「鈴仙鈴仙鈴仙れーいせーん」
屋敷中に響く大きな声。ばたばたばた、廊下を走る音も一緒に聞こえてきた。
「ふう」
小さくため息。ずずずっと手に持ったお茶を啜る。
そうして少し間を作ってから、ウドンゲは誰に向けるでもなく呟いた。
「……来ましたね」
ことりと湯飲みを置いて、ウドンゲは障子越しに廊下を睨む。かっこよく睨む。
これは――
ウドンゲは思う。がんばって作ったかっこいい顔を崩さないように、静かに心の中だけで思う。
――もしかすると、今の私ってばちょっとかっこいいんじゃないでしょうか。
こくこく。何かに納得したのか、ウドンゲは一人頷いた。
私だってやる時はやるんですよ。ああ、師匠見てくれてますか。鈴仙はこんなに大きくなりました。思えばあの日から随分と長い歳月が流れましたね。情けなかった鈴仙も今ではこんなにかっこよくなりました。えへへ。
キッと引き締めていたはずのウドンゲの顔が、ふにゃっと音を立てるようにして緩む。何にせよ、慣れないことは長続きしないものだ。
「れいせーん」
と、悦に入るウドンゲを邪魔するかのように再び大きな声。
ウドンゲは慌てて表情を整えて、声のする方をもう一度バキッと睨みつける。かっこよく、威厳を持って睨みつける。
「鈴仙あそぼーっ」
ウドンゲの視線の先、障子が勢いよく開いた。元気な声とともに一人の少女の姿。
因幡てゐ。健康と悪戯をこよなく愛する妖怪兎だ。永遠亭に住むたくさんの兎たちのリーダーでもある。
「てゐ。いつも言ってることだけどね」ウドンゲは、その陽気な侵入者に向けて言った。「廊下は走っちゃダメ。それに、あんなに大きな声を出したら、他の人に迷惑でしょう?」
あくまで優しく。小さい子供を言い聞かせるように。今日のテーマはかっこいいおねーさんだ。
「うん」てゐは悪びれることもなく言った。「確かにね、いっつも言われてるよっ」
「じゃあもっと静かにし……」なさい、あなたは兎たちのリーダーでしょう。
ウドンゲがその全てを言い切るよりも早く、てゐの口は開いていた。
「でも、そんなの知らないっ」
降って湧いたようなてゐの言葉にウドンゲが固まる。何を言ってるんだ、このわがまま兎は。知らない? じゃあ知れ。今知れ。
「だって」てゐの顔には相変わらずの陽気な笑み。「元気は健康の証だし、それにっ」
「そ、それに、なに」と、何とか復帰したウドンゲが聞く。
きゃははっ。てゐが楽しそうに笑う。
ウドンゲは思う。この子がこういう顔をする時は、だいたいろくなことが無いんだよなぁ。
そしてやはりそういう予感は的中するのだ。良くない時に限って。
「鈴仙の言うことなんか、聞っかないよーっだ」
鈴仙の言うことなんか聞かない。鈴仙の言うことなんか聞かない。鈴仙の言うことなんか。
ぴくぴくっとおでこの辺りの血管が震えるのを感じる。でも、我慢、ここは我慢よ私。かっこいいおねーさんはこんなことで怒ったりしないんだから。
「てゐ」なるべく冷静に、怒りを抑えてウドンゲは言う。「あんまりそんなことばっかり言ってると、さすがの私も怒るよ?」
そう、そうだ、こういう態度こそかっこいいおねーさんらしいぞ。よくやった、私。ウドンゲは自分で自分を褒めてあげたくなった。
「うーんとね、でもね、鈴仙」
「な、なに」
それなのに、てゐのにこにことした笑顔は変わらない。それに伴う、自分の嫌な予感も。
そしててゐは言った。実に楽しそうに言った。
「怒っても、鈴仙なんか恐くないもんっ!」
逃げろ逃げろーっ。元気に言い残してウドンゲの部屋から逃げ出すてゐ。
鈴仙なんか恐くない。鈴仙なんか恐くない。鈴仙なんか。
「て、て、てっ」
あははー。既に遠くなったてゐの笑い声。
もー切れました。ぶち切れました。今日こそ決着をつけてやるぞこんちくしょー。
「てゐーーーーーーーっ!!!」
テーマ、かっこいいおねーさん。
どうやら今回も失敗に終わりそうだった。
/
「てゐーーーーーーーっ!!!」
屋敷を震わさんばかりの叫び。それは当然のように、ここ、永琳の部屋まで聞こえてきた。
暇で暇で一人でいてもしょうがないからとりあえず家臣の部屋で暇を潰していた永遠亭当主輝夜は、聞き飽きたその声に、ふぅと少しおおげさなため息をついた。
「全く、あのイナバたちときたら……」
ずずずっと手元のお茶を啜って、お茶菓子として永琳が用意した煎餅に手を伸ばす。ぱりぱりと小気味よい音を立てながらそれを食べて、またお茶を一口。
はふぅ。今日もお茶がおいしいわ。
思ってはみても、決して口には出さない。「老け込みましたね」とか何とか言いくさりやがる、全くもって失礼な家臣がいるからだ。具体的には、今、隣に。
「呼びました?」隣に座った永琳が言った。
「え」突然かかった声に、輝夜は動揺を隠しきれない。「よ、呼んでなんかないわよ、ええ、ええ、永琳のことなんか呼んでないんだから」
「そうですか。何となく、何となくですが、悪く言われた気がしまして。ええ、あくまで何となくですが」
「そ、そんなことないわっ。本当よっ」
慌てる輝夜に永琳は笑顔を見せる。にっこりと、聖母のような笑顔を。
「はい、姫、私は分かっていますから」
「う、うん。それならいいのよ、うん、いいのよ、いいのよ」
分かってる、って、一体何を分かってるんだろう。永琳の笑顔とそしてその言葉にぞくぞくとした寒気を感じながら、でも輝夜はそれを表には出さないようにがんばった。すごいがんばった。姫としての威厳とか月に敵対したかっこいい自分の姿とかそういうのを持ち出してがんばった。そしたら涙が出そうになった。
「姫、どうかしましたか?」輝夜に仕える忠臣として、永琳は言った。
「いいえ、なんでもないわ」またそれに底知れぬ恐怖を覚えつつも、輝夜はやはり平静を振舞って言う。「そ、それにしても、ね」
「はい」
「相変わらずうるさいわね、イナバたちは」
うまく話を逸らせたわ。さすが私。幻想卿のカリスマ。そうよ、永琳なんてただの巨乳、目じゃな――
じとっ。永琳の細められた目が輝夜をロックオンする。
ひう。固まる輝夜。永琳は口を開く。
「まぁ、元気が無いよりはいいでしょう」
いい加減、次はありませんよ。口とは別のことを淡々と目で語る永琳に、輝夜はこくこくと頷きながら言う。
「そ、そうよね、うん」
「はい、元気があるのは良いことです」
頷いて、何事も無かったかのように平然とお茶を啜る永琳。
うう。少し涙目になりながら、ぱりぱりと煎餅をかじる輝夜。
永遠亭は、今日も概ね平和の中にあった。
/
「はぁ、はぁ」
走り回って追いかけるものの、なかなかてゐは捕まらなかった。
はぁ、まったく。ウドンゲはため息をつく。どうしてあの子はこう毎日毎日――。
てゐとウドンゲの追いかけっこは、もはや永遠亭における日常の一光景だった。笑顔で駆け回るてゐ。這いずるようにしてそのてゐを探し回るウドンゲ。そんな対照的な様子の二人を見るにつけ、永遠亭に住むたくさんの兎たちは思うのだ。
――がんばってください、鈴仙様。私たちはあなたの味方です。
たくさんの聞こえない声援を背に受け、ウドンゲは走る。そうする内に敬愛するお師匠様の部屋の前を通りかかった。
そうです。ウドンゲは考える。師匠にてゐの居場所を聞いてみましょう。もしかしたらここにいるかもしれませんし。
兎たちにもてゐの行方を聞いて回ったし、そのためにあちこち走り回ったし、ウドンゲにはもう他の手段が無かった。例えあったとしても、それを実行に移すだけの元気も無かった。
「あのー、師匠ー」扉の前に立ったウドンゲは、残った少しの元気を使って声を張る。「私、ウドンゲですー」
「ええ、どうぞ、入ってらっしゃい」永琳の声はすぐに返ってきた。
「はい、失礼します」
扉を開けて、部屋の中に入る。中央の椅子には永琳と、そして輝夜の姿があった。
「あ、輝夜様もいらっしゃったんですね。お邪魔します、です」
輝夜は、それにこくりと頷くことで応える。静かに永遠亭の主として然るべき姿で応える。少なくともウドンゲの前では、輝夜は威厳があってちょっと恐い当主様なのだ。
永琳の部屋は広い。必要最低限の家具以外無駄なものがないため、余計そう感じるのかもしれない。でも、とウドンゲは思う。師匠、机の上に三角フラスコが平然と置いてあるのはちょっとどうでしょうか。
「それでウドンゲ、どうかしたの?」永琳が聞く。
「あ、はい、あの」主君、輝夜の前でもある。少し緊張気味にウドンゲは言う。「てゐがこちらにお邪魔してるなんてことは……」
「無いわね」
「はぁ」ため息をつく。「ですよね」
半ば以上予想していたこととはいえ、はっきりと気が沈む。それを受けたかのように、ウドンゲの長い耳がへなっとたゆんだ。もう、いったいどこにいるのでしょう、あの悪戯兎は。
「えーと、あの、師匠」
「うん?」
「てゐの居場所、ご存知だったりは……」
「しないわね」
「はぁ」また一つため息をついて、ウドンゲは落胆を隠し切れずに言う。「ですよね」
へなへな。力なく耳が倒れる。はぁ、もう疲れましたよう。ウドンゲはそのまま床にへたり込んだ。
ずずずっ。ぱりぱり。輝夜の立てる音が変わらず室内に響いていた。我関せずね。まぁ、イナバの困った顔もふにゃふにゃ動く耳も見てて面白いんだけど。
一度腰を落としてしまうと、疲れきった身体はなかなか立ち上がろうとしてくれない。ウドンゲは、床にへたり込んだまま動けなくなった。
「師匠」
弱りきった声でウドンゲが呼ぶ。満身創痍だった。身体も、心も。
「なにかしら?」
「てゐは」聞くべきか、聞かぬべきか。少し考えて、ウドンゲは、やおら口を開いた。「てゐ、あの子は、私のことが嫌いなのでしょうか?」
ずっと抱えていた不安。懸念。ウドンゲは、今初めてそれをはっきりと口にした。してしまった。言葉は力。ウドンゲは自分の発した言葉に傷つく。
今口にしたこと、彼女にはそれが確かな事実に思えてならなかった。
ウドンゲの不安、永琳にはそれが分かった。そして、輝夜にも。分かる程度にはウドンゲのことを知っているという自負があった。
俯いたウドンゲの顔。痛い、と輝夜は思う。自分の痛みとしてそれを感じる。
「私」ウドンゲは今にも消え入りそうな声で言った。「だって、私、あの子たちと違って月の兎だし、それに」
「イナバ」
輝夜が強い口調で割って入る。言わせたくはなかった。自傷なんてナンセンス。輝夜はそう思う。それを続けた日々の中、私は何かを手に入れた?
「顔をあげなさい、イナバ」有無を言わさぬ口調、輝夜は言った。
「……」ウドンゲは応えない。震える肩は何を表しているのだろう。
「イナバ」
「……はい」
ようやっと、ウドンゲの顔が見えるようになる。
輝夜はそれまで座っていた椅子から立ち上がると、ウドンゲの方に向かってゆっくりと歩き出した。合わせておどおどと動くウドンゲの赤い瞳。永琳は何も言うことなく、ただその二人の様子を眺める。
「イナバ」ウドンゲの目の前に立って、輝夜は言った。
「はい」
座り込んだウドンゲは、見上げるようにして輝夜を見る。潤んだ目。救いを求めるようなそんな目を見て、輝夜は――
――ぐいっ
ウドンゲの両耳を、それぞれ手で掴んだ。割と思いっきり。
「きゃうっ」
当然のごとく悲鳴をあげるウドンゲ。輝夜はにやりと笑みを浮かべる。
「イナバ、あなたはね」輝夜はウドンゲの耳を弄くり回しながら言う。「少しバカに見えるぐらい、能天気にぽややんとしてればいいのよ」
「あう、あう、あう」
耳を掴まれ、ぐるぐると頭も揺れる。あう、あう、あう。
「分かったかしら?」耳を持ったまま、輝夜が聞く。
「あう」ウドンゲはまともな答えを返せない。
ぐる、ぐる、ぐる。ウドンゲの答えが不満だったのか、さらに力強く、掴んだ耳をシェイクする。
「分かった、かしら?」
「は、はいぃー」頭をぐるぐる回しながらも、何とかウドンゲは答えた。
「そう、ならいいわ」
二つの耳から手が離れる。ようやく自由になった耳をウドンゲはゆっくりとさする。さきほどまでとはまた別の理由でウドンゲの赤い目は潤んでいた。あう、輝夜様痛いですよぅ。
「じゃ」扉に手をかけ、輝夜は言う。「永琳、あとはよろしく」
言うが早いか、輝夜はそのまま永琳の部屋を出て行く。
後に残されたウドンゲは、輝夜のよく分からない行動に、ぽかんと口を開けて呆けている。
一連の光景を一人外から眺めていた永琳は、くく、と湧き上がってくる笑いを抑えるのに必死だった。まったく何て不器用なのだろう私の君主様は。もっと素直に励ましてあげればいいのに。
ウドンゲの様子を見るに、輝夜の意図の全部は伝わらなかったようだ。不器用にしか優しさを表現できない主君に代わり、永琳はウドンゲに声をかけることにした。
「ねえ、ウドンゲ?」椅子に座ったまま、身体をウドンゲの方に向けて永琳が聞く。
「は、はい」ウドンゲは耳をさすりさすり言う。
「てゐがあなたのことを嫌っている、そんなこと、あの子が言ったの?」
「い、いえ……で、でもっ」
「ウドンゲ」優しく、諭すように。「心の中なんてね、本当は自分のことでもよく分からないものよ。まして他人の気持ちなんて、簡単に分かるわけないでしょう?」
「は、はい」ウドンゲは答える。「それは、そう、でしょうけど……」
まったく、困った子だ。永琳は思う。底抜けに明るいようで、でもその根はどこまでもネガティブ。その原因も分かっているものの、直接ウドンゲの過去に関することだからなかなか治しようがない。
「ま、いいわ」ふぅ、と永琳は小さく息をつく。「心配なのも分かるけどね、姫の言う通り、あなたは元気なのが一番よ」
「で、でも」
はぁ。納得しようとしないウドンゲの様子に、永琳はまた一つため息をつく。本当に、困った子。
「分からない子ね。ねえ、ウドンゲ、今まで私が一度でも嘘をついたこと、ある?」
「はい」ウドンゲには珍しく、きっぱりはっきりとした答え。「一度と言わず、何度でもあります」
「あ、あれ?」予想外の言葉に永琳はすっとんきょうな声。
そんな珍しい永琳の様子を見ながらも、ウドンゲは、今までこの目の前の女性から受けた数々の仕打ちを思い出す。泣きそうになる。
「だって師匠、すぐ私を騙そうとするんですもん。ひどいですよぅ」
「そ、それは」永琳は戸惑いながらも何とか言う。「だ、だって、騙される方が悪いのよ」
「はぅっ」
永琳の言葉、ウドンゲは大きなショックを受ける。しくしく。私だって騙されたくて騙されてるわけじゃないんですよぅ。
「そ、それはいいとして」
ふぅ。永琳はまたため息をつく。少々想定外の方向に話が進んでしまった。一体これは何のせいだろう。
「ウドンゲ」
「はい」
「あなたはてゐのことが好き。でもてゐの方はどうか分からない。だから不安。そういうことでしょう?」
「あ、その、あ、はい」
ウドンゲの顔がほんのりと染まる。てゐのことが好き。確かにそれはそうだけれど、こう直接言われると恥ずかしいものがある。
「大丈夫。安心なさい」永琳は言う。「あなたはてゐのことが好き。本当はそれだけで十分なの。大丈夫よ。とりあえず、今は私の言葉を信じておきなさい」
優しく言う永琳。ウドンゲは思う。嘘をつかれたことはたくさんある。でも、私は知ってます。師匠はいつだって私のことをちゃんと考えてくれてます。
「はい」ウドンゲは、こくん、と頷いた。
その様子に、永琳も微笑みを浮かべる。
永琳にとってウドンゲは、不肖の弟子であり、ちょっと情けない友人であり、そして何より、愛しい家族。笑顔でいてほしいと思う。もちろん泣き顔は泣き顔で面白いんだけどね、なんて少しひどいことも片隅で思いながら。
「やっと分かったみたいね」永琳も頷いてから、そして何かを思い出したように。「あ、そうそう、ちょっと待って」
永琳は立ち上がると棚の方へ向かった。ウドンゲには何に使うかも分からないような器具や怪しい色をした液体など、様々なものが置かれている。
永琳はたくさんある薬の瓶の内の一つに手をやって、ピンセットで中からカプセルを二粒取り出す。その一粒ずつ丁寧に紙に包み、それらをウドンゲに手渡した。
「どうせだから今渡しておくわ。今日の夜と明日の朝の分。いつも通り服用なさい」
「あ、はい。ありがとうございます、師匠」
「いい? ちゃんと忘れずに飲むのよ?」
「はい、もちろんですよっ」
笑顔で頷くウドンゲ。それを見て永琳も頷いた。
/
因幡てゐはご機嫌だった。
昨日は結局一度もウドンゲに捕まらなかったのだ。最近はちょっと負けが増えていたから、昨日の快勝はそれをリセットする意味でも貴重なものだった。
「今日はどうやって鈴仙をからかおっかなー」
今までにやった数々の悪戯が脳裏に浮かぶ。その度、面白いぐらいに反応してくれるウドンゲ。逃げるてゐ。追いかけるウドンゲ。
そんな毎日が、てゐは最高に楽しかった。だから、いつも笑っていられた。
てゐは今でもたまに思い出す。昔の自分のこと。
死にたくなかったから必死に生きて、生きて、いつのまにか妖怪変化の力を身につけていた。同時に手に入れたのは人間を幸運にする程度の能力。
でも、そんなものにてゐは何の価値も見出せなかった。自分を幸せにできない能力にどれほどの意味があるというのか。それに、それに、
その力のせいで私は――
止めよう。てゐは首を振る。そんなこと考えなくていいんだ。だって今私は毎日が楽しくて、幸せで。うん、そう。いつも笑顔でいられるんだから。
ぱたぱたぱた、と廊下を小走りに行く。ウドンゲの部屋に向かう。今日も楽しく追いかけっこをするために。
「鈴仙鈴仙鈴仙れーいせーん」
よし、決めた。今日は武力行使だ。何か最近鈴仙の胸、大きくなってる気がするし。むー。許すまじ。
勢いよく障子を開ける。そして一気にたたみ掛け――
――死
瞬間、感じた絶対的な死の恐怖。
ウドンゲに飛びつこうとして、でも何とか踏みとどまった足。震えが止まらない。足だけでなく全身が震えている。何故。否、簡単なこと。本能が知っているのだ。絶対的な死の恐怖を。
てゐの視線の先、ウドンゲは頭を押さえてうずくまっている。うう。うめき声が聞こえる。苦しそうだった。助けてあげたかった。
でも。てゐは近寄れない。近寄れば死ぬ。そう悟っている。
張り詰めた空気。動けば音さえしそうなほどに。だから呼吸も自由にならない。はっ、はっ、とてゐは浅く息を吐く。
「れ、れい、せん?」身体と同じように震える声。全身の力を使って、精一杯ひねり出した声。
「あ、あ、うう、て、てゐ?」ウドンゲは俯いたままうめくように言う。「に、逃げ、てゐ、逃げ、て」
「れい、せん?」
誰だ。今目の前にいるのは誰だ。てゐは思う。違う、鈴仙はこんなに恐くないよ。だって鈴仙は明るくて、優しくて、笑顔で、怒っても恐くなんてなくて、だって、だって。
「逃げ、て、てゐ、逃げ……」
悲痛な声。それは今にも泣きそうな――
――違うっ!
てゐは考えを改める。恐いけど、確かに恐いけどっ。
違う、違うんだっ。だって、ほら、鈴仙は逃げてって言ってるもん。私を心配して、泣きそうな声で言ってるんだもん。
「ま、待ってて鈴仙、今、永琳様呼んでくるからっ」
言って、てゐは廊下を駆け出そうとする。
未だ震えの止まらない全身を無理やり押さえつけて、でも震えは止まってくれなくて、でも、それでも、進もうとする。
鈴仙が苦しんでるんだ。助けなきゃいけないんだ。私が、助けるんだ。待ってて、待ってて鈴仙――
「大丈夫よ、てゐ。私はここにいるわ」
突然、声がかかる。それは今まさに呼びに行こうとした永琳のものだった。いつからそこにいたのか、てゐの後ろに彼女は立っていた。
「永琳様っ」てゐは永琳の方を振り向いて、そしてすがりつくように言った。「鈴仙が、鈴仙がっ!」
「大丈夫」冷静に永琳は答える。
「し、ししょ、う?」
苦しそうに呼ぶ声を聞きながら、てゐには立っていることさえ辛い空気の中を、それでも永琳は平然とウドンゲに近づいて行った。そしてウドンゲの横にしゃがみ、右の手で彼女のあごを上向ける。
だから、てゐは見た。見えた。見えてしまった。
紅い瞳。
瞬間、襲い来る恐怖。恐い。恐い。恐いよ――
だって、それは違った。てゐが知っている彼女の目とは違うものだった。同じ赤でも、普段の鈴仙のそれはもっと綺麗で、澄んでいたはずだ。
まるで血みたいな紅。とても、とても恐い色だった。
「飲みなさい、ウドンゲ」
永琳がウドンゲの口にカプセル状の薬を押し込む。まぶたに手をやり、その目を閉じさせる。
「え、永琳様」てゐはまだ震える声で言った。「れ、鈴仙は……」
「大丈夫」永琳はウドンゲの身体を抱く。「ちょっと一時的に暴走してただけだから、しばらくすれば良くなるわ」
「よ、良かった」
ほっとしたのか、身体から力が抜ける。てゐはそのまま力なく床にへたり込んだ。
張り詰めた空気が少しだけ緩む。永琳の腕に抱かれたウドンゲの表情も、少し楽になったように見えた。
良かった。本当に良かった。てゐは心から思う。
でも。
まだ終わっていない。分からないことがある。知りたいことがある。
「……あ、あの、え、永琳様」
「なに?」
聞いていいことなのか、少しだけ悩む。でもそれすらも聞いてみないと分からないことだと気付いて、てゐは思い切って尋ねてみることにした。
「あ、あの、い、今の、鈴仙は?」
「そうね、てゐ」永琳は少しだけ考えて、そして話し出す。「いい機会だから、あなたにも知っておいてもらおうかしら」
「う、うん」
自分の知らない何かがある。てゐは自分の緊張を認めた。
「ウドンゲ、この子はね」永琳は一度目を瞑ってから言う。「とても大きな力を持っているの。自分でも抑えがきかないぐらいに、大きな力を」
ウドンゲの髪をゆっくりと梳く。明かされた事実とは別のところで、まるで親娘みたいだ、とてゐは思った。
「月の兎の瞳には、地上の兎の何倍もの狂気が宿るの。知ってるでしょ?」
「う、うん」てゐがこくこくと頷く。
「そしてその中でも、この子の力は特別に強かった。それは、そう、月の長い歴史の中でも他に例が無いぐらい」
「で、でもっ」
てゐには信じられなかった。彼女の知っているウドンゲは、明るくて、優しくて、笑顔で、怒っても恐くなんてなくて。
ウドンゲの方を見る。おさまりかけてはいるけれど、でも、まだ、恐い。
恐い。恐い。どうして。てゐは思う。こんなの嘘だよ。どうして鈴仙にこんな力が。
「信じられないかもしれないけど」てゐの考えを見抜いていたのか、永琳は言い聞かせるように。「本当のことなのよ。ねえ、てゐ、しばらく前の永夜の術、覚えてるかしら?」
「う、うん」
「あの術の目的は?」
「鈴仙を迎えに来るはずの使者が来れないように……」
その時のことを、てゐは今でもよく覚えている。夜を終わらそうと、永遠亭に乗り込んで来た人間や他の妖怪たち。戦う自分。
「そう。ねえ、じゃあそもそもどうして使者は来るのかしら?」永琳が訊ねる。
「そ、それは、鈴仙を味方に加えようとして……」
「どうして?」
「一人でも仲間が増えれば戦いが有利になるから。違うの?」
「たったそれだけのために、わざわざ貴重な人員を割いて来るかしら。戦いはすぐそこだというのに。ましてここは地上。人間たちの本拠地なのよ」
「だって、だって、それじゃあ」てゐが首を振りながら言う。認めたくない、と。
「そう」永琳は頷いて言う。「ウドンゲには、そうまでして手に入れたいだけの力があった。そうじゃなきゃ、地上に逃げた兎のことなんていちいち気にしていないわ」
「で、でもっ」てゐはそれでも認めようとしない。
「てゐ、この子がいつも飲んでいる薬があるでしょう」
こくん、てゐは頷く。
朝と夜にウドンゲはいつもカプセル状のものを飲んでいる。てゐもそれを見たことがあった。
「あれは、この子の力を抑えるための薬なの。過ぎたる力が暴走しないように。そうして普通の毎日を送れるように」
今回はそれがうまく効いていなかったみたいだけど。またウドンゲの髪を手で梳いて、永琳は呟く。ごめんね、ウドンゲ。
どうしたらいいのか、てゐには分からなかった。ウドンゲには特別な力があって、普段はそれを抑えて暮らしていて、それで、それで。
「この子が、恐い?」
永琳の声。
ぴくっ、とてゐの身体が反応する。
恐い。恐い。つい先ほどの記憶が、感情が、よみがえる。
「あなたたちのような極一般的な妖怪、化け物とは違う。そう、本当の意味での化け物なのよ。あなたが恐がっても、それはしょうがないこと」
「ち、ちがっ」
「違わない。化け物の中の化け物。それが事実よ」永琳は冷たく言い放った。
「違うっ!」
てゐは強く反論する。恐い、確かに恐いけれど。
「鈴仙は、化け物なんかじゃないもんっ」
「どうして?」永琳は訊ねる。
「鈴仙は」てゐは言った。「鈴仙は、鈴仙だもん」
「だとしても」永琳は言った。「過ぎた力を持つ化け物に変わりはないわ」
違う違う違う。てゐは思う。だって鈴仙は鈴仙で、優しくて、化け物なんかじゃ決してなくて。
「だって、てゐ」
永琳の凛とした声がてゐの耳に入る。
「あなたも、恐いでしょう?」
びくっ。
てゐは思い出す。
さっきまでのウドンゲの様子。
紅い瞳。
本能が告げた絶対的な恐怖。
恐い、恐い。恐い。
――でも。
恐いけど、でも。でもっ。
「恐くなんか、ないもん」
てゐは言う。
声が震える。身体があの時の恐怖を覚えている。
「嘘」永琳はその震えを見透かしたように言う。
「嘘じゃないっ」
「認めていいのよ、てゐ。恐いものは恐い。それを認められるのは、生物として優れた証なのよ」
「違うっ」てゐは頭を振って否定する。「私は、恐くなんか、ないもん」
「恐くない? この子が? どうして? あなたも見たでしょう? あの大き過ぎる力を」
永琳の言葉を聞くだけで、てゐの身体は容易にあの時の恐怖を思い出す。
震えが止まらない。止まらない。
でも。
それでも。
「鈴仙は、鈴仙だもん」
そう。そうだ。
例え大きな力を持っていても。身体が、本能が、恐怖を覚えても。
鈴仙はね、鈴仙なんだから。
明るくて、優しくて、笑顔で、怒っても恐くなんてなくて。
鈴仙なんだから。
だから私は。鈴仙なんか。鈴仙なんか――
「鈴仙なんか、恐くないもんっ!」
てゐは叫んだ。大きな声で。屋敷中に響くよう。目の前の彼女に、聞こえるように。
はぁはぁ。てゐは荒く息をつく。まだ文句があるかっ。永琳を威嚇するように睨みつける。
永琳は、そんなてゐの様子を見て、ふうわりと微笑んだ。
「そんなにこの子のことを庇って。ねえ、てゐ、あなた、ウドンゲのこと、嫌いじゃなかったの?」
「違うもんっ」てゐは強い口調で言う。
「あんなにいつも悪戯ばっかりしてるのに?」
「だ、だってそれは」てゐの調子が弱まる。「鈴仙と、遊びたくて……」
てゐの言葉を聞いて永琳は笑顔を深める。そして、腕の中のウドンゲに顔を向ける。
「そう。良かったわね」
永琳は言う。ウドンゲに向かって。
「てゐはあなたのこと嫌いじゃないそうよ、ウドンゲ」
「えっ!?」と、てゐの驚いた声。「だ、だって、鈴仙はまだ眠ってて……」
永琳は人のよさそうな顔を見せたまま、てゐの疑問に答える。
「あら? ウドンゲが眠ってるなんて、そんなこと言った覚えはないけれど?」
てゐの身体が固まる。ちょっと待って。ということは、つまり。
「今までの会話」
「ええ、全部しっかりと聞いていたわよ、この子」
「ええええええええええっ!」
さっき叫んだ時と変わらないぐらいに大きな声をあげた。
/
「随分と、無茶なことをするのね?」
ウドンゲの部屋から出てきた永琳に、外にいた輝夜が声をかけた。
「あら」永琳は平然と答える。「見ておいででした?」
「ええ」輝夜は言う。「永琳、あなたが何をするのか、それを知りかったから」
ふふ。永琳は微笑みを浮かべる。まったく、このお方は。
「私は何もしてませんよ?」
「そう?」輝夜が訊ねる。
「ええ」永琳は短く答える。
そうしてしばらく、二人は何も言わずにお互いの顔を見遣る。
永琳は相変わらずの微笑みを浮かべて。
輝夜はそんな永琳の奥を見据えるように。
「でも」沈黙を破って輝夜が言う。「薬、違うのを渡しておいたんでしょう?」
輝夜はその考えにほとんど確信に近いものを持っていた。
今回の力の暴走。何故それが起こったのか。何か事情があってウドンゲが薬を飲まなかった。薬に対する耐性が永琳の予想以上にあがっていた。そもそも薬を渡し間違えた。「事故」としての可能性はいくつか考えられた。が、輝夜には、それらのどれもが現実から離れたものに思えてならなかった。
誰よりも自分の力を恐れるウドンゲが薬を飲み忘れるだろうか。天才と冠される永琳が耐性の計算を間違えるだろうか。ウドンゲの命に関わるような薬を渡し間違えることなどあるだろうか。
輝夜は考える。そんな可能性、ゼロに等しい。
それよりはまだ。
――永琳が、意図的に違う薬を与えていた。
そう考える方が、余程しっくりとくる。そして恐らくそれは――
「暴走を誘発するような、薬を」
そもそも、たとえ薬を一日飲まなかったとしても、それで即暴走が起きるなんてことは考えにくかった。そんな危険な状態を永琳が許すはずもないのだから。
「違う? 永琳?」冷ややかに輝夜が言う。
「姫」永琳は口元に笑みを残したまま言った。「さすがですね」
「そう、やっぱりそうなのね」
「ええ」永琳は目を瞑ってゆっくりと頷く。
ふぅ。輝夜はため息をついた。そうして少しの間を作って、永琳に訊ねた。
「理由を、聞いていいかしら?」
「分かっておられるのでしょう?」永琳は輝夜に微笑みかける。
「ええ。でも、あなたの口から、はっきりと聞きたいわ」
「そうですか。でしたら」
お話しましょう。永琳はそう言って、もう一度口を開いた。
「ウドンゲ、あの子の不安の大元、それは大き過ぎる自身の力。過去のことを考えれば、あの子にとって力はトラウマでしかありません。自分の力が露見した時に周囲が示すのは、純粋な恐怖。恐い。恐いから近寄りたくない。近寄らせたくない。だからです。あの子は、誰に対してももう一歩踏み込むことができない。悲しいこと、それは。とても、とても」
永琳は一度目を瞑る。何かを思いやるようにして、また話し出す。
「だから、教えてあげなければいけないんです。あなたのこと、恐くないよ。あなたから遠ざかったり、逃げたりしないよ。近くにいるよ。好きだよ。でもそれはとても難しいこと。本能の部分で知覚する恐怖に、生き物は驚くほど敏感ですから」
「私たちがいるじゃない?」輝夜が口を出す。
「ええ。私や姫なら大丈夫でしょう。でも」永琳は首を振って続ける。「それじゃあ、駄目なんです。私や姫は確かにあの子を恐がらない。でもそれは、私たちにも力があるから。いわばあの子と同じ側の存在ですから」
「だから、てゐにその役目を?」
「はい」こくり、と永琳は頷いた。
やっぱりそうだったのね。輝夜は自分の仮説が正しかったことを知る。
「でも」
輝夜にはまだ分からないことがあった。暴走の原因、それを引き起こそうとした理由、そこまでは予想がついていた。
が、永琳のすることにしては、そのままではあまりにもリスクが大き過ぎた。何か、まだ自分の知らないものがあるはずだった。
「それにしても無茶よね。一種、賭けと言ってもいいぐらい」
「どうしてですか?」永琳は尋ねる。
「もしも、イナバ、あの子の力が本当に解放されてしまったら」その可能性は決して低いものではなかった。輝夜は聞く。「永琳、あなた、どうするつもりだったの?」
「もちろん、その時は止めます」何の事は無い、永琳は平然と答える。
ふふ。輝夜はその言葉に笑みを浮かべた。
「言ってくれるじゃない。あの子の力が全て解放されたとしたら、私でさえ倒せるかどうか危ういっていうのに」輝夜は笑みを深める。「あなたは、それをただ『止める』と言う。倒さずにただ、止める。まったく、それがどれだけ大変なことか」
「やってやれないことはありません」永琳は静かにそう言った。
「そうね」輝夜は頷く。「私にはちょっときついけど、永琳、あなたならやれるんでしょう」
輝夜は知っていた。この家臣には自分を遥かに凌ぐ力があるということを。そして、それを決して表には出さないようにしていることを。だからきっと、永琳なら自分には無理なそれをやってのけるのだろう、と。
「いえ」だが、永琳はそれを否定する。「そうではありません」
「どういうこと? あなたでも無理だっていうの?」輝夜が聞く。
「姫、そういうことではなくて」永琳が微笑む。「その時には、私と姫、二人で止める。それだけです。二人ならできないことではないでしょう?」
「確かに、それはそうでしょうけど」
輝夜は考える。だって、そんな話、自分は聞かされていなかった。その時になって本当に自分が永琳に力を貸したかなんて分からない。
「私が素直にあなたを手伝うと思って?」
「はい」永琳ははっきりと頷いた。
「どうして、そんなことが言えるのかしら」
「姫は、お優しい方ですから」
「違うわ」
永琳は、輝夜に向けて微笑みかける。
「いいえ、違いはしません。姫は、ウドンゲ、あの子を見捨てるようなこと、絶対にできない方です」
「しない、じゃなくてできない、ね。まったく、言ってくれるわ。他人の気持ちなんて絶対に理解できないもの。それがあなたの持論じゃなかったかしら?」
「はい」永琳は答える。「私には姫のお気持ちは決して理解できません。ですが」
永琳が輝夜を見つめる。輝夜もそれに応える。永琳の笑顔。
「姫を信じることは、私にも、できますから」
輝夜は呆気にとられたように、その答えを耳にした。信じる。そんなことで。
ああ、まったく。この家臣は。
「あなたには敵わないわ、永琳」
「そんなことはありませんよ、姫」
輝夜にはもう一つ疑問があった。でも、今の永琳との会話で、それもだいたい解けた。
もしも、てゐがウドンゲを拒絶したら。そもそもウドンゲのことを嫌っていたら。
「イナバたちのことも、そうやって、ただ信じたのかしら?」
「はい」
「無責任ね」
「かもしれません。でも、それでも」
永琳は言う。
「家族って、お互いに信じ合うものでしょう?」
目を見開いて、輝夜はその言葉を聞いた。
そして思う。家族。信じ合う。なんてこと。まったく、本当に、この目の前の女は。
ふふ。輝夜は笑みを浮かべる。
「本当、あなたには敵わない」
そんなことありませんよ。そう言って、永琳も微笑んだ。
/
はふぅ。今日も変わらずお茶がおいしいわ。
輝夜はいつものように永琳の部屋に暇を潰しに来ていた。
ずずずっ。ぱりぱり。二人の立てる音が響く。
と、そこに。
「こらーーーーーーっ!! てゐーーーーーーーっ!!!」
屋敷を震わさんばかりの叫び。
聞き飽きたそれに、輝夜は、ふうと少しおおげさなため息をつく。
昨日、輝夜と永琳の話が終わる頃になっても、まだ部屋から出てこなかった二人の兎。
ちらっと輝夜が覗き込むと、そこには、てゐに抱きついて泣きじゃくるウドンゲと、あまりのことに回路がショートしてしまったのか、抱きつかれたまま動かないてゐの姿があった。
何とも面白い図ではあったけれど、だからといってそれにちょっかいをかけるほど、輝夜は無粋というわけではなかった。精々、永琳に命じてその様子を映像として残させたぐらいのことだ。永琳も素敵な笑顔で賛同してくれた。
そんなことがあった日の翌日。さて今日の二人はどんな風にお互い接するのだろう、と輝夜は少しばかり楽しみにしていたのだが。
「相変わらずねぇ、あの二人は」
「ふふ、そのようですね」
永琳が微笑む。
その笑みに、輝夜はため息をつく。まったく、呆れるぐらいに普通の一日。でも。
「うるさいけれど、まぁ」
ずずずっ。お茶を啜って、それから輝夜は続ける。
「退屈は、しないわね」
「はい」
永遠亭。
たくさんの家族が住む家。
「てゐーーーーーーーーっ!! 止まらないといい加減怒るよーーーーーーーーっ!!!」
今だってほら、騒々しくて、まるで優雅さにかける毎日だけれど。
まぁ、そんなのも悪くない、輝夜は思う。
少なくとも、退屈はしないから。
「あははっ。勝手に怒れ怒れーーーー。だってだって――」
聞こえてきたてゐの声に、輝夜は笑みを浮かべた。
「鈴仙なんか、恐くないもんっ!」
永遠亭には、今日も元気な声が響いている。
題名にもなっている、てゐのこの台詞、どれも鈴仙に対する愛情が溢れてますね。
良いお話でした(多謝
うどんげもてゐもよかったけどあえてこう言っておきます。
うひゃひゃひゃ、いい輝夜!
登場キャラの全てに優しい素晴らしい作品でした。ありがとうございました。
いいもの読ませて頂きました。
そうやって周りを幸せにしちゃうんだから、手に負えない!(笑)
・・・ほんとに本当に、永遠亭は良い家族ですね。
題名の使われ方もお見事。読み終わってすごく爽やかな気持ちになれました。
「永夜のちょっと長いやつ」楽しみにしてます。
ウドンゲとてゐが可愛すぎる!