ある晴れた春の日、おだやかな陽気に誘われるかのように、赤毛の少女がテラスへと歩み出る。
テラスにはテーブルが一つと椅子が四脚、そこにはのんびりと本を読む少女が座っていた。
赤毛の少女は、その少女と会話を交わしながら、幸せそうな笑顔と楽しげな動きで、お盆に載せたティーセットをテーブルの上に置きはじめる。
ほんわかとした日常の光景、どこにでもあるような平凡な風景、だけどそんな時を過ごすのが、ふたりにとっては間違いなく至福の時…
大切な人と幸せな日常を送ること、それはとても簡単なようで実はとても難しい。
でも、ふたりはこれからもそんな日常を味わって生きていけるだろう。そんな日常の大切さをよくわかっているふたりなら…
『ふたりのお茶会』
~現在、紅魔館~
私はこぽこぽと紅茶を注ぎます。事前に暖めてあるティーカップに注がれる紅茶は、パチュリーさまと、そして私が大好きなアッサム・ロイヤル、ミルクティーには最高の相性です。
紅茶の香りと、そして私が作ったチョコレートケーキ…会心の出来です…が放つ香りのデュエットに期待が高まります。
さて、今日は久しぶりに体調のよいパチュリーさまと、テラスでのお茶会です。あのゴキ…じゃなかった黒白魔法使いが来てから、パチュリーさまはちょこちょこ外へ出られるようになりました。
もちろん、お体がお体ですし、もともとあまり外へ出るのは好まれない方なので、外に出るとはいってもたかがしれているのですが、それでも大きな変化であることには変わりありません。
ほんのちょっと前までは考えられなかった事態です。
そして昨日、突然「小悪魔、明日テラスでお茶会を開くわよ」との一言です、私はあまりの事に驚いて固まって、やっと身体の自由を取り戻した十分後にお返事しましたが、本当にびっくりしました。そんな事…あり得ないと思っていたのですから…
だけど私は嬉しいです、まさかさんさんと降り注ぐ日射しの下で、パチュリーさまとお茶会ができるなんて…
「あっ…ととと」
考え事をしていたらうっかり紅茶をいれすぎてこぼしてしまいました、周囲に紅茶の芳香が漂います。
でもちょっぴりなのでよしとしましょう、こんなに楽しい日ですし…
さぁ、お盆に紅茶とケーキ、お砂糖にミルクを載せていざテラスへ参りましょう!
私がテラスへ出ると、本を読んでいたパチュリーさまはしおりを挟んでテーブルに置きました。青空の下で本を読むパチュリーさま、本を読んでいるのはいつものことですが、でも図書館で本を読んでいるのに比べればとても健康的だと思います。
そして、私の方を見て、鼻をひくひくさせながらパチュリーさまがおっしゃいます。
「小悪魔、ケーキも紅茶もいい出来のようね」
その癖は行儀が悪いのでおやめになっていただけるといいのですけど…だけど誉めていただける分には構いません。
私はテーブルの上に紅茶やケーキをのせていきます、あたりに漂ういい匂い。もちろん、図書館の中でも十分いい匂いがするのですが、どうしても若干のかびスメルがブレンドされてしまうのは否めないのです。
ですから、私がせっかく自信作の紅茶やお菓子をパチュリーさまにお届けしても、今までは100%味わっていただくことができなかったのです。そういう意味でも、パチュリーさまが外においでになったのはとても嬉しいです。
「はい、今日のはなかなか上手くできました。自信作ですよ?」
「くす、大した自信ね」
胸を張って応える私に、パチュリーさまはからかうように言います。私とパチュリーさまのちょっとした『会話遊び』、いつもやっている私たちの楽しみです。
「はい♪どんなに欲しがってもケーキは半分だけしかあげませんよ?」
「あら、一口食べるなり『全部あげます…』とか言うのはなしよ?」
「そんな可能性は皆無です」
「そうかしら?」
「そうです!」
私は、口調とは裏腹ににこにこしながらお茶会の準備を進めます。といっても、パチュリーさまが来る前に大体準備は終えてしまったのですが。
「それじゃあ早速いただこうかしら」
さて、私がお盆の上のものを全部置き終えて椅子に座ると、パチュリーさまが言いました。
「はい!」
それに対し私はにっこり笑って答えます。パチュリーさまは、微笑みながら私の自信作の紅茶にミルクを入れてかき混ぜます、薄紅色の紅茶の中に、白い渦ができ、やがて消えました。
パチュリーさまは、紅茶をゆっくりと口元へ運びました。
いかがでしょうか、私の自信作の紅茶は…ドキドキの瞬間です。
そして、パチュリーさまは一口飲むなり…
「っ!?」
思いっきり吹き出しました。
パチュリーさまの口から吹き出た紅茶が、綺麗な放物線を描いて床に落下していきます。
ちなみに、私はあらかじめパチュリーさまの正面からずれた位置にいたので大丈夫でした。
「けほっけほっ!小悪魔…やってくれるわね」
しばらくして、どうにか復活したらしいパチュリーさまがこっちを睨んでおいでです、もう、こんなお茶目ないたずらに目くじらを立ててはいけませんよ?
そう、私の『自信作』アッサム・ロイヤル唐辛子ブレンド、辛くて、かつ香りの少ない唐辛子を探すのには苦労しましたが、いたずらのためには努力を惜しんではならないのです。
ちなみに、これとは別に『美味しい』紅茶をたっぷりと淹れているので、お茶会の分は大丈夫です。
こんなことして紅茶がもったいなくいないのかって言われそうですが、このいたずらを成功させるためには香りの薄い安物の紅茶ではだめなのです、ティーバッグなんて論外です。しっかりした香りの紅茶、それをちゃんとしたやり方で淹れたからこそ今回のいたずらが成功したわけです。これほど有効な活用法をされた紅茶は幸せ者だと思います。
「はぁ、あなたが来たときにはこんないたずらっ子になるなんて思いも寄らなかったのに」 口元を拭いながらパチュリーさまが言いました。
「えへへ」
パチュリーさまの言葉に対して、私は、俗に言う『小悪魔的な笑み』を浮かべながら答えました。
そう、そういえば私が初めてこちらに来たときには、びくびくおどおどのしっぱなしだったことを思い出します…
~過去、紅魔館~
私は、『ヴワル魔法図書館』の入口で、一人立ちすくんでいました。
私が紅魔館に拾われてからしばらくたつのですが、肉体労働はお話にならず、スペルカードも使えず、雑用全般でもドジばかりしてしまって、ちっともお役に立つことができません。
その結果、調理部、清掃部、衛兵部など紅魔館内のありとあらゆる部署をたらい回しにされたあげく、これが最後とばかりに配属されたのがここ『ヴワル魔法図書館』でした。
幻想郷に比肩するものはないという蔵書数を誇るヴワル魔法図書館、私が先輩のメイドさんに連れられて初めて入ったときには、天井まで届く巨大な本棚と、それが延々と続く部屋、そしてそれらにぎっしりと詰まった本に呆然としました。
世界にこれほどの本があったなんて…私はしばらく緊張も忘れて感動していました。
そんな私を見ていた先輩のメイドさんは、
「じゃあパチュリーさまを呼んでくるからじっとしているのよ」
と言って歩いて行ってしまいました。
先輩のメイドさんが姿を消してから、私は改めてきょろきょろと周囲を見てみます。本当にどれほどの数の本がここにあるのでしょうか?
見渡す限りの本,本,本、一言で言い表すとしたら『本の大洋』といったところですね。
私は本が大好きなので、今までの部署よりは少しはうまくやれるかもしれません。ご主人さまや先輩方がどんな方なのかにもよりますが…
他の部署で聞いた話では、ここの主であるパチュリーさまは、館の主人であるレミリアさまのご友人であり、強大な魔力を誇る方だそうです。
確かに、この館においてレミリアさまと同格…部下にあたらない方というのは、レミリアさまの妹のフランドールさま以外には、そのパチュリーさましかいらっしゃらないというのですからよほどの方なのでしょう。
いけません、本の海を見てせっかくときほぐれかけてきた緊張が、倍になって戻ってきた気がします。
深呼吸深呼吸…
私がそうやって心を落ち着かせようとしていた時でした。
先輩と…そして背が低く、ちょっと…いえかなり色白な方が、並んでこちらに歩いてらっしゃいます。
多分、先輩の隣にいる方が新しい私のご主人さま…パチュリーさまなのでしょう。ちょっと気むずかしそうな方に見えますので不安です。
「小悪魔、この方がヴワル魔法図書館の主でレミリアさまのご友人のパチュリー様よ。ご挨拶しなさい」
案の定、私の目の前に来た先輩は言いました。
「あっあの…小悪魔です。どっどうかよろしくお願いしますご主人さま」
先輩に言われて、私はその方にごあいさつしようとしたのですが、どもってしまいうまく言えません。
「ええ、わかったわ。こちらこそよろしくね」
びくびくしばがら言う私に、私の新しいご主人さまは、別段気にするでもなく言いました。
「はっはい!」
私はびしっと姿勢を整えて言いました。先輩がちょっと不安そうな表情をしてらっしゃいます…
「…早速本の整理を手伝ってもらうわ、ちょうど図書館に専属のメイドが欲しかったところなの、人手が足りなくてね」
「はい!…え?」
今の発言から推測するにこの図書館に専属の方はいらっしゃらないのでしょうか?不安に思った私は先輩の顔を見ます。
こくっ
頷く先輩、正解のようです。と、いうことは図書館で仕事をするのは私とこちらのご主人さまだけなのでしょうか?
私は再び先輩の顔を見ました。
こくっ
これも正解のようです。なにか結構な不安が…って、そんな事を考えている間にご主人さまが既に歩いてらっしゃいます!
私は先輩にお辞儀をすると、慌ててご主人さまのあとを追いかけていきました。
これから、私はここで新しいご主人さまとうまくやっていく事ができるのでしょうか?不安がちょっとずつ拡大していきます…
~現在、紅魔館~
「本当、あなたが来たときにはびくびくおどおどしてばっかりで、私もどうコミュニケーションをとろうか悩んでいたのよ」
新しい紅茶を飲みながらしみじみというパチュリーさま。
あ、ちなみにもちろん今パチュリーさまが飲んでいるのは『美味しい』紅茶ですよ?
さて、そんなパチュリーさまの言葉を聞いて、即座に私は言いました。
「それって絶対嘘ですよねパチュリーさま」
だってあの頃のパチュリーさまは『無口』『無愛想』『無関心』の三拍子が揃った、完全無欠のひきこもり根暗少女だったのですから…
よって他人に気を遣うなんてことは天地がひっくりかえってもありえません。
「失礼な事を言うわね小悪魔、しかも言外にもっと失礼な意図を感じるわ」
そんな私を睨みながら言うパチュリーさま。
なかなかに勘が鋭いですねパチュリーさま、ぷくーっと頬を膨らませているのはご愛嬌です。
そんなパチュリーさまに私は言いました。
「だって本当の事じゃないですか」
そう、昔のパチュリーさまが対人関係で悩むなんてちょっと想像できません。
「とっても失礼ね」
ますます頬を膨らますパチュリーさま。
私は笑いながらそんなパチュリーさまを見ると、紅茶にたっぷりとミルクとお砂糖を入れてかき混ぜ、口に運びます。
さて、私の大好きな紅茶のお味は…
「しょっしょっぱい!?」
私の口から吹き出た紅茶が、綺麗な放物線を描いて床に落下していきます。
ちなみに、私の正面にいたはずのパチュリーさまはいつのまにか横に位置をずらしていたので無事だったようです。
「けほっこほっ!何で…」
口に入れた瞬間にひろがったしょっぱさ、おかしい…おかしいです。幻想郷甘党書記長を務める私は、たっぷりどっさりお砂糖を投入したはずです。
塩を入れた覚えなんてどこにも…
まさか!?
ふと視線をずらすと、そんな私を興味深げに見ているパチュリーさま、これはもう間違いありません!
「パチュリーさま…?」
「何かしら?」
私の呼びかけにしれっと答えるパチュリーさま、だけど口元がぴくぴくしています。笑いをこらえているのですね…?
「砂糖壺の中身…お塩にすり替えましたね?」
そういえば今日は珍しくパチュリーさまが紅茶にお砂糖を入れないなぁって思っていたんです。
パチュリーさまは私ほど甘党なわけではありませんが、それでもいつもはスプーン一杯のお砂糖を入れています。たまに入れないこともあるので、そこまで不思議には思っていなかったのですが…甘かったみたいです。
「…まだまだ精進が足りないみたいね小悪魔」
そんな私に自慢げに言うパチュリーさま、ああもう!うまくしてやられました。
「…私も、来たときにはパチュリーさまがこんなお方だったなんて全然気が付きませんでしたよ」
しばらくして口内を落ち着かせた私は、パチュリーさまに皮肉混じりに言いました。
~過去、紅魔館~
「小悪魔、紅茶を淹れてきてちょうだい」
「は…はい!」
ご主人さまの言葉に、私はびくっとして立ち上がります。
感情が見えない私の新しいご主人さまは、何か用事がある時、その内容だけを簡潔に言います。
ご主人さまは意識していないのでしょうけど、表情も変えず、目線も交わらせずに言葉をかけられるととても怖いです…
私は、大急ぎで紅茶を淹れに向かいました。
ヴワル魔法図書館には、巨大な開架部分と、さらにそれ以外の本をぎゅうぎゅう詰めにした閉架部分、そしてご主人さまとその従者…つまり私ですね…のための居住区画があります。
私は今、その居住区画の台所で、紅茶を淹れるためにお湯を沸かしています。
ご主人さまは紅茶がお好きです。
一日中薄暗いヴワル魔法図書館にこもり、紅茶を飲みながら本を読んでいます。色白な理由はきっとそれでしょう。
健康に悪いような気もするのですが…というより、実際元気でいるときよりもベットにばたんきゅーしている時のほうが長いのです。
だけど私がご主人さまの生活習慣に口を出すことはできませんし、言ったとしても聞き入れてはいただけないでしょう。
それに、第一ご主人さまはちょっと気軽に話しかけにくい雰囲気があるので、そういう忠告はなかなかしにくいのです。
シューっと音がして、やかんが沸騰を告げています。お湯が沸きましたね、それでは紅茶を淹れてご主人さまの所に参りましょう。
「ご主人さま、紅茶です」
「ありがとう、そこに置いておいて」
紅茶とお菓子を載せたお盆を、パチュリーさまの使っている机の上に置きます。ご主人さまはそれには無関心にひたすら本を読んでいます。
私は、勇気を出してご主人さまに話しかけようとしているのですが、どうにも最後の一歩を踏み出せず、ただ突っ立ったままになってしまいました。
沈黙が包む時間が流れます…
しばらくして、そんな私の気配を感じたらしいご主人さまは顔を上げて言いました。
「何か用事?」
「あっ!いえ」
私は思わず反射的に答えてしまいます。それを聞いたご主人さまは、別段私を責めるわけでもなく、一言
「そう」
と言い、再び本の世界へと戻っていってしました。
そして、私はまたまた立ちすくむばかりになってしまい、結局すごすごと退散しました。
その晩
私はふかふかのベッドの上で考えます、ご主人さまは私のことをどう思ってらっしゃるのでしょうか?
いえ、思うというか、私のことをちゃんと見てくださっているのでしょうか?
ヴワル魔法図書館に来てから明日で一週間が経ちます。今までだと、一週間もたたないうちに配属された部署から放り出されていたのですから、まだ放り出されていないということはうまくやっているといえるのかもしれません。
ですが、私はこちらに来てからご主人さまと『お話』をしたことがありません。いつもいつも一言二言用件を伝えられ、それに答えるだけです。
私は…本当にご主人さまにどう思われているのでしょう…?
私は、月光が差し込む自分の部屋で、ひたすら答えのでない自問自答の螺旋階段をのぼっていました…
~現在、紅魔館~
「それはあなたの洞察力が足りなかったのよ、小悪魔。私だって本当はあなたとうまくやっていけるかなと気をもんでいたのに」
新しい砂糖壺を持ってきた私に、パチュリーさまは言いました。
「だって…パチュリーさまはあの頃私に全然構ってくれなかったですし…」
今度は私が頬を膨らませます。
あの頃のパチュリーさまは私に全然構ってくれなかったので、私はずっと嫌われている…というか興味を持たれていないと思っていたのです。
「はぁ」
それを聞いたパチュリーさまはため息をついて言いました。
「今だから話すけどね、あれは…照れていたのよ」
そんなことを言うパチュリーさまの頬は真っ赤です、そう言っている今こそ照れているのでしょう。
まぁそんなことを考えている私の頬も結構赤いのですが、こんなことを面と向かって言われますとやっぱり…
「ごほん、つまりね…」
一息おいてパチュリーさまは言います。
「私は…家族が欲しかったの、血がつながっているいないは関係なくね」
「家族…ですか?」
パチュリーさまの言葉にとっさに反応できなかった私は、しばしの沈黙の後に反問しました。
「ええ」
パチュリーさまはそう言うと紅茶をずずっとすすり…行儀が悪いのでやめてくださいといつも言っているのですが…続けます。
「私の魔力は強大、だからこそ対等に話してくれる人はほとんどいなかったわ、それで本ばかり読むようになったともいえるのだけど。だからレミィと出会ってなかったら、私は本当に孤独に過ごしていたと思う。その点でレミィと出会えたことには本当に感謝しているわ、まぁレミィのほうでも似たような気持ちなのかもしれないけどね」
パチュリーさまとレミリアさま、確かにお二方ともその魔力は他の人妖とは懸絶しています。
まして、レミリアさまにはフランドールさまがいらっしゃいますが、パチュリーさまはレミリアさまと出会うまでどんなお気持ちで過ごされていたのでしょうか?
でも私もその気持ちはわかります…だって私も物心ついたときからずっと…一人で生きてきたのですから…
「それにね…」
沈黙している私をよそに、パチュリーさまは続けます。
「レミィに『ヴワル魔法図書館』という場所を貰ってからも、世話をしてくれるメイドはみな、私を『レミリアさまのご友人で、強力な魔力を持つ魔法使い』としてしか見てくれないし、レミィもあくまで『友人』だったしね。だからあちこちの部署でドジばっかりして行き場が無くなっている間抜けさんの事を聞いて、ひょっとしたらって思ったの」
何か途中で思いっきり失礼な事を言われた気がするのですが、寛大な私はそれにはあえてつっこまずに尋ねます。
「あの…ひょっとしたらって何がですか?」
私の言葉を聞いて、パチュリーさまはもう一度ゆっくり紅茶をすすってから言いました。
「今まで私に接していたメイド達は、よく訓練されていて礼儀正しかったわ、『失礼』のカケラもないくらいにね。だからこそ私はレミィに勧められてもヴワル魔法図書館への従者の配属を断っていたの、私はレミィと違って、『仕えられる』のはあまり好まないから…だけどあっちこっちの部署をたらい回しにされているお馬鹿さんの話を聞いてね、もしかしたら心地よい関係が築けるかもしれないって思ったのよ」
やっぱり途中でさりげなく堂々とけなされている気がしないではないのですが、パチュリーさまの話の続きに興味があるので私はつっこみません。
「ところがいざ呼んでみると、何か私のことを怖がっているみたいだし、私は私でどうやって接すればいいのかわからないし、結局今まで通り本ばかり読んで誤魔化してたというわけなの」
そう言うとパチュリーさまはまた紅茶をすすります。
話の途中途中で紅茶を飲むのは、どうやら照れ隠しなようですね。
「あら、紅茶はもう終わり?」
私が一瞬考え事をしていたら、パチュリーさまは空のティーポットの蓋を開けて覗き込んでいます。結構多めに淹れておいたのですが…
「あ、じゃあ私淹れてきますね」
そう言って立ち上がろうとした私に、パチュリーさまは
「いいわ、立ったついでに私が淹れてくるから。それにあなたに淹れさせると二回に一回は紅茶に何か混ぜてくるじゃない」
と、非常に失礼な『事実』を言って歩いていきました。
ちなみに、そんなことを言っているパチュリーさまのおしりには、『年中むきゅーなネグリジェ少女、年中無休でひきこもり中』と書かれた布が貼り付いています。
パチュリーさまが座るであろう椅子…テーブルの周囲にある四つの椅子の内、私が座る予定の椅子を除く三つに、椅子の座面部分と同じ布を重ね、その下に文を書き入れ、置いておいたのです。
一つのことに注意していると、他のことに気が回らなくなるのは悪い癖ですよパチュリーさま?
さて、それにしてもなぜパチュリーさまは今になって急にこんな事を言いだしたのでしょうか?
う~ん、紅茶に自白剤を混ぜた覚えはないんですけどね…それにどちらかというとそういうことをやるのはパチュリーさまですし。
そういえば、ヴワル魔法図書館に来てしばらくたった頃、怪しげな魔法薬の実験の手伝いをさせられて酷い目に遭ったことを思い出します…
でも…思えばあれが私とパチュリーさまとが親しむきっかけになったのかもしれません。
~過去、紅魔館~
「その青い薬をとって」
「はい、ご主人さま」
今日はご主人さまが何やら奇妙な実験をなさろうとしています。私がしているのはそのお手伝いです。
ヴワル魔法図書館の居住区画は、ご主人さま以外に数十人からのメイドが住み込めるように設計されています。
もっとも、現実には私とご主人さま以外には誰もいないので、その部屋は物置、もしくは閉架として使用されています…いえ、そう思っていたのですが、どうやらご主人さまは読書以外にも怪しげな…もとい奇妙な実験などもなさるようで、その実験室になっている部屋が他に数室あるようです。
さて、今私とご主人さまがいる部屋は、その中の一室です。
窓のない狭くて暗い部屋、その中でご主人さまはもわもわと上がる怪しげな煙のもと、黙々と作業してらっしゃいます。
私は、時たま物を取るように言われそれを実行するだけですが、何か失敗しそうで怖いです。
ちなみに、薄暗い室内で怪しげな動きをしつつ、時たま「うふふ」とか言って笑っているご主人さまはもっと怖いというのは内緒です。
さて、実験をはじめてからしばらくたった時でした。
「その赤い薬をとって」
「はっはい!」
私は、このなんとも言えない部屋の雰囲気にあてられたのか、すこしぼんやりとしていました。
えてしてそういう時にはちょっとした失敗が起こるものなのです…
「あっ!?」
ぼんやりしていたところにご主人さまからの指示を受けた私は慌ててしまい、思わず試験管立てを横転させてしまいました。
試験管立てに入っていた五色の薬品がテーブルの上で混ざり合います。
その結果…
何やらもくもくと煙が湧いてきます。そう、煙が湧くとしか言いようが無い事態です。
「あわ…あわわ」
私はとんだ失態におろおろするばかりで何もできません。
ですが、ご主人さまのほうは落ち着いたもので、鼻をひくひくさせながら
「この五色を混ぜると…なるほど、興味深いわね」
とか言っています。自分でやっておいて言うのも何ですが、はやく逃げなくてもいいのでしょうか?
「あの…ご主人さま申し訳ありません」
もくもくが収まってから私は謝りました、ちなみに、結局ご主人さまは煙に構わず作業してらっしゃったので、私も逃げるわけに行かずにずっと室内にいる羽目になりました。身から出た錆とはいえ、自分の身体が心配です。
「かまわないわ、次から気をつけなさい」
そして、謝る私にご主人さまは別段気にしていない風に言いました。
本当に気にしてないですよね?表情がいつものままなので全く感情が読めないのです。
「どうかしたの?」
「あっいえっなんでもありませんご主人さま!」
そうやってぼんやりしていたらご主人さまに不思議そうに言われてしまいました。
「そう、それなら次の実験に入るわよ」
私の言葉を聞いて再び実験に入るご主人さま、まだやるのですか?
「はぁ」
私はご主人さまに聞こえないようにため息をつくと、実験のお手伝いを再開します。
今度こそ失敗しないようにしないと…ここを放り出されたら私は行くところがありません。それどころか、ご主人さまに実験材料にされたりする可能性だって…
「ふふふふ…」
薬品をまぜながら含み笑いをしているご主人さまの姿を見ると、あながち否定できなかったりするのです。
「その黄色の薬と緑の薬を取って」
ご主人さまに言われた私は、手をのばして薬を取ります。
今度は絶対に失敗しないようにしなくちゃ…
私は心に誓います…ですが、運命の皮肉というものはえてしてそんな時に舞い降りるのです。
というより、逆に緊張してしまったというのが主たる要因のような気はしないでもないのですが…
かたかたと震える私の手から、試験管の感触が消え去りました。
ガチャン!
悲劇の幕開けを告げるベルが鳴ります。
「あっ!?」
落下した二つの薬は床で混ざり合い、不気味なあぶくを立てはじめます…
「あわわわわ…」
どうしよう…どうしようもない…どうしよう…どうしようもない…
私は終わりのない自問自答に入るばかりで、目の前の光景に対してなんら有効な手立てを講じることが出来ません。
そして、おろおろするばかりの私を見て、ご主人さまは冷静に言いました。
「危ないわ、総員退去」
「えっ!?」
ご主人さまは、私の手を取るとすぐさま室外への脱出を図りました。
ですが…
運動神経皆無のご主人さまと私には、その悲劇から逃れることはできませんでした。
ずずーん
背後で重苦しい音がしたのとほぼ同時に、私は背中に巨大な圧力を感じ…直後に目の前の壁に叩きつけられました。
「きゃ!?」
身体中に衝撃がはしり、私の意識は薄くなっていきました…
そういえば、私の意識が消えゆく瞬間、隣のほうで
「むきゅー」
とかいう謎な声が聞こえた気がしたのですが、あれは何だったのでしょうか…
「ん…っ!?」
しばらくして私は目を覚ましました。
身体のあちこちが痛みますが、とりたてて大きなケガはないようです。ご主人さまは…
薄く煙が漂う室内、形あるものの過半がその原型を失った室内に、ご主人さまはほこりまみれで倒れていました
ゆさゆさ
私はご主人さまに近寄って、揺すってみます。見たところ、せいぜいかすり傷と打撲程度だとは思うのですが、頭を打っていたりしていたらことです。
「ん…?」
ご無事なようです…でも、どうしましょう…こんなに派手に失敗したあげく、ご主人さまも見事に吹っ飛ばしてしまいました。
これではよくて免職、悪くすれば実験材料として私ははかない命を散らしてしまうかもしれません…
それに、免職→追放で済んだとしても、ひとりぼっちの私が、紅魔館に拾われるまで生きてこられたのは奇跡のようなものです。多分、もう一度追放されたら、外に出たとたん他の妖怪に食べられるか、野垂れ死にしてしまうでしょう…
「あ…あのご主人さまご無事ですか?」
恐ろしげな(想像の)あまりがたがた震えながら言う私に、ご主人さまはのんびりと言いました。
「ええ、問題ないわ。慣れているし」
慣れているんですか?思わずつっこみたくはなったのですが、今はそんなことなどしていられません。
「あっあのっ申し訳ありませんでした!」
私はひたすら平身平頭です。ドジのあげくに、ご主人さまを壁と抱擁させるなんて懲罰モノです。
ですが、そんな私を見てご主人さまはこう言いました。
「あなたこそ大丈夫?」
「え?」
意外な言葉に驚く私、ご主人さまはいつもと変わらない表情のままですが、私が沈黙してしまったのを見て言います。
「あなたこそケガとかしなかった?」
二度の言葉に、はたと我にかえった私は慌てて返事をします。
「いっいえ、大丈夫ですご主人さま!かすり傷くらいです」
実際には打撲のちょっと上くらいなのですが…
ぶんぶんと腕を振り回しながら言う私を見たご主人さまは、
「それだけ動けるのなら大丈夫ね」
と言うと…
なでなで
「え…」
ゆっくり頭をなでてくれました、私は驚いてご主人さまを見つめます。
そうしたら、ご主人さまのほうは白い顔を真っ赤に染めて…
「あ…部屋の片づけをするわ。手伝って」
と言うやいなや、ぷいと顔を背けてしまいました。
「はっはい!」
私も、一瞬遅れて呪縛から解かれ、返事をして部屋の片づけを手伝いはじめました。
今日はとんでもない事件を起こしてしまいましたが、ご主人さまの意外な一面を垣間見ることができて、少しだけほっとしました。
それに…今思うと、爆発の直前にご主人さまはわざわざ私の手を引いてくださいました。私のいた所は扉の反対側、私を引っ張ったりしなければ無事に脱出できたかもしれないのに…
もしかしたら…もしかしたらこの方とうまくやっていくことができるかもしれません。
~現在、紅魔館~
「あの頃からかな…パチュリーさまと少しずつ話すようになってきたのは」
パチュリーさまの居ないテーブルで私は独語しました。最初は、無愛想で冷たそうな人に見えていたパチュリーさま、だけど実は優しい人なんだなぁって思えてきたのはあの一件からです。
そして、あの事件があって以来、私はパチュリーさまの事が大好きになっていきました…
まぁ『変な人』の第一印象は、強化されることはあっても消える事はないわけですが。
とか考えながら、私が紅茶に口をつけた時でした。
「やってくれるわね小悪魔…途中で会ったレミィに大笑いされたわ。挙げ句の果てに『言い得て妙ね』とか言われたし」
ティーポットを載せたお盆を持ってパチュリーさまがご登場です。それにしてもさすがはレミリアさま、分かってらっしゃいます。
「だって本当のことじゃないですか♪」
にっこり笑って言う私に、パチュリーさまは苦虫を噛みつぶしたような表情をなさっています。それ以上はなにもしませんが…
私たちの暗黙の了解…いたずらを受けたらいたずらでやりかえそう、弾幕禁止…があるせいですね。弾幕で制裁されたら、私なんて勝負にならないです。
そして、こうやっていたずらしあうのが私たちの日課、お互いに親愛の情を表す儀式みたいなものなのです。
「…まぁいいわ、紅茶よ」
そう言うとパチュリーさまは私と自分のティーカップに紅茶を注ぎいれます。
パチュリーさまが紅茶を注ぐと、とてもいい香りがあたりに漂いました。ブルーベリーのフレバーティーですね、私の大好きなやつです。
でも…
じー
「なによ?」
私の視線を感じたらしいパチュリーさま、そんなパチュリーさまに私は言います。
「だってパチュリーさまは三回のうち二回は紅茶に何か入れるじゃないですか。パチュリーさまが飲み終わらないと怖くて飲めないです」
そう、この茶葉はヴワル魔法図書館常備の中では最も香りの強い茶葉なのです。結果、私たちの間では何か別な匂いのもの…つまり薬品…を混ぜる時によく使われるわけで…
今まで眠り薬や笑い薬を混ぜられたりしたことは数知れず、果ては実験中の『猫度上昇薬』なる怪しさ全開の薬を混ぜられたりして一度ならず痛い目に遭わされた私としては、用心に用心を重ねているわけなのです。
そんな私の疑惑に対して、パチュリーさまは苦笑しながら言いました。
「三回に二回なんて大げさね、せいぜい五回に三回よ。それに『今回は』何も混ぜてないわ、ほら」
パチュリーさまの口に紅茶が入りますが別段影響はないみたいです。そして三回に二回も五回に三回も大して違わないような気がするのですが…
う~ん怪しさは拭いきれないんですが、お砂糖その他は私の監視下にあった以上、この紅茶は安全ということになりますね…
脳内で、一抹の不安を含みながらも安全宣言が出されて私はカップに口をつけました。
それからしばらく、私とパチュリーさまは紅茶を飲みながらおしゃべりを楽しみます。
こうしてゆっくりと流れていく時間…昔ひとりぼっちだった頃には考えられない心地よい時間…私にはこの時間が一番の宝物です。
こんな素敵な時間をくれるパチュリーさまには感謝しなきゃだめですね。
「あら、また空?」
「あ…そうみたいです」
持ち上げたティーポットには大して重みがありません。おしゃべりに夢中になっているうちに、知らず知らず紅茶をいっぱい飲んでしまっていたのか、また空になってしまったようです。
「今度は私が行きますね」
「お願いね」
今度は私が紅茶を淹れに行きます、ティーポットを載せたお盆を持ち立ち上がった私は、てくてくと歩き出しました。
さて、紅茶を淹れてまた廊下をてくてくと歩いていた時でした…
「こんにちわ小悪魔、さっきパチェから聞いたのだけど、ふたりでティータイムとは羨ましいわね」
「あっレミリアさま、こんにちわ」
廊下を反対側から歩いてきたレミリアさまと出会いました。昼間出歩く吸血鬼というのも妙な話ですが、レミリアさまはこの頃博麗神社に遊びに行ったりするので(当然昼間)昼夜逆転(?)気味なのです。
そして、挨拶を返す私にレミリアさまは言いました。
「後で私も混ざりたいのだけどいいかしら?話を聞いて、私も咲夜とお茶会を開こうとしたのだけど、仕事に出ていたのか見つからなかったのよ」
「はい、全然大丈夫ですよ、今日は外でのお茶会だったのでお呼びしなかったのですが、それでもよろしければ…」
いくら日傘があるとはいえ、元気なお日様の下に吸血鬼であるレミリアさまをお呼びするのにはちょっとだけ心配があったのです。
ですが、レミリアさまは私のそんな心配を吹き消すかのように
「日傘を持っていけば別段問題はないわ」
と言って微笑みました…と、そう言ってから何かに気付いたらしいレミリアさま。
「小悪魔、ちょっと後ろを向いてみなさい」
「え…はい」
謎の指示でくるっと一回転した私、一体どうしたんでしょうか?
…と、背中から何かはがされる気配がして…
「もういいわ小悪魔、それにしてもあなたたち二人は思考回路が本当に似通っているわね。姉妹みたい」
「え…」
レミリアさまの意味不明な一言に、私はきょとんとしてしまいました。突然どうしたのでしょう?むむむ…
首を傾げる私を見て、レミリアさまはすっと手に持っていた布を持ち上げます。そして、私はそれを注視した瞬間
「あああ~!!!」
思わず叫びました、レミリアさまが持っている布には『私はかわいいいたずらっ小悪魔です♪おしおきは随時受け付け中(はぁと)』とか書いてあります。
私はおしおきの受け付けなんてしていません!前半は否定しませんが…特に『かわいい』の部分とか。
ってそうじゃなくて…
「パチュリーさまにまんまとしてやられました…」
思えば、さきほどわざわざいたずらによく使われる茶葉を出してきたのは、そちらに注目させるためだったのでしょう…
見事な陽動作戦です、見事に誘引されてしまいました。
「はぁ」
ため息をつく私をにやけながら見ていたレミリアさまは、最後に
「あなたたちは本当に仲がいいわね、羨ましいわ」
と言うと、そのままてくてく歩いていってしまいました。
私はレミリアさまの後ろ姿が見えなくなると、レミリアさまが歩いて行った方向に向かって呟きました。
「仲がいい…はい、全くもってその通りです。レミリアさま」
そう、その通りです。私は親しくない人にはいたずらをしたりはしません、私がいたずらをするのは私が心を許した人だけです。
はっきり言われたわけではないのですがパチュリーさまもきっとそうでしょう。パチュリーさまが私以外にはいたずらをしていないのを見るとちょっとだけ嬉しくなるのは、やはり私がパチュリーさまにとって『特別な存在』であると思えるからでしょうか?
まぁうまくしてやられた悔しさは拭えないわけですけど…
私はちょっとぼんやりした後、パチュリーさまの待つテラスへと歩き出しました。
「遅かったわね小悪魔」
「はい、途中でちょっと色々あったので」
言葉は普通でも、興味津々といった面もちでこちらを見るパチュリーさま。そんなパチュリーさまに、私はため息をひとつついて言いました。
「もう、見事にしてやられました」
「さっきのお礼はできたみたいね」
「むむ…」
私とパチュリーさまはにらみ合います。
ちょっとだけ時間が過ぎて…
「くすっ、今日の戦績はお互い二勝二敗で五分ね」
「はいっそうですねパチュリーさま」
私たちはほとんど同時に笑いあいました。
「今日はこれでおしまい、後はのんびり楽しみましょう」
「はい、パチュリーさま♪」
微笑むパチュリーさま、こうなったら今日はもういたずらはなしです。私もパチュリーさまも一旦『やめる』と言ったら即時停戦、騙し討ちはしません。
あくまでいたずらは私たちが楽しんでやっているのですから、本当に四六時中用心していたら意味がなくなっちゃうんです。
それにしても、お互いのいたずらが全て成功しているというのは…私たちは防御には向いていない性格なのでしょうか?
と、私の最後の言葉に、パチュリーさまはふと気付いたように言いました。
「そういえば、あなたは昔私を『ご主人さま』って呼んでいたわよね。それが『パチュリーさま』って名前で呼んでくれるようになったのは、こんなお茶会がきっかけだったわね」
あ…そういえば、確かに私は昔パチュリーさまのことを『ご主人さま』と呼んでいました。
それが今のように『パチュリーさま』と呼ぶようになったのは、ヴワル魔法図書館に来てかなりたった頃でした…
『後編に続きます』
とても良かったです
ご指摘、ご感想ありがとうございました。直ちに訂正いたしました。
本当に仲が良い姉妹のようですね。
いたずら好きも似たり寄ったりと。