「・・・筆・・ですって?」
「そう筆。本来この“無貌の書”と対になる“文字と意味を操る”魔法の筆。この本の製作者が使役していた強力無比のアーティファクト。」
呆然とするあまり、鸚鵡返しに口を開いた私に知識を掌る魔女は何時もと変わらぬ不機嫌そうな口調でそう告げた。
ここはヴワル魔法図書館、地下迷宮書架最下層“死蔵書庫”の一室。
私の目の前には幾重もの結界に封じられた禁書“無貌の書”が静かに浮かんでいる。
「じゃあ、魔理沙・・・・“筆”は幻想郷を塩の荒野にするのが目的だとでもいうの?」
パチュリーとリトルは部屋の片隅にある書棚を調べている。
「ここに残っている資料の通りなら、とっくにそうなっていてもおかしく無い筈なんだけれども・・・」
「でも、未だに発動した気配は無い。」
「多分“筆”自体に何らかのトラブルがあった為と推察できるわ。そして、それは恐らく・・・」
「魔理沙の影響。」
そう、あくまで推察ではあるが、それは限りなく確信に近い。
“あの”魔理沙が何の抵抗も無しに倒されるなどと・・・考えられる訳が無い。
森で魔理沙を拾った夜に感じた二回の魔砲、その一発目が魔理沙の最後の抵抗だったのだろう。
「そうね、一つはそれで間違い無いでしょう。」
「一つ?まだなにかあるっていうの?」
「なにかって・・・貴女にきまっているでしょ。」
は?
私?
「な、な、な・・・」
「“筆”は、本来個々の人間にはさほど興味を示さない。それがアリス、貴女に対してだけは異常な程の執着を見せている。と言うよりも、貴女にしか興味が無さそうな様子だったもの。とりあえず、即幻想郷崩壊って事にはならない・・・と思うの。」
「まったく、返す返す厄介な物を拾ってしまったものね・・・それで、わざわざこんなところに来た理由はそれだけじゃ無いわよね?」
「もちろんよ、これを見て。」
パチュリーが指し示したのは一冊の本、開かれたページの片方になにやら複雑な模様が描いてある。
「この模様に見覚えはあるかしら?」
この意匠は茨だろうか?しかし、私には覚えの無い物だった。
「無いけれど・・・これが一体なんだって言うの?」
私の返答に落胆した風のパチュリー。返答にも力が無い。
「・・・これは、“筆”に施された封印の意匠。この本によれば”筆”を一時的に停止させる為の安全装置だそうよ。“筆”の最終封印も兼ねているから、もしこれが手元にあれば・・・」
「あいつに対する切り札になる筈ってことね。」
でも、実際手元に無い以上・・・ん?
くいくい
誰かが袖を引いている。
振り向けばそこには・・・
『シャンハ~イ』
何かを訴えるかのような上海人形の視線。
「なあに、上海?」
上海は、必死に何かを訴えかけているようだ。
「あ~上海ちゃん何かアリスさんに言いたい事があるんですね!」
こくこく
リトルの言葉に頷く上海。
本の絵を指して・・・自分の頭を指して・・・私の袖を引く。
つまりこれは・・・
「わかりました!つまりこれは・・・」
ふんふん!
分かってくれたか!そんな表情をみせる上海。
「上海ちゃんは、この飾りが気に入って自分も欲しいっていってるんですね!・・・ってパチュリー様、なんで私の腕を掴むんですかぁって~~~!?」
無言でリトルを私の方に投げ飛ばす紫萌やし、私も無言でそれに合わせて・・・
ばき
「へぐぅ!」
華麗な七色のドロップキック、愛と友情のツープラトンパリスロケット炸裂!
吹っ飛ぶリトル、この際再起は不能であって欲しい。
「少しは空気を読みなさいリトル。召喚主として恥ずかしいわ。」
「きゅ~~」
リトルもこいつだけには言われたく無いであろうに。
「・・・で、上海。貴女これを知ってるっていうの?」
気を取り直して上海に質問。
こくこく。
「「どこで!?」」
思わず乗り出す魔女二人。
『シャン・・・ハーイ!』
犯人は・・・・お前だ!
びしぃっ!
へ?
妙な溜めを作って上海が指差したのは・・・私?
「上海、私こんなの持ってないわよ?」
ぷるぷる!
ちがうらしい。
今度は服を脱ぐ仕草をはじめる・・・まてよ・・・そういえば・・・
「・・・なるほど、謎は全て解けたわ・・・!」
手を顎に当てた探偵ポーズで考え込んでいたパチュリーが声を上げる。
そう、上海の服を脱ぐ動作が示す所は・・・
「アリスの体の中に隠してあるのね!そうなのね!!アリス!早速服をぬいdごふぅ!」
めご、形容しがたい音を立てて魔女の頭に振り下ろされたのは『図説・魔法に役立つ薬草大辞典』厚さにして20cmを超えるであろうそれは、鈍器を通り越し凶器といって差し支えないであろう。
「むきゅ~」
「はぃはぃ、パチュリー様。たぶん違いますから落ち着いてくださいね~♪」
下手人は、先刻まで伸びていた筈のリトル。
・・なんでこう、ここの主従はボケ・突っ込み両面可能でタイトロープな関係なんだろうか?などと、意味のない思考に意識をとられてしまう。
あぁ!もうぅ!!
がしがしがし!思わず頭を掻き毟る。
くいくいくい
再び上海が袖を引く。
『シャンハ~イ』
かしかし、しゅっしゅっ
今度上海が示した動作は・・・髪を梳く仕草?
つまりそれは!
「あぁ!駄目ですよアリスさん!折角の綺麗な髪をそんなグシャグシャにぐびゃ!」
もはや何も語るまい。
「あんたら少し黙ってて!上海!私が魔理沙の髪を梳いたあの時に見たって言うのね!」
『シャンハイ!!』
なるほど、あの時私が封印を解いてしまった訳か・・・
思えばあの時、魔理沙の様子が少し変だったわね。
「そうと分かれば・・・行くわよ、上海!蓬莱!!」
対処方さえ分かれば話しは早い。
私が蒔いた種、私の手で刈り取ってみせる!!
●
「待ちなさい・・・どこへ行こうと言うの?」
起きあがってきたパチュリーが、静かな声で尋ねる。
「知れた事を、私の家。そこに封印が有るわ。それを使って今度こそ魔理沙を・・・」
「無駄ね、そんな事じゃ貴女死ぬわよ。」
「・・・なんですって。」
「この封印は、あくまで”筆”の原身を対象とした物、現在の様に存在の媒体を得ている状態では効き目は薄い。一瞬力を封じるのが精一杯でしょうね。貴女はその後どうするつもりなの?」
・・・
「仮にそのまま”筆”を封じられたとして、魔理沙をどうする気?そのまま一緒に封印してしまうの?」
・・・うるさい・・・
「確かに元々の原因は、魔理沙の自業自得だけれども、貴女にも責任が無い訳では無いわ。」
「パチュリー様!それはいくらなんでも言いすぎです!!」
うるさい・・・うるさい・・・
「それに・・・人形もまともに使えない今の貴女では、魔理沙には触れる事すらできない。」
「くっっ!」
パンっつ!
「あ、アリスさん!?」
「うるさい!うるさいうるさいうるさいうるさい!!じゃあ、あんただったら何ができるって言うの!何ができたっていうのよ!!!魔理沙を止める事ができたっていうの!?魔理沙を助ける事ができるっていうの!!??魔理沙に撃たれた私の気持ちなんかわからないくせ・・・・・に・・・」
激情の発露、ただ感情のままに言葉を投げつける自分と、それを冷めた目で眺めている自分がいる事に気付く。
私の気持ちはパチュリーには分からない。そしてパチュリーの気持ちは・・・
俯いたパチュリーの表情は、髪に隠れて見えない。
「・・・そうね・・・貴女の気持ちは私には分からない『魔理沙に選んでもらえた』あなたの気持ちは・・・分からないわ。」
そう、今の魔理沙は“筆”の化身。行動理念は“筆”自身のものだが、その感情・その心は・・・・
『魔理沙は貴女を大切に想っている、私は貴女を大切に想っている。』
『貴女が欲しい、アリスが欲しい・・・』
あれは・・・魔理沙の・・・言葉・・・?
「魔理沙が・・・私を?そんな、魔理沙は私の妹みたい・・な・・・」
「・・・私にとっても魔理沙は特別・・・まぁ確かに出来の悪い妹のようなものだけれども・・・だから・・」
再び目を上げたパチュリー、そこにいるのは悲しみにも悲痛にも屈する事の無い・・・一人の魔女。
「だから・・・私達で魔理沙を助け出す・・・絶対に!」
七曜の大賢者は静かに、そして揺るぐ事の無い決意を示す。
「まだ打つ手が残っている・・・そういう事ね。」
「かなり危険を伴う方法だけれども・・・この際手段を選ぶ程の余裕は無い!」
その手に持つは、五色の魔力を纏ったスペルカード。
「“相克する螺旋、法を統べし五色の理、五行符『賢者の石』”」
主の召喚に応え、五冊の魔導書が宙に踊る。魔女の詠唱は止まらない。
“五行より四象へ、四象より両儀へ、螺旋は集い力とならん!”
宙に描かれた封印の魔法陣、それを圧縮するように魔力は螺旋を描き、やがて中心に一つの形を成す。
「パチュリー!あんたまさか封印を!?」
「“我ここにノーレッジの名をもて、根源の頸木と成す。原初の書よ、在れ!”」
光と闇が宙に溢れ
現れたのは
一冊の本。
純白の表装に金の縁取り。
表題は 血で汚れ 読む事は 出来ない
「これが“無貌の書”・・・!」
「“混沌を縛るはただ光のみ、賢者の石よ!戒めの鎖となれ!”」
収束した光は鎖となって本を縛る。
「ふぅ・・・アリス、これを持って行って。」
パチュリーが“無貌の書”を私に差し出す。
「ち、ちょっとパチュリー!?いったいどうゆう・・・」
「少しだけ私の話を聞いて、貴女がこれから成すべき事を伝えるわ。」
混乱する私に背を向けたまま、パチュリーは言葉を続ける。
「前にも説明したけれど、“筆”の力は文字とそれが指す所の意味を操る力。まともに撃ち合えば一分と持たずに心身を文字化、分解されてしまう。けれども、それは後付の力。本来“筆”が持つ混沌の力は、この魔導書に書き込む為の物。“無貌の書”と接触すれば“筆”が得た情報は強制的に“筆”から抜き出される。つまりこの場合・・・」
「魔理沙を構成する情報が、混沌の中からサルベージされてくる。」
「御明察。そして抜き出された情報を元に、“賢者の石”とで本来の魔理沙を再構築する。これが今打てる最善の手段でしょうね。でも、当然リスクは大きいわ。現在“筆”が意味の略奪を始めていない理由は、魔理沙という枷に執着している為だと考えられる。この枷を失えば“筆”が暴走を始める可能性は高いわ。」
「・・・“動かない大図書館”ともあろう者が、ずいぶんと分の悪い賭けを打つものね・・・」
仮にそんな事になれば、幻想郷は確実に崩壊する。そこまでのリスクを冒す程の価値を、この賭けに見出しているっていうの?
「経過が博打であれ、成功すれば立派な戦術よ。話を戻すわ。だから、その暴走を抑える為にアリスの家にあるっていう封印を使うの。枷を失った直後ならば精神障壁も無いでしょうから、再封印できる可能性は高い。それに・・・」
それに?
「仮に魔理沙を殺す気でかかったとしても”筆”の障壁を抜くのは並大抵の事では不可能よ。そしてこのまま”筆”を放置しておいたとしても、暴走を始める可能性は高い。別にハイリスク・ハイリターンの選択肢を選んだ訳じゃ無くて、現状で採り得る最良の手段でもここまでのリスクを必要とする。それだけよ。」
ふぅ
私達の肩には、思いもかけない程に重たい荷物が載ってしまったようだ。
だというのに、私の心は軽い。
まだ魔理沙を助ける事が出来る。
彼女を永遠に失う事の痛みに比べれば
重責がどれ程のものかというのだ!
「それにしても、パチュリーがここまでの勝負師だったとは知らなかったわ。今回の賭けも期待していいのかしら?」
「あら、私は博打なんかしたことないわよ。」
「素人?・・・じゃあなんでそこまで自信満々なの?」
「ビギナーズラック」
「・・・」
「初めて賭けに手を出す者には、幸運の加護が付く。常識よ。」
「上海っ!GO!!」
『シャンハーイ!』
すぱーん!
死蔵書庫に、私の不安を吹き払うかのような快音が響いた。
●
長く暗い通路を抜けると、時刻は既に夜半過ぎ。
「お帰りなさい、パチェ。それに人形使いのお嬢さん。」
地上に戻った私達を待っていたのは、紅の悪魔と
「丁度お茶が入った所です。お急ぎの事とは存じますが、どうぞ一服なさって下さい。」
完璧で瀟洒なその従者だった。
「あらレミィ、来ていたの?それとも、気付いていたの?と聞くべきかしら?」
「パチェの外出や、来客の事なら気が付くわ。ここは私の館だもの。貴女や咲夜が話してもくれない図書館の事は知る気も無いけど。」
少し拗ねた様な顔をして、紅茶を啜る“永遠に紅い 幼い月”レミリア・スカーレット。
「長いこと友達をやっている私にも秘密の事を、昨日今日知り合ったばかりのこの子には教えてあげるのね。ちょっと嫉妬しちゃうわ。」
じとり
銀髪の悪魔が笑顔で圧力をかけてくる。
見た目の可愛らしさと、他を圧倒するプレッシャーのギャップ。
どうにも私は、この紅魔が苦手だ。
ったく、黙って座ってさえいれば蓬莱や上海達と並ぶ程の美少女っぷりだっていうのに・・・もったいない。
「おひさしぶり、レミリア・スカーレット。宴会騒ぎ以来ね・・・今回の事はどこまで知っているのかしら?」
勤めてプレッシャーを無視して丁重に挨拶をする。
相性はともかく、彼女の戦闘能力は幻想郷でも五指に入る。
手を貸してもらえるならば、事態は解決へと大きく前進するだろう。
「一通り。パチェが顔色を変えて飛び出して行く、なんて事はそうそうある事では無いもの・・・、あの黒いのがやられたそうね。」
さてどうやって話を・・・
「知っているのなら話は早いわ、魔理沙を取り戻すのに手を・・・」
「残念だけれども、私達が手を貸す事は出来ないの。」
切り出す前に断られてしまった。
「理由を聞いて良いかしら?今は狗猫の手でも借りたい状況なのだけれど。」
「黒いのには妹が世話になっているし、知らない仲じゃ無いから手を貸す自体に異存は無いのだけれど・・・直接今回の事件に関係無い者が介入すると、あまり良い結果が得られそうに無いの。」
“運命を操る程度の能力”
凶悪無比な身体能力・魔力総量に加えて、このデーモンロードを”夜の王”たらしめる稀少能力。
彼女がそう言うならば、今回の事は私とパチュリーの二人で解決しなければいけないのだろう。
「だからアリス・マーガトロイド。今回の事は、貴女とパチェの二人で決着を付けなさい。」
「・・・善処するわ。」
「レミィ、参考までに全てが丸く収まる可能性が、どの程度あるか聞いても良いかしら?」
「こういう事は、聞かない方がありがたみがある物だけれど・・・黒いのが貴女の図書館の本を返却してくれる可能性よりは高いわ。」
「・・・ゼロでは無い訳ね。それだけでも救いになるわ。」
気休めどうも有り難う。
さて、そろそろ行かなければ。
「ご馳走さま、美味しかったわ。さて、行きましょうかパチュリー。」
「そうね。それじゃあレミィ、ちょっと出かけてくるわ。」
「待ちなさい、アリス。最後に一言忠告をしておいてあげる。」
部屋を出る私たちに背を向けたままレミリアは話し出す。
「貴女の戦闘に対する拘りも、人形を何よりも大切にしている事も知っているけれど・・・今回ばかりはその拘りは捨てなさい。そうでないと・・・」
「お話中失礼いたします、お嬢様。」
「なによ咲夜、話の腰を折らないで。」
「申し訳ありません、ですが・・・」
「いいこと、人形使いの本質を知らない貴女じゃ無いでしょう?人形を使う魔法の本質は“呪い”負の想念を力の源とする闇の魔術。貴女が普段全力を出したがらない理由も、その辺りにあるんでしょうけど・・・」
「あの~、お嬢様~。」
「そんな事だから普段の魔理沙にも勝てないの。こんな時ぐらい本気を・・・」
『アリスもパチュリー様も、リトルすらとっくに居ないんですけど・・・』
紅の主従二人の他には誰も居ないパチュリーの書斎。
この場所が怒り狂ったレミリアの不夜城レッドによって灰燼と化すまで・・・20分程の猶予が与えられたという。
●
「言われなくても分かっているわよ、それ位の事。」
「アリス、電波と会話するのは程々にね。」
紅魔館の紅い廊下を並んで歩く私とパチュリー。
「でも宜しかったのですか?お嬢様を無視してしまって・・・きっと今頃お怒りですよ。」
一歩下がってリトルがついてくる。
「いいのよ、どうも最近のレミィ説教臭くって・・・良い薬。それにアリスもやる気のようだし、時間の無駄だわ。」
「やる気って・・・お嬢様もそんなこと仰ってましたよね。アリスさんそんなに強かったんですか?」
なによ、その微妙に疑わしそうな目は。
「まぁ確かに、魔理沙達に弄り倒されてる様からは想像し辛いでしょうけど・・・戦闘力なら博麗の巫女とタメを張れるでしょうに。わざわざ『相手の実力より少しだけ上の力』で戦おうとするから負けるのよ。」
「うわぁ~、アリスさんってすっごく性格歪んでるんですね~。」
リトル、正直者も程々にしないとワインダーで死ぬわよ。
「別に好き好んで出し惜しみしている訳じゃないわ。魔法使いがコストパフォーマンスを優先するのは常識でしょ。私の魔法は燃費が悪いから、そうそう全力を出す訳にもいかないのよ。」
「アリスさんの魔法って・・・お人形さんですよね?」
「ええ、それしか使えないという訳では無いけど・・・人形を媒介とした呪術が得意なのは事実よ。でも、私としてはあまり呪は使いたく無いの。」
魔理沙が“星”パチュリーが“七曜”という様に、魔法使いには各々異なった属性が備わっている。
私に備わった属性は“呪”負の想念を力の源とする闇の技法だ。
もとより魔界の住人であるこの私。闇だ魔性だといって忌み嫌うはずもない。ないのだが・・・
『シャンハーイ』
『ホラーイ』
「やっぱり、こんな可愛い子達に負の想念を使わせるのが嫌なんですか?」
「まぁ、それも無いとは言い切れないけど・・・そこまで甘いと思われるのは心外ね。」
魔法使いとしての私の目標は“完全自律型の人形”を作ること。
人形に籠められた想念や、私が植えつけた命令に沿わなければ動けない人形ではなく、一つの独立した存在として思考・行動する人の形をした人では無いモノ。
その為には“呪い”という残留性の高いプログラムは、大きな障害となってしまうのだ。
「“魔法使い”としての行動理念と、アリス・マーガトロイド個人としての行動基準。これは全く別の物よ。混同して良い物では無いわ。」
「魔理沙さんが、それを別個のものとしているとは思えないんですけど?」
「それがあの子の未熟な所ね。まあ魅力でもあるけれど。」
そう、私達からすれば魔理沙はまだまだ未熟者と言って良い。
そして、それを魔理沙自身が一番強く自覚している。
だから彼女は常に全力。霧雨魔理沙として、普通の魔法使いとして追い求める物は常に一つ。
故に迷いが無く、故に強い。
光り輝く“恋の魔法使い”
そんな魔理沙を表すのに、これほど相応しい言葉も無いだろう。
だが、それは魔法使いとしては酷く歪な有り様だ。
方向性を一歩間違えれば、取り返しのつかない事にもなりかねない。
「今回の事が終わったら、その辺りを一度きっちり説教しておかないと。ね、パチュリー。」
「ええ、その為にも・・・」
それは願いよりも切に
それは誓いよりも強い
「「絶対に魔理沙を連れ戻すわよ!」」
恋色の魔法
彼女の飛び切りの笑顔を取り戻す為に
少女達は冷たい雨降る夜空へと飛び立った。
「パチュリー様、アリスさん。どうか無事に魔理沙さんを助けられますように・・・そして・・・」
最後の呟きは誰の耳に入る事もなかった。
『どうか、姉さんを救ってあげて下さい。』
●
「で、アリス。私の知識が正しければ、こっちは博麗神社の方向だと思ったのだけれど?」
勢いこんで出て行ったくせに、目的地とは別方向に向かったとあっては、パチュリーならずとも一言もの申したくなるというものだろう。
だけど、私も意味無く寄り道をしようという訳では無い。
「ちょっと神社に用事があるの・・・戦力強化のためのね。」
“筆”が変化した魔理沙には、思念誘導で行う通常の人形繰りは通用しない。
人形の制御を奪われ、リズムを狂わされたのが前回の大きな敗因。
思念誘導が不可能ならば、とれる手段は繰り糸を使った躁演か、人形達に組み込まれたプログラムに沿った半自立制御。
しかし、繰り糸は私自身が無防備になる上、一度に操れる人形の数が制限される欠陥がある。
半自立制御も、魔理沙に太刀打ちできるほど高度な自立回路を持っている人形は、上海・蓬莱の両使い魔のみ。となると・・・
「魔理沙を相手に力押しをする羽目になるとはね・・・何かの皮肉かしら?」
“弾幕はブレイン”がモットーの私が“弾幕はパワー”を掲げる魔理沙に、これを皮肉と言わずに何と言おうか?
「その為の切り札、そういう事かしら?」
“筆”が何時暴走を始めるとも限らない、切迫した状況。
その貴重な時間を使う価値があるのか?
パチュリーはそう問いかけてくる。
「そういう事、よ。私の“とっておき”を見せてあげるわ。」
●
「駄・目・よ♪」
いきなり駄目出しされましたョ
「って!なんであんたが此処にいるのよ!?」
目の前に浮かぶのは、胡散臭い事この上ない薄ら笑い。
幻想の境界、神隠しの主犯。
森羅万象の“境”を掌る結界の大妖、八雲紫。
『預けてある』荷物を受け取る為に、博麗神社を訪れた私達を迎えたのは、巫女である博麗霊夢では無く、マヨヒガの主だった。
「ちょっと!霊夢はどこいったのよ!?」
「あら『何故此処にいる?』は答えなくて良いのかしら?」
口元に扇を当ててクスクスと嗤う妖艶な美女。
男性のみならず、女性までも魅了するほどの美しい光景だが・・・
「あんた相手に問答してても埒が明かないからでしょうが!霊夢はどこ!とっとと出しなさい!!」
今の私には神経を逆撫でする事にしかならない。
激高する私に対して、紫はつまらなそうな顔をして傘をくるくるとまわす。
「霊夢は留守。私は留守番、だからゆかりんは此処にいるの~♪」
ぐぬぬぬ
あいも変わらぬ人を食った態度、いけない私、落ち着け私。
「なによぉ、二番目と三番目の質問には答えてあげたでしょう?なにか御不満でも?」
「不満だらけよ!第一霊夢に『預けてある』荷物を受け取るのに、なんであんたの許可が要るっていうの!?」
「それはねぇ、私が留守番だから・・・この場合“後詰”って言い換えても良いかもしれないわね。」
後詰?
・・・・・!
「・・・紫、霊夢は何故留守なの?」
勘が外れてくれれば!この時程強く思った事は無い。
だが
口元は歪めたまま
視線だけから笑いを消して
「御明察、魔理沙の所へ向かったわ。」
八雲紫はそう告げた。
告げると同時に
“境符『四重結界』”
四重に重なり合う結界が私達を包み込む。
「紫!あんた!?」
「そう、だから“後詰”。貴方達みたいな邪魔が入らない様にする為のお邪魔虫って訳。まったく、霊夢も人が悪いわ。人にこんな憎まれ役を押し付けてくれるんだから。」
軽口の様に響く紫の声。
だが、その声に満ちているのは悲しみと・・・哀れみ。
それもその筈、紫はただ足止めをするだけ。
今回の主犯は
皆の憎悪を一身に背負うのは
霧雨魔理沙を手にかける、その痛みを心に刻むのは
楽園の素敵な巫女、博麗霊夢その人なのだから
楽しみに待ってますよん。