『前編の続きです』
~過去、紅魔館~
「えっと…ご主人さま、明日のお茶会では私がケーキを作ろうと思うのですがよろしいでしょうか?」
「ええ、かまわないわ。頑張ってね」
突然の私の申し出に、ご主人さまはちょっとだけ驚きの表情を浮かべながらも…表情の変化がわかるようになったのは大きな進歩です…あっさりとオッケーを出してくださいました。
最後に続く『頑張ってね』がとても嬉しいです。
さて、先の第一次研究室爆破事件以来、私とご主人さまはちょっとづつですがお話をするようになっていました。そして、その時に話題になったのがお茶菓子です。
今まで、ヴワル魔法図書館でのお茶菓子は、全て紅魔館厨房で作られたものを使っていました。それらのお茶菓子はとても美味しいのですが、パチュリーさまはず~とそのお茶菓子を食べているわけで…
「たまには別な味のものも食べたいわね」
と仰っていたのです。
その時に私は思いました。これは今までのとんでもない失敗の数々…『第一次』研究室爆破事件とかいうのが何かを物語っています…を責めることなく、今に至るまで使ってくださるご主人さまへの恩を返す絶好の機会であると。
幸いにして、最近、たまに図書館内で私とご主人さまでお茶会を開くことがあります。
普段はご主人さまは本を読みながらお茶とお茶菓子を召し上がるだけですが、お茶会の時には私とご主人さまで、ちょっとだけですがお話をしたりしながら時を過ごすのです。
その時に私の手作りケーキを食べていただければ…
さて、そう考えた私は、ご主人さまがお休みになった後、毎晩毎晩台所でケーキを作る練習をして、どうにかこうにか人前に出せる位になるまで頑張りました。ご主人さまは一日12時間は寝ているので練習時間は十分確保できます、熱中しすぎた翌日とかは、さすがに少々寝不足気味になったりはしますが…
ちなみに、ケーキの種類はスタンダードなショートケーキです。
そして、その成果を今こそ発揮し、ご主人さまに喜んでいただこうというわけです。
「よ~し!」
ご主人さまの許可を得た私は、早速材料探しに向かいます。
一応、パチュリーさまの為にケーキを作ると言えば、倉庫係の方からその時点での最上級…とされるものが提供されるのですが、どこでも管理者の方は表に出さない『最上級の上』を確保なさっていたます。
そして、美味しいケーキを作るためには、滅多なことでは出してくれないその『最上級の上』の材料を確保しなければならないのです。
そこで…
倉庫その一(普通に優しい担当者さん)
「どうかお願いします!ちょっとだけ!ケーキ一つ分だけでいいんです!!どうか恵んでくださ~い!!」
「あ~わかったから拝まないで!そんなにまでして頼まれると…仕方ないわね」
「あっありがとうございます!!」
倉庫その二(泣き落としに弱い担当者さん)
「お願いです…私がご主人さまにご恩を返す絶好の機会なんです。どうか…どうか…」
「わかった、わかったから泣かないで!こんな所で泣かれたら誤解されるじゃない…」
「う…ぐす、これでご主人さまに顔向けできます…」
倉庫その三(友達に弱い担当者さん)
「ねっ、あんたとあたいは同僚だよね。そのよしみでちょっと分けてよ」
「まったく、しょうがないわね~」
「サンキュー」
倉庫その四(甘えっ子に弱い担当者さん)
「先~輩っ♪お願いします、ちょっとだけでいいので分けてくださいな♪」
「もう、かわいいなぁ~いいよ、あげる。ところであなた私の妹になる気はない?」
「あう!?」
事前に各倉庫の管理担当者さんの弱点を調べ上げた私は、ケーキの練習と同じくらいの時間練習した完璧な演技でそれらの材料を確保しました。名付けて『小悪魔七変化』です。
人妖だれしも弱点はあるものです、そこをつけば案外頼み事はうまくいきます。…ちょっと良心は痛みますが。
…まぁ今回は調子に乗って少しやりすぎた感はありましたが、今はそんなことよりも明日のケーキ作りの下準備です。
明日の午後のお茶会のため、今日できることは完全にしておいて、明日、ご主人さまに美味しいケーキを食べていただくのです!
私は一人で『えいえいおー!』と気合いを入れていました。
翌日
「お砂糖よし、生クリームよし、いちごよし、卵よし…」
テーブルの上にずら~っと並ぶケーキの材料達、午後のお茶会に向けてケーキ作り作戦は着々と進行中です。昨日のうちに下準備は全て完了し、今念のため確認しても材料の集め忘れ等は一切ありません。
砂糖と塩を取り違えるというベタな失敗を『また』やらかさないように、念のため調味料を味見までしました。
「ご主人さま!楽しみにしていて下さいね!!」
全ての確認を終えた私は、図書館でいつも通り本を読んでいるであろうパチェリーさまのほうに言いました、聞こえてはいないでしょうけど…やっぱりこうすることでやる気が湧くのです。
そして、私は早速スポンジケーキを作るべく作業を開始しました。
少女奮闘中…
「~♪」
ボールの中では、いい具合にスポンジケーキの『元』が出来上がりつつあります。ボールの中でくるくるとかき混ぜるのは、ケーキを作るときに一番楽しい作業だったりします。
思わず鼻歌を歌いたくなる位です。
まぁ床にはいくつか黄色い花が咲いていたりするわけなのですが、これは必要な犠牲です。卵はちょっと多めに準備できましたし、『血を流さずに勝とうとする者は敗れる』って何かの本に書いてあった気がします。
やっぱり何か行動する時には犠牲というものは覚悟しておかないと…あっ!?またちょっとこぼれちゃいました。
再び少女奮闘中…
チーン
小気味よいベルの音がして、スポンジケーキの完成が告げられます。
「スポンジケーキは出来上がりっと」
オーブンから取り出されたスポンジケーキはなかなかいい匂いを発していていました。最初の頃は、スポンジケーキが岩のように固かったり砂のようにさらさらしていたり(!?)していたのですが、今日のは弾力があって丁度いい状態です。
今のところオーブンを爆発させたりする大事故は発生していないですし、卵が2~3個床に模様を作ったり、近くに白い破片が散らばっていたり、ついでにテーブルの一部が黄色っぽい色で塗装されているだけなので作業は非常に順調といえます。
最初の練習は、色々な道具があるだろうと、こちら(ヴワル魔法図書館付属台所)ではなく、紅魔館のほぼ全員の食事をまかなう大厨房を『勝手に』お借りして作ったのですが、小麦粉で粉塵爆発を発生させて何もかも吹き飛ばしてしまったのです。
それに比べれば相当な進歩だと思います。
あの時は、私が粉まみれになって外に出た瞬間に大爆発が起きたので、脱出に成功したのはまさに間一髪の差でした。ついでに言うと、警備隊が駆けつけてくる前にヴワル魔法図書館に退避できたのは間十分の一髪くらいでしょうか?
…そういえばまだ復旧していないそうですね、大厨房。
まぁそれは今は何ら関係のない些末なことです。
今は目前のケーキ作りに全力を尽くしましょう、過去を振り返ってばかりいても前には進めないのですから…今更どうしようもないですし、怒られるのは嫌ですし…
「そ~っとそ~っと、慎重に…」
さて、私は口に出して自分に注意を促しながら、ゆっくりと慎重にスポンジケーキに切れ目を入れます。これには練習中何度も失敗していて、指が切り傷だらけになってしまったのです。
はっきり言っちゃうと、別に傷が二つ三つ増えても構わないのですが、線が曲がったり血がスポンジケーキについちゃったりすると困るので、慎重の上にも慎重を重ねて作業を進めます。今回のケーキはこんな私をずっと使ってくれているご主人さまへの贈り物、失敗するわけにはいかないのです。
最上の材料を集めた今回、逆に大失敗した場合には立て直しができません。少々の失敗には対応できるように準備してはいますが、このスポンジケーキを台無しにしてしまったらさすがに材料が足りません。
少女慎重に奮闘中…
「でき…たっ!」
最後の切れ目を入れ終わり、見事にスポンジケーキには綺麗な切れ目が三筋入りました。ちょっとだけ歪んでいたりはしますが、私の作ったものとしては相当いい出来です。
「やった♪やった♪」
私は小躍りして喜びます、一番の難関、ここまでくれば後は…
「っ!?」
と思っていたときに羽根に激痛が走りました。
「い…たたたた」
包丁を持って迂闊に小躍りした結果、パタパタやっていた羽根と、ぶんぶん振り回していた手…に持っていた包丁がぶつかってしまったみたいです。我ながら間抜けな話です…私はやむなくケーキ作りを一時中断して傷の応急処置をすることにしました。
「失敗失敗、でも羽根なら問題なしです!」
さて、応急処置を完了した私は直ちにケーキ作りを再開します。傷ついたのは羽根なので調理には全く影響ないですし、血が材料にかかった様子もありません。不幸中の幸いというものでしょう。
その後、苺を輪切りにするときに危うく自分の指を輪切りにしそうになったり、生クリームを塗るときに手元が狂って壁を塗ってしまったりと、少々の失敗はありましたが作業は順調に進みます。
白い円盤を完成させた私は、続いてデコレーションを開始します。そう、ケーキは味もそうですが見た目も重要な要素です。
今のままのケーキでも味は結構いけるとは思いますが、とても『お茶会』には出せません、お茶菓子には『華』が必要なのです。
夜な夜な粘土で最良のデコレーションを研究していた成果を今こそ発揮しなければ…
…
…
「できたっ!」
しばらくの緊張の作業の後、私は叫びました。
ついに私の苦心作が完成です。見た目は完璧、味も今までで最高…だと思います、多分。
「~♪」
完成したショートケーキを前にして、私は浮かれ気分です。今までドジばかりしてきた私ですが、どうにかこうにか今回は上手く任務を成し遂げる事ができたみたいです。
そうだ…これに食紅で『ご主人さまいつもありがとうございます』とか書いたら、ご主人さまはもっと喜んでくれるかもしれません。
いいことを思いついたとばかりに、私は棚にあった食紅でケーキにメッセージを書き入れます。食紅は準備していなかったのですが、幸いにしてそれくらいなら棚にありました。
「…ございます、っと」
仕上げを完了した私は、ケーキをお盆に載せてお茶会の会場…といってもいつもの図書館の一区画ですが…に向かいました。
「へぇ、うまくできたじゃない。…この言葉はちょっと恥ずかしいけど、私の方こそありがとうね、小悪魔」
「はっはい!こちらこそありがとうございますご主人さま」
テーブルを挟み、向かい合って座る私とご主人さま、その真ん中には威風堂々たるショートケーキが鎮座しています。
そう、足下に厳重な警戒を払いつつおこなったケーキ輸送作戦は無事に成功しました。私の努力とあちこちにある傷跡の成果を、最後の最後でおしゃかにするわけにはいかないのです。
そして、それらの苦労は…見事に報われました。
今、私の目の前にはご主人さまの笑顔があります。ご主人さまは、椅子から立って私の後ろに来ると、優しく頭をなでてくれました。
「あっ…」
私のような者でも、今回やっとご主人さまのお役に立つことができたみたいです…
「じゃあ早速食べてもいいかしら?」
再び椅子に座ったご主人さまが言います、そんなご主人さまに私は…
「はい、もちろんです♪」
と応じました。
ご主人さまの持つスプーンが、切り分けたケーキに伸びます。スプーンの持ち方が変だとか、気になる点が少々ありますが、それよりなにより気になること…果たしてケーキは気に入っていただけたのでしょうか?
じー
失礼だとは思いつつも、私はご主人さまの顔を見てしまいます。
じー
ケーキのひとかけらをのせたスプーンは、だんだんとご主人さまの口へと近づいていって…
ぱく
緊張の一瞬です。果たしてパチュリーさまはどんな表情をなさるのでしょうか?
パチュリーさまは、一瞬驚いたような表情をして…
「びっくりする位美味しいわ、ありがとう小悪魔」
と、言って下さいました。
嬉しいです、本当に嬉しいです。私みたいな出来損ないでもちゃんとご主人さまのお役に立つことができたみたいです。
「あ…喜んで…いただけて本当に…嬉しいです、ご主人さま」
ちょっと泣けてきました。紅魔館に来て以来失敗の連続であちこちたらい回しにされて、ヴワル魔法図書館ではさらにその数を増加させた私が、やっと一人前な仕事ができました。
「泣かなくてもいいじゃない…小悪魔。それとね、もうそのご主人さまっていうのはなしにしてくれない?」
感動に浸る私に告げられる驚きの一言…
「え?まさか…クビですか!?」
私の思考が停止しました…まさか泣いただけで解雇なのですか!?あわわ、せっかくお役にたてたと思ったのにあんまりです…
焦る私を見て、同じくらい焦ったらしいご主人さまは言いました。
「ちょ…誤解よ、そうじゃなくて私の事は『パチュリー』と呼んで欲しいの。『ご主人さま』って呼ばれるとなんかむずがゆいのよ」
びっくりしました、てっきり泣き虫なんていらないとクビにされるのかと…今までの経験があったので、ちょっとマイナス思考になってしまっていたようです。
「パチュリー…さま?」
さすがに呼び捨てというのはちょっと…と思った私はそう言いました。
「ん…まぁ今はそれでいいわ。これからもよろしくね小悪魔」
「はい!パチュリーさま!!」
『パチュリーさま』と呼ぶと、何か親しくなったみたいで嬉しいです。今日はケーキ作りを頑張って本当によかったと思います。
それに、パチュリーさまの見せる優しげな笑顔…まぁ普通の人が見ればあまり変わらないと思うのかも知れませんが、私には最近パチュリーさまの笑顔がわかるようになってきました。
これも…私とパチュリーさまが、以前より近い存在になれたからなのでしょうか?
「ところで小悪魔」
「はい?」
「このケーキ…あんまりおいしいから私一人で全部食べちゃってもいいかしら?」
「え…あ、はいどうぞどうぞ!どんどん食べちゃってください!!」
びっくりです、あの小食のご主…じゃなくてパチュリーさまが『全部食べたい』だなんて…余程美味しかったのでしょう。自分で味見できないのは残念ですが、パチュリーさまが喜んでくださることに比べれば、あとは全てくだらぬことです。
目の前でぱくぱくとケーキを食べるパチュリーさま、もの凄い勢いで食べています。それを見ていた私は、自分が食べているよりもはるかに幸せな気持ちを味わっていました。
あれ?
「パチュリーさま…泣いてらっしゃるのですか?」
パチュリーさまの目元がちょっと赤いです。でも何で…
「…泣くほど美味しかったのよ」
「っ!?」
そんな…そんな事を正面から言われると…私は…ああもうっ、今の私の顔は真っ赤になっていると思います。
「おおお…紅茶淹れてきますっ!」
紅茶はまだ一杯あるのですが…私は恥ずかしさのあまり、大慌てでこの場から立ち去りました。
「はぁ…やったー!!」
台所に戻った私は小躍りしていました。紅魔館に拾われて以来の失敗の数々が思い出されますが、それも今回の成功の為にあったのではないかと、自分勝手にも想像してしまいました。
「~♪」
私は鼻歌を歌いながらお湯を沸かします。今日は最高にいい日です、やっぱり、最後の食紅文字が最後の一押しになったのかもしれ…
「え?」
私の側では沸騰を告げる『ピー!!』という音が鳴り響いています。だけど今の私にそんなことを気にしている余裕はありません…
ふと私が『食紅』を見た時、その赤い液体が入っている瓶の側面に書いてある文字が見えました。
『激辛唐辛子エキス』
私の隣では、まだやかんがうるさい音を立てているようですが、私には不思議と気になりません。
私はその瓶に手を伸ばし…中身をちょっとだけ舐めました。
「~っ!?」
口の中で爆弾が爆発したような辛味、目からは涙が出てきます。これは断じて食紅なんかではありません。
「けほっこほっ…そんな…」
私は、呆然として床に膝をつきました。
こんなもので文字を書いたケーキが美味しいはずはありません、なのに、パチュリーさまは…それでも『美味しい』って言って下さいました。
一口食べて驚いた表情をされたのは当然です。ケーキを全部食べてしまったのは、私がこの失敗に気付かないようにしてくださったからでしょう。…こんなとんでもないケーキを全部食べて…
気難しそうで私のことをちゃんと見てくれないなんてとんでもなかったんです、ご主人さまは…とてもとてもお優しい方だったんです。
私は、ゆっくり瓶の蓋を開けると…一気に飲み干しました。
私の口内で断続的な爆発が起きます。目からは涙がとめどなく出てきます。でも…私の失敗を考えたらこれくらいなんでもないです。
「はぁ、はぁ…」
しばらくして落ち着くと、私はやかんを下ろして紅茶を淹れ、顔を洗いました。
目元の赤みが気になりますが…仕方ないです。
パチュリーさまは私に気付かれないように気を遣って下さいました、私はその好意に応えなければならないんです。
「遅かったじゃない」
「申し訳ありませんパチュリーさま、ちょっと茶葉を切らしていたので倉庫まで取りに行っていたんです」
唇をとがらすパチュリーさまに私は言います。パチュリーさまは、そんな私の方をちょっと見て…
「…それなら仕方ないわね、お茶会を再開しましょう」
とだけ言いました。
「はい、こないだお借りした本はとっても面白かったです。ちょっと怖かったんですが…」
「…あれが好みならこっちのもいいかもしれないわね」
ゆったりとした雰囲気でお茶会は進みます、こんな和める…安心できる瞬間はどれくらいぶりでしょうか…
生まれた時からひとりぼっちで…さまよっている所を紅魔館に拾われて…
でも、その結果がこの瞬間なら、私は十分幸せな気がします。
「…そろそろおひらきにしましょうか」
「はい」
ゆったりとしたとても幸せな時間が流れ、終わりました。
その晩
私はベッドの中で一日を思い出していました。今日は…今日は改めて自分の間抜けさ加減に呆れた果てた一日でした。
私は本当に間抜けで本当にどうしようもないです。
…でも、私はこれからこの『ヴワル魔法図書館』で頑張っていくことができそうです。
「おやすみなさい、パチュリーさま」
私はそう独語するとランプを消しました。
そして、とても暖かい気持ちで、安心して夢の世界へと意識をとばせました…
~現在、紅魔館~
「う~ん」
「どうしたの小悪魔?」
昔のことを思い出してうなる私にパチュリーさまが言いました。そう、思い出してみると、パチュリーさまがさっき「本当、あなたが来たときにはびくびくおどおどしてばっかりで、私もどうコミュニケーションをとろうか悩んでいたのよ」とか言っていたのを認めざるを得ないような気もしてきました。
むむ…なんかくやしいです。
「何でもないです」
私はぷいっと視線をそらします。
「昔は素直でかわいい子だったのに、いつのまにかこんなになってしまって…教育が悪かったのかしら?」
わざとらしくおばさん口調にならないで下さい、まぁ教育が悪かったというのは当然ですが、私はいまでもかわいくて素直です。
「パチュリーさまこそ昔はとっても優しかったのに、今じゃ…あ~あ」
「あ~あ、の後は大体見当がつくわ、失礼ね」
私とパチュリーさまが不毛な会話をしている最中、テーブルの上に日傘がさしかけられました。
「…仲がいいわねあなたたち」
「レミィ?」
「レミリアさま」
いらっしゃったのはレミリアさまです。そういえば後でいらっしゃるとかなんとか仰ってましたね。
それにしても…みっともない所を見られてしまいました。レミリアさま、ひとまずにやにやと笑うのはやめて下さい。
「レミィ、あなたがにやけると気持ち悪いわ」
「…あのね」
そしてパチュリーさま、よくそんなことはっきり言っちゃえますね、レミリアさまさすがに固まってますよ?
「はぁ、私に向かってそんなこと言えるのはあなたくらいなものよ」
しばらくして椅子に座ったレミリアさまは苦笑気味です。一方パチュリーさまの方はというと…
「あらレミィ、あなたは『そんなこと』を言われないで毎日を過ごしているほうがいいのかしら?」
とか言っています。確かにいつもいつも恐れられているよりは、あんな感じに言ってくれる人がいればいいかもしれません。
でもパチュリーさま、あんなこと普通の友達同士でも言わないと思いますよ?っていうか普通なら友情が破綻しています。
パチュリーさまに友達ができなかったのは、強大な魔力だけが要因ではない…というか、もっと大きな要因がある気がします。
こうして考えると、そんなパチュリーさまと友達になれるレミリアさまも、案外お人好しなのかもしれませんね。
それに、誰か違う人と一緒に居るか、もしくは誰か(不特定)を探してお屋敷をうろうろしている事が多いあたり、もしかすると寂しがりやの気もあるのかもしれません。
とか考えていたら…
「小悪魔、あなた失礼なこと考えてるわね?」
「そうね、私もその小馬鹿にするような笑顔が気に入らないわ」
「はっ!?」
さっきまでの口喧嘩(?)はどこにいったのか、お二人は連合してこっちを見てらっしゃいます。
どうやら私は考えている事が顔に出やすいみたいです…
何か不穏な空気が漂っています。その空気を感じた頭の中で警報が鳴ります、続いて小悪魔式非常用アドバイス装置が作動しました…ここは危険だ、即時移動。
適切なアドバイス、私はそれに従いました。
「え~っと…レミリアさまの分の紅茶を淹れてきますねっ」
私はそう言うと、お二人から何か言われる前に立ち上がります。危ない所からはとっとと逃げるに限ります。
「逃げたわね」
「ホント、あなた達はいつも楽しそうね」
後ろのほうからは、呆れたようなお二人の声が聞こえていました。
「はい、レミリアさま。ミルクたっぷりのアッサム・ロイヤルですよ」
さて、私が紅茶を持って戻ってくると、先の事などすっかり気にしていないレミリアさまは一口飲んで仰いました。
「相変わらず淹れ方うまいわね」
「ありがとうございます」
やっぱり誰かから誉められるのは嬉しいものです。なのでパチュリーさま
「昔に比べれば格段に進歩したものね」
とか言って水を差さないで下さい。
私は速やかに反撃に移ります、昔みたいに言われっぱなしじゃないんですよ?
昔はあんまりこういうことは言われなかった気はしないでもありませんが…
「昔に比べて進歩のないパチュリーさまよりはいいじゃないですか」
「失礼ね…私は進歩しているわ。本を読む速度が昔に比べて7.15%位速くなったのよ」
「色々つっこみたい所はあるんですけど、ひとまずソレどうやって測ったんですか?」
「くすっ」
「「あっ」」
しまった、またレミリアさまに笑われています。これじゃあ私たち漫才コンビかなんかみたいじゃないですか…
「本当に仲がいいわね、羨ましい位に。まぁあんな事件を起こす位だしね」
「しつこいわねレミィ」
「そうです」
にやにや笑いのレミリアさまに私たちは抗議します。
そう、私がパチュリーさまの事を『パチュリーさま』と呼ぶようになって、すぐ後に起きた事件。
数百年の齢を重ねたレミリアさまには大した年数じゃないかもしれないですけど、一般的な感覚からすると相当前の話ですよ?
私は、あの事件を思い出してちょっと赤くなってしまいました。
パチュリーさまはふくれています。
~過去、紅魔館~
あの激辛ケーキ事件から数日、私とパチュリーさまはよくおしゃべりするようになっていました。
時には館の中を案内していただく事だってありました、これは大きな進歩です。
パチュリーさまの側にいると、なぜか分かりませんがとても落ち着くんです…
私は、あの事件以降、よくパチュリーさまのお側にいます。おしゃべりしていなくても何か安心できる…パチュリーさまのお側は、私にとってそんな空間になりつつあったのです。
そして、今日は二人でのんびりと面白げな本を探していたのですが…
「むきゅー」
「パチュリーさま!?」
私の目の前で、てくてく歩いていたパチュリーさまが謎な声を上げながら倒れました。
「ちょ…パチュリーさまっ!!!」
私は大慌てでパチュリーさまに駆け寄ります、まぁこんなふうに倒れるのは何度も見ていたのですが、やっぱり慣れるのは無理ですね。
「大丈…」
パチュリーさまを助けおこそうとした私は、そう言いかけて固まりました。いつもの喘息の発作とか貧血とかではありません。私が手を触れた所がもの凄く熱いです…なのに顔色は真っ青です。
「パチュリーさま!」
「う…小悪魔…?」
「パチュリーさま!パチュリーさま!!」
パチュリーさまはその後医務室へと運ばれました、私がわんわん泣き叫んでいるのを聞きつけたメイドさん方が運んで下さったのです。
私は、またお役に立つことができませんでした…
「う…ん…んん」
白一色で統一された医務室で、いつもよりさらに白い表情をされたパチュリーさまの苦しそうな寝息が聞こえます。パチュリーさまが横になったベッドの隣で、私はぼんやりと座っていました。
私は…駄目です。
「小悪魔さん」
「はっはい!」
自己嫌悪の井戸に落ち込んでいた私は、突然声をかけられ、びっくりして思わず立ち上がりました。
声の主を見ると、パチュリーさまを診て下さった方です。
「パチュリー様の病気だけど、急性上気道炎ね、相当酷くやられたみたい。元々抵抗力が弱いところに最近館の中を歩き回ったりしていたのがきいたのかしら、最近よく見かけるようになったし…今館ではこの病気流行っているから」
たたずむ私に、その方はそう言いました。
私は巨大なハンマーに叩かれたような気持ちになりました…私がパチュリーさまを引っ張り回したせいで…
でも今はそんなことを気にしている場合じゃありません。私はすぐさま問い返します。
「治せるんですか!?」
そう、『きゅうせいじょうきどうえん』なんて聞いたことのない病気…あんなに熱が上がるなんて尋常じゃないです。『急性』の一言がさらに不安を膨らませます。
もしかしたら…
むくむくと不吉な想像が膨らみつつあった私に、とどめの一撃が命中しました。
「『治す』のは無理ね、この病気に治療法はないのよ。この病気は『万病の元』っていわれている病気でね、今もって確実な治療法は確立されてないわ」
私は再び巨大な衝撃を受けました…さっきのがハンマーなら、今度は隕石の直撃を受けたような感じです。
私のせいで…パチュリーさまが…?私のせいで…?
茫然自失として沈黙した私は、絞り出すように聞きます。
「でっでも何か無いんですかっ?」
「そう言われても…」
「そんな…」
私の言葉に、無いものはないとでも言いたげな彼女でしたが…ふと気付いたように口を開きました。
「ああ、でも…ニンニクが効くとか言うことはどこかで聞いたことがあ…」
「本当ですか!?」
漆黒の闇の中に射し込む一筋の光明…私はそれにしがみつきました。『ニンニク』案外手近にある食べ物じゃないですか!そんなので治るんなら『不治の』病なんかじゃないです。すぐにでも探してきます!
「え…ええ、案外確かなようだけ…」
「ありがとうございます!」
戸惑っている彼女に、私は一声お礼を言うと、スカートを翻して部屋外へと飛び出しました。
「え…ちょっ!?」
後ろで私を止めようとする彼女の声が聞こえましたが、今はそんなことなど気にしてはいられません。
扉の方から聞こえる、パチュリーさまの苦しそうな声、これ以上パチュリーさまに苦しい思いをさせたくはないんです!
万難を排して『ニンニク』を探さないといけないんです!
風のように小悪魔が去った部屋で、パチュリーを看病する女性は呟いた。
「…あんなに焦ってどうしたのかしら?たかが急性上気道炎…風邪くらいで。安静にしておけばそのうち『治る』のに…」
「すいませんっ!」
私は、復旧なった大厨房に駆け込みました。大厨房で作業していた先輩方は、扉を吹き飛ばすかのごとき速度で突入してきて、さらに大慌てになっている私を見て何事かという表情を向けてきます。
「えっ、どうしたのそんなに慌てて…」
以前お世話になったことのある先輩が言います。私はそれに答えようとしたのですが…
「あっとえっとつまりパチュリーさまがニンニクに必要なのでパチュリーさまが欲しいんです!!」
焦るばかりで、口から出てきたのは頭で考えていた文章とは全く異なるものでした。
「…は?」
意味不明な言葉の羅列を聞いた先輩は目が点になっています。
あわわ、回転数の速すぎる私の脳はこのような異常事態になると、すぐに混乱状態に陥ってしまうのです。頭がよすぎるのも考えものですね…じゃなくて!
「ですからニンニクさまが必要なのがパチュリーでパチュリーがニンニクさまなので…???」
あわわ自分で言っていてついにわけが分からなくなりました、どうしましょう?そもそもニンニクさまって何ですか!?私のご主人さまはパチュリーさまただ一人です!
私は、頭の中にふよふよと思い浮かんだ『冠をつけたニンニク』を慌てて打ち消し、すーすーっと深呼吸をした後言いました。
「パチュリーさまが不治の病にかかってしまったんです!助けるためにはニンニクが必要なんです!!」
「なんですって!?」
私の言葉に反応した先輩は、しかしすぐに難しい顔をします。
「どこにあるんでしょうかニンニクは…お願いです、早く教えて下さい!」
紅魔館の住人の数は膨大です。そのほぼ全てをまかなう大厨房ならば別に珍しくもないニンニクなんて十分すぎるほど…
「ないのよ」
「は?」
えっと、私の耳がおかしくなったようです。なにか『ない』とかいう単語が聞こえたような気が…
首を傾げ、焦る私に先輩は続けます。
「ここの主はレミリア様、吸血鬼よ」
「あ…」
先輩の言葉に私はかたまりました。そうです、レミリアさまは吸血鬼、吸血鬼が苦手な物といえば、十字架や太陽、そして…
「ニンニク…」
私は呟きます。
「そう、レミリアさまの嫌いなものは紅魔館には置けない。ましてやあんな臭いの強いものなんて絶対に置いておくわけにはいかないわ」
ため息をつきながら先輩は言いました。場を、沈黙が支配します…
でも…諦めるわけにはいかないんです!
「私、探してきますっ!!」
「え、ちょ…あなたなんかが外に出たら危な…」
後ろで先輩が止めるのも聞かず、私はくるりと方向転換して駆け出します!
「みんな!あの子を止めてっ!!他はニンニクを探すわよ!!」
後から慌てる先輩の声が聞こえてきますが…でも、私はパチュリーさまのお役に立ちたいんです!
「あっちょっと!?」
「危ないったらっ!!」
私は慌てる先輩方を尻目に、厨房内を低空飛行して、一気に開け放たれた扉から廊下に出ます。
先輩方が持っていなくて、私が持っている数少ない特技『飛行』、私はその能力を最大限生かして、テラスから空へと舞い上がりました…
少女飛行中…
「ニンニク…何処?」
紅魔館から飛び出してはみたものの、ニンニクなんて何処に生えているのかなんて私は知りません…でもパチュリーさまがあんなに苦しんでいるのに、何もできないなんて嫌です!私は…私は高度をますます上げて幻想郷を見渡します。
眼下に広がる幻想郷の景色…でも上から見たところでニンニクなんて見つかるはずもありません。
何の考えもなしに飛び出してくるなんて、私は…本当に間抜けです。
私は…あてどなく空をさまよい、出会う妖怪(もちろん襲ってきそうなのを見かけたらいちもくさんに逃げ出しますが)に『ニンニク』について尋ねますが、確かな返事は得られません。
考えてみれば、紅魔館のように大量に食材を仕入れて調理する所は数少なく、一部の名の知られた妖怪を除けば、他は個々の妖怪が狩猟採集で暮らしているような世界です。下手をすれば調理して食べることすら少なく、生肉まるかじりの妖怪がほとんどなのでしょう。
そんな所では、ニンニクのような主菜になりにくいものをわざわざ食べる機会は少ないでしょうし、名前を知っているかどうかさえ怪しいです。
「はぁ」
私は天を仰いでため息をつきました。
現状について色々考えてみると、自分の間抜けさばかりが感じられます。考えなしに紅魔館から飛び出して、一体何をしようとしていたんでしょうか私は…もっと何か手立てはあったはずなのに…
「パチュリーさま…」
私は呟きます、私が出たときにはまだ明るかった空の色は、私の気持ちが浸透したかのように暗くなって、やがてぽつりぽつりと雨音が聞こえるようになってきました。
「パチュリーさま…」
私はもう一度呟きます。あんなに苦しそうにしていたパチュリーさま…大丈夫でしょうか…
「ううん、頑張ろう!」
私は、不安な想像へと突き進みそうな頭をふって、前を見据えます。
今の私にできること、それをやるだけです。
雨はだんだんと強くなり、私の身体を浸していきます。そして、空からは妖怪の姿がほとんど消え去りました。
やはり、この雨のせいで外を出歩く方が減ってしまったのでしょう…
私は、地上へと降下しました。
「うっ…ん」
地に足をつけたとたん、私はよろめきました。今までの疲労がどっと肩にのしかかってきた感じです。
私は言うなれば『飛行はできる』程度の飛行能力しかないので、あんなに長時間飛んでいると、体力の消耗が著しいんです。
それに、この前包丁で切った所がじわじわと痛みます。
でも、誰かニンニクがどこで手に入るか知っている方を、なんとしてでも探さないと…
私が降りたのは深くて暗い森の中、本来なら危険なので避けて通るような所ですが、逆にそういう所なら知っている方もいるかもしれません。
それに、いくらなんでも問答無用で襲われることは…あんまりないと思います。それに今は私の危険なんかを考慮している場合じゃありません、今考えるべきはパチュリーさまの回復だけ。
もしパチュリーさまがヴワル魔法図書館に引き取って下さらなかったら、私はもっと早くに命を失っていたでしょう。
そしてパチュリーさまがくれたのは命だけではありません、それは私のことを気遣ってくれる人の存在、私のことを心配してくれる人の存在、私のことを大切に想っていてくれる人の存在、そしてかけがえのない人が側にいる、安心していられる私の居場所…
だから、私はどんな事があってもパチュリーさまを助けなきゃならないんです。
そう、命と引き替えにしたって…
私は決意を固め、森の奥へと進みはじめます。視界はほとんど木に覆われ、辺りから漂う不気味な雰囲気が、どうしても私の感覚を狂わせます。
「ニンニク~ニンニク~」
私は気を紛らわす為に呪文のように探し物の名前を唱えながら前へと進みますが、ニンニクはおろか、そのありかを知っていそうな妖怪には一匹たりとも遭遇できません。
「はぁ、パチュリーさま…」
早く…早く見つけないと…
焦りは注意力を低下させます…
「っ!?」
私は、突然左腕を何かに掴まれ、同時に脇腹に激痛を感じました。背後から荒い息づかいが聞こえてきます…何かに…捕まった!?
「やめっ…放してくださいっ!」
そう言いながら、私は辛うじて自由の効く首を後ろにねじ曲げて…後悔しました。
私を掴んでいたのは大猿の妖怪、言葉を解することはなく、ただ捕食者として生きている種族でしょう。その爪が私の脇腹へと突き刺さっています。
焦りと疲労で散漫としていた私の背後から飛びかかってきたのでしょう…私は変に冷静です。
何かというとすぐパニックを起こす私ですが、案外本当に生命が危険なときには冷静さを保つことができるのかもしれません。
「あっう!?」
大猿は口を開けると、ぐいと私を引き寄せます、食べる気なのでしょう。本当に不思議な位冷静です…でも
「まだ食べられるわけにはいかないんです!」
私は羽根と手足をばたつかせ、脇腹の傷口が広がるのも構わず、必死に脱出を図ります!
「うっんんんん~!!!」
でも、力では圧倒的にかなわず、しかも疲労困憊している私の力では抜け出せません。脇腹の痛みが増すばかりです…
「パチュリーさま…」
ごめんなさいごめんなさいパチュリーさま、せっかくあんなに親切にしていただいたのに…私はニンニクを届けることさえできず、何一つ役に立てないで死んじゃうことになりそうです。
せめて…せめて先輩方の誰かがニンニクを届けてくださるように…
パチュリーさま…
「?」
その時大猿の動きが止まりました、そして周囲に巨大な魔力が漂いはじめます。今まで感じた事のない強力で、かつ怒りに震えた魔力…でもこの感じ…
大猿の手が震えています…怖いのでしょう、でも私は怖くなんかありません。だって…
「パチュリーさま…」
そう、私の目の前に現れたのはパチュリーさま、でもどうして医務室にいるはずのパチュリーさまが…?
そしてパチュリーさまは言いました。
「誰か知らないけど、うちの小悪魔をこれ以上痛めつけるなら…その存在消すわよ」
「!?」
はじめて見る『本気で怒ったパチュリーさま』…いえ、怒ったパチュリーさますら見たことはありません。
でも…周囲に漂う魔力、もの凄い威圧感です。
言葉の意味は分からずとも、この威圧感は十二分に伝わったのでしょう、大猿は…慌てて私から手を放すと、一歩二歩とあとずさり、たちまち全力で森の中へと消え去りました。
「パチュリーさま…?」
私はよろよろとパチュリーさまに近付きます、そしてパチュリーさまの胸に倒れ込みました。
脇腹からの出血が思いの外多かったみたいです、意識が朦朧としています。
「まったく、心配したわ。まさかニンニクを探して飛び出すなんて…ありがとう、でも私があなたを必要とするのは便利だからとかじゃないのよ」
倒れかかる私に、慣れない手つきで応急手当をしてくれながらパチュリーさまは言います。
「…あなたが大切な存在だから、あなたが側にいてくれると毎日がとても楽しいのよ。ひとりぼっちで本を読んでいた時よりもずっと…だからもう二度とこんな危険なことはしないでね。私は、私を助けるためにあなたが死んだら、それに精神が耐えるのはまず無理なのよ」
信じられません、いつものぶっきらぼうなパチュリーさまとは全然違う語調です。でも…間違いなくパチュリーさまです。
「はい…ありがとうございますパチュリーさま」
私はそうパチュリーさまに返しました。
本当に…本当にありがとうございます。
それを聞いたパチュリーさまはにっこり笑うと私の方に倒れかかって来ました。
「え…」
今度は、私の身体にパチュリーさまの体重がかかります。熱い…凄い高熱です!
「あっパチュリーさま!!」
てっきり、パチュリーさまが助けにこれたのは、誰かがニンニクを届けてくれて…それで治ったからだと思っていました。でも全然治ってないじゃないです、高熱をおして…私を捜しに来てくれたのですか、パチュリーさま。
本当に本当にありがとうございます…でも早く紅魔館へ運ばないと…
「パチュリーさ…あう…?」
でもパチュリーさまを支えようとした瞬間に、私は大きくよろめきました。そういえば血が大分抜け…て…
意識が遠のきます…
だめです…まだ…パチュリーさまを紅魔館…
「こんなところにいたのね。こんなに天気が悪いのに、全く、世話が焼けるわねこの主従は」
私の意識が完全に消える直前、私の耳に誰かの呆れたような声が聞こえてきました…
~現在、紅魔館~
「本当、あの時は苦労したわ。後続のメイド達が来るまで、ずっと雨の中傘をさして待っていたんだから」
優雅に紅茶をすすりながらレミリアさまがおっしゃいます。
何か非常に腹立たしい気はしないではありませんが、あの時、私を捜しに来たパチュリーさまを捜しに来たレミリアさまは、数ある弱点の一つである『雨(水)』の中で動けなくなり、レミリアさまを捜しに来た捜索部隊が来るまでずっと、足下からしみてくる水にもかまわず、私たちを守っていてくださったそうです。
レミリアさまがいらっしゃらなければ、今の私とパチュリーさまは存在しません。
「それに帰ってみたら紅魔館内にはニンニク臭が充満しているし、本当にあなた達ふたりには酷い目に遭わされっぱなしよ」
私たちが黙っているのをいいことにレミリアさまは言いたい放題ですが、実際その通りなので何も言えません。
私たち三人が紅魔館内に運び込まれた時には、先輩方が事情を知らずに幻想郷中からかき集めたニンニクが山と積まれていました。
結果、ケガと雨にうたれたせいで風邪をひいた私、風邪がますます悪化したパチュリーさま、雨とニンニクにやられたレミリアさまと重症患者がはいできあがりです。
意識を取り戻したあと、私は『急性上気道炎』が風邪であると知り、思いっきり落ち込んだりしましたが、あの事件のおかげで、パチュリーさまと…そしてちょっとだけですがレミリアさまとも仲良くなれました。
まぁそのせいで『天然娘』とのありがたくないニックネームを頂いてしまったのですが…
はぁ。
「…小悪魔は急性上気道炎の意味もわからず飛び出して、パチュリーもあの熱で飛び出すし、しかもそのあとはふたり揃ってベッドにばたんきゅー、もうどうしようもないわね」
口ではさんざん言いつつも、レミリアさまの目は優しいです。それに…ちょっとうらやましがっているのは気のせいでしょうか…?
同じ従者でも、レミリアさまの従者は『完全で瀟洒』、私みたいにど派手な失敗はなさらないでしょうし…細かい失敗は色々しているらしいと噂に聞きますが…バカな子ほど可愛いというのもあるのでしょうか?
自分で結論づけていやになりました、この結論はなかったことにいたしましょう。
「あれ…このティーポッド空ね、あ、こっちのにはあるわ」
私たちが真っ赤になって固まっている間、レミリアさまは一杯目の紅茶を飲み干して、二杯目をカップに注ぎ入れます。
ん?ティーポッドは一つしか用意していないはずだったのですが…?
「砂糖…あら、この砂糖壺可愛いわね。今度部屋にも同じのを入れようかしら?」
砂糖壺が二つ…?まさか…
「レミリアさまストップ!」
「レミィ待って!!」
こんな時に咲夜さまがいらっしゃったら…そういえば咲夜さまは一体どこにいらっしゃるのでしょうか?
とまぁそれはともかく、私とパチュリーさまの言葉は、ちょっとだけ遅かったようです。
「っ!?」
レミリアさまの口から吹き出た紅茶が、綺麗な放物線を描いて床に落下していきます。
アッサム・ロイヤル唐辛子ブレンド、お塩たっぷり…
「…あっあなたたちふたりは本当に…もう!!」
けほけほとむせていたレミリアさまは、しばらくして顔を真っ赤にしながらおっしゃいますが、そんなレミリアさまにパチュリーさまは平然と言いました。
「注意力が足りないわねレミィ」
や…確かにそれはそうなのかも知れませんがパチュリーさま、だけどいつもいつも紅茶に唐辛子が入っていたり、砂糖壺の中身がお塩だったりする可能性を考慮するのはどうかと思いますよ?私はやってますけど。
パチュリーさまのこの言葉を聞いて、レミリアさまは怒るのがばからしくなったのか、はたまた自分の常識が通用しないと感じたのか、呆れた顔をして黙ってお茶菓子に手をのばしました。
それからまたしばらくすると、突然かたんと椅子の音がして、レミリアさまとパチュリーさまが立ち上がりました。
「そろそろいいかしらパチェ?」
「多分大丈夫だと思うわ」
「?」
お二人の会話…私は意味がわかりません。一体なにが大丈夫なのでしょうか?
「小悪魔、行くわよ」
「はっはい?」
そんな私の戸惑いをよそに、パチュリーさまが私に手を伸ばしました。
優しげな笑顔のパチュリーさまと、同じく隣で微笑むレミリアさま、一体これから何が始まるのでしょうか?
ちなみに、レミリアさまの背中には『小さな小さないたずら娘、叱ってくれるのまってます♪』、おしりには『むきゅーってなるまで抱きしめて!実は私寂しがりやなんです(はぁと))』と書かれた布がはってあります。
私とパチュリーさまがお互いに向けて放った攻撃…全部レミリアさまに命中しちゃっているみたいです。
…でも何か微妙に合っている気がしないでもないので黙っていることにしましょう。パチュリーさまもそのつもりみたいですし。
「さぁ行くわよレミィ、小悪魔」
しれっとした表情でそう言うと、パチュリーさまは歩き始めます。それに背中に二枚の布をつけたレミリアさまと、そして私が続きます。
私は笑いをこらえるのに必死ですが、背中に目などついていないレミリアさまには気付かれません。
それはともかくとして…
延々と続く人気のない長い廊下、廊下が長いのはいつものことですが…っていうか日によって廊下の長さが違ったりしたらいやですね、あながちありえないともいいきれないのが怖いですけど…でも、いつもはその廊下も誰かメイドさんがお掃除をしていたり、行き来していたりするのですが今日はどなたともお会いしません。何故でしょうか?
私のちょっとした違和感をよそに、パチュリーさまとレミリアさまはてくてく歩き続けます。このまま進むと…大広間?
案の定、大広間に続く扉の前でお二人は止まりました。
「小悪魔、この扉を開けて」
パチュリーさまが優しげに言います。本当ならとても怪しい所ではあるのですが、今、パチュリーさまが何か企んでいるというのはあまり考えられません。
それに…経験上パチュリーさまが『優しげに微笑む』時っていうのは、悪だくみはしていません。
私は不思議に思いながらも答えます。
「は…はい」
私は、一歩、二歩と扉に近付き、ドアノブを回しました。
ぐいっ、私の力が扉に伝わり、扉はゆっくりと動き出します。
そして私の目にとびこんできたのは…
「「「「「小悪魔おめでとー!!!!!」」」」」
大仰に飾り付けられた大広間と、その正面に掲げられた『祝10周年』の垂れ幕、そしてずらっとならんだ咲夜さま達メイドさんでした。
今まで色々お世話になった先輩方もちらほら見えます。
その皆さんが一斉に私に祝福を送って下さいます、華やかな大広間に華やかな声が響き渡ります。でも…でも…一体これはどういう…?
予想外の事態に混乱する私に、いつの間にか隣に歩み出てきていたレミリアさまが、ポンと私の肩を叩いて言いました。
「あなたが紅魔館に来て今日で10年目、パチェに感謝しなさいね。こうやって皆で祝うように計画をたてていたのはパチェなのよ、いっつもいっつもあなたが頑張っているのだから、せめて今日位皆で祝ってあげたいって言ってね」
もしかして…もしかして今日わざわざ私をテラスに連れだしたのは…この準備に気付かせないためだったんですね!テラスもヴワル魔法図書館も大広間から遠いですし、私がお茶会に入れば他をうろつく可能性もないですし…何より滅多にない外でのお茶会、長引くのが自然です。
ああ、今日は二勝ニ敗で引き分けだと思っていたのに、最初っから騙されていたみたいです…
「し…知らないわ、レミィが一番乗り気だったじゃないの」
さて、そんな事を言うレミリアさまに、パチュリーさまは顔をぷいと横に向けて言いました。
そう、パチュリーさまが嘘をつくとき、そして照れているときの癖です…
本当に嬉しいです…ありがとうございますパチュリーさま…
「ばぢゅりーざまぁ~ありがとうございます…」
私は本当に幸せ者です…私は、ちゃんと笑顔でパチュリーさまにお礼を言おうとしたのですが、うまく言葉が出ませんでした…きっと今の私の顔はぐしゃぐしゃになっていることでしょう…
「ちょっと、本当に違うわ。勘違いしな…あ、もう小悪魔鼻水」
それでもぶるぶると首をふるパチュリーさまです。
「ばぢゅりーざまぁ~」
私は思わずパチュリーさまに抱きつきました。
「あ…仕方ないわね」
パチュリーさまは私の顔を拭って、そしてゆっくりと頭を撫でてくださいます。幸せです…
「よかったわねふたりとも、そして今は『幸せ』かしら?」
そんな私たちを見てレミリアさまが優しげに尋ねます、多分もう答えはわかっているのでしょう。
私たちは一瞬顔を見合わせてから言います。
「はい!」
「ええ」
次の瞬間大広間にわきおこる万雷の拍手、何か結婚式かなんかみたいなノリな気がしますよ?とっても恥ずかしいです…
あ、美鈴さまなんて感動のあまり泣いています、感動症なんでしょうか?
拍手が鳴りやむ頃、咲夜さまが一歩進み出て仰いました。
「皆様、そろそろパーティーにうつりましょう。お嬢様、今日は私たちが腕によりをかけて作った料理です、最高の出来ですわ」
「ええ、そうしましょうか。パチェ、小悪魔、行きましょう」
「はい!」
「わかったわ」
私たちは並んで歩き出します、ゆっくりと…ゆっくりと…
パチュリーさまと、そしていろんな人のおかげで…私は今とても幸せです。
『おしまい』
~過去、紅魔館~
「えっと…ご主人さま、明日のお茶会では私がケーキを作ろうと思うのですがよろしいでしょうか?」
「ええ、かまわないわ。頑張ってね」
突然の私の申し出に、ご主人さまはちょっとだけ驚きの表情を浮かべながらも…表情の変化がわかるようになったのは大きな進歩です…あっさりとオッケーを出してくださいました。
最後に続く『頑張ってね』がとても嬉しいです。
さて、先の第一次研究室爆破事件以来、私とご主人さまはちょっとづつですがお話をするようになっていました。そして、その時に話題になったのがお茶菓子です。
今まで、ヴワル魔法図書館でのお茶菓子は、全て紅魔館厨房で作られたものを使っていました。それらのお茶菓子はとても美味しいのですが、パチュリーさまはず~とそのお茶菓子を食べているわけで…
「たまには別な味のものも食べたいわね」
と仰っていたのです。
その時に私は思いました。これは今までのとんでもない失敗の数々…『第一次』研究室爆破事件とかいうのが何かを物語っています…を責めることなく、今に至るまで使ってくださるご主人さまへの恩を返す絶好の機会であると。
幸いにして、最近、たまに図書館内で私とご主人さまでお茶会を開くことがあります。
普段はご主人さまは本を読みながらお茶とお茶菓子を召し上がるだけですが、お茶会の時には私とご主人さまで、ちょっとだけですがお話をしたりしながら時を過ごすのです。
その時に私の手作りケーキを食べていただければ…
さて、そう考えた私は、ご主人さまがお休みになった後、毎晩毎晩台所でケーキを作る練習をして、どうにかこうにか人前に出せる位になるまで頑張りました。ご主人さまは一日12時間は寝ているので練習時間は十分確保できます、熱中しすぎた翌日とかは、さすがに少々寝不足気味になったりはしますが…
ちなみに、ケーキの種類はスタンダードなショートケーキです。
そして、その成果を今こそ発揮し、ご主人さまに喜んでいただこうというわけです。
「よ~し!」
ご主人さまの許可を得た私は、早速材料探しに向かいます。
一応、パチュリーさまの為にケーキを作ると言えば、倉庫係の方からその時点での最上級…とされるものが提供されるのですが、どこでも管理者の方は表に出さない『最上級の上』を確保なさっていたます。
そして、美味しいケーキを作るためには、滅多なことでは出してくれないその『最上級の上』の材料を確保しなければならないのです。
そこで…
倉庫その一(普通に優しい担当者さん)
「どうかお願いします!ちょっとだけ!ケーキ一つ分だけでいいんです!!どうか恵んでくださ~い!!」
「あ~わかったから拝まないで!そんなにまでして頼まれると…仕方ないわね」
「あっありがとうございます!!」
倉庫その二(泣き落としに弱い担当者さん)
「お願いです…私がご主人さまにご恩を返す絶好の機会なんです。どうか…どうか…」
「わかった、わかったから泣かないで!こんな所で泣かれたら誤解されるじゃない…」
「う…ぐす、これでご主人さまに顔向けできます…」
倉庫その三(友達に弱い担当者さん)
「ねっ、あんたとあたいは同僚だよね。そのよしみでちょっと分けてよ」
「まったく、しょうがないわね~」
「サンキュー」
倉庫その四(甘えっ子に弱い担当者さん)
「先~輩っ♪お願いします、ちょっとだけでいいので分けてくださいな♪」
「もう、かわいいなぁ~いいよ、あげる。ところであなた私の妹になる気はない?」
「あう!?」
事前に各倉庫の管理担当者さんの弱点を調べ上げた私は、ケーキの練習と同じくらいの時間練習した完璧な演技でそれらの材料を確保しました。名付けて『小悪魔七変化』です。
人妖だれしも弱点はあるものです、そこをつけば案外頼み事はうまくいきます。…ちょっと良心は痛みますが。
…まぁ今回は調子に乗って少しやりすぎた感はありましたが、今はそんなことよりも明日のケーキ作りの下準備です。
明日の午後のお茶会のため、今日できることは完全にしておいて、明日、ご主人さまに美味しいケーキを食べていただくのです!
私は一人で『えいえいおー!』と気合いを入れていました。
翌日
「お砂糖よし、生クリームよし、いちごよし、卵よし…」
テーブルの上にずら~っと並ぶケーキの材料達、午後のお茶会に向けてケーキ作り作戦は着々と進行中です。昨日のうちに下準備は全て完了し、今念のため確認しても材料の集め忘れ等は一切ありません。
砂糖と塩を取り違えるというベタな失敗を『また』やらかさないように、念のため調味料を味見までしました。
「ご主人さま!楽しみにしていて下さいね!!」
全ての確認を終えた私は、図書館でいつも通り本を読んでいるであろうパチェリーさまのほうに言いました、聞こえてはいないでしょうけど…やっぱりこうすることでやる気が湧くのです。
そして、私は早速スポンジケーキを作るべく作業を開始しました。
少女奮闘中…
「~♪」
ボールの中では、いい具合にスポンジケーキの『元』が出来上がりつつあります。ボールの中でくるくるとかき混ぜるのは、ケーキを作るときに一番楽しい作業だったりします。
思わず鼻歌を歌いたくなる位です。
まぁ床にはいくつか黄色い花が咲いていたりするわけなのですが、これは必要な犠牲です。卵はちょっと多めに準備できましたし、『血を流さずに勝とうとする者は敗れる』って何かの本に書いてあった気がします。
やっぱり何か行動する時には犠牲というものは覚悟しておかないと…あっ!?またちょっとこぼれちゃいました。
再び少女奮闘中…
チーン
小気味よいベルの音がして、スポンジケーキの完成が告げられます。
「スポンジケーキは出来上がりっと」
オーブンから取り出されたスポンジケーキはなかなかいい匂いを発していていました。最初の頃は、スポンジケーキが岩のように固かったり砂のようにさらさらしていたり(!?)していたのですが、今日のは弾力があって丁度いい状態です。
今のところオーブンを爆発させたりする大事故は発生していないですし、卵が2~3個床に模様を作ったり、近くに白い破片が散らばっていたり、ついでにテーブルの一部が黄色っぽい色で塗装されているだけなので作業は非常に順調といえます。
最初の練習は、色々な道具があるだろうと、こちら(ヴワル魔法図書館付属台所)ではなく、紅魔館のほぼ全員の食事をまかなう大厨房を『勝手に』お借りして作ったのですが、小麦粉で粉塵爆発を発生させて何もかも吹き飛ばしてしまったのです。
それに比べれば相当な進歩だと思います。
あの時は、私が粉まみれになって外に出た瞬間に大爆発が起きたので、脱出に成功したのはまさに間一髪の差でした。ついでに言うと、警備隊が駆けつけてくる前にヴワル魔法図書館に退避できたのは間十分の一髪くらいでしょうか?
…そういえばまだ復旧していないそうですね、大厨房。
まぁそれは今は何ら関係のない些末なことです。
今は目前のケーキ作りに全力を尽くしましょう、過去を振り返ってばかりいても前には進めないのですから…今更どうしようもないですし、怒られるのは嫌ですし…
「そ~っとそ~っと、慎重に…」
さて、私は口に出して自分に注意を促しながら、ゆっくりと慎重にスポンジケーキに切れ目を入れます。これには練習中何度も失敗していて、指が切り傷だらけになってしまったのです。
はっきり言っちゃうと、別に傷が二つ三つ増えても構わないのですが、線が曲がったり血がスポンジケーキについちゃったりすると困るので、慎重の上にも慎重を重ねて作業を進めます。今回のケーキはこんな私をずっと使ってくれているご主人さまへの贈り物、失敗するわけにはいかないのです。
最上の材料を集めた今回、逆に大失敗した場合には立て直しができません。少々の失敗には対応できるように準備してはいますが、このスポンジケーキを台無しにしてしまったらさすがに材料が足りません。
少女慎重に奮闘中…
「でき…たっ!」
最後の切れ目を入れ終わり、見事にスポンジケーキには綺麗な切れ目が三筋入りました。ちょっとだけ歪んでいたりはしますが、私の作ったものとしては相当いい出来です。
「やった♪やった♪」
私は小躍りして喜びます、一番の難関、ここまでくれば後は…
「っ!?」
と思っていたときに羽根に激痛が走りました。
「い…たたたた」
包丁を持って迂闊に小躍りした結果、パタパタやっていた羽根と、ぶんぶん振り回していた手…に持っていた包丁がぶつかってしまったみたいです。我ながら間抜けな話です…私はやむなくケーキ作りを一時中断して傷の応急処置をすることにしました。
「失敗失敗、でも羽根なら問題なしです!」
さて、応急処置を完了した私は直ちにケーキ作りを再開します。傷ついたのは羽根なので調理には全く影響ないですし、血が材料にかかった様子もありません。不幸中の幸いというものでしょう。
その後、苺を輪切りにするときに危うく自分の指を輪切りにしそうになったり、生クリームを塗るときに手元が狂って壁を塗ってしまったりと、少々の失敗はありましたが作業は順調に進みます。
白い円盤を完成させた私は、続いてデコレーションを開始します。そう、ケーキは味もそうですが見た目も重要な要素です。
今のままのケーキでも味は結構いけるとは思いますが、とても『お茶会』には出せません、お茶菓子には『華』が必要なのです。
夜な夜な粘土で最良のデコレーションを研究していた成果を今こそ発揮しなければ…
…
…
「できたっ!」
しばらくの緊張の作業の後、私は叫びました。
ついに私の苦心作が完成です。見た目は完璧、味も今までで最高…だと思います、多分。
「~♪」
完成したショートケーキを前にして、私は浮かれ気分です。今までドジばかりしてきた私ですが、どうにかこうにか今回は上手く任務を成し遂げる事ができたみたいです。
そうだ…これに食紅で『ご主人さまいつもありがとうございます』とか書いたら、ご主人さまはもっと喜んでくれるかもしれません。
いいことを思いついたとばかりに、私は棚にあった食紅でケーキにメッセージを書き入れます。食紅は準備していなかったのですが、幸いにしてそれくらいなら棚にありました。
「…ございます、っと」
仕上げを完了した私は、ケーキをお盆に載せてお茶会の会場…といってもいつもの図書館の一区画ですが…に向かいました。
「へぇ、うまくできたじゃない。…この言葉はちょっと恥ずかしいけど、私の方こそありがとうね、小悪魔」
「はっはい!こちらこそありがとうございますご主人さま」
テーブルを挟み、向かい合って座る私とご主人さま、その真ん中には威風堂々たるショートケーキが鎮座しています。
そう、足下に厳重な警戒を払いつつおこなったケーキ輸送作戦は無事に成功しました。私の努力とあちこちにある傷跡の成果を、最後の最後でおしゃかにするわけにはいかないのです。
そして、それらの苦労は…見事に報われました。
今、私の目の前にはご主人さまの笑顔があります。ご主人さまは、椅子から立って私の後ろに来ると、優しく頭をなでてくれました。
「あっ…」
私のような者でも、今回やっとご主人さまのお役に立つことができたみたいです…
「じゃあ早速食べてもいいかしら?」
再び椅子に座ったご主人さまが言います、そんなご主人さまに私は…
「はい、もちろんです♪」
と応じました。
ご主人さまの持つスプーンが、切り分けたケーキに伸びます。スプーンの持ち方が変だとか、気になる点が少々ありますが、それよりなにより気になること…果たしてケーキは気に入っていただけたのでしょうか?
じー
失礼だとは思いつつも、私はご主人さまの顔を見てしまいます。
じー
ケーキのひとかけらをのせたスプーンは、だんだんとご主人さまの口へと近づいていって…
ぱく
緊張の一瞬です。果たしてパチュリーさまはどんな表情をなさるのでしょうか?
パチュリーさまは、一瞬驚いたような表情をして…
「びっくりする位美味しいわ、ありがとう小悪魔」
と、言って下さいました。
嬉しいです、本当に嬉しいです。私みたいな出来損ないでもちゃんとご主人さまのお役に立つことができたみたいです。
「あ…喜んで…いただけて本当に…嬉しいです、ご主人さま」
ちょっと泣けてきました。紅魔館に来て以来失敗の連続であちこちたらい回しにされて、ヴワル魔法図書館ではさらにその数を増加させた私が、やっと一人前な仕事ができました。
「泣かなくてもいいじゃない…小悪魔。それとね、もうそのご主人さまっていうのはなしにしてくれない?」
感動に浸る私に告げられる驚きの一言…
「え?まさか…クビですか!?」
私の思考が停止しました…まさか泣いただけで解雇なのですか!?あわわ、せっかくお役にたてたと思ったのにあんまりです…
焦る私を見て、同じくらい焦ったらしいご主人さまは言いました。
「ちょ…誤解よ、そうじゃなくて私の事は『パチュリー』と呼んで欲しいの。『ご主人さま』って呼ばれるとなんかむずがゆいのよ」
びっくりしました、てっきり泣き虫なんていらないとクビにされるのかと…今までの経験があったので、ちょっとマイナス思考になってしまっていたようです。
「パチュリー…さま?」
さすがに呼び捨てというのはちょっと…と思った私はそう言いました。
「ん…まぁ今はそれでいいわ。これからもよろしくね小悪魔」
「はい!パチュリーさま!!」
『パチュリーさま』と呼ぶと、何か親しくなったみたいで嬉しいです。今日はケーキ作りを頑張って本当によかったと思います。
それに、パチュリーさまの見せる優しげな笑顔…まぁ普通の人が見ればあまり変わらないと思うのかも知れませんが、私には最近パチュリーさまの笑顔がわかるようになってきました。
これも…私とパチュリーさまが、以前より近い存在になれたからなのでしょうか?
「ところで小悪魔」
「はい?」
「このケーキ…あんまりおいしいから私一人で全部食べちゃってもいいかしら?」
「え…あ、はいどうぞどうぞ!どんどん食べちゃってください!!」
びっくりです、あの小食のご主…じゃなくてパチュリーさまが『全部食べたい』だなんて…余程美味しかったのでしょう。自分で味見できないのは残念ですが、パチュリーさまが喜んでくださることに比べれば、あとは全てくだらぬことです。
目の前でぱくぱくとケーキを食べるパチュリーさま、もの凄い勢いで食べています。それを見ていた私は、自分が食べているよりもはるかに幸せな気持ちを味わっていました。
あれ?
「パチュリーさま…泣いてらっしゃるのですか?」
パチュリーさまの目元がちょっと赤いです。でも何で…
「…泣くほど美味しかったのよ」
「っ!?」
そんな…そんな事を正面から言われると…私は…ああもうっ、今の私の顔は真っ赤になっていると思います。
「おおお…紅茶淹れてきますっ!」
紅茶はまだ一杯あるのですが…私は恥ずかしさのあまり、大慌てでこの場から立ち去りました。
「はぁ…やったー!!」
台所に戻った私は小躍りしていました。紅魔館に拾われて以来の失敗の数々が思い出されますが、それも今回の成功の為にあったのではないかと、自分勝手にも想像してしまいました。
「~♪」
私は鼻歌を歌いながらお湯を沸かします。今日は最高にいい日です、やっぱり、最後の食紅文字が最後の一押しになったのかもしれ…
「え?」
私の側では沸騰を告げる『ピー!!』という音が鳴り響いています。だけど今の私にそんなことを気にしている余裕はありません…
ふと私が『食紅』を見た時、その赤い液体が入っている瓶の側面に書いてある文字が見えました。
『激辛唐辛子エキス』
私の隣では、まだやかんがうるさい音を立てているようですが、私には不思議と気になりません。
私はその瓶に手を伸ばし…中身をちょっとだけ舐めました。
「~っ!?」
口の中で爆弾が爆発したような辛味、目からは涙が出てきます。これは断じて食紅なんかではありません。
「けほっこほっ…そんな…」
私は、呆然として床に膝をつきました。
こんなもので文字を書いたケーキが美味しいはずはありません、なのに、パチュリーさまは…それでも『美味しい』って言って下さいました。
一口食べて驚いた表情をされたのは当然です。ケーキを全部食べてしまったのは、私がこの失敗に気付かないようにしてくださったからでしょう。…こんなとんでもないケーキを全部食べて…
気難しそうで私のことをちゃんと見てくれないなんてとんでもなかったんです、ご主人さまは…とてもとてもお優しい方だったんです。
私は、ゆっくり瓶の蓋を開けると…一気に飲み干しました。
私の口内で断続的な爆発が起きます。目からは涙がとめどなく出てきます。でも…私の失敗を考えたらこれくらいなんでもないです。
「はぁ、はぁ…」
しばらくして落ち着くと、私はやかんを下ろして紅茶を淹れ、顔を洗いました。
目元の赤みが気になりますが…仕方ないです。
パチュリーさまは私に気付かれないように気を遣って下さいました、私はその好意に応えなければならないんです。
「遅かったじゃない」
「申し訳ありませんパチュリーさま、ちょっと茶葉を切らしていたので倉庫まで取りに行っていたんです」
唇をとがらすパチュリーさまに私は言います。パチュリーさまは、そんな私の方をちょっと見て…
「…それなら仕方ないわね、お茶会を再開しましょう」
とだけ言いました。
「はい、こないだお借りした本はとっても面白かったです。ちょっと怖かったんですが…」
「…あれが好みならこっちのもいいかもしれないわね」
ゆったりとした雰囲気でお茶会は進みます、こんな和める…安心できる瞬間はどれくらいぶりでしょうか…
生まれた時からひとりぼっちで…さまよっている所を紅魔館に拾われて…
でも、その結果がこの瞬間なら、私は十分幸せな気がします。
「…そろそろおひらきにしましょうか」
「はい」
ゆったりとしたとても幸せな時間が流れ、終わりました。
その晩
私はベッドの中で一日を思い出していました。今日は…今日は改めて自分の間抜けさ加減に呆れた果てた一日でした。
私は本当に間抜けで本当にどうしようもないです。
…でも、私はこれからこの『ヴワル魔法図書館』で頑張っていくことができそうです。
「おやすみなさい、パチュリーさま」
私はそう独語するとランプを消しました。
そして、とても暖かい気持ちで、安心して夢の世界へと意識をとばせました…
~現在、紅魔館~
「う~ん」
「どうしたの小悪魔?」
昔のことを思い出してうなる私にパチュリーさまが言いました。そう、思い出してみると、パチュリーさまがさっき「本当、あなたが来たときにはびくびくおどおどしてばっかりで、私もどうコミュニケーションをとろうか悩んでいたのよ」とか言っていたのを認めざるを得ないような気もしてきました。
むむ…なんかくやしいです。
「何でもないです」
私はぷいっと視線をそらします。
「昔は素直でかわいい子だったのに、いつのまにかこんなになってしまって…教育が悪かったのかしら?」
わざとらしくおばさん口調にならないで下さい、まぁ教育が悪かったというのは当然ですが、私はいまでもかわいくて素直です。
「パチュリーさまこそ昔はとっても優しかったのに、今じゃ…あ~あ」
「あ~あ、の後は大体見当がつくわ、失礼ね」
私とパチュリーさまが不毛な会話をしている最中、テーブルの上に日傘がさしかけられました。
「…仲がいいわねあなたたち」
「レミィ?」
「レミリアさま」
いらっしゃったのはレミリアさまです。そういえば後でいらっしゃるとかなんとか仰ってましたね。
それにしても…みっともない所を見られてしまいました。レミリアさま、ひとまずにやにやと笑うのはやめて下さい。
「レミィ、あなたがにやけると気持ち悪いわ」
「…あのね」
そしてパチュリーさま、よくそんなことはっきり言っちゃえますね、レミリアさまさすがに固まってますよ?
「はぁ、私に向かってそんなこと言えるのはあなたくらいなものよ」
しばらくして椅子に座ったレミリアさまは苦笑気味です。一方パチュリーさまの方はというと…
「あらレミィ、あなたは『そんなこと』を言われないで毎日を過ごしているほうがいいのかしら?」
とか言っています。確かにいつもいつも恐れられているよりは、あんな感じに言ってくれる人がいればいいかもしれません。
でもパチュリーさま、あんなこと普通の友達同士でも言わないと思いますよ?っていうか普通なら友情が破綻しています。
パチュリーさまに友達ができなかったのは、強大な魔力だけが要因ではない…というか、もっと大きな要因がある気がします。
こうして考えると、そんなパチュリーさまと友達になれるレミリアさまも、案外お人好しなのかもしれませんね。
それに、誰か違う人と一緒に居るか、もしくは誰か(不特定)を探してお屋敷をうろうろしている事が多いあたり、もしかすると寂しがりやの気もあるのかもしれません。
とか考えていたら…
「小悪魔、あなた失礼なこと考えてるわね?」
「そうね、私もその小馬鹿にするような笑顔が気に入らないわ」
「はっ!?」
さっきまでの口喧嘩(?)はどこにいったのか、お二人は連合してこっちを見てらっしゃいます。
どうやら私は考えている事が顔に出やすいみたいです…
何か不穏な空気が漂っています。その空気を感じた頭の中で警報が鳴ります、続いて小悪魔式非常用アドバイス装置が作動しました…ここは危険だ、即時移動。
適切なアドバイス、私はそれに従いました。
「え~っと…レミリアさまの分の紅茶を淹れてきますねっ」
私はそう言うと、お二人から何か言われる前に立ち上がります。危ない所からはとっとと逃げるに限ります。
「逃げたわね」
「ホント、あなた達はいつも楽しそうね」
後ろのほうからは、呆れたようなお二人の声が聞こえていました。
「はい、レミリアさま。ミルクたっぷりのアッサム・ロイヤルですよ」
さて、私が紅茶を持って戻ってくると、先の事などすっかり気にしていないレミリアさまは一口飲んで仰いました。
「相変わらず淹れ方うまいわね」
「ありがとうございます」
やっぱり誰かから誉められるのは嬉しいものです。なのでパチュリーさま
「昔に比べれば格段に進歩したものね」
とか言って水を差さないで下さい。
私は速やかに反撃に移ります、昔みたいに言われっぱなしじゃないんですよ?
昔はあんまりこういうことは言われなかった気はしないでもありませんが…
「昔に比べて進歩のないパチュリーさまよりはいいじゃないですか」
「失礼ね…私は進歩しているわ。本を読む速度が昔に比べて7.15%位速くなったのよ」
「色々つっこみたい所はあるんですけど、ひとまずソレどうやって測ったんですか?」
「くすっ」
「「あっ」」
しまった、またレミリアさまに笑われています。これじゃあ私たち漫才コンビかなんかみたいじゃないですか…
「本当に仲がいいわね、羨ましい位に。まぁあんな事件を起こす位だしね」
「しつこいわねレミィ」
「そうです」
にやにや笑いのレミリアさまに私たちは抗議します。
そう、私がパチュリーさまの事を『パチュリーさま』と呼ぶようになって、すぐ後に起きた事件。
数百年の齢を重ねたレミリアさまには大した年数じゃないかもしれないですけど、一般的な感覚からすると相当前の話ですよ?
私は、あの事件を思い出してちょっと赤くなってしまいました。
パチュリーさまはふくれています。
~過去、紅魔館~
あの激辛ケーキ事件から数日、私とパチュリーさまはよくおしゃべりするようになっていました。
時には館の中を案内していただく事だってありました、これは大きな進歩です。
パチュリーさまの側にいると、なぜか分かりませんがとても落ち着くんです…
私は、あの事件以降、よくパチュリーさまのお側にいます。おしゃべりしていなくても何か安心できる…パチュリーさまのお側は、私にとってそんな空間になりつつあったのです。
そして、今日は二人でのんびりと面白げな本を探していたのですが…
「むきゅー」
「パチュリーさま!?」
私の目の前で、てくてく歩いていたパチュリーさまが謎な声を上げながら倒れました。
「ちょ…パチュリーさまっ!!!」
私は大慌てでパチュリーさまに駆け寄ります、まぁこんなふうに倒れるのは何度も見ていたのですが、やっぱり慣れるのは無理ですね。
「大丈…」
パチュリーさまを助けおこそうとした私は、そう言いかけて固まりました。いつもの喘息の発作とか貧血とかではありません。私が手を触れた所がもの凄く熱いです…なのに顔色は真っ青です。
「パチュリーさま!」
「う…小悪魔…?」
「パチュリーさま!パチュリーさま!!」
パチュリーさまはその後医務室へと運ばれました、私がわんわん泣き叫んでいるのを聞きつけたメイドさん方が運んで下さったのです。
私は、またお役に立つことができませんでした…
「う…ん…んん」
白一色で統一された医務室で、いつもよりさらに白い表情をされたパチュリーさまの苦しそうな寝息が聞こえます。パチュリーさまが横になったベッドの隣で、私はぼんやりと座っていました。
私は…駄目です。
「小悪魔さん」
「はっはい!」
自己嫌悪の井戸に落ち込んでいた私は、突然声をかけられ、びっくりして思わず立ち上がりました。
声の主を見ると、パチュリーさまを診て下さった方です。
「パチュリー様の病気だけど、急性上気道炎ね、相当酷くやられたみたい。元々抵抗力が弱いところに最近館の中を歩き回ったりしていたのがきいたのかしら、最近よく見かけるようになったし…今館ではこの病気流行っているから」
たたずむ私に、その方はそう言いました。
私は巨大なハンマーに叩かれたような気持ちになりました…私がパチュリーさまを引っ張り回したせいで…
でも今はそんなことを気にしている場合じゃありません。私はすぐさま問い返します。
「治せるんですか!?」
そう、『きゅうせいじょうきどうえん』なんて聞いたことのない病気…あんなに熱が上がるなんて尋常じゃないです。『急性』の一言がさらに不安を膨らませます。
もしかしたら…
むくむくと不吉な想像が膨らみつつあった私に、とどめの一撃が命中しました。
「『治す』のは無理ね、この病気に治療法はないのよ。この病気は『万病の元』っていわれている病気でね、今もって確実な治療法は確立されてないわ」
私は再び巨大な衝撃を受けました…さっきのがハンマーなら、今度は隕石の直撃を受けたような感じです。
私のせいで…パチュリーさまが…?私のせいで…?
茫然自失として沈黙した私は、絞り出すように聞きます。
「でっでも何か無いんですかっ?」
「そう言われても…」
「そんな…」
私の言葉に、無いものはないとでも言いたげな彼女でしたが…ふと気付いたように口を開きました。
「ああ、でも…ニンニクが効くとか言うことはどこかで聞いたことがあ…」
「本当ですか!?」
漆黒の闇の中に射し込む一筋の光明…私はそれにしがみつきました。『ニンニク』案外手近にある食べ物じゃないですか!そんなので治るんなら『不治の』病なんかじゃないです。すぐにでも探してきます!
「え…ええ、案外確かなようだけ…」
「ありがとうございます!」
戸惑っている彼女に、私は一声お礼を言うと、スカートを翻して部屋外へと飛び出しました。
「え…ちょっ!?」
後ろで私を止めようとする彼女の声が聞こえましたが、今はそんなことなど気にしてはいられません。
扉の方から聞こえる、パチュリーさまの苦しそうな声、これ以上パチュリーさまに苦しい思いをさせたくはないんです!
万難を排して『ニンニク』を探さないといけないんです!
風のように小悪魔が去った部屋で、パチュリーを看病する女性は呟いた。
「…あんなに焦ってどうしたのかしら?たかが急性上気道炎…風邪くらいで。安静にしておけばそのうち『治る』のに…」
「すいませんっ!」
私は、復旧なった大厨房に駆け込みました。大厨房で作業していた先輩方は、扉を吹き飛ばすかのごとき速度で突入してきて、さらに大慌てになっている私を見て何事かという表情を向けてきます。
「えっ、どうしたのそんなに慌てて…」
以前お世話になったことのある先輩が言います。私はそれに答えようとしたのですが…
「あっとえっとつまりパチュリーさまがニンニクに必要なのでパチュリーさまが欲しいんです!!」
焦るばかりで、口から出てきたのは頭で考えていた文章とは全く異なるものでした。
「…は?」
意味不明な言葉の羅列を聞いた先輩は目が点になっています。
あわわ、回転数の速すぎる私の脳はこのような異常事態になると、すぐに混乱状態に陥ってしまうのです。頭がよすぎるのも考えものですね…じゃなくて!
「ですからニンニクさまが必要なのがパチュリーでパチュリーがニンニクさまなので…???」
あわわ自分で言っていてついにわけが分からなくなりました、どうしましょう?そもそもニンニクさまって何ですか!?私のご主人さまはパチュリーさまただ一人です!
私は、頭の中にふよふよと思い浮かんだ『冠をつけたニンニク』を慌てて打ち消し、すーすーっと深呼吸をした後言いました。
「パチュリーさまが不治の病にかかってしまったんです!助けるためにはニンニクが必要なんです!!」
「なんですって!?」
私の言葉に反応した先輩は、しかしすぐに難しい顔をします。
「どこにあるんでしょうかニンニクは…お願いです、早く教えて下さい!」
紅魔館の住人の数は膨大です。そのほぼ全てをまかなう大厨房ならば別に珍しくもないニンニクなんて十分すぎるほど…
「ないのよ」
「は?」
えっと、私の耳がおかしくなったようです。なにか『ない』とかいう単語が聞こえたような気が…
首を傾げ、焦る私に先輩は続けます。
「ここの主はレミリア様、吸血鬼よ」
「あ…」
先輩の言葉に私はかたまりました。そうです、レミリアさまは吸血鬼、吸血鬼が苦手な物といえば、十字架や太陽、そして…
「ニンニク…」
私は呟きます。
「そう、レミリアさまの嫌いなものは紅魔館には置けない。ましてやあんな臭いの強いものなんて絶対に置いておくわけにはいかないわ」
ため息をつきながら先輩は言いました。場を、沈黙が支配します…
でも…諦めるわけにはいかないんです!
「私、探してきますっ!!」
「え、ちょ…あなたなんかが外に出たら危な…」
後ろで先輩が止めるのも聞かず、私はくるりと方向転換して駆け出します!
「みんな!あの子を止めてっ!!他はニンニクを探すわよ!!」
後から慌てる先輩の声が聞こえてきますが…でも、私はパチュリーさまのお役に立ちたいんです!
「あっちょっと!?」
「危ないったらっ!!」
私は慌てる先輩方を尻目に、厨房内を低空飛行して、一気に開け放たれた扉から廊下に出ます。
先輩方が持っていなくて、私が持っている数少ない特技『飛行』、私はその能力を最大限生かして、テラスから空へと舞い上がりました…
少女飛行中…
「ニンニク…何処?」
紅魔館から飛び出してはみたものの、ニンニクなんて何処に生えているのかなんて私は知りません…でもパチュリーさまがあんなに苦しんでいるのに、何もできないなんて嫌です!私は…私は高度をますます上げて幻想郷を見渡します。
眼下に広がる幻想郷の景色…でも上から見たところでニンニクなんて見つかるはずもありません。
何の考えもなしに飛び出してくるなんて、私は…本当に間抜けです。
私は…あてどなく空をさまよい、出会う妖怪(もちろん襲ってきそうなのを見かけたらいちもくさんに逃げ出しますが)に『ニンニク』について尋ねますが、確かな返事は得られません。
考えてみれば、紅魔館のように大量に食材を仕入れて調理する所は数少なく、一部の名の知られた妖怪を除けば、他は個々の妖怪が狩猟採集で暮らしているような世界です。下手をすれば調理して食べることすら少なく、生肉まるかじりの妖怪がほとんどなのでしょう。
そんな所では、ニンニクのような主菜になりにくいものをわざわざ食べる機会は少ないでしょうし、名前を知っているかどうかさえ怪しいです。
「はぁ」
私は天を仰いでため息をつきました。
現状について色々考えてみると、自分の間抜けさばかりが感じられます。考えなしに紅魔館から飛び出して、一体何をしようとしていたんでしょうか私は…もっと何か手立てはあったはずなのに…
「パチュリーさま…」
私は呟きます、私が出たときにはまだ明るかった空の色は、私の気持ちが浸透したかのように暗くなって、やがてぽつりぽつりと雨音が聞こえるようになってきました。
「パチュリーさま…」
私はもう一度呟きます。あんなに苦しそうにしていたパチュリーさま…大丈夫でしょうか…
「ううん、頑張ろう!」
私は、不安な想像へと突き進みそうな頭をふって、前を見据えます。
今の私にできること、それをやるだけです。
雨はだんだんと強くなり、私の身体を浸していきます。そして、空からは妖怪の姿がほとんど消え去りました。
やはり、この雨のせいで外を出歩く方が減ってしまったのでしょう…
私は、地上へと降下しました。
「うっ…ん」
地に足をつけたとたん、私はよろめきました。今までの疲労がどっと肩にのしかかってきた感じです。
私は言うなれば『飛行はできる』程度の飛行能力しかないので、あんなに長時間飛んでいると、体力の消耗が著しいんです。
それに、この前包丁で切った所がじわじわと痛みます。
でも、誰かニンニクがどこで手に入るか知っている方を、なんとしてでも探さないと…
私が降りたのは深くて暗い森の中、本来なら危険なので避けて通るような所ですが、逆にそういう所なら知っている方もいるかもしれません。
それに、いくらなんでも問答無用で襲われることは…あんまりないと思います。それに今は私の危険なんかを考慮している場合じゃありません、今考えるべきはパチュリーさまの回復だけ。
もしパチュリーさまがヴワル魔法図書館に引き取って下さらなかったら、私はもっと早くに命を失っていたでしょう。
そしてパチュリーさまがくれたのは命だけではありません、それは私のことを気遣ってくれる人の存在、私のことを心配してくれる人の存在、私のことを大切に想っていてくれる人の存在、そしてかけがえのない人が側にいる、安心していられる私の居場所…
だから、私はどんな事があってもパチュリーさまを助けなきゃならないんです。
そう、命と引き替えにしたって…
私は決意を固め、森の奥へと進みはじめます。視界はほとんど木に覆われ、辺りから漂う不気味な雰囲気が、どうしても私の感覚を狂わせます。
「ニンニク~ニンニク~」
私は気を紛らわす為に呪文のように探し物の名前を唱えながら前へと進みますが、ニンニクはおろか、そのありかを知っていそうな妖怪には一匹たりとも遭遇できません。
「はぁ、パチュリーさま…」
早く…早く見つけないと…
焦りは注意力を低下させます…
「っ!?」
私は、突然左腕を何かに掴まれ、同時に脇腹に激痛を感じました。背後から荒い息づかいが聞こえてきます…何かに…捕まった!?
「やめっ…放してくださいっ!」
そう言いながら、私は辛うじて自由の効く首を後ろにねじ曲げて…後悔しました。
私を掴んでいたのは大猿の妖怪、言葉を解することはなく、ただ捕食者として生きている種族でしょう。その爪が私の脇腹へと突き刺さっています。
焦りと疲労で散漫としていた私の背後から飛びかかってきたのでしょう…私は変に冷静です。
何かというとすぐパニックを起こす私ですが、案外本当に生命が危険なときには冷静さを保つことができるのかもしれません。
「あっう!?」
大猿は口を開けると、ぐいと私を引き寄せます、食べる気なのでしょう。本当に不思議な位冷静です…でも
「まだ食べられるわけにはいかないんです!」
私は羽根と手足をばたつかせ、脇腹の傷口が広がるのも構わず、必死に脱出を図ります!
「うっんんんん~!!!」
でも、力では圧倒的にかなわず、しかも疲労困憊している私の力では抜け出せません。脇腹の痛みが増すばかりです…
「パチュリーさま…」
ごめんなさいごめんなさいパチュリーさま、せっかくあんなに親切にしていただいたのに…私はニンニクを届けることさえできず、何一つ役に立てないで死んじゃうことになりそうです。
せめて…せめて先輩方の誰かがニンニクを届けてくださるように…
パチュリーさま…
「?」
その時大猿の動きが止まりました、そして周囲に巨大な魔力が漂いはじめます。今まで感じた事のない強力で、かつ怒りに震えた魔力…でもこの感じ…
大猿の手が震えています…怖いのでしょう、でも私は怖くなんかありません。だって…
「パチュリーさま…」
そう、私の目の前に現れたのはパチュリーさま、でもどうして医務室にいるはずのパチュリーさまが…?
そしてパチュリーさまは言いました。
「誰か知らないけど、うちの小悪魔をこれ以上痛めつけるなら…その存在消すわよ」
「!?」
はじめて見る『本気で怒ったパチュリーさま』…いえ、怒ったパチュリーさますら見たことはありません。
でも…周囲に漂う魔力、もの凄い威圧感です。
言葉の意味は分からずとも、この威圧感は十二分に伝わったのでしょう、大猿は…慌てて私から手を放すと、一歩二歩とあとずさり、たちまち全力で森の中へと消え去りました。
「パチュリーさま…?」
私はよろよろとパチュリーさまに近付きます、そしてパチュリーさまの胸に倒れ込みました。
脇腹からの出血が思いの外多かったみたいです、意識が朦朧としています。
「まったく、心配したわ。まさかニンニクを探して飛び出すなんて…ありがとう、でも私があなたを必要とするのは便利だからとかじゃないのよ」
倒れかかる私に、慣れない手つきで応急手当をしてくれながらパチュリーさまは言います。
「…あなたが大切な存在だから、あなたが側にいてくれると毎日がとても楽しいのよ。ひとりぼっちで本を読んでいた時よりもずっと…だからもう二度とこんな危険なことはしないでね。私は、私を助けるためにあなたが死んだら、それに精神が耐えるのはまず無理なのよ」
信じられません、いつものぶっきらぼうなパチュリーさまとは全然違う語調です。でも…間違いなくパチュリーさまです。
「はい…ありがとうございますパチュリーさま」
私はそうパチュリーさまに返しました。
本当に…本当にありがとうございます。
それを聞いたパチュリーさまはにっこり笑うと私の方に倒れかかって来ました。
「え…」
今度は、私の身体にパチュリーさまの体重がかかります。熱い…凄い高熱です!
「あっパチュリーさま!!」
てっきり、パチュリーさまが助けにこれたのは、誰かがニンニクを届けてくれて…それで治ったからだと思っていました。でも全然治ってないじゃないです、高熱をおして…私を捜しに来てくれたのですか、パチュリーさま。
本当に本当にありがとうございます…でも早く紅魔館へ運ばないと…
「パチュリーさ…あう…?」
でもパチュリーさまを支えようとした瞬間に、私は大きくよろめきました。そういえば血が大分抜け…て…
意識が遠のきます…
だめです…まだ…パチュリーさまを紅魔館…
「こんなところにいたのね。こんなに天気が悪いのに、全く、世話が焼けるわねこの主従は」
私の意識が完全に消える直前、私の耳に誰かの呆れたような声が聞こえてきました…
~現在、紅魔館~
「本当、あの時は苦労したわ。後続のメイド達が来るまで、ずっと雨の中傘をさして待っていたんだから」
優雅に紅茶をすすりながらレミリアさまがおっしゃいます。
何か非常に腹立たしい気はしないではありませんが、あの時、私を捜しに来たパチュリーさまを捜しに来たレミリアさまは、数ある弱点の一つである『雨(水)』の中で動けなくなり、レミリアさまを捜しに来た捜索部隊が来るまでずっと、足下からしみてくる水にもかまわず、私たちを守っていてくださったそうです。
レミリアさまがいらっしゃらなければ、今の私とパチュリーさまは存在しません。
「それに帰ってみたら紅魔館内にはニンニク臭が充満しているし、本当にあなた達ふたりには酷い目に遭わされっぱなしよ」
私たちが黙っているのをいいことにレミリアさまは言いたい放題ですが、実際その通りなので何も言えません。
私たち三人が紅魔館内に運び込まれた時には、先輩方が事情を知らずに幻想郷中からかき集めたニンニクが山と積まれていました。
結果、ケガと雨にうたれたせいで風邪をひいた私、風邪がますます悪化したパチュリーさま、雨とニンニクにやられたレミリアさまと重症患者がはいできあがりです。
意識を取り戻したあと、私は『急性上気道炎』が風邪であると知り、思いっきり落ち込んだりしましたが、あの事件のおかげで、パチュリーさまと…そしてちょっとだけですがレミリアさまとも仲良くなれました。
まぁそのせいで『天然娘』とのありがたくないニックネームを頂いてしまったのですが…
はぁ。
「…小悪魔は急性上気道炎の意味もわからず飛び出して、パチュリーもあの熱で飛び出すし、しかもそのあとはふたり揃ってベッドにばたんきゅー、もうどうしようもないわね」
口ではさんざん言いつつも、レミリアさまの目は優しいです。それに…ちょっとうらやましがっているのは気のせいでしょうか…?
同じ従者でも、レミリアさまの従者は『完全で瀟洒』、私みたいにど派手な失敗はなさらないでしょうし…細かい失敗は色々しているらしいと噂に聞きますが…バカな子ほど可愛いというのもあるのでしょうか?
自分で結論づけていやになりました、この結論はなかったことにいたしましょう。
「あれ…このティーポッド空ね、あ、こっちのにはあるわ」
私たちが真っ赤になって固まっている間、レミリアさまは一杯目の紅茶を飲み干して、二杯目をカップに注ぎ入れます。
ん?ティーポッドは一つしか用意していないはずだったのですが…?
「砂糖…あら、この砂糖壺可愛いわね。今度部屋にも同じのを入れようかしら?」
砂糖壺が二つ…?まさか…
「レミリアさまストップ!」
「レミィ待って!!」
こんな時に咲夜さまがいらっしゃったら…そういえば咲夜さまは一体どこにいらっしゃるのでしょうか?
とまぁそれはともかく、私とパチュリーさまの言葉は、ちょっとだけ遅かったようです。
「っ!?」
レミリアさまの口から吹き出た紅茶が、綺麗な放物線を描いて床に落下していきます。
アッサム・ロイヤル唐辛子ブレンド、お塩たっぷり…
「…あっあなたたちふたりは本当に…もう!!」
けほけほとむせていたレミリアさまは、しばらくして顔を真っ赤にしながらおっしゃいますが、そんなレミリアさまにパチュリーさまは平然と言いました。
「注意力が足りないわねレミィ」
や…確かにそれはそうなのかも知れませんがパチュリーさま、だけどいつもいつも紅茶に唐辛子が入っていたり、砂糖壺の中身がお塩だったりする可能性を考慮するのはどうかと思いますよ?私はやってますけど。
パチュリーさまのこの言葉を聞いて、レミリアさまは怒るのがばからしくなったのか、はたまた自分の常識が通用しないと感じたのか、呆れた顔をして黙ってお茶菓子に手をのばしました。
それからまたしばらくすると、突然かたんと椅子の音がして、レミリアさまとパチュリーさまが立ち上がりました。
「そろそろいいかしらパチェ?」
「多分大丈夫だと思うわ」
「?」
お二人の会話…私は意味がわかりません。一体なにが大丈夫なのでしょうか?
「小悪魔、行くわよ」
「はっはい?」
そんな私の戸惑いをよそに、パチュリーさまが私に手を伸ばしました。
優しげな笑顔のパチュリーさまと、同じく隣で微笑むレミリアさま、一体これから何が始まるのでしょうか?
ちなみに、レミリアさまの背中には『小さな小さないたずら娘、叱ってくれるのまってます♪』、おしりには『むきゅーってなるまで抱きしめて!実は私寂しがりやなんです(はぁと))』と書かれた布がはってあります。
私とパチュリーさまがお互いに向けて放った攻撃…全部レミリアさまに命中しちゃっているみたいです。
…でも何か微妙に合っている気がしないでもないので黙っていることにしましょう。パチュリーさまもそのつもりみたいですし。
「さぁ行くわよレミィ、小悪魔」
しれっとした表情でそう言うと、パチュリーさまは歩き始めます。それに背中に二枚の布をつけたレミリアさまと、そして私が続きます。
私は笑いをこらえるのに必死ですが、背中に目などついていないレミリアさまには気付かれません。
それはともかくとして…
延々と続く人気のない長い廊下、廊下が長いのはいつものことですが…っていうか日によって廊下の長さが違ったりしたらいやですね、あながちありえないともいいきれないのが怖いですけど…でも、いつもはその廊下も誰かメイドさんがお掃除をしていたり、行き来していたりするのですが今日はどなたともお会いしません。何故でしょうか?
私のちょっとした違和感をよそに、パチュリーさまとレミリアさまはてくてく歩き続けます。このまま進むと…大広間?
案の定、大広間に続く扉の前でお二人は止まりました。
「小悪魔、この扉を開けて」
パチュリーさまが優しげに言います。本当ならとても怪しい所ではあるのですが、今、パチュリーさまが何か企んでいるというのはあまり考えられません。
それに…経験上パチュリーさまが『優しげに微笑む』時っていうのは、悪だくみはしていません。
私は不思議に思いながらも答えます。
「は…はい」
私は、一歩、二歩と扉に近付き、ドアノブを回しました。
ぐいっ、私の力が扉に伝わり、扉はゆっくりと動き出します。
そして私の目にとびこんできたのは…
「「「「「小悪魔おめでとー!!!!!」」」」」
大仰に飾り付けられた大広間と、その正面に掲げられた『祝10周年』の垂れ幕、そしてずらっとならんだ咲夜さま達メイドさんでした。
今まで色々お世話になった先輩方もちらほら見えます。
その皆さんが一斉に私に祝福を送って下さいます、華やかな大広間に華やかな声が響き渡ります。でも…でも…一体これはどういう…?
予想外の事態に混乱する私に、いつの間にか隣に歩み出てきていたレミリアさまが、ポンと私の肩を叩いて言いました。
「あなたが紅魔館に来て今日で10年目、パチェに感謝しなさいね。こうやって皆で祝うように計画をたてていたのはパチェなのよ、いっつもいっつもあなたが頑張っているのだから、せめて今日位皆で祝ってあげたいって言ってね」
もしかして…もしかして今日わざわざ私をテラスに連れだしたのは…この準備に気付かせないためだったんですね!テラスもヴワル魔法図書館も大広間から遠いですし、私がお茶会に入れば他をうろつく可能性もないですし…何より滅多にない外でのお茶会、長引くのが自然です。
ああ、今日は二勝ニ敗で引き分けだと思っていたのに、最初っから騙されていたみたいです…
「し…知らないわ、レミィが一番乗り気だったじゃないの」
さて、そんな事を言うレミリアさまに、パチュリーさまは顔をぷいと横に向けて言いました。
そう、パチュリーさまが嘘をつくとき、そして照れているときの癖です…
本当に嬉しいです…ありがとうございますパチュリーさま…
「ばぢゅりーざまぁ~ありがとうございます…」
私は本当に幸せ者です…私は、ちゃんと笑顔でパチュリーさまにお礼を言おうとしたのですが、うまく言葉が出ませんでした…きっと今の私の顔はぐしゃぐしゃになっていることでしょう…
「ちょっと、本当に違うわ。勘違いしな…あ、もう小悪魔鼻水」
それでもぶるぶると首をふるパチュリーさまです。
「ばぢゅりーざまぁ~」
私は思わずパチュリーさまに抱きつきました。
「あ…仕方ないわね」
パチュリーさまは私の顔を拭って、そしてゆっくりと頭を撫でてくださいます。幸せです…
「よかったわねふたりとも、そして今は『幸せ』かしら?」
そんな私たちを見てレミリアさまが優しげに尋ねます、多分もう答えはわかっているのでしょう。
私たちは一瞬顔を見合わせてから言います。
「はい!」
「ええ」
次の瞬間大広間にわきおこる万雷の拍手、何か結婚式かなんかみたいなノリな気がしますよ?とっても恥ずかしいです…
あ、美鈴さまなんて感動のあまり泣いています、感動症なんでしょうか?
拍手が鳴りやむ頃、咲夜さまが一歩進み出て仰いました。
「皆様、そろそろパーティーにうつりましょう。お嬢様、今日は私たちが腕によりをかけて作った料理です、最高の出来ですわ」
「ええ、そうしましょうか。パチェ、小悪魔、行きましょう」
「はい!」
「わかったわ」
私たちは並んで歩き出します、ゆっくりと…ゆっくりと…
パチュリーさまと、そしていろんな人のおかげで…私は今とても幸せです。
『おしまい』
一つ残念なのは布をつけたレミリアがその後どうなったのかが・・・
ひと悶着あるって信じてる!w
>SETH様
まずはご感想ありがとうございます!そしてレミリアさまの件ですが…はい、本当はあと一悶着ある予定だったのですが、このままほんわかと終わらせた方がまとまりがいいかと思い削っていました。
ですが、何かそう言っていただけるとその後も書いてみると面白いかもと思い(←優柔不断)、現在レミリアさまのその後を含めた物語を書いております。
最初はすぐにでかしてプチに投稿しようかと思っていたのですが、どうやらのってきて長くなりそうで、しかも半分独立した物語になりつつあるので、完成した暁にはこちらに投稿いたします(かなり先になるとは思いますが…)。
レミリアさまのその後については、そちらを読んでいただけるとありがたいです。
最後になりますが、新しい物語を書くきっかけを作ってくださり、お二方には本当に感謝しております。ありがとうございました。
次回作も、もしお暇な時があれば見てやってください。それではこれにて。
と、言うかパチェが召還した、と言う設定以外の小悪魔を初めて見た気がします。
兎に角良かったです~(礼
ご感想ありがとうございました!ほんわかとした紅魔館という雰囲気を出したかったので、そう言っていただけると本当に嬉しいです。
こぁかわいいよこぁ。
ご感想ありがとうございました!まぁあれでトラブルを起こさなければ小悪魔じゃないかとべっ!?(沈黙)
こあのドジっぷりから食紅=唐辛子ってすぐに連想できました
ご感想ありがとうございますww
連想された~wwどうしても抜けているイメージがぬぐえないのがこぁなのです…
おっとりの「姉」パチュリー
おっちょこちょいの「妹」小悪魔
仲の良い「姉妹」であり大切な「家族」・・・・・
ご感想ありがとうございましたww和んで頂けたのなら幸せですww
>時空や空間を翔る程度の能力様
>>仲の良い「姉妹」であり大切な「家族」・・・・・
私のイメージがすっきり言い表されたような気がします。確かに、一番近いイメージは『姉妹』…そう思います。