ途中の実験研究はあるにはあるのだが
凄く気分が乗らない。こんな時は絶対上手くいかないから、絶対やらない。
さぁ本格的に参ったぞ、どうするよ、なんてゴロゴロをもう二十回も繰り返した時だった。
コンコン。
玄関のドアをノックする音。
「御免下さい」
丁寧な呼びかけ。女の声。
魔法の森の中という、来客なぞ殆どあり得ない霧雨邸。たまにアリスが、そのまたたまに霊夢が
来る事もあるけれど、基本的には魔理沙が出向くから、やはり来客なぞ殆ど無い。
これはこれは、こんな時にイベントが向こうからやって来てくれるなんて。魔理沙は感激のあまり
パンパンと手を叩いて、幻想郷に礼を言った。私はここで生きてて良かったぜ、と。
「はーい、今開けるぜー」
小気味良くスキップなぞしながら、フフンと鼻歌鳴らして玄関へ。
さーて、誰が居るのか♪ 誰が居るのか♪ フフフフンフン♪ フフフフン♪
ドアを開けて、数秒ほど固まり、
魔理沙は「うん」と頷いた。
「今日は。少し、宜しいでしょうか」
手にした笏を胸に。魔理沙の目線にはちょうど、見覚えのある重そうな帽子。
四季映姫・ヤマザナドゥがにっこり笑って立っていた。
魔理沙はとりあえず、にっこりと笑顔を返して、
勢い良く、ドアを閉めた。
「なっ!? ちょ、ちょっと!?」
「セールスお断り!!」
「誰がセールスに来たと言うのですか失礼な!」
「お前! 商品、説教! 押し売り! 私いらない!」
「何でカタコトで!?」
「これだからニポン人、信用出来ない!」
「何者ですかあなた! そういや名前は日本名なのに金髪だし洋風魔女だし解りにくい!
ちゃんと白黒付けなさい!」
「黒と白ならいつも着てます! 帰って、帰って! お説教は聞きたくないの!」
「いいから! とにかく顔を会わせなさい! あーけーなーさーいー!!」
「いーやーだーぜー!! いやー!!」
ドンドン。
ガチャガチャ。
喧々囂々……
三十分くらい続いたと思う。
「説教しませんから」
「本当?」
「本当です」
「ホントーにお前、せっきょーしない閻魔かー?」
「何ですかそのノリは」
「お前が本当に説教しない閻魔だったら、これを聞いても大丈夫なはずだー
……先日、霊夢が留守の時に戸棚のせんべい勝手に食べた。
しかも『ごちそうさま アリス』って書置き残してきた」
「むぐっ!?」
「……」
「う……うぐ……うぐぐぐ……!」
―――耐えた。四季映姫・ヤマザナドゥ……歯を喰いしばって耐え切った。
やっとの事で、霧雨邸の重い入り口は開かれた。
後に魔理沙が語るには、映姫は凄く疲れた顔をしていたそうな。
「しかし珍しいな。お前さんが下界に居るのもそうだが、私を訪ねてくるなんて」
部屋に招きいれながら、魔理沙が言う。因みにここは客間であるが、
「ああっと、そこ気を付けてくれよ。ちょっと触っただけで雪崩が起きるぜ」
すっかり本や蒐集物で埋め尽くされていた。何とか足の踏み場を見つけて、よっ、はっ、と
必死にやってくる映姫。魔理沙は彼女の為に椅子を引き、テーブルの上にあった山をごそっと
端に、強引に動かしてスペースを作った。ほれと促す。
「……説教はしない説教はしない……でも、もう少し何とかならないのですか」
口の端をひくひくさせながら、映姫が呟くように言った。
「特に不便を感じない事は、何とかする必要が無いって事だぜ」
「そういう問題じゃありません。いいですか、清く生きるとは身の回りに気を遣う事こそ
基本なのです。不精は怠惰を生み結果的に」
「ストップ! お説教は禁止だぜ」
映姫のおでこに右手人差し指を突き付ける。映姫の頭がかくんと揺れる。
「う、む……失礼……」
かなり苦い表情で映姫は何とか言葉を飲み込む。お説教を我慢する事がこれほど苦痛である事、
長い閻魔人生で初めて知った。知らなくて良かった事かもしれないけれど。
黙って用意された椅子に座る。
魔理沙はそれを見届けた後、近くの山に手を突っ込んだ。ごそごそ何かを探して、やがて
手を引っこ抜く。そこには、あまり使った形跡の無いコーヒーメーカーがあった。
口の端だけじゃなくて、閉じたまぶたもぴくぴく動く、ヤマザナドゥでした。
「砂糖は?」
「二つください。あとミルクはたっぷり」
「それはもうコーヒーじゃないな」
「苦いものは苦手ですので」
用意した二つのカップ。片方にコーヒー半分ミルク半分、角砂糖を二つ入れて、映姫の前に
差し出した。ありがとうと返して、映姫はスプーンで良くかき混ぜる。
「私は砂糖一個、ミルク無しだ。大人の飲み方だぜ」
「それじゃまだ苦いです」
「うん、美味しく飲むならミルク欲しいな」
「何故入れないのですか?」
「解らないか? お茶は雰囲気を飲むものだぜ」
そう言って魔理沙は一口飲む。眉をしかめて「苦っ」と呟いた。
「……で、今日はまた、何の用だよ」
魔理沙が座る映姫の横に立って訊ねる。テーブルの上はもうこれ以上スペースを
作れないから、対面の椅子に座ると、山が邪魔で互いの顔が見えない。
「ああ、ええ……実は、お聞きしたい事とお願いしたい事がありまして」
映姫が魔理沙の顔を見上げて言う。やや申し訳なさそうな表情。そして言い出し難そうな
表情でもあった。
実際、そう言ってから、映姫が本題を切り出すまでに多少の時間がかかった。
だがこうしていても埒が明かないと決心したのか、決意新たをこれまた解り易く表情に出し、
「実は、小町を探しているのです」
そう、言った。
「……小町って、三途の川の渡し守やってる死神……お前さんの部下の、あの小町だよな?」
きょとんとする魔理沙。
「……はい」
一方の映姫は言った後に表情を曇らせ、魔理沙から視線を外す。
「……あの子がよく仕事をサボるのは、知っていますよね」
「サボタージュの泰斗と名付けたのは、何を隠そう私だぜ」
それを聞いて映姫は、内に溜めておくと内臓器を痛めてしまうモノを、ため息と共に
吐き出した。これで全部出て行ってくれればどれほど楽かと思うも、これはその程度では
減った内に入らないどころか、次々と量産されていくから困る。
無駄な行為と解りつつも、少しでも楽になりたくて、映姫はまた大きなため息を吐いた。
「……しかし、あの子は三日前からまったく仕事をしていません。それどころか一度も
顔を見せていないのです」
「風邪でもひいたんじゃないか? 三途の川に落ちて」
「人間じゃあるまいし、それに、いくら何でも死神が三途の川に落ちるなんて……
いや、うん、小町はやれば出来る子ですから」
何か微妙に明言を避けた。閻魔は嘘つけない。
「そもそも、小町の家には初日に行ってみました。留守です……三日前からずっと」
「ふむん? 居留守じゃなくてか」
「玄関の牛乳が三日間全て手付かずでした。私が処理しておきましたが」
「死神が毎朝牛乳飲むのかよ……あれ以上まだ大きくするつもりかよ!」
「そうなんです! 『あたい牛乳好きなんですよ』とか言って毎日毎日欠かさず!
私、おなか壊しちゃうから一本も飲み切れないというのに!」
「お前もか!」
「あなたもですか!」
「おっきくなりたいな!」
「おっきくなりたいですね!」
「うあーーー!」
「きあーーー!」
奇声を発しながら二人は抱き合った。
強烈に走ったシンパシーの余波で、コーヒーの表面がゆらゆら揺れたとか、そんな。
「……そんなわけで、小町の行方などに心当たりはありませんか」
すっかり冷めたコーヒー(半分ミルク)を一気に飲み干す。
「私は、あの異変の時に彼岸で会った以来だぜ」
「そうですか……博麗神社にも行ってみたのですが、留守のようで。あそこにも居ないと
なれば……と思って、来てみたのですが……」
「他に、あいつが行きそうな場所は?」
「そもそも、彼岸の住人が下界に行くこと事態が、好ましくないのです」
「お前、来てるじゃん」
「私の場合は、今回も以前も必要に迫られたからです」
「小町もそういった理由でかねぇ」
「にしても、上司である私に一言の断りも無しに……まして三日間も、とは……」
「お前、もしかして嫌われてるんじゃないか?」
「ぶっ!? けほっ! けほっ!」
豪快に吹いて激しく咽た。本当に閻魔様は嘘がつけないご様子で、そこらはどうやら
自信が無い様だ。
「……それは、説教ばかりしてますから、嫌われる要因に心当たりが無い訳ではありませんが
……しかしそうであっても、仕事を放り投げて姿を消すのは無責任過ぎます。第一、死神とは
そんな気軽な職ではありません。裁きこそしないでも、賃金や三途の川幅で魂を測り、その後の
安息か地獄かを選定する一端は担っています。彼女がサボると、どれほどの霊魂が路頭に迷うか……」
「ああぁ解った解ったよ。要は小町を探し出して欲しいって事だな?」
「手伝って欲しいのです。私一人では限界がありますから」
魔理沙は腕を組んだ。ふむ、と独りごつ。
「こう見えて、私は忙しいんだ。見返り如何によって、優先するか後手に回すか
決めさせてもらうぜ」
「人を助けるという行為は、間違いなく善行です。あなたの死後を幸せなものとする
積み重ねの大事な一つとなりますよ。助ける相手が閻魔となれば尚更です」
にっこり微笑む映姫。
「死後か……出来ればゲンブツが良いんだがね」
「そういう即物的な考え方はいけません。良い人生を送れなくなりますよ」
魔理沙も、残っていたコーヒーを一気に飲み干した。
「ま、先行投資っていうのも悪くないな、たまには。どうせ暇だったし」
「忙しいって言いませんでしたっけ」
「暇だって貴重な私の時間だぜ? だから、死んだら、うんと温情を頼むぜ」
「それはあなたの今後次第ですよ。でも、そうですね、今日の事は忘れません」
「よし決まった。じゃあさっそく出発しようか」
映姫の横から離れて、玄関口にあった帽子掛けから愛用の帽子を取る。
「行くって、どこへです? 心当たりは無いと言いませんでしたか」
「ホシ発見の最も有効な手段は、ローラー作戦さ」
ドアを開けながら振り向き、魔理沙はニヤッと笑って見せた。
(―――小町)
(―――きゃん!? し、四季さま!? 何故ここに!?)
(―――あなたがいつまで経っても魂を連れて来ないから、様子を見に来たのです)
(―――え、ええと……今日のノルマは達成しましたよ?)
(―――待ち魂が沢山居るのに、ノルマだの関係無いでしょう!)
(―――あ、あはは、やっぱりそうですよね……)
(―――あはは、じゃありません! いいですか小町、死神という職業はですね……)
魔法の森を抜け、そこからは空を、上へ上へとぐんぐんずんずん。
何の説明も無かったから、映姫は何をする気なのかと考えながら後に続いていたが、
「桜花結界を越える気ですか」
やがてはっきりと彼女の考えを理解した。何せこれ以上の先には、その冥界の門しか
存在しないから。
「あの事件で、妖夢とも知り合ってるからな。ま、可能性が無い訳でもない」
前方を箒に跨り高速で飛ぶ魔理沙、振り向かずに応える。
「生者が桜花結界を気軽に越えるのは感心出来ません。生と死の境界が曖昧になっては
命の重みそのものの価値が薄れてしまいます」
「そんな紫みたいな事はしないぜ。必要に迫られた故に仕方なく、だろ?」
むっ、と眉を顰めたが、それ以上映姫は何も言わなかった。
やがて雲の上。巨大な門が、魔方陣を視認出来るほど強力な結界に閉ざされている。
あの世とこの世を繋ぐ冥界の門。封ずるは、雲の上の桜花結界。本来は命を無くさねば
通れない、片側だけに開かれる道。
「あなた! 門を飛び越えるなんて、何て罰当たりな!」
「霊夢や咲夜なら結界を何とか出来るけど、私はこうするしか方法が無いからな」
「神聖な門の上を跨ぐなんて……ああもう、人の信仰心はここまで薄れてしまって……」
「必要に迫られたからなー、仕方なくだぜー」
門の上空から魔理沙が言った。映姫はこれまた大きくため息を吐いた。しかし、それは
とりあえず諦めて、気を直す。門の前ですっと背を伸ばし、両手を合わせて静かに目を瞑った。
「なーにやってるんだよー、置いていくぜー?」
「こういった場所を通る時は、心構えと儀式が大切なのです。少しお待ちなさい」
映姫が祈りを終えたのは、それからたっぷり三十分も経った後である。
魔理沙は思わずうとうとしてしまい、箒からずり落ちそうになったそうな。
長い長い白玉楼の階段。ここを訪れる者は霊魂の様に足が存在しないか、魔理沙や
映姫の様に空を飛べるかなので、階段を踏み昇る存在は皆無と言って良い。
それでも律儀に掃除を欠かさないのが、門の前で箒を握る魂魄妖夢の良い所である。
「あら?」
そもそも珍しい霊魂以外の来客に、妖夢は掃除する手を止めて出迎えた。
「よぅ。相変わらずつまらない生き方してるな、妖夢」
「そっちこそ、やっとつまらない人生を終えたのかと思ったら、また生きたまま
結界を越えて来たのね。……それと」
魔理沙の後ろに着地した、珍しい上に珍しい客の顔を見る。
「今日は、閻魔様」
魔理沙の時とは打って変わって、妖夢は礼儀正しく頭を垂れた。
「今日は、魂魄妖夢。善行は積んでいますか?」
「はい。未熟故に閻魔様の仰る善行を積めているかは解りませんが、私なりに
毎日心掛けています」
「それはとても感心な事です。善行とは心構えから始まり、心構えは全てを司ります。
あなたが慢心しない限り、いつか悟りを得る事も出来ましょう」
にっこり微笑む映姫。
「……お前等の会話聞いていると、何だか頭が痛くなってくるな」
げんなり顔の魔理沙が呟く。
「あなたも、少しはこの妖夢を見習いなさい。いいですか、生きるという事はそも……」
「お説教は禁止」
「むぐっ……そうでしたね……」
またも映姫は押し黙った。油断するとつい説教を始めてしまう。それは映姫の癖が悪いのか
説教される箇所が多過ぎる魔理沙が悪いのか……答えはあるような、無いような。
一方、このコンビだけでも十分珍しいのに、イニシアティブを魔理沙が握っている事にも、
妖夢は目を丸くしながら驚いていた。
「一体、今日はどうしたのですか? 何かあったのですか?」
「ええ、まぁ……」
「妖夢お前、小野塚小町を知っているよな」
言い難そうな映姫に代わり、魔理沙が前に出て率直に訊ねる。
「小町さん? もちろん知っていますよ。つい三日前にもお会いしたばかりですし」
さらりと、妖夢が言った。
「……何だって、三日前?」
「え、ええ、三日前だけど……ねぇ魔理沙、小町さんがどうかしたの?」
「行方不明なんだってさ……三日前から」
「えぇっ!?」
やけに大きなリアクションをとる妖夢。ちょっとだけ後ろに下がる。
「じゃ、じゃあ、あの日以来、小町さんは帰っていないのか……」
「なぁ妖夢、三日前にどこで小町に会ったんだ?」
妖夢が下がった分、魔理沙がずいっと前に出た。
「え? あ、こ、ここでだけど……」
「小町がここへ来たんだな?」
「う、うん」
「何の用だったんだ?」
「ふぇっ!?」
また一歩下がる。しかしその分詰め寄られる。
「そ、それは……え、えーと、何だったかなぁ……」
「お前、吃驚するくらい嘘が下手だなぁ」
「魂魄妖夢、何か知っているのですか?」
ついでに映姫も、魔理沙の横に付いて妖夢に詰め寄った。
「あ、え、そ、それは……」
視線を逸らす。本当に解りやすい子である。
「お願い、教えてください」
「ほれほれ、閻魔さまに嘘をつくのはいけないぜ?」
ついに二人と妖夢の顔は、その距離数センチという所まで近寄る。
「―――あらあら、妖夢は白玉楼の財産なんだから、勝手に襲っちゃ駄目よー?」
不意に後ろから声をかけられた。のんびり、ぽやぽや、おっとりした、聞き覚えのある声。
聞いて映姫は振り返った。魔理沙は小さく舌打ちをしてから、続いて振り向く。
二人の合間から泣きそうな顔を覗かせ、
「ゆ、幽々子様……」
妖夢が、そこに居る主の名前を呼んだ。
「これは……お久しぶりですね、西行寺幽々子」
「ご無沙汰しております、四季映姫・ヤマザナドゥ。あなたがいらっしゃるなんて珍しいですわ」
爛漫に微笑む幽々子。
「妖夢、こちらは大切なお客様だから、おもてなしの準備をして頂戴」
「あ、は、はいっ!」
言われて、妖夢はぴょんと二人の間をすり抜けて、逃げるように屋敷の中へと入っていった。
「……お気を遣わずに」
「いえいえ、閻魔さまとは、一度酌を交わしたいと思っておりました」
「それは喜んでお受けしたいところですが、今日は急ぎの用がありますので」
「あら、それは残念。でしたら今度は、ゆっくり遊びに来てくださいな」
「ええ、是非。それで、今日は妖夢に聞きたい事があるのですが」
「でしたら、やはり召し上がってくださいな。その席でゆっくりお話を聞きましょう」
「いえ、ですから……」
「無駄だぜ閻魔。こういう時にゃ、幽々子の口から真実を聞き出すのは困難だ」
今まで黙ってやりとりを見ていた魔理沙が、横から口を挟み、会話を打ち切った。
「もぅ、あなたは相変わらず失礼ねぇ」
特に気にした様子も無く、相変わらずの微笑み顔で応える。
「何を隠しているのか、それともからかっているだけなのか」
「閻魔さまをからかうなんて、そんな恐れ多い事は出来ませんわ」
「だったら真実を話したらどうだ? お前も何か知っているんだろ」
幽々子は、愛用の扇をばっと開いて、優雅に口元を隠して見せた。
「―――言えない、という事でしょうか」
「私も妖夢も、小町ちゃんの居場所は存じませんわ。これは本当です」
「では、小町が何の為にここへ来たのか、それは言えないという事ですか」
「ええ」
唯一見える目が細くなる。
「……閻魔に隠し事をする。それがどれだけ大罪か、あなたなら解っていますよね」
映姫の周囲、空気の質感が変わる。張り詰める緊迫感。並みの存在ならば絶対的な
恐怖を覚える、閻魔の怒り。
だが幽々子は、変わらず口元を隠したまま、特に身構えもせず、
「でしたら、あなたは責任を持てるのですか?」
そう言った。
「……何ですって?」
「黙っている事こそ善き事、明かす事こそ悪しき事……そういう事だって、この世には
存在するのではないでしょうか」
ここはあの世ですけれどね、と、幽々子が笑う。
「……妖夢やあなたが私に真実を教える事、それが悪しき事だと言うのですか」
「かもしれません。私も妖夢も閻魔ではありませんから、それを測る事は出来ませんが」
「そうです。それを測るのは閻魔の役目です」
「でしたら、私達が明かす事が悪しき事だった場合、その罰は誰が受けるのですか?」
「……ッ!」
映姫の表情が強張る。
「あなたですか? それとも私達? どちらにしろ、あなたは罪を行う事を勧めた事に
なりますわね」
「そんな詭弁……!」
「ストップ、そこまでだぜ」
一触即発の雰囲気を、またも横から入った魔理沙が止めた。
「魔理沙、止めないでください。この話はきちんと白黒を付けなければいけません」
「私達は小町を探しているんだろ? そしてここには居ないし、居場所に心当たりも
無いと言ってる。だったらもう用は無いぜ」
「―――くっ……」
奥歯をかみ締めて、映姫が小さく唸る。
だがやがて、映姫の周囲も、普段の穏やかな白玉楼の空気に戻った。
「閻魔さま」
白玉楼の門を潜り、来た道を帰ろうとする映姫と魔理沙を、見送る幽々子が呼び止めた。
「……何でしょう」
やや険しい表情で、幽々子を見つめる映姫。
「恐らくですが、小町ちゃんは博麗神社に居ると思いますわ」
「居場所に心当たりは無いのではなかったのですか」
「確実ではありません」
「霊夢は留守だぜ」
「あらそう……なら、紅魔館か永遠亭のどちらか、かしら」
映姫の眉が、ぴくりと動く。
「小町は、知り合いの方々を訪れ回っているという事ですか?」
「これ以上は言えません。そこは、どうか本人に聞いてやってください」
向けられる厳しい視線にまったく動じる事無く、幽々子は最後まで、にっこりと微笑んだ
ままであった。
(―――小町)
(―――きゃん!?)
(―――あなたという人は、どうしていつもいつも……)
(―――す、すいません! すぐ仕事に戻ります!)
(―――小町、何が不満なのですか?)
(―――えっ?)
(―――そうも仕事をしないのは、何か理由があるのですか?)
(―――いや、あの……)
(―――何か困っているのなら、遠慮無く相談してください。力になりますから)
(―――心配して、くれたのですか?)
(―――当たり前でしょう、あなたは私の部下なのだから)
(―――はい。ありがとうございます……四季さま)
桜花結界を再び越える。そこまでは、二人とも終始無言。
「……で、どうするかね」
「え? あ、何がですか?」
ふと止まって振り返った魔理沙に、不意を突かれて戸惑う映姫。
「何って、紅魔館か永遠亭か、どっちに行くかって話だよ」
「ああ、えっと、そうですね、ここからでは紅魔館の方が近いのではないですか?」
少々しどろもどろしながら応える。
「……さっきの話、そんなに気になるのか?」
魔理沙の指摘に、少しだけ映姫の表情が曇った。
「いえ、そういう訳ではありませんが……」
「が?」
「……止めましょう。今は小町を探すことが先決です」
前に居た魔理沙を通り越して、映姫は眼前の雲の中へ沈んでいく。
ふむ、と、ため息混じりに一人ごち、魔理沙もその後に続いて下降していった。
紅魔館。レミリアは就寝中でパチュリーは臥せっている。故に十六夜咲夜は、自室で
自分が淹れた紅茶を飲みながら、一息ついている最中であった。
「小町? ああ確かに、三日前に来ましたわ」
対面の椅子に招いた魔理沙と映姫に紅茶を差し出しながら、咲夜が言う。
「やっぱり三日前か……閻魔、三日前に何かあったのか?」
「少なくとも私の知る限りでは、特に何かがあった訳ではありませんが……」
二人はほぼ同時に、受け取った紅茶を一口飲んだ。
「……で、咲夜。小町は何の用でここに来たんだ?」
魔理沙が訊ねると、咲夜はちらりと映姫を見て、
「言えないわ」答えた。
「……あなたもですか。何故言えないのです」
やや苛立った様子の映姫。
「そういう約束ですから」
さらりと。咲夜は気にも留めない。
「約束? 小町が、私には秘密にしろと言ったのですか?」
「ええ、そうですわ」
咲夜に向けていた視線を下に落とした。
―――そんなに嫌だったのだろうか。私に黙って逃げ出してしまう程に。
それは確かに、毎日の様に説教をした。何度言ってもあの子はサボるから。
でも、それは―――
閻魔は不正を許さないのが仕事であり、存在そのものである。
小さな非も見逃さず指摘する。それは何も意地悪くそうしている訳ではなくて、
そうするのが閻魔の在り方だからである。
そしてそれが、大々的に好かれるものではない事も、映姫はもちろん承知していた。
それでも……閻魔、ヤマザナドゥという職業に、誇りを持っている。
誰に嫌われようとも成し遂げるという覚悟はあった。それは今でも変わっていない。
―――でも。
部下であり、閻魔という存在を一番理解してくれていると思っていた、
死神、
三途の渡し守、
小野塚小町が、
逃げ出してしまうほど、自分を嫌っていた―――
それが―――
ポカッ
「きゃっ!?」
急に頭を小突かれて、映姫は小さな悲鳴をあげた。相当考え事に没頭していたらしく、
魔理沙も咲夜もじっと自分の見ている事に、やっと気が付いたらしい。
「まだ色々決めるには早いぜ?」
小突いた手で映姫の頭をポンポンと叩き、魔理沙はすっと立ち上がる。
「咲夜も幽々子も言えないってのが小町との約束なら、本人に問い質してみるしかないだろ」
「……」
「咲夜、小町の居場所に心当たりは無いのか?」
咲夜に問いかけた。
「そうね。多分、博麗神社に居るんじゃないかしら」
「幽々子も言ってたな。因みに霊夢は留守だったぜ」
「あらそう? じゃあ……白玉楼には居なかったのよね?」
「ああ」
「それじゃ、きっと永遠亭ね」
「……やっぱり、小町は知り合い連中を訪れ回っているのか」
「さあね。それより、紅茶のおかわりは如何かしら?」
ポットを取り出して見せる咲夜。
「結構ですわ。ほら行くぜ、立て閻魔」
映姫の腕をつかんで強引に引き摺っていく。
「あ、ちょ、えと、ご、ごちそうさまでしたー?」
不意と混乱で成すがままの映姫。しかし礼だけは欠かないところ、流石である。
「お粗末様でしたわ」
そんな二人の部屋を出て行く背中に、咲夜はにっこり微笑みながら返礼した。
(―――四季さま! これを見てください!)
(―――小町、これは……)
(―――さっきの魂、すごい方だったみたいです! こんなに頂けました!)
(―――そう、良かったですね。今期の成績発表が楽しみです)
(―――はい! これだけあれば、もう今期は仕事しなくても大丈夫ですって!)
(―――待ちなさい小町! そんな訳無いでしょう!)
(―――あ、あはは、やっぱり……)
(―――ふふふ、まったくもう……)
「ま、待ちなさい魔理沙! 自分で飛びますから離してください!」
引き摺られたまま紅魔館を出て、永遠亭を目指し宙を疾走する。
「ほれほれー! 考える暇があったら行動して全部暴いてしまうのさー!」
「……暴かない方が良い事だって……」
映姫が何かを言いかけた時、
―――ぽつり。
魔理沙の頬に雫が落ちる。
「あ?」
「え?」
ぽつ、ぽつ、ぽつ……やがて映姫の顔にも無数の雫が落ちてきた。
「あ、やばいなコレ」
「雨ですね……」
「うわ、やばいやばい! 屋根は無いか屋根ー!」
慌てて周囲を見回すが、ここは永遠亭へと向かう途中の竹林。建物も岩穴も無い。
加えて目的地はまだまだ先。しかし雨は確実に近付いていて、もうすぐ本降りと
なるだろう。二人は必死に雨宿りの場所を探した。
「あ、おい! あそこあそこ!」
魔理沙が指差す。
崖の下に、ようやく雨を凌げそうな屋根を見つけた。
その時は既に二人ともずぶ濡れであったが、それでも慌ててそこへ駆け込んだ。
ぴかっと光が走る。魔理沙と映姫が空を見上げると同時に、ごろごろと低い音が
辺り一面に響いた。
「おー、もうそんな季節か。通り雨だな。ちょっとすればすぐ止むな」
言いながら魔理沙は帽子を取る。ごそごそと中に手を入れて、
「ほれタオル。魔理沙さんの帽子はプリティーな秘密でいっぱいなんだぜー」
どこに入っていたのか、タオルを二枚取り出して、片方を映姫の頭に投げ掛けた。
また光。すぐさま轟音。
「うあっ!? 吃驚したなぁ! 今のは近くに落ちたぜきっと!」
何故かはしゃいで、落ちた場所は見えぬかと外に顔を出す。しかし見つからないどころか
せっかく拭いた頭が濡れて、眉を顰めながら戻ってきた。
「あー、もうすぐ夏かー……また髪の毛、短くしようかなぁ」
わしゃわしゃと無造作に拭く。元々癖のある髪はあちこちびゅんびゅんと跳ねた。
「……おい閻魔? 早く拭かないと風邪ひくぜ?」
さきほどタオルを投げてから、映姫がピクリとも動いていない事に、やっと気が付く。
「そうか、お前さんは風邪なんてひかないよな。でも濡れたままじゃ気持ち悪くないかー?
それも閻魔さまにゃ些細な問題かい?」
近寄って見えない表情を伺おうとする。
……と、映姫は体ごと翻して顔を隠した。
「……? どうした?」
向けられた映姫の背中に話しかける。
しかし返答は無かった。
どう声をかけたら良いか解らず、魔理沙もそれ以上は何も言わなかった。
外では激しく雨が降る。
光り、轟音が鳴る。
それらは自然の音。
だから、魔理沙と映姫の周りは静寂に包まれていると言って良いだろう。
「―――私は……」
ぽつりと、映姫が呟いた。雨音にかき消されてしまうほど小さな声。
魔理沙は黙ってただ耳を傾ける。
「私は、自分が嫌われ者である事を自覚しています。誰であれ欠点を見出し指摘するのですから
それは、好かれる訳はありません」
「小町だって、きっと、どうしようもなく嫌になったから、逃げ出したのでしょう……」
映姫の声が、震えて聞こえる。
「だ、だから……もうこれ以上、あの子を探すのはやめ、止めましょう……」
「おいおい、まだそうだって決まった訳じゃないだろ?」
「だって三日も音沙汰無いのですよ! 他にどんな理由があると言うのですか!」
怒鳴った。映姫自身も聞いたことの無い声だった。それまで支配していた静寂を一瞬だけ
切り裂く。
「西行寺幽々子の言うとおりです。私達閻魔は、裁くという罪を背負って存在するのです。
だから、嫌われて避けられるのは、甘んじて受け入れる業なのです。あなただって、最初に
私が訪れた時、拒否したでしょう」
「それは……」
「構いません。それが自然なのですから。ただ……」
目元は見えないが、口元は微笑む。見ていて痛々しい笑みの口元。
「ただ……パートナーである死神にまで愛想を尽かされるとは、思ってなかったです
けどね……」
頬を、雨ではない雫が流れたのが見えた。
「……泣くなよ」
「泣いてなどいません! 閻魔は人前で、涙などなが、流さないのです!」
その声は酷くかすれていて、酷く震えていた。
それきり、再び静寂。心なしか、雨が弱まってきたように思えた。
雷の音も遠ざかっている。
風が吹いて、少し肌寒い。魔理沙はタオルで上半身を包んだ。
雲が動いてるのが見える。もうすぐ日も見えてくるだろう。
「―――私は、お前の事、嫌いじゃないぜ?」
魔理沙が、ぽつりと呟いた。
「……え」
思わず映姫も顔を上げる。
涙でくしゃくしゃになっていた事も忘れて。
「お前の説教は本当に的を付くからな。耳が痛いのは事実だ、あんまり聞きたくない」
「……だったら」
「でも、お前の存在って、それだけじゃないだろ?」
映姫の言葉が止まる。
魔理沙は外の様子を見ながら、静かに語る。
雨音はもう邪魔にならない。轟音も既にどこかへ消えた。
「お前は、説教するだけのからくり人形じゃないだろ。泣いたり笑ったりする所、私達と
何にも変わらない」
「…………」
「説教は勘弁だが、一緒に笑ったり泣いたりするのは歓迎するぜ。
―――きっと小町だってそうだ。仕事の付き合いだけで、お前と一緒に居た訳じゃないさ」
そう言って、にっと笑った。
その眩しい笑顔を、映姫は思考を真っ白にして、ただじっと見つめ続けた。
涙はもう流れてはいない。
「お、見ろよ、日の光が差し込んできたぜ」
魔理沙が不意に動いて、ぼぅっとしていた映姫は我に返った。後に続いて外を見れば、
厚く空を覆う雲はところどころで切れて、光の柱が立っている。
「よっし、今の内に移動だ移動!」
屋根の下に立て掛けた箒を取って、水を吸った土の上にスッと立つ。
「……また、永遠亭まで引っ張ってってやろうか?」
振り返って、魔理沙が悪戯っぽく笑う。
「―――不要です。自分で飛べます」
そう返して、映姫は被っていたタオルで力強く顔を拭いた。
ぷはっと再び現れた映姫は、元の、自信と威厳に満ちた閻魔の顔であった。
永遠亭。竹林の奥にある、人からも妖怪からも身を隠す大屋敷。数多くの兎と、
幻想郷の外からやってきた一味が住む。
入り口のドアを数度叩く。本来なら出迎えの兎が出てくるはずなのだが、何故か
物音一つしなかった。魔理沙と映姫は顔を見合わせる。
「留守かな?」
「どうでしょう。誰か居るような気配はするのですが」
「じゃ、入ってみるか」
「住居への許可無き侵入は罪です」
「じゃー、ちょっとマスタースパークで呼んでみるか」
「破壊する気ですか」
「む、もう手段が無いぜ?」
「……あなたらしいです」
やれやれとため息の映姫。
などというやりとりが終わって、すぐである。
「はいはいはーい! ちょっと待ってくださーい!」
慌しい声と共に、どたどたと走る足音が聞こえてきた。
「鈴仙さまー、お酒はこれくらいで良いですかー!?」
「うん表に出しておいて!」
「にんじんはこれくらいでー!?」
「にんじん食べるの私達だけだからそんなに要らない! 戻してー!」
「鈴仙さまー!」
「こっちはー!」
「姫様のー!」
「そっちはてゐに聞いて! 姫の前に師匠の所に持っていかないと駄目よ!」
「……何か、忙しそうだな」
「間の悪い時にお邪魔したみたいですね……」
聞き耳を立てて、二人は中の様子を伺う。
やがて足音は近付いてきた。魔理沙も映姫もドアから離れる。
「はーい、お待たせしてごめんなさーい!」
バタンと勢い良く開け放ち、鈴仙が長い耳をぴこぴこ動かしながら現れた。
「あら、魔理沙じゃない。どしたのって……うぁ! 貴女は!」
「……お久しぶりです。実は、その」
「ちゃ、ちゃんと善行は積んでますよ! それはもう毎日欠かさず!」
「いえ、別に今日は説教をしにきた訳では……」
「過去の事もそれなりに反省してますし、ボールとか月見だんごとか丸いものを
ちゃんと拝んでますし!」
「いえ、ですからそうでなく……」
「そ、それともまさかウチの師匠たちを裁きにきたとかっ!? いや、そりゃ確かに
あの人たちは悪人ですが!」
「だ、だからそうじゃないって」
「あーはいはい。おまえらストップ。鈴仙も落ち着け。んで鈴仙、おまえら今日は
夜逃げの準備で大忙しなのか?」
鈴仙が抱える風呂敷包みを見て、魔理沙が言った。
「―――え、小町さんは三日前から帰ってないの?」
「じゃーやっぱり、あいつはここに来たんだな? しかも三日前に」
「え、ええ……」
魔理沙はちらりと映姫を見た。流石に平然としてはいなかったが、沈み塞ぎこんでいる様子は
見られない。
「やっぱりあれか、小町との約束で、何でここに来たかは言えないのか」
「えっと、まぁ、うん……」
鈴仙もちらちらと映姫を気にしている。
「じゃあ小町の行方に心当たりは無いか? 因みに博麗神社は留守だぜ」
「うそ、霊夢が居ないの?」
きょとんとする鈴仙。
「因みに白玉楼にも紅魔館にも居ない。それ以外で……」
「そんな訳ないよ、きっとすれ違いだわ」
「……なぬ?」
「えっ?」
今度は、魔理沙と映姫がきょとんとした。
「だって、そろそろ約束の時間だもの。小町さんもきっと博麗神社にいると思うわ」
「……約束?」
「うん。あ、ちょっと待ってて。すぐ準備終わらせるから、一緒に神社へ行きましょう」
「あ、おい」
「すぐ終わるからー!」
言うが早いか、鈴仙は再びドアの向こうに消えていった。
「……なんだ?」
「……なんでしょう?」
訳が解らず、二人はただお互いを見つめて首をひねった。
やがて、再度出てきた鈴仙。その後ろに続く、てゐを筆頭とした兎達十数匹。
それぞれ大きな風呂敷を担いで、両手にぶら下げていた。
「……やっぱり逃げるのか」
魔理沙の第一声。
「お待たせ、それじゃ行きましょう」
すっと飛び上がる鈴仙。
「おっと、お前の主やらは待たなくていいのか?」
下から魔理沙が訊ねる。
「先に行ってるはずだわ。だから急がないと」
「何だよさっぱり解らないぞ? これから宴会でもするのか?」
鈴仙は、さも当然のように、
「そうだけど?」
と、答えた。
博麗神社。
いつも寂れた静かな場所……という景色は、今日は存在しない。
「……おいおい、何だよこれ」
「桜の花が……? もう時期は過ぎて、全て散った後では……」
神社に在る全ての桜が一斉に開花していた。
その下では、既に盛り上がっている人や妖怪。
そして……
「あ、四季さまー!!」
服の中でぶるんと巨乳を震わせ、
何事も無かったかのように、
何故か大陸風の服を着た小町が、大きく手を振っていた。
どこかで見たことあると思ったら、どうにもそれは紅魔館門番、紅美鈴の
いつも着ている服にそっくり。
「もー、どこに行ってたんですか、探したんですよー? もしかしてサボりですか?」
「こまち……」
映姫が小町に近寄っていく。
「あはは、すいません四季さま、三日も連絡しないで……」
小町は申し訳無さ気に笑いながら、映姫を迎える。
笏を、左手でぐぐぐっと反れるだけ反って、
手を離す。
バチンッ!
「あだっ!?」
小町の額にクリーンヒットした。
「いったー、地味に痛いですよ四季さまぁー……」
額を擦りながら、涙目で映姫を見る。そして固まった。
映姫は俯いて、わなわなと肩を震わせていた。
「小町……」
「は、はい……?」
「小町ッ!」
「はいぃッ!」
思わずびしっと背を伸ばす。
「あなたは、あなたは三日間も、音沙汰無くどこで何をしていたのですか……!」
「え、えと……ごめんなさい……」
「私に隠し事をして、あちこち回って……」
「……はい」
「……どうして……」
「……え?」
「どうして……何も言ってくれなかったんですか……!」
隠れた映姫の両目から、一つ、二つ、雫が落ちる。
「私は、確かに説教ばかりでしたけど……あなたと仲良くしたいって、思って
いたんです……」
「嫌な事があれば、嫌と言ってくれれば良かったのに……」
「え、えっと、四季さま?」
おろおろするばかりの小町。
「私は、え、閻魔として……小町に、嫌われても、グスッ……!」
「何を言ってるのよ、そこの閻魔さまは」
小町も、俯いていた映姫も、後ろで見ていた魔理沙も、
同時に、声のした方に目を向ける。
「このサボリ魔は、あんたの為にあっちこっち駆け回ってたのよ」
やれやれと肩をすくめながら、博麗霊夢が小町の隣に立った。
「わ、博麗の巫女! それは言わないって約束したろ!?」
「知らないわよ。せっかくの宴会に暗い話はご法度だわ」
お払い棒で、先程映姫にバチンとやられた場所をバチンと叩いた。
再び小町は手を当てて悶える。
「わたしの……ため?」
涙の流れる両目を大きく開いて、霊夢に訊ねた。
「三日前にね、急にコイツが来て、『花見を催してくれ』って言ってきたのよ」
後ろで悶える小町を指差して言う。
魔理沙達と出合った事件より、映姫は激務に追われ続けていた。最近は霊の数も
相当減ってきてはいるが、それでも映姫は一日中裁判に取り掛かり、終われば
ぐったり疲れて帰る毎日であった。
そんな彼女を毎日見続けた小町は、少しだけでも休んでほしいと考えたのである。
そして、以前ここ博麗神社で、霊夢、小町、そして映姫の三人で、小さな花見を
した事を思い出す。
どうせなら面子を集めて、盛大に花見をして、映姫の気晴らしになればと
思ったのであった。
「……でも知っての通り、愛でる花なんてとっくの昔に散ってしまったわ」
しかし小町は、何故か花見にこだわった。
ならば紫にでも頼んで、境界でも弄ってもらうしかないわね、と言ったら、
その足でマヨヒガ目指し飛んでいった。紫の居場所を知る式に出会う為に。
……そして、見事に迷ったのであった。三日間も。
「気になってたんだけど、面倒臭いからいいかと思ったけど、やっぱり
気になったから探しに行ってみたのよ」
奇跡に近い勘の良さで、霊夢はすぐに小町を発見した。三日も飲まず食わずで
森を歩き回って、酷くぼろぼろであったという。
とりあえず霊夢は小町を連れてマヨヒガに行った。その日は偶然、紫がそこに
居て、小町は訳を話し助力を得る事に成功したのであった。
それが、わずか数時間前の話である。因みに服は修繕に出して、その間にと
体格が同じくらいの紅魔館門番から服を借りた。
「花見にこだわらなきゃ、こんなに苦労しなくて済んだのに」
後ろを振り返る。続けて映姫も魔理沙も小町を見た。
「……駄目なんだよ、花見じゃなきゃ」
すっと立ち上がって、しかし視線は下を向いたまま、小町は呟く。
「あの時、四季さまが桜の花を見上げてる、あの顔……初めて見る表情だった」
「え……」
「だから……花見じゃなきゃ、駄目なんだ」
―――それっきり。
小町は黙り、
後方から聞こえる騒ぎ以外は、耳に入らない。
「……小町」
映姫がその名を呼んだのは、少し間があってから。
「……はい」
呼ばれたが、顔は上げない。二人とも俯いたままである。
「……あなたは、死神としての自覚が無さ過ぎます」
「はい」
「死神は死者の魂を閻魔の元に運ぶ、大事な仕事の担い手です。死神が手を止めたら
どれだけ善行を積んだ魂だって、天国にも逝けないのですよ」
「……はい」
「そんな責任重大な仕事を放り投げて、宴会を催す為に三日も姿を消すなんて……
本来なら重い罰があって然る事です」
「……覚悟しています」
「まったく、小町……本当に……」
「……ありがとう」
一瞬、小町はその言葉を理解出来なかった。
慌てて顔を上げて映姫を見る。
彼女は両目から止め処なく涙を流し、
そして微笑んでいた。
「……四季さま……」
「でも、これっきりですからね。明日からは真面目に仕事をしてもらいますからね」
「! はい!」
小町も、両目の端に涙の粒を浮かべながら、満面の笑みで頷いた。
「雨降って地固まる、だな」
映姫の後ろに魔理沙が立つ。
「霧雨魔理沙……今日は本当に……」
「ストップ。宴の席でしみったれた話は無しだ。酒が不味くなるぜ?」
「……そうですね」
映姫が笑う。とても、晴れやかに。
「ほれほれ、じゃ、さっそく仲間入りしようぜ! 花も酒もつまみも乙女も、
旬な内に愛でるものだぜー!」
「あんたはおやじか」
魔理沙は霊夢の肩に手を回して、さっさと騒ぎの中に入っていった。
「……じゃ、私たちも行きましょうか」
「はい、四季さまの席はこっちに用意してますよ」
「ありがとう、小町」
「いえいえ」
季節外れの桜吹雪が舞う。
映姫は小町に手を引かれて、ゆっくりと宴の中に混じっていった。
~終~
ラヴです。愛は世界を救います。イコール愛は善行です。
もうお前らみんな天国へいけー。
そんな魔理沙さんに惚れた。
小町と映姫さま、どちらも不器用な優しさでいっぱいで良かったです~
あと、魔理沙と幽々子さまのポイントがアップしました、カコエエ(何
>「そ、それともまさかウチの師匠たちを裁きにきたとかっ!? いや、そりゃ確かにあの人たちは悪人ですが!」
をいw
まあ、否定しづらいだろうけど。
>「おっきくなりたいですね!」
>「うあーーー!」
>「きあーーー!」
いや、別に小さく、むしろ小さいほうg…(ラストジャッジメント
かわいい、可愛すぎる…(←放心状態
…あれ。これって悪行?
これはなんとも目から鱗な素敵着眼点。
でも、言われてみれば確かに……と。いやはや、深いです。
人の罪を贖わせる為に、罪を重ね続けた映姫様をいつも支えていたのは小町なのかもしれません。
そんな二人の織り成す素敵な物語に心打たれました。GJ!
GJ b
永くらいだよなぁ。
異変の大きさ+明確な悪行
こんな映姫様もアリだなぁと。
とりあえずオチで彼女が救われてて良かったです。
やっぱ花映塚コンビはいいですねぇ
天性のプレイボーイっぷりに乾杯。
素敵な花映組み、ご馳走様です。
閻魔様。
……でも、(*´ヮ`)bΣ グッ
四季様と小町のそれぞれ形は違うけどお互いを想う気持ちが素敵でした。