1:
銀閃が走る。
甲高い澄んだ音はせず、ただ鍛え上げられた金属同士がぶつかり合う鈍い音がする。
その勢いを止められてもなおも押し込もうとする銀髪の少女。
手に握られた大太刀は一振りで幽霊十匹を屠るといわれる名刀、楼観剣である。
いまだ抜かれていないものの、その腰の後ろには小ぶりな脇差、白楼剣が鞘に収まっている。
大太刀を大上段から振り下ろした銀髪の少女の名は魂魄妖夢。白玉楼の庭師にして、自らが仕える西行寺幽々子の剣術指南役である。
その妖夢の太刀を受けるのは銀のナイフ。またそれを持つ少女も銀髪であった。
メイド服に身を包んだ少女は十六夜咲夜。白玉楼から離れた紅魔館に務めるメイド長である。
ナイフ越しに込められる力は決して見た目どおりの少女から発せられる力とは思えない。
大体からして得物や体勢が違いすぎる。大上段から真っ向に振り下ろされた重みのある大太刀と、下から受ける形となった軽さを重視したナイフでは勝負にもならない。
白玉楼の上空にて対峙した二人は対照的な顔をしていた。
妖夢は真剣な表情で咲夜を見つめている。硬く結ばれた口元はその手に握られた真剣そのもの。
咲夜はうっすらとした笑み。ジリジリとナイフが押され、今にも押し切られそうだというのに余裕を感じさせる。
突如、咲夜の体が消えうせた。
ぎりぎりまで力を込めていた妖夢は力のままに押し流され、体勢を崩してしまう。
「まだまだですわ」
咲夜の声は妖夢の後ろから聞こえ、背中に強い衝撃を受ける。一瞬で呼吸が止まり、蹴られたと思う頃には妖夢の体は地面に向かって猛スピードで落下していた。
「くっ」
何とか呼吸を取り戻した妖夢は身を丸めて回転、振り向き様に白玉楼の玉砂利の上に着地する。
玉砂利の上に両足の跡を数メートル分つけると、今度はその玉砂利が爆発したように吹き上がる。
遥か上空で腕を組んで見下ろす咲夜に向かって一直線に飛び掛っていく。
地上から放たれた妖夢という矢は咲夜に向かって伸びて行く。
自分の得物が届くまであと数メートル、というところでまたもや咲夜の姿が掻き消える。一本の銀のナイフを残して。
「っ!!」
眼前に現れたナイフに向かって驚いても、妖夢の体は鍛えられた反射神経と身に染み付いた剣士としての本能が体を突き動かす。
金属同士が触れ合う音は、片方の持ち手が不在なために今度こそ甲高い澄んだ音を立てて銀のナイフが打ち払われる。
「これが、貴女の、そして私の世界ですわ」
咲夜の鈴のような声に振り向いた瞬簡にさすがの妖夢も息を飲んだ。
妖夢の視界を埋め尽くすようなナイフ。
先ほどの一本が打ち払われるのは予測済み。その間に咲夜は自らの能力、時間を操る程度の能力を使い、妖夢の周囲にナイフを展開していた。
幻世『ザ・ワールド』と名付けられた咲夜のナイフ技術を前に妖夢は内心で舌を巻く。
「貴女は頑丈なのがウリの半人前でしたわね」
ナイフの向こうで咲夜は手を広げて突き出している。
「耐えられるなら、耐えてごらんなさい」
ぐっと咲夜の手が握り締められる。
咲夜の手の動きに呼応するかのように妖夢の周囲全てのナイフが中心に向かって収縮していった。ご丁寧にもその内の何本かは、妖夢の逃げ道を塞ぐように折れ曲がる。
「耐える……? 何を馬鹿な」
猛然と迫り来るナイフの中にあって妖夢は薄ら笑いを浮かべる。
迷う事無く腰の後ろに横向きに据えた白楼剣を左手で抜刀し、両腕を掲げて構えを取る。
「六道剣、一念無量劫っ!」
妖夢の裂帛の気合が迸る。
咲夜のように時間を停止させる事無く、純粋に己のスピードだけで妖夢は咲夜の視界から消えうせて見せた。
空間に幾筋もの剣閃が迸り、妖夢を中心に六つの界を描く。
地獄、餓鬼、畜生、修羅、人、天の六つの界はすべからく同時に存在し、その役目を果たす。
長く甲高い音と共にナイフは全て弾かれ、妖夢は立ち尽くす。
「へぇ」
咲夜が見たのはまさに死人の迷いを断ち、死者の住まうこの白玉楼の番人の姿。
それでも咲夜は口元に冷笑を浮かべる。
まるで死など恐れぬように。
妖夢は改めて二刀を構え直す。
「まだ終わりでは無い、未だこの身は未熟、時を斬るのは至らないが、貴女は時でも無い」
「そうね、それは正解ですわ」
「ならば斬れるか斬れないかは私が判断させてもらう」
感情の浮かばぬ眼は全てを見逃さない冷たい光を放っていた。
「私の意見は無視かしら?」
「それは己が剣に聞いてみるといい。剣が、教えてくれる」
「それは残念、私のナイフは私ではありませんもの」
「そうか、ならば私の剣が答えとなる」
楼観剣を握った右手が高々と持ち上がり、左手の白楼剣を横に伸ばす。
妖夢は次の一撃で決着を着けに来る。そう理解した咲夜はスカートの上からポケットの中の懐中時計を左手でそっと撫でる。ポケットの上を通過した左手にはいつの間にかナイフが握られていた。
「庭師の剣は動く物を斬るのには向いていないわ」
「私の手入れする桜の下には何が埋まっているか、もう一度考え直すと良い」
二人の間の空気がまるで真剣のように張り詰められていく。
対峙の時間はそれほど長くない、それでも妖夢にはこの緊張した時間が長く感じられた。
「残念、それでも」
「だから、それ故に」
時間の流れが遅延から急速に早められる。悠久は刹那を経てゼロ時間へと終着する。
「貴女は勝てない、冥界の番人!」
「貴女を斬ってみせる、紅魔の青い従者!」
妖夢の姿が再び消える。
次の瞬間、妖夢は咲夜の後ろにいた。妖夢の後ろでは幾筋もの剣線が閃き、付近の空間を切り裂いて、真空の竜巻が吹き荒れる。
二百由旬の庭でさえ一瞬にして駆け抜ける奥義、待宵反射衛星斬。
鎌鼬の領域を遥かに越えた、真空の斬撃の前に全ては寸断されるしかない。
渾身の力で振りぬいた妖夢の前にハラリ、と白い物が落ちる。
二つに両断されたのは――
「これは……カード? いや、トランプ……?」
ハラリ、ハラリと妖夢の周囲をトランプが舞う。その内の一枚が妖夢の前で動きを止める。
そのカードは、ジョーカー。
「しまっ!」
妖夢がそのジョーカーの意図を理解した瞬間ジョーカーのカードとともに全てのトランプはナイフにとって変わっていた。
妖夢は先ほどと同じように周囲のナイフを切り払おうと剣を振り上げる。
「残念、そこまでですわ」
落ち着いた声と共にスラリしたと白い手が伸び、ジョーカーだったナイフを掴む。その先には艶然と微笑む咲夜がいた。
「この距離では貴女がどれほど早く動けようと私の時間停止の方が早いわ、諦めなさい」
その言葉を聞いて妖夢はがっくりと肩を落とす。
「いつの間に? いや、時間を操る貴女には無用の質問か……」
残念そうに二本の刀を鞘にしまう。それは降伏を意味する。
咲夜はそれを見て、右手のナイフを離し、パチンと指を打つ。次の瞬間には妖夢の周囲を取り囲んでいたナイフは全て消えていた。
「そうね、貴女は目の前の事に集中しすぎてるわ。例えば最後の会話の前に周囲の時間の流れを遅くしていた、と言ったら貴女はどんな顔をするでしょうね?」
にこやかな笑顔のまま咲夜は手品のタネを明かしていく、それは咲夜だからこそできる、タネのあるタネ無し手品。
妖夢の顔は驚きと賞賛の混じった純粋な顔、それを咲夜は少しまぶしく感じる。
「なるほど、あえて会話を続けることで自分に注意を向けさせ、周囲の気配を隠す……見事です」
「それにね、このトランプにも意味があったのよ?」
続く咲夜の言葉に妖夢の眉が上がる。
「大体、戦闘中にトランプを持ってること自体がアレなような気もしますが……」
「あら、そのトランプに注意を奪われ、私がもう一回時間を止めるために集中する暇を与えてくれたのは誰かしらね?」
「む……」
妖夢は咲夜の言葉に黙り込んでしまう。
妖夢の思惑は、時間停止である程度の距離を逃げられるのならばその周囲全てを切ってしまえば良い、その為の極意、待宵反射衛星斬である。
対する咲夜は、時間の流れが遅くなればそれだけ妖夢のスピードも遅くなる、そのため、妖夢が動いた瞬間に対して咲夜は余裕を持って対応できるようになる。妖夢が動き出したのを確認してから時間を止め直し、妖夢の剣筋から逃れ、トランプをバラ撒く。この時点でナイフを設置しなかったのは安全策と言える。もし万が一そこからの剣技があるのならば下手に近づくのはあまり良くない結果を生み出す事になる。
そこでトランプをバラ撒き、妖夢の追撃が無い事を確認し、さらに妖夢の気をもう一度逸らす事によって再び時間を停止させ、ナイフを設置していく。先ほどのように打ち落とされないように今度は咲夜自身も接近、妖夢の反撃を阻止した、というのが最後の攻防の咲夜の思惑である。
読み合い、というよりは咲夜の手のひらの上で妖夢が踊った、という方が近い。
その事を理解した妖夢は咲夜に向かって深々と頭を下げる。
「その戦術眼、戦略、共に素晴らしい。わざわざ手合わせをお願いした価値があった。十六夜咲夜、ありがとう」
「いえいえ、私としても楽しめましたわ」
そう、咲夜は妖夢に請われ、白玉楼まで赴き、妖夢の手合わせの相手を引き受けたのだ。
何でも妖夢が言うには「紫様に言われた『遊びが足りない』という言葉の意味を貴女なら知っていそうなので」との事だ。
咲夜としても頼られるのは悪い気分ではない、幸い、妖夢の指定した時間が昼過ぎ、と言う事もあり、紅魔館の主、レミリア・スカーレットが起きるまでには帰れるだろう、という時間的な折り合いもあった。
「妖夢ー、妖夢ー、そろそろお茶にしないー?」
遥か眼下では、白玉楼の縁側から妖夢の主、西行寺幽々子がこちらを呼んでいるのが見えた。
「はーい! ただいまご用意いたしますー! 行きましょう、貴女の分も用意します」
幽々子に向かって大きく返事した妖夢は咲夜に笑いかける。
その少女らしいあどけない笑顔に眩しいものを感じながら咲夜は下りていった。
2:
太陽は中天を過ぎ、夕暮れには早く、昼には遅い。そんな「3時のおやつ」の時間をゆっくりと白玉楼で過ごす。
満開の桜に囲まれた白玉楼はまさに死者たちの楽園ともいえるぐらいの絶景だった。
そんな桜を見ながらゆっくりと過ごす午後。日差しは暖かく、眠気を誘ってくる。
「くぁ」
庭を見渡せる広い縁側には幽々子、妖夢、咲夜の順に座ってお茶を飲んでいた。
「幽々子さま、はしたないですよ」
「だって、ねぇ、こんなに天気がいいんですもの」
欠伸交じりの幽々子に妖夢がクチを出す。お茶請けの大福はすでに3つとも食べてしまって、ゆっくりと緑茶をすする。
「まぁ春眠暁を覚えず、ね」
そんな咲夜は大福を二つ食べ、暢気に湯飲みを膝に抱えている。
「そろそろ飲めるかしらね……」
おっかなびっくり緑茶に舌を伸ばす咲夜を見て妖夢は先ほど自分を打ち負かした相手かと本気で疑ってしまう。
妖夢は自分の分の大福、残り二つの内に手を伸ばしながらボンヤリと咲夜を見つめる。
一口食べた時点で妖夢は何のために咲夜に来て貰ったのかようやく思い出した。
「んぁ、そう言えばっ……んっ、ぐっ!」
思い出したかのように喋ろうとして大福が喉につっかえてしまって胸をドンドンと叩く妖夢。
咲夜はそんな妖夢を無言の溜息で見つめ、幽々子は目を細めて笑っていた。
「あらあら、妖夢は相変わらずせっかちさんねぇ」
「ん、ぐっふぅ……」
「そんなんだから貴女はいつまで経っても半人前なのよ」
幽々子の厳しい言葉が飛ぶ、しかしその顔には「いい玩具」だと書いてあるかのような意地の悪い笑顔だった。
妖夢が喋れないのをいいことに好き勝手喋っているのだろう。
「そんなに急がず、ゆっくりすればいいのよ」
口元を扇で隠し、目を細めている幽々子。一見笑っているように見えるが、咲夜には別の、もっと何かを含んだように思えた。
「……ふぅ」
やっとの事で大福を飲み下し、緑茶で一息ついた妖夢は幽々子を軽く睨む。
「幽々子さま……」
「あらなぁに? さっき言った事は本当じゃない」
非難がましい妖夢の視線を受けても幽々子の笑顔は崩れない。
「それを言われればそうですが……」
もごもごと口篭もる妖夢を見て、口元の扇をたたみ、庭を指し示す。
「だから、後であの庭を元に戻しておきなさいね、今日中に」
「はい……」
しゅんとうなだれる妖夢に咲夜は口元を綻ばせる。
「大福一つで半人前とはね。それで、さっき言いかけた事は何だったかしら?」
落ち込んだと思ったら今度はその瞳を好奇心に輝かせて咲夜に詰め寄る。
「それで、紫様の言っていた『遊び』なんですが、結局私にはわからないのです。そもそも、『遊び』というのが何なのかさえ解りません。ですが、咲夜はさっきの戦いで何となくそんなようなものを持っていたように感じます、教えて下さい、どんな修行ををすれば遊びが身につくのですか?」
「とりあえず落ち着きなさい」
なだめる咲夜には、妖夢の後ろでこっそりと溜息をつく幽々子が見えた。なるほどそういう事かと咲夜は納得する。
「そうねぇ、修行で身に付くものでもあるし、修行では絶対に身に付かないわね」
『遊び』とは感覚的なものである。より多くの経験から見につくものでもあるし、そうでない場合もある。その者の気性によって『遊び』の振幅もある。一朝一夕で身に付くものでも無いし、「教えて下さい」「いいですよ」で教えられるものでも無い。
「咲夜……貴女まで幽々子さまと同じ事を言う。私に『遊び』を会得する事は無理なんだろうか……」
すっかりしょげて肩を落とす妖夢。
幽々子といえば咲夜に向かってしきりに視線を飛ばす。どうやら咲夜にもう少し詳しく説明しろという事らしい。
――何だかんだ言ってても心配なのね。
咲夜は軽く溜息をつく。
「そうね、貴女に解りやすく言うと、視野の広さって事になるかしら。さっきの手合わせでも、貴女は私に集中していた、そこはいいと思うけど、それでは私が何か動作をしない限り貴女は反応できない。私だけじゃなくて、もっと周囲に気を使う事かしらね」
自分自身に言い聞かせるように言葉を紡いでいく。誰かが「教わる事よりも教える事の方が自らのためになる」と言っていたのをチラリと思い出した。
「成る程、天の機を読み、地の機を知る、という事ですか」
「あら、いい言葉知ってるわね、そういう事かもしれないわ」
「かもしれない、とは?」
「私だって意識してやってる事ではないもの。私はナイフの扱い方を教わった事はなくてよ?」
「なっ」
言葉を失う妖夢。幼い頃から鍛え、磨き上げてきた自分の剣術を、あっさりと修練した事の無い咲夜が打ち負かした事にショックを受けたのだろう。
肩どころか頭すら下げて「私は一体これまで……」とかブツブツ呟きながら廊下の板張りを見つめる。いや、視界に入ってはいても今の妖夢には見えていないようだった。
困ったような表情で妖夢を見ていると、幽々子が咲夜を見つめていた。
「……?」
視線の意図がわからずに無言で首を傾げる咲夜。
幽々子は無言で目を伏せ、庭を見る。一瞬眩しそうに空を見上げ――
ふぅ、と溜息をつく。
「貴女はやっぱり他所の従者なのねー」
「どういう意味です?」
まったく解らない。
「さて、咲夜。貴女の調子は?」
「まったくの普通ですわ」
質問の意味がわからないまま答える。
「そうね、そうでしょう」
幽々子はすっと立ち上がり扇を開いて口元を隠す。
「檻の中の小鳥は羽ばたきを知らず、安寧の安らぎのみを求めるわ」
「既に充分羽ばたきました、もう羽を休めてもいい頃合ですわ」
安っぽい挑発。咲夜はやっと溜息の意味が理解できた。
「もっとも、檻ではありませんが」
「大空へと舞うのが鳥としての本分……たまには羽を伸ばすのもいいかもしれないわね」
「ならば私は?」
「その足がかり」
「謹んでお断り申し上げますわ」
「あら残念」
心底残念そうに幽々子が言う。
妖夢はハッとして何かに気付いたように顔を上げる。
「蝶が飛べる高さには限りがございますわ」
「ここは空に近いわ」
「えぇ、そうですわね」
「蝶は長い距離を飛ぶわ、とてもとても長い距離を、とてもとても大切な物を運ぶ為に」
「私はとてもとても長い距離を歩きましたわ」
「そう、ならばここが貴女の終着点」
「いいえ、私はすでに終着点にいますわ」
妖夢が真剣な表情で両者の顔を見比べる。
幽々子は視線だけで、咲夜は口元だけが笑みを浮かべている。
「では参りましょうか、悪魔の狗」
「そうですわね、姫の亡骸」
咲夜が猫のような身のこなしで縁側を飛び立ち、はるか上空まで飛び上がる。
「なりません! 幽々子さま!」
妖夢の叫び声を無視してゆっくりと舞い上がる幽々子。その手にはいつ握られたのか優雅な扇が開かれていた。
「幽々子さま……」
なんでこうなったのかが解らない、解らないまま妖夢の目の前で舞踊と舞踏が始まりの幕を開いた。
3:
先に仕掛けたのは咲夜だった。
両腕を振りかぶり、思い切り振りぬく。凄まじいスピードで4本のナイフが飛び、幽々子に向かっていく。
「貴女もせっかちさんなのね」
ゆらり、と半歩分だけ横にずれる。たったそれだけでナイフは虚空を飛び去って消えていく。
「急いては事を仕損じるわよ?」
左手を突き出し、魂魄のような白い弾を幾つか打ち出す。ふわふわとした頼りない動きで咲夜にゆっくりと迫っていく。
咲夜は左側、つまり幽々子にとって右側に避けようとする。
「見え透いた手ですわ」
白い弾の向こう、幽々子が優雅に回転する様を見て進路を右に取る。白い弾に突っ込む形になってしまう。地上からその様子を見ていた妖夢はハッと息を飲んで見守る。
回転しながら幽々子は手にした扇を振り回す。扇からは紫の光が迸り、咲夜が一瞬前まで取ろうとしていた進路を蹂躙する。
「あら、残念」
言葉とは裏腹にちっとも残念そうに思えぬ口調で幽々子が微笑む。そのまま一歩分だけふわりと右による。
銀閃。
つい先ほどまで幽々子が立っていた場所を背後から4本のナイフが通り過ぎていく。
「残念ですわ」
自身ですら欠片も思っていないであろう咲夜の溜息が空気に溶けていく。
返ってきたナイフを自身の前で止め、その隣にさらに4本のナイフを空中に置いていく。計8本になったナイフを確かめるように見つめると咲夜はナイフに号令をかける。
「行きなさい、貴女達が伴奏よ」
8本のナイフは広がりながら上下左右に飛び立ち、幽々子に向かって収束していく。
8本のナイフを踊るように避ける幽々子。しかしその動きは止まらない。
一旦通り過ぎたナイフが弾けるように分裂し、それぞれが意思を持つかのように幽々子を追いかけていく。
右に避けた幽々子はその勢いのまま横に回転しながら両手を広げる。
「まずは私の番からね?」
まるで板張りの舞台を踏みしめるように一歩踏み出す。それだけで下から迫っていた2本を回避する。
恭しく一礼をすると、先程まで頭のあった場所を通過していく2本をやり過ごす。
扇を持った右手を突き出し、その右手に体を巻きつけるようにして回る。3本のナイフが目標を捕らえられずに虚空を駆け抜けていく。
幽々子は決して速い動きはしていない。むしろ日本舞踊特有のゆったりとした動きでナイフを避けつづける。
正面から迫ってきた最後の1本は優しく添えられた扇によって軌道を逸らされて彼方へと追いやられて行く。
「凄い……」
地上の妖夢からはその幽々子の舞がつぶさに見て取れる。
右へ左へとゆらゆらと舞う様はまさしく蝶の羽ばたきのように優雅だった。
休む事無く幽々子は動き続ける。
緩急をつけ、時には上下に揺れながら舞い、一つの動作が次の動作へと繋がっていく。
それほど早い動きではないながらも決して止まる事は無い。
幽々子は伏し目がちに顔を上げ、顎の下をナイフが通過していく。
「やるわね、ならもっとアップテンポしてさしあげますわ」
さらに4本、咲夜の手からナイフが解き放たれる。
それを目にした幽々子は内心で舌打ちをする。回避の一手では勝てない。
「あら~、それはちょっとズルくないかしら?」
追加のナイフが先の8本に合流する一瞬の隙を幽々子は見逃さなかった。
目を閉じて両手を広げる。
現れたのは無数の蝶。
全くの遅滞を感じさせずに幾十、幾百もの七色に輝く蝶が現れ、鱗粉のように光の粉を撒き散らしている。
ナイフのさらに外周に現れ、それぞれがナイフに向かって羽ばたく。
幻想的な光景に咲夜も妖夢も息を飲んだ。
高速で飛び交うナイフにそっと蝶が止まる。たったそれだけでナイフは速度を失い、地表に向かって落下していく。
ナイフを殺して見せた蝶はまだ無数におり、幽々子の周りに付き従っている。それらの蝶を愛でるかのように優しい表情をした幽々子はそのうちの一羽を手に乗せている。
「今度は貴女の番ではなくて?」
そう言って手の上の蝶にそっと「お願いね」と囁き、咲夜に向かって差し出した。
蝶達は光の鱗粉を撒き散らしながら咲夜に向かってゆらゆらと飛んで行く。
「なるほど、それではご覧下さいませ」
撃ち落とすには数が多すぎる。そう判断した咲夜は蝶の群れの中へと踊り込む。
まずは右へと軽くステップを踏み、正面から来た蝶を3匹避ける。
すぐさま下降し、姿勢を低くして前進。蝶の群れを次々と避けていく。
幽々子のゆったりとした舞踊のそれと違い、咲夜の動きは激しく、素早い。
それはまるで西洋の舞踏。一人舞台の上で踊りつづける人形。
左右へのステップを中心として、上半身で体のバランスをとり、小刻みに動いて蝶の群れを次々と避けていく。
右、右、左、右、左、左。
くるりとターン、正面を向いた時にはいつの間にか右手に握られていたナイフを横に一閃する。
目の前の蝶は鱗粉を残して両断され、虚空へと消えていく。
蝶の群れの中心で踊り続けながら、咲夜の表情は微笑み。
その咲夜の表情を理解した妖夢は驚きを隠せない。自分だってあの蝶を避けれない事は無いだろう。ただし、咲夜のように微笑みを浮かべながらできる芸当とも思えないが。
――私なら、途中で全て切り捨てるだろうな。
そんな風に思いながら咲夜の舞踏を見つづける。
ふ、と咲夜が動きを止める。
「ダンスもいいけれど、あいにく私は手品師ですわ、ですから……」
軽く右足を引き、両手でスカートの端を軽く摘み上げる。小さく会釈をしてから、顔を上げる。
「奇跡の大脱出をご覧下さいませ、In dis criminate」
口の端を持ち上げる。
次の瞬間、全ての蝶の前には銀のナイフが突きつけられていた。
ナイフと蝶はぶつかり合い、澄んだ鈴の音のような音を立てて蝶が消える。
「お見事」
「滅相もございませんわ」
幽々子が賞賛する。
「ではそろそろ」
「舞台の幕はやっと上がりきりましたわ」
交わされる視線、交錯する想い。
咲夜の双眸が緋を灯し世界は殺戮の紅い血に染め上げられる。
時計の針が規則正しく鳴り響き、廻る世界は懐中時計。
咲夜の体がゆらりと揺れると周囲に4つの紅い血で染め上げられた魔法陣が浮かび上がる。
「さぁ、私の舞台、世界へようこそ」
紅い世界に咲くのはキリキリとした人形の笑顔。
遠くから見ていた妖夢でさえゾッっとする血に濡れたような紅い唇。
背筋に氷柱を突き込まれたような寒気を覚え、思わず手が傍らの楼観剣に伸びる。
「咲夜、貴女は……」
それ以上の言葉は妖夢の口に上らなかった。あの長い冬の終わりの戦いですら見せなかった咲夜の本気、それを目にして妖夢は唇を噛む。
その殺気を前にして、ようやく自分の主の方を見る。
幽々子は、咲夜の世界を前にしてなお、目を細めて笑っていた。
幽々子の唇が震え、細く可憐な唄を紡ぎだす。
「ましろにて
おもかげちらん
うつしよよ
さくらのごとく
さきほこるなり」
目を閉じ、妖しい死蝶が腕を広げ、羽ばたく。
幽々子の背に蝶の羽の如く開かれる巨大な扇。描かれているのは墨染の桜と、輪廻転生を表す車輪をそなえた牛車。
「貴女は……死ぬのかしらね?」
そう言って微笑む亡霊の姫。
「私は死にませんわ。お嬢様の傍にある限り、そして私の時間は進まない」
完全で瀟洒な従者はナイフを取り出し、うっとりと恍惚の表情で笑う。
「亡霊といえども、殺してご覧に入れますわ」
「死しては見えず、生きても見えずね」
その冗談に咲夜はナイフで返す。
数えるのも馬鹿らしいナイフが咲夜を取り囲み、キリキリと回転している。
ビタリ、と一糸乱れず幽々子の方を向き、次々と突撃していく。
「それだけ大きな物を背負っていれば避けられないでしょう?」
――認識、停止。糸繰人形は私。踊るのも私。そして殺すのも、私。
メイド秘技『殺人ドール』。
幽々子に直進していったナイフは次々と向きを変え、バラバラに弾ける。
僅かにあった隙間さえ埋め尽くし、刃の雨が振る。
「あら? 避ける必要なんてあるのかしら?」
幽々子は右手の扇で口を隠したまま微笑む。
扇の右からは大きな白い弾が吐き出され、左からはゆっくりと死蝶が舞う。
次々とナイフを打ち落としていく白弾。打ち漏らしにはそっと死蝶が寄り添い、ナイフを殺していく。
そのまま白弾を咲夜に打ち込み、回避するであろうスペースを死蝶が埋め尽くしていく。
一回二回と、瞬間移動を使いこなし、巧みに空いたスペースに体を潜り込ませる咲夜。
紅い魔法陣からクナイを射出しながら姿を消し、一瞬にして幽々子の眼前に現れる。それはまるで手品師の所業。そのまま咲夜は右手に持ったナイフを袈裟懸けに振り下ろす。
動けばクナイ、動かなければ直接咲夜の手に掛かることになる。
「まぁ」
おどけるように驚いて見せた幽々子は優雅な動きでバックステップを踏み、咲夜の斬撃は空を切る。右手を突き出し、4条の紫の光のレーザーでクナイを打ち払う。そのまま咲夜に向かってレーザーを横に振り抜きながら回転してみせる。
咲夜は無言で浮遊を解除し、重力のままに落ちる事で回避、そのまま腕の力だけで幽々子に向かって下からナイフを投げつける。魔法陣は幽々子の20メートル程前でクナイを吐き出させる。
正面と下方からの十字射撃。
臆する事無く幽々子は今度は前進し、クナイの雨の中に飛び込む。
幾つかが幽々子の服や髪を掠めるが、それで済むのならば上出来と言えた。
扇とクナイがぶつかり合い、白い火花を散らしてクナイが消えていく。
一瞬だけ幽々子の扇がその姿を薄くするが、すぐに元に戻る。
高度を上げ、肉迫しようとする咲夜を確認すると、スペルカードを取り出す。
死蝶『華胥の永眠』
全方向に光り輝く蝶を射出して接近を阻止する。
「ちっ」
咲夜は舌打ちをしながら後退して、蝶を避ける事に専念する。
後方に下がりながら魔法陣を自分の近くに呼び寄せる。
――状況はやや押してるわね、ただし決定打に欠ける。といった感じかしらね。
冷静は頭で改めて思い直す。頭の片隅で殺せコロセころせと喚き散らす狂気への呼び声を意図的に封殺しながら、それでも焦りが沸いてくるのを抑えきれない。
――いずれにせよ、このまま長期戦を挑まれたらジリ貧ね……。
今日はゆっくりとしていた幽々子に対して自分は妖夢相手に手合わせしたのだ。疲れが無いといえば嘘になる。
そこで咲夜の脳裏に閃く物があった。
「なるほど……なら、遊びましょうか」
見る者の背筋が凍りつくような自嘲をすると、時計の針を銀のナイフで打ち付ける。
その咲夜の自嘲を見て、幽々子もまた理解する。
――遊びは終わり、いえ、これからかしらね?
口元を扇で隠し、妖しい笑みを浮かべる幽々子。今の状況が長引けば咲夜の消耗を待てば良いだけであったが、咲夜が短期決戦を挑んで来るのならば遊びの準備をしなければならない。
「そうね、遊びましょ」
扇を口元から外し、咲夜に向ける。
今までのゆったりした動きとは思えぬスピードで死蝶が飛び立ち、真っ直ぐに咲夜を急襲する。
同時に扇の回りに死蝶を大量に呼び出す。それらは幽々子を守るようにひらひらと幽々子を包む。
咲夜は右に向かってステップを踏み、直線的に飛んできた死蝶を避ける。
そのまま床を蹴るかのように姿勢を低くし、空を駆けていく。
幽々子は突っ込んでくる咲夜から、自分を守るようにさらに死蝶を呼び出し、死蝶の群れの中に隠れる。
「邪魔な蝶から消えていただきますわ」
死蝶の横を滑るように移動した咲夜の両手には、魔法のように現れた死者を無に帰す銀のナイフ。
弾かれたように起き上がる咲夜の上半身、湧き上がる殺意の衝動を押し殺そうとして、それでも抑えきれない部分が顔の筋肉を引きつらせ、笑みを形作る。
傷魂『ソウルスカルプチュア』
傷ついた魂が他者の魂を傷つける行為。
限界以上で振るわれた腕は痛覚を訴えるが、それを一顧だにせずに腕を振るい続ける。
紅い剣閃が迸り、世界を切り裂いていく。
「くっ、これは……」
珍しく幽々子が苦鳴を漏らし、自らの周りの蝶を前方に集めて、障壁にする。
それでもなお紅い剣閃は蝶の壁を侵食し、破壊しようとする。
背に広がる蝶の羽の如き扇は剣閃に晒され、その姿を保てずに空気に溶けるように消えていく。
苦し紛れに右手の扇から4条の紫光を放ち、咲夜の動きを止めようとする。
その瞬間を咲夜は待っていた。
紫光が貫いたのは、トランプ。
一瞬にして咲夜は幽々子の眼前に現れる。
右手のナイフを幽々子の鼻先に突きつける。
「チェックメイトですわ、亡霊嬢」
「そうね、詰みね」
銀のナイフの先には一枚のカード、それが白い光を放ち、空気にゆっくりと溶けていく。
完全なる墨染の桜 『春眠』
咲夜の肩には一羽の死蝶が止まっていた。
「この状態ならば、貴女が何かをするよりも早くその蝶が貴女を殺してしまうわ」
「貴女の背中に突きつけられたナイフよりも?」
「あら、まぁ」
見れば幽々子の背中には4本のナイフが突きつけられている。それも鼻先などと言わず、すでに幽々子の背中に触れている状態だった。
そのナイフは始めに投げた物。死蝶に落とされはしたものの、幽々子の攻撃を下降して避けた時にこっそりと回収し、投げておいた咲夜の奥の手、アナザーマーダー。
「ふふ、引き分けね」
ナイフをものともせずに優雅に笑う幽々子。
「何を仰います、初めからこの光景を望んでいたのでしょう?」
咲夜の目は既にいつもの真冬の湖を思い起させる深い青色。
「あら、そこまでバレていたの」
「バレバレですわ、そもそもこの弾幕ごっこだって妖夢に見せるのが目的でしょう」
「たまには私も動かないと太っちゃうわ~」
溜息をつく咲夜。笑う幽々子。
咲夜はナイフを一瞬で消して呟いた。
「私のお茶は冷めたかしら?」
4:
「さて、妖夢はこれで何か解ったかしら?」
弾幕の時は過ぎ去り、元の席へと戻ってきた幽々子はお茶を飲んで一息ついてから妖夢に問い掛ける。
「はい、お互いの視野の広さですね。空気の流れを知り、相手の意図を常に意識する事です」
妖夢の答えに幽々子は大仰に溜息をつく。
「あのねぇ妖夢、……まぁいいわ」
「少し遠まわし過ぎましたわね」
冷めた緑茶を片手に大福をおいしそうに食べる咲夜の顔は締まりがない。
「……よく解りません」
拗ねたように頬を膨らませて言う妖夢に咲夜と幽々子は苦笑する。
「それに……今の弾幕ごっこで解れ、というのも中々酷なものですわ」
「そうねぇ……こういう事かひら」
呟いて幽々子はさりげなく手を伸ばし、妖夢の皿から一つ残っていた大福を取りあげる。
「あっ! 幽々子さま、はしたない……」
驚く妖夢を尻目に、最後の大福を食べ終えた咲夜が口を開く。
「今のが、貴女に足りない『遊び』ですわ」
「えぇ!? 『遊び』と大福が関係あるのですか!?」
「そうじゃなくて……」
ゆっくりと緑茶を飲み、それからさらに詳しく説明していく。
スカートのポケットからからトランプを取り出し、片手で弄ぶ。
「これは私なりの『遊び』なのだけれど、紅茶を淹れたり、手品をしたり。心が落ち着く事をね、遊びというの。妖夢、貴女にとって一番心が落ち着く時は?」
咲夜の問いかけに妖夢はやや考え込んでから答えた。
「そうですね……庭の木を剪定している時でしょうか、その事だけを考えて、時間を掛けて一本の木の世話をしてやる。そうする事で不思議と心が落ち着くのが解ります」
「そう、それが『遊び』なのよ。心が落ち着くと余裕が生まれるわ」
「それと視野の広さと何の関係があるんです?」
「貴女はその庭木の剪定が終わったあと、凄く落ち着いて、余裕のある気分になるでしょ、例えば、幽々子のつまみ食いすら見逃す気分に」
「確かに……」
妖夢は難しい顔をして腕を組む。傍らでは半霊部分も動きを止めて考え込んでいた。
「その『つまみ食いが解ってしまうけど、見逃す心』って言うのが貴女の理解しようとしている『遊び』ですわ」
「難しいですね……」
「そうよー、難しいから妖夢はもっと私のつまみ食いを見逃すべきだわー」
「それとこれとは別ですわ」
幽々子のちゃちゃ入れをピシャリと封じる咲夜。
「それで……咲夜はどうやって身に付けたのです?」
「お嬢様の元で働いた事かしらね」
「それは……私には出来ません」
肩を落とす妖夢を見て、咲夜がふんわりと笑う。
「だから言ったハズですわ。『修行では身につかない』と。考えなさい、考えて考えて、たくさんの経験を積んでようやく解る事ですもの」
「そうですか……解ったような解らないような……」
「貴女の主の下で働き、主の言う事を委細聞き漏らさず注意を払う事。それが一番の近道かしらね」
咲夜は言うだけ言い終えると、ゆっくりと席を立つ。
「それでは、そろそろお暇させて頂きますわ」
スカートの端をちょこんとつまみ、咲夜が瀟洒に会釈をする。
「はい。貴女との手合わせ、幽々子さまとの手合わせを拝見させて貰ったおかげで、何かがわかったような気がします。今日はどうもありがとう」
真っ直ぐに立ち、深々と頭を下げる妖夢。顔を上げたそのまなざしは真剣で、その姿勢と同じ真っ直ぐな光をたたえていた。
「あ、それとアドバイスですわ、肩の力を抜いてリラックスする事。そうすれば心が落ち着いて、多くの物事を見れるようになるわ、例えば、貴女の主のように」
茶目っ気たっぷりの笑顔を残して咲夜は踵を返す。
咲夜の眼下には気の遠くなるような階段と、その両脇に雲霞のごとく咲き誇る桜の庭園。
幽幻の景色。生ある者が必ず辿り着いて見る事の出来る、死後の楽園。
「咲夜」
柔らかな声が背中からかけられる。振り向くとそこには優雅な亡霊姫。
「貴女もいつか必ずここに辿り着くわ。なら、今できることを全てしなさい。終わりが解っているのならば、それに対して何かをする事よ。黙って現状を受け入れるのは愚の骨頂と知りなさい」
珍しく真面目な幽々子の言葉。普段のもってまわった言い方ではなく、直線的な言葉は、だからこそ咲夜の記憶の中に色鮮やかに刻まれる。
「妖夢、貴女はいい主を持ったわね。誇りと思うのならば、全力でお守りしなさい。それが貴女の道であり、辿り着く場所でしょう」
そして幽々子に向き直り、優雅に膝を折り、だが決して膝を地に付かせずに別れの挨拶を送る。
「違う時、違う場所、違う世界ならば貴女に仕えても私は幸せでしょう。貴女の言葉、ありがたく拝領させていただきます。それでは、改めて暇を告げさせていただきますわ。西行寺家当主、西行寺幽々子嬢」
それは、メイドとして、最高の賛辞。
「その言葉、しかと私の胸に閉まっておきましょう。悪魔の従者」
大仰に頷く幽々子の表情を確認して、咲夜は振り返る事無く階段を下りていく。
やがて咲夜の姿が見えなくなった頃に幽々子が妖夢に語りかける。
「妖夢、貴女のその刀にも、遊びを持たせてあるわ。遊びの無い刀は折れやすい物よ、貴女が私の刀を自任するのなら、絶対に折れる事の無い刀になりなさい、私が消えてしまわぬように」
眩しそうに幽々子が微笑む。
突然の突風にあおられ、桜の花弁が舞い踊る。それは雪のように白く、全てを覆い尽くしてしまうかのように幽々子と妖夢の間を吹き抜ける。
花弁の向こうで微笑む幽々子の顔はとても儚く、今にも消えてしまいそうな、気がして。
妖夢はとても切なくなって、何故か涙が出そうになって、それが悔しくて――
「はいっ!!」
とてもとても大きな声で返事をした。
「それと妖夢、庭掃除は今日中ね、食事の用意が遅れたら承知しないわよー」
「とほほ」
「これも貴女のためなのよ~」
幽々子様も悟ってるっぽいところがかわいいよ!
咲夜さんもなんかとりあえずかわいいよ!
戦闘シーンも、キャラの描写も。
妖夢が一皮剥けるためには、しゃにむに修羅の道を行くのと同時に、
遊びも覚える必要があるんでしょうね。深かったです。
言うまでも無いですが氏の書く咲夜さんは瀟洒過ぎますよ!
しかし妖夢頑張れ。
超頑張れw
それではコメント返しのお時間です。
>コイクチさん
「あなたを~」では大変申し訳ありませんでした orz
100点ありがとうございますw
頑張ったのがアナタの一言で癒されましたw
>低速回線さん……ですよね?
妖夢は真っ直ぐに頑固ですよ(ぉ
幽々子様は悟ってますよ、具体的には氏の絵版絵の狐耳とかに(何
咲夜さんはなんかってどういう事ですかー!? 瀟洒に可愛いですよ(爆
>駄文を書き連ねる程度の能力さん
妖夢はまだまだ半人前ですねぇw
これからツマミ食いを怒られる度に「遊びが……」と言われて押し黙る妖夢を幻視しましたw
咲夜さんは瀟洒ですよ。それでこそ咲夜とも言えますがw
>おやつさん
ありがとうございます。
妖夢は半人前だから、もっと頑張って幽々子様のツマミ食いを見逃せばきっといつかは一人前に……w
さてさて、次回分のエネルギーを皆様に貰ったので頑張りたいと思います。
それでは、また。
妖夢はかわいいw