Coolier - 新生・東方創想話

魅惑のスカーレット 終わりにして始まり

2006/04/28 05:44:57
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 このお話は、プチ東方創想話ミニ作品集7(になるのかな?)にあります拙作、『魅惑のスカーレット』シリーズのラストに当たります。
 レミリアお嬢様が魔法少女を目指した経緯をごらんになりたい方は是非どうぞ。
 なお、そちらを見ずとも単体でも楽しめる構成には致しましたので、れっつりーどまん。





「お嬢様、見てください。お外の様子。すごいですよ」
 と、親愛なる従者、十六夜咲夜の言葉に視線を表にやれば、これまた確かにものすごいことになっていた。
「考えてみれば、紅魔館に、これほどの人が訪れるのは初めてではないでしょうか」
 なぜか、うっとりと、恍惚感すら伺える表情を浮かべている咲夜の言葉に思い返してみれば。
 確かに、この館に近寄るものなど、これまでの歴史でそう多くはなかった。と言うか、この館の主は吸血鬼。ここ、幻想郷でもトップクラスに強く、また同時に、トップクラスに嫌われているものでもあるのだ。それ故に、この館は『悪魔の館』とされ、近寄ることが死と同義として扱われていたのである。
 そのはずなのに。

「はーい、皆さーん。こちらに、一列に並んでくださーい」
「開場までには、もう少し、お時間がかかります。係員の指示に従ってくださーい」
「あ、ちょっと! 割り込みはやめてくださーい!」

 と言う具合だったりする。
 紅魔館の門前に、ずらっと並んだ人や妖の列は、留まることを知らずに増えていく。視線を片隅にやれば、「本日のイベントには、入場券としてカタログが必要となりまーす。まだお手元にない方は、こちらでカタログを購入してくださーい」とメイド達がカタログを売っている風景がある。並んでいる連中を整理するのは門番隊の役目である。
「楽しみですわね」
 本当に、なぜか、浮かれている咲夜を見て。
 やっぱり自分の選択肢は、何か間違っちゃったんじゃないだろうか、と紅魔館の館主、レミリア・スカーレットは頭を抱えていた。

 事の発端は、少し前のことである。
 たまたまその日、レミリアは、気まぐれからヴワル図書館を訪れた。館の中にある、その広大な知識の集積場所に、彼女の友人がこもっているからである。何となく、彼女の顔でも見たいかなー、と思って足を運んだ、それが間違いだったのだ。そもそもの。
 その友人――パチュリー・ノーレッジは、『魔法少女復活』を目的に、何かよくわからない文献を読みあさっていた。そのパチュリーの手によって、レミリアは『魔法の吸血鬼 ヴァンパイア☆レミちゃん』として変身させられてしまったのである。かわいい衣装にかわいいポーズ、おまけにかわいい魔法の呪文。それを手にしたレミリアは、まさに魔法少女。あのパチュリーが『完璧よ! 完璧だわ!』と、思わず親指立てるほどに魔法少女だったレミリアは、現在、自分の隣に佇んでいる完全で瀟洒なメイドと一戦を交えることになった。何で一戦交えなくちゃならないのかというと、この咲夜、かつては『魔法のメイド まじかる☆咲夜ちゃん』だったらしい。いや、どんなものかと聞かれたらコメントのしようもないのだが。
 ともあれ、その『魔法のメイド』と戦い、これを打ち負かすことで、レミリアは『魔法の吸血鬼』になった。なお、咲夜との戦いは熾烈を極め、三日三晩、戦い続けることと相成った。まぁ、それはともかくとして。
 そう言うわけで、無事(?)魔法少女の地位を手に入れたレミリアのお披露目会、ということでパチュリーが企画したのが、今回のこれである。
「……何か逃げたくなってきたわ」
「何を仰るのです、お嬢様。魔法少女にとって、デビューこそが最も大事な瞬間なのですよ。全ての人々に鮮烈な印象を焼き付けなくては、また新たな魔法少女に取って代わられてしまいます」
「……そんなにいるの? 魔法少女……」
「少なくとも、私の知るだけで、数十人は」
「そんなにいるの!? マジで!?」
「皆、素晴らしき魔法少女でした。萌えと燃えを両立させた彼女たちに憧れ、そして追い抜き――ああ、あの頃が懐かしい……」
「……っていうか、咲夜、あんたの人生って……」
 遠い昔に過ぎ去った思い出に身を馳せる一人の女を前に、レミリアの頬に汗一筋。
「ですが、彼女たちも、その時には敗北を認めても、今現在も敗北に甘んじている弱者ではありません。必ずや、不屈の闘志で立ち上がってくるでしょう。この幻想郷に魔法少女は求められているのです」
「……そーなんだ……」
「ですから。
 この私、まじかる☆咲夜ちゃんを負かし、新たな魔法少女の歴史に一ページを刻んだお嬢様には、最高のデビューをしてもらいたいのですわ」
 自分で自分のことを『まじかる☆咲夜ちゃん』って言うのはどうなのかなぁ、と思ったが、あえて口には出さなかった。何となく、彼女、それを誇りに感じているような節さえあるのだ。全く、人間、見た目で判断できることばかりじゃないとは言うが、それにしたって……とは思ってしまう。
「さあ、お嬢様。もうそろそろ開場の時間です。せっかくですから、わたくし達も、イベントを楽しみましょう。ショーの方は、午後の一時から開始ですから、あと三時間ほどの余裕もございますわ」
「……そーね」
 とりあえず、もう始まってしまったのだ。
 第一、何となくノってしまった自分にも非はある。何かよくわからないけど気合いを入れてしまった自分が、ある意味、一番悪いと言っても過言ではない。今日のイベントの中で行われる『マジカルショー』のために、日夜、血のにじむような特訓をしてきたのは、他ならぬレミリアなのだから。
 だから、まぁ……身から出たサビよね、これも。


「何なのよ、この列は……。何だって、こんな事にこんなに人が集まるわけ?」
「ちっちっち、わかってないな。霊夢」
「何が?」
「魔法少女の偉大さが、だ」
「帰れ」
 ずらりと並んだ列の最後尾に、見慣れた人間の姿があった。
 片手に『関係者用』の特別チケットを持った二人の少女――言うまでもなく、幻想郷の数少ない良心の一つ(ただし、時と場合による)、博麗霊夢と、何かよくわからないことに無意味に詳しかったりする、幻想郷の謎の一つ、霧雨魔理沙だ。
「私の持っている文献によればだ。そもそも、魔法少女が幻想郷に現れたのは、この幻想郷が結界によって外の世界と隔絶された、その時からなんだぞ」
「嘘つけっ」
「本当だって。
 それで、当時、この幻想郷を乗っ取ろうとした悪の魔王を滅ぼしたのが、初代魔法少女だ」
「いや、そんな歴史があったなんてことを胸張って語ってもらっても……」
「それ以降も、その初代魔法少女の意思を受け継いで、大勢の魔法少女が輩出された。だが、量の増加は質の低下とはよく言ったもんだよな。そうして増えていくうちに、魔法少女の質が落ち、結果、魔法少女でありながら魔法少女にあらず、な奴らが増えてきた」
「あ、進んだわね」
 何やら語り出した魔理沙を無視して、動き出した列の流れに沿って歩き出す霊夢。ただし、数歩進んでは止まってしまう。
「そこで、その初代魔法少女の血統を純粋に受け継いだ、ある意味、二代目魔法少女とも言うべき人物によって、魔法少女達の質を一定に保ち、幻想郷の平和を守るための制度が立案されたんだ。その当時の記録によれば、それを『マジカルファイト』と言うらしい。
 その戦いで勝利したものに、次なる『魔法少女』の役目を任せ、お前達、博麗の巫女と一緒に幻想郷を守っていく――それが、魔法少女のルーツだな」
「あーもー、暑苦しい。何でこんなに並んでるのよー」
「ところが、その『マジカルファイト』も長年続いてきたことは続いてきたんだが、ある時、不正が明らかになった。それがきっかけで、魔法少女達は己の身分を隠すようになり、幻想郷のあちこちに散って、その役目をそのままに、幻想郷と共に生きることを選択したわけだが――」
「あ、ちょっとー。私たちだけ、先に入場とか出来ないの?」
「少々、お待ち下さい。運営本部で聞いてきますので」
「運営本部って……」
「それにともなって、魔法少女達は、己の意識というものを優先させてしまったんだな。そのうちに、己の力におぼれ、悪の道に堕ちてしまった魔法少女達が現れた。この、言うなれば『悪の魔法少女』を倒すべく、当時の魔法少女達が力を合わせて、第一次魔法少女大戦が起きたわけだが――」
「お待たせしました。霊夢様、魔理沙様。どうぞ中へ」
「らっきー」
「結局、その戦いのおかげで、魔法少女は著しく数を減らし、一時は幻想郷の中でも『幻想』となってしまった。それではいけないと感じた、当時の魔法少女の中のカリスマ的存在である博麗の魔法少女が呼びかけて、魔法少女達を集めた魔法少女だけの里が出来たわけなんだが――」
「ちょっと待て」
 何やらよくわからないことを延々と語り続ける魔理沙に、ようやく霊夢がストップをかけた。どうした? という視線を向けてくる魔理沙。
「いや、あのさ、ちょっと一つだけ……いい?」
 こめかみ押さえながら、霊夢。きょとんとした顔を向けてくる魔理沙に、何とか声を絞り出す。
「その……『博麗の魔法少女』って……?」
「ああ。それか。
 当時の博麗神社の巫女で、ちょうど、お前の……そうだな、四つか五つくらい前の世代の、いわばご先祖様ってやつだ」
「……それって……私には、その魔法少女としての血が流れてる……とか?」
「そうだぜ?」
「嘘ぉぉぉぉぉぉぉっ!?」
「本当だって。お前んちの蔵の中に、確か、当時の巫女が使っていた魔女っ娘ステッキがあるはずだぜ。魔法少女にとって、魔法のステッキは命より大切なものだ。それを、子々孫々、受け継いでいく義務があるからな。私も同じものを持っているんだが――」
「嘘よ、そんなの嘘よぉぉぉぉぉっ! 私は博麗の巫女であって、そんなわけのわからないものじゃないのよぉぉぉぉぉぉっ!」
「……霊夢様、心中、お察し致します」
 どうやら、そのメイドは、今回の祭りに対して、ある種、冷めた部分を持っているらしい。嘆く霊夢の肩をぽんと叩いて、小さなつぶやきを漏らすのだった。

 さて、門の前で霊夢の自我が崩壊しかかっている現状はさておいて、無事、『魔法の吸血鬼 ヴァンパイア☆レミちゃん』のお披露目イベントは開催された。
 広い紅魔館の前庭、及び中庭を使って模擬店などが出店され、さらに広い広いロビーなどを使って、これまたグッズの販売などが行われている。販売を行っているのは、紅魔館に勤めるメイド達だ。
「あー、すいません。この、レミちゃんコミックスを十冊ほど頂きたいんですけど……」
「申しわけありません、販売規則がありまして、お一人様一冊だけとなっております」
「そこを何とか……」
「すいませーん。レミちゃんブロマイド、この構図のはないんですかー?」
「すいません、つい先ほど売り切れました」
「マジっすかー!?」
「あ、あの、魔法少女のサインがもらえるというのは……」
「そちらは、午後のショーの後にファンサービスとして予定されています。整理券の配布を、ステージ前にて行っておりますので、そちらで整理券をもらってください」
 などなど。
 何ともはや、にぎやかなことである。ついでに言えば、妙にメイド達が手慣れているのはなぜだろうと、誰もが思うはずなのだが、何でか誰も気にしてない。
「すいませーん。業者の方への販売は行っておりませーん」
 と、追い出されるものもいたりする。ちなみに、その人物、何かどこかで見たことのある輩だったのだが、それはさておこう。
「いやぁ、にぎやかじゃないか。なぁ、霊夢」
「嘘よ……嘘……私は魔法少女じゃなくて博麗の巫女よ……」
「お前、まだ気にしてるのか。いいじゃないか、魔法少女も。人気が出てくれば、かなりもうかるぜ?」
「……もうかる?」
 ぴくっ、と霊夢が反応する。
「ああ、そうだ。基本的に、グッズなんかは制作費なんかを差し引いた売り上げは、全て純益だからな。大体、でっかいイベントになると、一回で数百万単位の売り上げが……」
「なるっ! 私、魔法少女になるわっ!」
「うむ、頑張ってくれ。
 あ、でも、霊夢。魔法少女になるには、それなりに厳しい修行があるから、その辺りはレミリアに聞いてくれよな」
「おう!」
 人間、お金を前にすると性格が変わると言うが、やっぱりこの巫女はそれが顕著である。誰がそれを責められようか、という具合に困窮した日々を送っているのだから、仕方ないと言えば仕方ないのだが。
「ところでさ、魔理沙」
 唐突に、まともに戻って、霊夢が隣の魔理沙に声をかける。その彼女は、『レミちゃんコミックス』をぱらぱらと立ち読みしていた。
「んー?」
「この、『スタッフ専用チケット』ってさ。何かいいことあるわけ?」
「ないぜ?」
「ないの?」
「ああ。ただ、裏に書いてある通り、グッズの価格が割引になる」
 くるりと、もう何というか、『魔法少女レミリアちゃんよ☆』なデザインのチケットをひっくり返して裏面を見れば、確かにそんなような事が書かれていた。
「『ご購入の際、チケットを提示して頂ければ、グッズの価格から40%を割引致します』か……」
「出来る限り買い占めておいた方がいいぜ。こういう、一度限りのイベントものには、大抵プレミアがつく」
「ヴァンパイア☆レミちゃんフィギュア、残り二十体でーす! ご購入がまだの方、お急ぎくださーい!」
「おっ、霊夢! いいチャンスだ! フィギュアは、今後、確実に値上がりするグッズの一つだぜ!」
「どれくらい値上がりするもんなの?」
「大抵、安くても倍近くにはなるな。有名なものだと、『まじかる☆咲夜ちゃん』のプレミアフィギュアは、販売価格の三十倍……」
「夢想封印ー! 二十体全部よこせー!」
 展開される虹色の弾幕が、販売を行っているテーブル周囲に群がっている客を吹き飛ばす。目の色の変わった霊夢がそこへ突撃していくのを、魔理沙は『言わなきゃよかったかなー』という視線で見送っていた。
「ちぃっ! 五体しか買えなかったわ!」
「ま、まぁ、五つも買えれば充分だろ……」
「他に! 他に値上がりするものはどれ!?」
「あ、あー……そうだな……。
 えっと、この、イベント専売のトレカセットも……」
「それはどこ!?」
「あっち?」
「よーっし、魔理沙、来なさいっ! うちの財政のためにっ!」
 やっぱり言わなきゃよかった。
 人間、本当に、お金を前にしたら人格変わるものである。つくづく、魔理沙はそれを感じていたという。

「重たいわねぇ……。
 魔理沙、袋、一つ持ってよ」
「何でお前の買い物を、私が持たなきゃならないんだ」
「ケチくさいわね」
「……いや、買いすぎです、はい」
 思わず敬語にもなろうかというものだ。
 今の霊夢の姿は、色んな所によく出没するような人々の格好をそのまんま採用したものとなっている。両手に紙袋、背中にリュックサック、ついでにポスターが刺さっていたりする辺り、何かもう完璧だ。
「……」
 会場片隅の注意書きを、魔理沙は見る。
 そこには、『デ○トロイ○モ○ス○ー及びウ○ーズ○ン、○AZ○の方の入場を固くお断りします』という一文が。
「……まぁ、いいか」
「えーっと……次に回るべきブースは……」
「あら、霊夢じゃない」
「ん?」
 聞き慣れた声に振り向けば、そこには八雲一家の姿があったりする。ちなみに、声をかけてきたのは紫で、霊夢と同じような格好になっているのが藍、興味津々でレミちゃんフィギュアをいじり回しているのが橙である。
「あら、紫。何しに来たの?」
「別に。ただ、楽しそうなことをやっているから見に来ただけよ」
「その『見に来ただけ』のはずなのにこんなにものを買って……。うちの財政、火の車なんですよ? 紫さま……」
「細かいことは言わないの、藍。いいじゃない」
「……はぁ」
「藍さま、泣かない泣かないー」
 なぜか橙に慰められている藍の姿は、とっても哀愁を誘うものだと言うことを追記しておこう。
「多分、他にも来ている輩は大勢いるはずよ」
「そうなの?」
「多分な。カタログを売っているところが売っているところだから、多分、永遠亭の奴らとかも、どっかにいるはずだぜ」
「ふーん」
 そういうものか、と思いつつ、荷物を背負い直す霊夢。
「この後のショー、見に行くでしょ?」
「まぁ、レミリアから、『見に来てね』って言われたし……」
「ちょうどよかったわ。私も昔を思い出すもの」
「……は?」
「大昔、博麗の巫女と一緒に魔法少女やっていたものだわぁ……」
「……嘘」
「本当だ。ちなみに、芸名……は、違うかもしれないが、ともかくそんなものは、『結界少女シスターズ』」
「……」
「……いや、それは知らなかった」
 すがるような視線を向けられ、魔理沙が頬に汗を流しながら顔を引きつらせる。
「さ、行きましょう。私たちは特別チケット持ってるから、整理券必要なしに入れるわよ。
 ああ、だけど、懐かしいわねぇ、こういうの。マヨヒガでもよくやったものだわ」
 やったのかよ。
 思わず、内心でツッコミ入れる霊夢。
 というか、あそこは、『普通の手段』ではどうやってもたどり着けない場所のはずでは? まさか、そのイベントのためだけに境界をいじったりしていたのだろうか。
 ……と、そこまで考えて『こいつならやりかねない』という結論にたどり着き、ため息一つ。
 ともあれ、紫を先頭に館の中を進めば、やがて見えてくる特設ステージ。
 とにかく、そのステージは豪華だった。一体どこからこれほどのものを組み立てるだけの資材を手に入れてきたのだと思わせるほどである。椅子の数は、二百ほどもあるだろうか。
「先頭の……ああ、あったあった。あそこね」
「ふぅ……ようやく休める」
「あー、重たかった」
「さて、レミリアの魔法少女ぶりを見せてもらおうじゃないか」
「ねぇ、藍さま。ところで、『まほーしょーじょ』って何?」


「お客さん、入ってきましたよ。咲夜さん」
「ええ、完璧ね」
 舞台の袖から、会場の様子を確認していた美鈴の言葉に、うん、と力強く、咲夜がうなずいた。
 そして、振り返る。
「あなた達!」
 そこには、この日のために用意された衣装に包んだメイド達が二十名ほど。
「この舞台が、お嬢様の、真の魔法少女デビューの時よ! 失敗は許されない! 私たちに出来るのは、お嬢様に、最高のデビューを飾ってもらう、ただそれだけよ!」
『イエス・マム!』
「故に、最高の演技をなさい! 全てが終わったその時に、笑顔で手を取り合って笑えるように!」
『はいっ!』
「では、諸君! いざ、出陣!」
 ざざっ、と素晴らしい統率でメイド達が散っていく。
 そして咲夜は、一人、美鈴に振り返った。
「美鈴。あなたが今回の主役の一人よ」
「はいっ」
 彼女の顔は、緊張に満ちていた。
 顔に化粧を施し、全身をマントで覆っている。その姿は、まさに、見事な『悪の首領』のそれである。対する咲夜もまた、普段のメイド服ではない衣装に身を包み、心持ち、顔を緊張させている。
「いい? 主役を引き立たせるのは脇役であり、ヒーローを引き立たせるのは悪役よ。あなたの活躍で、お嬢様が輝くかそうでないか、それが決まる」
「……はい」
「頑張りなさい。
 大丈夫、あなたなら出来るわ。あの、苦しい修行の日々を耐え抜いた、あなたなら」
「はいっ! お任せ下さい、咲夜さん!」
「よく言った!
 ……さあ、出番よ、美鈴!」

 というわけで、魔法少女ステージの開催です。



 ざわざわとざわつく会場がしんと静まりかえる。建物の中の照明が落とされ、スポットがぱっとステージに当てられた。視線を巡らせれば、その光源は、どうやら誰かの行っている魔法であるらしい。
 引かれているカーテンの前に現れるのは、小悪魔。
「皆さん、ようこそいらっしゃいました」
 ぺこりと一礼する彼女の胸元には、『ヴァンパイア☆レミちゃん推進委員会 広報担当』の文字が書かれたワッペンが貼られている。
「今回のステージは、私たちにとって、新たな一歩を刻む瞬間になるでしょう。この日のために、費やしてきた全てを、皆様にお見せ致します。
 それでは! 『魔法の吸血鬼 ヴァンパイア☆レミちゃん』ショーの開幕ですっ!」
 わー、ぱちぱちぱち。
 にぎやかな拍手の音。そして鳴り響く、見事なBGM。
「あ、プリズムリバー」
「あいつら、この頃、こっちの方でよく見かけると思ったら」
 その演奏をしている三人は、見たことがあった。思わず声を上げる霊夢と魔理沙を『しーっ』と紫が注意する。それで二人とも、ステージに視線を戻した。

「諸君は、ロリっ娘と美しい女性、どちらが好きだ!?」
 いきなり唐突に響き渡る声。
 その声の持ち主がステージの上に現れる。舞台用にメイクなどを施されているが、霊夢達には見慣れた相手――この紅魔館の門番、紅美鈴である。
「美しく育ち、成熟した肉体と精神を持った女性が素晴らしいのは自明の理! しかるに、今だ半熟に過ぎないロリっ娘に心血を注ぐ理由はあるのか!?」
 ステージの上には、無数のメイド達。あれが今回の衣装なのか、皆、妙にスカート丈が短かったりへそ出しだったりと露出度が高い。
「……何であんな服なのかしら」
「知らないのか? 霊夢」
「何が?」
「悪の女性敵キャラは露出度が高いのが常識だぜ」
「その通りね」
「……そーなのかー……」
 何だかよくわからない理論で押し切られ、沈黙する霊夢。
「我々が訴えるべきなのは、すなわち、女性の魅力である!」
「……あ、何かむかつく」
「わかるぜ……霊夢……その気持ち」
 確かに、この二人に『女性』としての魅力があるかどうかと聞かれたら、さすがに思い切り首を縦に振ることは出来なかった。よくて『?』というところだろう。何せ、二人はまだ『女の子』。今だ、成熟した『女性』ではないのだから。
 ついでに二人の視線は、その隣に座ってステージを眺めている紫に向く。
 しばし沈黙。
「……負けた」
「……グレイズ不可能だぜ……」
 何だかよくわからないところで打ちのめされ、嘆く二人。
 まぁ、それはともあれ。
「つまり、諸君に求めるべきなのは……」
 と、そこで。
『いい加減にしておきなさい、戯れ言を連ねるのは』
 唐突に響き渡る第三者の声。
「何っ!? 何者っ!?」
 これは当然の反応なのだろう。辺りをきょろきょろ見回す美鈴達。
 すると、またBGMが変わった。何というか、コケティッシュな雰囲気を漂わせつつもジャズちっくな感じで場の雰囲気をかき立てていくそれを受けて、ぱっ、と新たなスポットが点る。
「お、お嬢様っ! ……じゃなくて……何者!」
「美鈴、大根か……?」
「……どうかしらねぇ」
 あれは、彼女の常日頃の真面目ぶりを考えたら仕方ないミスだったのだろうか。
 とりあえず、ぽつりと二人がつぶやく。
 そして、美鈴達の視線は、ステージの上の方に用意された足場に佇み、傲然と腕組みをして相手を見据えているレミリアに注がれていた。
「ロリと『女性』のどっちが好きか? そんなもの、決まっているじゃない」
「何ですって?」
「ふふっ。だから、あなたは三面ボス。そして、なかなか次の出番に恵まれないのよ」
「うぐぅ……いいもんいいもん……どうせ地味系だもん……」
「ああっ、美鈴さま、気を取り直して!」
「今のはセリフですよ! 台本の、ほらここ!」
 なかなか胸をえぐるセリフだった。レミリアのあの態度で放たれるのだから、それはそれは破壊力に満ちた一言だったのだろう。思わずうずくまる美鈴を、周りのメイド達が必死で慰める。
 なお、台本の作成及び監修はパチュリーである。
「あなた達はわかっていないのね、この幻想郷において強いものが誰であるか」
「誰だというのですか!」
 今だ、うずくまったままの美鈴に代わり、メイドAが声を上げる。
「真に強い『キャラ』が『少女』であるというこの現実! それをどう受け入れると言うの!?」
「……夢想……」
「わー、待て、霊夢! お前、目がマジだぞ!?」
 くどいようだが、台本の作成及び監修はパチュリーである。
「真に強きもの。永久に紅き、幼き月。このわたしがその中に数えられている以上――」
 ゆっくりと、そのちみっちゃくてまんまるふにふにな指先が美鈴を指さす。
「あなた達に勝利はあり得なくてよ!」
「……あいつもすごいこと言わされてるなぁ」
 なお、くどいようだが以下同文。
「ふふっ……そう……」
 ようやく復活した美鈴が、ゆらりと立ち上がる。背後に立ち上る、陽炎のごとき世界の歪みは、恐らくオーラだろう。
「残念です……おじ……じゃなくて、レミリア。あなたに、こちらに譲歩する意思があるのなら、それ相応の対応もあったというのに」
「何を言っているのかしら。譲歩するのはあなた達じゃなくて? そう……あなた達なの……あなた達なのよ、こんちくしょう!」
「す、すいません!」
 多分、台本にない一言だったのだろう。わからないでもないが。
 思わず頭を下げる美鈴に、目尻に涙浮かべていたレミリアは、こほん、と咳払いをして、
「この幻想郷が求めているものは、すなわち、その全てを体現させたこのわたし。あなた達の出る幕はなくてよ!」
「ふふっ……そうですか? それなら、仕方ありません。ここは、私たちの主張が正義であると言うことを、この場に集った皆様方に認識してもらうしかないようですね!」
「あら、何をするというのかしら?」
「こういうことです!」
 ぱちん、と指を鳴らす美鈴。それに従うように、ずらっと、悪役に扮したメイドさん達が一斉に動いた。
 そして、会場に向かってぺこりと一礼。さらに一言。


『お帰りなさいませ、ご主人様』



『キタァァァァァァァァァッ!!』



 その一言と共に響き渡る喚声(半分以上、男)。
「ほーっほっほっほ! ほら見なさい! 美しきメイドさんは正義! そして、メイドはすなわち、美女の代名詞! あなたのようなロリっ娘には、一生わからないことですよ!」
「くっ……!」
「……これが舞台でよかったよな」
「そーね……。んなこと言ったら、美鈴さん、命ないわね……」
 思わず、頬に冷や汗を流す二人。
 もちろん、くどいが以下略。
「幻想郷において、足りない要素を満たすことこそが、すなわち需要に応えると言うこと! 全ての人たちが渇望しているのです! っていうか、ぶっちゃけ、小さい人にはもう飽き飽きだということでもあります!」
「くっ……さすが、初代大キャラ……!」
 あのレミリアが、じりっと後ろに下がる。美鈴の背後に漂う、得体の知れない強大なオーラに気圧されているのだろう。そして彼女のその気持ちは、霊夢達には、とぉぉぉぉってもよく理解できるものだった。思わず、涙が頬を伝おうかというものだ。
「大人しく敗北を認めてください、レミリア! さすれば、あなたの存在意義までは奪いません!」
「その言葉……そっくりあなたに返してあげるわ、美鈴!」
「やれるものならば!」
 二人のにらみ合い。そして――。
「お?」
「BGMが変わったな」
 何やら、勇壮で勢いのある音楽へとBGMが変わる。そして、何やらよくわからない、きらきらとしたエフェクトが舞台の上にあふれ、七色の光が頭上から降り注いでくる。
 その中で、レミリアは、たんっ、と空中の足場から飛び上がり、光の中にシルエットとなって浮かび上がる。
「へーんしーん!」
 その言葉に――何とはなしに、霊夢は舞台の袖を見た。そこには、目頭をハンカチで押さえるメイド長の姿。
 ――彼女は、それを見なかったことにした。
「……どうやら、現れたようですね」
 七色の光が薄れ、一つの色になって舞い踊る。
 その、美しい輝きのカーテンの中から現れたのは――、
「幻想郷は幻想故に平和であるべき! その平和を乱す、悪い人たちは――」
 ふりふりのゴスロリ服。体を飾る、無意味やたらときらびやかなアクセサリー。顔に施された化粧は、一体いつの間に、と思えるくらい見事なもので、ふと舞台の上に視線をやれば、やっぱり「ご立派ですわお嬢様」とはらはら涙を流すメイド長の姿。
「このわたし、魔法の吸血鬼!」
 ばっ、と左手は腰、足は絶妙な角度、右手は『魔法少女レミリアちゃんよ☆』の構え。
「ヴァンパイア☆レミちゃんが許さないっ!」
 どどーん!
 ――と、なぜか舞台効果で後ろで火薬が爆ぜた。視線をやれば、そこには「舞台効果は完璧! 次のシーンに行くわよ!」と指示を出すパチュリーの姿。なお、車いす。無茶すんな、大人しく座ってろ、と霊夢が思ったのは言うまでもない。
 あとついでに、「以前、日光が嫌だから、って理由で幻想郷に霧呼び出した奴が悪事云々言うな」とつぶやいたのも言うまでもない。
「うーむ……なかなか見事だな」
「ええ、確かに。舞台も役者も、皆、ひときわ輝いてるわね」
「いやいや、やっぱりいいものだな。私も魔法少女の血が騒ぐぜ」
「本当ねぇ」
 などと、変な会話してる知り合いの会話も聞こえなかったことにする。
「現れたわね、魔法少女!」
 びしっ、とレミリア指さし、美鈴。
「確かに魔法少女はロリっ娘でなくてはならないという法律があるわ! でも、ロリっ娘にこれは真似できない!」
 ばっ、とマントをはねのければ。

『うおおおおおおおおっ!!』

 会場中に満ちる喚声(やっぱりほとんど男)。
 そのマントの下から現れたのは、まさにソロモンに帰ってきた漢がぶっ放した魂の一撃に匹敵――いや、それを上回る見事な女性の肉体美。
 いつもよりもぴちぴち度と露出度をアップしてみました、という感じの衣装に身を包んだ美鈴の姿は、まさに反則。会場中、あちこちで『救護班、お客様が倒れたわ! 至急、タンカを!』という声が響いていたりもする。
「女性としての威厳をかけて! 勝負です、ヴァンパイア☆レミちゃんっ!」
「望む所よ。この幻想郷に求められているのはどちらか、この場で確かめましょう!」
「……これが魔法少女なの……?」
「そうだ」
「その通りね」
 即答かよ。
 頭痛をこらえる霊夢。
「それじゃ、手っ取り早く。スピア・ザ……!」
 右手に構えた巨大な紅い槍。ちなみに今回は魔法少女仕様なので、何か妙にきらきらとしたお星様などがエフェクトでついていたりする。しかも自機狙いなので回避が格段に難しくなっているという、プレイヤー泣かせの奥義だ。
 しかし。
「えーいっ☆」
 舞台の下手側から響く、何か妙に軽くてふわふわの甘い声。だが、その声とは裏腹の強烈で凶悪な一撃が舞台を直撃した。
「なっ……!?」
「ちっちゃい魔法少女も正義っ☆ 今日も楽しく遊びたい~♪」
 すたっ、と現れたのは。
「魔法の妹吸血鬼♪ ヴァンパイア☆フランちゃん、さんじょ~!」
 ちゃっ、とかわいいポーズで決め。
 レミリアとは対照的に、これまたかわいらしい、うさぎやらくまやらこいぬさんやら、とにかくファンシーな衣装で身を固めたフランドールが現れる。橙が「藍さま、あのお洋服欲しい」と目をきらきらさせている。
「なっ……!? フラン!?」
「えっへっへ~、勝負! お姉さま~!」
「どういうこと!? あなた、まさか、そっちの『巨乳派』についたというの!?」
「そうだよ。フランもこれからおっきくなるんだもん。お姉さまみたいに、永遠に幼くないもーん」
「ぐっさぁ!」
 呻いて身を折るレミリア。なお、しつこいようですが台本は以下略。
「……うあ、今のはきっついわ」
 目頭押さえる霊夢。その気持ちがわかるのか、会場のあちこちですすり泣きが起きたりする。
「それに、めーりんが『後でお腹一杯、ブルーベリーパイをごちそうします』って言ってくれたんだもん。だから、お姉さまをやっつけちゃうぞー☆」
 笑顔で言うことが凶悪である。
 ついでに、そのかわいらしさ満点の攻撃は、見た目にも華やか。ハートだったりお星様だったり音符だったり、何か可愛らしいぬいぐるみみたいなものが飛び交うのだが、その破壊力は一転して壮絶である。具体的に言うと、「お客様、ステージには近づかないでください! 流れ弾による命の保証は出来ません!」との場内アナウンスが飛び交うほどだ。

「まじかる・ふらんどーる・あたーっく!」
 ちゅごおおおおおおんっ!

「くるくるめりーごーらんどーっ!」
 どっごおおおおおおんっ!

「ふかふかうさぎさーん!」
 きゅぼおおおおおおんっ!

「えーっと~……」
「ち、ちょっと、フラン! 何か台本と違うわよ!? パチェ、どうなってるの!?」
 はね回るフランドールの放つ凶悪スペルカード(?)に戸惑うレミリアが、舞台の袖に隠れているパチュリーに視線をやる。そこにいるパチュリーは、静かにサインを送った。
『これはこれでよし。続けろ』
「わたしの命の保証はぁっ!?」
『レミィ、あなたの勇姿、忘れないわ』
「勝手に殺すなっ! おひぃっ!?」
「たーっ☆」
 しかし、これほどの爆発と魔法(?)の嵐にさらされて、何でこのステージは無事なのだろう。ふと、霊夢はそんなことを考える。ちなみに一同の周囲には、霊夢と紫の合作結界が張られており、阿鼻叫喚の地獄絵図となっているホールの中、極めて平穏を保っていた。ついでに言えば、降り注ぐ弾幕を「グレイズっ!」「この程度、当たらなければどうということはない!」とよけながら観戦している兵の多いこと多いこと。どうやら全員、ルナシューターらしかった。
「くっ……反撃のチャンスが……!」
 と言うか、相手はフランドールである。さすがに自分の妹に全力で攻撃を叩き込むのはためらわれた。かといって、逃げてばかりでは追いつめられる。実際、ステージの下がもう見えてきているのだ。なお、どうでもいいが、美鈴達は「いやーっ、死にたくないー!」と逃げまどっている。
 まぁ、それはさておき。
「こうなったら……仕方ない!」
 この手だけは使いたくなかったけど。
 レミリアは、つと、瞳を閉じて、ばっ、と『レミちゃんステッキ』をかざした。
「たいむまじっくすくうぇあーっ☆」
 何かかわいいポーズとかわいいセリフでびしぃっと魔法(?)を使った。
 すると、これも舞台効果なのか、きらきらと輝く光の欠片が落ちてくる。それらに「うわぁ、きれ~」とフランドールが目を取られた瞬間のことである。
『愛しいお嬢様のお呼びとあらば――』
 何かどっかで聞いたことのある声がエコーつきで流れる。
 そして、かっ、と光が弾けた。
「この魔法のメイド、まじかる☆咲夜ちゃん、どこからでも参上つかまつりますわっ!」
「……うわぁ。」
 無茶してるなぁ、と思わず、その時、霊夢はつぶやいてしまった。
 そこに現れたのは、咲夜だ。ただし、これまたかわいらしいロリっ娘衣装で、もう何というか、『年齢考えようよ』と肩を叩いてやりたくなるくらいに『魔法少女!』なスタイルで登場してくれたのである。
「……ついに現れたか、まじかる☆咲夜ちゃん……」
「確か、今の時代の魔法少女達の中で、トップを務めていたわね……彼女。なるほど、このエフェクトといい、登場のタイミングといい、パーフェクトだわ……」
「何真面目な顔で批評してやがりますかあんたら」
 何やら冷や汗のようなものを流して戦慄する二人に、白い視線を送る霊夢。
 とうっ、と『まじかる☆咲夜ちゃん』がステージの上に降り立つ。そして、やおら、彼女はフランドールの方に振り返った。
「ぶー。咲夜、邪魔しないでよー」
 姉との遊びを邪魔されたのが気にくわないのか、ほっぺた膨らませるフランドール。
 しかし、咲夜は小さく、首を左右に振った。
「いいえ、私はただ、魔法の呪文をお嬢様方に授けに来ただけ」
 くりっ、と小首をかしげるフランドールと『へっ?』と頭の上に『?』マーク浮かべるレミリア。
 咲夜は、言った。フランドールには最適な一言を。
「このショーが終わったら、レミリアお嬢様が、自分の分の苺のタルトをフランドール様にくれるそうですよ」
「ほんとっ!? お姉さま!」
「え!? いや、ちょっと! 今日のタルトはわたしも楽しみにしてたんだけどっ!?」
「では、私はこれでっ!」
「いや、あの、だからちょっと!? 咲夜ぁぁぁぁぁぁっ!?」
 一瞬、世界が停止した後、魔法のメイドの姿はどこにもなかった。多分、時を止めて離脱したのだろう。
 残されたのは――、
「よーっし! それなら、めーりんをやっつけるー!」
「え!? 何で『それなら』なんですか!?」
「お姉さま、やっちゃおー!」
「……はは……あはは……そうね……」
「……そんなに楽しみだったのね……苺のタルト……」
 何か、非常に切ない顔しているレミリアに、思わずほろりと涙を流し、霊夢がコメント。と言うか、これはショーなのだろうか。極めて疑問である。
「めーりん、いっくよー!」
「い、いえ、あの、出来ることなら手加減が……!」
「ごめんなさい、美鈴……。わたし……手加減出来そうにないの……」
「何か台本と違うんですけど!? ここって、私に向かって舞台効果のみのはずじゃなかったんですかー!?」
 もちろん、美鈴の訴えなどどこへやら。
「すいーとらいとまじかるー☆」
「てぃんくる、てぃんくる、すたーないとー☆」
 二人のかわいい魔法の呪文が重なり、美鈴の顔が真っ青になる。
「……ああ、ごめんなさい、お父さん、お母さん。美鈴は……美鈴は、天寿を全うできそうにありません……」
 何か人生諦めていたりもする。
『すかーれっと・どりーむっ☆』
 そして重なる『魔法少女符 すかーれっと・どりーむ☆』。ひらがななのがポイントだ。
 その威力は、二人で同時に放つことにより、格段に高まり、1ドットの隙間もなく降り注ぐ星弾と隙間を縫うようにして放たれる七色の燐光により、絶対不可避という凶悪極まりない魔法少女の奥義である。
「いっやぁぁぁぁぁっ! へるぷみー咲夜さぁぁぁぁぁぁんっ!」
「……哀れな」
 全弾直撃。
 真っ黒に焦げて、ぼて、と美鈴はその場に倒れ伏した。無論、ぴくりとも動かない。
「完全☆」
「勝利っ☆」
『スカーレット・シスターズっ☆』
 そしてここだけは台本通りなのか、ステッキ片手にポーズを取って、左右対称の華麗なポーズでびしっと決め。
 わき上がる拍手と歓声。そして、舞い散る花びらやら何やらよくわからない舞台効果。その片隅で、焦げて泣いている美鈴をメイド達が回収して連れて行った。
「……めちゃくちゃね……」
「いや、完成度は高いぜ」
「ええ」
「嘘!?」
「本来、魔法少女ショーに理不尽な演出はつきものだぜ」
「そうね。そして、それに耐えうる強靱な肉体を持った悪役……さすがだわ……。侮れないわね、紅魔館……」
「……」
 なるほど、そう言う理由で美鈴が悪の首領に起用されたのか。
 何かもう、色んな意味で彼女が哀れに思えてきて、後でお見舞いでも持って行ってあげようかな、と霊夢は思ったのだった。


「ふぇぇぇぇ~ん、何で私ばっかりこんな目に遭わないといけないんですか~」
「いいえ、美鈴。あなたはやはり、素晴らしい悪役だわ。最後のあの瞬間まで、あなたはお嬢様達を立てたのよ!」
「うぅっ……そんなこと言っても騙されませんよぉ……」
 じろりとにらんでくる美鈴に、咲夜の頬に汗一筋。
 ――とりあえず、イベントは大成功に終わった。グッズは全て完売し、紅魔館の財政が潤う一端を形成し、大勢の『ファン』も出来た。何かステージが終了した後、その片隅でメイド達が「レミちゃんファンクラブに入りませんかー」と入会を募っていたりもしたのである。なお、入会したのは、ステージを見ていたものの約九割に上ったという。
「ふふっ……さすがは魔法少女……。やはり、幻想郷のパワーバランスを崩壊させるとしたら、レミィのあのかわいさしかないようね……」
 と、こちらは何やら魔法書らしきものを熱心に読みあさっているパチュリー。ちなみに、その足下には『レミちゃんステージ第二回用台本草案』というものが置かれていたりするのだが、それについては触れない方がいいだろう。
「はぁ……わたしの苺のタルト……」
「はむはむ……ん~、おいし~!」
「……よかったわね、フラン。………………はぁ」
「レミリア……そんなに苺のタルト、食べたかったのね……」
「何言ってるの、霊夢! あなた、咲夜の作ったタルトのおいしさ、知らないでしょう!? 知らないからそんなことが言えるのよ!
 あの、絶妙な甘さといちごのすっぱさ……そして、口の中でほろほろととろけていく生地のおいしさ! わたしも大好きなのよっ!」
「……あー、うん、わかったから。だからマジに怒鳴らないで……」
 きゃんきゃん吼えるレミリアに、わずかに顔を引きつらせ、霊夢。やはりこのお嬢様は、普段は偉ぶっていても中身はお子様だと感じる瞬間だった。
「しっかし、あんだけのステージを、わずか一ヶ月程度の間に作り上げたんだろ? お前達、さすがだぜ」
「確かにね。私の頃も、魔法少女のデビューと言えばステージだったけど、大抵、人の目のある一角を借りた即席のものばかりだったから。あそこまでお膳立てがしっかりしているステージでデビュー出来たあなた達が羨ましいわ」
 優雅に紅茶の入ったティーカップを傾けながら、紫。その隣には魔理沙が座って、苦めの、砂糖は少量しか入っていないコーヒーをすすっている。ちなみに、そのコーヒーは八雲一家からの提供である。
「当然よ、魔理沙! 魔法少女のためなら、私は全てを捨てられる!」
 ぐぐっ、と拳握りしめ、がたん、とパチュリーが椅子を蹴倒して立ち上がった。その目が尋常じゃない。炎が燃えている。
「ほほ~う。そんなら、次のステージには、是非とも、私たちの出番を作って欲しいものだな。はっきり言って、『魔法のメイド』を負かしたからといって安心してもらっちゃ困るぜ。なぁ、霊夢?」
「そこでどうして私に話を振る」
 今だ、かみついてくるレミリアを適当にあしらっている霊夢が顔を引きつらせる。不敵な笑みを浮かべる魔理沙は『ふっふっふ』と含み笑いを漏らすだけだ。
「でも、私たちとしては楽しかったけどねー」
「そーそー。久々に、あんなアクションの強い音楽の演奏したし」
「ルナサ姉さんには、ちょっと、雰囲気似合わないけどね」
「私はエンディング担当だもの」
 そう言って、魔法少女ステージのラストをしっとりとしたバラードで締めくくったルナサが妹たちに答える。ちなみに、『ヴァンパイア☆レミちゃん』のオープニングとエンディングはこの姉妹が作曲と編曲を担当し、作詞をパチュリーが担当したのだと聞かされた時、霊夢はめまいを覚え、あまつさえ、その歌をレミリアとフランの二人が歌っていたのにはノックアウトされていたりもしたが、まぁ、それもさておき。
「まぁ、舞台としては充分、成功だったと思うわ。昔から、こういう、イベントものの際には音楽を任されることが多かったけど、これほどの観客を動員したイベントは、そう多くないものね」
「……そうなの?」
「そうよ。世の中、自分の趣味嗜好と合っていなくては、どんな素晴らしいものであろうとも足を運ぶことは少ないわ」
 すまし顔のルナサの言葉には、妙に含蓄深いものがあった。思わず、霊夢ですらうなずいてしまうほどに。さすがは冥界のBGM担当。色々、そう言うことには詳しいらしい。
「ところで」
 唐突に、パチュリーが話に入ってくる。
「霊夢達の目から見て、今回のステージはどうだったかしら?」
「私の意見は先の通りだ」
「私も同じく」
「私は……まぁ、面白かったとは思うぞ。被害は別として」
「橙も藍さまと一緒ー」
 一同の目は、必然的に霊夢へ。まぁ、フランドールは、目の前のタルトを食べるのにご執心でこっちに目をやる余裕はないようだが。
「えーっと……まぁ……悪くなかったとは思うわよ?」
「悪くない……って、その程度なの? 霊夢」
 なぜか、わずかに頬を膨らまして、レミリア。
「あー、いや、まぁ、そう言う意味でもないんだけど。
 とりあえず、にぎやかに始まって、にぎやかに終わったのなら、イベントとしての趣旨は達成したと思うけど……。あ、ほら、レミリアの活躍……も、あったしね」
「当然じゃない」
 ふふん、と胸を張るお嬢様。じーっと、横手から美鈴が霊夢に視線を注いでいたりする。
「そ、そのー……うーん……悪役に対する扱いは、もう少し、何とかしてあげた方がいいかもしれないけど……」
「そうですよね!? そうですよね、霊夢さん! あんな扱いひどすぎですよね!?」
「お黙りなさい、美鈴。あなたはわたしの引き立て役をやっていればいいのよ。いいじゃない、死ななかったんだから」
「めーりん、じょうぶー」
「……うぅぅ……しくしく……」
 自分の主人達からの、容赦ない無体な言葉に美鈴が膝を抱えてうずくまってしまった。それを慌てて咲夜が慰めたりもする。
「ただ、ちょっと……」
「ちょっと……何?
 まさか、霊夢、このわたしに不完全なところがあったとでも? そんなバカなことが……」
「……いや、単なる感想だから聞き流してくれても構わないんだけどね。
 その……レミリア、ちょっとオンチだったかなぁ……って」
 ぴしっ!
 胸を張って、余裕の笑みを浮かべていたレミリアが、そのままの態勢で硬直した。
「そーかなー? お姉さま、お歌、結構上手だよ?」
「まぁ、悪くはない、という感じだったけどな」
「そうねぇ。レミリア、あなた、歌の練習はしておいた方がいいわ。基本的に、ステージでデビューした魔法少女が次にやることは、大勢の観客を前にしたコンサートなのだから」
 ぴしぴしぴしっ。
 硬直したレミリアにひびが入る。
「……まぁ、この際だから言ってしまうが。
 音楽に関しては、並々ならぬ感性を持っていると、私たち自身、自分のことはそう思っている。その私たちから見て……その……レミリアさんの歌は、百点満点中の六十点くらい……かな」
「そうだねー。高音部のずれが、ちょっと著しいかも」
「中音部と低音部はそれなりなんだけどね。子供っぽく、甲高い声をしてるから、高い音は得意のはずなんだけど。どうしてだろうね、姉さん達」
「思うに、歌い慣れていないというのがあるのではないかしら。慣れていないと、高い音をきれいに出すのは難しいわ」
「なるほどー」
 ぱっきーん。
 ひびの入ったそのままに、レミリア、再起不能。
「ああっ! お嬢様!」
「……オンチな魔法少女というのは致命的ね。浮かれていて、そこまで気が回らなかったわ……」
「おねーさま……だいじょぶ?」
「ああ……お嬢様が白くなってる……」
 霊夢の何気ない一言でクリティカルなダメージを受けたレミリアは、その場に真っ白な灰となって立ちつくしている。誰もが、それに憐れみのこもった視線を注ぐ中、霊夢は思う。


「……もしかして、私、また空気読めてない……?」



『今さら気づくな』
「……ごめんなさい」




 そして、それから数日後の事である。
「きょ~お~はど~こであっそぼ~かな~♪」
「おや、今日もご機嫌よろしいですね、氷精さん」
「げっ、天狗だー」
 ご機嫌で空を飛び回る氷の妖精が、いやそ~な顔して、現れた天狗の記者を見る。彼女は、ふっふっふ、となぜか意味もなく含み笑いしつつ、
「この頃は、面白い記事もないですから。ですから、どうですか? 大蛙にリベンジ、とか」
「ふーんだ。あたい、もっと面白いこと見つけたんだもーん」
「もっと面白いこと?」
「あんたになんて教えてやんないよー」
 それは興味が引かれますね、と飛んでいく氷精について行く天狗。
 ――その途中で、氷精は仲のいい……というか、いつも面倒を見てもらっているお姉さん役の妖精と合流し、ふらふらと湖の上を飛んでいく。一体、どんな面白いことを見つけたのやら。興味津々で、天狗はその後に付いていき――唐突に。
「……な、何ですか? この音……」
「……何これ? 大妖精、何か知らない?」
「う、ううん。私、知らないよ、チルノちゃん」
「へたっぴですね……」
 どうやら、歌であるらしい。誰かが歌を歌っているらしい。
 その源を探すべく、三人の視線は辺りを彷徨い――そろって、紅の館へと向いた。あそこかな? そうじゃないですか? 誰の歌でしょうね? そんな会話を交わして、ふわふわと飛んでいく。
「めーりんねーちゃーん」
「あ、チルノちゃん。それに……文さんに、大妖精さん。こんにちは」
「どうもこんにちは、美鈴さん」
「いつもチルノちゃんがお世話になってます」
「いえいえ」
「あの、美鈴さん。何か歌が聞こえるんですけど、これは一体?」
 早速、記者の顔になって、天狗が門番に尋ねた。門番は、『あー……』と、なぜか返答に窮した様子だった。言うべきか、言わざるべきか。散々迷った末に、「実はですね」と口を開く。
「お嬢様が歌の練習をしてまして……」
「お嬢様……って、レミリアさんですか? 意外ですね、レミリアさんは、てっきり、歌はうまいと思ってましたけど」
「いや……その……魔法少女ショーで、霊夢さんに言われたことが、かなりこたえたみたいで……」
「あのイベントは聞きましたよ。当日参加できなかったのが、本当に悔やまれます」
「でも、ほんとにへたくそな歌だよねー。あたいの方が上手だよ」
「チルノちゃん、そういうこと言ったらダメ」
「チルノさん、歌が得意なんですか?」
「得意だよ?」
 聞く? と氷精が訊ねた。

「レミィ、音程がずれてるわ! もっと、ちゃんと音を聞きなさい!」
「うぐぐ……」
 レミリアの部屋で、でっかいピアノを弾いているのは小悪魔だ。そして、パチュリーがタクトを振ってレミリアの練習を手伝っている。なお、ドアの向こうにはメイド長が控えていて『頑張ってください、お嬢様』とそっと室内の様子を覗いていたりする。
 ……と。
「……歌声?」
「あ、結構きれいな声ですねー」
 誰でしょう、と立ち上がった小悪魔が、窓を開けて外を見る。その視線の先には、門の前で、何やら仲良くやっている一同の姿。
「あ、チルノちゃんが歌ってますね」
「……え」
「レミィ……あなた、⑨以下なのね」
「えぇぇぇぇぇぇぇっ!?」
 確かに、その歌はうまかった。自分の気持ちを素直に歌う、可愛らしい歌である。その歌は、聞くものを、聞き惚れさせる――そこまではいかないものの、人の心を引きつけていた。小悪魔も「私、ちょっと行ってきますねー」とぱたぱた飛んでいってしまうほどに。
「……レミィ」
「そんな……このわたしが……夜の王のわたしが……よりにもよって⑨以下ぁ!?」
「大丈夫よ、レミィ! これから練習してうまくなればいいの! そして、演技力ももっと身につけて、目指せ、最強の魔法少女、よ!」
「……くっ……!
 そうね……その通りだわ……! このわたし、レミリア・スカーレットは不可能を可能にする女よ! わたしに敗北はない! わたしは絶対に、この幻想郷に名前を轟かせる魔法少女になるのよっ! さあ、パチェ、練習よっ!!」
「ええ!」


 これが、レミリア・スカーレットが魔法少女を志したきっかけとなったエピソードである。
 この時を境に、彼女は誓った。この幻想郷において、過去、そして未来に至るまで、最高の魔法少女になってみせる、と。
 彼女の日々は、これから始まる。
 素晴らしき魔法少女の星を目指し。あの空に輝く、伝説の魔法少女となるために。






「……とりあえず、レミィ。ドレミの歌から練習しましょう」
「しくしくしくしくしく……………」
レミリアお嬢様魔法少女化計画、これにて一旦〆。
だが、諸君、忘れてはいけない。幻想郷に新たな魔法少女は、今、誕生したばかりだと言うことを。
これから、ヴァンパイア☆レミちゃんの活躍は始まるのだと言うことを。
新たな魔法少女の伝説に、いざ、刮目せよ!


と言う感じでいかがでしょうか?

追記
プチの方からの続きであることを明記しました。人間、忘れっぽくなっていけない。
haruka
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コメント



0.2920簡易評価
1.90名前が無い程度の能力削除
キタコレ
氏の幻想郷はいつも春満開で羨ましい限りですなー。
2.80名前が無い程度の能力削除
そして魔界の神との戦いが始まるのですね?
11.90名前ガの兎削除
大人帝国の首領はきっとゆうかりんっ・・・!
19.90名前が無い程度の能力削除
見た事あるなぁ、この題名。
そう思って覗いたら『あの』名作の続編ですよ!?
終始笑いっぱなしでした。
22.80変身D削除
何だかショーの構成が玄人っぽいんですけど?(爆笑
レミリアの魔法少女への道は険しそうですね、すぐ側にもフランと言う究極のライバルまでいますし(w
シリーズ通して楽しませて頂きました~(多謝
23.80名前が無い程度の能力削除
大丈夫!テーマソングを仲間と一緒に歌うのもありだから!!
28.90名前が無い程度の能力削除
噴いた
29.100猫井はかま削除
是非美鈴には定番の「改心して仲間になる」をやってほしいですね!
だって私お姉さんh(紅魔「スカーレットデビル」
31.90CODEX削除
35.60翔菜削除
魔法少女仕様グングニル吹いた。
43.90ぐい井戸・御簾田削除
めーりんの2連装ミサイルはアトミックバズーカ以上でつかw
51.90名前が無い程度の能力削除
鼻水吹いた
59.無評価名前が無い程度の能力削除
これはとても映像化して欲しいですね(何
60.100名前が無い程度の能力削除
ミス
62.100紫音削除
・・・色々と笑うしかないですよこれわ・・・w つーかフランの魔法を平気で避けまくるルナシューターな観客ズ、怖すぎw
頑張れ、レミリア。色々と。

・・・しかし紫様が魔法『少女』って、一体何百年前の話ですk(1ドットの隙間もないほど濃密な弾幕結界)
67.80名前が無い程度の能力削除
Hardシューター上がりの私では彼らの後ろでグレイズするだけで精一杯。
…弾がやんだ?今のうちに前e(すかーれっと・どりー(ry

ホール一同であの攻撃避け切る観客達もついてくるのだろうか