Coolier - 新生・東方創想話

ときみすちぃ

2006/05/12 06:47:02
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 珍しく懐具合に余裕があったので、夜雀の屋台まで飲みに出た。
 すると、そこには先客がいた。

「師匠ぉ~……座薬以外の薬の作り方、もっと教えてくださいよぉ……」
「鈴仙、それは永琳様なりの愛情表現なんだってば。ほら、もう一杯いく?」
「うぅ、てゐちゃんありがとぉ」
「ほら、とーっとっとっと……あ、無くなった。おやっさん冷や一本おかわりね」
「おやっさんじゃなくてマスターだってばー」
 先客は永遠亭の兎コンビだった。愚痴の歪みっぷりがあそこらしいわ。
 ところでミスティア、この屋台でマスターはないんじゃない?

「邪魔するわよ」と暖簾をくぐると、「いらっしゃーい」と笑ってミスティア。
「あ、こんばんは霊夢。みっともないとこ見られちゃったね」
「師匠ぉ~、朝鮮人参は下はムリですぅ~……」
 鈴仙はこっちに気づかないほど酔ってるらしい。
「大変そうね。マスター、ぬる燗と串一本」
「はいよー」
「別に大変じゃないよ。たまに吐き出させないといけくてね。
でもこれ以上はマズいかな。おやっさ、じゃなくてマスター、御勘定」
「そうそう、それでいいのよ。えーっと、三千と六百円です」
「はいはい、ええっと千、二千っと。
……ところでマスター、今日の酒は美味しかったよ。
私も鈴仙もいつもはこんなに飲まないもの」
「そんなそんな。何の変哲もない普通の酒よ?」
「またまた、謙遜しちゃってぇ」
 あれ、てゐってこんな風に世辞言う奴だったっけ?
 おしぼりで顔をぬぐいながら、私はふとそう思った。
「ヤツメウナギも特別美味しかった気がするな」
「あ、判る? 今日はねえ、上物が入ったの」
「やっぱそうなんだぁ。近いうちまたくるからね。……っと、残り千六百円、百円玉でもいい?」
「そりゃもう、全然構わないわよ」
「落とさないように気ぃつけてね。えっと、ひぃの、ふの、みの、よの――」
 私は袖に手を突っ込み、脇をぬぐいながらその遣り取りを見ていた。

「なな、やあ、ところでマスター、今何時?」
「えっ? えっと九時くらい?」
「“ここのつ”ね。はい、とおの十一、十二ぃ十三――――十六枚」

 あれ?

「ほら鈴仙、寝てないで行くわよ」
「毎度ありぃ~」
 てゐはぐったりした鈴仙に肩を貸すと、身長差をものともせずに飛び去っていった。

「何かおかしいような……」
 今のてゐとミスティアの遣り取り、どこか変だった気がする。
「はい、燗に串お待たせ。……どうかしたの? 難しい顔して」
「ううん、何でもない。ありがと」

 ヤツメウナギを齧りながら、今の光景を思い返す。
 二人の勘定が三千六百円で、てゐが最初に二千円払って、残りを百円玉で払って……。

「実を言うと、ヤツメウナギの味の違いが判ってくれる人って、あまりいないのよね。
ああやって褒めてくれるとやっぱり嬉しいわ」
「美味しい物ともっと美味しい物の違いは判りにくいからじゃない?」
「そうかな? それならそれで嬉しいかも」

 ……そう、てゐは酒とウナギを褒めていたわね。ミスティアもまんざらじゃなかったみたい。
 あと、何かおかしかった点は……。
「――ありゃ?」
「あ、もう飲んじゃったの。おかわりは?」
「そうね、あと一本だけ。ついでに串も」
「一本と言わずいくらでも構わないわよ。勿論、お代はもらうけどね」
「お代ねぇ……」
 笑いながら追加を寄越すミスティアに、私は愛想笑いを返した。
 出来ることならそうしたいけど、我が家の財政は『ちょっと飲む余裕がある』程度だもの。

 ミスティアと雑談しながらゆっくり飲んでいたら、二十分ほどで全部が胃の中に移った。
「御勘定」
「はいはい、えっと千円ちょうどね」
 がま口を開いて、五百円玉一枚と百円玉を五枚取り出す。
「細かくて悪いわね。五百円の、六、七、八、きゅ――」

 ――あっ。

「……霊夢、どうかしたの?」
「えっ? ご、ごめんごめん。九、十っと。千円きっかりね」
「はい、毎度あり~」
 ミスティアの笑顔をまともに見ないで、私はそそくさと屋台を後にした。


    ●


 布団の中に入ってからも、私はなんだか落ち着かなかった。

『なな、やあ、ところでマスター、今何時?』
『えっ? えっと九時くらい?』
『“ここのつ”ね。はい、とおの十一、十二ぃ十三――』

 まざまざと思い浮かぶあの光景。
 何のことは無い、てゐのお世辞はミスティアを油断させるためだったのだ。
 一枚一枚硬貨を渡して、突然ひょいと時刻を尋ねる。それで、何食わぬ顔で硬貨を渡したことにする。
 さりげなく、せせこましいやり口だ。
 それがてゐらしい悪戯なのかは判らない。私はそんなに彼女のことを知らないから。
 鈴仙なら気づいたんだろうけど、泥酔していたものね。

 それよりミスティアの方が気になる。
 彼女、後で売り上げ足りないのに気づいて、落ち込んだりしてないかな。
 鳥頭だし、どこかに落としたと思って気づかない、とかもあるかもなあ。
 どっちにしても、気分のいい話じゃない。
 もやもやを抱え込んだまま、私は眠りに落ちた。


    ●


 懐の余裕もたかが知れてるし、二日連続で飲みにいくつもりはなかった。
 でも、もやもやは丸一日経っても消えずに胸に残っている。
 多少の出費より精神の安定を選ぶ方が賢いと思って、私はまた屋台へと行くことにした。

 日が沈んでからあまり時間が経っていない。
 だから私が一番乗りかと思ったけど、またしても先客がいた。
「あ、こんばんは」
「いらっしゃい。二日連続の客が二人なんて、屋台冥利に尽きるわ」
 愛想良く迎えてくれたミスティアの向かい、椅子に座っているのは鈴仙だった。
「こんばんは。マスター、燗に串二本、タレと塩ね」
「はいはぁ~い」
 私は注文して、鈴仙の隣に座り、言ってみた。
「昨日の今日でよく来れるわね」
「? あ、はいはい昨日ね。てゐが言ってたけど、悪い方にスイッチ入っちゃったみたいで……」
「酒飲んで入るスイッチに良いモンがあるわけないでしょ」
「そりゃごもっとも」
 苦笑を浮かべて、鈴仙は猪口を口に運んだ。
「永遠亭ってさ、食事は皆一緒に取ったりするの?」
「うん、基本的にはね。でも日の出で起きて日の入りで寝る生活に近いから、夜は結構暇なのよ」
「ふぅん。今日てゐは?」
「お留守番」
「お客さんは多い方が嬉しいんだけどなぁ。はい、霊夢のお待ち」
 ミスティアの顔を見ると、そこには昨日と変わらぬ微笑があった。

 三十分ほど、飲みながら三人で雑談。他の客は来なかった。
「お勘定」と言ったのは、先に来ていた鈴仙の方。
「あまり遅いと師匠に叱られちゃうのよね。昨日のこともあるし……」
 だったら来なきゃいいじゃない、と言いそうになって、ミスティアの手前慌てて引っ込めた。
「えーと、千六百円になります」
「はいはい。……っと、あーごめん百円玉でもいいかな?」
「全然構わないよ」

 私は鈴仙のことを見つめた。もしかすると、睨んでいるかもしれない。

「昨日は悪酔いしちゃったけど、今日は楽しく飲ませてもらったわ」
「そお? ウナギの味を褒められるのも嬉しいけど、楽しく飲んでもらえたなら何よりね」
「こちらこそ。あ、手ぇ出して手。落とさないようにちゃんと取ってね」
 そう言って、ミスティアが差し出した手に、ひいふうみいと硬貨を載せる鈴仙。
 私は何も言わず、口に猪口を寄せてそれを見ていた。

「――むう、なな、やあ、ここのつ、とお、
ところでマスター、今何時?」
「え? えっと、八時過ぎくらいかな」
「“やっつ”ね。ここのつ、とぉ、十一十二の十三……」



「あー美味しかった。ねぇ、永遠亭で出張販売とかやってみない?」
「それ良いわね! でも屋台運ぶのが大変かも」
「その時はウチからも人手を出すわ。てゐが張り切るだろうしね。それじゃ、また」
「毎度あり~」
 私は、立ち去ろうとする鈴仙に声をかけた。
「ねえ鈴仙」
「ん、何?」
「あんた、昨日酔ってなかったでしょ」
 鈴仙は、きょとんとした顔で、
「何言ってんの。酔ってなかったら師匠の愚痴なんて言えやしないわ」
 そう言って去った。



「ねえミスティア、屋台って楽しい?」
「楽しいわよ。歌うことの次くらい楽しいわ」
「ふぅん。……あ、おかわり。冷やでちょうだい」
「かしこまりぃ~」
 酒の用意をするミスティアを見ながら、私はなんとなく呟いた。

「昨日の三倍は飲んでることだし、今日は帰ったらよく眠れそうだわ……」
落語の面白さの一つに、多様な解釈が出来る、というのがあると思います。
ちなみに、『時そば』は一番好きな落語です。
らくがん屋
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コメント



0.2340簡易評価
4.60名前が無い程度の能力削除
すっきりと読みやすく、楽しませてもらいました。
ただ、ちょっとまんまかなぁと。もうひと捻り願うのは贅沢ですかね。
7.40名前が無い程度の能力削除
ウドンゲ・・・ww
8.60名前が無い程度の能力削除
確かにそのままだけれども、最後にホッとするオチは良い物です
29.70とらねこ削除
 短くてよくまとまってますね。さりげなく埋め合わせをする鈴仙ナイス。
31.無評価名前が無い程度の能力削除
鈴仙(´・ω・) ヤサシス
50.60自転車で流鏑馬削除
このパターンは始めて聞いた
56.70図書屋he-suke削除
落語好きがそそわにもいるとはww
57.80名前が無い程度の能力削除
ちょっとイイ話ですね。時そばは自分も好きな落語ですが、なるほどこういうお話の作り方もあるのかと感心致しました。
63.100名前が無い程度の能力削除
おもしろい綺麗にまとまってる