Coolier - 新生・東方創想話

冬の眠り

2006/05/13 18:26:36
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霊夢の朝は早い。
人里の人間が、畑仕事のためにおきだす時間とそう変わらない。
まずはじめに着替えを済ませて、顔を洗う。
一月ほど前であれば顔を洗うのもまだ辛いほど空気が冷えていたが、今では朝であっても耐えられないほどの寒さはもうない。
次にすることは境内の掃除。
とはいっても枯葉も雪も無い春先である。
ほとんど形だけになってしまうが、箒で石畳の上を掃き、社殿の中を簡単に雑巾で水拭きをする。
そのついでに賽銭箱の中身を確認して、愕然とする。
ここまでが霊夢の朝の日課である。



朝食を済ませ、食後の茶を啜る頃にはそれなりに太陽は高く昇っている。

「本日はお日柄もよく、絶好の昼寝日和ね」

縁側に腰かけ、何気なく空を見た。
時々青空を魔理沙やらブン屋が横切るのが見えるが今日はそれとは全く違うものが見えた。
この季節には珍しい来客である。

「やっほー」

「季節外れも甚だしい氷の精が何の用かしら?」

チルノだった。
すでに幻想郷には氷が張るような寒気が訪れることはなく、もちろん氷精の本来の活動期間は過ぎている。
なのにこの氷精はそんなことを気にも留めることなく活動をしている。
霊夢の服装も十分季節感無視だが、自身のことは完全に棚にあげている。

「はい!これおみやげ!」

意気揚々とチルノが取り出したのは、

「・・・・・・」

氷漬けにされた蛙だった。
ちょうど跳んだところを凍結されたのか、跳びあがった躍動感そのままに、オブジェになってしまっている。
霊夢は何も言わず、御幣でチルノの頭を叩く。

「いったぁ!何すんのよ?!」

「蛙なんか土産にされて喜ぶと思うかぁ!」

「何よ!あたいの凄さがわからないのね?!」

チルノは蛙を地面に置いて、うんうん唸りはじめた。
霊夢は悪い予感しか感じられなかった。
チルノの趣味兼特技は蛙の凍結と解凍だ。
だが、解凍の成功率は三回に二回。
裏を返せば三回に一回は失敗する。
成功したところで霊夢に益は無い。
失敗すれば、

ぱりーん

「ああっ!あたいの傑作が粉々に?!」

「何してんのよあんたはあああああああああ!」

霊夢は、意外と本気で殴った。





「で、何しにきたのよあんた。」

蛙だった物体をチルノに処理させた後、一応煎餅を出した。
前にお茶を出したら少し溶けたのでやめておく。

「レティが帰っちゃったから暇でね?ここに来れば誰かいるかなーと?」

「疑問系なのかっていうか勝手にここを集会所にしないでほしいわね。」

レティ・ホワイトロックは冬の妖怪だ。
チルノとは違い、冬にしか活動しない。
冬の訪れと共に現れ、春の訪れの前にはもういない。
チルノもこれに近い性質のはずだが、閻魔曰く「力を持ちすぎた妖精」だからなのか、夏でも活動している。


「―――――!!!」

「――――!――――!」


「「?」」

霊夢とチルノは一緒に顔を上げる。
何か喚くような、叫ぶような音が聞こえた気がした。
神社と向かい合った方角の空に目を向けると、小さな点が二つ。
徐々にその点が大きくなり、二人は神社にその点が近づいてきていることを程なく理解した。
点が大きくなるにつれて、声も徐々に聞き取れるようになる。

「はっはっは!やっぱり最速は私のようだぜ!ゴールテープはもらったぁ!」

「くっまだ勝負はついていません!まだここからです!」

そして、その点が誰かわかるようになる。
黒い魔法使いとアレな記者。
見る見るうちに大きくなる姿を見て、霊夢もチルノも悪い予感を感じた
霊夢は咄嗟に社殿の戸を閉め、自身は賽銭箱の後ろに避難。
チルノはその場から動けず、近づいてくる妖怪をただ見つめている。
二人は境内に入るや否や、急制動をかける。
靴底をすり減らすように減速、賽銭箱に触れるか触れないか、という際どいところで停止する。
その一瞬後、大砲のように突風がやってきた。
それは境内の木々の葉や花びらを枝からもぎ取り、土埃を巻き上げる。
その際に埃と一緒に吹き飛ばされた小石がチルノを直撃。
痛みに悶える暇もなく、次は突風に吹き飛ばされた。
飛ばされた先には社殿の戸があって、マンガのように頭から突き刺さった。


「よっし私の勝ちだ!」

「何をおっしゃいます!ほらよく見てください!私のほうが賽銭箱に一寸ばかり近いじゃないですか!」

「これはチキンレースじゃないぜ?そんな言い訳をするってことは負けを認めたのかな?」

「なっ・・・・!」

魔理沙と文は幻想郷で一二を争う俊足である。
魔理沙は負けず嫌いであり、妖怪である文は人間などに自分の得意分野で負けるわけにはいかない。
二人がばったりと出くわせば、それは勝負の開始を意味する。
今回もそのパターンであったわけで、此度のゴールは博霊神社だった。
二人は土埃の中で言い合いを続ける。
と、すぐ横にある賽銭箱から影が立った。
土埃で表情は詳しく読み取れないが、いつものようにその影に詰め寄って問うた。

「「どっちが先についた(つきました)?!」」

人影は程なくして、両手を二人の前に掲げた。
手の先には翻る二つの符。
やがて、埃が風に流されて人影である霊夢の表情が明らかになる。
その表情は朗らかな笑顔であって、

「「・・・・・・・」」

こめかみに血管が一筋浮き上がっていた。

「夢想封印」

どかーん







「・・・足が棒のようだ。」

「・・・腕が枝のようです。」

蛙の惨事よりも境内の被害がすごかったので後片付けのついでに社殿の掃除もさせた。
もともと社殿にはチルノ直撃以外の被害はなかったのだが、霊夢が「ここにも被害が」と言って掃除をさせたのだ。
チルノは救出されたが、突っ込んだ戸板が凍結していたので別のものに変えられた。

「そういえばチルノさんがいるなんて珍しいですね。何かあったんですか?」

文が尋ねる。
いつのまにか手帖を出してメモの準備をしているあたり、さすがだ。

「単に暇だったからだけど?レティ帰っちゃったし。」

ネタになりそうな話でもなかった。
しかし、ここで引かないのが記者根性である。

「レティさんは『帰る』っていいますけど、どんな感じなんですか?冬眠のような?」

「んー・・そうじゃなくてブワーっと風が吹くとその後にはもういないって感じー。なんていったっけ・・・晴一番?」

「春一番だな。」

「わ、わかってるわよ!そのくらい!」

「ふむふむ」

そんなやり取りの中、霊夢はお茶を淹れて茶菓子を用意していた。
チルノには水で淹れてある。
配られるとチルノと魔理沙は何も言わずにすすり、文は一言礼を言ってから飲んだ。
霊夢はその後やることが特になかったので縁側に腰掛けて会話を聞き流すことにした。

「じゃあ帰るっていっても物理的なわけじゃないんですね」

「ぶ・・・ぶつり・・?そ、そうよ!」

「なんか受け答えが怪しいが大丈夫か馬鹿」

「誰が馬鹿よ!」

(うるさい・・・)

「じゃあレティさんが来る時ってどんな感じなんですか?やっぱり冬将軍に乗って来るんですかね」

「帰るときと大体おんなじだよ?なんか小さいけど」

「小さい・・・ですか?」

「あれか?子供みたいな体系になってるとかか?その後太るのか?」

「ううん、性格も体系も幼女」

霊夢、魔理沙、文が同時に茶を吹きだした。
チルノがそのお茶を少しかぶって悶えた。

「あ、熱いじゃない!何すんのよ!」

「ゲホッ!そんなことはどうでもいいんです!詳しく!もっと詳しく!」

「な、なんでそんな単語しってんのよあんた?!」

「黒い春のアイツから教えてもらった」

魔理沙はまだ咽ている。
茶が変なところに入ったようだ。
文は手帖に狂ったようにペンを走らせていく。
というか、手が見えない。
霊夢は目を丸くして呆然としている。

「それで、どうやって成長?するんですか?」

「レティが言うには冬を自分の体になじませるんだってさ。後は勝手に大きくなるんだって」

「なるほどなるほど・・・これはネタになりそうですね・・・」

文はうんうん唸りながら思考モードに入った。

「あー呼吸困難になるところだったぜ」

魔理沙復活。
また懲りずに茶を飲み始めた。
霊夢は自分の湯呑に新たにお茶を注いでいる。
チルノは次に何を聞かれるのか目を輝かせながら待っている。
会話がとまり、煎餅をかむ音と、茶をすする音と、ペンを走らせる音だけがある。

「さて、私は記事を書きに帰ります。」

「あれ?!もう質問終わり!?」

「?はい、これで聞きたいことは終わりですが・・・」

「えーもっと聞いてよー大蝦蟇倒したって記事買いてよー」

「嘘は書きません。大蝦蟇の氷漬けを見せてくださったら考えます」

お邪魔しました、と会釈をして文は空の遥か彼方へ。
魔理沙が煎餅を一枚食べ終わるころには、もう肉眼では確認できなかった。
日はとっくに南中を過ぎている。


「あ、そういえばお昼食べてなかったわね。あんたらも食べていく?」

「お、いただいていくぜ」

「私はこれから大蝦蟇と決闘よ!今日こそ氷漬けにして一面独占してやるんだから!」

「「や、それは無理だ。」」

何よー見てなさい!と言葉を置いてチルノは飛び立った。
運よくあの記者の目に留まれば、どこかに小さく『氷精、また大蝦蟇に返り討ち』の記事が載るだろう。

「で、今日の昼は何だ?」

「かけそば」

「何だ、随分質素だな。そんなにも貧乏なのか?」

「食べたくないならいいわよ?あんたの家にある食料強奪に行くから」

「冗談だ、冗談だからそんな本気っぽい眼はやめてくれ」

特別でもなんでもない日の午前中の出来事。
少し衝撃の事実が明らかになったが、そんな瑣末なことは空腹の苦しみの前にはどうでもよいのであった。

空を、白と黒の春が横切った。

了?
久しぶりの創草話でした。
楽しんでいただけたでしょうか?
タイトルからして季節外れの感が否めません。
春の目覚めがあるんだから逆があったっていいんじゃねーの?って感じです。

チルノメインのつもりで書いてたらまた雑談っぽく・・・orz
あ、当然チルノは大蝦蟇に食われかけました。
記事にすらなりませんでした。
レティの幼女云々は脳内です。
機会があればそっちも書ければなあと。
小宵
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コメント



0.1210簡易評価
24.80削除
書いて下さい、むしろ書け(失礼)>レティの幼女の話

山こそありませんでしたが、コントのようなテンポのいいノリが楽しめました。戸に頭から突き刺さるのは、何となくチルノにどピッタリだなあ、とか思ったり。
26.無評価名前が無い程度の能力削除
えーもっと聞いてよー大蝦蟇倒したって記事買いてよー

→書いて、の間違いですかね?

32.100名前が無い程度の能力削除
アレな記者、と並べられると、魔法使いの『黒』も別の意味に…w
蛙解凍シーンでふいた。負けたw