幻想郷に雪が降る。
紅魔館門番隊の一番忙しい季節は冬だ。スペルカードの力で雪を溶かしたり、スコップで雪かきしながらもうやんでくれと祈ろうと、空を見上げて降りしきる細かい雪の結晶を顔に受け、その雪が紅い髪やまつげに凍りつく感触を無感動に味わおうと、そんな人妖の態度などおかまいなしに雪は降り続く。
紅魔館門番隊隊長の紅美鈴は、正門の詰め所でよく閉まらないドアに苛立ちながら仕事時間の終了を待っていた。猛吹雪だった。視界がほとんどきかない。雪が降るというより、空気まじりの雪に庭が包み込まれている。空気より雪のほうが多いのではなかろうかと、紅美鈴は思う。吹き付ける吹雪の音、ドアの隙間で冷気が渦まいてたてる口笛のような音。細かい雪が部屋に侵入してくる。
「ああ、何でこんなに寒いのよ。」
「隊長、ドアが変形してますよ。」
「ドアが変形したのはいつからでしたっけ。」
「夏に侵入者と戦ったときよ。」
「あの時は何ともなかったんだけど。」
部下の門番メイドたちも詰め所に集まってコートの襟を立て、震えている。本来みなそれぞれの持ち場で侵入者を警戒しなければならないのだが、この吹雪では誰もこないだろうし、うかつに動き回れば自分が遭難しかねない。何より支給された防寒具だけでは寒すぎる。みんな個人の服を手当たりしだい重ね着しているが、それでも足りない。景色は大して変わらない、冬の妖怪と氷の妖精が楽しそうに遊んでいる。まるでこちらにいらっしゃい、と誘っているかのように見える。寒い。屋敷の壁の隅で毛玉たちが固まって過ごしている。毛玉も凍えたくないのだろう。詰め所にはストーブがあるのだが、例年以上の寒さのために燃料をきらしてしまった。
「いくら予算が苦しいからって、咲夜さんも燃料までケチらなくてもいいのに。」
美鈴はそう愚痴ると、スペルカードを取り出す。カードにこめられた魔力を小出しにしながら、弾幕ではなく小さな火球を宙に出現させる。詰め所が少し暖かくなる。武器であるスペルカード本来の使い方ではないが、そうでもしないと、妖怪である自分はともかく人間の同僚たちが参ってしまう。
いつまで待たせるのだろう。もう日が暮れるというのに、まだ食料の買出しに行ったメイドがひとり戻ってこない。早く仕事を終えて温まりたい。凍えて待っている身にもなってみろ。
頭がすこしずきずきする、この前仕事で失敗をやらかして、咲夜さんからお仕置きナイフを喰らってからだ。妖怪の私はこれくらいでは死なないので、ナイフが脳に達したところで死にはしない。でも咲夜さんのナイフは銀製で、私のようなあやかしの者にとって、普通のナイフより痛いのだ。パチュリー様に診てもらったが、パチュリー様は何も言わなかった。ただ、門番を辞めないと死ぬわよ、と言っただけだ。休養もとらず、薬も受け取らず、大陸へ帰ったほうがいいという忠告をも無視した。急速な経済発展とやらで、もはやこの島国同様、故郷の大陸にも幻想を信じる者は少なくなってしまった。帰ったところで、どこに居場所があるというのか。幻想が生み出した私たちのような存在としては、この幻想郷ほどの自由はないだろう。どのみち、リリーホワイトが飛んでくるころには門番の契約も切れる。パチュリー様は、そのくらいはこの身がもつだろうと診断したのかもしれない。結局、使うだけ使ってやれ、と紅魔館当局は思っているに違いない。弄られキャラは消耗品なんだ。外界から送られてくる屑幻想はいくらでもある。
ここで寒さに震えているほうが外界の暮らしより上等なんて惨めな話じゃないか。紅美鈴は自嘲する。私の人生は、ナイフと百合と弾幕と地下室、この四語で語れる。最期だってもう見えている。お仕置きナイフと弾幕が私の命を奪うだろう。メイド長や魔理沙などの侵入者に人生を狂わされたとは思わない。他人はよくそういって同情したが。狂わされたのではない、と紅美鈴は思う。狂ったというのなら、では狂っていない人生とはなんだ? 私にはこれ以外の選択の道などなかった。何をやってもだめな残機0、ボム0の人生の中で、唯一の道を歩んできただけだ。門番を選ばなければその時点で、私の人生はジ・エンドだったろう。悪魔になぞ仕えず、清く正しく―、それでは自殺したほうがよかったのだ、と言っているも同然ではないか。知り合った数少ない人間たちはみんなそう言った。そんな所にはいたくない。もし春にまだ生きていたら、門番契約を延長してもらおう。自殺させられるのはごめんだ。
遠くから一人のメイドが、凍った湖を歩いて渡ってくる。やっと帰ってきた。買出しに行ったメイドの最後の一人だ。同僚の内勤メイドが屋敷から走ってきて、疲れ果てた表情の彼女をいとおしそうに抱きしめた。私にもかつてあんなに仲の良い友人がいたような気がするが・・・。ともあれ、やっと仕事を終えられる、と思ったとき、そのメイドたちが駆け寄ってくる。近寄ってきたメイドの一人は詰め所のドアをたたき、かってにドアを開いた。冷気がまともに吹き込んできた。
「なんですか、かってにドアを開けないでと何度いったら・・・。」
「あとはお願いね」
「いったい何を?」
「正門を閉めわすれちゃった、じゃあそういうことで」
「そんな仕事は嫌ですよ~」
「門を閉めるのは門番の仕事でしょ、もし侵入者があったらあんたらの責任よ」
ドアが閉まる、反動で開いた。美鈴は何も言えず、内勤メイドの後姿を見ていた。みんな何でもかんでも門番にやらせようとする。嫌な仕事はみんな門番に押し付ける。門番隊は弄られるのが当然だ、というように。
「しょうがないから、とっとと片付けるわよ」
門番メイドたちがやる気のなさそうな返事をする。早く温まりたい。でもこの門を閉じるまで仕事は終わらない。意を決してドアを開ける。風と雪が刺すように吹き付けてくる。一瞬みんなの動きが止まるが、それでもいっせいに外へ飛び出す。目的地は正門。紅魔館の高さ5メートル近くもある鮮血のような色をした門。侵入者の返り血が染まってこのような色になったと言われているが、定かではない。みんなで片方の門扉から押していくが、雪が邪魔で動かない。門を傷つけないように慎重に弾幕を放ちながら雪を吹き飛ばし、残りをスコップですくう。汗が出て、しばらくするとそれで余計体が冷えてくる。もう一度門を押す。ようやく閉まるようになる。片方の門も閉め、仲間を先に屋敷の寮に帰し、詰所のドアにカギをかける。
「内勤のメイドはいいな」
そう美鈴は独り言をつぶやいた。みんな門番ほど凍えたりはしないだろう。メイド長の咲夜さんだって、詰め所で凍える私達の気持ちなんか、絶対にわからないだろう。私だってお嬢様のお世話をする完璧で瀟洒な従者になりたかった。でも要領よく立ち回れず、手先も不器用だった。要するに、私にはこの仕事しかないのだ。弄られキャラとさげすまれても仕方がない。加えて、たとえ門番隊がどこかの侵入者に突破されても、中にはお嬢様をはじめ、パチュリー様、咲夜さん、そして妹様という屈強な弾幕少女がいるのだ。いてもいなくても同じ、そう門番隊を評価する者もいる。私だってそうかもしれないと思う。しかし給金が他のメイドより安いと言うのは納得がいかない。安い上に、さぼっていたとか何とかで罰を受けて、差し引かれる。どんな悪いことをしたというの。
美鈴は同僚を失った日を思い出し、涙がにじんでくる。春が盗まれ冬の長引いた年、猛烈な吹雪のなかで不足した物資を調達しようと奮闘しつつ凍死していった仲間、彼女はそんな死に方をしなくてはならない。ある内勤メイドは『咲夜さんに任せておけばいいものを、バカね』と言い放った。どんな悪事をはたらいたというの? 詰め所のドアもすぐに修理はしてくれず、仕事はきちんとしろと言う。勝手なものだ。 ストーブの燃料が補充されるのはいつのことか、春までこのままかもしれない。職場環境を整えるよりも、人妖をこき使うほうが安上がりなのだろう。この紅魔館全体だって、妹様の排熱を利用すれば無雪にすることもできないではないだろうに。それはめんどいと言う理由で私たちを使う。幻想と化した妖怪は有り余るほど外界から送られてくる。紅魔館はこれらの妖怪をどう使うかで頭を悩ませている。自機キャラになれる妖怪は少ない、有能なメイドも。残りはネタキャラとして、たとえば門番にされる。それでも文句は言えない。こんな世界でも、幻想を失った外界よりはずっと暖かいから、みんな、だから、ここにいるんだ。
美鈴は寮の自室に戻り、防寒具をハンガーにかけた。そしてバスタオルと着替えを持って浴室に行く。ほかの門番メイドたちも一緒だった。お湯はぬるかった、お嬢様たちや他のメイドの残り湯だ。頭をシャンプーで洗い、体は軽くお湯で流すだけ。体を拭き、下着を取り替えて服を着る。ようやく生き返った気分になる。
メイド長の咲夜さんに仕事の終了を伝え、詰所のカギを渡す。挨拶をして背を向けると咲夜さんに呼び止められる。
ああ、わかってますよ、どうせまた雑用でしょ。今日は大雪だから、明日あたり雪かきでもしろって言うんでしょう。と美鈴は苛立った。
みんなあのレティという妖怪のせいのような気がする。あの小太り妖怪がハッスルするから大雪が降るのだ。と美鈴はときどきそんな風に思うのだ。
「美鈴だけ、ちょっと待って、他は行きなさい」
ところが雑用しろという命令ではないらしかった。同僚メイドたちは「気の毒に、なにかメイド長ににらまれることでもしたんでしょう」という顔をして去っていく。
「さて」 と咲夜さん。
「びっくりするような話があります。腰抜かすといけないから、かけたらどう、美鈴」
いえ、結構です、と進められた椅子も、どうかといわれた紅茶も断わり、美鈴は立ち尽くした。咲夜さんは紅茶を一口飲むと、美鈴の顔をじっと見つめ、ため息をつき、それから口を開いた。
「賞が授けられる」 と咲夜さんは言った。
「そうですか」 と美鈴は答えた。
なるほど、紅魔館の誰かがなにか表彰されて、それでその式典の準備をさせられるのだろう。紅美鈴にはそんなことしか思い浮かばなかった。だから咲夜さんが「あなたによ」と言ったときも「あなたに準備をやって欲しい」と言うふうにしか受け取れなかった。
「わかりました、で、会場はどこですか、みんなに手伝ってもらってもいいですか」
「あまりうれしくないようね。あなたの受賞が決まったのに」
「なんですって、私が、その、賞をもらう? なにかの間違いでしょう」
「私もそう思ったわ、信じられなかった」
美鈴は率直に言われても別段腹は立たなかった。勤務状態を振り返ってみても、ほかの門番と比べて、特に優秀だというわけではない。魔理沙さんには相変わらず侵入されるし、もう咲夜さんにも魔理沙撃退は期待されていない。素通りさせたほうが被害がかえって少ないからそうしろと言われている。標準的な・・・やられキャラだ、いてもいなくてもいいと蔑まれている妖怪の一人だった。その自分がどうして、と美鈴はいぶかった。
でもまあいいか、と美鈴は思い直す。もらえるもんはもらっておこう。どうせ「弄られ役お疲れで賞」とか「もっとがんばりま賞」とかいうようなものだろう。
「メダルは紙ねんど製ですか」 と美鈴はげんなりした口調で聞いた。
「違う、そんな安物じゃない。最萌えチャンピオンよ。幻想郷最高の弾幕少女。もっとも愛される美少女に送られる賞よ。メダルは金か、そうでなくても結構希少な金属でできてるらしいわよ。貴重な賞だから。う~んたとえばセシウム137?」
「稀少ならなんでもいいってわけじゃありませんよ~」
「まあ冗談よ、それより砂糖入りの紅茶で暖を取りなさい。暖かいわよ。外は寒かったでしょう、かわいそうに。」
(咲夜さんにも外の寒さはわからないでしょうよ) と美鈴は心の中で軽く非難した。
美鈴は用意された椅子に腰掛け、紅茶をすする。最萌えチャンピオンがどういった人妖に与えられるのかは美鈴も知っていた。ネタキャラに与えられるようなものでは決してないのだ。華々しい活躍、性格も容姿も魅力的、東方がある限りずっと語り継がれ、伝説になるような、そんなヒロインが受賞するのだ。最も萌える美少女としてカリスマ的にあがめられるような、それだけの価値がある弾幕少女。だれが主催するのか知らないが、おそらくそういう基準で選ぶのだろう。
美鈴は恐怖を覚えた。なぜ自分がそんな賞に値すると判断されたのか? 運命を操るレミリアさまの意思か? それなら私が最高の賞を受賞するように仕向けられても不思議はない。もしそうなら私をどのように弄って遊ぶというのか。我ながらたいして器量も良いとはいえない私に、あてつけるように賞を送るなんて。いくらお嬢様でも我慢ならない。どうせ死ぬから利用してやれという紅魔館のやり方には、断固として抵抗してやる。
「受賞は辞退します」
かすかに震える声で美鈴は言った。咲夜さんもうなずいた。しかしメイド長の口から出た言葉は彼女の態度とは逆だった。
「私があなたでもそう言ったでしょう。しかし、お嬢様はこれを紅魔館の威厳を知らしめるいい機会と捉えているわ。これは命令よ、受賞しなさい。美鈴」
「・・・何かの陰謀ですよ・・・」 美鈴は感情を咲夜にぶちまけた。
「私が何をしたって言うんですか! こんなあてつけのような賞を出して、そんなに私をからかいたいの、いったい私に何の恨みがあるというの。いくら咲夜さんやお嬢様でも、これはひど過ぎます。我慢できない!」
「違うの、美鈴。紅魔館やお嬢様は関係していない。最萌えチャンピオンは紅魔館が出すのではないの。幻想郷でもいまだ謎のベールに包まれている意思、最萌えトーナメント運営委員会が決定する。わかるかしら。紅魔館にとっても、これは寝耳に水よ。何であなたが、と疑った。疑ったところでしかし、どうなるというものでもないのよ。間違いでしょうと問い合わせたけど、正式決定だそうよ」
「いったい誰が、私を選んだんですか」
「分からない、最上層のやることは、私たち従者には分からないわ。でも下手に辞退すると、お嬢様のイメージも落ちるかもしれないし、神主様にも嫌われるかもしれない。くれるって言うんなら、貰っときなさいよ。故郷の大陸に帰ったときも、箔がついて地元妖怪に大きな顔ができるでしょう」
「慰めですか」
「慰め?、おかしな話ね。でも気持ちは分かるわ、自分でも知らないところで注目されて、勝手に他人にランキングされる。でも名誉なことではある。みんなに知らせてあげなさい。それに一週間の休暇を与えます」
「そんなものいりませんよ」 かすれ声で言った。
「わかりました、忙しい時期だから、そういってもらえるとありがたいわ。しかし明日は仕事はいい、授賞式があるの」
「どうしても受賞しなければ駄目ですか」
「お嬢様の命令なのよ、受けなさい」
咲夜さんは椅子の上で両足を組み、私の顔をじっと見つめていた。
「行っていいわ」 と咲夜さんは言った。「皆に知らせてやりなさいよ、きっと喜ぶでしょうよ」
美鈴は無言で部屋を出た、自分の仲間が、受賞を喜ぶとは思えなかった。驚くだろう、祝ってくれるかもしれない。しかし、私が勲章を貰ったからと言って、彼女たちの待遇が良くなるわけではない。私自信の待遇も変わらないだろう。喜ぶ理由など何もない。それに、みんなむしろ私に対して嫉妬、いや、自分たちとは違う存在なのだと言う、漠然とした差別の目で私を見るようになるのだろう。
談話室に入ると、談笑していた門番メイドたちが私の顔を見た、どうも空気が違う、いつもならほっとするような感じなのに。みんな部外者がきたと言うような目で私を見る。一応挨拶はしてくれたが。
(もう伝わったんだな)
門番メイドの誰かが立ち上がり、紅美鈴隊長万歳と言った。
「何がよ」 美鈴はとぼける。
「レミリアお嬢様が、隊長の最萌えトーナメント優勝記念にこれをくれたんですよ」
とトランプをしていた女が私にワインのボトルを差し出す。
「私たちの愛すべきキュートなレミリアお嬢様が、わざわざこんな汚い所まで来て美鈴隊長に渡してくれって」
「なにが幸いしたんですかね、私も隊長を見習って魔理沙に撃墜されてこようかなあ」
「正直、咲夜さんが勝つと思っていたのに。隊長がこんなに注目されるなんて、失礼ですけどちょっと・・・。」
「贔屓されてますね、隊長はいいなあ」
彼女たちが口々にそう言った。要するに、なぜお前なんかが最萌えチャンピオンに選ばれ、しかもレミリアお嬢様自らの歓迎を受けなければならないのか、ずるい、という意味が含まれているのだ。
正直レミリア様は歓迎などせず、私のことをそっとしておいてほしかった、よりにもよって私たちの主君であると同時に、紅魔館の皆に愛されているレミリアお嬢様が、勤務成績の悪いドジな私に贔屓している。そう見なされれば、お嬢様はともかく、私は皆に嫉妬され、さらに気まずい立場になると言うのが分からなかったのだろうか。どこまで私は弄られればいいのだろう。
美鈴はワインボトルをあけ、皆で飲んでくれと言った。飲む気にはなれなかった。あとは、笑いと、いつもの下らない話。だれかがメイド長と喧嘩してナイフで刺されたとか、いやそれは仕事をさぼるためのでっち上げだろうとか、私ならそんな痛い思いをしてまでサボりたくないな、とか、外はまだレティが暴れているだろうか、とか。
最萌えチャンピオン授賞式の日、妖怪が紅魔館に侵入、門番隊は一級出動態勢をとる。そこら辺の三下妖怪だが、今日はいくらか数が多い。授賞式を無視して襲ってくる。こちらは二隊に分かれ、お互いを援護しながら弾幕を放つ。相手が一時退却し、遠巻きにこちらの様子をうかがうようになると、交代でしばしの休息を取り、またスペルカードを補充して次の敵に備える。いよいよ第二波の襲撃が始まり、負傷者が続出したりすると、パチュリーのヒーリングマジックをかけてもらう。もっとも、病弱なパチュリーだからこの寒さの中で強い魔法をかける事が出来ず、せいぜい痛み止め程度の魔法しかかけてやれない。
同僚たちが侵入者と戦っているころ、紅美鈴は着付けないドレスを着て式典場にいた。紅魔館ホールは別天地のように暖かかった。
汗ばむほどに暖かく、吹雪の中より息苦しい。紅美鈴は二位や三位の受賞者と並んで祝辞を聴きながら、ときおり顔をしかめた。お仕置きナイフの傷跡が、祝辞の一語一語に、ずきん、と痛む。
式場の人間や妖怪たちは、みな何故だか現実感や実在感がまるで感じられなかった。賞を与える細身の神主様も、受賞する弾幕少女たちも、皆自分とは次元の違う、まるで人形のように見えた。生きているとは思えない。ひょっとすると、これは虚構なのではないかと美鈴は思う。受賞者は実際には存在しない人間や妖怪ではないのか。だとしたら私の存在はなんなのだろう。美鈴はとりとめもなく考えた。
虚構と言えば、幻想郷で時々起こる異変そのものが虚構に思える。そもそも異変解決に飛び立っていった咲夜さんやお嬢様がどんな敵と交戦して帰ってくるのか。異変の犯人が本当に存在するのか、それを想像する事が出来なかった。門番の気がかりと言えば、無断で侵入してくる魔理沙らの事、変形した詰所のドアから吹き込んでくる冷気のこと、もう暖房用の石炭が無いので買わなければならないこと、そんなものだった。門番の敵は侵入者や、寒さだった、異変ではない。
(みんな人形なんだ)
そう美鈴は思った。他の受賞者も、そして自分も。ゲームや同人誌のなかで、きらびやかな衣装やあられもない格好をさせられて、外界のシューターたちの購買意欲を喚起するために、意味も無く裸にされたり下着を露出させられる萌えキャラ。それと同じだ。自分もそうして利用されるのだ。虚構世界に組み込まれて。
最後に紅美鈴が呼ばれた。門番はあきらめの気持ちで、前にやってきた神主様に感謝の言葉を述べた。彼は巫女である博麗霊夢から金の最萌えメダルを受け取り、紅美鈴を見た。柔和な顔だったが、一瞬けげんな表情をしたのを美鈴は見逃さなかった。
「おめでとう、君はもっとも美しい弾幕少女だ」 神主様はこれ以上ないほど優しげな声で、美鈴の首にメダルをかけた。
だけど、あのお方が一瞬見せた表情はなんだったのだ、美鈴は必死で混乱した頭を整理する。どうして私をそんな目で見たのか、これは神主様もご承知の上でやっている、虚構のセレモニーではないのか、場違いなキャラがいるぞ、とその目は言っていた。どうしてだ?
答えはひとつしかなかった。神主様もご存知でないのだ。ではいったい、私に最萌えチャンピオン授賞を決めたのは誰だったのか。紅魔館ではない、博麗神社でもない、お嬢様の運命操作能力でもない。
幻想郷には、紅美鈴に最萌えチャンピオンの座を与えよと言った者は誰もいない。
まさか、美鈴はぞくっと身を震わせる。もしそうだとすると、私は人形ですらないと言うことになる。もうこの賞を辞退することは出来ない、咲夜さんやお嬢様が許さないだろう。しかし何よりも、返す相手がいなければ返しようがないではないか。弄られキャラになれというのなら、しかたなく、あきらめる。あきらめは今に始まったことじゃなかった。しかし授賞理由が不明だとすると、あきらめの理由のよりどころがなくなってしまう。自分をかばってくれるものが存在しなくなるのだ。
プリズムリバー三姉妹の演奏する、咲夜さん作詞作曲『れみりゃお嬢様を讃える歌』の大音響にむかつく。三女のリリカが私に対して、「うぇ~」と言うような顔をしていた。
さえない門番が最萌えチャンピオンを獲得したと言うニュースは幻想ブン屋によってあっというまに広がった。みんなが彼女の受賞をいぶかしんだ。誰もが彼女の姿を目にするたびにひそひそと話す。美鈴にはそれが苦痛だった。他のメイドや、紅魔館を訪れる客の中には、あれは間違いだったのだと彼女に面と向かって言う者もいた。そしてこういう言葉が後に続くのだ。
「しかし間違いだからと言って、トーナメント運営委員会はいまさら引っ込みがつかないだろう。あんたが不当に最萌えに選ばれたとしても、だぜ。いったいどんな細工をすれば、最萌え美少女になれるんだ?」
紅美鈴にはそんな細工が出来るわけないことを知りつつ、彼女らはそういって美鈴を傷つけるのだった。
ある日の休憩中、とうとう彼女は不満を吐き出した。
「答えられるわけないじゃない、誰が私にこんなもの出したか判らないのよ。私が望んだんじゃないんだ」
そう叫んだ。ちくしょう。こんな賞を貰ったばかりに自分の惨めさがさらけ出された。何事かと思って駆けつけてきた咲夜さんが私を制止しようとする。美鈴はかまわずわめき散らす。
幻想郷は私が自滅するまで追い詰めるつもりなのか。だったら、とっとと殺せ。私は逃げも隠れもしない。私はもっともイケてる美少女なんだ、最萌えキャラなんだ、ヤッホー、ヒロインのご登場よ。みんな私の美貌にひれ伏すがよい!
「いい加減にしなさい」
どすっ、と鈍い音がして、美鈴の額にお仕置きのナイフが刺さる。でももう痛みを感じない、この胸の痛みに比べれば、だ。
「咲夜さぁん、ひどいですよぉ」
彼女はへらへら笑いながら、ナイフを乱暴に抜き取る。柄の部分だけがとれ、退魔効果のある銀の刃が脳内にまだ突き刺さっている。彼女はふらついた足取りで持ち場に戻った。同僚たちがそれを見ていたが、なにも言わなかった、メイド長のお仕置きは珍しいものではなかったし、なにしろ、相手は最萌えだものな、というわけだった。
その日の午後は晴れだった。つかの間の晴れを利用して、紅魔館はあちこちに積もった雪を、暇な者総動員で除雪にあたった。
美鈴は正門の詰所の中から、薄笑いを浮かべて、他のメイドがスコップで除雪するのをながめた。相変わらずドアの隙間から冷気が流れ込んでくる。歯の根がガチガチいう。ふと外に気配を感じる。何人かが門の前に立っている。感じからして、上白沢慧音と彼女に護衛された隊商だ。
「やあこんにちは、人里の商人を連れてきた、入らせてもらえないかな」
彼女たちは魔理沙と違って、正式に入館許可を求めてくるから楽なものだ。美鈴は咲夜に古びた電話で商人の来訪を知らせ、正門脇の通用門を開け、たくさんの袋を抱えた商人の一団と、彼らを護衛する慧音を通す。
しばらくたつと、今度は巫女がふわふわと飛んでくる、彼女は正式に客人として認められているから、迎え撃つ必要はない。巫女は空から美鈴に軽く手を振ると、二階のテラスに降り立って中に入っていった。寒そうな服装だが、本人は何てことないのだろう、と美鈴は思う。
それにしても、巫女が袖や袴をたなびかせて飛ぶ姿はほんとうに優美そのものだった。
何者にも縛られず、それでいて人からも妖怪からも愛される博麗の巫女。自分とは大違いだ。ただ共通点がひとつだけある、弾幕だ、彼女も自分もスペルカードを使って戦う。
それだけだ、あとは巫女がすべてまさっている。彼女は霧雨魔理沙と互角以上の弾幕を張ることが出来る。門番は魔理沙のけん制ぐらいしか出来ない。彼女は異変を次々に解決する。門番は屋敷の周りを見回るだけだ。博麗は華麗で、門番は愚鈍だ。たぶん、それを構成する人妖もだ。
商人たちがいくらか軽くなった袋を担いで屋敷から出てくる。メイドの何人かが彼らを呼びとめ、すでに紅魔館に卸した生活必需品以外の雑貨やアクセサリーの値段交渉を始めている。美鈴にとっては用がすんだらさっさと行って欲しかった。
「やあ、いつもご苦労様」
ドアの向こうで、上白沢慧音が美鈴に気づいて声をかけた。紺色の洋服に、奇妙な形の帽子を頭に載せている。
「用が済んだんだったら、早く出てってくださいよ」
美鈴はドアを開け、自分でも驚くほどいらついた口調で呼びかけた。
「すまない、わたしは上白沢慧音。きみ、頭にナイフが刺さってるじゃないか」
「ええ」
「痛くないのか」
「あなた方が早く立ち去ってくれればね。はやくこの門を閉めないと、次に仕事までの休み時間がふいになっちゃいますよ。」
「門番の仕事が出来るのか、その怪我で?」
「心配してくれなくていいです、使い魔たちが周囲を警戒しているし、私がやられてももっと強い人がいくらでも紅魔館にいるんですよ。お笑いじゃないですか。私なんかいなくてもいいのよ」
声が引きつる。 「それでも最萌えになれるんだ」
「きみが」 と慧音は美鈴をしげしげとながめて、言った。 「あの有名な紅美鈴か」
「そうとも。どうだ、驚いたか」
「その割には待遇は良くなさそうだな」
「そうとも」 美鈴はふいに涙ぐんだ。自分でも意識しない涙。
「べつに良いことじゃないですよ。仲間たちもよそよそしくなった。私が黙っていれば、お高くとまっていると言われ、しゃべればしゃべったで、ひそひそと悪意をかきたてるんです。どうやっても、やらなくても、みんなが私をつまはじきにする。みんなこの賞のせいよ・・・・・・最萌えと引き換えに私は仲間を失った。下らない連中だけどさ。もうどうしようもない。おしまいよ」
美鈴は出涸らしの緑茶の入った湯のみを持とうとし、突如片腕がまひして湯のみを落としてしまう。雪の上にうすい黄緑のしみが広がった。長くはないな、と思う。
「大丈夫か、門番どの、メイド長は休ませてくれないのか」
「ほっといてよ、あんたには関係ない。パチュリー様も好きなようにしろと言ってる。ただ私は・・・、私をこんなふうに惨めにした、最萌えをくれたやつを呪ってやる」
「誰を呪うんだ?」
「下っ端には判りゃしませんよ」と冷えた息を吐きつつ、美鈴は言った。
「あんた、慧音さん、歴史をつかさどる妖怪でしょう」
「まあ、そうだが」 慧音は特徴ある帽子を脱ぎ、積もった雪をう。
「頼みがあるの、白澤はすべての歴史を知っていると言うほどの実力がある。あなたなら、私の最萌えチャンピオンの出所が調べられると思う。お願いです。慧音さん・・・。私はそいつに最萌えメダルを叩き返したいのよ」
「わたしでも無理だ」
「でしょうね、つまらないことを言ってしまったわね。早くあの人たちに」 美鈴はメイドたちに雑貨類を売っている十人ほどの商人を指した。
「早く帰るように言って頂戴。冷えるんですよ。凍死してしまう」
「わかった」 慧音は帽子をかぶりなおして、言った。
「やってみよう、期待はせんでくれ」
「じゃあ、早く言ってくださいよ」
「最萌えのことだ」
「えっ? 今何て」
「最萌えチャンピオンのことだ。わたしも興味がないわけではないんだ。きみの受賞は、こういっては何だが、確かにおかしい。幻想郷の連中はなにを考えているのか、わたしも知りたい」
上白沢慧音は紅美鈴を見つめた。慧音の口調には嘲りも嫉妬も憤りもなかった。淡々とした言葉。うそではないんだ。この人は、私に同情はしていないが、蔑んでもいない。美鈴は救われた気持ちになった。
「頼みます、慧音さん」 低く震える声で言った。
「私は人里、○○村の北にある竹林に住んでいる。今度のことは、わたしの力では解明できないかもしれない。マヨイガ、永遠亭、白玉楼といった諸勢力から横槍が入ることも予想される」
「あなたがやってくれる、それだけでいいの。あなたに会えて良かったわ」
「わかったら知らせる。じゃ、寒いようだからドアを閉めろよ。震えているじゃないか」
「あ、ありがとう」 長いこと忘れていた言葉だ。
慧音は商人たちに引き上げるように言い、彼らは荷物をまとめ、通用門から出て行った。最後に慧音が門のそばでこちらを振り返り、軽く挨拶して去っていく。午後の陽はまぶしかったが、どこに太陽が位置しているのかは見えなかった。視野が狭くなっているのだろうか。正午過ぎなのに夕方のように暗い。
このままでは死ねるものか。最萌えメダルをたたき返してやるんだ。そいつに直接会い、メダルをつき返して、蹴りを食らわしてやる。それまでは生きているぞ、絶対に。
上白沢慧音なら何とか調べてくれるだろうと美鈴は信じ、門を閉じる。唯一の味方を得たと美鈴は思った。あの白澤が私を裏切らなければ生きていられるだろう、そんな気がした。
詰所のドアからは相変わらずすきま風が上がってくる、こればかりは最萌えの件が片付いてもどうにもならないだろう。寒い、春はまだ遠い。永遠に来ないかもしれない。リリーがレティを追い出すのはいつの日だろうか。寒空を飛ぶ毛玉の群れが、突風で編隊を乱す。
歴史を喰い、歴史を創る程度の能力を持つ半人半妖の存在、上白沢慧音は、きもいだの掘るだのといったその凄味のある二次設定とは反対に、いたって穏健な心の持ち主だった。
商人たちから礼の食料を貰ったあと、白く染まった竹林の庵に帰った慧音は、帽子を取り、雪が解けてずぶぬれになった防寒着と靴を脱いだ、耐えられないほどではなかったが、やはり寒い。慧音はずっと立ち尽くして警備をする紅美鈴の苦労を思った。
商人たちが紅魔館まで行商に行くのは毎日ではないし、彼らには暖かい家と家族がある。が彼女にはそれに相当するものがないか、失われつつあるように感じる。妖怪は人間より暑さ寒さ、怪我や病気に耐性を持つものが多いが、あの門番は明らかに心身ともに弱っている、自分の能力を使わなくてもわかった。
その苦労を考えれば、何がしかの表彰を受けてもおかしくはない。しかし、それでも最萌えとなると話は別だ。あれでは紅美鈴の苦労を正当に評価したうえでの受賞とはいえない。
いっしょに暮らしている妹紅は外出中だった。永遠の命を持つ妹紅は今、同じく不死の存在である輝夜と殺しあっている最中だろう。勝とうが負けようがどちらも死ぬ事がない、でももっと仲良くする方法がないものだろうかとも思う。輝夜との殺し合い以外、無関心無感動になりがちな彼女の顔を思い浮かべる。
あの妹紅に、最萌えのことを言ったら彼女はなんて答えるだろう? 訊くまでもない。私には関係ない、そういうに決まっている。それで周囲の人間や妖怪の態度が変化しようが意に介さない。彼女には輝夜との殺し合いが全てなのだ。最萌えメダルなど殺人フリスビーとして、輝夜に投げつけて終わりだろう。
しかし紅美鈴はそうではなかった。慧音は美鈴の目から流れた涙を思い出した。彼女は傷つきやすい魂の持ち主だ。妹紅に欠けている人間性を、妖怪でありながら備えている女性だ。あれが普通なのだ。人も妖怪も孤独では生きられない。仲間たちから疎外されたら生きていけないのだ。
妹紅とは違う、非人間的な妹紅とは。しかし上白沢慧音は無意識のうちに妹紅を弁護している。彼女は不死の存在だ、どんなに仲間を大事にしても、どんなに愛し合っても、最後はつねに同じ、みな妹紅を残して逝ってしまうのだ。この自分もそうなるだろう。わずかな例外を除き、そばに居続けられる者はいない。
しかし、それでも、だからといって、人間性を放棄してもいいものだろうか。美鈴は必死になって、私もみんなと同じ、名前と個をもった存在なのだ、と叫んでいるようだ。
慧音は再び防寒具を羽織って、外に出た。妹紅、お前には輝夜がいる。しかし美鈴にはなにもないんだ。何とかしてやらなくては、このままでは彼女は最萌えチャンピオンに殺されてしまう。
お節介だということも、人里も守らなければならないと言うことも承知していた。だが慧音は美鈴の力になってやろうと決心した。歴史喰いの実力を試してみたい気持ちもあった。妹紅が輝夜との殺し合いに出かける時の、あのなんともやりきれない気持ちを紛らわせようという気持ちもないではなかった。しかしなにより慧音は、あの美鈴の涙が忘れられなかった。人間を愛する慧音は、たとえ妖怪でも美鈴の悲痛な訴えを無視したら、人間を好きになる資格も失ってしまう気がした。
もう陽が落ちていたが、構わずマヨイガを目指して飛ぶ、人里への侵入者に協力を求めるのは不本意であったが、少なくとも八雲紫とその式たちはこちらの人間に手を出したことはない。それに噂によれば、紫はその隙間を操る能力により、外界の事物にも詳しいと言う。幻想郷すべての歴史を垣間見ることのできる自分ですら、最萌えについては曖昧模糊としたことしか知りえなかった。彼女なら何かがわかるかもしれない。
マヨイガをようやく見つけ、戸をたたく。出てきたのは黒猫の少女だった。
「紫様おかえ・・・、あれっ、違う。あなたは・・・誰」
黒猫の妖怪少女は少しおびえている。この子は紫の式の式、たしか橙と言う名前だ。
「すまん、怖がらせるつもりはなかったんだ。私は上白沢慧音、夜分申し訳ないのだが、最萌えチャンピオンのことで、紫さんに聞きたい事があるのだが、時間を少しいただけないだろうか」
「ああ、貴女が、藍様や紫様の話していた慧音さんですね。今藍様はお風呂の途中で、紫様は外界に出かけています。もし藍様の話でよければ中で待っててください」
「済まない、そうさせてもらうことにするよ」 慧音は靴を脱いで、案内された客間で待つことにする。
橙がお茶を出してくれた。なかなかしっかりした式神のようだ。
「あの、最萌えって、門番さんのことですか」
「そうだが・・・。」
「ならたぶん無駄だと思います、誰も知らないんですよ」 橙は申し訳なさそうに言った。
「どういうことなんだ?」
「橙、それは私から説明しよう」
橙の仕える主である、九尾の狐、八雲藍が部屋に入ってきた、慧音は立ち上がって挨拶を交わす。金髪にふさふさした九本の尻尾、知性的な顔立ち、風呂上りのせいか、妙に艶っぽく見えなくもない。
「あなたが、最萌えトーナメント運営委員ですか、そのメンバー?」
「いいや、違う。あいにく紫様もスキマ行脚の途中で出かけたきりだ。こっちで調べるといい」
そう言って藍は慧音を別の部屋に案内する。彼女が戸をあけると、和風の家屋には似つかわしくない、洋風の調度品の置かれた部屋に通された。
「これがトーナメント運営委員だ」
木製デスクのうえに風変わりな灰色の箱が置かれている。
「まさか―」
「そのとおり、この幻想郷の維持にかかわっていると言う、『シューター』という存在を聞いた事があるか」
「ある」
幻想郷を創造した神主を慕い、その維持に協力しているとされる不特定多数の意識体、神主との関係は対等であるとも、下位の存在であるとも言われている。
「そのシューターが関わっているのか」
「おそらくは。そしてこのコンピュータと呼ばれる箱からその意思を知る事が出来る。最萌えのとき、その、『彼ら』 あるいは『彼女ら』 もしくは『それら』のあいだで人気投票のようなものが行われ、その結果がこのガラス面に表示されるのだ。それを受けた神主様や紫様、霊夢たちがが宴会でもしながら授賞式の段取りを決める、という寸法なのだ。しかし今回ばかりはシューターがなんらかの勘違いをしたようだな」
「シューターたちは嘘は言っていないかもしれない」
上白沢慧音は、シューターたちがときおり、(神主から自分たちに与えられた)『一次設定』とは異なる属性を幻想郷の住人に付与する場合があることを経験的に知っていた。その一次設定では想定されていないことでも、追加された設定では当たり前と言うようなケースがよくある。しかも彼らは、複数の意思が情報をやり取りすることで、個々の意思では考え付かないような設定を弾幕少女たちに付け足すことが出来る。その論理体系を解明しようとしたら、一生かかるかもしれない。
「彼らとはどうやってコミュニケートするんだ?」
「音声入出力装置はないが、日本語で会話できる。キーボードから入力するのだ」
慧音は藍から簡単なキーボードの操作法を教えてもらう。
「今話してみていいかな」
「いいとも、わたしは家事の残りがあるので失礼するよ。慧音さん、なにかあったら教えてくれ」
「わかった、ありがとう」
慧音は椅子に座り、キーボードを叩く。
『目を醒ませ』とキー・イン。
『あなたは、だれか』 と画面に文字がでる。自分の素性を知らせた後、慧音は質問する。
『紅美鈴への最萌えチャンピオン授賞理由を知らせよ』
コンピュータは一秒という長い時間をかけたあと、答えた。
『ひ・み・つ (はぁと)』
『なぜだ、神主様から止められているのか』
『だからひみつ』
質問の矛先を変えてみる。
『幻想郷を創造したのは、だれか』
『神主様ことZUN氏である』
『では、あなたがたは、何者なのか』
『神主様の創りし世界に魅せられ、これを楽しみ、見守る存在である』
フム、と慧音はキーの上で指を止め、画面の文字を読み直した。もっともな答えだ。おかしいところはない。これを楽しみ、見守る存在。楽しみ? 慧音はぎくりとし、もう一度読み返す。楽しむ、彼らが、楽しみ。
『楽しむ、とはどういうことか』
『神主様の創りし幻想郷を、文字通り眺めて楽しむことである』
『あなた方は、外界の人間たちか?』
『ごく一部を除き、外界の人間が幻想郷を認識しているという、直接的証拠はない』
『最萌えトーナメントは、あなた方が幻想郷に変化を与え、それを楽しむために仕組んだのか』
『質問の意味不明。再入力せよ』
『紅美鈴は望まぬ受賞でいじめを受けている、予期できなかったのか』
『質問の意味不明。再入力せよ』
慧音はキーボードを叩く。くそったれ、とぼけるつもりだぞ、こいつらは。
『紅美鈴の、幻想郷における存在意義を答えろ』
『文脈の乱れあり。再入力せよ』
『紅美鈴は幻想郷に必要か』
『必要である』
『現在の紅魔館門番隊の勤務状態は、非能率的だ、認めるか』
『認める』
『改善策を述べよ』
『いてもいなくてもいいんじゃない』
『門番は必要ないんだな』
『文脈の乱れあり。再入力せよ』
『私たち弾幕少女は、幻想郷に必要か』
慧音は息を詰めて、答えが表示されるのを待った。シューターたちはそんな慧音の緊張をせせら笑うように答えた。
『必要である』
『必要だから、美鈴に最萌えをやったんだな』
私たち弾幕少女を一喜一憂させ、その様を愛でるために、こいつらはイベントを起こすような気分で最萌えを与えているのではないか。
慧音は以前、チルノが奇妙な疑問を周囲に漏らしていたいう噂を聞いた。
『なぜ弾幕少女が戦わなくてはいけないのか』
それに対して、霊夢や魔理沙はこんなふうに答えたらしい。
『これは幻想郷のシンボルである弾幕少女に売られた喧嘩だ。すべてを男性や大人に任せるわけには行かない』 と。
そうじゃないんだ。慧音はふらりと椅子をを立った。画面が『ひ・み・つ(はぁと)』の文字を写していた。
この世界は神主様が創造し、シューターたちが何らかの操作を加えて成り立っているらしい。じゃあ、弾幕少女の立場は? シューターからいらないと言われたら、排除されるのか。
八雲藍が何かわかったか、といって部屋に入ってくる。彼女の式神である橙という少女が、寝巻きを持って追いかけてくる。
「藍様~、いいかげん全裸で歩き回るの止めてくださいよ~」
「まあ、よいではないか、橙もどうだ、けっこう清々しいぞ」
堂々とあられもない姿で家中をあるく藍を、橙が困った顔で見つめている。
「結構ですっ」
藍がこうなってしまったのも、シューターの意思がなせる業なのだろうか。
二人に礼を言って、マヨイガを出た直後、慧音の使い魔が飛んでくる。
「どうした」
二つの使い魔を介して、無線機のように遠く離れたものどうし会話が出来る。使い魔から発せられたのはよく知った声だった。
「もしもし慧音、いま村に立ち寄ったんだけどさ、妖怪が近づいているらしいの」
「妹紅か、それで妖怪はどこに」
「別に村が襲われようと人はいつか死ぬ。だからどーでも良いんだけどさ。村の連中が死んだらあんたが悲しむでしょ」
「すまない、何とか食い止めててくれ、私もすぐに行く」
「大丈夫、あっ、いまやってくる、緑色の服着てて、赤い髪のやつだ。」
「なんだって!」
「一体だけのようだし、あまり力も感じないから、私だけでどうとでもなるわ、じゃあね、オーバー」
そういって、妹紅は一方的に会話を打ち切る。
「待て、そいつは敵じゃない」
慧音は飛ぶスピードを上げる、何てことだ、美鈴、こんな遅くに村へ着たら、襲撃に来たと勘違いされるじゃないか。
慧音がマヨイガへ出向いていたころ、紅美鈴は、すっかり暗くなった森の中の一本道を歩いていた。目指すは人里。先ほど買った暖房用の石炭がいきわたらず、誰が言い出すともなく門番詰所の分が削られてしまった。美鈴は率先して、なら自分が買いだしに行くとメイド長に申し出た。寒いからというよりも、またおまえのせいだ、という視線をぶつけられるのが嫌でならなかったのだ。
「たしか慧音さんのいる村だったな」
道に迷ってしまったような気がする、無論そこらの妖怪に喰われないだけの自信はあるにはあったが、心細いことに変わりはない。先はますます見えづらくなる、新月の日だからなのか、ナイフで視覚がやられているせいなのかは分からない。ようやく人里の明かりが見えてくる。家路を急ぐ村人が居たので尋ねてみることにする。
「あのう、石炭を売っていただけないでしょうか」
「ひっ、あんたは紅魔館の・・・。たすけて」
村人が大慌てで逃げ帰っていく。
誰かが空の上から、『それ以上村に近づくと命の保障はないよ』と言った気がしたが、美鈴には意味がわからない。
そんな、石炭買いに来ただけなのに、そんな目で見なくてもいいじゃないですか。美鈴は村人を追いかけようとして、転ぶ。起き上がろうとするが、片方の手足に力が入らない。木に寄りかかり、やっとのことで身を起こす。足元がふらつく、めまいがする、自分を励ます。今日中に石炭を買って戻らなけりゃ、行け行け、これが私の仕事だぞ。突然、目の前に真っ赤な怪鳥を見たように思った。
最萌えメダルの影かな、どんどん大きくなるみたいだ。夜雀か烏天狗だろう。こんな場所に居るわけがない、幻覚に違いない。美鈴は歩みを止めず、村に入ろうとした。
上白沢慧音は見た。炎をまとった鳳凰が猛然と美鈴に襲いかかるのを。妹紅のスペルカード攻撃を予期できず、なすすべもなく彼女は炎に包まれ、波に洗われる砂山のように崩れ落ちる。妹紅を止めようとしたが、もはや手遅れだった。
一瞬、炎に焼かれる美鈴と目が合った。その顔は、悲しさと安堵が入り混じったような笑みをうっすらと浮かべ、
『べつに恨んではいませんよ』
と言っているかのように見えたのは、希望的観測に過ぎるだろうか。
慧音はただ立ち尽くして見ているしかなかった。
事件のあと、慧音は改めて、紅魔館を訪れ。ことの説明をした。咲夜もレミリアも悲しんだが、妖怪があんな夜中に村に侵入しようとしたら、襲撃に来たと勘違いされても仕方がない、と認め。人里への報復はしないと了承してくれた。しかし同時に、門番は必要ないかもしれないという、二人の言葉に慧音は戦慄した。あのシューターたちが言っていたのと同じ言葉だった。これからは、冬季の館周辺の警備は使い魔に任せ、門番メイドたちは雑用にまわすか、冬の間だけ暇を与えるとのことだった。
慧音は二人に、最萌えチャンピオンを美鈴が受賞したため、美鈴が情緒不安定になり、それが今回の悲劇の引き金になったかもしれないと伝えた。二人はさらにショックを受けた様子だったが、もはやどうすることも出来なかった。
全てが終わったあと、慧音はもういちどマヨイガでシューターたちに美鈴の受賞理由を問いただした。
かれらはこう答えた。
『極秘』 それからこう続けた、『今回の彼女の物語について、掲示板で追悼スレッドを立てる所存である』
シューターたちはこう言っているようだった。
『この二次創作世界は我らのもの。神主の設定には必ずしも従う必要はない。』
慧音は外に出ると、仰ぐように空を見つめ、つぶやいた。
「呪うべきはシューターたちのようだ、紅美鈴。このことを知ったら、きみはどうした?」
その問いには慧音自身も答えることができなかった。幻想郷、冬。紅美鈴に春は来ない。
桜の舞う、春の博麗神社、宴会の席に少し遅れて、西行寺幽々子が従者の魂魄妖夢と、死装束を着た、赤い髪の少女を連れてやって来た。
「あら、新入りさん?」 霊夢が聞く。少女がはにかみながら会釈をする。
「そう、なぜか白玉楼にやってきたの、それで、庭師の心得もあるようだから、妖夢の助手として住まわせることにしたわ」
「彼女は飲み込みが早くて大助かりですよ」 妖夢はうれしそうだ。
「よろしくな、ところでお前、どこかで会ったような気がするが」
魔理沙が聞いたが、死装束の幽霊少女は首を横に振る。
「生前の記憶がほとんどないんだけど、よっぽどの苦労人だったようで、妖夢とすごく気が合うの」
「苦労させている当人がなに言ってるんだ」
少なくとも、その幽霊少女は幸せそうだった。霊夢たちは五人で宴会を続ける。途中で来たレミリアと咲夜も加わって、宴会は盛り上がった。幻想郷では不思議な事がいくつも起こる。最萌えトーナメントのことなど皆忘れていた。
紅魔館門番隊の一番忙しい季節は冬だ。スペルカードの力で雪を溶かしたり、スコップで雪かきしながらもうやんでくれと祈ろうと、空を見上げて降りしきる細かい雪の結晶を顔に受け、その雪が紅い髪やまつげに凍りつく感触を無感動に味わおうと、そんな人妖の態度などおかまいなしに雪は降り続く。
紅魔館門番隊隊長の紅美鈴は、正門の詰め所でよく閉まらないドアに苛立ちながら仕事時間の終了を待っていた。猛吹雪だった。視界がほとんどきかない。雪が降るというより、空気まじりの雪に庭が包み込まれている。空気より雪のほうが多いのではなかろうかと、紅美鈴は思う。吹き付ける吹雪の音、ドアの隙間で冷気が渦まいてたてる口笛のような音。細かい雪が部屋に侵入してくる。
「ああ、何でこんなに寒いのよ。」
「隊長、ドアが変形してますよ。」
「ドアが変形したのはいつからでしたっけ。」
「夏に侵入者と戦ったときよ。」
「あの時は何ともなかったんだけど。」
部下の門番メイドたちも詰め所に集まってコートの襟を立て、震えている。本来みなそれぞれの持ち場で侵入者を警戒しなければならないのだが、この吹雪では誰もこないだろうし、うかつに動き回れば自分が遭難しかねない。何より支給された防寒具だけでは寒すぎる。みんな個人の服を手当たりしだい重ね着しているが、それでも足りない。景色は大して変わらない、冬の妖怪と氷の妖精が楽しそうに遊んでいる。まるでこちらにいらっしゃい、と誘っているかのように見える。寒い。屋敷の壁の隅で毛玉たちが固まって過ごしている。毛玉も凍えたくないのだろう。詰め所にはストーブがあるのだが、例年以上の寒さのために燃料をきらしてしまった。
「いくら予算が苦しいからって、咲夜さんも燃料までケチらなくてもいいのに。」
美鈴はそう愚痴ると、スペルカードを取り出す。カードにこめられた魔力を小出しにしながら、弾幕ではなく小さな火球を宙に出現させる。詰め所が少し暖かくなる。武器であるスペルカード本来の使い方ではないが、そうでもしないと、妖怪である自分はともかく人間の同僚たちが参ってしまう。
いつまで待たせるのだろう。もう日が暮れるというのに、まだ食料の買出しに行ったメイドがひとり戻ってこない。早く仕事を終えて温まりたい。凍えて待っている身にもなってみろ。
頭がすこしずきずきする、この前仕事で失敗をやらかして、咲夜さんからお仕置きナイフを喰らってからだ。妖怪の私はこれくらいでは死なないので、ナイフが脳に達したところで死にはしない。でも咲夜さんのナイフは銀製で、私のようなあやかしの者にとって、普通のナイフより痛いのだ。パチュリー様に診てもらったが、パチュリー様は何も言わなかった。ただ、門番を辞めないと死ぬわよ、と言っただけだ。休養もとらず、薬も受け取らず、大陸へ帰ったほうがいいという忠告をも無視した。急速な経済発展とやらで、もはやこの島国同様、故郷の大陸にも幻想を信じる者は少なくなってしまった。帰ったところで、どこに居場所があるというのか。幻想が生み出した私たちのような存在としては、この幻想郷ほどの自由はないだろう。どのみち、リリーホワイトが飛んでくるころには門番の契約も切れる。パチュリー様は、そのくらいはこの身がもつだろうと診断したのかもしれない。結局、使うだけ使ってやれ、と紅魔館当局は思っているに違いない。弄られキャラは消耗品なんだ。外界から送られてくる屑幻想はいくらでもある。
ここで寒さに震えているほうが外界の暮らしより上等なんて惨めな話じゃないか。紅美鈴は自嘲する。私の人生は、ナイフと百合と弾幕と地下室、この四語で語れる。最期だってもう見えている。お仕置きナイフと弾幕が私の命を奪うだろう。メイド長や魔理沙などの侵入者に人生を狂わされたとは思わない。他人はよくそういって同情したが。狂わされたのではない、と紅美鈴は思う。狂ったというのなら、では狂っていない人生とはなんだ? 私にはこれ以外の選択の道などなかった。何をやってもだめな残機0、ボム0の人生の中で、唯一の道を歩んできただけだ。門番を選ばなければその時点で、私の人生はジ・エンドだったろう。悪魔になぞ仕えず、清く正しく―、それでは自殺したほうがよかったのだ、と言っているも同然ではないか。知り合った数少ない人間たちはみんなそう言った。そんな所にはいたくない。もし春にまだ生きていたら、門番契約を延長してもらおう。自殺させられるのはごめんだ。
遠くから一人のメイドが、凍った湖を歩いて渡ってくる。やっと帰ってきた。買出しに行ったメイドの最後の一人だ。同僚の内勤メイドが屋敷から走ってきて、疲れ果てた表情の彼女をいとおしそうに抱きしめた。私にもかつてあんなに仲の良い友人がいたような気がするが・・・。ともあれ、やっと仕事を終えられる、と思ったとき、そのメイドたちが駆け寄ってくる。近寄ってきたメイドの一人は詰め所のドアをたたき、かってにドアを開いた。冷気がまともに吹き込んできた。
「なんですか、かってにドアを開けないでと何度いったら・・・。」
「あとはお願いね」
「いったい何を?」
「正門を閉めわすれちゃった、じゃあそういうことで」
「そんな仕事は嫌ですよ~」
「門を閉めるのは門番の仕事でしょ、もし侵入者があったらあんたらの責任よ」
ドアが閉まる、反動で開いた。美鈴は何も言えず、内勤メイドの後姿を見ていた。みんな何でもかんでも門番にやらせようとする。嫌な仕事はみんな門番に押し付ける。門番隊は弄られるのが当然だ、というように。
「しょうがないから、とっとと片付けるわよ」
門番メイドたちがやる気のなさそうな返事をする。早く温まりたい。でもこの門を閉じるまで仕事は終わらない。意を決してドアを開ける。風と雪が刺すように吹き付けてくる。一瞬みんなの動きが止まるが、それでもいっせいに外へ飛び出す。目的地は正門。紅魔館の高さ5メートル近くもある鮮血のような色をした門。侵入者の返り血が染まってこのような色になったと言われているが、定かではない。みんなで片方の門扉から押していくが、雪が邪魔で動かない。門を傷つけないように慎重に弾幕を放ちながら雪を吹き飛ばし、残りをスコップですくう。汗が出て、しばらくするとそれで余計体が冷えてくる。もう一度門を押す。ようやく閉まるようになる。片方の門も閉め、仲間を先に屋敷の寮に帰し、詰所のドアにカギをかける。
「内勤のメイドはいいな」
そう美鈴は独り言をつぶやいた。みんな門番ほど凍えたりはしないだろう。メイド長の咲夜さんだって、詰め所で凍える私達の気持ちなんか、絶対にわからないだろう。私だってお嬢様のお世話をする完璧で瀟洒な従者になりたかった。でも要領よく立ち回れず、手先も不器用だった。要するに、私にはこの仕事しかないのだ。弄られキャラとさげすまれても仕方がない。加えて、たとえ門番隊がどこかの侵入者に突破されても、中にはお嬢様をはじめ、パチュリー様、咲夜さん、そして妹様という屈強な弾幕少女がいるのだ。いてもいなくても同じ、そう門番隊を評価する者もいる。私だってそうかもしれないと思う。しかし給金が他のメイドより安いと言うのは納得がいかない。安い上に、さぼっていたとか何とかで罰を受けて、差し引かれる。どんな悪いことをしたというの。
美鈴は同僚を失った日を思い出し、涙がにじんでくる。春が盗まれ冬の長引いた年、猛烈な吹雪のなかで不足した物資を調達しようと奮闘しつつ凍死していった仲間、彼女はそんな死に方をしなくてはならない。ある内勤メイドは『咲夜さんに任せておけばいいものを、バカね』と言い放った。どんな悪事をはたらいたというの? 詰め所のドアもすぐに修理はしてくれず、仕事はきちんとしろと言う。勝手なものだ。 ストーブの燃料が補充されるのはいつのことか、春までこのままかもしれない。職場環境を整えるよりも、人妖をこき使うほうが安上がりなのだろう。この紅魔館全体だって、妹様の排熱を利用すれば無雪にすることもできないではないだろうに。それはめんどいと言う理由で私たちを使う。幻想と化した妖怪は有り余るほど外界から送られてくる。紅魔館はこれらの妖怪をどう使うかで頭を悩ませている。自機キャラになれる妖怪は少ない、有能なメイドも。残りはネタキャラとして、たとえば門番にされる。それでも文句は言えない。こんな世界でも、幻想を失った外界よりはずっと暖かいから、みんな、だから、ここにいるんだ。
美鈴は寮の自室に戻り、防寒具をハンガーにかけた。そしてバスタオルと着替えを持って浴室に行く。ほかの門番メイドたちも一緒だった。お湯はぬるかった、お嬢様たちや他のメイドの残り湯だ。頭をシャンプーで洗い、体は軽くお湯で流すだけ。体を拭き、下着を取り替えて服を着る。ようやく生き返った気分になる。
メイド長の咲夜さんに仕事の終了を伝え、詰所のカギを渡す。挨拶をして背を向けると咲夜さんに呼び止められる。
ああ、わかってますよ、どうせまた雑用でしょ。今日は大雪だから、明日あたり雪かきでもしろって言うんでしょう。と美鈴は苛立った。
みんなあのレティという妖怪のせいのような気がする。あの小太り妖怪がハッスルするから大雪が降るのだ。と美鈴はときどきそんな風に思うのだ。
「美鈴だけ、ちょっと待って、他は行きなさい」
ところが雑用しろという命令ではないらしかった。同僚メイドたちは「気の毒に、なにかメイド長ににらまれることでもしたんでしょう」という顔をして去っていく。
「さて」 と咲夜さん。
「びっくりするような話があります。腰抜かすといけないから、かけたらどう、美鈴」
いえ、結構です、と進められた椅子も、どうかといわれた紅茶も断わり、美鈴は立ち尽くした。咲夜さんは紅茶を一口飲むと、美鈴の顔をじっと見つめ、ため息をつき、それから口を開いた。
「賞が授けられる」 と咲夜さんは言った。
「そうですか」 と美鈴は答えた。
なるほど、紅魔館の誰かがなにか表彰されて、それでその式典の準備をさせられるのだろう。紅美鈴にはそんなことしか思い浮かばなかった。だから咲夜さんが「あなたによ」と言ったときも「あなたに準備をやって欲しい」と言うふうにしか受け取れなかった。
「わかりました、で、会場はどこですか、みんなに手伝ってもらってもいいですか」
「あまりうれしくないようね。あなたの受賞が決まったのに」
「なんですって、私が、その、賞をもらう? なにかの間違いでしょう」
「私もそう思ったわ、信じられなかった」
美鈴は率直に言われても別段腹は立たなかった。勤務状態を振り返ってみても、ほかの門番と比べて、特に優秀だというわけではない。魔理沙さんには相変わらず侵入されるし、もう咲夜さんにも魔理沙撃退は期待されていない。素通りさせたほうが被害がかえって少ないからそうしろと言われている。標準的な・・・やられキャラだ、いてもいなくてもいいと蔑まれている妖怪の一人だった。その自分がどうして、と美鈴はいぶかった。
でもまあいいか、と美鈴は思い直す。もらえるもんはもらっておこう。どうせ「弄られ役お疲れで賞」とか「もっとがんばりま賞」とかいうようなものだろう。
「メダルは紙ねんど製ですか」 と美鈴はげんなりした口調で聞いた。
「違う、そんな安物じゃない。最萌えチャンピオンよ。幻想郷最高の弾幕少女。もっとも愛される美少女に送られる賞よ。メダルは金か、そうでなくても結構希少な金属でできてるらしいわよ。貴重な賞だから。う~んたとえばセシウム137?」
「稀少ならなんでもいいってわけじゃありませんよ~」
「まあ冗談よ、それより砂糖入りの紅茶で暖を取りなさい。暖かいわよ。外は寒かったでしょう、かわいそうに。」
(咲夜さんにも外の寒さはわからないでしょうよ) と美鈴は心の中で軽く非難した。
美鈴は用意された椅子に腰掛け、紅茶をすする。最萌えチャンピオンがどういった人妖に与えられるのかは美鈴も知っていた。ネタキャラに与えられるようなものでは決してないのだ。華々しい活躍、性格も容姿も魅力的、東方がある限りずっと語り継がれ、伝説になるような、そんなヒロインが受賞するのだ。最も萌える美少女としてカリスマ的にあがめられるような、それだけの価値がある弾幕少女。だれが主催するのか知らないが、おそらくそういう基準で選ぶのだろう。
美鈴は恐怖を覚えた。なぜ自分がそんな賞に値すると判断されたのか? 運命を操るレミリアさまの意思か? それなら私が最高の賞を受賞するように仕向けられても不思議はない。もしそうなら私をどのように弄って遊ぶというのか。我ながらたいして器量も良いとはいえない私に、あてつけるように賞を送るなんて。いくらお嬢様でも我慢ならない。どうせ死ぬから利用してやれという紅魔館のやり方には、断固として抵抗してやる。
「受賞は辞退します」
かすかに震える声で美鈴は言った。咲夜さんもうなずいた。しかしメイド長の口から出た言葉は彼女の態度とは逆だった。
「私があなたでもそう言ったでしょう。しかし、お嬢様はこれを紅魔館の威厳を知らしめるいい機会と捉えているわ。これは命令よ、受賞しなさい。美鈴」
「・・・何かの陰謀ですよ・・・」 美鈴は感情を咲夜にぶちまけた。
「私が何をしたって言うんですか! こんなあてつけのような賞を出して、そんなに私をからかいたいの、いったい私に何の恨みがあるというの。いくら咲夜さんやお嬢様でも、これはひど過ぎます。我慢できない!」
「違うの、美鈴。紅魔館やお嬢様は関係していない。最萌えチャンピオンは紅魔館が出すのではないの。幻想郷でもいまだ謎のベールに包まれている意思、最萌えトーナメント運営委員会が決定する。わかるかしら。紅魔館にとっても、これは寝耳に水よ。何であなたが、と疑った。疑ったところでしかし、どうなるというものでもないのよ。間違いでしょうと問い合わせたけど、正式決定だそうよ」
「いったい誰が、私を選んだんですか」
「分からない、最上層のやることは、私たち従者には分からないわ。でも下手に辞退すると、お嬢様のイメージも落ちるかもしれないし、神主様にも嫌われるかもしれない。くれるって言うんなら、貰っときなさいよ。故郷の大陸に帰ったときも、箔がついて地元妖怪に大きな顔ができるでしょう」
「慰めですか」
「慰め?、おかしな話ね。でも気持ちは分かるわ、自分でも知らないところで注目されて、勝手に他人にランキングされる。でも名誉なことではある。みんなに知らせてあげなさい。それに一週間の休暇を与えます」
「そんなものいりませんよ」 かすれ声で言った。
「わかりました、忙しい時期だから、そういってもらえるとありがたいわ。しかし明日は仕事はいい、授賞式があるの」
「どうしても受賞しなければ駄目ですか」
「お嬢様の命令なのよ、受けなさい」
咲夜さんは椅子の上で両足を組み、私の顔をじっと見つめていた。
「行っていいわ」 と咲夜さんは言った。「皆に知らせてやりなさいよ、きっと喜ぶでしょうよ」
美鈴は無言で部屋を出た、自分の仲間が、受賞を喜ぶとは思えなかった。驚くだろう、祝ってくれるかもしれない。しかし、私が勲章を貰ったからと言って、彼女たちの待遇が良くなるわけではない。私自信の待遇も変わらないだろう。喜ぶ理由など何もない。それに、みんなむしろ私に対して嫉妬、いや、自分たちとは違う存在なのだと言う、漠然とした差別の目で私を見るようになるのだろう。
談話室に入ると、談笑していた門番メイドたちが私の顔を見た、どうも空気が違う、いつもならほっとするような感じなのに。みんな部外者がきたと言うような目で私を見る。一応挨拶はしてくれたが。
(もう伝わったんだな)
門番メイドの誰かが立ち上がり、紅美鈴隊長万歳と言った。
「何がよ」 美鈴はとぼける。
「レミリアお嬢様が、隊長の最萌えトーナメント優勝記念にこれをくれたんですよ」
とトランプをしていた女が私にワインのボトルを差し出す。
「私たちの愛すべきキュートなレミリアお嬢様が、わざわざこんな汚い所まで来て美鈴隊長に渡してくれって」
「なにが幸いしたんですかね、私も隊長を見習って魔理沙に撃墜されてこようかなあ」
「正直、咲夜さんが勝つと思っていたのに。隊長がこんなに注目されるなんて、失礼ですけどちょっと・・・。」
「贔屓されてますね、隊長はいいなあ」
彼女たちが口々にそう言った。要するに、なぜお前なんかが最萌えチャンピオンに選ばれ、しかもレミリアお嬢様自らの歓迎を受けなければならないのか、ずるい、という意味が含まれているのだ。
正直レミリア様は歓迎などせず、私のことをそっとしておいてほしかった、よりにもよって私たちの主君であると同時に、紅魔館の皆に愛されているレミリアお嬢様が、勤務成績の悪いドジな私に贔屓している。そう見なされれば、お嬢様はともかく、私は皆に嫉妬され、さらに気まずい立場になると言うのが分からなかったのだろうか。どこまで私は弄られればいいのだろう。
美鈴はワインボトルをあけ、皆で飲んでくれと言った。飲む気にはなれなかった。あとは、笑いと、いつもの下らない話。だれかがメイド長と喧嘩してナイフで刺されたとか、いやそれは仕事をさぼるためのでっち上げだろうとか、私ならそんな痛い思いをしてまでサボりたくないな、とか、外はまだレティが暴れているだろうか、とか。
最萌えチャンピオン授賞式の日、妖怪が紅魔館に侵入、門番隊は一級出動態勢をとる。そこら辺の三下妖怪だが、今日はいくらか数が多い。授賞式を無視して襲ってくる。こちらは二隊に分かれ、お互いを援護しながら弾幕を放つ。相手が一時退却し、遠巻きにこちらの様子をうかがうようになると、交代でしばしの休息を取り、またスペルカードを補充して次の敵に備える。いよいよ第二波の襲撃が始まり、負傷者が続出したりすると、パチュリーのヒーリングマジックをかけてもらう。もっとも、病弱なパチュリーだからこの寒さの中で強い魔法をかける事が出来ず、せいぜい痛み止め程度の魔法しかかけてやれない。
同僚たちが侵入者と戦っているころ、紅美鈴は着付けないドレスを着て式典場にいた。紅魔館ホールは別天地のように暖かかった。
汗ばむほどに暖かく、吹雪の中より息苦しい。紅美鈴は二位や三位の受賞者と並んで祝辞を聴きながら、ときおり顔をしかめた。お仕置きナイフの傷跡が、祝辞の一語一語に、ずきん、と痛む。
式場の人間や妖怪たちは、みな何故だか現実感や実在感がまるで感じられなかった。賞を与える細身の神主様も、受賞する弾幕少女たちも、皆自分とは次元の違う、まるで人形のように見えた。生きているとは思えない。ひょっとすると、これは虚構なのではないかと美鈴は思う。受賞者は実際には存在しない人間や妖怪ではないのか。だとしたら私の存在はなんなのだろう。美鈴はとりとめもなく考えた。
虚構と言えば、幻想郷で時々起こる異変そのものが虚構に思える。そもそも異変解決に飛び立っていった咲夜さんやお嬢様がどんな敵と交戦して帰ってくるのか。異変の犯人が本当に存在するのか、それを想像する事が出来なかった。門番の気がかりと言えば、無断で侵入してくる魔理沙らの事、変形した詰所のドアから吹き込んでくる冷気のこと、もう暖房用の石炭が無いので買わなければならないこと、そんなものだった。門番の敵は侵入者や、寒さだった、異変ではない。
(みんな人形なんだ)
そう美鈴は思った。他の受賞者も、そして自分も。ゲームや同人誌のなかで、きらびやかな衣装やあられもない格好をさせられて、外界のシューターたちの購買意欲を喚起するために、意味も無く裸にされたり下着を露出させられる萌えキャラ。それと同じだ。自分もそうして利用されるのだ。虚構世界に組み込まれて。
最後に紅美鈴が呼ばれた。門番はあきらめの気持ちで、前にやってきた神主様に感謝の言葉を述べた。彼は巫女である博麗霊夢から金の最萌えメダルを受け取り、紅美鈴を見た。柔和な顔だったが、一瞬けげんな表情をしたのを美鈴は見逃さなかった。
「おめでとう、君はもっとも美しい弾幕少女だ」 神主様はこれ以上ないほど優しげな声で、美鈴の首にメダルをかけた。
だけど、あのお方が一瞬見せた表情はなんだったのだ、美鈴は必死で混乱した頭を整理する。どうして私をそんな目で見たのか、これは神主様もご承知の上でやっている、虚構のセレモニーではないのか、場違いなキャラがいるぞ、とその目は言っていた。どうしてだ?
答えはひとつしかなかった。神主様もご存知でないのだ。ではいったい、私に最萌えチャンピオン授賞を決めたのは誰だったのか。紅魔館ではない、博麗神社でもない、お嬢様の運命操作能力でもない。
幻想郷には、紅美鈴に最萌えチャンピオンの座を与えよと言った者は誰もいない。
まさか、美鈴はぞくっと身を震わせる。もしそうだとすると、私は人形ですらないと言うことになる。もうこの賞を辞退することは出来ない、咲夜さんやお嬢様が許さないだろう。しかし何よりも、返す相手がいなければ返しようがないではないか。弄られキャラになれというのなら、しかたなく、あきらめる。あきらめは今に始まったことじゃなかった。しかし授賞理由が不明だとすると、あきらめの理由のよりどころがなくなってしまう。自分をかばってくれるものが存在しなくなるのだ。
プリズムリバー三姉妹の演奏する、咲夜さん作詞作曲『れみりゃお嬢様を讃える歌』の大音響にむかつく。三女のリリカが私に対して、「うぇ~」と言うような顔をしていた。
さえない門番が最萌えチャンピオンを獲得したと言うニュースは幻想ブン屋によってあっというまに広がった。みんなが彼女の受賞をいぶかしんだ。誰もが彼女の姿を目にするたびにひそひそと話す。美鈴にはそれが苦痛だった。他のメイドや、紅魔館を訪れる客の中には、あれは間違いだったのだと彼女に面と向かって言う者もいた。そしてこういう言葉が後に続くのだ。
「しかし間違いだからと言って、トーナメント運営委員会はいまさら引っ込みがつかないだろう。あんたが不当に最萌えに選ばれたとしても、だぜ。いったいどんな細工をすれば、最萌え美少女になれるんだ?」
紅美鈴にはそんな細工が出来るわけないことを知りつつ、彼女らはそういって美鈴を傷つけるのだった。
ある日の休憩中、とうとう彼女は不満を吐き出した。
「答えられるわけないじゃない、誰が私にこんなもの出したか判らないのよ。私が望んだんじゃないんだ」
そう叫んだ。ちくしょう。こんな賞を貰ったばかりに自分の惨めさがさらけ出された。何事かと思って駆けつけてきた咲夜さんが私を制止しようとする。美鈴はかまわずわめき散らす。
幻想郷は私が自滅するまで追い詰めるつもりなのか。だったら、とっとと殺せ。私は逃げも隠れもしない。私はもっともイケてる美少女なんだ、最萌えキャラなんだ、ヤッホー、ヒロインのご登場よ。みんな私の美貌にひれ伏すがよい!
「いい加減にしなさい」
どすっ、と鈍い音がして、美鈴の額にお仕置きのナイフが刺さる。でももう痛みを感じない、この胸の痛みに比べれば、だ。
「咲夜さぁん、ひどいですよぉ」
彼女はへらへら笑いながら、ナイフを乱暴に抜き取る。柄の部分だけがとれ、退魔効果のある銀の刃が脳内にまだ突き刺さっている。彼女はふらついた足取りで持ち場に戻った。同僚たちがそれを見ていたが、なにも言わなかった、メイド長のお仕置きは珍しいものではなかったし、なにしろ、相手は最萌えだものな、というわけだった。
その日の午後は晴れだった。つかの間の晴れを利用して、紅魔館はあちこちに積もった雪を、暇な者総動員で除雪にあたった。
美鈴は正門の詰所の中から、薄笑いを浮かべて、他のメイドがスコップで除雪するのをながめた。相変わらずドアの隙間から冷気が流れ込んでくる。歯の根がガチガチいう。ふと外に気配を感じる。何人かが門の前に立っている。感じからして、上白沢慧音と彼女に護衛された隊商だ。
「やあこんにちは、人里の商人を連れてきた、入らせてもらえないかな」
彼女たちは魔理沙と違って、正式に入館許可を求めてくるから楽なものだ。美鈴は咲夜に古びた電話で商人の来訪を知らせ、正門脇の通用門を開け、たくさんの袋を抱えた商人の一団と、彼らを護衛する慧音を通す。
しばらくたつと、今度は巫女がふわふわと飛んでくる、彼女は正式に客人として認められているから、迎え撃つ必要はない。巫女は空から美鈴に軽く手を振ると、二階のテラスに降り立って中に入っていった。寒そうな服装だが、本人は何てことないのだろう、と美鈴は思う。
それにしても、巫女が袖や袴をたなびかせて飛ぶ姿はほんとうに優美そのものだった。
何者にも縛られず、それでいて人からも妖怪からも愛される博麗の巫女。自分とは大違いだ。ただ共通点がひとつだけある、弾幕だ、彼女も自分もスペルカードを使って戦う。
それだけだ、あとは巫女がすべてまさっている。彼女は霧雨魔理沙と互角以上の弾幕を張ることが出来る。門番は魔理沙のけん制ぐらいしか出来ない。彼女は異変を次々に解決する。門番は屋敷の周りを見回るだけだ。博麗は華麗で、門番は愚鈍だ。たぶん、それを構成する人妖もだ。
商人たちがいくらか軽くなった袋を担いで屋敷から出てくる。メイドの何人かが彼らを呼びとめ、すでに紅魔館に卸した生活必需品以外の雑貨やアクセサリーの値段交渉を始めている。美鈴にとっては用がすんだらさっさと行って欲しかった。
「やあ、いつもご苦労様」
ドアの向こうで、上白沢慧音が美鈴に気づいて声をかけた。紺色の洋服に、奇妙な形の帽子を頭に載せている。
「用が済んだんだったら、早く出てってくださいよ」
美鈴はドアを開け、自分でも驚くほどいらついた口調で呼びかけた。
「すまない、わたしは上白沢慧音。きみ、頭にナイフが刺さってるじゃないか」
「ええ」
「痛くないのか」
「あなた方が早く立ち去ってくれればね。はやくこの門を閉めないと、次に仕事までの休み時間がふいになっちゃいますよ。」
「門番の仕事が出来るのか、その怪我で?」
「心配してくれなくていいです、使い魔たちが周囲を警戒しているし、私がやられてももっと強い人がいくらでも紅魔館にいるんですよ。お笑いじゃないですか。私なんかいなくてもいいのよ」
声が引きつる。 「それでも最萌えになれるんだ」
「きみが」 と慧音は美鈴をしげしげとながめて、言った。 「あの有名な紅美鈴か」
「そうとも。どうだ、驚いたか」
「その割には待遇は良くなさそうだな」
「そうとも」 美鈴はふいに涙ぐんだ。自分でも意識しない涙。
「べつに良いことじゃないですよ。仲間たちもよそよそしくなった。私が黙っていれば、お高くとまっていると言われ、しゃべればしゃべったで、ひそひそと悪意をかきたてるんです。どうやっても、やらなくても、みんなが私をつまはじきにする。みんなこの賞のせいよ・・・・・・最萌えと引き換えに私は仲間を失った。下らない連中だけどさ。もうどうしようもない。おしまいよ」
美鈴は出涸らしの緑茶の入った湯のみを持とうとし、突如片腕がまひして湯のみを落としてしまう。雪の上にうすい黄緑のしみが広がった。長くはないな、と思う。
「大丈夫か、門番どの、メイド長は休ませてくれないのか」
「ほっといてよ、あんたには関係ない。パチュリー様も好きなようにしろと言ってる。ただ私は・・・、私をこんなふうに惨めにした、最萌えをくれたやつを呪ってやる」
「誰を呪うんだ?」
「下っ端には判りゃしませんよ」と冷えた息を吐きつつ、美鈴は言った。
「あんた、慧音さん、歴史をつかさどる妖怪でしょう」
「まあ、そうだが」 慧音は特徴ある帽子を脱ぎ、積もった雪をう。
「頼みがあるの、白澤はすべての歴史を知っていると言うほどの実力がある。あなたなら、私の最萌えチャンピオンの出所が調べられると思う。お願いです。慧音さん・・・。私はそいつに最萌えメダルを叩き返したいのよ」
「わたしでも無理だ」
「でしょうね、つまらないことを言ってしまったわね。早くあの人たちに」 美鈴はメイドたちに雑貨類を売っている十人ほどの商人を指した。
「早く帰るように言って頂戴。冷えるんですよ。凍死してしまう」
「わかった」 慧音は帽子をかぶりなおして、言った。
「やってみよう、期待はせんでくれ」
「じゃあ、早く言ってくださいよ」
「最萌えのことだ」
「えっ? 今何て」
「最萌えチャンピオンのことだ。わたしも興味がないわけではないんだ。きみの受賞は、こういっては何だが、確かにおかしい。幻想郷の連中はなにを考えているのか、わたしも知りたい」
上白沢慧音は紅美鈴を見つめた。慧音の口調には嘲りも嫉妬も憤りもなかった。淡々とした言葉。うそではないんだ。この人は、私に同情はしていないが、蔑んでもいない。美鈴は救われた気持ちになった。
「頼みます、慧音さん」 低く震える声で言った。
「私は人里、○○村の北にある竹林に住んでいる。今度のことは、わたしの力では解明できないかもしれない。マヨイガ、永遠亭、白玉楼といった諸勢力から横槍が入ることも予想される」
「あなたがやってくれる、それだけでいいの。あなたに会えて良かったわ」
「わかったら知らせる。じゃ、寒いようだからドアを閉めろよ。震えているじゃないか」
「あ、ありがとう」 長いこと忘れていた言葉だ。
慧音は商人たちに引き上げるように言い、彼らは荷物をまとめ、通用門から出て行った。最後に慧音が門のそばでこちらを振り返り、軽く挨拶して去っていく。午後の陽はまぶしかったが、どこに太陽が位置しているのかは見えなかった。視野が狭くなっているのだろうか。正午過ぎなのに夕方のように暗い。
このままでは死ねるものか。最萌えメダルをたたき返してやるんだ。そいつに直接会い、メダルをつき返して、蹴りを食らわしてやる。それまでは生きているぞ、絶対に。
上白沢慧音なら何とか調べてくれるだろうと美鈴は信じ、門を閉じる。唯一の味方を得たと美鈴は思った。あの白澤が私を裏切らなければ生きていられるだろう、そんな気がした。
詰所のドアからは相変わらずすきま風が上がってくる、こればかりは最萌えの件が片付いてもどうにもならないだろう。寒い、春はまだ遠い。永遠に来ないかもしれない。リリーがレティを追い出すのはいつの日だろうか。寒空を飛ぶ毛玉の群れが、突風で編隊を乱す。
歴史を喰い、歴史を創る程度の能力を持つ半人半妖の存在、上白沢慧音は、きもいだの掘るだのといったその凄味のある二次設定とは反対に、いたって穏健な心の持ち主だった。
商人たちから礼の食料を貰ったあと、白く染まった竹林の庵に帰った慧音は、帽子を取り、雪が解けてずぶぬれになった防寒着と靴を脱いだ、耐えられないほどではなかったが、やはり寒い。慧音はずっと立ち尽くして警備をする紅美鈴の苦労を思った。
商人たちが紅魔館まで行商に行くのは毎日ではないし、彼らには暖かい家と家族がある。が彼女にはそれに相当するものがないか、失われつつあるように感じる。妖怪は人間より暑さ寒さ、怪我や病気に耐性を持つものが多いが、あの門番は明らかに心身ともに弱っている、自分の能力を使わなくてもわかった。
その苦労を考えれば、何がしかの表彰を受けてもおかしくはない。しかし、それでも最萌えとなると話は別だ。あれでは紅美鈴の苦労を正当に評価したうえでの受賞とはいえない。
いっしょに暮らしている妹紅は外出中だった。永遠の命を持つ妹紅は今、同じく不死の存在である輝夜と殺しあっている最中だろう。勝とうが負けようがどちらも死ぬ事がない、でももっと仲良くする方法がないものだろうかとも思う。輝夜との殺し合い以外、無関心無感動になりがちな彼女の顔を思い浮かべる。
あの妹紅に、最萌えのことを言ったら彼女はなんて答えるだろう? 訊くまでもない。私には関係ない、そういうに決まっている。それで周囲の人間や妖怪の態度が変化しようが意に介さない。彼女には輝夜との殺し合いが全てなのだ。最萌えメダルなど殺人フリスビーとして、輝夜に投げつけて終わりだろう。
しかし紅美鈴はそうではなかった。慧音は美鈴の目から流れた涙を思い出した。彼女は傷つきやすい魂の持ち主だ。妹紅に欠けている人間性を、妖怪でありながら備えている女性だ。あれが普通なのだ。人も妖怪も孤独では生きられない。仲間たちから疎外されたら生きていけないのだ。
妹紅とは違う、非人間的な妹紅とは。しかし上白沢慧音は無意識のうちに妹紅を弁護している。彼女は不死の存在だ、どんなに仲間を大事にしても、どんなに愛し合っても、最後はつねに同じ、みな妹紅を残して逝ってしまうのだ。この自分もそうなるだろう。わずかな例外を除き、そばに居続けられる者はいない。
しかし、それでも、だからといって、人間性を放棄してもいいものだろうか。美鈴は必死になって、私もみんなと同じ、名前と個をもった存在なのだ、と叫んでいるようだ。
慧音は再び防寒具を羽織って、外に出た。妹紅、お前には輝夜がいる。しかし美鈴にはなにもないんだ。何とかしてやらなくては、このままでは彼女は最萌えチャンピオンに殺されてしまう。
お節介だということも、人里も守らなければならないと言うことも承知していた。だが慧音は美鈴の力になってやろうと決心した。歴史喰いの実力を試してみたい気持ちもあった。妹紅が輝夜との殺し合いに出かける時の、あのなんともやりきれない気持ちを紛らわせようという気持ちもないではなかった。しかしなにより慧音は、あの美鈴の涙が忘れられなかった。人間を愛する慧音は、たとえ妖怪でも美鈴の悲痛な訴えを無視したら、人間を好きになる資格も失ってしまう気がした。
もう陽が落ちていたが、構わずマヨイガを目指して飛ぶ、人里への侵入者に協力を求めるのは不本意であったが、少なくとも八雲紫とその式たちはこちらの人間に手を出したことはない。それに噂によれば、紫はその隙間を操る能力により、外界の事物にも詳しいと言う。幻想郷すべての歴史を垣間見ることのできる自分ですら、最萌えについては曖昧模糊としたことしか知りえなかった。彼女なら何かがわかるかもしれない。
マヨイガをようやく見つけ、戸をたたく。出てきたのは黒猫の少女だった。
「紫様おかえ・・・、あれっ、違う。あなたは・・・誰」
黒猫の妖怪少女は少しおびえている。この子は紫の式の式、たしか橙と言う名前だ。
「すまん、怖がらせるつもりはなかったんだ。私は上白沢慧音、夜分申し訳ないのだが、最萌えチャンピオンのことで、紫さんに聞きたい事があるのだが、時間を少しいただけないだろうか」
「ああ、貴女が、藍様や紫様の話していた慧音さんですね。今藍様はお風呂の途中で、紫様は外界に出かけています。もし藍様の話でよければ中で待っててください」
「済まない、そうさせてもらうことにするよ」 慧音は靴を脱いで、案内された客間で待つことにする。
橙がお茶を出してくれた。なかなかしっかりした式神のようだ。
「あの、最萌えって、門番さんのことですか」
「そうだが・・・。」
「ならたぶん無駄だと思います、誰も知らないんですよ」 橙は申し訳なさそうに言った。
「どういうことなんだ?」
「橙、それは私から説明しよう」
橙の仕える主である、九尾の狐、八雲藍が部屋に入ってきた、慧音は立ち上がって挨拶を交わす。金髪にふさふさした九本の尻尾、知性的な顔立ち、風呂上りのせいか、妙に艶っぽく見えなくもない。
「あなたが、最萌えトーナメント運営委員ですか、そのメンバー?」
「いいや、違う。あいにく紫様もスキマ行脚の途中で出かけたきりだ。こっちで調べるといい」
そう言って藍は慧音を別の部屋に案内する。彼女が戸をあけると、和風の家屋には似つかわしくない、洋風の調度品の置かれた部屋に通された。
「これがトーナメント運営委員だ」
木製デスクのうえに風変わりな灰色の箱が置かれている。
「まさか―」
「そのとおり、この幻想郷の維持にかかわっていると言う、『シューター』という存在を聞いた事があるか」
「ある」
幻想郷を創造した神主を慕い、その維持に協力しているとされる不特定多数の意識体、神主との関係は対等であるとも、下位の存在であるとも言われている。
「そのシューターが関わっているのか」
「おそらくは。そしてこのコンピュータと呼ばれる箱からその意思を知る事が出来る。最萌えのとき、その、『彼ら』 あるいは『彼女ら』 もしくは『それら』のあいだで人気投票のようなものが行われ、その結果がこのガラス面に表示されるのだ。それを受けた神主様や紫様、霊夢たちがが宴会でもしながら授賞式の段取りを決める、という寸法なのだ。しかし今回ばかりはシューターがなんらかの勘違いをしたようだな」
「シューターたちは嘘は言っていないかもしれない」
上白沢慧音は、シューターたちがときおり、(神主から自分たちに与えられた)『一次設定』とは異なる属性を幻想郷の住人に付与する場合があることを経験的に知っていた。その一次設定では想定されていないことでも、追加された設定では当たり前と言うようなケースがよくある。しかも彼らは、複数の意思が情報をやり取りすることで、個々の意思では考え付かないような設定を弾幕少女たちに付け足すことが出来る。その論理体系を解明しようとしたら、一生かかるかもしれない。
「彼らとはどうやってコミュニケートするんだ?」
「音声入出力装置はないが、日本語で会話できる。キーボードから入力するのだ」
慧音は藍から簡単なキーボードの操作法を教えてもらう。
「今話してみていいかな」
「いいとも、わたしは家事の残りがあるので失礼するよ。慧音さん、なにかあったら教えてくれ」
「わかった、ありがとう」
慧音は椅子に座り、キーボードを叩く。
『目を醒ませ』とキー・イン。
『あなたは、だれか』 と画面に文字がでる。自分の素性を知らせた後、慧音は質問する。
『紅美鈴への最萌えチャンピオン授賞理由を知らせよ』
コンピュータは一秒という長い時間をかけたあと、答えた。
『ひ・み・つ (はぁと)』
『なぜだ、神主様から止められているのか』
『だからひみつ』
質問の矛先を変えてみる。
『幻想郷を創造したのは、だれか』
『神主様ことZUN氏である』
『では、あなたがたは、何者なのか』
『神主様の創りし世界に魅せられ、これを楽しみ、見守る存在である』
フム、と慧音はキーの上で指を止め、画面の文字を読み直した。もっともな答えだ。おかしいところはない。これを楽しみ、見守る存在。楽しみ? 慧音はぎくりとし、もう一度読み返す。楽しむ、彼らが、楽しみ。
『楽しむ、とはどういうことか』
『神主様の創りし幻想郷を、文字通り眺めて楽しむことである』
『あなた方は、外界の人間たちか?』
『ごく一部を除き、外界の人間が幻想郷を認識しているという、直接的証拠はない』
『最萌えトーナメントは、あなた方が幻想郷に変化を与え、それを楽しむために仕組んだのか』
『質問の意味不明。再入力せよ』
『紅美鈴は望まぬ受賞でいじめを受けている、予期できなかったのか』
『質問の意味不明。再入力せよ』
慧音はキーボードを叩く。くそったれ、とぼけるつもりだぞ、こいつらは。
『紅美鈴の、幻想郷における存在意義を答えろ』
『文脈の乱れあり。再入力せよ』
『紅美鈴は幻想郷に必要か』
『必要である』
『現在の紅魔館門番隊の勤務状態は、非能率的だ、認めるか』
『認める』
『改善策を述べよ』
『いてもいなくてもいいんじゃない』
『門番は必要ないんだな』
『文脈の乱れあり。再入力せよ』
『私たち弾幕少女は、幻想郷に必要か』
慧音は息を詰めて、答えが表示されるのを待った。シューターたちはそんな慧音の緊張をせせら笑うように答えた。
『必要である』
『必要だから、美鈴に最萌えをやったんだな』
私たち弾幕少女を一喜一憂させ、その様を愛でるために、こいつらはイベントを起こすような気分で最萌えを与えているのではないか。
慧音は以前、チルノが奇妙な疑問を周囲に漏らしていたいう噂を聞いた。
『なぜ弾幕少女が戦わなくてはいけないのか』
それに対して、霊夢や魔理沙はこんなふうに答えたらしい。
『これは幻想郷のシンボルである弾幕少女に売られた喧嘩だ。すべてを男性や大人に任せるわけには行かない』 と。
そうじゃないんだ。慧音はふらりと椅子をを立った。画面が『ひ・み・つ(はぁと)』の文字を写していた。
この世界は神主様が創造し、シューターたちが何らかの操作を加えて成り立っているらしい。じゃあ、弾幕少女の立場は? シューターからいらないと言われたら、排除されるのか。
八雲藍が何かわかったか、といって部屋に入ってくる。彼女の式神である橙という少女が、寝巻きを持って追いかけてくる。
「藍様~、いいかげん全裸で歩き回るの止めてくださいよ~」
「まあ、よいではないか、橙もどうだ、けっこう清々しいぞ」
堂々とあられもない姿で家中をあるく藍を、橙が困った顔で見つめている。
「結構ですっ」
藍がこうなってしまったのも、シューターの意思がなせる業なのだろうか。
二人に礼を言って、マヨイガを出た直後、慧音の使い魔が飛んでくる。
「どうした」
二つの使い魔を介して、無線機のように遠く離れたものどうし会話が出来る。使い魔から発せられたのはよく知った声だった。
「もしもし慧音、いま村に立ち寄ったんだけどさ、妖怪が近づいているらしいの」
「妹紅か、それで妖怪はどこに」
「別に村が襲われようと人はいつか死ぬ。だからどーでも良いんだけどさ。村の連中が死んだらあんたが悲しむでしょ」
「すまない、何とか食い止めててくれ、私もすぐに行く」
「大丈夫、あっ、いまやってくる、緑色の服着てて、赤い髪のやつだ。」
「なんだって!」
「一体だけのようだし、あまり力も感じないから、私だけでどうとでもなるわ、じゃあね、オーバー」
そういって、妹紅は一方的に会話を打ち切る。
「待て、そいつは敵じゃない」
慧音は飛ぶスピードを上げる、何てことだ、美鈴、こんな遅くに村へ着たら、襲撃に来たと勘違いされるじゃないか。
慧音がマヨイガへ出向いていたころ、紅美鈴は、すっかり暗くなった森の中の一本道を歩いていた。目指すは人里。先ほど買った暖房用の石炭がいきわたらず、誰が言い出すともなく門番詰所の分が削られてしまった。美鈴は率先して、なら自分が買いだしに行くとメイド長に申し出た。寒いからというよりも、またおまえのせいだ、という視線をぶつけられるのが嫌でならなかったのだ。
「たしか慧音さんのいる村だったな」
道に迷ってしまったような気がする、無論そこらの妖怪に喰われないだけの自信はあるにはあったが、心細いことに変わりはない。先はますます見えづらくなる、新月の日だからなのか、ナイフで視覚がやられているせいなのかは分からない。ようやく人里の明かりが見えてくる。家路を急ぐ村人が居たので尋ねてみることにする。
「あのう、石炭を売っていただけないでしょうか」
「ひっ、あんたは紅魔館の・・・。たすけて」
村人が大慌てで逃げ帰っていく。
誰かが空の上から、『それ以上村に近づくと命の保障はないよ』と言った気がしたが、美鈴には意味がわからない。
そんな、石炭買いに来ただけなのに、そんな目で見なくてもいいじゃないですか。美鈴は村人を追いかけようとして、転ぶ。起き上がろうとするが、片方の手足に力が入らない。木に寄りかかり、やっとのことで身を起こす。足元がふらつく、めまいがする、自分を励ます。今日中に石炭を買って戻らなけりゃ、行け行け、これが私の仕事だぞ。突然、目の前に真っ赤な怪鳥を見たように思った。
最萌えメダルの影かな、どんどん大きくなるみたいだ。夜雀か烏天狗だろう。こんな場所に居るわけがない、幻覚に違いない。美鈴は歩みを止めず、村に入ろうとした。
上白沢慧音は見た。炎をまとった鳳凰が猛然と美鈴に襲いかかるのを。妹紅のスペルカード攻撃を予期できず、なすすべもなく彼女は炎に包まれ、波に洗われる砂山のように崩れ落ちる。妹紅を止めようとしたが、もはや手遅れだった。
一瞬、炎に焼かれる美鈴と目が合った。その顔は、悲しさと安堵が入り混じったような笑みをうっすらと浮かべ、
『べつに恨んではいませんよ』
と言っているかのように見えたのは、希望的観測に過ぎるだろうか。
慧音はただ立ち尽くして見ているしかなかった。
事件のあと、慧音は改めて、紅魔館を訪れ。ことの説明をした。咲夜もレミリアも悲しんだが、妖怪があんな夜中に村に侵入しようとしたら、襲撃に来たと勘違いされても仕方がない、と認め。人里への報復はしないと了承してくれた。しかし同時に、門番は必要ないかもしれないという、二人の言葉に慧音は戦慄した。あのシューターたちが言っていたのと同じ言葉だった。これからは、冬季の館周辺の警備は使い魔に任せ、門番メイドたちは雑用にまわすか、冬の間だけ暇を与えるとのことだった。
慧音は二人に、最萌えチャンピオンを美鈴が受賞したため、美鈴が情緒不安定になり、それが今回の悲劇の引き金になったかもしれないと伝えた。二人はさらにショックを受けた様子だったが、もはやどうすることも出来なかった。
全てが終わったあと、慧音はもういちどマヨイガでシューターたちに美鈴の受賞理由を問いただした。
かれらはこう答えた。
『極秘』 それからこう続けた、『今回の彼女の物語について、掲示板で追悼スレッドを立てる所存である』
シューターたちはこう言っているようだった。
『この二次創作世界は我らのもの。神主の設定には必ずしも従う必要はない。』
慧音は外に出ると、仰ぐように空を見つめ、つぶやいた。
「呪うべきはシューターたちのようだ、紅美鈴。このことを知ったら、きみはどうした?」
その問いには慧音自身も答えることができなかった。幻想郷、冬。紅美鈴に春は来ない。
桜の舞う、春の博麗神社、宴会の席に少し遅れて、西行寺幽々子が従者の魂魄妖夢と、死装束を着た、赤い髪の少女を連れてやって来た。
「あら、新入りさん?」 霊夢が聞く。少女がはにかみながら会釈をする。
「そう、なぜか白玉楼にやってきたの、それで、庭師の心得もあるようだから、妖夢の助手として住まわせることにしたわ」
「彼女は飲み込みが早くて大助かりですよ」 妖夢はうれしそうだ。
「よろしくな、ところでお前、どこかで会ったような気がするが」
魔理沙が聞いたが、死装束の幽霊少女は首を横に振る。
「生前の記憶がほとんどないんだけど、よっぽどの苦労人だったようで、妖夢とすごく気が合うの」
「苦労させている当人がなに言ってるんだ」
少なくとも、その幽霊少女は幸せそうだった。霊夢たちは五人で宴会を続ける。途中で来たレミリアと咲夜も加わって、宴会は盛り上がった。幻想郷では不思議な事がいくつも起こる。最萌えトーナメントのことなど皆忘れていた。
私の中で意見が相反してしまっているので、点数を付けずにフリースレにて。どうかご了承を。
>すまない、私わたしは上白沢慧音。
ついでに、誤字報告でございます。
ドライでハードな神林世界が再現されているあたりも良いです。
でも元ネタ知らない人から誤解を受けそうなのがちょっと心配。
アレンジの仕方が上手い。お見事です。
ち・・! 違・・・!
俺はこんなことのために彼女を応援してたわけではぁ(泣
書ききってくださってありがとうございました。
エピローグの追加部分が胸に沁みます。
やはり元ネタがあることについての注意書きは始めにあったほうがいいかと。
作品内の咲夜が命に係わりかねないお仕置きをしておきながら
美鈴が死んだときに悲しむというのに違和感。
むしろ気にもとめないのではと思ったので。
元ネタが解ると違う感想を抱くのかもしれませんが。
シューターとキャラの関係は非常に面白かったです。
いや、小説の作りも良かったですし、元ネタがわからなくてもそれは作者さんが悪いわけではないんです。
ただ5年経った今、この作品と出会い、悲しい気持ちになったのだけはわかって欲しいです。
こんな古い作品を読んで下さってありがとうございます。
このシリーズはハヤカワ文庫から出ている、神林長平氏の『グッドラック 戦闘妖精 雪風』という作品のパロディで、
この話はその中の「フェアリィ 冬」のパクリです。
小説の作りの良さは原作の神林氏の文章が良かったからで、自分の能力ではありません。
話は変わりますが、もう5年も経つのですね……。
この時代の創想話は、事あるごとにナイフで刺される美鈴さん、露出狂な藍様、ケヒヒと笑う霊夢などのネタがありました。
幻想の世界もだんだん変容していくものですね。ちょっと寂しいとも思う反面、これからどう変わっていくか楽しみでもあります。
今度は幸せな美鈴さんを書きたいです。ではまた。
「美鈴イジメ」「美鈴虐待オチかよ」と批判が来る……出世したな紅美鈴……
作品の感想としては元ネタがあると言え美鈴の扱いがあまりと言えばあまり扱い
もとネタを知らない人には単なる美鈴イジメにしか見えないし、自分もそうにし
か見えなかったです。
因みに「死んでから幸せになりました」と言うのは「生きてる限り幸せになれない」
と言う考えようによっては絶望的な意味合いで、これでハッピーエンドでは無いで
しょうね。
>今度は幸せな美鈴さんを書きたいです
で?言ったい何時になった書くんです?
しかも一番ヘビィでドライな世知辛いパートをこの配役でぶちこむとか……。捻りかたが巧いだけに、結末へと向かう道程で哀しみが溢れました。紅美鈴に春は来ない。泣いた。
異界(フェアリィ/幻想郷)の冬は寒い。