「咲夜」
「あら、お嬢様」
自室で束の間の休憩に勤しんでいた私は、思いがけない来訪者に少々面食らった。お嬢様がわざわざ私の部屋を訪れるなんて、何か良くないことの前触れなのではないだろうか。
「今日が何の日か知ってる?」
今日は五月五日、世間では大型連休とかいう祭りの真っ最中だ。
休みと名がついている割に四割増で忙しくなっている人が多々見受けられる辺り、休みなのか違うのか判別に迷うところではあるが。
「申しわけないのですが、思い当たる節がございません」
が、そんなものは私には関係ない。年中無休で動き回っているとはいえ、給料も報酬も無いので働いているとは言い難い身。休みも何もあったものではないのだ。
でも食事と寝床だけは得ているからプーではないと思う。ギリギリで。
「てっきり咲夜なら知ってると思ったのに」
何というか、心底意外そうな顔をなさるお嬢様。
これは大変よろしくない。もしかしたら何か紅魔館にとって特別な日なのかも。とはいえ、時の流れから切り離されたような錯覚に陥るほど変化の無いここにそうそう記念日があるとも思えない。
強いて言うなら霊夢と魔理沙がカチこんできたあの夏の日くらいではないだろうか。所構わずぶっ壊されたせいで後片付けがえらい大変だったっけ。
「今日はこどもの日よ、咲夜」
「それは存じておりますが」
村に行けば鯉のぼりがバタバタと空を泳いでいるだろう。
うちの門番を見る限りでは龍に成ったところであまり良い目は見られないような気もするが、美鈴が特別不憫なのだろう。多分。
「何よ、知ってるなら最初からそう言いなさい」
ぷりぷりとご立腹なお嬢様。見た目よりさらに幼く見えて非常に可愛らしい。
霊夢たちと出会ってから、お嬢様は劇的に丸くなった。もちろん締めるところはきちんと締めるお方であるが、畏怖一辺倒だった周囲の評価は随分と変わってきている。
「まあともかく、こどもの日なのよ」
「はぁ」
「というわけで咲夜、今日は特別にあなたの我が侭を一つ聞いてあげるわ」
「…………は?」
「ほらほら何でも言いなさい、どんな犠牲を払ってもかなえてあげるわよ。ああ、霊夢のハートだけは私のものだから」
どこまで本気なのやらさっぱり見えない辺りが怖いが、そんなことは横に置いといて、だ。
「何故私がお嬢様に我が侭を聞いてもらうことになるのでしょうか?」
言わんとすることは分かる。実際にそうだし、立場的にも能力的にも何一つ間違ってはいない。でも、私にとっては絶対に譲れない部分だったりするのだ、そこは。
だから早いところ前言を撤回してくださいお嬢様。そうでないと――
「だーかーら、今日は子供のために親が一肌脱いでやる日なんでしょう? 少しは察しなさいよこの溢れんばかりの親心を」
両手を腰に当て、自信満々に言い放つお嬢様見た目十歳。
あーあ、言っちゃったよ。
頭の中で、確かに糸が切れるような音がした。
視界が紅く染まる幻視。恐れるものが無くなるほどの自信。僅かな疲労感は吹き飛び、意識はこれ以上無いほどに冴え渡る。
全身にみなぎってくる力とは逆に、不必要な何もかもが砂となって流れていく。場所も立場も建前も、留まることなくどんぶらこ。
「お嬢様、申し訳ないのですがもう一度お願いいただけないでしょうか。この咲夜が何だと仰りましたか?」
右手には大振りの白銀のナイフを、左手には投擲用の鉄のナイフを。ついでに顔には最高に薄っぺらい笑顔を。
「小便臭いガキだって言ったのよ、年端も行かない人間の小娘」
ミシミシと音を立て、お嬢様の手の形が変わっていく。ティーカップがよく似合う細い指が鋭く硬い凶器へと変貌していく様はいつ見ても圧巻だ。
ヤる気に満ちた猛々しい笑みを向けられるのはどれくらいぶりだろう。
「訂正をお願い致しますわお嬢様。場合によっては実力行使で」
「お断りよ咲夜。どうしてもって言うなら実力行使で」
心臓がフル稼働で全身へと送っているのが分かるほどに血が熱い。動きだしたくてうずうずしている筋肉に少しだけ待ったをかけ、私は始まりを告げる。
「十六夜咲夜、参ります」
お嬢様も人が悪い。私がどれだけ子供呼ばわりされることを嫌っているかなんて、知りすぎるほど知っているだろうに。
「来な」
とにかく、振って湧いた久しぶりの機会だ。思う存分全力を出してみるとしようか。
「あーいむうぃなー」
上機嫌に右手を上げるお嬢様を、私は大の字になって見上げていた。体には心地よい脱力感。心は充実感で満たされていた。
手加減抜きの弾幕ごっこに興じることができたのは本当に久しぶりだ。
「さて、私の勝ち。ということは分かるわね?」
「はいはい、私は小娘ですよ」
ゆっくりと体を起こす。どこにもさしたる痛みは無い。戦っている最中にも感じてはいたけれど、やはり手加減されていたようだ。それが私とお嬢様の差ということ。
「いや、そこじゃなくて」
「心置きなく暴れさせていただいただけで十分ですわ。良い気分転換になりました」
時計にちらりと目をやる。針は休憩の終了を告げようとしていた。時を止めて服を替え、ほつれや汚れが無いことを確かめる。
「それでは、私は仕事に戻ります。何か御用がありましたらお呼び下さい」
頭を下げて部屋を後に――
「待ちなさい咲夜。話は終わってないわ」
しようとしたところで、むんずと頭を掴まれた。手が元に戻っていないものだからがっちりとホールドされるわ髪に食い込むわでちょっぴり不快。下を向いたままだから表情を見られないのが幸いである。
「咲夜、どうして私に負けたか分かる?」
「お嬢様が私より強いからだと思いますが」
「咲夜が疲れをためてるからよ」
げんなりした声が降ってくる。それもここ最近お耳にかからなかったレベルのもの。どうやらお嬢様のげんなりさ加減は相当なもののようで。
これは困った展開になってきた。こんなことになるなら弾幕ごっこなんてするんじゃなかったか。
「そんなことはありませんよ。私はいつだって元気です」
「私の言うことに間違いがあるとでも?」
パチュリー様経由だと八割方捻じ曲がっているような気がするが。
「折角の機会だから今日一日くらいゆっくり体を休めてもいいんじゃない?」
「はあ」
それは困る。
部下に働かせて自分だけだらだらするのは好きじゃないし、ちゃんと見張ってないとサボる輩が多いし。そもそも仕事量が減るわけじゃないんだから、結局次の日に二日分働く羽目になって余計疲れるような。
「ああもう煮え切らないわね。休む気はあるの、無いの」
「全くもってございません」
「……ふ」
頭を引っ掴んでいる手に力が込められる。
まずい。非常にまずい。いくら最近ちょっとだけ反抗期な咲夜ちゃんとはいえ、物理的に反抗することなんて出来るわけがないわけで――
「つべこべ言わずにどこか行って来い丸一日屋敷に帰って来るな!」
鼓膜が破れそうな風圧を感じたと思った頃には、私は地面と平行に空を飛んでいた。
「結局、暇をもらってしまったわね……私の意志とは関係無く」
どうしたものかと頭を捻る。
お嬢様は一度言ったことを撤回するような人ではない。のこのこ帰ったらそれこそただじゃすまないだろう。となると、不本意ながら休暇を満喫する以外に道はないらしい。
「どうするかな、と」
手土産も無く、かといって家事手伝いをする気分でもなく。こんな私を受け入れてくれる変わり者なんているだろうか。受け入れられたところで貸しと言われてはたまったものではないし、良くも悪くも根性が真っ直ぐな人じゃないと――
「それで私なわけ?」
「わけ」
夜だと右も左も分からなくなるその森も、昼ならちょっと暗めの散歩道。難無く辿り着いた屋敷の扉を叩くと、何とも感情の読めない表情を浮かべた主人が出迎えてくれた。
「貴方には宴会で世話になってるし、もてなしてあげたいのは山々なんだけど」
ちらちらと背後を窺う彼女。肩の辺りに浮かぶ人形も、同じように背後――家の中に視線を向けている。何か心配の種があるらしい。どうやらタイミングが悪かったようだ。
私はマーガトロイド亭を訪れていた。
あまり付き合いは深くないものの、アリスは数少ない良識と真っ直ぐな性根を持ち合わせている人物として私の中にインプットされている。人形遣いとしての彼女は全然違うのだろうが、そんなことは私には関係無い。
「ちょっと今客が来てるのよ」
「珍しいわね」
「貴方程でもないけど」
もっともだ。
「貴方と面識のある人じゃないし、悪いんだけど――」
「――あらアリスちゃん、お友達かしら?」
家の中から聞き慣れない声。同時に、アリスの顔に「げ」が貼り付いた。ついでに人形にも。アリスが操作したのか、主人の表情に連動するようになっているのか。どちらにしても器用なことだ。
「ちょっと! 出て来ないでってあれほど言ったのに」
「だってアリスちゃんが何時までたっても戻ってこないから」
非難の矛先を向けるアリスを軽くいなすと、その人は私に向けて柔らかい笑顔を見せた。
「初めまして。私は神綺、アリスの母親よ」
見慣れない人のあまりにも想像を超えた挨拶に、私は言葉を失った。
「急だから大した物も出せないけど」
「お構いなく」
差し出されたクッキーと紅茶もそこそこに、私の視線はアリスの母親を自称する神綺に釘付けだった。私の心中を察しているのかいないのか、神綺はにこにこ笑顔を崩さない。
「ねえ咲夜さん、アリスちゃんはこっちでもうまくやってる?」
ちら、とアリスの方を見やる。変なこと言ったらどうなるか分かってるんでしょうね、と顔に書いてある。
彼女の意外な一面を見た気がした。こんなにも感情を表に出す人だったのか。
「何をもって『うまく』というかにもよるでしょうけど、概ねうまくやってるんじゃないかしら」
「そう、それは良かった。アリスちゃんたら私がいつ来ても研究研究で一人だから、もしかしたら友達がいないんじゃないか、なんて……」
私の言葉に喜んでは一人で落ち込んだり、神綺はとにかく表情が豊かだ。話によれば魔界とかいう別世界を創った神らしいが、とてもそんな偉そうな人には見えない。
「遊ぶためにここに居るわけじゃないんだって何度言っても分かってくれないのよ」
「だ、誰も分かってないなんて言ってないわよアリスちゃん。ただ、アリスちゃんが寂しい思いをしてたら可哀想だな、って」
「魔法使いがそんなこと思うわけないでしょうに」
本気で心配そうな神綺とは対照的に、アリスの方は苦笑交じり。邪険に扱うような素振りが全く見えない辺り、アリスがどれだけ神綺を慕っているかがよく分かる。
「娘想いのいいお母さんじゃないの」
自然と頬が緩むような、ほわほわした二人。魔法使いなんていう職業をやっているアリスが妙な程に裏表の無い性格をしているのは、きっと神綺の影響なのだろう。そのせいで貧乏くじを引くことが多くても、きっと本人は納得しているに違いない。
「それはそうなんだけどね。必ずしも良いことばかりじゃないのよ」
「は?」
惚けた声を出した直後、連続してベルが鳴らされる。折角の親子団欒がぶち壊しだ。
「ア、アリスちゃん、もしかして――」
玄関の方から軽い爆発音が響く。敵襲?
「また結界破られちゃったか。私もまだまだね」
残念そうに呟くアリスと、
「どうしようどうしようねえアリスちゃん助けて私まだ帰りたくないねえ咲夜さんも何とかして――」
半泣きになりながら右往左往する神綺を交互に見やる。私には何が何だかさっぱり分からないが、二人には何が起きているのかよく分かっているようだ。
勢いよくドアが開き、慌しく走る音が近づいてくる。鬼が出るか蛇が出るか。のんびりさせてもらった礼に助太刀くらいはしてやるか。
「神綺様!」
メイドが出た。またしても言葉を失ってしまう私。いやはや、紅魔館の外は想像以上に驚きに満ちている。
「また勝手に魔界を抜け出して身代わりにされたルイズが可哀想だとは思わないのですか今日という今日は――あら?」
聞き取れることが不思議なほどの早口は、私を視界に収めた瞬間に消失した。目を点にして立ち尽くすは見知らぬメイド。まあ事情は大体掴めたし、とりあえず挨拶くらいはしておくべきだろう。
「初めまして見知らぬ貴女。紅茶とクッキーはいかが?」
隣の椅子を引っ張り出しながら、百点満点の営業スマイル。紅茶もクッキーも私のものではないが、勝手知ったる何とやらだ。全然知らないけど。
「え? え、ええ」
勧められるままに椅子に座り、クッキーを一齧り、紅茶を一飲み。上品な動作が見た目も相まってとても様になっている。うんうん、メイドはやはりこうあるべきだ。今度うちのメイドたちに色々教えてもらおうかしらん。
「美味しい。また腕を上げたわね、アリス」
「ありがと」
「さて」
静かにカップを置き、目を閉じて深呼吸を一つ。
「一服して気持ちも落ち着いたところで帰りましょうか神綺様」
抜き足差し足で部屋から消えようとしていた神綺は、その一言で凍りつくように動きを止めた。関係が分かり過ぎる程に分かって面白い。
「ゆ、夢子ちゃん、今日はこどもの日だから、ね? アリスちゃんも喜んでくれてるし――」
「し・ん・き・さ・ま?」
顔には作ってる感ありすぎな笑みと青筋。ちゃんと音を立てずに椅子を引く辺りはさすがだが、どうやら少しばかり沸点が低いらしい。
アリスはというと、何ら変わった様子も無く落ち着いた表情で紅茶を飲んでいる。
「アリスの友達の手前ですし、私としては静かにここを後にしたいのですよ神綺様。分かっていただけますね?」
「ほら、アリスちゃんのお友達とももっと仲良くしたいのよ私としては――あいひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!?」
「うわぁ」
思わず感嘆の声が漏れる。
主の両頬を満面の笑みで引っ張りまくるメイド。こんなわけの分からない光景が魔界とやらでは溢れているのだろうか。行ってみたい。実に。
「ねえ咲夜、忘れろって言ったら忘れてくれる?」
「無理ね。一生モノよこれは」
「他言はしないでくれる?」
「しない、って言ったところで信じてくれるのかしら」
「信じるわ」
「あら」
あっさりと断言されてしまった。こうも理屈無く信用されてしまうと、私としてもその信用に応えないわけにはいかなくなってしまう。
苦笑していると、少しばかり妖しい笑みを返された。……なるほど、夢子というらしいメイドのことも大好きなのか。
「はいはい二人とも、あまり魔界の恥を晒さないでくれる? お母さんも今日のところは帰って頂戴。私が元気なのは十分に分かったでしょ」
パンパン、と手を叩いて二人を強引に引き剥がすアリス。非常に手馴れている。それが何を意味するかなど考えるまでもない。
「でも――」
「神綺様」
「お母さん」
二対の目に諌められ、神綺は観念したかのようにがっくりと首を垂れた。まるで最後の審判が下ったような、そんな悲しさが全身から漂ってくる。
こんなのがトップで魔界は大丈夫なんだろうかと心配になってくるが、きっとここぞというところでは凛々しい顔を見せてくれるのだろう。正直あまり想像できないが。
「邪魔して悪かったわねアリス」
「ま、いつものことだし」
「アリスちゃん、元気でね」
「お母さんもね」
簡潔に別れの言葉を交わす三人。この光景が再び見られるのは、おそらくそう遠い日ではないのだろう。何かにかこつけてアリスの元を訪れる神綺、連れ戻しに来る夢子、そしてアリス。皆それが楽しくて、皆お互いが大好きで。
なんて、羨ましい。
「アリスの友達のあなた」
「咲夜ちゃん」
「……何でしょう」
二人同時に声をかけられる。二人の目があまりにも優しくて、思わず居住まいを正してしまう。
「アリスちゃんと仲良くしてあげてね」
「アリスのこと、よろしく」
アリスにちょっとだけ嫉妬した。
「面白いのね、魔界の人って」
「絶対に誰にも言わないでよ」
「分かってるわ」
思い出すたびに笑みがこぼれる。可笑しくてたまらない。それこそ、涙までこぼれてしまいそうなほどに。
「それにしても、私と貴女って友達だったのね」
「みたいね」
くすりと笑う仕草が可愛い。なるほど、よく似合っているが魔法使いには似つかわしくない。
普段の彼女が取って付けたような冷静さを強調しているのは、つまりはそういうことなのだろう。
「ここに来て良かったわ。貴女が思ってたより可愛い子なんだってよく分かったし」
「他言は無用よ」
「どうしようかしら」
「お願いします」
手を合わせて懇願されてしまった。こうして見ると、本当に同世代の友人にしか見えない。
アリスが私よりも遥かに長い時を生きている筈の別世界の住人であるということなどすっかり忘れてしまいそうだ。
「そうまでされては無碍には出来ないわね。何と言っても友達だし」
「……ありがとう」
頬を赤らめて照れ臭そうに笑う。気持ちを隠さずに見せてくれるほど信用してくれるのは嬉しいが、こうも無防備になられると困ってしまう。どうしよう、ホントに可愛いよこいつ。
「ところでアリス、この人形って全部貴女が作ったの?」
周りをずらりと囲むように人形は、十や二十といった数ではない。表情らしい表情は無いものの、服や髪まで相当に細かく作られている。
「大体はね。どうして?」
「一つくらいもらえないかな、と」
「……何に使うつもりよ」
「飾るだけよ」
怪訝な表情を浮かべながら物騒なことを聞いてくる。別に恨みを持っている相手なんていないし、万が一いたとしても私はそんな回りくどいやり方は嫌いだ。
「それなら一つ作ってあげるわよ。咲夜の希望も聞けるしね」
「いいの?」
「そう大した手間でもないし」
いくら熟練した技術を持っているとしても、人の希望を聞きながら一から作り上げるのは相当な手間だろう。
「じゃあお願いしようかしら。悪いわね、急に我が侭言って」
「お安い御用よ。もちろん御代を寄越せなんて下らないことも言わない」
でも折角の好意だし、甘えてしまっても構わないだろう。知らない内に作っていた大きな貸しもあるし、何より――
「友達だから、ね」
お互いに分かりきっていた言葉だというのに、存外に破壊力が大きかった。
もう何杯目かも分からない紅茶を飲み干し、立ち上がる。
いつの間にか空が赤く染まり始めている。もうそろそろ出ないと一人で帰れなくなってしまう。
「じゃあ、そろそろ帰ることにするわ。楽しい時間をありがとう」
「早いのね。屋敷には居られないんじゃなかったの?」
「私もアリスになってみようかな、って」
疑問符を浮かべるアリスに背を向ける。玄関へと足を向けると、人形が扉を開けてくれている最中だった。何だか偉くなった気分。
「ああそうそう、暇があったらうちにいらっしゃいな。腕によりをかけてクッキーご馳走してあげるから。アルコールが入っていない時にも食べたいでしょう」
「どういう意味かしら」
精一杯取り繕ったつもりだろうが、感情の隠し方が甘い。魔法使いとしては些か未熟だが、あの親と姉に囲まれていては仕方が無いだろう。
「生徒と友人、招かれる口実はどちらがお好み?」
「……友人で」
アリスのクッキーは、正しく私が宴会に持っていくそれだったのだ。アリスの好みか、私のそれより少々甘かったけれど。
「お仕事大変ね、美鈴」
「げ、咲夜さん」
紅魔館へと戻ってきた。一日を外で過ごすことを命令されている私は、当然排除対象である。
時を止めてこっそりと戻ってもいいのだが、生憎と今の私は機嫌が良い。
「お嬢様から通達は受けているのでしょう? なら相手が誰であろうと職務を全うしなさい」
「考え直しませんか?」
乾いた笑みを浮かべながら後退りを始める美鈴に、私は遠慮無くナイフを向けた。
「行くわよ」
お嬢様の部屋の扉を叩く。図書館には居なかった。神社にも。間違いなく眠っている。
「誰だ」
物凄い殺気が部屋から漏れてくる。寝ているところを起こしたからか、どうにも機嫌が悪い。
「咲夜です」
部屋の中から、息を呑む音。当然だろう。いくらお嬢様でも、私がとんぼ返りする未来は読めなかったに違いない。
「私が何を言ったか覚えてるのか」
「ええ、それはもう」
扉を開けたお嬢様は、やっぱり不機嫌の極みだった。尤もそれは寝起きだからではなく、私が戻ってきたからだろうが。
「じゃあ、さっさとここから――」
「親たるお嬢様が、娘たる私の言うことを聞いて下さるんでしたね」
殺気が霧と消えていく。目と口、より丸いのはどちらだろう。
「どういう風の吹き回し? あなた、本当に咲夜?」
「色々とあったのですよ、色々と。それで、お嬢様にお願いがあるのですが」
周囲を見回す。人影は無い。気配も無い。が、用心はするに越したことはない。
「お嬢様」
耳のすぐ側に顔を近づける。そして、準備しておいたその言葉を囁いた。
「……本当に何があったの?」
「それは申し上げられません」
私が何を見てきたのかを知らないお嬢様にとっては、もしかしたら霊夢からの愛の告白と同じ程に衝撃的だったかもしれない。私という人間がそんなことを言うなどこれっぽっちも思っていなかっただろうから。
でも、私にだってそういう部分はあるのだ。普段は絶対に認めてやらないけれど。
「本気?」
「はい」
お嬢様の顔がほのかに赤く染まっている。私の顔はきっと真っ赤だろう。
でも、仕方が無いじゃないか。適当に訪れた先であんなものを見せられてしまっては、鍛えに鍛えた仮面も簡単に壊れてしまう。
だから、気まぐれでも親だと言ってくれたお嬢様に、甘えたいなんて思ってしまうのもきっと当然のことなのだ。
「さっさと来なさい」
目の前に居た筈のお嬢様は、いつの間にかベッドに腰掛けていた。恥ずかしさを紛らわすかのように、バシバシとシーツを叩いている。
「ただ今」
一礼して、部屋に入る。今更のように自分が言ったことが恥ずかしく思えてきて、鍵をかけたことを二度も三度も確認した。
「今日だけよ、こんなのは」
「存じております」
ホワイトブリムを外し、ベッドに横になる。二人分の体重がお気に召さないのか、ベッドがぎしりと悲鳴を上げた。
「何か言って欲しいことは無い?」
至れり尽くせりだ。きっとこんなことはもう二度とないだろう。遠慮なく言ってしまえ。
「そうですね。ではおやすみ、と」
頭に腕が巻きついてくる。抵抗する間も無く、胸に顔を押し付けられた。ほんの少しだけ息苦しいけれど、何だか安心できる匂いがした。
「いつもご苦労様。おやすみなさい咲夜」
子守唄のような優しい声。明日からも頑張ろうと決意を新たにしつつ、ゆっくりと目を閉じた。
魔界神さん・・・何度目の脱走なんでしょうか?
何故かこれに吹いたw
そしてメッセージオモシロス
メイドさんの頭のあれ、なんて呼ぶかは難しいと思いました。
ひさしぶりに暖かい涙を流したSSでした。
読ませて頂いて有難う御座います。
なのでこの点数をば進呈いたします。
登場人物全てが愛らしすぎる。
よかた
魔界母娘も含めてみな可愛くて良かったです。
あとがき、最高だーーーー!!
ご馳走様でした。
読んでる此方が甘く蕩けそうですな!
いいメロンパンですね。
GJです。